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序   論序   論

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第1章  研究目的と方法 序   論

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第1章  研究目的と方法  

 1-1.研究目的と背景

 人間の住まいやくらしは、それを取り巻く風土や地形から大きな影響を受 け、そこでくらしを支えるバナキュラーな集落を作り出す。そのような集落 において、各住居の内部空間と外部空間の境界は様々な要素によりその空間 の性質が作り出されている。それらの要素は個別にだけではなく、要素の集 合体として開放性・閉鎖性を作り出し、その空間の性質は視界の変化によっ て理解されると考えられる。視界の変化による集落空間の特徴はその集落の 地形、気候、住居形態等によって、様々なかたちで現れる。特に高密度集落 の場合、これらの要素が複雑な相互関係を持って構成されていて、その中で の開放感や閉鎖感を得るための調整はより難しいものとなっていると考えら れる。本研究は、集落の空間における、住居の各空間内の視点の移動による 視界の変化を立体角量によって定量化する評価手法を用いて、その開放度と 閉鎖度を考察し、その空間のもつ特性を解明することを目的とする。

 本研究ではその考察例として東アジアにおけるタイプの違う3つの高密度 集落を取り上げている。

 韓国の集落においては、家族制度・階級主義により、内外生活空間の区別、

上下関係の区別をはっきりさせようとするため、その空間形態は比較的閉鎖 性の高いものである。しかし、住空間には閉鎖性だけでなくある程度の開放 性が必要である。このような考えのもと、閉鎖性の高い南沙里を取りあげ、

空間の開放性のあり方や、住居配置、空間構成の仕組みを調査した。

 南沙里の特徴として、立地的特徴による変則的な地形と社会的環境による 住居配置が上げられる。まず、立地的特徴からは必要な視界の開放性と閉鎖 性を得るため様々な工夫がなされ、より複雑な道の構成と住宅の配置になっ ていること、次に住民の社会的関係から、各氏族は共有進入路で繋がる同族 領域を形成していて、同族両班領域の背後に配置された常民住居群はそれぞ れ行き止まりの進入路を作り、氏族間プライバシーを確保しようとしている。

以上、南沙里は住居と道が複雑に入り組んでいる高密度集落で、各住居は閉

本研究は、集落の空間における空間の中の視点の移動による視界の変化 を立体角量によって定量化する評価手法を用いて、住居の各空間内の開 放性と閉鎖性を考察し、その空間のもつ特性を解明することを目的とす る。人間の住まいやくらしは、それを取り巻く風土や地形から大きな影響を 受け、そこでくらしを支えるバナキュラーな集落を作り出す。そんな集 落において、各住居の内部空間と外部空間の境界は様々な要素によりそ の空間の性質が作り出されている。それらの要素は個別にだけではなく、

要素の集合体として開放性・閉鎖性を作り出し、その空間の性質は視界 の変化によって理解されると考えられる。視界の変化による集落空間の 特徴はその集落の地形、気候、住居形態等によって、様々なかたちで現 れる。特に高密度集落の場合、これらの要素が複雑なかたちで構成され ていて、開放感や閉鎖感等の調整はより難しいものとなっていると考え られる。そこで、本研究は東アジアにおけるタイプの違う3つの高密度 集落を取り上げて考察することにした。

 韓国の集落においては、家族制度・階級主義により、内外生活空間の 区別、上下関係の区別をはっきりさせようとするため、その空間形態は 開放性より閉鎖性の高いものである。しかし、住空間には閉鎖性だけで なくある程度の開放性が必要である。このような考えのもと、閉鎖性の 高い南沙里を取りあげ、空間の開放性のあり方や、住居配置、空間構成 の仕組みを調査した。

 蘭嶼島ヤミ族の伝統的住まいにおいては、はっきりした塀や柵を持た ずに、傾斜面を掘下げて半地下に主屋を建てることと各住居が同じ住居 単位で形成させていることで住居間境界を作っている高密度集住である。

高い塀によって住居間領域を作っている南沙里とは違って目に見える境 界を持たないヤミ族の住居は一見開放的にみえるが、半地下式住居になっ ているため家の中は閉鎖的である。視界の開放性と閉鎖性作り出す要素 としては傾斜地をそのまま利用していることと用度別に建物が分かれて いること、また各住居の配置を工夫していることが考えられる。立体角 量による調査はこれらの特徴を確認できる手段して使われている。

