• 検索結果がありません。

非西欧型社会における住民参加型環境保護運動の生成・発展 : 日・タイ比較を通じて

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "非西欧型社会における住民参加型環境保護運動の生成・発展 : 日・タイ比較を通じて"

Copied!
81
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

非西欧型社会における住民参加型環境保護運動の生成・発展

一日・タイ比較を通じてー

24

175 1

0

024

平 成 17年 度 一 平 成18年度科学研究費補助金 (基盤研究 (C))研究成果報告書 平 成19年

3

月 30日 研 究 代 表 者 梅 津 直 樹 滋 賀 大 学 経 済 学 部 教 授

(2)

はじめに

本報告書は以下のような展望の下に構想された。すなわち、「共」の世界を再構築してゆく こと、ひいては「新しい公共圏」を切り開いてゆくことが現代世界の大きな課題となっており、 だからまたそれに向けての努力が世界各地で行われているという認識に立つ。そのうえで、 翻って日本を顧みたとき、たしかにそうした市民活動はかなりの広がりを見せているけれど も、「お上」意識の強かった社会風土の下でそれが「ふつうの人々」にさらにどこまで浸透し てゆけるのかというと、いささか心許ない状況があることをも認める。と同時に、そうした 社会風土だからこその「新しい公共圏」の切り開き方もありうるのではないか、つまりそうし た社会風土の下だからこそこの課題の達成に行政機関が有効な機能を果たす余地がより大き く存在するのではないかと想定している。端的に言えば、現代的課題に目覚めた行政機関が 積極的に市民活動を後押しするならば、日本における「新しい公共圏」への歩みを加速させう るのではないかと想定しているのである。そのためには、市民運動の側も積極的に行政機関 に働きかけ、あるいは自覚を促すべく揺さぶり、「お上」から「聞かれた」行政機関への脱 皮をいっそう促進する必要があるであろう。 そこで、そうした可能性を日本の市民運動の経験に即して検証してみたい。さらに、そう した可能性を日本の経験のうちにそれなりに見出しうるとするならば、それは同じような社 会風土の下にある発展途上国において市民活動を活性化させてゆくうえで参考になるところ があると考えられる。逆に、発展途上国の市民活動が直面している問題を参照することを通 じて、西欧モデルの市民社会の「成熟の遅れ」という見方によっては看過ないし軽視されが ちだった日本の市民活動の諸側面、それが直面した固有の障壁を乗りこえるにあたって凝ら された努力や関された特有の軌跡の意味、さらにはそこに随伴されうる問題点が新しい展望 の下に把えられる可能性もあろう。 こうして、本報告書は、まず第 1章において、日本の環境市民運動を上述のような問題意 識で検討するとすればとくにどのような論点に注目すべきか、また留意しなければならない かを、先行研究を参照しつつ探った。ついで、第2章では、一般に「新しい公共圏」を切り 開く担い手と解されている「市民」概念について、社会経済学的考察を交えて再検討すると ともに、日本のよく知られた環境市民運動を素材に、一方で、日本の環境市民運動もたしか に「新しい社会運動」としての特性を備えていることを確認し、他方で、第 1章で浮上した 「新しい社会運動」に付随する「危うい均衡」がどのようなかたちで顕在することがあるか を「市民」概念の苧む「特権』性」ないし「軽さ」に絡めて論じた。さらに第

3

章では、発展 途上国の社会風土に絡めて、近代化の進展は自ずから「市民」の育成に通じるのか、現代は 「市民」を育成しやすい時代であろうかということを検討するとともに、タイの社会風土に

(3)

つレて若干の予備的考察を行った。そのうえで、第

4

章と第

5

章とで、それぞれ日本とタイ の 環 境 市 民 運 動 を 二 つ ず つ 取 り 上 げ 、 前3章において考察してきた諸論点を念頭にそれら四 つの環境市民運動の経験を具体的にレポートした。 なお、上 記5章 の う ち 、 第2章 と 第3章とは、下記の拙稿「環境市民運動をめぐって」を 分 割 、 再 構 成 し 、 大 幅 加 筆 し た も の で あ る 。 ま た 、 第2章には部分的に下記のもうひとつの 拙稿を利用している。他の3章は概ね初出である。 最 後 に 、 本 報 告 書 作 成 に あ た っ て は じ つ に 多 く の 方 々 に お 世 話 に な っ た 。 第

4

章 、 第

5

章 を書き進めつつ、そうした人々が懐かしく思い出され、そうした方々のご厚意に出会えたこ との幸せをあらためて感じた。ここでは、日本の環境市民運動に関するヒアリングでとくに お世話になったアクアフレンズの美濃原弥恵氏、びわこ豊穣の郷の長尾是史氏、及びタイに おける環境市民運動の調査研究をアレンジし、また貴重な教示や示唆を下さったチェンマイ 大学のP.タングシカプット准教授、 LINKの木村茂氏のお名前を皆様を代表して記させてい ただくに留めるが、ほんとうにお一人お一人のご厚意にあらためて深謝する次第である。 研 究 組 織 研 究 代 表 者 : 梅 津 直 樹 (滋賀大学経済学部教授) (研究協力者:P.Tangsikabuth Associate Professor of Chiang Mai University Thailand) 交付決定額 (金額単位:円) 直接経費 間接経費 メ口~ 平 成 17年度 1,1∞,000 O 1,100000 平 成 18年度 600,000 O 600,∞o 総 計 1,700,000 O 1,700,000 研 究 発 表 (1)学会誌等 梅津直樹「環境市民運動をめぐってーランプーンを遠望しつつー」 『彦根論叢.il (滋賀大学経済学会)第359号 、 平 成18年 2月 向上 i [j'豊かな』社会の社会経済学的解析に向けて」 『彦根論叢』第356号 、 平 成 18年 1月 (2) 口頭発表 梅津直樹「北タイの環境市民運動を訪ねて」 参 加 型 環 境 教 育 研 究 会 平 成 17年9月

(4)

目 次 はじめに・ 第

1

章 現代日本における環境市民運動をめぐる諸論点・・・・・・

l

-i共」の世界の活性佑の促進という視点から一 第2章 日本の環境市民運動をめぐって・・・・・・・・・・・・・ 20 一新しい社会運動という視角から一 第

3

章 グローパリゼーシヨンの深化と発展途上国の近代化・・・・ 36 第4章 関西の二つの市民運動から学びうるもの・・・・・・・・・ 47 第

5

章 北タイの二つの環境市民運動を訪ねて・・・・・・・・・・ 64 ペ ー ジ

(5)

