弘
法
大
師
に
於
る
〈法
身
説
法
〉説
の
展
開
に
つ
い
て
i
開
題
類
を中
心と
し て1
付
・弘
法
大
師
空
海
著
作
成
立
(推
定
)年
表
弘法大 師に於る く法 身説法〉の展 開に つ い て (苫 米地誠一)苫
米
地
誠
一 〔 論 文 要 旨 〕本
論 考 は 、 『 弁 顕密
二 教論
』 に於
て 成 立 し た 弘法
大 師 空 海 の 〈 法 身 説 法 〉 説 が、 そ の後
ど の 様 に 展開
し て 行 っ た の か 、 そ の 展 開 の 様 相 を 跡 付 け よ う と す る も の で あ る 。 そ し て そ れ は こ れ 迄 に 行 っ て 来 た 『 吽 字 義 』 『 秘鍵
』 『 即身
義 』 『 声字
義
』 等 に 関 す る 検討
の 成 果 と し て の 〈 字義
釈 〉 〈 三 摩 地 法 門 〉 〈 法 曼 荼 羅 V 〈如
来 の 説 法 〉 説 、 〈 即 身 成 仏 〉 思 想 、 〈 六塵
文字
〉 説 等 に 就 て の 知 見 を 指 標 と し て 、 そ れ ら 主 要著
作 の 間 を 埋 め る も の と し て 、開
題 類 を 取 り 上げ
検 討 を加
え る も の で あ る 。 そ し て そ れ は 又 逆 に 、 主 要著
作 に 於 て 指摘
さ れ た 諸 思想
、 諸概
念 を 、 〈 法 身 説 法 〉 説 の 展 開 過 程 の 上 で 位置
付
け て 行 く事
に な る で あ ろ う 。 又 同 時 に 、 〈 法身
説法
〉 説 の 展開
の 様 相 を 基 に 、 成 立 年 代 不 明 の 著 作 に就
て 、 そ の成
立 年 代 を推
定
し て み る 。 一 、 は じ め に筆
者 は前
号 に 於 て弘
法 大 師 空 海 に於
る 〈 法身
説 法 〉 説 の成
立 を 廻 る 問 題 に 就 て 、 多 少 の検
討
を 行 っ て 来 た が 、今
回 は そ れ に引
き 続 き空
海
に 於 る 〈 法身
説 法 〉説
展
開 の 様 相 の 一 面 に 就 て 、 特 に 開 題 類 を 中 心 と し て 見 て 行 き た い 。又 そ の 場 合 、 こ れ 迄
行
っ て 来 た 空 海 の 主 要 著 作 に 関 す る 検 討 の 成 果 と し て の 『 吽字
義
』 に 於 る く 字義
釈 V 、 『 般 若 心 一1
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報第三 十 七輯
経 秘
鍵
』 に 見 ら れ る 〈 三 摩 地 法 門 〉 〈 法曼
荼 羅 〉 〈 如 来 の 説 法 V 説 、 『 即身
成 仏 義 』 の 〈 即 身 成 仏 〉 思 想 、 〈 六 大 〉 説 、 『声
字 実 相 義 』 の 〈 六 塵 文 字 〉 説 な ど に 関 す る 考察
を 一 つ の指
標 と し て考
え て み た い 。 又 更 に は 成 立年
代 の 不 明 な開 題
類
に は 、 そ の 成 立 時 期 の 問 題 に も 及 ん で み た い 。 所 で 、 前 号 の 論 考 に 於 て く 法 身 説 法 V 説 成 立 以 前 の 撰 述 と し て 採 り 上 げ た 開 題 類 に は 『 仁 王 経開
題 』 と 『 金 勝 王 経 秘密
伽 陀 』 と が 在 っ た が 、 こ の 他 に も 更 に 『 大 日 経 開 題 ( 今 釈 此 経 ) 』 と 『 理 趣 経開
題 ( 将 釈 此 経 三門
分
別 ) 』 と を挙
げ る 事 が で き よ う 。 『 大 日 経 開 題 ( 今 釈 此 経 ) 』 は 他 の 『 大 日 経 開 題 』 諸 本 と 共 通 す る 記 述 を有
す る 文献
で は あ る が 、 そ の 共 通 部分
は 全 て 『 大 日 経疏
』 か ら の 引 用 文 で あ り 、 又 そ の 全 体 が 『 大 日 経疏
』 の 引 用 そ の ま ま で 構 成 さ れ て お り 、 〈法
身 説 法 〉 説 を 全 く 見 る 事 が で き な い も の で あ る 。 又 『 理 趣 経 開 題 ( 将 釈 此 経 三 門 分 別 ) 』 も 〈 法 身 説 法 〉 説 を 見 る 事 が で き ず 、経
題 を 五 仏 に 配当
し 、 経 と は 仏 法 海 の名
で あ る 、 般 若 波 羅蜜
多 と は 阿字
本 不 生 の 義 で あ る と す る 程 度 で 、 そ れ 以 上 の 記 述 が 見 ら れ ず 、従
っ て 〈 法 身 説 法 〉 説 成 立 以 前 、 弘 仁 五年
以 前 の 著作
と 思 わ れ る 。 所 で 空 海 に 於 る く 法身
説 法 V 説 は 、 弘 仁 五 年 の 終 り 頃 か ら 同 六年
の初
め に か け て の 時 期 に 、 『 弁 顕 密 二教
論
』 に 於 て 成 立 し た も の と考
え ら れ る の で あ る が 、 そ の 内 容 は 「密
教 の 教 主11
法 身 ( 自 性 ・ 自 受 用 身 ) 」 、 「密
教11
法
身 の 自 内証
ー 果 分11
顕 教 に 於 る 不 可 説 の 境 界 」 、 「 ( 応 化 身 説法
H
三 乗 教 ) 十 ( 他 受 用 身 説 法11
一 乗 教 ) ↓ 顕 教H
随
機 説 法 ー 因 分⊥
二 劫 成 仏 」 と い う も の で あ り 、 そ れ に 伴 っ て 「 法身
↓有
説 法 」 、 「果
分
ー 可 説 」 の 命 題 が 主 張 さ れ て い た 。 而 し こ こ で 考 え ら れ て い た 密 教 ・ 顕 教 と は 、密
教 と は 総 持 門 、真
言 秘密
蔵 、 『 金 剛 頂 経 』 『 大 日 経 』 等 の 所 説 で あ り 、 又 顕 教 と は 『 阿 含 』 『 般 若 』 『 法華
』 『 華 厳 』 等 の 所 説 であ
る 訳 で あ っ て 、 共 に く 仏 の 言葉
V は 経 典 と し て 捉 え ら れ て い た と 言 う事
が で き よ う 。 二 、 『大
日経
開
題
( 三密
法
輪
) 』 一2
一 N工工一Eleotronlo Llbrary弘法大 師に於る く法身説法〉の 展開につ い て (苫 米地誠一) 本 書 は
成
立 年 代 不 明 で あ る が 、 こ こ に は 、瀞
に我
が 大 師 薄伽
梵
大悲
眦 盧遮
那 は ( 中 略 ) 普 門 の神
化 、機
に 乗 じ て 利見
し 、喜
聞 の 妙 薬 、 病 に 応 じ て 機 に 逗 へ り 。実
際 を 動 ぜ ず し て 巧 に 方 便 を 施 し 、 法 性 を毀
ず し て 能 く仮
名 を 説 く 。 二乗
凡 夫 に は 則 ち 四 諦 生 空 、 十 住薩
堙 に は 則 ち 六度
法
忍 な り 。 其 の 間 、 抑 揚 千 般 出没
万 殊 な り 。障
碍 を 撥無
す る に は 則 ち 不着
般 若 最 に 居 し 、 相 性 を研
覈
す る に は則
ち 顕 了 の 深 密 殿 た り 。 三 身 四徳
は 金 光 涅 槃 師 に 譲 らず
、 一 心 一 性 は 則 ち 仏 華 法華
