善
光
寺
の
江
戸
開
帳
に
つ
い
て
鷹
.司
誓
玉
一 、 出 開 帳 r 、 e 、 眞 田 家 と の 關 係 、 , a 、 ﹁ 御 開 帳 ﹂ の お こ り ' ㌔ 三 、 開 帳 記 録 よ り 見 た 善 光 寺 の 組 織 d 、 回 國 開 帳 と 三 都 開 帳 a 、 近 世 の 寺 院 機 構 二 、 江 戸 開 帳 の 概 觀 , 、 b 、 本 坊 兩 寺 の 關 係 a 、 起 源 ・ ・ c 、 講 中 b 、 經 過 ー ' 四 、 善 光 寺 信 仰 の 普 及 c 、 人 員 む す び d 、 収 支 匸 は し が 送 し ≧ p " 信 州 善 光 寺 は 慶 長 六 年 家 康 に よ ひ 千 右 の 寺 領 を 與 え ら れ て 以 後 幕 末 に 至 る ま で 、 經 濟 基 盤 は 歴 代 将 軍 家 の 保 證 を ( 註 1 ) 得 て 一 應 安 定 し て い た 。 し か し 特 定 の 檀 家 を も た な い の で 寺 領 以 外 の 収 入 は 一 般 參 詣 者 の 志 納 奉 賽 を ま つ の み で 、 ネ 時 の 出 費 即 ち 火 災 震 災 な ど で 被 害 を う け 伽 藍 修 覆 の 必 要 が 生 じ た 場 合 等 雄 ほ 別 途 の 収 盆 方 法 を 講 じ な け れ ば な ら な か つ た 。 こ こ に お 、い て 行 わ れ だ の が 門 御 開 帳 ﹂ 、肇 あ 、る 。 冖 -善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 七 五七 六 大 體 諸 寺 の 佛 菩 薩 の 奪 像 は 篤 信 さ れ る に 従 つ て 奥 深 く 秘 蔵 さ れ る 傾 向 が あ る 。 然 し で 反 面 か ら 言 え ば 平 等 容 易 に 解 せ な い と な る と 、 稀 れ に 拝 觀 を 許 さ れ た 特 別 の 機 會 は 一 膚 人 々 の 信 心 を 誘 發 し 、 そ の 像 の 尊 嚴 性 紳 秘 性 を 檜 加 せ し め て 行 く の で あ る 。 江 戸 時 代 申 期 以 降 は 江 戸 を は じ め 各 地 で 諸 寺 の 奪 像 が 盛 ん に 開 帳 さ れ 、 中 で も 善 光 寺 の 一 光 三 奪 如 來 、 嵯 峨 清 涼 寺 の 釋 迦 像 、 成 田 の 不 動 奪 な ど の 出 開 帳 は 著 名 で あ る 。 ・そ れ は 今 の べ た 如 く 衆 人 の 信 心 を 喚 起 せ し め る と 共 に 奉 賽 寄 進 等 で 寺 院 の 収 入 檜 加 を は か る 一 法 で も あ つ た 。 、善 光 寺 の 開 帳 は 大 別 す る と 金 堂 開 帳 ・ 出 開 帳 の 二 種 が あ り 、 更 に 出 開 帳 は 回 國 開 帳 と 三 都 (江 戸 ・ 都 ・ 大 坂 ) 開 帳 と に 分 け ら れ る 。 こ れ ら に 關 し て 纏 ま つ た 資 料 は 餘 り 多 く な い が 本 坊 大 本 願 に は 延 享 二 年 か ら 明 治 四 年 に 至 る ま で 百 二 十 五 年 間 ( う ち 二 十 三 年 間 分 は 不 足 ) の ﹁ 大 奥 御 用 日 記 ﹂ を は じ め 、 安 永 七 年 及 び 文 政 三 年 の 江 戸 開 帳 日 記 そ の 他 が あ る 。 叉 代 々 大 勸 進 の 寺 侍 を つ と め た 今 井 家 に は 享 和 二 ・ 三 年 、 文 政 二 年 の 開 帳 用 記 計 八 冊 を は じ め 斷 片 的 で は あ る が 各 種 の 關 係 文 書 が 傳 持 さ れ て 居 堅 、 昨 年 長 野 縣 立 鬪 書 館 に 寄 膾 さ れ 閲 覧 の 便 が 計 ら わ れ る よ う に な つ た 。 江 戸 開 帳 は 後 に 詳 述 す る 如 く 元 祿 五 年 以 後 六 回 行 わ れ た が 右 の 資 料 は 大 體 後 期 の も の の み で 、 前 半 三 回 の Etna 録 は 寶 歴 元 年 正 月 の 火 災 で 善 光 寺 方 丈 坊 舎 が 焼 失 し 、 同 十 年 四 月 に は 大 門 町 出 火 が あ り 町 の 舊 家 等 多 數 催 災 し た た め か 殆 ん ど 残 つ て い な い 。 し か し 先 例 故 實 を 重 硯 し た 時 代 の 事 と て こ れ ら の 思 記 に は 各 事 項 ご と に 一 々 先 例 が 記 録 さ れ て 居 り 、 我 々 は 元 祿 五 年 以 來 の 江 戸 開 帳 の 實 情 を 相 當 克 明 に 知 る 事 が 出 來 る 。 故 に 今 回 は 主 と し て 左 記 の 記 録 類 を 用 い 、 あ わ せ て 近 世 諸 文 献 の 記 事 を も 參 照 し な が ら 善 光 寺 江 戸 開 帳 の 實 態 を 知 り 、 三 都 及 び 回 國 開 帳 の 果 し た 役 割 に つ い て 考 察 し た い と 思 う 。
な お リ ボ ー ト 中 左 の 記 録 を 用 い る が そ の 抄 出 に 当 つ て は 便 宜 上 ︹ ︺ の 略 記 を 以 て 題 名 に か え る 。 大 本 願 蔵 厂○ 大 奥 御 凋 潤 記 ( 延 享 二 年 く -明 治 四 年 ま で 吻 り 、 L今 恂 は 安 永 七 、 享 和 三 年 等 を 用 い る ) ︹ 奥 日 記 ︺ ○ 如 來 三 都 御 廻 國 御 開 帳 日 記 ︹ 如 来 三 都 廻 國 ︺ ○ 安 永 七 戊 年 江 戸 御 開 帳 日 記 ︹ 安 永 七 奥 ︺ ○ 文 政 三 庚 辰 年 如 來 江 戸 御 開 帳 御 用 日 記 上 ・ 中 ・ 下 ︹ 文 政 三 奥 ) ・ 長 野 縣 立 圖 書 館 蔵 ( 今 井 家 舊 藏 ) 覊 瞿 用 壟 三 三 ・ 四 ︹ 享 和 今 井 用 記 ∵ ・ 享 和 二 霍 驃 御 双 用 記 上 ・ 下 ︹ 享 和 二 御 願 ︺ ○ 文 政 江 戸 御 開 帳 用 記 乾 ・ 坤 ︹ 文 政 今 井 用 記 ︺ . ○ 善 光 寺 如 來 井 靈 寶 等 御 城 江 奉 入 候 樣 被 仰 出 候 先 例 覺 ︹ 御 城 入 先 例 ︺ ○ 江 戸 御 開 帳 二 杜 翼 田 家 御 審 所 並 御 預 ゲ 金 等 之 儀 掛 合 一 件 ︹ 御 預 ケ 金 掛 合 ︺ ○ 善 光 寺 如 來 御 當 地 開 帳 後 淺 草 燈 明 寺 並 上 野 由 内 江 引 移 逗 留 仕 候 先 例 覺 ︹ 開 帳 後 先 例 ︺ 岸 本 家 蔵 冖 . ・ r , -°○ 安 永 七 戊 戌 歳 . ( 以 下 表 紙 破 損 に で ). 、 ︹ 安 永 ゼ 岸 本 ︺ な お 大 正 十 一 年 善 光 寺 史 研 究 會 刊 行 の ﹁ 善 光 寺 史 研 究 ﹂ に も 大 本 願 藏 古 記 録 類 が 相 當 量 収 録 さ れ て 居 る 故 ︹ 寺 史 研 究 ︺ と し て 引 用 し た 。 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 七 七
七 八 一 、 出 開 帳 a 、 ﹁ 御 開 帳 ﹂ の お こ り 本 來 開 帳 と い う の は 戸 帳 を ひ ら い て 秘 蔵 す る 佛 菩 薩 の 像 を 拝 瞻 せ し せ る 開 扉 ・ 啓 龕 の 意 で あ つ て 、 中 國 に お い て 唐 の 憲 宗 元 和 十 三 年 に 鳳 翔 法 門 寺 護 國 眞 身 塔 内 釋 迦 牟 尼 佛 の 指 骨 の 一 節 を 開 き 歳 豊 入 安 を 所 る 事 を 奏 し 、 翌 年 勅 に よ つ て 開 嘆 さ れ た の が 最 初 で あ る 。 我 が 國 で も 中 古 か ら 行 わ れ ﹁ 明 月 記 ﹂ の 嘉 禎 元 ( = コ ニ 五 ) 年 閏 六 月 十 九 日 の 條 に 善 光 寺 佛 を 寫 し た 三 奪 佛 を 京 中 の 道 俗 が き そ つ て 禮 拝 し た と 云 う 事 が あ り 閏 六 月 + 九 是 戍 ・ 終 夜 雨 降 契 陰 ・ 禪 尼 警 (輩 ) 乘 車 禮 ・ 近 匙 壟 奪 像 ゜ 吾 山暈 道 俗 騒 動 禮 拝 云 々 ° 奉 寫 善 光 寺 佛 云 々 ま 慨 ﹁ 賓 隆 公 記 ﹂ 永 正 五 ( 一 、五 〇 八 ) 年 五 月 十 一 日 の 善 光 寺 新 佛 叡 覧 の 事 ・ ﹁ 二 水 記 ﹂ 永 正 十 四 年 四 月 十 一 日 法 輪 院 虚 空 蔵 開 帳 の 事 な ど が 古 い 例 で あ る 。 實 隆 公 記 三 十 八 巻 に は 文 明 九 年 六 月 二 十 四 日 善 光 寺 本 堂 の 火 災 で 佛 體 を 焼 失 し た の で 七 日 後 戒 順 の 發 願 に ょ り 堺 詬 庄 で 勸 進 造 立 し 、 文 龜 二 年 卯 月 八 日 完 成 し 信 州 へ 下 向 す る に 當 つ て 、 そ の 途 次 大 和 橘 寺 . 南 都 を 經 て 叡 山 坂 本 に 逗 留 し て 、 禁 裡 え も 奉 持 し 叡 覧 に 供 え た 時 の 情 況 が 詳 し く 記 さ れ て い る 。 永 正 五 年 五 月 十 一 日 戊 申 夊 善 光 寺 新 佛 叡 覧 事 、 頻 望 二 申 之 一可 レ 爲 二 如 何 一哉 之 由 被 レ 仰 之 旨 趣 先 目 安 依 レ 寫 留 レ 之 信 州 沙 門 戒 順 謹 言 上 右 根 本 善 光 寺 前 立 新 佛 者 弘 聖 菩 薩 依 二 如 來 靈 告 一被 レ 造 二 立 之 一 (中 略 ) 欽 明 天 皇 御 宇 善 光 寺 如 來 奉 レ 入 一一禁 中 一 有 一御
