基本的人権と公共の福祉
著者名(日)
圓谷 勝男
雑誌名
東洋法学
巻
40
号
1
ページ
59-96
発行年
1996-07-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000498/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja基本的人権と公共の福祉
圓
谷
勝
男
東洋法・学
一 一一 三 四 五 は 目 次はじめに
公共の福祉の歴史的展開と概念 学説、判例の動向 今日的理論の展開おわりに
じめ
に 戦後五〇年、そして、その歴史的第一歩である現行憲法が制定されて、約半世紀の歳月が流れた。現行憲法は基本的入権と公共の福祉 いうまでもなく、明治憲法体制のアンチ・テーゼであったところから、国民の﹁人間の尊厳性﹂と深く結びつい ている、基本的人権については、原理的に無限定な性格を有していることを確認している。すなわち明治憲法に おける人権は、主権者天皇の﹁親愛なる臣民﹂に恩恵的に賦与された、いわば﹁国賦人権的性格﹂で、しかも、そ うである故に条文上﹁法律ノ範囲内二於テ﹂保障された、いわゆる法律の留保付きの外見的権利であった。この 点現行憲法は、基本的人権の伝統的観念である﹁天賦人権説﹂に裏づけられて、その権利は、﹁侵すことのできな い永久の権利﹂︵二条・九七条︶と位置づけている。 このことの歴史的転換の意義は、二一百でいうと、約三世紀前に西欧諸国に広がった、自然法論者の想定、確認 した、自然状態において人は生来固有の権利として、無限定な自由と平等を享受できるという、人類の多年に渡 る精神史的結晶としての、いわば近代個人主義思想の日本への第一歩の着地といえよう。そして、そこでは、古 典的人権や二〇世紀的人権としての社会権も保障されているばかりか、人権規定の包括的理念の根底に、人間の 尊厳性に裏づけられて幸福追求権︵一三条︶が謳われ、それを根拠にして、いわゆる﹁新しい人権﹂が発芽、成長 したことは周知の通りである。 ところで、基本的人権が、その実態から人間の自然権︵Z黒霞巴匹讐邑と確認した自然法論者は、他方で、人 間を自然状態に放置すると闘争状態に陥り、その結果、人権相互に侵害が予想されるところから、理性的手法に よって、各人の自然権を社会契約の下に置くべきとして、いわゆる社会契約的国家創設を提唱したことは、よく 語られるところである。このことの意味は、一面で人間は孤立的存在でなく、他者との社会的存在のなかで、生 60
き、生かされていることの現実的認識であり、自然法思想家の代表的一人である、ルソーの言葉を借りれば、﹁自 然状態﹂から﹁社会状態﹂への移行に伴う、いわば、﹁自然的自由﹂︵浮R鼠冨9お頴︶から﹁市民的自由﹂︵一まR− 鼠9証一Φ︶への転換認識といえよう。換言すれば、人が生きることは、﹄般意思によって制約されている市民的 ︵−︶ 自由をもつこと﹂を意味すると要約することができよう。 これらの思想を継承した現行憲法の、基本的人権は、国家権力によって侵害されない﹁国家からの自由﹂とい う性質を持つが、他方、社会的にその効力範囲は限定される性格を持つ。すなわち国民は基本的人権について﹁常 に公共の福祉のために利用する責任を負ふ﹂︵一二条︶こと、さらに基本的人権は﹁公共の福祉に反しない限り、立 法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする﹂︵一三条︶ことを定めて、﹁公共の福祉﹂︵8ヨB9碧aあ9R巴 碧&も二σ蔚妻巴鼠お︶という限定規定を設けている。本稿では、ここでいう﹁公共の福祉﹂とはどのような概念 であり、そして現行憲法ではどのように解することが妥当であるのか、とりわけそれを根拠にどのように基本的 ︵2︶ 人権が制約できるのか、一種の﹁古くて新しい問題﹂について、学説・判例を素材にその動向を素描したいと考 えるものである。
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︵1︶ ルソー・桑原・前川訳﹃社会契約論﹄三六∼三七頁参照。次の指摘はそれを要約していよう。すなわち﹁ルソー は、ω人民の合意︵相互間の︶によって主権が設定され、③この主権の保持者は団体︵法人格を持ち立法機関として のみ活動する︶としての人民であり、③その意思は、法としてのみ表現されるとしていること、㈲また社会契約 61基本的入権と公共の福祉 は、国家の基本法︵日近代憲法にあたる︶として作用すること、⋮⋮特に㈲については、ルソー自身が、﹃社会契約 論﹄第一編第五章の表題として、﹃つねに最初の約定︵H8嚢9岳2︶に遡らねばならない﹄と述べていることに注 意すべきである。この8毫Φ耳一自という語は、現在でも法的意味で使われ、8旨轟叶の上位概念である﹂︵恒藤武二 ﹁法思想史の観点から見たルソーの社会契約説﹂法哲学年報︵一九八二年︶三八±二九頁︶。 ︵2︶ 日本公法学会第六回大会︵一九五〇年︶の﹁研究テーマ﹂であった︵﹁公共の福祉に関する研究﹂、中谷敬壽・柳瀬 良幹・稲田正次論文﹃公法研究第四号﹄所収︶。この問題を多面的視点から分析した論文は多いが、さしあたり、中 村睦男﹁基本的人権と公共の福祉﹂﹃論点法律学、憲法三〇講﹄一三頁以下。渡辺良二﹁公共の福祉﹂阿部照哉編 ﹃判例と学説﹄一〇〇頁以下。和田英雄﹁公共の福祉﹂清宮他編﹃新版憲法演習1﹄一八五頁以下。このテーマが難 しい問題を含んでいる側面として、次の指摘は傾聴に値しよう。すなわち﹁明治憲法とちがって、現在の日本憲法で は権利保障に法律の留保が存しない。そこで、そこから生ずる幣害のブレーキとして﹃公共の福祉﹄がおかれてい る。人権をもって憲法以前の権利と考える英米法 これが現行日本憲法の法思想的立場なのだがーでは、その 権利の限界は理性的、社会的に決定される。しかるに、権利は憲法以後のものと考える大陸法では、その限界は当然 法定されねばならない。明治憲法以来、大陸的思考にしたしんだ日本の法律家が、法律の留保ならぬ公共の福祉に戸 惑いするのは、まさにそのためである﹂︵小林孝輔・福岡博之共同執筆﹁西ドイツにおける日本国法の研究﹂﹃青山学 院創立九〇年記念法学論文集﹄三〇四頁︶。 62 二 公共の福祉の歴史的展開と概念 ここで問題の対象とする、﹁公共の福祉﹂という概念は、一言でいうと社会一般の幸福ないし利益と一般的に理 ︵−︶ 解されているが、その理念の源流は、古くはギリシアのアリストテレスや中世のトマス・アクイナスに遡る。前
