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高橋哲学の成立

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Academic year: 2021

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(1)Title. 高橋哲学の成立. Author(s). 野辺地, 東洋. Citation. 北海道学芸大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 16(1): 1-15. Issue Date. 1965-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3789. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第 16 巻 第 1 号. 北海道学芸大学紀要 (第一部A). 高. 橋. 哲. 野. 辺. 学. 成. の. 地. 東. 昭和40年8月. 立. 洋. 北海道学芸大学岩見沢分校哲学研究室. T6y6 NOBE( i . i )日工: Di s os。phi e Takahash e Entstehung der ph. 私は他の人の説を公平無私の態度で正確に理解することを欲す ると共に, 無批判にこれを受け容れることが出来ない.--”私 0頁) の哲学の歩み”(“私の哲学と人生観”3 は. じ. め. に. 高橋哲学の成立についてはさまざま の角度から述 べ ることができるであろう. 日 本の精神史と. いう背景から述べ ることもできるであろう. また同じく社会思想史の観点から論ずることもでき るであろう. あるいは明治に西洋哲学が日本に移植されて以来の哲学史という拠点に立って考え ることもできるであろう. あるいはも っ とも広い視野に立って, 世界の哲学史という基盤からこ. れをみることもできるであろう. しかしここではも っとも狭い範囲に限定して, 高橋里美個 人の 経験内における哲学生成という問題を 扱うこと にしたのである. その他の視点よりの考察は, ま たの機会をまたなければならない. 高橋哲学の発生の源泉を探るあらゆる試みは失敗に帰するであろう. なぜならばすべて創造的. なるものの源泉は無であるからである. まさに高橋哲学は創造的なるものであり, 他のいかなる ものの模倣でも亜流でもなく, したが ってそれゆえにこそ高橋哲学の名をほしいままにすること が で き る も の な の で あ る.. しかし, す べて歴史的現実のものがそうであるように, この哲学が過去の現実からその素材の 提供をうけなか ったということはありえない. いな, 多くの点において, この哲学は過去 の哲学 的 遺 産 を ゆ た か に 相 続 し て い る の で あ る. い ま こ の こ と に つ い て 詳 しく 検 討 す る こ と は, そ の ば. あいでないが, ただ列挙的にこれらの素材の由来を掲げてみることとしよう.. まず高橋博 士の文献からみるに, その発表年次は, 博士の体系を構成するのに役 立った素材を 博士が楼取した次第を,物語っているものと思われる. 博士は明治43年東京帝国大学文科大学哲学 科を卒業したが, そのとき提出した卒業論文は “ライ プニッ ツの単子論に現われたろ綜合思想“. と 題 さ れ た も の で あ る. こ の 論 文 は 表 題 の よ う に ライ プ ニ ッ ツ の哲 学 につ い て 扱 っ た も の で あ り,. この哲学思想が博 士 に深く影響したことを示す有力な資料となるべきものであ ったろうが, つい. に公表せられないまま, 戦災で失なわれたのである. 博士はこの論文について回想し, その内容 - 1 -.

(3) . 野. 辺 地. 東. 洋. のスケッ チを記しているので, それによ ってわれわれは高橋哲学の出発点におけるライ プニッ ツ ‘ ‘私の哲学と人生観’ ’ 20頁) それによれば この論文 哲学の役割を知ることができるのである ( , , . の結 論 は つ ぎの よ う な も の で あ る.. ライ プニッ ツの単子論はその多元論としての性格をみずから否定するにいたるものである. こ. の否定は単千の本質から結果する. すなわち一多の動的統一としての単子の本質は多元論として の単子論に矛盾するにいたるのである. 単子は物質でなく表象であるが, 右の本質からみれば,. 個々の表象に先立 って, これを自己のうちから発展せしめる統一的法則が, まずなければならな い. したが ってもしこの考え方を貫ぬこうとすれ ば, 多数の単子のあいだにもかかる関係が成立 すると考うべき であろう. けだし二元論や多元論の論理的原理は矛盾の原理である. この原理は 区別の原理である. これに反してライ プニッ ツの創設した充足理由の原理は関係の原理である. かれの単子論はこの二原理の併用 のうえに動揺していたとみることができよう. もしかれの充足. 理由の原理が矛盾の原理にうちかつならば, かれの多元論は自壊せざるをえな いであろ う. この 単子論の自己否定はまず単子間の 関係として現われる. かれがこの関係を しエル (実有的) なも. のでなく, 単にイ デエル (想念的) なものとみたことは単子を表象とみたことと一面においてよ く一致するが, かれの観念論からみればイ デエルな関係こそ真実なる力的関係ではないか. 表象 の明闇の程度がやがて単子間の支配服従の関係と考えられたのも, これにもとづくのであろ う,. つぎに生物の個性やその生命の消長において単子間の連続が考えられ, 法則的変化が考えられて いる. さらにまたこの見方を徹底すれば, 神は他の一切の単千の動的法則と考えられなけれ ばな ら な い で あ ろ う. こ の よ う に し て ライ プ ニ ッ ツ の 単 子 論 は 内 部 か ら 自 己 を 批 判 しつ つ, つ い に ふ. たたび一種のス ピノ ザ主義に復帰するにいたる. ただしこの復帰は単なる復帰ではなく, 両者を 止揚して到達せらるべき高き統一でなければならない. しかし絶対者を追求するわれわれはこれ. に満足することなく, この動的発展そのものを包む全体性に到達せずには止み能わないであろう. これはライ プニッ ツの単子多元論を連続による 一元論的理解によ って解釈したものと考えられ ’ といわれている点は弁証法をお る. も っ と も こ こ に ”両者を止揚して到達せらるべき高き統一’. もわせるものがあるが, これは博士みずからが ”すでにヘ ーゲルに手をそめて多少は弁証法を心 得てい る私が連続律の哲学者たるライ プニッ ツに臨むのであるから, 連続をとりい れた弁証法的 叙述となるのは当然であろう” ( 19頁) と断わ って いる 点に相応するものである. それはともか くとして “動的発展そのものを包む全体性” という, のちの高橋哲学における体系存在の概念が, この卒業論文のなか にすでに現われたことについて注 目しておきたい. 連続律の積極的接取につ , いてはライ プニッ ツがそのひとつの源泉であ ることは, のちの諸論文の各個所によ ってうかがわ れ る こ と が で き る が, つ ぎ に ゴ ーヘ ソに 関 す る 研 究 の 成 果 に よ っ て, さ ら に これ の 接 取 を み る こ. ‘ゴーヘソの ‘根源の判断’ 並に ‘根源 とができるのである. それは大正11年に発表された論文 ‘ ’ の原理’ に つ い て’ で あ る. , し か し こ れ に つ い て 述 べ る ま え に, 年 次 的 に は 他 の ひ と つ の こ と が さ き だ た な け れ ば な ら な い.. それはベ ル グソンに関す る研究である.. 2. 博士はのちに ”概念としての空間には事実と意味との二重化があるけれ ども,. 感覚や知覚に. はそのことが最も少なく, それ自身空間的であらうと いふ見解に傾き, ベ ル グソンの ‘物質と記 4意 における純粋知覚の説なども, この見解を裏書きするものとして, 興味深く読まれたのであ ー 2 -.

