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保険市場における規制緩和と組織改革

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保険市場における規制緩和と組織改革

石 田 成 則

■アブストラクト

1996年の保険業法の改正以降,継続的に保険規制は緩和され,保険行政の 質的な転換が進んだ。また,その後の金融システム改革も含めて,業態間の 参入障壁は引き下げられ,業務範囲規制も緩和されたことで,保険経営の自 由度は高められた。しかし,こうした規制環境の変化にあっても,保険契約 者に対するワンストップ・サービスのメリットは生かされていない。また,

多角的な競争を通じた,業務の効率化と契約者への利益還元も十分とはいえ ない。

こうした要因のひとつとして,相互会社組織の問題を取り上げ,規制環境 の変化が相互会社の経営行動に及ぼした影響を検証する。そのうえで,エー ジェンシー理論の枠組みを用いて,経営改革のための制度的仕組みを包括的 に論じる。それには,相互会社におけるガバナンス改革,資金調達手段の多 様化,そして持株相互会社への移行などが含まれる。

■キーワード

相互会社組織,費用選好仮説,エージェンシー理論

1.はじめに

1996年の保険業法の改正以降,保険の自由化,保険規制の緩和そして保険 行政の質的な転換が進んできた。それまでの保険業法は,保険黎明期におけ

/平成22年10月11日原稿受領。

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る行為規制と監視態勢の残滓を引きずっていたともいえ,グローバル・業際 競争状況に適応していなかったことは事実である。その後の金融システム改 革も含めて,参入障壁を引き下げ,多角的な競争を促進することで,その果 実を利用者・契約者に積極的に還元することが目指された。こうした果実に は,市場競争を通じた事業費(率)の低減化,付加保険料の引下げや運用の 効率化による配当の引上げなどが含まれる。また,業務範囲規制を緩和する ことで生命保険経営の自由度を高め,契約者ニーズに即応した新商品の開発 や新サービスを展開することが目論まれた。つまり,保険価格と品質の両面 から,保険契約者の利益向上が期待されたわけである。

しかしこうした大改正から15年たった今,予期した通りに事態が進行して,

期待された成果が上がっていると考える論者・識者,そして利用者・契約者 は少数であろう。少子高齢化の予想を超えた進行,家計所得と運用環境の継 続的悪化は,生命保険需要に大きな打撃となった。年金や第三分野を中心と した外資の攻勢や損害保険子会社の(予期せぬ)苦戦などの事態も重なった。

それにしても,医療保険などの特約増や保険料の各種割引が,必ずしも(潜 在的)契約者の需要増や契約の複数化につながることにならず,かえって保 険金支払い漏れを引き起こす要因となってしまった。許認可制から届出制へ の移行に伴い,新商品・サービスが打ち出されるよりも,過剰な差別化によ り保険商品は一層複雑化して分かりづらいものとなった。販売チャネルは多 様化しているものの,既存販売網との有機的結合もそれ自体の改善も十分な 成果は上がっていない。規制緩和によって競争が促進された側面よりも,そ れを回避するために規模拡大傾向が一層強まった感もある。会社形態の変革 や業務のアンバンドリングは,必ずしも経営意思決定のスピード化や業務効 率化に結実していない。

こうした状況を踏まえたとき,果たして,相互会社組織のままで,どこま で改革を推し進めることができるか,疑問の声が上がるのも当然である。こ れまでも,会社形態による経営行動の相違,その保険契約者への影響などは,

日米を問わず広く研究されてきた。日本では,大手生命保険会社が相互会社

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で占められていたために,有意な比較検討が行われ,明確な検証結果が導出 されている訳ではない。それでも,理論的には,相互会社と株式会社の両会 社形態の功罪はかなりの程度解明されている。

ただし,これらはあくまでも一時点に限定した分析であり,両者の経営成 果や指標を静態的に検討したものに過ぎない。本来,市場競争は極めて動態 的なものである。一時点の商品の多様化や販路の多角化よりも,それを長期 的な経営成果に結び付けるために,どのような革新的発想が内在し,またイ ノベーションを促進する体制が整えられているかが問われるべきであろう。

