Nagoya City University Academic Repository
学 位 の 種 類 博士 (医学) 報 告 番 号 甲第1751号 学 位 記 番 号 第1248号 氏 名 山田 剛平 授 与 年 月 日 令和 2 年 3 月 25 日 学位論文の題名
Nigrostriatal dopaminergic dysfunction and altered functional connectivity in REM sleep behavior disorder with mild motor impairment
(軽度運動機能障害を有するレム睡眠行動症における黒質線条体ドパミン 神経障害と安静時機能的結合変容)
Frontiers in Neurology Vol 10: July 26, 2019.
論文審査担当者 主査: 飛田 秀樹
論 文 内 容 の 要 旨 レム睡眠行動異常症とはレム睡眠期に夢をみている最中に大声を出す、手足を大きく動 かす等の症状が出る疾患である。異常言動は夢の内容に一致していることが多い。異常言動が起 こる機序の一つに、橋にある青斑核の変性が一因とされる。レム睡眠期においては、青斑核が巨 細胞網様体や脊髄の内在神経細胞を介し脊髄前角の運動神経細胞を抑制している。レム睡眠行動 異常症では青斑核が変性し、特徴的とされる筋緊張低下を伴わないレム睡眠が発生すると推測さ れている。 レム睡眠行動異常症はパーキンソン病やレビー小体型認知症の前駆段階とされており、 実際10-15 年かけて 90%の患者が神経変性疾患を発症すると報告されている。パーキンソン病や レビー小体型認知症の病理学的所見として異常蛋白であるレビー小体の出現が挙げられるが、レ ビー小体の進展様式に関してBraak らが仮説を提唱している(Braak 仮説)。Braak 仮説は病理 学的検討に基づいており、第1,2段階ではレビー小体は嗅球から扁桃体、辺縁系を介し伝播す る、また腸管の自律神経、迷走神経を介し、迷走神経背側核、青斑核へ伝播する。この段階では 嗅覚障害、自律神経障害、便秘、レム睡眠行動異常症などの非運動障害を呈する。第3,4段階 ではさらにレビー小体が脳幹を上行し黒質線条体が変性し、寡動、固縮、振戦、姿勢反射障害と いった古典歴パーキンソニズムを発症する。第5,6段階では皮質まで伝播し、認知機能が低下 する。レム睡眠行動異常症はBraak 仮説の第2段階に相当し、そのため長期の経過追跡を行うと 神経変性疾患を発症するものと思われる。 近年、ニューロリハビリテーションといった神経の可塑性を誘導する手段が多数報告さ れており、また将来的には神経保護療法が開発され、神経変性疾患の発症予防や進行抑制が可能 となると予測される。レム睡眠行動異常症では高率に神経変性疾患を発症するといわれているが、 実際いつ発症するかは個々の症例ごとに異なる。長期にわたりレム睡眠行動異常症だけで神経症 状を発症していない患者も存在する。そのため、レム睡眠行動異常症の有無だけではなく、より 神経変性疾患の発症が近いと予想されるハイリスク群を同定する方法の開発が望まれる。 当研究の目的として、前述のBraak 仮説の第2段階と第3段階の中間に位置すると推測 される一群を運動機能に着目して検出、軽度運動機能障害(Mild Motor Impairment; MMI)を 有する患者群では軽度の黒質線条体ドパミン神経の機能障害、線条体を含めた運動感覚ネットワ ークの変容があるかどうかを検討する。 対象患者はポリソムノグラフィーで確定診断したレム睡眠行動異常症の患者23 名(男女 比12:11、71±4.2 歳)、健常人 20 名(男女比 11:9、70±3.6 歳)である。神経・精神疾患を有 する場合、運動症状がある患者は除外している。本研究では日立製作所が作成した磁気型センサ ーを使用し、パーキンソニズムの評価で頻用される母指と示指を用いた指タッピング運動を定量 評価した。できるだけ早く、できるだけ大きく、という指示のもと、15 秒間片手ずつタッピング を実施。指タッピングの運動パラメーターは多数あるが、本研究ではパーキンソニズムの中核所 見であるBradykinesia に着目し、タッピングの振幅と速度、速度は指を開くときの最大速度、閉 じるときの最大速度を評価項目とした。MMI の定義は定まっておらず、本研究では左右合わせた 6 つのパラメーターの中で一つでも健常データの平均値―2SD 以下であった場合、MMI がある と判定した。脳機能の評価として、ドパミントラスポーターシンチグラフィー(DAT SPECT) と安静時機能的MRI(rs-fMRI)を実施した。DAT SPECT は 1 名のレム睡眠行動異常症患者、8 名 の健常者では同意が得られなかった。DAT SPECT では小脳を参照領域(非特異的集積がみられ る領域)に設定し、関心領域は線条体(尾状核、被殻前部、被殻後部)に設定した。集積比は(線 条体のカウント数-小脳のカウント数)/小脳のカウント数から計算した。安静時機能的結合は
CONN functional MRI toolbox を使用し、運動に関連した領域(線条体、視床、運動・感覚に関 連する大脳皮質)の間のBOLD 信号の相関を評価し、機能的結合の増強・減弱を確認した。
