規制緩和後の保険業における企業会計と 情報開示
上 野 雄 史
■アブストラクト
本稿では,規制緩和後の保険業の情報開示の変化を,企業会計に関する問 題を中心に論じる。金融監督行政は,市場規律に即した事後的な検査にシフ トした。これに伴い,保険業においても財務諸表により作成された会計情報 の重要性が増し,他業種との比較可能性が高まった。ただし,保険業の情報 開示は,他業種との比較ではなく,同業種との比較に焦点が当てられていた。
保険業には時価会計に関する緩和措置が設けられる一方で,ソルベンシー・
マージン比率およびその内訳が一般に公表され,同業種間で健全性の程度を 競うことが求められている。これは保険業の特性を配慮したためと考えられ る。しかし,こうした取り扱いは,将来的には認められなくなる可能性が高 い。保険会社に対する諸規制は,監督規制と企業会計の両面から国際的な枠 組みが形成されつつある。その変化の大きさは,1995年の保険業法改正から 始まった規制緩和を上回るものかもしれない。
■キーワード
規制緩和,情報開示,企業会計
1.規制緩和後の情報開示
本稿では,規制緩和後の保険業における企業会計と情報開示について論じ
/平成22年9月22日原稿受領。
る。 箸の上げ下ろしまで指示する と揶揄されるように,かつて日本の金 融業は,国の監督下で運営される性格が強く,厳しく規制されていた。保険 業においては,業務の範囲,保険料率,商品設計などが規制されていた。こ うした規制は,金融機関は原則として倒産させないという方針で行なわれ,
金融システムの安定を目的としていた。脱落者を出さないことを前提にする この方針は, 護送船団方式(行政) などと言われた。
護送船団方式 の下では,各社の経営実態は積極的に開示されなかった。
なぜならば,金融機関は潰れることはなく,諸規制により各社の経営実態に 差は生じにくいため,情報開示の必要性そのものが低いからである。
この状況が一変したのは1996年の保険業法の改正,さらには日本版金融ビ ッグバンに伴う一連の規制緩和である。規制緩和に伴い市場競争が求められ るようになってから,多くの財務的に脆弱な中堅の保険会社が経営破綻し,
業務停止命令を受けた。これらの保険会社の破綻に伴い,多くの既存の契約 者が契約条件の見直しにより給付額の削減などの損害を被った。
市場競争下で,保険契約者,株主,その他の取引関係者などの内部の情報 を知ることが容易でない人々にとって,経営実態に関する情報開示は重要な 意味をもつ。これまでの保険研究では,規制緩和が保険業に与えた影響につ いては数多くの論文で論じられてきた 。一方で,保険業の情報開示,とり わけ経営実態に関する情報開示は,筆者の知る限りまだ少ない 。そこで,
本稿では保険業における規制緩和後の企業会計の変化を概観し,その特徴を 論じ,今後の示唆を得る。なお本稿においては,生保,損保の開示の比較検 証は行なわない。両業種の情報開示は,保有する契約や運営形態の違いから 異なる要素も多いが,本稿では,保険業全体として法的に求められる開示を 対象としている。
1) 例えば,実証的な見地から規制緩和後の影響を分析したものとしては,柳瀬 ほか(2007),柳瀬ほか(2009)などがある。
2) 生命保険業の健全性確保の観点から情報開示の必要性について論じたものと しては植村(2009)がある。
2.保険会社の情報開示
⑴ 保険業法第111条に基づく情報公開
1996年以降の規制緩和後,保険会社の情報開示は急速に拡大した。保険業 法第111条 業務及び財産の状況に関する説明書類の縦覧等 では,保険会 社の情報開示について次のように定めている。
<保険業法第111条>
保険会社は,事業年度ごとに,業務及び財産の状況に関する事項とし て内閣府令で定めるものを記載した説明書類を作成し,本店又は主たる 事務所及び支店又は従たる事務所その他これらに準ずる場所として内閣 府令で定める場所に備え置き,公衆の縦覧に供しなければならない。
