初期独占における「収益特権」 : 「初期独占の構 造」への序説
その他のタイトル Early Monopolies and "Lucrative Privileges"
著者 矢口 孝次郎
雑誌名 關西大學經済論集
巻 5
号 1
ページ 1‑26
発行年 1955‑04‑10
URL http://hdl.handle.net/10112/15770
造を理解することになるわけである︒然し本稿においては︑それらの問題に及ぷ前提として︑この時期の独占全般
初期
独占
にお
ける
﹁牧
益特
権﹂
至﹁
商業
独占
﹂︶
とで
あっ
て︑
︵矢
口︶
であ
る︒
極めて重要な課題となるのであるが︑ 支配した時期であるが︑
﹁ 牧 盆 特 権
﹂ ー
﹁ 初 期 独 占 の 構 造
﹂ へ の 序
説
l
︵ 乃
イギリスにおける資本主義成立期の前半にあたる時期は︑また同時にテューダー及びステュアートの絶対王政の
このような経済史及び政治史乃至憲政史の観点からみた二つのエポックの重複について
は︑それぞれのエポックを劃するところの歴史的事実が密接に関連し合っているところに重要な意義を見出さねば
ならない︒かくてこの関連の理解は︑資本主義の成立の理解にとつても︑また絶対主義の構造の理解にとつても︑
い︒このような関連を理解する重要な鍵の一っとして︑ それはこの時期における種々の問題を通じて求め得ることはいうまでもな
( 1 )
. ここにとり上げようとする﹁初期独占﹂の問題が存するの
ところで︑後にも述べるように初期独占の中核をなすものほ︑大体において絶対主義の時期に見られたところの
﹁産業独占﹂と︑その廃止以後も存続し・むしろ重商主義の時期全般に亘つて支配していた外国﹁貿易独占﹂
この両者の独占の形成・支配の形態・終減等を理解することが︑
初期獨占における
矢
ロ
﹁初期独占﹂の構
孝 次 郎
要を感ぜざるを得ない︒ a﹁初期独占﹂という用語は︑既にわが国においては堀江英一氏によって用いられている︒︵堀江英一﹁初期独占﹂ー﹁経済論叢」六四の四•五・六合併号)また>ヴィもg
r l y m o n o p o l i e s , e a r l n a y t i o n a l m o no p
o li gなどという用語を︑それほど厳
格な意味ではないが用いている︒
( H .
L ev y . M o n op o l i 窟 ︾ C a r t e l s an d T r
u s t s
甘
Bユ
t i s h I n d u s t r y , 1
92
7,
p p
2 4 , .
4 2 )
これら
の用法においては主としてこの時期の﹁産業独占﹂が対象とされているが︑私はこの時期の独占全般に対して'ーーという意味は、後に本文中で述べるように「貿易独占」や「牧益特権」をも含めてー~それを用いたいと思う。がくて、これも後に言及
するのであるが︑極く大握みにいえば﹁ギルド的独占﹂によって代表される中世都市の独占と産業贅本主職確立以後の﹁費本
主義的独占﹂との中間期の諸独占を︑一応﹁初期狐占﹂と総称するわけである︒
さてこの問題にのぞむに当つて︑われわれは当初から︱つの難問に直面する︒それは︑独占という概念によって
把えようとするこの時期の事実が極めて多岐であり且つ漠然としたものであるということであって︑それは︑独占
モノポ9人トという一つの用語によって或るものを把握することを殆んど不可能と思わしめるほどである︒独占の主体︵独占者︶
についても︑独占の客体︵独占の内容︶についても︑また独占形成の契機につい︐ても︑事例は無限に複雑多岐であ
り︑またそれに応じて種々の時期における独占への抵抗0反独占運動における錯雑性が生み出されている︒従って
この時期を通じて独占の問題を考えるについては︑広く独占に関連のある事実を何らかの立場から一応整理する必
