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(翻刻)松井羅洲『真実玉英

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全文

(1)

(翻刻 ) 松井 羅洲 『 真 実玉 英

まことのはえ

木 越 俊 介

要旨

本稿は、近世後期の京坂において活動した易学者・松 まつしゅ

( 一七五一―一八二

二)が著した小説作品『真実玉英』を翻

刻するものである。

(2)
(3)

はじめ に

松井羅洲

は、宝暦元年(一七五一)生、文政五年(一八二二)没の京坂で活動した易学者である。羅洲には数多く

の著作があり大半が易学に属するが、そのうち二作の小説作品(『真実玉英

』 『

墨 画 雪

すみえ

』 、

ジ ャ ン ル と し て は 読 本 と み な

せる)がともに写本(後述の通り稿本と見られる)として残されている。本稿は、これまで紹介される機会がほとん

どなかったこれら二作のうち、『真実玉英』を翻刻するものである。この『真実玉英』は十五世紀半ば、応仁の乱を前

にした時代を背景に、前半では真鶴真介、後半では玉縄小太郎という二人の主人公を軸にその活躍を描く作品である。

なお、松井羅洲その人、ならびに『真実玉英』の概要については、「易占家と読本―松井羅洲『真実玉英』の世界像

―」と題した拙稿(『近世文学史研究』第三巻、ぺりかん社、二〇一八年発行予定)において触れているので、ここで

は翻刻を専らとし、それ以外については必要最小限の事項に絞って記述することとする。ただし、書誌についての記

述は右拙稿と重なる部分があることを断っておく。

〈書誌〉

○底本東京大学附属総合図書館蔵(請求記号

A 0 0 : 4 1 4 2 、貴

重書)。写本一冊。

○装訂袋綴じ(四ツ目綴じ)。

○表紙二十二・八×十六・一糎。白茶色。卍繋ぎ地に波雲に竜の丸文様。

○編成現在の状態は一冊だが、全六「冊 まき

」 (

※ 「

」 と

い う 表 記 は 用 い ら れ て い な い

) か

ら 成 り

、 そ

れ ぞ

れ 「

冊 の一」 まき

(4)

十五丁、「冊 まきの二」十二丁、「冊 まきの三」十二丁、「冊 まきの四」十一丁、「冊 まきの五」十二丁、「冊 まきの六」十三丁、以上

全七十五丁。当初から全一冊だったのか、後に合綴されたものかは未詳だが、形態、厚さなどから見て、前

者の可能性が高いと推測される。

○外題左肩に子持ち枠を摺った題簽を貼付し、「まことのはえ完」と墨書。

○序なし。

○目録「冊 まきの一」冒頭に「真実玉英 そうもくろく」として二丁半付す。

○内題「真実玉英

」 。

○署名「羅州逸渙(撰述)」(内題下)。

○行数十行。

○柱表丁に見える位置に「冊の一(~六)○(丁付)」(一冊目の本文一丁目のみ、「真実玉英冊の一○

(丁付)」)と墨書(図2参照)。なお、一冊目冒頭の「総目録」部のみ「冊の一総目○一(~三)」とさ

れ、次丁からの本文部には改めて丁付が「一」から付される。

○挿絵なし。

○跋、奥書、識語いずれもなし。

○蔵書印現所蔵印以外なし。

(5)

図 1 『真実玉英』表紙 図 2 『真実玉英』冊の一本文第一丁表

(6)

以下に補足事項を記す。東京大学附属総合図書館には本書と『墨画雪』が同じ帙に納められ、帙の左肩には「墨画

雪真実玉英松井羅洲稿本」と墨書される。これを受けてか、『国書総目録』にも本書を「稿本」と記し、他の伝本

は現時点で確認されていない。本書には貼紙による訂正や見せ消ちなどによる修正箇所が多数あり、この点や字体に

鑑みて、羅洲による稿本の可能性が高いと思われる。なお、成立年を直接うかがう手がかりはないが、一方の『墨画

雪』には文化十一年夏の年誌を有する序が付され、右とそう隔たらない時期かと推測される。出版を企図して執筆さ

れたのかは不明である。

〈凡例〉

一、漢字は原則として現在通行の字体を用いた

一、誤字・衍字などは原則として底本通りとし、適宜傍らに〈ママ〉と注記した。なお単純な誤りについては、断ら

ずに改めた箇所がある。ただし、振り仮名と送り仮名に同じ平仮名が重なり衍字と判断される場合(例・「尋 たづね」)

