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明治初期における外国地名の漢字表記について

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(1)

明治初期における外国地名の漢字表記について

著者 水持 邦雄

雑誌名 金沢大学語学・文学研究

巻 19

ページ 7‑11

発行年 1990‑07‑31

URL http://hdl.handle.net/2297/23735

(2)

福沢諭吉は、少年少女のために書いた啓蒙書『世界国尽』の中で次のように述べている。

ほず地名、人名等は、西洋の横文字を讃て、略その音に近き縦文字

鯵しひく》を音田ることなれば、古來鍬讓者の思々に色々の文字を用ひ、同・だつみつじ土地にても一一も一二も其名あるに似たり。又或は唐人の雛鐸書を見て其鐸字を眞似したるもあり。これは唐の文字の唐音を以そ診て西洋の文士曰に當たるゆへ、唐音に明るき學者達には分るくげ 現在、外国の地名を表記するには片仮名を用いるのが普通であるが、明治初期は、漢字で表記する方法が広く用いられた。そして、|つの地名が数種類の表記をもっている例も多くみられる。例えば、アメリカを表すのに「亜米利加」「亜墨利加」「米利堅」「墨利堅」「合衆国」「花旗」など様々な漢字表記例がある。本稿では、明治初期に教科書として用いられた『啓蒙智恵之環』注1(爪生寅訳述)を中心にして、このような地名表記の実態の一部をみていくことにする。

明治初期における

漢字表記の方法 はじめに

外国地名の漢字表記について

れども、我々共には少しも分ら輔

ここには、外国地名の漢字表記として一一つの方法が述べられている。|つは、その地名の発音に近い文字で表記するという方法、もう一つは、中国の書物にあるものをそのまま輪入するという方法である。アメリカを表記する「米利堅」「墨利堅」は前者の例であり、「亜米利加」「墨利加」は後者の例といえる。あらぴやえじぶと福沢自身も、「荒火屋」「衛志府都」など独特の表記をする一方、「亜細亜」「阿非利加」というような当時広く行われた表記も用いている。当時行われたそれぞれの漢字表記地名がどの程度一般的なものであったのか、また何種類かある表記例のうち、どれがよく用いられまた捨てられていったのか、この問題を考えるには、そのころの中国での表記例を調べておく必要がある。ここに一つの資料として、明治初期に「読本」科の教科書として用いられた『啓蒙智恵之環』をとりあげる。これは当時中国で、英語を学ぶためのテキストとして用いられた、「智環啓蒙」を訳述したものである。古田東朔氏の調査によれば、訳述にあたっては漢字表記はそのまま用いているという。よって『啓

水持邦雄

(3)

豪智恵之環』の漢字表記地名は、ほぼ当時の中国における表記の一往3例とみてよいであろう。

『啓蒙智恵之環』の外国地名表記

『啓蒙智恵之環』における表記例を一覧にしたものが左の表であ

る。他の書物と比べるために、『世界国尽』(福沢諭吉著)『西国立志編』(中村正直訳)の表記例もあわせて示した。同じ地名表記例がある場合には○で示した。記載のないものはその地名にあたる表記がない場合である。

③亜細琿 ①阿旅蘭

⑦亜謹 ⑤阿比西已 細耶 ②阿爪繭

⑧亜墨利加(あゐ

⑨合衆国 『世界国尽』の表記

(〕

鄭土△【 ⑩亜刺伯(あらびや)⑪英国(いぎりす)⑫英国(えいこぐ)⑬英国(ゑひこぐ)⑭英倫(いんぐらん)⑮是班牙伝すぱにや)⑯以太里(いたりや)

⑪⑳⑲⑱

填澳挨印 地大及土利利へへ へ亜えて

雄i

I)ら

や’)

_や 1211

⑳魯国(おろしや)⑮加掌他(かなだ)

⑳幾内亜(ぎにや)⑰支那(しな) ⑳魯西亜(おろしや) ⑫和蘭(おらんだ) ⑰印度(いんど)

22111 32 2111

荒火屋英吉利・英

埋衛天印大○○志笠度○

亜都利府地

西班牙

伊大里

金田

銀名

○太太班意以士 利利牙

士 班

俄荷澳澳澳

羅○蘭○士士士 斯太地地拉利利

○○

①阿旅蘭(あいるらんと)1愛蘭

②阿爪蘭(あいるらん)

③亜細亜(あじや)

④亜細亜(あじあ)⑤阿比西尼亜(あびしにや)1阿彌志仁屋

⑥阿非利加(あふりか)

⑦亜弗利加(あふりか)

⑧亜墨利加(あめりか)5亜米利加

亜米利加

彌利堅⑨合衆国(かつしうこぐ)1亜米利加合邦

彌利堅合邦 『啓蒙智慧之環』の表記用例数『世界国尽』の表記『西国立志編』の表記

(4)

⑱尼給魯倫(不明) ⑳支那(から)⑳暹羅(しやむ)⑳新西蘭(しんじいらんど)1新地伊蘭土地伊蘭土⑪蘓格蘭(すこつとらん)1蘇格蘭⑫土耳其(とる一二1土留古⑬波里尼西亜(ばりわしや)1⑭巴巴利(ばるばりじ1馬留馬里伊⑮比利時(びるぎい)1白耳義

⑳佛蘭西(ふらんす)⑰佛国(ふらんす)1佛⑬不列顛(ぶりたにあ)

⑳字魯士(燗ふろひせん)1普魯士・魯⑩巴西(ぶらしる)1武良尻

、波斯(ぺるしや)2遡留社

⑫波斯(くるしや)

⑬波蘭(ぽうらんど)