このような立場からみる時︑われわれは先ず︑初期独占史を通じてかなり明瞭に形成された︱つの独占の領域を う ︒
初期独占における﹁牧益特権﹂
に通ずるところの•そして従来比較的閑却されていた若干の問題をとり上げて、上掲の問題への序説としたいと思
︵矢 日︶
3
初期独占における﹁阪益特権﹂
︵矢
l l )
見出すことができる︒それはーー'始源的には中世から継承したものであるがーー・特に十六世紀中期以降外国貿易
特に植民地貿易に従事する商人団体に与えられたところの貿易上の独占であって︑﹁貿易独占﹂或いは﹁商業独占﹂
8
mm
er
ci
al
monopoly
と称されるものである︒この独占は専ら外国貿易に関して認められるとこるから︑それと対
( 1 )
比されるものとしての国内的の諸独占に対して︑﹁国外独占﹂
e x t e
r n a l
mo
no
po
ly
と称することもできよう︒この
独占はその形成過程においても︑またその主体においても作用においても︑国内的諸独占とは異なり︑またそれに
応じて独占の評価についても異なったものが認められる︒この点に関して︑例えばジェームズ女史は﹁大貿易独占
の場合は︑産業型独占の場合とは著しく異つている︒後者の大多数は国王及び困窮した廷臣を救うために作り出さ
れたもので︑経済的には大した成功を見なかったのが特色であった︒これに反して貿易会社は新領域を開拓すると
いう真の希望によって創立され︑また常にその存在を是認せしめるだけのことはしたのである﹂と称している︒勿
二つの独占領域の特徴を指摘していることには誤りはな
ぃ︒然し更に重要な点は︑初期独占史を通じての一つの注目すぺき現象としての独占への抵抗
11
反独占運動に関連
して見られる二つの領域の独占の帰趨である︒換言すれば︑国内独占︑特にその中核をなす産業独占が名誉革命を
( 3 )
︵4) 以て一応の終末を告げ︑それ以後は近代的の特許制度乃至特許法
p a t e
n t s y
s t e m
, p a
t e n t
a l
として残存するに至ったw
のに対して︑貿易独占は産業独占と並んでその間社会の各層や議会の烈しい反対をうけながらも︑それを踏みつけ
て存続することをえた︒それが何故であるかについては若千の異った解釈もあるが︑根本においては議会側の財政
的必要が貿易独占
11
マーチャント・アドヴェンテュァラーズ組合との間の妥協を余儀なくせしめたことによるの
である︒自由貿易を強硬に主張してきた議会がこのような態度に出たことに︑ 論この評価の意義に関しては詳説を要するのであるが︑
この間の秘密を解く鍵が存するので
L 初期独占における﹁取益特梱﹂
その結果としてのマーチャント・アドヴェンチュァラーズと政府との結び付きはかくて一つの政略結婚
( 5 )
m月
応 ge de co nv en an ce
であったといわれる︒このように二つの領域乃至型の独占が帰趨を一にしなかったという
ことは︑初期独占史における反独占運動の展開を考える場合︑
ことである︒ われわれが十分考慮の中に入れておかねばならない
①
W .
H. Pr i c e , Th e English
a t P e nt s o f Monopo
ly ,
19 13 ,
p re f a ce v i i
. 尚本稿では国外独占の典型的のものとして︑植民
地貿易会社の独占を考えているのであるが︑国内独占の場合と等しく国外独占の場合においても︑独占の形態はそれ以上 にかなり複雑であったことはいうまでもない︒例えばハ`︑ルトンは主として植民地貿易を中心としつ4﹁独占﹂の用語を まずキピンスの定義
( H. de B. G ib b i ns , B r i ti s Ch om me rc e a nd Co l o ni e s f ro m E l iz a b th t o V i c t o r i a
, 1
89 7, p .
