(翻刻 ) 松井 羅洲 『 真 実玉 英
まことのはえ』
木 越 俊 介
要旨
本稿は、近世後期の京坂において活動した易学者・松 まつ井 い羅 ら洲 しゅう
( 一七五一―一八二
二)が著した小説作品『真実玉英』を翻
刻するものである。
はじめ に
松井羅洲
ま つ い ら し ゆ
は、宝暦元年(一七五一)生、文政五年(一八二二)没の京坂で活動した易学者である。羅洲には数多く う
の著作があり大半が易学に属するが、そのうち二作の小説作品(『真実玉英 まことのはえ
』 『
墨 画 雪
すみえのゆき
』 、
ジ ャ ン ル と し て は 読 本 と み な
せる)がともに写本(後述の通り稿本と見られる)として残されている。本稿は、これまで紹介される機会がほとん
どなかったこれら二作のうち、『真実玉英』を翻刻するものである。この『真実玉英』は十五世紀半ば、応仁の乱を前
にした時代を背景に、前半では真鶴真介、後半では玉縄小太郎という二人の主人公を軸にその活躍を描く作品である。
なお、松井羅洲その人、ならびに『真実玉英』の概要については、「易占家と読本―松井羅洲『真実玉英』の世界像
―」と題した拙稿(『近世文学史研究』第三巻、ぺりかん社、二〇一八年発行予定)において触れているので、ここで
は翻刻を専らとし、それ以外については必要最小限の事項に絞って記述することとする。ただし、書誌についての記
述は右拙稿と重なる部分があることを断っておく。
〈書誌〉
○底本東京大学附属総合図書館蔵(請求記号
A 0 0 : 4 1 4 2 、貴
重書)。写本一冊。
○装訂袋綴じ(四ツ目綴じ)。
○表紙二十二・八×十六・一糎。白茶色。卍繋ぎ地に波雲に竜の丸文様。
○編成現在の状態は一冊だが、全六「冊 まき
」 (
※ 「
巻
」 と
い う 表 記 は 用 い ら れ て い な い
) か
ら 成 り
、 そ
れ ぞ
れ 「
冊 の一」 まき
十五丁、「冊 まきの二」十二丁、「冊 まきの三」十二丁、「冊 まきの四」十一丁、「冊 まきの五」十二丁、「冊 まきの六」十三丁、以上
全七十五丁。当初から全一冊だったのか、後に合綴されたものかは未詳だが、形態、厚さなどから見て、前
者の可能性が高いと推測される。
○外題左肩に子持ち枠を摺った題簽を貼付し、「まことのはえ完」と墨書。
○序なし。
○目録「冊 まきの一」冒頭に「真実玉英 まことのはえ総 そう目 もく録 ろく」として二丁半付す。
○内題「真実玉英 まことのはえ
」 。
○署名「羅州逸渙(撰述)」(内題下)。
○行数十行。
○柱表丁に見える位置に「冊の一(~六)○(丁付)」(一冊目の本文一丁目のみ、「真実玉英冊の一○
(丁付)」)と墨書(図2参照)。なお、一冊目冒頭の「総目録」部のみ「冊の一総目○一(~三)」とさ
れ、次丁からの本文部には改めて丁付が「一」から付される。
○挿絵なし。
○跋、奥書、識語いずれもなし。
○蔵書印現所蔵印以外なし。
図 1 『真実玉英』表紙 図 2 『真実玉英』冊の一本文第一丁表
以下に補足事項を記す。東京大学附属総合図書館には本書と『墨画雪』が同じ帙に納められ、帙の左肩には「墨画
雪真実玉英松井羅洲稿本」と墨書される。これを受けてか、『国書総目録』にも本書を「稿本」と記し、他の伝本
は現時点で確認されていない。本書には貼紙による訂正や見せ消ちなどによる修正箇所が多数あり、この点や字体に
鑑みて、羅洲による稿本の可能性が高いと思われる。なお、成立年を直接うかがう手がかりはないが、一方の『墨画
雪』には文化十一年夏の年誌を有する序が付され、右とそう隔たらない時期かと推測される。出版を企図して執筆さ
れたのかは不明である。
〈凡例〉
一、漢字は原則として現在通行の字体を用いた
。
一、誤字・衍字などは原則として底本通りとし、適宜傍らに〈ママ〉と注記した。なお単純な誤りについては、断ら
ずに改めた箇所がある。ただし、振り仮名と送り仮名に同じ平仮名が重なり衍字と判断される場合(例・「尋 たづねね」)
は、送り仮名の方を残し、振り仮名は断らずに削除した(例・「尋 たづね」)。
一、宛字は原則として底本通りとした。
一、仮名の濁点は新たに施した。ただし、筆写者の清濁表記は必ずしも統一されていないため、両用の可能性がある
表記に関しては底本通りとした。なお、「専はら」などについては半濁点を施し、「専ぱら」などとした。
一、筆写者の仮名表記にはやや独自性が認められ、また必ずしも一貫してはいないが、強いて修正や統一はせず、原
