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(1)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正 当化根拠 : 事案解明義務の根拠論を中心に

著者 安井 英俊

雑誌名 同志社法學

巻 62

号 6

ページ 1947‑1978

発行年 2011‑03‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013567

(2)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三〇九同志社法学六二巻

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠

事案解明義務の根拠論を中心に

安 井 英 俊

︵一九四七︶ 目  

一 はじめに 二 証明責任分配論の現状と課題

  

1ドイツにおける証明責任分配論の展開

  

2日本における証明責任分配論の展開 三 事案解明義務の根拠論①︱法哲学的根拠︱

  

1正当化根拠としての手続的正義

  

2手続的正義論の現状

  

3民事訴訟における手続的正義論

  

4事案解明義務と手続的正義 四 事案解明義務の根拠論②︱実定法上の根拠︱

  

1憲法上の根拠

  

2訴訟法上の根拠 五 むすびにかえて

(3)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一〇同志社法学六二巻六号

一 はじめに

  民事訴訟において︑証明責任は権利の発生・変更・消滅を主張する者が負うというのが︑伝統的な証明責任分配の原

則である︒すなわち︑ローマ法以来︑﹁各当事者は自己の主張を立証することを必要とし︑証明責任は主張者にあって

その主張を否定する者にはない﹂とされている︒しかし︑いわゆる現代型訴訟と呼ばれる特殊な背景をもった訴訟︵公

害訴訟︑環境訴訟︑医療過誤訴訟︑製造物責任訴訟等︶の増加にともない︑従来通りの証明責任の分配原則では不都合

が生じるケースが増加してきている︒

  一般的にこれらの現代型訴訟では︑原告となる者︵公害訴訟における周辺住民︑医療過誤訴訟における患者等︶にと って訴訟活動は困難なものとなる

︒すなわち︑現代型訴訟は不法行為訴訟の形態をとる場合が多いため︑証明責任は原 1︶

告が負うことになり︑原告は専門知識が乏しいにもかかわらず︑被告︵公害訴訟における加害企業︑医療過誤訴訟にお

ける医師・病院等︶の過失を証明しなければならない︒また︑証拠は被告側に偏在していることが多いため︑原告はい

っそう不利な立場に置かれることになる︒

  そのような現代型訴訟における証明困難を軽減するための理論として︑証明責任を負わない当事者にも一定の要件の

下で情報・証拠を開示させる︵主張・立証させる︶事案解明義務論が登場して久しい︒しかし︑なぜ証明責任を負わな

い当事者が主張・立証する義務を負わされるのかという問題は︑いまだ解決されていない︒すなわち︑〝

nemo contra

se edere tenetur

︵何人も自分に不利なものをもたらす義務はない︶〟という伝統的テーゼにより︑﹁いかなる当事者も︑

相手方に対してその勝訴をもたらすべく相手方が利用することができない資料を入手できるように世話をする義務はな

い﹂ことがドイツの判例において認められている

︒つまり︑当事者は自己に不利な資料を提出しない自由を有している 2︶ ︵一九四八︶

(4)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一一同志社法学六二巻 にもかかわらず︑なぜ事案解明義務を認めてよいかという根拠論の問題は︑まだ論証が尽くされていないというのが現状である︒  事案解明義務をめぐっては︑すでに多くの論稿