15 )
!.!.~
︑︑
︑ つて用いている︒それはすなわち﹁独占を有するということは︑一定の商品の取引或は一定の国との貿易に関する唯
l. の
権利
s o l e r ig h t を有することである︒そしてこの唯一の権利は個人に与えられる場合もあれば︑会社に与えられる場合も あり︑更に一国がそれを要求することすらある﹂という定義である︒然しハミルトソは︑それのみに止まらず︑独占は更 に広く﹁重要商品指定港伶
a pl e ports護送商館団convoye~fleet国王の特旨royal
f av o r it i s m
及かその他の統治上乃至
制度上の制限から生ずる不完全競争をも含む﹂ものとなしている︒
( E. J•
Ha mi lt on ,
"
Th e Ro le o f Mo no po ly i n t h e Ov er se as Expa ns io n a nd Co l o ni a l T ra de of Eu ro pe e f b o re
1800'`•
Am er . E co n. R e v ・"
Ma y, 1 94 8, p .
33)
②
M. Ja me sS oc ia l P ro bl em s a nd Po l i cy du ri ng th e P u r it a n R e v ol u t io n
193 , 0 ,
p .
14 4.
尚貿易会社の評価に関する当時
の見解としては︑一六二二年の貿易委員会
Co mm is si on er s o f Tr ad e
の典味ある報告がある︒
( W .
Ci :n ni ng ha m, r G ow th o f English
In du st ry n a d Co mm er ce , I I .
6 e d .
1921
̀
p p.
216‑8)
③産業狼占の終末は名誉革命とその時期を等しくする︒例えばレヴィは﹁イギリス産業資本主義の初期の歴史において︑
専ら独占の時期として示される時期は︑十六世紀末から一六八五年の間である﹂と称し︑また別に﹁一六四
0年の長期議
会は独占の大部分が無効であることを宣言した︒⁝⁝王政復古後は︑王は自己の立場から産業問題を処理するという旧来 の慣行を︑噌大する議会の力によって阻止されるに至った︒この事俯は一六八九年における王の大権の廃絶によって浬論
あっ
て︑
︵矢
口︶
四
.
●承認された﹂となしている︒( L e v y ,
Mo no po li
︑ g
p p .
4,
23)
勿論若干の例外的特権は残存したのであるが︑産業に関す る限り︑この時において独占の時期は終ったと見られる︒またこの点に関しては﹁空位時代において︑イギリスの産業は その発展を阻止してきた独占という拘束服
s t r a i t w a
i st 8
a t をかなぐり捨てるという重要な段階にす
4
んだ︒⁝⁝王政復 古後は︑独占はもはや産業組織において重要な池位を占めるに至らなかったが︑その歴史における転廻点は空位時代にあ
ったのである﹂とも説かれている︒
( Ja m e s, P ur i t an R ev o l ut i o n, p p .
1 4 3
ー4
) 囚 特 許 法 の 二 つ の 主 要 な 原 則 は
︑ 十 七 世 紀 の 間 に お け る 三 回 の 独 占 の 危
概I
反独占運動を経た後︑例外的に残存すること
4なった独占の許容の巾に認められる︒その一っは﹁真に新しい製造方法が発明され或は海外から導入された揚合は︑︑独
占の特許が一定期間に限り与えられる﹂という原則であって︑これは﹁発明者は報償をうける﹂という現今の特許法の原 則の一っとなった︒他の一つは貿易会社に対する独占の許容の中に認めれらる︒元来大貿易会社︑特にマーチャント・ア ドヴェンチュアラーズ組合が例外的に独占を継続することを得たのは︑それが当時の敢も強力な企業組織であり︑議会に 勢力を有していたことによるのであるが︑表面的には﹁このような大規模にして出漿を要する企業には特別の保護が必要 である﹂という理由に某いていた︒然しこのような貿易会社への独占の許容は︑特許法成立の二原則となったにしても︑
産業独占の場合と異つて︑本質的にはむしろ貿易独占の持続そのものを目的とするものであったことが重禍されねばなら
ないo
G•
N. Cl a r k , S ci e n ee an d S o c i a l We lf ar
e 甘
t he Ag e o f N ew to n,
2
e d .
19 49 , p p
│ 107 8 .
( c f E e . . H . R . , VI
2︑1
93 6,
p p .
