大メコン圏経済協力プログラムの概要とその有効性 (特集 メコン地域開発の現状と展望)
著者 石田 正美
権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization (IDE‑JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名 アジ研ワールド・トレンド
巻 134
ページ 4‑7
発行年 2006‑11
出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL http://doi.org/10.20561/00047288
特集/メコン地域開発の現状と展望
大メコン圏
︵ G M S ︶
経済協力プログラムは︑
①交通︑
②通信︑
③エネルギー︑
④環境︑
⑤人的資源開発︑
⑥貿易︑
⑦投資︑
⑧観光︑
⑨農業の九部門で︑
開発が進められている︒
このうち︑
最も優先度が高い部門として当初から位置付けられてきたのが交通部門である︒
アジア通貨危機の最中である一九九八年に開催された第八回G M S
閣僚会議では︑
交通などインフラ開発を貿易と生産に結び付けるコンセプトとして﹁
経済回廊﹂
が打ち出された︒
そして︑
二○ ○ ○
年の第九回閣僚会議で︑
東西・
南北・
南部の三つの経済回廊が特定された︒
● 三 つ の 経 済 回 廊
まずは
︑
三つの経済回廊︵
図1 ︶
を紹介することとしたい︒﹁
東西経済回廊﹂
は︑
ベトナム中部の町ダナンから︑
ラオスのサワナケート︑
タイ中部のピサヌロークを経て︑
ミャンマーのモーラミャインに至るルートである︒
東西回廊は︑ B R I C s
の一角を占める中国とインドの狭間で︑
太平洋とインド洋を陸路で結ぶという点において︑
最も熱い視線が注がれているルートである︒
特に同ルートの最大の難所の一つであるラオスのサワナケートとタイのムクダハーンを結ぶ第二メコン国際橋の架橋が︑
日本の円借款で︑
直に完成する見込みである︒ ﹁
南北経済回廊﹂
は︑
タイのバンコクから︑
ラオス並びにミャンマーを経て中国雲南省の昆明に至るルートと︑
昆明からベトナムのハノイを経て︑
ハイフォンに至るル ート︑
さらにハノイから広西チワン族自治区の南寧までのルートから構成されている︒
特に︑
後者のルートは︑
香港・
深・
広州・
珠江デルタなど中国華南地域とベトナム北部を結ぶ要衝として期待されている︒ ﹁
南部経済回廊﹂
は︑
バンコクからカンボジアのプノンペンとベトナムのホーチミンを経て︑
南シナ海沿岸のブンタウに至るルートと︑
タイからベトナムまでの海岸線に沿った南部沿岸回廊などから成る︒
● 経 済 回 廊 で 期 待 さ れ る 効 果
交通をはじめとするインフラ開発が
︑ ﹁
交通回廊﹂
ではなく︑﹁
経済回廊﹂
として捉えられている意味合いを考えてみたい︒
一つには︑
道路など交通インフラを開発しても︑
国境地域をまたいで二カ国で法制度が異なり︑
国境での通関・
検疫︑
出入国管理に多くの時間が要求されれば︑
ヒトとモノの移動の活性化の効果は︑
あまり期待はできない︒
例えば︑
国境での通関・
検疫を輸出国と輸入国で二度行わなければならない手続きを一カ所でまとめてできれば︑
その効果は大きくなる︵
シングル・
ストッ図 1 メコン地域概略地図
(注)地図中の道路はアジア開発銀行(ADB)の大メコン圏(GMS)経済協力プ ログラムのキー・ルート。
大メコン圏経済協力プログラムの概要とその有効性
石 田 正 美
特集/メコン地域開発の現状と展望
プ通関
・
検疫︶︒
また︑
輸出国のトラックが︑
輸入国に入ることができなければ︑
国境地域で積み替えを行わなくてはならない︒
しかし︑
輸出国のトラックがそのまま積み替えを行わずに輸入国に入ることができれば︑
その効果はより一層大きなものになる︒
現在︑
域内六カ国で越境交通協定︵ C B T A ︶
の交渉が行われており︑
一七の付属文書と三つのプロトコルのうち︑
残る二つの付属文書と一つのプロトコルを除けば︑
既に合意に達している︒
このように国境の手続きが簡素化され︑
バンコクやホーチミンのみならず︑
域外の中国華南地域やシンガポールなどの主要拠点が陸路で結ばれれば︑
その国境貿易はより一層活性化される︒
また︑
域内で最も発展したタイからラオスやカンボジア︑
ミャンマーなどへの直接投資も期待される︒
さらに︑
現在では国境地域に工業団地などを建設し︑
国境経済特別区としての開発も進められている︒
こうした国境経済特別区の構想による効果は︑
東北タイやベトナム中部など︑
経済回廊上でも相対的に貧しい地域では︑