前 後 を 凌 ぐ 。然
と 雖 も 随 他 の 尽 美 に し て 未 だ 自証
の 極 妙 を窮
め ず 。 顕 に 於 て は 無 上 な れ ど も密
に 比 す れ ば 容 有 り 。 是 の 故 に 遍 照 法 王 法 界宮
に 安 住 し て 荘厳
の秘
蔵 を 開 き 、 三密
の 法 輪 を転
ず 。 ( 中 略 ) 此 れ 是 の 極 唱 は 仏 の 境 界 な り 。 他 人 豈 に 測 ん や 。若
し 上 根 上智
有 り て能
く 信 じ 能 く修
す れ ば 則 ち頓
に 十 地 を 超 て 、頓
に 仏 地 に 入 る 。 所 以 に 此 の 法 此 の 経 は 億 劫 に も 名 を だ に も 聞 かず
、 是 の 趣 是 の 説 は 浅劣
は 聞 け ば 則 ち驚
謗
す 。 と あ る 。 即 ち 本 書 で は 二 乗 凡 夫 の た め に 説 か れ た 四 諦 生空
の 教 、 十 住 の 菩 薩 の た め に 説 か れ た 六 度 無 生 法 忍 の 教 、 『 金光
明 経 』 『 涅 槃 経 』 『華
厳 経 』 『法
華
経 』 等 の 一 乗 の 教 な ど が 随 機 方 便 の 説 で あ り 、 自 証 の 極 妙 を 窮 め て い な い も の と さ れ 、 そ れ に 対 し て 本書
の 所 釈 の 経 で あ る 『 大 日 経 』 は 遍 照 法 王 が 法 界 宮 に 安住
し て 説 い た 荘 厳 の 秘 蔵 、 仏 の境
界
で あ る と さ れ る 。 こ れ は 『 二 教論
』 に 於 る 主 張 と 全 く 同 じ も の と 言 え よ う 。 但 し 本 書 で は 説 主 で あ る 仏 に 就 て 「 大 師薄
伽
梵 大 悲 眦 盧 遮 那 」 と し 、 こ の 仏 が 機 に 随 い 、実
際 を 動 ぜ ず に 方 便 を 施 し て 仮 名 を 説 く 、 即 ち 顕 教 を 説 く と さ れ て い る 。 こ こ で 眦 盧 遮 那 と は 『 二 教 論 』 に 拠 れ ば 法 身 で あ る 訳 で あ り 、 と す る と 随 機方
便
説 の 顕教
も そ の 教 主 を 法身
と す る 事 に な る 。 而 し そ の 顕 教 の 説 法 に就
て は 又 「 普 門 神 化機
乗 利 見 」 と あ る 所 よ り す る と 、 眦 盧 遮 那 そ の も の が 顕 教 を 説 く の で は な く 、 顕 教 は 機 に 乗 じ て 見 ら れ る 所 の 神 通 に よ っ て 化現
し た 仏 、 即 ち 応 化 身 が 説 く と さ れ て い る も の と考
え ら れ 、 『 二 教 論 』 の 主 眼 と の 相 違 は認
め な く と も 良 い で あ ろ う 。 一 一NII-Electronic Library Service 智出学報第三ナ七輯 三 、 『
実
相
般
若
経
答
釈
』 本 書 は 弘 仁 八年
八 月 二 日 の 日 付 け を有
す る 、 東 大 寺 の 円 蔵 法 師 の 疑 問 に対
す る 答 釈 書 で あ る が 、 こ こ で は 『 理 趣経
』 の 異 本 の 一 で あ る 『 実 枴 般 若 波 羅蜜
経
』 に 就 き 、 そ こ に 説 か れ る 一 切 法平
等 性 金 剛 三昧
を 大 楽 金 剛 不空
薩
壗 の 三 摩 地 と し 、 こ の教
の 菩 薩 は 法 身 自証
の秘
密
三 密 門 を 修 す と さ れ 、 又 大 楽 金 剛薩
墟 の 三摩
地 を 修 証 す る 時 に 十 穴尊
の 三昧
王 等 を 現 証 し 、 大 日如
来
の 自証
の 三摩
地 は 無 量 無数
で あ る が 、 悉 く こ の 三昧
王等
に 帰 摂 す る と さ れ る 。 鄭 ちコ
切 法 平 等 性 金 剛 三 昧 −ー 大 楽 金 鬪薩
堙 の 三 摩 地 ↓ 十 六 奪 の 三 昧 王 藷 大B
如
来 の 自 証 の 三摩
地 L と な る の で あ る 。 そ し て 又 、二
切 諸 法 空 無 自 牲 故 云 云 L の経
文 に対
し 、 こ れ を 金 剛 利菩
薩
の 三摩
地 と し 、 こ の 金 鬪 利 菩薩
と は 、 顕 に は 文殊
菩
薩
で あ り 、 こ の 蕪 摩 地 は 顕 に は 空 三 昧 で あ る が 、密
の意
で は 四 種 の文
殊 の 三 摩 地 で あ る と す る 。 即 ち こ れ に 拠 れ ば 、 「顕
教
の 空 三 昧 ↓ 文 殊 の 三摩
地 ー 金 剛 利 の 三 摩 地 」 と な り 、 前 の 記 述 と 合 わ せ る と 「 金 剛 利 の 三 摩 地 ↓ 十 六 尊 の 三眛
王 艮 大 日 の 自 証 の 三摩
地 」 と な り 、従
っ て 「 顕 教 の空
三 昧 ↓ 文 殊 の 三 摩 地 ↓ 大 日 の 自証
の 三摩
地 」 と い う 命 題 の成
立 す る 可 能 性 が 考 え ら れ る 。勿
論 本書
で は こ の 『 実 相 般若
経 』 の 説 く 一 切 諸 法 の 空 ・ 無 相 ・無
願
.自
監
清浄
に 対 し て 、 顕 に は 空 三 昧 で あ り 、 密 に は 文 殊 の 三摩
地 で あ る 、 と す る の で あ っ て 、 こ れ は 正 に 『 理 趣釈
』 の説
そ の ま 玄 の も の で あ 参 、 所 釈 の 経典
は密
教 経典
で あ る 訳 で あ っ て 、 「 顕教
の 空 三 昧 ↓ 文 殊 の 三摩
地 偏 と い う命
題 が意
識 的 に 説 か れ て い る 訳 で は な い 。 而 し 同 一 の 経 文 に 対 し て 顕 密 両者
の 解 釈 を 作 す 事 は 、 こ の 経 文 が 顕密
二 教 を 倶 に 摂 す る も の と考
え ら れ て い る 事 が 予想
さ れ よ う 。 又 更 に 本 書 で は 「 此 の 経 は 金 謝 頂 経 の 一 会 、 秘 教 の肝
心 髢 。 一 一 の 句 、 一 一 の字
、 悉 く無
辺 の義
理 を含
む 。 」 と さ れ 、 密 教経
典 の 一 一 の字
句 が 無 辺 の義
理 を 含 む も の で あ る事
が 霊 張 さ れ て い る 。 即 ち 本 書 に於
て は 、 密 教経
雌 ハ で あ る 『 笑 相 般 若 経 』 は 、 そ の 一 一 の 字 句 に 無 辺 の 義 理 を含
む も の で あ り 、 そ こ に 顕 密 二 數 を倶
に摂
し 、 大 日 の 自証
の 三 摩 地 が 説 か れ る も の で あ る と 考 え ら れ て い た の で は な い だ 一 4 一 N工工一Eleotronlo Llbrary弘法 大師に於る 〈法身説法〉の展 開に つ いて (苫米地誠 一) ろ う か 。 『 二 教 論 』 の 段 階 で は 、 密 教 を 法 身 の 自
内
証 で あ る と は し て い た が 、 そ の密
教 経 典 に 於 て 、 一 一 の字
句 に 無 辺 の 義 理 を 含 む と は 言 わ れず
、 又 顕 密 二 教 を 摂 す る と す る 考 え も 見 ら れ な い 。 こ の 点 に 『 二 教 論 』対