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者のアリストテレスは、人間は政治社会の一員として、はじめて人間としての生活を営む得ると考え、その意味 で、﹁公共の福祉﹂は単なる多数の利益や幸福ではなく、社会全体の福祉、すなわち﹁国家目的あるいは国家存立 の基礎としての最高善﹂こそそれに該当し、それを﹁正義﹂と命名したことはよく語られるところである。これ に対し、アクイナスは、﹁社会全員の共通の最高かつ根本価値﹂としての﹁共同善﹂、がその理念であり、従って ︵2︶ ﹁公共の福祉は⋮⋮人間生活の共同性の一側面、一結果あるいは一特殊現象﹂であると理解した。 しかし、公共の福祉が、基本的人権の社会的限界性との関連で語られたのは、近世初期の自然法学説において であろう。特に自然法学説の先駆的役割を果たした、ロックは、国家による自由の制限は、﹁社会の善﹂︵碧&息 跨Φωo含Φ蔓︶とか﹁共同の善﹂︵8ヨヨ9碧a︶の範囲に限るとし、それ故に、立法部の限界についても﹁これ 、、、、、 ︵3︶ らの法は、人民の福祉以外の目的を究極の目的としてはならぬ﹂と語っているところである。また、ルソーも、社 会的存立を可能ならさしめるものは﹁共同の善﹂で、その総意は﹁公共の利益﹂や﹁共同の利益﹂を目的として いるとした。すなわち、このことの意味は﹁﹃共同の利益﹄︵共同体の安全と全員の幸福、あるいは平和、団結、社 会的H実質的平等︶に背反する﹃法律﹄は、たとえ主権者の一般的命令であっても、もはや真の意味の法律でな ︵4︶ く、損われた法律﹂という、認識に結びつくからである。 また、ロックの自然法思想を基礎にして制定されたといわれる、世界最初の成文憲法である、アメリカの﹁ヴ ァージニアの権利宣言﹂の第三節では、政府は人民の﹁共同の利益﹂︵8ヨヨ9σ9Φ津︶のために設置されたこ とを確認し、さらにアメリカ合衆国憲法前文には、この憲法を制定したのは、﹁一般の福祉﹂︵閃窪R巴≦巴鼠お︶を 63基本的入権と公共の福祉 増進するためだと謳われている。﹁共同﹂、コ般﹂も、ここでは﹁公共﹂と同じ趣旨であり、利益はそれに関わる ﹁福祉﹂と解することができ、その意味では、今日的にいう﹁公共の福祉﹂と同一線上の概念と思われる。 いずれにしろ、仏革命の﹁人権宣言﹂を起点として各国に広まった立憲主義思想は、その根底に、人権宣言的 特質に本来的意義があることはいうまでもないが、﹁人権宣言﹂自身の四条が掲示しているように、﹁自由は他人 を害しないすべてをなし得ることに存する﹂という、いわば基本的人権は、全く各人に絶対的かつ無制限に保障 されないという限界性を含むものと確認されているところである。ルソーも権利一般の限界について、﹁他人に害 を及ぼさない﹂点にあると語っているのも、その観念と符号しよう。 一方、﹁公共の福祉﹂の立場から、基本的人権を拘束する国家権力も無制限であってはならない。無制限は結果 的に基本的人権を﹁無﹂に至らしめる可能性を含むからである。その意味では、公共の福祉は、個人的自由と国 家権力という、いわば両側面に深く関わる内容を持っている。特に後者との関係で﹁公共の福祉﹂の概念が歴史 ︵5︶ 的に形成して来たことは忘れてはなるまい。すなわちイエリネクは、個人および全体の福祉が、すべての公的制 度の最高かつ唯一の目的であるとする見解はまったく自明のことであるとしているが、﹁しかし、この思想を実行 に移す段になると、とたんに非常に多くの疑念が生じてくる﹂。何故なら﹁公共の福祉という概念やそれに近い関 係にある利益という概念は、きわめて多義的に、きわめて不確かに、きわめて主観的見解に依存しているため、こ ︵6︶ れらの概念からあらゆるものを引き出し得るし、また引き出されたのである﹂と﹁公共の福祉﹂という言葉が持 つ抽象かつ多容性から生ずる疑念を指摘しているところである。この指摘は、ヨーロッパ諸国の国政史が実証し 64
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ているといえよう。すなわち﹁公共の福祉﹂は、かつて、ω巴諺冒98︵公安の安全︶として近代以前の絶対主義 国家あるいは警察国家の基本的人権に対する警察的取締りの観念として、いわば国民の自由と対立し、これを抑 ︵7︶ 圧する原理的言葉として機能していたことは、歴史的実像である。また、この観念を正当化する理論が一部の自 然法学者によって述べられていることも注目されよう。すなわち国家は福祉論を根底にして考えるべきだという 前提のもとに﹁公共の福祉を国家目的とし、その実現に必要な行動を国民にとらせるのが国家権力である﹂とい ︵8︶ う発想を軸にして、ヴォルフ等の理論が啓蒙的絶対主義を支えるイデオロギi的役割を担ったことは忘れてはな るまい。そして、このような観念を継承した我が国の明治憲法体制下にも同様のことが見ることができるのは周 知の通りである。すなわち全ての臣民の権利は、﹁公共の安寧秩序﹂という名の曖味な基準によって制約、禁止さ ︵9︶ れて国体が維持されたことは、記憶に新しいところである。そして、その内容が、法律による行政として、いわ ゆる﹁法律の留保﹂という観念で定着化する。ここでいう﹁法律の留保﹂という観念は、君主主権的統治構造の 下においては、憲法に特に規定された事項の制約についてのみ明示的な法律の根拠を必要とし、その他の行政に ︵−o︶ ついては法律の根拠なしで行動できる、いわゆる立法事項説が主流であった。 ポール︵1 1︶ これらの歴史的動向から、﹁基本的人権と公共の福祉とは、近代憲法における二つの極﹂と位置づけることがで きよう。特に後者が重視された歴史的伝統を持つ我が国の場合は、公共の福祉をめぐる論議には経験上その内容 と運用については慎重にならざるをえない。戦後、現行憲法が制定されて、両者の関係をめぐる解釈論争がなさ れ、これについては詳細に後述するところであるが、公共の福祉そのもの概念について、最初に正面からとり上 65基本的入権と公共の福祉 げて法哲学的考察をしたのは木村教授といえよう。教授は﹁公共の福祉とは、社会の成員のすべての者が各自に おいて相互に調和的に福祉を追求し得る関係及びそのような関係において追求される福祉に外ならないと解すべ きである。﹂とした上で、一言でいえば、﹁必ずしも正確であるとはいい得ないが、公共の福祉とは社会の全員の ︵12︶ 共存共栄であり、社会連帯である﹂と結論づけている。これに対して中谷教授は﹁日本国憲法にいう公共の福祉 ︵13︶ とは日本という国家社会における共同生活の幸福と解せられる﹂と整理した。両者の理解は、いわば抽象的理解 であるので、その内容には無限定な中味が容認される可能性があり、その意味で、柳瀬教授も指摘したように﹁公 共の福祉の意味は全く抽象的にして形式的なもので⋮⋮普遍妥当性はもつであろうが、その代り具体的な実質内 、 、 、 、 、 、 、 、 、︵14︶ 容は全く欠けている﹂︵傍点筆者︶と認めざるを得ないと語っているところである。従って、恣意的な具体化の内 容によっては、それは、明治憲法の﹁法律の留保﹂と結果的に接近、一致する可能性がある。いみじくも法哲学 者の尾高教授がいうように、具体的内容を欠く概念であるところから﹁この種の思想が保守主義の側からも進歩 主義の側からも利用され得る双刃の剣であることが、法思想史的背景から明らかに知られ得る以上、この剣が無 産勤労大衆の切実な要求を抑えるために大上段にふりかざされるというおそれも、決してなくはないからであ る。まして、いわんや、正しい意味での個人主義が根を下していない社会でこのような概念を濫用することは、戦 ︵15﹀ 前および戦争中のような﹃滅私奉公主義﹄に接近する危険をも孕み得るであろう﹂という、一種の危惧の指摘は 銘記すべきであろう。 一方、ヨーロッパ諸国の動きとして、絶対主義体制が崩壊するなかで、仏革命が象徴するように、自由主義的 66
