博 士 (地 球環 境科学 )岩崎 正吾
学 位論文 題名
Late Quaternary Glaciation in the Hidaka IN/Iountains , Hokkaido; Northern Japan
( 北 海 道 日 高 山 脈 に お け る 第 四 紀 後 期 の 氷 河 作 用 )
学位論文内容の要旨
目 高山脈の 氷河作用 は,従来 から主とし て氷河の 消長について議論されてきた.最終氷 期 に は2回 の氷 河 前進 期 が あり,旧 期の氷河が 大きく発 達したの に対し,I´GMを含む 新 期 の 氷 河 は 小 規 模 で ,17−18kaBP頃 に は 縮 小 し つ っ あ っ た こと が 明 らか に され て い た .しかし ,詳しい 層序学的 ・編年学的 知見は不 十分であった.いっぽう,近年の氷河作 用 研究では ,デフオ ーヌイシ ョンティル (氷河下 変形地層起源の地層)に基づく氷河底環 境 の復元が 最も重要 なトピッ クとなって おり,変 形構造の特徴や形成順序,形成プロセス が 議 論 され て いる . し かし ,これ までの研究 で注目さ れたのは ,大規模 な氷河・ 氷床に よ って形成 されたデ フオーメ イションテ ィルであ り,氷期の日高山脈に発達したような小 規 模山岳氷 河による デフオー ヌイション ティルは 全く研究されていない‐そこで本研究で は , 氷 河の 消 長と 氷 河 底環 境 の2つの 側 面 から , 日高 山 脈の氷 河作用を 明らかに するこ とを目的とした.
本論文は,以下の5章で構成されている・
第1章 では , 日高 山 脈 にお け る氷 河 の 消長 に 関 する 従 来の研究 と,近年 の氷河作 用研 究 の 動 向を 概 観し , 本 研究 の 目的 お よ び本 論 文 の構 成 を記述 した.第2章では, 研究対 象 地域であ る日高山 脈エサオ マントッタ ベツ河谷 とトッタベツ河谷の地形・地質概観を記 載した.
第3章 では , 氷河 の 消 長を 議 論し た . 現地 調 査 と空 中 写真判読 によって 氷河地形 ・氷 河堆積物・指標火山灰(Tいd,Enーa,Spf.a11,Ktー3,Kt一6,RP3,1、Cヅa)を記載し,それら の 層序を確 立した. その結果 ,最終氷期の酸素同位体ステージ(OIS)2,OISー3,OIS−5a および,一つ前の氷期の〇IS−6の氷河について新たな知見を得た.
ト ッ タ ベ ツ 谷 頭 部 で は , ト ッタ ベ ツA・Bカ ール の カー ル 底 (標 高1600m) から 標 高 1300mにか け て4列の タ ー ミナ ル モレ ー ン が分 布 し ,そ の 下流 側 に アウ ト ウォ ッ シ ュ段 丘 ( 標 高1250〜1150m) が 隣接 す る. ア ウ トウ ォ ッ シュ 段丘構 成層の融 氷河流堆 積物中 に恵庭a火山灰(En―a,17―18kaBP)を,モレーン群を覆う腐植土中に樽前(i火山灰(8ー9 kaBP) を 認 めた . これ ら の 事実 は ,モ レ ー ン群 の 形成 期 がIGM〜晩氷 期である ことを示 す . ま た, 風 成のEn―aと, 上 下の 層 準 の非 氷 河 性堆 積 物の層序 ,および その産出 地点 は , OIS− 2の 氷 河 の 最 大 拡 大 範 囲 が , カ ー ル 周 辺 に 限 ら れ た こ と を 示 す .
工 サ オ マ ン ト ッ タ ベ ツ 谷 底 部 では , 標 高850m付 近 に タ ー ミ ナ ル モ レ ー ン が 分 布 す る. これ らモ レーンに連続するトリムライン(氷食谷壁上端の遷急部)は,ここより下流 側に は分 布し ない.ここでは,モレーンを構成するテイルと,それに覆われる融氷河流堆 積 物 が 露 出 し ,そ の 層 理 境 界 に 支 笏 降 下 軽 石1 (40−42 ka BP)が挟 在する .し たが っ て, この モレ ーン の形 成期 ,すな わち 最終 氷期の氷河最大拡大期は,OIS―3中期の40 ka BP頃であることが明らかとなった・
エ サ オ マ ン トッ タベ ツ谷 頭部 のカ ール 底直下 (標 高1450ー1000 m)には, 最大 層厚30 m以上 の堆 積物 が広 く分 布す る. その 堆積 物の大部分は融氷河流堆積物であり,クッタラ 6火 山 灰(80 ka BP)が 混 入 す る . し た が っ て,OISー5aの80 ka BP頃 には, カー ル周 辺 を分布域とする氷河が発達していたと考えられる.