(4) . 高 橋 哲 学 の 成 立 る“ (昭 和 7 年, “全 体 の 立 場”, 序, 3頁) と書 い て い る が, 博 士 は こ の ベ ル グソ ン の名 著 を 大. 正3年に邦訳され て, その序文に先生自身の空間に関する所見を述べている, 博士は時間論につ いてはまとま った著述を も っ て い る が, 空 間 論 に 関 して は こ の ”序 文” が た だ ひ と つ の ま と ま っ. た記述である. それはおおむね次のように論ぜられている. もし意識的空間が意識の事実 であるならば, 意識のある部分は空間的のものでなければならな. い. したが って空間性をも って物質の一標識とする限りにおいて, 意識のその部分は物質を有す るものでなければならず, すなわち精神と物質とはもはや唯心論がふつうに仮定するように, あ. いいれない概念ではなくな ってしまう. ただわれわれが意識について, 意識の事実そのものと, 意識の単にさし示す意味とを 区別するときにのみ, 空間を意識する意識がその実相にお いて非空. 間的であることが可能である. はたして意識的空間は意識の意味であり, そして単なる意味にす ぎないものであろうか. これにたいして考えられることは, 一方において必ずしも概念として空. 間が否定されな いと同時に, 他方においてカントにおけるような単なる直観の形式ではない 直観. の内容としての空間があり, かかる空間は, 非空間的直観内容の結果として第二次的に発生した ものではなく, シュ ッソ プの 論ずるように, 直観のいわゆる性質的内容と不可分離な原本的内容. であり, 直観の統一的内容の部分的内容であるということである. もしわれわれがありのままの 直観の事実に身をゆだねるならば, われわれはそこにこのような原本的な空間を意識せずにはい. られないであろう. 運動感覚や触覚のようなものにおいて性質に即した空間を認めることができ るときは, それよりもさらに空間的知覚の分明正確な視覚においてもこれを認めえないであろう. か. 視覚においてこれを認めうるならば, ふつうま ったく空間性を欠如し純内面的な継起的精神 過程とみられている聴覚においてもこれを認めることが不可能であろうか. ひとたび聴覚を空間 的と考える以上, 味覚喚覚のようなものについても当然そのように考えてよいであろう. このよ うに 一切の感覚 にたいして空間性が与えられることができるであろう. われわれの感覚がその本. 来の相において延長性を帯びるものとすれば, 意識すなわち精神はその本質において空間的のも のでなければならない. しからば空間性を物質の特色とする限りにおいて, 意識はやがて物質で はないか. 物質はやがて意識ではないか. このように考えてくると, われわれは意識を出発点と して, し か も あな が ち に バ ー ク レー の 観 念 論 に と どま る こ と を 要 しな い, ジ ェ ー ム ズの 論 ず る よ う に 数 箇 の 精 神 が 同 一 の 事 物 に コ ソタ ーミ ネ ー ト し, ひ と しく 同 一 の 事 物 を さ し, ま た ひ と しく. 同一の事物を捕捉することができる. ベ ルグソンの主張するように, われわれは純粋知覚におい て自身を外界に投置することができる, われわれの知覚する対象は, われわれの五官または脳髄. ないしは非延長的な精神におい て, 知覚されるのではなく, その対象において, その顕現すると こ ろ に お い て, さ な が ら に 知 覚 さ れ る の で ある.. 博士はのちに “かく精神をある意味で物質化することは逆に物質をある意味で精神化すること ‘私の哲学 であ って, それは私の所 謂体験全体の立場の論拠の一つともな っている” (昭和26年 ‘ と人生観” , 24頁) と述べているとおり, 右の空間論は体験一在存論成立の鍵のひと つでもある が, 博士の空間論は以上の物心の問題に尽きるものではなく, 全体存在の空間的構造の問題にも 重 要 な 関 係 を も っ て い る. こ の 点 に つ い て は の ち の 文 献 の 各 所 に 散 見 さ れ る と こ ろ で あ る が, こ. の問題ではもはやベルグソンの ”純粋持続” の立場とはま ったく狭をわかち, むしろそれとは反 対 の 態 度 の も の と な る. した が っ て こ の 点 は い ま の ば あい の 問 題 で は な い が, こ の “持 続” の 問. ’(昭和8年)その他のなかで ある種の制限のもとで大いに活用 されている 題は博士の ”時間論’ ,. ’ ととも ‘思 想 の 流 れ’ のである. すなわち時間流動としての純粋持続の考 えは, ジェ ームズの ‘ - 3 -.

(5) . 野. 辺 地. 東. 洋. に, 博 士の “体験流” の解明に功献する概念とな って いる のである. ただベル グソンの時間流が 過去への偏向があることにたい しては不満をもち, 半ば過去 的であり半ば将来的である現在の時 間流こそが, 真の時間流であるとの見解を, 博士は示 しているのである. 3. さて, さきに触れ た “ゴーヘソの ‘根源の判断’ 並 に ‘根源の原理’ について“ は, 博士みず か ら “それ以来根源無や無限小や連続の概念は私の哲学的見方から離れ難いものとな っている. ‘私の哲学と人 そ し て 私 は ゴ ー ヘ ソを 通 し て 再 び ライ プニ ッ ツ の 見 方 に か え っ て き た の で あ る” ぐ 生観” , 29頁) というとおり, 最初の卒業論文につな がる研究とな っているのである. 博士はこの論文において, い かにゴーヘ ソが根源の思想を重く考え, それを始源と解して体系 を開放的統 一とみているかを解説 してい る. ゴーヘ ソは判断の一般的性質を一多の保存, 離合の. 保存と解 し, 体系におい てこれを明らかに認めながら, なお思惟のやまざる発展を説 いているが,. これはまだ体系の真の意味に徹 しな いためではなかろうか. 博士はこのようにゴーヘ ソを批評し つつ, みずからは体系概念そのものについて 一歩を立入 ってい る, すなわち, 体系そのものは動 くことのないものでなければならない. 体系のほかにさら に体系があるならば, その体系は他の. 体系とともにさらに大なる体系をつくるために運動するであろう. しかし体系一般は動くことも なく, 生むこともな い ものでなければならない. すでに動ききり, 生みはてたのであるから, も はや動く必要も, 生む必要もな い ものである, というのである. ここでいわなければならない の は, 全 体 と い う こ と で あ る. そ の 例 と して A と B と の 全 体 な る も の に つ い て 考 え て み よ う. 創 造. 的発展 A→B の根源はまず前件Aにある. すなわちAが Bとな って自己の潜存的に含有する内容. を顕在的にするのである. 次に発展の根源は後件Bにある. すなわちAにおいて潜存的な内容, もしくは潜在的に考えられたAは, B に お い て 顕 存 的 と な っ て い る と み ら れ る の で あ る か ら, A を して B に 発 展 せ しめ た も の は A で あ ると い う の は 表 面 上 の こ と で あ っ て, さ ら に 深 い 相 に お い. て こ れ を み る と, そ れ は B で あ っ た こ と, A そ の も の も 実 は B に よ っ て 存 立 す る こ と が 知 ら れ る. のである. しかもなおAとBとを対立せしめるかぎり, 最後に根源はA→Bの統一的静止的全体 にあるということになる. すなわちわれわれ がなんらかの意味でA→Bなる発展の全体を知りう るならば, われわれはこの発展はその全体において保たれ, 含まれ, 存在せしめられ, いな発展. せしめられて い ることを思わざるをえない. 発展それみずからを含む発展の全体は, 発展と矛盾 するものではなく, かえ ってこれを完成する. それはもはや発展に外的に対立することではなく,. 静止そのものである. しかもそれは運動に対立する意味での, または無限小の運動としての, ま たは運動の抽象としての, または運動の結果としての静止ではなくて, 運動を含み, 運動を具体 化し, 運動を結果するところの運動全体としての静止である. この意味において 運動は静止への 道 を た ど り つ つ あ る も の, 発 展 も ま た 静 止 に 向 っ て 進 展 しつ つ あ る も の と い う こ と が で き る の で あ る.. ゴーヘ ソのいう根源の意味を深めていくと, 上のように静 止的全体, しかも一切を含む静止的. 連続的全体という概 念に到達せざるをえないというのが, 博士の考えたところである。 すべての 存在内容を, 思惟によ って根源としての無から微分的に産出するというゴーヘ ソの根源の原理の 意味を分析して, 右のような結論をえた博士は, ゴーヘ ソにおいてふたたびライ プニッ ツの問題 を発見したと考えたのも, また当然であろう.. -.4 -.