生保・損保を問わず保険会社はこの規定に基づきディスクロージャー誌を 作成し,自由に閲覧できるようにしなければならなくなった。ディスクロー ジャー誌は各社の社員総代会や株主総会の終了後,7月末までに備え置くこ とになっている。保険業法第111条でディスクロージャーに関する規定が設 けられたことにより,各保険会社による自主的な開示が法令に基づいた開示 へと根拠づけられた。保険業法施行規則の中で具体的な開示項目が定められ ている。ディスクロージャー誌の中で,自社の業務,財産の状況を記載した 説明書類が作成され,一般に公開されるようになった。ディスクロージャー 誌で公開されている情報は以下の主に6つの項目である 。
①会社の概況
沿革,組織,店舗網,株式・株主の状況(株式会社),総代(相互会
3) 主要項目については,日本生命保険と東京海上日動火災保険のディスクロー ジャー誌を参考にした。
社),役員,従業員に関する情報
②業務の内容
主要な業務の内容,経営方針に関する情報
③事業の概況
営業職員・代理店教育,商品一覧,公共福祉活動などの情報
④財産の状況
財務諸表(貸借対照表,損益計算書,キャッシュ・フロー計算書),
不良債権の状態,ソルベンシー・マージン比率およびその内訳,有価証 券等の時価情報等
⑤業務の状況
決算業績,契約増加率等の指標,資産運用の状況など
⑥会社の運営
リスク管理の体制,法令遵守体制,個人データ保護等
本稿では,こうした情報開示のうち ④財産の状況 や ⑤業務の状況 に焦点をあてる。こうした経営実態に関する情報開示で,その中核となるの は企業会計である。企業会計によって示される経営実態は全て一覧の表にま とめられる。主に次の4つの表から成り立っている。
①財政状態を表す貸借対照表
②経営成績を表す損益計算書
③資金繰りを表すキャッシュ・フロー計算書
④資本の変動を表す株主資本(基金)等計算書
これらは一般に総称して財務諸表と呼ばれ,財務諸表に基づいた情報は会 計情報と呼ばれる。それとは別に公表している情報もある。財務諸表の注記 や各企業が独自で発信している情報がこれに該当する。本稿では,これらの 情報のうち,保険会社の健全性を測定するソルベンシー・マージン比率につ いて触れる。
3.規制緩和の施策と保険業
⑴ 効率化と安定性のための施策
本節では,1995年以降の保険業の自由化に関する施策を概観する。わが国 の保険業の自由化は,保険業法が1995年5月に抜本改正され,翌年4月に施 行されたことにより始まった。さらに1996年11月に橋本首相から金融改革の 構想が打ち出された。スローガンとして,フリー,フェア,グローバルの3 つを掲げ,ロンドンのようなグローバルな金融市場となることを目標に行っ た金融改革である。イギリスの金融改革である金融ビッグバンに倣ったため,
金融ビッグバン,もしくは日本版ビッグバンともいわれている。金融ビッグ バンでは,保険業を含めた金融業に対する,一連の自由化施策がなされた。
この金融ビッグバンが行なわれる背景として,大蔵省(現在の金融庁)は以 下の3つを挙げている 。
①我が国金融の自由化・国際化の進展
バブル経済以前は,企業の資金調達の変化,国債市場の拡大等を背景 に,金融分野の自由化が進められてきた。例えば,預金金利の自由化,
子会社形態による証券・銀行の相互乗り入れ等など。
②バブル経済の発生・崩壊
バブル崩壊後に各種市場の問題が顕在化している。その結果として,
マーケットルールやディスクロージャーの徹底,監視機能の強化が図ら れた。
4) 金融庁のホームページにて公表されている以下のURLから抜粋した。ビッ グ バ ン の 背 景(http://www.fsa.go.jp/p mof/big-bang/bb2.htm(閲 覧 日 2010年9月20日)。
5) ①の項目で触れられているように,規制緩和自体は,金融ビッグバン以前に 始まっていた。Hoshi and Kashyap(2002,pp.219‑220)は,1970年代前半 の高度成長期の終焉から1996年に行なわれた金融ビッグバン宣言までを金融自 由化の時期と整理し,大企業に銀行借入以外の資金調達手段を与えたとしてい る。
③欧米市場との比較
ニューヨーク,ロンドン市場と比較して東京市場は伸び悩み。わが国 の個人金融資産1,200兆円の効率的運用が必要である。