そして,保険自由化の成果を質す場合にこそ,市場の創意工夫を生かした革 新的動向の有無を検証するべきであろう。このとき,相互会社組織において こうした経営戦略の採用や迅速な体制整備が実施されているか否かが,ひと つのメルクマールになる。監督行政姿勢が転換されたとはいえ,逆鞘への対 処,保険金支払い漏れを解決するための組織的対応などについて,行政主導 の対応が図られた感は否めない。危機的状況や経営環境の急激な変化の際こ そ,経営の機動性と迅速な意思決定が求められてくる。果たして,相互会社 組織においても,横並び体質を脱却して,スピード経営を展開できるのであ ろうか?これは経営の効率化や業務の適正化とともに,生命保険経営に課さ れた今日的課題であろう。

そこでまず,保険業法に基づく規制緩和と行政姿勢の転換について,実態 に即して整理する。つぎに,検証するための理論的な枠組みとして費用選好 仮説を取り上げ,その内容と有効性について概説する。そのうえで,統計数 値を用いて規制緩和の影響を検証する。こうした作業を通じて,相互会社組 織というガバナンスの形態が経営行動に及ぼす影響,およびそれが自由化に よりどのように変質したかについてまとめる。最後に,エージェンシー理論 を援用しながら,相互会社の経営改革のための制度的仕組みを包括的に論じ る。それは,今後の規制環境も,相互会社の行動様式によって左右されると 考えられるからである。なお,会社組織形態は,会社統治のあり方(コーポ レート・ガバナンス)や資金調達のあり方と表裏一体であるので,これらを

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トータルに検討の俎上にのせる。

2.保険市場の自由化と規制緩和の状況

1996年の新保険業法は,当時の金融行政全般の方向転換, フリー フェ ア グローバル を受けて制定され,従来型の護送船団方式を転換した。

保険規制が事前認可・監視型から事後チェック型に変更され,監督官庁によ る規制のあり方も修正された。この新法の成立に影響したのが,1992年6月 7日に公表された保険審議会総合部会の最終報告書 新しい保険事業の在り 方 の答申である 。その答申では,利用者・契約者指向の徹底,一国経済 における役割の再確認とその強化,そして経済のグローバル化への対応,以 上の視点から,新しい保険業のビジネス・モデルを提起するとともに,それ を支援する行政と保険規制について言及している。その最大の含意は,保険 市場の競争を促進し,また過度の保険規制による市場の歪みを是正して,市 場原理に基づき契約者利益を向上させることにある。具体的には, 規制緩 和・自由化による競争の促進と事業の効率化 (市場の)健全性の維持

公正な事業運営 が目標として掲げられ,保険監督行政の見直しにつなが ったのである 。

従来,保険会社の業務範囲は,保険業法とその他の政令によって限定され てきた。それは大きく,固有業務(保険取引と資金運用),付随業務(各種 の債務保証と国債引受け)そしてその他業務(投資信託の販売など)に分か れている。各業務でリスクの性質もその規模も相違することから,リスクを 遮断する意味で,他業務が制限されてきたのである。また,生命保険と損害 保険も峻別され,異なる業務とされてきた。 隣接業界との業務規制改革

1) 田畑康人[1993] 第12章 保険行政と保険政策 新保険学 有斐閣,235‑

239頁,上柳敏郎[2009] 保険自由化10年と消費者問題 保険学雑誌 第604 号,49頁。

2) 田畑,前掲稿,238‑239頁。

3) 堀田一吉[2009] 保険自由化10年と損害保険 保険学雑誌 第604号,9‑

10頁において,保険消費者のニーズ変化の背景が整理されている。

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においても本体での生損兼営は禁止されたままであったが,子会社方式によ る相互参入は認められた。また,第三分野保険(傷害・疾病・介護保険)に ついては,生損本体での取扱いが可能となり,それに応じて販売チャネルが 多様化された。さらに,生損だけでなく,隣接する金融関連業務への子会社 方式による参入の道も開かれた 。これにより,1975年の監督官庁(当時は 大蔵省)の通達以来継続されてきた業務範囲規制は大幅に緩和されたことに なる。こうした業務には,クレジットカード業務,消費者信用業務,リース 業,投資顧問業,抵当証券業そして国債・投資信託の取扱い業務などが含ま れる。ただし,こうした業務多角化に伴う弊害を未然抑止するための措置