が存在している︒しかし︑従来の議論では︑証明困難の軽減という目 3︶

的だけが先行し︑要件・効果論については詳細な検討が行われたが︑根拠論についての考察が十分になされてこなかっ

た︒事案解明義務のような明文規定のない強力な訴訟上の義務を課すためには︑義務を導き出すための磐石な根拠が必

要不可欠である︒それにもかかわらず︑従来の学説は単純に根拠を導き出してしまっているように思われる︒

  本稿の目的は︑事案解明義務の法的根拠を何に求めるべきかについて検討することである︒次章以下では︑まず議論

の前提として証明責任分配論の現状と課題について概観したうえで︑事案解明義務の法哲学的根拠および実定法上︵憲

法上および訴訟法上︶の根拠について検討する︒

二 証明責任分配論の現状と課題

  議論の前提として︑ドイツおよびわが国の証明責任についての議論の変遷を辿り︑ローゼンベルク︵

Rosenberg

︶の 規範説から現在に至るまでの流れを概観する

︒そして︑事案解明義務論が生成されるに至った経緯を確認する︒ 4︶

1

ドイツにおける証明責任分配論の展開

1

︶規範説   証明責任の分配について︑現在における通説は︑﹁各当事者は自己の主張を立証することを必要とし︑証明責任は主

︵一九四九︶

(5)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一二同志社法学六二巻六号

張者にあってその主張を否定する者にはない﹂というローマ法以来の原則に基づいてローゼンベルクが提唱した規範説

5

である︒規範説の内容は︑①要件事実について真偽不明の場合に法規は適用されない︵法規不適用の原則︶︑②当事者

は自己に有利な法規について真偽不明の場合に︑その法規が適用されない不利益を受ける︵当事者は自己に有利な法規

の要件事実について証明責任を負う︶︑③実体法の規定は︑権利根拠規定︑権利障害規定︑権利滅却規定に分類するこ

とができるから︑権利根拠規定についてはある権利を主張する当事者が︑権利障害規定と権利滅却規定については相手

方当事者が︑それぞれ要件事実の証明責任を負う︑④証明責任の分配は︑実体法の規定に基づいてのみなされるもので

あり︑裁判官による実質的考慮を介在させてはならない︑というものである︒

  権利根拠規定については原告に︑権利障害および権利消滅規定については被告にと双方当事者に分配することは︑武

器対等の原則︑敗訴の危険の同等分配あるいは機会均等原則を産みだす︒かかる証明責任の分配は衡平の思想や配分的

正義の思想からも正当化される︒

2

︶危険領域説   規範説とは全く異なる基準によって証明責任を分配する原理として︑プレルス︵

Prölss

︶による危険領域説

がある︒ 6

危険領域説は︑損害の原因が加害者の支配する危険領域から発した場合︑被害者は証明困難な状況にあり︑他方で加害

者は事実関係を解明できる立場にあるため︑加害者に証明責任を負わせるべきとする見解である︒危険領域説は︑製造

物責任訴訟などの証拠偏在型の事例において有効性を発揮するが︑﹁危険領域﹂という概念が曖昧すぎるため︑証明責

任の分配基準に適さないし︑実体法上の根拠も乏しいという批判がなされている︒ ︵一九五〇︶

(6)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一三同志社法学六二巻

3

︶規範説に対する批判   規範説に対しては︑以下のような批判がなされている︒まず︑ライポルド︵

Leipold

︶によれば︑真偽不明のときに

当然に法規不適用となるわけではなく︑何らかの考慮によって法規の不適用または適用が決定されるわけであるから︑

法規不適用の原則は採りえない

という︒ 7

  ライポルドは︑裁判官がある要証事実につき存在・不存在を確信できない場合には︑事実関係を確定することができ

ないはずであるから︑法規の適用も不適用もできないはずであることを明らかにした︒真偽不明の場合の裁判を可能に

するには何か特別の法規範が必要であり︑それが証明責任規範であるという︒この証明責任規範は︑真偽不明であるこ

とを要件としており︑証明責任規範の存在により法規の構成要件の存在が争われている場合でも︑その要件は充足され

たものとして擬制される︒

  このライポルドの見解は︑以降の論者の支持を得ることとなった︒そのため︑ライポルド以降のドイツの証明責任論

は︑真偽不明の場合は裁判官による裁判を可能にするための理論的手段が必要であるという点で共通認識を有してい

る︒  次にシュワープ︵

Schwab

︶は︑規範説を基本的には支持しつつ︑ライポルドらの規範説批判をふまえ︑規範説の修 復を試みている

︒シュワープは︑ローゼンベルクが真偽不明の場合になぜ法規不適用という結論を出す権限が裁判官に 8︶

与えられているのか明確にしていないと指摘する︒シュワープはこの点について規範説の修復を試みており︑修復の方

向性として︑ZPO二八六条の自由心証主義の中に真偽不明克服の手がかりを求めるか︑または真偽不明を裁判官が事

実の不存在を確信している場合と同様に取り扱うべきとする規範を想定するかのいずれかであるとする︒シュワープ

は︑ローゼンベルクはそのうちの後者を指向していたとする︒シュワープは︑その規範を﹁操作規則︵

Operationsregel

︶ ﹂

︵一九五一︶

(7)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一四同志社法学六二巻六号

と名付けた︒

  そして︑ライポルドの規範説批判によって端を発したドイツの証明責任論争は︑プリュッティンク︵

Prütting

︶によ って一応の総括がなされた

︒プリュッティンクは︑証明責任は民法に規定された不利益の当事者への内容的分配である 9

という考えを基礎として︑証明責任分配の問題と︑真偽不明の場合に裁判官の裁判を可能にする方法論的手段の問題と

を明確に区別する︒裁判官は︑訴え提起があった場合に実体法規を具体的事実に適用することを職務上強制されている

わけであるから︑そのことは事実が真偽不明の場合でも変わりはないという︒そうすると︑裁判官は事実が真偽不明で

あっても︑どちらかに擬制することが必要になる︒こうした強制は自由心証主義から生ずるのではなく︑裁判官は真偽

不明の場合でも裁判を行わなければならないという裁判拒否の禁止から生ずるとする︒プリュッティンクによれば︑こ

の問題は証明責任をどちらの当事者に分配するかという問題とは無関係であり︑法的性質を有しない﹁操作規則﹂によ

って真偽不明の克服が可能になるという︒

4

︶証明責任分配基準についての議論   規範説による証明責任分配の基準は︑請求者が権利を根拠づける構成要件につき︑請求の相手方は権利を障害・妨害

させる構成要件および権利を消滅させる構成要件についてそれぞれ証明責任を負う︑というものである︒この分配基準

は︑何人も自己に有利な法規の諸要件について証明責任を負う︑というローマ法以来の伝統的テーゼに基づいている︒

しかし︑規範説による分配基準に対しては︑権利根拠規定と︑権利障害規定・権利消滅規定との明確な区別は不可能で

あるといった批判がなされている︒

  規範説の証明責任分配を批判して︑新たな証明責任分配論を提唱する論者としてライネッケ︵

Reinecke

︶とヴァー ︵一九五二︶

(8)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一五同志社法学六二巻 レンドルフ︵

W ahrendorf

︶がいる︒まずライネッケは︑実定法の規定中に明示的な証明責任規範や法律上の推定規定

があるかどうかで証明責任分配を決定するが︑裁判官は実質的合理的理由があれば︑証明責任の転換を行うことができ

るとする

10

  ヴァーレンドルフは︑判例の分析を通じて︑もはや規範説は実効性を失っていると指摘し︑判例は証明責任分配につ いて実質的正義の考量を用いていることを明らかにしようと試みた