岡田(2006,pp.187‑188)では,1997年から2003年にかけて実施された 一連の施策を 効率化 と 安定化 に分類している。それをまとめたのが 図表1である。 効率化 の施策では,保険市場と保険経営に競争原理を促 進することを目的に,そして 安定化 の施策では,保険契約者等を保護す ることを目的としている。一連の施策では,市場原理を促進させるための規 制緩和だけでなく,それに伴い保険契約者に生じる不利益の緩和策が実施さ れている。例えば,支払不能状態を予防する早期是正制度,保険契約者の利 益確保のための支払保障制度は,その代表的な施策である。
図表1 1997年から2003年にかけて実施された施策 効率化促進のための主な施策 安定化をはかり保険契約者等を保護
するための主な施策
①保険持株会社の解禁
②金融システム改革法による業 務範囲の拡大
③料率の使用義務の廃止
④保険・銀行間の子会社方式に よる相互参入
⑤保険商品に関わる届出制対象 の拡大
⑥銀行等による保険商品の窓口 販売の解禁とその対象商品の 追加
①早期是正措置の導入
②保険契約者保護機構の創設
③顧客説明等の措置の義務付け
④保険募集の際の説明の充実及び保 険契約の内容に関する書面の交付 の徹底をはかるための措置
⑤ソルベンシー・マージン基準の見 直し
⑥破綻法制の整備
⑦生損保会社本体による第三分野へ の相互参入の実施に関するルール の整備
⑧金融商品販売法の施行
⑨生保セーフティネットの再構築
⑩自治的な手続きによる契約条件変 更の仕組みの整備
⑵ 監督行政の変化
本節では,監督行政の変化について述べる。保険行政においては,1998年 に金融監督庁の発足にあわせて保険関係通達が原則的に廃止され,1999年に 金融検査マニュアルが取りまとめられた。金融検査では,検査官が金融機関 に立ち入り,その経営内容などの検査を実施する。その金融検査の基本指針 として図表2に示した5つの原則が挙げられている。
金融検査の基本方針は,銀行法,保険業法等に共通のものであり,検査の 基本的考え方および実施手続等を定めている。本稿において注目したいのは 補強性の原則 である。補強性の原則では,市場規律に即した保険会社の 自己責任の原則に立つ経営管理を尊重し,事後的な検査を通じて,内部管理 ならびに外部監査の妥当性を検証することに重点をおく旨が表明されている。
図表2 金融検査5つの原則
原則名 具体的な内容
1. 利用者視点の原則
金融検査は,あくまで,預金者等一般の利 用者の保護,金融システムの安定及び国民経 済の健全な発展のために,各金融機関の経営 実態を把握するものである
2. 補強性の原則
金融検査は,自己責任に基づく金融機関の 内部管理と,会計監査人等による厳正な外部 監査を前提としつつ, 市場による規律 を 補強するものである
3. 効率性の原則
当局の限られた資源を有効に利用する観点 から,金融検査は,金融機関の監査機能や検 査・監督における関係部署と十分な連携を行 いつつ,効果的に実施される必要がある
4. 実効性の原則
金融検査は,金融機関の業務の健全性と適 切性の確保に向けて,機能を十分発揮するよ うに実施される必要がある
5. プロセスチェックの原則
金融検査は,各金融機関の法令順守態勢,
各リスク管理態勢に関して,そのプロセスチ ェックに置いた検証を行なう必要がある
すなわち,財務諸表とその監査が中心なのであって,検査はあくまでも 補 助的 なものに過ぎないという姿勢である 。つまり,財務諸表の数値が金 融検査にも大きな意味を持つこととなった。
4.企業会計上の情報開示
⑴ 会計ビッグバンと保険業
保険業法の改正と金融ビッグバンを通じて,財務諸表の数値は,市場規律 を機能させる重要なものへと変化した。一方で,財務諸表を作成する上で必 要となる企業会計の諸基準もまた改革が進められていた。金融ビッグバンの 一環として行われた会計改革である。この一連の会計改革は会計ビッグバン とも呼ばれ,日本独自の慣行によって成り立っていた会計基準を,国際的な 動向も加味した上で基準の改訂や新たな基準の適用を進めることになった。
図表3に示しているように,2000年3月期の連結会計の改革,キャッシュ・
フロー計算書などの改訂に始まり,2007年3月期の企業結合の会計に至るま で数多くの基準が適用された。