指タッピングパラメーターとMMI の定義に基づき、8 名のレム睡眠行動異常症患者が MMI を有した。MMI 群では健常者や MMI を有さないレム睡眠行動異常症患者と比較し、すべ ての指タッピングパラメーターが有意に低下していた。一方でUPDRS part3スコアの平均値は MMI 群で 2.3 と低値であり、診察上は非常に軽症であった。MMI 群においては、DAT SPECT では主に被殻で有意な集積低下があり、rs-fMRI では皮質―線条体、皮質―小脳ネットワークの 変容を認めた。前者は神経変性疾患のリスク因子の一つであり、後者は神経変性疾患で広く報告 されている。長期追跡が必要ではあるが、指タッピングパラメーターで定義した軽度運動絹障害 はBraak 仮説の第2、第3段階の中間に位置する患者群の検出方法として有用な可能性がある。
論文審査の結果の要旨 [背景と目的] パーキンソン病はアルツハイマー病の次ぐ発症率の高い神経変性疾患である。現在 までに多く の内科的治療薬が開発 されてきたが、進行期 の運動合併症や非運動 症状合併による Quality of Life 低下は更に解決されるべき問題である。近年、神経可塑性誘導の観点からニューロ リハビリテーションや運動療法の進行抑制効果について報告され、早期診断・早期介入の必要性が考 えられている。病理学的検討(Braak 仮説)から、レビー小体(αシヌクレイン凝集体)は①腸管自 律神経から迷走神経を介し迷走神経背側核、青斑核に伝播する系と②嗅球から偏桃体・辺縁系に伝播 する系が存在し、その後黒質線条体に伝播する可能性が支持されている。このことから、運動症状出 現前に嗅覚症状や便秘などの非運動症状が存在する可能性が指摘されている。その一症状として、レ ム睡眠行動異常症が指摘されている。本症は、レム睡眠期に見いている“夢”と同等の行為を行って しまう疾患群である。その病態として、巨細胞網様体や脊髄の内在神経細胞を介し脊髄前角の運動神 経細胞を抑制している青斑核機能障害が考えられている。レム睡眠行動異常症では高率にパーキンソ ン病に移行する可能性が指摘されるが、長期にわたりレム睡眠行動異常症だけで神経症状を発症して いない患者も存在するなど移行症例の詳細は不明である。早期介入法が開発されてくることが想定さ れる現状では、レム睡眠行動異常症を有するハイリスク群のうちパーキンソン病発症群を識別可能な 予測方法の開発が期待される。本研究では臨床的にはパーキンソン病とは診断できないレム睡眠行動 異常症患者において、①軽度運動機能障害(Mild Motor Impairment; MMI)の抽出に磁気型センサー による指タッピング定量評価が有用であるか、②上記の時期に黒質線条体ドパミン神経機能障害は確 認されるか(パーキンソン病移行を支持するか)を検討した。 [方法と結果] ポリソムノグラフィーで確定診断したレム睡眠行動異常症の患者 23 名(男女比 12:11、71±4.2 歳)、健常人 20 名(男女比 11:9、70±3.6 歳)を対象とした。磁気型センサー(日 立製作所)により、母指と示指間の指タッピング運動を振幅と速度(開閉時最大速度)を定量評価し た。DAT SPECT では、関心領域(尾状核、被殻前部、被殻後部)の集積比は(線条体のカウント数- 小脳のカウント数)/小脳のカウント数から算出した。rs-fMRI は CONN functional MRI toolbox を 使用し、運動に関連した領域(線条体、視床、運動・感覚に関連する大脳皮質)の BOLD 信号の相関 を評価した。8 名のレム睡眠行動異常症患者が MMI を有した。MMI 群では健常者や MMI を有さない群 と比較し、すべての指タッピングパラメーターが有意に低下していた。MMI 群では、DAT SPECT は被 殻で有意な集積低下があり、rs-fMRI では皮質―線条体、皮質―小脳ネットワークの変容を認めた。 [考察] 今回用いた軽度運動機能障害評価法はレム睡眠行動異常症患者のパーキンソン病移行予 測に有用である可能性が示された。 [審査内容] 約 20 分間のプレゼンテーションの後、主査の飛田教授より、fMRI の基本原理と脳機能 評価について注意すべき点について、後淡蒼球における左右の機能分化の有無についてなどの質問9項 目の質問、第一副査の明智教授より、実験の再現性について、軽度症状と finger tapping との関係につい てなど 11 項目の質問、第二副査の間瀬教授より、頸椎疾患についは除外できているのか、MMI と比べた finger tapping の感度等の比較は実施したのかなど 6 項目の質問がなされた。これらの質問に対し、申請 者からほぼ満足する適切な回答が得られ、申請者は学位論文の内容を充分に把握し、大学院修了者とし ての学力を備えていると判断した。 本研究は、レム睡眠行動異常症患者おけるパーキンソン病移行の早期診断に繋がる研究結果であり、 学術的に評価される。よって、本論文著者は、博士(医学)の学位を授与するのに値するものと判定した。 論文審査担当者 主査 飛田 秀樹 副査 明智 龍男、 間瀬 光人