医学教育 第 51 巻・第 5 号 2020 年 10 月 医学教育 2020,51(5): 570∼572 特集 コロナ禍における医療人育成 【4 理学療法・作業療法領域】
4-3 COVID-19 とともに歩む理学療法学教育
―これまでの取り組みと展望―
内 山 靖* はじめに 2020 年 1 月頃から新型コロナウイルス感染症に関 する報道が頻繁になり,1 月 31 日に世界保健機関 (World Health Organization:WHO)から緊急事態 宣言が出されると,世界の関心と脅威は身近なものと なった.その後,人々の往来や外出が制限され,各イ ベントの中止など日常生活に与える影響は広がり,近 代社会において経験のない対応に迫られた. 学校教育においては,年度末の卒業(学位伝達)式 は一堂に会する従来の式典は縮小または中止となり, 新年度を迎える対応に奔走した.4 月以降は対面講義 に代わるオンライン授業が主流となり,教材作成を含 めた教授方法,オンライン学習のための環境整備,実 習教育の代替方法の開発,学生のメンタルヘルス・経 済状況への支援など,新たな課題が次々と押し寄せ, 時々刻々と変化する課題の対応が迫られている. 日本医学教育学会では,5 月下旬からサイバーシン ポジウムが 4 回にわたり開催され,2020 年 6 月には 「パンデミック下の医学教育―現在進行形の実践報 告」が特集されている.理学療法学教育においても, 医学,看護学,薬学教育等での対応を参考にしつつ, 理学療法学教育の特徴を踏まえた工夫と対応を重ねて きた. COVID-19 下での理学療法界における初期の取 り組みは,5 月下旬に開かれた臨床・組織運営・教育 について 3 つの緊急座談会をまとめた「新型コロナウ イルス―各現場から,with コロナ時代の理学療法を 展望する」1)に,当時の状況と率直な思いが克明に記 録されている. 本稿では,2020 年 2-10 月初旬までの理学療法学教 育を取り巻く状況について,理学療法士養成課程の特 徴を整理したうえで,筆者が関係している学術職能団 体である日本理学療法士協会ならびに世界理学療法連 盟の対応とともに,個別の教育機関の取り組みについ て私見を交えて紹介する. 理学療法士養成課程の特徴 COVID-19 下での教育を考える際に, 理学療法士養 成課程の現況において大きく次の 2 点を考慮する必要 がある. 一つには,全国に 276(総定員数 14,444 人)の養成 校があり,4 年制大学,4 年制専門職大学,3 年制短 期大学,4 年制専門学校,3 年制専門学校が混在し, 一学年当たりの学生数は 8 人から 120 人と大きな幅が ある.主管官庁は文部科学省もしくは厚生労働省とな ること,設置理念・教育目標が大きく異なる中で,理 学療法士国家試験受験資格を得るための科目構成は共 通であり,緊急・柔軟な対応を講じる際に標準的な対 応が容易でない点が挙げられる.また,病院・施設で 行われる臨床実習は専門科目全体の 20%以上の単位 を占め,この科目に依存する教育内容が多いために, 代替教育による成果を担保する方策には重厚な対応が 求められる.この点は,他の医療専門職と比べて生涯 学習・卒後研修体制が十分に制度化されておらず,卒 前教育において十分な学習機会と到達水準を確保する ことが構造的な使命ともなっている. 二つ目には,2020 年 4 月から 20 年ぶりに,理学療 法士作業療法士養成施設指定規則(以下,指定規則) が改正された時期と重なったことである.これに伴 い,各学校が教育課程を変更した時期であること,臨 床実習の形態と指導者要件の変更による準備が進行し ている時期となった.あわせて,臨床実習の指導者に 義務化される臨床指導者講習者講習会は対面式の実習 が必須であり,医療・介護現場で COVID-19 の対応 に迫られている中堅以上の理学療法士の受講には,一 般的な学会・研修会に参加する以上に制約が生じてい * 名古屋大学大学院医学系研究科 予防・リハビリテーション科学4-3 COVID-19 とともに歩む理学療法学教育―これまでの取り組みと展望― る点である. 