す る 本書
の 特 長 を 見 る 事 が で き よ う 。 又 本 書 で は そ の=
の 字 句 に無
辺 の 義 理 を 含 む の は 、 そ れ が 密 教 経 典 で あ る か ら で あ り 、 『 秘鍵
』 に 見 ら れ る 〈如
来 の 説 法 〉 説 の 立 場 で は な い と 考 え ら れ る 。 四 、 『大
日
経
開
題
(大
毘
盧
遮
那
) 』 本 書 も 又 成 立 年代
は 不 明 であ
る 。 本書
は 初 め の 経 の 大 意 を 説 く中
に 、 『 大 日 経 』 を 一刧
如
来根
本秘
蔵
、 自 性 法 身 内証
智 の境
、 人 法独
奪 、 教 義絶
離
な る も の と し 、 『 華 厳 』 『 法 華 』 の 菩薩
や 二乗
な ど の 及 ば ざ る 所 であ
る と し 、 大 日如
来
は 法 界 に 坐 し て 、 自 性 所 成 の眷
属 と与
に自
受 法 楽 の 故 に 三 密門
を 説 き 、自
受
法楽
を修
行
と し 、 勝義
等 持 を禁
戒 と す る 、 と し て い る 。 こ れ は 正 に 『 二 教 論 』 に 説 く < 法 身 説 法 〉 説 の 綱 格 そ の ま ま と 言 え よ う 。 そ れ に対
し て 経 題 を 釈 す 中 に 「 辮 し 人 と 言 へ ば 則 ち 是 れ 人 也 。=
の 字 人 の種
字 な る が 故 に 。法
と 言 へ ば 則 ち 悉 く 法 也 。=
の字
法智
印
の 故 に 。譬
と 言 へ ば 則 ち諸
名 即 ち譬
な り 。 浅 を 以 て 深 を 顕 す が 故 に 。 」 と あ り 、 『 大 日経
』 の 経 文 、或
い は そ の経
題 の 字 の 一 一 を法
智
印 で あ る と し 、 又 π 黙 の 二 字 を 釈 す中
に は 「 此 の 法 智印
法 爾 の 故 に此
の 帰 命 有 り 。 諸 仏如
来 一字
を も 加 る こ と能
は ざ る が 故 に 。 」 と あ っ て 、法
智
印 で あ る 『 大 日経
』 の文
字 を 法 爾 で あ る と し て い る 。 更 に 又密
の 句義
と し て実
相字
義 釈 を 示 し 、 「 浅智
の 人 は 但 し 仮 名 仮 色 を の み 知 て曾
て実
相 実 号 を解
せ ず 。 如来
は 能 く諸
法 の 秘密
名
相
を 知 て 還 て 衆 生 の た め に 如 実 に 開 授 し た ま ふ 。 此 の 名 此 の 色 能 く 万 象 を含
め り 。 」 或 い は 「復
次 に 広 眼尊
親 り自
証
の 境 を 指 し て 如 実智
を 表 し 、 説 い て 是 の 如く
我
れ見
聞 覚 知 す と 言 た ま ふ 。 此 れ 則 ち如
来 、達
者
の 為 め に 一 句 を 以 て惣
じ て 諸 法 を 説 く 。 上 地 の 人 は 一 字 一 句 の中
に 悉 く能
く 諸 法 を 解 し 尽 す 。 」 等 と述
べ ら れ る 。 本 書 に於
る こ の様
な 主 張 は 、 前 の 『 実 相般
若
経答
釈 』 に 於 る 密 教経
典
の 一 一 の字
句 に 無 辺 の 義 理 を 含 む と す る 主 張 と 共 通 す 一5
一NII-Electronic Library Service 智山学報 第三十七輯 る 様 に 思 わ れ る 。 但 し 『
実
相般
若 経答
釈 』 で は 、 密 教 経 典 で あ る事
は 述 べ ら れ る が 、 如来
の 説 法 の 問 題 に は 何 ら触
れ ら れ て い な い 。 又 本 書 で 如来
の 説 法 が諸
法 の 秘 密 名 相 を 知 っ て 説 か れ た も の で 、 万 象 を含
み 、 一 句 を 以 っ て 惣 じ て 諸 法 を 説 い た も の で あ り 、 上 地 の 人 は 一 字 一 句 の 中 に諸
法 を 解 す 、 と す る 立 場 は 、 〈 如 来 の説
法
〉 説 に 近 い も の と 言 え る 。 特 に 上 地 の 人 は 一字
一 句 の 中 に 諸 法 を解
す とす
る の は 、 『秘
鍵
』 に 於 て顕
密
の 相 違 を 、 説 法 を 聞 く側
の 機 根 の 問 題 と す る 立 場 に 通 じ る も の の 様 に思
わ れ る 。 而 し 〈 如 来 の説
法 〉 説 が 、 『 二教
論 』 で は虚
妄
の 言 と さ れ て い た 所 の 応 化 の 説法
で あ る 顕 教経
典 を 含 む の に 対 し 、 本書
で は 所 釈 の 『 大 日経
』 従 っ て 『 二 教 論 』 に於
て も真
実
な る 言 と さ れ て い た密
教
経 典 に就
て 言 わ れ る も の で あ る 点 、 『秘
鍵 』 と 異 り 、 『実
相 般 若 経答
釈 』 と 共 通 す る 。 又 本書
で は 、 そ れ 以 前 の開
題
類 に は 見 ら れ な か っ た 字 相字
義 釈 が 説 か れ る 点 、 『吽
字 義 』 と の 関 連 が 予 想 さ れ る 。 『 吽字
義 』 が 密 教 で あ る真
言 陀 羅尼
の 一 一 の 字 に法
報 応 化 内 外 大 小 権実
顕 密 等 の 一切
の 理 教 行果
等 の 無 量 の 義 を 摂 し 尽 す と し 、 仏 は そ の諸
法
の 密 号 名字
の 相 、真
実語
・ 如 義 語 を 知 っ て 法輪
を転
ず る 、 と す る 点 も 、 本 書 と 同 一 の 立 場 を 示 す も の と 思 わ れ る 。 又 『 吽 字 義 』 と 同 じ く 本書
に も 〈 三摩
地 法 門 〉 〈 法曼
荼
羅
〉 説 を 見 る事
は で き な い 。経
文 の字
を 法智
印 と す る 記 述 は あ る が 、 本 書 は未
だ法
智
印 と 法曼
荼羅
の 同 一 化 の 為 さ れ る 以 前 と 思 わ れ 、 又如
何 な る 奪 の 法智
印 と も 述 べ ら れ る 訳 で は な く 、 こ れ を 以 っ て 〈 法曼
荼
羅 〉 説 と す る 事 は で き な い 。 五 、 『法
華
経
開
題
(重
円
性
海
) 』 と 『最
勝
王
経
開
題
』 こ の 二本
も 成 立年
代
不 明 で あ る 。 先 づ 『 法 華経
開
題 (重
円 性海
) 』 を 見 る と 、 所 釈 の 『 法華
経 』 に 就 て 、 所 謂 る妙
法 蓮 華 と は 、斯
れ 乃 ち 自 性 の秘
名
を表
し 、浄
心 の密
号 を 示す
。 人 を ぽ観
自 在 王 と名
け 、 法 を ぽ 妙 蓮 華 三 昧 と 日 ふ 。 今 人 と謂
つ 者 、 金 剛 頂経
に 拠 ら ば妙
法蓮
華 と老
並 に 是 れ 名 な り 。斯
れ 乃 ち 観自
在 王 の 密 号 也 。 一 6 一 N工工一Eleotronlo Llbrary弘法大師に於る く法身説 法〉の展 開につ い て (苫 米地誠一)
辮
謂 る 妙 法 蓮華
経
の 広 略 の 本 の 無 辺 の 義 理 は 悉 く 一 の 蝨 字 の 中 に 含 せ り 。今
是 の 経 は 則 ち 観 自在
の 三摩
地 な り 。 次 に梵
