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マルチン・ルターの婚姻理論その序説的考察  

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(1)

は  し  が  き  

H わたくしは︑さきに︑十八世紀のドイツにおいて制定された﹁プロイセン普通国法﹂︵A−−gemeines Landrecbt  

f昏die pre宏Sisc訂n Staaten召n−遥舎を取り上げ︑啓蒙的絶対主義の国家理性の所産であるこの法典の性格  

を︑その思想的背景をなすドイツ啓蒙︵deutscFe A已k−賢ung−とくにSam諾−召n Pu訂ndOrfおよびCbristia芦  

︵l︶  WO−ff︶ の自然法理論との関連において解明しようとした︒そのさいに︑傍論ではあるが︑同法典の婚姻観につい  

ても触れるところがあった︒すなわち︑プロイセソ普通国法では︑婚船は︑自然法的社会契約論に基づき︑他のあ  

らゆる社会と同様︑私人間の契約と構成された︒そして︑この契約の奉仕する目的ほ︑﹁子の出産と教育﹂であっ  

︵2︶  た︵ALR・肖﹂−肋′−︶︒この規定は︑当時の自然法理論の一般的見解に従うものであり︑プトフエンドルフやヴォル  

︵3︶  フの婚姻の定義にも照応していた︒﹁子の出産と教育﹂を婚姻の主目的とする七とにより︑契約論にとどまればた  

んに私的関係にすぎないところの婚姻に︑公的社会的性格が賦与されること一宜なった︒ 

イセン普通国法の婚姻は︑﹁人間増殖のための警察的制度﹂ ︵p︒−izei−替e♭n冨−tzurF︒rtpfianzungder  

︵4︶  

MeづSCF2n︶といわれた︒啓崇的絶対主義下のプロイセン国家は︑内外の政治情勢に対処するた 

マルチン・ルターの婚姻拙論その序説的考察︵一︶  ︵五九五︶ 三五   

マルチン・ルターの婚姻理論その序説的考察  

− 近代的家族法形成史の一断面 −  

石   部   雅  亮  

︵  

(2)

︵五九六︶ 三六  

寛三十三巻 第五号   に︑臣民の物質的精神的福祉を増進させることをもって︑急務とした︒人口の増加と臣戌の教育は︑ともに国家の福  

祉政策の二塀を形成し︑国家最大の関心事であった︒したがって︑婚姻も︑国家の政策に対する協力の面から︑公共の   福祉に奉仕すべき制度と把握された︒婚姻にほ︑とくに︑′出産と教育の機能をもって︑国家に有用な成員を提供し   てこれに寄与すべき任務が課せられたのである︒プロイセソ普通国法の婚姻ほ︑制度のすみずみにまで︑このよう   な啓蒙的絶対主義の精神が潜み透っていた︒要約すれば︑以←のようなことを述べたのであった︒﹁プロイセン普通   国法における婚姻﹂についてほ︑別掲にて詳論する予定であるので︑それを参照していただければ︑率いである︒    とこ・ろで︑本稿の課題は︑後に論ずべき啓蒙期日然法理論とその影轡をうけた法典の婚姻法の研究の前提とし   て︑ひとまずさきに宗教改革によって生み出されたルター主義の婚姻法理論を顧みておこうということにある︒    前述のように︑絶対主義国家権力が婚枢を国家体制のなかに編入し︑それに公的義務を諌すためには︑国家婚姻   法をできるかぎり拡張して︑婚姻をその影響に従わせるようにしなけれほならない︒いいかえれば︑国家が婚姻立  

︵5︶ 法権や婚姻裁判権のような婚姻に対する法的規制極を独占してしまう必要があるのである︒ドイツ啓蒙が絶対主義  

︵6︶ 国家の世界観であったのは︑もう周知のことであるが︑すでにJ宏−usH・B夢merほ︑ランデスヘルに対して︑  

︵−︶ 彼が婚姻事件にかんしラントの福祉に合致すると思うことを法律に規定する権利を認めた︒また︑Friedricbder  

GrOSSeは︑一七四八年︑Samu2−召nCOCC2jiの手でおこなわれた司法改革において︑宗教改革以来プロイセン  

︵8︶ の宗教法院︵COロSistOrium︶がもっていた婚姻裁判権を奪って︑通常裁判所に委ねた︒これらの事件ほ︑いずれも︑  

右の観点からみてきわめて象徴的な意味をもつところの事件であるということができる︒さらに︑一七四九年に  

は︑フリードリッヒ大王の命を拝したコッツエイが︑新旧両教会のため・に︑新しい国家婚姻法を編恭した︒C︒rpuS  

juris買ed2rlcianiの婚姻法がそれである︒その法典は全体としてほ︑ついに未成立のままであったが︑それで   

(3)

︵9︶ も︑その一部であるところの婚姻法は︑プロイセン国家の若干の地方で︑実際に施行された︒それでもって︑プロ  

イセン国家の婚姻法の規制に対する教会の影響は︑ひとまず終止符をうたれることになった︒以後︑婚姻制度の管  

理は︑教会に代って︑主として国家が担当することになり︑その管理基準は︑キリスト教教会倫理よりも︑むしろ  

赤裸々な国家理性によって規定せられるようになった︒これは実に婚姻法の世俗化・国家化の達成を示す重大な局  

面であるというぺきであろう︒   

顧みれば︑中世カトリック教会が︑婚姻のサクラメント的構成を足場にして︑教会の婚姻に対する法的規制の権  

利を主張し︑その立法権︑裁判権を掌握してから︑国家がこれを再び奪回するまで︑歴史の発展の背後には︑つね  

にヨーロッパ文化の支配をめぐる教会と国家の深刻な闘争があった︒啓蒙は︑その闘争において︑教会や神学に決  

定されていた従来の支配的文化と対立し︑ヨーロッパ近代の出発点・基礎をつくったが︑それはなおその成立を宗  

教改革︵Ref︒rm溝︒n︶に深く負っていたのである︒宗教改革ほ︑既存の教会組織に決定的な打撃を加え︑ヨーロ  

ッパのなかばを法王政の支配から解放し︑教会文化成立以来たびたびおこなわれた解放事業をなしとげ︑世俗文化  

の成立の基礎をつくった︒しかしながら他面では︑宗教改革の成果はなんといっても再び新な教会文化をつくり出  

したことであった︒それゆえにまた︑啓蒙は宗教改革の生み出した文化と対決し︑その克服につとめねばならな  

かった︒この意味で︑宗教改革は︑中世から近世への過渡期とみられ︑歴史の発展の橋渡的役割をしたといわれ  

︵10︶  よう︒このことほ婚姻法の発展についても同様にあてほまるであろう︒婚姻を教会の後見から解放して︑国家の手  

におさめるまでの過程は︑婚姻世俗化運動︵とくにフランス成っいていわれるが︑全ヨーロッパ的規模でこの運動  

をとらえることもできよう︶といわれるが︑その推進力として宗教改革の果した役割ほきわめて重要である︒この  

婚姻世俗化運動の全過程を描き出すということほ︑われわれの現在の状腰では︑まったく不可能なことに近い︒そ  

︵五九七︶ 三七   マルチン・ルターの婚姻理論その序説的考察二︶  

(4)