叡 覧 一云 々 任 二 往 古 例 一御 叡 覧 候 之 條 願 二 啓 達 一 者 可 二 畏 入 存 一 之 旨 謹 言 上 如 レ 件 な お 右 の 文 中 に は " 往 古 の 例 に 任 せ て 御 叡 覧 候 " と あ る の で 欽 明 天 皇 御 宇 と い う の は 肯 定 出 來 な い が 何 ら か の 前 例 が す で に あ つ た の で は な か ろ う が と 思 わ れ る 。 近 世 光 善 寺 の 開 帳 を 見 る と 序 文 に お い て も ふ れ た 如 く 信 州 善 光 寺 の 本 堂 に お い て 一 定 の 期 聞 に 限 つ て 行 わ れ る 金 堂 開 帳 と 、 他 所 え 出 張 し て 行 わ れ る 出 開 帳 と が あ る が い つ れ の 場 合 も ﹁ 前 立 本 奪 ﹂ 即 ち 本 佛 に 封 す る 第 二 義 的 な 佛 像 を 開 帳 す る の で あ る 。 こ の 像 は ﹁ 開 帳 佛 ﹂ と か ﹁ お 前 立 さ ん ﹂ と い わ れ る 。 傳 説 に よ る と 三 國 傳 來 の 一 光 三 奪 阿 彌 陀 如 來 が 孝 徳 天 皇 の 御 宇 勅 封 と な つ た の で 、 本 田 善 光 が 本 奪 の 眞 容 を 模 し て 造 立 せ ら れ た も の で あ る と 傳 え ら れ て 居 り 、 明 治 三 十 九 年 國 寶 に 指 定 さ れ た 。 善 光 寺 開 帳 の 特 色 は 本 奪 を あ く ま で 秘 佛 と し て 公 開 せ ず 、 た ま く の 別 事 法 要 に お い て も 他 寺 の そ れ が 本 佛 を 拝 せ し め る の に 比 し て 、 當 寺 で は お 前 立 さ ん を 拝 ゼ し め る の み で あ つ た 事 で あ る 。 更 に そ の 期 間 中 に 繪 縁 起 講 談 ・ 御 印 文 頂 戴 の 儀 な ど を 併 せ 行 つ て 本 奪 の 神 秘 性 を 強 調 す る 如 き 一 種 の 演 出 が な さ れ て い た 點 も 注 意 す べ き で あ ろ う 。 金 堂 開 帳 は 元 來 三 萬 五 千 日 回 向 と か 四 萬 五 千 日 回 向 な ど 稱 し 、 一 定 期 間 の 不 斷 念 佛 滿 行 を 記 念 し て 行 わ れ た も の ら し く 、 近 世 で は 各 出 開 帳 成 滿 後 に し ば ー ﹁ 御 回 向 念 佛 ﹂ と し て 行 わ れ て い る 。 善 光 寺 本 堂 内 で 前 立 本 奪 を 開 帳 す る も の で 、 そ の 最 初 に 行 わ れ た 年 代 は 末 詳 で あ る が 一 遍 上 人 繪 詞 傳 七 ( 清 淨 光 寺 本 ) に 見 る 次 の 記 事 も 金 堂 開 帳 の 事 と 思 わ れ る ・ か く て 善 光 寺 に 詣 給 た れ は 、 式 日 の 外 は ま れ に も つ と め ら れ さ る 舎 利 會 臨 時 に お こ な わ れ て 御 戸 開 れ た り 、 是 併 如 來 の 教 直 方 便 に て こ そ ま し ま す ら め と て 寺 家 よ り 日 中 の 行 法 は 禮 堂 に て 有 べ き よ し 申 う け ら れ け れ ぼ 云 々 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 七 九
八 〇 ( 文 永 八 年 ) 噛 し か し 諸 般 の 形 式 を と と の え て 行 わ れ る よ う に な つ た の は ︹ 奥 日 記 ( 延 享 二 ∼ 寶 歴 二 ) ︺ に よ れ ば 延 享 二 年 三 月 十 ( m 五 日 か ら 四 月 十 五 日 ま で 本 堂 修 覆 の た め に 行 わ れ た と い う の が 最 も 早 い よ う で あ る 。 そ の 後 も 時 折 り 行 わ れ た が 、 こ と に 江 戸 時 代 後 期 以 後 は 七 年 目 ご と に 行 わ れ て 居 り 、 は じ め は ﹁ 御 回 向 ﹂ と 稱 し て い た が 後 期 以 降 は 一 般 に ﹁ 御 開 帳 ﹂ と 稱 し ・ 現 在 ま で 繼 續 し て い る ・ (表 -)
表
-開
帳
執
行
年
表
l D A 一 六 四 二 六 六 八 五 八 六 九 二 九 四 九 七 一 七 〇 〇 〇 一 〇 二 〇 三 〇 五 〇 六 年 月 寛 永 一 九 ・ 五 ・ 日 寛 文 六 貞 享 二 ・ 〃 三 ・ 元 祿 五 ・ 〃 七 ・ 〃 〃 一 〇 ・ 〃 ・ = エ ・ 〃 一 四 ・ 〃 〃 〃 一 六 ・ 寶 永 二 ・ 〃 〃 四 , 六 六 ・ 六 ・ 九 ・ 二 ・ ﹁ 開 帳 ︻ 備 九 五 ∼ 二 四 ∼ 一 四 ∼ 一 二 七 七 ・ 二 . 1 -三 ・ 1 O ∼ 九 ・ ∼ 一 五 ・ 二 ・ 一 五 ∼ 二 ・ 四 九 ・ ∼ 八 . 五 八 ・ 三 〇 { ・ 一 〇 五 ・ 一 〇 三 ・ 1 五 一 五 ∼ 一 〇 ・ 一 五 三 ・ 八 江 戸 開 帳 京 開 帳 大 阪 開 帳 7 江 戸 開 帳 回 國 開 帳 は じ ま る 京 開 帳 大 坂 開 帳 回 國 開 帳 終 る 考 善 光 寺 燒 失 同 再 興 妻 戸 五 坊 (時 宗 ) 天 台 宗 大 勸 進 支 配 と な る 中 衆 .十 五 坊 (淨 土 宗 ) 同 於 本 所 回 向 院 於 眞 如 堂 於 天 王 寺 笠 口光 寺 再 建 始 ル 同 出 火 に て 用 材 等 燒 失 於 谷 中 感 應 寺 上 總 方 面 勸 化 江 戸 保 福 寺 で 越 年 於 八 坂 庚 申 堂 善 光 寺 再 建 始 る 、 於 天 鷲 寺〇 七 一 七 一一 二 四 〇 四 一 四 六 四 七 四 八 〃 七 三 七 八 八 〇 〃 四 ・ 正 徳 四 ・ 享 保 = ハ ・ 元 文 〃 寛 保 、 〃 延 享 五 . 一 ・ 三 ・ 四 ・ 八 ・ 三 ・ 一 二 六 ・ 三 ・ 六 ・ 三 ・ 三 ・ = 二 一 五 一 ∼ 闥 七 ・ 二 一 ∼ 一 ∼ 一 五 ∼ = 二 ∼ ∼ 一 一 五 二 一 七 八 ・ 一 四 ・ 一 五 ' ﹂ 一 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 八 一 八 二 八 九 九 一 九 四 九 五 九 六 九 七 九 八 ﹂ 寛 延 〃 安 永 〃 〃 〃 〃 天 明 〃 寛 政 〃 〃 〃 〃 〃 〃 一 ・ 二 ・ 七 ・ 九 ・ 二 . 一 ・ 三 ・ 六 ・ 七 ・ 八 ・ 九 ・ . 九 ・ 二 三 九 ・ 二 八 ∼ 一 〇 ・ 五 三 ・ 二 五 ∼ 閨 三 ・ 二 五 六 ・ 一 ∼ 四 ・ 一 ∼ 五 ・ 一 二 ∼ 七 ・ 一 九 ∼ 六 ・ 二 七 七 三 ・ 1 O ∼ >> 1 ・ 1 O ∼ 八 ・ 三 〇 ∼ 一 一 一 ∼ 九 ・ 七 ・ 二 二 四 ・ 三 〇 六 ・ = 一 四 ・ 1 t 1 .0 六 ・ 二 二 江 戸 開 帳 京 開 帳 大 坂 開 帳 金 堂 開 帳 回 國 開 帳 は じ ま る り 〃 " 終 る 金 堂 開 帳 〃 江 戸 開 帳 京 開 帳 大 阪 開 帳 回 國 開 帳 は じ ま る 中 繕 金 堂 開 帳 金 堂 開 帳 回 國 開 帳 は じ ま る 〃 終 る 善 光 寺 如 來 堂 完 成 、 入 佛 同 堂 門 等 地 震 で 小 破 江 戸 開 帳 許 さ れ た が 都 合 で 延 期 大 本 願 ・ 日 光 門 主 支 配 と な る 於 本 所 回 向 院 於 大 佛 殿 於 天 王 寺 於 信 州 善 光 寺 本 堂 越 後 ・ 奥 羽 ・ 常 陸 ・ 下 總 ・ 關 東 ( 江 戸 で 越 年 ) 甲 州 方 面 を 經 て 、歸 座 於 回 向 院 於 盧 山 寺 於 天 王 寺 泉 和 釈 畿 内 ・ 東 海 道 ・ 江 戸 に て 越 年 。 翌 年 は 關 東 奥 州 越 後 方 面 ・ 越 後 に て 大 勸 進 慈 薫 病 歿 の た め 如 來 歸 座 回 國 の 儀 申 途 乍 ら 願 下 げ る 諸 堂 修 理 完 成 の 回 向 前 回 の つ ゴ き と し て 北 陸 地 方 よ り は じ め る 京 . 桃 山 龍 雲 寺 で 越 年 及 び 新 年 開 帳 す 同 右 ( こ の 間 に 申 國 ・ 四 國 ・ 九 州 方 面 を 回 國 ) 大 阪 吃 深 江 ・ 法 妙 寺 で 越 年 及 び 新 年 開 帳 ・ 歸 座
八 二 九 九 一 八 〇 三 四 一 一 一 九 一 = 三 三 三 五 四 〇 四 七 六 四 〃 一 〇 ・ 享 和 三 ・ 〃 四 ・ 文 化 八 . 文 政 三 ・﹂ 〃 四 ・ 天 保 三 ・ 〃 六 . 〃 一 一 謹 弘 化 四 ・ 元 治 一 ・ 三 ・ 一 ∼ 六 ・ 一 ∼ 三 ・ 一 〇 ∼ 二 ・ 二 五 ∼ 六 ・ 一 ∼ ir l ・ 1 ∼ 三 ・ 1 ∼ 四 三 ・ 一 ∼ 三 ・ 一 〇 ∼ 二 ・ 七 ∼ 四 ・ 三 〇 八 二 二 四 ・ 二 九 四 ・ 一 五 八 ・ 二 〇 四 二 一 〇 四 ・ 二 〇 四 ・ 二 〇 三 ・ 二 四 三 ・ 八 金 堂 開 帳 江 戸 開 帳 金 堂 開 帳 金 堂 開 帳 江 戸 開 帳 金 堂 開 帳 金 堂 開 帳 金 堂 開 帳 金 堂 開 帳 金 堂 開 帳 於 淺 草 傳 法 院 於 回 向 院 回 國 [開 帳 許 さ れ た が 諸 國 [飢 饉 の た め 無 期 延 期 大 地 震 ・ 火 災 の た め 申 絶 b 、 回 國 開 帳 と 三 都 開 帳 善 光 寺 は 北 信 の い わ ゆ る 善 光 寺 平 と 稱 す る 盆 地 に あ る 。 江 戸 か ら の 旅 に は 碓 氷 峠 を こ え 上 田 を 通 つ て 善 光 寺 平 に 入 る 中 仙 道 ( 追 分 ま で ) 、 追 分 か ら 善 光 寺 を 通 つ て 越 後 出 雲 崎 に 至 る 所 の 北 國 街 道 が あ り ・ 京 阪 地 方 か ら は 東 海 道 を 上 り 關 ケ 原 ・ 上 ケ 松 ・ 松 本 ・ 鹽 尻 を 經 由 し て 來 る 善 光 寺 道 ( 北 國 西 街 道 と も 言 う ) が あ つ た 。 し か し 交 通 機 關 の 不 備 な 時 代 に お い て は い か に 三 國 傳 來 の 靈 讐 讐 山 間 の 險 路 を こ え て は る ぐ 信 州 の 本 寺 え 參 詣 す る 信 徒 の 數 は ご く 恨 ら れ た も の で あ つ た ろ う 。 江 戸 中 期 以 降 し ぼ く 行 わ れ た 出 開 帳 は 他 所 に 出 帳 し て 多 く の 人 々 に 秘 佛 を 拝 さ せ る 事 に よ り 遠 隔 の 地 方 と の 因 縁 を 結 び 、 伽 藍 維 持 の 募 財 の 役 割 を は た す 爲 の 重 要 な 行 事 で あ つ た 。 そ の 結 果 は 時 に よ つ て 諸 種 の 條 件 に 禍 い さ れ て 舞 ず し も 所 期 の 収 盆 を 上 げ 得 な 蕩 合 も あ つ た が ・ 善 光 寺 の 存 在 そ の も の を 全 國 的 に 認 識 さ せ た の で あ り ・ 殊
