第 4章 サハ リン住宅企業の実態 と 北海道企業 との協力可能性
商学科 李 済民
第 1 節 サハ リン住宅企業のケース
昨今 ロシア極東地域 に対す る関心が高まっている。 とりわけサハ リン池 田 ・ガス開発 が 本格 的に進 め られ る様 にな り、北海道の経済界 も、堀知事のユ ジノサハ リンスク訪問 に見 られ るよ うに、や っと慌 ただ しい動 きを見せ てい る。いままで ロシア と 日本 の経済交流は けっ して順調 とはいえない。その 中で も北海道企業は、その地理的な優位 を生かす ことな く、常に後手に回ってい る。 はた してサハ リンプ ロジェク トⅠとⅡに代表 されてい る、大 陸棚油 田 ・ガス開発は噂 されてい るよ うに量 ・質 ともに商業ベースで十分な国際競争力 を もつ もので、近い将来アラスカ並 の豊か さをサハ リンにもた らし、 さらには隣国である北 海道 に も恵み の雨を降 らす のかについて 7 月末に小樽商科大学で 6 人の調査チームを編成 しユ ジノサハ リンスク‑飛んだO この現地調査の中で思わぬ収穫が得 られたOそれはサハ リン州で住宅事業 を営む ( 樵)ア コメブ ・アナム社の コン ・チ一 ・エ ン社長 との偶然 の出 会いであった。 ちょうどその時サハ リン Ⅲの外国人村の競争入札に 日本企業 と組んで参加、
残念 なが ら落札には至 らなかった苦い経験 を持つ コン社長は、何 として も次なるビジネ ス チ ャンスに生かすために 日本企業 との新たな協力 とその成功のために苦心 していた
Cここでは先ず 、サハ リン住宅産業の実態 をより正確 に把握す る好材料 として、 コン社長 が経営す る主力企業の 「 メ‑ペ ソ 」 「 アコメブ ・アナム」の事業活動 と経営戦略について述 べ ることにす る。
(1)「メーベ リ」社及び 「 アコメブ ・アナム」社の概要
メ‑ベ リ社は コン ・チ一 ・エ ン氏が理事会会長 を務 め、弟の コン ・チ一 ・ホ‑氏が副社 長を担 当す る生産 コ‑ベ ラチー フで、次のような基本的活動を行 う
,̲①産業や 市民 向けの建設 にお ける木工 ・建設仕事 ( サハ リン南部での シェアが 80% ) 及び木工 ・大工仕事 ( 製品)、住民用 の軟質の建物用家具製造O
・
t B) f 1 9 9 6 年には連邦プ ログラム 「 マイホーム」に対応 した木造パネ ル住宅の製造 ・販売。
③建設及び建設修理活動。
一方、アコメブ ・アナム社は、社長はコン ・チ一 ・エ ン氏、社長代理 をコン ドラチ ェフ 氏がつ とめる もう一つの柱 になる会社で、主にイ ンフラ及び 自前の生活 関連施設 を装備 し た、低層住宅、社会文化生活施設、工業用建物の総合的企画設計を担 当 している。
65
しか しなが ら両社の活動領域 はなかなか分離 Lがた く、組織面や活動面においてかな り の部分でオーバー ラ ップ してい るC いずれ にせ よ 日本的に解釈す る と、 コン社長一族 に よ る家族経営の色彩が強い中小企業である。ただ、「 アコメブ ・アナム」社は韓国の木材 窓枠 の メーカーであるアナム社 との合弁企業 としてスター トしてお り、かつては韓 国式の襖や 窓枠 な どを韓 国アナム社 の技術者 を招いてサハ リンで生産 していた とい う。今では、 当の 韓国アナ ム社 が倒産 してお り、名 前だけが社名 に残 ってい る。 ロシアではいったん合弁契 約 を解 消す る と、新たに申請 ・許認可がお りるまで長い時間 と面倒 な手続 きを要す るた め に形 と して合弁 とい う形式を残 している とコン社長は説明す る。 また、同社 は 日本の三菱 商事 とも提携 を結び、前述 したシェルフ関連の外国人村のための競争入札に参加 してい る。
当社は上記のプ ロジェク ト実施のため 、1 996 年 3 月 25 日付 けのユジノサハ リンス ク市 長決定第 396 号に基づいて正式作成 された 、96 年 4 月 2 目付け賃貸契約第 300 号 に従 って、低層住宅建設のための土地 を所有 している。その広 さは 28 万 76 平方 メー トルで、