名 に 就 て 釈 せ ば ( 中 略 ) 是 れ 則 ち 一 部 の 法 曼 茶 羅 を 摂 し 、 諸 奪 秘密
の 号 を 挙 ぐ 。尠
の 故 に 判字
門
を 諸 法諦
の 義 と 名 く 。 此 の 字 は 即 ち 観音
の 種 子 な り 。 此 の 経 は 此 の 一 字 を 以 て体
と 為 。 此 の 一 字 従 り 無 量 無 辺 の 義 を 流 出 す 。 自 下 の 八字
と 経 内 の 一 切 の 文 義 と は 只 此 の 一 字 の 義 を 説 く 。等
と述
べ る 。 即 ち 『法
華 経 』 は観
自
在 の 三摩
地 ・ 法 曼 荼 羅 で あ る 、 と す る も の で あ り 。 又 一 の 蝨 字 に経
の無
辺 の 義 理 の 悉 く を 摂 し 尽 す 、 或 い は 経 題 の 初 め の 判字
を 観 音 の 種 子 と し 、 そ の 一 字 を 以 て 経 の体
と し 、 無 辺 の 義 を 流 出 す 、 と し て い る 。 こ れ ら の 記 述 は 他 の 『 法華
経 開 題 』 諸 本 と 共 通 の 文 で あ る が 、 又 本 書 で は 六 重 の 本 覚 の妙
法 を 説 く 中 に今
の 所 説 の 経 は染
浄
本 覚 の 妙 法 な り 。 何 を 以 て か知
る を 得 る や 。 他 受 用応
化仏
の 随 機 の 所 説 な る が 故 に 。 と あ り 、観
自在
王 の 三摩
地 ・ 法曼
荼 羅 で あ る 『 法 華 経 』 を 他 受 用 応 化 仏 の 随機
の 所 説 で あ る と し て い る 。 次 に 『最
勝 王経
開題
』 を 見 る と 、 此 の 五 部 の 諸 仏菩
薩
の 三 摩 地 の 法 各 々 不 同 な り 。華
厳
は 普 賢 の 三摩
地 、 般 若 は 文 殊 の 三 摩 地 、 法華
は 則 ち蓮
華 三昧
、仏
頂 は 則 ち 羯 磨 三 昧 な り 。 是 の如
く 等 類 に触
て 此 を 長ず
れ ば そ の 類無
量 な り 。今
此 の 経 は 宝 部 の 三摩
地 な り 。 と あ っ て 、 『華
厳
経 』 狂 普賢
の 三 摩 地 、 『 般 若 経 』11
文殊
の 三摩
地 、 『 法 華 経 』11
蓮 華 三 昧 、 『 仏 頂 経 』 ー羯
磨
三 昧、 そ し て 『全
光
明 最 勝 王 経 』11
宝部
の 三 摩 地 で あ る と し 、或
い は 、是
に 於 て 覚 王 は悲
を 発 し て薬
を 投 げ 、慈
父 は 慈 を 垂 て 楽 を与
ふ 。 狂 酔 に 浅 深 あ れ ば 教 薬 多 門 な り 。機
根
に 大 小 あ れ ば車
乗 不 一 な り 。薬
は 病 に 従 て 無 数 な り 、乗
は 器 に 就 て 無 量 な り と 雖 も 、 而 も 末 を摂
し 本 に 要 れ ば 自 か ら 不 二 に 帰 す 。 不 二 の 理 甚 深 に し て 解 し 難 し 。 一 如 の 理 秘 奥 に し て 入 り 難 し 。 所 謂 る 不 二 一 如 豈 に た だ遮
二 詮 一 一 7 一NII-Electronic Library Service 智 山学報第三十 七輯 の 名 な ら ん や 。 密 号
名
字 知 ら ず ん ば あ る べ か ら ず 。 (中
略 ) 今 云 ふ 所 の 金 光 明 最 勝 王 経 は能
く 此 の 理 趣 を 示 し 、 諸 の 衆 生 を 覚 悟 せ し む 。 即 ち 此 れ 諸 仏 の 秘 宝 衆 経 の 密蔵
な り 。 故 に 四 仏 力 を 加 へ 、 故 に 能寂
恒 に 説 く 。 と あ っ て 、 仏 は慈
悲 を 以 っ て 衆 生 の た め に 機 根 に 随 っ て 種 々 の 法 を 説 く が 、 そ の随
機方
便 の無
量 の 教 も 、末
を 摂 し て 本 に 帰 す れ ぽ 不 二 . 一 如 の 理 に 帰 す と さ れ 、 『 金 光 明 経 』 は こ の 不 二 ・ 一 如 の 理 趣 を 説 く密
教 経 典 で あ る と さ れ る 。 即 ち こ れ に よ れ ぽ 『 金光
明 経 』 と い う 密 教 経 典 は 、 不 二 ・ 一如
の 理 を 説 い て 、 そ こ に 随機
方
便
の 無 量 の 教 を 摂 す る も の と さ れ る 事 に な ろ う 。 又 更 に 此 の 三 昧 を 修 す る 者 は 但 し 一 字 を 観 ず れ ば 一 切 の 仏 法 を 摂得
す 。 所 謂 る 喧 字 な り 。 是 れ 此 の 字 は 三字
を 合 し て 一 字 を 成ず
。 ( 中 略 ) 此 の 三身
を 挙げ
て 一 切 の仏
法 を 摂 す 。 此 の 経 に 説 く 所 の 三 身 三 点 四 徳 十 地 等 の 法 は 皆 此 の 一字
従 り 流 出 す 。 略 を 以 て 広 を 摂 し 、 本 を 挙げ
て末
を収
む る に 摂 せ ざ る 所 無 く 、 尽 さ ざ る 所 無 し 。 惣 持 の 義 此 れ に 因 て 名 を 樹 て 、 秘 密 の称
焉 に 於 て 義 を 顕 す 。 と あ り 、庵
字 一 字 に 一 切 の 仏 法 を摂
し 尽 す と し 、 こ れ を惣
持
の 義 で あ る と す る 。 以 上 こ の 二 書 で は 、 『 法 華 経 』 を 観 自 在 王 の 三摩
地 ・ 法 曼茶
羅
であ
る と し 、 或 い は 『 華厳
経 』 を 普賢
の 三摩
地 、 『 般 若 経 』 を 文 殊 の 三 摩 地 、 『 仏 頂経
』 を 羯 磨 三 昧 、 『 金 光 明 経 』 を 宝 部 の 三 摩 地 で あ る と す る 。 又 密教
経典
で あ る 『 金光
明 経 』 に は随
機
浅 略 の無
量 の 教 を 摂 し 、 或 い は 『 法 華 経 』 の 経 題 の 字 、 観 音 の 種 子 で あ る 蝨 字 や 刊 字 、 或 い は 『 金 光 明 経 』 に 説 か れ る 言 字等
の 一字
に 無 量 無 辺 の義
、 一 切 の 仏 法 を 摂 し 尽 す と す る 。 そ し て 又 更 に は そ の 様 な 三摩
地 法曼
荼 羅 の 経 と さ れ た 『 法 華 経 』 を 他 受 用 応 化仏
の随
機
の 所 説 と し て い る の で あ り 、 又 『 華 厳 経 』 を 普 賢 の 三摩
地 、 『 般若
経
』 を 文 殊 の 三 摩 地 と す る 事 と 合 わ せ て 、 他 受 用応
化 仏 所 説 の 随 機 の 顕 教 経 典 を諸
尊
の 三摩
地 ・ 法曼
荼 羅 と す る 立 場 は 、 『秘
鍵 』 の 〈 三摩
地 法 門 〉 説 と 同 一 の も の と い え る 。 但 し 『 秘鍵
』 に 於 て は経
文 の 一 一 の字
句 に 就 ても
諸 尊 の 三 摩 地 門 を 明 し 、 又 〈 如 来 の 説 法 〉 説 の 立 場 を 明 確 に し て い る の に 対 し 、 こ の 二 書 で は経
題 釈 の 一8
一 N工工一Eleotronlo Llbrary弘法大 師に於る 〈法身説法〉の展開につ いて (苫米地誠一 ) み で 、 そ の 点 が 明
確