に 大 が か rり に 行 わ れ た 三 都 開 帳 は 階 暦 の 上 下 を と わ ず 多 數 人 士 を し て 善 光 寺 信 仰 に 導 入 す る 積 極 的 な 宣 伝 効 果 が 濁 つ た と 言 え る と 思 う 。 ・ 回 國 開 帳 は 場 所 や 時 間 を 限 制 せ ず 廣 範 圍 に 各 地 を 遊 行 勸 募 し た も の で 、 信 濃 一 國 に 限 つ て は 寛 文 元 ( 一 六 六 六 ) 年 に 許 さ れ た の が 最 も 早 い 。 全 國 各 地 を 行 脚 し 、 民 衆 と の 結 縁 を 目 的 と し て 眞 に 回 國 し た の は 元 祿 十 四 年 九 月 か ら 寶 永 三 年 八 月 ま で の 約 六 ケ 年 間 行 わ れ た の が 最 初 で あ る 。 爾 來 幕 末 ま で に 延 享 四 ∼ 五 年 、 安 永 九 ∼ 天 明 二 年 、 安 政 六 ∼ 十 年 の 計 四 回 十 六 ケ 年 に わ た つ て 行 わ れ て 居 り ﹁ 巡 國 開 帳 ﹂ と も 稱 す る 。 各 種 蘭 帳 の 中 で こ の 回 國 開 帳 は 善 光 寺 信 仰 普 及 と い う 點 で 最 も 寄 與 す る 所 大 で あ り 、 少 人 數 で 諸 國 を 行 脚 結 縁 す る 事 あ た か も 中 世 以 來 の ﹁ 念 佛 を す す む る 聖 ﹂ の 傳 統 を 繼 承 し て い る か の 感 が あ る 。 尤 も 回 國 が 何 年 間 か の 長 期 に 渉 る 場 合 に は 三 都 の う ち の い つ れ か で の 開 帳 を も 交 じ え 行 わ れ た 例 も あ り 、 そ れ に つ い て は 後 に 詳 述 す る 。 三 都 開 帳 と は 江 戸 ・ 京 ・ 大 坂 に お い て 行 わ れ る 開 帳 の 事 で あ つ て 淨 土 宗 大 本 願 を 本 坊 と す る 中 衆 十 五 坊 と 、 天 台 宗 大 勸 進 を 本 坊 と す る 衆 徒 二 十 五 院 、 及 び 時 宗 の 妻 戸 五 坊 の い わ ゆ る ﹁ 三 寺 中 ﹂ が 一 體 と な つ て 行 う も の で あ る 。 そ の 三 都 で は 元 碌 五 年 六 月 五 日 ∼ 八 月 五 日 の 江 戸 開 帳 ・ 元 祿 七 年 六 月 二 十 四 日 ∼ 八 月 三 十 日 京 開 帳 . 同 九 月 十 四 日 ∼ 土 月 + 昊 坂 開 帳 の 行 わ れ た の が そ れ ぐ の 最 初 で あ り 、 爾 後 幕 末 ま で に 江 戸 六 回 . 京 大 阪 で は 四 回 出 開 帳 さ れ て い る 。 こ れ ら の う ち 元 祿 度 の 開 帳 に つ い て の 直 接 資 料 は 当 寺 に は 僅 少 で あ る が ﹁ 徳 川 実 記 巻 四 十 三 . 四 十 四 ﹂ に 元 祿 十 四 年 江 戸 開 帳 の こ と が 見 え 、 ﹁ 堯 恕 法 親 王 記 巻 三 十 二 ﹂ に は 元 祿 七 年 京 都 開 帳 終 了 後 九 月 六 日 に 如 來 を 青 蓮 院 門 跡 に 招 請 し た 時 の 詳 細 が 記 さ れ て い る 。 な お 先 に も 少 し ふ れ た 如 く 回 國 開 帳 が 長 期 に 渉 る 場 合 は 三 都 の う ち い つ れ か も よ り の 所 が そ の 基 点 と な つ て い る 。 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 八 三
八 四 例 え ば 越 年 に 当 つ て は 関 東 か ら 奥 羽 地 方 へ か け て の 巡 國 の 場 合 で あ れ ば 江 戸 へ 、、 近 畿 申 國 以 西 方 面 の 回 國 中 で あ れ ば 京 又 は 大 坂 に 宿 寺 を 定 め 、 勧 化 の 同 勢 は 一 応 そ の 宿 寺 に 引 上 げ て 新 年 を 迎 え る 。 然 し て 信 州 本 寺 で は 往 古 か ら の 堂 童 子 と 稱 す る 傳 統 的 な 馨 行 事 が あ つ て 御 印 文 を 必 要 と す る の で ・ そ れ の み 急 遽 提 行 し て 正 月 法 儀 を つ と 麗 終 了 後 直 ち に 宿 寺 に 戻 つ て 一 行 と 合 流 し て 巡 國 を 再 開 す る の が 常 で あ り 、 年 初 の 一 期 間 そ の 宿 寺 に お い て 開 帳 し て か ら 回 國 繼 續 に 出 立 し た 例 も あ る 。 故 に 三 都 開 帳 の 實 際 回 數 は 第 一 表 に も 示 し た 通 り 今 少 し 多 い の で あ る 。 ら ︹ 如 來 三 都 廻 國 ︺ に よ つ て 出 開 帳 の 意 圖 を 見 る と 元 禄 五 年 度 の 願 書 に は 次 の 如 く あ る 。 (前 略 ) 然 所 従 往 古 數 度 致 炎 焼 候 故 二 再 興 漸 々 減 少 仕 本 堂 も 假 堂 故 大 破 殊 二 寶 塔 樓 門 も 只 今 ハ 礎 石 耳 相 残 候 問 今 度 於 御 當 地 並 京 大 坂 繪 縁 起 講 談 仕 存 寄 之 奉 加 御 座 候 バ バ 本 堂 修 覆 仕 塔 樓 門 等 再 興 仕 度 奉 存 候 、 御 赦 免 被 遊 爲 仰 付 被 下 候 様 二 奉 願 候 以 上 元 祿 五 年 四 月 九 日 善 光 寺 大 本 願 誓 傳 上 人 判 大 勸 進 本 孝 法 印 判 本 多 紀 伊 守 殿 寺 瓧 奉 行 所 戸 田 能 登 守 殿 松 浦 襃 岐 守 殿 か よ う に 再 建 資 金 の 勸 募 を 目 的 と 心 た も の で は あ る が 善 光 寺 の 出 開 帳 は あ く ま で も 諸 人 と の 結 縁 を 重 覗 し 、 庶 民 の 負 擔 に な ら ぬ 範 圍 内 に 蕊 て の 合 力 を 求 め る よ ・つ に つ と め て い る 。 そ の こ と は 同 じ く 大 本 願 蔵 の 翻 進 帳 L の 彫 軛
に よ つ て も 明 瞭 に 知 り 得 る の で あ る 。 ( 前 略 ) あ ま た た び 回 祿 せ し 時 に は 舎 利 炭 片 に あ ら わ れ 無 縁 の 衆 生 を し て ゑ ん を む す ば し め 建 立 の 折 か ら は 良 材 飛 柱 踊 躍 の 奇 を し め し 不 信 の 人 倫 其 信 仰 の ま こ と を お こ さ し め 給 ふ な ら ん 、 其 後 本 堂 の み か り に 起 立 す と 雖 も 柱 椽 摧 朽 し 梁 棟 傾 斜 せ ん 此 時 に あ た り て 予 い や し く も 一 品 親 王 の 嚴 命 を か う ふ り 如 來 禮 奠 の 給 仕 を つ と め 往 昔 美 麗 の 舊 記 を 見 當 寺 衰 滅 の あ り さ ま を 見 て 悲 歎 の 袂 か は く ひ ま な し 、 故 に 今 度 本 堂 並 に 寶 塔 縷 門 再 興 の 大 願 を 發 し 本 願 善 尼 並 三 山 の 僣 侶 と 評 せ し に 皆 義 を 見 て い さ む 心 あ り ( 中 略 ) 十 方 檀 那 の 助 力 を た の み 造 營 の 周 備 を 没 後 に ね が ふ の み な り 、 乞 願 は 信 心 の 男 女 善 光 寺 建 立 講 を く は た て 一 日 に 一 銭 を 投 じ て 五 .年 の 間 た く は へ 其 年 々 の お は り 毎 に 講 頭 信 州 へ 送 り 届 け 大 願 を 成 就 せ し め 給 へ 、 若 し 然 ら ば 講 中 の 俗 名 戒 名 過 現 の 名 帳 に 載 せ 如 來 前 に 於 て 現 世 安 穏 後 世 清 淨 土 の 回 向 永 く 怠 慢 不 可 有 者 也 仍 如 件 元 祿 五 壬 申 才 五 月 十 八 日 大 本 願 誓 傳 上 人 三 寺 中 惣 代 玉 照 院 昌 榮 大 勸 進 本 孝 印 こ の 奉 加 帳 で は 一 人 一 日 一 銭 ・ 即 ち 一 ケ 年 三 百 六 十 文 を 五 ケ 年 つ み 立 て る 事 を 勸 め 、 約 三 万 兩 の 募 金 を 得 る の を 目 的 と し て い た 。 . 、 口 , ,, ひ と く ち に 出 開 帳 と 言 つ て も 三 都 開 帳 と 回 國 開 帳 と の 閥 に は 目 標 ・ 運 營 そ の 他 い ろ ー な 面 で 相 異 が あ る の で 一 応 考 察 を 加 え て お こ う と 思 う 。 そ れ に つ い て は ︹ 享 和 二 御 願 ・ 上 ︺ に 明 瞭 な 規 定 が あ る 。 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 八 五
八 六 日 本 回 國 の 儀 は 結 縁 の み の 事 に て 往 古 よ り の 仕 來 に 御 座 候 、 御 當 地 並 京 大 坂 に て 開 帳 奉 願 候 儀 は 修 覆 難 及 自 力 に 節 御 願 仕 候 仕 來 り に て 譯 合 違 候 事 に 御 座 候 云 々 古 來 よ り 開 帳 願 之 節 は 大 勸 進 ・ 大 本 願 と 認 來 り 候 問 古 例 之 通 此 度 も 相 認 申 候 尤 回 國 開 帳 願 等 大 勸 進 一 判 に 而 御 願 申 上 候 節 は 右 被 仰 聞 候 通 云 々 ( 享 和 二 ・ 五 ・ 一 三 ) 三 都 開 帳 の 願 書 に は 大 本 願 大 勸 進 の 連 署 連 判 が 必 要 で あ る が 、 回 國 開 帳 は す べ て 大 勸 進 別 當 の 責 任 に お い て 行 わ れ る の で 願 書 も 單 獨 で 提 出 す る 。 又 開 帳 中 の 金 銭 出 納 も 三 都 の 場 合 は 三 寺 中 の 共 同 運 營 で あ る か ら 大 本 願 側 役 人 も 立 ち 合 つ て い る が 、 回 國 は 結 縁 を 第 一 目 的 と し て い る の で 多 少 の 収 盆 が あ つ て も そ れ は 善 光 寺 の も の と せ ず 巡 錫 ・ 収 入 管 理 そ の 他 一 切 大 勸 進 の み で 行 い 、 祠 堂 金 等 と し て 大 勸 進 一 ケ 寺 の 經 營 に 當 て た よ う で あ る 。 ( 7 ) 寛 政 度 の 回 國 開 帳 申 に 大 勸 進 が 京 桃 山 の 龍 雲 寺 ・ 大 阪 深 江 の 法 妙 寺 に お い て 單 獨 で 開 帳 を 行 い 、 大 本 願 に 何 の 申 し 入 れ も な か つ た の で ﹁ 巡 國 序 に 而 は 乍 候 御 立 合 の 場 所 に 御 座 候 ・ 此 段 承 知 致 度 候 ﹂ と 大 本 願 側 か ら 寛 政 九 年 十 二 月 よ り 翌 十 年 五 月 に か け て 再 三 詰 問 し た 時 に は 大 勸 進 は 、 こ れ は 本 當 の 京 大 坂 開 帳 で は な く 回 國 開 帳 中 隔 年 に 京 大 坂 で 越 年 し そ れ ら の 場 で 開 帳 す る だ け の 事 で あ る か ら 御 立 合 い に は 及 ば な い と 思 つ た 、 な ど 言 い わ け を し て 今 後 は あ い さ つ す る と 約 し よ う や く 事 態 を 落 着 さ せ て い る 事 が あ る の を 見 て も 容 易 に 性 格 の 相 異 が 知 ら れ る 。 人 員 に つ い て は 後 に 詳 述 す る が 概 觀 す れ ば 三 都 開 帳 に は 約 三 百 人 前 後 の 供 奉 が あ つ た に 封 し 、 回 國 開 帳 は 大 勸 進 別 當 及 び 衆 徒 數 人 を 中 心 と す る ご く 少 人 數 の 一 行 が 前 立 本 奪 を 背 負 い 縁 に ま か せ て 諸 國 を 勸 進 行 脚 し た の で あ る 。 な お そ の 他 に も 兩 者 の 相 異 を 證 明 す る 記 事 は 隨 處 に 見 出 せ る 。 例 え ば ︹ 享 和 二 御 願 ︺ に よ る と 、 前 回 安 永 度 の 江 戸 開 帳 の 収 入 に よ り 一 応 本 堂 そ の 他 の 修 理 を 行 い 、 そ の 後 も 懈