ユジ ノサハ リンスク空港 と市内の間に位置す る平和通 りの東側 の実に環境 の良い ところに ある。ただ、厳密 に言 うと当社 の所有 とい うのは語弊があって、よ り詳 しくは 、1 992 年 3 月 1 9 日付 けの ロシア政府決定第 177 号及び 95 年 2 月 1 日付け決定第 96 号に基づいて 上記の土地区画の 占有者 ( 賃偲者) になっている。 「 アコメブ ・アナム」は賃貸契約 に従 っ て、建築基準法等 に従い、関係監督機関 との協議 の上で、 どの様 な建設活動 をも実行す る 法的権利 を有 している。 この点に関 して真の所有者であるユ ジノサハ リンス ク市当局の同 意 を得 てい る. 二 ( 同社はユ ジノサハ リンス ク市長決定第 396 号及び ロシア連邦政府 国家 建築管理局ユ ジノサハ リンスク駐在管理官の許可文書を有 している。)
(2) ロシアの建設業界の管理体制 とコン ・チ一 ・エン氏
ロシアでの建設業界の管理体制は、投資者‑発注者‑請負業者‑下請業者 のよ うにパー テ ィカールな関係 になっている。
生産 グ/ レ‑プ 「 メ‑ベ リ」は、プロジェク ト全体の元請 け業者 になることもできる し、
その一部 の請負業者及びパー トナー になることもできる。一方、元請 け業者 になるライセ ンスを有す る 「 ア コメブ ・アナム」の場合、そのほ とん どの技師技術者 が 「 サハ リン民需 企画設計所」や 「 サハ リン水利建設企画設計所」で 4‑ 20 年 の勤務経験 を有 してお り、
経営者 の コン ・チ一 ・エ ン氏に至 っては 35 年以上企画 ・建設職務 に従事 し 、 22 年 にわ た って企画設計業務 に従事 してい るその道のプロー フアである。 ちなみ にコンさんの略歴 を紹介す ると、韓国系 2 世 としでユジノサハ リンスク市に生 まれ育 ち ( 1 943 年生まれ、現 在 55 才) 、1 968 年にハバ ロフスク総合技術大学建築学部 を卒業後 、78 年 までの 10 年間 サ‑ リン州立設計事務所勤務 、7 8‑90 年 までの 12 年間国立設計事務所勤務 を経て 、1 990 年 にス ピンオフ し、株式会社 「 メ‑ペ ソ」を設立 し、経営者 として独立 してい る。
氏は この間数 々の主要プ ロジェク トに関与 している。い くつか リス トア ップ してみ る と、
ユ ジ ノサハ リンス ク市のサハ リン海洋音響学総合研 究所 の建物、ユ ジノサハ リンス ク市の 保養 セ ンター 「山の空気」 のジャンプ台 ( 金属構造)、同 じくユ ジノサハ リンス ク市の民間 組織 の建物 ( 最初 の垂直懸架パネル)、ホルムス クの市委員会建物 ( 一体型 の骨組み とその カバー)、ポ ロナイス クの商業セ ンター、ホ ルムス クのデパー ト、 「 マ リノフスキー」 ソフ ホー ズ ( 産業一生活用建 設、低層住 宅建 設、プ ロジェ ク トを企画設計 し、モ ス クワで承認 され た)、 「ミツ レフス キー」 ソフホーズの燃料 ・エネル ギー部 門 ( 産業一生活用建設 、低 層住宅建設、企画設計 し、モス クワで承認 された : 1 984 年価格で 1 億 9 千万ルー ブル)
氏は この よ うに長い間培 った設 計関連 の専 門知識 と、持 ち前のバイ タ リテ ィ溢れ る積極 的 な経営姿勢 でペ レス トロイカ以 降の困難 な時代 を乗 り越 え、 まさに躍進す るサハ リンの 住宅建設 を担 い手 と して注 目を浴 びてい る。勿論経営者 としてのキャ リアは まだ浅いが 、 未来 を見つめるその強い信念 と雄大 な どジ ョンは 目を見張 るモ ノがあ る。以 下では氏が独 立後手掛 けてい る主なプ ロジェク トを振 り替 えてみ る。
(3) 「メーベ リ 」 「 ア コメブ ・アナム」の今 までの活動実績
1) 「 露 目友好会館」 ( ユ ジノサハ リンス ク市) 参加者 :
・ 3) 投資者 ;み ちの く銀行 、青森県 日露友好協会、
サハ リン州行政府、ユ ジノサハ リンス ク市行政府
②発注者 :ユ ジノサハ リンスク市の MP 「 市建設発 注センター
」③請負業者 :生産 コー ポラチーフ 「メ‑ベ リ」 ( ター ンキー方式での建物建設) サハ リンス トロイ ( 生活基盤網 、設備整備 、緑化)
④ 「メ‑ベ リ」 の下請業者 :
SU‑4 : 土木工事、準備作業
ITSP 建設企業 「 ザ リヤ」:一般 的建設工事の‑ 一部 有 限会社 「 鉄鋼構造材 」:金属支持枠組みの組 立
この時、 コン社長 の工夫 に よって、この タイプの建物ではサハ リン州 で初の金属支持 枠組み、 一 一体型 の屋根小屋組 、韓国企業によって納入 され た ALK タイプの軽量ブ ロ
ックに よる枠組み の被覆が適用 された
