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日本の多言語状況と「複言語主義」

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(1)

1.はじめに

ヒト・モノ・カネが国境を越えて移動する時代に、多言語状況に対する対応は、世界に 共通する課題と言っていい。そこでは「国家=国民=言語」という国民国家的社会モデル を前提とした多言語サービスでは対応が困難となってきており、根本的な発想の転換が迫 られている。そのような動きの中で、統合後の欧州では「多様性の中の統一」を目指す社 会作りを目指し、Council of Europe(後

CoE)が提唱する「複言語主義 plurilingualism」

を言語政策として掲げている。「多言語主義

multilingualism」との対比を強調するこの理

念は、国家を超えた共同体づくりを進める欧州において、国民国家イデオロギーに対する 形で現れた新しい世界観・言語観である。

日本においても外国人人口の増加により多言語状況は現実のものとなってきており、官 民を挙げて新しい社会モデルを模索している。「複言語主義」は多言語状況に対応する社 会理論の先行的な試みであり、日本でもその動向に注目が集まっている。本稿では、日本 で生活するウズベキスタンからの多言語使用者を対象に、複言語主義的観点から日本の多

日本の多言語状況と「複言語主義」

―来日ウズベキスタン人の多言語能力と使用領 域調査から―

福島 青史

要 旨

本稿では日本で生活するウズベキスタン人を対象に個人の多言語状況を「複言 語主義」の観点から記述する。「複言語主義」は「国家=国民=言語」という国民 国家的なイデオロギーによる利害構造を解体し、個人が構成する人間関係を中心 とした「共同体−人間−ことば」の成立を目指す。本調査の対象者はロシア語、

日本語、英語、ウズベク語で高い言語能力を持ち、この言語レパートリーを使用 領域や相手との関係により使い分けることにより、「日本

=

日本人

=

日本語」とい う日本社会が持つ利害関係を調整しながら自己アイデンティティを構成している。

「複言語主義」の制度的導入は日本の多言語状況に創造的な共同体形成の可能性を もたらすが、既得権益を持つマジョリティにアイデンティティの再考を促すため、

十分に議論を行う場が必要である。

キーワード

複言語主義・言語教育政策・言語能力自己評価・言語使用領域・ウズベキスタン

(2)

言語状況の記述を試み、言語政策としての「複言語主義」が持つ課題について考察する。

2.対抗理念としての「複言語主義」

最初に「多言語主義」「複言語主義」1について説明する。CoE(2001,

2007)によると、

「多言語主義」は一つの地理的地域に一つ以上の言語変種が存在することをいい、その社 会レベル(=マクロ的)の言語的多様性を尊重・促進していく姿勢である。ただし、言語 を一つの実体として可算的に数える「多言語主義」の言語観は、統一体としての「言語」

の裏に、その言語を話す「言語社会」「言語集団」「民族」を想定しやすい。日本の多言語 状況を例にとれば、「中国語話者」「ポルトガル語話者」と言ったときに、「中国人」「日系 人」をイメージし、「多言語主義」は「彼/女ら」の言語を認め、日本社会の言語多様性を 整備していく運動となる。この時、中国語/ポルトガル語を第二言語、外国語として使用 する日本人は「彼/女ら」のグループには入らない。「多言語主義」的な世界観では、人は 民族、国家、言語によって分断され、原則的に二つのグループに同時には属せない。統合 前の欧州は言語と民族、国家の現実的な不一致を国家語、公用語などのイデオロギーで解 消しようとしてきた。しかし、統合に当たり、国民国家的なイデオロギーから生じる矛盾 と力の不均衡の調整という課題に直面した。このため「国家=国民=言語」に変わる「共 同体−人間−ことば」概念を形成する必要があった。そこで導入されたのが「複言語主義」

という概念である。

「複言語主義」は個人レベルでの複数言語の並存状態をいい、その個人レベル(=ミク ロ的)の言語的多様性を尊重・促進していく姿勢である。その際、言語を実体としてでは なく、それを使用する人間の視点から捉える。CoE(

2001

)によると、「複言語能力とは コミュニケーションの目的のために複数の言語を使い、異文化間の交流に参加する能力で ある。そこで人間は社会的主体として、いくつかの言語において、様々な程度の能力と、

いくつかの文化的経験を持っている。これは個別的な能力を重ねたり繋げたりしたもので はなく、複雑に混成した能力」である。そして、それが目指すのは「ヨーロッパとしての 統一性を形成しつつ、民主的シティズンシップを開発する」こととする。複言語主義は言 語を個人のレベルから捕らえなおし、「混成的な」言語状態である「複言語」という形態 を仮定する。実体的な言語観を退けることにより、言語を国家語/民族語/外国語/等とラン ク付ける権力から分離する。さらに人間を「社会的主体」とみなすことにより、人間存在 のあり方に他者とのインタラクションの結果獲得される相互性を導入し、共同体にも「民 主的シティズンシップ」という可塑性のある理念を立てる。国家を単位とした言語観・人 間観から、個人を単位とした言語観・人間観への転換することにより、「国家=国民=言 語」という構造が持つ利害構造を解体し、個人−社会に創造性を回復させる。この意味で

「複言語主義」は、国民国家主義のイデオロギーに対する対抗理念とも解釈できる。

しかし、吉島(

2007

)も指摘しているように「複言語主義」は現状を描いたものではく、

欧州が目指す理念を描いたものであり、この分離には留意が必要である。言語を巡る政治 学の現状は、近代的なイデオロギーが強い支配力を持っており、社会の諸相で利害関係に 影響を与える要因となっている2。「複言語主義」は旧来の近代的イデオロギーが持つ、支

(3)

配的な利害関係の構造の文脈を変えようとする概念であり、新しい社会を構成する対抗理 念である。CoE(

2007

)が、「言語教育は教育学的見地から扱われるのではなく、言語教 育政策の見地から扱われるべきである」とするのは、「複言語主義」が言語使用・選択に 関する利害を巡る、政治の問題であることを意味している。よって、私たちが見なければ いけないのは、理念だけではなく、理念対立という現象であり、新しい理念がどのような 現実を変えようとしているのか、という諸相である。