怠 な く 修 理 を 加 宜 て 來 た が 床 下 な ど 破 損 し そ の 他 朽 損 箇 所 も 多 く ﹁ 修 復 之 儀 難 及 自 力 ﹂ な つ た の で 明 年 浅 草 寺 で 開 帳 致 し た 遽 き を 鑾 麗 認 め ・ 江 戸 瞿 先 例 書 及 び 靈 佛 ( 寶 物 ) な ど の 覺 え 書 を そ え て 寺 砒 奉 行 所 に 提 出 し て い る 、 こ れ に 封 し 奉 行 所 か ら 、 先 例 書 の 中 に 江 戸 開 帳 の 先 例 ば か り で な く 近 年 迄 に 行 つ た ﹁ 日 本 回 國 開 帳 ﹂ の 先 例 を も 加 え て 差 出 す よ う 要 求 せ ら れ た が 、 次 の 如 き 文 書 を 提 出 し て 兩 者 の 相 異 を 主 張 し て い る 。 御 當 地 に 而 開 帳 之 節 先 例 御 尋 之 節 古 來 6 御 當 地 之 先 例 を 書 上 、 京 都 に 而 は 京 都 之 先 例 書 上 仕 大 坂 も 同 様 之 事 に 御 座 候 、 此 度 回 國 之 先 例 書 加 候 は ば 京 大 坂 開 帳 之 先 例 も 書 加 可 申 哉 殊 に 日 本 結 縁 巡 行 之 儀 は 爲 修 復 開 帳 願 上 候 と む む む む は 譯 合 違 候 云 々 (享 和 二 ・ 五 ・ 一 五 ) 日 本 回 國 之 儀 ハ 結 縁 而 己 之 事 二 而 往 古 6 之 仕 來 二 御 座 候 御 當 地 並 京 大 坂 二 而 開 帳 奉 願 候 儀 は 修 復 難 及 自 力 節 御 願 仕 候 仕 來 二 而 譯 合 違 候 事 二 御 座 候 云 々 ( 享 和 二 ・ 五 . 一 六 ) 勸 募 の 成 績 は 時 に よ つ て 種 々 の 條 件 に 影 響 さ れ て 所 期 の 目 標 に 達 し 得 な か つ た こ と も あ り 、 殊 に 享 和 . 文 政 兩 度 の 江 戸 開 帳 は 不 況 で あ つ た 。 結 縁 を 目 的 と し た 所 の 回 國 開 帳 も 長 期 に 渉 る 行 脚 は そ の 任 に あ る 勸 進 檜 の 健 康 を も 侵 蝕 し 、 例 え ぼ 安 永 九 年 京 大 坂 開 帳 の あ と 引 き つ づ き 六 月 か ら 巡 國 に 出 立 し た 慈 薫 檜 正 の 如 き は 翌 々 年 越 後 の 十 日 町 に 到 つ た 時 病 に 倒 れ 、 つ い に 天 明 二 年 六 月 二 十 五 日 遣 骸 と な つ て 信 州 本 寺 に 皈 山 し 、 そ の 後 の 巡 國 豫 定 を 中 止 し た の で あ り 、 善 光 寺 と し て は 何 の 収 盆 も な か つ た 。 更 に 幕 末 期 に は 出 開 帳 に よ る 勸 募 は 餘 り 効 果 が な く な つ た の み で な く 、 却 つ て 負 擔 と な つ た 事 も あ る よ う に 見 え る 。 そ れ は 一 般 祗 會 情 勢 か ら し て も す で に 元 祿 頃 か ら 序 々 に 活 發 に な り つ つ あ つ た 農 民 的 賀 幣 經 濟 の 發 展 等 が 根 本 原 因 と な つ て 、 支 配 階 級 の 地 位 が 動 揺 し つ つ あ り 、 十 八 世 紀 頃 か ら 激 化 し た 各 地 の 、一 揆 の た め に 封 建 的 肚 會 が 末 期 症 状 を 呈 し つ つ あ つ た 點 が あ げ ら れ よ う 。 然 し て 具 體 的 に 言 う な れ 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 八 七
八 八 ば 齧 に は 主 家 世 繼 問 、題 ・ 各 武 士 間 の 地 位 蠡 な ど 保 守 章 新 兩 派 聞 の さ ま ぐ な 對 立 抗 争 が あ つ て 、 こ 差 藩 主 擁 立 を め ぐ り 權 勢 の 座 を た て な お す 爲 齋 昭 の 行 つ た 水 戸 藩 の 倹 約 勵 行 の 令 ・ 老 申 水 野 忠 邦 の な し た 幕 府 の 經 濟 對 策 の た め の 天 保 改 革 等 が 全 國 的 に 影 響 を 及 ぼ し て い た 。 そ れ ら は 却 つ て 中 央 の 權 威 を 失 墜 せ し め 瓧 會 不 安 を 醸 成 す る 結 果 を ま ね い た よ う で あ る が 、 斯 様 な 騒 然 た る 世 情 の 中 で は 長 期 に わ た る 出 開 帳 な ど 倒 底 不 可 能 で あ つ た 。 故 に 天 保 六 年 に は 善 光 寺 首 脳 部 は 回 國 開 帳 を 行 う 豫 定 を 立 て 、 一 應 寺 瓧 奉 行 等 の 許 可 を 得 た の で あ る が 地 元 め 強 硬 な 反 封 に あ つ て 、 つ い に 坐 折 心 た 程 で あ る 。 去 ル 己 年 よ り 諸 事 高 直 ( 値 ) 二 付 參 詣 薄 ク 寺 中 町 方 共 難 渋 之 趣 承 及 候 此 上 如 來 久 シ ク 御 留 守 二 相 成 候 ハ ぐ 年 々 參 詣 も 薄 ク 猶 又 一 統 困 窮 可 相 成 哉 ト 被 存 候 ( 下 略 ) ︹ 如 來 三 都 回 國 ︺ ( 天 保 六 ・ 三 ・ 六 ) 斯 く し て 江 戸 時 代 善 光 寺 の 出 開 帳 は 寛 政 三 年 の 江 戸 開 帳 ・ 同 六 ∼ 九 年 の 回 國 開 帳 を 最 後 と し て 明 治 中 期 に 至 る ま で 一 時 斷 絶 し た の で あ る 。 然 し 財 政 面 で の 成 績 の い か ん に 拘 わ ら ず 善 光 寺 の 存 在 そ の も の を 全 國 津 々 浦 々 に 喧 傳 し た 回 國 開 帳 . 及 び 大 規 模 な 如 來 の 動 座 に よ つ て 階 暦 の 上 下 を 問 わ ず 多 數 の 都 人 士 を 善 光 寺 信 仰 に 導 入 し 得 た 三 都 開 帳 の 効 用 は 近 世 佛 教 史 上 輕 硯 出 來 な い 事 實 で あ る と 思 う 。 二 、 江 戸 開 帳 の 概 觀 a 、 起 源 三 都 開 帳 は 伽 藍 の 修 覆 が 自 力 で は 及 び が た い 程 に な つ た 時 募 財 の 爲 に 行 わ れ た も の で あ る が 、 特 例 と し て 東 叡 山 の 輪 王 寺 宮 の 發 願 招 待 に よ つ て 出 府 開 帳 さ れ た 場 合 も あ る 。 即 ち ︹ 享 和 二 御 願 ︺ 三 月 十 日 に は 左 の 書 面 の 到 來 し た
記 録 が あ る 。 一 簡 致 啓 達 候 宮 様 盆 御 機 嫌 鮨 被 爲 成 候 然 は 兼 て 善 光 寺 如 來 御 拝 被 爲 在 度 御 内 願 二 而 被 爲 在 候 得 共 遠 國 彼 是 二 只 今 迄 御 沙 汰 智 御 延 引 に 候 處 最 早 近 年 之 内 開 年 限 二 茂 相 成 候 段 被 聞 召 何 卒 來 春 御 拝 被 遊 且 諸 人 爲 結 縁 序 之 開 帳 有 之 候 様 思 召 候 問 差 支 茂 無 之 候 ハ .、 一 山 並 役 人 共 に も 被 相 達 宜 御 取 斗 可 ヒ 成 候 恐 々 謹 言 引 ご 月 廿 八 日 住 心 院 御 書 判 圓 覺 院 御 書 判 大 勸 進 權 僣 正 追 而 此 度 は 於 浅 草 寺 境 内 開 帳 有 之 折 々 被 爲 成 御 拝 被 爲 在 度 思 召 二 候 此 段 爲 心 得 申 達 候 以 上 こ こ で 一 應 出 開 帳 が 瀕 繁 に 行 わ れ た こ ろ の 善 光 寺 の 状 態 を 概 覗 し て み よ う 。 か つ て 當 寺 は 數 度 の 火 災 を 經 驗 し て い ち が 、 近 世 に 於 い て は 元 和 元 ( 一 六 一 五 ) 年 、 同 六 ( 一 六 二 〇 ) 年 、 , 寛 永 十 九 ( 一 六 四 二 ) 年 ・ 元 祿 十 ( 一 六 九 七 ) 年 に 各 々 被 災 し て い る 。 元 和 元 年 三 月 十 三 日 落 雷 で 焼 失 し た 時 に は 直 ち に 同 年 七 月 假 御 堂 が 出 來 、 寶 永 三 年 一 應 再 建 、 桐 六 年 八 月 再 び 焼 失 し て い る 。 更 に 再 興 が 成 さ れ た が 間 も な く 同 十 九 年 五 月 西 町 よ り 出 火 し て 本 堂 を 失 な い 、 そ の あ と 瑕 御 堂 建 立 の 事 に つ い て 本 堂 は 大 本 願 の み で 造 營 す る と い う 慣 例 が あ る の に 對 し 異 議 が 出 、 大 本 願 大 勸 進 の 間 C ° で 争 い と な つ た が 十 一 月 十 九 日 幕 府 か ら の 命 に よ つ て 兩 寺 協 力 し て 再 建 す る 事 ど な つ た 。 そ の 頃 關 東 の 佛 教 界 に は 天 海 僣 正 が 出 で 、 ` 將 軍 家 と 結 ん で 日 光 輪 王 寺 に 法 親 王 門 跡 を 請 い 、 京 の 叡 山 に 對 し て 東 叡 山 の 權 威 を 確 立 し て 居 り 、 官 己 の 權 力 集 中 を は か b て 他 宗 の 寺 院 や 廃 寺 ま で も 何 ら か の 由 緒 關 係 を 求 め て 天 台 東 叡 山 下 に 配 屬 せ し め よ う と 盛 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て ・八 九