Iはじめに 第

l

現代日本における環境市民運動をめぐる諸論点

ー「共」の世界の活性佑の促進という視点から一 スタグフレーションに対するケインズ的処方筆への懐疑を契機に復活した市場原理主義的 思潮は、ソ連・東欧社会主義圏の崩壊というかたちで冷戦が終結したことをもっていっそう 高揚した。こうして、 20世紀最後の四半期から 21世紀のはじめにかけて、グローパリゼー ションの深化と相倹って、市場原理主義的思潮が経済理論や政策における主潮流を形成して きた。だが、その帰結は私たちが眼前に見るような格差の拡大、地球環境問題の深化等々の 社会的不安定の招来であって、たとえばK.ポランニーが早くに洞察していたように、市場 経済システムが決して自立的に機能しうるものではないこと、むしろ慣習等を含んだ多様な 社会的制度によって支えられるべきものであることをあらためて示したと言えよう。したが ってまた、近年あらためて「経済」を市場とそれを取り巻く社会的諸制度の総体として捉えよ うとする関心が高まってきている。だが、 20世紀の教訓を踏まえたときそれはもはやいわ ゆる公私1)ないし国家(計画)と市場の素朴な二極モデルではありえない。むしろ、上述の ように、国家の機能にも市場を構成するパラパラの私人の属性にも還元しえない中間的契機、 慣習等を含んだ多様な存在として社会的制度を捉えることが志向されている。端的には2、) 必ずしもフォーマルな組織を形作るわけではない地域共同体ないしコモンズなどの「共」とい う第三の極がかねて経済システムの安定に果たしてきた役割にあらためて目を向け、近代化 とともに国家と市場の両極に蚕食され、やせ細ってきた、共の世界を現代的にどのように再 構築していくかに注目が集まってきているのである3。) こうした動向は、うえに触れた環境問題や急速に深まる高齢化社会への対応が問われてい る福祉問題という、私たちを取り巻く焦眉の課題にも深く関わっている。環境問題について 言えば、生態系との共生はその地域の生態系と日常的に関わる地域住民の積極的協力なくし ては果たされえない。のみならず、そもそも地域の生態系と共生しようとするならその特性 を深く知らねばならないが、それは限られた科学的調査によって知恭されうるものではなく て、むしろその地域の伝統的なくらしのうちに体現しているような地域住民の知恵からも学 ばれねばならない。環境アセスメントにおいて地域住民による検証、コメントが積極的に求 められねばならない所以である。かっ、生態系と共生可能な活動を展開するにせよ、パブリ ック・コメントの求めに応ずるにせよ、個人的レベルでの対処は現実的には難しい。それら を単なる形式に留まらせるのでないならば、なんらかのグループ形成が要請されることとな る4)。 といっても、かつての共の世界を現代的な社会的諸条件のもとで単純に復活しうるもので はない。のみならず、かつての共の世界が個人を集団に埋没させる村社会的な息苦しさを伴 っていたことも事実である。こうして、現代的諸条件のもとで、また成員一人一人の主体性

(6)

を尊重するとともに開放的性格を持った共の世界をどのように再構築していくかが課題とし て浮上してくる。 そこで注目されるのが、 NGOないし NPOということになる。じっさい、社会福祉系を筆 頭に、まちづくりや災害救援など地域社会系、教育・文化・スポーツ系、さらに環境保全系 といった領域での NGOな い し 悶0の活動は昨今きわめて数多い5)。さらに、それらと一定 の親和性6)を有するボランテイア活動が、とりわけ阪神・淡路大震災以来多くの若者の気負 いのない参加を呼ぶようになっていることもよく知られたところであろう。くわえて、財政 危機を背景に、近年では地方自治体が積極的に NGOや NPOとの協働を求めたり、それら の活動を支援したりといったケースも少なくない。 しかも、こうした現代的な共の世界の広がりは、運動の目標や場、担い手、組織のあり方 などの点で旧来の社会運動の典型たる階級闘争的な労働運動などと明らかに質を異にした 「新しい社会運動」として、注目されることとなっている。のみならず、「新しい公共圏」を切 り開くものとも期待されている。そしてここには、旧来の日本の「公共圏」が大きな歪みを伴 っていたという認識も込められている7)。すなわち、日本の場合、その後発国としての近代 化=産業社会化の過程ゆえに、「公共性」は「お上」として民衆の頭上に君臨する「公」の専管事 項として囲い込まれてきたきらいが強く、また前近代的な村社会の集団主義的な束縛も根強 く残存して、個々人として主体性を持ちながら公共的事柄にもしっかりした関心を抱く民衆 すなわち「市民J8)や彼らの聞かれた公論の場はなかなか育ってこなかった。戦後数十年を経 て、高度経済成長を関したそれなりに豊かな社会が定着するなかでようやく上述のような動 向を担う市民がそこそこ育ち、市民が公権力と緊張関係を保って公論を交わしながら公共的 事象に関する合意を築き、また共同性という価値を実現してゆく場、さらにそうしたことを 通じて世代を超えて市民として成長していく場としての「新しい公共圏J9)が切り聞かれる展 望が見えてきつつあるのではないかというわけである。 だが、だとすれば、一方で、上述のように数多く設立されてきた NGOや NPOが、広が りつつあるとはいえなお決して多数派ではない特定の意識の高しJ市民」の運動に留まり、「ふ つうの人々」に広く浸透してゆくのは必ずしも容易ではないのではないか、換言すればほん とうに現代日本は市民の輩出を促すような社会環境を備えているのかということもまた問わ れねばならなくなってくる。じっさい、 NGOやNPOのなかには財源面で苦境に陥ったり、 人材補給がうまくゆかなかったりして、活動がマンネリ化し、停滞してゆくといった事例も 必ずしも少なくない10)。また、若者のボランテイア参加についても、阪神・淡路大震災や 福井県沖のタンカ一事故がもたらした重油による海浜汚染への対応といった臨時的活動には 多数の若者が集まるが、恒常的な活動に関してはむしろ低迷が続いているという状況が指摘 されている11)。 他方で、地方自治体による NGOや NPOとの協働の促進や支援の積極化も、旧来のよう な社会風土が十分に清算されることなししたがって地方自治体がどこか「およ」意識を脱却 しきらないまま、財政危機への対処の好都合な手段として NGOや NPOとの協働に関心を 向けるのであるならば、 NGOや NPOが自治体の下請けとしてていよく利用されるだけとい う事態に陥りかねないという危慎を伴う 12 )。

(7)

しかしながら、他面で、上述のような社会風土であるとすれば、「お上」の側が積極的に意 識改革し、 NGOや NPOの成長を支援するとともに、その周囲に厚い市民の層を育ててゆこ うとするなら、新しい公共圏を築く展望が切り聞かれやすくなるとも解される。たとえば、 「市民」へとある程度脱皮しつつあり、また環境 NGOの活動に関心は抱きつつも、世間から 「意識の高い特別な人々の仲間」と見られるのは避けたいと参加を臨時していた人々が、「お 上」の支援、したがって世間に対するお墨付きがあるなら安心して活動に加われるといった ことは十分に考えられよう 13)。さらに、そうした人々が活動を通じて「お上」意識を払拭し、 市民としていっそう成長を遂げることも期待される。つまり、「お上」意識が残存している社 会風土だからこそ可能で、またそうした社会風土の下ではいっそう現実性の高い新しい公共 圏の切り開き方ないし新しい公共圏に至るルートもありうるというわけである。 もちろん、上述のルートにおいても、地方自治体の側での意識改革、目覚めをひたすら待 つ必要はない。むしろ、目覚めた市民の側から地方自治体の意識改革を積極的に促すことが 求められる。そしてこの点では、 NGOやNPOが地方自治体と協働しつつ、対等なパートナ ーとして、緊張感を持った関係を維持できるか否かが大きなカギをなすこととなろう。 最後に、地域的な共の世界の再構築という点では、都市での町内会、農村部でのいわゆる 部落会といった伝統的な地域住民組織をどう評価し、それらとの関係をどのように構想する かという論点の検討が欠かせない14)。というのは、一方で、こうした伝統的地域住民組織 に空洞化が進んでいることも事実だが、だからといって過去の遺物として安易に片づけられ うる存在でもない程度の実質的機能はなお保持されている。他方で、多様な利害が複雑に絡 む地域社会のなかでシングルイッシューとしての環境問題のみを掲げた運動体が、しかも地 域住民の一部と地域外の人々で構成される運動体がいくら力んでみたところで、その運動が 地域のなかで共感を得て挙げうる成果には限界がつきまとう。いちおう全員参加の建前のも とで、それなりに地域の錯綜した利害の調整にもあたってきた伝統的地域住民組織との協働 は不可欠と解されるのである 15)。 そこで以下、まず、新しい社会運動が備える諸特性及びそのなかでの環境運動の特質を確 認するとともに、新しい公共圏の構築との連関という視点から若干の検討を加えたし凡さら に、新しい公共圏という論点に関わって日本がどのような問題に直面してきたのか、またそ れは NGOや NPOにどのような影響を与えているかについてもう少し立ち入って考察して みよう。ついで、地方自治体が NGOや NPOとの協働に積極的関心を寄せるようになった 経緯、背景とそれに付随する危慎及び可能性について概観する。最後に、伝統的な地域住民 組織をどのように評価すべきかについても一定の整理を試みたい。もって、次章以下におけ る考察の前提をなす認識や問題意識を明らかにするのが本章の課題である。 II新しい社会運動の諸特性をめぐって 環境市民運動の展開、成熟を日本において新しい公共圏を切り開くという課題と絡めて詳 しい考察を展開しているのは長谷川公一氏である。すなわち、長谷川氏は、新しい社会運動 の典型のひとつとしての環境市民運動の展開、成熟のうちに、決して楽観しているわけでは