本稿では日本で生活するウズベキスタンからの多言語使用者を対象に、複言語主義的観 点から個人の多言語状況を記述する。多言語状況は「言語能力の自己評価」と「使用領域」

という二つの観点から記述し、日本という場所で、ウズベキスタンという国で生まれた個 人が、どのような言語能力を持ち、どのような言語で、どのような相手と人間関係を形成 しているのかを見る。その記述の過程で、言語選択に影響を与える要素とその背景を探り、

複言語主義によって調整される利害構造について考察する。

3.調査概要

3.1. 調査方法

調査は

2007

6

月〜

7

月にかけてウズベキスタンからの来日者

16

人を対象に行った。

調査方法はアンケートとインタビューで、回答者がアンケート用紙に回答を書く間、適宜 インタビューをする形をとった。所要時間は

1

時間から

3

時間。アンケート用紙はロシア 語で作成し①外国語能力に対する自己評価、②言語使用領域ごとの使用頻度、③アイデン ティティや生活に対する意識調査などである。①は

CEFR

3の自己評価表(ロシア語版)、

②は

CEFR

の言語使用領域分類に従い使用頻度を

6

つのグレードで評価してもらった。③ はアジアバロメータ(猪口

2005)の調査票のうち必要部分のみを用いた。インタビュー

はアンケート結果を見ながら日本語で行い、「言語使用の相手」「日本社会」など、結果の 理由やエピソードを話してもらった。本稿では主に①②のデータを用い、③およびインタ ビュー内容はデータ解釈、考察の際のデータとして使用する。

3.2. 回答者概要

回答者は

16

名(男

4、女 12)

。年齢は

21

歳から

31

歳で、構成は

21

歳〜

25

10

人、26 歳〜

30

5

人、

31

歳以上

1

人となっている。

12

人が首都にあるタシケント国立東洋学大 学、4人が第二の都市にあるサマルカンド外国語大学の卒業生である。職業は学生

10

(研究生

2

、修士課程

6

、博士課程

2

)、社会人

5

人、アルバイト

1

人である。対象を「日本 で日本語を使って生活するもの」としたために、日本政府文部科学省奨学生(研究生留学 生

14

人、日本語日本文化研究留学生

1

人)、国際交流基金上級日本語教師研修修士コース

(1人)など、日本語能力が高く日本において高等教育機関に属した経験のあるものに絞 った。

3.3. 調査者と回答者との関係

筆者は

1997

年〜

2000

年にウズベキスタンに赴任しタシケント国立東洋学大学で大学教

(4)

員として働き、2001年〜

2003

年は東京にてウズベキスタンの留学生について修士論文を まとめ、

2003

年〜

2006

年にはウズベキスタン・日本人材開発センター(UJC)に赴任し た。ウズベキスタン滞在

6

年、本調査を行った

2007

年時点でウズベキスタンとの関係は

10

年になる。回答者

16

人のうち

15

人はウズベキスタン滞在中から面識があり、内

8

人は 大学時代の学生、3人は

UJC

の日本語講師、1人が東洋学大学時代の同僚であった。

4.調査結果 1「複言語状況−言語能力自己評価調査」

最初に「言語能力自己評価調査」の結果について記す。この調査によって、①各言語の 能力、②言語選択に影響を与える要因について考察する。また、本稿では言語選択の要因 を考える際に、言語の「知的価値」と「情的価値」という用語を使用する(井上

2000)。

「知的価値」とは言語が持つ人口、経済力、情報量を要素とする価値であり、「情的価値」

とは言語に対する個人心理的側面のことである。

4.1. 習得言語数

今まで習得した言語数について尋ねたところ、

4

言語と回答したのが

10

名、

5

言語が

5

名、6言語が

1

名という結果であった。16人に共通している

4

つの言語はウズベク語、ロ シア語、英語、日本語で、タジク語母語話者はこの

4

言語にタジク語が加わり、その他は 個人の事情によってドイツ語(職場の言葉)、フランス語(友人との会話)、韓国語(外国 語として)、タタール語(母語、継承語)などが加わる。

ウズベキスタンはソ連時代の影響から、民族共通語であるロシア語を軸に、独立後国家 語となったウズベク語の他、タタール語、タジク語など民族語が並存する多言語社会であ る。回答者の言語レパートリーはウズベキスタンの社会状況を反映した言語に、外国語と しての日本語、英語などが加わった形となっている。本調査では

16

人に共通したウズベ ク語、ロシア語、英語、日本語、およびタジク系の母語であるタジク語について分析を行う。

4.2. 民族と母語

1

は民族4と母語の関係を示したものである。ウズベ ク系ウズベキスタン人の母語はウズベク語、ロシア系・

タタール系・朝鮮系はロシア語、タジク系はタジク語と いう回答であった。

ただし、ウズベキスタンをはじめとする旧ソ連の地域 において、「民族」「母語」という用語については注意が

必要である。渋谷(

2007

)はソ連圏においては、民族語からロシア語へのシフトや、異民 族間の婚姻などによる民族的アイデンティティのシフトも多く、その中で、「民族」ある いは「母語」を問うことは、事実を問うというより「母語」「民族」を巡る自己アイデン ティティを問う主観的なものであるとし、その回答は「民族間関係やエスノポリティクス に左右される」という。とりわけ、本調査の回答者が育った時期、ウズベキスタンは新興 独立国として「民族国家」建設の時代でもあり、政治的イデオロギーである「民族」が差

表1 民族と母語 ウズベク系 2 ウズベク語 2

ロシア系 4

ロシア語 11 タタール系 4

朝鮮系 3

タジク系 3 タジク語 3

(5)