6) 日本公認会計士協会は,この基本原則の公表後に2000年7月に業種別監査委 員会報告第18号 会計監査と金融検査との連携に関するガイドライン を公表 している。
図表3 会計ビッグバンにより適用,改訂された主な会計基準
固定資産の減損 持合株式の時価評価 退職給付会計 金融商品会計 中間連結財務諸表 税効果会計
キャッシュ・フロー計算書
連結会計の改訂(連結が主,個別が従となる)
2006年3月期 2002年3月期
適用された基準 適用時期
2000年3月期
2001年3月期
2007年3月期 企業結合会計
この背景には,会計基準の国際化がある。証券監督者国際機構(以下,
IOSCO
という)は,1988年11月,メルボルンで開催された年次総会で,国 際的なディスクロージャー制度の統合に対し積極的に取り組む方針を明らか にした。その中で,当時の国際会計基準委員会(以下,IASCという)の活 動を支持する声明文を公表した 。仮にIOSCO
がIASC
で作成されている 国際会計基準(以下,IASという)を承認すれば,IASが国際的な資本市 場で用いられる可能性が強くなる。この声明文以降,各国はIAS
への対応 が求められることとなった。とりわけ,わが国では自国の会計基準とIAS
との間に,多数の差異が存在していたため,大幅な改訂が必要となった。保険業法では,監査の対象となった計算書類が一般に公正妥当と認められ る企業会計の慣行に準拠することが定められている(保険業法施行規則第17 条の8)。すなわち,全ての保険会社もこれらの国際的な会計基準に準拠し た会計基準の適用を余儀なくされた。会計ビッグ・バンにより導入された会 計基準は以下の5つの特徴がある 。
①個別ではなく,連結情報が重視
②将来キャッシュ・フロー情報の重視
③損益計算書中心から貸借対照表中心への移行
④保有している資産・負債の時価情報を重視
⑤予測情報を資産や負債の各数値に織り込む
このような要素を盛り込むと,企業業績は毎期の時価に左右される。時価 評価の対象となった資産および負債の評価額は毎期変動し,それに伴い純資 産額も変動する。さらに,その変動額を損益計算書上で認識すれば,毎期の 利益計上額も影響を受ける。本稿では,会計ビッグバンで適用された諸基準 のうち保険会社に最も係りのある金融商品の時価会計について触れる。
7) IASCは国際会計基準審議会(IASB)の前身の組織である。
8) これらの要素は独立したものではなく,相互に関係している。例えば,将来 キャッシュ・フローの情報が重視されるために,資産・負債の時価情報が重視 され,予測情報が資産・負債の各数値に織り込まれる。
⑵ 金融商品の時価会計
大蔵省(現在の金融庁)の企業会計審議会は1999年1月22日 金融商品に 係る会計基準の設定に関する意見書 および 金融商品に係る会計基準
(以下,これらを金融商品会計という)を公表した 。金融商品会計は非常 に多岐に渡る基準であるため,本節では,保険会社にとって最も重要である と考えられる有価証券の分類と評価,そして有価証券の減損処理について限 定して述べる。
①有価証券の分類と評価方法
金融商品会計では,企業が保有する有価証券を図表4のように分類し,そ れぞれ異なる評価方法を適用する。
金融商品には株式,社債,国債,外国証券など様々な種類が存在する。し かし,金融商品会計では,こうした 種類別 ではなく, 保有目的別 に 有価証券を分類する。売買目的有価証券とは,トレーディング目的で保有し ている有価証券のことである。トレーディングは時価の変動により利益を獲 得する活動であるため,このカテゴリーに入った有価証券は時価評価される。
一方で時価評価されないのが,満期保有目的債券である。ここでいう債券に は,社債,国債,地方債などが該当する。満期保有目的債券は,償還時まで 保有することを目的としている有価証券を指す。満期保有目的債券は時価評
9) 金融商品会計はその後改訂を重ね,現在は企業会計基準委員会第10号 金融 商品に関する会計基準 (2008年3月10日公表)が最新のものである。
図表4 有価証券の分類と評価方法
有価証券の分類 評価方法
売買目的有価証券 時価評価 満期保有目的債券 償却原価法 子会社・関連会社株式 取得原価
