鋼/介在物境界部の局部溶解のマイクロ電気化学解
析と微量添加元素によるステンレス鋼の高耐食化
著者
西本 昌史
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第19279号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00130546
にしもと まさし
氏
名
西 本 昌 史
研究科,専攻の名称 東北大学大学院工学研究科(博士課程)知能デバイス材料学専攻
学 位 論 文 題 目
鋼/介在物境界部の局部溶解のマイクロ電気化学解析と
微量添加元素によるステンレス鋼の高耐食化
論 文 審 査 委 員
主査 東北大学教授 武藤
泉 東北大学教授 成島 尚之
東北大学教授 及川 勝成 東北大学理事・副学長 原 信義
東北大学准教授 菅原 優
論文内容要約
本研究は、孔食の起点無害化による省資源型高耐食ステンレス鋼の開発を目的として、ステンレス鋼/介在物境 界部の耐食性に及ぼす鋼母相と介在物の組成の影響を電気化学的に解析したものである。鋼母相側への元素添加 による高耐食化について検討するため、(Mn,Cr)S 介在物を起点とするステンレス鋼の孔食発生過程に及ぼす Mo の作用機構を解析した。介在物の組成制御による高耐食化について検討するため、(Mn,Cr)S 介在物の溶解挙動に 及ぼす介在物中 Cr 濃度の影響を解析した。(Mn,Cr)S 中 Cr 濃度の増加とともに、(Mn,Cr)S の溶解が抑制され、孔 食の発生が防止されることを見出した。また、放電プラズマ焼結法を用いて介在物組成を系統的に変化させた試 験片の迅速かつ簡便な作製方法を開発した。この手法を用い、介在物を無害化することが可能な Cr 以外の元素に ついても検討を行い、希土類の Ce が有望であることを見出した。Ce の硫化物は水溶液に対する溶解度が低いこ とに着想を得て、CaS のような水溶液に溶解しやすい介在物に Ce を添加すると難溶性化が可能なことを発見し た。また、Ce は溶液中にイオンとして溶け出した場合にも、鋼の溶解に対してインヒビターとして働くことを明 らかにし、介在物の組成制御による省資源型高耐食ステンレス鋼開発の可能性を提示した。 第 1 章:序論 ステンレス鋼は社会・産業基盤を支えるために必要不可欠な金属材料として活用されているが、さらなる安全性、 経済性、省資源・省エネルギー化、耐食性以外の各種特性との兼ね合いなどの要求から、高合金化・高純度化に 頼らない新しい高耐食化技術の開発が求められていることを述べた。この要求に応えるためには、ステンレス鋼 の代表的な腐食起点である硫化物系介在物を無害化する必要があることを導いた。介在物を無害化するためには、 合金元素の影響を介在物起点の孔食発生機構に基づいて解析することが重要であり、本論文では、ステンレス鋼 の代表的な高耐食化元素である Mo の作用機構を解析し、介在物を効率的に無害化するための指針を導出するこ とを述べた。さらに、介在物を無害化するための方法として、微量添加元素を用いた介在物の組成制御に取り組 む必要があることを述べた。硫化物系介在物を起点とするステンレス鋼の孔食発生と防止技術に関する従来知見を整理し、介在物を無害化するための添加元素としては Cr と Ce が有望であることを導いた。また、介在物組成 と耐食性との関係を解析するためには、介在物組成を系統的に変化させた試験片が必要となる。そのような試験 片を迅速かつ簡便に作製するための方法として、放電プラズマ焼結法が適していることを述べた。 第 2 章:実験方法 本研究に用いた実験方法を試験項目ごとに整理して記述した。 第 3 章:(Mn,Cr)S 介在物を起点とする孔食発生過程に及ぼす Mo の影響 ステンレス鋼の代表的な高耐食化元素である Mo の作用機構について、鋼/(Mn,Cr)S 境界部の溶解挙動に着目し て解析した。走査型電子顕微鏡(Scanning electron microscopy、以下 SEM)とエネルギー分散型 X 線分析装置 (Energy-dispersive X-ray spectroscopy、以下 EDS)を用いて試験片中に存在する介在物の組成を分析した結果、Mo 添加鋼(Fe-18Cr-10Ni-2.3Mo)中の介在物は Cr を 5at.