 現在蘭嶼島には近代化による3種類の時代ごとの住居が存在する。伝 統的生活から導きだされた地下に掘り下げる慣習家屋、1966年台湾 政府がヤミ族に無償で提供した国民住宅、1995年からヤミ族自身が

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鎖的でありながらも開放性を確保している独自の空間的特徴を持つことが推 察された。そして、このような住居間境界面の開放性・閉鎖性は、住居内空 間形態と配置的特質から得られていると考えられた。

特にマルの空間性に注目し、マルにおける視点の移動・高さの変化によるそ の閉鎖性・開放性がどのように調節されているのかを、8mm 等立体角射影 の魚眼レンズで撮影した写真の分析をもとに考察している。集落空間内の住 居間境界面の視界の変化から開放性と閉鎖性を感じる要素として、住居の内 部から見た外部に対する住民の生活領域内・外、天空、他人の領域を定量化し、

その割合によってその空間の開放度・閉鎖度を確認することを試みている。

 蘭嶼島ヤミ族の伝統的住まいにおいては、はっきりした塀や柵を持たずに、

傾斜面を掘下げて半地下に主屋を建てることと各住居が同じ住居単位の構成 をもつことで住居間境界を作っている高密度集落である。高い塀によって住 居間領域を作っている南沙里とは異なり目に見える境界を持たないヤミ族の 住居は一見開放的にみえるが、半地下式住居になっているために家の中はか なり閉鎖的である。視界の開放性と閉鎖性を作り出す要素として、傾斜地を そのまま利用していることと、用度別に建物が分かれていること、また各住 居の配置を工夫していることが考えられた。

 現在蘭嶼島には近代化にともなう時代の移り変わりごとの3種類の住居 が存在する。伝統的生活から導きだされた地下に掘り下げる「伝統家屋」、

1966 年台湾政府がヤミ族に無償で提供した「国民住宅」、1995 年からヤミ 族自身が自力建設している RC 造の「新型住宅」である。国民住宅は、ヤミ 族の伝統的住宅での生活習慣や文化などを考慮した設計になっていなかった ため、生活に合わせた増改築が必要となり、大抵の住宅が増改築を行われて いる。また、施工上のミスなどがあって老朽化がすすみ、現在は政府からも 住宅の再建に補助金が支給されている。本研究では、このような近代化にと もなう住居形式の変化における空間性質の変容も立体角量調査によって明ら かにする。

 最後に、南沙里や蘭嶼島のように最初から定住を目的として作られた集落 ではなく、非定住型船上生活から定住型水上棚屋が高密度に形成された集落 群である香港の大澳(Tai    O)村について述べている。香港では、土地の狭 さから水上にも住居を構えるという居住のスタイルを生み出し、それが特有 の水上生活者とその住まいとなる船上住居を形成してきた。大澳村の漁民た ちも最初は固定した住まいを持たず船上で生活していたが、安全のために岸 辺近くの水上に固定した家屋を違法に建設し、現在みる水上棚屋の集落群を 形成している。各棚屋には船の甲板を思わせるデッキが付属している。

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これは個々の住戸に属する生活空間の拡張領域としての役割と、水上棚屋群 全体を結びつけ、人々の往来を可能にする通路としての役割とを併せ持って いる。本研究ではこのような水上棚屋のデッキスペースにおける公的な空間 と私的な空間、そして中間的な空間としての性質について、立体角量を調査 し、住居の特徴を明らかにする。

   

 1-2.研究方法と意義  

 集落研究における調査方法、視界の定量化における立体角量の分析方法、

立体角量における視角距離の分析、3つの集落に関する研究意義について説 明をする。

 集落研究における調査方法

 集落があるまとまった共同体として成立するためには、その集落としての 自己同一性が必要である。それぞれの集落が互いに色別されることにより他 と異となる、自他が意識され、その所属が明らかになる。集落にはふたつと して同じものがない。全てが異なっており、その空間は独創的である。集落 は地表にばらまかれた特異点群といえる。この特異点群の組成を分析し、そ れらを造った人々の構想を読み解くためにはどのような視点から集落を観察 すべきであろうか。

