と E!{fの祭
i l l e ‑
久出品の戦機黙と穀物船l i J i ¥ u ;
承9 )
久高島の収穫祭と穀物起源伝承
i l
島と王府の祭記じめに
島と王府の穀物犠礼
の
4
つ の初穂祭その
儀礼
が本
一本
は︑このうち︑麦と粟の初
てい
る︑
本論のねらい
これに次い︑変と架の収穫祭の次第を可能びに
の関係・凶凶木の間係にあるので︑この
2
つの
の は
︑ ど れ る こ と で あ る り 一 二
O O
七三・
一一
一
O O 七
ことにする口 ているので︑表
と
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収 穫 祭 の 次 第 と 穀 物 超 源 伝 承 の 対 応 一 覧 [ 一 九 九 三
b
︑ 一 一 一
五
五一
一一
一良
︺と
筆者
の調
査を
誌に
して
︑現
在の
収機
祭の
次第
(儀
礼)
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悦
服してまとめると︑表
9
のようになるりまた︑こ世
自ヨ
‑ ZE E
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収穫祭の次第と
穀物起源伝承の対応一覧
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叶 で
篤
108‑
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73
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︑ ︑
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第
44号 (2008)弘前学院大午:文学部紀要
表
9
収穣鍛の次第と毅物龍源法承の対応一覧表
々
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相:
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乃立グ己‑一服一ぶ
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年上 の村 一仙 の家
ケ作 一川 家
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1 0 7
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(11 久向島の収穫黙と穀物主主滋{云米一島と主好守の察記一
│ ! 日
夕 11 制
1 0 6
量り前 科の穀物(かつて で は 米 に 統 一 さ れ て い
る 口1 2
第441j~
( 2 α )
お)ω わかる範凶でかつての次第を梨県して記したい ψ ・は筆者の想定である
μに付した
i ‑
誌などの記なは対応しており︑ウ品と.上階の穀物起淵いホ﹂に付した A‑ji
な ど の 記 号 も
︑ ﹁ ト 衣
3
モチフ一覧表﹂の一叫すと対応している︒
モチフを収別するために︑出のいい棋のそチ
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2 1 1
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3
々日
前々日の
︺れを外聞ノ口
のもとに
御殿 一回
外間椴・御殿出
久出
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︑ 大 内 銘 家 ︑ イ チ ャ
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1
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久高島の収穫祭と穀物起減伐 ‑ ! ; H :
ヨ:I{干の祭包一
( 1
3)日
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( 元
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i
々日)︑徹集した穀物で作ウたンパイ(餅・( 苦 菜
︑ ( 泡 盈 ) で あ る の
③
④ の 費 用
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表
1 0
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(ンパ︑ンギャナス︑不
l
︑マチ(ティ﹀ヌシユ
ンパインギャナス︑不│ である︒次いで︑司
火の神︑ミ
じ神僕を刑の
ムンブシ!・ムン
を
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いえ
て
の
それから︑参列した神人が刺し身も法えられる
G参列する神人は︑
外開ノ口︑外向ノ口の綻神︑ムンブジ!︑
志︑ハニマンの
9
人であるりこ
とい
う︒
に︑残り
その
他の
各一
川家
でも
︑
﹁持ち前﹂(祝詞)は︑このの初拝みのことを︑
てか什元家に供える︑と述べているの
種下ろしと元の初拝みの組問応出山(二
0 0 a 七
︑ ロ ) で 述 べ た よ う に︑ 九 月 に シ マ の 主 だ っ た 元 家 が 中 の
ア サ ノ
種を下ろしてから一段家庭の地主が種下ろしをしている︒この点︑
一月に行われたらしいゐ来の種下ろしも同様
ν
そ し て
︑ こ の 種 下 ろ し を し た 江 家 が
︑
している︒
﹂
﹂ 晶
︑ 命 一 一
2・
一 一 ノ
七
‑104
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の の 種 下 ろ し を し て い る
︒ こ の は︑なんらかの事出によって元家の祭耐儀礼が時︐
かったりすることによろうり種下ろしにしろ︑
れを執訂する一疋家の数は年によって増減州
こうしてみると︑組ドろしと元の初伴み一
ょう︒現に︑種下ろし(棋取り祭)と収機
閃)と許わり(結果)の関係にあり︑