九 〇 け ん に 策 動 し て い た 。 寛 永 二 十 年 善 光 寺 條 目 を 下 し て 當 寺 を 東 叡 山 末 寺 に し ﹁ 自 今 以 後 不 レ 背 二 本 寺 之 下 知 こ と 定 め て い る の も そ の 一 つ と し て 行 わ れ た も の で あ ろ う 。 慶 安 三 ( 一 六 五 〇 ) 年 假 堂 が 出 來 、 寛 文 元 ( 一 六 六 一 ) 年 信 州 一 國 に 限 り 勸 進 が 許 さ れ て 同 六 年 に は 一 應 本 建 築 が 成 っ た が 、 粗 雑 且 っ 小 規 模 の も の で あ つ た ら し く 元 祿 頃 に は す で に 相 當 損 傷 が 目 立 っ て い た 。 當 時 幕 府 で は 諸 寺 に 保 護 を 加 え て 居 り 、 こ と に 桂 昌 院 及 び 綱 吉 の 後 援 、 柳 澤 吉 保 の 配 慮 に よ つ て 復 興 を 得 た 寺 院 は 多 數 あ つ た 。 善 光 寺 の 三 都 開 緜 が は じ め て 行 わ れ た の は こ の よ う な 風 潮 の 時 代 で あ つ た 。 最 初 の 三 都 開 帳 即 ち 元 祿 五 年 江 戸 本 所 回 向 院 ・ 同 七 年 京 眞 如 堂 ・ 大 坂 天 王 寺 に お い て 各 々 行 わ れ た 結 果 は 約 二 萬 餘 繭 が 集 納 さ れ 元 祿 十 年 二 月 二 十 七 日 か ら 金 堂 再 建 が 着 工 さ れ た 。 し か し 同 十 三 年 七 月 二 十 一 日 下 堀 小 路 か ら 出 火 し 、 す で に 集 荷 し て あ つ た 大 量 の 木 材 を 焼 亡 し た の で 時 の 大 勸 進 見 海 法 印 は 引 責 辭 職 を し 、 江 戸 保 輻 寺 の 慶 運 が 大 勸 進 別 當 に 就 任 し て 新 規 一 轉 再 び 出 開 帳 に よ る 勸 募 が 行 わ れ る 事 と な つ た 。 慶 運 は 大 納 言 葉 室 頼 孝 の 猶 子 で 當 時 の 大 本 願 住 職 智 善 上 人 の 父 柳 澤 美 濃 守 吉 保 の 甥 に 當 る 俗 縁 も あ つ た 。 且 つ て 臼 蓮 宗 悲 田 派 の 據 點 で あ つ た 江 戸 谷 中 感 應 寺 が 幕 命 に よ り 悲 田 派 を 禁 じ ら れ 住 職 盛 觀 は 追 放 さ れ て 居 り 、 そ の 後 願 主 輪 王 寺 宮 公 辨 法 親 王 . 造 寺 檀 那 將 軍 綱 吉 の 名 の も と に 天 台 宗 に 改 め ら れ た 同 寺 に 元 祿 十 二 年 三 月 八 日 よ り 慶 運 が 開 基 法 祀 と な つ て 住 し て い た 。 故 に 元 祿 十 四 年 感 應 寺 に お け る 善 光 寺 江 戸 開 帳 か ら 、 寶 永 三 年 ま で 引 つ づ い て 行 わ れ た 回 國 開 帳 は 、 彼 の 經 營 方 針 が 時 宜 に 適 し た も の で も あ つ た ろ う が そ れ と 共 に 權 門 貴 伸 の 權 威 を 背 景 と し た 實 行 力 が 大 き く も の を 言 つ て 相 當 の 収 盆 を 上 げ 、 寶 永 二 年 二 月 四 日 に 着 手 さ れ た 如 來 堂 の 普 請 は 同 四 年 八 月 十 三 日 に 至 り つ い に 完 成 入 佛 を 得 た と 見 る の で あ る 。 現 存 す る 善 光 寺 本 堂 は こ の 時 の も の で 大 工 一 六 三 、 六 二 六 人 ・ 同 手 傳 二
○ 、 〇 四 〇 人 . 木 挽 七 三 、 六 二 〇 人 . 同 手 傳 一 〇 ' 1 1 0 0 人 の 延 べ 人 員 に よ り 造 ら れ た 。 三 棟 撞 木 造 、 入 母 屋 二 重 屋 根 唐 破 風 總 檜 皮 葺 御 所 棟 で 、 梁 問 二 三 ・ 七 メ ー ト ル 、 桁 五 二 ・ 八 メ ー ト ル 、 高 さ 三 〇 メ ー ト ル 餘 の 雄 大 な も の で こ れ に 要 し た 總 額 は 二 四 、 五 七 七 兩 ( 材 木 費 52 % 、 人 件 費 36 % ) 、 そ の 費 用 の 大 部 分 は 出 開 帳 に お け る 収 盆 で ま か な わ れ た と 言 わ れ て い る 。 設 計 は 幕 府 の 棟 梁 甲 良 宗 賀 、 現 場 は そ の 弟 子 藤 田 重 三 郎 ・ 木 村 萬 兵 衛 な ど が 當 り 、 松 代 藩 が 幕 府 の 指 圖 を う け て 管 理 し た の で あ る 。 本 堂 普 請 之 儀 は 眞 田 伊 豆 守 様 御 家 中 御 相 談 成 さ れ 候 様 に 御 公 儀 よ り の 御 内 談 を 以 て 兩 寺 よ り 御 頼 み 御 座 候 云 々 ︹ 如 來 三 都 廻 國 ︺ 善 光 寺 の 如 來 堂 の 儀 は 眞 田 伊 豆 守 殿 御 世 話 に て 本 堂 成 就 し 、 當 七 月 十 二 日 眞 田 伊 豆 守 殿 役 人 中 よ り 兩 寺 三 寺 中 老 璽 奉 行 兩 寺 役 人 共 方 へ 御 引 馨 成 云 々 ︹ 寶 求 四 年 訴 癒 贈 ) か よ う に 一 面 で は 權 門 の 好 遇 を う け て 堂 塔 を 再 興 し 得 た の で あ る が 、 そ の 反 面 寺 門 運 營 に 關 し て 萬 事 東 叡 山 の 意 に 従 い 、 幕 府 の 畍 入 制 肘 を 一 暦 い ち じ る し く う け ね ば な ら な く な つ た よ う で あ る 。 b 、 經 過 こ こ で 纛 江 戸 開 帳 の 經 過 を 概 觀 獣 縟 ) ( イ ) 出 願 ー 許 可 、 ( ロ ) 出 府 準 備 及 び 道 中 ( ハ ) 着 府 く 閉 帳 、 ( 二 ) 本 寺 皈 座 の 四 期 に 分 け て 考 察 す る の が 便 宜 で あ ろ う 。 な お 今 回 は 諸 資 料 の う ち 最 も 詳 細 の 知 ら れ る ︹ 享 和 二 御 願 ︺ 及 び ︹ 享 和 今 井 用 記 ︺ の 記 載 に も ど つ い て ( 日 付 ) を 記 入 す る 。 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 九 一
願 書 九 二 ( イ ) 出 願 く 許 可 : 表 皿 江 . 戸 開 概 観 帳 一 ﹄ } 一 } } 一 一 } 一 一 一 " 厂 ︻ [ . ﹄ 7 ' 噛 一 ﹂ 一 、 ' } } 幽 . i 一 } P . , 一 r 冖 一 一 [ [ 一 ︻ ㎝ 一 一 } m 一 元 碌 薦 年 ユ ' 元 祿 十 四 70 年 一-提 出 許 可 寺 肚 奉 行 係 日 數 往 途 準 備 開 帳 期 間 . 整 理 期 間 歸 途 五 年 四 月 〃 四 月 十 八 日 戸 田 能 登 守 十 八 日 五 十 五 日 間 ( 六 月 五 ∼ 七 月 晦 貝 ) 二 .十 一 日 八 月 二 十 六 日 出 立 十 四 年 一 月 〃 一 月 二 十 日 松 平 日 向 守 六 十 日 問 ( 三 月 十 ∼ . ' 五 月 十 日 Y 九 月 か ら 回 國 む 元 文 五 74 年 1 四 年 十 一 月 〃 十 一 月 二 十 五 日 牧 野 越 申 守 六 十 日 間 ﹁ ( 六 月 一 ∼ 閏 七 月 ム 日 ) 五 十 日 八 月 十 九 日 出 立 . 開 、帳 、場 } . 本 所 回 向 院 谷 申 感 應 寺 回 向 院 場 所 開 悵 後 逗 留 如 來 招 待 (主 ナ 所 ) 八 月 七 日 淺 草 灯 明 寺 へ 八 月 二 十 一 日 上 野 ゜ 本 坊 法 談 所 へ 移 ル 八 月 五 日 御 城 入 八 月 八 日 大 久 保 玄 蕃 家 八 月 十 日 尾 州 家 千 駄 木 保 輻 寺 へ 八 月 九 日 御 城 入 眞 田 家 一関 七 月 四 日 本 尊 等 上 野 本 坊 ( 一 同 は 灯 明 寺 ) へ 移 ル 閏 匕 月 二 十 四 日 上 野 常 照 院 へ 入 ル 皿閏 七 月 五 日 尾 州 家 万 八 日 石 川 播 守 家
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一 安 永 七 77 年 1 享 和 三 80 年 . , 文 政 三 80 年 1 六 年 三 月 〃 三 月 六 日 牧 野 越 中 守 二 年 五 月 十 四 日 一〃 七 月 二 十 七 日 祠 部 播 摩 守 二 年 閏 四 月 十 一 日 〃 五 月 一 日 松 平 周 防 守 十 日 十 日 間 八 十 日 間 ( 六 月 一 日 ∼ 閏 七 月 二 十 二 日 ) 三 十 四 日 八 月 二 十 五 日 出 立 十 日 十 三 日 間 八 十 日 間 ( 六 月 一 ∼ 八 月 二 十 一 日 ) 二 十 六 日 九 月 十 六 日 出 立 通 算 四 十 五 日 十 日 十 三 日 間 八 十 日 間 ( 六 月 一 ∼ 八 月 二 十 日 ) .三 十 日 九 月 十 九 日 出 立 通 算 四 十 一 日 回 向 院 淺 草 傳 法 院 回 向 院 閏 七 月 二 十 七 日 灯 明 寺 へ 八 月 四 日 上 野 護 國 院 へ 閏 七 月 十 三 日 戸 田 倡 馬 守 家 関 七 月 晦 日 眞 田 家 八 月 二 日 尾 州 家 〃 五 日 黒 田 家 八 月 二 十 二 日 東 江 寺 へ 寺 へ 八 月 二 十 七 日 護 國 院 へ 八 月 二 十 五 日 灯 明 八 月 ご + 吾 鉦 九 壁 呈 野 へ 九 月 五 日 真 田 家 (南 部 坂 や し き ) } 九 月 十 二 日 真 田 家 (同 上 )・ r 7 e 〆 ' 噛 1 亨 ゜ ° -` , P 一 江 戸 開 幌 を 行 う に 當 つ て ば 約 二 年 位 以 前 か ら 計 趨 が 立 て ら れ る 。 ま ず 大 體 の 期 日 を 國 元 大 勸 進 方 で 内 定 し ( 亨 和 二 年 三 月 十 一 日 ) 大 本 願 役 人 の 同 意 を 得 ( 同 日 ) 、 大 勸 進 役 人 が 江 戸 に 出 張 す る 。 ., 然 し て 大 本 願 の 江 戸 別 院 で あ る 青 山 善 光 寺 と 連 絡 を ど り つ つ 上 野 東 叡 山 に ﹁ 添 簡 書 ﹂ 即 ち 寺 杜 奉 行 所 宛 ( 善 光 寺 が 出 開 緩 を 行 う 故 許 可 さ れ た い 旨 の 口 添 え の 書 類 ) を 下 さ れ る よ う 願 い 出 る U ( 二 ・ 一 七 ) 。 そ の 頃 大 勸 進 別 当 も 信 州 か ら 出 府 し て 東 叡 山 に 出 頭 し ( 四 . 四 ) 、 開 帳 場 と 、し て 借 り う け る 寺 を 内 々 で 檢 討 し 交 渉 を は じ め る ( 四 ・ 一 四 ) 。 開 帳 願 書 4 江 戸 開 帳 先 例 書 ・ 奉 持 す る 靈 佛 寶 物 の 目 録 等 と 、と の う と 東 叡 山 の 添 簡 書 を そ え て 寺 杜 奉 行 所 へ 願 い 出 ( 五 . 二 ) 、 そ め 段 眞 田 家 の 江 戸 御 留 守 居 役 へ も 申 し 入 れ る ( 五 ・ >> 1) ° こ の 願 書 の 提 出 は 元 祿 五 ・ 十 四 年 の 兩 度 は 開 帳 の 一、一 ∼ 三 ヵ 月 前 で あ つ た が 、 だ ん ー と 早 期 に 行 う よ う に な り 安 永 ・ 亨 和 ・ 文 政 度 は い つ れ も 滿 一 年 以 上 も 以 前 か ら 許 可 を 求 め て い る 。 寺 沚 方 の 裁 可 ( 七 ・ 二 七 ) が 下 り る と 直 ち に 奉 行 所 へ 御 請 證 文 を 出 し 、 翌 日 開 帳 場 と す 善 光 寺 の 江 戸 欄 帳 に つ い て 九 三 責 任 者 大 本 双 役 僭 、 役 人 三 寺 申 惣 代 大 勸 進 役 人 誓 傳 上 人 永 田 佐 左 衛 門 智 善 上 人 ' 宗 光 寺 宮 澤 唯 右 衛 門 一圓 乘 院 . 玉 照 院 輻 生 院 本 孝 法 印 -曜 `慶 雲 法 印 一山 崎 藤 兵 衛 今 井 磯 右 衛 門 誓 興 上 人 ( 同 上 ) 大 塚 勘 助 甲 靈 山 院 香 嚴 ( 同 上 ) 概 況 盛 況 に て 混 雜 の た め 開 帳 を 五 日 く り 上 げ る 収 盆 多 収 盆 ア リ 智 觀 上 入 (同 上 ) 富 岡 治 良 右 衛 門 柄 澤 右 平 寶 勝 院 靈 山 院 慈 薫 今 井 忠 藏 中 野 治 右 衛 門 雨 天 續 キ 酷 暑 ノ 爲 不 況 ・ 二 十 日 間 延 期 馬 収 盆 少 ' 智 觀 上 人 (同 上 ) 柄 澤 彦 右 衛 門 良 性 院 真 覺 院 代 楊 善 房 申 野 治 兵 衛 、 麻 疹 流 行 ノ 爲 不 況 ( 同 上 ) 欠 損 智 昭 上 人 ( 同 ) 小 日 向 貞 助 本 覺 院 林 泉 院 代 信 受 院 上 田 丹 下 (同 上 ) 欠 損