別化に利用され、国家が出来上がっていくのを見た世代である5。このことは民族意識、

言語選択にも影響を与えていると考えられる。この意味で本調査の回答者にとって、「民 族」「母語」は安定した制度ではなく、可塑的な自己アイデンティティの要素の一つであ るといえる。よって、本稿でもウズベク語、ロシア語、タタール語、タジク語など民族語 に対する回答についてはウズベキスタン「国家」における「民族」と「言語」の表象、ま た民族間関係、エスノポリティクスを考慮する必要がある。

4.3. 母語以外の言語能力の自己評価

以下、母語以外の言語能力の自己評価について述べる。言語能力の自己評価については

CEFR

の自己能力診断表(Self Assessment Grid)ロシア語版を利用した。「聞く」「読む」

「やりとり」「表現」「書く」のそれぞれの項目について、六つに分類されたレベルで一番 能力の高い

C 2

6

点、C

1 - 5

B 2 - 4

点、B

1 - 3

点、A

2 - 2

点、A

1 - 1

点として自己評価をして もらった。図表内の言語の横に記したカッコ内の数字は回答者数。タジク語を母語として 回答した場合は、必ずしも母語が「一番よく出来る言語」にならないので、参考までに能 力判定をしてもらった6

1

、表

2

は母語以外の言語能力の自己評価についての結果である。言語別の特徴を見 ると、ウズベク語の自己評価の極端な低さ(図

1)と、個人間のばらつきの高さ(表 2

標 準偏差)が目立つ。これについては

4 . 3 . 1

で詳述する。ロシア語はサンプルが

5

人しかい ないが、すべての技能において高いレベルにあ

り、多言語社会ウズベキスタンにおけるロシア 語の重要度が分かる。日本語については、すべ ての回答者が留学経験者であることから、ばら つきも低く、自己評価も高い。英語についても 総じて自己評価は高いが、日本語能力に比べる と個人によってばらつきがある。

技能別に特徴を見ると、「聞く」「読む」とい った受容的言語能力(reception)は「やりと り」、「表現」「書く」といった産出的言語能力

表2 母語以外の言語能力(*タジク語を除く)

図1 母語以外の言語能力

言語/技能 聞く 読む やりとり 表現 書く ウズベク語(14) 平均 2.64 2.57 1.86 1.86 1.86 標準偏差 1.73 1.73 2.08 2.08 1.73 ロシア語(5) 平均 5.60 5.60 5.20 4.80 4.60 標準偏差 0.55 0.55 1.10 1.30 1.14 日本語(16 平均 5.13 4.81 4.81 4.38 4.75 標準偏差 0.96 0.83 0.98 1.02 0.68 英 語(16 平均 4.60 4.60 4.20 4.20 4.13 標準偏差 1.18 0.99 1.26 1.21 1.06 タジク語3

平均 5.67 4.67 4.67 4.67 3.67 標準偏差 0.58 2.31 1.53 1.53 1.53

(6)

(production)よりも自己評価が高くばらつきも少ない。ただ、日本語と英語に関しては

5

つの技能についての評価の差が少ない。

言語の習得は該当言語が流通する集団への参入を可能とし、ある言語の選択はその集団 へ参入する意志ともとれる。「やりとり」「表現」「書く」という能力の開発は、能動的に 社会へ参入するために必要であり、ロシア語、日本語、英語についてはそれらの言語が繋 ぐ関係に何らかのメリットがあり、ウズベク語社会については何らかの抵抗があると考え られる。以後、各言語の選択の要因について考察する。

4 . 3 . 1 .

ウズベク語能力

3

は母語・民族別、ウズベク語能力の自己評価の結果である。ウズベク語の自己評価 は母語、民族により一定の傾向が見られる。ロシア系、朝鮮系の多くは概してウズベク語 に対する自己評価が低い。しかし、ロシア語母語話者の中でもウズベク語と同系(チュル ク語系)のタタール語を話すタタール系の中で、家庭でタタール語を使用するものはウズ ベク語に対する自己評価が高い(回答者

E, F)

。ただ、タタール系でも家族内に様々な民 族のいる回答者

H

のような場合はタタール系である影響は見られない。タジク語母語話 者については、ばらつきがあるが総じて評価が高い。L, Mについてはウズベク語はネイテ ィブレベルであると評価した。この自己評価の違いはどう解釈されるのだろうか。

ソ連時代の支配言語であり、流通性の高いロシア語の母語話者にとってウズベク語はウ ズベキスタンでしか通用せず、知的価値が相対的に低い。ただしウズベク語はウズベキス タンで唯一の国語であり、独立以来、積極的な普及政策が行われている。回答者の世代で はロシア語学校でもウズベク語は必修科目となっており、ウズベク語能力が「

0

」ないし

「1」ということは、意識的に学習を拒否したか、能力はあるがそれを認めたくないという ウズベク語に対する態度の表れであると考えられる。「ウズベク語」をウズベク族の新興 民族国家「ウズベキスタン」の象徴の一つとして考える際、非ウズベク系は「ウズベキス タン」にはアイデンティファイしにくい。特にロシア系ロシア語母語話者がウズベク語の 自己評価を低くする心理は、そのような社会統合に対する抵抗と解釈できよう。

タジク語母語話者はより複雑である。タジク語はタタール語とは異なり、ペルシャ系言 語であるために、ウズベク語の習得には意思的な言語選択が必要となる。ウズベキスタン におけるタジク人は

5

%のマイノリティであるが(日本国外務省)、ウズベキスタンで生 活する限り、政策的に優遇されるウズベク語か民族共通語であるロシア語の一方、あるい は両方を習得する必要がある。ロシア語母語話者と評価が異なるのはウズベキスタンにお ける民族・母語の社会的地位と関連している。一方で政策的に優遇されるウズベク語とロ

表3 ウズベク語能力(個人別)

母語/民族 ロシア語母語話者

タジク語母語話者

ロシア系 タタール系 朝鮮系

回答者名 A B C D E F G H I J K L M N 聞く 3 1 1 0 6 4 2 1 2 1 1 6 6 3 読む 3 1 1 0 4 3 3 1 2 2 1 6 6 3 やりとり 1 1 1 0 5 3 1 1 1 1 0 6 3 2 表現 1 1 1 0 5 3 1 1 1 1 0 6 3 2 書く 3 1 1 0 2 3 1 1 1 1 0 6 3 3

(7)

シア語のどちらかを選ぶかは非常に大きな問題であり、回答者

L, M, N

でウズベク語の習 熟度が違うのは教育言語の選択から生じた差である。L, Mは初等教育がタジク語で中高 等教育はウズベク語、Nは幼稚園からロシア語で教育を受けており、教育言語の選択はウ ズベク人も含めて、個人、家庭レベルでの言語計画の大きな課題のひとつとなっている7

4.3.2.