折けになっている︒そし
の
不 たりしな は︑はじまりの祭料とし
てい
るの
ぴ 〉
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(1
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2
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ー地あたりい
と樽真神酒の
の穀物儀礼では粟り
の家
に持
参し
︑
ぃ ︑ っ
︒
画一
り前
各地主がンパイ(収穫祭の
は麦の穀物儀礼では麦︑
てミ
る)
と下
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く︑
の
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⁝
これを桝で量つ
さんが
第
44サ(2008)は
︑ こ の の こ と を お 父 さ ん
・ お
って祭料を集める︑とべているの
ンパイ作り組の親はンパイを作る︒ンパイには︑ンパイ
パイ
の
2
楠類があるつ地一践は村顕のことであるの今日︑この頭が地頭を称するの辻︑王府時代の行政の末端に校間一する材
顕の代理だろうけ
友ンパイはタ!チメともいうむその十日態は︑新麦を妙って粉にして
湯冷ましを入れて本引で携さ同めたもの(鮮)である︒粟ンパイのさ
態辻︑新穀の概粟
5
︑黍
5
の比率マ本日で掃さ問めたもの(餅)である日現行では︑いずれも米のお握りになっている︒
このンパイに奇数枚のユ
i
ナの葉を被せ︑これらを奇数本の簿の茎そして︑これらの上にマ!ス(古川塩)を入れた小皿を載せるむ
の ン パ イ も
︑ パ イ と も い い
︑ ま た
σ 〉
地
弘前学院大「字文学部紀要
地 7
樽 か い 真 ら 神 供
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菌 出作 し り
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いう︒現行で辻
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のノ口は
をし︑さらにクカウ!とクカウして儀礼化
して
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備
ダピ ルン バイ の準 備
ダ ピ ル ン バ イ の 準 備 の ダ ピ ル ン バ イ
を帰除役の氏の家でする︒︑ダどルの一品川義は不正一昨であるかこの神餅
に用
いる
の
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はこの
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った
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︑ナ
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の
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イは︑必ず外
ダピルンバイ によって作られるわの大きなダピルンバ
立立日
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る︒
久的i 島の収機祭と穀物起源 íï~:泳…舟と壬IN (j) 祭iJi日…
2
祭場の準備
祭場の準備
扉風を強る
みの
また
︑
日 目
初穂祭と同じく︑
のタ
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タムトウ︿神蕗﹀と冠の準備
る く
儀礼と穀物起源伝殺の対応
伊敷浜に
の御巌のはじまりになったとい
を 張
このタムト
に入っていた型なるシキョで︑構
って
い
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得た柄物てい
る︒
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種類
﹀・
︿
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植物による久高島この点︑初穂祭と照志しているや
神餓の準鏡初穂怒と河じく︑
ンパイは各組
って
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る︒この
ン;土
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村 Y H
から
出さ れ
る︒
さら
に︑
外向殿で
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は久尚ノロの
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︑
図
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(比
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雄︑
1993b
︑基に作成︒ただし一部変更)
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奇数枚)
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ノ、
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外関澱での朝拝み
外間殿での朝搾み
の
2
準 備
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る︒
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1 0 2
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殿に
参集
し︑
同じである︒すなわち︑赤人ミ!