は、送り仮名の方を残し、振り仮名は断らずに削除した(例・「尋 たづね」)。

一、宛字は原則として底本通りとした。

一、仮名の濁点は新たに施した。ただし、筆写者の清濁表記は必ずしも統一されていないため、両用の可能性がある

表記に関しては底本通りとした。なお、「専はら」などについては半濁点を施し、「専ぱら」などとした。

一、筆写者の仮名表記にはやや独自性が認められ、また必ずしも一貫してはいないが、強いて修正や統一はせず、原

則底本通りとした。この点を踏まえた上で、なお底本には、特に小字となる振り仮名において判別しがたい文字

(例・「あ」「お」、「ゑ」「え」、など)があったことを断っておく。

(7)

一、振り仮名は原則として底本通りとした。

一、底本には貼紙や見せ消ちによる訂正があるが、原則、修正後の表現・表記のみを翻刻し、修正箇所については特

に明示しなかった。

一、句点は原則、底本通りとした。ただし、原本になくとも、句点がある方が読みやすいと判断された場合は、翻刻

にあたり新たに施した。なお、底本に読点は使用されていない。

一、翻刻にあたり各冊ごとに通しの丁付を(一オ)のごとく示した。

一、会話、心内語に相当する部分を「」で括った。手紙の文面などには必要に応じて〈〉で括った。

一、漢字一字の反復符として「〳〵」が用いられている場合は「々」に置き換えた(例・「段〳〵」→「段々」)。

〔翻刻〕

真実 まこと玉英 そうもくろく

まきの一 ひとつ

第一回遇水而

たゞよふ

○真 まなつるしんすけ洪水 おほみづに遇 ふて。文 ぶん修行 しゆの為 ために諸 しよこくへん歴するの話

○真鶴真介玉 たまがはのほとりにて金 きんを恵 めぐみ予 あたへて少女 をとの一命 いのを救 すくふの話

(8)

○真鶴真介武 さしにて盗 たうぞく数許 あまうちとめるの話

○真鶴真介盗 たうぞくの家 いへに舎 やどりて危 なんに遭 ふの話

第二回逢金而

とゞま

○真鶴真介常陸 ひたはなぞのやまの麓 ふもにて磊 らいらくあうに逢 あふて道 だうげいを学 まなぶの話

まきの二 ふた(一オ)

第三回望山而去 やまをのぞんでさる

○真鶴真介木 の山 やまなかにて怪 くわぶつを射 るの話

○真鶴真介山 やまそうぜんが邪 じやがいを避 さけて京 きやうを去 るの話

○星 ほし漣女 さゞなみおんのために機 みつを泄漏 もらの話

○真鶴真介山 さんやう山陰 さんの両 りやうだうを遊 ゆうれきするの話

第四回拠石而

くるしむ

○真鶴真介石 いはみのくににて士官 ほうこうなりて寵 ちやしんの忌 いみにふるゝの話

まきの三 みつ

○黒 くろさきだんじやうせいくわを設 まうけて真 まなづるしんすけを陥 おといるゝの話

第五回見星而 はし(一ウ)

○星 ほしへい真鶴真介を牢 より救 すくひ出 いだし倶 ともに佗 こくに走 はしるの話

第六回縁木而 たつ

○真鶴真介作 さくしうやまにて仕官 ほうこうとゝのふの話

(9)

まきの四 よつ

○真鶴が勇 ゆうりやくほしが粉 ふんこつつひに新 しんじやうの城 しろを抜 き取 るの話

○津 やまの諸 しよおの〳おんしやうを被 かふぶるの話

第七回従道而 みちにたがまな

○玉 たまなはらう幼稚 いとけより母 はゝのいさめに従 したがふて如 によ〳〵だうじんの許 もとに侍 はべりて道 みちをまなぶの話

○玉縄小太郎如々道人の許 もとに有 る事十 じうねんにして文 ぶんの道 みちさん

( 二オ

の妙義こと〴〵く皆通達するの話 ) 才 さいみやつうだつ

まきの五 いつゝ

第八回乗馬而

すゝ

○玉縄小太郎西 さいこくに往 く途 ちうはなうまに遭 ふて立 りつしんするの話

○玉縄小太郎津 やまにて文 ぶんの試 ためしを経 るの話

第九回得日而 のぼ

○玉縄小太郎赤松家の勇士日根野中務を討とりて西播の諸士を帰服せしむるの話

まきの六 むつ

第十回著土而

栄(二ウ) さか

○玉縄小太郎土 の英 はなぶさひめを娶 めとりて蕃 はんじやうするの話

第十一回値玉而

あつまる

○真鶴真介玉縄小太郎と父 の名のりを為 し。且つ夫 ふうさいくわするの話

第十二回由剣而

したし

(10)