(6) . 高 橋 哲 学 の 成 立. 4. つぎに博士はフッ セルの研究にすすんでいる. 昭和4年代に書かれた, フッ セルに関す る紹介 論文は, のちにまとめられて “フッ セルの現象学” (昭和6年) という著書とな った が, さらに立 ‘フッ セルにおける時間と意識流”と”現象学的還元の可能4坐’ 入 りたフッ セル研究は, 5年代の ‘ と で あ る. こ れ ら に お い て な さ れ た こ と は, さ き の ベ ル グソ ンの 研 究 や, ま た そ の こ ろ な さ れ た ジ ェ ー ム ズ な どの 研 究 に よ っ て え ら れ た 意 識 の 流 動 の 問 題 を フ ッ セ ル に お い て 検 討 す る こ と で あ. った. そのばあい当然, 時間が関連的に考えられることとなる. 博士によれば, フッ セルの時間論には生産とか創造的進化とかという見方が十分 にとりいれら れ て い な い. こ の 点, ベ ル グ ソ ンの 創 造 的 時 間 の ごと き も の よ り も な お 受 動 的 で あ る. こ の こ と. は意識の自発性を制限することであって, 現象学者として事実性にたい して忠実ならんとする態 度として, 一面において賞賛されなければならないが, このような制限は, われわれの体験を如 実に記述するゆえんではない. ふつう感覚的原印象はわれわれのいかんともしがたい絶対的所与 性であると考えられている, しかしこのような感覚の絶対化は誤りであ る. どの程度まで感覚的 所与を意識の自覚的発展の流れに溶解しうるかは問題であるとしても, われわれは感覚そのもの. の成立にもある程度まで自発的意識の創造的関与を事実として認めなけれ ばならない. フッ セル の態度をもってす,るならば, 原印象は意識流にたいしてま ったく超越したままに 止まり, それと の内面的統 一 は考えられないのみな らず, 意識が印象を単に把持的に変 様することの可能性すら 説明しえないであろう. 事実はこれに反して, 意識流は印象そのものをも貫徹して流れ, 印象そ れ自身をもある意味で構成するものである, さらに博士によれば, フッ セルによ って示された時間図表は, この意識流の受動 性を反映して いる. かれの図表は抽象的な時間体験, ないしは例外的な場合を示すだけである. すなわちそれ は同一のテンポをも って流れゆく時間の体験をえがいたものであ って, そこには物理的ないし数. ・か. 学的な時間概念の混入がありはしないか. あるいは思想的混入 のあとがうかがわれはしなし われわれの具体的生活体験の時間は, 単なる形式ではなくて, 内容的差別をあらわすものであり, そ の テ ンポ は 一 様 で は な く て, と き に は 早 く, と き に は 遅 い の で あ る. 一様 の テ ンポ を も っ て 流. れる時間という ごときものは, このような具体的時間の抽象として考えうるだけである. われわ れの体験の全体は, 一切の可能 的 な時間の状態や方向を, いわば空間的に包含するものであって, われわれ がこの体験全体の立場に立つかぎり, また立ちうる程度に応 じて, 過去を現在になし, また将来を現在にな すことができる.. こ の よ う に 博 士 は, フ ッ セ ル の 時 間 論 を 紹 介 した あ と, め ん み つ な 批 判 を 加 え て い るが, さ ら. につけ加えて次のようにいう. “けれ どもわれわれが有限なる限り, すべての有限的存在者に必 然に属する一定の運命を荷うものである. この運命の支配する限り, われわれの時間は不可逆的 ” 07頁) こ 進程をたどり, 一度去 っては永久に帰り来ることがないのである.“ ぐ全体の立場 , 2 , こ に 博 士 の い わ ゆ る “運 命 時 間” の 問 題 が う か が わ れ るの で あ る. しか しい ま は さ ら に フ ッ セ ル. に関する問題をつ づけなけれ ばならない。 時間論や意識流の問 題の点では, さきに掲げたフッ セルに関する二つの論文の第一 が主 として それを担当したが, 第二のものはフッ セルの立脚点としての現象学的立場の中心問 題に関するも のである. この論文は現象学的還元の性格を分析し, あわせて批判したものであるが, 博 士の全. 体的静止の立場があ ってはじめてフッ セルの立場も成就するという趣旨のものである, その内容.

(7) . 野. 辺 地. 東. 洋. ‘体験全′体’ の概念も ない の詳細に立入ることは, いまは余裕がな いが, この論文で, 博士の ‘ , ‘ ” ‘ しは 体験一存 在 の概念も, その根本的性格が同時にはっきり打ちだされてくるのである. す なわち超越的存在も存在そのままの姿において意識内在のものとなる. したがって志向作用もフ. ッ セルの場合とちが って, 単に対象をイ デエ ルに志向するというのではなく, 対象に しエルに到 達するものとなる. 5. ヘーゲルについては同情的であるよりは, むしろ批判的である. 弁証法についていえば, それ を接取する態度よりも排除する態度の方がはるかに強いものがある, 博士は学生時代にすでにヘ. ーゲルに手を染め, それによ って卒業論文を書こうとしたくらいであるから, 初期においてヘー ゲルの影 響はないわけではないが, ヘーゲルにたいする決定的な態度をおおやけにしたのは, 昭 ‘ヘーゲルの弁証法の論理的構造に 和6年代に発表された一連の論文においてである. すなわち ‘ ” “ “ ” 関する考察並に批判” , ヘーゲル主義と新カント主義 , および 他の一つの止揚 である. し かしいまここでは, ヘーゲル批判の総括的な, 博士自身によ って簡潔に述べ られた言葉を引用す る こ と と し よ う. “内 容 的 に み て 私力P. と 博 士 は い う. “ヘ ー ゲ ル に 賛 同 し え ざる 点 は 多 々 あ る. が, これを形式的原理的にみれば, まず第一の相違点は, ヘーゲルの体系は動的体系たるを免れ ず, 否むしろその力学的なることを自ら誇るべき特色となすに反して, 私の体系は, 既にい った. ように, 運動を包括することによっ て運動を超越する所の運動全体としての高次の 静止なる点に ある. さらに第二の相違は, 私の体系は, ヘーゲルのそれの如き矛盾による弁証法的運動を含む に止まらず, 根本においては, 微分的連続と極限とをその本質的内容とする点にある.” ぐ全体 の立場” , 序, 9頁). ここにいわれた第二の相違点と して, 運動の方式に関する問題については, ‘いわゆる弁証法的円環運動という如きものも 現実的発 博士はまた次のように要約している. ‘ , 展と結合した体系存在の在り方として導来することができよう. それは体系存在の正格を崩して. それを相対化する場合に成立する螺旋的発展である. 弁証法にも色々の形 があるから一様には論 じられないが, ヘーゲル流の弁証法は矛盾対立をそのつ ど手際よく止揚し終えて次の矛盾対立に 移るというやり方であるが, これは現実存在の表面の, それも特殊な現象だけに眼を奪われて, その底流を注意しないものである……歴史的現実存在の根本的性格は連続的生成である. 断絶と 見えるものも実は犬なる連続における小波乱にす ぎない. 有無の相互転化の結果として成を説明 するヘーゲルは, 成が前提する有無の相互転化そのものが二重の成であることを見逃し, 却 って それによ って成を説明しようとする誤りを犯しているものである. 即ち成の本質は彼の弁証法に よ っては説明せられないのである. 成とは無より有へと連続的に発展す ることを意味する. それ 故に歴史的現実は弁証法をもって割り切るわけにはいかないものであって, これを割り切りえた ように思うのは, 現実存在が根本において程度的相対的な連続的な流 動であることを見失っ てい “私の哲学と人生観” 3 るものと評せ ざるをえな い.”( , 5頁). 運動に関するかぎり, それを連続的 程 度 的 な も の と み る 考 え か た は, ライ プニ ッ ツ ーゴ ー ヘ ンの 系 統 の も の で あ っ て, ヘ ー ゲル の 弁. 証法的なものとは対立的である. しかし弁証法も包弁証法的立場のうちに, 相応した地位を与え られているものであることは, 上の引用文の前者のもののなかで, “弁証法的運動を含む” とあ ‘歴 史 に お け る こ と に よ っ て, す で に い い あ ら わ さ れ て い る. そ して こ の こ と は 昭 和12年 の 論 文 ‘. る弁証法” のなかで具体的に分析され, また15年の “包 弁証法” において詳細に論理化されてい る.. ー 6 ー.