の服装は初偲祭のタ詐みと川じである︒
ノ口は
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また
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の神女とての立場を示しているむその
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る︒
犠札と穀物起漉伝承の対応
円鉢
巻き
︑
て
蒲少の以トし︑初穂無とおなじく︑こ
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と も
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の 種 物 を 蒔 い に 対 応 し
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~44 号 (2008)
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︑ ノ ロ が
﹁ 持 ち 前
﹂ を 唱 え る
︒ 比 嘉 藤 雄 の 採 録 次 に あ げ る は
︑ 比 嘉 康 雄 の 一 口 九 九
三
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︑同
一
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問問頁]による︒この持ち前の伝承者は︑ノ口の抗なお︑小見出し︑
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︑
弘前学院
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る︒
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朝拝みの神鎮の準備サシブタァヤ
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それらを神撲にし して徴集し
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︑と述べ
てい
る︒
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み
の祝福
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︑った︑と述べているひこれら
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17)を
全 l
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︑ 崎 川 ︑
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D
は︑シマの全体的な繁栄祈願を述べている︒盤作析撮
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これは以技も同じである︒この
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大漁祈願 ︒
一 二
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イガナシーがンナグナを神撲としに持たせたケカウ
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べている︒すなわち︑
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ニライカナイから急もたくさん市るこ
2 段
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ギ ィ テ ィ キ ジ ュ ラ サ ウガマンぞ
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ピリして下さい ト ウ ト ウ ガ ナ シ
ト ウ ト ウ ガ ナ シ いくように拝むの
々
の 持 い を 述 ︑ べ
の 権 備 が 整 っ た こ と を 普いを述べているり にすると︑夫ーになるの
々 の 祈 願 を 述 ︑ ベ ︑
持 ち 前 の 構 造 以 上
︑ 持 ち 前 表 口 持 ち 前 の 構 造 の 一 覧 表
儀礼と穀物越源低換の対応
願 べ て い る 心 そ し て
︑
願 ﹂第44~}
( 2 0 0 8 )
3
設
弘前学院大ザ:文学部紀袈
2
段 ︑. LL題
祭 H
(!)
祝 福
一 冗
の 初
川 甘
み の
神 撲
の
制梓みの神餅の準端
D
全 体 的 な 繁 栄 析 頼E
豊 作 祈 願
F
大 漁 祈 願 G
奉仕の甘い
ぴ)
の 種 類 ﹀ ・ ︿
て い る 口 の初穂祭など)のは
4
絵 描 き 扇 で ン バ イ を 一 扇 ぐ
u u 絵描き一扇でンパイを扇ぐ
でンパイを
のンパ
ると︑両ノ口
ていないものの︑
ニ ハ
/ 肝
午
︑ ︑〆
l v
一 しr rf︐
