論 説
1.営業秘密侵害罪と不正競争防止法二一条一項三号
営業秘密の重要性に鑑み、不正競争防止法の平成一五年法改正により営業秘密の刑事的保護規定が導入されて以
来、数次の改正を経て、その保護はさらに強化されてきている。直近の平成二七年法改正によっても、未遂犯処罰や
国外犯への加重刑罰が導入されるなど、その保護が強化されるに至っている。
しかしながら、営業秘密の刑事罰規定においては、いまだ、解釈上多くの疑義もあり、その意義を明確化させるこ
とは大きな課題といえよう。そして、その解釈論は営業秘密の保護に資するものでなければならない反面、その性質
上、解釈を誤れば対象者に不測の不利益を与える危険性が高く、検討にあたって、その点を充分に考慮せねばならな
い (注1)。
加えて、その基本類型である不正競争防止法二一条一項一号から九号まで (注2)の中でも同項三号はとりわけ異質な規定
であろう。同号は、同法の民事規定にはない類型でありながら刑事規定にのみ規定されている点、また、その法文で
特殊な用語が使用されている点で特徴的な規定である。また、同号は「示された」類型の中でも使用・開示に至らな
い段階で刑事罰を科すものであり、特に、解釈に注意を要するものといえる (注3)。
不正競争防止法二一条一項三号 と 任務違背 ・ 図利加害目的
帖 佐 隆
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐) 以上のことから本稿は、営業秘密侵害罪の意義を考えるとともに、不正競争防止法二一条一項三号の解釈論を提示
し、加えて、任務違背要件、図利加害目的要件の解釈についても言及していくことを目的とするものである。
2.営業秘密侵害罪の保護法益と三号の性質
まず、刑事規定である営業秘密侵害罪を考えるにあたり、営業秘密侵害罪の保護法益から考えていくこととしよう。
営業秘密侵害罪の保護法益については、(ⅰ)営業秘密の財産的価値、(ⅱ)公正な競争秩序(の維持)、の二つと
される (注4)。このうち、(ⅰ)は個人的法益に該当し、(ⅱ)は社会的法益に該当することとなろう。なお、この(ⅰ)(ⅱ)
のどちらが主であるか、ということには議論がある (注5)。筆者は(ⅱ)の社会的法益が主であると考えるが (注6)、本稿ではひ
とまずこの点は措いて、両者を保護法益と考えることとする。
この保護法益を考えるうえで、(ⅱ)の社会的法益の内容は抽象的であるため、もう少し掘り下げて考えてみるこ
ととする (注7)。「競争秩序」とは、成果の程度に応じた勝者の決定を歪曲しないとする公的なルールである。一方、営業
秘密侵害は、他人の成果を冒用する行為である。したがって、「公正な競争秩序」とは、営業秘密侵害という成果の
冒用を防ぐことにより、成果の程度に応じた勝者の決定を歪曲しないとする公的なルールとなろう (注8)。このルールの維
持こそが上記(ⅱ)の保護法益となるのである。
これに対して、営業秘密侵害罪は、二一条一項一号から九号までに規定される行為からなるが、ここに規定されて
いる行為としては、営業秘密の「使用」、「開示」、「取得」、(平成二七年改正法により新設の)「違法使用行為により
生じた物の譲渡等」、及び、本稿の課題である、三号の、営業秘密の〝領得〟、がこれに該当する。これらがどのよう
論 説
な形で法益侵害につながるのであろうか。以下にみていくこととしたい。
(1)「使用」と「開示」についての保護法益
まず、その営業秘密について何ら権原を有しない者がその「使用」を行うとき、その営業秘密に係る製品を製造・
販売するか、あるいは他の方法で、その者が収益を上げることができる。これは明らかに他人の成果の冒用であり、
その者が得るのは成果の程度に応じた利益ではない。したがって、これは社会的法益としての(ⅱ)の「公正な競争
秩序」を侵害することは明らかであろう。
また、「開示」についても同様であり、多くの場合、開示と引き換えに金銭を得るなどの行為が行われる。これに
よる収益もまた成果の程度に応じたものではない。したがって、これもまた「公正な競争秩序」を侵害する。
加えて、上記の権原なき者による「使用」行為によって、営業秘密の保有者による独占状態が破壊され、これによ
り当該情報の価値が著しく低下してしまう。また、「開示」行為によっても、保有者以外の者が営業秘密を知得する
ことになるのであるから、やはり独占状態は破壊される。もっとも、「開示」のみでは、商品市場レベルでは、依然
として保有者による独占状態は崩れていないとみることもできよう。しかしながら、営業秘密は特許権等とは異なり、
独占性の根拠は(制約なく)知得している者が保有者以外に存在しないという点にあり、このことが、財産的価値の
維持の根拠である。したがって、(制約なく)知得している者が増加したということは、潜在的ではあるが独占性が
崩れることから、(ⅰ)の「営業秘密の財産的価値」の低下を招いていると評価できよう。
したがって、営業秘密の「使用」と「開示」については、上記の意味で、(ⅰ)と(ⅱ)の両方の法益侵害がある
といえる (注9)。加えて、新設の「違法使用行為により生じた物の譲渡等」であるが、これも「使用」行為の発展形であり、
違法な収益を上げ、また、独占状態の破壊を進めて営業秘密の価値を低下させる行為であるから、(ⅰ)(ⅱ)両方の
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
法益侵害がある。
以上のことから考えると、使用、開示を規定する二号及び四号から八号まで、そして、「違法使用行為により生じ
た物の譲渡等」を規定する九号については上記の意味で法益侵害がある。
(2)「取得」についての保護法益
次に、「取得」についての保護法益について考えたい。まず営業秘密の保有者が、他人がその営業秘密を「取得」
することを認めている場合は、何ら法益侵害は存在しない。この場合は、他人の「取得」を認めることは、保有者か
ら見た場合は二一条一項三号から六号までにいう「示された」(示した)と同義になると解される。したがって、こ
のような状況での「取得」については営業秘密侵害罪の犯罪構成要件としては規定されていない。もっとも、この場
合は、なお、営業秘密たるを維持するためには、秘密管理性、非公知性の観点から、その他人に秘密保持義務が課さ
れていることが前提となる。
しかしながら、同項一号では、「詐欺等行為」または「管理侵害行為」による「取得」が規定されている。いうなれば、
秘密管理体制を不正に突破して秘密情報を得る行為が規定されているのである。この場合はどのように考えるべきで
あろうか。
この場合、まず、(ⅰ)の「営業秘密の財産的価値」であるが、一号の「取得」については秘密保持義務のない者
が本来知ることのできない営業秘密を知得することになるのであるから、保有者以外に(制約なく)知得している者