ロシア語能力

ロシア語能力に関して母語による差は 見られず、Nはすべての言語レパートリ ーの中で、M, Oは母語を除く言語レパー トリーの中で最高の能力と位置づけてい る。多言語多民族国家であるウズベキス タンにおいて、ロシア語は民間共通語で あり、生活にも高等教育を受けるのにも 必要である。また「第二言語」としてロ シア語は旧ソ連地域でも通用し、「ソ連

人」のアイデンティティの象徴の一つとなっている。

4 . 3 . 3 .

日本語能力

日本語の自己評価は回答者のばらつきが一番小さく、回答者の全員が英語、ロシア語、

ウズベク語と同程度の能力を認めている。

5

「使用領域調査」でも示すとおり日本語は大 学や職場でも使用されており、日本社会に参加する重要な言語の一つとなっている。また、

経済的に未発達で、政治的にも不安定なウズベキスタンからの移動を可能としたのも、高 い日本語能力であったといえる。ウズベキスタンからの私費留学は一般的でなく、留学を 可能とするのは主に日本政府文部科学省奨学金プログラムであるが、同プログラムは競争 率も高く、高い日本語能力が求められる8。しかし、英語圏への留学に比べれば相対的に 競争率は低く、また、日本留学の選考は出自民族やコネに左右されない実力主義であるの で、社会的に特権的地位を持たないものやマイノリティにとって、日本語能力はウズベキ スタンにおける自己の差別化と、社会移動のための重要な機能を持っていると考える。

4.3.4.

英語能力

英語は

1

人を除く

15

名から回答を得た。英語は仕事や研究で使用する度合いにより自 己評価に偏りがあるが、4〜

5

人を除いては日本語と同等かそれ以上の評価をしている。

表4 ロシア語能力(個人別)

表5 日本語能力(個人別)

母語/民族 タジク語母語話者 ウズベク語 母語話者 回答者名 L M N O P

聞く 5 6 6 6 5

読む 5 6 6 6 5

やりとり 4 6 6 6 4

表現 4 5 6 6 3

書く 4 5 6 5 3

母語/民族 ロシア語母語話者 タジク語

母語話者

ウズベク語 ロシア系 タタール系 朝鮮系 母語話者

回答者名 A B C D E F G H I J K L M N O P 聞く 6 6 4 6 6 6 4 4 6 4 4 5 6 4 5 6 読む 6 6 4 6 5 5 4 4 5 4 5 4 6 4 5 4 やりとり 3 6 4 6 6 5 4 4 4 4 4 5 5 6 5 6 表現 3 6 3 6 5 5 4 4 4 3 3 4 5 5 5 5 書く 5 6 4 5 4 6 5 4 4 4 4 5 5 5 5 5 日本語

能力試験 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2級

(8)

差が見られたのは社会人と学生の差である。太線で示した回答者

B, E, H, L, O

はアルバイ トを含む社会人で、社会人の各技能の平均が

5 . 3

(標準偏差

0 . 46

)、学生の平均が

3 . 88

(標

準偏差

0.96)である。インタビューでも「日本語は英語ができて初めて生きる」というコ

メントがあるように、日本で働くためには、英語は絶対に必要な言語であることが分かる。

4.3.5.

タジク語能力(母語能力)

タジク語は

3

人が母語と挙げながら教育言語の違いから

N, M

にとってはタジク語が一番できる言語で、Lにとって はロシア語が一番身近で、タジク語は一番できないものと している。母語を「一番身近な言葉」と定義した場合、ウ ズベキスタンをはじめとする旧ソ連圏では民族語と母語が 違うことはよくあることであり(渋谷

2007)

、「母語」「民 族」を巡る政治性がここでも現れる。

4.4.「複言語状況−言語能力自己評価調査」まとめ

言語能力自己評価は言語の能力を示す指標であると共に、言語が媒介する集団への参入 の度合い、あるいは意思を示す。言語の選択には国際性、有用性、汎用性、政策的優遇、

自己差別化などを指標とする実利性と、ウズベク語選択の例からも分かるようなアイデン ティティの問題が関わってくる。しかし、実利性やアイデンティティは絶対的な価値では なく、ウズベキスタンという国家が成立する政治的文脈での価値である。よって、本調査 の回答者の言語レパートリーは「ウズベキスタン」という場が持つ、歴史的、政治的要因 が影響しており、日本語、英語の習得は一国家内における民族的、歴史的文脈を相対化す ることを可能とし、社会の利害関係を調整する機能を持っていると考えられる。

5.調査結果 2「複言語状況−使用領域調査」

次に「使用領域調査」の結果を記す。この調査では①領域別の言語使用状況、②使用相 手と使用言語を見ることにより、日本という文脈における複数言語の使用実態と各言語の 機能を考察する。

言語使用の領域分類は

CEFR

を採用し、「私的領域」、「公的領域」、「職業領域」、「教育 表6 英語能力(個人別)

表7 タジク語能力(個人別)

母語/民族 ロシア語母語話者 タジク語

母語話者

ウズベク語 ロシア系 タタール系 朝鮮系 母語話者

回答者名 A B C E F G H I J K L M N O P 聞く 3 6 3 6 5 4 6 5 4 3 5 5 6 5 3 読む 4 6 4 6 5 4 5 4 4 3 5 6 5 5 3 やりとり 2 6 3 5 5 2 5 4 4 3 5 4 6 5 4 表現 3 6 3 5 5 2 5 4 4 3 5 4 6 5 3 書く 3 6 4 5 5 3 5 4 4 2 4 4 5 5 3