その他有価証券 時価評価(含み損益は資本直入できる)
価せず,償却原価法により評価する。償却原価法とは,債券の取得時の価格 と額面金額との差額を償還時までに徐々に認識していく手法である。この方 法は,時価評価のように帳簿価額が急激に変動することはなく,取得原価に 近い考え方である。
一旦,満期保有目的に分類された債券を他の分類に変更することは原則認 められていない。子会社・関連会社株式は,子会社または関連会社の株式の ことである。子会社・関連会社株式は取得原価で評価される 。他の分類に 入らなかった有価証券は,その他有価証券に分類される。その他有価証券で は,評価差額については資本直入し,当期純利益に影響しない形で処理す る 。
②有価証券の減損
有価証券の減損とは,保有している有価証券の時価が著しく下落し,回復 の可能性がない場合に適用される会計処理のことである。先述したように売 買目的有価証券以外の有価証券については,時価による評価差額を損益計算 書上に計上する必要はない。しかし,それ以外の有価証券についても著しい 市場価格の下落が認められるときは,その時価を貸借対照表の価額とし,評 価差額を損益計算書上に計上しなればならない。この処理を減損という。減 損が生じたかどうかの判定は以下の図表5のようになされる。
10) 連結財務諸表上は,資本と投資の相殺を通じて当該子会社の実質純資産が反 映され,関連会社株式は持分法により関連会社の業績が保有持分に比例して,
資本や当期の損益に反映される。
11) 評価損を当期の損失として処理することも出来る(部分時価評価法)。
減損の対象外
合理的な基準により判定 減損
30%未満 30%〜50%未満 50%以上
図表5 減損の判定基準 下落率 減損処理の要否
金融商品会計では図表5のような数量的な目安は設けられているが,絶対 的なものではない。数値基準による判定は50%以下については,個々の企業 が 著しく下落した かどうかを判定する。
⑶ 保険会社に認められた特例措置
保険会社には有価証券の評価に際して2つの特例が認められている。責任 準備金対応債券と保険業法第112条による含み益の計上である。本節では,
この二つの特例について触れる。
①責任準備金対応債券
責任準備金対応債券とは,金融商品会計で述べた4つの区分とは別に,保 険会社のみに認められた5つ目の区分である。責任準備金対応債券では,満 期保有目的債券と同様に償却原価による処理が認められている。保険負債の 長期性という特性を踏まえ,ALM手法の一環として,長期固定金利の負債 の金利変動リスクを相殺するために保有する長期の債券に償却原価法による 評価を認めている。償却原価法は帳簿価額の変動が少なく,原価に近い考え 方である。責任準備金対応債券の区分により,資産と負債のミスマッチを和 らげようとする狙いがある。保有している有価証券を責任準備金対応債券に 区分するためには,保険会社の保有する資産のうち,明確なリスク管理方針 の下で資産・負債のデュレーション・マッチングが図られていなければなら ず,リスク管理を適切に行うための管理・資産運用方針等の策定が必要とな る。
責任準備金対応債券の区分は,企業会計審議会から金融商品会計が公表さ れ,2001年3月期から適用される際に,金融審議会第二部会からの提案によ り設けられた区分である 。
2000年10月13日に公表された金融審議会第二部会 保険会社における金融 商品の時価評価の導入について では,責任準備金対応債券の設定について,
12) 具体的な提案については金融審議会第二部会(2000)を参照されたい。
保険会社についても金融商品の時価評価を導入することの意義は大きく,
時価評価の導入を先送りするという選択肢を採ることは適当でない (金融 審議会第二部会 2000,p.1)とする一方, 保険会社のバランスシートをみ ると,一般の企業にはみられない財務上の特性があることも事実である。
として,他の企業との財務上の特性を配慮することの重要性を強調している。
ここで触れられている財務上の特性とは,責任準備金のことである。