(ファイヤー・ウォールの設置義務,アームズ・レングス・ルールの規定)

や,業務間での情報共有の禁止措置なども講じられた。

こうした措置は,1998年 金融システム改革法 による銀行法,証券取引 法そして保険業法の改正を通じて加速化された。それは,業態を跨る金融サ ービス市場における競争激化の号砲であるとともに,保険会社にとっても他 業態との業務提携やM&Aを通じた総合金融機関化への契機となった。2000 年10月以降,保険だけでなく,銀行や証券の子会社を設立ないし保有するこ とも可能になっている 。

一方,業務多角化リスクなどの新たなリスクを抱えこむことになるので,

逆に,経営監視を強めることや経営破綻に備えることも,これまで以上に重 要になってきた。そこで,経営自由度を高める規制緩和措置のカウンターパ ワーとして,自己責任の増した契約者保護のための再規制も規律された。具 体的には,ソルベンシー・マージン基準の導入,標準責任準備金制度の導入,

財務内容に関する開示基準の強化,そして保険契約者保護基金の創設である。

同時に,監督官庁は保険事業運営の公正性と透明性を重視する方向にあり,

保険契約者の自己責任を発揮しやすい環境を整備している。情報開示規定や

4) 井口富夫[1996] 現代保険業の産業組織 NTT出版,214‑219頁。

5) 上柳,前掲稿,49‑52頁,石田重森・庭田範秋編著[2004] キーワード解説 保険・年金・ファイナンス 東洋経済新報社,100‑117頁。

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募集時の手続き的公正性を確保する措置だけでなく,相互会社においては社 員でもある契約者の権利を強化する方向を打ち出している。また,経営の選 択肢を広げるとともに,経営チェック機能を向上させるために,2000年6月 の改正保険業法おいて相互会社の株式会社への転換規定も整備されることと なった。経営情報の開示については,基礎利益に続いて2006年度決算期から,

大手の生命保険会社は三利源を開示するようになり,生保の収益性を示す指 標が出揃ったことになる。

保険相互会社の場合には,とくに 所有者 としての保険契約者(社員)

の役割も大切であり,従来にもましてチェック機能発揮のために条件を整備 することが望ましい。1996年の改正保険業法では,少数社員権や少数総代権 の権利行使基準が大幅に緩和されている。また,社員の代表訴訟請求権も単 独権とされ実質化が図られた。加えて,その後の金融庁による事務ガイドラ インに,社員総代(候補者)選出のあり方に関する記述がある。その選定・

選出については,プロセスの透明性および選考委員会の独立性を確保するこ とが強調されている。社員総代(候補者)の適格性については,実際にその 会社の社員であることや契約者懇談会への出席状況を重視すべきとしている。

また,選出過程をガラス張りにするために,社員総代(候補者)に相応しい ことを判断する材料を揃えることを求めている。さらに,契約者懇談会の役 割を強化するために,そこでの意見や提言を社員総代会の議題にも加えるこ とで,議論に反映させるべきことを提起している。こうしたことが,直接,

チェック機能向上に結び付くかどうかは未知数である。とくに,個別保険会 社に対して個人的な不平不満からではなく,契約者全体の利益向上に資する ような意見,見識をもった契約者をどう選出するかは難しく,どうしても知 識人や各地域の有力な事業家などに偏りが見られてしまう。選出過程の透明 性を高めるとともに,どのように社員総代会や契約者懇談会の提言が活かさ れているのかフィードバックしていくことで,総代のインセンティブを高め るだけでなく,広く契約者の声を集積できる仕組み作りが肝要になる。

最後に,金融・保険商品とその販売手段の多様化や資産運用業務の高度化

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に合わせて,内部リスク管理の必要性も高まっており,それをどのように行 政側で支援していくかも重要課題となる。これには,保険会社内部の統制や コンプライアンス体制も関連してくる。内勤職員と営業職員を問わず,コン プライアンス(法令遵守)を徹底するとともに,ステークホルダー(利害関 係者)とのリスク・コミュニケーションをとることは,不正行為や不実を許 さない風通しの良い職場環境を育む。保険契約者の利益向上を柱とした各部 門間の連携強化は,保険金支払い漏れなどの組織構造上の問題を解決するこ とにもつながる。こうしたことは,会社統治を通じた内部管理や自己規律を 可能とするのであり,規制緩和の流れと軌を一にするものである。

3.生命保険相互会社の経営行動は変化したのか?