則底本通りとした。この点を踏まえた上で、なお底本には、特に小字となる振り仮名において判別しがたい文字
(例・「あ」「お」、「ゑ」「え」、など)があったことを断っておく。
一、振り仮名は原則として底本通りとした。
一、底本には貼紙や見せ消ちによる訂正があるが、原則、修正後の表現・表記のみを翻刻し、修正箇所については特
に明示しなかった。
一、句点は原則、底本通りとした。ただし、原本になくとも、句点がある方が読みやすいと判断された場合は、翻刻
にあたり新たに施した。なお、底本に読点は使用されていない。
一、翻刻にあたり各冊ごとに通しの丁付を(一オ)のごとく示した。
一、会話、心内語に相当する部分を「」で括った。手紙の文面などには必要に応じて〈〉で括った。
一、漢字一字の反復符として「〳〵」が用いられている場合は「々」に置き換えた(例・「段〳〵」→「段々」)。
〔翻刻〕
真実 まことの玉英 はえ総 そう目 もく録 ろく
冊 まきの一 ひとつ
第一回遇レ水而
み づ に あ ふ て
漂 たゞよふ
○真 まな鶴 つる真 しん介 すけ洪水 おほみづに遇 あふて。文 ぶん武 ぶ修行 しゆうぎやうの為 ために諸 しよ国 こく遍 へん歴するの話
○真鶴真介玉 たま川 がはのほとりにて金 きん子 すを恵 めぐみ予 あたへて少女 をとめの一命 いのちを救 すくふの話
○真鶴真介武 む蔵 さし野 のにて盗 たう賊 ぞく数許 あまた討 うちとめるの話
○真鶴真介盗 たう賊 ぞくの家 いへに舎 やどりて危 き難 なんに遭 あふの話
第二回逢レ金而
か ね に あ ふ て
止 とゞまる
○真鶴真介常陸 ひたち花 はな園 ぞの山 やまの麓 ふもとにて磊 らい落 らく翁 あうに逢 あふて道 だう芸 げいを学 まなぶの話
冊 まきの二 ふたつ(一オ)
第三回望レ山而去 やまをのぞんでさる
○真鶴真介木 き曽 その山 やま中 なかにて怪 くわい物 ぶつを射 い取 とるの話
○真鶴真介山 やま名 な宗 そう全 ぜんが邪 じや害 がいを避 さけて京 きやう都 とを去 さるの話
○星 ほし野 の漣女 さゞなみ恩 おんのために機 き密 みつを泄漏 もらすの話
○真鶴真介山 さん陽 やう山陰 さんいむの両 りやう道 だうを遊 ゆう歴 れきするの話
第四回拠レ石而
い し に よ り て
困 くるしむ
○真鶴真介石 いは見 みの国 くににて士官 ほうこう成 なりて寵 ちやう臣 しんの忌 いみにふるゝの話
冊 まきの三 みつ
○黒 くろ崎 さき弾 だん正 じやう穽 せい獲 くわを設 まうけて真 まな鶴 づる真 しん介 すけを陥 おとしいるゝの話
第五回見レ星而 ほしをみて走 はしる(一ウ)
○星 ほし野 の勢 せ平 へい真鶴真介を牢 ら獄 うより救 すくひ出 いだし倶 ともに佗 た国 こくに走 はしるの話
第六回縁レ木而 きによりて立 たつ
○真鶴真介作 さく州 しう津 つ山 やまにて仕官 ほうこうとゝのふの話
冊 まきの四 よつ
○真鶴が勇 ゆう略 りやく星 ほし野 のが粉 ふん骨 こつ終 つひに新 しん庄 じやうの城 しろを抜 ぬき取 とるの話
○津 つ山 やまの諸 しよ士 し各 おの〳〵恩 おん賞 しやうを被 かふぶるの話
第七回従レ道而 みちにしたがふて学 まなぶ
○玉 たま縄 なは小 こ太 た郎 らう幼稚 いとけなきより母 はゝのいさめに従 したがふて如 によ如 〳〵道 だう人 じんの許 もとに侍 はべりて道 みちをまなぶの話
○玉縄小太郎如々道人の許 もとに有 ある事十 じう年 ねんにして文 ぶん武 ぶの道 みち三 さん
( 二オ
の妙義こと〴〵く皆通達するの話 ) 才 さいみやうぎつうだつ
冊 まきの五 いつゝ
第八回乗レ馬而
う ま に の り
進 てすゝむ
○玉縄小太郎西 さい国 こくに往 ゆく途 と中 ちう奔 はなれ馬 うまに遭 あふて立 りつ身 しんするの話
○玉縄小太郎津 つ山 やまにて文 ぶん武 ぶの試 ためしを経 ふるの話
第九回得レ日而 ひをえて昇 のぼる
○玉縄小太郎赤松家の勇士日根野中務を討とりて西播の諸士を帰服せしむるの話
冊 まきの六 むつ
第十回著レ土而
つ ち に つ き
栄(二ウ) てさかゆ
○玉縄小太郎土 ど居 ゐの英 はなぶさ姫 ひめを娶 めとりて蕃 はん昌 じやうするの話
第十一回値レ玉而
た ま に あ ふ て
聚 あつまる
○真鶴真介玉縄小太郎と父 ふ子 しの名のりを為 なし。且つ夫 ふう婦 ふ再 さい会 くわいするの話
第十二回由レ剣而
け む に よ り て
親 したしむ
○真鶴真介狩 かり場 ばに於 おゐて手 しゆ練 れんをあらはすの話