○真鶴真介狩 り場 に於 おゐて手 しゆれんをあらはすの話

○木工頭殿真鶴真介が佩刀 かたならんじてより兄弟たるのよしを証 しるし話説 かたり給ふていよ〳〵君 くんしんあいしたしみ給ふの話(三オ)

(白紙)(三ウ)

真実 まこと玉英 まきの一 ひとつ

羅州逸渙撰述

第一回遇水而 みづにたゞよふ

○真 まなつるしんすけ洪水 おほみづに遇 ふて。文 ぶん修行 しゆのために諸 しよこくへんれきするの話 はな

中則 ちうかた月盈則蝕 つき天地盈虚 てんちすらみちかけし時消息 とともにしやうそくすと。こゝに人 にんわうだいいつひやさんだいはなぞのてんわうの御宇 ぎように。相摸国 さがみのくいしばしやまの 麓 ふも。真 まなづるの里 さとに。真 まなつるしんすけよしのりと云郷 がう有り。其先 せんは三浦介 みうらのす義澄 よしずが末葉 にして。三 うらの前 ぜん義村 よしむらが滅 めつぼうの頃 ころより此 この

とこに住 すましける。父 ちゝは三 うら真左衛門尉 しんもんのじやう義包 よしかと云て。永 えいきやうの結 ゆうせんの時にも大ひに武 こうをあらはせるが。鎌 かまくらくわれい

に憚 はゞかる事有て。真 まなつると称 しやうせり。此真介は幼少 をさなくして父 ちゝはゝに後 おくれ。外に兄 きやうだいもなく。妻 つまをもいまだ迎 むかず。ひとり身

にてぞ有ける。其家 いへの子 に。五十嵐 いが(四オ)文蔵と云。忠直 ちうちよりちの者有りて。それにかしづかれてぞ成 せいちやしける。

家内には男 をとをんのめし使 つかひ数 じうにん有て。いとゆたかなりける。其生質 うまれつ沈勇 いと温順 やさしく

。喜

みだりに面 おもてにあらはさず。毀誉 ほめそしり

にも拘 かゝはらず。失 しつとくにも管 かまはず。惟 たゞの当 あたる所をのみ。専 と勉 つとぬる。君 くんの風 ふう有る人 じんぶつたり。折 をりには足 あしがらやまの奥 おくに在

す。如如 によによ道人 だうじのもとに参 まゐりかよひたりしが。或 あるとき道人に其終身 いつしやうの進 しん退 たい取舎 しゆの大 たいやうを願 ねがひ尋 たづねつれば。道 だうじんのたふには。

「今より中 ちうねんの半 なかばまでは。苦 らうおほかるべし。これ男 なんの徳 とくを磨 みがくの定 さだまりの功 こうげふなり。中年の半 なかより老 らうねんに至りて

は。万 ばん心のまゝなるべし」とて。四 ごんじうの偈 の如 ごときものを記 しるしてたうべぬ。其文 そのもに云。

(11)

水而

たゞよひかね

金而 とゞま山而 やまをのぞんでさり

石而

くるしみほし

星而 はし 木而 たち(四ウ)

道而 みちにたがまなびうま

馬而 すゝ日而 のぼ

土而

栄値 さかたま

玉而 あつ

けむに

剣而 したし

かくの如く記 しるして与 あたへ給ひぬれば。真介はつゝしみてこれをいたゞきてしぞきぬ。二十一 いつさいの春 はる。供 ともびと二人 ふたばかりつ

れて。京 きやうに登 のぼりし事の有りしが。其留 すの中 うちに。石 いしばしやまよりすさましき山づなみ涌 わき出て。此真 まなづるより土 のあたり

は。一 いちめんの湖 みづうとなりて。家 いへも林 はやも悉 こと〴〵く皆底 そこのもくづとなり果 はてける。此事京 きやうに聞 きこへしかば。真鶴真介いそぎ故 きやう

に帰 かへりてみれば。水 みづはよほど干 たりけれども。そこらは皆沼 ぬまとぞ荒 あれたりける。三浦の菩 だいしよは。三四町も山よせの高 たか

みなりければ。この処 とこには気 づかひも有まじとて。墳墓 まゐりせんとて。此寺院 に至りければ。五十嵐 いがぶんざうふうの者は。

このてらに水をよけて居たりしに遇 ふて。互 たがひに其 そのつゝなきをぞ悦 よろびける。(五オ)文蔵云には。「さても去ぬる八日ひる

より風 かぜあめつよかりしが。夜 に至りてはいよ〳〵烈 はげしくて。夜半 よなかすぎの頃 ころ。いとすざまじき音 おとのしたりけるが。忽 たちち洪水 おほみづいで