︒すなわち︑ヴァーレンドルフが判例から導き出し 11

た基準とは︑蓋然性原則︑保護原則︑保証原則︑信頼原則︑責任連帯原則︑制裁原則︑社会的危険分配原則という七原

則である︒これらのうち︑特に蓋然性原則と保護原則を最も重要な基準としている︒

  また︑判例の立場としては︑規範説を維持しながらも︑実質的に裁判官の裁量によって証明責任分配がなされている

事例がみられる︒すなわち︑医療過誤訴訟の事例において﹁証明責任の転換にまで至る証明軽減﹂を認めたり︑医師が

重過失による治療ミスを犯した場合は︑因果関係についての証明責任の転換が認められている

︒このように︑判例は︑ 12

証明困難な事例において証明責任の転換を行っている︒

5

︶証明困難への対応策︱事案解明義務論の登場︱

  以上のように︑ドイツにおける証明責任分配論は︑ライポルドによる規範説批判に端を発して︑プレルスの危険領域

説や︑ライネッケやヴァーレンドルフによる新たな証明責任分配基準が提唱されるという展開となった︒これらの議論

の背景には︑医療過誤訴訟をはじめとする︑いわゆる現代型訴訟の増加により︑従来の規範説による証明責任分配では

不都合が生じるようになってきたからである︒すなわち︑規範説の下では︑被害者が加害者の過失等について証明責任

を負うことになるが︑現代型訴訟では︑例えば医療過誤訴訟であれば患者対医師・病院︑製造物責任訴訟であれば消費

︵一九五三︶

(9)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一六同志社法学六二巻六号

者対企業というように︑当事者間で証拠収集能力の格差と︑著しい証拠の偏在が生じる︒このような状況下では︑原告

は手も足も出せずに証明責任の原則により敗訴してしまうことになる︒

  そこで︑規範説とは異なる証明責任分配原則を唱える理論が登場してきたわけであるが︑規範説の通説的地位を覆す

までには至らなかった︒そのため︑証明責任分配をめぐる議論は︑規範説に代わる証明責任分配の基準を創出しようと

する方向から︑しだいに規範説の枠内で調整を試みる方向へと移行していった︒すわわち︑規範説に基づく証明責任分

配を維持したうえで︑証明困難の軽減を図ろうというものである︒そのような状況下で登場してきた理論が︑シュテュ

ルナー︵

Stürner

︶の事案解明義務論である︒

  シュテュルナーの提唱する事案解明義務論の概要については︑以下の通りである

︒事案解明義務は︑特定の条文に拠 13

らない一般的な法理である︒ただし︑シュテュルナーは一般的事案解明義務を︑ZPOの法文中に存在する当事者の協

力義務の規定︵ZPO一三八条一項︹真実義務・完全義務

︺・二項︹陳述義務 14

︺︑同三七二条 15

a

︹血統確定の検査

16

︺ ︑ 同 四二二条および同四二三条︹文書提出義務

︺等︶から︑類推によって導き出している︒ 17

  事案解明義務の根拠としては︑連邦共和国基本法の保障する真実発見による個人の権利保護が挙げられている︒次に︑

証明責任を負わない当事者に事案解明義務を課すための要件は︑証明責任を負う当事者が自己の主張について具体化

Substantiierung

︶することであるとされる︒すなわち︑証明責任を負う当事者が相手方に事案解明を求めるならば︑

まず自己の権利主張が納得しうるものであることを示し︑自己の権利主張に合理的な基礎があることを明らかにする手

がかり︵

Anhaltspunkt

︶を示さなければならない︒そして︑事案解明義務の効果は︑証明責任を負わない当事者が事実

関係の解明への協力を拒否した場合︵事案解明義務違反の場合︶の効果である︒シュテュルナーは︑解明義務の違反者

にとって不利な事実の真実擬制を︑義務違反の効果とする︒ただし︑その擬制は反証によって覆すことが可能である︒ ︵一九五四︶

(10)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一七同志社法学六二巻   以上のように︑ドイツにおける証明責任分配をめぐる議論は︑規範説による証明責任分配原則そのものの是非を問う方向から︑規範説の枠内で調整を図る方向へと移行していくこととなった︒

2

日本における証明責任分配論の展開

1

︶法律要件分類説   ローゼンベルクの規範説を︑日本法に採りいれたものが法律要件分類説である

︒法律要件分類説は︑法規不適用原則 18

を認め︑権利根拠規定︑権利障害規定︑権利消滅規定の三分法を用いるという点で規範説と類似している︒しかし︑規

範説の要件の一つである﹁裁判官の実質的考慮の排除﹂は受け継いでいない︒法律要件分類説は︑裁判官が事案に応じ

て証明責任の分配について実質的考慮を入れることを認めており︑この点が規範説と異なる︒すなわち︑権利根拠規定︑

権利障害規定︑権利滅却規定の区別については︑当事者間の公平や紛争の迅速な解決等の実質的考慮を入れてもよいと

している︒

2

︶法律要件分類説に対する批判   法律要件分類説に対しては︑次のような批判がなされている︒まず︑ドイツにおける規範説批判と同様に︑法規不適

用の原則に対する批判と︑権利根拠規定と権利障害規定・権利消滅規定との区別が実体法の規定において明確にできる

のかという批判

である︒そして︑わが国の民法の規定は証明責任の分配についての配慮が明確にはなされていないとい 19

う批判

である︒すなわち︑民法の規定がそのような状態である以上︑規定の構造に依拠して証明責任の分配を定めるこ 20

とは不可能ないし不適切であるという︒

︵一九五五︶

(11)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一八同志社法学六二巻六号

3

︶利益考量説   法律要件分類説に対する批判の中から形成されてきた見解が︑利益考量説である︒利益考量説は︑権利根拠規定︑権

利障害規定︑権利消滅規定という三分法を用いることなく︑証拠との距離︵証拠に近い方に証明責任を課す︶︑立証の

難易︵立証の容易な方に証明責任を課す︶︑蓋然性︵蓋然性の低い事実を主張する者に証明責任を課す︶を考慮して︑

証明責任の分配を決めるとする見解

である︒ 21

4

︶修正された法律要件分類説   権利根拠規定︑権利障害規定︑権利消滅規定という三分法は維持するが︑どの要件がこれらの規定のうちどれに該当

するかは︑実体法の趣旨や実体法に基づく価値判断などの実質的な考慮に基づいて決定されるとする見解である︒その

実質的判断に際しては︑実体法の趣旨と︑実体法に基づく価値判断を主たる基準とし︑証拠との距離や立証の難易とい

った当事者間の公平の観点は基準としない立場

と︑実体法上の考慮と当事者間の公平の観点の双方を基準とする立場 22

23

ある︒︵

5

︶証明困難への対応策︱事案解明義務論の登場︱

  わが国における証明責任論争も︑通説たる法律要件分類説に対する批判から始まったわけであるが︑結果的には法律

要件分類説が維持されたといってよい︒そして︑証明責任分配の問題についても︑法律要件分類説に基づく証明責任分

配を崩すことなく︑法律要件分類説の枠内で調整する方向へと移行していった︒その背景としては︑ドイツと同じく︑

現代型訴訟の増加によって︑従来の証明責任分配原則を貫徹したのでは︑当事者間の情報・証拠収集能力の格差および ︵一九五六︶

(12)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三一九同志社法学六二巻 証拠の偏在により︑著しい不公平が生じてしまうケースが現れてきたためである︒  そのような状況の中で︑春日偉知郎教授によってシュテュルナーの事案解明義務理論が日本法に応用された︒春日教授による事案解明義務理論の概要は以下の通りである︒まず事案解明義務の根拠としては︑真実発見の要請︑および当事者間の武器平等をもたらし手続権の実質的保障を確保することとされる︒  次に︑事案解明義務の要件は︑①相手方に事案解明を求める当事者が自己の権利主張について合理的な基礎のあることを明らかにする手がかりを示すこと︑②この当事者が客観的に事案解明をなしえない状況︵事実関係からの隔絶︶にあり︑かつ③事案解明できないことにつき非難可能性がないこと︑④相手方が事案解明を容易にでき︑事案解明の期待可能性があること︑という四点である︒そして︑事案解明義務の効果︵事案解明義務違反の場合の効果︶は︑義務違反者に不利な事実の擬制がなされる︒ただし︑違反者たる相手方は他の事実・証拠を陳述・提出することにより反駁する余地が認められている︒  なお︑事案解明義務は適用範囲が限定されるわけではないが︑特に証拠偏在型の事例において有効性を発揮する︒例えば︑原発訴訟であれば被告行政庁側に資料の提出義務を課したり︑医療過誤訴訟であれば医師側に情報・証拠︵カルテ等︶の開示を求めることが可能となる︒  以上のように︑事案解明義務は︑原則通りの証明責任分配では不都合が生じる場合の対応策として注目されている︒