○木工頭殿真鶴真介が佩刀 かたな御 ご覧 らんじてより兄弟たるのよしを証 しるし話説 かたり給ふていよ〳〵君 くん臣 しん相 あい親 したしみ給ふの話(三オ)
(白紙)(三ウ)
真実 まことの玉英 はえ冊 まきの一 ひとつ
羅州逸渙撰述
第一回遇水而 みづにあふて漂 たゞよふ
○真 まな鶴 つる真 しん介 すけ洪水 おほみづに遇 あふて。文 ぶん武 ぶ修行 しゆうぎやうのために諸 しよ国 こく遍 へん歴 れきするの話 はなし
日 ひ中則 ちうすれば昃 かたぶき月盈則蝕 つきみつればかく天地盈虚 てんちすらみちかけして与レ時消息 ときとともにしやうそくすと。こゝに人 にん皇 わう第 だい一 いつ百 ひやく三 さん代 だい後 ご花 はな園 ぞの天 てん皇 わうの御宇 ぎように。相摸国 さがみのくに石 いし橋 ばし山 やまの 麓 ふもと。真 まな鶴 づるの里 さとに。真 まな鶴 つる真 しん介 すけ義 よし則 のりと云郷 がう士 し有り。其先 せん祖 ぞは三浦介 みうらのすけ義澄 よしずみが末葉 すゑにして。三 み浦 うらの前 ぜん司 じ義村 よしむらが滅 めつ亡 ぼうの頃 ころより此 この
所 ところに住 すま居 ゐしける。父 ちゝは三 み浦 うら真左衛門尉 しんさえもんのじやう義包 よしかねと云て。永 えい享 きやうの結 ゆう城 き合 か戦 せんの時にも大ひに武 ぶ功 こうをあらはせるが。鎌 かま倉 くら管 くわん領 れい
家 けに憚 はゞかる事有て。真 まな鶴 つると称 しやうせり。此真介は幼少 をさなくして父 ちゝ母 はゝに後 おくれ。外に兄 きやう弟 だいもなく。妻 つまをもいまだ迎 むかへず。ひとり身
にてぞ有ける。其家 いへの子 こに。五十嵐 いがらし(四オ)文蔵と云。忠直 ちうちよく律 りち義 ぎの者有りて。それにかしづかれてぞ成 せい長 ちやうしける。
家内には男 をとこ女 をんなのめし使 つかひ数 す十 じう人 にん有て。いとゆたかなりける。其生質 うまれつき沈勇 いとしづかに温順 やさしく
。喜 き
怒 ど妄 みだりに面 おもてにあらはさず。毀誉 ほめそしり
にも拘 かゝはらず。失 しつ得 とくにも管 かまはず。惟 たゞ義 ぎの当 あたる所をのみ。専 せと勉 つとめぬる。君 くん子 しの風 ふう有る人 じん物 ぶつたり。折 をりには足 あし柄 がら山 やまの奥 おくに在 ま
す。如如 によによ道人 だうじんのもとに参 まゐりかよひたりしが。或 ある時 とき道人に其終身 いつしやうの進 しん退 たい取舎 しゆしやの大 たい要 やうを願 ねがひ尋 たづねつれば。道 だう人 じん宣 のたまふには。
「今より中 ちう年 ねんの半 なかばまでは。苦 く労 らう多 おほかるべし。これ男 なん子 しの徳 とくを磨 みがくの定 さだまりの功 こう業 げふなり。中年の半 なかばより老 らう年 ねんに至りて
は。万 ばん事 じ心のまゝなるべし」とて。四 し言 ごん十 じう二 に句 くの偈 げの如 ごときものを記 しるしてたうべぬ。其文 そのもんに云。
遇レ水而
み づ に あ ふ て
漂 たゞよひ逢 かね
レ に金而 あふて止 とゞまり望レ山而 やまをのぞんで去 さり
拠レ石而
い し に よ り て
困 くるしみ見 ほし
レ を星而 みて走 はしり縁レ きに木而 よつて立 たち(四ウ)
従レ道而 みちにしたがふて学 まなび乗 うま
レ に馬而 のりて進 すゝみ得レ日而 ひをえて昇 のぼり
著レ土而
つ ち に つ き
栄値 てさかえたま
レ に玉而 あふて聚 あつまり由レ
けむに
剣而 よりて親 したしむ
かくの如く記 しるして与 あたへ給ひぬれば。真介はつゝしみてこれをいたゞきてしぞきぬ。二十一 いつ歳 さいの春 はる。供 とも人 びと二人 ふたりばかりつ
れて。京 きやう都 とに登 のぼりし事の有りしが。其留 るすの中 うちに。石 いし橋 ばし山 やまよりすさましき山づなみ涌 わき出て。此真 まな鶴 づるより土 ど肥 ひのあたり
は。一 いち面 めんの湖 みづうみとなりて。家 いへも林 はやしも悉 こと〴〵く皆底 そこのもくづとなり果 はてける。此事京 きやう都 とに聞 きこへしかば。真鶴真介いそぎ故 こ郷 きやう
に帰 かへりてみれば。水 みづはよほど干 ひたりけれども。そこらは皆沼 ぬま野 のとぞ荒 あれたりける。三浦の菩 ぼ提 だい所 しよは。三四町も山よせの高 たか
みなりければ。この処 ところには気 き遣 づかひも有まじとて。墳墓 はかまゐりせんとて。此寺院 てらに至りければ。五十嵐 いがらし文 ぶん蔵 ざう夫 ふう婦 ふの者は。