。.2) 「ピレンガ合 同」 の管理棟 ( 玄関の装飾) 発 注者 :「ピレンガ合 同」
請負業者 ; 「 アコメブ ・アナム 」
装飾用資材 は韓国企業 「 アナ ム」によって供給 された。
3)
「ロスネ プチ ・サハ リンモルネ フチガス」 ( ユ ジノサハ リンス ク市) の管理棟 発 注者 ;上記企業
67
請負企業 ; 「 アコメブ ・アナム」:玄関の装飾、窓 と ドアの取 り替 え
4) そのほかに も、マカ ロフ地区において、「 アコメブ ・アナム」社は市庁舎 をは じめ 4 つの社会文化生活施設に独 立の熱供給施設を試験的に設置す るなど、 広範囲にわたっ て総合住宅メーカー として着実にその地位 を構築 している。
(4) サハ リンの環境変化 と当社の対応戦略
現在 サハ リンでは住居環境が大 きく変化 しつつ ある。現在 、サハ リンの市民の多 くがす んでい るアパー ト ( いわゆる集合住宅)は、過去 3 0 年 の間建設 された手狭な 2DK タイプ が主である。 ところが近年急増 しているサハ リンのニュー ・リッチ層は奇麗 な一戸建 てを 望んでい る。例 えば、ユ ジノサハ リンス クの駅前にある市民 向けの様 々な生活関連情報が 載 る掲示板のほ とん どは、住宅関連 の不動産情報だ といわれている。大 きく分 けて 3 つの 分野でサハ リンの住宅関連需要が今後飛躍的に増大 され るモ ノと予想 され る。 「 マイホー ム」プラン、サ‑ リン大陸棚の開発 のための外国人村、そ して数年前にお きたサハ リン北 部での地震 による被災者 向けの住宅団地建設である。 ここでは、それぞれ に対 し、 「 メ‑ベ
リ」 グ′ レ‑プの取 り込み状況を簡単に説明す る.
1 ) 「 マイホーム」プラン
ユ ジノサ‑ リンスク市の 「 ジマ」住宅地域の第 6 と第 7 ブ ロック (28 ‑ クタール) に ある、 「 アコメブ ・アナム」社に割 り当て られた土地に低層個人住宅の実験的建設の展示 ゾ ー ンが組織 されている。
①発注者 :サハ リン州行政府基本建設部
MP 「 市建設発注セ ンター」
②請負業者 :サハ リンス トロイ、
「 アコメブ ・アナム 」
生産コ‑ベ ラチー フ 「 メ‑ペ ソ」
( 卦デモ ンス トレーシ ョン工場 ; 「 メ‑ベ リ 」
④全般的企画管理者 :「 アコメブ ・アナム 」
⑤企画設計組織 ;地域企画設計所 「 サハ リン民間設計所」
⑥ プ ログラム実施管理者 :サハ リン州行政府建設局
なお、所要資金額 とその調達先については次の ようにまとめられてい る。
① 州 と市の予算で、デモンス トレーシ ョンゾーンのための生活イ ンフラ整備 を行 う
Cそのために 96 年までに 40 億ルーブル以上が支出され るG
② 同年 末 まで に 「ア コメブ ・アナム」、 「メ‑ベ リ」、サハ リンス トロイ、サハ リン
民間企画設計所 は 自己流動資金 を 35 億ルーブル以上支出す る。
③ 翌年 の 9 7 年 には、住宅建 設 ク レジッ ト ( 1 0‑25 年 の住宅 ロー ン)制度 のために予 算か ら住宅建設 をす る住民‑の長期信用 のための資金 を支出す る。
( 州投資資金額 の 5%、連邦予算か ら 87億ルーブ/ レ)
さらに州行政府建設局長ベ ロゼル スキーが召集 した 9 6 年 7 月 1 日の会議 で示 された連邦 プ ログラム 「 マイホーム」を具体化 させ る実験的住宅建設のモデ ルに よる と、モデ / レゾー ンの中に 「 カナ ダ住宅」 と 「 サハ リン住宅」 を建設す ることと し、 「 カナダ住宅」の発 注者 は州行政府基本建設部が、そ して 「 サハ リン住宅」の発注者 は 「ア コメブ ・アナ ム」 がそ れ ぞれ担 当す るこ ととなった。ちなみにカナ ダハ ウスは 1 8 0 ‑2 0 0 戸、そ してサ‑ リンハ ウ スは 1 2 0‑1 0 0 戸 とし、震度 8 地域の耐震性や、医療サー ビス、児童施設な ど快適な生活環 境 の確保 、集 中的上水道 、生活 ゴ ミの処理 、雨水排水 、気体ない し液 体燃料 による個別 ボ イ ラー を利用 した熱 ・温水供給 、電気、電話 、個別 ガ レー ジな どが基盤 整備条項 と して盛
り組 まれ てい る。
2) サハ リン大陸棚開発 に伴 う外 国人材建設