TOEIC/IELS 960 IELT 8 915 969

回答者 N M L 聞く 6 6 5 読む 6 6 2 やりとり 6 5 3 表現 6 5 3 書く 5 4 2

(9)

領域」について、それぞれの言語を

1

=「全然使わない」2=「ほとんど使わない」3=

「時々使う」

4

=「よく使う」

5

=「ほとんどいつも使う」

6

=「いつも使う」と評価して もらった。言語の使用相手はアンケート結果を見ながらインタビューにより情報を得た。

5.1. 私的領域

「私的領域」とは「家(自分、家族、友達の)など個人的な場所で、家族、親戚、友達 などまたは一人で、日課、食事、趣味、読書、テレビ、ラジオ、スポーツなどの行為をす る場面のことである」

私的領域における人間関係は家族、友人など、社会的存在として根幹的な人間関係を形 成する領域である。この領域における言語選択はアイデンティティ・マネイジメントに直 接影響を受けるため、多様で、また、他領域の言語分布とは異なり、複数の言語により人 間関係が形成される。(図

2

5

参照)多様性の要因として、言語選択に知的価値のほか に言語の情的価値も働くことが考えられる。ホスト社会である日本において日本語使用は 当然視されるが、英語、ロシア語、ウズベク語、タジク語とその使用人口が減るにつれて、

その言語が使用できる相手に感情的に愛着 が湧くからである。

母語の使用相手として圧倒的に多かった のは、ウズベキスタンの家族と友人である。

母語の使用は言語の種類や使用頻度とは関 係なく、心情的に近く、深い関係にある。

ロシア語は日本では「ソビエトの言葉」と してウズベキスタンの民族間のみならず、

旧ソ連各国の人々を相手に使われている。

「ソビエト」に対してはアイデンティティ

表8 私的領域

図2 私的領域

言語/技能 聞く 読む 話す 書く

母語ウズベク語(2 平均 2.50 3.50 2.00 2.50 標準偏差 0.71 0.71 1.41 0.71 ウズベク語(14 平均 1.07 1.21 1.14 1.07 標準偏差 0.27 0.58 0.36 0.27 母語ロシア語(11) 平均 3.73 4.00 4.27 3.64 標準偏差 1.27 1.34 1.19 1.43 ロシア語(5) 平均 3.80 3.40 3.80 3.00 標準偏差 1.92 2.30 1.92 2.00 日本語(16 平均 5.06 4.56 4.75 3.94 標準偏差 0.93 1.21 1.06 1.61 英語(16 平均 3.44 3.44 3.56 2.38 標準偏差 1.26 1.46 1.41 1.41 母語タジク語(3

平均 2.67 2.00 3.33 2.67 標準偏差 0.58 1.00 1.53 1.53

(10)

を持つものも少なくなく9、習熟度も高いこともあり、母語、非母語に関わらず人間関係 形成には大きな役割を果たしている。英語は留学生や職場の仲間を含めた日本在住の「外 国人」が主な使用相手となる。日本人と英語で話すことに拒絶的な反応を見せるコメント も見られることから、日本におけるマイノリティグループを英語使用者で形成していると 見られる。ただ、日本人でも「帰国子女」「海外に長く半分外国人」などは日本語と英語 をスイッチングしながらの使用が認められている。日本語は日本人と特にアジアからの留 学生に対して使われる。インタビューによると日本語使用者間での友人関係の親疎には幅 があり、親友も「ただの知り合い」も含む。日本語はホスト国のマジョリティ言語である 一方で、ウズベキスタンにおいては自己の差別化に寄与した言語である。日本語による人 間関係は、日本語に対する多様でアンビバレントな感情が反映して多様かつ複雑である。

5.2. 公的領域

「公的領域」とは「路上、公園、役所、公共交通機関、店、病院、運動場、映画館、レ ストランなどの公的な場所で、通行人、公務員、従業員、警察、運転手、車掌、店員、医 者、看護婦、ウェイター、受付などと、公共サービス(外国人登録、保険、電気・ガス・

税金などの支払い)、医療サービスの利用、バス・電車・飛行機などでの移動などの行為 をする場面のことである」

表9 私的領域(個人別)

母語 ロシア語母語話者

平均

タジク語 母語話者 平均

ウズベク語 母語話者 平均 民族 ロシア系 タタール系 朝鮮系

回答者 A B C D E F G H I J K L M N O P

聞く 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 1.33 3 2 2.5 読む 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 1 3 2 3 4 3.5 話す 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 1 2 1.67 3 1 2 書く 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 1.33 2 3 2.5

聞く 4 5 6 5 4 2 2 3 4 3 3 3.73 1 6 4 3.67 5 3 4 読む 4 5 6 5 4 4 3 3 1 4 5 4 1 6 4 3.67 5 1 3 話す 5 5 6 5 5 4 2 3 4 5 3 4.27 1 6 4 3.67 5 3 4 書く 4 5 6 2 3 5 1 3 4 4 3 3.64 1 5 3 3 5 1 3

聞く 5 4 3 5 5 4 6 5 4 6 6 4.82 5 6 5 5.33 6 6 6 読む 4 4 3 5 5 4 5 3 4 6 6 4.45 3 6 6 5 3 6 4.5 話す 3 4 3 5 5 5 5 5 4 5 6 4.55 3 6 5 4.67 6 6 6 書く 3 4 3 2 2 4 5 3 1 5 6 3.45 4 6 6 5.33 3 6 4.5

聞く 4 3 1 4 3 3 2 5 3 3 3 3.09 5 4 6 5 2 4 3 読む 4 3 1 4 4 4 1 5 3 5 3 3.36 2 5 6 4.33 2 3 2.5 話す 2 3 1 4 3 5 2 5 3 3 4 3.18 5 5 6 5.33 2 4 3 書く 2 3 1 2 1 3 1 5 1 1 1 1.91 3 4 5 4 2 3 2.5