卜 ッタ ベツ 河谷 では ,基 盤岩に 掘り 込ま れた広ゝU字状の横断形を持つ埋没谷があり,
それ を氷 食谷 と認めた.この谷は,ティルおよび風化の進んだ砂礫層に埋積され,その中 には 洞爺 火山 灰(100ー107 ka)が 挟ま れる .この氷食谷は,最終氷期の氷食谷よりも下流 側に まで 分布 して いる .し たがっ て, この 氷食 谷が 形成 され たお そら くOIS−6には,最 終氷期におけるよりも大きな氷河が発達していたと考えられる.
第4章 で は , 最終 氷期 の最 大拡 大氷 河に よっ て形 成さ れた デフ オー ヌイシ ョン ティ ル (T8テ ィル ・T9ティ ルと 呼ぷ )を 詳細 に記 載し,その形成順序を明らかにした.ティル露 頭の記載は,縮尺10分の1で行った.
′r8テ ィ ル は , 層 相 の 異 な るA‑B‑Cの3つ の ユ ニ ッ ト か ら 成 り , 融 氷 河 流 堆 積 物 を 覆っている.これらのうちユニットBとCには,¨選択配向性を示す破断面¨,¨褶曲¨,
角礫を挾む破断面¨ ¨一列に並ぷダナイトの破砕礫¨などの変形構造が認められることか ら , そ れ ら を デフ オ ー メ イ シ ョ ン テ ィ ル と 解 釈 し た . ま た , ユ ニ ッ トCは 厚さ が約Im もあ る泥 質層 であり,主に底面氷からロジヌント・メルトアウプロセスで付加されたもの と結 論し た. 層序 ,層 相お よび変 形構 造に 基づけば,T8ティルは2回の氷河前進一後退に 伴って生じたと考えられる.
′r9テイルは,層相の異なるA .B .C .D の4つのユニットから成り,支流性堆積物 を覆っている.このうちユニットB..C.・D は¨選択配向性を示す破断面¨ 泥質化した 破断面¨ ¨葉状構造¨,¨部分的に発達する破断面 などの変形構造を伴うことから,それら をデ フオ ーメ イションティルと判断した.ユニットB.とC.は共に粗粒角礫だけから成る 礫 支 持 層 で あ るが ,構 成礫 の大 きさ はユ ニットC の方 がは るか に細 粒であ る. また ユ ニットB 中の¨泥質化した破断面¨はユニットC.にスムーズに連続する.これらの特徴か ら, ユニ ットC はユこットB.の基底が強く変形されて生じたものと結論した.ユニット D ̄の層相は,部分的に破断面を伴う以外は,支流性堆積物(砂礫層)と同様である.した が っ て , 支 流 性堆 積物 の変 形の 程度 の弱 い最上 部が ユニ ットD であ る.以 上の 事実 か ら,T9ティルは1回の氷河前進一後退に伴って生じたと考えられる.
こ れら2つの デフ オー メイ ショ ンテ イル の検 討か ら,1回目 の前 進時 の氷河は,ユニッ トCに よ っ て 示 さ れ る 泥 質 物 質 を 多 量 に 含 む底 面氷 を伴 って いた が,2回目 の前 進時 の 氷河 は, 氷河 底に泥質物質を伴わなかったことが示唆された.したがって,その氷河の底 面 氷 に お け る 岩 屑 含 有 状 態 は , 空間 的 に も 時 間 的 に も 変 化 し て い た と 考 え ら れ る . 第5章では,本研究で得られた成果をまとめ,結論を列挙した.