保険会社の負債の大半は責任準備金が占めている。この責任準備金は,保 険会社が保険契約者に対して超長期にわたる債務の履行を確実なものとする ため,契約時に固定された予定利率に基づいて積み立てられている。金融商 品会計により資産側の債券は時価評価されることとなる。一方で,責任準備 金の負債部分はロック・イン方式で時価評価されていない。このため,資 産・負債のデュレーション・マッチングが図られ,資産・負債の金利変動リ スクが回避されていると考えられる場合でも,会計上の資産と負債の評価方 法にずれにより,財務諸表上,純資産(資本)の額が変動することになる
(図表6参照)。こうしたミスマッチを解消する目的で責任準備金対応債券の 区分が設けられることとなった。
②保険業法第112条
保険業法第112条では,監督当局の認可を受けて市場価格のある株式の含 み益を評価益として計上することを特例として認めている。その条文は以下
図表6 資産と負債のミスマッチ
の通りである。
<保険業法第112条>
1. 保険会社は,その所有する株式のうち市場価格のあるもの(第 118条第1項に規定する特別勘定に属するものとして経理されたも のを除く。以下この項において同じ。) の時価が当該株式の取得価 額を超えるときは,内閣府令で定めるところにより,内閣総理大臣 の認可を受けて,当該株式について取得価額を超え時価を超えない 価額を付すことができる。
2. 前項の規定による評価換えにより計上した利益は,内閣府令で定 める準備金に積み立てなければならない。
保険業法第112条では,市場価格のある株式の含み益の全部,もしくは一 部を利益として計上することが内閣総理大臣の認可を条件に認められている。
評価益が その他有価証券 のように資本直入ではなく, 保険業法第112条 評価益 として損益計算書上の特別利益に計上され,その計上額を責任準備 金および配当準備金として積み立てることが認められている。かつ,その計 上する含み益も全額である必要はなく,その一部を計上してもよい。
従来,企業は決算対策の意味合いで,保有株を一旦売った後で即座に買い 戻し,帳簿上の利益を確保する 益出しクロス取引 を頻繁に行なっていた。
金融商品会計では,この 益出しクロス取引 による損益の計上を認めてい ないため,保有株による利益の捻出が難しくなった。保険業法第112条を利 用すれば,評価益を計上することが出来る。ただし,内閣総理大臣の認可が 必要であるため,安易な計上は行なえない。保険業法第112条は,保険会社 の企業業績が悪化した場合のための救済的な意味合いが強いといえる。
5.ソルベンシー・マージン比率とその内訳の公開
⑴ ソルベンシー・マージン比率とは
金融検査の基本原則において会計監査人等による厳正な外部監査を前提と しつつ, 市場規律 を掲げる中で,有価証券の時価評価において2つの特 例措置が認められる。これらの特例措置は,時価会計の影響を緩和するもの である。こうした企業会計上での緩和措置がある一方で,各保険会社の健全 性を定量的に示すソルベンシー・マージン比率とその内訳が一般に開示され ている。ソルベンシー・マージン比率とは,保険会社の支払能力の程度を示 す。ソルベンシー・マージン比率は1995年の保険業法の改正に伴い導入され たものである。200%を下回れば金融庁から早期是正措置の対象となる。図 表7に示す式で算出する。
ソルベンシー・マージンには,保険会社の持分である資本金(基金)に加 え,非常時に備えられて積み立てられている価格変動準備金,危険準備金,
異常危険準備金などから構成されている。それに,その他有価証券や土地の 含み損益など,損益計算書上に計上されていない含み損益を加える。その他 有価証券や土地の含み損益などは時価で変動するので,この部分は市場環境 に左右される。その他有価証券評価差額については,マージンを保守的かつ 厳格に見積もるという観点から,損の場合は100%,益の場合は90%と,含 み益の計上額を小さく設定するようになっている 。土地の含み損益につい て同様の取り扱いを行なう。分母となる各リスクは,保険会社に起こり得る リスクを数値化したものである。各リスクの数値は,各社で設定するのでは なく,金融庁から定められている数値を用いる。
13) この点については,金融庁(2010)を参照されたい。