が増え、(潜在的ではあるかもしれないが)独占状態が破壊されるため、「営業秘密の財産的価値」の低下を招いてい
ると評価できよう。したがって、この場合も(ⅰ)の法益侵害が存在するといえる。
また、(ⅱ)の「公正な競争秩序」であるが、同号の行為は秘密管理体制の外部からその体制を破壊するという側
論 説
面があり、この点で法的非難を受けるべきである。一方で、「成果の冒用」そのものについては、いまだなされてい
ない。しかしながら、いつでも「成果の冒用」を行える状態にするという点から。「成果の冒用」への危険を著しく
増大させる意味を有するとはいえる。したがって、一号は、上記の法的非難を根拠として、法益侵害の前段で処罰し
ようとするものといえよう )10
(注。したがって、(ⅱ)の意味では危険犯処罰、ということになる。
以上のことから考えると、「取得」行為については、(ⅰ)の個人的法益については法益侵害を評価して、(ⅱ)の
社会的法益については危険犯処罰として、犯罪構成要件に包含されていることとなろう。
(3)営業秘密の〝領得〟と保護法益
一方、問題となるのは、二一条一項三号に規定される営業秘密の〝領得〟と保護法益との関係である。ここで営業
秘密の〝領得〟の意義の詳細については次章で論ずるが、「営業秘密を示された」場合に、「使用」や「開示」に至ら
ない段階を捕捉しようというものであることは間違いない。同号イでは示された者が媒体を横領する行為による、同
号ロでこの者が媒体の複製を作成する行為による、そして、同号ハではこの者が消去仮装をする行為による営業秘密
の〝領得〟が規定されている。
まず、同号の行為は民事規定には存在しないことを指摘しなければなるまい。つまり差止請求や損害賠償請求は規
定されていないのである。刑事規定は民事規定のうち違法性の高いもののみを処罰する趣旨であったと思われるが )11
(注、
同号については、民事刑事の規制の程度が逆転している点に留意する必要があろう。加えて、同号の行為は民事的に
保有者が差し止めあるいは損害賠償請求をする場面がないことを意味している。つまり、このことは三号の場面では
損害の発生がないことを確認するものであるといえよう。
次に、本号においては、「使用」「開示」に至ってないのであるから、(ⅰ)の「営業秘密の財産的価値」の低下は
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
ありえない。この点で法益侵害はまったくないのである。
それでは、(ⅱ)の「公正な競争秩序」であるが、これを考える上で、同号の行為は「成果の冒用」とまではいえ
ないということがある。
たしかに同号では任務違背が要件となっており、その点で問題があるとはいえよう。しかしながら重要な点として、
同号の行為者は営業秘密を示された者なのであるから、そのことは、(a)その者は営業秘密を知得することが予定
されている者であることを意味し、また、(b)営業秘密を示されることは、秘密保持義務を課されていることがセッ
トであるため(そうでなければ、定義上、営業秘密には該当しない)、仮に彼らが媒体を支配下に置いたとしても、
いまなお、秘密保持義務によるコントロールを受けた状態にあることを意味するわけである。したがって、この者は
いまだ「成果の冒用」を行ったとは到底評価できず、(ⅱ)の法益侵害には至っていない。また、上記の「取得」行
為と比較しても、秘密保持義務の有無が異なるわけであるから、その後の「成果の冒用」への危険を増大させる意味
も小さい。以上考えると、少なくとも(ⅱ)の法益侵害がないことが理解されるのである。
したがって、同号の行為については、(ⅰ)の個人的法益の侵害も、(ⅱ)の社会的法益の侵害も、ともに存在しな
いといわざるをえない。
また、この点は、平成二一年法改正の立案過程からも導かれる。同改正の報告書は「営業秘密侵害罪の保護法益
は、個人的法益である営業秘密の財産的価値及び社会的法益としての公正な競争秩序の維持の二つである」 )12
(注としたう
えで、創設される二一条一項三号の行為について、「不正な使用・開示による法益侵害の危険性を ・・・・著しく高めるもの ・・・・・」
(傍点筆者) )13
(注であるとし、法益侵害があるとは述べていないのである。この点からみても、三号の行為、すなわち、
営業秘密の〝領得〟行為には法益侵害はなく、この点で他の号とは性質の異なる規定であると断ぜざるをえないので
論 説
ある。よって、法文の解釈においては、この点を強く考慮に入れる必要がある。
以上の点から考えるならば、三号は法益侵害がなく、危険犯処罰規定である、ということになる。つまり、図利加
害目的で営業秘密を〝領得〟することが、不正な使用・開示の危険性を高めることを処罰根拠としているといえよう。
そして具体的な危険の発生を要件とはしていないため抽象的危険犯ということになる。
(4)小括
以上述べたことから、営業秘密侵害罪の保護法益とその性質について整理しておくと、二号、および、四号から九
号までについては、個人的法益である(ⅰ)「営業秘密の財産的価値」及び社会的法益である(ⅱ)「公正な競争秩序」
の両方とも法益侵害があり、侵害犯であるといえる。
一方、一号については、上記(ⅰ)の法益侵害があるが、(ⅱ)の法益侵害はない。しかし、(ⅱ)についても法益
侵害の危険が強く存在する。したがって、侵害犯と危険犯の両方の性質をもった規定であるといえる。
そして、三号については、上記(ⅰ)(ⅱ)のいずれについても法益侵害はなく、危険犯にすぎない。この点で他
の号と比べて異質な規定であるということになる。ここでは、図利加害目的をもった営業秘密の〝領得〟を「不正な
使用・開示」による法益侵害の危険を高める危険犯であるとして、処罰するものであると位置づけられることとなる
のである。
3. 「営業秘密の領得」の解釈
それでは、本稿の中心課題である三号の解釈をみてゆくこととなるが、同号は、営業秘密を保有者から示された者
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
が、図利加害目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、媒体の横領(イ)、複製の作成(ロ)、消去仮装(ハ)
のいずれかの方法でその営業秘密を領得した者に刑事罰を科す旨を規定する。
このように本号においては、「営業秘密の領得」を処罰するものであるが、本号においては、その概念からしてき
わめて不可解かつ不明確なものになっており、それにより、きわめて理解しづらく解釈が確定しづらいものになって
いるのではあるまいか。
まずは、同号を考えるうえで、「営業秘密の領得」をどう解釈していくかについて検討を加えたい。
(1)「領得」の語について
まず、「領得」の語であるが、これは、本来有体物についての語であり、無体物については使用されてこなかった