日本理学療法士協会の取り組み 日本の理学療法士の 80%程度が所属する学術職能 団体である公益社団法人日本理学療法士協会(会員数 125,372 人,平均年齢約 34 歳,女性比率 39.2%)で は,新型コロナ感染症対策本部を設置し,感染予防, 理学療法業務,実習・教育の 3 つの課題へ対応してい る. このうち,筆者が副対策本部長として統括者を務め る実習・教育等では,①行政から出された事務連絡等 の公文書の要旨を示したフローチャートの作成,②各 養成校や教員等が講義・実習等で作成した教材や,工 夫等の情報共有・交換の場としてのプラットフォーム の設置を進めた.また,③主な実践領域の実習教育等 に資する動画の作成,④代替教育を含む臨床実習の成 果指標の作成,⑤学生・卒後学習の支援,について検 討を進めている. 今年度に卒業を予定している学生に対する求人状況 は,昨年度までと比べて,これまでに極端な減少があ るとは断言できないが,地域差が大きいこと,回復期 リハビリテーション病棟の新設や新規事業展開等に伴 う需要が低下傾向にあること,就職活動による施設の 訪問や移動に制限があることなどから,学生の不安や ストレスに対する支援が必要となっている.これらに ついて対策本部では,全国的な実態調査,関係省庁と の連携,中・長期的な事業展開とそれにかかる予算の 確保等を進めている. 世界理学療法士連盟の取り組み
世界理学療法士連盟 (World Confederation for Phy-sical Therapy:WCPT,ホームページ上等の表記は World Physiotherapy) は, 122 の国や地域を代表する 理学療法士の団体で 670,000 人ほどの会員から構成さ れている.世界を 5 つの地区に分割し,会長・副会 長・各地区から選出された 5 人の理事,英国本部の事 務職員等で運営される非営利組織である. WCPT では,4 月初旬から 2 週に一度の割合で理 事,各地区議長,事務局幹部職員による COVID-19 に対する情報共有と方策をオンライン会議で協議し た.筆者も理事として参加したが,多くの国では学年 歴が秋から開始されるために,学年末の講義・実習や 成績評価の話題が多く,新年度を迎えた日本の課題と は異なる点も散見した.また,外国人学生が多いとこ ろでは,渡航の制限や都市封鎖のために大学が早々に 閉鎖されていた. 他方,諸外国では,従来から e-learning コンテン ツ,基本技能や実習に関連した動画教材が充実してお り,英語による学習が可能であれば,相応の学習環境 が得られる印象を持った.WCPT では,ホームペー ジ上に COVID-19 information Hub2)として,臨床実
践や職能活動とともに教育に関する取り組みや関連情 報を一覧している. 学校教育での取り組み 筆者が所属する名古屋大学では,大学全体の活動方 針について,教育,教員・研究活動,学生の入構制 限,出張などの 8 項目が 4-6 段階のレベルで表示され る.全体の方針のもとで細部の運用は各部局の判断に 委ねられ,特に実習科目については,その特徴に応じ て個別の対応となっている.本学の理学療法学専攻は 1 学年の定員は 20 名で,通常の講義室であっても収 容定員の 50%未満となり,いわゆる“蜜”な状態に ならない学習環境を確保しやすい.他方,実習科目は 学生同士が身体接触を伴うものが基本となり,他医療 専門職の実習と比較しても格段の配慮が求められる. 筆者が担当する科目では,主として Learning Man-agement System (以下, LMS) を活用して非同期型の 教材提供とともに,オンラインによる同期型の講義・ 実習を併用している.毎週の授業ごとに課題の提出を 求め,次回までにそれをフィードバックして次のト ピックスにつなげていく.課題の評価やフィードバッ クは電子媒体が主体となるが,従来の講義形式よりも むしろ学生個々とのコミュニケーションは頻回・重厚 となった.また,グループ演習も LMS を活用するこ とで学生の積極的な参加が可能であった.実習科目で は,従来に比して臨床推論に関連する学習は明示化で きたが,ハンズオン・スキルの経験と技能の習得には 困難があった.時期をみて,対面式の実習を一定時間 は確保できたものの,従来のように学生ペアを変更し た個体・反応差を学ぶ環境を設定できず,固定したペ アでのみの限定的な学習は習熟度に影響を与えている. 総じて,既に大学での主体的な学習方法や自己管理 能力をある程度習得している高学年では,教員のエ フォートは一時的に増加したものの,学生の学習意欲 や到達度は概ね担保されていると感じている.他方, 入学直後の学生にとっては,同級生や教員との接触, 部活動やアルバイトを含めた社会交流が進まず,大学
