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Vol.15 , No.1(1966)032岡部 長章「作品にたどれる芭蕉文藝思想の史的意義について」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

作 品 に た ど れ る 芭 蕉 文 藝 思 想 の 史 的 意 義 に つ い て ( 岡 部 )

廿

だ。

見。

た。

は、

﹃お

﹄定

稿

﹁隨

﹂で

る。

﹃ほ

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た。

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は、

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﹃ほ

﹄の

虚 稱 は、 そ の 全 體 構 成 と 一 貫 し て 深 く 洞 家 安 居 の 制 式 精 神 に 關 連 を 持 つ こ と を 歸 納 し 得 た。. 第 二 は、 ﹁許 六 に 贈 ﹂る 詞 に お け る ﹁夏 爐 冬 扇 ﹂の 用 例 は、 日 宋 濟 家 の 例 を 踏 ま え て い る こ と を 歸 納 出 來 た。 結 果 は 從 來 こ れ を 無 用 卑 下 と 解 し て い た の を 正 し、 天 分 に 安 ん ず る 心 境 表 明 で あ る 點 を 定 め 得 た。 こ こ ま で の 通 見 は ﹁日 本 佛 教 ﹂第 23 號 の 拙 稿 に 護 り、 次 の 段 階 に 移 り た い。 ﹃本 來 ﹄と い う こ と は 自 力 究 極 の 問 題 で、 禪 家 の 佛 性、 特 に そ の 悟 入 實 感 に 關 す る 表 現 で あ る。 洞 家 で は 道 元 禪 師 が、 ﹁お の れ つ か ら ﹂な る 用 語 を ( ﹁眼 藏 ﹂ 34・ 52・ 54・ 63・ 69・ 75・ 77・ 80・ 81の 各 卷 に ) 常 用 さ れ る 所 以 で あ る。 計 17 例 中 ﹁ お の れ つ か ら ﹂の 確 實 例 5、 ﹁お の つ か ら ﹂と も 傳 寫 さ れ る 場 合 14、 ﹁お の つ か ら ﹂を ﹁お の れ つ か ら ﹂と 傳 寫 す る 例 1を 數 え る。 書 寫 中 の ﹁れ ﹂の 脱 落 は、 す で に 職 國 期 に 多 く、 か つ 元 緑 以 後 に も 及 ぶ。 こ の 事 實 は、 禪 師 の ﹁お の れ つ か ら ﹂が ﹁お の れ み つ か ら ﹂の 略 の よ う に 解 さ れ、 強 い 自 意 識 表 明 の よ う で、 修 業 の 實 際 と 合 わ ぬ と い う 深 い 憂 悶 か ら の 改 筆 と 思 え る。 そ れ は 洞 家 一 般 も 漸 く 漢 文 に 親 し み、 ﹃自 ﹄一 字 に 戴 然 と 二 義 が あ る と の 見 に 流 れ た た め か と 思 え る。 し か し な が ら、、 實 は そ う で は な く、 禪 師 の 場 合 は 分 別 外 の 實 感 ( ﹁眼 藏 ﹂ 79・ 92 )か ら 本 來 性 を 表 現 さ れ た の で な け れ ば な る ま い。 鎌 倉 期 に は、 一 般 用 語 と し て も、 二 義 裁 然 の 區 別 は 崩 れ ゆ る ん で い た と さ れ る。 漢 文 の 盛 時 は 奈 良 朝 の 古 に 去 り、 遣 唐 使 の 應 止 後、 す で に 時 を 經 て い る。 そ う し た 時 點 に あ つ て 禪 師 は 思 索 の 結 果、 こ の 重 大 表 現 を 決 定 さ れ た こ と に な ろ う。 職 國 期 の 憂 悶 は、 省 れ ば 不 用 の こ と で あ る。 し か し な が ら そ の 不 用 な 改 筆 こ そ が、 筆 者 に 難 問 對 決 の 鍵 を 與 え た と い え る。 濟 家 で も こ れ は や は り 重 要 點 で あ つ た ろ う が、 漢 語 表 現 で 終 始 す る