たりて。はや床 ゆかの上 うへに登 のぼりぬ。あれよ。それよといふうちに。すでに鴨 かもにも及ばんとす。おのれ夫 ふうはまづ屏 へいに梯 はし

して家 ないの男 なんによを高 たかみの方 かたへ逃 にげいださしめ。御 神主 しんを守 り奉 たてまつり。土蔵 を開 ひらきて。用 ようの金 きん六百両を肌 はだにつけて。

夫婦はからふじて。此寺へ遁 のがれ来りぬ。故に此方 このの男女 なんによのめし使 つかひには。一人 ひともあやまちはなく候へども。数 じうむら

中にては。男 なんによ幾千万人 いくせんまんの死没 しににて候ひし。殊 ことに真 まなづるの郷 がうは第 だいいちばんの水の突 き当 あたりにてや。家宅 も土蔵 もすべて皆流 なが

ゆきて一 いちめんの平 ひらとなり申候」。やがてかの金子 きんを出して。これを真介にさゝぐ。真介はこれを二つわけにして。三百金

を文蔵に与 あたへて云。「前 まへつかた如 によ〳〵道人 だうじの偈 の文 もんに。水に遇 ふて漂 たゞふと有つるが今日 の事なり。これ前 まへつかたより天 てんすう

(五ウ)の定 さだまれる所にして逃 のがるゝ所なし。故におのれはこれより四方 に遍 へんれきして。文 ぶんの道 みちの修 しゆぎやうせんと思ひ定 さだ

(12)

たり。汝 なんは我にかはりて此金子 を以て。かりに邸 たくを造 つくり。田 はたは流 ながれたりとも。山林 やまははのこりつれば。それらを

以て。先 せんの祭 まつりをつぎくれべし。其うちには又もや帰 かへり来 きたる事もあらん」とて。先 せんの墳墓 みはにねんごろにいとまご

ひして。東国 あづまぢさしてぞ出行たり。

○真鶴真介玉 たまがはのほとりにて金子を恵 めぐみて少女 わかの一命 いのを救 すくふの話

真鶴真介は六 ろくがうのわたしよりまへにて日 はくれたれども。宿 やどり求 もとめそこなひて夜 みちを歩行 あゆみ。六 ろくがうのわたしをこえて。

川に沿 ふて半 はんみちばかり行 ゆきける所に。一人の少女 わかいつさんにかけ来 きたりて。やにはにあたりの石 いしを拾 ひらひて両 りやうはうの袂 たもとへ納

て。已 すでに川 かはみづへ飛込 とびんとす。真介走 はしりよりてこれを抱 きとめ。「少 わかき女 をんの如何 なる故によりて。身 を投 なげんと(六オ)

するや」と。「其いさゐを聞 きかん」と云へば。女は涙 なみにむせながら。「私義は此かたはら小 ばたと申里 さとの農人 ひや太左衛門と

申ものゝ女子 むすめにて御座候。母は先達而 さきだ相果 あひ申候間。只今は父太左衛門と弟 おとゝきちと私 わたと三人住 すまいたし申候。父 ちゝは前 まへ

かたは庄 しやうもつとめ居申候得ども。打つゞく不 しあにて田 はたやまはやも段 だん々にうりはらひ申候間。只今にては朝 あさゆふさへ

も凌 しのぎかたく候所。段 だん々の年 ねんの未 しんとゞこりて。只 たゞいまにては金子廿五両斗りの負 おひめに相成候所。日 にちげんえんいんいたし申候 に付。七日以 ぜんに追 おひわけの御 ぢんへめされて入 じゆらういたし申候。此入 じゆらうの難 なんを救 すくひ申さんとて此 このごろしながはのくつわへ私 わた

をうり申候て金子廿五両かしくれ候様 やういろ〳〵かけ合 ひ今日 こん其義調 とゝひ金子をうけとり。明 は父を牢 らうより出して。

私は品川へ行申候応 おふたいにて。其金子を仏 ぶつだんの下へ入れ置候間。私は厠 かはへまいり居申候内に。前かどより忍 しのび入りてう

かゞひ居申候と見えて。盗 とうぞく二人其金子をうばひ帰 かへらんと致 いたす所へ。私□□ (虫損)より□ (立カ)(六ウ)入り候得ば。幼少の おとゝ

を人 ひとじちにとり。刀 かたなを咽 のどへあてゝ。「声 こゑやまたてると只一突 ひとつき

」と

申 候

故人質に心まはり居申候うちに。一人は表を明けて ゆゑひとじちおもて

出申候と。今一人は弟 おとゝを引立 ひつたて。おもてへ出申候が。其弟 おとゝを内 うちへなげこみて走 はしり行候。私は弟の介 かいはういたし居申候

うちに。行方 ゆきがたれずなり申候。右の金子をぬすまれ候ては。父を牢 らうより出 いだす事あたはず。私は明 より品川へ行 かね

(13)