此 この寺 てらに水をよけて居たりしに遇 あふて。互 たがひに其 その恙 つゝがなきをぞ悦 よろこびける。(五オ)文蔵云には。「さても去ぬる八日ひる
より風 かぜ雨 あめ強 つよかりしが。夜 よに至りてはいよ〳〵烈 はげしくて。夜半 よなか過 すぎの頃 ころ。いとすざまじき音 おとのしたりけるが。忽 たちまち洪水 おほみづ出 いで
来 きたりて。はや床 ゆかの上 うへに登 のぼりぬ。あれよ。それよといふうちに。すでに鴨 かも居 ゐにも及ばんとす。おのれ夫 ふう婦 ふはまづ屏 へいに梯 はし
子 ごして家 か内 ないの男 なん女 によを高 たかみの方 かたへ逃 にげ出 いださしめ。御 ご神主 しんしゆを守 もり奉 たてまつり。土蔵 くらを開 ひらきて。用 よう意 いの金 きん子 す六百両を肌 はだにつけて。
夫婦はからふじて。此寺へ遁 のがれ来りぬ。故に此方 このはうの男女 なんによのめし使 つかひには。一人 ひとりもあやまちはなく候へども。数 す十 じう个 か村 むらの
中にては。男 なん女 によ幾千万人 いくせんまんにんの死没 しにうせにて候ひし。殊 ことに真 まな鶴 づるの郷 がうは第 だい一 いち番 ばんの水の突 つき当 あたりにてや。家宅 いへも土蔵 くらもすべて皆流 ながれ
行 ゆきて一 いち面 めんの平 ひら地 ちとなり申候」。やがてかの金子 きんすを出して。これを真介にさゝぐ。真介はこれを二つわけにして。三百金
を文蔵に与 あたへて云。「前 まへつかた如 によ如 〳〵道人 だうじんの偈 げの文 もんに。水に遇 あふて漂 たゞよふと有つるが今日 けふの事なり。これ前 まへつかたより天 てん数 すう
(五ウ)の定 さだまれる所にして逃 のがるゝ所なし。故におのれはこれより四方 よもに遍 へん歴 れきして。文 ぶん武 ぶの道 みちの修 しゆ行 ぎやうせんと思ひ定 さだめ
たり。汝 なんぢは我にかはりて此金子 かねを以て。かりに邸 い宅 たくを造 つくり。田 た畠 はたは流 ながれたりとも。山林 やまはやしはのこりつれば。それらを
以て。先 せん祖 ぞの祭 まつりをつぎくれべし。其うちには又もや帰 かへり来 きたる事もあらん」とて。先 せん祖 ぞの墳墓 みはかにねんごろにいとまご
ひして。東国 あづまぢさしてぞ出行たり。
○真鶴真介玉 たま川 がはのほとりにて金子を恵 めぐみて少女 わかきをんなの一命 いのちを救 すくふの話
真鶴真介は六 ろく郷 がうのわたしよりまへにて日 ひはくれたれども。宿 やどり求 もとめそこなひて夜 よ路 みちを歩行 あゆみ。六 ろく郷 がうのわたしをこえて。
川に沿 そふて半 はん道 みちばかり行 ゆきける所に。一人の少女 わかきをんな逸 いつ散 さんにかけ来 きたりて。やにはにあたりの石 いしを拾 ひらひて両 りやう方 はうの袂 たもとへ納 いれ
て。已 すでに川 かは水 みづへ飛込 とびこまんとす。真介走 はしりよりてこれを抱 だきとめ。「少 わかき女 をんなの如何 いかなる故によりて。身 みを投 なげんと(六オ)
するや」と。「其いさゐを聞 きかん」と云へば。女は涙 なみだにむせながら。「私義は此かたはら小 を畑 ばたと申里 さとの農人 ひやくしやう太左衛門と
申ものゝ女子 むすめにて御座候。母は先達而 さきだつて相果 あひはて申候間。只今は父太左衛門と弟 おとゝ太 た吉 きちと私 わたくしと三人住 すま居 ゐいたし申候。父 ちゝは前 まへ
かたは庄 しやう屋 やもつとめ居申候得ども。打つゞく不 ふ幸 しあはせにて田 た畠 はた山 やま林 はやしも段 だん々にうりはらひ申候間。只今にては朝 あさ夕 ゆふさへ
も凌 しのぎかたく候所。段 だん々の年 ねん貢 ぐの未 み進 しん滞 とゞこふりて。只 たゞ今 いまにては金子廿五両斗りの負 おひめに相成候所。日 にち限 げん延 えん引 いんいたし申候 に付。七日以 い前 ぜんに追 おひ分 わけの御 ご陣 ぢん屋 やへめされて入 じゆ牢 らういたし申候。此入 じゆ牢 らうの難 なん義 ぎを救 すくひ申さんとて此 この頃 ごろ品 しな川 がはのくつわへ私 わたくしが
身 みをうり申候て金子廿五両かしくれ候様 やういろ〳〵かけ合 あひ今日 こんにち其義調 とゝのひ金子をうけとり。明 あ日 すは父を牢 らうより出して。
私は品川へ行申候応 おふ対 たいにて。其金子を仏 ぶつ壇 だんの下へ入れ置候間。私は厠 かはやへまいり居申候内に。前かどより忍 しのび入りてう