語である。にもかかわらず、その語を安易に無体物に転用しているのである。この点が本号の不明確性の第一の要因
になっているといえよう。
この「領得」の語は、刑法典の解釈においてしばしば用いられるところであるが、まず、窃盗罪において「領得」
とは、「権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にふるまう意思(権利者排除意思)に加えて、その(物の)
経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思(利用処分意思)にもとづいて、他人の(平穏な)占有を侵害し
て自らの占有に移す行為をいうことになろう )14
(注。
一方で、横領罪において「領得」とは、「他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき、権限がないのに、
所有者でなければできないような処分をする行為をいうと解される。もっとも、ここでいう「処分」には、占有者が
自己のための占有に変改することも「所有者でなければできないような処分」に該当し、これも含まれることとな
る )15
(注。
論 説 また、窃盗罪の保護法益は、「平穏な占有」であると解されるのに対し 16)
(注、横領罪の保護法益は「所有権」であると
解される )17
(注。したがって、窃盗罪、横領罪の処罰根拠は、行為者が利欲的な動機に基づいて、不当に有体物の効用等を
得る一方で、被害者は有体物の効用等を失うことにあるのである。
そう考えると、有体物における領得罪は、複数人の同時利用が不可であるという有体物の性質に基づくことが理解
されよう。
これに対して、無体物たる「営業秘密」すなわち「情報」は、複数人の同時利用が可能であり、情報がAからBに
伝達されるような場合に、Aが情報の効用を失うのではなく、AもBも双方が情報の効用を得ることが可能な点で性
質が大きく異なる。
このように、対象の性質が大きく異なる中で、同じ用語を使用するということは、その行為の内容が著しく不明確
となり、刑罰法規の明確性に反し、罪刑法定主義の点から大いに問題があると思われる。その結果、同号がすでに施
行されて適用例があるにもかかわらず、同号の適用範囲はきわめて不明確なままであり、いまだ関係者に不測の不利
益を与えるおそれがあることから、問題は深刻である。したがって、立法の態度として、同号における用語の使用法
は、きわめて不適切であると断ぜざるをえない )18
(注。
(2)「営業秘密の領得」の語の解釈~立案者による見解など
このように、三号はきわめて不適切な規定であるが、それでも現に存在するがゆえに、その意義を考えていかなけ
ればならないのであろう。
経済産業省は、平成二一年改正法の立案時には、営業秘密の〝領得〟とは、「保有者から示された営業秘密を不正
な行為によって保有者の管理下から離れさせて、自己の管理する情報のように用いることができる状態に置くことと
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
不正な取得行為とを総称し」たものと定義する )19
(注。しかし、この概念は著しく不明確である。「示された」者は、秘密
保持義務を負っているのであるから、彼が「使用」「開示」を行わないかぎり、保有者の管理下にあるともいえる。
一方、秘密保持義務の存在を考えないという前提でいうならば、示された者が記憶できる範囲については、「示された」
時点でその営業秘密は保有者の管理下から離れているのであって、にもかかわらず、上記の行為を「領得」というの
は矛盾ではないだろうか。加えて、この定義では三号の「領得」は一号の「取得」を含む概念のようにもいう。この
点もおかしい。結局、この定義では、刑罰法規に用いるものであるにもかかわらず、処罰範囲をどのように画するの
かがまったく明確にならないのである。
そうかと思えば、経済産業省は、平成二一年改正法の制定後には、これと異なる定義を提示しており、「営業秘密
を保有者から示された者が,その営業秘密を管理する任務に背いて,権限なく営業秘密を保有者の管理支配外に置く
意思の発現行為をい」うというのである )20
(注。しかしながら、上述のとおり、秘密保持義務を遵守している間は管理支配
内ともいえるのではないか。また、「意思の発現行為」という表現についてもまったく理解できないわけではないが、
依然としてその内容は不明確であり、処罰範囲をこれにより画するのは難しいところである。
さらにいえば、立案時と制定後に定義が変わるのも理解しがたい。本規定は刑罰法規なのである。罪刑法定主義に
基づく刑罰法規の明確性の要請はどうなるのであろうか。また、法律制定後に後付けで立案官庁が定義をあてこむと
なると、実質的に国会に依らない法を立案官庁が事後的に制定していることにもなってしまう。これも罪刑法定主義
の面から問題はないだろうか。これらのことがあっては関係者に不測の不利益を与える危険性も出てくるため、大い
に問題があろう。
いずれにしても結局、上記、経済産業省がいう定義は絶対視することはできないと考えるべきである。これを絶対
論 説
視することは法律にない経済産業省の見解を法規範として扱うことになり、罪刑法定主義に反することになるからで
ある。したがって、これらの経済産業省による見解は、決して一解釈論以上のものとして理解してはならないのである。
(3)「営業秘密の領得」の語の具体的解釈
それでは、三号の具体的解釈を考えていくこととする。三号ではイ、ロ、ハに、それぞれ具体的な行為形態が犯罪
構成要件として規定されている。よって、これを手がかりに解釈を考えていくことになる。それでは、以下にみてゆ
くこととしよう。
①三号イ
三号イは、営業秘密記録媒体等又は営業秘密が化体された物件を横領する方法で営業秘密を領得する行為を対象と
する。ここで営業秘密記録媒体等とは、営業秘密が記載または記録された文書や図画または営業秘密が電子データと
して格納されたCDROM、メモリカード等の記録媒体をいうこととなる。また、営業秘密が化体された物件とは、
新規化合物の試薬や新規培養物質の種菌などがこれに該当しよう。物件そのものに秘密としての価値が存在する場合
である。なお、当然のことながら、これらの記録媒体等や物件は横領の対象物であるから、物理的管理可能性がある
こと、または有体物であることが必要である。
「横領」の語については、刑法二五二条の横領罪がいう「横領」と同義であると解さざるをえない。刑罰規定の明
確化の観点からである。したがって受託者(例えば従業者)以外に媒体の所有権が存在することが必要である。彼に
所有権がある場合は三号イには該当しない。
なお、玉井克哉は、この「横領」の語について、「残業のため適法に持ち帰った会社の資料を用務結了後も返却せず、