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法治国家が誕生して、国家目的はできる限り消極的態度とする理念が浸透して、﹁公共の福祉﹂は個人の自由を機 軸に展開される共通の利益、すなわち個々の個別的利益に対して、ときにそれを社会的側面から制約・調整する 機能であるという性格に変質していったのも法思史的流れである。史的変遷としては、このように﹁公共の福祉﹂ は、もはや基本的人権に対立する概念でなく、むしろ各人の自由を防げるものを除去する、いわば自由を確保す るという消極的な意味として継承される。しかし、この観念を土台にして発展確立した、近代自由主義は、他方 で資本主義体制の矛盾として、社会的弱者を輩出して、新しい見地から﹁公共の福祉﹂という視点に立った﹁市 民的自由﹂の制約、すなわち、経済的自由の制約という要請で、いわゆる﹁福祉国家﹂の法思想が登場する。こ の史的流れを要約すると、国家権力に対して個人の自由を保護するために国家権力を法的に規制して基本的人権 を保障する側面とともに、他方、国民の生存を保障する立場から国家が積極的に公共の福祉に立った社会保障の 施策の義務化であり、これらの動きを、一言でいうなら﹁国家からの自由﹂と並行した﹁国家による権利保障﹂と いう、二重の﹁公共の福祉﹂による、新たな法的展開といえよう。 このように、﹁公共の福祉﹂という観念は不動の観念でなく歴史的には、その内容を変質してきた重層的観念と いえよう。すなわち何が﹁正義﹂とか﹁善﹂とかは、深く社会的通念と結びついて評価されるので、本質的に不 確定かつ流動的側面を含むところから相対的な評価基準によってその内容が決定されるので、絶対に不動の確定 した内容がないが、それと同様に﹁公共の福祉﹂も、いわば時代とともにその内容が語られる概念といえる。し かし、現代的には、基本的人権を各人に最大限に保障しようという観点から、権利・自由相互間の矛盾衝突を調 67基本的入権と公共の福祉 ︵16︶ 整する、﹁公平の原理﹂ということになろう。また、その原理に立って考察する場合でも、基本的人権の観念自体 に本質的に内在的制約という属性を含んでいるところから、浦部教授の提唱するように、基本的人権相互間の解 釈調整する場合にも、その前提として、﹁①他人の生命、健康を害してはならない、②他人の人間としての尊厳を ︵17︶ 害してはならない、③立場の互換性を前提に、他人の人権と衝突する場合の相互調整の必要﹂という観点から、両 者の接点を見出すことが要請されよう。そして、少なくとも、今日的には、個人の基本的人権の上に超越的な意 味をもった、かつての﹁公共の福祉﹂を置くことは許されない。何故なら、立憲民主制の下では、当然の帰結と して、基本的人権の保障が究極の目標であり、その意味では、むしろ﹁公共の福祉﹂の観念自体に基本的人権の ︵18︶ 保障の観点から再構成していくことが、政策論としても、強く要請されるからである。 いずれにしろ、﹁公共の福祉﹂という観念は、個人の利益︵幸福︶と社会・公共的利益という両側面を意味す る、いわば﹁共に生きていく人間﹂に関わる二重の機能を含む観念であり、その意味では全ての権利に内在する ︵19︶ 法の理念といえる、そして、今日の国家体制が、法治国家で法的秩序の安定化がなされて、はじめて基本的人権 ︵20︶ が保障されることを考えると、﹁正当な法秩序﹂が﹁公共の福祉﹂ともいえる。また、両者は人間の﹁共生﹂とい う高次の視点からみれば相対立するものでなくて、同じものを異なった側面から見たものにすぎないともいえよ う。さらに、現行憲法上でこの観念を総括して見るならば、前述したところであるが、﹁人権相互のあいだの矛盾・ ︵21︶ 衝突を調整する原則としての実質的公平の原理を意味する﹂し、そう解することは、結果的に﹁憲法が保障する ︵22︶ 人権が、すべて国民にひとしく確保されるための原理であり、それが憲法でいう﹁公共の福祉﹂の内実である﹂と 68
︵23︶ 位置づけることができよう。
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︵1︶ ︵2︶43
︵5︶ ︵6︶ 現行憲法制定当時の有力憲法学者も次のようにいう。すなわち﹁公共の福祉とは社会の共同生活の幸福のことであ る。国家の利益というのと同義ではない。国家という、制度的、組織的の形式を見て、その利益というのではな く、国家において為される、社会の共同生活という実質を見て、その幸福というのである﹂︵佐々木惣一﹃日本国憲 法論﹄三九九頁︶。 阿南成一﹁﹃共同善﹄としての公共の福祉﹂ジュリスト四四七号八七頁。スコラ的公共の福祉と現代的公共の福祉 論を対比して論評している論文として、大塚市助﹁スコラ的公共福祉論﹂法学協会雑誌第六八巻第四号四〇八頁以 下。竹下賢他﹃法思想史﹄三〇頁以下参照。 ロック、鵜飼信成訳﹃市民政府論﹄一四六頁。 ヌ ド ス 三島淑臣﹃法思想史︵新版︶﹄二六六頁。この観念は﹁晩年のプラトンのノモス観︵神的理性に合致し、それの写し ノモス であるものだけが真実の法律だという︶が、もう一度近代的装いを取りながら再現されているのである﹂︵同頁︶は 興味深い。 峯村教授の次の言葉は﹁公共の福祉﹂が歴史的に形成されたことを念頭においた見解といえよう。すなわち﹁公共 の福祉を理由として、基本的人権の行使を内容的に制限するには、そのための合理的理由すなわち国家社会における 全貝の利益ないし幸福が、これを必要とする場合でなければならない。しかも基本的人権の行使を内容的に制限する 合理的理由が存在する場合であっても、それはあくまでも制限にとどまるべきであって、基本的人権そのものを剥奪 し、または基本的人権の行使を全面的に否定することはできない筈である﹂︵峯村光郎﹁基本的人権と公共の福祉﹂尾 高朝雄他編﹃法哲学講座第五巻︵上︶﹄五一頁。 G・イエリネクの、芦部信喜他訳﹃一般国家学﹄一九六頁。 69基本的入権と公共の福祉 ︵7︶
98
16 15 14 13 12 11 10 次の指摘はそれを物語っていよう。すなわち﹁大陸系諸国、たとえば一七、八世紀のフランスやドイツ諸邦で は、君主が人民の幸福を管理する主人であるという名のもとに、人民の人権などというものを⋮⋮警察的原則をふり まわしていた⋮⋮警察とはこの場合⋮⋮君主が主観的にこれは﹃安寧秩序保持のため﹄これは﹃人民の幸福を増進す るため﹄だといえば、それで万事が片づくような慣例になっていたのである﹂︵戒野通孝﹁支配者権としての﹃公共 の福祉﹄と市民権﹂同﹃人権﹄一五五頁︶。 小林孝輔﹁基本的人権と﹃公共の福祉﹄﹂同﹃憲法における法と政治﹄一七九頁。 次の指摘は歴史的事実を集約していよう。すなわち﹁﹃安寧秩序﹄なる概念は、その概括性・不確定性のゆえに、な にものをも意味しうるものでありえたが、その構成上の特徴は、市民的自生的な秩序に超然独立の、より高次な国家 的秩序たるところにあった。このことは、市民的な秩序作用を普通︵尋常︶警察とよぶのに対し、﹃安寧秩序﹄維持 作用はとくに高等警察なる名称が官制上用いられ、取締目的・取締組織のうえかくも区別していたことに徴し明らか である﹂︵奥平康弘﹁明治憲法における自由権法制﹂東大社研編﹃基本的人権2﹄七五頁︶。 浜田純一﹁基本権の限界﹂杉原泰雄編﹃講座憲法の基礎概念H﹄二五八頁。 和田英夫﹃新訂憲法体系﹄一三七頁。 木村亀二﹁法の理念としての公共の福祉﹂末川博編﹃基本的人権と公共の福祉﹄九八頁。 中谷敬壽﹁公共の福祉について﹂﹃公法研究第四号﹄一三頁。 柳瀬良幹﹁公共の福祉について﹂前掲︵13︶二五頁。 尾高朝雄﹁﹃公共の福祉﹄思想の消失と再現﹂法学協会雑誌第六九巻第一号四五頁。 ここでいう、﹁公平の原理﹂とは﹁形式的性格のものと実質的性格のものとがあり、前者は、各個人の権利・自由 の共存を維持するという、消極目的のための最小限の秩序を内容とするのに対し、後者は、形式的平等に伴う幣害を 除去し、多数の人々の生活水準の向上と共同体としての健全な発展をはかるという、積極目的のための原理を内容と する。⋮⋮﹁内在的制約﹂と﹁外在的制約︵政策的制約︶﹂とは、この点に対応するものである︵佐藤幸治﹁第二二 70東洋法学