151 1
2)
W ;
. S .
、 HoldsworthA•
H is t o ry o f E ng l i sh La w, IV , 1 92 4, p p
353‑4; .
E . W•
Hu lm e, Ea r l y H is t o ry o f E n g l i s h . a t P e nt Sy st em
19 09
. $~!
眼 ︒
伺
J am e s , P ur i t an R ev o l ut i o n, p p.
148ー53及.び前註参照︒名誉革命後は外国貿易の独占特許は議会の承認なくしては与
. ︑︑ .
ヽ えられなくなったが︑このことは外国貿易の規制に対する王の大権が完全に消滅したことを意味するのではなく︑それは 広義の外交権に関する事項としては︑広い意味で且つ漠然として存在していた︒
( Ho l d sw o r th , o p . c i t . ,
V I.
p p.
334 │ 6)
次にこのような貿易独占乃至国外独占と対比されるものは︑
が︑その中においても特に焦点となるものはいわゆる産業独占甘
d u s t r i a l mo no po ly
であ
って
︑
( 1 )
いても主要部分はこの問題によって占められており︑またわが国においても︑それを続つて絶対王政期の経済構造
初期独占における﹁牧益特権﹂
︵矢
u )
五
いうまでもなく国内独占
i nt e r na l mo no po ly
である
従来の諸研究にお
から
であ
る︒
( 2 )
やプルジョア革命における階級対立への展望が論議されてきている︒われわれもそのことを誤りとしないのみら
ず︑結局はその問題に立ち向うわけである︒然し産業独占の問題もただそれだけとしてとり上げるのでは︑この時
期の独占問題の理解のためには不十分であるように思われる︒というのは︑それに先んじて︑産業独占と並んで存
おい
て︑
し且つそれと密接に関連する他の形態の独占︵或はむしろ特権︶をも含めての国内独占一般の性格を考察した後に
この時期の産業独占の全幅の意義がより明瞭に理解されると考えるからである︒またわれわれが初期独占
﹁牧
益特
権﹂
l u c r a t i v e p r i v i l e g e s
を続る問題を特にとり上げようとするのも︑の問題に関連して︑
( 3 )
とこるでここに一言附言しておかねばならないことは︑上述のように独占を類型的に︑国外独占︵乃至貿易独占︶
( 4 )
と国内独占︵その中には産業独占と牧益特権とを含む︶とに区別して問題を進めるにしても︑この時期の独占を続
る諸問題が常にこれらの類型に応じて別個な系列のものとして存在したなどというのではなく︑例えば初期独占史
を通じての重要な問題の一っとしての反独占運動においても国外独占と国内独占とが一つのものとしてその抵抗の
対象となった場合のあることなどを認めなければならない︒またそれに応じて独占の歴史的意義に関しても両者が
( 5 )
︱つのものとして取扱われることを否定するものではない︒ただそれらの点を認めるにしても︑それに先んじて︑こ
の時期の独占の性格を最もよく示すところの国内独占及び特に従来わが国の研究で比較的閑却されてきた﹁牧益特
権﹂の問題を考察することが︑初期独占の問題の解明にとつて︱つの有用な前提であると考えるというのである︒
. ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
①個々の産業に関する研究は別として︑この問題を取扱った一般的研究︑例えば上褐のプライス︑>ヴィ︑ジェームズ等
の著作の外J.
u•
N ef , In d u st r ay nd o G ve rn me nt i n Fr an ce a nd E n g la n d ,
1540ー
16 40 , 19 40
;
E . L i p s o n ,
E 8
no mi c H is t o ry o f E n gl a n d, . I I I ,
19 48
;
M•
Do
bb
,
S t u d i e s i n t h e De ve lo pm en t o f C a p i t a l i s m
5,
th .
i mp .