ソルベンシー・マージン比率およびその内訳は,行政監督上の指標であり,
本来ならば公開の必要がないと考えられる。その指標の公開をあえて義務付 けるのは,監督当局が各保険会社に対して健全性への自主的な取り組みを動
図表7 ソルベンシー・マージン比率の算定方法と内訳
ソルベンシー・マージン比率=ソルベンシー・マージンの合計 リスク合計額×1/2
ソルベンシー・マージンの内訳 資本金(基金)等
価格変動準備金 危険準備金
異常危険準備金(損保のみ計上)
一般貸倒引当金
その他有価証券の評価差額×90%(評価損の場合は100%)
土地の含み損益×85%(評価損の場合は100%)
全期チルメル式責任準備金相当額超過額(生保のみ計上)
払戻積立金超過額(損保のみ計上)
負債性資本調達手段等 意図的保有による控除額 その他
リスク合計額
(R+R)+(R+R+R)+R+R 一般保険リスク R
第三分野保険の保険リスク R 予定利率リスク R
資産運用リスク R 経営管理リスク R
巨大災害リスク R(損保のみ計上) 最低保証リスク R(生保のみ計上)
機付ける狙いがあったと考えられる 。企業会計上の数値だけで,保険会社 の健全性を読み解くことは困難である。企業会計の数値は,資産側と負債側 の評価方法が一致しておらず,また資産内での評価方法も一致していない。
財務諸表上での追加的な情報として, 債務者区分による債権の状況 や,
契約時期別の責任準備金残高 , 保有している有価証券の時価情報等の開 示 などが開示されているが,これらの情報を総合しても,実際の健全性の 程度を一般の情報利用者が読み解くことは困難である。行政監督上の方針が,
市場規律 に重点を置いたと考えれば,ソルベンシー・マージン比率は企 業会計上の不備を補完する役割があったと考えられる。
6.保険業の情報開示の特殊性
金融監督行政は,市場規律に即した保険会社の自己責任原則を尊重した事 後的な検査にシフトした。これに伴い,金融検査は,その基本原則で示され ているように財務諸表の数値とその裏づけとなる会計監査を補強するものと 位置づけられた。
一方で,その大半を占める有価証券の評価に際して,責任準備金対応債券 や保険業法第112条などの保険会社にのみに認められる緩和措置が設けられ ていた。財務諸表上の数値では,こうした対応は,金融検査のマニュアルに おいて,同一の枠組みにある銀行とは大きく異なっている。銀行業において はその後の不良債権処理は会計上の貸倒引当金の積み増しという形で,利益 計算と結び付けられる形で行なわれた。財務諸表における利益計算という観 点から見ると,保険業に対するこれらの対応は特異である 。
会計情報は,全ての業種を同一の枠組みに当てはめ,比較できる情報を求
14) この点については,保険会社の財務に係る健全性ではなく,経営全般に係る 指標であるという誤解を招く一因になっている可能性が指摘されている(米山 2007,p.19)。
15) 不良債権処理に対する貸倒引当金の積み増しは保険業に対しても行なわれた。
貸出額が銀行と比べて少なかったため,その影響は軽微なものであった。
める。これは保険業に対しても同様である。つまり,公開された情報は,同 業種だけでなく,他業種との比較の材料としても利用される。ただし,時価 会計に関する緩和措置が設けられていたことから分かるように,保険業はわ が国の企業会計上において独自の特性を認められ,他業種との比較が極力避 けられてきた。一方で,同じ保険会社の枠内においては,ソルベンシー・マ ージン比率およびその内訳が公表され,他社と健全性の程度が競うことを求 められた。すなわち,競争の範囲は同業種に限定されていたと解することが 出来る。
7.国際的な枠組の形成と求められる変化
保険業の情報開示は,その独自の特性を配慮した取り扱いがなされてきた。
つまり他業種との比較ではなく,同業種との比較に焦点が当てられていた。
しかし,この取り扱いは将来的には認められなくなる可能性が高い。保険 会社の諸規制は,監督規制と企業会計の両面から国際的な枠組みが形成され つつあり,それに伴い国際的な基準に準拠することが求められるからである。
IAIS(保険監督者国際機構)は,2011年10月までに基準の根幹をなす保