(8)

ないが、新しい公共圏を切り開く可能性を読み取ろうとしている。 まず、「新しい社会運動」とは、 1960年代以降先進国で浮上してきた、環境運動、フェミ ニズム運動、平和運動、学生運動などが旧来の社会運動の典型たる労働運動などとは異質な 性格を有することに着目し、A.トゥレーヌ(仏)、c.オツフェ(独)、 A メルッチ(伊)らに よって概念化されたものである。長谷川氏は、同じく変革志向性を宿すマルクス主義的運動 との対比を念頭に、 Iコ ー エ ン の 言 葉 を 借 り な が ら 、 「 自 己 限 定 的 な ラ デ ィ カ リ ズ ム (self-limiting radicalism)Jという点に新しい社会運動の大きな特質を見出している。「市場経 済と議会制民主主義を基本的に受け入れたうえで、市民社会の自律性の防衛とパブリックな 空間、公共圏の拡大をめざす」運動というわけである1610 こうした新しい社会運動の特質づ けのうちには、この運動と新しい公共圏の構築との内在的連関に対する氏の関心を明瞭に看 取することができょう。 また、長谷川氏は、オッフェにならった新しい社会運動の四つの側面に即してこの運動の 具体的特性を挙げるとともに、この運動のなかでの環境運動の特質を確認している。まず、 新しい社会運動の代表的な「行為主体」ないし「担い手」は、女性や青年、エスニック・マイノ リティなど「近代産業社会の周辺者」、自由と平等という「近代社会」が掲げる理念から「実質 的に排除」されてきた人々、換言すれば労働者階級や資本家階級といった既存の近代社会人 の類別佑にはおさまらない人々とされる 17)。周辺者ないし被排除者と限定するより、周辺 者を必然的に生み出し、自らの理念を構造的に裏切り続ける現存近代社会システムの欺繭性 に目覚め、そうしたシステムの中心部にそのまま座しつづけることを肯んじなかった人々を 含むと規定され直すべきかもしれない18)。ともあれ、こうした担い手の特徴づけにも、既 存の近代社会の「公共圏」及ひ府その枠内での伝来の闘争の欺繭性を暴露し、それらを乗りこえ て新ししJ公共圏」を追求すべき所以が顕現している。そのなかで、環境運動について言えば、 担い手は農・漁民や地域住民、一般市民や専門職層、高学歴層など多様な人々であることが 認められるとともに、敢えて図式化すればと断りながら、直接的な利害当事者の生活防衛型 運動である「住民運動」と良心的構成員としての市民による普遍主義的な価値の防衛をめざす 理念志向的な「市民運動」とが類型化されている。さらに、女性が重要な役割を果たしている ことが多いことに論及されていることにも留意しておきたい19)。 ついで、「イッシュー」については、新しい社会運動は「消費点」、「生活世界の植民旭化」に 関わるものであり、そのことはまた伝統的な「公私の領域区分が暖昧化」されてきていること の現れでもあると解されている。新しい公共圏を切り開くという文脈では、公私の領域区分 の暖昧化は、国家に代表される「巨大化した管理機構による市民社会への介入」の強化に対す る「市民社会の側からの集合的な異議申し立て」ということになる。そのなかで環境運動は、 フェミニズム運動やマイノリティ運動などのような「権利回復型運動」というより、環境リス クからの生活防衛をめざす「リスク回避型運動」であると特徴づけられている20)。 第三に、新しい社会運動は「運動の志向する価値、意味の開示 J~こもっとも意を注いできた とされる。かつ、そうした価値のひとつの基軸は「自律性」と「アイデンティテイ」であり、具 体的には「分権化」、「自治」、「自助」、「自己決定性」への志向と関わっていることが指摘され る。他方で、「集合的なアイデンティテイへの志向」も新しい社会運動が重視する価値として

(9)

挙示される21)。これらが、直上の「イッシュー」とも深く絡みながら、新しい公共圏を希求 する価値群であることは見やすいところであろう。環境運動に即せば、テクノクラート主導 の自然征服志向に傾斜した巨大技術文明や経済成長を最優先し、大量生産・大量消費・大量 廃棄を促進する現代文明から脱却し、生態系を尊重して自然と共生する、サスティナブルな 社会22)がめざされるというわけである。さらに、上述の価値群との関わりで、「地域の文化 的アイデンティティの擁護」が掲げられていることも目を引く 23)。 最後に、「行為様式」では、新しい社会運動の特性として、「非日常的性格」及び「価値志向 性と表出性」が挙げられている。デモ行進や座り込み、人間の鎖など、「多くの人々がその場 に反対の意志をもって存在すること自体を示威する戦術が好まれる」というわけである。ま た、組織のあり方としては、堅固な組織より「非官僚制的なネットワーキング」への志向が顕 著で、運動体内での「役割分業には否定的」、さらに「直接民主主義的な活動原則の徹底化」が 求められるという特性を持つ。と同時に、新しい社会運動が「防衛的、阻止的」なものであっ て、一般に「政策当局に対しては拒否的で、非妥協的」であるとも認識されていることに留意 しておきたいれ)。組織化よりも非官僚制的なネットワーキングを好み、直接民主主義にこ だわろうとするところに新しい公共圏の希求を看守しうる一方で、ともかくも「阻止」するこ とを目標とし、「妥協を拒む」というところに留まっているかぎりでは、新しい公共圏への展 望は切り聞かれないという危慎もまた感じられるからである。もちろん、自らが新しい公共 圏の基軸的価値を構成するものと信じるところに抵触する営為に対しては安易に妥協しがた いであろうけれど。ともあれ、環境運動は、現代の消費社会とそれに立脚した企業、それを 後押しする行政に対する批判意識を極養し、また告発・対決型運動という性格を帯びやすく、 「行政や企業とのコラボレーションは、福祉をめぐる運動などの場合に比べて相対的に困難」 と認識されているだけに25 、) 環境市民運動の展開、成熟に新しい公共圏への展望を切り開 く可能性を見るという構想との関わりでちょっと興味深い論点である。 こうして新しい社会運動は、旧来の近代社会システムが備える公共闘の欺踊性を衝き、近 代社会システムが推進してきた生活世界の植民地化や経済成長優先主義、さらにそれらに照 応したライフスタイルに異を唱え、市民が備えるべき価値を擁護し、また市民たちの連携に ふさわしい組織のあり方を追い求めるなど、たしかに新しい公共圏の構築と一定の内在的連 関を有している。 但し、直上に見たように、対話を進め、積極的に公益や共同性をっくりだしてゆくという 点では、なお未成熟な面を残していると言えるのかもしれない。換言すれば、環境市民運動 が新しい公共圏を切り開いてゆくためにはこうした面での成熟がひとつのカギをなすとも解 される26 )。うえにも触れたように、環境運動は安易に妥協し得ない事案を含む領域での運 動であるだけにいっそう注目されるところである。 また、市民が備えるべき性格のバランスはどのように解されているのか、論者によっては 「自律性」や「自己決定性」が偏重される懸念はないかといったところもちょっと気にかかる。 「自助」に傾き、国家の介入を排除しようとするあまり「福祉国家体制の進展」にあまりに過敏 に反応するとすれば、「共同性」から遠ざかるところがあるし、「自律j性」や実質的な「自己決 定性」さえ損なわれることになるであろう。たしかに、