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ているだろうり
し=
5
ンパイの共食・分配
耐 ン パ イ の 共 食
・ 分 配 ン パ イ の 神 僕 の ン バ イ の う ち
︑ 外 一 口
・ 地 頭 ン パ イ の 届 け ら れ る
G
こ れ と 加 の ン パ イ を 親 ウ ン サ ク が 根 神 の 前 に 連 立 一
! ナ の 葉 で ン パ イ を 包 ん で
3 つ
神 女 は
︑ ぞ れ れ ぞ れ の い 悦 神
︑ 制 ウ ン サ ク
︐ 踏 を 弟 ウ ン サ タ ム ト ゥ 照 の タ ム ト ゥ た ち で ン パ イ
J
次いで︑
分配が行われるむ
︑外間ノ口山本に
口︑久高ノ口︑ 次いで︑
3
人の
また
︑
2
‑99
ユ
lナ の 葉
で1
つつ差し出す︒
のンパ f
を 弟 ウ ン サ ク 配 す る 口 ま ず
︑ ン ナ グ ナ
i ( 日歳の男子)の れ る
︒ こ れ は
︑ こ の 様 の ク カ ウ
l
でンナグナ の 分 配 さ れ た ン パ
f
を ン ナ グ ナ
l
タマシ
︑ 次 の よ う に であるりこ と い う
︒ ン ナ グ れ た ン パ イ を ア イ
ナ!山本ではこ
て 親 戚 に 配 る ひ こ の
︑ 一 向 ノ 口 家
︑
カ l イというり
両、 ノ
jレ
イ
ム ホ
人 ミ
1
家 ︑
参 し て い た 膳 ( 既 それぞれ
の家族が持
︑参列してい
λィl
和 え 物 が 用 意 さ れ て い る ) に ン バ イ を 雌
ハニマン
る
o A H
は 饗 応 答 れ
べての神人 た ち が
︑ こ の 祭 場 の 神 人 た ち は こ の
て持ち帰るの
ぃ ︑ つ 口
f¥
︑
dハu J J ω J︑
︿ ヴ
︽ ふ / ナ
JizM
(1
9 )
拐
穂 f
義孝
い と
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ア 照い ザ 応 カ
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ブ、
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ン
ノ
1の が
︑ べているひその
におい
は︑マブッチ
その
は女
久高島の収穫祭と穀物起源年承一ぬと子J f f
の祭最日一〆 へ は あ
し 女 、 っ
て 子 種 f
たみ ) を る の そ と 字 む し
、 22
て且口
の その結来として
と子孫
っ た
︒
の出産と子孫(女子﹀
の 出 産 を 意 味 し て い よ う ね そ の 出 産
・ 的 問 が
︑ 神 撰
・ ン パ イ だ ろうのそして︑絵搭き溺でンパイを扇いで被い法めてからンパイを共 食・分配するのは︑この誕生した穀物の豊作を祝うことになるの なお︑この日
ー し ︑トu w
ているのここでは︑子孫(女
・誕生が一組になって祝福されている仔
このように凡てくると︑ いのンパ
子 ) の
・ 誕 生 と 穀 物 徹礼と穀物起源伝来の対応
パイを扇ぐ犠札は︑島の叫
J
の次の かる︒すなわち︑
また
というモチーフに対応しているり
る儀礼は︑︿ E
得 た
︿初穂祭など)の
て
干 の
句 柏
6
素人ミ!と根入の神酒上げ
N
赤人ミ!と棋人の神酒上げか
っ咽
﹂
︑ ー
ミ!と
れていたりその
である
η7
ウンサクの神酒上げ
計ウンサクの神酒上げ
次 い で ︑
れ
ウンサク
る︒そ
である
一 上
府 間
MW
者(聞碍大計など士山この
行われた︑と想定される︒
儀礼と毅物起源伝承の対応 おり︑儀礼と島の穀物起締 また︑穀物犠札の中核であ
この
明
︺ }
﹂
ヨ
ミ'L
;;<又
物
︿ A 種物を得た者﹀
は︑出荷の穀物担捺伝承︿
︿友の初穂祭ないど)のはじ している︒
σ 〉
て い る の そして︑王府関係者(間科大詰など)にこ
ているので︑︿ I
麦が熟した春︑王に献上﹀と︿
ν
て
い る む の対応は︑次の御殿定での朝持み
‑98‑
れ 麦
、
,、4・
。 〉
でも同じであるり
祭具の撤去
︑外向殿で
る 自
8
祭場の移動
H W
鱗場の移動の移動
で あ る の
9
御殿躍での輯拝み
御殿震での輯拝み
も 次
しミ
で の
以下の御殿庇での朝拝みは︑おとほとんど
と追う点は︑神鎮のンパイのうち︑久高ノ口・
久高ノ口家に届けられる杭度である
G
2 0 )
宇AF
ヴ 心 ︒
パイ
祭具の識去 の る の
第
4 4 せ ( 2 0 0
お)の反復であるり
で
︺ろに終わ
クカウ!とクカウ!の御盆 クカ
ウ! とク カウ
!の 御盆 の源 義
クカウ!の本来の祭日
︑ ゐ 桶
・ ︑
EU
v
一
日
L l
の ク
カウ
のるとクカウ
i
弘前学院人;学文学部紀要
ウ
と ク カ ウ
イ〉
れ
るろうむなぜなら︑クカウ!とクカウ
i
プ(掠瑚) の
現行のクカウ
l
H H
み
イ コ
れるむ外間殿の祭場は︑国
7
のようになるc
ン
O
OO
ンナグナーO
O O
鮫
O
タ ム ト ゥ 鹿
間
。兄ソールイ
O 弟ソールイ
u ‑ f f , ‑ の や J O I i
u ‑ffドの討議 1
O
。ハニマン
外
O
{
。
ノロ・桜神 O
OO
O O図 7
クカウーの間盤の ン ナ グ ナ
!