従来型の価格(料率)規制のもとで,実質的な価格競争が制約されている 状況では,規模の大きい生命保険会社は超過利潤(レント)を上げていたと され,それが非効率な非価格競争,サービス競争を促進したと指摘されてい る。確かにこうした側面もあったと思われるが,契約者との接点は営業職員 に限定されている場合,こうしたサービスの多くも彼ら,彼女らを通じて提 供されることになる。そこまで特定されなくとも,あくまでもこうした形態 での競争も,契約獲得のための補助手段に過ぎないとすれば,結局のところ,

こうした資金も営業職員に投下されたともいえるのである。しかしながら筆 者は,新規参入も市場競争も制限されていたとしても,株式会社であれば所 有者である株主への還元を増やすのであり,やはり会社形態の相違が影響し ていると考える。つまり,こうした状況の常態化の裏には,会社形態の影響 が大きく作用した可能性を強調したいのである。そこで,規制が緩和され競 争が促進される状況で,契約者への還元が増大したのであれば,相互会社の 意思決定や選択行動自体に変化が見られるはずである。以下ではこの点を,

公表されているデータに基づき検証してみたい。

ここで活用するモデルは,経営者による費用選好行動を定式化したもので ある。筆者はこれまでも,こうしたモデルを詳細に検討し,その有効性を主

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張してきた 。こうした費用選好仮説の基本的枠組みは,O.

E

. ウィリア ムソンによって提示された。その後米国では,R.リースと青木昌彦氏によ って精力的に展開された。この費用選好仮説をわが国の金融・保険相互組織 に援用したのは,西脇廣治氏と茶野努氏である。とくに茶野氏は,こうした モデルがわが国生命保険相互会社に妥当する理由を述べたうえで貴重な実証 結果を発見している。まず,費用選好行動を生む基礎的条件として,保険市 場が不完全競争であること,保険事業の所有権が希薄化していること,そし て経営者に機会主義的行動の余地があること,以上3点を挙げる。一方で会 社形態を比較した実証結果として,相互会社の経営者は株式会社の経営者よ りも裁量範囲が広く,平均的な報酬金額が高いことと,その金額が事業業績 により感応的であることを導いている。ただ,相互会社の経営者による裁量 的な行動は,必ずしも生命保険会社の非効率の源泉になってはいないと指摘 する。それよりも,会社形態によりステークホルダーとの関係性が異なり,

そのことが経営者間の時間的視野の相違を生んでおり,こうした視野の相違 が経営指標や成果の違いをもたらしている可能性を指摘する。つまり, 株 式会社では短視眼的に収益性が追求される性向が強い一方で,相互会社では 長視眼的に安定性を重視した行動が選択される のであり,短期的に劣る成 果が長期的にも契約者の不利益につながるわけではないとする。

こうした分析結果やコメントは大いに参考になる。一方で,本稿の問題意 識が,保険自由化や規制緩和の影響にあるので,視点や視角は全く異なる。

ここでは,生命保険相互会社の費用選好行動は,経営者の裁量性のもとで,

過剰な宣伝費用,大量の営業職員や多数の代理店の確保,そして経営者の高い

6) O. E.ウィリアムソン(井上薫訳)[1982] 裁量的行動の経済学 千倉書房,

47‑97頁,Rees, R.[1974], A  Reconsideration of the Expense Preference Theory of the Firm,Economica,Vol.41  No.3, pp.295‑307,青 木 昌 彦

[1986] 現代の企業 岩波書店,68‑83頁。さらに,費用選好仮説を金融機 関に援用した文献として,つぎが挙げられる。西脇廣治[1993] 規制と銀行 行動の理論 多賀出版,155‑190頁,茶野努[2002] 予定利率引下げ問題と生 保業の将来 東洋経済新報社,70‑72頁。