故意に自宅で保管し続けること」、つまり「保管の継続」を三号イに該当するとし、処罰すべき旨をいう。その理由
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
として三号ハとの平仄を挙げる )21
(注。しかし、これは採りえない解釈だといわざるをえない。本号イは刑罰法規なのであ
る。刑罰法規においては、拡張解釈は許されるが類推解釈は許されないというのが解釈の鉄則であろう )22
(注。横並びであ
る本号ハの趣旨を汲んで本号イについて本来的意味を変えて読む、などというのは、まさに刑罰法規では許されない
解釈なのであって到底とりえないものであるといわざるをえない。
とはいえ、自己のための占有に変改する意思が認められれば、「横領」は成立するのであるから、その場合は同号
イの「横領」には該当することとなる(ただ図利加害目的については別論であるため三号イに該当するかどうかは
別途検討が必要である)。このことからすると、「保管の継続」が真に「保管の継続」であるのであれば、「横領」は
成立しないと解釈すべきである。だが、事実認定において「自己のための占有に変改」したことが認定されるのであ
れば、これを理由に「横領」が成立するということになる。したがって、わかりやすい事例でいえば、退職したにも
かかわらず、(前)使用者に所有権のある記録媒体を自らの支配下に置き続けるような場合には、「保管の継続」とは
なりえないため、「自己のための占有に変改」したとして「横領」に該当することとなろう。ただ、各事例で「横領」
であるというためには、「自己のための占有に変改」したことについて何らかの積極的な立証が必要であろう。返却
の意思があるかぎり「変改」にはあたらないのである。
一方で、前出・玉井は上記のような保管行為を不真正不作為犯であるというが )23
(注、ここでは、不真正不作為犯の議論
はありえないのではないだろうか。「横領」についての議論なのであるから「自己のための占有に変改」したかどう
かでみるべきであろう。また、今は「横領」を議論しているのであるから、営業秘密の流出に対する「危険」がある
かどうかなどは、ここでの解釈に入る余地はないと言わざるをえない。加えて、玉井は、自宅で保管する行為を「法
益」への「危険」とするが、行為者は秘密保持義務を課せられているのであるから、自宅で保管し続けることは必ず
論 説
しも危険とはいえない(この点については改めて後で述べる)。したがって、百歩譲って、不真正不作為犯論をとる
にしても、対象者に秘密保持義務違反はなく「危険」もないから可罰性はないのである。よって、同見解は、いわれ
なく処罰範囲を広げようとするものにすぎず、まったく理解できない意見であるといわざるをえない。
次に、三号イは「横領」の語を含むため、同号イに該当する場合は、あわせて刑法二五二条の横領罪に該当するこ
ととなろう。前出・玉井はこのことにより、同号イの存在意義に疑問を呈しているようであるが )24
(注、これもおかしい。
それは、玉井が認める審議会においても予定されていることであると読み取れるからである )25
(注。
以上、「横領」の語は刑法で確立された概念で捉えるしかないのではなかろうか。
また、三号イで、持ち帰りを「横領」だとして問題とする場合、当該営業秘密の保有者であり、媒体の所有者であ
る使用者が、従業者が媒体を自宅に持ち帰ることを容認している場合などは問題にならないのは当然である。しかし、
三号イにおいて問題になりそうなケースとして、保有者が所有している有体物を自宅に持ち帰る行為について、一応
禁止されているが、持ち帰りが常態化しているような場合がある。また、持ち帰りの禁止についての指示が一応ある
が、従業者が認識できないような場合もある。これらのような場合には、処罰をすべきでない。周囲が持ち帰るのが
常態化していれば、持ち帰るのは問題がないと従業員は理解しがちになり、この場合は横領の故意を欠くことになり、
結局は、三号イの故意を欠くことになるからである。また、このような場合にまで処罰することになると、細々とし
か、あるいは形式的にしか指示していないにもかかわらず、事後的に「持ち帰り禁止」の指示があり徹底されていた
ことが保有者から強固に主張されれば、行為者が予期せぬ刑罰を科せられることとなり、不測の不利益を被るおそれ
があるからである。
したがって、この「横領」の故意及び任務違背の故意がしっかり存在することが必要であり、そのためには、持ち
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
帰り禁止の場合は、持ち帰り禁止が明示の方法でしっかりと指示され、かつ、これが徹底されている環境があり、当
該行為者が持ち帰り禁止をしっかりと認識していることが必要であるということになる。
そして、この三号イの場合の「営業秘密の領得」であるが、次の三号ロで述べる問題もあり、異論もなくはないの
だが、図利加害目的での該当媒体等の「横領」が成立したときにあわせて「領得」が成立することになるという解釈
に落ち着きそうであるところである。
②三号ロ
次に、三号ロは、営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、そ
の複製を作成する方法で営業秘密を領得する行為を対象とする。同号ロも任務違背要件が存在するので、保有者が許
容している複製は問題とはならない。したがって、保有者が複製を特に禁止していない場合は同号ロの対象とはなら
ない。 しかし、ここでも、同号イの「横領」と同様の問題が生ずる。すなわち、形式的には、「複製」を禁止していても、
この禁止が有名無実であり、複製を行うことが企業内で常態化しているような場合である。また、禁止であることを
従業者が認識できないような場合も同様である。これらの場合は任務違背の故意がなく、結局、三号ロの故意が存在
しないわけであるから処罰できない。したがって、明示の複製禁止の指示が徹底されている環境があり、当該行為者
が持ち帰り禁止をしっかりと認識していることが同様に必要となる。その点しっかりと立証されなければならない。
そして、黙示の禁止では三号ロで処罰できないことはいうまでもない。
さて、問題は、「複製する方法での領得」とは、どのような行為をいうのであろうか。そして、どの時点で同号ロ
は既遂となるのであろうか。これもまたはっきりしない。刑罰法規でこれだけはっきりしないのは大いに問題である
論 説
が、これもまた検討を加えていきたい。
まず、A説としては、営業秘密を何らかの記録媒体に複製すれば、同時に「領得」になるとの考え方である。立案
官庁である経済産業省もこの考え方をとっているように思われる )26
(注。
しかし、この考え方では、日常行為と接近どころか、日常行為が構成要件となっているに近く、きわめて不適切で