しかし︑事案解明義務の根拠論︑すなわちなぜ証明責任を負わない当事者に主張・立証する義務を負わせることが正当

化されるのか︑という点については︑まだ見解が統一されていない︒この法的根拠の問題について︑次章より検討する︒

︵一九五七︶

(13)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二〇同志社法学六二巻六号

三 事案解明義務の根拠論①︱法哲学的根拠︱

1

正当化根拠としての手続的正義   事案解明義務は︑明文規定のない理論であるため︑その法的根拠を明らかにすることが必要不可欠である︒憲法上お

よび訴訟法上に根拠を求めるとともに︑その前提として︑より根源的・究極的な根拠︑すなわち法哲学的なレベルでの

根拠を明らかにしなければならない︒なぜなら︑〝

nemo contra se edere tenetur

︵何人も自分に不利なものをもたらす

義務はない︶〟という伝統的テーゼがあるにもかかわらず︑事案解明義務を認めるのであれば︑このテーゼの修正を可

能とする根源的・究極的根拠がなければならないからである︒

  私見は︑手続的正義に見いだせるのではないかと考える︒手続的正義とは︑実質的正義が決定の結果の内容的正当性

に関する要請であるのに対して︑決定に至るまでの手続過程に関するものであり︑その決定の利害関係者の各要求に公

正な手続にのっとって公平な配慮を払うことを要請するものである

︒手続的正義は極めて法的な観念であり︑その典型 24

的モデルも当事者主義的裁判手続に求められることが多い

25

  田中成明教授は︑手続的正義の観点から民事訴訟の手続の在り方について提言している︒具体的には︑田中教授は︑

第三の波理論︑当事者主義的訴訟手続︑手続裁量論︑釈明権をめぐる議論の中に︑手続的正義の訴訟法上の発現を見い

だしている︒その延長線上に︑事案解明義務と手続的正義の関係が見いだせるのではないか︒

2

手続的正義論の現状

  手続的正義の要請内容は︑①第三者の中立性・公平性に関するもの︑②当事者の対等化と公正な機会の保障を要請す ︵一九五八︶

(14)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二一同志社法学六二巻 る手続的公正に関するもの︑③第三者および当事者に対して理由づけられた議論と決定を要請する手続的合理性に関するもの︑という三つに分けられる︒  まず︑①第三者の中立性・公平性の要請について確認する︒中立性・公平性とは︑第三者︵裁判官︶が紛争解決の結果に関して個人的な利害関心をもってはならないこと︑当事者に対して偏見をもってはならないことである︒次に︑②当事者の対等化と公正な機会の保障を要請する﹁手続的公正﹂の要請とは︑各当事者に手続についての公正な告知をすること︑当事者双方の論拠と証拠を聴取すること︑相手方当事者の論拠と証拠に抗弁する公正な機会を与えることなどである︒そして︑③第三者および当事者に対して理由づけられた議論と決定を要請する﹁手続的合理性﹂の要請とは︑

第三者と当事者の双方に対する共通の要請である︒手続的合理性に関する要請は︑合理的な議論の確保・促進という手

続過程自体に照準を合わせたものであるが︑そこから生じる結果の正当性を正当化する機能をもっており︑その限りで

結果志向的な性質もみられる︒

3

民事訴訟における手続的正義論

1

︶第三の波理論と手続的正義   手続的正義の問題は︑民事訴訟において当事者主義的手続の論点と最も関連している︒わが国では︑当事者主義的手

続への参加保障の在り方をめぐる手続保障論を中心に議論がなされている︒その議論の特徴としては︑手続的正義の三

つの要請内容のうち︑手続的公正の問題に焦点が合わされていることが挙げられる︒

  民事訴訟における手続保障論は︑いわゆる﹁第三の波﹂理論の登場をきっかけとして︑活発に議論されるようになっ

た︒第三の波理論の基本的な考え方は次のようなものである︒すなわち︑﹁裁判所という公正で整序された場と手続と

︵一九五九︶

(15)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二二同志社法学六二巻六号

の中で︑当事者が互いにそれぞれの関心に基づいて相互作用を展開していく過程にこそ訴訟の生命線があり︑過去は過

去として踏まえ︑法規範を自己流に使いながらも︑基本は︑これから先に向けて自律的な関係を形成していく場が訴訟

手続である﹂として︑﹁結果︵判決中心︶志向から過程︵手続︶志向へ︑過去志向から将来志向へ︑判断志向から関係

形成︵調整︶志向へ︑他律志向から自律志向へ︑終局志向から暫定志向へ︑法規範の絶対的基準性から相対的道具性へ﹂

というスローガンを掲げている

26

  田中成明教授は︑第三の波理論について︑次のような二つの問題点を指摘している

︒まず一点目として︑第三の波理 27

論においては︑訴訟の目的は︑裁判官の公権的な判決によって紛争解決をはかることではなく︑当事者の主体性と自己

責任による対話・論争を尽くさせることだとされているが︑このような見解には︑手続保障やそのもとでの手続過程の

展開を自己目的化しすぎていると指摘する︒二点目は︑訴訟手続の展開において︑当事者の主体性と自己責任を重視し︑

当事者間の水平関係にもっと重点をおくべきであるという方向自体は適切だが︑その場合における裁判官の役割の位置

づけが不十分であり︑裁判官が手続保障との関連でも果たすべき役割を視野の外においていることは︑訴訟手続におけ

る三者関係の全体像の構築にとって適切ではない︑と指摘する︒

2

︶当事者主義的訴訟手続における裁判官の役割と手続的正義   手続的正義論のモデルとされている当事者主義的訴訟手続において︑裁判官がどのような役割を果たすべきか︑とい

うことが手続的正義の観点から問題となる︒当事者主義的訴訟手続は︑資力と能力の対等な当事者が︑有能な弁護士に

代理され︑相互に主張立証を行い︑活発な弁論が展開されるという理想的な状況を想定している

︒このような理想的な 28

条件の下であれば︑裁判官は中立的なアンパイヤーとしての立場から訴訟指揮を行い︑判決を出せばよいことになる︒ ︵一九六〇︶

(16)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二三同志社法学六二巻   しかし︑現実には︑両当事者の資力と能力が対等である場合は稀であり︑弁護士の付かない場合もあるし︑また弁護士間に能力差がある場合も多い︒田中教授は︑当事者間に格差がある場合にも自己責任の問題として裁判官の関知せぬことだとしてしまっては︑﹁本来勝つべき者が勝つ﹂という訴訟の目的からそれて︑社会的信頼を損ねることになると