 調査方法はふたつに大別される。一つは現地に可能な限り密着し、その社 会を内側から観察する立場である。そのためには、研究者自信が長期間に渡 り住み込み、共同体の準構成員と化する必要がある。文化人類学的なアプロ ーチである。ある特定の社会の組成を的確に把握するためには欠かせない方 法であるが、そのためには多大な時間と資金と体力を要する。

 もうひとつは通過する者の視点で、できるだけ広範な集落を対象に、そこ で展開されている多彩な様相を比較検討する立場である。広く浅く見ること は表層的な理解に留まる危険性を孕んでいる。しかし、集落が多様性に富み、

かつ広域に分布すること、また近代化の脅威に晒され急激に変貌しつつある こと、加えて交通の便が飛躍的に発達したこと等の現状を勘案すると、この ような視座は現代であるからこそ成立するともいえる。もちろん方法論的な 限界は充分にわきまえねばならない。世界各地の伝統的な集落の類似性と差 異性を対比することは、比較文化的なアプローチを可能とし、文化の固有性 と共有性を明らかにする。これらふたつのアプローチが相補的に進展するの が理想的であることはいうまでもないが、いずれの場合にも問われているの は観察する者の眼力である。

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 文化人類学者は住まい方に限定しないで、住民のあらゆる行為とその意味 を記述するが、そのためには特殊な訓練と該博な知識を必要とする。建築計 画学の立脚点とはその深さに相違がある。しかし、だからといって建築計画 的な観察が不可能なわけではない。われわれには空間を設計する者としての 視点がある。空間の組成を読み解き、その本質を直視する方法については長 い蓄積がある。

 伝統的集落においてはモノの配置、配列、規模、装飾、形態等に共同体の 紐帯が表象されている。制度、信仰、宇宙観等は本質的に不可視の領域に属 するが、モノとして表現され、可視的な世界へ転化することにより、共同体 の構成員の意識下に共有の価値観、死生観、連帯感等として刷り込まれる。

いわゆる共同幻想であるが、共同幻想はモノとして形象化することにより、

より強靭になる。伝統的な集落の内部は、こうした意味づけられたモノに溢 れている。そこに込められた意図を読み解き、逆にモノの側から制度や慣習、

生活の姿を明らかにしようというのがわれわれの調査の出発点である文1)

 本研究では、これまでの既往研究の文献などを通じてその集落に関する文 化、構成員、歴史、集落構成、住居等の文化人類学的特徴を調べた上で、さ らに建築計画的な観点からの調査にあたっている。これはアンケートなどの ヒアリング調査をする時に、その民族の生活習慣、文化などを知ることは必 要最低限の礼儀であると同時に、これを基本情報とすることでより効率良く 調べることが可能となる。

 空間認識における立体角量の分析の意義

 ギブソンは、「生態学的視覚論」において、知覚の情報は、シャノンの情 報のようには定義も測定もできないとしている。一方で、包囲光配列の構成 要素であり、また、包囲光のひとつひとつの構成要素である面 face が持つ ものとして、立体角 solid angle を取り上げている。ギブソンは、立体角を 包含関係の手がかりとしてのみ立体角を捕えているのかもしれないが、立体 角は定量化できる物理量をもち、一般論としては、立体角の大きい面ほど、

内部に別の面を包含するポテンシャルが高いことが明かである。すなわち、

包囲光配列、あるいは、その面の立体角の分析は、ある種の確率分布、ない しは確率密度関数を示している文2)

すなわち、立体角は、明らかに定義も測定も可能な数値情報のひとつである。

本研究では、この立体角による視覚情報の考察を主たるテーマとして集落空 間における空間性質の分析を行なっている。これは集落空間の閉鎖性と開放 性という心理的な情報を客観化できる有効的な調査方法であると判断された からである。

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 集落空間の研究における意義

 1970 年代に行われた東京大学原研究室の「住居集合論」研究は、日本の 研究者が海外の住居や集落を把握する方法を求めたものであった。その「方 法」とは(通り過ぎるもの)の眼で集落の観察、記録、学習を行い、対象の 持つさまざまな観念や空間の記述方法を明らかにすることにあった。すなわ ち「フィジカルに現象している【もの】の側から、そこに投影された【意味】