で は な い と 言 え る か も 知 れ な い 。 而 し ど ち ら に し て も 、 そ こ で 考 え ら れ て い る仏
の 説 法 は 経 典 と し て の そ れ であ
り 、 無 量 無 辺 の 義 を 含 む も の は経
典
と な っ た 文 字 で あ る と 言 う事
が で き よ う 。六
、 『金
剛
般
若
経
開
題
』本
書
も 又 成 立年
代
は 不 明 で あ る 。 本 書 は そ の 初 め に今
斯 の蘇
多覧
を 釈 す る に 二 趣 有 り 。 一 に は 顕略
、 二 に は 深秘
な り 。 顕略
趣 と は 多 名 句 を 以 て 一義
理 を 詮 す る 是 れ 也 。 深 秘 と は 一 一 の 名 句 中 に 無 辺 の 義 理 を含
す る 是 れ 也 。 とあ
り ・ 又 『 大 日経
』 に 拠 ら ば と し て ・ 二 乗 凡 夫 は多
名 句 の藷
毒
し ・諸
仏 菩睦
=
の 名 句 の 中 に 無 量 の鼕
解 す と し 、更
に 「是
の 如 く の 諸 法 門 の 義 は 悉 く 其 の題
名
の 中 に含
め り 。若
し 一 一 に 解 釈 せ ば 劫 を 歴 て も 尽 し難
し 。 又 一 一 の 梵 の 名 字 に 就 て 釈 せ ば 、 亦 無 量 無 辺 の 義 を具
す
。 」 と 述 べ 、 浅 略 趣 の 多名
句 に 一 義 理 を 説 く の に 対 す る 、 一 一 の 名 句 に 夫 々無
量 無 辺 の義
理 を 具 す と す る 〈如
来
の 説 法 〉 説 の 立 場 を 述 べ る 。 そ し て 又 所 釈 の 『 金 剛 般若
経 』 に 就 て は 、 仏 が 給 孤 独 園 に於
て 千 余 の 除 勤 勇 と 無 量 の大
心 衆 の 為 め に 説 い た 三摩
地 法 で あ り 、 又 或 い は 金 剛 界 三 十 七 奪 中 の 金 剛波
羅
蜜 菩薩
の 三摩
地 法 曼 荼 羅 で あ る と し 、 そ し て 又 四 無 量 心 を 以 て 経 文 を 釈 し て 夫 々 に 経 文 を 当 て 乍 ら、 大悲
三 昧 を観
自 在 の 三 昧 、 大 慈 三 昧 を 弥勒
の 三 昧 、大
喜 三 昧 を 文 殊 の 三 摩 地 、 大捨
三 昧 を 普 賢 の 三摩
地 法 門 と し 、 又 経 中 に 説 く所
の 遺 忘 人 我 ・ 不 著 諸相
等 の文
義 、 或 い は 無 量 の 契 経 に 説 く 所 の 不着
不 住 等 の 義 は 皆 文 殊 菩薩
の 大 智 慧 大喜
三 摩 地 で あ る と す る 。更
に 『大
般
若 経 』 一部
六 百 巻 十 六 会 二 百 八 十 二品
は 全 て 文 殊 菩 薩 の 三摩
地 門 で あ り 、 而 も 十 六 会 は金
剛界
十 六 大菩
薩
の 三摩
地門
で あ っ て 、 こ の 十 六 大 菩 薩 の 三 摩 地 法 門 に 一 切 の 法教
を 摂 し 、 応 化 仏 の 随喜
の 説 に は多
名 句浅
略 の 義 で あ る 顕 教 を 説 き 、大
度
種 姓 の た め に は 真 言 の 深 秘 を 説 く 、 と す る 。或
い は 経 題 の 「 金 剛能
断
般 若 」 等 と は 、 通 に は 三 十 七 奪 乃 至微
塵 数 の 諸 奪 で あ り 、 別 に は金
剛 利菩
薩 、 即 ち 文 殊菩
薩
の 三摩
地 一9
一NII-Electronic Library Service 智 山学報第三十七輯
法
門 で あ る と さ れ 、 又 経 題 は 悉 く 「 彼 の 仏 の 密 号 名 字 」 で あ る と さ れ て い る 。 こ こ で 『大
般若
経 』 六 百 巻 十 六会
は 、 応 化 随喜
の 顕 教 で あ り、 多 名 句浅
略 の 義 を 説 く 経 で あ る 訳 で あ る が 、 そ の 応 化 所 説 の 顕教
経典
に 於 て、 大 度 種姓
の 為 め に は真
言 の 深 秘 が 説 か れ 、 而 も そ れ は 『 大 般 若 経 』 全 体 と し て は 文 殊 の 〈 三 摩 地 門 〉 で あ り 、 又 十 六 会 の 夫 々 は 金 剛 界 十 六 大 菩薩
の 〈 三摩
地 門 〉 で あ り 、更
に は 三 十 七 奪 乃 至 微 塵 数 の 諸 奪 の 〈 三摩
地 門 〉 で あ る と さ れ る 。 そ し て更
に 経 文 を 釈 し て 慈 悲喜
捨
の 四 無 量 心 に 配 当 し 、 そ れ を 夫 々弥
勒
・ 観 音 ・ 文 殊 ・ 普 賢 の 三 摩 地門
で あ る と し 、 全 く 『 秘 鎌 』 に 述 べ る の と 同 じ 〈如
来 の 説 法 〉 〈 三 摩 地 門 〉 〈 法曼
荼
羅
〉 説 を 見 る 事 が で き る 。 即 ち 『 秘 鍵 』 に 於 て 、 応 化 身 で あ る 釈尊
が鷲
峯 山 に 於 て 説 い た 『 般 若 心 経 』 を 大 般 若菩
薩
の く 三 摩 地 法 門 V と し 、 更 に そ の 経 文 に 対 し て 普 賢 .文
殊 . 弥勒
. 二 乗 ・ 観 音 の 三 摩 地 門 を 配 当 す る 記 述 に 、 思 想 と し て 一致
し 、 そ の構
想
に 於 て も 類 似 す る と 言 、 兄 よ う 。 所 が 本書
の 冒 頭 の 「 今 釈 此 蘇 多覧
云 云 」 の 文 は 、 こ れ と 殆 ど 同 じ 文 が 『 法 華 経開
題
( 競 河 女 人 ) 』 『 法 華 経 釈 』 に見
ら れ 、 こ れ と 関 係 す る と な る と 大 師 晩 年 の 成 立 の 可能
性
が 考 え ら れ る 。 又 類 似 の文
が 『 秘 鍵 』 『 梵 網 経開
題
』 に も 見 ら れ る が 、 文 章 的 に は 『 法華
経 開 題 』 に よ り近
い 。 而 し 又 『 法 華 経 開 題 』 『法
経
経 釈 』 で は 律 ・ 法 相 ・ 三 論 . 天 台 . 華 厳 の 五 宗 を 挙げ
て 法 王 の 一 官 、 法界
の 一 門 と し 、 又 秘 密 趣 の 釈 に 於 て 十 六門
の 経典
解 釈 法 、 所 謂 る 十 六玄
門
を 挙 げ 、 或 い は 〈 六 大 〉 説 と し て の 〈 即身
成 仏 〉 思想
を 見 る 事 が で き る 。 而 し此
等
の 記 述 は 本 書 中 に は 全 く 見 る事
が で き ず 、 又 本 書 に は 体 相 用 の 三 大 に 約す
釈 も あ る が 、 そ の 三 大 は 六 大 ・ 四 曼 ・ 三密
で は な く 、 〈 即 身 成 仏 〉思
想 を 示 し て い な い 。 此等
の 点 か ら 考 え て 、疑
問 も 在 る が 、 現 在 の 所 は 本 書 も ま た 『 秘 鍵 』 の 成 立 し た と 推 定さ れ る 弘 仁 九
年
に 近 い 頃 の 成 立 と 推 定 し て お き た い 。 一10
一N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe 『 大 日
経
開 題 七 、 『大
日経
開
題
』 (法
界
浄
心 ) 』 と ( 法界