︵五九八︶ 三八  讐一一十三巻 第五号  

のように困難な課題でほあるが︑ − とくにその研究に必要な資料と宗教的恩憩的知識の欠如にわたくしほ苦しむ  

のであるが曇近代家族法形成の最も重要な⁝場面を構成するものとして︑ここにこの宗教改革時代︵とくにルタ  

ー︶の婚姻法論を取りあげ︑これに一瞥を加えておきたいと思うのである︒したがって︑これほ全く素描的な習作  

にすぎぬのであるが︑さらに素描な吾ねていくうちに︑この場面がくっきりと浮び上ってくることを期待してい  

る︒そしてその次の時代︑すなわち啓蒙の時代が展開する場面との比較検討がまた次の課題となるであろう︒   

日 ところで︑十六世紀のドイツに煉原の火のように拡がった宗教改革運動の口火をきったのほ︑MartiD  

︵11︶  Futberその人であるが︑彼の思想ほ︑近代的婚姻法理論の発展にどのよう好寄与したのであろうか︒このような  

視点からみたとき︑′彼の婚姻理論を︑婚姻世俗化運動の前駆と規定するのが︑普通の見方のようである︒この点︑  

啓蒙の婚姻理論はルターに負うところきわめて大といわねばならない︒その根拠は︑ルターがカトリック主義の婚  

樹サクラメソトの教義を否認し︑薪に﹁婚姻ほ俗事である﹂という命題を主張し︑それでもって婚姻率件に対する  

︵∽︶  教会権力の管轄を排斥し︑代りに国家権力の管轄を承認しようとしたという点に求められる︒   

このような見方は︑ドイツでも︑教会法学に⊥派を築いた匪mi−ius Lud尋ig RicFter以来の通説的見解となっ  

ている︒リヒターは︑ルターの婚姻の世俗性の命題を︑彼が教会の裁判権とその濫用に対する反対から︑訴訟な世  

俗裁判所に帰属せしめ︑宗教裁判権を良心の而のみに制限しようとしたこととの閑適において︑解釈しようとし  

︵ほ︶  た︒これと併せて︑E邑l句ユedbergの詳細な婚姻法の研究が参照せらるべきであるが︑フリードベルグほ︑婚姻  

の世俗性を強調するルターの言説について︑リヒタトのように︑教会の裁判権とその濫用に対する反対からするだ  

けでは︑まだ充分な説明たりえないことを指摘し︑とくにリヒター自身が掲げている TMaub旨Eein の冒頭の︑  

︵Hし  

ルターが婚姻の締結にかんする法的規定を世俗権力に委ねている文章を引証した︒だが︑ここに裁判権との特別の   

(5)

関係はなくとも︑婚姻を世俗の行為とよぶとき︑ルターは︑婚姻制度という外的秩序にも独占的支配権を要求し行  

使した中世教会の婚姻観に対し1むしろ一般的な関係で対立していたのだということを考慮に入れておかなくては  

ならない︒婚姻のサクラメソト的性質にかんするカトリックの教義を非難することによって︑ルターはたんに教会  

の裁判権にかぎり︑伝統的な婚姻法の形態に反対したのではなかった︒そのような教義の影響および自ら婚姻を禁 ヽヽヽ  

ぜられていた聖職者階層の決定的作用のもとに形成せられた婚姻法の全状態︑実にそれとの対決を通して︑宗教改  

革は︑婚姻の法的側面の形成が︑まず国家︑すなわち︑キリスト教的国家極力によっておこなわれるぺきことを強  

調したのである︒そこから︑婚梱裁判権にかんしては︑それが原則として世俗権力に帰属するとともに︑婚姻立法  

︵15︶ 権も世俗権力によって行使さるぺきであるという結論がでてくる︒このようにみると︑婚姻の世俗性の主張とその  

癌結として生ずる婚姻制度の国家管理の要求が︑ルターの婚姻理論の核心を形成する重要なモメソトの叫つである  

ことは︑疑いないであろう︒ルターは︑たしかに︑婚姻世俗化の熱心な主張者であった︒   

けれども︑他面︑ルターの婚姫理論には︑とれまでみてきた婚姻世俗化のモメソトとともに︑それと絡みあいなが  

ら︑婚姻の神聖を強調する別のモメソトが存在していたことを看過してほならない︒ルターほ︑婚梱を俗事とみると  

同時に︑婚姻が神の定めであること︑その神聖と尊厳を繰返し説いたのである︒このようなルターのことばは︑ど  

のような動機で語られたのであろうか︒フリードベルグによれぼ︑婚梱に対して蔑視の念をもっていたカトリック  

の独身制の擁護者に対抗して︑姫鱒の価値を高める必要があったこと︑また伝統的社会秩序の崩壊とともに︑キリ  

︵摘︶   スト者の自由の濫用の風潮が現われ︑それに対して︑婚姻秩序の安定をはかる必要があったと説明されている︒た  

しかに︑当時の混乱した社会情勢のなかで︑袖に定められた婚姻の尊厳を強調しなければならない理由ほ充分あっ  

たにちがいない︒それゆえ︑ルターが婚姻の世俗性のみを山面的に主張し︑婚姻の宗教性という他の面を全然無視  

︵五九九︶ 三九   マルチソ・ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  

(6)

してしまったかのようにみる誤解は改められねばならない︒   

しかも︑その後︑教会の婚姻事件への関与がますにつれ︑ルター主義の教会は婚姻の神的性質を仙層強調し始め  

︵17︶  た︒これによって︑教会は︑−日護国家化せんとした婚姻率務を再び取り戻そうとしたといわれるのである︒した  

がって︑ルター主義では︑婚姻の世俗化はついに実現されることなく︑依然として−1主たとえカトリック主義のそ  

れと形態を異にするにせよ ー 婚姻制度の教会管理が存続したのである︒  

︵18︶   このように︑ルターの婚姻琴論にほ︑二つの側面が︑町見矛盾するかのよデな形で存在している︒そして︑それ  

は政治的闘争のなかで︑両極に引き裂かれ︑利用された︒﹁そのように直接的に︑はげしく対立するルターのこと  

ばは︑全く相反する傾向の支柱として用いられざるをえなかった︒それらは︑婚姻の世俗化をたえず非難し︑婚姻  

を教会の支配領域として要求せんとした党派の楯であり偽装手段であった︒他方︑そのことばは︑婚姻事件におい  

て教会が事実上行使している権利を任意に取消しうるところの国家の委任としかみない党派の攻撃の武器であっ  

た︒ルターの名前は︑どちらの側にも︑戦いの場での開の声であった︒民事婚の採用に賛成する運動も反対する運  

︵19︶ 動も︑ともにルターの権威に拠ったのである﹂︒   

われわれは︑以下の鍍述において︑右に述べた婚姻の世俗性と宗教性の二つのモメソトを手がかりにしながら︑  

ルターの婚姻理論の考察をおこなうことにしよう︒この二つの側面から光を注ぎ︑その間の内面的関連を探ってい  

くならば︑ルターの婚掛理論が拠って立つ基礎が明るみに出てきほしないであろうか︒そして︑それを通じて︑ル  

ターの理論の歴史的意義︑婚姻法の近代化への寄与とその限界の理解を深めたいと考えるのである︒   

ルターの婚姻にかんする著作は︑彼の彪大な論文集︑説教集のなかで︑その数は必ずしも多いといえないかもし  

れない︒だが︑かなりまとまったものがあり︑ルターの社会倫理にかんする文献のなかで︑重要な地位を占めてい    第三十三巻 第五号  二ハ00︶ 四〇  

(7)

る◇ここでは︑それを−文献入手の困難とそれを理解する語学力の不足から1充分に利用することはできなか ︵即︶\  

ったが︑できるかぎり参照するように努めた︒駅訳に不測の誤りがあることをおそれるのであるが︑どうか御教示  

を賜りたい︒   

て︶拙稿﹁プロイセン普通国法賢ける親権の特質﹂香大経済論撃一二巻︑三︑四︑五号四〇八頁以下︶および﹁プロイセソ  

普通国法の精神的基礎﹂ ︵香大経済論叢三三巻三号八九頁以下︶   

︵2︶只OCb−A−官meln2Slandrecgf賢diepreussisc訂nStaaten・肖こ1竿S・r   

︵3︶冨endOrfもejure邑uraee−gen−1昌−ibrl邑○畠C・−ふー○⁝DeO賢OF呂ini∽2tCiまsp→邑ipsprae邑bunter  

−egenatura−iこ・N︼C・Nこデい宅○声H邑tu−iOn2S首sna−宍e2tg2ntium︸ヂ芦Ⅰ盲↓芸∽の⁝官記ma∃﹀  

systematisc訂Dars邑−u品despr2uSSisc訂邑i喜2CざヂS・−↓・これ誉れば︑AL戸の立法者の姫鱒の定義の典  

拠は︑He−−fe−dこ已spruden−iaf︒re昇a・ごN声だそうである︒   

︵4︶ 只OCデa・a・〇・﹀S・−Anm・−・   

︵5︶プロイセソ普通国法匿おいてほ︑国家ほまだ婿静総監んする法的承認権を掌癒しえなかった︒′﹁有効な婚姻は僧侶が  

司るTra呂gによっておとなわれる﹂という原則︵Aド兄・戸−ふー∽の︶に示されるように︑それは︑教会竺任されて  

いた︒したがって︑プロイセン普通国法は︑教会婚主義をとっているということができるであろう︒しかしラントの法律  

によれば︑婚姻が禁ぜられていない軋もかかわらず︑カトリックの司祭が︑教会側の理由をたてて︑Trauu品を拒絶した  

ような場合︑国家は︑それに干渉する権利をもつとされた︒このさい︑国家ほ︑Trauungの権利を︑他の司祭に︑あるい  

ほ他の宗派の司祭にさえ︑讃渡しぅるのである︒︵A⊆﹁戸ヒこそ冥1∽︶  

また︑国家は︑承認された宗教団体の僧侶の前で→ra喜gをおこなうことができないために生ずる困難紅は︑緊急民事  

婚の制度でもって対処した︒買2dberg完ec諾der・E訂scEiessun㌘S・誓ff・  

マルチソ・・ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  ︵六〇一︶四山   

(8)