聞く 3 2 3 2.67

読む 1 2 3 2

話す 2 5 3 3.33

書く 1 4 3 2.67

(11)

この領域での相手は街の日本人であ り、その結果、圧倒的に日本語使用が多 く、英語などで話しかけられた場合も日 本語に直すものさえいる。この領域での 日本語使用への極端な集中は日本社会の 単一言語状況を示すともいえるが、同時 に「日本で、日本人と、日本語で対応す る」という制度に単純に従うことで、で きるだけ効率的に機能を果たそうとして いるとも解釈できる。

5.3. 職業領域

「職業領域」とは「職場、アルバイト先など仕事の場所で、雇用者・被雇用者、上司、

同僚、部下、職業友達、顧客、受付・秘書、清掃人などと、経営、会議、事務手続き、生 産、販売、交渉、資料作成、プレゼンテ

ーションなどの行為をする場面のことで ある」

職業領域では日本で働いた経験がある

9

名から回答を得た。このうち就職をし ているものが

5

名(B, D, E, H, O)。残り の

4

名はアルバイトの経験からの回答で ある。就職をしているものは

4

名が外資 系(アメリカ

2

、フランス

1

、ロシア

1

)、 日系が

1

名。アルバイトは通訳、観光案

表10 公的領域

図3 公的領域

言語/技能 聞く 読む 話す 書く

母語ウズベク語(2) 平均 1.00 1.00 1.00 1.00 標準偏差 0.00 0.00 0.00 0.00 ウズベク語(14) 平均 1.00 1.00 1.00 1.00 標準偏差 0.00 0.00 0.00 0.00 母語ロシア語(11) 平均 1.09 1.18 1.18 1.18 標準偏差 0.30 0.60 0.60 0.60 ロシア語(5 平均 1.20 1.20 1.20 1.20 標準偏差 0.45 0.45 0.45 0.45 日本語(16 平均 5.69 5.69 5.81 5.50 標準偏差 0.60 0.60 0.40 0.73 英語(16 平均 1.94 2.20 1.69 1.56 標準偏差 1.00 1.21 0.87 0.81 母語タジク語(3) 平均 1.33 1.33 1.33 1.33 標準偏差 0.58 0.58 0.58 0.58

図4 職業領域(N=9)

(12)

内、コンビニエンスストアなど のアルバイトである。

職業領域での主な相手は上 司、同僚、顧客である。使用言 語は日本語と英語、ロシア語に 偏っており、アルバイトを除く と仕事には日本語と英語もしく はロシア語(あるいは両方)を 使用している。外資系に就職を しているものは上司が外国人で あることが多く、英語を使用す る。日本人同僚とは英日併用だ が、顧客が日本人であるため日 本語使用が多くなる。ただ、ロ シア系企業で働くもの(回答者

D)は上司も同僚も顧客もロシ

ア人が多く、日本語と並んでロ シア語使用が多い。

注目される点は就職している

5

人 の う ち

4

人 が 外 資 系 を 選 び、残りの

1

人も外資系に転職

を希望していることである。外資系の多言語環境に入ることは、自身の多言語能力を生か すという側面もあるが、外資系においては外国人であることが普通であり、日本人同僚も

「外国人」として参入していることから、日本社会が自明的に持つ利害構造から分離され、

表11 職業領域

言語/技能 聞く 読む 話す 書く

母語ウズベク語(1) 平均 1.00 1.00 1.00 1.00

標準偏差

ウズベク語(8) 平均 1.00 1.00 1.00 1.00 標準偏差 0.00 0.00 0.00 0.00 母語ロシア語(6) 平均 2.67 2.67 2.50 2.50 標準偏差 1.75 1.86 1.87 1.87 ロシア語(3 平均 1.33 1.00 1.33 1.00 標準偏差 0.58 0.00 0.58 0.00 日本語(9 平均 5.67 5.44 5.56 5.44 標準偏差 0.50 0.73 0.53 0.53 英語(9 平均 3.78 3.89 3.78 3.78 標準偏差 1.72 1.76 1.72 1.79 母語タジク語(2) 平均 1.00 1.00 1.00 1.00 標準偏差 0.00 0.00 0.00 0.00

表12 職業領域(個人別)

母語 ロシア語母語話者

タジク語 ウズベ 民族 タタール系 タタール系 ク語

回答者 B C D E G H L N O

聞く 1 1 1 1 1 1 1 1 1 読む 1 1 1 1 1 1 1 1 1 話す 1 1 1 1 1 1 1 1 1 書く 1 1 1 1 1 1 1 1 1

聞く 3 2 6 2 2 1 1 2 1 読む 3 2 6 1 3 1 1 1 1 話す 3 2 6 2 1 1 1 2 1 書く 3 2 6 1 2 1 1 1 1

聞く 5 6 6 6 6 5 6 5 6 読む 5 6 6 6 4 5 6 5 6 話す 5 6 6 6 5 5 6 5 6 書く 5 6 6 6 5 5 5 5 6

聞く 4 2 5 4 1 5 2 6 5 読む 4 4 5 4 1 5 1 6 5 話す 4 2 5 4 1 5 2 6 5 書く 4 3 5 4 1 5 1 6 5

聞く 1 1

読む 1 1

話す 1 1

書く 1 1

(13)

比較的ストレスが少なく自己実現ができる利点がある。

5.4. 教育領域

「教育領域」とは「学校(大学、語学学校、教室、事務所、廊下、食堂など)など教育 の場所で、先生、教育スタッフ、友達、クラスメート、図書館のスタッフ、清掃、警備員 などと、授業、ゼミ・個人指導、調査、インタビュー、実験、論文作成、発表、文献検索、