191817
) ) ) ︵20︶232221
条、個人の尊重・幸福追求権﹂佐藤幸治他著﹃注釈日本国憲法上巻﹄二八O∼二八一頁︶。この点で現代人権の在り 方に影響を与えている、ジョン・ロールズの﹁公正の正義論﹂は、一定の示唆を含んでいよう︵解説した論文とし て、田中成明﹁正義・自由・平等 ジョン・ロールズの﹃公正としての正義﹄﹂一九七四年度法哲学年報六九頁以 下︶。 浦部法穂﹁人権保障の限界﹂浦部・野中編﹃憲法の解釈−総論﹄二八○頁。 小林直樹﹃憲法政策論﹄二八頁。 この点で次の言葉は意味が深い。すなわち﹁憲法前文の﹃人間相互の関係を支配する崇高な理想﹄は、言いかえれ ば、社会の人びとが﹃いかに共に生きていくか﹄について共通にめざす行動原理にかかわる。そのばあい、社会にお ける在り方、生き方の問題については、それをめぐってさまざまの見解がある。それらの間の対峙・衝突のなか で、高遠な理念や調整のつかない主張などの先端や末端をとりはらえば、﹃生きていく﹄という目標がその共通の基 幹として残る。この﹃生きていく﹄ということから、およそ人問の社会が組織的に機能していくうえで欠くことので きない一定の行動規範が導きだされる。そのような規準は、あらゆる社会における道徳と法とに共通する要素を構成 するものとして、さまざまな形態の社会規範に展開していく。だが﹃共に﹄生きていくことはいかなる形態の社会規 制にも通じている基幹として⋮⋮﹃理性的﹄な存在者に普遍的な行動原理である﹂︵井上茂﹁人権をめぐる法と道徳﹂ 同﹃人権叙説﹄二六六∼二六七頁︶。 覚道典治﹁基本的人権と公共の福祉﹂ジュリストニ八九号一五九頁。同﹃憲法︵法律学全書︶﹄二一二頁。﹁公共の 福祉﹂に対する政府の定義は﹁憲法にいう公共の福祉とは多くの人たちの基本的人権のあつまった形﹂であるとして いる︵昭和二七年、田中舘照橘﹃セミナー憲法﹄六九頁︶。 宮沢俊義﹃憲法H﹄二二四頁。 清宮四郎﹃憲法要論﹄一〇七頁。 次の言葉は﹁公共の福祉﹂を総括したものといえよう。すなわち﹁﹃公共の福祉﹄といっても、福祉を享有する主 71基本的入権と公共の福祉 体として、個人の外に﹃公共﹄といふ超個人的な或るものが実存するわけではない。したがって、﹃公共の福祉﹄と は、結局において、国家を構成する多数の国民の個人的福祉の総和であり、平均であり、その水準の向上でなければ ならない。個人の福祉に還元され得ぬ公共の福祉があり、国民の繁栄をもって残りなく割り切ることのできない国家 の繁栄があって、そのために個人の犠牲と奉仕とを強要することができるといふ政治観は、ふたたび独裁主義を可能 ならしめる。そのような政治観を排斥し、公共の福祉とは﹃最大多数の最大幸福﹄以外の何ものでもあり得ないと見 て、そのためにする各個人の互譲と協力と責任とを要求する態度は、根本において個人主義の世界観に立脚している のである﹂︵尾高朝雄﹃法哲学概論﹄三三六頁︶。 72 三 学説・判例の動向 現行憲法では、国民の基本的人権は﹁常に公共の福祉のために利用する責任を負ふ﹂︵二条︶し、また﹁公共 の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする﹂︵一三条︶と規定している。そして 二二条︵居住移転及び職業選択の自由︶と二九条︵財産権︶で個別的に﹁公共の福祉﹂による制限を規定してい る。このような規定の下で、前者の総則的規定を根拠に、基本的人権を制限することが可能かどうか、自由と秩 ︵−︶ 序をめぐる価値観の対立のなかで、解釈上で議論のあるところである。 初期の学説では、主として前述したように明治憲法と現行憲法の本質的相違からくる、公共の福祉の意味とそ の在り方が議論の対象であったが、その後は、基本的人権の位置づけから解釈論として二つの説、すなわち﹁公 ︵2︶ 共の福祉説﹂と﹁内在的制約説﹂が説かれる。しかし、両説とも、現行憲法一一条で基本的人権は﹁侵すことの
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できない永久の権利﹂とし、また、一三条で﹁個人の尊重﹂を国政上で最大の尊重することを謳っているところ から、制約根拠とされる﹁公共の福祉﹂をもって否定するような、いわば全体主義国家における国家優先のよう な観念︵例えば、戦前の﹁減私奉公﹂的思想︶とは異なっているという見解では当然のことながら一致してい ︵3︶ た。 前者の﹁公共の福祉説﹂は、昭和三〇年代までの有力学説といえよう。初期の学説が、公共の福祉は基本的人 ︵4︶ 権の外にあって、それを制約することができるひとつの原理であるという理解を踏まえて展開している。すなわ ち憲法一二条及び二二条の﹁公共の福祉﹂条項は、人権規定の総則的規定と解し、それ故に人権全体の制約原理 として機能し、この両規定︵特に一三条を重視する見解が多い︶を根拠として人権一般を制約できるとするもの であるとした。ただし、思想、良心、信仰といった基本的に内心的自由には及びえないとするものである。例え ば、﹁これらの規定、特に一三条は、これらの権利や自由にも﹃公共の福祉﹄という限界があることを示すもので ある。すなわち日本国憲法では、明治憲法のように、権利や自由を本来、法律の範囲内におけるものとするので ︵5︶ はなく、ただ唯一の粋として﹃公共の福祉﹄という観念を認めたと解される﹂とする、有力憲法学者の指摘は典 型的見解といえよう。 最高裁判例も学説を追認し、特に﹁公共の福祉﹂という抽象的概念を疑問視することなく、基本的人権を制約 ︵6︶ する法律を、いとも簡単に合憲としている。例えば、供出米拒否の煽動を処罰する食糧緊急措置令一一条を合憲 ︵7︶ とした最高裁は、明治憲法における言論の自由と異なり﹁立法によっても妄りに制約されない﹂が、しかし憲法 73基本的入権と公共の福祉 一二条の位置づけから﹁言論の自由といえども、国民の無制約な恣意のままに許されているものではなく、常に 公共の利益によって調整されなければならぬのである﹂と結論づけている。 ︵8︶ また、刑法一七五が問われた、いわゆるチャタレi事件で、その合憲性を判示した最高裁は、﹁憲法の保障する 各種の基本的人権についてそれぞれに関する各条文に制限の可能性を明示していると否とにかかわりなく、憲法 一二条・一三条の規定からして⋮⋮公共の福祉の制約の下に立つものであり、⋮⋮出版その他の表現の自由も⋮⋮ ︵9︶ 公共の福祉によって制限される﹂と判示している。 確かに、学説、判例で確認されている、この説は、憲法一二⊥三条の位置づけから素直に導かれる点で、一 定の評価を得られるが、しかし、﹁公共の福祉﹂という、その言葉の持つ、抽象性と多義的内容の側面から、必ず しも説得ある評価を受けない。とりわけ、言葉の持つ制約範囲や内容について、主観的かつ恣意的判断が導入さ れる可能性があり、場合によっては実質的に明治憲法の﹁法律の留保﹂と結果的に同じ機能を持つからである。こ うした疑念から、﹁公共の福祉﹂という言葉を使用して、人権一般を一律的に制約する単純な論理に対しては、憲 法制定当初以来、論争史があることは周知の通りである。論争史を踏まえて、樋口教授がいうように、後述の﹁内 在的制約説﹂を含めて﹁わが国で、﹃公共の福祉﹄ということばは、論理的には権利の制約あるいは権利の輪郭の 確定の根拠を具体的に論証する労を一挙にはぶいてくれる﹂ものであるが、反面、﹁個人の尊厳という意識が確立 しない社会的風土のなかで、立法過程ではげしく争われてきた法令をことばの上で簡単に正当化し、憲法の人権 ︵−o︶ 体系を憲法上の用語をつかって崩させるトロイの馬として機能している﹂という声は、多くの批判の、代表的見 74