を解読し、集落空間の全体的な【様相】を把握する」事であり、「そこで研 究の客観性は、住居集合を写像した図の厳密さにあるのではなく、形態を語 る論理や記述手法にある」と考えられている。原研究室の方法は、集落とい うテクストの解読が観察者固有の文化の反証となって、ものの意味を観察者 にもたらし、しかもそうした事実認識の問い方が近代主義を超えた空間の発 見へ導くと述べている。しかし、原によって表現方法に依存するとされる事 実認識もまた、逆に表現方法を規定する一面がある。事実認識には常に制度 を伴う水準があり、観察者を介して認識される【制度】が表現方法を構想さ せるからである。

 住居集合論に対してなされてきた形態論的アプローチである AC 論などを 通じて集落の配置、住居形態に関しての数学的、形態学的理論を展開してい る文3)

 本研究は集落の住居空間に重点をおいて、視界の変化を開放性と閉鎖性と いう観点から空間を捕える手法として立体角量による分析方法を使っている いる。これは集落空間を数学的、定量的に捕える分析方法として、これまで の研究にない新しい方法であり、ここに本研究の中心的意義がある。

 対象集落における研究意義

 これまでの韓国の伝統的集落に関する研究は、集落形成の立地的条件の一 つの山と水で限定された 背山臨水 を背景にした集落研究が主流であった。

背山臨水 とは、左右に広がる裏山と、それより多少低いもう一つの前方 の山とで取り込まれた領域の間を、水が貫いて流れるかたちである。このよ うな立地は傾斜地が多く身分階級が高いほど高い所に住居が配置され、ある 程度集落空間要素とその配置の特徴は図式化されている。また、住居の向き においても自然な開放性と閉鎖性が得られるため、風水的によいとされる方 向に容易に配置することができる。風水による住居向きに関する研究は李元 教文4)の研究においても検証されているが、南、南東、東など大まかな角度 による向きによって定義されている。南沙里はこのような立地的条件とは異 なり、村の背後に川が流れていて前面に山がある平地に形成された集落の数 少ない事例である。この地形的特徴と集落空間要素が複雑に作用した結果、

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風水による向きだけではなく各自の周辺環境や生活パターンなどを考慮した 多様な向きの変化がある ことが李斗烈ら文5)の研究によって明らかになって いる。この研究は住宅の主階の平面図を3レベルに分けて作成することで集 落全体の開放度と閉鎖度を明らかにし、住戸の様々な向きのもつ意味を解明 したものである。

 しかし、上記の研究は各住居単位での空間の開放度と閉鎖度については調 査されていない。そこで、本研究では、各住居における立体角量の調査を行い、

その住居空間の開放性と閉鎖性の分析から空間性質の特徴に明らかにしてい る。

 次に蘭嶼島ヤミ族住居に関して文化人類学観点と建築学的観点からその意 義について述べる。

 文化人類学的観点からみてみると、蘭嶼島は、フィリピンのルソン島と台 湾島の間に連なる数多くの諸島嶼の北端に位置し、古来よりインドネシア、

フィリピン方面から台湾へのオ−ストロネシア(Austronesia) 語族系諸集団 の移動、あるいは文化伝播の中継地として歴史的に大きな意味を有してきた。

また、その南方に連なるフィリピン領の諸島嶼と異となりスペイン人の侵略 にもさらされず、およそ 100 年ほど前までは近代社会との接触もきわめて 限られていたので、ここに居住するヤミ族はその伝統的文化を、近年にいた るまでかなり保持し続けてきたことでも知られている。このため、オースト ロネシア系の伝統的文化の構成はもとより、台湾本島先住民の民俗文化や日 本の南西諸島、九州などに見られる南方的な文化要素を考えるうえでも注目 されているところであり、日本統治時代には鳥居龍蔵、移川子之蔵、あるい は鹿野忠雄など日本の先学により多くの民族学、地理学上の調査が行なわれ た。戦後も多くの研究者が訪れている文6)

 建築学的観点については、ヤミ族のすまいは、複数の建物を使い分ける伝 統的技術を発展させた点で建築学的には注目されている。蘭嶼島は、扇状地 に作られた集落は、毎年数回の台風の強襲にさらされている。また、冬には 北からの季節風が吹き荒れ、防寒のためにも風を避ける必要があった。こう したことから、ヤミ族の主屋は、掘りくぼめた敷地に棟高の低い家を構える という地下式の住居になっている。地上からはほとんど屋根しか見えない。

