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算数・数学教育とソロバン

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Academic year: 2021

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論 文》

算数・数学教育とソロバン

上 野 健 爾

は じ め に

学校教育においてソロバンをどう使うかは明治 以来, 大きな問題であり, なお決着がついたとは 言い難い現状である。 岡部恒治, 西村和雄両氏を 中心として編まれた自学自習用の教科書 学ぼう!

算数 ([1]) では小学校低学年ではソロバンを積 極的に取り入れているが, 残念ながら問題を解決 しているとは言い難い。 本稿ではソロバンの抱え る長所, 短所を取りあげ, ソロバンを算数・数学 教育にどのように取り入れることが可能であるか 論じることにする。

数学とは何か

数学は古代の各文明で数と図形に関する技術と して誕生した。 商業, 土地の測量, 租税, 土木工 事, 建築など, 社会生活を営む上で数学は必須の ものであった。 古代バビロニア, 古代エジプトの 数学を学んだ古代ギリシアでは数学を社会生活を 営むために必要な技術を越えて, 論理を使って理 論を説明する学問としての基礎付が与えられ, 今 日の数学へと引き継がれていった。 その後, 17 世紀ヨーロッパにおいて, 主として大砲の弾道の 研究から変化するものを記述する数学が必要とさ れるようになり, 函数概念が誕生した。 今日の科 学技術文明では変化する量が大切な役割を果たし ているが, それを取り扱うのを可能にするのが函 数の考え方である。 明治政府が小学校教育に和算 をやめて西洋数学とその基本となる筆算を取り入 れたのは, 軍事や工業分野では函数概念を持たな

かった和算では対応できず西洋数学を使わなけれ ばならなかったことに起因している。 またソロバ ンは数の四則演算を行うことはできるが, 函数の 計算を取り扱うことはできない。 函数を扱うこと を可能とするために明治政府がソロバンを捨てて 筆算を小学校教育の基本に据えたことも同様の理 由である。

江戸時代と明治以降のソロバン教育の 相違

江戸時代には計算手段としてはソロバンしかな かった。 しかしながら江戸時代のソロバンの学習 書は単にソロバンの使い方を説明するのではなく, 種々の興味ある数学の問題を, ソロバンを使って 解かせていた。 そうすることによって, ソロバン を単に計算の道具としてではなく, 数学を学び考 えるための道具として捉えていた。

一方, 明治時代以降, 学校教育から分離された ソロバンは数値計算の道具として生き残りをかけ ざるをえなくなった。 もちろん, それは, 函数の 数値計算ではなく, 日常生活における数値計算で あった。 そのために, 速く正確に計算することが ソロバン教育の目的となり, その目的のためにソ ロバン学習の多くの時間が使われることとなった。

その一方で, 技術計算では対数尺が用いられて きた。 しかし, 電卓さらにはコンピュータの急速 な発展によって, 表計算ソフトの進化や, 文字式 や函数の計算までもできる数式処理ソフトの進化 によって, ソロバンによる計算も, 計算尺による 計算も函数電卓やコンピュータで代替できるよう になり, 計算尺は既に歴史的な役割を終えている。

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ソロバンはなぜ存続できたか

一方, こうした観点からは計算尺同様に消えて も不思議でないソロバンが今なお使われている理 由は何であろうか。 その一番大きな理由は, ソロ バンは今日の数字の記法のもとになっている10 進位取り記数法を大変じょうずに表現でき, 足し 算, 引き算では筆算以上に理解しやすい面がある からである。 これまでの日本の小学校低学年の算 数教育では, 位取り記数法を理解させるためにタ イルが使われてきたが, ソロバンはタイルよりは 幾分抽象的であり, その一方で取り扱いが便利で あるという側面がある。 従って, こうしたソロバ ンの特質を算数教育に生かす試みが行われている。