(8) . 高 橋 哲 学 の 成 立. ‘他の一つの止揚” においては 先件が弁証法的止揚によ て変様をうけることによ て なお ‘ っ っ , ,. もはや先件そのものの状態においては存在しないものとなり, 後件の契機としてしか存在しえな. いことからくる不都合に関して論ぜられている. そしてこれを解決する立場は, 動を包む静止的 全体の立場であることが述べられている. さらにまた博士は, 弁証法的立場にたいして連続的程 ‘種の論理について“(昭和11~12年 度的立場が 論理的に優越することを主張する言葉として, ‘ , この論文は題名からも察せられるように田辺 元博士批判のものである) のなかで次のように述べ ている. すなわち, 程度的相違の 関係と弁証法的対立の 関係との関係は どのようなものであるか. を考えたばあい, 弁証法的立場に立つものは, この関係もまた弁証法的関係であっ て, 前者をも って後者の止揚契機であるとなすであろう. ところが程度的見地をとるものはその逆に, 弁証法 的対立が程度的相違の特殊態として成立することを主張するであろう. もし一般に弁証法が程度. 的な見方を排斥するものとするならば, 程度的見方を弁証法的見方の特殊 態として導来すること は恐らく不可能であるが, その反対に程度的な見方はその特殊的極限的なぼあいとして, いわゆ. る弁証法的な見方をそのうちに包容することが 可能であろう. それはもともと程度の差別を許す 見方であるからである. 逆に, 弁証法的見方からも程度的差 異性を導来しうると論ずるかもしれ ないが, その弁証法の考える程度は程度という一つの概念にすぎず, その把握する特殊も特殊と. いう一つの概念にすぎない. ところが程度的見地に立つものが求める程度は多数の程度的程度で あり, また多数の特殊的特殊である. もし弁証法がこれらの多数の程度と特殊とを自己のうちか. ら実際に導来しようと試みるならば, 弁証法自身が程度的特殊的なものとならざるをえない. こ れは程度的特殊性の密輸入か, さもなければ弁証法自身の自己止揚にほ かならない で あ ろ う. ぐ体験と存在” , 194頁). これは弁証法的立場にたいして程度的見地が包越的地位にあることを論証してい る も の と し て, 注目すべきことと思われる.. さらにわれわれは進んで, ハイ デッ ガーにたいする博士の所見を重要視したい. 博士みずから ‘ ‘現実存在の有限性の強調において私は彼に負う所少しとしない“ ぐ私の哲学と人生観” 36頁) ,. と い っ て い る こ と に, 両 者 の 関 係 の 深 さ を 予 想 す る こ と が で き る の で あ る. ハイ デ ッ ガ ーに 関 す. る論文は昭和8年の ”ハイ デッ ゲルにおける有限性の把握について” である. ところが有限性に ‘意識現象の事実と其意味’ ’ にまでさかのぼ たいする博士の思索は, すでに明治4 5年の処女論文 ‘ ることができるのである. そこでは西田博士の説く純粋経験に達する可能性の問題についていわ れている. ”若し無限永遠唯一不二の純粋経験があるならば,個々の経験は其微小なる部分であ っ. て, それに与る限りにおいて, 其程度に従 って純粋経験である. 従 って如何に偉大なる霊魂でも, 神其者でない以上, 何等か限らるる所ある以上, 常に純粋経験に成り切ることが出来なし-…・純 粋経験は直接経験でなくて最後の経験である。 其最後は有限なる者の有限なる努力によって近 づ ” く事は出来るとしても到達しえない最後である” 7頁). このように人間存在 . ぐ全体の立場 . 42 の有限性の問題は, このときにすでに考えられて いたのである. さ て ハイ デ ッ ガ ーに つ い て は, 博 士 に よ る な ら ば, ハイ デ ッ ガ ー は 人 間 存 在 の有 限 性 を あ ま り. に有限的にとらえようとした, そのためにかえ って有限性を逸してしま ったのである. 有限性の 有限性たるゆえんは, それが 容易にきまりがつかないということにある. 有限なる自己は自己の. 限界につ きあたることもできな い. たとえ自己の限りを感じながらも’ ついにこれに面を突き合 一 7 -.

(9) . 野. 辺 地. 東. 洋. わせるだけの能力に欠けるのである. これを博士は ”有限性のもつ無限性” という言葉で表現し ている, 有限者が有限性に欠けることは, とりもなおさず無限性が暴露することになることだか ら であ る し か し私 は こ れ を ”有限的有限性” といいあらわしてもさしつかえないであろうとお .. もう,. 有限性であることが有限的だという意味である. 有限性を徹底させる方向からいえ ば,. こ の 方 が さ らに 有 限 的 で あ ろ う. そ の あ げ く “き ま り の つ き か ね る こ と” と い う こ と と な る. こ. の よ う に 有 限 性 を み る こ と は, ハイ デ ッ ガ ーの 立 場 よ り も さ らに 徹 底 した も の で あ る. 博 士 み ず ‘ハイ デ ゲル の 如 く に か ら, こ の 論 文 に さ き だ っ て, ‘ ッ , 有 限者 の立場を宣揚 せ んとす る ものす. らも, 私から見れば未だ真に有限者の立場をつきつめて, 個体の個体的なるものの奥底にまで掘 り 下 げ た も の で は な い と 思 う” (”全 体 の 立 場” , 序, 13頁) と い っ て い る と お り で あ る. こ の よ う. に個体を不確定的なものとしてうけとるときに, 個体が有限なるままに無限者にまでつらなる面 が浮かびあがるのである. かくして博士独自 の個体観, すなわち個 体の分散性や断片性, また集 中的な中心 性 や拡散的なフリ ンジ性の問題が生まれてくるのである. ハイ デッ ガーに おける “死 への存在” の個体性にたいして, 同じ有限性の問題から発して, それとは異なった個体観が成立 するのである. この点は前掲のハイ デ ッ ガー論につ づく, 昭和9年の論文 ”人生観の基礎概念と しての人間存在の有限性について” において述 べ られるところである. なお博士はハイ デッ ガーの解釈学的立場に関連して, 存在と意味との関係の点について, “存 在と意味との一致も結局は具体的全体性としての愛においてのみ見出しうると思う” ぐ体験と存 在” , 108頁) として, 広い意味での主意主 義の立場にたつハイ デッ ガーにとっては, 両者の真の 一致は不可能であるという批評をしている. またのちには (昭和14年), 博士はハイデッ ガーが人 間存在を規定して時間性としたことをも って, はなはだ実質的でない規定のしかたである とし,. かれのいうように人間が有限であるためにはすでに存在でなけれ ばならない, 有限性は存在性の 欠如様相にほ かならず, 有限存在は存在自体に与る限りにおいてのみ有限存在でありうるのだ.. したが って有限存在の本源的自己 性は有限性 や時間性にあるよりは, むしろその存在性にある. かくして時間性の 意味ないし根拠はかえって存在にあるといえよう, と説いている. この存在性 というのは, ひとまず時間性にたいして使われ た言葉であるが, 博士自身の言葉として考えるな. らば, 時間性をも含む全体存在の存在性ということになるので, 内在批評はそのまま 超越批評に つな がるわけである. この点, ハイ デッ ガ←の後期思 想と思いあわせて考えると, 興味は一段と 深 い で あ ろ う. 7. さて, さい ごにわれわれは西田幾多郎博士の登場を願わなければならない. 同博士に 関しては, ‘西田氏著 ‘善の研究’ を ‘意識現象の事実と其意味” が ‘ すでに高橋博士の明治45年の処女論文 ‘ ’ と 副 題 さ れ て いる こ と で 明 ら か な よ う に, 西 田 博 士 に た い して の 関 係 は こ の と き か ら 始 ま 読 む’ っ て お り, 同 博 士 の 登 場 は さ い ごに あ る べ き で は な く, 卒 業 論 文 に お け る ライ プニ ッ ツ の つ ぎ に. 位置す べ きであ ったかもしれない. この論文においては, 西田博士の ”善の研究”(明治44年) ‘純粋経塞淡’ に関する批評 が その主要問題とな っている この批評も種々の において扱われた ‘ . , 論点からなされている. たとえば純粋経験の統 一の問題, 同じく発展の問題な どである, しかし. 次の点はこの論文のかかげる表題に照らして考えるときに, とくに 重要なものであると思われる. すなわち西田博士は思惟や意志や知的直観の差別を種類上の差別ではなく, 程度における差別で あるとして, 純粋経験の範囲を拡張しようと苦心しているが,,その目的を達しえたと考えつつあ 8 -.