より高いものが期待できる︒
● 人 口 と 貿 易 デ ー タ に よ る 検 証
ここで
︑
経済回廊をはじめとするG M S
プログラムの有効性を︑
人口ピラミッド︵
図2 ︶
と二国間貿易をもとに検証してみたい︒
図2
で︑
最も富士山型の裾野が広い人口 ピラミッドを構成しているのがラオスである︒
また︑
カンボジアも同様に裾野の広いピラミッドを構成しているが︑ ○ 〜
四歳の世代はその上の世代と比べ︑
少なくなっている︒
一般にピラミッドの裾野が細くなり始めると︑
社会経済の発展により︑
出生率の低下が始まる﹁
人口転換﹂
が起こったと判断される場合が多い︒
しかし︑
カンボジアのケースは︑ ○ 〜
四歳の世代の父母である可能性が高い二○ 〜
二四歳の世代が︑
クメール・
ルージュの時代にほぼ該当する一九七三年から一九七八年に出生したことと無関係ではなさそうである︒
実際︑
五〜
九歳の世代の裾野の広がりの大きさなどから判断すると︑
人口転換はまだ起きてはいないのではないかと言われる︒
ミャンマーも︑
富士山型ではあるが︑
裾野の広がり具合から︑
ラオスなどと比べると︑
人口増加の速度はさほど高くはないことが想定される︒
他方︑
ベトナムは︑
カンボジア同様に裾野が狭くなり始めている︒
だが︑
近年のベトナムの著しい経済発展と高まる教育熱などを考慮すると︑
ベトナムでは人口転換が始まったとみる見方が多い︒
このように裾野の広い富士山型の人口ピラミッドの国は︑
近い将来若年層の増加が予想され︑
若年層の増加に応じて経済発展による雇用機会が増大しない場合︑
深刻な失業が予想される︒
一方︑
タイは三○ 〜
三四歳の世代が出生して間もない一九七○
年時点の人口ピラミッドは富士山型をしていたが︑
現在は紡錘 型をしている︒
同様に︑
雲南省も一九七五年︑
広西チワン族自治区も一九九○
年時点の人口ピラミッドまでは︑
出生率の上昇を意味する富士山型の形状を呈していた︒
特に︑
タイに関しては︑
既に若年人口が減少し始めていると言われている︒
以上のように考えると︑
若年層の雇用機会が危ぶまれるカンボジア︑
ラオス︑
ミャンマー︵ C L M ︶
諸国の供給過剰気味な労働力が︑
若年労働力の減少により労働需要の高いタイや中国に移動することが認められれば︑
需給不均衡は解消されることが想定される︒
その意味で︑
国境地域のヒトの移動の活発化をめざすG M S
プログラムは︑
労働需給不均衡改善には望ましいものと言えよう︒
実際︑ C L M
諸国とタイとの一人当たりG D P
の格差は︑
それぞれ七・
一倍︑
六・ ○
倍︑
一五・
三倍であり︑
より高い収入を求めて︑
労働移動は事実上起こっている︒
しかし︑
その多くは合法的ではない不法就労の形態を取ったもので︑
不法就労者がタイの都市部での麻薬や犯罪の温床になっているとされるほか︑
借金を背負ったC L M
諸国の世帯などをターゲットに児童や女性の人身売買︵
ヒューマン・
トラフィッキング︶
が行われているとの報告も多い︒
次に二国間貿易関係をみていきたい︒
図3
は二○ ○
五年の中国雲南省の昆明︵
左上︶
と広西チワン族自治区の南寧︵
右上︶
の税関を通じた域内諸国との輸出入︑
タイの域内諸国との輸出入︵
左下︶
と︑
カンボ図2 大メコン圏加盟国・地域の人口ピラミッド
5%
10% 0% 0% 5% 10%
男性 年齢 女性
75- 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4
カンボジア(1998 年)
5%
10% 0% 0% 5% 10%
男性 年齢 女性
65- 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-35 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4
ミャンマー(2000 年)
5%
10% 0% 0% 5% 10%
男性 年齢 女性
85- 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4
タイ(2000 年)
(出所)(1 )National Institute of Statistics, Ministry of Planning, Cambodia, Sta- tistical Year Book 2004.
(2 )National Statistical Center, Committee for Planning and Coopera- tion, Lao PDR, Statistical Yearbook 2003.