ある。これでは事実認定において、日常行為と犯罪の間で事実認定における ・・・・・・・・切り分け不全が容易に起きうる。
そこで、A説の修正として、
A説が考えられる。’
A説は、行為者が所有権を有する媒体に保有者の営業秘密を複製’
した場合のみに限定されるとする考え方である。媒体の所有権が行為者にある点で「営業秘密の領得」との語感に近
づく方向ではあると思われる。この修正説では、保有者管理区域内で保有者が所有する媒体に複製を行う場合などは
除外される点で日常行為からは遠のく。一方で、この媒体を持ち出した場合は三号イが適用できるので、法の網に隙
間はない。一方、行為者が持ち込んだ媒体に複製する場合にのみ構成要件に該当するので、一応の限定が図られよう。
しかしながら、A説や
A説の両方についてであるが、三号イにおいては、営業秘密が化体した媒体を保有者の管理’
区域外に置かなければ要件を充足しないにもかかわらず、三号ロでは、それよりも日常行為に接近することとなるの
で妥当ではないように思われる。
そこで、B説であるが、行為者が持ち込むなど行為者に所有権のある媒体に営業秘密を複製し、これを保有者の管
理区域外に持ち出した場合のみを「営業秘密の領得」とする考え方である。この場合は、三号イとほぼ横並びの状態
になるので、解釈としては合理性があるように思われる。
なお、裁判例であるが、ヤマザキマザック事件 )27
(注は行為者に所有権がある媒体に営業秘密を複製して、これを自宅に
持ち帰った事件であるが、A説、
A説、B説のどれをとるのかははっきりと断定できない。また、エディオン事件’28)
(注で
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
もまた同様にはっきりと断定できない。したがって、裁判例における解釈論としてはそこまで踏み込んでいないよう
である。ただ、上記三つの説のいずれを採用しても事案がそれらすべてに該当するので、要件は充足するということ
になるのであろう。逆にこの点からすれば使用者施設内で複製しただけでは「領得」には該当しないとも解釈できよう。
なお、前出・玉井は、彼の論文における図利加害目的その他についての解釈論の検討において、三号については持
ち出しの事例のみを掲げているように思われるが、三号ロにおいてA説あるいは
A説の可能性があることを指摘して’
いない )29
(注。解釈論を掲げるのであれば、かかる「営業秘密の領得」の範囲がどこまでであるかを明確にしないのは妥当
でない。三号における図利加害目的の解釈は、イ、ロ、ハ、すべてに影響するのであるから、上記範囲を明確にしな
ければ、玉井が「持ち出し」について検討した図利加害目的の解釈が三号ロのA説等に転用されたときに、対象者に
不測の不利益を与えることになるからである。同人は、持ち出しの事例をもとに、図利加害目的を検討しているが、
三号ロにA説あるいは
A説の可能性がある中で、その状況がありうることを前提とせずに図利加害目的の解釈を行う’
ことはきわめて不適切であろう )30
(注。
最後に、C説について述べたい。C説は三号イ、ロ、ハいずれにも関係するのであるが、同号、イ、ロ、ハに規定
する行為を行うなどした後、保有者が保有する営業秘密をすべて消去してはじめて、「営業秘密の領得」に該当する
という考え方である。有体物の「領得」の意義は、行為者が当該財物の効用を得る反面、所有者(占有者)が当該財
物の効用を失うことにあるわけである。したがって、「領得」の語義をこれまでと同様に解釈し、これと同じ効用を
無体物で実現するためには、保有者が保有する営業秘密をすべて失わせなければならないこととなる。有体物と無体
物の性質が異なるにもかかわらず )31
(注、同一の法的に確立された用語を使用しているとなると、同一の状況が実現されな
ければならないのではないか。そうなると、C説のような解釈にならなければならないのである。
論 説 以上、A説からC説までいずれの説を採用するべきであろうか。罪刑法定主義の観点からは断然C説であるように
思う。「領得」の語をなんら法文上定義することもなく使用している以上、有体物の「領得」の場合と同様の効用を
実現しなければ、罪刑法定主義の面から問題があるように思われる。加えて、ここで経済産業省の「営業秘密の領得」
の定義を絶対視するならば、問題はより深刻になるであろう。
しかしながら、かかるC説では、逆に行為者にとっても実現はぼぼ不可能であるし、行為者にそのような必要性も
ない。したがって、三号は有名無実な規定となる。そして、上述した現時点での裁判例 )32
(注もこの説は採用していない。
よって、現実問題としては採用しにくい説となるし、裁判例や通説がC説を採用するのは難しかろう。
なお、筆者がC説を説くことが不適切だとの批判があるかもしれないが、これまで確立されてきた「領得」の語義
からするとこのようにならざるをえない。したがって、もしC説が不適切であるならば、その批判は無責任な立法を
し、法の適用範囲をきわめて不明確にした関係者に向けられるべきである )33
(注。旧来の「領得」概念と経済産業省の定義
とは大きく矛盾するのである。
採りうる解釈論としての妥協点として妥当なものは、B説であろう。A説や
A説ではその複製物はいまだ保有者の’
管理区域内にあるわけであるから、保有者の管理支配から完全に抜け出たとはいい難い。したがって、この意味から
も「領得」の語義から遠く、「領得」に含めるのは不適切だからである。ゆえに、複製された媒体が保有者の管理区
域から離れた時点で「営業秘密の領得」が成立したとみるべきであろう。
A説や
A説とB説ではどの時点で既遂になるかが異なる。前者二つでは複製をした時点で既遂だが後者は複製物を’
持ち出した時点で既遂となる。ただ、後述の任務違背について、過去の裁判例であるヤマザキマザック事件では、禁
止を評価しているのは複製である。そうなれば、同裁判例はA説または
A説と解釈しているようにもみえる。しかし、’
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
それでは日常行為とあまりにも近接する反面、その時点での法益侵害への危険はいまだ小さいため、B説によるべき
であろう。
仮にB説が否定されるならば、残るはA説と
A説であるが、「領得」の語義や、日常生活との切り分け等の観点から、’
この両説であれば、せめて
A説であるべきであろう。’
A説であれば、日常業務で行われる複製行為の大半は包含され’
ないからである。また、たとえば企業が所有権を有する紙その他の媒体を持ち出す場合も三号イが適用できるから問
題はないからである。その一方で、A説ではきわめて広すぎ、企業等の従業者に対する萎縮効果や危険が大きすぎ、
その反面で、その時点での法益侵害への危険はさらに小さいからである。
③三号ハ