文献講読、議論、授業登録、遊び、クラブ活動などの行為をする場面のことである」

教育領域の回答は現在学生である

10

名から回答を得た。使用相手は日本人の教師、研 究室の仲間(日本人、留学生)であり、日本語が分かる限り、論文、高等発表など教育領 域のほとんどの場面で日本語が使用される。ロシア語、英語、ウズベク語の使用は個人の 研究分野と密接に関わっており、言語のすべての技能を使うものでもない。例えばウズベ ク語を教育領域で使用するのは

10

人中

1

人(P)であるが、それも「読む」「書く」の領 域だけである。

多くの回答者がウズベキスタンを研究テーマとして選んでいるが、その理由としては、

ウズベキスタン、中央アジアの研究は 日本では研修者が少なく「ニッチ」な 価値がある上、研究の上で情報が少な く、さらに情報リソースの多くが英語、

ロシア語、ウズベク語であり日本人研 究者にはアクセスが非常に困難だから である。この領域では英語、ロシア語 に比してウズベク語もその希少価値を 生かし、言語の価値を上げている。し かし、研究成果を発表する時は日本の

アカデミズムの公用語である日本語、 5 教育領域(N10)

表13 教育領域

言語/技能 聞く 読む 話す 書く

母語ウズベク語(1) 平均 1.00 4.00 1.00 3.00

標準偏差

ウズベク語(9) 平均 1.00 1.00 1.00 1.00 標準偏差 0.00 0.00 0.00 0.00 母語ロシア語(7 平均 2.00 2.29 2.00 1.86 標準偏差 1.15 1.11 1.15 1.46 ロシア語(3 平均 2.00 2.00 1.00 1.00 標準偏差 1.73 1.73 0.00 0.00 日本語(10 平均 5.80 5.60 5.70 5.80 標準偏差 0.42 0.70 0.48 0.42 英語(10) 平均 2.60 3.70 2.70 2.40 標準偏差 1.35 0.82 1.49 1.17 母語タジク語(2) 平均 1.00 1.00 1.00 1.00 標準偏差 0.00 0.00 0.00 0.00

(14)

英語を使用せざるを得ない。

5.5.「複言語状況−使用領域調査」まとめ

日本という環境で回答者の「外国人性」が最も際立つのは、公的領域に見られる「日 本=日本人=日本語」という環境であろう。この非個性的環境から回答者は「日本≠日本 人≠日本語」という構図を領域に応じて構成することにより、アイデンティティ(=自ら の居場所)を作り上げる。私的領域の言語的多様性は「日本≠日本人」という環境である し、私的、職業、教育領域で日本人と日・英語を併用したり、外国人留学生と日本語で話 したりすることで「日本人≠日本語」という関係を作る。同じ相手に対しても領域、話題、

対話メンバーにより言語を変えることもある。回答者は「日本=日本人=日本語」という 国民国家が持つ制度を、個人的な関係から作り変えることで、社会に参加し、自己実現を 果たそうとしており、言語の使い分けは「日本≠日本人≠日本語」を構成する機能を持つ。

6.考察:日本の多言語話者と複言語主義

6.1. 来日ウズベキスタン人の多言語状況と複言語主義

以上、来日ウズベキスタン人の多言語状況を複言語的視点から見た。多言語主義的な見 方をすれば、「日本社会は単一な社会ではなく様々な言語社会が複雑に存在し、多言語能

表14 教育領域(個人別)

母語 ロシア語母語話者 タジク語

母語話者

ウズベ 民族 ロシア系 タタール系 朝鮮系 ク語

回答者 A C F G I J K M N P

聞く 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

読む 1 1 1 1 1 1 1 1 1 4

話す 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

書く 1 1 1 1 1 1 1 1 1 3

聞く 4 2 3 2 1 1 1 1 1 4

読む 2 2 3 3 4 1 1 1 1 4

話す 4 2 3 2 1 1 1 1 1 1

書く 1 2 5 2 1 1 1 1 1 1

聞く 6 6 5 6 6 5 6 6 6 6

読む 6 6 5 4 5 6 6 6 6 6

話す 6 6 5 5 5 6 6 6 6 6

書く 6 6 5 5 6 6 6 6 6 6

聞く 2 4 4 1 1 4 1 4 2 3

読む 3 4 4 4 4 4 2 5 4 3

話す 2 4 5 1 3 2 1 5 2 2

書く 2 4 4 3 3 1 1 3 2 1

聞く 1 1

読む 1 1

話す 1 1

書く 1 1

(15)

力を持つものは複数の言語社会に参加している」というようにいえる。しかし、複言語主 義的な視点から見ると、「言語社会」というような実体は存在せず、複言語話者が自分の 持っている複数の言語チャンネルを使ってコミュニケーションをとり、社会に参加すると いう運動だけが存在する。

本調査の回答者は専門的な知識と、複数の高い程度の言語能力を有しており、私的領域 のみならず公的、職場、教育の領域でも社会参加を果たしている。彼/女らは日本という 文脈の中でマジョリティ言語の日本語や国際言語である英語、自己アイデンティティの要 素となるロシア語、ウズベク語、タジク語を自己のあり方にあわせて配置し、使用領域に より言語を戦略的に変えたり併せたりすることにより、各言語が表象する政治的、歴史的、

文化的文脈をずらしながら社会参加=アイデンティティ形成を行っている。そこでの言語 選択は「日本人には日本語、外国人には英語」という単純な構図はなく、「友人」「知り合 い」「同僚」「先生/生徒」「マジョリティ/マイノリティ」のように、個々の人間関係に応 じて生じるコミュニケーション、またはその関係が孕む力関係の調整手段として機能して いる。「複言語主義」的視点から見られる多言語状況は、国民国家が前提とする「国民/非 国民」の区別、つまり日本では「日本=日本人=日本語」という制度が持つ利害構造を解 体し、自己が形成する人間関係の中から、自分のアイデンティティを言語的に選びとって いる運動として観察できる。