ばならず。途 ほうにくれ申候故に。いつそ身をなげて死 しに申候はんと。右の仕合にて候」と語 かたりければ。真介云。「高 たかで両 りやう

はうにて五 じうりやうあれば事納 をさまるなれば。死 しぬるにはおよばざる事なり。おのれ其金子 をあたへ候はん間。まづ其方家 そなたのいへへ行

べし」とて。打つれて小畑の太左衛門方に至り。「此所の庄 しやうはいづれぞ」と問 ふ。少女 むすめ庄屋の家ををし(へ)たれ

ば。真介少女 むすめを伴 ともなひ庄 しやうに至 いたり。右の一件 を語 かたり。「不 便 びんの次 だいなる故に。おのれ其金子 を償 つぐひくれ候なり。少女 むすめに 金子 を持 もたする故に盗賊 ぬすの患 うれへ在 り。右 みぎしんじやう(七オ)納 なふきむ。只 たゞいま其元 そこもとへ相 あいわたし申候間。其元より請取 うけの一 いつさつ下さるべ し」とて。金子をわたし一札を取り。「さて品川のくつはへは明 ゆくべし」とて。其夜 そのは小 ばたに一 いつ宿 しゆし。翌 よくじつは品川 に行て。右の一件 を語 かたり。金 きん相渡し。其証 しやうもんをうけ取て小畑へ帰れば。父の太左衛門も牢 らうより出 いでて其家に帰り居た

るによりて。品川のくつはの証 しやうもんを出して。これを与 あたふれば。親 おやは天 てんに歓 よろび地

よろ

びて。三 さんはいきうはいして躍 をどり上り て歓 よろびぬるも道 だうなり。真介は太左衛門に向ひ。「牢 らうの苦 げんは遁 のがれたるとも。これ迄の貧 ひんきうなれば。あすよりの凌 しのぎ なん義なるべし」とて。又金子十両取出して「これを以て当時の急 きふを防 ふせぎ候へ」とて。やがて立出 たちんとす。親 おや

たもと

にすがりて。これを止 とゞむれども。「行 ゆくき長 ながき旅 たびなれば」とて立出 たちつ。太左衛門はこれを送 おくりて路 みちの二三里も来 たれり。

真介「ぜひ」とこれをとゞめつれば。太左衛門□□□ (はぜひ(七ウ)なく〳〵ぞわかれ帰りぬ。

○真鶴真介武 さしにて盗 たうぞく数許 あまうちとめる話

真鶴真介は東をさして行けるが程なく武 さしに行かゝりたり。日は已 すでに山の端 ちかくならんとする所に。かごかき二人 ふた

かたらより「旅 たびびとかごにめされよ。おのれらは。此向ふの宿 しゆへ帰るもの共なり。酒 さか少し給はらばのせて参るべし。御

あんないの武 さしなれば。迷 まよひ道数 かず々有て。大ひになん義為 給ふなり。ぜひにめせよ」とすゝむるにぞ。「何 なにさま此野 ばらみち

になりてはなん義なり」とて。やがてかごにのりければ。かごかきはあしを早めてかきて行く。夜も早初 しよかうにもなり

ぬらんとおもふ頃 ころに。いざとてかごをおろしけるに。四 はうくさふかき野 ばらなり。真介云。「向ふの宿 しゆまで案内 あなせんと

(14)

云つる故にのりつるが。こゝはやはり武 さしのうちとおもはるゝ。などて宿 しゆまではやらざる」といへば。かごは微 せゝ

(八オ)笑 わらふて。「すきな事いふ旅 たび人かな。僅 わづに五 じうひきや百 ひやひきにて。此かごが宿 しゆまでゆくものか。宿 しゆまでやりてほしくば。

まあひやりやうかへ」といへば。一人のかごかきが云。「此間小畑の太左衛門が女郎 が。ほえ〳〵ぼやいたら。つい五 ろくじうりやう

の金 かね出した親 おやかたじや。一ぽんや二ほんは。今 こんのかごちんにもくれられさふな事じや」と。そろ〳〵とゆすりかくれ

ば。真介はかごより立出て。「さてはおのれらは。此道 みちすじの盗 たうぞくよな。尋 たづねても逢 あいたかりつるに。まだ外 ほかにも同 どうるい有べ し。悉 こと〴〵く皆 みな呼集 よびあめこよ。金 きんはいぶんして得さすべし」といへば。かご云。「よい覚 かくじや。おいらは小畑から付廻