2

0

世紀の経験は「ネオロマン主義的

(10)

なコミューンへの幻想」を捨てるべきことを教えてはいるが、「共同性」自体は新しい公共圏 においても枢要な価値をなすはずのものだからである27)。 さらに、体制変革をめざすのではなく「市場経済と議会制民主主義を基本的に受け入れる」 という点で「自己限定的なラディカリズム」で、あるということはそれとして理解できるが、上 述の総括のように新しい社会運動が「担い手」に関しても「イッシュー」や「価値志向」の面でも 「近代を問い直す」という契機を苧んでいるとすれば、この運動は資本主義か社会主義かとい った近代システムの枠内での体制の争いを超えていっそう根源的なレベルでまさにラデイカ ルであることが看過されてはならない28)。しかも、この点に関して、新しい社会運動論者 内部でもなお考察が徹底されるにいたらず、揺らぎをも抱えているように思われることが注 目される。 たとえば、経済成長優先主義や大量生産・大量消費・大量廃棄のライフスタイルからの脱 却は「それによって成り立っている企業」との対立を不可避とすると認めつつ29)、「自己限定 的なラディカリズム」が打ち出されているのだが、そうした結論にいたるにあたっては、市 場経済とそうした企業のあり方にはどれほどの内的関連があり、後者から脱却しつつどのよ うに前者と妥協が可能と判断するのか、「市場経済」という経済システムについてのそれなり に周到な考察が必要なはずである。この点、十分な考察は施されているのであろうか。この 論点については次章で若干立ち戻るが、誤解を避けるためにあらかじめ断っておけば、筆者 は市場経済システムの放棄を主張したいわけではない。ただ、新しい社会運動が近代を超え るほどの根源的なラディカリズムを内包しているかぎり、運動を貫徹するにはどこまでの改 革を求めねばならないのかについて自覚的な問いを発することが必須であり、またそれに答 えるための活発な論議が必要なはずということにはここでも注意を喚起しておきたい。 また、自らの組織原理としては「直接民主主義」を志向しつつも体制レベルでは「議会制民 主主義」が受け入れられているのだが、それは後者を成員規模の拡大に伴うある種の必要悪 と割り切ってのことなのであろうか。さらに、そう割り切るにしても、できるだけ直接民主 主義に近づけようとする工夫は必要とみなされているのであろうか。あるいは、「自己決定 性Jtこ関わって「生産の自主管理」を唱える論者の存在が指摘されているが30)、この主張は資 本主義という体制には抵触しないと解されてのことなのであろうか。むしろ、この体制の変 革にほかならないという見る論者もあるのではないか。ちなみに、うえに見た「自律性」と「共 同性への関心」という市民の備えるべきふたつの属性聞のバランスの問題も、こうした揺ら ぎのひとつと解されてよいかもしれない。 ところで、長谷川氏は、これまでの日本の環境運動を顧みて、直接的な利害当事者として の地域住民による生活防衛的な「住民運動」が中心で、欧米に見られる市民や専門家を中心と する「市民運動」は大都市圏で、の支援運動などに限られる傾向にあったと評している;:1)。こ の長谷川氏の評価を環境市民運動の展開、成熟を通じて新しい公共闇を切り開くという構想 に関わらせ、また上述の新しい社会運動の諸特性に照らしながら捉えなおせば次のようにな ろう。すなわち、開発によるしわ寄せを受けて生活防衛を強いられる「担い手」が近代社会シ ステムの周辺者であったことに照らせば、日本のこれまでの環境運動も現存近代社会システ ムの欺踊性を衝いて新しい公共圏の構築をめざす運動として展開する可能性を十分持ってい

(11)

た。だが、長谷川氏は、既述のように住民運動と市民運動を類別化し、前者には生活防衛的 性格を、後者には「普遍主義的な価値」の防衛をめざす理念志向的な性格を振り分けたうえで、 日本の環境運動の中心は住民運動的で、あったと評していることに鑑みれば、日本の環境運動 の大勢は、深刻な環境破壊に直面せしめられて生活防衛に追われ、その具体的要求を理念レ ベルにまで抽象化して捉え直し、近代が理念として掲げた普遍的価値を享受する権利の回復 を目指すものであることを主眼に訴えて展開するような余裕を持ちえなかったということで あろう32)。また、被害住民の声を現存近代社会システムの欺踊性の告発として受け止め、 そうした認識に立って自らの周囲を捉え返して、深刻な生活破壊に対する防衛としてではな く、日常生活の見直しとして環境市民運動が広範に展開されるという段階にも至っていなか ったというわけである。 「行為様式」に即してみれば、生活防衛的な住民運動として、なにより生活を破壊する開発 を回止し、あるいは被害の拡大を防ぎ、損なわれたものを多少とも回復するということを優 先せざるをえなく、座り込みやデモ行進などの直接的表出行動が選択されがちだったという ことである。換言すれば、対話を進め、対案を提示しながら共同で新しい公共圏を切り開く という段階には到達していなかった。この点、環境運動の側の未成熟というより、むしろ企 業や行政の側にそもそも対話するという姿勢がなく、被害住民がそうした対応しかとれない ところに追い詰められていたということであって、日本の旧来の公共圏の閉鎖性を浮き彫り にするものといったほうがよいであろう 33 )。さらに言えば、長谷川氏も指摘しているよう に、「お上」が「公益」の定義を独占して自らの推進する公共事業に対する批判に耳を傾けず、 強権的にそれを押しつけるばかりか、「懐柔」や「切り崩し」を行って住民間に相

E

不信を高め、 推進派と反対派の対話や合意形成を困難なものとして、地域社会に長期にわたって解消され がたい分裂、地域社会の破壊という紛争コストをもたらしてきたのである34 )。 III公共性をめぐる日本の状況とその NGO、NPO活動への影響 第

I

節において日本では「お上」として人々の頭上に君臨する公が公共性を自らの専管事項 として囲い込むきらいが強かったと述べた。本節では、まずこの点について、斉藤純一氏に よる「公共性」の三側面についての整理を参考にしつつ少しく立ち入ってみよう。 すなわち、「公共性」には、公益や公共の秩序のように「すべての人々に関係する共通のも の(common)Jという側面がある。また、公開という「誰に対しても聞かれている(open)Jとい う側面もある。たとえば、公園は、共通に楽しむことのできる、誰もに聞かれた場所である。 と同時に、そうした公共財はフリーライダー問題を随伴するがゆえに私的には供給されがた い。こうして、個々の成買こそが基礎的単位とみなされる近代市民社会においても、その建 設、またそのための財源調達、さらに誰もが楽しめるように利用に際しての秩序維持を司る といった権力を成員から委任された「国家に関係する公的な(officIal)Jという第三の側面をも 「公共性」は持つこととなる35 )。ところが、周知のように、日本ではこの「公権力」としての 側面がいわゆる「お上」として成員の頭上に君臨する前近代的形態を清算することなく産業社 会化という意味での近代化が推し進められることとなった。その結果、三つの側面のなかで