学 位 論 文 審 査 の 要旨 主査 教授 平川一臣
副査 教授 岩田修二(東京都立大学)
副査 教授 小野有五 副査 助教授 渡邊悌二
学位論文題名
Late Quaternary Glaciation in the Hidaka Mountains , Hokkaido ,Northern Japan
( 北 海 道日高 山脈に おける 第四紀 後期の 氷河作 用)
日高山脈の氷河作用は,日本の第四紀学における主要な研究課題のひとつで,1950 年 代以降相当数の調査・研究が続けられてきた.それにもかかわらず,日高山脈の氷河の消 長については,最終氷期に新旧2 回の氷河前進期があったこと,旧期の氷河が最大前進し たこと,いわゆる極相期(LGM) の氷河は小規模な谷氷河であったことなどがおおよそ 明らかにされていたにすぎず,詳しい層序学的・編年学的な野外調査・研究が待たれてい た.また,最近の氷河作用に関する研究では,氷河の流動とともに生成する氷底での変形 堆積物(デフオーメイションティル)とその意義が最も重要な課題であり,デフオーメイ ションティルの記載的特徴や形成順序,形成プロセスが議論されている.しかし,これら の研究は,大規模な氷河・氷床によるデフオーヌイションティルについてであり,氷期の 日高山脈に発達したような小規模な山岳氷河のデフオーメイションテイルに関する研究は 皆無であった.
この研究は5 章からなり,従来の研究の検討と研究課題の指摘(第1 章),調査地域の 記載(第2 章)に続いて,徹底的な野外調査資料に基づいて,日高山脈の氷河作用を氷河 の消長(第3 章)とデフオーメイションティル(第4 章)の2 つの課題について論じてい る・
第1 の課題については,調査地域に選定された日高山脈中央部のエサオマントッタペツ
河谷とトッタベツ河谷において,空中写真判読によって氷河地形・氷河堆積物の分布の概
要を把握し,現地野外調査によって火山灰編年学的に正確な層序・編年が確立された.そ
の結果,日高山脈の氷河作用は海洋酸素同位体ステージ2 (QIS −2 ),OIS ―3 ,OIS 一5a ,
および最終氷期以前(OIS − 6 )に位置づけられた.すなわち,@OIS ―2 の氷河はカール周
辺に限られる小規模なものであったこと,@LGM 末期〜晩氷期にかけて氷河は少なくと
も4 回の停滞・再前進を伴いつつ縮小したこと,◎ OIS −3 中期の40ka BP 頃に最終氷期
の氷河は最大拡大したこと,@OIS ー 5a の80 ka BP 頃にカール氷河ないしは小規模な谷氷
河が 発達し たこ と, ◎最終氷期におけるよりも大きな谷氷河が発達したことがあり,その 時期はOIS一6の可能性が高いことが明らかにされた,
第2の課 題に つい ては ,最 終氷 期の氷 河末 端付 近で 形成 され た2地 点の テイ ル(′r8テ イル .′r9テイ ル) によって,詳細な記載を基に形成プロセスと形成過程が明らかにされ た . ま ず 層 相 の 違 い か ら ,T8テ イル はA‑B‑Cの3つ の ユ ニ ッ ト に , ′r9テ ィ ル は パ . B..C..D.の4つのユニットに区分された.ユニットB‑C‑B..C .D には, 水平方 向に引きずられたダナイトの破砕礫¨, 褶曲¨,¨選択配向性を示す破断面 , 角礫を挟む 破断面¨ ¨泥質物質を挟む破断面¨などの変形構造が発達することから,それらユこット はデ フオー メイ ショ ンテ ィル ,そ れら を直 接覆 うユ ニッ トAとA は 氷河 上・ 氷河中起源 のテ ィルと 解釈 され た. また ,ユ ニッ トCが 主に ロジメント・メルトアウトプロセスによ り堆 積した 含岩 屑底 面氷 起源 の細 粒物 質か ら成 ると考えられること,ユニットB.の変形 構造 はユニ ットC. に漸移すること,ユニットD.の変形の程度は小さいことなどに基づい て,T8ティ ルは2回 ,′r9テイルは1回の氷河前進ー後退サイクルで形成されたと解釈でき る こと が 示 さ れ た . こ れら2つの デフ オー メイ ショ ンテ ィル の層 序・ 層相, 発達 過程 か ら, 当時の 氷河 はポ リサーマルな性質であり,その底面氷における岩屑含有状態は空間的 にも時間的にも大きく変化していたことが示唆された.
以 上のよ うに ,こ の研究は,第一に精度の高い野外データに基づいて日高山脈の氷河の 消長 を正確 に復 元し ,古気候復元など今後の研究に重要な基礎資料を提示したこと,第二 にデ フオー メイ ショ ンティルの研究に基づいて小規模山岳氷河の氷河底環境を世界で初め て詳しく検討したことにおいて極めて重要な成果をもたらした・
審 査員一 同は,これらの成果を高く評価し,また大学院課程における研鑽や取得単位な ども 併せ, 申請者が研究者として誠実かつ熱心であり,博士(地球環境科学)の学位を受 ける に十分 な資 格を 有す るも のと 判定 した .