︵六〇二︶ 四二   第三十三巻 第五号  

なお︑プロイセソ軋おける強制民事婚主義の歴史については︑遠田新一↓ドイツ文化闘争における強制民事婚立法H﹂︵広   

大政経論讐′○彗号二〇玉東以下︶を参照されたい︒COn邑﹀旨G⁝nd−2管長dermOderneコZi墓2訂d焉Cbdie   

fran註isc訂Re邑象○タNeitsc琵ftderSa怠学Stif−u烏f琵Recb−sgescぎb−2・芦Germ・Abt・S・い琵f∴N宍   

Eiきぎngder Zwan琴Zi墓e訂inP室SSe⁝−ndinReicF︵旨s deutsc訂Pri星r2Cg in der Mittedes芦  

la冒どnderts.句e賢cざft冒HeinricF leぎa呂2uヨ00○トGeb邑stag小S・ご琵・︶  

︵6︶拙稿﹁プロイセソ普通国法における親権の特質六番大論彗≡彗㌻四・五号四〇九頁︶︑なお︑磯村哲﹁啓蒙期自然法  

理論の現代的意表﹂︵法嘩時報二八巻四号一一頁︶をぜひ参照のこと︒TrOe−−警#Aufs警2e呂G2istesgescFic夏2und  

匿igiOnSSO賢−Ogie︵G2Samm2−teScgf−2コ気S・g!f・︶︵以下Tr邑−scblと略称︶⁝Wi2aCk2r㌔ri邑recgsgesc芽冨e  

der2e仁Neit−S.−∽↓.SL讐・  

て︶E−ert︸M︒rp邑︒giede∽Lut訂rt︒mS・戸S・−−∽・  

︵8︶My−ius﹀COrp宏COnS−ilu−iOヨmMagd2burg2nSiumOd2r只賢覧cビPr2宏Sisc訂=旨d只uき邑icJ守ande各urgisc訂  

LandesOrdn仁ngen︸Edi穿已ndMa邑a−e imHer胃管mMag計bu→甲﹈ヂS・∽・−・営rn訂k㌔re宏Sisc訂Staats・已nd  

Recぎ品eSC旨訂﹀S・N軍Ricger白○諾︸12冒b宍bd2S河at邑1sc訂n§d2くang2−isc訂n彗c訂n琵夏♂S・00声 によ  

れは︑﹁十八世紀初頭以来︑はじめは慣習による︑後にほ立法紅よる自然法理論の逸脱の結果︑婚姻法は契約概念のうち  

に︑全く一新した基礎をもった︒したがって︑婚姻と教会の実質的関係は解消あるいは弛綬した︑前世紀中葉︑プロイセ  

ンでおこなわれた︑婚姻裁判権の市民裁判所への移転は︑婚梱の本質にかんする全体観の変更の結果である﹂︒  

︵9︶冒rn訂k−a・a・〇.︸S・N余ff∴Ric雷er白0諾も・a・〇・㍍・00芦Anm■↓・  

なおSam⊆泣﹂岩nCOCCejiとCOrp宏j旨s冒edericianiについて︑最近ではWi2aC訂r−a・a・〇・S⁚NO㍍・を参照  

はかに︑訂ndsbergこGesc旨買ederd邑sc訂nRecgsまssensc邑t﹀肖S・N−:StObbe−Gescぎbtederd邑s︒訂n   

(9)

Rec芽q邑en肖S・皇軍⁝→re邑e−enberg㌔ri2d→ic⁝e巧GrOSSe邑邑n GrOSSど旨Samu2−⁝COCCeji﹀  

︵只−eineScbriften︐T:﹂−S・−び篤f・︶   

cOCCejiがブリードクッヒ大王の命令をうけて編第したCOrp・I声軍ed・は︑編某省の死亡のため︑つい鱒完成しなか   

った︒警部Pe琶nen眉冨警七四九年に︑第二部Sac訂胃eC芽が一七空年に︑公にされたが︑他の部分は未定稿   

のまま︑紛失してしまった︒しかし解義のうら︑婚姻法と後見法のみは︑Oslfri2S−and−Westfa−eコ︵G2a2妄除く︶お  

よび守e宏Seコにおいて実際に施行された︒  

︵聖啓蒙と宗教改革の関係について︑詳しくは︑Tr02−tsc芦a・a・〇・㌫・∽声S・00∽芦  

︵n︶ブロイセソ国家豊壌にほ︑プロテスタソティスムス︑とく覧クー主義が深く根を下していた︒拙稿﹁プロイセン普通   

国法匿おける親権の特質﹂ ︵香大庄群論叢三二彗一︑四︑五号︑竺○︑四完︑四二三頁︶︑Diき2y・A−−gemei諾00   

訂ロdrec冨︵Gesamme−−2Sc琵ぎ芦S・−遷ブランデンプルグの王家自身は後に選定侯JO訂nnSigism邑の時   

代ハ三年に︑カルダィン主義に改宗したが︑一般には︑永くルター主義が支配した︒B§ba粁・a・a・〇こS・箋∴  

scぎidt.謬c冨詔ntWic賢nginPreussen−S●↓∴HlまN2・G2is−已ndEpOC訂nderpreussic訂nG2SChicg2︵HistOrisc訂  

亡ndpO−itisc訂A已註tN2−S・完・︶  

︵望川島武宜﹁婚姻﹂︵註釈親族法羞九二頁以下︶︑青山道夫﹁離婚法の史的発展﹂︵家族警家族間慧七九軍票生武  

夫﹁婚姻法の近代化﹂六貫  

︵望R蔓er−GescEcged2re喜g2−isc訂n穿cben責fass鳥海害いGr喜d−agend2r富訂risc訂n彗c訂n責fass貞一  

Zeit告冒ift f茸de已sc訂s Rec夏√ 丹 S.N︻研・  

︵14︶買edb2rg一a・a・〇・﹀S﹂∽声⁝ルタトほEil→raub邑−ein−賢dieeinf巴−igeコPfarrすr2の序文で次のよう紅いっ  

ている︒﹁ラントビとに習慣あーりとは︑普通よくいわれる言葉である︑したがって︑結婚式や結婚生活は世俗の事柄であ   

︵六〇三︶ 四三   マルチソ・ルターの婚姻痙諭その序説的考察︵一︶  

(10)

︵六〇四︶ 四四   第三十三逸→筍五骨  

るから︑それ紅かんして定めたり︑決めたりすることは︑われわれ聖職者や教会奉仕者の義務ではなく︑われわれほ各都   

市やテントた対し︑現覧こなわれている風俗習慣を認めるのである︒ある人々は新婦を二度︑すなわらタと朝の二度︑   

教会に連れていくが︑ある人々ほ︑一度しかいかない︒ま空一三週間前に︑説教壇の上から結婚を公告する人々もいる︒   

わたくしは︑そのようなことは︑すべて讃主や参事会の手で︑自由に決め定められるのに委している︒それはわたくしに   

婚姻は神の秩序︑定めであること︑:・⁝⁝  関することではないのである︒﹂l・M昌2rもi2SymbO訝c訂nB邑2rd2re喜ge−iのC≡邑erisc旨賢c訂n﹀S・讃  