(10) . 高 橋 哲 学 の 成 立. るあし・だに, いつのまにか純粋経験を稀薄にし, かつ不純にし, またこれを主張しえたと思いな がらその実これ を否定してしま ったのである. そして純粋経験は具体ではなくてむしろ抽象, 事. 実ではなくてかえっ て意味, 実在ではなくて非実在であることを証明している, これは博士の矛 盾 に ほ か な ら な い, と い う の で あ る ぐ‘全 体 の 立 場”, 403頁). こ の よ うに こ の 論文 の 主 眼 点 は,. 事実と意味との区別をたてまえとした当時 の立場における批評であり, のちに高橋博士の考えか たにおける ”推移” の問題を述べ るさいに詳述されるように, この両者を区別する立場はやがて 徹回されるので, この点での西 田博士との関係は, これで打ちきられたこととしてさしつかえな ‘さい ご” に登場を願 た本来の問題にとりかから いであろう. つぎにわれわれは, 西田博士に ‘ っ なければならない. しばしば小論で引用に使われている, 博士の最初の論集的著書たる ”全体の立場” の序文は昭 和7年4月に書かれたものであるが, そこでは ”絶対無” の概念に関して西田博士からの影響に つ い て 記 さ れ て い る. そ れ は 次 の ご と く で あ る. ”現在の私は, 絶対を追求して, 更に大胆なる. 一歩を冒険せんとしている. この一歩を敢えて踏み出すことに私を勇気付けたものは, 近来西 田 先生の唱道せられる ‘絶対無’ の概念である. 先生の説かれる絶対無の深遠なる意味は私の未だ 十分に味到しえ ざる所ではあるが, それは深く吾々の心に訴える東洋的なものをもっ ている…… 私は先生のこの思 想に共鳴し, 且つそれに力を得, かくて先生に倣っ て絶対無への思弁的冒険を 決 意 す る に 至 っ た の で あ る.” (序, 11頁). こ の よ う に “絶 対 無” に た い す る 考 慮 に つ い て 西 田. 博士の刺激を認めているが, まだここでは ”絶対無” は予想的に考えられている. すなわち次の ご と く で あ る. ”今の私の予想が誤らないとすれば, 私の絶対無と考えるものは, 体系そのもの を包む, 純一なる全体p性としての全体性である. 一切の存在を包みつつ, しかも一切の存在を消 ‘一 切 の 自覚 し尽 す と こ ろ の, お の ず か ら に し て 空 零 な る 純 無 で あ る” (12頁), そ し て つ づ い て ‘. 的自己限定をも包む所の超自覚的な絶対者である” ということによ って, 一般者の自覚的 限定を 窮極の立場とする西田哲学にたいする批判をも, すでにほのめかしているのである. このように西田博士からうけた影響としてとくにとりあ ぐべ きものは “無” に関する思想であ. 0年の論文 ”根源可能性と体系可能 った. そ してこれが具体的に展開され詳述されたのは, 昭和1 性” においてであった. も っとも昭和8年の “時間言命’ のなかですでに, 時間を包んでそれ自身 は無時間的な永遠者をも って絶対的存在となし, それは対を絶することをも って “存在とよばれ ‘体験と存在” 93頁) 永遠者がた るよりはむしろ絶対無とよばれるに 適するも の” としている ぐ , . だちに絶対無であるとするよりは, その一歩手前の体系存在と名づけることで止めておいた方が,. 博士の首尾に一貫するものがあるであろうが, と愚考される. このことはさてお き, ともかくも ‘絶対無’ ’ なる言葉が語られているのである (博士の ”絶対無” の初見は昭和6年 右のように ‘ . の論文, すなわち既掲の ”ヘ ー ゲ ル の 弁 証 法 の 論 理 的 構 造“ ま で さ か の ぼ る こ と が で き る). ま た ‘時間言甜’ において 西田博士の立場 すなわち ‘ ‘永遠の今” の自覚的 な 自己限定として行 この ‘ , , 為的時間 を考えることが流動をもって本来とする時間論からみて不適当であることが, 批判され 82頁). それはそれとして, 無が詳論されているのは, さきに掲げた昭和10年の論文にお ている ( いてであ って, 無は根源無 o 体系無・絶対無という三種の言葉によ って判別されている。 いまこ こ で, こ れ ら の それぞれについて解説す ることは不可能であるが, 博士の立論の構成は次のごと. くである. まず可能性の問題をアリストテ レスにおける可能的質料の概念に関係せしめて考察し, 体系存在それ自身を可能にする第一体系可能的質料, すなわち “体系無“ の概念を導来する. 体 系無は, それがも っとも具体的となる場合には “絶対無” を意味することができるが, ここでは.

(11) . 野. 辺 地. 東. 洋. 体系存在から絶対無にいたる第 一の層としての無なる第一体系可能的質料が意味される. これを 越 え る こ と に よ っ て, さ らに 深 い 絶 対 無 の 層 に 進 む こ と が で き る, と い う の で あ る. と こ ろ で 西. “ ” 田哲 学でいわれる無なる場所は, なお 自己限定的なものとして, 相対的な 根源無 の性格をも “ ” ったも のとみられる. それにたいして 体系無 は, なお可能的質料的抽 象であるとはいえ, す でに根源可能性と しての無を包越するものである. ぐ体験と存在” , 序, 9頁). この点は博士の. 西田哲学の綜 括的批評のなかにふたた びあらわれてくることは当然であ る. すなわち昭和11年の 論文 ”西田哲学について“ のなかで, 他の点とともにこの無の問題が, 一 つの重要な批判点とな ‘ ” 5頁). っている. ぐ 歴史と弁証法 , 12 無に関して西田博 士との 関係としてみるべ き点は上記の ごときものであり, それによれば博 士 ” ”. は西田博 士の刺激をうけつつ絶対無について思索をな し, ついに西田博士の 無 よ り も さ らに 無的なる無に到達したというべき であろう. なお, かかる無を考えるにいた るまでに, 無に関す. る博士の思索に推移が みられることは, のちに ”推 移” の 問 題 に お い て み る こ と と しよ う. た だ ‘神秘的な境域” が存する ここにつけ加えておくが, 体系存在から絶対無へといたるところには ‘ ‘危険なる航マ ‘ ‘ ” メ房 を ことを, 博士は昭和7年の 序文 において述べ, 絶対無に到達するためには‘ “ ” ” ” ” る し 私 は て い そ て なお 序 文 で い へなけれ ばならな いと, 昭和10年の 体系と存在 の っ . 暗礁多き航程を前に している” という文で, この序文を結んでい るが, まさに絶対無に到達する ” ‘ ‘序文” で予想的にいわれた ように ‘ のは, 昭和7年の ‘ , 一切の存在を消 し尽 さなければなら な い の で あ る. こ れ は, の ち に 昭 和26年 の ”私の哲学の歩み” のなかでもいわれているように, ”体系存在から絶対無に到達するには思索力の異常なる緊張を必要とするが その飛 翻の中途に , 7頁) というほ どの難事である. 博士はある箇所で して思弁の翼が傷き破れるかも分らない” ( 3 7頁), また他の箇所では, 絶対無は一切 は絶対無は体系存在を ”包越する” といっているが (3. ‘ ‘包 消 す る“ も の で あ る と い て い る (37頁) ‘ ・を そ の 内 に あ ら しめ, し か も そ れ を ‘ っ , 一切 をそ , “ ” ” ” “ ” ” の 内 に あ ら しめ と い う の は 包 越 で あ るが, こ の 包越 と 包 消 とのあいだには, 一見,. 意味のうえではかなりの差, いな矛盾があるよ うに思われる. 包越は包存を意味し, けっ して包 消 で はないの で はな いか ま さ に そ の と お り で あ る し か し “包 越” の さ らに う え に ”包消” と .. .. いわれなければならないところに問題の鍵がある. 絶対無にいたる道は ”包 越” で あ り, し か も ま た ”包 消“ そのものでなければならない. それは博士において “神秘的な境j災’ と予測されて. から 3 年 た っ た と き に ”暗 礁 多 き 航 程 を 前 に し て い る” と い わ れ, そ れ か ら さ らに16年 の の ち に お いても, な お博士をして “その飛 期の中途にして思弁 の翼が傷き破れるかも分らない” といわし めているものである. 博士はこの境地を神秘主義の世界だと, 語って いた が, それは論理の世界 の旅路の果てに到達せらるべ き世界であ・ って, 論理の働きを断念することによ って得られるが ご と き も の で は け っ して な い で あ ろ う. 博 士 は ”柳紅花 緑” とも,“この暗黒は空明なる太陽の光“ ともい ったが, まさにこの神秘の境域を, か っての神秘主義者たちの表現を用 いつつ, 適切にい い あ て た も の と い う べ き で あ ろ う. “こ の 矛 盾 は 体 系存 在 の 立 場 か ら 見 られ る 限 り に お い ,て の み. ‘体験と存在” 3 矛盾として現象する“ ぐ , 03頁) と述べているが, 論理をこえた世界は, 論理の世 ばかりである. 絶対無はかく して よ て象徴化されることができる 界からは, ただ逆説的表現に っ. 包越と包消とをともに許す世界である. しかし, 下根の筆者は絶対無をさながらに体験する機会 にいまだ遭遇 していないが, 博士はこれ以上に絶対無について語らず, ただ沈黙することによ っ て, これを示 したのかもしれない. 黙示こそが絶対無の世界のものとみた方が, 真意であろうと 思われる. あるいはまた, 博士は絶対無を体験の言葉による表現として “無愛の愛” ともい った - 10 -.