九 四 る 寺 院 へ 正 式 に 依 頼 の 使 者 を 出 し 、 又 諸 講 中 に も 開 帳 釁 定 を 發 表 し て 盡 力 を 申 し 入 れ る 。 次 に 眞 田 家 江 戸 屋 敷 . 信 州 本 寺 に 連 絡 し ( 七 、 二 驫 九 × 町 奉 行 所 ・ 新 地 奉 行 所 へ も 届 け 出 る 。 な お こ れ ら の 依 頼 困 裁 可 の 折 は 必 ら ず 兩 寺 役 僣 役 人 が 立 合 い で 出 頭 し 、 提 出 の 願 書 を 受 付 け ら れ た 時 に は ﹁ 願 書 御 聞 濟 御 禮 ﹂ 、 許 可 が 下 つ た 時 に は ﹁ 開 帳 御 免 御 禮 ﹂ と 稱 し て そ の 都 度 デ 同 う ち そ ろ つ て 上 野 執 當 、 各 奉 行 所 役 人 の 役 宅 等 ヘ ヂ 々 御 U禮 に 廻 つ て い る 。 ( ロ ) 出 府 準 備 及 び 道 中 國 元 で は 開 帳 供 奉 の 僣 俗 を 人 選 し 、 老 僣 堂 奉 行 等 出 府 す る 場 合 に は そ の 期 間 中 の 代 役 を 定 め 、 開 帳 中 の 心 得 を 注 意 す る ( 亨 和 三 年 一 月 三 ・日 ) 。 松 代 眞 田 家 に 使 者 を 遣 し て 渡 船 場 の 手 配 ・ 道 中 警 備 の 足 輕 等 借 り る 事 を 依 頼 し 、 各 宿 場 に は 人 馬 寄 進 を 申 し 入 れ ( デ ・ 一 二 ) 、 町 年 寄 へ も 必 要 な 人 足 等 と と の え る よ う 交 渉 す る ( 一 ・ 一 五 ) , 大 本 願 側 と 道 中 並 び に 開 帳 中 の 金 錢 出 納 の 事 を う ち 合 わ せ ( 二 ・ 五 ) 、 供 奉 の 人 々 に 支 度 金 を 支 給 す る ( 二 . 一 二 ) 。 又 御 影 等 持 参 す る も の 塗 準 備 し ( 二 ・ 一 四 ) 、 道 中 の 日 程 ・ 行 列 次 第 等 の 具 體 案 を 作 成 し 、 . 眞 田 家 と 道 中 協 力 の 件 を う ち 合 わ せ ( 四 ・ 一 〇 ∼ = 一 ) 、 宿 札 な ど と と の え る ( 四 ・ 二 八 ) 。 そ の 間 江 戸 で は 青 山 善 光 寺 及 び 出 張 中 の 大 勸 進 役 人 が 中 心 と な つ て 東 叡 山 及 び 關 係 諸 寺 院 ・ 奉 行 所 等 と 連 絡 を と り な が ら 、 開 帳 場 に 假 小 屋 そ の 他 必 要 な 諸 設 備 を ・假 設 す る 。 亨 和 度 ば 二 年 八 月 か ら 製 圖 し 、 交 渉 を か さ ね 三 年 三 月 二 十 六 日 に 着 工 、 開 帳 直 前 ま で か か つ て い る 。 又 開 帳 場 門 前 を は じ め 兩 國 . 日 本 橋 そ の 他 目 ぬ き の 諸 所 に 知 札 を 建 て ( 二 ・ 八 ・ 廿 六 ) 、 借 り う け 寺 院 内 に お け る 部 屋 割 り ( 三 ・ 四 ・ 一 ) 役 割 り 分 擔 を き め る 。 更 に 如 來 出 府 の 折 に は 大 本 願 上 人 ・ 東 叡 山 嚴 は じ め 多 數 の 僣 俗 が 板 橋 驛 あ た り ま で 出 迎 え る の で 、 板 橋 で の 宿 寺 の 交 渉 、 食 事 ま か な い
を 手 配 し 、 眞 田 家 る 奉 行 所 役 人 ・ 諸 講 中 世 話 役 な ど に も 着 府 及 び 開 帳 申 の 協 力 を 依 頼 す る な ど あ ら ゆ る 準 備 を と と の え る 。 國 元 か ら は 行 列 出 發 よ り 約 十 日 程 以 前 に 御 先 觸 れ 及 び 荷 駄 が 出 府 す る ( 三 ・ 四 ・ 二 八 ) 。 前 立 本 尊 ー 鳳 輦 、 釋 璽 ・ 御 印 文 ・ 聖 徳 太 子 。 御 三 郷 像 11 以 上 輿 、 そ の 他 奉 持 す る も の の 準 備 が 完 了 す る と ( 五 ・ 三 ) ﹁ 御 暇 乞 い ﹂ と 稱 し 三 寺 申 が 拝 見 す る 。 出 立 當 日 ( 五 ・ 七 ∀ は 朝 本 堂 で 法 要 を 行 つ た の ち 行 列 を と と の え 、 第 一 の 宿 丹 波 島 ま で 兩 寺 關 係 の 僣 俗 ・ 町 役 人 を は じ め 一 般 信 徒 多 數 の 見 送 り を う け ぼ が ら 進 む b 丹 波 島 宿 で 晝 食 を し た た め 一 同 身 支 度 を 旅 装 に 改 め 、 松 代 藩 内 は 眞 田 家 役 人 の 警 固 を 得 て 道 申 す る 。 往 途 は 途 中 で 逗 留 す る 事 は な い の で 各 宿 一 泊 つ つ 、 本 陣 そ の 他 に 分 宿 し 人 馬 寄 進 を う け つ つ 十 日 後 江 戸 に 到 着 す る 。 な お 碓 氷 峠 は 難 所 の た め 兩 度 小 休 が あ り 、 申 え 茶 屋 で 釋 雲 像 を 長 持 に う つ し 本 輿 は 空 の ま ま で 峠 を こ え る 9 こ こ を 無 事 通 過 す る と 一 同 に 封 し て 上 人 か ら 酒 代 、 大 勸 進 が ら 親 儀 の 酒 肴 の 出 る の が 例 で あ つ た 9 江 戸 着 の 日 ( 五 ・ 一 七 ) は ま ず 板 橋 宿 で 旅 装 を 解 い て 本 行 列 で 江 戸 の 宿 寺 に 入 る の で あ る が 、 板 橋 宿 に は 僣 俗 多 數 が 出 迎 え 、 東 叡 山 衆 ・ 諸 講 中 な ど も 各 々 行 列 に 加 お る 。 大 本 願 上 人 も 青 山 在 住 の 場 合 は 七 十 餘 人 の 本 供 で 來 ら れ 、 宿 寺 で は 早 速 如 來 に 焼 香 禮 拝 し 信 徒 に 對 し て 十 念 を 授 與 さ れ る 。 こ の 時 日 光 門 主 御 代 参 も あ り 僣 俗 一 同 拝 禮 の 後 お の く 引 き と る 。 ( ハ ) 着 由肘 く 闡 剛 帳 江 戸 到 着 後 開 帳 の ほ じ ま る 迄 に は 大 體 半 月 内 外 の ゆ と り が あ つ て 奪 像 寶 物 等 を 所 定 の 場 に お さ め 、 役 人 役 僭 世 話 人 の 詰 所 を と と の え 、 東 叡 山 ・ 奉 行 所 ・ 眞 田 家 等 へ も 挨 拶 に 出 向 く 。 開 闢 ( 六 ・ 一 ﹀ に は 御 門 主 拝 禮 又 は 代 拝 が あ 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 九 五
, 九 六 り 、 導 師 及 び 式 衆 も 東 叡 山 衆 中 が 多 數 出 仕 し 、 善 光 寺 の 大 勸 進 及 び 三 寺 中 供 奉 の 僣 も 全 員 法 要 に 列 し 、 開 龕 の あ と 大 本 願 上 人 が 焼 香 せ ら れ る 。 開 帳 期 間 中 は 毎 朝 六 ッ 刻 乃 至 六 ッ 半 に ﹁ 御 戸 開 帳 ﹂ の 儀 即 ち 晨 朝 法 要 が あ り 大 勸 進 別 當 が 本 奪 前 及 び 釋 奪 前 に て 焼 香 二 ご 禮 ・ 佛 器 加 持 を 行 い 、 暮 七 ッ 半 刻 ﹁ 入 相 閉 帳 ﹂ を 行 う ま で 随 時 法 要 ・ 説 法 等 が 行 わ れ た 。 法 要 は 普 通 施 主 開 帳 又 は 施 主 念 佛 と 言 わ れ る も の で あ る が 、 特 に 願 い が あ れ ば 施 餓 鬼 會 ・ 百 萬 遍 な ど も 行 わ れ た 。 期 間 は 大 體 六 十 日 が 規 準 で あ つ た ら し く 、 そ の 中 間 ( 七 ・ 一 ) に は ﹁ 中 日 回 向 ﹂ が な さ れ る 。 な お 何 ら か の 理 由 が あ つ て 日 限 の 變 更 を 望 む 場 合 は 、 閉 帳 豫 定 の 約 二 十 日 程 以 前 に 願 書 を 提 出 す る 。 即 ち 元 祿 五 年 に は 六 月 五 日 か ら 六 十 日 間 の 豫 定 で あ つ た の に 、 餘 り の 盛 況 で 死 傷 者 が 出 る な ど 混 亂 し た 爲 五 日 く り 上 げ て 七 月 晦 日 に 閉 帳 し て 居 り 、 安 永 七 年 、 亨 和 三 年 、 文 政 三 年 は い つ れ も は じ め 六 月 一 日 か ら 六 十 日 間 の 予 定 で あ つ た が 、 不 況 の た め 延 期 を 乞 い 八 十 日 間 開 帳 し て い る 。 こ の 場 合 も 兩 寺 の 連 署 で 上 野 執 當 ま り 御 添 簡 を う け ( 七 ・ 八 ) 、 日 延 願 書 ・ 日 延 先 例 覺 ・ 御 添 簡 書 を と り そ ろ え て 寺 瓧 奉 行 に ( 七 ・ 一 〇 ) 出 頭 し 、 そ の 許 可 を 得 て ( 七 ・ 二 七 ) 、 町 奉 行 御 月 番 ・ 眞 田 家 ( 七 ・ 二 八 ) 及 び 新 地 奉 行 所 ( 八 三 ) に そ れ ぐ 届 け 出 る こ と 開 帳 願 の 場 合 と 同 様 で あ る 。 結 願 に は そ の 前 日 の 夕 刻 か ら 諸 講 中 は じ め 一 般 信 徒 も 多 數 参 籠 し て 各 部 屋 に 分 宿 し 、 上 人 方 一 行 も 一 泊 す る 。 惣 閉 帳 ( 八 ・ 一 = ) は 八 ツ 時 か ら 行 わ れ 、 結 願 法 要 に は 東 叡 山 衆 多 數 が 出 勤 し 、 上 人 焼 香 の 後 鎖 龕 す る 。 ( 二 ) 本 寺 皈 座 閉 帳 の 行 儀 が 滞 り な く 終 る と 兩 寺 の 役 僣 役 人 は 即 刻 東 叡 山 執 當 ・ 奉 行 中 月 番 ・ 新 地 奉 行 所 等 へ 挨 拶 に ま わ り ( 八 二 二 ) 、 翌 日 か ら 開 帳 場 の あ と 片 付 け に か か る 。 即 ち 靈 寶 を 護 國 院 に う つ し 假 小 屋 な ど を と り 拂 い す べ て も と 通