かゞひ居申候と見えて。盗 とう賊 ぞく二人其金子をうばひ帰 かへらんと致 いたす所へ。私□□ (虫損)より□ (立カ)(六ウ)入り候得ば。幼少の をさなき弟 おとゝ
を人 ひと質 じちにとり。刀 かたなを咽 のどへあてゝ。「声 こゑ山 やまたてると只一突 ひとつき
」と
申 候
故人質に心まはり居申候うちに。一人は表を明けて ゆゑひとじちおもてあ
出申候と。今一人は弟 おとゝを引立 ひつたてて。おもてへ出申候が。其弟 おとゝを内 うちへなげこみて走 はしり行候。私は弟の介 かい抱 はういたし居申候
うちに。行方 ゆきがた知 しれずなり申候。右の金子をぬすまれ候ては。父を牢 らうより出 いだす事あたはず。私は明 あ日 すより品川へ行 ゆかね
ばならず。途 と方 ほうにくれ申候故に。いつそ身をなげて死 しに申候はんと。右の仕合にて候」と語 かたりければ。真介云。「高 たかで両 りやう
方 はうにて五 ご十 じう金 りやうあれば事納 をさまるなれば。死 しぬるにはおよばざる事なり。おのれ其金子 かねをあたへ候はん間。まづ其方家 そなたのいへへ行
べし」とて。打つれて小畑の太左衛門方に至り。「此所の庄 しやう屋 やはいづれぞ」と問 とふ。少女 むすめ庄屋の家ををし(へ)たれ
ば。真介少女 むすめを伴 ともなひ庄 しやう屋 やに至 いたり。右の一件 わけを語 かたり。「不 ふ便 びんの次 し第 だいなる故に。おのれ其金子 かねを償 つぐのひくれ候なり。少女 むすめに 金子 かねを持 もたする故に盗賊 ぬすびとの患 うれへ在 あり。右 みぎ未 み進 しん上 じやう(七オ)納 なふ金 きむ。只 たゞ今 いま其元 そこもとへ相 あい渡 わたし申候間。其元より請取 うけとりの一 いつ札 さつ下さるべ し」とて。金子をわたし一札を取り。「さて品川のくつはへは明 あ日 す行 ゆくべし」とて。其夜 そのよは小 こ畑 ばたに一 いつ宿 しゆくし。翌 よく日 じつは品川 に行て。右の一件 わけを語 かたり。金 きん子 す相渡し。其証 しやう文 もんをうけ取て小畑へ帰れば。父の太左衛門も牢 らうより出 いでて其家に帰り居た
るによりて。品川のくつはの証 しやう文 もんを出して。これを与 あたふれば。親 おや子 こは天 てんに歓 よろこび地 ち
に
悦 よろ
こびて。三 さん拝 はい九 きう拝 はいして躍 をどり上り て歓 よろこびぬるも道 だう理 りなり。真介は太左衛門に向ひ。「牢 らう屋 やの苦 く患 げんは遁 のがれたるとも。これ迄の貧 ひん窮 きうなれば。あすよりの凌 しのぎ なん義なるべし」とて。又金子十両取出して「これを以て当時の急 きふを防 ふせぎ候へ」とて。やがて立出 たちいでんとす。親 おや子 こ
は
袂 たもと
にすがりて。これを止 とゞむれども。「行 ゆく先 さき長 ながき旅 たびなれば」とて立出 たちいでつ。太左衛門はこれを送 おくりて路 みちの二三里も来 きたれり。
真介「ぜひ」とこれをとゞめつれば。太左衛門□□□ (はぜひカ)(七ウ)なく〳〵ぞわかれ帰りぬ。
○真鶴真介武 む蔵 さし野 のにて盗 たう賊 ぞく数許 あまた討 うちとめる話
真鶴真介は東をさして行けるが程なく武 む蔵 さし野 のに行かゝりたり。日は已 すでに山の端 は近 ちかくならんとする所に。かごかき二人 ふたり
側 かたはらより「旅 たび人 びとかごにめされよ。おのれらは。此向ふの宿 しゆくへ帰るもの共なり。酒 さか手 て少し給はらばのせて参るべし。御 ご
案 あん内 ないの武 む蔵 さし野 のなれば。迷 まよひ道数 かず々有て。大ひになん義為 し給ふなり。ぜひにめせよ」とすゝむるにぞ。「何 なに様 さま此野 の原 ばら夜 よ道 みち
になりてはなん義なり」とて。やがてかごにのりければ。かごかきはあしを早めてかきて行く。夜も早初 しよ更 かうにもなり
ぬらんとおもふ頃 ころに。いざとてかごをおろしけるに。四 し方 はう草 くさふかき野 のばらなり。真介云。「向ふの宿 しゆくまで案内 あなひせんと
゛
云つる故にのりつるが。こゝはやはり武 む蔵 さし野 ののうちとおもはるゝ。などて宿 しゆくまではやらざる」といへば。かごは微 せゝら
(八オ)笑 わらふて。「すきな事いふ旅 たび人かな。僅 わづかに五 ご十 じう疋 ひきや百 ひやく疋 ひきにて。此かごが宿 しゆく迄 まで行 ゆくものか。宿 しゆく迄 までやりてほしくば。
まあ百 ひやく両 りやうかへ」といへば。一人のかごかきが云。「此間小畑の太左衛門が女郎 めろが。ほえ〳〵ぼやいたら。つい五 ご六 ろく十 じう両 りやう