︵15︶ Ric芝er・DOくe︼a・a・〇こS・00∞¢︑Anm・∽・  

︵16︶ Friedberg−a・a・〇●WS・−の∽戸  

︵17︶ 粟生武夫︑前掲沓︑七頁  

︵空婚姻の世俗性と神聖性を説くルターのことばで︑よく引用されるのは︑次のものである︒   

世俗性について︑﹁婚姻は︑衣食住のように︑外的な世の事柄であり︑世俗権力に服する﹂︑志姻ほ︑妻子︑家屋敷︑そ  

の他のように︑全く世俗の外的な事柄であり︑理性に服するものとして︑権威の支配に属する﹂︑﹁婚姻事件は︑良心に関  

係なく︑世俗権力に属する﹂︑﹁婚姻は教会に関係なく教会の外にある現世の事柄である︒それゆえ︑権力に属する﹂  

神聖性について︑﹁あらゆる人は︑婚姻ほ婚姻︑手は手︑富︑財産は財産であるということをよく理解し︑信じているが︑  

それを信じねばならない﹂︒  

︵19︶ 句riedberg−a−a一〇.﹀S・−霊・  

︵20︶ ルターの婚姻ぬかんする著作のうち︑主要なものは︑Serm︒n∃me邑ic訂nStande︵−冨︶∵ロe︒apti邑ateBaby−︒︒i︒a  

ecc−esiaeprae−udium︵−研NO︶⁝Dassie訂nte只apite−S・Pau−iNudeロぎrint訂rn︵−∽NぎPredi蟄en旨eニ・BucJMOSeS  

︵−∽N↓︶∵5首E訂sac訂n︵−籠○︶   

(11)

+  

H 婚姻の世俗性と神聖性の二側面の考察をするにあたり︑われわれほ︑ルターにおける世俗ハWe−t︶の観念の  

理解から入らねばならない︒この観念は︑ルターの婚姻思想のみならず︑広く社会倫理思想を解明する重要な鍵の  

山 つでもある︒   

最初に触れておかねぼならないのほ︑ルターが世俗的なるもの︵we≡ich︶について語るとき︑つねに霊的なも  

の︵geist−icF︶との対立を念頭においていたというLとである︒﹁二つの国﹂ ︵zw2i2r訂iR2icb︶︑﹁霊的支配と世  

俗支配﹂ ︵geist−icbe告dwe≡ic訂Re的iment︶︑﹁効とキリストの御国﹂ ︵ScFwertundReicFCbristi︶に示  

されるアンチテーゼも︑これと同様の関連に立つ︒この対立をめぐる問題ほ︑ルターの神学的倫理学的社会学的根  

本思想と本質的関係に立ち︑従来ルター研究において︑﹁両国論﹂ないしは﹁両支配論﹂として論ぜられてきたところ  

のものである︒とくに山九世紀のルター主義の倫理学者のあいだでは︑重要な役割を果し︑Ma舛﹂竜eberやErnst  

︵1︶  

TrOe−tchも︑ここにルター社会観の本質的メルクマールを求めた︒要するに︑社会倫理の諸問題にかんするルター  

のあらゆる見解の背景には︑この関連が横たわっていて︑婚姻のような個別問題を論ずるにあた?ても︑それを正  

しく理解し︑評価しようとするとき︑かならずここに山幣を投ずる必要に迫られるのである︒   

ところで︑ルターの宗教は︑トレルチによれば︑カトリック主義の.﹁ヒエラルキー・サクラメントの宗教﹂  

︵dieFierarcEscF・SaCramen邑enR2−igiOn︶との対比において︑﹁信仰・確信の宗教﹂ ︵dieG−aubens・und  

︵ハエ 崇erzeugun笥religiOロ︶と把握される︒このカトリック主義との差違ほ︑ルターによっておこなわれた律法に対  

︵$︶  する恩恵の再強調よりも︑むしろ恩恵概念の新しい理解によって生み出された︒カトリック主義も︑ルター主義と  

︵六〇五︶ 四五   マルチン●ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  

(12)

︵六〇六︶ 四六  

第三十三巻 第五号  

︵4︶ 同様︑﹁恩恵の宗教﹂ ︵di2Gnad2nr2−igiOn︶であることには変りほない︒けれども︑ルター主義でほもう恩恵  

概念の内容が︑カトリック的な﹁サクラメントによって注がれる神秘的な奇蹟実体︵Wunders已stanz︶﹂から﹁信  

仰︑確信︑信念︑認識や信頼からえられる神の御心︑すなわち福音において︑キリストの人間愛におい孟議され  

︵ふ︶ うる神の赦罪的な愛の意思﹂へと変っている︒この神の意思への内面的信仰にこそ︑ルターの宗教の核心が存する  

のである︒    ルターにおける恩恵概念の変容から導き出される諸帰結のうち︑ここでは次の事項に注目しなければならない︒  

すなわち心情倫理とこの倫理の世俗肯定︑その結果としての修道院的禁欲と職業概念の新形成が︑主要な問題とな  

る︒ルターでは︑信仰︑心情︑神の言葉が人間の価値をつくりだすと同時に︑その心情がまたそれより生ずる倫理  

的なるものの根元および基準となるとせられるのである︒いわゆる心情倫理︵G2Sinnungse琵k︶の成立である︒  

そこでは︑カトリック主義の善行←功績1報酬の律法的構造が崩れて︑心情が倫理の中核にその位置を占めること  

になる︒新しい信仰のよろこびから︑自然にあらゆる蓉行が流れ出るのである︒したがって︑社会的身分によって  

程度・段階の異なる倫理的行為の要求に代って︑そこから新しく生れかわった人間の行為が流れ出るところの信仰  

のよるこびが前面に出る︒また信仰の宗教に伴う超自然のサクラメソ一卜的恩恵の除去も同仙の方向に作用する︒サ  

クラメント的恩恵が否定されたからにほ︑もほや超自然の観念は存在する余地はなく︑自然から超自然へ︑世俗の  

モラルから霊的超俗的モラルへの有機的上昇階梯は崩れてしまう︒その結果︑キリスト者にとって重要なのは︑修  

道院のような特殊な人為的環境を創出することにより︑キリスト教的な世俗の超越を企てることではなく︑この世  

にあってそれを克服すること︑世俗生活の真只中で心を世俗から解放し︑超俗の精神で生活することである︒キリ  

スト教的愛が証明されるのほ︑他ならぬ世俗生活の相互奉仕の精神のなかにおいてである︒これとともに︑いわゆ   

(13)

るプロデスタンデイスムスの職業︵謬r已︶組織の体系が出現する︒この体系は︑もほやその上に教会と神秘的な  

愛の共同体の組織が聾立している低次元の自然法則的秩序でほない︒すべての全きキリスト教的行為のための︑  

神の意思によって定められた領域であり︑そこで万人は︑客観的秩序からわりあてられた職業を神によって定めら  

れた山生の任務として︑あるいはキリスト教的愛の結合のために要求される爵献として受け取るべきものなのであ  

る︒職業は︑神の指定行為によって基礎づけられた︒ここにいう職業とは客観的義務を伴うところの特定の社会的  

地位を指し︑身分︵Stand︶と同義であるが︑その主要な形式は︑君主や官吏の職︵Amt︶であり︑家父や婚姻で  

︵6 あった︒.以下では︑したがって︑国家と家族を併行的に取扱っていきたいと考えるが︑その理由ほ︑ひとえに︑世  

俗の職業・身分としての両者の共通性にある︒ルターにおいてほ︑国家も家族も︑恩恵秩序から絶断され︑直接  

に神の意思によって倫理的価値を附与された世俗の自然秩序を構成するばかりでなく︑そのなかにあって神の意思  

の実現のため︑それぞれ緊密な協力関係に立つと把握されたのである︒しかも︑両者にかんするこのようなルター  

の見解も︑はぼ同一の時期から形成され始めたとみることができる︒このような観点から︑われわれほルターの国  

家論から婚姻論へと考察をすすめていきたい︒  

︵1︶弓eberもieprOteSta象sc雷E−Ek巨dder∀GeistAde00穴apita許m舅Tr︒e芽cFDieSO賢−−ebre︒d︒r︒ぎst芳恩n  