%程度固溶する(Mn,Cr)S であり、Mo は介在物中には検出され ず、鋼母相側にのみ存在することを確認した。Mo 添加鋼中の(Mn,Cr)S の溶解挙動およびピット発生挙動を解析 するため、(Mn,Cr)S を一つだけ含む電極面(約 100 µm×100 µm)を作製し、0.1 M NaCl 溶液中において動電位アノ ード分極曲線を測定した。Mo 添加鋼の(Mn,Cr)S は約 0.1~0.5 V (vs. Ag/AgCl (3.33 M KCl)、以下同基準)の電位域 においてアノード溶解し、0.6 V まで分極すると鋼/(Mn,Cr)S 境界部に溝が形成されるが、ピットは発生しないこ とを明らかにした。アノード分極下でピットが発生する直前の 0.35 V において、Mo 無添加鋼(Fe-18Cr-10Ni)では 鋼/(Mn,Cr)S 境界部が優先的に侵食され溝が形成されるが、Mo 添加鋼では溝は形成されないことがわかった。Mo 無添加鋼を 0.1 M NaCl-0.01 M Na2MoO4溶液中でアノード分極した場合、鋼/(Mn,Cr)S 境界部の溝形成は抑制され
なかった。0.1 M NaCl-1 mM Na2S2O3溶液における脱不働態化 pH は、Mo 添加鋼では pH 0.9、Mo 無添加鋼では
pH 2.0~1.5 であった。Mo 添加により鋼の脱不働態化pH が低くなるため、鋼/(Mn,Cr)S 境界部の鋼の溶解が起こ りにくくなり、溝の形成が抑制されることを見出した。また、1 M HCl-1 mM Na2S2O3溶液における Mo 添加鋼の 活性溶解速度は、Mo 無添加鋼の活性溶解速度の 100 分の 1 程度であった。高い電位において Mo 添加鋼の鋼 /(Mn,Cr)S境界部に溝が形成された場合でも、活性溶解速度が低いため溝の内部におけるピット発生が防止される ことを明らかにした。以上の知見から、ステンレス鋼に Mo を添加することで、(Mn,Cr)S 介在物が溶解してS が 生成する環境においても、(Mn,Cr)S 介在物周囲の鋼母相が溶解しにくくなることを見出した。そして、これは鋼 の脱不働態化pHが低下することと、活性溶解速度が低減されることに起因するためであることを明らかにした。 鋼全体を高耐食化させるという点において Mo 添加は堅実な方法であるが、鋼/(Mn,Cr)S 境界部の局所的な溶解を 防ぐためだけに、鋼全体に多量添加せざるを得ないという課題を明らかにし、省資源化と高耐食性を両立するた めには、介在物側の組成制御による高耐食化も重要であることを導き出した。
第 4 章:(Mn,Cr)S 介在物の溶解挙動に及ぼす介在物中Cr 濃度の影響 ステンレス鋼の(Mn,Cr)S 介在物の溶解挙動に及ぼす介在物中 Cr 濃度の影響を解析した。放電プラズマ焼結法 を用いて介在物組成を系統的に変化させた試験片を迅速かつ簡便に作製する方法を開発し、(Mn,Cr)S 中の Cr 濃 度を変化させた試験片を作製した。SUS 304L ステンレス鋼ガスアトマイズ粉末に対して、S 含有量が 0.06mass% になるように MnS 粉末(純度 99.9%)または Cr2S3粉末(純度 99.9%)を混合し、放電プラズマ焼結を行うことで、人 工(Mn,Cr)S 介在物を有するモデル試験片を作製した。焼結試験片中の人工介在物の組成を SEM/EDS で分析した ところ、ステンレス鋼粉末と MnS 粉末を混合して焼結した試験片には、Mn: 25~40at.%、Cr: 10~25at.%、S: 50at.% 程度を含む Mn リッチな(Mn,Cr)S が存在していた。ステンレス鋼粉末と Cr2S3粉末を混合して焼結した試験片に
は、Mn: 10at.%、Cr: 40at.%、S: 50at.%程度を含むCr リッチな(Mn,Cr)S が存在していた。人工(Mn,Cr)S 介在物を一 つだけ含む電極面(約150 µm×150 µm)を作製し、0.1 M NaCl溶液中において動電位アノード分極曲線を測定した。 (Mn,Cr)S中 Cr 濃度の増加とともに、(Mn,Cr)S の溶解が開始する電位と孔食電位が貴に移行した。(Mn,Cr)S 中の Cr/(Mn+Cr)原子比が約 0.5 のときに(Mn,Cr)S の溶解開始電位が約 0.7 V に達し、ステンレス鋼の過不働態域とほぼ 同じ電位となり、Cr/(Mn+Cr)比を 0.5 以上にしても溶解開始電位にほとんど差はみられなかった。