コムギ育種における病虫害抵抗性付与の現状と展望 ― 55 ― 131 は じ め に 国内の小麦に発生している主な病害には,うどんこ 病,さび病,コムギ縞萎縮病,赤かび病等がある。この 中でも,コムギ縞萎縮病と赤かび病が近年大きな問題と なっており,ここでは両病害に対する品種開発の現状と 展望について述べる。 I 赤 か び 病 赤かび病は,開花期に赤かび病菌(フザリウム菌とニ バーレ菌)が穂に感染することで粒が肥大しなくなった り穂全体が枯れる病害(図―1)で,収量や品質を低下さ せるだけでなく人や家畜に対して有害なかび毒デオキシ ニバレノール(DON)を生成する。2002 年 5 月に,小 麦におけるDON 濃度の基準値が 1.1 ppm と設定され, 赤かび病被害粒混入率の許容値が0.0%(0.05%未満,1 万粒中4 粒まで)となり,基準値を超える小麦は流通で きなくなった。 赤かび病抵抗性には品種間差があり(表―1),蘇麦3号 延岡坊主 が世界的に最も強い品種である。しかし,こ れらの品種も完全に赤かび病に罹病しないのではなく, 湿度が高く飛散胞子量が多い条件では罹病してしまう。 そのため,赤かび病に対しては,抵抗性品種のみで対応 するのではなく,薬剤防除を併用しながら被害を最小限 に食い止めている。 赤かび病抵抗性は,I 型(初期感染に対する抵抗性), II 型(感染後の進展に対する抵抗性),III 型(かび毒蓄 積に対する抵抗性)の三つに分類されている。II 型につ いては,例えば3B 染色体に Fhb1,6B 染色体に Fhb2, 4B 染色体に Fhb4 が QTL(量的形質遺伝子座)として 報告されている。I 型については,受精期に穎が開きに くく葯が抽出しない,閉花受粉性(閉花性)という特性 を持ち感染抵抗性に優れる U24 がある。しかし, U24 は晩生で進展抵抗性が劣るため交配母本としては利用し にくい。そこで, 蘇麦3 号 由来の進展抵抗性 Fhb1 を 持つ 西海165 号 と U24 との交配から,閉花性に由来 する感染抵抗性と進展抵抗性Fhb1 を併せ持った実験系 統 小麦中間母本農9 号(赤かび系 3 号)が開発された (久保ら,2012)。品種開発では,この系統を用いること で感染抵抗性と進展抵抗性を1 回の交配で導入すること が容易になった。しかし,この系統は長稈で耐倒伏性が 劣るため交配後代での選抜には注意が必要である。 西日本の小麦品種の赤かび病抵抗性は主に 蘇麦3 号 由来の進展抵抗性Fhb1 が寄与している。しかし,北海 道の小麦品種は西日本の小麦品種とは遺伝的に異なるた め, 蘇麦3 号 由来の進展抵抗性が導入されていない。 そこで,北海道の小麦品種に 蘇麦3 号 由来の進展抵抗 性をDNA マーカー選抜と戻し交配を用いて導入する試
コムギ育種における病虫害抵抗性付与の現状と展望
連載
病虫害抵抗性付与の品種開発 シリーズ
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農研機構 作物研究所 麦研究領域
小田 俊介
(おだ しゅんすけ) 図−1 赤かび病に感染した小麦の穂植 物 防 疫 第69 巻 第 2 号 (2015 年) ― 56 ― 132 みが行われた。その結果, 蘇麦3 号 由来の進展抵抗性 は北海道の小麦品種の遺伝的背景でもその効果を発揮す ることが立証されている。 II コムギ縞萎縮病
コムギ縞萎縮病(Wheat yellow mosaic virus, WYMY) は原生動物Polymyxa graminis により媒介される土壌伝 染性のウイルス病害で,2 ∼ 3 月ころに新葉にかすり状 の斑点が現れ,これが黄白色の縞状になる(図―2)。また, 分けつが少なくなり,株全体が萎縮する。大正年間に国 内で初めて発生が報告され,昭和初期には麦作の拡大と ともに全国各地で報告されるようになった。国産小麦の 半分を生産している北海道でも1990 年代に「チホクコ ムギ」に本病気が発生し,その後普及した ホクシン で 激発し,大問題となった。最新の小麦品種 きたほなみ にも本病気が発生しており,抵抗性品種の育成が求めら れている。本ウイルスの病原性は判別品種 ナンブコム ギ フクホコムギ 北海 240 号 をもちいた判定から,宮 城県以南に分布するI 型,岩手県以北に分布する II 型, 九州の一部で発生しているIII 型に分類されている(大 藤,2006)(表―2)。 本病気は土壌伝染性のウイルス病害であるため,最も 有効な対策は抵抗性品種の育成と栽培である。