弼ircFen︵Ge¢amme−teSc冒ifteヲ︻︶ ︵TrOe−tscb蛤と略称する︶   

︵2︶ Tr02−tsc忘も・a・〇.︶S・島民f・   

︵3︶ TrOe−tsc忘︐a.a・〇.︑S・畠翠   

︵4︶Rein邑dSeebergによれは︑カトリック主義の特質は﹁けっしてsinegratiaではないが︑またけっしてsO−agratiaで  

もない﹂ところ紅ある︒カトリック主義は必ず恩恵をいうが︑しかし︑またけっして﹁恩藩のみ﹂とほいわず︑必ず恩恵  

︵六〇七︶ 四七   マルチソ・ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  

(14)

︵六〇八︶ 四八  第三十三巻 罪五骨  

に他の何ものかを加える︒成義の準備は︑神の恩恵によって生ずるが︑しかし︑それにほ人間の自由意思による協働が付  

け加えられるのである︒北森薪蔵﹁宗教改革の神学﹂八三貴   

︵5︶ TrOe−tsch悼a● a.〇.−S・忠↓︐  

カトけノック主義紅おいては﹁恩恵﹂が﹁注入される恩恵﹂︵gratiai已宏a︶として実体的概念であるのに対し︑ルター主義  

では︑恩恵が﹁帰写される恩恵﹂︵gratiaimp邑a︶として人格的な関係概念である︒神の好意︵fa∃r︶は︑実体的な﹁恩  

患﹂と区別される人格的関係概念である︒北森︑前掲番八八寅   

︵6︶ TrOeltsc罵● a● a.〇こS・念Nf●  

出 国家 世俗の自然秩序の代表としてほ︑なによりもまず︑国家をあげねばならないのであろう︒ルターほ︑  

T︶ ロマ書十三茸を論ずるにあたり︑世俗権力について︑教会権力との対立において︑次のように述べている︒すなわ  

ち﹁前章で彼︵パウロ︶は︑教会の秩序を乱さないことを教え︑いま本章で彼は世俗の秩序をも保持することを教  

える︒双方が神から出ているからである︒すなわち︑前者ほうちなる人の指導と平和のためであり︑うちなる人の  

︵2︶  

本質のためである︒後者はたしかに外なる人の指導のためであり︑外なる人の本質のためである﹂と︒しかし︑初  

期のルターの関心は︑現世的可見的なものよりも︑むしろ霊的不可見的なものにあった︒彼の議論の重点は︑世俗  

の世界よりも︑霊の世界に置かれていた︒ルターは︑冒マ書読解﹄で︑キリスト者は︑内的人間として︑信仰に  

おいてはすべてのものの上に立つ自由な主人であり︑何びとに隷属しないが︑外的な人間として︑行為において  

︵3︶  は︑あらゆるものに奉仕する下僕であるという﹃キリスト者の首由﹄に展開されたあの二元論の萌芽を提示しなが  

︵4︶ ら︑この隷属によって︑現世を蒐服︑超越することを説くのである︒しかし︑彼はここで︑教会ゐ媒介によってはじ  

めて国家が聖化されるというカL﹁∴‖ノック的観念に戦いを挑んでいる︒それに応じて︑彼はまた教会の自由︑特権︑   

(15)

︵¢︶  

︵5︶  

財産の濫用を批判し︑世俗権力と教会権力必行使を比較し︑世俗権力のはうが教会以上に優秀な統治能力をもって  

いると︑教会側に必ずしも有利でない判定さえしているのである︒彼は︑﹃善行論﹄において︑モーゼの法の第四  

誠﹁汝の父と汝の母を敬え﹂を敢行し︑これを世俗権力への服従にも拡大的に適用した︒そこで︑世俗権力は肉体  

もしくは財宝に関り︑蛋権力ほ信仰に関係するゆえ︑不正を働くにしても︑世俗権力においては︑蛋権力はどに危  

険はない︑したがって︑霊権力が正を為さない場合︑反抗しなけれほならないが︑世俗権力には反抗すべきでほな  

︵8︶  いと述べてい︒これも同様の趣旨のものといっていいであろう︒ともかく︑初期のルターは︑世俗橡力の問題を真  

正面からとり上げていないし︑またその基礎づけにも充分ではなかったのである︒  

︵9︶   けれども︑カールシュタットの独走と混乱︑画南ドイツの敵国騎士層の叛乱︑それに続く農民戦争の勃発と︑未  

曽有の社会的動乱にまきこまれていくにつれ︑ルターの世俗倫理への関心は著しく高まり︑世俗権刀にかんする発  

言は急激に増した︒農民戦争の前夜︑﹁五二三年に善かれ︑Her昌g JOhannに献じられた﹃世俗の権威について︑  

︵10︶  またそれに負うとナ上ろの服従について﹄において︑ルターはいうところの′﹁両国論﹂またほ﹁両支配論﹂を展開して  

いる︒それによれば︑アダムの子の全人類は二つに分かれ︑一は神の国に︑他は世俗の国に属している︒神の国に  

属するのほ︑キリストの内にあり︑キリストの下にあるところの信仰者である︒キリスト者それ白身は︑法も蝕も︑  

︵‖︶  そしてまた権力をも必要としない︒彼らはすべての人を愛し︑不正に反抗することなく︑耐え忍ぶのである︒ルタ  

ーが︑ここで︑信仰によって結ぼれた愛の共同体の構想を描いていたことは疑いあるまい︒これに反して︑右の意  

味でのキリスト者でない者は︑世俗の国に属す︒信仰や行動において真の 

んどいないから︑神ほ︑キリスト者の身分と神の国のはかに︑もう一つの支配をつくり︑彼を勉に服せしめたので   

︵H︶  

ある︒  

マルチン・ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  ︵六〇九︶ 四九   

(16)

︵六鵬○︶五〇   第三十三巻 欝五骨  

内乱の危機に直面してルターが観じたこの世界は︑堕罪によって生じた邪悪の世界であった︒この世の人々およ  

び一般民衆は︑たとえ全点が洗礼をうけてキリスト者であると称しても︑はんとうは似非キリスト者なのである︒  

しかもキリスト者は離れ離れに住んでいる︒それゆえ︑現世においてキリストの支配を世界にあまねく実現すること  

は不可能である︒いや一国だけに弘めることもできない︒というのは︑敬虞な人よりも悪人のはうがいつもず?と  

多いからである︒それゆえ山国または世界を福音で統治することを企てることは︵とうてい考えることもできない  

︵畑︶  ことである︒もはやキリスト教的愛のモチーフによって組織された共同体をこの世界に樹立しようとする計画は放  

棄された︒この計画をつねに換折させる人間の罪に対するぺレ︑︑︑ステイクな認識がここにはある︒したがって︑ル  

ターは二つの支配を厳密に切り離そうとする︒その仙方は︑ 

外的な平和を創り悪しき巣を妨げる支配である︒ところが︑ルタ1ほ︑ここで最も困難な問題に直面する︒前述の  

ように︑世俗権力ほ︑非キリスト教的なものである︒キリスト教的愛の倫理と矛盾するものである︒ここから︑世  

俗権力を基礎づけるためには︑義朗倫理と世俗倫理との間を媒介する原理が必要となるであろう︒世俗支配に服す  

るのは非キリスト者なのであるが︑世俗の励も法も必要でないにもかかわらず︑キリスト者もまたこれに服さねばな  

らないのはなぜかと︑ルターほ問うて︑次のように答えた︒﹁真実のキジスト老ほ︑この世では︑自分白身のため  

でほなく︑隣人のために生き仕えるのであるから︑彼ほ︑その信仰の在り方から︑自分は必要でないが︑隣人には  

有用であり必要であるところものをおこなうのである︒ところで︑勉は︑平和を維持し罪を罰し恕を妨げるため︑  

この世のすぺての人々にとって大いに必要な便益である︒したがって︑彼はすすんで勉の支配に服し︑租税を払  

い︑権力を敬い︑仕え助け︑権力が畏敬され維持されるため︑権力に必要なことをできるかぎりおこなうのであ  

︵14︶ る﹂と︒彼は︑非キリスト者が扱庖する世界において︑キリスト者の信仰を防衛するため︑隣人愛的相互奉仕の精   

(17)