1
95 1
^
(~fHi
在2
中= 証左 冗
初期
独占
にお
ける
﹁牧
益特
権﹂
︵矢
u )
六
このような観点
7
会訳﹁資本主義発展史の研究
1
﹂一九五四年︶等を通じて取扱われている主要産業は︑鉱山業︵錫・鉛・鉄その他︶・石
炭業・製塩業・硝石製造・明羞製造・石鹸製造・毛織物仕上業・酒造業その他である︒
図堀江英一﹁初期独占﹂︵前褐︶︑紀諧信義﹁一六二四年の﹃独占条例﹄について﹂︵﹁史学研究﹂五三︶︑宮烏康雄﹁イギ
リス紹対王制と産業の独占﹂︵﹁西洋史学﹂二四︶等︒また産業独占に関説したものとしては︑長谷田泰三﹁英国財政史研
究﹂︑星田輝夫﹁ロンドン新冒険商人組合の成立﹂︵﹁史林﹂一・ニ合併号︶︑浜林正夫﹁イギリス革命と商業資本﹂︵﹁社会
紐済史学﹂一九の四・五合併号︶︑角山栄﹁イギリスにおける﹃初期産業革命﹄と特権マニュファクチャー﹂︵﹁経済理論﹂
一九五三年︶等があげられる︒
︑ ︑ 囮若千の商品について特定の個人に輸出入の特権が許与された湯合があるが︑これはむしろ牧益特権の性格を有するもの
であって︑一定地城の貿易を独占する貿易会社の独占とは著しく異なるものである︒
り 国 内 独 占
︑ ま た は 一 般 に 独 占 特 許 窟 け n to f mo no po ly といわれるものは︑時代によって梅めて雑多なものを含んでお り︑従つて種々の見地からこれを類別しうるわけである︒こ
4に一例としてリプソンの説くところをあげれば︑氏はそれ
について四つの﹁範疇﹂を考えている︒
( Li p s on , Econ•
H i s t . o f England,
Il l , p p
. 器
21
56 .)
I︑産業に関する新発明或
は外国からの新技術の導入に対して与えられる独占特許で︑硝子・明饗.硝石等に関する独占が代表的のものである︒ニ
ギツ
ク・
`:
法律上の制限乃至適用の緩和•免除に関する特権。これについては法律上禁止された未仕上毛織物の輸出の許可・起毛機
の使用許可等があげられているが︑更に刑法違反の場合の免罪販売怠
l e o f p a r d o n s ・
なども含むものと考えられているか
ら
( o p . c i t . , p .
52 9. n .
3)結局︑プライスのいう﹁輸出特権﹂
e xr o r t l i e
g器及び﹁法律の適用免除の特権﹂
d is p e ns i n g p a t e n t , p at e n t f o r re mi
器i o
n o f
penaltiesを意味するものと認められる。(Price•
P at e n t o f Monopoly,
p p .
9 1 14)
三 ︑
トレード
産業乃至営業に対する監督の特権であって︑その中には例えば酒場の経営・酒類小売の特権などの外に︑最も著名な毛織 物検査権
a ul n a ge , ul na ge の如きものを含んでいる︒四︑既に成立している産業に対する独占特許︒この場合︑第一類 型の特許権が拡大されて︑全国的に既存の当該産業がその独占の下に帰する場合も考えられている︒さてリプソンの説く
以上の四つの範躊をわれわれの立湯から更に概括すれば︑第一のものと第四のものは明らかに﹁産業独占﹂と考えられ︑
第二のものは﹁牧益特権﹂と看倣すことができ︑第三のものはその中間の性格を有するが︑若干の湯合においては産粟独
占に結びつくところの牧益特権であると考えることができる︒後述参照︒
初期独占における﹁取益特権﹂
︵矢 口︶
七
初期独占における﹁牧益特権﹂
以上のように国内独占は絶対主義期の独占の中核であり原型であるが︑
レヴィはこの時期の産業独占の歴史的特
囚 例 え ば ア ン ウ ィ ン は エ リ ザ ペ 王 朝 末 期 の 独 占 に つ い て
﹁ 一 五 六 四 年 の マ ー チ ャ ン ト
・ ア ド ヴ ェ ン チ ュ ア ラ ー ズ の 特 許 状
において初めて具現された政策│ー'すなわち商業及び産業独占の政策ーー
4i
︑この時期において最経潮に逹した﹂ことを
指摘しているが︑
( G . Un wi n, t u S d i e s i n
E < "
on om ic H i s t o r y , 1 92 7, p .