岡部, 西村氏による 学ぼう!算数 (数研出版) はそうした試みを積極的に行っている。 そこでの ソロバンの使用は, 位取り記数法の理解のための 教具としての位置づけが主要であるように見受け られる。

一方, 珠算関係者の中にはソロバンをもっと積 極的に小学校教育に取り入れるべきであるとの意 見がある。 ソロバンを使った方が筆算よりも簡単 に計算できる場面が登場するのがその理由である。

しかし, 算数が中学校・高等学校の数学へと続い

ていることが忘れ去れた主張であることが多い。

また筆算が10進位取り記数法に基づいて計算を 行うのに対して, ソロバンでは5・2進法, 5進 法と10進法との混交, に基づいて計算が行われ るので, 技術的には筆算より難しい面がある。

小学校における筆算教育の重要性

小学校算数はそれ自体で閉じているものでなく, 中学校, 高等学校の数学に直接つながっている。

日本だけが小学校での数学を算数と呼んでいるた めに数学と違った易しい教科のような誤解を受け ているが, 算数で取り扱う題材は数学的に考える と実はきわめて難しいものである。 さらに, 小学 校における整数, 分数, 小数の四則演算の筆算は, 中学校以降での文字式の演算, さらには函数の演 算へと続き, そのための準備ともなっている。 従っ て小学校での筆算は将来の数学の学習を考えれば 必ずマスターしなければならないものである。 ソ ロバンで代替することのできないものがあること は十分に留意すべきである。 また, 計算に限って もソロバンで代替できないものがある。 それが分 数の計算であり, 比例計算である。 こうした計算 をソロバンで行うことは不可能ではないはずであ るが, 不思議なことにソロバンで計算するための

ぢんこうき記 江戸時代を通して一大ベストセラーとなった吉田光由著 塵劫記 をまねて出版されたソロバンの教科書。 ソロバンの計算法だけで なく, 塵劫記 の興味ある問題を収録している。 文政元年 (1818) 刊。

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アルゴリズムは確立していない。

一方, 小数の計算に関しては, ソロバンはきわ めて有効である。 しかし, 有理数を小数に直して 循環小数を出す計算では, 筆算であれば, たとえ ば1/7を計算すれば計算結果から2/7の小数展 開も直ちに分かる。 ソロバンでは途中の計算過程 が残らないのでそのつど計算しなおす必要があり, その意味では教育的でない部分もある。

ところで, 比例の概念は中学校数学の函数概念 へと発展していくが, 函数概念の理解を確実にす るためには比例の計算をマスターしておく必要が ある。 また分数計算は中学校, 高等学校で方程式 の解法や, 函数に値を代入する計算において必要 になる。 現在の中学校の数学教科書では分数計算 を避けた例題が用いられ, 結果として生徒の理解 の質を低下させている。

中学校, 高等学校における筆算は主として式の 変形と関係し, ソロバンで代替することはできな い。 ソロバンでは多項式は表示できない。 まして や函数を表示することはできない。

このように考えてくると, 小学校低学年でソロ バン計算を学習させることは, 筆算を学ぶ必要は ないという誤解を生む恐れがある。 また逆に, 筆 算を強調すればソロバン学習はおろそかになる。

このジレンマの有効な解決策が必要である。 ソロ

バンと筆算を同時に学習することは小学校低学年 の生徒には過大な負担を強いることになりかねな い。 このように, ソロバンを算数教育に導入する とすれば慎重な検討が必要となる。

忘れられたソロバンによる計算

小学校算数で特に難解とされるのがつるかめ算 などの, 連立方程式を使えば簡単に解ける問題を 方程式を使わずに, いわば頭の体操で解く問題の 存在である。 こうした問題を考えることも小学校 の一時期には必要であると考えるが, 過度の訓練 は無意味である。 むしろ, 方程式を使うといかに 問題を簡単に解くことができるかを実感させるた めの準備として有用である。