の金 かね出した親 おや方 かたじや。一ぽんや二ほんは。今 こん夜 やのかごちんにもくれられさふな事じや」と。そろ〳〵とゆすりかくれ
ば。真介はかごより立出て。「さてはおのれらは。此道 みち筋 すじの盗 たう賊 ぞくよな。尋 たづねても逢 あいたかりつるに。まだ外 ほかにも同 どう類 るい有べ し。悉 こと〴〵く皆 みな呼集 よびあつめこよ。金 きん子 す配 はい分 ぶんして得さすべし」といへば。かご云。「よい覚 かく悟 ごじや。おいらは小畑から付廻
して。肩 かたへさへのせたものじや。三百両はぎつしりと肩 かたに覚 おぼへが有る。どりや仲 なか間 ま
に
悦 よろ
こばさふ」と。相 あい図 づと見えて笛 ふえ
の音 ね高く吹 ふき上 あげければ。四方 よもの草 くさの繁 しげみより六七人立出たり。真介は石に腰 こし打かけて。「小畑の太左衛門が家 いへに入りしは。
かご二人と覚 おぼえたり。まづ汝等 そちらに酒料 さかてくれん」といひさまに。一人 ひとりを車 くるま切 ぎり。□ (虫喰)一人 ひとり(八ウ)を向ふげさ。こ れをみて三人切かゝるを。右と左りに薙 なぎ伏 ふせ。残る一人をから竹わり。□□□ (虫喰)三人立かゝるを。これも暫 ざん時 じに切り倒 たふし。
相 あい手 てなければ血 のりおしぬぐひ。打 うちあふぎて星斗 ほしを眺 ながめ。東 ひがしをさしてぞ行 ゆきたりける。
○真鶴真介盗 たう賊 ぞくの家 いへに舎 やどりて危 き難 なんに遭 あふの話
真介東 ひがしをさして足 あしに任 まかせて行けるが。道のかたへに一つ家 や有り。やう〳〵そこへたどりつきて。「行暮 ゆきくらしたる旅 たびの者 ものな り。一夜 いちやのやどを給はらんや」と云へば。「まづこれへ」とて内 うちへ入れたり。亭主 あるじとおぼしきは三十有 いう余 よと見えて究 く竟 きやう
の骨 こつ柄 がらなり。外 ほかに女二人有り。よりて酒 さけのみ居たる体 ていなり。亭 てい主 しゆ云。「客 きやく人 じんは夜 よふけて。何方 いづくより来 きたり給ふ」と問 とふ。
「武 む蔵 さし野 のにて道 みちに迷 まよひてなん義せり。此道は本 ほん街 かい道 どうなりや」と問 とへば。「此野の中は行 ゆく先 さきによりて道 みち数 かず尤 もつとも多 おほし。どれ 本 ほん街 かい道 だうと申てもなし。嘸 さぞくたびれ給はん。まづ離 はなれ(九オ)坐 ざ敷 しきにて休 きう息 そくなさるべし。追 おつ付 つけに支 し度 たくをこしらへまゐらせ
ん」とて。坐 ざ敷 しきへ案 あん内 ないす。其家 いへ居 ゐの様 やう子 すを見るに立 りつ派 ぱにはなけれども。すべて堅固 じやうぶにして坐 ざ敷 しきは雨 あま戸 どなどしまり堅 けん固 ごな かき
かき
かき
り。外 ほかより見しとは大ひにかはれり。やがて夕 ゆふ飯 げこしらへて持来り。外に瓶 へい子 じに酒 さけをあたゝめさし出し「一 いつ献 こんめされ
よ」とて達而 たつてしひぬれども。「酒 さけは一しづくも得 え飲 のまず」とて。飯 はんのみくひて。さて飯 はんの半 なかばにて厠 かはやに行 ゆきたり。「けふは
昼 ひるより腹 はらけにて込り入たり」とて。姑 しばしの間に二 に三 さん度 ども行 ゆきてげり。其間に酒 さけを嗅 かぎてみれば。かの麻 しびれ薬 ぐすりの香 にほひ有り。
「寝 ね処 どころしきてまゐらせん」とて坐 ざ敷 しきの中央 まんなかにしきたり。後 あとにてふとんをのけ。むしろをまくりてみれば床 ゆか板 いたには穴 あな三 み
処 ところまで穿 よりて有り。「さてこそ」と。床 とこを其まゝにしては。又もや厠 かはやへ行たりしに。「旅 たび人 びとおやすみなされしや」とお
となひつゝ。四 し方 はうのしまりをさしぬる故 ゆゑに。厠 かはやより「おのれは腹 はら気 けにてしば〳〵厠 かはやへ行 ゆき申間。しまり一 ひと処 ゝころあけ置て
給 たまはるべし」とて。其近 きん所 じよ□ (をカ)(九ウ)窺 うかゞふに厠 かはやにならびて柴 しば部 べ屋 や有り。表 おも家 やは家 いへの左 さ右 いうにうらおもて通行 かよひの□□□ (虫喰)
有。坐 ざ敷 しきに返 かへりて。寝 ね所 どころは人の寝 ねたる体 ていに取 とりつくろひ。其身は柴 しば部 べ屋 やに忍 しのびてぞ窺 うかゞひ居 ゐたるに。三更 よなかの頃 ころに亭主 あるじひ