して。肩 かたへさへのせたものじや。三百両はぎつしりと肩 かたに覚 おぼへが有る。どりや仲 なか

よろ

ばさふ」と。相 あいと見えて笛 ふえ

の音 高く吹 ふきあげければ。四方 の草 くさの繁 しげみより六七人立出たり。真介は石に腰 こし打かけて。「小畑の太左衛門が家 いへに入りしは。

かご二人と覚 おぼえたり。まづ汝等 そちに酒料 さかくれん」といひさまに。一人 ひとを車 くるり。□ (虫喰)一人 ひと(八ウ)を向ふげさ。こ れをみて三人切かゝるを。右と左りに薙 なぎせ。残る一人をから竹わり。□□□ 三人立かゝるを。これも暫 ざんに切り倒 たふし。

あいなければ血 のりおしぬぐひ。打 うちあふぎて星斗 を眺 ながめ。東 ひがをさしてぞ行 ゆきたりける。

○真鶴真介盗 たうぞくの家 いへに舎 やどりて危 なんに遭 ふの話

真介東 ひがをさして足 あしに任 まかせて行けるが。道のかたへに一つ家 有り。やう〳〵そこへたどりつきて。「行暮 ゆきしたる旅 たびの者 ものな り。一夜 のやどを給はらんや」と云へば。「まづこれへ」とて内 うちへ入れたり。亭主 あるとおぼしきは三十有 いうと見えて究 きやう

の骨 こつがらなり。外 ほかに女二人有り。よりて酒 さけのみ居たる体 ていなり。亭 ていしゆ云。「客 きやくじんは夜 ふけて。何方 いづくより来 きたり給ふ」と問 とふ

「武 さしにて道 みちに迷 まよひてなん義せり。此道は本 ほんかいどうなりや」と問 へば。「此野の中は行 ゆくさきによりて道 みちかずもつとおほし。どれ 本 ほんかいだうと申てもなし。嘸 さぞくたびれ給はん。まづ離 はな(九オ)坐 しきにて休 きうそくなさるべし。追 おつつけに支 たくをこしらへまゐらせ

ん」とて。坐 しきへ案 あんないす。其家 いへの様 やうを見るに立 りつにはなけれども。すべて堅固 じやうにして坐 しきは雨 あまなどしまり堅 けんかき

かき

かき

(15)

り。外 ほかより見しとは大ひにかはれり。やがて夕 ゆふこしらへて持来り。外に瓶 へいに酒 さけをあたゝめさし出し「一 いつこんめされ

よ」とて達而 たつしひぬれども。「酒 さけは一しづくも得 のまず」とて。飯 はんのみくひて。さて飯 はんの半 なかばにて厠 かはに行 ゆきたり。「けふは

ひるより腹 はらけにて込り入たり」とて。姑 しばしの間に二 さんも行 ゆきてげり。其間に酒 さけを嗅 かぎてみれば。かの麻 しびれぐすの香 にほひ有り。

「寝 どこしきてまゐらせん」とて坐 しきの中央 まんなかにしきたり。後 あとにてふとんをのけ。むしろをまくりてみれば床 ゆかいたには穴 あな

とこまで穿 よりて有り。「さてこそ」と。床 とこを其まゝにしては。又もや厠 かはへ行たりしに。「旅 たびびとおやすみなされしや」とお

となひつゝ。四 はうのしまりをさしぬる故 ゆゑに。厠 かはより「おのれは腹 はらにてしば〳〵厠 かはへ行 ゆき申間。しまり一 ひとゝこあけ置て

たまはるべし」とて。其近 きんじよ(をカ)(九ウ)窺 うかふに厠 かはにならびて柴 しば有り。表 おもは家 いへの左 いうにうらおもて通行 かよの□□□

有。坐 しきに返 かへりて。寝 どこは人の寝 たる体 ていに取 とりつくろひ。其身は柴 しばに忍 しのびてぞ窺 うかひ居 たるに。三更 よなかの頃 ころに亭主 ある