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個人的利得や報酬に表出することを想定する。既に筆者は,別稿にて費用選 好仮説を定式化しているので,モデルの概要については注に再録している 。

このたびは, 週刊 東洋経済 の生命保険特集号および 生命保険事業

7) 石田成則[2002] 第3章 生命保険相互会社の経営行動と規制 新世紀の 保険 慶應義塾大学出版会,58‑61頁を参照のこと。なおそこでは,生産設備 などの当期の資本ストックをK,そして当期の金額単位の労働力をN,保険

資産をA,そして責任準備金額Lとするニーハンス流の技術的生産関数を想

定している(J.ニーハンス(石川経夫監訳)[1982] 貨幣の理論 東京大学 出版会,223‑230頁)。

f(K,N,A,L)= 0 f> 0,f > 0,f< 0,f< 0

また,費用関数は,Bを要素費用,C,C は資産管理費用と契約管理・維持 費用,qは保険契約の品質を示す指標として,つぎのように定義した。

C=C (A)+C (L,q)+N+B(K,N)

そして,保険利潤を次式で示した(橘木俊詔・中馬宏之共編著[1993] 生命 保険の経済分析 日本評論社,209頁に同様な定義が見られる)。

π=R−C −C −B−N

= R A−C (A) + R P−C (L,q) −B(K,N)−N

さて,費用選好理論では,いくつかの費用支出項目を抽出して,それを経営者 の効用関数の変数とし,その最大化を目論むと想定する。費用選好仮説のもと では,直接的利得である経営者報酬,間接的利得となる組織拡張のための必要 項目,たとえば内部留保の拡大や営業職員への(過剰)投資がその構成要素と なる。基礎利益・当期剰余(S)と外野組織のための投資金額(N)を特定項 目として取り上げ,経営者効用の定式化をはかる。ただし,αは投資金額が組 織拡張に結びつく有効度を示す。

U=U(S,αN),U,> 0,U > 0

そこで,π(保険利潤) =βS (当期剰余)としてラグランジュ未定乗数法より 効用最大化のための条件を導出する。そこから,均衡状態において,Raを一 定とすれば,高いBn値は高いβ値に跳ね返り,高い経営者利得を許すことに なる。外野組織のための過剰投資が経営者利得を高めてしまう,いわば典型的 な費用選好行動を呈している。生保経営者に対する規律づけが十分でなく,特 定の費用項目への偏向があることを前提とすれば,こうした行動は,経営主義 理論が想定する限りなき組織拡張主義に陥る危険性を示唆している。そして,

成長・組織拡張と経営効率がトレード・オフ関係に立つことになれば,それは 非効率経営の結果として,著しく企業価値を損なってしまうのである。

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概況 によるプーリング・データを活用して,規制緩和直後の2000年度から の3年間と規制緩和から10年経過した2006年度からの3年間について,仮説 を検証した結果をつぎに示している。規制緩和の効果が出ていない前半は,

マンパワーと事業費がともにプラスの符号を,後半になると事業費のみがマ イナスの符号をもつと考えた。なお,推定式では

S

は基礎利益,Rを運用 利回り,Nを金額単位のマンパワー(営業職員+内勤職員)そして

B

を事 業費としている。相互会社のサンプル数が少なく十分な検証結果はえられて いないものの,同一競争条件にある生保会社の経営行動に大きな変化がない ことは確認される。

<モデルの定式化>

ln( S/ A)= α

+αR +

αln N

αln B

+u

α

> 0,

α

> 0,

α

0

<実証結果>

In( S/ A)= 4.502(2.493)+ 0.076 R

(0.778)+ 0.582

In N

(5.906)

−0.250

In B

(−2.513)

2000から2002年度,サンプル数63,adjR = 0.477,F value= 17.908 括弧内はt値

In( S/ A)= 2.603(5.726)+ 0.131 R

(1.333)+ 0.587

ln N

(6.053)

− 0.243

ln B

(−2.469)