神から︑消極的な世俗支配への服従を正当化するパだが︑それと同時に彼は︑またキリスト者の積極的な鋤の行  

使をも︑同様の論理から︑基礎づけた︒﹁それほキリスト者には必要でないが︑︑すべての世の人々および隣人にと  

って有益必要であるからである︒したがって︑刑史︑捕吏︑裁判官︑領主またほ君主が欠けているのを見︑自ら適  

任であることを知れば︑必要な権力が無視されて︑その力を弱め︑消滅してしまわないように︑その地位を申し出  

︵15︶  て要求すべきである﹂︒ここにも︑他人の困窮︑必要のための隣人愛的奉仕による権力行使の正当化という権力服従  

︵16︶  の場合と同じ思想があらわれている︒ルターほ︑︑世俗の国と神の国の対立︑緊張の真只中において︑しかもこれを  

現世において結合︑融和させるところのものを探し求めた︒その結合は︑世俗権力が福音の宣教に奉仕すること︑  

すなわちその日的のために世俗の勉が人民の間に外的な平和を維持し︑それによって福音に奉仕することを通じ  

V棚凡  

て︑はじめて可能となるのである︒   

さらに重要なことは︑ルターにとって国家は神の秩序でもあった︒とくにロマ沓第十三節第卑以下のパウロの  

言葉を根拠にしつつ︑権威が神の菜︑秩序︑被造であることを説き︑ルターほいう︑﹁それが神の菜であり被造であ  

るならば︑それは良きことである︒それゆえ︑万人がそれをキリスー教的に用いるのも良いことである︒1︵テモ  

テ前書第四童東四節を引用して︶1神のあらゆる被造のなかには︑飲食︑衣服や靴ばかりでなく︑権力や隷従︑保  

︵18︶  護や刑罰も加えねばならない﹂︑﹁勉叉ほ権力は︑特別の神奉仕として︑この世でほなによりもキリスト者の本質に  

属する︒それゆえ︑また神の定めたまいし婚姻や農業やその他手工業と同じように︑権力あるいは勿を重んずべき  

である︒婚姻︑農某や手工業において︑人は神に仕え︑隣人に必要であれば︑他人の為になり奉仕しなけれはなら  

ないように︑権力においても︑隣人の必要がそれを求めているとき︑神に仕え虻ことができるし︑仕えるべきであ  

︵19︶ る︒けだし権力ほ悪を罰し︑沓を護る神の下僕で遜り︑職人であるからである﹂︒このよう.にして︑権力の行使はキ  

マルチン・ルターの婚樹理論その序説的考察︵一︶  ︵六一こ 五劇   

(18)

︵六三︶ 五二  第三十三巻 第五号  リスト者の義務であること︑その実行者である君主その他の者も救われる身分たりうることを説き進めつつ︑ルタ  

ーは︑上陀君主︑下は捕吏︑刑更に至る法秩序︑そこでは統治︑命令︑絞首刑︑貴裂き︑斬首などの刑罰が神奉仕  

となるような法秩序を︑敵への愛︑犠牲︑忍耐︑他人への献身が神奉仕となるような純粋の個人道徳との対照にお  

いて︑力強く描き出すのである︒   

これがいうところのルターの二重倫撃DOpp2−mOra寺なわち人格倫理︵PersOnale琵k︶と官職倫理︵AmtsetEk︶  

である︒トレルチによれば︑それは﹁人格および心情の純粋かつ急進的なキリスト教倫撃と﹁自然理性的な︑た ︵知︶  だ相対的にのみキリスト教的な︑ 

こでこの間題に深入りすることはできないが︑ただトレルチの理論に対して︑とくに神学者の捌から︑只arlH︒−1  

︵21︶  やWernerE−ertなどの有力な批判が提起されていることだけを指摘しておこう︒彼らほ︑行為とそのモチーフを  

混同してほならないこと︑君主や裁判官や刑吏の官職行為もキリスト教的愛の義務を契機とし︑倫理的契機におい  

ては︑個人の行為との間に何ら分裂はないこと︑および愛の奉仕を強調することによりこれらの官職が基礎づけら  

ると同時に行為の指向目標が立てられたことな主張した︒要するに︑世俗支配の正当化および規制の原理としての  

愛の思想の導入がトレルチの二審倫理論の批判の核心であった︒これらの点については︑わたくしにほまだ批判理  

論の摂取が充分でないと同時に︑ここはそれに紙数を賀すべき填でもないので︑詳論は別の機会に誹ろう︒   

以上で︑ルターの国家理論の瞥見を終え︑婚姻理論の考察に魔もう︒   

︵l︶ ロマ章第十三章第一節﹁凡ての人︑上にある権威に服すぺし︒そは神紅よらぬ権威なく︑あらゆる権威は神によりて立て  

らる﹂︒   

︵2︶く邑e笠鳥旨e叫denRぎe旨ief︵−巴b−−の︶宅A●罫−淫・た養WA の記号で示したものはD・MartinL星旨︒rS   

(19)

Werke∵野itiscFeGesamtaus笥be−W2imar∴−00苫声︶である  

︵3︶ぎnder句rei罫−einesCぎs−eゴmenSC訂n︵−旨︶WA・q︸N声  

︵4︶ WA・設√全声  

︵5︶ WA●盟﹁曙ヨ・  

︵6︶ WA● ∽の︸彗00・  

︵7︶ r善行論二ぎnde芸u官Werk2n︹−∽芦︺WA・の・誉−謡︶誓いては﹁ルター篇﹂︵キリスト教古典葦沓Ⅶ︶四一  

二頁以下  

︵9︶この間の経緯について︑エミール・レオナール﹁プロテスタソトの歴史﹂三四頁以下︒とくに四二百  

︵ユ0︶ぎnw21−1ic訂rObrig訂i−・Wi2W2i−man誉G2旨samsch已djg乱︵芯Nぴ︶WA・−−■N合戸  

なお﹁世俗の権威﹂を中心に轟かれているルターの国家論についてほTrOe房c扇a・a・〇・﹀S・岩戸遠ert﹀a・a・〇・−  

慧−のはか︑H阜Was責S−a已1亡訂run−erRe啓On︵G2Samme−−2Aufs警琵琶穿c訂品eSC許諾e︶﹈∵SLO翠  

参照のこと︒またB−un−sc声Gesc斉家d2r喜er2コSta−旨ss2ロSC邑t−∽・ひ芦⁝HO富in﹀Lut訂r und芳  

deまsc訂Staatsideeu S.篭.   

︵11︶ WA■−−︐N金f●   

︵12︶ WA・ご﹀N∽−・  

︵13︶WA.−−︶NひN・ルターの現世認識は︑後のホップスの自然状態に描かれているような︑リアリスティックな様相を帯びて  

いる︒本文の叙述の箇所に︑ルターは次のような比喩を述べている︑﹁番人が一つの小屋に狼︑ライオン︑鷲︑羊を集め︑  

それぞれを放置していう︑さあ革を食べ︑おとなしく︑なかよくしていなさい︒小屋は自由で︑草はたんとあり︑火や棒  

を恐れる必要ほないよと︒この場合︑おそらく羊は平和を守り︑おとなして草を食べ︑治められるであろうが︑長くほ生   

︵六一三︶ 五三   マルチソ・ルターの婚姻理論み溝序説的考察︵一︶  

、  

(20)

︵六一四︶ 五四  第三十三巻 欝五号  

きていまい﹂︒ルターにとっては︑この羊︵キリスト者︶を保護するために︑権威と秩序が求められるのである︒この点︑  

万人=狼的状態から︑規律と秩序を作り出すホップス的思考とほ異なるのである︒  

︵14︶ 宅A.−−︸N∽∽.  