ところで, 古代中国ではこうした問題は行列の 計算に類似の方法で解いていた。 古代中国では漢 字の数字では計算に不向きであるので, 竹や金属 の棒 (算と呼んだ) を使って数字を10進位取 り記数法に従って表現して計算していた。 後にソ ロバンが普及してくると算による計算は行われ なくなってきた。 連立方程式も複数のソロバンを 使って解くことが行われるようになった。 このこ とは現在ではほとんど忘れ去れている。 整数係数 の連立方程式であれば解はほとんどの場合分数と

九章算術 第八章 「方程」 この章の名称から 「方程式」 という用語が誕生 した。 最初の問題は三元一次連立方程式の問題である。

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なる。 中国数学の出発点となった数学書 九章算 術 の解法はそのため, 各未知数に対する1次方 程式を導くことによって分数計算を巧みに避けて いる。

珠算算法とアルゴリズム

ソロバンを使った計算は, 計算のアルゴリズム に則って行われている。 ソロバンが計算機として の役割を果たしていたときには効率よく計算を行 うアルゴリズムを見いだすことは重要なことであっ た。 それは, おそらく経験によって見いだされて きた部分が多いと思われる。 しかし, 現在必要と されているのは珠算算法のアルゴリズムの理論的 な説明である。 すなわち, 珠算算法を計算のアル ゴリズムの観点から見ることによってアルゴリズ ムを学ぶよい練習になることである。 そこには, アルゴリズムのもととなる数学の理論があり, そ れを学ぶ良い教材ともなる。

また, 小学校, 中学校においては, 筆算で計算 してもソロバンを使って計算しても何故同じ答え がでてくるのか, その理論的な説明をすることは, 10進位取り記数法に基づく計算の原理とそのア ルゴリズムを深く学ぶ機会となる。 特に, ソロバ ンでは珠の動きによってアルゴリズムを目で見る ことができる点で, コンピュータのプログラムを 使ってアルゴリズムを学ぶよりもはるかに有利な 点を持っている。

以下アルゴリズムと数学理論の観点から, ソロ バンによる主要な計算について論じる。 ソロバン による計算法の集大成は[2]に見ることができる。

加法・減法

整数の計算では減法を繰り返すことによって, 割り算の余りが計算できることを実際に行うこと と, その理由を理解することはきわめて教育的で ある。 コンピュータの内部でも同じ原理で割り算 が行われていることにも言及すべきであろう。 ま た, 補数を使って減法を加法に替えて計算する方 法は教育上もっと重要視すべきである。

乗 法

筆算での計算は尾乗法 (1の位から掛け算を始 める計算法) で行われ, ソロバンでは頭乗法 (一 番上の位から掛け算を行う計算法) が現在普通に 行われているが, 両者の計算で同じ答えが出るこ とを理解することは, 位取り記数法に基づく計算 の原理を理解する上で恰好の教材である。 また, ソロバンでも, 筆算と同じ計算ができること, さ らには, 実用的ではないが, どの位から計算して も, 位取りさえ間違えなければ正しい計算が筆算 でもソロバンでもできることを示すことは教育上 大変意味のあることである。 また, 頭乗法による 計算は無限小数 (ソロバン上では有限桁までしか 置けないが) の計算に有効であり, 無限小数の近 似計算はソロバンで積極的に取りあげる必要があ る。

除 法

除法は古来難しい計算に属していたようで, 珠 算算法でも一番興味ある題材である。 いろいろな 算法が知られているが, 現在の掛け算九九を用い た割り算ではなく, 割り算の九九を用いた計算法 の仕組みを理解することは初等整数論の問題とし て非常に興味ある題材である。 また除法算法をア ルゴリズムの観点から考察することはアルゴリズ ムの役割と理解への素晴らしい教材となる。

最大公約数 (ユークリッドの互除法)

二つの数の最大公約数を求めるソロバンのアル ゴリズムは, いわゆるユークリッドの互除法その ものである。 ただし割り算を直接行わずに, 引き 算で余りを求める方法が主として行われているが, この部分は直接割り算を行って余りを求める方法 も行って, ユークリッド互除法そのものであるこ とをはっきり理解させる必要がある。