(12) . 高 橋 哲 学 の 成 立 l が, 博士自身のあの “宇宙的微笑“(Cosmi e) が そ れ を 暗 示 し て い た か も しれ な い. c Smi さて, 西田博士に関しては, まえに保留しておいた, 他の一つの大きな批判点をここにとりだ. さなければならない. 無の考えかたにたいする批判とならんで, 西田博士批判の他の一つの柱と. なるものは, 同博士の弁証法的思考にたいするも のである. 弁証法にたいする批評 はヘ ーゲルに たいして充分なされたことは, すでに述べたとおりであるが, この問題はそのまま西 田哲学にた いしてもあてはまるものである, しかしながら弁証法の うちでも, 西田哲学のそれは “場所的弁 証法” とよを れるものであるから, このばあい, その特殊性に応じて批判されなければな らない , そこでそれは, 博士の弁証法観を綜括的にうかがうことのできる論文 “包弁証法” (昭和15年) の な か に つ い て み る こ と と しよ う. そ れ は次 の ご と く 述 べ られ て い る。. 場所の弁証法においては, 場所は一般者をあらわ し, たがいに対立する正と反とは特殊者 ない しは個体を示すものであり, そしてこの場所的一般者は特殊者ないしは個体相互の対立から隔離. することなく, それと相即する. したが ってこの弁証法は, 場所的一般者の自己限定 即特殊的な いし個体的対立者間の相互限定なる定式によ って表示されることに なる。 しかし この場所的弁証. 法といえども, はたして真に過程性を超克しえたものであるかというに, 対立的特殊者の相互限 定を場所的一般者の自己 限定によらしめているか ぎり, 場所が対立者の根源ないし根拠と解せら れていることによ って, その自己限定はやはり過程的一方向的として考えられることに な る. も し一般者を特殊者がその うえにおいてある場所と考える見方を固執するな らば, 一般者 と特殊者. とをともにあらしめるところの一般者が, さらに必要となる。 かくして場所の無限 後退がみられ て果てしがない. もしわれわれが真に過程性を超克しよ うとすれば, 場所をただ特殊がその うえ. においてある場所と解することなく, これを特殊がそのうちにおいてある場所と考える べきであ る. そしてかかる場 所は, むしろ特殊を包む全体性と解すべきもの であ って, 特殊をそのうえに. おいてあらしめる場所は, かかる全体性の抽象面として成立しうるにすぎないのである. それは 場所的弁証法そのものを 包越的に止揚する包弁証法的全体でなければならない. ぐ‘包弁証法『 27頁),. 西田博士よりうけた 影響ならびに批判は, そのも っとも主たる点についていえば, 以上のごと くである・ R U. これまで, 高橋博士がその思索の道を歩むにあた って経過してきたところの道筋をたどりつつ,. 種々 の 方面 よ り う け た も の に つ い て 検 討 し き た っ た の で あ る. こ れ を ひ と と お り 整 理 し て み る と,. 1 1ベル グソンの空間ならびに時間流の概念, L )ゴーヘ ソの根源と連続 )ライ プニッ ツの連続律,{ 2 ( 3 の概念,( 4 5 7 }西田博 }フッ セルの現象学,{ }ヘーゲルの弁証法,( }ハイ デッ ガーの有限性の概念, ( 6 士の無の概念, ということになる・ ぅかと思う. これらのいずれもは, 完全に原型のままに博士に お い て用 い ら れ て い る も の は な い か わ り に, ま た ま っ た く 廃 棄 さ れ て 省 み ら れ な い と い う も の も. ない. すべては博士の包括的な “全体の立場” において包越され, 活かされ, 保存されているの である. しかし以上を回顧してみたところ, この七つの項目のなかで, 博士の立場に比較的積極. 的なものと比較的消極的なものとが分類されるように思われる, あるいはこれを, 博士の学的経 験にとって, より親密であ ったものとより疎遠であったもの, さらには, 、より親和的なものとよ 1牲K樹は 1 2 ) 3 り反援的なもの, といいかえてもさしつかえないかもしれない, 筆者にと っては,( ) L (. 5 1 }は後者であるように思われる. ひとによってこの判定はさまざまであろうが, 前者 であり, t 7 ( - 11 -.