︵15︶ WA㌧t−︸N箪  

︵16︶ 権力への服従および権力の行使は︑ルターによれば︑﹁愛の業﹂である︵WA・−−・N呈 ﹁彼が病人を見舞うのほ︑それ  

\   :彼が権力に仕えるのは︑彼がそれを必要するからでほなく︑他人が必要とするか  で自分健康になるためではない︒ らである︒・⁝∴ 彼がそうしないとき︑彼の行為はキリスト者としてのものでなく︑それに愛に反し︑そのような人たち  

も︑おそらく非キリスト者であるにしても︑桁力に服そうとしないのだという悪例を示すこと紅なる︒福音が暴動を教  

え︑いかなる人紅も役立ち仕えようとしない利己的な人々をつく・るとき︑碍音に対して侮辱が加えられたことになる﹂  

︵WA・−−−・N∽£︒﹁汝および汝のもの紅ついては︑福音によって頼舞い︑興のキリスト者として不正を耐え忍ぶ︒他人お  

よび彼のものについては︑愛にしたがって振舞い︑隣人のために不正を忍ばない﹂ ︵WA・︐N∽巴︒  

︵17︶ HO−−−a﹀a﹀〇.﹀SJbP  

︵18︶ 宅A.−−−N誓.  

︵19︶ WA.ロ︐N笛.  

︵20︶ T岩e−tscb悼︑a−a﹀〇.﹀S.あ∽誉 S.N∽の  

︵孔︶ HO−−﹀a.a.〇.︸S.−○串⁝E訂rt.a.a.〇こS一ふ︼芦さら紅ホル︵S﹂声Anm.N︶は︑ルターにおけるこの面を無視したこ  

とが︑トレルチの段大の欠点であるといった後︑ルターとメラソヒトンおよび正統派の教説との混同︑ルターの近代性の  

過少評価を批判している︒そのはか︑ホルほトレルチの理論の全面にわたって直正面から鋭い攻撃を加えている︒   

臼 賭場 まずカトリック主義の婚姻理論体系へのルターの攻撃は︑一五二〇年︑サクラメント批判として書か   

(21)

︵1︶ れたラテシ語の論文﹃教会のパピローラ幽囚﹄でおこなわれた︒前述のように︑カトリック主義の教義の核心は︑  

サクラメントにあった︒婚姻の敏義においても同様であ一る︒ここを突くことは︑カトリック的理論の崩壊を意味し  

た︒宗教改革前︑一四三九年に︑ローマ法畠は︑バーゼルの教会会議に反対して︑フィレンツェの教会会議におい  

て七つのサクラメント︵聖餐︑洗礼︑堅携︑悔俊︑婚姻︑品級︑塗抽︶の教義を決定し︑それによって聖職者の威  

信を強化し︑もっぱらこれらの恩宙芸事段を授ける超自然的権限を与えた︒しかし︑サクラメントは︑かならずし  

も当初から七ケ存在七たわけではなかった︒初期教会は︑サクラメントを聖餐と洗礼の二者に限ったが︑St・  

Aug宏tinusがこれに婚姻を附加し︑十二世紀ごろLOmbard宏が堅叛︑悔憤︑晶級︑塗池の四ケを加えたので  

︵2︶  ある︒カトリック主義は︑婚姻サクラメントの定立によって︑キリスト者の婚姻を非キリスト者の婚姻から区別  

し︑神聖化し︑そこから︑キリストによって制定された本来的霊的な恩恵の手段︑すなわち洗礼の水のような可視  

的な媒体によって︑夫婦に神の恩恵と霊的な力を伝達し︑婚姻にしみこんでいる罪深い欲望を浄化する手段をつく  

り出した︒その結果︑キリスト者の婚姻事件の管轄権は︑世俗権力を排除して︑すべて教会に帰属し︑たんに法的  

︵$︶  権利のみならず婚姻問題にかんする倫理的指導権も教会に委ねられたのである︒   

ルターは︑ご竺九年の﹃婚姻身分にかんする説教﹄では︑まだカリック主義の娠を完全には脱しきっていない︒  

そこでは︑洗礼と同列に︑婚姻のサクラメントを認めている︒論証の方法もSt・TFOmaSの婚姻論とそれはど異  

︵4︶  

なるところはない︒けれども︑前記﹃教会のバビロニア幽囚﹄では︑もうはっきりとカトリックの婚姻サクラメン  

ト理論と訣別しているのである︒   

ルターの宗教が︑聖職者のサクラメントから独立し︑サクラメント的恩恵理論から離脱し︑サクラメント的恩恵  

の物的奇蹟に内的な確かさを求めず︑神の愛の決定的認識にそれを見い出すようになったいま︑サクラメント概念  

︵六一五︶ 五五   マルチシ・ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  

(22)

︵六一六︶ 五六  第三十三巻 第五号  

も︑それに伴って︑超自然的奇蹟の実体を伝達する儀式から︑罪の赦しである福音の保証を確認する手段としてキ  

︵6︶  リストによって制定された儀式へと転化した︒その結果︑七つのサクラメントのうち︑聖餐と洗礼を残して︑ことご  

とく否認されることになっ婚梱サクラメントの否定も︑このサクラメント概念一般の変容の別にすぎない︒  

ルターは婚姻サクラメント論を排し︑これを神の定めたサクラメントではなく︑教会の造ったサクラメントである  

︵7︶ ときめつけた︒そして婚姻サクラメソトの語の濫用を非難した︒すなわち︑彼によれば︑婚姻サクラメント論の根  

拠になっているエペソ蕃第十五章三二・三二節のバクロの言葉.︵聖書のラテン語訳グルガータによれば︑erunt  

duO i臼Carne u已−SaCrament仁m bOC magnaeSt︶のサクラメントという語は︑聖なるもののしるしではな  

く︑ギリシャ語によって﹁神秘﹂の意に解されるべきであり︑サクラメントとよほれるのほ︑婚姻でほなくて︑キ  

︑S︶  

リストと教会の霊的結合のことを指しているとされた︒こうして︑ルターは教会の婚姻を聖なる宗の座からひき下  

した︒キリスト者の婚姻の背後にある光輪を取り除き︑婚姻の自然の姿をあらわにしたのである︒このことほ次の  

ルターの言葉にもはっきり現われる︒﹁キリストと教会とは︑仙つの神秘である︑それは大いなる︑隠されたもので  

ある︑それは︑理解しうる一つの説明として︑結婚によって描写されもしよう︒しかし結婚は︑それがためサクラ  

メントと名づけらるぺ軋ものでほない︒ダビデが詩篇軸九篇に語るように︑天ほ使徒たちの姿であり肖像である︑  

︵9︶ それがため天や太陽や水ほ︑サクラメントであるかというと︑そうではない﹂︒ここで︑ルターが婚姻を天や水や太  

陽と同山の面で捉えようとする態度は︑婚姻を世俗の自然秩序と理解する彼の婚姻観と考え合せて︑意味深いもの  

があるであろう︒  

これまで述べてきたことから明らかなように︑カトリック主義によれば︑教会の仲介によってサクラメントの授  

与をうけたところの婚姻は︑それ自体︑固有の宗教的倫理的価値を帯有していた︒自然から超自然の価値のヒモア    \  

(23)

ルキー的な体系のなかで︑独身たるべき聖職者の霊的状態と比べれば︑もちろん低いにちがいないが︑たんなる自  

然の状態よりもはるかに高められた地位に置かれていたのである︒しかし︑ルターでほ︑いまや椿姫は宗教=教会  

の秩序から決定的に分離せしめられ︑一応︑宗教的倫理的承認とは無関係な自然秩序のなかに︑線入される︒とに  

なった︒    しかし︑世俗の自然秩序の一部としての婚姻を取り扱うルターの態度のなかにほ︑カトリック的婚姻観の影響が  

なお根強く残っている︒とくに初期のルターの婚姻にかんする著書再婚姻の身分にかんする説教﹄︑﹃教会のパピロ  

︵川︶ ニヤ幽囚﹄︑蒜梱生酒について﹄などのなかに︑そのあとをみることができる︒ルターの認識では︑この世は邪悪  

に満ちた混濁の世界であった︒それゆえ︑この世界の二部を構成する婚姻も︑堕罪状態のもとでほ︑ただちに正当化  

されうる制度ではなかった︒性欲とそれに結びつくところのあらあらしい情熱は︑罪のしるしである︒罪による堕  

落以前には︑肉欲というものほなかった︒肉欲が避け難いということほ︑とりもなおさず罪の普遍性の明白な証拠  

にはかならない︒したが?て︑婚姻は︑神と理性によって定められ長肉欲の組織化として︑根本はfrenumet  

莞dicinapeccatiにすぎないのである︒神はそれを黙認し︑避け難い罪を婚姻によって制限しようとするのであ  

︵11︶ る︒すなわち︑ルターはいう︑﹁キリスト者は︑霊と肉である︒霊のためにほ︑婚姻をすることができない︒だが彼  

の肉は︑アダムとエヴアにおいて堕落し︑全く邪悪な欲望れらつくられた普通の肉をもっているのであるから︑彼  

にとっても同じ病のために婚姻が必要である︒そのような病におちいることほ彼の力の及ばないところである︒な  

ぜならば︑彼の肉もさわぎ燃え精を出すが︑それは必要な医薬としての婚姻をもってして救い妨げえない他の人と  

なんら異ならない︒々し七神はそのようなさわぎを婚姻とその結晶のゆえに許すのである﹂︵﹃聖パウロのコり/ソ  

︵12︶  ト前書欝七章﹄︶︒  

マルチy・ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  ︵六一七︶ 五七   

(24)