6.2. 日本の多言語状況と複言語主義

しかし、このような自己調整が可能なのは本調査の回答者自身が知識と共に、複数の高 い言語能力を持ち、日本社会の媒体となっているからであり、日本が複言語環境を持つか らではない。もしも、仮に日本で複言語主義的な言語政策をとるとすれば、制度的に「日 本=日本人=日本語」という利害構造を解体するということになる。しかし、これは国民 国家の利害構造の既得権益者やマジョリティの存在基盤を破壊すること、具体的には、日 本における日本人、日本語のメリットや、その成立基盤を崩すことであり、強い抵抗が予 想される。「複言語主義」導入に際して、多言語の習得を求められるものの多くはマジョ リティとなるし、さらに「日本≠日本人≠日本語」という制度は、自明的な「日本人性」

を覆し、マジョリティにアイデンティティクライシスをもたらす可能性もある。

本稿で筆者は「複言語主義」を正当化できない。「複言語主義」も国民国家制に対抗す る理念の一つに過ぎず、利害調整の手段(=政策)でしかないからである。ただ、世界規 模での人の移動は今後も続き、多言語状況を取り巻く利害構造はより複雑さが増すものと 予想される。自分たちが生活をする環境を省みて、複数言語を使用する人々をどのように 取り込み、どのような共同体にしていくのかは、国籍を超えて地域に住む全員が個人個人 で考えることである。そこでは常に摩擦が生じ調整が必要となるが、「複言語主義」の人 間観・共同体観は調整の際の一つの指針となると考える。

1)「複言語主義」の詳しい説明は吉島(2007)、EUの言語政策の中での文脈は園山(2007)に詳しい。

(16)

2)アンリ・ジオルタン(2004)はCoEの言語政策に対しては一定の評価をしつつも、EUの言語政 策は「混沌としている」(p.66)とし、「(EUの言語政策は)多言語社会を生み出すよりも、ヨー ロッパの建設が国家主権を脅かさないことをはっきり示すことのほうが、より重要なのである」

(p.68)と政策の実効性に疑問を投げかけている。

3)CEFRとはCommon European Framework of Reference for Languagesの略であり、CoEが作成し た言語教育のガイドラインである。自己評価はA1からC2まで六つのレベルに分かれる。詳細 はCoE(2001)。

4)ウズベキスタン全体の民族の割合はウズベク人80%、ロシア人5.5%、タジク人5.0%(日本国

外務省2007)。

5)ウズベキスタン国家建設と民族理念との関係については帯谷(2003)に詳しい。

6)回答者の中で「0」を記入したものがあった。これは学習経験があるのにも関わらずA1記述ほ

どの能力もないと自己評価をした結果である。本調査では言語に対する態度を測っており、その まま採用した。

7)学習言語をロシア語にするかウズベク語にするかはウズベク系家族の中でも大きな問題で、川 村・福島(2007)はウズベク人家族の兄弟でウズベク語学校とロシア語学校に入れ分ける例を紹 介している。

8)ウズベキスタンにおける文科省試験二次試験の受験者数は、研究生留学生、学部留学生それぞれ、

2004年度41人、98人、2005年度42人、128人、2006年度81人、151人であった。うち留学が 可能になったのは研究生留学生が毎年4名程度、学部生は1〜2名程度である。

9)アイデンティティについて「国を超えた集団の中でどこに属すか」という質問について「ソ連人」

と回答したものは16名中5名で一番多かった。また、木村(1998)も中央アジアのロシア人が 新興独立国よりも「ソ連にアイデンティティを求めることが多い」(p211)と述べている。

参考文献

アンリ・ジオルタン(2004)「ヨーロッパにおける言語問題」『ヨーロッパにおける多言語主義はどこ まできたか』三元社

井上史雄(2000)『日本語の値段』大修館書店

猪口孝他(2005)『アジア・バロメーター都市部の価値観と生活スタイル―アジア世論調査(2003)

の分析と資料』明石書店

帯谷知可(2003)「最近のウズベキスタンにおける国史編纂をめぐって―『民族独立理念』のもとで の『ウズベク民族の国家史』」『東欧・中央ユーラシアの近代とネイションⅡ』北海道スラブ研究 センター 35–48頁

川村秋子,福島青史(2007)「ウズベキスタンの『帰国子女コース』実践報告―『移動する子ども』

のために『海外の日本語教育』は何ができるか―」『国際交流基金日本語教育紀要』第3号 63–79頁

園山大祐(2007)「複言語主義に向けたEUの言語教育政策」『比較教育学研究』第35号 17–32頁 渋谷謙次郎(2007)「『母語』と統計 旧ソ連・ロシアにおける『母語』調査の行方」『ことばと社会』

10号 175–207頁

日本国外務省「ウズベキスタン共和国」http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/uzbekistan/data.html

(2008/1/4)

木村英亮(1998)「中央アジアのロシア人」『中央アジア−市場化の現段階と課題』アジア経済出版会 199–227頁

吉島茂(2007)「ヨーロッパの外国語教育を教育間・言語政策から見る」『言語政策』第3号 61–81頁 Council of Europe (2001) Common European Framework of Reference for Languages: Learning,

teaching, assessment

(2007) Guide for the Development of Language Education Policies in Europe

参照

関連したドキュメント

複数言語環境下で成長した成人へのインタビューをもとに彼らが幼少期に複言語を習得し

韓国 3 と日本は戦後さまざまな問題を含みながらも、 1965 年の日韓国交正常化から すでに 40 年以上を経過し、

2007 年

中国人留学生の使う日本語について − − 母国語(中国語)の影響 − − 玲 はじめに

目的とするため、この2つのインタビュー調査を併用した。

  「 2015 (平成 27 )年度国勢調査 人口等基本集計結果の概要」の沖縄県の人口 と世帯数に」よると、沖縄県の在留外国人数は 11,020(総人口の 0.8%)人で前 回調査 (2010: 平成 22

以上の背景から,中・長期的に日本に滞在する外国人の数は急速に増加しており,居住地

 発表者は,弥勒県西一管濫泥野村の西山民族中学校に,1997年10月から11月の間滞在