り に し て 供 奉 の 一 同 は 宿 所 の 燈 明 寺 に う つ る ( 八 ・ 二 五 ) 。 そ の 後 要 請 が あ れ ば 上 野 東 叡 山 内 で 毛 ﹁ 内 開 帳 ﹂ を 行 い 御 門 主 等 の 拝 禮 の 便 i 1111II つ て い る 事 が ︹ 開 帳 後 先 例 ︺ に よ つ て 知 ら れ る 。 一 、 元 祿 五 申 年 六 月 五 日 6 八 月 五 日 迄 本 所 回 向 院 二 お い て 開 帳 後 同 八 月 七 日 寺 杜 御 奉 行 所 戸 田 能 登 守 様 江 御 届 之 上 同 日 淺 草 灯 明 寺 江 引 移 十 五 日 逗 留 仕 右 之 間 朝 開 帳 等 之 法 式 相 勤 候 同 月 廿 一 日 上 野 御 本 坊 法 談 所 江 引 越 五 日 逗 留 開 帳 仕 候 御 門 主 御 拝 禮 後 諸 人 参 詣 仕 候 同 月 廿 六 日 本 尊 並 靈 贊 等 不 残 今 朝 法 談 所 御 發 輿 : 別 當 大 勸 進 本 孝 供 奉 信 州 善 光 寺 江 皈 國 仕 候 ( 元 文 五 年 七 月 ) ・ 、 ・ ・ ま た こ の 閲 に 將 軍 家 や 諸 大 名 よ り 如 來 を 招 待 さ れ る こ と も あ つ た 。 ︹ 御 城 入 先 例 ︺ そ の 他 の 記 録 に は 元 祿 五 ・ 十 四 年 ・ 元 文 五 年 の 登 城 の 儀 が 見 え る 。 又 諸 家 の 中 で は 眞 田 家 に 江 戸 開 帳 の 都 度 必 ら ず 招 待 さ れ た の を は じ め ( 尤 も 元 文 度 は 藩 主 皈 國 の 都 合 上 開 帳 前 に 招 待 を 申 出 で 、 前 例 が な い の で 斷 つ て 居 る ) 、 水 戸 家 ・ 尾 州 家 ・ 石 川 播 摩 守 ・ 戸 田 但 馬 守 そ の 他 の 邸 に 招 か れ て い る 。 し か も 善 光 寺 で は 傳 統 的 な ﹁ 朝 開 帳 ﹂ の 法 儀 を 非 常 に 重 覗 し て 居 り 、 開 帳 中 は 無 論 の こ と そ の 前 後 の 江 戸 滞 在 期 や 往 復 の 道 中 に お い て も 、 本 寺 同 様 一 日 も か か さ ず 行 う の で あ つ て 、 登 城 や 諸 家 招 待 の 折 も 朝 開 帳 の 懈 怠 す る 事 を 憂 え て 必 ら ず 宿 寺 に 日 皈 り し て い る 。 ︹ 御 城 入 先 例 ︺ 一 、 寺 肚 御 奉 行 牧 野 豊 前 守 殿 に お い て 善 光 寺 別 當 大 勸 進 靈 山 院 江 被 仰 渡 候 は 善 光 寺 如 來 靈 簧 等 御 部 屋 様 御 覧 遊 候 間 開 帳 相 濟 大 奥 江 上 候 様 可 取 斗 候 二 三 日 止 宿 被 仰 出 候 此 度 は 本 願 茂 罷 出 候 様 被 仰 渡 候 日 限 之 儀 ハ 追 而 沙 汰 可 有 之 候 右 二 付 掛 り 神 保 和 泉 殿 に 先 格 書 付 持 参 萬 端 可 相 伺 候 右 之 通 被 仰 渡 奉 畏 候 然 ル 處 善 光 寺 に お い て 差 支 之 義 は 御 城 に 二 三 日 如 來 御 止 宿 之 内 往 古 6 朝 夕 無 怠 慢 常 恒 不 易 之 作 法 勤 り 蕪 可 申 云 々 (安 永 七 年 閏 七 月 九 日 ) 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 九 七
九 八 歸 國 は 大 體 惣 閉 帳 の 約 一 ヵ 月 後 で あ る 。 出 立 に 當 つ て そ の 數 日 以 前 ( 九 ・ 一 二 ) か ら 眞 田 家 . 町 奉 行 所 等 に 道 申 の 警 固 手 配 を 依 頼 し 、 如 來 發 輿 の 時 ( 九 ・ 一 六 ) は 板 橋 宿 ま で 上 人 一 行 も 本 供 揃 い で 行 列 に 加 わ り 、 東 叡 山 衆 及 び 講 中 そ の 他 信 徒 多 數 も 奉 送 し 、 眞 田 家 ・ 奉 行 所 な ど か ら も 到 着 の 時 と 同 様 警 固 人 數 が 出 さ れ る 。 板 、橋 宿 で 上 人 は じ め 奉 送 の 人 々 は 焼 香 暇 乞 い し ・ 別 當 以 下 歸 國 の = 同 は こ こ で 旅 装 を と と の え 出 發 す る 。 歸 山 の 道 中 で は 地 元 の 筋 望 に 應 じ て 一 兩 臼 乃 至 數 日 程 度 の 逗 留 開 帳 を 行 う が 、 そ の 爲 に は 相 當 早 く か ら 寺 瓧 奉 行 に 願 い 出 で 準 備 を 行 う 必 要 が あ つ た 。 亨 和 度 の 如 き は 開 帳 前 年 の 亨 和 二 年 夏 、 本 庄 宿 威 徳 院 ( 八 . 二 三 ) 、 武 州 上 之 村 久 見 寺 及 び 川 越 早 又 村 光 明 寺 ハ 八 ・ 二 八 ﹀ 、 高 崎 法 輪 寺 (九 ・ 四 ﹀ な ど か ら 各 々 先 例 を 申 し そ え て 江 戸 開 帳 め 舗 途 逗 留 せ ら れ た い 旨 願 い 出 て い る 。 し か し 餘 り 遠 方 ま で 順 路 を は ず れ て 出 向 く こ と は 許 さ れ な か つ た ら し く 、 亨 和 今 井 用 記 四 ︺ に よ る と 三 年 八 月 二 十 三 日 寺 杜 奉 行 阿 部 播 摩 守 あ て に 逗 留 願 い を 提 出 し 、 許 さ れ な か つ た の で 同 二 十 五 日 再 び 願 書 を 出 し た 記 録 が あ る 。 一 、 奉 願 上 候 口 上 覺 善 光 寺 本 奪 御 當 地 出 立 歸 山 之 節 武 州 上 之 村 久 見 寺 並 上 州 妙 義 山 江 立 寄 呉 候 様 達 而 相 願 候 問 右 兩 所 江 立 寄 四 五 日 宛 逗 留 且 又 道 申 筋 二 而 無 據 相 願 候 驛 二 而 ハ ニ 三 日 宛 致 逗 留 拝 爲 致 候 様 仕 度 奉 双 候 む 先 々 之 例 委 細 別 紙 二 認 差 上 候 何 分 、 御 憐 愍 を 以 願 之 通 被 仰 付 被 下 置 候 ハ ・ 難 有 仕 合 奉 存 候 尤 出 立 日 限 之 儀 追 而 御 届 可 申 上 候 亥 . 信 州 善 光 寺 八 月 、 大 勸 進 眞 覺 院 權 僣 正
一 、 昨 日 被 差 出 候 歸 國 道 中 二 而 逗 留 願 之 儀 久 見 寺 並 妙 義 山 江 立 寄 逗 留 之 儀 甚 不 宜 候 其 譯 は 此 度 は 江 戸 開 帳 而 己 之 願 二 候 間 歸 國 之 節 半 里 な り と も 外 々 江 立 寄 候 而 は 不 相 濟 事 二 候 夫 共 押 而 相 願 候 ハ ハ 御 老 中 へ 可 被 伺 候 得 共 其 節 二 至 り 道 中 之 外 兩 所 江 立 寄 候 義 何 か 私 欲 ヶ 間 敷 相 聞 候 旨 二 而 御 差 留 二 も 相 成 其 上 道 中 朝 開 帳 迄 も 差 留 之 御 下 知 萬 一 有 之 間 敷 哉 や 難 斗 候 左 候 得 ば 常 住 不 退 之 蔽 式 二 差 障 り 可 申 哉 な と 内 々 利 解 被 申 聞 尤 元 文 之 例 は 有 之 候 得 共 安 永 之 簾 外 道 江 立 寄 例 無 之 旁 二 候 間 安 永 之 近 例 通 り 二 取 斗 候 ハ ハ 差 支 無 之 候 間 願 書 認 直 し 出 候 様 深 切 二 被 申 候 、 、 こ の 時 は 結 局 蕨 宿 よ り 矢 代 宿 ま で 十 九 宿 の う ち 六 ヵ 所 で 計 二 十 四 日 逗 留 し て い る 。 即 ち 桶 川 宿 淨 念 寺 で 六 夜 . 深 谷 宿 西 蓮 寺 三 夜 凾 本 庄 宿 圓 心 壽 及 び 威 徳 院 六 夜 ・ 新 町 宿 寶 勝 寺 三 夜 ・ 高 崎 宿 法 輪 寺 六 夜 . 安 申 宿 莊 嚴 寺 四 夜 他 は い つ れ も 一 爾 日 の 泊 り で あ る 。 右 各 宿 で は 既 述 の 如 く 善 光 寺 本 堂 と 同 様 に 朝 開 帳 ・ 施 主 開 帳 を と り 行 う 立 て 前 で あ る か ら 、 そ れ 老 以 つ て 近 在 の 人 κ と 結 縁 し た 事 が 推 察 さ れ る 。 故 に 鋸 途 の 所 要 日 數 は 不 定 で あ り 、 亨 和 度 は 四 十 五 サ 日 、 文 政 度 濾 四 十 一 日 を 費 し て 本 寺 に 還 座 し て い る 。 信 州 に お い て ほ 松 代 宿 の あ た り ま で 出 迎 え る 人 も あ り 、 漸 次 奉 迎 め 人 數 が .壌 加 し て 、 矢 代 宿 に は 善 光 寺 周 邊 の 町 村 の 庄 屋 。 被 官 は U め 人 足 約 二 百 人 等 が 加 わ り 、 同 宿 か ら 本 行 列 と な つ て 歸 山 す る 。 本 寺 で は 直 ち に 全 山 の 僣 侶 の こ ら ず 出 仕 し 大 勸 進 導 師 の も と に 還 座 法 要 を 執 行 し て 後 解 散 す る ( 一 一 . 三 ) 還 座 後 は 諸 方 面 に 樹 す る 挨 拶 6 決 算 。 慰 勞 璽 質 種 々 の 事 後 處 ・理 が あ つ た で あ ろ う が 用 記 等 に は 記 さ れ て い な い 。 た だ 大 本 願 側 の 記 録 と し て ︹ 奥 日 記 ︺ 亨 和 三 年 を 見 る と 町 年 寄 ・ 庄 屋 ・ 御 .用 達 . 御 出 入 の 者 な ど 御 .萌 儀 に 伺 つ た 人 達 を 招 い て 酒 肴 を 饗 し ( 一 一 ・ 六 ) 、 松 代 眞 田 家 に 開 帳 完 了 の 報 告 及 び 御 人 數 拝 借 . 渡 船 場 及 び 領 内 宿 驛 に 對 す る 人 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 九 九