︵六一八︶ 五八   第三十三巻 第五甘  

こ︑のような肉欲を原罪から導き出すSt.Augustin宏以来の中世的な性の思想の影響から︑ルターはまだ完全に  

は免れていなかった︒このことほともすれば独身を婚姻よりも高く評価しょうとするルターの態度と照応する︒  

︵13︶  ﹁婚姻と童貞を比較するならば︑もちろん独身のはうが婚姻よりも高貴な賜物である﹂と彼はいう︒だが︑ルター  

は︑そこから生ずる婚姻の疑念に遺巡しながらも︑直ちに婚姻もまた神の賜物であるという命題を主張し︑そこか  

ら一歩も退こうとはしないのである︒﹁婚姻もたしかに独身と同様に︑神の賜物である︒男は女よりも高浣であ  

る︒だが︑女も男と同様︑神の業である︒けだし︑相互に不平等なものでも︑すべて神にとっては平等だからであ  

︵14︶  る﹂︒したがって︑たとえ婚姻が罪深い自然の必要から生ずるものであるにしても︑それはまた婚姻が神の意思に  

添うものであることを否定するものではない︒神は︑すでに堕罪以前に︑地に人を殖すために婚姻を定めたもうた  

︵沌︶ ということを想い起しさえすれば︑︑それは容易に痙解できるであろう︵創世紀︶︒それゆえに︑神の業︑神の被造で  

あるところの婚姻を︑神の意思に従って︑おこなうこと︑これは︑すなわち神奉仕となるのである︒    一  

こうして︑カトリック的段階構造のなかで独身と婚姻が占めた位置が崩れて︑両者は同山の平面に並ぶことにな  

った︒ここからルターの次の言葉が出てくる︒﹁婚姻は最も霊的な身分である︑ある身分を霊的なオルドとよび︑婚  

姻を世俗の身分とよんだのは︑誤?ており︑不当である︑逆に︑婚姻身分こそはんとうに霊的な身分とよばれ︑ま  

た︑実際そうであること︑そしてオルドこそはんとうに世俗の身分とよぶぺきであり︑実際にそうであることを証  

︵16︶  明しよう﹂︒ここでは︑カトリック主義によれば霊的領域に属すべき独身身分がwe−t−ic打とよほれ︑世俗の領域に  

属すべき婚姻にgeist−icFという言葉が用いられている︒われわれはこの逆説的表現に注意しなければならない︒  

ルターの意味においては︑霊的身分の巣も︑身体︑肢体を通しておこなわれる以上︑婚姻と同様に︑外的現世的身  

体的な事柄にすぎないのであり︑それに反して︑婚姻のような身体的外的生活においても︑それが内面的な信仰の   

(25)

︵17︶  精神によっておこなわれるかぎり︑霊的な状態たりケるのせある︒   

これでもって︑聖界と俗界のカトリック的連関ほ絶断されるにいたった︒それに代って︑新にルター独白の構造  

をもつ聖俗二元論が展開されることになる︒だが︑そこにおいて婚姻と国家が占める位置は︑もう明らかであろ  

ちノ0  

まず︑婚姻は︑サクラメントによる聖化を否認され︑キリスストの国とのきびしい緊張・対立関係においでとら  

えられるところの・﹁世俗の国﹂に編入される︒婚姻は外的世俗秩序の山構成部分である︒婚姻が俗事であること  

は︑ルターではしばしば︑後に温ぺるように︑﹁衣・食・住﹂の比愉でもって説明されるのであるが︑また次のよ  

うにもいわれる︒﹁婚姻は︑信仰を妨害することも促進することもしない外的な身体的な事柄である︒それゆえ︑  

︵夫婦の︶ ﹂方がキリスト者︑他方が非キリスト者であってもさしつかえない︒ちょうどキリスト者が異教徒︑た  

︵18︶  とえば︑ユダヤ人やトルコ人と食べたり︑飲んだり︑売ったり︑あらゆる外的な用務をすることができるように﹂︒   

婚姻や国家のはかに︑世俗の国に属するものとして︑親と子︑人と所有︑人と職業の結合︑さらに﹁金銭︑金︑  

そしてこの世の生活に関係し︑手に入れるぺきすべてのもの﹂が挙げられる︒また︑それは﹁世俗の法および法律︑  

風俗慣習︑容貌︑身分︑いろいろな官職︑人柄︵衣類など﹂も含む︒要するに理性に服するもの一切というのであ  

る︒  

ルターが︑世俗の国と神の国︑世俗支配と謡支配を峻別したことは︑すでに述べたが︑それぞれの国および支配  

ほ固有の法をもっている︒そのさい︑世俗支配が有する法ほ︑身体および財産および現世における外的なこと以上  

︵19︶  に及ばない︒だが︑婚周は︑外的な身体な事柄であるがゆえに︑正しくこの世俗支配に服するのである︒婚姻と国  

家のこの関係について︑すこし長いが︑﹃婚姻問題について﹄ ︵一五三〇年︶ から引用しよう︒  

マルチシ・ルターの婚姻理論その序説的考察︵一︶  ︵六一九︶ 五九   

(26)

︵六二〇︶ 六〇   第三十三巻一第五骨  ﹁婚姻が︑衣類や食事︑家屋敷臥ように︑外的な世俗的事柄であり︑世俗の権力に服し︑しかもそのことほそれ  

について規定せられた多くの皇帝温が証明するところであるということは︑だれしも否定しえないはずだ︒キリス  

トまたは使徒たちがそのような事件を引き受けたということは︑それが良心に関係していた箇所︑たとえばパウロ  

・のコリン上別巻第七牽第︼部以下やキリスト者と非キリスト者にかんするところを除いて︑わたくしもまたその例  

を知らない︒というのは︑キリらで卜者あるいほ信仰者の間でほ︑そのような事件すべては簡単に処理することがで  

きるからである︒だが︑この世ほ非キリスト者に満ちているので︑そのような者にあってほ︑世俗の勉がそのきび  

しさを用いないことには︑どうすることもできない︒われわれキリスト者が法律を定め判決を下そうとしても︑世  

間はわれわれに服していないし︑われわれはそこになんの権力ももっていないのであるから︑それが山体なんの役  

に立つであろうか︒   

それゆえ︑わたくしはそのような事件に絶対に心を惑わされたくない︑だから︑どうかみんながわたくしを満足  

させるようにしていただきたい︒主君がいなければ︑世俗官吏がいる︒彼らが正しい判決をしなくとも︑それはわ  

たくしの知ったことではない︒彼らがその責任をとるであろう︑彼らがその官職を引き受けたのだ︒最初にこのよ  

うな干渉をし︑そのような世俗の事件を奪い取り︑ついに皇帝や国王の上に立つ公然たる世俗君主になってしまっ  

た法王の例をみるにつけても︑わたくしにほ怖しくおもわれるのである︒したがって︑ここでも︑犬は布切れでけ  

いこしながらしだいに本物の皮に食いつくことをおばえていくが︑ちょうどそのように︑薫き意図をもちながら誘  

惑されて︑最後にはまたまた福音からはんとうに世俗的な事件のなかにおちこんでしまうことを危惧するのであ  

る︒なぜならば︑われわれが婚姻事件の裁判官となり始めるや︑粉ひき水車の歯蕃に袖をとられ︑ひきさらわれて  

刑について裁かねばならなくなるであろう︒刑について裁くことになれば︑身体や財産についても裁かねばならな   

参照

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