2006から2008年度,サンプル数116,adjR= 0.406,F value= 15.606 括弧内はt値

また現在までのところ,販売チャネル改革が進展しているものの必ずしも 既存の営業職員組織に大ナタを振るうことにはなっていない。確かに次図に 示すように,規制緩和後の業界再編などにより,生保全体では労働生産性向 上による経営効率化傾向は明確になりつつある。しかし,販売効率化の影響 は明示的なものではない。(図1から図4を参照のこと)。

(11)

<図1>労働生産性と事業費率の関係(2000年から2002年の3年間の平均値)

<図2>労働生産性と事業費率の関係(2000年から2002年の3年間の平均値)

(12)

<図3>労働生産性と事業費率の関係(2006から2008年の3年間の平均値)

<図4>労働生産性と事業費率の関係(2006から2008年の3年間の平均値)

(13)

4.経営改革のために何が必要とされているのか?

保険相互会社のガバナンスについて,通常のコーポレート・ガバナンス形 態に従えば,⑴市場による審判,⑵財務による規律づけ,そして⑶制度的監 視に分類できる 。制度的監視については,さらに, 内部監査:従業員監 視 準内部監査:自主規制,外部役員制 外部監査:外部監査,監督官庁 による規制 に分けて考える。 市場による審判 は経営者行動に対する生 産物市場からの規律づけであり,当該市場の競争が激烈であるほど,無駄を 省いた効率的な生産機構を構成し,費用最小化への圧力は強まるので,この 規律づけが効果をもつとされる。確かに規制緩和後には,多くの生命保険会 社において事業費率は低下傾向にあり,一定の効果は認められる。

つぎに,財務による規律づけについてである。これまで保険会社の経営形 態を論じる際には,エージェンシー理論に依って立つ 財務による規律づ け の効果に論及されることが多い。筆者自身もこうした理論に基づき株式 会社の優位性を説いたことがある。しかしこうした理論の起源は,会社所有 者である株主が,自らの意に則した経営を実行させるための手段にある。そ して,所有と経営の分離がなされている状況下で,経営者利得と株主利得を 一致させることは,株価最大化もしくは企業価値最大化を導く意味で,効率

8) 茶野,前掲書,84‑91頁を参照のこと。そこでは,コーポレート・ガバナン スの7つの構成要素, コントロール権市場としての資本市場 法的・行政 的・規制的システム 生産物,および生産要素市場 内部コントロール

負債のもつ企業の再組織化機能 労働者管理型企業としてのコントロール 株価による経営チェック機能 を順次検討している。そのうえで,つぎのよ うなコントロール環境の変化を指摘している。 団体年金に代表される生命保 険市場からの規律づけ,あるいは劣後債務の取り入れなど負債による再組織化 機能が,部分的にではあるが期待できるようになってきた。さらに,監督当局 自身によるモニタリングのみならず,会計監査やアクチュアリー(保険計理 人)によるコントロール機能を強化するという方向も指向される。外部取締役 の導入など内部コントロールの効率性向上に関する方策は相対的に容易に導入 可能で,コーポレート・ガバナンスへの改善効果も期待できる。

(14)

的とされたのである 。そうであるならば,相互会社にこうした分析を適用 するには,経営者利得と所有者である社員(契約者)利得が明示されていな ければならない。同時に,両者を一致させることが,直接経営効率化に結び 付くことを証明する必要もある。これに対して,相互会社においては経営効 率化によりある特定の価値が最大化されているわけではなく,それに応じて 相互会社の経営者を制御するシステムも欠落していると考えられるのである。

株式会社形態であれば,経営者と株主の利害対立を抑止するための仕組み を検討することが重要になる。多角化する事業領域の選定,投資プロジェク ト選択について,株主と経営者の利害が対立する選択肢がある。それには,

両者の時間的視野やリスク回避態度の相違も影響し,時に対立は先鋭化す る 。経営者の選択肢は往々にして長期的な利潤を最大化するものや,より 安定的な成果をもたらすものに落ち着きやすい。そこで,株主の短期的な利 得を最大化するために,企業の利潤と経営者の報酬とが連動するような報酬 体系を設計することが合理的な対応となる。こうした報酬体系のもとでの契 約では,経営者の利害と株主の利害が一致することになる。こうした利害の 一致は,自社株式の所有やストック・オプションにより強化される。