の捧に吊るし︑その様 本 ン い
︑ つ の
9 7
ーを担いセ東万を向い そして︑この什平ンサ持チ
つりこのンナグナ
i
でクカウ
と明︑えるりこれでクカ
の儀礼は許わる︒
クカウ!といえば普通は赤ショ
l
ピンの鳴き声︑あるいは赤︑ンョi
ピ ン を 指 し て い る 心 ョl
ピンとは無縁なようであ る︒クカウl
のウ
一 ) }
︺
ブ カ ラ ク と 同 位 相 の の祈願ならびに感謝)にあり︑ブカラクが
l H Hの杭仲みが終わっ
のが本来だ︑と考えられるからであるの
前述したように現行のクカウ
l
は ︑
不詳だというべきであるむクカウ
に︑この一連の儀礼の意味を解く鍵日
でも同じ犠札が行われるり
前述したように現行のクカウ
l
カラクの次い
で︑
現行のクカウ
i
の御盆
2H
日
カ ウ
ける
け
ノ口
赤人ミ
ソ
ルイ︑ハニマン)に泣
ルイには
2
人でる 。
フ
ザ ハ γ
つ ひ
るのク
久閥均の収穫祭と殺物起
j
原伝恭一島と主府の祭1M:( 2 1
︑ ︐
P ノ
の御拡がウンサクたちによって各神入
れるむこの調設は食べる真献だけして︑
る む
次いで︑このクカウ
ウンサクによっ
次いで︑調殿庭のタルガナ 人
i
で も
︑ クカウーとクカウ
i
の 御 盆 の 原 識 で は ク カウ!とクカウ
I
の御盆の主閣が大漁祈願になっているものの︑これ は 大 混 と 渡 海 安 全 の 感 諜 が 本 来 ろ
︑ つ り ニライカナイから穀物
しミ
︑同じく一⁝⁝フイカナイからの
て ほ し い
︑ と 祈 願 し て ブ カ ラ ク を 執 り ているのがクカウ
i だろ
判ど
行っていたのそして︑このブカラク
う︒すなわち︑
の原郷である東方のニうイカナイ
ウ安全の
いただいた︑
と 明 え
︑ 大 漁 て い る の で は な か ろ う の御盆は︑大漁と渡海安全を祈願し
に対す でクカ
そ し て ︑
ク
カ
ウ2
王蔚関係者への魚献上
王府関係者の招舗 おけるクカウ
しE
(プロトタイプ)である︒
初 穣 祭 の ブ カ ラ 夕 日 の 関 係 者 が 参 列 し
︑ さ ら に の 国 王 へ の 魚 献 上 へ と 展 開 し て い た り そ の 由 来 を 語 る の 一 吋 遺 老 説 簿
﹄ ( な ら が に 吋 久 高 島 出 来 記 ピ の
︿ の
︿ 事・魚献上など﹀の出来のうちの︿
と︑このブカラクと照応するクカウ
の
者を招請し︑ した︑と考えられる︒ クカウ i
儀礼と穀物起源伝承の対応 ( そ の ソ
! ル イ )
のクカウ l
﹂ の よ う に ︑ す
し て ニ 一 フ イ カ ナ イ 一
ぞれが川王権とかかわ
(感謝)する儀礼
ることでクカウ
l
はノ?と根人が王府関係者へ 上 し た
︑ と 考 え ら れ る
︒ こ の よ う に
︑ 穀 物 起 諒 伝 棋 で の
︑クカウ
i と間接的に対応・連動している︒
こうしてみると︑クカウーはブカラクと共に 祭服だとわかるりしたがって︑五府の祭柁で
のは誤拡だ︑と考えられるり
クカウ
i
は島の祭記 品の論理で立かれた島 あ る タ 持 み に ク カ ウ
!
タ揮みに付礎した事構
し か し ︑
ブカ一フクもクカウ!ならびにクカ
ノ
v !
?