216)か4
る商業及び産業独占こそ︑この時代にう つ然として起つてきた中・小企業の発炭を阻止した力であったこと︑すなわち﹁誠実なる企業の勝利は︑狂気的な投槻欲 と利已的な独占欲のために︑その影を薄くしてしまった﹂ことを強調している︒
( o p . c i t . , p .
32 4)
このような独占を独占史上の一範疇とし
この点については︑国内独占の中特に重要な地位を占める産業独占に考察を限定する時︑
えられている︒すなわちその第一の特徴はギルド的独占との対比である︒
徴を﹁それが純粋に資本主義的特徴を有すること﹂及び﹁国民的組織を示すものであること﹂の二点に認めている
が︑いま前者については暫らくおき︑後者についていえば︑それが国民的組織を示すということは︑この時期の産
トレード・モノポリー業独占が﹁純粋に局地的重要性のみを有していたところの旧いギルトの営業独占﹂或は﹁ギルト及びコーポレィシ
ローカ?モノポリー
( 1 )
ョンの権利に基礎をおくところの局地的独占﹂に対比さるべきものであることを意味している︒換言すれば産業独
占はこの時期に至って国家的領域に拡大されたiぜg
t i o n a l i s a t i o n "
of mo no po ly
と考えられているのであって︑
ほプライスなどによっても説かれているところである︒すなわち︑ て認めるについて何を考うべきであろうか︒
︵矢
口︶
この点
イギリスにおける絶対王政の時期は﹁産業独占
の端著ではなかった︒この時期が重要であるというは︑主として︑従来の独占が著しく局地的現象であったのに対 ︱つの明白な解答が与
八
︐
①Le
vy
,
Mo
no
po
li
es
, pp.
5. 23 .
図 ざ
r i c e
P,
at
en
t o
f Monopo
ly
,
p .
7.
このように︑この時削の独占はギルト的独占と対比されるが︑この時期に至ってギ ルドによる独占が全く消滅したなどというわけではなく︑それは各都市において多少変質しつつも依然として残存してい た ︒
③この点はレヴィも第一の契椴としてあげているとこるであるが(Levy,
Mo
no
po
ii
es
, p
p .
5 │ 15)
特にこの時期の産業の 急激なる発展を強調しているのはネフであって︑彼がこの時期に﹁初期産業革命﹂の起ったことを貌いていることは周知 初期独占における﹁牧益特様﹂
と見なければない︒
︵矢
旦︶
た︒この点に関し再びレヴィのいうとこるによれば︑
彼はこの時期の独占を支えるところの
九
? 2 )
して︑それが国民的︐組織的性格を有するに至ったことによるのである﹂と︒ところでこのように産業独占が国民
的領域に拡大され組織化されるについては︑十六世紀末以来の産業の急激な発展を基本的契機と見なければならな
( 3 )
いが︑一方それと時を等しくして確立された絶対王政の存在があげられねばならない︒換言すればこの時期の独占
の成立には根秤としての王権の存在︑乃至独占と王権との結合の問題が基本的問題として登場してくるのである︒
次にこの時期の独占は︑他方においていわゆる資本主義的独占︑換言すれば資本の集中・集積に伴つていわば資
本の力の自律性に基いて形成される独占と対比されねばならない︒この独占が経済体制としての自由主義を前提と
し︑産業資本自らの法則によって形成されたものであることは説くを要しない︒これに比べる時は︑絶対主義期の
独占の形成は︑独占者の有する資本の力のみに基くものではなく︑むしる外的の強力な力すなわち王樅を必要とし
﹁ 三 つ の 主 要 な る 控
( 4 )
壁﹂として﹁国王から授与される特権︑法律によるところの国内競争の抑圧︑保護的貿易政策﹂をあげているが︑
独占形成の点から見れば︑その中最も始源的且つ基本的のものは後に述べるように︑王からの特権の授与であった
初期独占における﹁取益特権﹂
の如くである︒
J.