、葡萄牙(ほるとかる)⑮馬来西亜(まれいしゃ)1

⑯墨西寄(めきしこ)1女喜志古

⑰勵羅巴(ようろつば〉

)|、’○

白耳義法蘭西

法国・法

普魯社 蘇格蘭・蘇国蘇葛蘭突厭 牛西蘭

○○

以上の七○例である。④「亜細亜」、⑪「英国」、⑰「印度」、⑳「和蘭」⑳「魯西亜」、⑭「葡萄牙」、⑰「欧羅巴」は、それぞれ『世界国尽』『西国立志編』両書にも同じ表記がある。遠藤好英氏作成の「外来語の漢字表記一加4覧」によっても、この表記は広く一般的に用いられたようである。⑩「亜刺伯」、⑲「挨及」、⑳「加掌他」、⑪「波斯」は、『西国立志編』の表記と一致し、『世界国尽』と一致しないものであるが、これらも、当時一般的に用いられた表記である。これらは、『世界国つど金尽』における表記が特殊であるというべきで、「勉て日本人に分り易柱5き文字を用いるやふにせり凸という福沢の表記に対する考、えの表れてある。福沢がギーーアに「銀名」、トルコに「土留古」、バルバリイに「馬留馬里伊」、ブラジルに「武良尻」、メキシコに「女喜志古」とあてているのも同様の考えからであろう。その他注意すべきものについていくつか述べる。アフリカには⑥「阿非利加」が四例、⑦「亜弗利加」が一例となっているが、他書をみると当時多く用いられたのは⑦の方である。『世界国尽』には⑥の表記があり、福沢は何らかの中国の書物の表記例を参考にしているのであろう。⑧アメリカには「亜墨利加」があてられている。『世界国尽』『西国立志編』両書にみられる「亜米利加」も代表的な例であり、どちらも広く用いられていたようてある。後に「亜米利加」が一般的な表記となっていくが、これは「墨」がメキシコの「メ」の専用になっていくとともに、紛らわしさをなくすためこのように変化したの注6である。イタリアは「意大里」「伊太利」「以太利」など様々な表記がある

(5)

がこの⑯「以太里」という表記は他書にはみられないようである。あびLにやきにばりれしゃばるばりい⑤「阿比西尼亜」、⑳「幾内亜」、⑪「波里尼西亜」、⑭「巴巴利」、ふるびせ人⑲「字魯士」は、『世界国尽』『西国立士心編』の他「外来語の漢字表記一覧」等にもみられない珍しい表記である。また振仮名によれば、「あいるらんと」と「あいるらん」、「あじあ」と「あじや」のように称呼のしかたに若干のゆれがみられるものがある。⑳「しんじいらんど」も今回の調査中一昴例しかみなかった。

『啓蒙智恵之環』には、普通名詞の外来語で漢字表記されたもの

17もあるので、それを次に示しておく。阿芙蓉(あへん)加非(かうひい・こうひい)膠(ごむ)樹脂(ごむ)樹膠(ごむ)脂(ごむ)腰衲(ぢやけつ)石瞼(しやぼん)美汁(すうぷ)股引(すぼん・づぼん)千牛酪(ちいす)胴着くちよつき)亜鉛(とたん)牛酪(ばた)日牛酪〈ばた)蒸餅(ばん)玻璃(ぴいどろ)硝子(ぴいどろ) 外来語の漢字表記 おわりに

一九世紀以降、中国には多くの西欧の宣教師が訪れ、西欧の書物 を漢訳していた。この漢訳されたものに訓点が施された後、日本で

も出版され、当時洋学を志す人々の学習書となったのである。

『智環啓蒙』の再版本に訓点を施している柳川春三は、幕末期に

注8

刊行された「官板バタビヤ新聞」に関っている。佐伯哲夫氏の調査

によれば、この「官板バタビヤ新聞」には、『啓蒙智恵之環』と同じ地名表記例が多数あるという。

外国地名表記一つをとっても、漢訳洋学書の日本語に与えた影響

は大きいということができる。(注)

1天保一三年生まれ。漢字、蘭学、英語を学び、大学教援、文

部省、大蔵省の役人となる。著書『日本国憲』(明咀)など。

2『福沢論吉全集第二巻』岩波書店(昭蛆) 3古田東朔「『啓環啓蒙』と『啓蒙智慧之環』」『近代語研究

第二集』武蔵野書院(昭咄)所収

この調査によれば、『智環啓蒙』には初版本と再版本があり、 『啓蒙智恵之環』は再版本をもとに訳述されたことが報告され

ている。

今回調査に用いた『啓蒙智恵之環』は明治七年版の第三版に

銭業(ぶれつき)羅(ぶらんけ)

10

(6)

・西浦英之「幕末について」昌霊・小林雅宏「明〉集8』(昭散) (参考文献)|西浦英之「幕末・明治初期(について」『皇学館大学紀要 7易」ダ:漢語」たい。8,淫6 6佐伯哲夫「維新前後の新聞に見る外国地名の漢字表記」佐伯 5忠圧2 あたるものである。h4遠藤好英「外来語の漢字表記一覧」佐藤喜代治編『漢字講座9近代文学と漢字』明治書院(昭餡)所収、人名篇、地名篇、普通名詞篇とわかれP利璃寳『坤輿万国全図説』剛から明治、大正に至る多数の語例が収録されている。哲夫『現代語の展開』和泉書院(平1)その他この書に関しては、拙稿「『啓蒙智恵之環』の漢字ヴ藷」『深井一郎教授退官記念論文集』(平2)所収を参照され

「明治初期の翻訳書からみた外国地名表記」 明治初期の新聞にあらわれた外国名称呼・表記第九輯』(昭妬)

{⑪

、●卜げ (川越東高校教諭) 『文研論

11

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