馬 寄 進 手 配 等 に 對 す る 謝 禮 の 使 者 を 出 し? C 1 l ・ 九 ) 、 役 僣 役 人 等 に 手 當 て 金 が 出 さ れ る ( 一 一 ・ 三 〇 ) 。 尸然 し て 御 還 座 後 の ﹁ 御 回 向 ﹂ が 引 つ づ き 行 わ れ る 筈 で あ る が 亨 和 度 は 寒 冷 の 後 と な つ た の で 明 春 行 う 事 と し 轟 そ の 日 限 を 、 ﹁ 來 三 月 十 目 ・ 日 數 五 十 日 之 間 ﹂ 之 決 定 し て そ の 爲 知 札 を 二 天 門 の 前 に 建 立 す る ( 一 二 ・ 一 >> 1) ° 以 上 が 、江 戸 開 帳 の 概 略 で あ ち が こ め 間 に 要 し た 日 數 は 亨 和 ・ 文 政 兩 度 の 例 ・ を 見 る と 善 光 寺 を 出 立 し て か ら 十 驛 各 一 泊 つ つ で 江 戸 に 着 き 、 準 備 期 間 約 半 月 、 開 帳 六 ∼ 八 十 日 、 更 に 約 ・一 ヵ 月 程 度 滞 在 し 、 四 ∼ 五 十 日 を 費 し て 歸 山 す る ま で 約 百 七 十 餘 日 を 要 し て い る 。 し か b そ れ 以 前 の 願 書 提 出 か ら 江 戸 表 開
表
皿
道
中
宿
泊
一 〇 〇 、 往 途 鷭 兩 度 と も 7 歸 途 享 和 三 年 二 歸 途 文 政 江 戸 着 五 月 + 吉 E 戸 齧 九 月 + 八 ∴ 江 戸 齧 起 T .i 蕨 宿 、 一 泊 . 蕨 宿 , 一 泊 同 上 宿 浦 和 〃 二 〃 大 宮 〃 一 〃 桶 川 7 〃 一 桶 川 汐 ( 淨 念 寺 Y 六 〃 鴻 巣 〃 ( 小 池 山 太 夫 ) 二 〃 熊 谷 〃 一 熊 谷 〃 ( 石 上 寺 ) 一 〃 深 谷 〃 ( 西 蓮 寺 ) 三 〃 歪 ㌧ 一 歪 〃 (圓 心 寺 威 徳 院 ) 卸ハ " 新 町 〃 ( 寶 勝 寺 ) ii l 倉 鹿 野 宿 高 崎 -〃 ( 法 輪 寺 ) 六 同 上 宿 板 鼻 〃 一 安 申 〃 ( 荘 嚴 寺 ) 四 〃 ・松 井 田 〃 ・ 一 〃 坂 本 〃 一 坂 本 〃 一 〃 輕 井 澤 〃 一 輕 井 澤 〃 一 〃 追 分 〃 一 〃 小 諸 〃 一 小 諸 〃 ( 光 岳 寺 ) 二 " 上 田 〃 一 上 田 〃 一 " 坂 木 〃 一 矢 代 〃 一 矢 代 〃 一 〃 計 十 日 間 計 四 十 五 月 間 計 T 善 光 寺 豈 五 月 七 且 蕘 寺 鬱 ± 惆 ゴ 百 一 蕘 寺 鬱 士 三 年 十 九 日 ↑ 一 泊 一 一 四 一 四 二 七 四 一 四 一 一 一 一 三 一 一 一 十 一 日 閲 ↑ 二 十 九 日帳 場 の 整 備 . 信 州 に お け る 出 府 計 書 一 切 、 並 び に 還 座 後 の 種 々 の 事 後 處 理 の な さ れ た 日 數 ま で を 加 え る と 約 ニ カ 年 前 後 の 歳 月 を 要 し た の で あ つ た 。 c 、 人 員 、 e 、 出 開 帳 の 折 如 來 に 供 奉 し て 他 地 に 出 勤 す る と い う こ と は 非 常 な 名 譽 と し て 山 内 の 檜 侶 が ひ と し く 希 望 し た ら し い 。 故 に そ の 人 選 に は 愼 重 を 期 し た の で あ る が 、 最 初 の 江 戸 開 帳 は こ と に 問 題 が 多 か つ た 。 ︹ 如 來 三 都 廻 國 ︺ に よ る と 元 祿 五 年 の 出 府 に は 我 れ も く と 随 行 を 希 望 し て 申 々 ま と ま ら ず 、 す で に 出 願 及 び 諸 準 備 の た め 數 人 が 出 府 し て い る 事 で あ る か ら 如 來 御 出 座 に は 衆 徒 老 僣 三 人 の 内 か ら 一 人 ・ 物 書 役 と し て 常 智 院 ・ 中 衆 老 僣 三 人 の 内 か ら 一 人 ・ 縁 起 講 談 役 に 随 行 坊 ・ 厂の 四 人 が 従 い 、 計 十 人 と す る 。 開 帳 中 に 必 要 が 生 じ た 場 合 は 東 叡 山 の 所 化 を 傭 僣 し 、 更 に 止 む を 得 な い 事 態 と な れ ば 信 州 に 指 名 し あ ら た に 出 府 さ せ る と い う と り き め が な さ れ た 。 所 が 國 元 で は こ れ を 不 服 と し 東 叡 山 か ら 檜 を 頼 め ば 禮 金 も い る 事 で あ る か ら そ の 分 を 我 々 の 路 銀 と し 、 二 十 日 つ つ 交 替 で 全 員 を 出 府 さ せ ら れ た い 旨 主 帳 し た 。 然 も 早 く 出 か け る も の は 歸 る 事 を き ら い 、 後 か ら の も の は 早 く 出 府 し た い と 本 寺 に お け る 勤 務 を も 隠 居 衆 に 押 し つ け 逧 な ど 収 拾 が つ か な く な つ た 。 果 て は こ ん な 事 に な つ た の も も と は 法 印 ( 大 勸 進 別 當 ) が 不 申 斐 な い か ら で あ る 、 な ど 言 い 出 す し ま つ と な り 法 印 に 封 し て 本 願 や 寺 中 と も 相 談 の 上 病 人 酔 狂 者 を の ぞ き 、 マ三 寺 申 四 拾 六 坊 毛 有 能 無 能 老 僣 若 檜 上 座 下 座 よ く ー 取 合 て 三 つ 分 公 事 を 出 し て 江 戸 く み 京 く み 大 坂 く み 三 所 之 奉 加 に 三 分 一 ツ ツ 云 4 (元 禄 五 ・ 六 ・ 五 ) 適 宜 に 案 分 し て 全 員 を 召 し つ れ ら れ る よ う 提 案 し て い る 。 ま た 安 永 度 の 三 都 及 び 回 國 開 帳 に 供 奉 出 來 な か つ た 白 蓮 坊 が 、 亨 和 度 の 江 戸 開 帳 に も 隨 行 を 命 じ ら れ ず 弟 子 法 嚴 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 一 〇 一
一 〇 二 が 指 名 さ れ た の を 不 服 と し て 、 隠 居 し た い と 串 出 で た 爲 そ の 心 情 を く み 特 に 召 連 れ ら れ る よ う に な つ た 例 も ︹ 亨 和 今 井 用 記 一 ︺ に 見 え る 〇 一 、 白 蓮 坊 右 は 先 日 弟 子 法 嚴 江 供 奉 被 仰 付 候 得 共 其 之 儀 安 永 御 開 帳 並 廻 國 御 供 二 茂 相 洩 法 嚴 い ま だ 若 年 に 候 旨 被 聞 召 依 之 乍 大 儀 其 元 致 供 奉 候 様 被 仰 出 候 旨 申 達 之 .、 但 シ 白 蓮 坊 事 此 度 之 供 奉 工 洩 候 事 甚 心 外 二 存 隠 居 可 致 旨 内 々 老 僭 迄 も 願 書 差 出 候 段 御 聞 被 成 格 別 之 思 召 越 以 右 通 被 仰 付 候 也 ( 亨 和 三 ・ 一 ・ 一 盂 ) こ れ ら に よ つ て も い か に 衆 曾 が 出 府 を 切 望 し て い 鬼 か 推 察 さ れ る 。 し か し 全 山 移 動 す る 譯 に も 行 か な い の で 約 三 分 一・内 外 の 僣 が 隨 行 し た よ う で あ る 。 は つ き り 記 さ れ て い る の は ・ 安 永 度 二 十 人 く 衆 徒 十 人 ・ 中 衆 七 人 ・ 妻 戸 三 人 ︾ ・ 亨 和 度 十 八 人 ( 〃 八 人 ・ ク 七 人 ・ 〃 三 人 ) ・ 文 政 度 十 五 入 ( 〃 八 人 φ 〃 ・ 五 人 ・ 〃 二 人 ) の 三 回 で あ る 。 こ れ ら 僣 職 以 外 に も 多 數 の 役 人 や 鳶 人 足 な ど が 同 行 し た の で あ つ て ︹ 亨 和 今 井 用 記 一 ︺ に よ れ ば 兩 寺 役 人 三 人 ・ 勘 定 方 三 人 ・ 小 奉 行 三 人 ・ 醫 師 一 人 ・ 町 方 に 依 頼 し た 人 足 百 五 入 ・ 馬 三 十 二 疋 と な り て い る 。 ︹ 同 ︺ 亨 和 三 年 四 月 二 十 二 日 付 の 道 中 宿 泊 割 り は 次 の 如 く で あ る 。 本 陣 (本 奪 御 宿 ) -本 奪 ・ 御 印 文 ・ 常 灯 明 ・ 常 香 ・ 双 盤 ・ 散 錢 箱 ・ 善 光 卿 三 躰 ・ そ の 他 長 持 荷 物 等 ー 衆 櫓 上 下 三 + 入 程
釋 奪 御 宿 -釋 尊 ・ 散 錢 箱 ・ 荷 物 ー 衆 僭 上 下 二 十 人 程 脇 本 陣 ( 別 當 宿 ) ー 乘 物 ・ 長 持 ・ 荷 物 人 駄 1ー 善 光 寺 別 當 上 下 二 十 五 人 程 役 人 宿 t 荷 物 ・ 長 持 11 上 下 十 一 人 程 壹 番 宿 -荷 物 11 上 下 九 人 程 貳 番 宿 -荷 物 11 三 十 人 程 參 番 宿 ー 荷 物 11 二 十 人 程 な お 各 宿 驛 で は 人 馬 が 寄 進 さ れ 、 通 例 本 陣 は じ め 世 話 人 等 が 隣 接 の 宿 驛 ま で 迎 送 し て い る 。 殊 に 松 代 領 内 で は 丹 波 島 宿 ・ 矢 代 宿 に 職 方 月 番 警 固 方 を 出 さ れ 、 古 ア 相 度 砥 前 日 ( 亨 和 三 ・ 五 。 四 ) か ら 出 水 が 激 し い の で 市 村 渡 船 場 に 松 代 普 譜 懸 り 役 人 衆 四 入 及 び 人 足 二 百 人 が 出 役 し 整 備 に 當 る な ど 、 眞 田 家 の 協 力 も あ つ て 、 大 名 行 列 に も 疋 敵 す る 程 の 威 儀 を と と の え た 行 列 で あ つ 滝 。 板 橋 ど 江 戸 宿 所 ど の 問 は 大 本 願 上 人 一 行 七 十 餘 人 ・ 東 叡 山 衆 申 八 院 ( 但 シ 各 住 職 に 供 侍 ご 人 、 下 部 十 人 つ つ 従 う ) 。 眞 田 家 や 町 奉 行 所 か ら 提 供 さ れ た 人 數 や 奉 迎 の 講 中 な ど を 加 え る と 實 數 は 未 詳 で あ る が ︹ 亨 和 今 井 用 記 二 ︺ に 板 橋 宿 で 主 要 の 僣 侶 に 一 汗 三 菜 の 齊 を 出 し 、 そ の 他 に 赤 飯 千 人 前 を 用 意 し た と あ る こ ど か ら し て も 相 當 多 く の 人 員 が 動 員 き れ た と 推 測 す る 事 が 出 來 る 。 一 、 赤 飯 千 人 前 申 付 候 上 野 衆 講 中 之 者 人 足 共 へ 遣 之 ( 亨 和 三 . 五 . 一 七 ) 開 帳 期 間 中 に は 別 當 以 下 信 州 よ り 出 仕 の 僣 及 び 東 叡 山 の 僣 が 法 務 を 執 行 し 、 雑 務 は 國 元 か ら 出 府 し た 兩 寺 役 人 . 勘 定 方 ・ 小 奉 行 ・ 門 番 ( 四 人 ) ・ 夜 番 ( 二 人 ) そ の 他 諸 役 ・ 眞 田 家 下 役 人 ・ 町 奉 行 所 役 人 . 江 戸 諸 講 か ら も 交 替 で 善 光 寺 の 江 戸 開 帳 に つ い て 一 〇 三