(12)

「公権力」が突出し、なにが「公益」であるかは「公権力Jが決めればよいこととして公共事業が 推進され、その被害者が反対運動を起こせば「公益」に逆らうエゴイストと断罪された。また、 「お上」が決めればよいのであるから「公開」の必要はなく、日本の「公権力」はきわめて閉鎖的 な体質を長らく維持してきた。この点、長谷川氏にならえば、部外者には閉ざされた場所で あることを指示する private (たとえばホテルやレストランでのこの表示を想起せよ)の対 語として誰もへの開放性を強く含意する public と日本人が馴染んできた「公」はズレを含ん でいるというわけである36)。 では、このように日本において「公」が「誰もに聞かれている」というより「公権力」として受 け止められてきたことは NGOや NPOの活動に対してどのような影響を与えてきたであろ うか。まず、そもそも一般の人々の聞に NGOないし NPOの活動に関心を抱き、それらを 設立したりその活動に参加したりしようという意欲を喚起する精神風土の醸成を損なおう。 田中重好氏も指摘しているように、地域政策においてその公共性を担保するのが法律や政府 の決定であるかぎり、自治体と自治体、自治体と地域住民、あるいは地域住民間の利害対立 の調整は、政府の決定すなわち「お上」の声を仰ぐかたちで行われる。その結果、たとえば都 市計画における土地利用規制などに対して、住民は「上から下りてくる公共的な規制」を「で きるだけ拒否」するという姿勢で臨むこととなる。「公」が「他者」である「お上=官」として理 解され、道路をはじめ「公共施設整備の権限と責任」がそうした「お上」にあると認識されてい るかぎり、土地所有者側が計画規制をできるかぎり逃れようとすることに「多くの国民が共 感を覚え」、逆に「土地の公共性に対する認識」は脆弱に留まる37)。 公共的な事柄に自らの ものとして関心を抱き、積極的に関わるのではなく、むしろ「お上」のすること、他人事とし て腰を引いてしまう精神風土が広がるというわけである。 じっさい、旧厚生省が全国福祉協議会に委託して、市区町村社会福祉協議会にボランティ ア登録している団体・グループ、個人を対象に実施した「全国ボランティア活動実態調査」 (1996年度)によれば、団体・グループ会員の 60%弱が 50歳以上であり、 65歳以上の高齢 者だけでも 20%前後を占めている。清水洋行氏によれば、こうしたボランテイア活動の高 齢化傾向のひとつの大きな要因は次のように解されることとなる3B)。すなわち、 1970年代 後半に、一方で都市化が進んで伝統的な自助や相互扶助の仕組みにはもはや頼れなくなるな かで、育児をはじめとしたいわゆる再生産労働を支援するような生活関連の社会資本整備は きわめて遅れていた。他方で、都市郊外には新中間層が大量に流入し、専業主婦の層も厚か った。そこでそうした女性たちの間でボランティア活動が活発に開始されたのだが、新規ボ ランティアの補充は思うにまかせず、創設期のメンバーがそのまま加齢していっている、と。 ここには女性の社会進出の本格化という契機も作用しているというわけだが、同じく女性の 社会進出が一般化している欧米においてボランティ活動のこれほどの高齢化は進んでいない とすれば、生活関連社会資本の整備が多少とも進み、自らのこととしてのつぴきならない状 況から解放されていったとき、それなりの層はなお保持

L

ている新中間層世帯の専業主婦た ちの間で上述のような精神風土が一定の作用を及ぼしたということではないだろうか99)。 また、

I

I

節末でも触れたように、「お上」が「公共性」を自らの専管事項として囲い込む限り、 「公共事業」による生活破壊からの防衛を図ろうとする環境運動はひたすら阻止行為に力を注

(13)

ぎ、対案の提示といった努力にはなかなか向かえなくなる。これは、日本の環境運動には「原 理主義的で禁欲主義的」な傾向が強かったという長谷川氏の指摘にも通じる40)。そうしたな か、現代の NGOや NPO においては、財政難に直面して、原理主義的性格を守り通そうと する人々と自ら市場活動に乗り出したり、自治体や企業との協働に活路を見出そうとする人 々との間で確執や摩擦が生じている。他方で、内外からの建設的批判を欠いたまま、「成員 聞の情緒的なつながりと団体の存続自体が自己目的化」する危険も懸念されている41)。 さらに、「原理主義的」傾向とも関わるところだが、うえに触れた人材という点で、長谷川 氏は日本の NGOに対案を準備するような専門的スタッフが不足していることを危慎してい る。欧米のメジャーな NGOのように、あるいは大学町の NGOのように専門知識を持った 人々が積極的に加わろうとしていないというわけである日 o

r

お上」意識の強い国において、 また運動に原理主義的傾向があるとすればなおのこと、そうした組織に関わる人を企業や大 学が特別視したり、警戒したりしてきたということも軽んじえない一因であろう。 じっさい、内閣府国民生活局の

r

NPO法人の現状と課題J(2005年)によれば、政策提案 を行うスタッフはおろか、認証された NPO法人のうち経理専門のスタッフを置いていると ころは2割でしかない。また、回答 1023法人のスタッフ平均数 10名弱のうち、常勤スタッ フはその半数、しかもその3分の2が無給のボランテイアという結果になっている。法人認 証されていない零細 NGOや NPOについてはいわんをやというわけである43 )。 上述のところは、容易に理解されるように NPOの財政事情とも深く関わっている。同じ 調査からは、回答 2498法人のうち年間支出規模が 500万円未満のものが 53%、100万円未 満のものに限っても 28%という姿が浮かび上がってくる。 1990年代半ばの数字ではあるが、 非認証団体を含めば年間財政規模 100万円未満のものが 8割近く、専用オフィスを備えてい るのは

1

割以下で、多くはメンバーや会員の個人宅に事務局を置いており、有休の常勤スタ ッフを雇用しているのは 2割以下という状況にある。多くの NGOはボランティアに依存し てはじめて活動できているというわけである44)。 こうした財政事情の背景に、NPO法人でも収入の多くを行政からの委託費を含む「事業に よる収入」に依存しているという実態がある。同じく内閣府国民生活局の調査により回答 2023法人についてみれば、会費の占める比重は 7 %、寄付のそれは 9 %に過ぎない。アメ リカ合衆国においても、社会サービスや市民活動、相互援助組織分野での非営利セクターの 収入内訳では政府からの補助金等が過半に達し、最大項目を占めるのであって、非営利セク ターが「多元主義と個人のイニシアテイヴ

J

という国民の信奉する価値の担い手となっている 同国でさえ政府との協働が非営利組織を支える重要な支柱であることにかわりはない。とは いえ、上掲の二つの分野について言えば、寄付も収入総額の 3割を超えている45 )。 日本の NGOや NPOが資金不足に悩む大きな要因のひとつに、寄付を通じてこうしたタイプの公共 性を支えようという社会風土が十分育っていないということをやはり挙げることができるで あろう46)。そして、資金不足は、人材、さらに彼らを通じた情報取得や発信という面でも、 つまり資金、人材、情報という資源の三要素において日本の NGOや NPOが新しい公共圏 を構築していくうえでの大きな制約となっているのである。 たしかに、 90年代半ば以降、地方自治体も単なるお題目としてではなく、むしろ実質的

(14)