(13) . 野. 辺 地. 東. 洋. 博士の著述の全体を通じて感得される空気は, まずこのようなものであろう. 西田博士について いうならば, もちろん博士は生涯を通じて, かれにたいして絶大なる敬愛の念を捧げていたこと. は, これも全著述によ って示されるところであるが, 学的立場にあってはむしろほとん どつねに 批判者たるの姿勢をと っていたものと考えられる.. なおこれまで小論で触れられなかった多くのひと びとの立場についても, 多かれ少なかれのか. か わ り が 博 士 に た い し て 存 す る. ジ ェ ー ム ズ に し ろ, リ ッ ケ ル トに し ろ,田 辺 博 士 に し ろ,み な 然. りであり, そしてこれらがやはり, 積極的と消極的との二群のいずれかに帰 属せしめられる. し か しい ま は 当 面 の 問 題 に と っ て も っ と も 重 要 と お も わ れ る も の を 選 ん だ に と どめ る こ と と す る.. ただここで一言つけ加えて, 博士の哲学的思惟の方法にとって, 以上の影響者の積極的なるも. い ず れ が も っ と も 力 の あ る も の で あ り た か, と い う こ と を 考 え て み よ う. そ れ は ”体験の事実そのものへ !“ とい う 博士自身によ て標語的に提示された言葉に照らして お. の の う ち で,. っ. ,. ,. の ず か ら明 ら か で あ ろ う. も ち ろ ん “体 験 の 事 実” と い う 概 念 内 容 に お い て, フ ッ セ ル の そ れ と 異なるものがあることも考えられるであろう いまそれを検討している暇はない しかし ”私 の. . . 準拠す べき格率は, 潔く戒心を去 って ‘事実そのものへ!’ ということ, 特に ‘体験の事実その も の へ !’ と い う こ と で な け れ ば な ら ぬ” と い っ て い る も の が, 現 象 学 的 方 法 を 指 示 して い る こ とは, たれの眼にも明瞭であろう. 博士は ”この点において私は広き意味での現象 学的態度に賛 同 を 惜 し ま な い も の で あ る” と, つ づ い て 真 意 を 吐 露 して い る. ぐ‘全 体 の 立 場”, 序, 16頁).. 博士がかってフライ ブルク大学に 遊学されていたときにフッ セル教授を 怒らせたという話は, ‘学者を 怒 ら せ た かなり知られている. 博士自身も随筆風にこれについて書いたこともある. ぐ ’ 雑誌 ‘ ‘ 話’ ′び’ , , 昭37年12月). ある日, 博士は他の日本人留学生とともにフッ セル教授の自宅 に招待された. 教授は “現象学を君は どう思う” と博士に問うた. 博士は ”現象学の方法も哲学 における一つの重要なる方法 ではあるが, 哲学の唯一の方法とは思わない” 旨を答えた. これに よ っ て 座 は た ち ま ち し らけ て しま っ た, と い う の で あ る. こ の よ うな エ ピ ソ ー ドの 主 役 で あ る 博. 士は,“私は体験の事実性への着 眼ということにおいて最も深く現 象学の主張から学ぶ所がある” ‘現象学的還元の 可能性’ ‘体験の事実性への着 ’ ”全体の立場” 111頁) と述べて いる この ‘ ぐ . , , 眼” が博士の 哲学の方法にとって最重要なことであるからには, 博士が 方法論的にも っ とも深く 影 響 さ れ た の は 現 象 学 だ, と い う こ と に な る. ”一 つ の” で は あ るが ”唯 一 の” で は な い, と 面. と 向 っ て 答 え た こ と と は 異 な るも の が あ る. だ か らと い っ て, か の エ ピ ソ ー ドか ら, 博 士 は 逆 追. ‘私は帰朝後 従的性格の持ち主一つむじ曲リーであ ったという結論は生れてはこない. なぜ なら ‘. 次第にフッ セル的現象学の方法の価値を認識するようになり, 今ではそれが私の哲学の最も重要 ‘学者を怒らせた話“) とあるとおり 現象学に最上級の形容詞を冠せしめ な 方 法 に な っ て い る“ ぐ , る よ う に な っ た の は, “帰 朝 後 次 第 に” の こ と な の だ か ら で あ る. (博 士 が フ ッ セ ル の も と で 学 ば. れたのは, 著書 ”フッ セルの現象学” の序文によれば, 大正15年の秋から翌昭和2年の夏にかけ ての2学期である). 9. 以上みてきたように, 博士の哲学的思索の過程に あって, 外部からの大きな影響があったこと が了解されるのである, そして博士の思惟体系のなかにその多くのものはいずれかの地位を占め ずにはおかなかっ たのであるが, しかしながらそれらを包み容れるところの思考はま ったく博士. 独自のものであったのである. そしてそれは博士の全思考過程を通じて一貫していたのである. - 12 -.

(14) . 高 橋 哲 学 の 成 立. ‘私の卒業論文の骨格は 博士は小論のはじめに掲げた卒業論文の梗概を述べたあとのところで,‘. 右の如きものであるが, そこに既に私の現在の立場が大体現われていると見られるであらう. そ の時以来幾十年もの間根本の立場が変らぬということは褒むべきことか 舵すべきことかは分らな いが, 事実なれば致し方もない次第である” ぐ 私 の 哲 学 と 人 生 観”, 23頁), と い っ て い る. ま ‘全体の立場” は すでにみたとおり卒業論文以来のも ことに博士の ”全体性” の概念, ないし ‘ ,. のである. 明治4 5年の処女論文では, 西田博士を批判しつつ, 純粋経験の統一性に関する問題に ‘真個の実在は 全体としてのみ存在 関連して, 博士自身の見解がつぎの ごとく述べられている。 ‘. し, 実在は全体なる故に-でなければならず. 其一は多と対立する一でなく多を包む全体なる一 であり, ーなる故に静止でなければならず, その静止は活動と対立する静止でなく, 活動其の者. の全体としての静止であり, それは叉事実であるが法則に対する事実では なく, 法則を具する全 体としての事実である. ……此故に叉知識とか意識とかは寧ろ現象的過程であって, 実在の真相 ‘ ” は情念的の者, 全体として無限なる愛其物であると思ふ” . ぐ 全体の立場 , 410頁) . 西田博士の 純粋経験も原初的に統一の立場に立 って考えられたものであるが, 博士は博士自身の全体の立場 の輪廓を上の言葉によ って示したのである. また ”一般に関係や連続の概念に於ては, 差別に先 って統一があり, 部分に先って全体がある, 即ち, 全体の統一的法則が関係連続に於て自ら差別 相を現ずるとせねば, 関係, 連続その事が不可解に帰して了ふ. 故に吾々は勢ひ個 々の経験から 12頁) といって 出立する立場を棄てて, 逆に全体の経験から出立する立場を取らねばならぬ”(4 いる. この “全体の立場” とともにそれと表裏をなす “感情実在” としての ”愛” の思想もまた 明治45年に公けにされて以来継続してきたものである, これらの根本概念によってつ づ られる基 本的立場は少しも変化していない。 いな, 発展すらもしていない, ただ年月 がたつにしたがって 分析が詳細になるだけであり, 論理的組織にいささかの変化もないのである. これはま ったくの ’ こと, “事実なれば致し方もない次第である’ . この不変化のうちにも仔細に検討すると ところが, , 例外的に三つの点での変化 ないし推移を われわれは発見することができる. このおのおのの点について博士自身も, 考え方の推移を認め ている. その第一の点は, ヘーゲル的思考法に関する点である, すでに触れたように博 士の回想. によれ ば, 博士は在学当時ヘーゲル哲学に関心を寄せ, 卒業論文はこれについて書こうとしたが, 波多野精一博士の忠 告にした がってそれをやめて, ライ プニッ ツを主題とすることにしたのであ る そ の 結 果 と し て は ま え に 述 べ た よ う に ”連続を取り入れ た弁証法的叙述となるのは当然で .. ,. あろう” ということになったのである. 博士における弁証法の尊重は大正11年の述作にも跡 づけ られるように思われる. 同年の小論文 ”求 む る も の と 求 め られ る も の” に お い て, そ れ が み られ るであろう。“求めらるるものは, 求むるものをして求めしむるものであり, 求むるものは求む るこ と 以 外 に 存 在 す るこ と なく, 従 っ て そ の 存 在 は 求 め ら る るも の に よ っ て, 求 め し め られ る こ. とによ って生み出されたもの, 即ち, 求めらるるものが求むるものとなって, 自らを求め求めて や ま な い の で あ る” ぐ全体の立場” , 24頁) といわれている点において, それが考えられる. こ の 引 用 文 の さ い ご に み られ る ”自 らを 求 め 求 め て や ま な い” と い う動 的 な 考 え 方 は, ヘ ー ゲル 的. ‘全体の立場” の序文で “本書に収めた小篇 ‘求 思考法の影響というべきである. 博士みずから ‘ , むる者と求めらるる者’ の立場は, なお弁証法的な立場に止まるものとして解せらるることを望 む” と断っているとおりである. この弁証法的無限運動の立場は, その直後に公けにされた論 文, すなわち同年の ”ゴーヘ ソの ‘根源の判断’ 並に ‘根源の原理’ について” においては姿を 消して, 静止的全体の立場があらわれている. それはすでに 3に お い て み た と お り で あ る. こ の 一 13 -.