浄 心 ) 』 は 、 勝 又 俊 教 博 士 に 拠 る と 、 『大
日経
開
題
(関
以
受
自
楽
) 』 仁 和 寺蔵
の 古 写 本 に 「為
笠 仲 守 先 妣 講 文 」 と あ り 、 『 性弘法大 師に於る 〈法身説法〉の展開につ い て (苫 米地誠一) 霊 集 』 巻 七 の 「 笠 大 夫
奉
為
先 妣 奉 造 大曼
荼 羅 願 文 」 と の 関 係 か ら 天 長 元 年 十 月 二 十 二 日 の 法 会 の た め に著
わ さ れ た も の と さ れ る 。 『 大 日 経 開 題 ( 関 以 受 自 楽 ) 』 は 成 立年
代
不 明 であ
る 。 こ の 二 本 と 『 大 日 経 開題
(隆
崇 頂 不 見 ) 』 と 『 大 日 経開
題 (衆
生 狂 迷 ) 』 と の 四 本 は 、 本 文 中 に 多 く の 同 一 又 は類
似 の文
章 を 有 し て い る 。 そ し て こ の 中 『 大 目経
開題
( 法 界浄
心 ) 』 と 『 大 日 経 開題
( 関 以 受自
楽 ) 』 と で は 、 「 加 持 」 を 釈 す 段 で 阿 等 の 六字
は 法 界 之躰
性 な り 。 四 種 法 身 と 十界
の 依 正 と は 皆是
れ 所 造 之 相 な り 。 六 字 は 則 ち 能 造 之躰
な り 。能
造
の 阿 等 、 法界
に 遍 じ て 相 応 す 。 所 造 の 依 正 、帝
網
に 比 し て無
尋 な り 。 此 も 往 か ず 、 彼 も 来 ら ず と 雖 も 然 も 猶 ほ 法 爾 瑜伽
の 故 に能
所
無 く し て 而 も 能 所 あ り 。 と 述 べ 、 更 に 「 六 大 無 礙常
瑜
伽
」 等 の 即身
成 仏 頌 を引
い て い る 。 又 「 成 」 を 釈 す 段 で は 、 こ れ を 法 爾 所 成 に し て 因縁
所 生 に 非 ず と し 、 「 仏 」 を 釈 し て は 、 如 来 の 覚 は 因 縁所
生 に 非ず
、 法 然 の 所 得 で あ る と し て お り 、 更 に 『 大 日経
開
題 ( 法 界 浄 心 ) 』 で は 『 大 疏 』 の真
言 の 相 の 法 爾常
住 を説
く 文 を 引 用 し て い る 。 以 上 の記
述 は 正 に 『 即 身 義 』 に 説 か れ た 〈 即身
成 仏 〉 思 想 を 示 す も の と 云 え る 。 そ し て こ の 二 書 で は そ の様
な 法 爾 の 法 身 の 説 法 に就
て 、 経 と は 貫 串 不 散 之 義 な り 。語
密 を 以 て経
と 為 、 心密
を 以 て緯
と 為 て 三 業 之 絲 を 織 て 海 会 之 錦 と為
。錦
文千
殊 な れ ど も 同 く名
て錦
と 為 。 仏相
万 差 な れ ど も 共 に 仏 と称
す る こ と を 得 。 と い い 、 語 密 を経
、 心密
を 緯 と し 、 身 口 意 の 三 密 を 以 っ て 海 会 の 錦 を 織 る の で あ る と し 、 仏 の 三密
に よ っ て 成 立 す る法
界
そ の も の を 経 と す る 立 場 が 現 わ れ て い る も の と 考 え ら れ る 。 更 に 『 大 日 経 開 題 ( 法 界浄
心 ) 』 で は こ の 後 に 上 大 日奪
従 り 下 六道
の 衆 生 の 相 に 至 る ま で 各 各 の威
儀
に 住 し て 種 種 の 色 相 を 顕 す 。 並 に是
れ 大 日 奪 之 差 別智
印 也 。 更 に 他 身 に 非ず
。 故 に 経 文 に 我 即 法 界 我 即 金 剛身
我 即 天 竜 八 部 等 と 云 ふ 。 是 の如
く の 法身
互 相 渉 入 す る こ 一11
一NII-Electronic Library Service 智山学報第三 十七輯 と 猶 し 絹 布 の
絲
縷 の 竪 横 相 結 し て 不散
不 乱 な る が 如 し 。 是 れ 則 ち 経 之 義 也 。 と あ り 、 大 日 如 来 よ り 衆 生 に 至 る 全 て は大
日 の 差 別智
印 で あ り 、是
の 如 く の法
身
が 互 相 に渉
入 す る 事 が 経 の 義 で あ る と さ れ る 。 そ し て 又 『 大 日 経 』 に 三 種 の 本 が あ る と し て 、 此 の 経 に 総 じ て 三 本 有 り 。 一 に は 法爾
常
恒 の 本 、 諸 仏 の 法曼
荼
羅 是 れ 也 。 二 に は分
流 の広
本 、 竜 猛 の 誦 伝 す る 所 の 十 万 頚 の 経 是 れ 也 。 三 に は 略 本 、 三 千 余 頌 有 り 。 頌 文 三千
経 巻 七 軸 な り と 雖 、 然 ど も 猶 略 を 以 て 広 を 摂 し 、少
を 以 て 多 を 持 す 。 一 字 の 中 に 無 辺 の義
を含
み 、 一 点 の 内 に塵
数 の 理 を呑
む 。 何 に 況 や 百 字 字 輪 具 さ に 説 け り 。此
の 経 の 三 千 余 偈 は 何 の 理 か 顕 さ ざ ら ん 。 広 略 殊 り と 雖 も 理致
是 れ 一 な り 。 と 述 べ 、 一 字 一 点 に 無 辺 の 義 理 を 含 み 、従
っ て 七 軸 三 千 余 頌 の 略 本 と 雖 も無
辺 の 義 を 摂 す る と 述 べ る と 同 時 に 、諸
仏 の 法 曼 荼 羅 で あ る 法 爾 常 恒 本 に 就 て 述 べ る の で あ る 。 こ こ で経
を 法曼
荼 羅 であ
る 、 と す る 事 は 『 秘 鍵 』 に 於 る 〈 法 曼 荼 羅 〉 説 以 来 の 主 張 と 云 え る が 、 法 爾常
恒本
を 説 く 事 は 、 法 身 の 三密
で あ る 経 、 或 い は大
日 よ り 衆 生 に 至 る 法 身 の 互 相 渉 入 を 経 と す る 立 場 か ら す る と 、 〈 即身
成 仏 〉 と し て の 〈 重 々無
尽 の 法 爾 法界
〉 そ の も の を経
と す る 事 と 考 え ら れ 、 こ こ に 〈 法 身 所 説 の 経 と し て の 法界
〉 と い う 観 念 を認
め る 事 が で き る 。 こ れ 以前
に は 〈 法 身 説 法 〉 の 経 と 雖 も 、 密 教 経 典 と し て 、 内声
言 語 の 経 典 と し て 捉 え ら れ て い た も の が 、 こ こ で 〈 即 身 成仏
〉 思 想 の 成 立 に伴
な っ て 、 法 界 そ の も の を 経 と す る 立 場 へ と 展 開 し た も の と 考 え ら れ る 。 そ し て 又 こ の 〈 法 身 所 説 の 経 と し て の 法界
〉 と い う も の を 行 者 の側
か ら 見 た 時 に 、 そ の 法界
は 行 者 に と っ て 六 塵 ( 六 境 ) と し て認
識 さ れ る も の で あ る が 故 に 、 そ こ に 〈 六 塵 文 字 〉 説 が 説 立 し て 来 る事
に な る で あ ろ う 。 而 し 本書
中 に は 、 〈 重 々 無 尽 な る 法界
〉 を 経 で あ る と し 乍 ら も 、 六 塵 を 〈 法身
説 法 の文
字 〉 と す る 、 と い う 主 張 は 未 だ見