指摘する

︒それゆえ︑当事者主義的訴訟手続だけでは︑手続的公正を適切に確保できず︑適正な結果につながる手続的 29

合理性を実現することにも限界があり︑現実的には︑裁判官がある程度後見的に配慮しないことには︑手続を円滑に進

行させて判決にたどり着くことができないという︒

  田中教授は︑民事裁判における裁判官の役割をアンパイヤーからマネジャーに変容させ︑手続的正義の問題をクロー ズアップさせている背景として︑いわゆる現代型訴訟があると指摘する

︒現代型訴訟では︑従来の当事者主義的な審理 30

手続・解決方法に準拠しているだけでは適切に解決できないケースが多い︒そのため︑裁判官の裁量的ないし調整的な

判断の重要性が高まってきているという︒

3

︶手続裁量論と手続的正義   田中教授は︑手続的正義の確保・実現という観点からみて︑訴訟の審理過程全体の適正化をいかにして図るかという ことが重要な問題であると指摘する

︒この審理過程全体の適正化という問題に関連して︑加藤新太郎判事が手続裁量論 31

を提唱している︒

  加藤判事の提唱する手続裁量論

とは︑裁判官の訴訟指揮を中心とする訴訟手続のマネジメント権限を手続裁量権とし 32

て認め︑裁判官が各場面で裁量によって行う手続選択を規律するためのガイドラインないし行動準則を策定することに

よって︑透明度の高い手続過程を構築するための理論である

33

︵一九六一︶

(17)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二四同志社法学六二巻六号

  手続裁量論は︑手続選択における裁判官の裁量の内実を明らかにして︑その規律枠組みを考えるものである

︒すなわ 34

ち︑職権進行主義原則を基礎に置き︑手続選択における裁量の必然性を押さえた上で︑手続運営を主宰する責任を委ね

られた裁判官の活動のあり方を考察の対象とする︒ただし︑職権進行主義を基礎に置きつつも︑職権主義的な要素を強

調しようとするものではない︒手続裁量の限界づけの方法として︑①立法・解釈による手続裁量の範囲の限定︑②当事

者の合意または三者合意による抑制︑③裁判官に対する理由開示の義務づけの三つがある︒しかし︑具体的な裁量行使

を堅い枠組みによって規制することには消極的であり︑いずれも手続裁量を方向づけるガイドラインにとどめ︑考慮要

素と制約要素の総合的考察によって問題状況を規律するべきであるとする

35

4

︶釈明権と手続的正義   田中教授は︑釈明権についても︑手続的正義の観点から民事裁判の在り方を考えるにあたって重要な意義をもつと指

摘する

︒すなわち︑裁判官の釈明権行使の在り方については︑手続的正義の要請内容の理解からみれば︑手続的公正や 36

手続的合理性の確保・実現において裁判官に期待されている役割と相関的に論じられるべきであるとする︒そして︑裁

判官の役割は︑両当事者間の直接的なコミュニケーションの歪みを矯正したり障害を除去・軽減したりして︑自律的弁

論の活性化を促進・支援するという後見的役割にシフトすべきであるとする︒

  そして︑裁判官の後見的配慮の主たる関心を︑裁判官の視点からの真相に合致した適切妥当な解決という︑直接的・

結果志向的なものから︑当事者間︑さらに裁判官を含めた三者間の弁論充実・活性化という︑間接的で手続過程志向的

なものにシフトすることは︑特に現代型訴訟のようなケースにおいて重要であるという

︒というのも︑現代型訴訟は︑ 37

何が適切で妥当な結果かを決める実体的基準が不存在ないし不確定であり︑議論を尽くすプロセスのなかで初めて浮か ︵一九六二︶

(18)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二五同志社法学六二巻 び上がってくるハード・ケースだからである︒  具体的な釈明権行使の在り方については︑本来勝つべき者が負けたりして︑訴訟に対する社会的信頼を著しく損なうおそれが明白な場合には︑一方当事者に有利・不利の影響を及ぼしても︑積極的に釈明をすべきであるが︑そのような場合には︑相手方にも異議・反論をする機会を保障することが不可欠であるという