険基本原則を包括的に改定することを予定している。具体的には保険基本原 則毎に判断基準を定め,指針で補完する体系に変更する予定である。こうし た改訂により,保険基本原則はより強制力の強い必須基準として位置づけら れ,加盟国であるわが国もその対応が求められることになる。こうした動きは企業会計でも同様である。2005年の
EU
域内の上場企業に 対する国際財務報 告 基 準(以 下,IFRSと い う)の 適 用 を き っ か け に,IFRS
の適用は各国に広がっている 。それに伴い,各国の会計基準を国際 的な会計基準に近づけていくコンバージェンス(収斂)のアプローチから,国際的な会計基準(IFRS)そのものを適用するアダプションへのアプロー
16) IASC時に作成された会計基準をIAS,IASB時に作成された会計基準を国 際財務報告基準(IFRS)という。現在では,IFRSという名称が一般的であ る。
チへの転換が生じている。
金融庁は2009年2月に任意適用については2010年3月期から開始するとし,
IFRS
の適用については,2015年または2016年に強制適用を行なうかどうか の判断を2012年頃行なうと公表した 。この金融庁の発表以降,わが国にお いてもIFRS
導入を巡る動きが活発化している。仮にIFRS
が強制適用され れば,その影響は保険業界にも及ぶと考えられる 。とりわけ,IASBの保険プロジェクトで現在作成が進められている 保険 契約 に関する会計基準がわが国で適用された場合の影響は大きい。保険プ ロジェクトでは,保険負債を時価で評価することが提案されている。責任準 備金は,国の基準に完全に依拠する形で計算が行なわれていた。保険業法に おける 標準責任準備金制度 では,責任準備金の積立方式だけでなく計算 基礎率についても,監督当局が定めている 。この法定上の責任準備金の負 債額をそのまま企業会計上でも計上していた。つまり,国がその値を保証し ていたといえる。新しい基準では,各保険会社が自己責任に基づいて保険負 債の算定を行なわなければならず,算定された保険負債の意味はこれまでと は異なってくる。
同業種での競争に範囲を限定してきたわが国の保険会社は,規制と企業会 計の国際的な枠組みの形成に伴い,国境を越えた比較にさらされることにな る。その変化の規模は,1995年の保険業法改正から始まった規制緩和を上回 るものかもしれない。
(筆者は静岡県立大学経営情報学部助教)
17) 詳細については,企業会計審議会(2009,pp.13‑14)を参照されたい。
18) IASBにおいて現在検討されている 保険契約 の基準を適用すれば,保険 負債が時価評価されることになる。詳細については上野(2009)または上野
(2010)を参照されたい。
19) 予定死亡率については,㈳日本アクチュアリー会が作成し,監督当局が検証 したものが使われている。標準責任準備金の対象とならない契約については,
平準純保険料式または全期チルメル式で計算されている。
引用 献
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2. 上野雄史(2010) 将来キャッシュ・フローの見積りと経営者裁量⎜保険負債 の測定を中心として 保険学雑誌 (日本保険学会),第609号,pp.81‑98。
3. 植村信保(2009) 保険会社経営の健全性確保について 保険学雑誌 (日本 保険学会)第604号,pp.61‑74。
4. 岡田太志(2004) 保険システムの諸問題 千倉書房。
5. 企業会計審議会(2009) 我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見 書(中間報告) (6月16日公表資料)。
6. 金融審議会第二部会(2000) 保険会社における金融商品の時価評価の導入に ついて (10月3日公表資料)。
7. 金融庁(2010) 保険業法施行規則の一部を改正する内閣府令案等に対するパ ブリックコメントの結果等についてコメントの概要及びそれに対する金融庁の 考え方 (2010年4月9日公表資料)。
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