最後に、三号ハは、営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又
は記録を消去したように仮装する方法でその営業秘密を領得する行為を対象とする。
三号ハでは、消去し忘れをどう考えるか、という問題がある。大容量記録媒体などでは、ファイルシステムにおけ
るフォルダ(ディレクトリ)が多岐にわたり複雑かつ多数存在するような場合もある。そのような場合、過失による
消去し忘れというのもありうるわけであり、これは故意による消去仮装と事実認定において ・・・・・・・・切り分けられない場合が
出てこよう。この点で三号ハでも事実認定における ・・・・・・・・切り分け不全はありうる。
そして、この三号ハの場合も消去仮装をした場合に、消去仮装をした媒体の種類と態様その他によって三号ロのA
説からC説までの同様の問題がある。やはり罪刑法定主義からみればC説であろうが、その内容について、三号ロと
同様に考えていくこととなろう。そこでは、上記の切り分け不全の問題なども考慮するならば、消去仮装した後のそ
の物件が保有者の管理区域から外にある状態になったとき(B説)に「営業秘密の領得」がされたと考えるのが妥当
論 説
な考え方であろう。
4.任務違背要件について
次に、任務違背要件について考えたい。
(1)任務違背要件の二一条一項各号間の一致と相違
不正競争防止法二一条一項においては、その三号から六号までに「その営業秘密の管理に係る任務に背」くという
要件、すなわち、任務違背要件が定められている(なお、四号には前段と後段と二箇所にわたって規定されている)。
しかし、その内容については、一致するところと相違するところがあるのが、各号の内容から理解できる。
すなわち、四号後段、五号、六号の任務違背要件は、営業秘密の「使用」「開示」にかかるものであるから、これ
に対する任務違背、すなわち、いわゆる秘密保持義務違反を問うものであることが理解できる。これに対して、三号
の任務違背要件は、営業秘密の「領得」そして、三号イ、ロ、ハの行為にかかるものであるから、四号後段、五号、
六号の任務違背要件とは異なり、秘密保持義務違反に加重する形で課された「持ち帰り禁止」、「複製禁止」、「消去の
義務」といった他の義務を指すこととなる。そして、四号前段の任務違背要件はこの三号の任務違背要件と同義とな
る。したがって、三号と四号前段の任務違背要件と、四号後段、五号、六号の任務違背要件は内容が異なるのである。
これは各法文の内容から容易に理解されることであるはずだが、これまではこの点が充分に議論されておらず、また
理解されていないようにおもう。よって、これについて、まずは、明確に意識しておく必要がある。
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
(2)背任罪(刑法二四七条)との比較について
次に、この二一条一項三号~六号の任務違背について、背任罪における同要件との比較で考えてみたい。
背任罪は、任務違背により本人に損害を加えたことを要件とするのだが、かかる任務違背とは、「事務管理者とし
て当然に果たすべき法律上の義務に違反した場合」であるとされ、その判断基準は、「取引上の慣習ないし社会通念
に応じて,実質的な見地から決定」されるという )34
(注。
しかしながら、営業秘密に目を向けると、秘密保持義務一般はまだしも、「持ち帰り禁止」、「複製禁止」、「消去の義
務」といったものは、上記「取引上の慣習や社会通念」で定まるものではない。基本的に、情報の伝達や、その他「使
用」等の行為は人間の行為としては自由であるのが原則であろう。また、企業によって情報管理の方法はまちまちで
ある。したがって、営業秘密に係る「任務」は、企業等における使用者が従業者に対し職務遂行させる上で定めた義
務や、対等な両当事者が営業秘密の開示にあたって契約で定めた義務などにおいて定まるものである。ゆえに、特別
に定められた取り決めでなければならないことが理解されるのである。よって、上記背任罪の場合とは大きく異なる
といえよう。この点、留意しなければならないのである。
(3)「任務」の明示性・明確性
考えるに、二一条一項三号から六号までの「その営業秘密の管理に係る任務に背き」において、その「任務」は明
示で、かつ、明確に定められ示されていなければならないと解される。
したがって、二一条一項四号後段および五号、六号では、「使用」または「開示」についての任務違背であるから、
秘密保持義務が明示で、かつ、明確に定められており、それに違反することが要件となる。
一方、二一条一項三号および四号前段では、これは、三号の文脈からすれば、同号イ、ロ、ハの「いずれかに掲げ
論 説
る方法でその営業秘密を領得」することが禁じられていなければならないことが理解される。すなわち、同号イであ
れば、保有者が所有権を有する媒体の持ち帰り等が明示で、かつ、明確に禁じられていることが必要であるし、同号
ロであれば、営業秘密の媒体への複製(等)がやはり明示で、かつ、明確に禁じられていなければならない。一方で、
同号ハであれば、退職時等に消去をすること(等)が明示で、かつ、明確に対象者に伝えられていなければならない。
これに対して、前出・玉井は反対の見解を述べる )35
(注。つまり明示がなくても任務違背が成立しうるというのである。
しかし、営業秘密の管理のあり方は、保有者あるいは対象情報によってまちまちなのであって、「示された」者に対
しては秘密保持義務さえ徹底すれば足りるという場合もある。また、秘密保持義務さえ徹底されれば法益侵害はない
のである。加えて、上述のとおり、背任罪とは異なり、「取引上の慣習や社会通念」で上記任務が定まるわけではない。
したがって、二一条一項三号から六号までの場面では、保有者(使用者)が明示で、かつ、明確に定めた管理方法に
違背しなければ任務違背はないと考えるべきである。また、玉井の見解だと、対象者が問題ないと考えて行った行為
まで、事後的に〝常識違反〟を咎められて刑事罰を科せされる危険性があり不測の不利益を被るおそれがあるため、
妥当ではない。
このように、営業秘密侵害罪における二一条一項三号から六号までの任務違背要件は、これが明示で、かつ、明確
に定められ示されていなければならないのである。
(4)「任務」の成立について
保有者と「示された者」が労使関係でない場合は、かかる「任務」については、三号および四号前段の「任務」で
あれ、四号後段等の「秘密保持義務」についての「任務」であれ、契約関係になければならない。すなわち、保有者
と「示された者」の意思の合致がなければならない。そうでなければ、「示された者」を拘束するいわれはないから
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
である。