こうした考察がそのまま,相互会社の経営者に適用できないのは前述の通 りである。ただし,参考になる部分は確かにある。というのも,保険自由化 など保険行政が転換している現状では,ひとつに経営の自由度は拡大し,そ れに応じて経営者の選択肢も広がることになる。どのような商品開発,どの ような事業への進出,そしてどのような組織再編が保険契約者にとって望ま しいものであるか,こうした判断は経営者に任される一方で,その失敗は契 約者に降りかかる危険性も排除できない。保険規制の判断基準に,規模の経

9) 疋鵬[1995] 第2章 日本企業のコーポレート・ガバナンス 植草益編著 日本の産業組織 理論と実証のフロンティア 有斐閣

10) 以下の論旨は,J.マクミラン(伊藤秀史・林田修訳)[1999] 第10章 経営 者インセンティブを設定する 経営戦略のゲーム理論 NTT出版に拠って いる。

(15)

済性追求による自然独占の可能性があるが,現在の環境下では,正に業際を 跨いだ規模拡大や

M&A

も進展の兆しを見せている。株価による判断基準 がない場合,こうした判断の良否は,経営内部の監査などに限定され,外部 からの市場審判が作用する余地は少ない。

わが国では,1998年12月の金融システム改革法が施行以降,銀行および生 損保による投信販売の解禁,保険と証券の相互参入などが可能になったが,

金融グループ化・系列化の場合,多くの内国保険会社で相互会社という組織 形態の問題に直面することになる。業法上は,株式会社化の道は開けている が,実質的には多く技術的困難に直面している。現行保険業法は,社員権の 補償が株式等の交付に限定されているため,保険業法の規定に従って相互会 社の契約者である各社員に株式を交付すると,大量の株主・端株主が発生し,

株主総会の運営あるいは株主,端株主の管理が実質的に難しいなどの問題点 がある。

しかし,技術的問題が解決されても,株式会社化には新たな問題も生じて くる。まず,保険事業に限定すれば,その商品特性から事業の継続性が望ま しいこともありうる。相互会社の経営行動がより長い時間的視野に基づいて いるのであれば,長期的にみた商品改革や経営イノベーションにも適するこ とになる。また,そもそも相互会社は,会社の所有者を保険契約者に限定す ることで,株主との利害対立を避ける仕組みである。そのため保険契約者に は,所有者・出資者の権利として,自益権と共益権が認められている。契約 者は個人として所有者の立場にあるだけでなく,集団としてみれば顧客グル ープとして生産物取引市場で審判する権限をもちあわせ,株主よりもより強 力なコントロール権限を有するはずである。その意味で,相互会社は単に利 害対立を回避する存在ではなく,相互扶助組織として保険契約者に強い権限 を付与する機構となっているのである。

一方,保険株式会社の経営行動と意思決定に関しては,契約者・株主(所 有者)そして経営者という3つの利害関係グループが考えうる。この3者間 では,時間選好やリスク選好の度合いについて相違があり,このことから最

(16)

適な経営戦略について意見対立が生じうる。契約者と株主についていえば,

前者の保険金請求権がデフォルト・リスクからフリーであれば,それは株主 による株主のための経営戦略から,彼らの権利が侵害されることはないので,

両者間にはコンフリクトは生じないことになる。これに対し,デフォルト・

リスクを想定すると,レバレッジ比率が高い保険会社や危険な投資行動を選 択する保険会社では,契約者から株主へ事後的な所得移転が発生する可能性 も高くなる。

ただこの場合でも,契約者が事前情報により株主(所有者)の意向・意図 を理解することができれば,留保価格としての保険料率は,高レバレッジ比 率にともなうより高額のエージェンシー・コストを反映することが可能にな る。そのため,自己利益を追求する株主にしても,彼らの行動保証の費用が エージェンシー・コストよりも低位である限り,契約者に対して行動を保証 することが有益となる。こうした保証の仕組みとして,再保険契約の締結,

投資および配当政策に関する制限条項の設置,そして一定レベルの自己資本 の確保などが有効となる。わが国でも1996年から社債発行や劣後債の取入れ も認められ,自己資本への組入れが可能となっている。