ているのは︑なぜだろうかけそ
品の祭耐から王府の祭認に軸日比
の祭配のように錯覚したか
︑もしこのような錯
‑96‑
を移動させ らではなか
干 .
府
ったとしても︑王府
がこれを認めなかった竿円である︒ じた
の は
︑
ことになろう︒
/に 島軸廻り
新タムトウが西名からきた米俵を姻る六月の.繋の収時祭だけ︑朝 拝 み が 終 わ る と 新 タ ム ト ゥ た ち が 島 軸 を
? 閥
︑ す る 心
も つ
り こ
の南方部メートル
こに聖なる石があった︒この石は戦後 ど 村 が
︿ シ
マ )
の 中
心 していなかっ
だった︑と考えられるの のウタイ・ は︑この
( 2 2 )
友廻りする形になっている︒
かつてこの粟の収機祭の時︑
ら れ
︑ こ て た 竿 に か
︑ ざ し た と い う
︒ ︑ントゥン家から米俵が送
第44号(2008)
機祭を執り行うので︑ミントゥン
ると︑新タムトゥの島輪廻りはこの米俵を廻る犠礼だったことになる
G
儀礼と穀物起源伝承の対応島の穀物起鴻伝承によると︑得た穀物
ク グ hグー
の種物のうち︑揺種を玉城の合名のミントゥン家に送って久高阿に蒔
いたという︒そうすると︑ミントゥン山本から収穫期(六月﹀に久高島
に送られた米議は︑穀物桔源伝承を裏付けにしており︑焔の種物を 送ってきた久高島に対する謝礼だった︑と考えられるり琉悲の五穀の
発祥地︑とくに揺と変の発祥地を臼負する島入にとって︑新米が比洗礼
的に島に送られてくるのは大いなる脊れであり︑それで村(シ
γ )
の
てて米依をかざしたのだろう︒
弘言古学説大学文学部紀繋
れるイザイホ
'﹂ 十品
︑
i l
に
l
度 ︑ 祭りで用いる綱の料
できたりこれもまた︑久高島
いう穀物起糠伝敢に裏付けられているだろう口
こうしてみると︑ミントゥン(永から逆られた米長をか︑ざした島軸を
新タムトゥたちが廻る議札は︑穀物起源伝棋のうち︑︿
E
得た穀物の種物の謹類﹀︑︿
F
穀物の種物を蒔いた場所﹀︑︿I
久高島のイザイホ
i
に揺薬がくるはじまり
Vに対誌している︒
米銭をか︑ざした島軸を掘るのが︑なぜ新タムトゥたちなのだろうか︒
それは︑神話的に同根の粟と絡の収樺祭が海を捕でた対岸田士で関川
期に催され︑またその襲の収穫祭で薪タムトウUているので︑
この果報めでたい新タムトゥたちに粟と稲の持池
シンボルの米抜を賛仰させたのではなかろうかの
また
︑
の
れ
ウン
山本
か
してミン
のミントゥン家に送ったと
九
山 獄
廻 り
ス ベ
l掛から蒲葵御掛ヘ
に集合するり両ノ口︑
を被る︒ウンサク︑ その誌神︑タムトゥは︑
ク︑掃段役︑神酒ハミヤ
l
は ︑ 神酒ハミヤ
i
は 神 畿 の 神 川 ル ン バ イ な ど を運ぶ係で︑ナンチュの最年長者
2
名が務める口ノロ家をノロを先頭にして出発し︑スベ
ポンキャ
l
︑へ蒲 葵 御 搬 で の 析 顕 蒲 葵 御 械 で は
︑ 大 拝 み
ウMM
ゲ リ
それから︑梓み小
のとおりである︒
ぴ 〉
図
8
薄英御獄での神韻(比嘉・
1993b
︑ 蒲 葵 の 葉﹀ 冊
︒ ︒
幻 f ‑ L
叫
o
o
m
ヘ ) 村o o
f x /
川 o
o
w f に ひ
00 ベづ 00
その時に供え
円引
一良
より
﹀ 蒲葵の葉、
って
拝む
の
いで
︑