(3 )Central Statistical Organization, Myanmar, Statistical Yearbook 2002.
(4)http://www.gso.gov.vn/
(5)http://web.nso.go.th/pop2000/tables̲e.htm
(6 )雲南省人口普査辧公室編『雲南省 2000 年人口普査資料』雲南科技 出版社。
(7 )中国統計出版社『広西壮族自治区 2000 年人口普査資料』。
5%
10% 0% 0% 5% 10%
男性 年齢 女性
85- 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4
広西チワン族自治区(2000 年)
5%
10% 0% 0% 5% 10%
男性 年齢 女性
75- 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4
ラオス(2003 年)
5%
10% 0% 0% 5% 10%
男性 年齢 女性
75- 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4
ベトナム(2002 年)
5%
10% 0% 0% 5% 10%
男性 年齢 女性
85- 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4
雲南省(2000 年)
ジアとラオス側のベトナムとの輸出入
︵
右下︶
を示したものである︒
なお︑
貿易相手国によって輸出入の金額は著しく異なる場合があるので︑
相手国によって棒グラフが拡大されている場合があることを予め述べておきたい︒
さて︑
明らかなのは天然ガスがその多くを占めるタイのミャンマーからの輸入を除けば︑
いずれも輸出が輸入を上回っており︑
ラオスとベトナムの輸出入が拮抗している以外は︑ C L M
諸国の著しい貿易赤字が示されている︒
このことは︑ C L M
諸国の製造業が︑
軽工業を中心とした裾野の狭いものであるため︑
タイ︑
ベトナム︑
中国との貿易赤字が慢性的であることを示している︒
すなわち︑
国境インフラの制度面を含む改善が進むと︑
貿易赤字が増大し︑ C L M
諸国の外貨準備高が減少することが懸念される︒
● 望 ま し い G M S プ ロ グ ラ ム に 向 け て
C L M
諸国の労働力の過剰供給とタイや中国︑
そして二○
年後のベトナムでも懸念される労働力不足︑ C L M
諸国の外貨準備高の減少といった将来も起こり得る問題について︑
望ましい政策を考えてみたい︒
第一は︑
タイや中国︑
ベトナムの企業がC L M
諸国に輸出指向の直接投資を行うことである︒
直接投資により︑ C L M
諸国の労働力は吸収され︑
製品が輸出されることで︑
外貨準備高も補填が期待される︒
しか し︑
この場合あくまでC L M
諸国の投資環境の改善が鍵となろう︒
第二は︑
中国がラオスやミャンマーに対して実施している農産物の開発輸入である︒
ただ︑
現状では土地の肥沃度の減少が考慮されていないとの報告もあり︑
持続可能なものであることが望まれる︒
第三は︑
国境地帯に工業団地を建設し︑ C L M
諸国の安価な労働力を活用することである︒
このことは︑ C L M
諸国の労働者の雇用吸収を促し︑
労働者の送金や母国での消費を通じて︑
外貨準備不足の解消に繋がるし︑
相対的に貧しい東北タイやベトナム中部の経済発展にも結び付く︒
しかし︑
あくまで合法的な労働であることが条件である︒
また︑ C L M
諸国が雇主の満足し得る労働力を供給し続けることができるためにも︑
教育の充実と人材の育成は欠かせない課題であろう︒
以上を考えると︑
経済回廊上の国境経済区の開発やC L M
諸国の区間での経済特別区の建設がメコン地域の持続可能な成長の鍵となり︑
この点ではタイの戦略︵
二二〜
二三ページ参照︶
が参考になる︒
また︑ G M S
プログラムで既に進められているヒトの移動を通じて起こり得るH I V / A I D S
や鳥インフルエンザなどの感染症対策の充実も︑
さらに重要になってくるものと思われる︒ ︵
いしだ まさみ/
アジア経済研究所開発研究センター︶
図 3 2005 年(ベトナムは 2004 年)のメコン地域域内貿易関係
(出所)World Trade Atlas および Asian Development Bank, Key Indicators 2005 に基づき、筆者作成。
カンボジア ラオス ミャンマー ベトナム
2,500
2,000 1,500 1,000 500 0
輸出 輸入 タイと CLMV 諸国との貿易関係
10 0 万 米 ド ル
カンボジア ラオス ミャンマー ベトナム タイ
600
500 400 300 200 100 0
輸出 輸入 雲南省とメコン地域各国との貿易関係
(注)カンボジアは実際の貿易額を 1,000 倍して示している。
10 0 万 米 ド ル
カンボジア ラオス ミャンマー ベトナム タイ