そかに来りて。まづ厠 かはをのぞき。さて坐 しきをのぞきて。しづかに雨 あまをたてゝ。外 ほかよりかきがねをかけ。しりじまり

を堅 かたくして立帰 たちかへりぬ。さるに外 そとに松明 たいまつをてらし来るが。火かげさしければ。ひそかにかの表家 おもやのひあひ路 みちよりおも

てに行てうかゞへば。門 かどの戸 をしづかにたゝく。亭主 あるは手 やりを杖 つゑにつきて戸を明ぬれば。一人の男入り来て。門の内

にて立ながら云には。「今宵 こんは散 さん々の仕 あはせなり。『宵 よひに廿歳 はたばかりなる究 きやうの男 おと一人 ひと。肌 はだにはズツシリと金 かねを持た

る者。六 ろくがうの川ばたより付てきたり』とて。『例 れいのかごとなりて。此野の入 いりくちにはりて。かごに載 のせたり』と云の知

せにて。かの黄泉 よみの辻 つじへ。小 がし二人 ふたと手 したにんとはられたるが。余 あまり音 おとがせぬによつて。今行 ゆきて見たれば都 がふ(十オ)

八人ながら皆ばらされて居るによりて。其通 とほりを魁首 かしの権 ごんとう殿に云たれば。すぐに手下十人つれて落 おちあひへ行かれた

り。『猶も此家へ来まじきにも非れば。知れものなればゆだんせられな』と魁首 かしの云付なり」。亭 ていしゆ云。「其者 そのものはこゝへ

て。已に網 あみの中 なかにかゝつて居るなり。めつたに逃 にがす事にてはなし。されども小ざかしきやつにて。かの麻 しびれ薬 ぐすは中 なか

々くらひ居らぬなり。されども用 ようじんには縄 なはをはれじやが。もしやこゝをぬけて出をつても。街 かいだうすぢは外に逃 にげみちなし。 かき

(16)

ぜひ落 おちあひへ行 かねばならぬが。只心がゝりは此うら道なり。もしや小 みちより山の手へぬけては取逃 とりす事なれば。汝 なん

ら道へまはりて。かの谷 たにかわの丸 まるばしをだに引 ひきて置 おきたる時 ときには。袋 ふくの中の鼠 ねづみなり。早く行て橋 はしを引きて。あぜ道より落 おち

あひへ行べし。今料 りやうしやうと思ふて。此通りに用 ようせり。早く行きて。橋 はしをひけ」とて追 おひやりつゝ。身 ごしらへして。

やり□□ (虫喰)そ(十ウ)離 はなしきの方へ忍 しのび行を。やり過 すごしてうしろより大袈 に切り放 はなし。裏 うらの屏 へいを飛 び越 こえて。小 みちをした

ひゆけば。かの男 おと向ふに見ゆ。走 はしりかゝればかの者立止 たちり。ふりかへる所を切付れば。かれも知 れものぬき合して二打 ふた

うちはたゝかひしが。これも首 かしより咽 のどのあたり迄わり付ければ。仰 のつけに倒 たふれたり。其時真介思ふ様 やうは。「こよひは十人

の余 としあふて。一目も寝 ざる故 ゆゑに大ひに労 つかれたり。さるに街 かいだうすぢを往 ゆきて。又々十人余 の新 あらを戦 たゝはん事甚 はなはだあやし。

さらば此径 こみちより山中 やまなへわけ入りて遁 のがれ行ん事上 じやうさくなり」とて。径 こみちを行事十町ばかりにして。谷 たにかはに丸 まるばしのかゝり

し有り。それをわたりては山 やまみちにて。至 ごくの難 なんじよなれども。木 の根 をつたひ。藤 ふぢかづらをよぢて。やう〳〵にして。平 ひら

に至 いたりぬれば夜 はほの〴〵と明 けにけり。

第二回逢金而

とゞま(十一オ)

○真鶴真介常陸 ひたはなぞの山の麓 ふもにて磊 らいらくあうに逢 ふて道 だうげいを学 まなぶの話

真鶴真介は市中 に出て旅 りよ宿 しゆをもとめ。一 いちにちそこに逗 とうりうして。此 このごろのつかれを休 きうそくして。それより下 しもふさ上総 かづを巡 めぐり。