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解といえよう。 次に、﹁内在的制約説﹂は、憲法二二条、二九条のように、条文上で個別に﹁公共の福祉﹂を明示している場合 には制約根拠となりうるが、しかし、他面で憲法一二条、一三条を根拠に人権規制がなりえないと解するもの で、その意味で総則的規定の﹁公共の福祉﹂は、国家の倫理ないし心構えとしての、いわば人権全般に対する、訓 示ないしプログラム規定だと考えるものである。この理解の前提には、現行憲法の基本的人権は﹁侵すことので きない永久の権利﹂︵一一条・九七条︶として、憲法自ら二度確認していること、それ故に基本的人権は本質的 に、自然法的に絶対的権利だとする観念が根底にあるといえよう。この説によると﹁公共の福祉説﹂のように、﹁公 共の福祉﹂による一般的な立法政策的制約は認められないが、しかし、基本的人権が社会的に実現化するために は、他者の基本的人権との調整が必然的に要請されるので、その意味で憲法上で列挙されている人権は内在的に 制約を受けるという見解である。一言でいえば﹁権利なり自由なりは、そのような制約を当然に内包するものと ︵n﹀ して、歴史的社会のうちに形成されて来たものと考えなくてはならない﹂という説である。 この説を採用する一つの理由は、前者の説に立って、制約を人権一般に認めると、前述したように、運用によ っては、明治憲法下の﹁安寧秩序﹂と変らない法的根拠になるという危惧である。他方、本説に立って考える と、基本的人権行使の結果として、﹁現実に他人の法益を侵害したときには、その行為は民事もしくは刑事の裁判 ︵1 2︶ の結果として、民事もしくは刑事の制裁を蒙ることを免れない﹂のであり、その意昧で﹁事後に裁判所の判断に よってコントロールすることのみが、基本的人権に対する国家権力の介入の原則的な制度である⋮⋮この限度を 75基本的入権と公共の福祉 ︵13︶ 越えた国家権力の介入は、これを原則として認めないのが、憲法上の正しい解釈﹂といわなければならないとい う見解で、いわば、法律に基づく行政機関による事前抑制が広汎に行われれば、基本的人権は屏息するに至るお それから、裁判所による、いわゆる事後抑制は慎重な手続で責任を問うので、その意味で不当な制約がなされな いと考えるものである。一言でいうと、この説は﹁権利保障の限界をこえた反社会的行為について処罰あるいは 不法行為の問題が生ずることはあっても、基本的人権が⋮⋮﹃公共の福祉﹄のための事前規制の対象とされるこ ︵14︶ とはない﹂という、歴史的体験から得た深い認識が、この説が支持される真意といえよう。 ︵15︶ この説の判例としてよく引用されるのは、いわゆる﹁悪徳の栄え事件﹂の最高裁判決︵昭和四四年︶における、田 中二郎裁判官の反対意見である。すなわち﹁これらの自由︵二一条の表現の自由、二三条の学問の自由︶は、元 来、これを主張する者が相互に他の自由を尊重し合い、自由の共存を認め合うことを前提とし、それが濫用にわ たることなく社会の通念を基準として、社会一般の正義道徳の観念に違反し、ひいてはこれに現実の危険をおよ ぼすようなことのない規律を伴う自由としてのみ保障されたものと解すべきであろう﹂とした上で、この意味か ら﹁これらの自由を各人に保障するために必然的に伴う規律は、その内在的な制約として、これを尊重しなけれ ばならず、これに違反するのは、自由の濫用にほかならない﹂。しかし﹁この意味での制約は、政策的見地から外 来的に定められ得べきものではなく、まさに自由に内在する制約である限りにおいて、自由の制約として承認さ れるのである﹂と説示して、内在的制約性を明らかにしている。 しかし両説に共通した前提として、﹁公共の福祉﹂によって基本的人権が制約されるかという、いわば抽象的な 76
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議論は必ずしも実質的保障に結びつかないという反省から、新しい理念と具体的構築性を提示したのが、宮沢教 授の提言である。教授は日本国憲法にいう公共の福祉には、二つの側面を有するものがあることを示した。すな わち﹁自由国家的公共の福祉﹂と﹁社会国家的公共の福祉﹂である。前者は自由権を各人に平等に保障するため に自由権に対する必要最小限の規制を認める原理であり、後者は、基本的人権の実質的保障のために、特に財産 的な自由権に対する必要な限度の規制を認める原理で、それらを踏まえて解するならば、﹁公共の福祉﹂とは﹁基 本的人権相互の矛盾、衝突を調整するための実質的公平の原理﹂ということができ、しかも、その原理は﹁人権 の保障そのものの本質から論理必然的に派生する原理﹂で﹁憲法の明文にその根拠を有するものではない﹂と結 論づけた。また、従来の学説について﹁二つの見解の対立は⋮⋮その外見が示すほどの実質的な議論﹂でないと 評価し、単純に﹁人権に対する制約を根拠づけるのに、ただ公共の福祉にもとづくといっただけではじゅうぶん ではない。その制限の内容を具体的に検討し、それが具体的事件において、人権の実質的公平な保障を確保する ために必要かどうかを判断すべきである﹂として、﹁裁判所の判例を総合的に研究し、そこで生成する指導原理を ︵16︶ ︵17︶ 見出すこと﹂だと総括して、学説の自覚を強く要請した。これらの提言を基礎にして、違憲審査制︵八一条︶の下 ︵18︶ で集積された判例のなかから、実質的内容に裏づけられた﹁公共の福祉﹂概念が探究されているのが今日的な学 説の動きといえよう。 一方、解釈的傾向として、基本的人権を制約する法的根拠として、憲法の規範体系上から、一三条にあるとす る見解が有力である。何故なら、学説や判例も、基本的人権一般︵幸福追求権も含む︶に対する保障の根幹を憲 77基本的入権と公共の福祉 法一三条に求めるのが通例であり、しかも、他方、そこでは一般的な制約原理として、﹁公共の福祉﹂を認めてい るからである。結論的にいうと、二二条は﹁﹃国政の上で﹄基本権の﹃最大の尊重を必要とする﹄旨を定めること ︵19︶ により、人権の制約を根拠づけるばかりでなく、これを限界づける上において、重要な規範的意味を有している﹂ からである。 ︵1︶ ︵2︶ 英米流の個人主義的人権論では、人権と﹁公共の福祉﹂は、対立的なものとして捉られないが、日本では対立する 観念として考えるのが一般的である。その理由には、二つあるとする浦部教授の指摘は興味深い。すなわちコつ は、運命共同体的集団の中での人間という、﹃個人﹄の確立を不要とする伝統的な意味が、なお、そこに抜けがたく あるのではないかということである。こうした意識のもとでは、﹃個人﹄の権利主張“自己主張は集団の利益︵H﹃公 共の福祉﹄︶と対立するものとしてとらえられることは、当然である。﹂﹁二つ目は、⋮⋮日本における﹃自由﹄のと らえ方に関係する。すなわち、﹃自由﹄というものを、自分勝手に何をしてもよい自由としてとらえるならば、人権 として保障される﹃自由﹄はそういう自由ではないから、﹃自由﹄にも限界があり﹃公共の福祉﹄によって制約され るのだ、ということになるのは、いわば当然である。⋮⋮﹃公共の福祉﹄の概念に、人権の﹃内在的制約﹄という概 念をかぶせて理解する学説も、﹃自由﹄についてのこうしたとらえ方を前提にしたものであるといえる﹂︵浦部法穂﹁人 権・功利・公共の福祉﹂星野英一・田中成明編﹃法哲学と実定法学との対話﹄五九∼六〇頁︶。 ﹁公共の福祉﹂の論争史を分析したものとして、さしあたり、今村成和﹁憲法をめぐる論争−公共の福祉﹂ジュリ スト六三八号一四二頁以下。樋口陽一﹁公共の福祉﹂法律時報四一巻五号四九頁以下。﹁公共の福祉に関する憲法調 査会の論議﹂︵昭和三五年︶は当時の有力公法学者の意見が集約されている︵田上穣治﹃公法学研究﹄一五五頁以 下︶。 78
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︵3︶ ︵4︶65
昭和三〇年代前半までの判例を分析した論文として、小林孝輔﹁基本的人権と公共の福祉﹂﹃総合判例研究叢書﹄ 佐藤功﹁日本国憲法概説︵全版第三版︶﹂一三〇頁。 の論文所収。 末川博編﹃基本的人権と公共の福祉﹄末川博・兼子丁田中二郎・木村亀二・鈴木安蔵・長谷川正安・柳瀬良幹 〇頁︶。 りにおいて、公共の福祉が問題となる﹂︵俵静夫﹁基本権保障の方式と限界﹂神戸法学雑誌︵一九五一年︶第一号三 本権の存在自体ではなく、基本権の行使については行使の態様いかんによって、社会的影響を生ずるから、そのかぎ たり、これを剥奪するということは、これを公共の福祉によって理由づける余地はない。しかしながら、かように基 俵教授の次の言葉がそれを物語っていよう。すなわち﹁基本権そのものとして侵し、その本質的内容に変更を加え ︵有斐閣︶三∼七〇頁。判例を分析して奥平教授は次のように批判していることは注目される。すなわち﹁少くも提 記した判例に示される限りでは、そのいわゆる﹃公共の福祉﹄の具体的な内容は、要するに立法趣旨の司法権による 追認、宣明以上の何物があろうか。また、かりに何らかの理論 例えば、立法権に対する司法権の敬譲︵α臥R窪8︶ の考え方 に支えられて、この種﹃公共の福祉﹄論しかありえないのだとしたら、それはそれで、日本における 憲法裁判の卑小化という大問題を提起していないだろうか﹂︵奥平康弘﹁公共の福祉に関する立法及び判例の傾向﹂清 宮四郎、佐藤功編集﹃憲法講座﹄三五頁︶。次のような評価もある。すなわち﹁このような﹁公共の福祉﹂論は、新 憲法のもとで、違憲論が続出していることに頭を悩ませていた裁判所の飛びつくところとなった。裁判所が、この﹃公 共の福祉﹄論を採用したのは、しかし、学説におけるこの急速な普及の理由とは違って、理論上の要因よりも、もっ ぱら便宜上の理由であったと思われる。つまり、この﹃公共の福祉﹄を使えば、いかなる人権の制約立法も、さして 深く悩む必要もなく、憲法の人権保障規定という”障害物”をのりこえて合憲を導出できたからである。その結 果、最高裁も極めて早い時期から、この﹃公共の福祉﹄論を採用した﹂︵渡辺治﹁秩序の創出期の司法審査と伝統的 法理論﹂同﹃日本国憲法﹁改正﹂史﹄二〇一頁︶。 79基本的入権と公共の福祉
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16 15 14 13 最高裁︵昭和二四年︶、刑集三巻六号八三九頁。 最高裁︵昭和三二年︶刑集一一巻三号九九七頁。 この点で下級審では、﹁公共の福祉しの概念を明確化しようとする動きがあり、注目される。例えば、東京都公安 条例を違憲とした、東京地裁判決︵昭和三四年、裁判所時報二八六号六頁︶では、その概念を定義して﹁各人の基本 的人権相互の衝突を調整する原理としての公共の福祉﹂という観念を示し、また、日韓条約反対デモ事件で、東京地 裁判決︵昭和四二年、下刑集九巻五号六三八頁︶は﹁公共の福祉とは、われわれ国民が一定の秩序の下に一切の表現 の自由を含む基本的人権ができるだけ円満に保障され、国民すべてがその国家のおかれた具体的な諸条件の下で、で きるだけ人間らしい生活を営み、勤労と平和の毎日を送り、しかも仰いで文化の蒼空から心の糧を得られるような状 態にあることを意味する⋮⋮高次な複合観念である﹂として、単純な観念でないことを示している。 樋口陽一﹁﹃公共の福祉﹄論の現状とゆくえ﹂ジュリスト五〇〇号三八頁。 法学協会﹃註解日本国憲法上巻﹄二九五頁。 鵜飼信成﹃憲法﹄七四頁。鵜飼教授はいう﹁例えば言論の自由が認められている結果として、ある種の言論は、他 人をせん動して暴行その他の犯罪行為を犯さしめ、あるいはそのような行為をおかすおそれのある危険な状態に陥れ るかも知れない。しかしながら、そのような犯罪が現実に起った場合にこれに司法的手続によって制裁を加えるのは とも角、事前に予防的な行政措置を加えることは、言論の自由が社会の平和な進歩発展のためにいかに貴重なもので あるかを認識する限り、とうてい認めることができない。これがまさに基本的人権の絶対性を憲法が保障している理 由である﹂︵同上書七四頁︶。 法学協会編前掲︵11︶二九六頁。 今村成和﹁基本的人権と公共の福祉﹂同﹃人権叢説﹄二二頁。 最高判刑集二三巻十号二一七三頁。 宮沢俊義﹃憲法H﹄二三五∼二三八頁。 80東洋法学
︵17︶ ︵18︶ ︵1 9︶ 現代的視点で公共の福祉論を展開している論文として、内野正幸﹁自由制約原理の再検討﹂同﹃憲法解釈の論理と 体系﹄三一四頁以下。長谷部恭男﹁国家権力の限界と人権﹂樋口陽一編﹃憲法学3﹄四六頁以下。 判例研究のひとつの視点として次の指摘は忘れてはなるまい。すなわち﹁最高裁の多くの判例においては、﹃公共 の福祉﹄を一般的な権利の﹃外在的制約﹄として捉え、抽象的な解釈によってのみ援用して、権利の要求それ自体を 根本から制限するという傾向が強い。そして、このような見方は政府の取るところでもある。実際、﹃公共の安寧の 秩序の維持﹄﹃日本国の利益または公安﹄﹃善良な性風俗﹄﹃一定の施設の配置の適正あるいはその偏在・乱立の抑制﹄ などのように、﹃公共の福祉﹄は問題となっているケースに応じてではあるが、共同善それ自体を一つの国家的価値 と捉え、それゆえにその下に生きる個人が遵守すべき義務を負うものという形で考えられていることが多い。この見 方は、既存の権力秩序の維持あるいはその利益の優先を第一義とし、個々人の権利主張は結局温情的観点から肯認さ れる愚下の民の利己的な要求であるとする発想をその内に潜ませていることは、しばしば批判されているところであ る﹂︵長谷川晃﹃法学叢書2 権利・価値・共同体﹄二一七∼二一八頁︶。 