そかに来りて。まづ厠 かはやをのぞき。さて坐 ざ敷 しきをのぞきて。しづかに雨 あま戸 どをたてゝ。外 ほかよりかきがねをかけ。しりじまり
を堅 かたくして立帰 たちかへりぬ。さるに外 そと面 もに松明 たいまつをてらし来るが。火かげさしければ。ひそかにかの表家 おもやのひあひ路 みちよりおも
てに行てうかゞへば。門 かどの戸 とをしづかにたゝく。亭主 あるじは手 て槍 やりを杖 つゑにつきて戸を明ぬれば。一人の男入り来て。門の内
にて立ながら云には。「今宵 こんやは散 さん々の仕 し合 あはせなり。『宵 よひに廿歳 はたちばかりなる究 く竟 きやうの男 おとこ一人 ひとり。肌 はだにはズツシリと金 かねを持た
る者。六 ろく郷 がうの川ばたより付てきたり』とて。『例 れいのかごとなりて。此野の入 いり口 くちにはりて。かごに載 のせたり』と云の知 しら
せにて。かの黄泉 よみぢの辻 つじへ。小 こ頭 がしら二人 ふたりと手 て下 した四 よ人 にんとはられたるが。余 あまり音 おとがせぬによつて。今行 ゆきて見たれば都 つ合 がふ(十オ)
八人ながら皆ばらされて居るによりて。其通 とほりを魁首 かしらの権 ごん藤 とう太 だ殿に云たれば。すぐに手下十人つれて落 おち合 あひへ行かれた
り。『猶も此家へ来まじきにも非れば。知れものなればゆだんせられな』と魁首 かしらの云付なり」。亭 てい主 しゆ云。「其者 そのものはこゝへ
来 きて。已に網 あみの中 なかにかゝつて居るなり。めつたに逃 にがす事にてはなし。されども小ざかしきやつにて。かの麻 しびれ薬 ぐすりは中 なか
々くらひ居らぬなり。されども用 よう心 じんには縄 なはをはれじやが。もしやこゝをぬけて出をつても。街 かい道 だう筋 すぢは外に逃 にげ道 みちなし。 かき
ぜひ落 おち合 あひへ行 ゆかねばならぬが。只心がゝりは此うら道なり。もしや小 こ径 みちより山の手へぬけては取逃 とりにがす事なれば。汝 なんぢう
ら道へまはりて。かの谷 たに川 かわの丸 まる木 き橋 ばしをだに引 ひきて置 おきたる時 ときには。袋 ふくろの中の鼠 ねづみなり。早く行て橋 はしを引きて。あぜ道より落 おち
合 あひへ行べし。今料 りやう理 りしやうと思ふて。此通りに用 よう意 いせり。早く行きて。橋 はしをひけ」とて追 おひやりつゝ。身 みごしらへして。
槍 やり□□ (虫喰)そ(十ウ)離 はなれ坐 ざ敷 しきの方へ忍 しのび行を。やり過 すごしてうしろより大袈 げ裟 さに切り放 はなし。裏 うらの屏 へいを飛 とび越 こえて。小 こ径 みちをした
ひゆけば。かの男 おとこ向ふに見ゆ。走 はしりかゝればかの者立止 たちどまり。ふりかへる所を切付れば。かれも知 しれものぬき合して二打 ふたうち
三 み打 うちはたゝかひしが。これも首 かしらより咽 のどのあたり迄わり付ければ。仰 のつけに倒 たふれたり。其時真介思ふ様 やうは。「こよひは十人
の余 よとしあふて。一目も寝 ねざる故 ゆゑに大ひに労 つかれたり。さるに街 かい道 だう筋 すぢを往 ゆきて。又々十人余 よの新 あら手 てを戦 たゝかはん事甚 はなはだ危 あやふし。
さらば此径 こみちより山中 やまなかへわけ入りて遁 のがれ行ん事上 じやう策 さくなり」とて。径 こみちを行事十町ばかりにして。谷 たに川 かはに丸 まる木 き橋 ばしのかゝり
し有り。それをわたりては山 やま路 みちにて。至 し極 ごくの難 なん所 じよなれども。木 きの根 ねをつたひ。藤 ふぢかづらをよぢて。やう〳〵にして。平 ひら
地 ちに至 いたりぬれば夜 よはほの〴〵と明 あけにけり。
第二回逢レ金而
か ね に あ ふ て
止 とゞまる(十一オ)
○真鶴真介常陸 ひたち花 はな園 ぞの山の麓 ふもとにて磊 らい落 らく翁 あうに逢 あふて道 だう芸 げいを学 まなぶの話
真鶴真介は市中 まちに出て旅 りよ宿 しゆくをもとめ。一 いち日 にちそこに逗 とう留 りうして。此 この頃 ごろのつかれを休 きう息 そくして。それより下 しも総 ふさ上総 かづさ安 あ房 はを巡 めぐり。
常陸 ひたちを歴覧 れきらんして。花 はな園 ぞの山 やまの麓 ふもとに至れば。秋 あきの日のつれなくて。はや暮 くれかゝりしかば其あたりを視 みるに。一むら茂 しげれる
林 はやしのうちに。いと閑静 しづかに住 すみなしたる家 いへ居 ゐの有ければ門 もん前 ぜんに立よりて案 あん内 ないをこひければ。十六七ばかりの少年 わかうどの立出た