u•
Nef•
Th e R i se o f t h e B r i t i s h C oa l
Industry•
2
v o l s . 1 93 2 ; I nd u s tr y a nd G ov er nm en t i n Fr an 8
an d E n gl a n d, 15 40
ー
︒・1史0 1 9 4 0
;
T ••
he Pr o g re s o f s T e
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n ol o g y a nd th e Gr ow th f o La rg e S c a l t
‑ I n d u s t r y , 1 54 0 11
史S
. . (E t. H. R. ︑ V . 1 , 19 34
; E . M , C a r u s ‑ , W i l s o n l E ss ay s i n E co no mi c H i s t o r y t 1 9 5 4 , ) ;
T ••
he n d I u s t r i a l R ev o l ut i o n R e c "
o n . s i d e r e d "
(J•
Ee•H.
`nI•1•
1 94 3 ) : t u :
山栄﹁イギリスにおける﹃初期産業革命﹄と特横マニュフアクチャー﹂︵前褐︶︑拙稿
﹁産業革命における連続性の問題﹂︵﹁社会経済史学﹂一八の五︶等参照︒
囚r
v y ,
Mo g o
苫
l i e s
,
p .
4 3 .
ところでこのように︑この時期における独占の形成に関しては︑王権の占める役割の重要性が認められるにして
も︑それと独占とは如刊なる関係において結合したのであるうか︒この点︑産菜独占の形成に関する限りは︑前期
的資本の法則性の中にその解明の鍵を求めることができるといいうるであろう︒そしてこの点から見る時は︑王権
はその経済的窮乏の程度に応じて前期的資本と結托して独占を作り出したと考えられるのであるが︑それは前期的
資本が絶対王政の上層における経済的基礎であることに由来するのであって︑従って独占の形成において政治権力
( 1 )
は産婆役にすぎなかった︑といわれている︒然し乍ら︑われわれの課題についていえば︑この時期の独占を単に産
業独占に限らず︑更に広い領域の牧益特権をも含めて考えたいと思うのであって︑従つてこの見地からその結合の
関係を考察することが必要となる︒そしてこの点に関しては︑例えばアンウィンの次のような説明を聴くことがで
きる︒すなわち﹁独占は実際において極めて多くの政治的・社会的・経済的諸問題を一挙に解決しようとした大胆
な方策であった︒・⁝:独占は王に金をもたらしてくれたのみでなく︑更に彼の支持者や臣僚に俸給や恩給や報酬を
支給することにもなったのである︒また同時に︑国内産業を奨励し︑
の支配から擁護し︑更に消費者に対しては適正な価格で立派な有用な品物の供給を保証しようとするためのもので
︵矢
u )
﹃投売﹄の弊害を防止し︑小生産者を資本家
10
II
いる
ので
ある
︒
i n i t s m o s t u n f o r t u n a t e
( 2 )
あった﹂と︒このようにアンウィンは独占形成の意図の多様性を認めている︒勿論︑
占がこのような意図を悉く実現したなどということを彼が説いているわけでは決してない︒いな︑むしろ産業にお
ける自由をその発展の基本的契機と見るアンウィンは︑この時期における産業発展の阻止的要因としての独占を最
( 4 )
も峻厳に︑時には憎悪を以つて︑批判している史家の一人なのである︒そのアンウィンが︑このように王権との関
オペ>イシ"ン連から見た場合の﹁作用﹂の多様性を明らかに指摘している︒換言すれば独占の形成は広く政治的・社会的・経
併せて独占の問題を考えることが︑
︵ 矢 口 ︶
こういったからといつて︑独
済的の問題と結合しているのであって︑われわれがそれを経済史上の問題として産業独占の問題にしぼる前に考慮
を及ぼす必要があるというのは︑この点にかかつている︒特に国内独占に関しては産業独占とともに牧益特権をも