前述 した よ うに、「 アコメブ ・アナ ム」はサハ リン Ⅲの石油 ・天然 ガス開発 に伴 う外国人 ( ア メ リカ) のた めの住宅団地 の コンクール に 日本企業 と組 んで参加 、残念 なが ら落札 ま で にはいた らか った ものの貴重 な経験 を得ているC .コン社長 は今 回の結果 について、 日本 側 の意思決定 プ ロセスの多段階に よる遅 さを指摘す る, , この教訓を生か し、今後次か ら次
‑ と建設計画が予想 され る大陸棚 関連の建設需要 に対 してあ らゆる情報 を収集 し、建設 工 事 の具体的な計画づ く りに万全 を期 してい る様 に思われ る。
3) サハ リン北部地震 の被災者 のための住宅建設 プラン
サハ リン北部地震の被 災者 のた めの追加 的援助 と して 、1 9 96 年度 の連邦政府予算か ら 5 60 億 ルーブ ′ レが割 り当て られ てい る
∩しか し、現在 の ところ未 だに支給 され ていない。
「 ア コメブ ・アナ ム」はサハ リンス トロイ とともに、政府 資金の支給 までは、 自己資金 を 導入 し企画 ・準備 に取 り組んでい る. ‑
マスタープ ランの作成に当た って次の よ うな役割分担になってい る0 発注者 ・投資者 ;州政府基本建設部
マスタープラン作成者 ;「 アコメブ ・アナム」
元請 け業者 :サ‑ リンス トロイ
今 まで見た よ うに、アコメブ ・アナム社 は コン社長の ワンマ ン経営で、典型 的な親族会社
6 9
である。 さらに言 えば、住宅建設企業 とはいえ、その実康 は数少な く、外見は ともか く内 部イ ンテ リア となると、荒っぽ さが如実に現れ る、まだまだ開発途上段 階にある会社 であ る。強みは、社長の意欲 と熱意、サハ リンでの住宅建設業界 ( 特に州政府) との人脈ネ ッ トワ一 一ク、膨 大な敷地の土地 と丁場である。ただ、彼のエネルギ ッシュで前 向きな経 営姿 勢は、今 不況 に嘱 ぐ 日本 の (とりわけ北海道の)経営者達に突破 口を見つけるための貴重 な資産の ように思われ る。続いて、 この よ うな膨大な建設需要に対 して、北海道の住宅関 連企業が どれだけチャンスがあるのか考察す ることにす る。
第 2 節 北海道企業 との協 力可能性
(1
)北海道住宅関連産業の現状
これ まで見てきたよ うに、 ロシア側 には資金、技術、経験の全ての面において高級化す る住宅需要を満たす水準 に至っていない。幸いな ことに北海道 には過剰 なまでにた くさん の住宅建設関連企業が集積 しているCその中で も高気密、高断熱のいわば北方型住宅 とか、
プ レハーブ住宅な ど、世界的に見て も優れた技術 を有す る企業 も数多 く存在 している。 そ のほかに も旭川 ・札幌を中心 とす る家具 とか、水抜 き、床暖房 な ど住宅 関連事業のシーズ も豊富である
′1)北方型住宅
北海道は積雪寒冷 とい うハンデ ィを持 っている。そのために北海道の住宅産業は、積雪 寒冷地に適す るいわば北方型住宅 とい う独 自のコンセ プ トのもとに、高気密。高断熱の高 規格 の住宅を開発 し、 日本の他 の地域の開放型住宅 とは異なる技術 を蓄積 し、少な くとも ハー ド面の技術においては優位性 を保持 できるよ うになっている。 この北海道の住宅産業 を代表す るユニー クな地場企業 としては、土屋ホーム、松本建工、木 の城たいせつな どが ある一なかで も木 の城 たいせつの山 口社長は、自らの事業を北海道の 自然環境、人間、地 域 を守 る 「 生命地域企業」の実践 と命名 し、 リサイ クル ( 再生)、 リユーズ ( 再利用)、 リ デ ュー ス ( 削減) とい う環境保全 をテーマに、垂直統合戦略 を採 用 し資源の無駄 を省 き、
暖か くて健康 によい、北海道の気候風土に適 した頑丈 な住宅 を提供 している。 このよ うな 北海道型住宅の特徴は、高温多湿地域においては、冷房、除湿に対 して有効 とされてお り、
また高気密であるために開発 されたユニ ッ トバスは、既 に本州で も取 り入れ られてい る。
2)
プ レハブ住宅
周知の通 り、北海道は公共工事の数で全国 トップである。そのため、数多 くの土木関連
企業が存在 しい る。 しか し、土木技術その もの対 して北海道独 自の技術 あ