なものとして市民との協働を求めるようになってきている。したがってまた、「ガパメント ではなくガパナンス」という思考、すなわち政府や地方自治体ばかりでなく地域で活動する 企業やさまざまな団体、さらに地域住民が協働して地域を運営してゆこうという思考47 )も 社会的に定着してきた。だが、そこで求められている市民参加も、地方自治体が「およ」意識 を抜けきらないかぎり、「行政と親和的な関係にある一部の市民と、行政との『お祭り』に 終わる」可能性が危慎されると河原晶子氏は指摘する。たとえば、パブリック・コメントを 求めても、それが実効性を持つことを市民が実感できなければ参加者は増えないであろう、 と。しかも、予算の単年度主義に縛られてどんな意見が出てこようと既定の策定スケジュー ルのもとでしか事態が進んでいかなかったり、事業の実施自体は大前提であってその枠内で の意見には耳を傾けても、真っ向からの反対意見は「趣旨が違う」ものとして切り捨てられる というように、「お上」意識を抜けきらない行政の対応、またそれを助長するような制度は厳 存する。くわえて、協働が「主流」化するほど、行政の側で市民の「異議申し立て運動」に消極 的な評価が与えられる傾向も認められるという48)。環境問題は、ときには真っ向からの対 立意見をぶつける必要のある領域であるだけに、いっそう留意しておきたい。 のみならず、次節にみるように、地方自治体のなかには主として財政危機への対処策とし てNGOやNPOとの協働に関心を寄せているものもあるとすれば、そして NGOや NPOの 側もうえに見たような財政事情からそれでも地方自治体からの委託が欲しいということにな れば、 NGOやNPOがていよく地方自治体の下請け化することが懸念される。しかも、地方 自治体がていよく NGOや NPOを利用しようとのみするさいには、協働連携事業について の情報提示が不十分だったり、運営の責任分担と最終的な責任の所在が暖昧なままに事業が 進められるという、ガパナンス方式の弱点がより露呈しやすくなることへの警戒も忘れられ てはならない叫)。 W 地方自治体による NGO・NPOとの協働に対する関心の背景 地方自治体が NGOや NPOとの協働に関心を寄せるのは、一方で社会がそれを求めてい るからであり、新しい公共圏がそれなりに聞かれつつあることの証左である。だが、他方で、 グローパリゼーションが推進する規制緩和や地方分権化と連動しながら、財政危機への幸便 な対処策として関心を寄せる側面もあり、前節末で触れたようにこの側面からは NGOや NPOのていのよい下請け化、しかも責任の所在は暖昧化されての、といった事態も危慎さ れる。本節では、この後者の側面について、主として玉野和志氏によりつつ概観しておこう。 近年地方分権化が大きな進展を見つつあることの背景には、一方で、グローパリゼーシヨ ンが深まるもとで、多国籍企業が自由に活動するために、また国内企業が厳しい競争に勝ち 抜くために、国家によるさまざまな規制の緩和、小さな政府が求められているということが ある50)。くわえて、玉野氏は、湾岸戦争が日本の外交政策や国家安全保障政策の見直しに 火をつけ、中央政府の本来の存在根拠はこうした問題への取り組みにこそあり、内政的課題 への対処は極力地方自治体に委譲すべきという方向性が打ち出されたことに注目する。他方 で、オイルショック以降の景気対策が巨額な財政赤字を累積させ、行政改革が焦眉の課題と

(15)

されていた。つまり、中央官庁には地方分権化を機会に「財政赤字を地方へ転嫁することで 交付税負担を削減したい」という思惑があったというわけである51 )。 こうして、第

3

次臨時行政改革推進会議「豊かな暮らし部会(細川護照部会長)Jの提案し た「パイロット自治体」構想を噌矢に 1990年代の分権改革が進められてゆくことになる。だ が、中央官庁の強い抵抗があり、それに対抗して都道府県を味方につけるべくいわゆる受け 皿論52 )は一時棚上げされるなどの粁余曲折を経ながら、一方で機関委任事務を廃止し、原 則自治事務とするという方向での地方分権推進、他方で受け皿論の変形としての市町村合併 の推進が実現することとなる。 機関委任事務のかなりの部分が自治事務になったからといって53)、もともと実態的には 自治体において遂行されていた業務にほかならない。とはいえ、本稿の文脈では次の玉野氏 の指摘が注目される。この改革によって自治事務と法定事務、すなわち「自治体固有の事務」 と「法律に定められた範囲で請け負っている国の事務」という区分が定立されたことによっ て、自治体は「国の事務を引き受ける場合もあくまで法規に則った範囲で執行すればよい」の であって、それ以外の場面では「あれこれ指示を受ける」必要はなく、国と地方はあくまで対 等な関係にあるべきだという行政手続法的な考え方が志向された。ということは、自治事務 については、「基本的に自治体の判断と裁量」によって行われることになるわけで、「これま でのように国で決められていますからという逃げは打てなくなる」、と54 )。地方自治体が主 体性を求められ、力量を問われるだけでなく、先述のように「お上」の調整に依存して「公共 性」を「他人事」視する社会風土に風穴を開ける契機が内包されているというわけである。 さらに、市町村合併に関連して、自治体が広域化し、身近なはずの地域行政が住民から遠 ざかるという批判に対して「自治体内分権」としての「地域自治区」という回答が打ち出され た。これが真に自治体内分権を推進する存在になりうるかというと、決して楽観しえないと 玉野氏もみる。明治の市制・町村制成立時の合併にさいしても旧村の範囲で行政区が設けら れたが、その区長等は「あくまで村長の統制下にある内部組織」として「行政への協力を義務 づけられ」、自由民権運動のさいに彼らが果たしたような「政治的な意思表示や意思決定の領 域からは排除」されていった。そしてそうした性格は、戦時下に整備された「部落会・町内会」 制度に引き継がれたばかりでなく、「戦後のコミュニティ政策においても結局は行政の補完 機能の域を出ることが困難であった」という歴史があるからである。とはいえ、ガパメント からガパナンスという思潮の一定の定着というように、「行政権力を取り囲む状況には大き な変化がないわけではない」だけに、いちがいに悲観論にのみ陥る必要はないと玉野氏は解 している5510 こうして、 90年代以来の地方分権化の流れには「新しい公共圏」を切り開く契機となりう るものがたしかに内包されてはいる。だが、全体として見れば、この流れの最大の推進勢力 は財界であったと玉野氏も総括する。グローパリゼーションの深化のなかで「行政のスリム イ七」を求めた財界の意向に、「外交・軍事の領域での強いリーダーシップ」を求める一部政界 と「高齢化の進行による将来的な財政破綻」を恐れる官庁が呼応して、事態が進んでいったと 見るのである。したがって、そこにあるのは「行政のスリム佑」と「補助金ないし交付金の削 減」への意欲であって、「住民自治を積極的に実現しようという意志は全く存在しない」とい

(16)