︒特に︑裁判官が職権主義的に誘導 38

する観点から釈明を行うことは不適切であり︑裁判官の後見的釈明も︑結果の平等を直接めざすのではなく︑当事者の

主体的弁論能力を強化し︑手続過程自体における実質的不平等の是正をめざすべきであるとする︒

4

事案解明義務と手続的正義   さて︑以上のように︑田中教授による手続的正義の観点からの民事訴訟手続の在り方についての提言を概観したわけ

であるが︑ここではさらに一歩進んで︑手続的正義と事案解明義務の関係について検討を試みたい︒手続的正義と事案

解明義務の関係について︑例えば谷口安平教授は︑事案解明義務を︑事案に応じて当事者間の負担の実質的に公平な再

配分を試みるものであるとして︑手続的正義の観点から積極的に評価できるとしている

39

  それでは︑先述した手続的正義の三つの要請内容︑すなわち︑①第三者の中立性・公平性に関するもの︵中立性・公

平性の要請︶︑②当事者の対等化と公正な機会の保障を要請する手続的公正に関するもの︵手続的公正の要請︶︑③第三

者および当事者に対して理由づけられた議論と決定を要請する手続的合理性に関するもの︵手続的合理性の要請︶︑と

いう三つの観点から︑事案解明義務を考察していきたい︒

  まず中立性・公平性の要請と事案解明義務の関係について検討する︒中立性・公平性とは︑第三者︵裁判官︶が紛争

解決の結果に関して個人的な利害関心をもってはならないこと︑当事者に対して偏見をもってはならないことである︒

︵一九六三︶

(19)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二六同志社法学六二巻六号

そもそも事案解明義務は当事者の義務であるが︑当事者にその義務を課すのは裁判官である︒そのため︑現代型訴訟に

おいて構造的な証拠偏在︵例えば医療過誤訴訟において証拠となるカルテ・診療録等が全て被告病院側の支配領域内に

あるような場合︶が生じている場合に︑裁判官が証拠に近い側の当事者︵証明責任を負わない当事者︶に事案解明義務

を課すことによって︑当事者間の格差を是正し︑結果として裁判官の中立性・公平性を確保することができるであろう︒

  次に︑手続的公正の要請と事案解明義務の関係について検討する︒手続的公正の要請は︑各当事者に手続についての

公正な告知をすること︑当事者双方の論拠と証拠を聴取すること︑相手方当事者の論拠と証拠に抗弁する公正な機会を

与えることなどである︒事案解明義務は︑一方の当事者︵証明責任を負わない当事者︶が情報・証拠を独占し︑開示し

ないため︑他方の当事者︵証明責任を負う当事者︶が全く主張・立証することができないような場合に︑情報・証拠を

独占している当事者に対して情報・証拠の開示を求める法理であるから︑事案解明義務の適用によって開示された情報・

証拠を利用して︑証明困難に陥っている当事者にも主張・立証の機会を保障することが可能となる︒

  最後に︑手続的合理性の要請と事案解明義務の関係について検討する︒手続的合理性の要請は︑合理的な議論の確保・

促進という手続過程自体に照準を合わせたものであるが︑そこから生じる結果の正当性を正当化する機能を有するもの

である︒例えば︑証拠偏在の著しい現代型訴訟において︑全く事案解明義務を適用しないとすると︑証明責任を負う当

事者は主張・立証することができず︑証明責任の原則により敗訴してしまうことになる︒しかし︑そのような場合に事

案解明義務を適用すれば︑証明責任を負わない当事者の側にあった情報・証拠が開示されることにより事実関係が明ら

かとなり︑そのうえで主張・立証を展開することが可能となる︒つまり︑事案解明義務を適用しなければ︑証明責任を

負う当事者は手も足も出せないまま︑事実関係も明らかにならずに敗訴してしまうところを︑事案解明義務を適用すれ

ば︑証明責任を負わない当事者が開示した情報・証拠によって事実関係が明らかにされるため︑たとえ結果として敗訴 ︵一九六四︶

(20)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二七同志社法学六二巻 するとしても︑事案解明義務が適用されなかった場合よりも判決に納得できるであろうと思われる︒  以上のように︑事案解明義務は手続的正義の三つの要請内容を満たす理論であると解される︒同時に︑事案解明義務の究極的根拠として︑手続的正義の要請があるといえるのではないだろうか︒

四 事案解明義務の根拠論②︱実定法上の根拠︱

1

憲法上の根拠

1

︶従来の学説における根拠   事案解明義務は︑証明責任を負わない当事者に事実主張および証拠提出を求める強力な義務であるから︑当然しかる

べき根拠が必要となる︒シュテュルナーは︑ドイツにおける憲法である連邦共和国基本法を事案解明義務の根拠として

いる︒すなわち︑基本法が真実発見による国民の権利保護のための手続を保障していることは︑事案解明義務の問題を

考えるにあたって決して無関係なものとはなりえず

︑むしろ基本法は事案解明義務に親和的な影響をもたらすので

ある

40

  基本法は国民の権利保護のために司法請求権を保障しており︑それによって国民は自己の権利を守るために司法を利

用できることは疑うべくもないが︑重要なのは︑基本法上の司法による権利保護の保障が︑真実発見を求める権利まで

をも含むのかどうかという点である︒この点についてシュテュルナーは︑基本法一〇三条一項を挙げて︑基本法は真実

発見を求める権利を保障しているとする︒基本法一〇三条一項は︑﹁裁判所においては︑何人も法的審尋を請求する権

利を有する﹂と規定しており︑国民に審尋請求権を保障する規定である︒一〇三条一項は︑真実発見および権利実現の

︵一九六五︶

(21)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二八同志社法学六二巻六号

ために協力を求める権利を保障していると理解される︒また︑連邦憲法裁判所も︑法治国家における訴訟手続の充実と

いう点から︑徹底的な真実発見の重要性を強調している︒

  さらにシュテュルナーは︑民事訴訟法の目的も事案解明義務の根拠として挙げている︒すなわち︑基本法の保障する

真実発見による個人の権利保護は︑民事訴訟の目的に他ならず︑その目的を達成するためには証明責任を負わない当事

者の事案解明義務が不可欠であるという︒

2

︶根拠としての憲法   ドイツにおける事案解明義務は︑憲法たる基本法に根拠を求めていることから︑日本においても憲法に根拠を求める

ことができないだろうか︒というのも︑訴訟において相手方当事者に義務を課すための根拠を︑訴訟法にのみ求めるの

は不十分であると思われるからである︒すなわち︑事案解明義務という強力な義務が訴訟法のみから導かれるとすると︑

手続の進行状況に応じて場当たり的に使われるおそれがある︒そこで︑最高規範たる憲法が事案解明義務の根拠たりえ

ないかと考える︒

  まず前提問題として︑憲法と訴訟法︵手続法︶との関係を明らかにしたうえで︑考察しなければならない︒憲法と民 事訴訟法の関係は多くの学説において述べられているように︑憲法が手続の規制原理としての機能をもつ

というもので 41

あったり︑民事訴訟法における憲法的保障

という形で見出すことができる︒すなわち︑実体法において争いがある場合 42

でも︑両当事者は手続について合意することによって問題を解決することができるのであり︑手続法は実体法上の争い

の帰結の正当性を確保するものである

︒このように手続法は重要な機能を有するものであるから︑手続の内容は普遍的 43

な手続的正義を実現したものでなければならず︑その手続的正義は最高法規たる憲法に見出される

︒具体的には︑﹁裁 44 ︵一九六六︶

(22)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三二九同志社法学六二巻 判を受ける権利﹂を保障する憲法三二条と︑﹁公開の原則﹂を保障する憲法八二条が挙げられよう︒ただ︑三二条と八