y際だ った特徴 はあま り見 られ ない。おそ らく大手ゼネ コンに技術的に依存 してお り、公共事業が大 半の ためその必要性 まで も感 じていないか も知れ ない。そのなかで、カナ ダか らツーバイ フォ ーの住宅技術 を導入 し、工事現場 な どでで架設住宅 と して利用す るプ レハブ住宅が近年 注 目され て きている。例 えば小樽 に本社を置 く 「 西候産業」はカナ ダの ツーバイ フォー技術 を改良 し 、 LV L ( 単板積層材) 、 Ⅰ型 ビームを駆使 し地震、風、雪 に強い北方型パネル住 宅 (J工法) を実現 させた。
3) 家具、床暖房、水抜 きな ど
北海道 には住環境分野の裾の広い集積地域 として も知 られてい る。例 えば、家具、イ ン テ リア分野では旭川 ・札幌 を中心 に全国に通用す る製造技術 を有す る企業が数多 く存在す る。 中で も、旭川 に本拠地 を置 く 「 インテ リアセ ンター」は北海道の材料を ヨー ロッパの 生産 システムを取 り入れ なが ら、 日本人のハ ン ドワー クを使 って家具づ くりをす る とい う ユニー クな経営ポ リシー を実行 している。 まだ、早 くか ら国内外 のデザイ ナー との提携 に よってデザイ ン開発力 を強化 し、製 品の高付加価値 を追求 してい る。すなわち家具産業 に あ りがちな 「 ボ リューム ゾー ン」 を追従す るのではな く、あ くまで も高品質の 「 ステイ タ ス ゾー ン」をターゲ ッ トとす る戟略 に‑貢 してお り、個性化 ・高級化 の昨今 の トレン ドを うまくとらえて業績 を伸ば している。まだ、当社は 84年 にアメ リカサ ンフランシス コに 「 ホ ッカイ ド一 ・デザインズ」を設立、89年 に設置 したニュー ヨー ク支店 を足がか りに代理店 と合わせ全米 に販売網 を展 開す る、北海道には数少ない グローバル展開を見せてい る。
北海道の様な寒冷地では冬場 、水道管の 中の水が凍 って しま うことが よくある。 これ を 防 ぐために地上に出てい る凍結 しやすい部分の水道管の水をあ らか じめ抜いてお く必要が ある。 この不凍給水栓一筋で活路 を兄いだ し、こつ こつ と研 究開発 を続 け、毎年のよ うに 商品開発 で ヒッ トを飛ば してい る 「 光合金製作所」は寒冷地 ・水 ( 湯 も含めて)・バルブの
3つのキー ワー ドを中心 にニ ッチ戦略を展開す るユニー クな企業である。 ,当社の井上‑ 良 社長は学究派で研 究開発 にはことのほか熱心であ り、また道 内の異業種交流の先駆的 な役 割 を果た しているO井上社長のなによ りも特筆すべ き点は、地元 に対す る絶 え間ない愛情
とオープンな経営姿勢であるO
先述 した 「 ア コメブ ・アナム」の コン社長が来 日した ときに、 「 光合金製作所」の朝里工 場 を訪問 し、 当社 の寒冷地向水道器具に も、大いに関心をよせ られたC ,サ‑ リンで も海外 製のボイ ラーが凍結 して、パ ンク した とい うことで、 ロシアの規格 にあった製品づ く りの 必要性 が議論 され た。 しか し問題 は価格で、 「 だいたい 日本製 は、二倍 高い。」 とい うコン 社長 の コメン トに対 して、 「 値段 は、サハ リン州 の値段に合わせます
。」 と井上社長が即座 に答 えていたのが印象的であった。 もちろんその後に、 コン社長が 「 井上 さん、私は、記 憶力いい よ。」 と驚いた よ うな顔 をされていたがO
さらに当社の井上社長 によれ ば、海外 との交易は、向こ うの方 との信頼 関係 を、築 きあ
71
げることが、一番 の近道だ とい う。当社は 、92 年か ら国籍 を問わず 1 9 人の短期、長期 の研 修生を受 け入れているO今は、中国の優秀な技術者が、工場で勉強 している
。.コン社長 に も、 「 サハ リンの研修生 を、小樽 で生活できる収入 を、研修費 として払 って受 け入れ ます よ。」 と言 うと、本当にびっくり‑ ノた顔 をされていた。 この事が、本 当に実現す るか どうか わか らないが、地場の中小企業かできる民間ベースの積み上げが、海外 との交易の ソフ ト
ウェ アー と、井上社長は強調す るO
他 にも北海道の住環境 をより快適に、よ り豊か にす るた めに 日々努力 し、夢を実現 して いる地域密着型企業がた くさん存在する。 これか ら有望な分野 としては床暖房装置や複層 ガラス、樹脂複合 コン クリー トな どを挙 げ られ る。 また、土木 ・建築材料 としてセ ラ ミッ ク ・ブ ロックや フライア ッシュ材 ( 寒冷地向けの不燃外壁材 として使用 され る)な ど北海 道特有の固有技術 を有す る企業 も数多 くある。