一方で、保有者と「示された者」が労使関係にある場合は、合理的であり、かつ、公序良俗に違反しないものであ
るかぎり、保有者(使用者)からの明確かつ明示の指示で足りるということになろう。これについては、雇用契約に
おける忠実義務・誠実義務から導き出されることとなろう。
(5)「任務」徹底の程度の差
しかし、ここでの解釈として、四号後段、五号、六号がいう秘密保持義務に比して、三号、四号前段がいう「持ち
帰り禁止」、「複製禁止」、「消去の義務」については、これらの義務の存在、および、これらが徹底されていることを
しっかり吟味しなければならないと解される。
労使関係における秘密保持義務については、明示性および明確性が必要であるとは解されるが、これは雇用契約に
おける誠実義務からも導き出されると解される )36
(注。すなわち、秘密を不正に使用・開示することは、使用者の不利益に
直結するからである。そして、これについては、従業者も容易に認識しうるからである。
したがって、現職の従業者については、あくまで明示性と明確性が必要ではあるが、誓約書での誓約があるか、ま
たは、就業規則、勤務規則等で、秘密保持義務を規定していれば、おおよそ、秘密保持義務の存在が認められ、また
従業者もこれを理解できよう。したがって、このような場合に、営業秘密の不正な使用や開示があった場合、秘密保
持義務違反は概ね肯定されるといってよい。
しかしながら、三号、四号前段がいう「持ち帰り禁止」、「複製禁止」、「消去の義務」については、これに違反した
からといって、保有者(使用者)の不利益には必ずしも直結しない。また法益侵害もないのである。したがって、雇
用契約の誠実義務からは、必ずしもこれらの義務までは導き出されないと考えられるのである )37
(注。したがって、まずは
論 説
具体的な禁止の指示があり、かつ、対象者が明確に認識していることが必要なのである。指示にはもちろん明示性・
明確性が必要であることはいうまでもないので、当然に、黙示の指示では全然足りないのである。
また、「持ち帰り」、「複製」、「消去」せず、といったことは、保有者(使用者)が明示あるいは黙示において認め
ている場合も多く、また、一応禁止の建前としながらも、禁止が徹底されておらず、常態化している場合もある。こ
のような場合に、事後的な禁止義務の存在の主張、あるいは形式的にすぎない禁止の指示の存在によって、「持ち帰
り」、「複製」、「消去」せず、といった行為を事後的に咎められるとなれば、従業者は不測の不利益を被ることになる。
したがって、「持ち帰り禁止」、「複製禁止」、「消去の義務」については、単なる指示や規程の存在程度では足りず、
これが徹底されていることを立証しなければならず、かつ、対象者たる従業者がしっかり認識していなければならな
いと解する。したがって、この義務の徹底の程度や認識の程度そして立証の程度も単なる秘密保持義務よりも高くな
ければならないと解される。加えて、対象者たる従業者がこれを認識していなければ、故意が存在しないことにもな
るはずだからである。
したがって、秘密保持義務については、一応の明示の、かつ、明確な定めさえあれば、本人の認識についてはゆる
やかに認める場面も多くなるかもしれないが、上記「持ち帰り禁止」、「複製禁止」、「消去の義務」については、より、
この指示が徹底され、かつ、従業者がしっかり認識していなければならないのである。
この点、裁判例 )38
(注もこの考え方を認めていると解される。ヤマザキマザック事件では、「複製を作成することが秘密
保持義務違反になることを被告人が認識していたことが必要である」と説示し )39
(注、明確な認識を必要と説示しており、
かつ、事実認定では、被告人が充分に認識していた事実を詳細に認定している。おもうに、三号および四号前段がい
う「持ち帰り禁止」、「複製禁止」、「消去の義務」については、同事件と同程度の事実が存在し、かつ、そのことが立
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
証されて、事実認定されていなければ、かかる任務違背要件ありとしてはならないのである。
加えて、立証の問題として、事実上、従業者は証拠を持ち出すことは不可能であることも考慮に入れなければなら
ない。応訴のために証拠を持ち出すことは、そのことが営業秘密侵害と受け取られる可能性が高いからである。した
がって、この要件を事後的に従業者の側から立証することは難しいことも考慮に入れなければならない。禁止が徹底
されていないことを従業者は証拠を使って立証できないのである。したがって、有罪とするために検察官は、このよ
うな禁止が徹底されていることをしっかり立証しなければならないのである。
5.図利加害目的の要件について
次に、図利加害目的の要件についてみてゆこう。不正競争防止法二一条一項各号の営業秘密侵害罪については、主
観的な構成要件として、「不正の利益を得る目的…又はその保有者に損害を加える目的」すなわち、図利加害目的が
すべての類型で要求されている。これはどのように考えていけばよいだろうか。
(1)図利加害目的について~総論
平成一五年法によって営業秘密侵害罪が制定された後、平成二一年改正前までは、かかる図利加害目的の要件は
「不正の競争の目的」と規定されていた。しかしながら、平成二一年法改正によって現在の文言に改められたところ
である。これについては、「不正の競争の目的」では狭きに失し、非難されるべき行為であるにもかかわらず、不可
罰となるおそれのある行為態様があったからのようである(注4掲出・平成二一年報告書八
-九頁、注
20掲出・経済
産業省知的財産政策室編著(平成
21年改正版)一七五頁)。もっとも、「不正の競争の目的」以外のものを処罰すると
論 説
なると、不正競争防止法の趣旨を超えるという批判もありうる。加えて、営業秘密侵害罪の社会的法益としての「公
正な競争秩序」を超えて処罰することにもなりうる。しかしながら、個人的法益たる「営業秘密の財産的価値」につ
いては、愉快犯等の行為によっても失われるため、同改正で目的要件による限定を小さくしたことについての理解は
できる。 図利加害目的が要求されるゆえんは、扱う対象が情報であるがゆえに、やはり、やむをえず開示等しなければなら
ない場合を除く趣旨であろう。この要件により、正当な目的での開示等が保障され、開示等をすべき場合であっても
開示できない事態を回避し、また、当事者の不測の不利益を防止する趣旨であると解される。よって、この点で、各
号における図利加害目的は、積極的に限定を加えるための要件であると解さざるをえない。
加えて、三号の場合は、この要件の解釈についてはさらに充分な注意が必要であると思われる。その理由であるが、
一点目は、もともと法益侵害が存在せず危険犯処罰にすぎないことがある。したがって、法益侵害への危険を生ぜし