二条のみにとどまることなく︑憲法が民事訴訟手続に対していかなるものを保障しているかについては︑多くの学説が

展開されている︒

  例えば憲法三二条について︑松井茂記教授は︑憲法三二条の﹁裁判を受ける権利﹂を憲法の手続的デュー・プロセス

の権利保障の全体構造のなかに位置づけ︑憲法三二条を非刑事裁判手続に関する手続的デュー・プロセスの総則規定と

理解している

︒すなわち︑憲法三二条は︑国民が個人的に何らかの不利益を受けたときに裁判所に裁判を求めることが 45

できること︑およびその裁判手続に対してデュー・プロセスが保障されるべきことを要求したものと解するのである︒

また︑小島武司教授は︑憲法三二条の﹁裁判を受ける権利﹂は国民に適正かつ公平な審理ならびに裁判を保障すること

を目的としており︑憲法によって手続的デュー・プロセスが保障されていると指摘する

46

  手続的デュー・プロセスが民事訴訟において保障されるのであれば︑当然︑主張・立証レベルでも手続的デュー・プ

ロセスが保障されなければならない︒すなわち︑当事者の主張・立証する機会が︑適正かつ公平に保障されなければな

らないのである︒このような手続的デュー・プロセスの要請は︑まさに事案解明義務によって具現化されるといえよう︒

すなわち︑事案解明義務を適用することによって︑当事者に主張・立証の機会が確保され︑事実関係の詳細が解明され

て十分な審理を尽くすことが可能となり︑当事者に適正な手続を保障することになるからである︒

  また︑憲法一四条一項について︑中野貞一郎教授は︑法の下の平等を定めた憲法一四条一項は︑実体法だけでなく︑ 訴訟法にも妥当すると主張する

︒すなわち︑憲法の下では︑訴訟法上の当事者平等原則︵武器平等の原則︶も︑平等原 47

則の訴訟的具現として憲法上の保障をもつと解するのである︒事案解明義務は︑証拠偏在の場合や︑情報に格差がある

場合に︑より証拠・情報に近い位置にある当事者に事実関係の解明を求めるものであるから︑当事者平等原則を体現す

︵一九六七︶

(23)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三三〇同志社法学六二巻六号

るものであるといえよう︒ゆえに︑憲法一四条一項から導かれる当事者平等原則もまた︑事案解明義務の根拠たりうる

と考える︒

  ところで︑間渕清史教授は違法収集証拠についての論稿

の中で︑当事者が証拠を収集・提出して︑証拠の取り調べを 48

求めることができる根拠を︑裁判を受ける権利︵憲法三二条︶の保障の一内容である証拠に関する当事者権︵証明権︶

に求めうるとしている︒間渕教授によれば︑当事者には手続内外で証拠を収集する権利︵証拠収集権︶と裁判所に証拠

を提出してその取り調べを要求する権利︵証拠提出権︶が保障されているとし︑その究極的根拠は裁判を受ける権利に

求めうると述べている

︒この証拠収集権および証拠提出権とは︑まさに事案解明を求めうる権利と趣旨を同じくするも 49

のであり︑ゆえに裁判を受ける権利および当事者権は事案解明義務の究極的根拠にもなりうると解する︒

  手続の憲法による保障は︑憲法三二条等の明文規定のみにとどまらない︒ドイツにおいて発展してきた審尋請求権と いう権利が︑日本においても解釈上︑認められている

︒審尋請求権とは︑当事者が︑裁判事項について自己の見解を表 50

明し︑かつ聴取される機会が与えられることを要求する権利である

︒すなわち︑当事者は︑主張・立証する機会を与え 51

られることを要求しうるのである︒この審尋請求権の目的は︑当事者に十分な主張・立証の機会を与え︑適正な裁判を

実現することに他ならない︒一方︑事案解明義務も︑証明困難に陥っている当事者に主張・立証する機会を与え︑適正

な手続を保障するものである︒したがって︑適正な裁判の実現とは︑まさしく事案解明義務の理念でもある︒

  以上のように︑憲法三二条の﹁裁判を受ける権利﹂から導き出される﹁手続的デュー・プロセス﹂の要請︑憲法一四

条一項から導き出される﹁訴訟上の当事者平等原則﹂︑および審尋請求権といったものから︑事実関係を解明して適正

な裁判を求めるための︑いわば﹁事案解明請求権﹂というべき権利が導き出される︒事案解明請求権は当事者の裁判所

に対する権利であり︑裁判所が相手方当事者に事案解明義務を課すことによって具現化される︒すなわち︑この事案解 ︵一九六八︶

(24)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三三一同志社法学六二巻 明請求権が具体的に発現したものが事案解明義務であるということができる︒よって︑憲法から導き出される事案解明請求権が︑事案解明義務の根拠になりうると考える︒

2

訴訟法上の根拠

1

︶従来の学説における訴訟法上の根拠論   では︑事案解明義務の訴訟法上の根拠について検討する︒まず前提として︑従来の学説を確認しておきたい︒従来の 学説では︑訴訟法上の根拠として信義則が挙げられることが多い

︒例えば︑信義則の発現たる真実義務から︑当事者が 52

相手方の主張の不完全・不正確であることを知りながら何もしないことは許されないとされる︒医療過誤訴訟であれば︑

医師側に情報・証拠が偏在しているのに︑医師側は患者側が主張・立証に困っているのをただ傍観することは許されな

いということになる︒

  さて︑ここではまず信義則を訴訟法上の根拠とすることの是非について検証する︒信義則︵民訴二条︶を根拠とする

と︑両当事者に信義誠実かつ公正迅速な審理を求める権利があるのに︑なぜ一方の当事者だけが事案解明義務を課せら

れるという不利益を強いられることになるのか︑ということが論証しきれないのではないだろうか

︒すなわち︑迅速で 53

充実した訴訟審理を受けることについて︑両当事者は平等に正当な期待を有しているわけであるから︑一方の当事者に

だけ事案解明義務が課せられ︑情報・証拠を開示しなければならないことの根拠とはなりえないのではないか︒換言す

れば︑証明責任を負う当事者も証明責任を負わない当事者も︑ともに信義誠実かつ公正迅速な審理を求める権利を有し

ながら︑証明責任を負わない当事者の側に情報・証拠が偏在しているという事情のみによって︑証明責任を負わない当

事者が主張・立証を強いられることの根拠が︑信義則を負っているからというだけでは説得力を欠くように思われる︒

︵一九六九︶

(25)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三三二同志社法学六二巻六号

  では︑信義則に代わる事案解明義務の訴訟法上の根拠として︑いかなるものがありうるのか︑以下に検討する︒

2

︶シュテュルナー理論の再検討   訴訟法上の根拠を考察するにあたっては︑そもそも事案解明義務理論は何のために生み出されたのかということを考

える必要がある︒そこで︑いま一度シュテュルナーの事案解明義務理論に戻って考えることとする︒すなわち︑シュテ

ュルナーの論考における﹁証明責任を負わない当事者が︑何もしなくてよいはずはない﹂という視点はどこから導き出

されるのか︑確認する︒

  従来︑規範説に対しては︑実体法の規定に拘束されるため︑実質的な利益考量に欠けるという批判が根強くなされて

いる︒また︑規範説の考え方を突き詰めれば︑証明責任を負わない当事者は審理過程において何もしなくてもよいとい

うことになる︒シュテュルナーも︑規範説に基づく証明責任分配について︑次のような見解を述べている︒すなわち︑

証明責任を負う当事者のみが事実を主張し証拠を提出する責任を負うわけではなく︑証明責任を負わない当事者も反対

主張を行い︑反証を提出する責任があるというのである

︒シュテュルナーは︑証明責任を負う当事者のみが事実主張・ 54

証拠提出に奔走し︑証明責任を負わない当事者が傍観者的な立場に留まることを否定している︒換言すれば︑両当事者

が平等に事実関係解明の作業を分担することが必要なのである︒

  さらに︑シュテュルナーは次のように述べている︒証明責任の分配原則は︑証明責任を負う当事者があらゆる努力を 尽くしたにもかかわらず︑事実について解明不可能となったときのための非常手段であるという