これ らの企業の共通点は、寒冷地 とい う不利な条件 を克服 し、逆に優位性 として生か し てい る点であろ うO しか しなが らこく一部を除けば、潜在的には十分世界に通用する要素 を持 っているに も関わ らず、ほ とん どの場合 グローバルに展開す ることなく、いちロー カ / レ企業に甘ん じているT
寒冷地 とい うのは 日本だけを考 えると、北海道 と本州の一部のきわめて限定 された市場 で しかないが、 グローバルに見 る と北方圏 とい う広大な地域 を対象にす るビッグマー ケ ッ トに変貌する. これ まで多 くの北海道の企業が道内に限定 した狭いセ グメン トのみに事業 展開を考 えてお らず、 自らの戦略展開を制約 してきた。 グローバルな視点で海外市場 をも 考慮 に入れて商品開発、サー ビス握供を こころみ ると、まさにサハ リンでお きてい る住宅 関連産業の膨大な需要は北海道企業の現有の商品や技術 ・ノウハ ウを もって十分対応 でき るモ ノと思われ る。問題 はこの よ うなシーズ とニーズをどううまく結びつけるかである。
次に、い くつかの問題点 とその解決方策 を模索 してみ る。
(2) 問題点 と解決方策
1 ) 「 先発者優位」を生かす積極的経営
北海道にある中小企業 といえ ども、凄ま じい勢いで押 し寄せるグローバル化 の波 を避 け て通 ることはできないC選択す る道 は 2 つCその波 に受動的に身 を寄せ るか、あるいは積 極果敢に、かつ能動的に進 めて行 くかである。ただ、 この違いは実に大 きい。 ここでは現 地での聞き取 り調査 を行 ったエ クソン社のケースを中心にこの違いを議論す る。
エ ク ソンはご存 じの通 り、サ‑ リンプロジェク トⅠの主力企業である。 さすが世界 の屈
指の メー ジャーだ と思 ったのは、その対応ぶ りである。我々の事前の調査依頼 に基づいて
簡潔かつ非の打ち所のない説明を してくれたのは、広報担 当のブルー氏。 もともと記者 出
身で、広報畑 30 年間 とい うプロ中のプ ロであった。それに比べて 日本企業のプ レゼ ンス
の弱 さを感 じざるを得ない。そ もそ もエ クソンをコン ソー シアムに加入す るよ うに要請 を 行 ったのが 日本側 のサハ リン石油開発協力 ( SODECO)である。 ソデ コは 1968 年第 3 回 日ソ経済合 同委員会で ソ連側 が北サハ リンの天然ガスの対 日供給 を提案 した ことを受 け、
1974 年 に設立 されたいわば老舗 であ り、エク ソンは 1993 年 にプ ロジェク トに参加 した新米である 。 「 サハ リン‑ 1 」は ロシアの現地企業 2 社 ( ロスネ フチ ・ サハ リン (17
% )とサハ リンモルネ フテガス ( SMNG、23%) )と日本のサハ リン石油開発協力 ( Sol ) ECO、
30%) 、そ しとエ クソン (30%)の 4 社で 1995 年 にコンソー シアムを形成、現在 3 カ国の共同事業により進 め られてい る。
しか し実際の ところ ロシア側 の 2 社の財政負担能力は期待できず、 もっぱ らの役割 は政 府 との交渉な ど、 ロシア式の ビジネスの精通だけが買われている様 である。一方、エ ク ソ ンは とい うとボー リングを始め とす る探鉱、生産技術 に関す る世界的権威である。 問題 は ソデ コ側 の役割である。エ クソン側 の説明による とソデ コの 中心的な役割は ロシアの 2 社 に対す る財政的援助である。つ ま り 20 年 間の苦労 とか、エ クソンを動か してプ ロジェク
トを軌道 に乗せた とい う功債 よ りも現実問題 としてジャパ ンマネーが期待 されているだ け であるO と当時に ソデ コが これ まで同プ ロジェク トのなかで 自社のポジシ ョニングを確 立
させ るためになにを して きたのかが問われ なければな らない。
「 サハ リン‑ 1 」の推定可採埋蔵量は石油 2 億 9 千万 トン、天然ガスが 4, 250 億 立 方に、ガス コンデ ンセー トが 3, 300 トンで、石油換算でお よそ 50 億バー レル と、ア ラスカの 2. 5 倍相当分である。現在 アル ク トウン ・ダギ、チ ャイ ウオ、オ ドプ トの 3 カ所 にて探査、開発が進 め られてい る。本プ ロジェク トの最大の難 関であった ロシア側 とコン ソ∴ シアム との生産分与契約 ( Pr o d uc t i o nSha r l ng A g r e e me nt ; PSA) が 1995 年 6 月に 締結 され た。 この 「ロシア連邦 PS 法案」はその後上下両院によ り設立 された調停委員会 で修 正 され、 1996 年 6 月に正式に発効 され るよ うになった。総投資額は 150 億 ドル である。