この時期の独占の性格を明らかならしめる︱つの前提であるとなすのである︒
後に述べるように︑独占に基礎をおくこの時期の政治体制が﹁最も不幸なる形の封建遺制a
r e m n a n t o f f e u d a l i s m
( 5 )
f o r m
である﹂と説かれるのは︑からである。またヂェームズ女史は反独占運動に関説して「或る意味ではこの時代に試みられた凡ゆる改革ー~土
地改革・法律の単純化・産業の民主化等の改革ーー'はすべて反独占的のものであった﹂となしているが︑独占につ
・ ヽ ヽ ヽ ヽ
いては﹁テューダー朝及び更に著しくはステュアート朝における独占の特質は︑それが王の大権と密接に結合して
いたという点に存する︒独占が十七世紀前半においてあれほど激烈な抵抗の対象となったのは︑その憲政上の問題
︑
︑
︑
︑ (
︑
0)や経済上の影響を伴うところの•この事実であった」(傍点筆者)となして、独占を続る問題の焦点を王権において
このような把握は更に反独占運動の構成の問題にも当然関連をもつものとなる︒反独占運動は産業独占に関する
初期独占における﹁牧益特権﹂ 上述のような視点から王権と独占との結合を認める立場
点から広く考えられねばならないことを感ずるであろう︒ 初期独占における﹁牧益特権﹂
限りは経済闘争であり︑それに応じた抵抗の主体11反独占の階級が認められるわけであるが︑独占を更に広く考え
る時は︑それは憲政上の闘争であり王権への抵抗である︒然もこの二而が結合しているところに︑この時期の反独
占運動の特徴の存することは上述のヂェームズ女史の言の如くであって︑従って抵抗の主体も単に経済的観点から
把える以上の複雑さをもつていたことを予想しなければならない︒
が︑ただ一言附記するならば︑
﹁ 普
その抵抗が政治的機関としては議会に集約されていたことはいうまでもないにして
も︑それとともにしばしば閑却されている普通法裁判所乃至その法学者の役割を無視することは許されない︒
通法の法学者は王政とその機関に抵抗する力の中最も強力なものであった﹂とされ︑或は﹁普通法の法学者特にコ
( 7 )
ークは下院に対して王権との闘争における智的武器を供したのである﹂ともいわれているが︑そのことは独占への
( 8 )
抗争にも明瞭に示されている︒これらの諸点に関する普通法乃至その法学者の演じた役割を知るならば︑反独占運
動は広く王権に抵抗する諸勢力の運動であることが理解され︑
① 大 塚 久 雄
﹁ 近 代 資 本 主 義 の 系 譜
﹂ 上
︵ 増 訂 版
︶ 六 五 頁 以 下
③
G. U nw in , T he Gi l d s a nd Comp an ie s o f London,
2
e d .
19 25 ,
p p.
292 1
3.
③ 特 に エ リ ザ ベ ス 期 に お け る 独 占 許 与 の 意 図 の 多 様 性 は C . T. C a r r , S e l e c t C ha r t er s f o Tr ad in g C om pa ni es
̀
19 13 ,
I n ‑ t r o d u c t i o n , l x i i
‑ l x i くにも指摘されている︒
囚
G. Un wi n, t u S d ie s in E co n . H i s t . , p p
324‑7; .
c f . I n d u s t r i a l O rg a n is a t io n n i t he S ix t e en t h a nd Se v e nt e e nt h Ce n t u r i e s , p p.
194 1
5.
⑥
A . F r i i s , Al de rm an
g
ck ay
ne ︑
sP r
o je c at nd th e Cl o t h T ra d e ,
19 27 ,
p .
14 7.
⑥
Ja me s, u r P i ta n R e v o lu t i on , p .
13 1.
︵矢 口︶
ひいては初期独占そのものも一と先ず既述の如き視 ここにそれを詳しく述べることは許されない