このような特徴はバタン諸島でみる平地式のものとは異なり、地下式住居と して蘭嶼固有のものである文7)

 本研究は、伝統的住居とこれまでほとんど研究されてこなかった近代化に よる国民住宅、新型住宅の実測調査を行なった上で、それぞれの立体角量の 分析を行なっっている。

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 香港の大澳(Tai  O)村はおよそ 200 年前に作られた水上棚屋の集落であ る。それまで固定した住まいをもたずに、船上生活をしてきた漁民たちが安 全のため岸辺近くの水上に家屋を構築したのが始まりだといわれている文8)。  かつては製塩業と漁業とを主産業として栄える村であったが、現在は観光 客が香港中心部から訪れる。近年には香港政府の政策により一部区域の水上 棚屋群が取り壊されたり、若年層の流出とともに空家が増えて衰退していく 傾向にある。

 このような船上生活者には中国大陸や東南アジア島嶼部のオラン・ラウト やバジャウ、広東省沿海の蛋民と呼ばれる人々がいる。アジアの中でも中国 大陸沿海の船住まいは、南は海南島からトンキン湾一帯、北は浙江省にいた る沿海地方や、そこに流れ込む大河の中・下流地方、さらに上流の内陸地方 などにまで散在的ながらきわめて広く分布している。 日本でも、船を唯一の 家とし、親子代々漂泊的な漁稼ぎを受け継ぐ生活が西日本を中心に広くそし て長らく続いてきた。水辺集落は貿易や物資、文化を結び付ける伝達の場と して人類文化の発展に大きな役割をしてきた。しかしそうした生活も日本で は昭和 40 年頃までほとんどみられなくなった。このような水上棚屋住居は 今は大変貴重な住居形式となっているが、東アジアはもちろん日本における 住まいの原点を探る上でも大変意義があると考えられる文10)

 集住体として意義は、開放的な公私空間であるデッキスペースの共同空 間的性質にある。住居空間構成は公的空間としてのデッキスペースと私的空 間の部屋にで構成されている。特にデッキスペースでは就寝以外の行為のほ とんどが行われているため、私的空間としての意味においても多目的空間と なっている。元々船から発展した住居形態であることからデッキは船と船の 間をつなぐ通路として発展してきた結果の形である。集落における共同性の 上に成り立つ空間であり、住空間を閉鎖的ものから開放的ものへと空間性質 が変化させる点に特徴がある。これは現代の集合住宅などには見られないコ ミュニティのあり方を考察する上でも研究意義があると考えられる。

 1-3.   論文の構成

 これまで、建築計画学における集落の研究のうち、特に各住居の内・外空 間の開放性については、居住者の心理的な指標を元にして分析・考察が行わ れてきた。しかし、この手法は、調査対象および調査被験者の固有の特性に より大きく左右され、いくつかの集落を客観的に比較・評価する上では問題 が残されていた。著者は、この点に着目し、集落を構成する要素が個別にだ けではなく、要素の集合体として開放性・閉鎖性を作り出し、その空間の性

写真 1-1.   

可児弘明「船に住む漁民たち」から文9)

写真 1-2.   

可児弘明「船に住む漁民たち」から文9)

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質が視界の変化によって理解されると考えたうえで、その視界の変化を定量 的に分析する手法を提案している点が独創的である。そしてこの手法を東ア ジアにおけるタイプの違う3つの高密度集落に適用して、住居の各空間内の 開放度と閉鎖度を考察することにより、その集落のもつ特性を明らかにした ものである。集落の空間における視点の移動による視界の変化を、立体角量 によって定量的に評価する手法は、集落空間の研究手法として初めての試み であり、建築計画学の新しいアプローチとして評価できる。

 本論文は序論2章、本論として 3 〜 6 章、および結論で構成されている。

 序論の第1章は集落の空間における視界の変化を立体角量によって定量化 する評価手法を用いて集落空間のもつ特性を解明するという目的を示し、対 象集落と立体角量に関する研究の意義、本論文の構成を示している。