しか し土地使用権 とか税金問題 な ど詰めな くてはいけない問題 はた くさん残 ってい る。
また技術 的にい って も質 の異なる複数の鉱 区での作業上の問題や 、年間 6‑ 8ケ月の間が 氷の下であること、カ リフオ/ レニア並の地震対策が必要な こと等い くつ もの課題があるC おそ らく一番 大きい壁 はイ ンフラの整備 とい える,道路、鉄道、港湾、空港 な どの基幹交 通イ ンフラは もちろんの こと、パイプライン、ター ミナル、マテハ ン ド等の施設づ く りや 整備 ・補完が早急 に構築 され なけれ ばな らない。そのほかに も住宅、上下水道、電気、銀 行、通信等の生活インフラも早 く国際スタンダー ドに レベルア ップ させ る必要がある。
この よ うな問題 があると して も、エ クソンはけっ して 日本の様 にいっまで も慎重な態度 を崩 さず に傍観 してい るのではな く、前向きで積極的に動 き出 している。その根拠は とい うと、上述の問題点を忘れてい るのではな く、む しろ逆に諸問題が参入障壁 と して存在 し てい る今 の内に先行投資 を行 うとい う、いわばベ ンチ ャー的な発想 の基本である 「 先発者 の優位性」のほかな らない。確か に現在 のユ ジノサハ リンス クの町並みは、博物館 に展示 されてい る50 年前の樺太時代の写真の様子か らほ とん ど発展 してお らず、建物 の至 る所
7 3
が傷んで寂れ てい るO しか し視点を変える と、だか らこそ州政府 は何 とか このプ ロジェク トを成功 させ よ うと、必死になってあらゆる支援策 を打ち出 して くるはずである。
こ うして考 える と、北海道企業 に とって 「 先発者優位性」 を生かすためのサハ リン進 出 を含 めた ロシア企業 との経済交折や具体的な ビジネスチャンスはタイム リミッ トが近づい てきてい るC ,もちろん数年後オイ ′ レとガスが実際生産 ・販売 されて、 しか もガスのパイプ ラインが うまい具合 に北海道近辺 を通るようになれば、黙 っていて も何 らかの経済効果が 期待できるか も知れない仁 ちなみに 「 アジアパイプライン研究会」 ( 仮称)が発足 され るな ど、北サハ リンガス 田か らサハ リン南部 のプ リゴロ ドノエ を経 由 し、北海道 と本州を結ぶ アジア国際ガスパイプライ ン構想 が徐々に現実化 されつつある。 しか し企業は守 りに入 っ て しま うと、安定的な ドメインを生み出そ うとし、市場の一部 を意識的 に封鎖す るが、同 時に 自己や競争相手についての学習機会 を も封鎖 して しま うおそれがあるO リスクを恐れ ず に、 リーダー企業へのあくなき挑戦を続 けることによって、初めて企業は組織文化や経 営姿勢 を防衛 か ら革新 に向かわせ る、競争力 を強化す るために必要な貴重な資産 を身 につ けるのである。
さて、未だに道 内では ロシア との経済交流の拡大、 とりわけ対 ロシア極東地域 ( 特 にサ ハ リン)進出に関 して、一種のギャンブルの ような雰囲気が根強 く浸透 してい るO我 々が 出発す る前に も、ホテルサハ リン札幌が現地の ロシア人従業員達によって乗 っ取 られ た と い う情報が持 ち上がっていた
。しか し現地に行って実際訪れてみ る と、その 「 乗 っ取 り 」 の事情は良く解 らないにせ よ、結果 として数年前のホテルサ ッポ ロよ りもむ しろサー ビス や設備 が数段 改善 されていることが確認 された。サハ リンを中心 とした ロシアの投資環境 は確 かに ( 前述 したよ うに)劣悪 である。 しか し、だか らこそ北海道企業に も 「 先発者優 位」 を狙 えるチ ャンスが あるの も厳然た る事実である。 も し、それ を良いことにせ っか く 行われた投資に対 し、放漫な経営を続 けてきたな らば投資側 の責任が問われ るべきである。
さらに問題なのは、こ うした一方的な情報のみで、全般的な投資意欲 が萎縮 して しま うこ とである。
2) リスク ・シュア リング