る 事 は で き な い 。 又 そ れ と 同 時 に 『 大 日 経 』 を 諸 仏 の 大 秘 ・ 衆 生 の 極 秘 で あ り 、 報 ・ 応 ・変
化 の 諸 仏 の 説 か ず 、 補 処 の菩
薩 の 知 ら ざ る 所 で あ る 、 と す る が 、 こ れ は 正 に 『 二 教 論 』 に 示 さ れ た 〈 法 身 説 法 〉 説 の 綱 格 が 、 こ こ に も 示 さ れ て い る も の 一12
一 N工工一Eleotronlo Llbrary弘法大 師に於る 〈法身説 法〉 の展 開
te
つ い て (苫 米地 誠一) と 云 え よ う 。 八 、 『理
趣
経
開
題
』 (弟
子
帰
命
) 』本 書 も 成 立 年 代 不 明 の
著
作 であ
る が 、 こ こ に も 同 じ 法 爾 常 恒 本 の 説 が 見 ら れ る 。 即 ち 、初
に 法 と は 此 の 金 剛 瑜伽
経 に 二 本 有 り 。 一 に は 広 本 、 即 ち法
仏 恒 説 の 法 曼 茶 羅 是 な り 。 次 に 分流
の 本、 即 ち 竜猛
所 伝 の 十 万 頌 の 経 是 な り 。 と い う も の であ
る 。 こ の 法 仏 恒 説 の 法 曼 茶羅
は前
の 『大
日 経 開 題 ( 法 界浄
心 ) 』 等 と の 関 係 を 思 わ せ る 。 又 本書
中
に も 、人
と は (中
略
) 是 れ 則 ち 五 大 の 所 起 、 五智
の 所 成 に し て 自 性 の 又 の 性 。法
体 の 又 の 体 な り 。 ( 中 略 ) 一 に は 法爾
所 起 の曼
荼 羅 身 の 人 、 二 に は 随 縁 上 下 迷悟
身 の人
な り 。 とあ
っ て 、 法爾
常 恒 本 説 の背
景 と 考 え ら れ る 〈 即 身成
仏
〉 思 想 を 見 る 事 が でき
る 。 更 に は分
流 本 に 就 て 、 『 大 日 経開
題
( 陸 崇 頂 不 見 ) 』 と 『 大 日 経 開 題 』 ( 衆 生 狂 迷 ) 』 が 金 剛 手 の 誦 伝 と す る の に 対 し て 、 『 大 日 経 開 題 ( 法 界浄
心 ) 』 『 大 日経
開 題 ( 関 以 受 自楽
) 』 『 教 王 経 開 題 』 そ し て 本 書 が 竜 猛 所 伝 と す る 点 も 、本
書
が 『 大 日 経 開 題 (法
界浄
心 ) 』 の成
立 し た 天 長 元 年 に 近 い成
立 で あ る 事 を 思 わ せ る 。九
、 『教
王経
開
題
』 、 『理
趣
経
開
題
(生
死
之
河
) 』 、経
) 』 、 『梵
網
経
開
題
』 『法
華
経
開
題
(開
示
茲
大
乗
・ の 四 本箕
に 四 種 曼荼
羅
に ょ る 解 釈 を す る 殆 ど 同 一 の 文 を 有 し て い る ・ そ し て 勝 又 博 士 に ょ る と ・ こ の 中 『 網 王経
開
題 』 は 『 大 乗 本 生 心 地 観 経 報 恩 品 』 か ら の 引 用 が あ る 所 か ら 天 長 二年
以 降 の 成 立 と 推 測 さ れ る と さ れ て お り 、 一 13 一NII-Electronic Library Service 智山学報 第三十七輯 又 『 梵 網
経
開 題 』 に 就 て は 『 性 霊 集 』 巻 八 の 『為
先 師 講 釈梵
網 経表
白
』 と 関連
さ せ て 天 長 五 年 の 成 立 と 推 定 さ れ て い る 。 又 『 理 趣 経 開 題 ( 生 死 之 河 ) 』 は 、 そ の 表 白 の 部分
を 除 い た本
文 の 殆 ど 全 て が 、 ほ ぼ そ の ま ま の 形 で 『 教 王 経 開 題 』 中 に 見 ら れ る 。 『 法 華 経 開題
(開
示 茲 大 乗 経 ) 』 も 、 こ の 四 本 に 共 通 す る序
の 部 分 以 外 は 、 他 の 『 法華
経
開
題 』 諸 本 と 共 通 し て お り 、 『 法 華 経 』 を観
自 在 王 の 三摩
地 法曼
荼
羅 で あ る と し、兪
字 ・ 烈 字 の 一 字 を 経 の 体 と し 、 一字
に無
辺 の 義 理 を含
む と す る も の で あ っ て 、 字 義 釈 及 び 〈 三摩
地 法 門 〉 説 の 見 ら れ る も の で あ る 。 こ こ で 先 づ 『 教 王 経 開 題 』 を 見 る と 、衆
生 の 六 道 の 苦 を憐
ん で 五 乗 ・ 一 乗 の教
を 説 く の を 他 受 用 応 化 仏 の 事 業 で あ る と し 、 自 受 用自
性 身 は 三 十 七奪
塵 数 の諸
尊
の 自 眷属
と と も に 自 受 法 楽 の 故 に 各 々 の自
証
の 三摩
地 門 を 説 く 、 或 い は 『 金 剛 頂 経 』 及 び 『 大 日 経 』 は 竜 猛 菩薩
が 南 天 の 鉄 塔 よ り 誦 出 し た 如 来 秘密
蔵 の 根本
で あ り 、 応 化 仏 の 所 説 と は 同 じ か ら ず 、 と す る が 、 こ れ は 『 二 教 論 』 の 主 張 そ の ま ま で あ る と 云 え よ う 。 又 経 の 一 一 の 言 名 成 立 に 無 辺 の 顕 密 の 教 義 を 含 む と し 、 金 剛 頂 十 八 会 の 一 一 の尊
の 真 言 種 子 ・ 三 摩 地 門 を 法 曼 荼羅
と す る の は 〈 如 来 の 説 法 〉 〈 三 摩 地 法 門 〉説
に 共 通 す る 。 そ し て そ れ と 同時
に 本 書 で は 、 今 斯 の 経 を 釈す
に 略 し て 四 意 有 り 。 所 謂 る 大 三 法 羯 是 れ 也 。 大 と は 説聴
二能
の 人 な り 。 三 と は 所 謂 る 標幟
是 れ 也 。法
と は 諸尊
の 種 子 及 び 三摩
地 等 の法
門 な り 。羯
と は 諸尊
の 種 種 の威
儀事
業 の尊
是 れ 也 。 説 聴 二 能 の 人 と は 、 夫 れ 道 の 本 は無
始 無 終 な り 、 教 の 源 は無
造 無 作 な り 。 三 世 に 亘 て 不 変 な り 、 六 塵 に 遍 じ て 常 恒 な り 。 然 ど も猶
示 す 者 無 き は 則 ち 目 前 な れ ど も 見 え ず 、 説 く 者 無 き は 則 ち 心 中 な れ ど も 知 らず
。 双 円 の性
海 に は常
に 四 曼 の 自 性 を 談 じ 、 重 如 の 月 殿 に は 恒 に 三 密 の自
楽 を 説 く に泊
で は 人 法 法爾
な り 、 興 癈 何 れ の時
ぞ 。 機 根絶
絶 た り 、 正 一 14 一 N工工一Eleotronlo Llbrary弘法大 師に於る 〈法身説法〉 の展開に つ い て (苫米地誠一)
像
何 ぞ 別 た ん 。 と あ る 。 こ の 一 文 が 四 本 に 共 通 の 部分
であ
る が 、 こ こ で は 即 ち 、 道 の 本 ・ 教 の 源 は 無 始 無 終 ・ 無 造 無 作 で あ っ て 三 世 に 変 ぜ ず、 六 塵 に 遍 じ て 常恒
で あ る と さ れ 、 而 も そ れ は 目 前 ・ 心中