(15) . 野. 辺 地. 東. 洋. 統一的静止的全体の立場は, 弁証法批判に関しては, ついに “包弁証法” の立場となってあらわ れ て く る の で あ る.. つぎに見解の推移の第二の点は, 事実と意味との区別の問題である. 博士におけるこの問題の 出発点はカントの空間概念にたいする理解問題であった. 博士は在学中, この点について次のよ うな疑問をもった. カントの空間論では, 空間が時間とともに直感形式とな っているが, “もし 直観形式としての空間は主観的なものであり, 従 ってそれ自身非空間的であるならば, そして感. 覚も亦それ自身は非空間的な与件であるとするならば, それ らの非空間的な二つのものの結合か ら, 女ロ何にして空間的なものが 一般に成立しうるであ らう力ぞ.ぐ全体 の 立 場”, 序, 3 頁). こ れ にたいする博士自身の答えとして, 次のように考えた. ”主観の事実としての空間形式はそれ自 身非空間的であるとしても, それが指し示す意味そのものはまさしく空間的であり, この意味と して空間を媒介として見られる限り, それ自身非空間的なる感覚内容が空間的なるものとして吾. 々 に 現 象 す る こ と が 可 能 で あ る”, と. も っ と も こ れ は カ ン ト自 身 の 立 場 に 立 っ て の う え で の 議 論. であ って, 博士自身は概念としての空間に は事実と意味との二重化があるけれ ども, 感覚や知覚. にはそのことがもっとも少なく, それ自身空間的であろうという見解をも ったことは, さきに述 べたとおりである. ところで, 事実と意味との区別は ”無” について考えるばあい, その効果を ‘無” という概念そのものは 一 つの意識的事実と して はなはだ明瞭に発揮してくる. すなわち ‘ , は, たしかに一 つの有でなければならないが, その指示する意味は無そのものであるということ が, 両者の区別によ っていわれる. そこで一面からみれば, 無を意味するところの意識現象の事 実的存在は, 意識の事実とその意味との区別を必要な らしめる根拠となるとともに, 他面からみ. れば, この区別によ ってはじめて無の問題は解決され る. さらに無の問題ばかりでなく, 概念・ 判断・希望・理想・記憶・想像な どの意識現象にまで拡張することが できよう. そしてとくに誤 謬の可能や, 悪の可能を説明するために, あるいは相対主義を超克するためにも, この区別は利 用 す る こ と が で き る で あ ろ う. こ の よ う な 考 え 方 は プ レ ソタ ー ノ や フ ッ セ ル の 志 向 性 の 概 念 に お. のずと一致するものであろう. 博士はこの考え方について ”意識現象の事実と意味との区別は, 大体右のやうにして, 私が自己流の考へ方 で到達した思想であるが, しかし或は当時比較的多く 接 す る 機 会 を も っ た パ ー トラ ン ド・ ラ ッ セ ル の 思 想 (こ と に 彼 れ の ライ プ ニ ッ ツ 研 究) が 暗 々 裡. に多少これを示唆する処が あったかも知れない. 私は当時既に プ レソターノ の心理学の或る部分. を読んでゐたり, 彼れが意識の重要なる特色の一として挙げた志向性の思想その ものにも興味を 感じたことは事実であるが, 何故か実際にはそれが私の意味の思想に直 接に結合してこないで,. 却 って間接にラッ セルを通して幾分の影響を私に及 ぼしたことは, 私の浅学のせゐには相違ない が, まことに不思議といはねばならぬ” ぐ全体の立場” , 序, 6頁) と述べている. ” ” 処女論文 意識現象の事実と其意味 はこのような考え方から書かれた ものであった が, 博士 の述懐によれば, “事実と意味との区別をかくも頑強に主張し且つ固守しつつあった 既にその時 ” に於て“ , 博士は 一つの微かなる, しかしどうしても制圧し切れない疑問の前に或る不安を感 じ ’ い た の で あ る (同 6頁) そ れ は 次 の よ う な も の で あ る て’ . . . ,. なるほ ど無の概念は, 一種無類の概念である. なんとなれば, さきにもいったように, 想像や 空想な どの対象は, なんらかの意味では存在するといいうるであろうが, なんらかの意味でも存. 在しないというまさにそのことが, 無の意味であるからである. しかし無ははたして絶対的にな んらの意味でも存在しないであろうか. 意味として存在すること も, すでに存在の一つの仕方で は な い で あ ろ う か, さ ら に ま た こ の 意 味 が, と も かく わ れ わ れ に よ っ て 意 識 さ れ て い る 以 上 は, -- 1 4-.

(16) . 高 橋 哲 学 の 成 立. なんらかの意味において, 意識の内容として, また意識の事実と して 存在するのではなかろう か. また意識の事実とその意味との間の 関係, その 関係の連続は, はたしていかに考 うべきであ ろ う か. こ れ ら の 疑 問 に 答 え る こ と に, 博 士 は 向 か っ た の で あ る.. これにたいする解決は, 意味も存在であるとみることによって, 事実と意味とのあいだの境界 線の撤廃というかたちとな って実現したのである. すなわち意味というものも意識されているか ぎり, やはりなんらかの仕方で意識に存在するものである. また事実は意味にまで しエルに届い. -種の事実であり, 事実の一様態として導来されなければならない ている, いいかえれば意味も- ものである, ということになったのである. これが具体的には, さきに掲げた論文 ”現象学的還 元の可能性” のなかに, フッ セルの現象学における志向作用の問題にたいする批評とな ってあら われたのである. さらに第三の推移点としてとりあぐべ きは,無に関する考え方についてである, 昭和7年の”序 文” で博士は, さきにも述べた ごとく, 絶対無について予想的にふれたのち, “私の哲学的思索の 12頁) 最初の課題であった 無の問題は, 今やその最後の決定に到達しえたもののやうである” ( “ といい, それまでの無に関する考え方の推移を回顧している. すなわち 始め無は, 有に限界づ. けられたろ, 有の欠如様相と解せられ, 次に全く非存在なる単なる意味と解せられ, 更にまたゴ ーヘソ的根源無と解せられたが, 今や最後に体系全体としての超対立的超自覚的な純 一にしてま た完-なる絶対無と解せられるに至 った” とある. ここに無にたいする見方の四 階程がある. こ のさい ごの “絶対無” については, すでに西田博士との関係を主題と したところで述べたとおり である, このような変化も, 高橋博士における珍らしい推移の現象として, かぞえなければなら ないものであろう. これが推移の第三点である. お. わ. り. に. 高橋哲学は以上の ごとく, 多くの周囲の哲学と交 渉をもち, それ らの影響をもうけた が, その 根本においては変らざる基本概念をもっていたのである. これをもととして, そのうえで諸家の. 立場を検討し, 批判し, 変様し, そ してそのなかにそれらを受容するという方 式がとられたので ある. この受容の態度と しては, いずれの立場もそれを徹底していけば, 全体の立場, 絶対的静 止の包越的立場に到 達せざるをえない, という論理的道行きがとられたのである. これを裏返せ. ば, 包越的立場において諸家の立場が真に活かされ, 存在する道を与えられる, いうことにな る の で あ る. と こ ろ で こ の 基 本 概 念 が どこ か ら由 来 した か と い う こ と を 問 う こ と は, 小 論 の は じめ. にも述べた ごとく, ま ったく無意味なことである. これはまさしく独創のたまものだからである. しかしこの独創は, けっ して個人の思いつきというが ごときものではなく, 論理的必然を媒介と. した も の で あ っ た の で あ る. た だ, こ の 論 理 の糸 の 両 端 は 無 に 接 して い る の で あ る. お よ そ 哲 学 に お け る 真 の 独 創 と は か く の ごと き も の で あ り, かく の ごと きも の で あ っ て こそ, ミ ネ ル ヴ ァ の 女 神 に 捧 げ る に ふ さ わ し い も のと, い わ れ る こ と が で きる で あ ろ う.. ロ射記〕 高橋里美博士は昨年5月 6日, 77才をもってその生涯 を閉じられた, 小論は, 博士追悼の催しの一つとしての, 昨秋仙台でなされた東北哲学会における報告である,. - 15 一.

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