とは言 って も、資金の余裕がない北海道の 中小企業が、長期的な展望 にたって、短期的 な赤字 を覚悟 にサハ リン進出を実行す ることはあま りにも リスクが大 きすぎて現実的 には ほぼ不可能である。つ ま りい くら 「 先発優位 」があるにせ よ単独では とて も進 出できない ことにな るO そ こで考え られ る道は戦略的提携を結ぶ方法であるO最近稚内の中小企業が 基金 を集 めて設立 した合弁会社や 、札幌 ・小樽の企業がつ くった ロシア語の商品カタ ログ
「 フ リーペーパーガンマ」な ど、 こ うした共 同作業による対 ロシア貿易や投資の動 きが産 声を上げているOが、まだまだその数は少ない。
また、 この様 な動きが本格的に軌道に乗 るためには、「 セ クシ ョナ リズム」 に代表 され る
近視眼的な地域主義か らの脱皮が必要であるCサハ リン石油ガス開発 のための後方支援基
地 をめ ぐって函館 、稚 内、小樽、室蘭な どい くつ もの 自治体や市町村が名乗 りを上げて俄 烈 な誘致活動 を展 開 した ことは記憶 に新 しい。 しか し、筆者が当のエ ク ソンの幹部 に従業 員達の余暇等 を どこで過 ご しますか と聞いた ところ、 「 アイダホ」 とい う答 えが即座 に返 っ て きたO残念 なが ら、北海道の どこの地域 も眼中にない と言 うことである. む しろ常識 的 に考 えて も言葉や生活方式の面で言 うと、シンガポー / レや香港の方が北海道の どの地域 よ りも造か に快適な後援基地の候補 といえるO そ こで大事 になって くるのは狭い視野での損 得勘定 を捨て、「 オール北海道」的な見地にたって協力 し合 うことである。後方基地 に して も、函館 、稚 内、小樽、室蘭、札幌 の市や 自治体が協力 し合 って、それ ぞれ の役割 を決 め た上で、オール北海道で検討すれ ば違 った提案の仕方 もでき、他 の候補地 と比べて も競争 力 を持つモ ノになると思 う
。戦略的提携の も う一つの発展方 向 としては、外国 との連携が考 え られ る
(、とりわけ、韓 国や 中国 との関係 をよ り密 に し ( 例 えば合弁企業を作 った上で)、サ‑ リンの現地企業や行 政府 とのネ ッ トワー クを展開 してい く方法 も考え られ る。現在サハ リンで売 られ てい る生 活必需 品の大半が韓国製や 中国製で ある。 も し、道内企業が これ ら韓国企業 と共同プ ロジ
ェク トを組んでサハ リン進 出を臨めば、かな りの リス クを削減することが可能 になる
O3)
「 生産効率型」投資か ら離脱
サハ リンに行 く飛行機 の中で、 日本の ビジネスマ ン と隣の席に座 ったOサハ リンに月数 会は必ず行 くとい う彼 はサハ リンの素晴 ら しさについて、蹄曙な く、なにもない ところだ か ら好 きなんだ と言 う。確かに何 で も揃 いす ぎている豊かな国、 日本 と比べた らサハ リン にはなに もか も不足 しているよ うに見える。 しか し、だか らといって 日本のや り方をその ままサハ リンに適 用 した ところで、サハ リンの人 々が今 よ りもっとハ ッピーになれ るかは 疑 問である。
かつて 日本企業はマ レー シアや タイな どの東南アジア地域 に多 く進 出 し、その地域 の飛 躍的な経済発展に大きく貢献 して きた。 その成功要因は 日本が世界 に誇 る高い生産技術 と 現地での低廉で勤勉 な労働力が うまく結 合 した結果であるー しか し現在 、イ ン ドネ シアな ど経済破綻が相次 ぐ当地域 にて この シナ リオに疑問を投げかける声 も多
い‥筆者 は 2 年 前 にマ レー シア とシンガポーー ルで 自動車 と家電分野 においての系列 ・下請 システムについて 現地 の部 品会社 を中心に ヒア リン グ調査 を行 った。その ときに も現地人 々 と日本か ら派遣 され たスタ ッフの間の認識 のギャ ップに驚か され た。例 えば、現地の人々はプ ロ トン社 の 成功 ( 国内での圧倒的 シェアや 国産化比率な ど) と将来の ビジ ョン ( 第 2 工場建設や それ に伴 う東南アジア市場進 出)について確信 してい るのに対 し、 日本人関係者 は冷やや かな 反応 を見せていた。そ こには明 らかに投資の原点である運命共同体的な 「 共に生きる精神 」 が欠如 していたO
もちろん諸般 の事情が異なるので、マ レー シアの ケース とサハ リンの ケ ースを直接比較 す ることは難 しい,が、逆説的に言 うと、サ‑ リンの場合 には、なに もないか ら一緒 に汗
7E