りしに。「行暮 ゆきくらしたる旅 たびの者。宿 やどりを求 もとめそこなひ迷 めいわく仕候。率 そつ爾 じの至りには候へども。一 いつ宿 しゆくの御 ご無 む心 しん申たし」と
いひ入れければ。少年 わかうど旅 たび人 びとの風 ふ情 ぜいをつく〴〵見て。「姑 しばさせ給へ主人に告 つげて見 み申さん」とて内 うちに入りしが。やがてに出
て「これへ入 いらせられ候へ」とて。まづ客廰 ざしきに請 しやうじけり。かの少年 わかうど出来りて。「折ふし風 ふ呂 ろのわきて侍 はべる。湯 ゆにやめ
されん」と云。「それは何よりの御展待 もてなしなり」とて。湯 ゆに入りて揚 あがれば。程 ほどなく(十一ウ)夕 ゆう餉 げを出 いだしぬ。かれこれし
たくをはりければ。亭主 あるじ出来るが。年の頃 ころは六十ば□□□□
( か り と 見 カ
えて。半白の髪をなでつけて。其威風堂々たる人品なり。 )はんはくかみゐふうだう〳〵じんぴん
客 きやくに対 たいして云。「山 さん林 りん中 ちうの寒 かん家 かなれば。何の展待 あしらひもなく不 ふ敬 けいの至 いたりなり」と云。真介は「率 そつ時 じの御無 む心 しんを申入候所。御 ご
推 すい却 きやくもなく種 しゆ々 〴〵の御展待 もてなしかたじけなく存候」と礼 れい謝 しやすれば。亭 てい主 しゆは茶 ちやを煎 にさせ果餌 くわしなどを出して。さて客 きやくに対 たいして
云。「貴 き客 きやくは何処 いづくの人にて。何と申方 かたなりや」と問 とふ。真介答 こたへて。「相摸 さがみ真 まな鶴 づるの里 さとに住 すめる。真鶴真介義 よし則 のりと申処士 らうにんにて
候」と云ば。主翁 あるじ云。「おのれは金 かな井 ゐ帯刀 たてはき義 よし直 なほと申者。只今は世を遁 のがれて磊 らい落 らく翁 あうと号 がうし候。本 ほん姓 せいは三浦にて候」といへ
ば。真介「さてはおのれと同姓にておはし候」と云へば。主翁 あるじ「貴 き客 きやくも三浦にて候か。さらば同 どう宗 そうの親 したしみにて候。
さておのれは久しく世の交 まじはりをたちて。かくの如く引 ひき籠 こもる事なれば。いかで往来 ゆきゝの旅 たび人 びとをやどし申さんや。(十二オ)
さるに先刻 さきほど門外 そともにて御 ご案 あん内 ないの音声 こゑの。只人 たゞひとならず聞取 きゝとり候故に。わざと御宿 やど申せしなり。さるにおもはずも同 どう宗 そうの親 したしみに
て候ひき。不 ふ思 し議 ぎの奇 き縁 えんなり。さても此 この度 たびは何方 いづかたへ御 おん通 とふりなりや」と問 とふ。真介云。「おのれは幼年 をさなくて父 ちゝ母 はゝにはなれ。外
に
兄 きやう
弟 だいもなく。いまだ妻 めをも迎 むかへ申さず。祖 そ先 せんの余 よ沢 たくにて。田 た畠 はた山 やま林 はやしなど少しく有りて。さのみ不 ふ自 じ由 ゆうにもなくく
らし申候所。当 たう春 はる洪 かう水 ずいにて居 ゐ宅 たくも田 た畠 はたも流 ながれ行き申候。家の子 こに文蔵と申者律 りち義 ぎにて。父 ちゝの代 よよりめし使 つかひ候。此者
に命 めいじて。山 やま林 はやしの料 りやうを以て。時 とき々 〳〵には先 せん祖 ぞの祭 まつりをいたし候へとたのみ置 おきて。おのれは文 ぶん武 ぶの道 みちの修 しゆ行 ぎやうせんとて。
遍 へん歴 れきいたす事なれば。さして志 こゝろざす方 かたといふてもなく候」といへば。磊 らい落 らく翁 あうは。やゝ真介が顔 かほをうちながめて云。「お
のれは少 しやう弱 じやくの頃 ころより。天 てん文 もん望 ぼう気 き監相 かんさう音 おん律 りつ風角 ふうかく等 などの道をこのみ。種 くさ々 〴〵心を尽 つくし□□ (虫損)(十二ウ)中 ちう年 ねんのころ。異 い人 じんに値 ち遇 ぐう
して。これに従 したがひ学 まなびし事三年なりしが。それよりは大 たい略 りやく通 つうじ給ひぬと存じ候。今貴客 そなたの相 さうを観 みるに。三 さん体 てい平 びやう等 どうに
して。骨 こつ格 かくよく調 とゝのひ。肉 にくも亦よくしまれり。眼 がん中 ちう黒白 こくはく燦 さん然 ぜんとして分 ぶん明 めうなり。神 しん気 きよく納 おさまり正 たゞしく見ゆ。これ公 こう明 めい正 せい大 だい
の相 さうにして。利 り損 そん失 しつ得 とくに心を動 うごかさず。惟 たゞ義 ぎに当 あたる所を務 つとむ。遖 あつぱれ正人 せいじん君 くん子 しの相 さうたり。然れども流 りう年 ねんの衝 しやう旺 わうによれ