常陸 ひたを歴覧 れきして。花 はなぞのやまの麓 ふもに至れば。秋 あきの日のつれなくて。はや暮 くれかゝりしかば其あたりを視 るに。一むら茂 しげれる

はやのうちに。いと閑静 しづに住 すみなしたる家 いへの有ければ門 もんぜんに立よりて案 あんないをこひければ。十六七ばかりの少年 わかの立出た

りしに。「行暮 ゆきしたる旅 たびの者。宿 やどりを求 もとめそこなひ迷 めいわく仕候。率 そつの至りには候へども。一 いつ宿 しゆの御 しん申たし」と

いひ入れければ。少年 わかたびびとの風 ぜいをつく〴〵見て。「姑 しばさせ給へ主人に告 つげて見 申さん」とて内 うちに入りしが。やがてに出

て「これへ入 らせられ候へ」とて。まづ客廰 ざしきに請 しやうじけり。かの少年 わか出来りて。「折ふし風 のわきて侍 はべる。湯 にやめ

(17)

されん」と云。「それは何よりの御展待 もてなしなり」とて。湯 に入りて揚 あがれば。程 ほどなく(十一ウ)夕 ゆうを出 いだしぬ。かれこれし

たくをはりければ。亭主 ある出来るが。年の頃 ころは六十ば□□□□

えて。半白の髪をなでつけて。其威風堂々たる人品なり。 はんはくかみふうだう〳〵じんぴん

きやくに対 たいして云。「山 さんりんちうの寒 かんなれば。何の展待 あしらひもなく不 けいの至 いたりなり」と云。真介は「率 そつの御無 しんを申入候所。御

すいきやくもなく種 しゆ〴〵の御展待 もてなしかたじけなく存候」と礼 れいしやすれば。亭 ていしゆは茶 ちやを煎 させ果餌 くわなどを出して。さて客 きやくに対 たいして

云。「貴 きやくは何処 いづくの人にて。何と申方 かたなりや」と問 とふ。真介答 こたへて。「相摸 さがまなづるの里 さとに住 すめる。真鶴真介義 よしのりと申処士 らうにんにて

候」と云ば。主翁 ある云。「おのれは金 かな帯刀 たてはよしなほと申者。只今は世を遁 のがれて磊 らいらくあうと号 がうし候。本 ほんせいは三浦にて候」といへ

ば。真介「さてはおのれと同姓にておはし候」と云へば。主翁 ある「貴 きやくも三浦にて候か。さらば同 どうそうの親 したしみにて候。

さておのれは久しく世の交 まじりをたちて。かくの如く引 ひきこもる事なれば。いかで往来 ゆきの旅 たびびとをやどし申さんや。(十二オ)

さるに先刻 きほど門外 そとにて御 あんないの音声 の。只人 たゞならず聞取 きゝ候故に。わざと御宿 やど申せしなり。さるにおもはずも同 どうそうの親 したし

て候ひき。不 の奇 えんなり。さても此 このたびは何方 いづかたへ御 おんとふりなりや」と問 とふ。真介云。「おのれは幼年 をさなくて父 ちゝはゝにはなれ。外

きやう

だいもなく。いまだ妻 をも迎 むかへ申さず。祖 せんの余 たくにて。田 はたやまはやなど少しく有りて。さのみ不 ゆうにもなくく

らし申候所。当 たうはるかうずいにて居 たくも田 はたも流 ながれ行き申候。家の子 に文蔵と申者律 りちにて。父 ちゝの代 よりめし使 つかひ候。此者

に命 めいじて。山 やまはやの料 りやうを以て。時 とき〳〵には先 せんの祭 まつりをいたし候へとたのみ置 おきて。おのれは文 ぶんの道 みちの修 しゆぎやうせんとて。

へんれきいたす事なれば。さして志 こゝざす方 かたといふてもなく候」といへば。磊 らいらくあうは。やゝ真介が顔 かほをうちながめて云。「お

のれは少 しやうじやの頃 ころより。天 てんもんぼう監相 かんさうおんりつ風角 ふうなどの道をこのみ。種 くさ〴〵心を尽 つくし□□ (虫損)(十二ウ)中 ちうねんのころ。異 じんに値 ぐう

して。これに従 したがひ学 まなびし事三年なりしが。それよりは大 たいりやくつうじ給ひぬと存じ候。今貴客 そなたの相 さうを観 るに。三 さんていびやうどう

して。骨 こつかくよく調 とゝひ。肉 にくも亦よくしまれり。眼 がんちう黒白 こくはくさんぜんとして分 ぶんめうなり。神 しんよく納 おさまり正 たゞしく見ゆ。これ公 こうめいせいだい

の相 さうにして。利 そんしつとくに心を動 うごかさず。惟 たゞに当 あたる所を務 つとむ。遖 あつれ正人 せいくんの相 さうたり。然れども流 りうねんの衝 しやうわうによれ

図 1 『真実玉英』表紙 図 2 『真実玉英』冊の一本文第一丁表

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