(2)

-156-の で、 問 答 を 一 讀 し て も 細 か い 味 い は 把 え 難 い。 し か し 臨 濟 も 四 料 棟 の 條 で、 ﹁無 門 關 ﹂は 第 二 則 に、 そ し て ﹁虚 堂 録 ﹂で は ﹁夏 爐 冬 扇 ﹂の 用 例 に お い て、 細 密 さ が 横 溢 し て い る。 そ し て 妙 心 寺 三 百 年 遠 忌 の 實 況 は 自 力 細 心 の 好 例 で あ る と 思 う。 そ れ は 佛 頂 直 前 の 時 代 ノ イ ス ノ ヲ ニ リ ノ ル で 愚 堂 が ﹁二 十 四 流 日 本 禪 惜 哉 大 半 失 二 其 傳 一關 山 幸 有 二 愚 堂 在 こ と 法 語 を 諦 し 來 る と、 ﹁こ こ に 在 る ﹂と 聲 が 掛 つ た。 愚 堂 は さ ら り と ニ リ ノ ル 改 め、 ﹁關 山 幸 有 二児 孫 在 こ と。 聲 の 主 は 大 愚。 改 め 方 も 流 石 と さ レ れ て い る。 ﹃居 る ﹄と は 抗 し な い 瞬 聞 に、 ﹁有 レ 在 ﹂の 漢 語 表 現 が 確 め ら れ、 自 意 識 介 在 の 語 句 と 誤 ま る 餘 地 が 失 せ た の で あ つ た。 一 方 道 元 禪 師 は ﹁無 門 關 ﹂第 二 則 に も 見 え る 趙 州 の 禪 話 を、 粗 大 な 大 慧 の 通 じ な い も の と さ れ ( 第 75・ 89 ) る。 ﹁眼 藏 ﹂だ け で 考 え る と 酷 ザ レ バ テ ノ ラ セ 評 か と 思 え る が、 ﹁大 灯 國 師 遺 誡 ﹂に、 ﹁不 智 以 二 佛 祖 不 傳 妙 道 一掛 中 在 ニ チ シ ヲ 胸 間 上 忽 擾 二 無 因 果 こ と、 虚 堂 以 來 の 細 密 さ を 命 脈 と さ れ る。 そ れ で 無 門 や 虚 堂 は 宋 末 に 反 省 を 重 ね て い た 臨 濟 家 と い え る。 そ し て 佛 頂 が 好 ん だ 傅 大 士 ﹁心 王 銘 ﹂は も と よ り の こ と、 宋 初 の 永 明 延 壽 に 至 り、 心 識 的 な 表 現 が 一 層 ( ﹁宗 鏡 録 ﹂佛 頂 所 見 ) 顯 著 で あ る。 ま た ﹁臨 濟 録 ﹂に も 唯 識 論 の 引 用 が 指 摘 さ れ て い る し、 如 淨 ・道 元 に 先 行 す る 洞 家 の 宏 智 も 同 樣 ( ﹁景 徳 録 ﹁跋 文 )で あ る。 故 に 大 慧 は 問 答 盛 時 に 歯 切 れ の よ い 自 國 語 調 に 引 か れ て、 細 密 な 心 理 研 究 の 軌 を 脱 し た も の と 見 て よ か ろ う。 そ れ で、 最 近 發 見 の 佛 頂 遺 墨 に、 ﹁佛 ﹂ ス ル ヤ ス ル 一 字 を 大 書 し て 紙 後 に、 ﹁這 介 一 字 子、 自 得 塵 體 得 慶。 人 人 本 具 圓 成 ﹂ ( 雲 巖 寺 村 大 塚 榮 氏 藏 )と あ つ て も 當 然 で あ る。 ﹃麼 ﹄の 重 用 は 二 者 釋 一 の 文 意 で あ る か ら、 ﹁體 得 ﹂に 對 す る ﹁自 得 ﹂は 本 來 性 を 意 味 す る。 そ れ は 最 初 に 述 べ た ﹁お の れ つ か ら ﹂の 問 題 と 等 し い。 そ し て 驚 く こ と に は、 こ の よ う な 心 得 で 讀 む と、 ﹃ほ そ 道 ﹄松 島 の 赤 松 ( 同 地 に 黒 松 は 皆 無、 ま た 象 潟 に は 赤 松 が 皆 無。 