したがって、 Crによる(Mn,Cr)S の溶解防止作用が最も効率を発揮するのは、Cr/(Mn+Cr)比が 0.5 のときであると結論付けた。 (Mn,Cr)S表面の空気中生成皮膜の特性を解析するため、試験片を研磨してから室温 25℃の湿潤大気中に約 20 時 間保管した後、オージェ電子分光分析を行った。(Mn,Cr)S の表面には酸化物層が形成されており、(Mn,Cr)S 中 Cr濃度の増加とともに、酸化物層はわずかに厚くなり、Cr が濃化することを明らかにした。Cr による(Mn,Cr)S の溶解抑制作用は、(Mn,Cr)S 表面に形成される酸化皮膜に起因する可能性を見出した。 (Mn,Cr)S介在物中の Cr 濃度はステンレス鋼への Mn 添加量によって変化することが知られているが、熱処理 による介在物組成制御を検討することも有益であると考え検討を行った。フェライト系ステンレス鋼 SUS 430L を 800℃、1000℃、1200℃のいずれかの温度で 1 時間焼鈍し水冷した。試験片中の介在物組成を SEM/EDS で分 析した結果、SUS 430L の一般的な焼鈍温度である 800℃よりも高い温度で熱処理を施すと、硫化物系介在物中の Cr濃度が高くなることを見出した。0.1 M Na2SO4溶液中でアノード分極曲線を測定し、介在物の溶解挙動に及ぼ す焼鈍温度の影響を解析した結果、焼鈍温度が高くなるとともに、介在物の溶解する電位が貴に移行することを 明らかにした。 以上の結果を総合して、介在物中の Cr 濃度を高めることは、介在物の溶解を抑制し、孔食を防止するのに有効 であることを明確化した。 第 5 章:CeS 介在物の電気化学特性解析と Ce による CaS 介在物の高耐食化
CeS 系介在物の電気化学特性と耐孔食性を解析し、硫化物介在物への Ce 添加によるインヒビター効果の発現 と難溶性化について研究した。CeS と MnS のピット発生挙動を比較した場合、鋼/介在物境界部にピットが発生 するという点では共通しているが、CeS は MnS に比べて耐孔食性が高いことを確認した。MnS 介在物の場合、 介在物の溶解電位域(0.2~0.5 V)においてピットが発生するのに対し、CeS 介在物の場合、介在物の溶解電位(0.6 V 以下)よりも高い電位(約 0.8 V)においてピットが発生することを明らかにした。CeS の溶解電位とピット発生電位 の差は、CeS から溶け出した Ce イオンのインヒビター作用によるものと考えられる。電位-pH 図によれば、CeS から溶け出すイオン種は Ce3+である。NaCl 溶液に Ce3+を添加すると、MnS を起点として再不働態化性ピットは 発生したが、成長性ピットは発生しなかった。さらに、Ce3+を含まない溶液では、鋼/MnS 境界部に深い溝が形成
されたが、Ce3+が存在すると溝の形成が抑制された。CeS から溶け出したCe3+は、鋼/介在物境界部の鋼の溶解を
抑制し耐孔食性を高めることを見出した。
水溶液に溶解しやすい介在物の代表例である CaS を対象とし、Ce 添加による難溶性化を検証した。SUS 304L ステンレス鋼粉末に対して、S 含有量が 0.06mass%になるように CaS 粉末(純度 99.99%)および Ce2S3粉末(純度
99.9%)を混合し、放電プラズマ焼結を行った。作製した試験片中の人工介在物の組成を SEM/EDS で分析すると、 CaSと CeS が複合化した硫化物が生成していた。硫化物の溶解挙動を解析するため、CaS またはCaS+CeS を含む 微小領域(約 100 µm×100 µm)を 0.1 M NaCl 溶液に 1 時間浸漬した。CaS の場合、0.1 M NaCl に 1 時間浸漬すると 大部分が水溶液に溶解するが、CaS に Ce を添加すると残存部が多くなることがわかった。CaS および CaS+CeS の耐孔食性を解析するため、0.1 M NaCl 中でアノード分極曲線を測定した結果、Ce 添加によりピット発生電位 が高くなることを見出した。 以上の結果から、介在物にインヒビター作用を有する Ce を内包させることが鋼の耐食性向上に有効であるこ とと、水溶液に溶解しやすい CaS 介在物を Ce 添加により難溶性化することができることを見出した。 第 6 章:総括 第 1 章から第 5 章で得られた結果を総括した。