今村前掲︵1 4︶一七頁。尾高教授の言葉からも、その理由は裏づけられよう。すなわち﹁国民のすべてが、その国 家の置かれた具体的な諸条件の下で、できるだけ人間らしい生活を営み、勤労と平安の毎日を送り、しかも、仰いで 文化の蒼空から心の糧を得るといふことは、一言にしていふならば﹃公共の福祉﹄である。それが国内法の窮極に在 る理念である。ところで、この理念は、まづ第一には政治を媒介として現実と結びつく。国家権力の公正な行使によ って、この理念の実現に力めるといふことは、政治の則るべき普遍の矩である﹂︵尾高朝雄﹃法の窮極に在るもの﹄二 五五頁︶。 四 今日的理論の展開 既述したように、昭和三十年代までの判例の流れは、どちらかというと、一刀両断的な﹁公共の福祉﹂によっ 81基本的入権と公共の福祉 て基本的人権を制約する判旨が主流であった。しかし、四〇年代に入ると、学説の一部から、﹁公共の福祉﹂は、 ︵−︶ 具体的に﹁現代の国家的共同生活の歴史的に形成されゆく複雑な性格と関連せしめて判断されなければならない﹂ という動きと並行して、下級審でも数は少ないが具体的検討の判旨が見られることは、前述した通りである。こ れらの潮流に添って、この言葉の持つ歴史的性格や内容、目的、効果などの、いわば実証的分析によって、新し い原理基準の創設的動きが発芽する。 ﹁比較衡量論﹂と﹁二重の基準論﹂が、それであり︵﹁立法事実論﹂も今日的に有力な説となってきている︶、い ずれも、基本的人権に、公共の福祉の立場から制約を加えるときの、一種の手続論として、有力学説の地位を占 める。 最初に、比較衡量︵利益衡量賄利益考量︶論であるが、昭和三十年代の終り頃から、従来の観念的公共の福祉 ︵2︶ 論を克服する方法として、アメリカの判例・学説を手掛りとしてこの説は展開される。この説は、抽象的には﹁人 権を制限することによってもたらされる利益とそれを制限しない場合に維持される利益とを比較して、前者の価 ︵3︶ 値が高いと判断される場合に、前者の利益を公共の福祉とよび、それによって人権を制限し得る﹂という見解で ある。従来のように、基本的人権を制限しない場合に維持される利益を殆ど検討しないで、公共の福祉という結 論に結びつけた方法よりは、一つの過程として具体的に検討を加える点で一歩前進の説といえる。また、基本的 人権の限界を示す検証は、ある意味で、広く法の解釈の一場面としての性格を持つので、様々な価値、数多くの 利益が複雑に並存、対立しあう社会を調和的に統制する側面があり、その限りでは、法の解釈一般において、こ 82
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︵4︶ の説の手続︵適用︶がなされるのは、ごく自然のことともいえよう。 最高裁も、学説の流れに添って、昭和四〇年代以降、一連の労働事件において、比較衡量の理論を採用して注 ︵5︶ 目される。最初の最高裁判決は昭和四〇年の、いわゆる和歌山教組事件の判決で労働三権も公共の福祉によって 制限を受けるのはやむをえないとしながら、他方、﹁右の制限の程度は勤労者の団結権なども尊重すべき必要と公 共の福祉を確保する必要とを比較考量し、両者が適正な均等を保つことを目的として決定されるべきである﹂と ︵6︶ 判示している。比較衡量論の導入へと変化した代表的事例は、全逓東京中郵事件判決といえよう。従来の公共の 福祉による労働基本権の制限を一螂して、憲法二八条の労働基本権は﹁国民生活全体の利益の保障という見地か らの制約を当然の内在的制約として内包している﹂という、いわば内在的制約説を示した上で、﹁労働基本権の制 限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正 な均衡を保つことを目途として決定すべきである﹂として、比較衡量論を採用し、さらに比較衡量については、労 働基本権の制限は、﹁合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない﹂と判示して、その理論 に必要最小限度の原則を結びつけることを要請している。また、表現の自由の一環である取材の自由の制約が問 ︵7︶ われた、いわゆる﹁博多駅テレビ・フイルム提出命令事件﹂で最高裁判決は、比較衡量論を導入している。すな わちコ面において審判の対象とされている犯罪の性質・態様・軽重および取材したものの証拠としての価値、ひ いては、公正な刑事裁判を実現するにあたっての必要性の有無を考慮するとともに、他面において取材したもの を証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及 83基本的入権と公共の福祉 ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきである﹂。これら最高裁に限らず下級審でも、こ ︵8︶ の説が採用されて比較衡量説は具体的調整機能として、判例のなかで広汎に採用されて、判例の趨勢としては言 論の自由を含む基本的人権を制約する準則として定着する流れであった。 ︵9︶ しかしながら、最高裁は、いわゆる全農林警職法事件判決で、﹁公務員についても憲法によってその労働基本権 が保障される以上、この保障と国民全体の共同利益の擁護との間に均衡が保たれることを必要とすることは、憲 法の趣意である﹂と判示して、一見比較衡量論的アプローチをしているが、充分な比較衡量をしないで、前者す なわち﹁国民全体の共同利益﹂を優先させたため、﹁公共の福祉﹂に代わる、いわば新版によって回帰修正した判 ︵−o︶ 例変更として、学説から多くの批判がなされた。 一方、そもそも比較衡量論の本質的属性として、制限することによって得られる価値︵利益︶としからざる場 合の価値︵利益︶を比較して、いずれを評価するかの決定的かつ客観的基準がないところから、この理論の問題 性として当初からよく指摘されていたところである。すなわち法解釈方法論としてのこの理論の問題は﹁解釈者 がいかなる立場において、いかなる観点から、またいかなる基準にもとづいて利益考量するかということについ ︵11﹀ ての原則的基準があいまいであり、したがって権力者の恣意を抑制する客観的基準を提供しえない﹂という指摘 である。従って、前述の一連の最高裁の判例に示された﹁比較衡量﹂を分析検討しても、﹁第一に、真正な意味で 合憲性審査の場で比較衡量がなされた事例が、意外に少ない﹂し﹁第二に、法律の解釈・適用において⋮⋮どの レベルの利益をひろうかという、衡量の対象となる利益のひろい方が恣意的である﹂という評価がなされ、その 84