さらに,相互会社組織のメリットを生かしながら,技術的問題を回避する ためには,持株相互会社も検討に値する。こうした組織では,相互会社の保 険契約者である社員のもつ権利のうち保険関係上の権利(保険契約に関する 請求権)は保険株式会社が,社員関係上の権利(投票権・残余財産分配請求 権など)は持株相互会社が引き継ぐ。保険関係上の権利を引き継ぐ保険株式 会社が生命保険会社として保険事業を行う。社員関係上の権利を引き継ぐ持 株相互会社は,持株会社として保険株式会社その他傘下におく子会社のグル ープ全体の経営にあたることになる。組織変更後の新たな保険契約者は持株 相互会社の社員となるので,相互会社のメリットである契約者(社員)によ る自治を残しながら,持株相互会社は株式会社のメリットも享受できる(図 5を参照のこと)。

ただし,持株相互会社に引き継がれる社員権は,組織間の資金配分とそれ

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に対する対価関係から,従前の社員権と同等とは言い難い側面もある。同様 に,持株会社の株主と社員である保険契約者との間で,利益相反が全く生じ ないとはいえず,その事業戦略やプロジェクトの選択に際して,なお利害対 立の可能性は残される。

5.相互会社組織における改革;制度的監視の重要性

保険自由化が,産業集中度を高め寡占の傾向を強めるとき,市場の審判は ますます作用しにくくなる。こうした現状を鑑みるに,保険規制の緩和は,

必ずしも競争による契約者利益の向上に結実しているわけではない。また,

従来から指摘されていた販売組織の非効率性や大企業に見られるX非効率性 が解消されているわけでもない。そこでやはり,事業経営の効率化や資金調 達の容易性からみて,株式会社化や持株会社化が有力な選択肢になる。他方,

会社形態の転換を回避するのであれば,それに代替するような管理体制の強 化が重要になる。その場合には,内部統制を徹底することや,各種委員会を 設置し外部監視の目を自ら厳正に求めるなど,これまで以上に自己規律が要

<図5>持株相互会社の組織図と戦略

― 持株相互会社の戦略事例 ―

出所)橘木・砂田・野村[1998],6頁。

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請されることになる。

同時に,保険行政の基本姿勢は事前監視型から事後チェック型へ転換が図 られているが,こうした転換の裏では個別経済主体に結果責任が求められる。

保険消費者・保険契約者は適切に情報を収集し,それを判断力する力を身に つけたうえで,自らに最も相応しい保険商品やサービスを選択することにな る。それにもかかわらず,不利益を被った場合には,自身の選択の正当性を 主張することで,金銭的な損失の賠償を自ら勝ち取らなければならない。逆 にいえば,保険会社にも募集代理人や代理店の過失などを含めて,保険消費 者・保険契約者への賠償に備え,説明責任を果たすことが要請される。また,

以前にもまして,内部リスク管理体制を強化して,業際間やグローバルな競 争下での財務健全性を確保する必要に迫られている。そしてこれには,保険 会社の内部統制が確立されていることが前提となる。

しかしながら,保険会社が相互形態をとっている場合に,こうした内部統 制が確立されていたとしても,それが経営者の管理体制を強めることだけに 終始するとしたら,画餅にきす危険性が高い。株主による規律が存在しない ことから,所有者である社員(保険契約者)の権限を強化するか,委員会制 度導入により経営者を対象に含めた規律の強化を模索するか,真剣に議論す べきであろう。前者は保険規制の問題でもあるが,やはりここは委員会設置 会社への移行を含めた自己規律に期待したい。事実,大手の生命保険相互会 社のなかには,委員会制度を取り入れている会社もある。このたびの保険金 支払い漏れの問題でも組織内にセクショナリズムの壁があり,契約者指向が 徹底しなかった点が指摘される。こうした問題も含めて,会社内のコンプラ イアンス体制強化には強力なリーダーシップが要請されている。またこうし た体制の是非を客観的に評価できる外部の目も重要である。そして何より,

契約者懇談会の活性化などを通じて保険契約者とのコミュニケーションを強 め,それを経営改善に的確に反映していく市場対話型の経営姿勢を強く望み たい。

(筆者は山口大学経済学部教授)

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参照

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