︒つまり︑証明責任は 55

ノン・リケットを回避するための結果責任にすぎない︑というのである︒それゆえ︑このような証明責任の趣旨を考慮

すれば︑証明責任を負わない当事者が審理過程において何もしないでいることは許されないとする︒ ︵一九七〇︶

(26)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三三三同志社法学六二巻   シュテュルナーは特に︑証明責任を負わない当事者の責任について次のように言及している︒すなわち︑証明責任を負う当事者が︑証明に失敗した場合に事実関係の解明がなされないという﹁解明不可能のリスク﹂を負っているのと同様に︑証明責任を負わない当事者は︑自己にとって不利益な事実が解明されること︑および自己に不利益な裁判官の心証が形成されるという﹁解明可能のリスク﹂を負っているという︒そして︑証明責任を負わない当事者は︑証明責任を負う当事者に対して反対主張・反対証拠を提出することにより︑﹁解明可能のリスク﹂を軽減することができる︒

  証明責任を負う当事者の﹁解明不可能のリスク﹂と︑証明責任を負わない当事者の﹁解明可能のリスク﹂は︑訴訟経

過に応じて変動するものである︒すなわち︑証明責任を負う当事者の立証活動が功を奏した場合は︑証明責任を負わな

い当事者は反証を提出しなければ敗訴するというリスクを負うことになるが︑反証を提出して裁判官の確信を動揺させ

ることができれば︑再び証明責任を負う当事者にリスクが発生する︒それゆえ︑審理過程においては︑﹁静的な﹂リス

ク分配を定めることは不可能であるという︒すなわち︑証明責任は結果責任であるため︑証明責任を各当事者に分配し

たとしても︑リスクは審理過程において交互に移転する﹁動的な﹂ものとなる︒

  したがって︑いずれの当事者も︑訴訟の状況に応じて︑事実関係の解明のために事実を主張し証拠を提出することが

要求されることになる︒証明責任を負わない当事者にも事実主張・証拠提出を求める事案解明義務の理論は︑前述のよ

うな考え方を出発点としているのである︒

3

︶実質的当事者平等原則と事案解明義務   シュテュルナーの理論における﹁証明責任を負わない当事者が︑何もしなくてよいはずはない﹂という基本的視点は︑

敷衍すれば︑証明責任を負う当事者と証明責任を負わない当事者の双方が︑事実関係の解明のために協力しなければな

︵一九七一︶

(27)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三三四同志社法学六二巻六号

らないという当事者平等の理念に通じるものである︒すなわち︑民事訴訟における当事者平等原則の考え方である︒さ

らに突きつめれば︑当事者平等原則のなかでも実質的当事者平等原則の考え方であるといえよう︒

  当事者平等原則は︑形式的当事者平等原則と実質的当事者平等原則に分けられる︒まず形式的当事者平等原則は︑実

質的には差のある当事者の平等実現の問題とは切り離され︑中立的立場にある裁判所との関係で︑訴訟の開始から終了

に至る訴訟追行上の両当事者の平等な地位︑特に攻撃防御をはじめとする訴訟追行上の機会の平等の要請である

56

  上田徹一郎教授によれば︑形式的当事者平等原則による機会の平等保障や裁判所の中立的地位の維持のほかに︑別個

に当事者の訴訟追行上の法的地位と訴訟追行能力の両面につき実質的な平等を実現して︑自己責任原理が正当に基礎づ

けられねばならないという

︒そのうえで自己責任原理を背景に︑実質的に平等な当事者の活力に期待して当事者主義の 57

訴訟構造の活性化が試みられねばならないとする︒上田教授は︑その基礎にある評価基準を実質的当事者平等原則と呼

んでいる︒

  実質的当事者平等原則の実現のための努力は︑裁判所による手続への介入や当事者の義務・責任の導入の試みによっ

てなされることが多い︒上田教授によれば︑訴訟への裁判所の積極的介入や当事者の義務・責任の導入は︑一見すると

当事者の訴訟追行の自由の喪失を意味するようにみえるが︑その実質は︑両当事者の訴訟上の法的地位の実質的平等の

実現を重要な目的とするものと評価すべきであるという

58

  上田教授は︑事案解明義務について︑証明責任および主張責任の配分によって一方当事者に事実・証拠を提出すべき

責任を課してあとは自由な訴訟追行に放置する伝統理論から生じる︑事実と証拠の提出をめぐる両当事者の法的地位の

実質的不平等を調整し︑実質的当事者平等原則の実現を目指すものならば評価できるとする

59

  事案解明義務は︑証拠が偏在し︑当事者間の情報・証拠収集能力に著しい格差がある場合に︑当事者の法的地位の実 ︵一九七二︶

(28)

審理過程における当事者の情報・証拠開示義務の正当化根拠 三三五同志社法学六二巻 質的不平等を是正し︑両当事者が対等な状態で訴訟追行できるようにするための理論であるから︑実質的当事者平等原則の実現を目指すものであるといえよう︒それゆえ︑事案解明義務は実質的当事者平等原則から導き出されるということができるであろう︒よって︑実質的当事者平等原則が事案解明義務の訴訟法上の根拠たりうると考える︒

五 むすびにかえて

  以上のように︑事案解明義務の根拠として︑まず法哲学的根拠として手続的正義の要請があり︑実定法上の根拠とし

て︑憲法︵憲法三二条の﹁裁判を受ける権利﹂から導き出される﹁手続的デュー・プロセス﹂の要請︑憲法一四条一項

から導き出される﹁当事者平等原則﹂および審尋請求権から創出される︑事実関係を解明して適正な裁判を求めるため

の︑いわば﹁事案解明請求権﹂というべき権利︶︑そして訴訟法上は実質的当事者平等原則が根拠となりうると考える︒

これらの根拠は決して別々に存在するわけではなく︑手続的正義の追求という同じベクトルの上に並ぶものである︒す

なわち︑手続的正義の要請が実定法上に具現したものが憲法三二条や憲法一四条であり︑さらに憲法一四条の理念が訴

訟法上に具現したものが実質的当事者平等原則である︒

  以上の法的根拠によって︑現代型訴訟のように︑伝統的な証明責任分配では当事者間の平等を失するような場合には︑

事案解明義務の適用により︑当事者間の証拠収集能力の構造的格差を是正しなければならない︒その場合において︑

nemo contra se edere tenetur

︵何人も自分に不利なものをもたらす義務はない︶〟というテーゼは修正されることと

なる︒ただし︑事案解明義務は決して弁論主義に反するものではなく︑証明困難に陥っている当事者に十分な事案解明

の手段を保障することによって︑むしろ弁論主義を補完する機能を有している︒そして︑事案解明義務は︑証明責任を

︵一九七三︶

参照

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