このウイ ルス病に対する抵抗性に品種間差があることは知られて いたが,抵抗性の遺伝解析は行われていなかった。しか し近年,2D 染色体に座乗する抵抗性遺伝子 YmIb と近 表−1 都道府県の奨励品種における赤かび病抵抗性一覧(平成 20 年 12 月現在) 抵抗性 北海道 (春播き) 北海道 (秋播き) 東北 関東 北陸 東海 近畿 中国・四国 九州 やや強 タクネコムギ 中 春 よ 恋, はるきら り ホロシリコム ギ,き た も え,きたほな み キタカミコム ギ,ネバリゴ シ,ナンブコ ムギ,シラネ コムギ,ハル イブキ,きぬ あずま 農 林61 号,き ぬ の波,イワイノダ イチ,つるぴかり ナンブコ ムギ 農 林61 号,イワ イノダイ チ,ニシ ノカオリ 農林61 号, シロガネコ ムギ,ふく さやか,ニ シ ノ カ オ リ,きぬい ろは 農 林61 号,シ ロガネコムギ, シ ラ サ ギ コ ム ギ,チクゴイズ ミ,ニシノカオ リ,さぬきの夢 2000 シ ロ ガ ネ コ ム ギ,チクゴイズ ミ,農林61 号, ニシホナミ,ニ シノカオリ,ニ シカゼコムギ, イワイノダイチ やや弱 ハルユタ カ, ホクシン,キ タノカオリ ゆきちから タマイズミ,ダブ ル8 号,シラネコ ム ギ,あ や ひ か り,ハ ル イ ブ キ, バンドウワセ,ユ メセイキ,しゅん よ う,フ ウ セ ツ, ユメアサヒ キヌヒメ タマイズ ミ,あや ひかり キヌヒメ ミナミノカオリ ミナミノカオリ 弱 コユキコムギ ハナマンテン コユキコ ムギ データ がなく 判定 不能 ア ブ ク マ ワ セ,アオバコ ムギ 春のかがやき,農 林26 号 オマセコム ギ アイラコムギ 農林水産省「麦類のかび毒汚染低減のための生産工程管理マニュアル」のデータをもとに作成 図−2 コムギ縞萎縮病の病徵 (左:抵抗性 右:罹病性)
コムギ育種における病虫害抵抗性付与の現状と展望 ― 57 ― 133 傍マーカーが報告された(NISHIO et al., 2010)。この抵抗 性遺伝子YmIb は,コムギ縞萎縮病抵抗性品種 Ibis に由 来しており,II 型と III 型の両系統に抵抗性を示すこと が報告されている(表―2)。 西日本で広く普及している 農林61 号 はコムギ縞萎 縮病に弱く,生産現場からは抵抗性品種への転換を強く 求められていた。近年 農林61 号 に置き換わりつつあ る さとのそら はコムギ縞萎縮病抵抗性であることから この問題は解消されつつある。他方,栃木県と三重県で 奨励品種となっている タマイズミ は,中華麺・醸造用 として栽培されているがコムギ縞萎縮病に弱いという欠 点があり,栽培面積が減少している。栃木県と三重県で 発生しているコムギ縞萎縮病はI 型である。そこで,抵 抗性遺伝子YmIb の I 型への抵抗性を検証しながら,抵 抗性遺伝子YmIb の近傍マーカーと戻し交配育種法を利 用した タマイズミ に代わる品種育成が三重県・栃木 県・作物研究所が協力して現在行っている。 お わ り に 本稿で取りあげた赤かび病とコムギ縞萎縮病に共通し ているのは,DNA マーカーが近年利用できるようにな った点である。両病害とも圃場検定などで抵抗性を検 定・評価するのが非常に難しい病害であり,DNA マー カーを用いて抵抗性系統を選抜することが可能となった ことは品種開発では大きな進歩である。本稿で取りあげ た2 病害以外にも,うどんこ病やさび病が国内では発生 していることを最初に述べた。現在,この病害もDNA マーカーが利用できる段階にあり,DNA マーカー選抜 と戻し交配を用いた系統開発が行われている。 今後の小麦の品種開発では,すべての病害において, 抵抗性の検定・評価の精度向上とDNA マーカー開発が 重要な目標となる。そのためには,病理・育種・遺伝学 の密接な協力関係が必要となるはずである。 引 用 文 献 1) 大藤泰雄(2006): 東北農業研究センター研究報告 105 : 73 ∼ 96. 2) 久保堅司ら(2012): 九州沖縄農業研究センター報告 57 : 21 ∼ 34.
3) NISHIO, Z. et al(2010): Euphytica 176 : 223 ∼ 229.
表−2 判別品種の反応によるコムギ縞萎縮病ウイルスの系統 ナンブ コムギ フクホ コムギ 北海 240 号 分布地域 抵抗性遺伝子 YmIb の反応 I 型 II 型 III 型 S S S S R S R R S 宮城県以南 岩手県以北 九州の一部 不明 抵抗性 抵抗性 S:罹病性(感染し,かつ,明確な病徵を生じる). R:抵抗性(感染しないもの,および発病しない).