に 在 る も の で あ る 事 が 示 さ れ て い る 。 そ し て 又 説 く 人 も 、 聴 く 人 も 、 説 か れ る 法 も 法 爾 で あ る と さ れ 、 こ こ に法
爾 常恒
な る説
法
が 六 塵 に 遍 ず る事
が 述 べ ら れ 、 『声
字 義 』 に 示 さ れ た の と 同 じ 〈 六 塵 文 字 〉説
を 見 る事
が で き る の で あ る 。 更 に は 又 「 経 と は 真 言 を 経 と 為 、 密 印 を 緯 と 為 、 三 昧 を杼
と 為 し て 海 会 の 錦 を 織 り て 能 く 衆 生 の奇
観 と 為 る 。 」 と あ っ て 、 『 大 日 経 開題
( 法界
浄 心 ) 』 等 と 同 じ 〈 三密
に よ っ て 成 立 し た 法 界 と し て の経
〉 が 示 さ れ る 。 但 し 本書
で は 法 爾常
恒 本 に 就 て は何
も 云 わ れ て い な い 。 而 し 〈 六 塵 文 字 〉 の 説 法 が 法 爾常
恒 で あ る 事 が 示 さ れ て い る 以 上 、 又 こ の 法界
を 経 と す る 立 場 と と も に 、法
爾 常 恒 本 説 が 見 ら れ な い と い う の で は な く 、 単 に 分流
本 に 対 す る 法 爾常
恒 本 の名
称 が 見 ら れ な い だ け で あ る と 云 、 兄 よ う 。 以 上 の如
く 本 書 で は 『 二 教 論 』 に 於 て 示 さ れ た 他 受 用 応 化 身 の 随 機 の 説 法 と 自 性自
受
用 身 の 自 受 法 楽 .自
内 証 説 法 と い う 〈法
身
説 法 〉 説 の枠
組 み の 上 に 、 そ の 仏 の 説 法 の字
句 の 一 一 に無
辺 の 義 理 を含
む と す る 〈 如 来 の 説 法 〉 説 と 、 そ し て 〈 三 密 に よ っ て 成 立 し た法
界 と し て の経
〉 、 法爾
常 恒 な る 説 法 が 六 塵 に 遍 ず る 〈 六 塵 文 字 〉 説 と が 共 に 説 か れ て い る の で あ る 。 『 理 趣 経開
題 ( 生 死之
河 ) 』 と 『 法華
経開
題 ( 開 示 茲 大 乗 経 ) 』 に就
て は 前 に述
べ た 如 く で あ り 、 『 教 王 経 開 題 』 と 同 じ く 、 法爾
常 恒 な る 説法
が 六塵
に 遍 ず る 〈 六 塵 文字
〉 説 が 説 か れ て い る 。 『梵
網
経 開 題 』 に 就 て は 、 本書
に 於 て も こ の 四 本 に 共 通 す る 同 一 の文
に よ っ て 、 法 爾 常 恒 な る 説法
が 六塵
に 遍ず
る 〈 六 塵文
字
〉 説 が 見 ら れ る が 、 こ の 他 に 更 に 「 説 と は 梵 に は婆
娑
と 云 ふ 。婆
娑
は 即 ち 開 霧 指 月 の 言 な り 。 四 種曼
荼
六 塵 の境
界
、 普 く 説 聴 に 通 ず 。 」 と あ り 、 「 仏 説 」 の 「 説 」 と い う も の が 、 六塵
の境
界
に 通 ず る も の と さ れ て い る 。 又 本 書 で は 以 上 の 様 な 〈 六塵
文 宇 〉 説 に 関 す る記
述
の 外 に も 、 『梵
網 経 』 を梵
天 の 法 曼 荼 羅 身 で あ る と し 、更
に 一15
一NII-Electronic Library Service 智山学報第三十七輯 の 「 今 の 意 は 一 切 の 経 法 は 皆 是 れ 一 一 の 仏 菩
薩
等 の 三 摩 地 法曼
荼 羅 身 な り 。 」 或 い は 「 今 の 意 は 一 一 の 句=
の字
皆 是 れ諸
尊
の 法曼
荼
羅 身 な り 。法
然 に し て 而も
有 な り 。 人 の 造作
無 し 。 仏 眼能
く 此 の 法 の 本 有 の 名字
章
句 を 観 じ て 人 の為
に 而 も 説 き た ま ふ 。 一字
を も 加 へ ず 、 一 字 を も 減 ぜ ず 。 何 に 况 や 菩 薩声
聞 、 誰 か 敢 て 増減
せ ん や 。 」 等 とあ
っ て 、経
典
を 法曼
茶 羅 ・ 三 摩 地法
門
と す る 立 場 を 示 し 、 又 『 大 日経
』 に 准 ず る に と し て 、 「 一 切 経 に 必 ず 二 種 の義
を具
す 。 謂 く 浅 略 と 深秘
と な り 。浅
略
は 則 ち 多 名 句 を 以 て 其 の 義 を 顕 す 。 深 秘 は=
の 字 字 に 無 量 の 義 を 具 す 。 」 と あ っ て 、多
名
句 に よ っ て義
を 顕 わす
の を 浅 略 で あ り 、 一 字 に 無 量 の義
を 具 え る の を 深秘
で あ る と し 、 こ の後
に 字義
釈 を説
いて 、 更 に 「 是 の 如 き の 釈
義
は 即 ち 是 れ 深秘
の 義 な り 。 若 し能
く 広 く 釈 す 時 は則
ち劫
を 歴 て も 尽 し難
し 。 一字
の義
の 如 き は 、 自 余 の 字 等 も 亦復
是 の如
し 。 」 と 続 け 、 経 典 の 一 一 の 字 句 に 無 量 の 義 を 摂 す る 〈 如 来 の 説 法 〉 説 に就
て の 記述
を見
る事
が で き る 。 即 ち 本 書 に 於 て も 『 教 王 経開
題 』等
と 同 じ く 、 〈 六 塵文
字
〉 説 と 共 に 〈 三摩
地 法門
〉 〈法
曼
荼
羅 〉 説 或 い は 〈如
来 の 説 法 〉 説 が 説 か れ て い る の で あ る 。 一〇
、 『法
華
経
開
題
(兢
河
女
人
) 』 と 『法
華
経
釈
』 『 法華
経開
題 (兢
河 女 人 ) 』 は 、 そ の序
文
が 『 性 霊集
』 巻 八 の 「 三 島 大 夫 為 亡 息 女 書 写 供養
法華
講 説 表白
文 」 と 同 一 で あ り 、 天 長 六年
七 月 十 八 日 の年
記 を有
し て お り 、 こ の 時 の 成 立 で あ る 。 又 『 法華
経 釈 』 は そ の 初 め に 「 承和
元 年 中 春 月 於東
大 寺真
言 院開
演 」 と あ り 、 承 和 元 年 二 月 の 成 立 であ
る 。 こ の 二 本 は多
く の 部分
が 共 通 の文
で で き て お り 、然
も 梵 名 の字
相 字 義 釈 は 他 の 『 法 華 経 開 題 』 諸 本 と も 同文
で あ っ て 、 『 法華
経 』 を 観 自 在 の 三摩
地 ・ 法 曼 荼 羅 で あ る と し 、 孔 字 を 以 っ て 経 体 と し 、 こ の 一字
よ り 無 量 無 辺 の義
理を
流
出 す る と し て い る 。又
『 法 華経
開 題 ( 殖 河 女 人 ) 』 で は 『梵
網 経開
題 』 の文
と 同 一 の 文 を 以 っ て 、 一 一 の字
句
は 全 て 諸
尊
の法
曼 茶 羅 で あ り 、 法然
の 有 で あ っ て 人 の 造 作 に 非ず
と し 、 又 更 に は 「 如 是 我 聞 」等
の 五 成 就 段 の 五句
一16
一 N工工一Eleotronlo Llbrary弘法大師に於る く法身説法〉の展開につ い て (苫 米地誠一) は 五 仏 の 三 摩 地 で あ る と し て お り 、 〈 三