開平・開立

これも, アルゴリズムの観点から大変興味深い 題材であり, 実際に開平・開立の計算に熟達する よりも, 算法のアルゴリズムを理解する教育を行 うべきである。

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検算法

九去法が有名であるが, 珠算における検算は初 等整数論の合同式による計算, いわゆるmodを 使った計算に基づいている。 このことは, ソロバ ンと初等整数論とを結ぶ重要な題材であり, 珠算 界はもっと注目すべきである。

初等・中等教育における珠算の役割

上述したように, 初等・中等教育の数学をソロ バンだけを使って展開することは不可能である。

また, 筆算を学ぶことは中等教育の数学を学ぶた めには絶対に必要なプロセスである。 この部分を 電卓で置き換えることも, ソロバンで置き換える こともできない。 筆算は, 文字式や函数を表示す るための準備段階としての意味を持っているから である。 しかしながら, ソロバンは計算過程が目 に見えること, また算法がアルゴリズムに基づい て行われており, しかもその一つ一つの過程を目 で見ることができることで, 電卓, あるいはそれ を更に高度化したグラフ電卓やコンピュータでは 実現できない有利な点をもっている。 その点を初 等・中等教育で生かすべきである。 単に, 計算機 器としての役割に矮小化した現在の小学校でのソ ロバンの導入は根本的に見直すべきである。 ソロ バンは筆算で行う計算がどのような意味を持つか 反省させる教材であり, それ以上に, 計算のアル ゴリズムが何を意味するかを問いかける教材であ る。 したがって, ソロバンを使って計算法の導入 は筆算に習熟した後で行うことが望ましいと思わ れる。 また, 無限小数の計算を行うことは, 現在, 初等・中等教育のどの過程でも行われていないこ とであり, ソロバンで計算を行うことは大変意味 のあることである。

算数・数学教育におけるソロバンの役割

算数・数学教育にソロバンを導入することに関 しては二つの立場が考えられる。

(Ⅰ) 算数でソロバンによる計算を小学校1年 生から取り扱うのであれば, 分数計算, 比

例計算がソロバンを使ってもできるように ソロバンでの分数表記, および四則演算の アルゴリズムを開発すべきである。 その場 合は中学以降の筆算とどのように折り合い をつけるのか, 明確な方針を示す必要があ る。

ソロバンは得意だが, 算数・数学は苦手 では義務教育にソロバンを導入する意味が ないどころか, 害になる。

(Ⅱ) 以上と正反対のアプローチも考えられる。

ソロバンで計算を行うことは目的としない。

ソロバンの計算法を学ぶことによって, ソ ロバンおよび筆算の計算のアルゴリズムの 意味を理解することが可能になる。 特にソ ロバンの割り算九九による計算法はアルゴ リズムの意味を理解させるのに役立つであ ろう。

このアプローチを取るのであれば, 小学 校低学年におけるソロバンは位取り記数法 の理解のための手段として主として用い, ソロバンによる本格的な四則演算(特に掛 け算, 割り算)は小学校3年生又は4年生 から始める。 その際に, ソロバンでの計算 が速くできることを目的にせず, 計算のア ルゴリズムを理解することを主要な目的と する。

この立場に立てば, ソロバンの学習は最 大公約数の計算法, 複数のソロバンを使っ た連立方程式の解法, 開平・開立法まで含 めて少なくとも中学校まで続けることがで き, また続けることが望ましい。

これまでの考察からは上記(Ⅱ)の方がソロバン を算数・数学教育に導入する効果が大きいと思わ れる。

文 献

[

1

] 岡部恒治・西村和雄編著 学ぼう!算数 数研 出版

[

2

] 山崎輿右衛門・戸谷清一・鈴木久夫著 「珠算算 法の歴史」 森北出版

参照

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