こ の 點 を 明 示 し た 解 は な い。 )描 寫 に つ い て の 解 釋 を 決 定 出 來 る と 思 う。 そ れ は、 ﹁⋮⋮松 の 緑 こ ま や か に 枝 葉 汐 風 に 吹 き た は め ((他 動 詞 だ が 歌 態 を い う ))屈 曲 を の つ か ら た め た る が ご と し ((自 然 の ま ま な が ら 手 を 加 え て 矯 め 直 し た よ う ))⋮⋮﹂の 部 分 で、 (( ))内 は 從 來 の 苦 し い 解 で あ る。 そ う で は な く て、 ﹃松 島 の 自 然 は、 松 の 緑 こ ま や か に、 枝 葉 を 汐 風 に 吹 か せ た わ め、 屈 曲 は 松 自 身 本 來 た め た か の よ う ⋮⋮﹄ と、 赤 松 の 幽 雅 な 特 性 を 巧 み に 表 現 し て い た こ と に な る。 芭 蕉 は、 ﹁文 字 は た と ひ 漢 字 を か る と も な だ ら か に ⋮⋮﹂( ﹁去 來 抄 ﹂)と 教 え て い る が、 こ れ は そ の 教 え の 實 行 な の で あ つ た。 因 に 鑒 竈 神 社 の 鐵 燈 に つ い て、 芭 蕉 と 子 規 と を 較 べ 得 る と 思 う。 泉 三 郎 の 寄 進 と さ れ て い る が、 笠 な ど 後 補 で、 古 い と 思 え る 胴 に 窓 が な く、 一 見 し て 原 形 は 鐵 塔 で あ つ た と 知 れ る。 兩 人 が 共 に 燈 籠 と 見 た の は 事 相 に 弱 か つ た と 云 え る。 し か も 藩 儒 游 佐 木 齋 が 暗 齋 直 門 で、 早 く 補 修 に 當 り 排 佛 の 手 が 加 え ら れ、 芭 蕉 以 後 一 暦 甚 だ し く、 神 官 は た め に 罰 せ ら れ て 一 時 復 舊、 そ し て 明 治 期 に 再 び 慶 佛 の 響 響 を 受 け た と 思 え る。 同 九 年 岸 田 吟 香 は 決 し て 燈 籠 に は 非 じ と し、 廿 六 年 に 實 寫 を 奉 ず る 子 規 は 見 破 れ ず に ﹁大 半 は 當 時 の 物 ﹂と 見 た。 疑 う ご と を 知 ら ぬ 芭 蕉 は、 排 佛 の 社 傳 を そ の ま ま に、 悲 劇 の 主 に 懇 切 な 名 文 を 捧 げ た こ と に な る。 そ の 蔭 に 日 宋 文 化 交 渉 に よ る 六 朝 の 禪 傳 統 の 成 果 が あ り、 そ れ に 對 す る 佛 頂 の 指 導 と 芭 蕉 教 養 の 成 熟 と が 裏 打 ち さ れ て い る こ と に な る。 こ れ を 禪 の 側 か ら い え ば、 芭 蕉 文 藝 の 魅 力 に よ つ て 禪 意 は よ く 一 般 化 し た こ と に な り、 文 藝 の 側 か ら す れ ば、 空 前 の 詩 文 が 禪 教 養 に よ つ て 輝 き 出 た と い え、 文 化 史 上、 興 味 の 盡 き な い 點 で あ ろ う。 ( 七 月 + 二 朝、 欄 筆 し て 大 拙 居 士 の 計 を 聞 く ) 作 品 に た ど れ る 芭 蕉 文 藝 思 想 の 史 的 意 義 に つ い て ( 岡 部 )

参照

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