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意味では比較衡量という場合には、﹁﹃真の﹄あるいは﹃公正な﹄ということが、論者の主観をこえて、客観的・ ︵12︶ 論理的に主張されうるものなのであろう﹂かと疑問視される側面を強く持つ。 確かに、一連の判旨に見られるように、﹁公共の福祉﹂に代わって、前述の﹁国民全体の共同利益﹂そして、そ ︵13︶ の後﹁行政の中立的運営の確保とこれに対する国民の信頼﹂︵猿払事件︶、さらに﹁選挙の自由と公正の確保﹂︵戸 ︵14︶ 別訪問の違憲性訴訟︶などという概念で、比較衡量がなされているところから、これらの概念の中味は、具体的 検討を必要としない、いわばノミナルな比較衡量となり、結果的には、﹁公共の福祉﹂に代って、言葉と表現は変 ︵15︶ ったが、実質的にはかつての公共の福祉論に逆もどりしているという評価もなされよう。 これらの指摘・批判はいずれも妥当な見解といえる。しかし、かつての公共の福祉論の直接的かつ一刀両断的 採用に比較すれば、一つの基本的人権のおかれている状況を具体的に検討する作業、すなわち矛盾し相対立しあ う諸利益、諸価値の並存状況のなかで、当事者の権利を考慮してそれを救済しようとする価値選択の方法は一歩 前進した最もベターな審査方法と思われる。そして、この理論の実りある結実のために、どのように比較衡量す ることが望ましいのかの合理的︵客観的︶比較方法が問われよう。 つまり第一は、天秤の二つの皿にどういう﹁利益﹂を載せるかの、選択判断の内容決定であり、第二は、基本 的人権のおかれている諸状況を踏まえて、今日的価値の審査基準の絞りいえよう。この場合、とりわけその前提 として、﹁真の比較衡量が成立するためには、相対立する利益が同じレヴェルにおいて慎重に衡量されなければな ︵16︶ らない つまり社会的利益は個人的利益ではなく、他の社会的利益とのみ衡量することができる ﹂という 85基本的入権と公共の福祉 ことを銘記して具体的衡量基準を設定することといえよう。設定上、当然のことながら基本的人権の個々の性 格、さらには憲法上の価値序例なども検討すべきであるが、その場合、価値観の相違を超えて承認されうる憲法 原則︵例えば国民主権主義、個人尊重主義など︶を出発点として、主観的な憲法解釈はできる限り抑制する方向 ︵17︶ で検討すべきであろう。この点で、﹁公共の福祉﹂という抽象的立場から一律的に捉えた従来の見解より、多面的 かつ具体的に基本的人権の内実を検討しようとするので一定の設得力を持つといえよう。この意味で、現実的に はあらゆる権利問題と同様に、基本的人権の限界をめぐる論点は、結局﹁それぞれ矛盾対立する諸価値・諸利益 にとりまかれて構成されており、これらの諸価値・諸利益のいずれを、他を犠牲にして優先させるかという決定 ︵18︶ ︵価値選択︶であることは否定できないから、そのかぎりで比較衡量の説くところは異論の余地がない﹂ともいえ る。結論的にいうならば、つまるところ、比較衡量をする場合に対立する諸利益をどのような方法で採用し、ど のような態様で絞りこむのかの、憲法的価値評価の濃淡によって確立された基準の準則かつ明確化が要請されよ う。それをさらに要約すると、すなわち﹁憲法の定立した価値評定とくにその序列を確定し、それを前提にした ︵19︶ 衡量であること﹂が第一の作業で、例えば精神的自由は経済的自由よりも優位的立場にたつという、二重の基準 説がその時の序列決定の一つの目安であろう。そして、それぞれの基本的人権と対立する利益との衡量は、﹁客観 的かつ合理的な制限は許容される﹂という観念を前提にして、例えば精神的自由権の中核である、いわゆる表現 の自由におけるアメリカ憲法判例のなかで形成された比較基準、すなわち﹁明白にして現在の危険︵o一①震程α 窟8Φ暮︶﹂、﹁より制限の少ないそれに代る手段︵一Φωωおω鼠&奉巴9声江くΦ︶﹂、﹁過度の漢然性︵○<Rσ8身霧ω︶﹂ 86
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などが、有力な絞りの基準の、一例といえよう。ただ、基準はあくまで判断を指導する準則的役割を持つもの で、その意味で、形式的適用になじまず、ケースによる弾力的運用が望まれよう。また、当然のことながら憲法 判断は一種の価値判断であるので、恣意的・主観的でなく、合理的判断が要請される。その意味では﹁立法時立 法府が考慮した立法事実は勿論、立法時立法府に利用可能ではなかったが裁判時までに裁判所に利用可能となっ ︵20︶ た立法事実を含む関連性のあるあらゆる立法事実を考慮に入れ憲法判断﹂がなされる、いわゆる立法事実説も重 視することが合理性を裏づける一つの準則となろう。 次に、二重の基準論は、アメリカの司法審における言論の自由に関する判例の集積を踏まえて展開された、精 神的自由権の優位論である。すなわち基本的人権は、画一的に考えるべきでなく、各種の基本的人権の特質に応 じて差異を認めようとする見解である。特に精神的自由は、人間の人格の発展を確保し、かつ個々人の自由表現 ︵21︶ を前提条件とする代表民主制を確立する上で、高次の価値を有すという見解で、とりわけ中核としての表現の自 由は歴史的にも﹁民主制の基盤を構成するものであり、この原則と直接の関連のない経済的自由に比して、憲法 ︵22︶ 秩序において優越した保障をうけることが当然である﹂とする、いわば二重の基準︵3呂一Φ誓き3巳︶の理論で ある。すなわちこの趣旨から、一般的に経済的自由権のように﹁合理性の基準﹂による制限が原則的に許され ず、例外的に一定の制限を認める場合でも、より﹁厳格な基準﹂が妥当するという見解である。換言すれば、経 済的自由に対する違憲基準としては、立法目的と立法目的達成の手段に﹁合理性の基準﹂が適用されて、不合理 でなければ合憲であるとされるのに対して、精神的自由は﹁厳格な基準﹂、すなわち①事前抑制禁止の原則、②必 87基本的入権と公共の福祉 要最小限規制の原則、③明白かつ現在の危険の規制原則、④明確性の規制原則︵過度に広汎な故に無効の基準︶⑤ ﹁より制限的でない他の選びうる手段﹂の基準原則などが適用される。 判例も学説に添うような流れといえる。小売市場の許可制と営業の自由との関係が問われた事例で、最高裁判 ︵23V 決は﹁憲法は国の責務として積極的な社会経済政策の実施を予定しているものということができ、個人の経済活 動の自由に関する限り、個人の精神的自由などに関する場合と異なって、右社会経済政策の実施の一手段とし て、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するの が相当﹂であると判示して、二重の基準理論的方向を示唆している。そして、いわゆる薬事法違憲判決で、最高 ︵24︶ 裁判決は、二重の基準の趣旨をより明確化した。すなわち﹁職業は⋮⋮本質的に社会的な、しかも主として経済 的な活動であって、その性質上、社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の 保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよく、憲法二二条一項が﹃公 共の福祉に反しない限り﹄という留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこの点を強調する趣旨に出た ものと考えられる﹂と判示した。一読して理解されるように、この基準を認める根拠として、憲法二二条一項の ﹁公共の福祉﹂に求めていることは注目されるし、また、このように、二重の基準論が明確なかたちで判例法理上 で確認された意義は大きいが、しかし、いずれも、経済的自由に関する判例法理として判示され、この理論の直 接的基盤である、精神的自由に関する判例のなかに、未だ示されていない。むしろ別の理論が展開されているこ とは注目される。 88