めない主観(目的)の時に処罰することは妥当でないからである。そして二点目に、人間の行為という点では、持ち
帰り、複製といった行為(特に後者)が、企業等での日常業務と完全に一致するため、この主観的要件で可罰か不可
罰かを切り分けることとなるため、特に慎重さを要することがあるのである。
二号、および、四号から八号については、事実認定において図利加害目的は明確に定まりやすい。これらについて
は、「使用」や「開示」が要件となっているため、その「使用」や「開示」の態様を見れば、図利加害目的とそれ以
外の目的については容易に切り分けられるようにおもう。金銭を得て開示したり、営業秘密の使用により収益を上げ
ていたりすれば図利目的であることは明白であるし、インターネットで愉快犯的に開示する場合などは加害目的が認
められるからである。
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐) 一方で、一号では、「使用」「開示」が存在しないので、状況は異なるが、前提として、詐欺等行為や管理侵害行為
といった法的に非難されるべき行為が要件となっているため、故意があれば、原則として、少なくとも加害目的は認
定されるように思われる。したがって、取材目的等やむをえない事情が認められる場合を除き、故意があれば図利加
害目的が認められよう。そして、合法的な行為とは明らかに一線を画するため、これらとの切り分けが容易であり、
問題は生じにくいと考えられる。
これに対し、問題は三号である。上述のとおり、三号では法益侵害がなく、危険犯処罰にすぎないこと、事実認定
において日常行為ときわめて接近し、切り分け不全を起こしやすいこと、行為態様から図利加害目的が見えにくいこ
と、などの事情がここでは認められる。
それでは、図利加害目的の要件はどのように解釈すべきであろうか。以下、全般的なところから検討し、その後に
三号特有の点についてみていくこととしよう。
(2)図利加害目的の立法趣旨から考える解釈~積極的動機説
それでは、まず営業秘密侵害罪全体での図利加害目的の趣旨から考えてみたい。この点、経済産業省は、図利加害
目的について、「処罰範囲を明確に限定するため,各号ごとに違法性を基礎づける目的要件が付されている」とする )40
(注。
また、「不正の競争の目的」の導入時の趣旨を見ても、「処罰範囲を明確に限定するため,違法性を基礎付ける『目
的』を規定することした」とあり )41
(注、さらには、「今般の刑事罰導入にあっては,労働者の退職転職の自由や,報道機
関の取材・報道の自由等の,昭和四〇年代から五〇年代にかけての改正刑法草案検討時に提起された課題等にも十分
に配慮し,処罰の必要性と刑事処罰の謙抑性のバランスの見地から,例えば以下のような点等に留意し,明確かつ適
切な構成要件を規定したところである」ともあるのである )42
(注。
論 説 以上の点から考慮するならば、まず、図利加害目的は「処罰範囲を明確に限定」「違法性の基礎づけ」というはっ
きり意識された役割を担い、処罰範囲の限定を目的としてあえて規定されている点がみてとれよう。同号では、図利
加害目的は積極的な限定のための要件であることが理解されるのである。
もうひとつは、この処罰範囲の限定には、かつての改正刑法草案検討時以来の営業秘密刑事的保護法制に対する懸
念を背負っているということもいえる。もちろん、この考え方の一部は時代に合わなくもなっていよう。だからこそ、
平成二一年法改正で不正競争目的から図利加害目的に変更されたのである。しかしながら、なお、図利加害目的は要
件の一つとしては、いまなお積極的限定の役割を担っていると考えなければなるまい。そうでなければ、過去の歴史
を不当に無視することにもなってしまう )43
(注。
加えて、上記懸念は、情報が意思疎通のツールであったり、情報伝達の必要があったりと、情報そしてその伝達が
社会生活において必要不可欠そして不可避な場合があること、情報は本来的には流通自由であること、さらに、情報
が遮断されることによる弊害への危惧、対象者に不測の不利益を与えないことなどに根ざしているといえる。した
がって、そのようなことから考えるならば、営業秘密侵害罪じたいは制定すべきであるが、その対象は、積極的に利
欲的な動機があるとか、積極的に加害の動機がある場合以外は、不可罰とすべきとの積極的な限定の意があると考え
られるのである。
そうなると、この営業秘密保護法制における図利加害目的の解釈はいわゆる積極的な動機を要求する積極的動機説
をとらなければならないというところに落ち着くのではあるまいか。
(3)背任罪との対比~背任罪援用論について~積極的加害説か消極的加害説か
これに対し、玉井克哉は、不正競争防止法二一条一項三号から六号までの営業秘密侵害罪の規定と刑法二四七条の
不正競争防止法二一条一項三号と任務違背・図利加害目的(帖佐)
背任罪の規定が類似することから、背任罪の規定を参考に営業秘密侵害罪の図利加害目的を考えるべき旨をいう )44
(注。
この考え方は一見もっともらしく思われるかもしれない。しかし、それは妥当ではないといわざるをえない。この
点、以下に検討していくこととする。
背任罪において、図利加害目的には、かつて積極的動機説か消極的動機説かという解釈上の争いがあった。前者は、
図利加害目的があるためには積極的に自分等の利益や本人(営業秘密でいえば保有者となろう)への損害を企図する
必要がある、とする考え方であり )45
(注、後者は、自己の行為が自己若しくは第三者の利益となり、又は本人(保有者)に
損害となることを認識し、かつこれを認容してさえいれば足りる、という考え方である。また、後者は、その行為が
本人(保有者)のためであれば不可罰であり、行為者のためであれば可罰であるという単純な考え方とも結びつく )46
(注。
この議論において、最高裁判例 )47
(注は、後者の考え方を支持した。消極的動機説をとるというのである。したがって、
背任罪の図利加害目的は、理論的にはともかく、実務上は消極的図利加害説で確定したということなのであろう。こ
れに対して、前出・玉井は、この考え方を営業秘密侵害罪へ持ち込もう、というのである )48
(注。
玉井説は概ね次のような内容であろう。消極的動機説で確定した背任罪における図利加害目的は、積極的な図利加
害の意思は不要である。そしてここではその行為が本人(保有者)のためであれば不可罰であり、そうでなければ可
罰となる。ゆえに、図利加害目的とはもっぱら本人(保有者)のための行為であるかどうかをみる要件である。そこ
で、規定の仕方が類似である営業秘密侵害罪における図利加害目的もこれを援用し、同じ解釈をとるべきである、と
いう考え方である )49
(注。
しかし、筆者は、これに与することはできない。かかる背任罪の説でいうならば、積極的動機説をとり、積極的な
図利加害目的が必要であると考える。