うことになる。だからまた、地方自治体の側もガパナンスとは言いながら、そこに「財政の 縮減と行政の合理化のつけを住民のボランテイアな活動や民間企業の営利事業によって肩代 わりさせよう」という思惑を込めることとなっている56 )。 しかしながら、こうした総括は 90年代以来の地方分権化の流れやガパナンスという発想 の一定の定着を悲観的にのみ評価することを意味しなし1。アイロニカルではあるが、財政的 事情から役割の縮小を余儀なくされた地方自治体のもとで「改めて市民が公的な責任を自治 的に受け止める機会が訪れた」と見ることもできると玉野氏は解する。機会を生かせるか否 かは、地域住民の側の意識や活動にかかっているところがある。決して順風に恵まれた環境 ではないからこそ、地域住民や自治体職員の連帯的な営み、工夫がより間われ、それらが結 果を左右する重みをいっそう持つことになっている、と57)。 そのさい注目したいのは、「確実に交付金が減らされる」と覚惜している「地方」と、「交付 金がもどってくる」ことを期待できる「首都圏」とでガパナンスへの取り組みに「温度差」があ るという玉野氏の指摘である。「首都圏」の自治体は、行政と住民との協働といっても「実働 部分を手放すだけ」で、「全体的な調整機能」は握り続けるつもりでいるのに対して、 rt也方」の 自治体は率直に財政事情を明かして、「住民でやれるところはやってほしい」、「権限も含め てお任せしたい」というところまで踏み込んでいる。行政としては「負い目」ゆえに、従来「け っして手放そうとしなかった権限すらも、初めて市民の手に直接ゆだねようとしている」と。 財政危機がより深刻であるがゆえに、住民と行政の関係のあり方という点では「より抜本的 な改革の可能性」が展望されうるというわけなのである58)。 V 町内会・部落会の評価をめぐって 地域における環境運動が十全な成果を挙げるためには町内会や部落会といった伝統的地域 住民組織との一定の協働は不可欠ではないかと考えたとき、新しい公共圏の構築との関わり において町内会や部落会をどう評価すべきかがあらためて問われることとなる。というのは、 ひとつには、第二次世界大戦時に町内会や部落会が総力戦を遂行するための国家の末端機構 として再編強化され、大きな役割を果たしたからである。だからまた、戦後、

GHQ

は町内 会・部落会を日本を戦争に導いた前近代的、非民主的遺制の一環とみなして政令 15号によ り解散させた。つまり、町内会や部落会には「お上」として公共性を自らの専管事項として 囲い込んだ公権力に連なるイメージが色濃くつきまとう。のみならず、占領が終わって政令 15号が失効し、復活した町内会や部落会もまた、市町村発行の各種文書等の配布や回覧を はじめとして、市町村が主催する地域美化事業や各種スポーツ大会、文化イベント等への住 民の動員など、行政協力実務を多く抱え、やはり行政の末端組織的性格を残している59 )。 むしろ、地域住民組織として空洞化すればするほどこうした性格の業務のみが目立つ。 とはいえ、周知のように、占領中も町内会や部落会はインフォーマルに地域内での一定の 調整機能を果たしていた。そもそも、町内会や部落会は第二次世界大戦時に総力戦のための 末端機構として創設された制度ではなく、その原型は江戸期までの近世都市の「町J(チョ ウ)と農村の「村J(ムラ)であったとされる。そして「村」は、封建的支配の末端機構とし

(17)

て機能しつつ、内部では一定の自治を備えていた。また、都市においても商工業者は「町」 という狭い範囲内においてではあるがやはり一定の自治を認められていた。つまり、同じ地 域に住まうことに起因する共同利害を処理するための仕組みは時代を超え、体制を超えて必 要であって、町内会・部落会にはそうした「住縁アソシエーション」的側面もまた認められ るべきではないかと解されるのである60)。だからこそ、 1970年代に旧自治省等によって推 進されようとした、町内会をもはや時代遅れな組織とみなしてその疎外を図ったコミュニテ ィ行政は、その後再度方向転換を余儀なくされることとなったというわけである。この点、 地域において環境運動を進めるうえできわめえて示唆深いところであり、吉原直樹氏によっ てこのコミュニティ行政の経緯について興味深い考察が展開されているので、もう少し立ち 入ってみよう。 すなわち、国民生活審議会報告『コミュニティー一生活の場における人間性の回復JI(1969 年)を受けて始まったコミュニテイ行政の背後には、高度経済成長に伴ない社会が「豊か」 になるとともに人々の生活が多様化し、また階層差も拡大し、さらに開発が随伴した環境破 壊に直面して開発政策に対する住民の評価が割れるなどしながら、「旧来型と郷撤されてき た<共同性>を内在させていた地域社会」が解体していったという現実があった。「町内会 をコアとする、ある種

r

一枚岩的』な地域社会秩序の弛緩、解体が決定的となり、またそれ とともに町内会を対向におく、あるいはそれと部分的に交差する住民運動団体が地域レヴェ ルで多様な展開を見せるように」なっていたのである。かのコミュニティ政策は、「こうし た現実をにらみながら、地域における新しい秩序形成を上から推進するものとして始められ た」ものであり、そうだからこそ「町内会に対して一定の『距離』をとる」ないし「モダン の文脈で『町内会はずし』を打ち出」すこととなった61 )。この時代における行政の側から の市民運動への一定の接近は、旧来の地域社会秩序が弛緩・解体するなかで地域社会秩序の 再編を「上から推進」すベく企図されたというわけである。高橋哲夫氏にならえば、「基本 的に開発推進側にたつ」ことが多かった行政が「各種の住民運動に直面」し、住民運動が発 生してからの「後追い的対応」ではなく、「事前になんらかの手を打たなければならない」 という危機感を持って「住民との接点やかかわりを模索し、試行錯誤しはじめた」とも評さ れよう 62)。 しかも、この「町内会外し」はその後揺らぐこととなった。町内会を外したままでは地域 社会秩序の再編は成功せず、今や「ひところのように、モダンの地平で自立型モデルを対極 において町内会を峻拒するというスタンスは、後景にしりぞいているように見える」と。い わば「町内会の再発見」であり、「町内会がはそくんできた『管理』と『調整』のストック を掘り起こ」す方向へとコミュニティ政策は軌道修正を余儀なくされたのである。かっ、こ れもまた「現段階における上からのコミュニティ再編の理論」にほかならないということも 看過されてはならない。 63)。 こうして、いわゆる「近代化論」のように町内会を基本的に行政の意思の下達のための前 近代的な組織とのみ見るのではなく、むしろ町内会が「地縁社会の基層で見いだされる<共 同 性 >J 64)の担い手として時代を超えて具備している役割をも評価しなければならないこ とがあらためて確認される。と同時に、そうした役割は決して抽象的にそれ自体として存在

(18)

しているのではなく、各時代や社会ごとの「マクロ・レベルでの構造的要件」に規定され、 また権力主体から自らに有利な形で取り込もうとする働きかけをも受けながら、具体的姿容 を変遷させてきた。要するに、伝統的地域住民組織は、「地域の課題に直面してたえず『権 力』と『生活』の聞を往還」しながら存在してきたという複眼的視点で捉えられなければな らない存在というわけである65)。 百 む す び 現代の枢要な課題のひとつに、共の世界の再構築がある。しかも、一方で、現代的社会諸 条件を踏まえてそれは構想されなければならない。他方で、かつての村社会のような息苦し さを脱却した、個々人の主体性を尊重する共の世界の再構築が求められている。「新しい公 共圏」の開拓が求められているのである。そこで注目されるのが NGOや NPOということに なる。日本でも 1970年代ぐらいから NGO活動は活発化してきたし、阪神淡路大震災を契 機に NGOや NPO活動と親和性を持つボランティア活動も活発化しているように見える。 のみならず、 1998年には NPOの法人化が認められ、法人数は近年顕著な勢いでの増加を示 している。さらに、地域社会の課題への取り組みにおいてガパナンスという発想法が一定の

定着をみせ、地方自治体がNGOやNPOとの協働を積極的に求めたり、 NGOやNPOの設立、

活動を支援したりといった動きも広がっている。 とはいえ、もう少し仔細にこれらの動きの内実をみると、そう楽観もしていられないこと がわかる。 NGOやNPOには財政的に苦境にあるところが多い。また、新しい参加者の補充、 世代交代が必ずしも順調に進んでいなし1。さらに、それらのことが専門的スタッフの不足や 事務局体制の脆弱性をもたらし、対案提示能力といったガパナンスの時代ひいては新しい公 共圏の開拓が求められる時代だからこそ望まれる資質の力不足を招いている。他方で、地方