医学教育 第 51 巻・第 5 号 2020 年 10 月 へ入学した実感や適応が十分になされず,多くの支援 や相談を重ねている. 本学の最終学年では,春学期に基本的臨床技能実習 後に総合臨床実習,秋学期に卒業研究を行う教育課程 となっている.2 月 28 日に文部科学省・厚生労働省 から発出された事務連絡を受けて,上記科目の開講時 期を入れ替えることとした.従来から実施してきた臨 床実習開始前におこなわれる基本的臨床能力試験 (Objective Structured Clinical Examination;OSCE) では,手洗いや個人用防護具(Personal Protective Equipment;PPE)の着脱を含む感染予防のステー ションを新設した.その後,速やかに関連する臨床実 習施設等への協力を求め,結果として, COVID-19 の 状況が幾分落ち着いた時期に,ほぼ全員の学生が対面 式での臨床実習を全期間にわたり実施することができ ている(一部は現在進行形).これ自体は想定以上の 好結果といえるが,総合臨床実習の科目責任者である 筆者にとっては,非常に厳しい医療現場のなかで病院 ならびに臨床実習指導者が,学生教育に対して極めて 好意的に対応してくださったこと,学生自身が長期に わたる健康管理の徹底と,夏季休暇等の弾力的な運用 へ積極的に協力し,関係する教員や事務職員の献身的 な努力など,一丸となってなし得たものと心から感謝 している. 今後の課題と展望 いまだ,with コロナの状況は流動的で,中・長期 的な課題が山積しているが,これまでの経験を今後の 理学療法学教育に反映させ,ある意味で教育改革の好 機ととらえる発想が重要ではないかと考えている. 学内教育においては,感染症ならびに感染予防に関 する幅広い知識と基本技能,対面式での非接触での理 学療法,遠隔での理学療法・リハビリテーションの過 程,虚弱・重症化予防に対する理学療法とともに, ICT リテラシーの強化,他職種とのさらなる協業や 代替性を踏まえた共通教育課程の推進などを模索する 必要を感じている.
また,帰結基盤型学習(outcome based learning) が推奨される現状で,対面講義・実習でしか成し得な い学習内容をさらに具体化する必要がある.特に,臨 床実習を学内の代替教育で実施した場合の学習到達度 や成果を明示的に検証し,真に実践現場でしか学ぶこ とができない診療参加型臨床実習のコンテンツと,必 要時間を明確にする必要がある.この間,動画や e-learning の教材開発をすすめ,臨床実習の学習目標と していた臨床推論の一部は学内で教授でき得る感触を 得ている.他方,プロフェッショナリズムの涵養,患 者・利用者の心情的な理解,動作や仕草の観察能力, 多職種連携,ハンズオン・スキルの習熟には,現場で の暴露と繰り返しの経験が不可欠である.また,新入 学生が卒業するまでの継続的な支援も次年度以降の重 要な課題である.これらを含めて,代替教育で残され た課題があるとすれば,専門職の免許制度として卒後 研修制度を実質化することが不可避である. 臨床・介護現場では,COVID-19 の中で外来受診, 通所リハ・介護,ショートステイの利用が控えられ, 慢性疾患患者の不安定化,虚弱高齢者の活動/参加の 低下などが危惧されている.比較的軽度な対象者の維 持・予防に資する理学療法は,地域包括ケアシステム を含めた今後の社会保障施策の中で重要な役割となる. 文 献 1) 新型コロナウイルス―各現場から,with コロナ 時代の理学療法を展望する. PT ジャーナル 2020; 54; 796-817.
2) COVID-19 information Hub. https://world.physio/ resources/covid-19-information-hub(最終閲覧日. 令和 2 年 10 月 10 日).