 第2章では、集落空間を視覚的観点から捕える空間尺度の要素である視野、

視覚認知距離、空間認知、立体角量に関する既往研究を明らかにし、その概 要を述べている。ここで、立体角とは「網膜像の大きさ」であるが、本論文 では自然な状態において 180 度だとされている人間の視野に一番近いもの として用いている。そして、この評価手法により次の3つの意義を明らかに している。

1.  視覚的人間尺度としてその集落の住民の目線から空間認知の過程を 理解できるため、その集落の住空間の正しい評価を可能としたこと。

2.  求められた立体角量を集落の特徴にあわせて、視覚距離や開閉分布 図、仮想壁図などに応用が可能であること。

3.  立体角量による研究の結果は、集落空間のみならず今後の施設設計 にも有用であること。

 本論は、第3章から第6章までであり、調査集落に関する研究内容を各章 ごとにまとめている。まず、第3章では、韓国の集落の中でも地形的特徴と 住民構成が一般的集落とは異なる韓国南沙里を取り上げている。この背景か ら本論文は複雑な道の構成と住居向きの変化、氏族同士のコミュニティ道路 の形成、高い塀などを工夫している高密度集落を形成していることを指摘し、

高密度居住の中に存在する閉鎖性と開放性による空間性質や、住居配置、住 居空間構成の特性について明らかにしている。特に、住居空間の中で最も重 要なマルの空間性を明らかにするため、視点の移動・高さの変化における立 体角量調査を行なっている。分析は水平移動と垂直移動による立体角量の変 化について行い、その結果から、マルがもつ性質は開放性と閉鎖性を併せも つ空間であること、自然との連続性をもつ点、プライバシーを守る空間とし

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ての役割をもつ点、などを明らかにしている。

 第4章では、南沙里とは異なった形の高密度集住体である台湾ヤミ族の伝 統的な集落を取り上げている。ヤミ族の伝統的な住居は分棟型住居形式であ り、特に蘭嶼島の主屋は半地下式であり各建物が違う床レベルであることと、

レベル差をつけることによって開放性と閉鎖性を作り出し、集落形態を成立 されていることが住居の特徴である。本論文は伝統的住居が残っているイバ リノ村を取り上げ、レベル差による視界の変化が生む立体角量の分析と意識 的視覚距離について分析を行なっている。視覚距離においては、実測距離上 では撮影地点から遠方にある涼台や副屋と近くにある主屋の位置関係が、視 覚距離上では逆になるという配置関係の逆転現象などから周辺家屋との関係 も明らかにしている。そして、各撮影地点の空間特性も述べている。研究結 果から、イバリノ村全体が、主屋に対しては閉鎖性を保ちながらも涼み台・

副屋に対しては開放性を維持している空間を形成していることを明らかにし ている。また、この住空間に存在する様々なレベルのうち、掘り下げる事に よって二次的に発生した壁面が、周囲からの視線を遮り、閉鎖性を生み出し ていることも明らかにしている。

 第5章では、4章と同じくヤミ族集落を取り上げているが、ここでは特 にヤミ族住居の近代化による住居空間の変容について、近代化の背景とアン ケート、平面の実測調査を行なったものである。

 蘭嶼島は現在徐々に近代化され、生活スタイルも変化したことでその文化 が衰退した。それに伴い住居形態も変化し、現在では RC 造2、3階建ての 住居を自力建設している。住居形式は伝統家屋→国民住宅→新型住宅に変遷 しており、すでに伝統家屋には老人しかすまなくなり、国民住宅も老朽化が 進み、それを取り壊して台湾式の新型住宅に次にその姿を変えている。本論 文は、これら3つの住居形式の比較を行い、各家屋の「開閉分布図」を作成 し、その住居形式変遷の背景と空間性質の変容について分析している。「開 閉分布図」とは、空間の開放度・閉鎖度の状態を S(S ≧0)とし、完全に 解放された状態を S =0、その逆の完全に閉鎖された状態は S =∞にしてそ の開放度と閉鎖度が反比例の関係にあることからその分布関係を図式化した ものである。研究結果から、自らの生活に照らし合わせ増改築を行なうこと で、その家屋内にみられる空間性は伝統家屋のそれを同質のものとなってい たこと、また自らの新しい住宅では国民住宅の反省も加わって時代と生活習 慣に合わせた造りになっていることを明らかにしている。