自治体が寄せる NGOやNPOに対する関心にも、 NGOやNPOを幸便に利用できれはありが

たいという側面がないではない。グローパリゼーシヨンの深化のもとで遂行されつつある現 下の地方分権化が、行財政改革の一環としてのツケを地方自治体に転嫁して、自治体財政を いっそう窮屈なものにすることが必至であるだけに、それへの幸便な対応策として期待しよ うとしているのである。 しかも、上述のふたつの懸念はいずれも日本の「公共性」が従来「お上」の専管事項として囲 い込まれがちであったことに由来するところがある。一方で、それなりに「豊かな」社会に転 化しつつも、公共性は他人事とみなす習性が十分に払拭されず、厚し,i市民」層の育成に成功 してこなかったからこそ、 NGOやNPOが財政的、人材的に悩まざるをえなくなっている。 他方で、「お上」意識を脱却しきれない地方自治体は、大なり小なり NGOや NPOをていよ く下請けとして利用することを考えてしまい、真の情報公開、決定過程への市民参加、権限 の移譲といったことに腰を引くというわけである。 だが、逆に、そのように「お上」意識がなおそれなりに残存している社会風土であるとすれ ば、意識改革して「共」の世界の再構築、新しい公共圏の開拓の必要性を自覚した地方自治体

(19)

なる。換言すれば、こうした社会風土だからこその「共」の世界の再構築ないし新しい公共圏 の開拓に至るルートもありうるのではないかというわけである。ちなみに、社会風土という 点では日本よりはるかに「市民社会」的とみなされている欧米においても、 NGOやNPOの財 政基盤はなにより行政からの補助金等に支えられているのであって66 )、市民運動だから行 政とできるだけ距離を置くべきということにはならない。また、少なくとも出発点は行政か ら自立すべきとか、出発点から行政に後押しされる市民運動の活性化はホンモノには育ち得 ないと解する必要もないであろう。 もちろん、地方自治体の意識改革は挟手して待っていれば実現されるというものではない。 「共」の世界の再構築は、「新しい社会運動」あるいは「公共性の転換」、「新しい公共圏」の開拓 への関心が現代世界において普遍的に広がっていることに現れているように、近代的社会の 発展がもたらしたグローパルな現代的課題であるだけに、地方自治体幹部や職員にもそうし た問題意識を持つ人々は見出されよう 67)。だが、そうした人々が早晩多数派を占めて地方 自治体が内部から意識改革することを期待できるかというと、決して楽観的になりえない。 むしろ、 NGOやNPOをはじめとした、課題を抱えつつも軽んじ得ない広がりは見せている 市民運動が情報公開、決定参加なと、「聞かれた」行政を求めて地方自治体の自覚を促す揺さぶ りを続けてゆくことが必要である。さらに、地方自治体との協働において、主体性を発揮で きるような責任や権限の明確化を求め、またなぜこのプロジェクトでは協働するのかという 自らの組織の存在根拠との整合性をたえず問い、したがってこの案件では協働するがこの案 件ではむしろ批判的立場を堅持するといった緊張感を保った対等なパートナーとして、地方 自治体と関わり続けることが重要であろう。「共」の世界の再構築、「新しい公共圏」の開拓は、 「市民」が地方自治体の意識改革を促し、目覚めた地方自治体による NGOや NPOの支援が いっそうの「市民」層の蓄積を助長するといった弁証法的関係にあるというわけである。 また、地域に「共」の世界を再構築していこうとすれば、町内会や部落会といった伝統的地 域住民組織との協働も課題となってくる。たしかに多くのこうした伝統的地域住民組織にお いて空洞化が進んでいるという現実があり、また空洞化が進んでいるところほど実態的に「お 上」の末端組織的性格を濃厚にしがちとなっているが、伝統的地域住民組織には「住縁アソシ エーシヨン」としての超体制的、超歴史的機能も認められる。つまり、地域が直面する課題 を前にして、歴史を背負い、またときどきの体制的、さらに社会システム的規定を受けた、 住縁アソシエーションという複眼的視線で捉えられるべきものと解されるのである。したが って、「新しい公共圏」を切り開いていくうえでこうした地域住民組織と協働することは望ま しくないということにはならない。むしろ、社会風土自体を転換してゆくことと連動させな がら、空洞化して「お上」の末端実務組織という性格のみを色濃くしている状態を「新しい公 共圏」の担い手の一環にふさわしい住縁アソシエーシヨンに変えてゆくことが積極的課題と して浮かび上がってくることとなる。また、町内会や部落会のなかには、子どもを対象とし たイベントや地域の祭りの担い手として、さらに商庖街の活性化、街づくりの当事者として、 現代的な「共」の世界の再構築への展望を豊かに内包した積極的な活動を展開しているところ も少なからず存在しているのである6810 最後に、本章を締め括るにあたって、あらためて次の2点を確認しておこう。まず、既述

(20)

のように NGOや NPOが努力し、また目覚めた地方自治体からの支援がそれなりに活発化 したとしても、現代世界が「市民」の輩出をもたらすような状況にあるかというと予断を許さ ない。私たちが眼前にしているグローパルな大衆消費社会の広がりは、ふつうの人々が確固 とした「主体性」を培養し、かっ「公共性」に真塾な関心を抱くこと、換言すればふつうの人々 が「市民」としての要件を備えるように成熟することに逆風を吹きつけているかもしれない。 そもそも「確固とした主体的個人」という観念自体が「近代」の構築物であって、「近代の問い 直し」を課題として内包する「新しい公共圏」の開拓はそれを疑い、自らにふさわしい新たな 「主体的個人」の創造を求めているかもしれないわけである6

のみならず、直上でも触れたように、現代的な「共」の世界の再構築ないし「新しい公共圏」 の開拓は、「近代の間い直し」を内包している。 NGOやNPOをはじめとする現代の市民運動 は、かつての労働運動とは異質な「新しい社会運動」であり、その異質性は前者が体制変換等 を目指さない「自己限定的なラディカリズム」と特質づけられるところになにより求められて いる。だが、「新しい社会運動」の特j性を吟味してみると、担い手、イッシュ一、価値観、組 織論などさまざまに「近代を問い直す」という文字通り「ラデイカル」な側面をも伏在させてい るのがわかる。「新しい社会運動」、したがって現代的な「共」の世界の再構築ないし「新しい 公共圏」の開拓の現代世界における担い手は、自らのうちにあやうい均衡を内在させている とも解されることとなるのである。この点が現代的な「共」の世界の再構築、「新しい公共圏」 の構築という課題への歩みにどのような影響をもたらすことになっているかということも、 本報告書として関心を寄せずにはおられない。

参照

Outline

関連したドキュメント

子どもが、例えば、あるものを作りたい、という願いを形成し実現しようとする。子どもは、そ

えて リア 会を設 したのです そして、 リア で 会を開 して、そこに 者を 込 ような仕 けをしました そして 会を必 開 して、オブザーバーにも必 の けをし ます

子どもたちが自由に遊ぶことのでき るエリア。UNOICHIを通して、大人 だけでなく子どもにも宇野港の魅力

それに対して現行民法では︑要素の錯誤が発生した場合には錯誤による無効を承認している︒ここでいう要素の錯

○安井会長 ありがとうございました。.

・私は小さい頃は人見知りの激しい子どもでした。しかし、当時の担任の先生が遊びを

「だてな復魂祭」と銘打った復興イベントに前年に引き続き協力。子どもたちに笑顔の一日をお届け

のニーズを伝え、そんなにたぶんこうしてほしいねんみたいな話しを具体的にしてるわけではない し、まぁそのあとは