 第6章では、ヤミ族と同様に自らの住居を自力建設する水上棚屋の住居群

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である香港大澳村に関する研究を行なっている。香港では、住まいとして水 上に住居を構えるという居住の形式が生み出され、大澳村の漁民たちも岸辺 近くの水上に固定した水上棚屋の集落群を形成している。本論文では、生活 空間の拡張領域としての役割と棚屋群全体を結びつけ人々の往来を可能にす る通路としての役割とを併せ持ったデッキスペースにおける特徴に注目し、

住居の各空間内の視界の方向差による公私領域の形成による空間性質の特徴 を明らかにしている。その研究方法として、各地点と周辺棚屋、デッキスペー スと周辺棚屋との関係などを仮想壁と視野角フィルター、この二つのフィル ターを画像に重ね合わせ、両方に含まれる領域内の視線を遮るモノの占める 割合を測定する方法を示している。この方法から視界の方向における開放度 と閉鎖度の変化を仮想壁図によって視覚的にみることができる。研究結果か ら、壁や塀などをもたずに各デッキスペースの公私的意味として空間の使い 方を可能にしている原因は、家具や活動道具(漁業に関する)、生活道具な どの配置関係による住民のアクティビティによって形成されていることを明 らかにしている。

 結論の第7章では、論文全体として立体角量を各集落の特徴に合わせて分 析方法を変えることで、集落空間の評価手法においてその可能性を探ってい る。また、各章から得られた研究結果をまとめている。

 今後の展望として都心における新しい集住形態の可能性を探るきっかけと して本研究の研究手法は多くの可能性の含めていると考えている。視覚行動 と評価との関係を直接把握する景観の定量的評価法を開発することは、より よい集落景観形成において重要な課題であると示している。また、現在では、

一戸建て住宅といえども、過密な造成住宅地に、軒を接して計画されるのが 常であり、窓の外には隣家の何かが見えているというのが普通である。それ は姿を変えた集合住宅であるとさえ言い得るもので、本研究はこのような現 代の高密度集住問題を解決するための設計手法の一つの手掛かりを与えるこ とを目標としている。 

 以上を要するに、本研究は、これまで定量化することがきわめて困難であ り、主としてアンケート調査による心理量に頼らざるを得なかった、自然発 生的な集落空間の分析・評価に際して、住戸内からの視界の閉鎖度と開放度 に注目した、立体角量を用いる独自の定量化手法を確立した点に意義があり、

高密度集落など複雑に構成された空間に関する数値的、統計的な評価を可能 にした点に大きな価値がある。またこうして得られた数値データを用いた視 覚距離や開閉分布図、仮想壁などの分析手法の試行とあわせて、今後の集合 住宅計画、既存住宅地改修計画などへの応用が可能と考えられる。

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【参考文献】

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文 5)李 斗 烈,鄭 王文 静,古谷誠章 : 韓国南沙里における集落空間形成要素の特徴と住居の向き について̶集落空間の境界の形に関する研究̶、日本建築学会計画系論文集 NO.569、2003.7  文 6)三富正隆 : 場所の記憶と歴史認識:台湾ヤミ族の口碑伝承の場合、日本地理学会 、1999 文 7)乾尚彦 : 地域小集団による建築生産の研究〜蘭嶼の居住空間 住宅建築研究所報 1984 文 8)可児弘明:香港の水上居民、岩波新書、1972

文 9)可児弘明:船に住む漁民たち、岩波書店、1995

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文 13) 大野隆造:環境視情報の記述法とその応用に関する研究、日本建築学会計画系論文報告集、

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文 14) 古谷誠章:「透けつつ閉じる窓」の研究、財団法人トステム建材産業振興財団 1998 文 15) 崔壹:朝鮮中期以降南部理法中上流住居に関する研究 - 階級性と地域性からみた配置と平 面構成を中心として -、ソウル大学、1989

文 16) 曹成基:韓国南部地方の民家に関する研究、嶺南大学、1985 文 17)日本建築学会編:図説 集落─その空間と計画、、都市文化社 1989 文 18)須藤護:集落構造と住居、東和町 1986

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