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規制緩和後の生命保険業界における競争 促進と情報開示

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規制緩和後の生命保険業界における競争 促進と情報開示

岩 瀬 大 輔

■アブストラクト

1996年の改正保険業法に始まった生命保険自由化の流れは,業界の市場構 造に大きな変化を及ぼした。しかし,これを消費者利益の観点から改めて見 ると,競争によって価格を引き下げ,剰余を消費者に還元するという目的は 実現できていない。規制緩和によるメリットを消費者が十分に享受するため には,消費者がニーズに合った保険を選ぶために必要な情報開示をさらに強 化する必要がある。具体的には,比較情報を流通させるための前提となる約 款と保険料表の開示と,それらの情報を十分に使いこなすための前提として 購入者手引 の全契約者に向けた事前交付を,保険会社に義務付けるべき である。

■キーワード

保険自由化,消費者利益,情報開示

1.はじめに

本稿の目的は,1996年以降の規制緩和が生命保険業界に及ぼした影響を,

主に消費者利益の観点から整理し,それが実質的な成果をあげるためには顧 客への情報開示を強化する必要があることを示すことにある。

56年ぶりの抜本的な改正となった新保険業法の目的は,規制緩和による競

*平成21年6月19日の日本保険学会関東部会報告による。

/平成22年6月19日原稿受領。

(2)

争を促進し,同時に財務面からの消費者保護を図ることにあった。前者は参 入規制の緩和と商品・チャネル・料率の自由化,後者はソルベンシー・マー ジン基準の導入,セーフティネットの創設,ディスクロージャーの改善等と いう形で実現した。

これは保険契約者の観点からみると,戦後長らく続いた 同一商品・同一 価格(・単一チャネル) から脱し,個々人の多様なニーズに応じた商品とチ ャネルを選べるようになることと,市場原理の導入によって保険料率=価格 が低下し,これまで保険業界に留保されていた余剰が消費者に直接的に還元 されることを意味していた。

この新保険業法が端緒となった生命保険業の自由化の大きな流れは, 少 し高い価格であっても競争を組織化することによって契約者に対して安心で きる保険サービスを提供する という 戦後型保険システム から, 自由 競争で効率性を高めた企業の剰余を価格競争によって消費者に還元する 新 しいシステムへの転換を意味していた 。

この自由化から10年以上が経過したが,上記の目的は達成されたのだろう かを検証するのが本稿の目的である。具体的な構成は,以下の通りである。

まず,改正保険業法を契機に業界で起こった変化を,市場,商品,チャネ ル,料率,情報開示の観点から整理する。次に,これらの大きな変化にも関 わらず,価格の低下を通じた剰余の還元という消費者利益の増加がまだ実現 していないことを示す。最後に,その理由が消費者への情報提供不足にある ことを説明し,このような状況を改善するための具体的な方策としての保険 会社に義務付けるべき情報開示についてまとめる。

2.改正保険業法以後の変化

生命保険商品の供給者たる生命保険会社の観点から見ると,1996年以降,

生命保険業界は劇的に変化した。

1) 米山(2009)参照。

(3)

2‑1 市場規模の縮小

まずは,個人保険市場の大幅な縮小である(図表1)。1995年度と比べる と,2008年度における保有契約件数は15%減(1.3億件から1.1億件),収入 保険料は19%減(18.4兆円から15.0兆円),契約高は37%減(1,469兆円から 933兆円)となっている。

この市場縮小の要因を,少子化という人口構造の変化による保障ニーズの 低下に求める見解もあるが,十分な説明ではない。確かに,20歳未満の人口 は2,857万人から2,323万人へと(ちょうど収入保険料と同じ)19%減となっ ているが,商品構成は家族への保障である死亡保障から,契約者本人への保 障である医療保障と大きくシフトしているため(2−3参照),少子化だけ では説明できないと考えるべきである。実際,民間医療保険の主な対象とな る勤労世代(20歳から64歳)の人口は7,861万人から7,623万人へと3%しか 減っていない。

むしろ,長引く景気低迷を背景に世帯平均所得が17%減(660万円から548 万円)となっている中,生命保険の 単価 (保有契約1件当たりの収入保 険料)がほとんど下がっていない(14.1万円から13.5万円と4%減)ことに こそ,着目すべきではないだろうか 。

したがって,個人保険市場の縮小は,全体としての保障ニーズは大きく変わ っていないものの,所得が低迷し家計が苦しくなるなか,高い保険料を払えず にやむを得ず保険を解約せざるを得ない人が増えていると考えるべきである。

2‑2 新規参入と非伝統的生保の躍進

次に,新規参入と市場占有率の変化である。戦後20社で再出発した生命保 険業界では戦後50年間は新規参入はほとんどなく,参入した企業の影響力も

2) 平成18年からの3年間に民間生保を解約・失効した理由は 掛金を支払う余 裕がなくなったから 掛金が更新により高くなってしまったから が合わせ て50%となっており,平成9年調査時の33%から大幅に増えている。 平成21 年度 生命保険に関する全国実態調査 (生命保険文化センター)

(4)

限られていた 。その後,1996年の新保険業法施行をきっかけに,損保子会 社が相次いで参入し,同時に,外資系も第三分野の全面解禁による市場の成 長,破綻した中堅生保の買収・統合などを通じて,大きくシェアを伸ばした。

現状では損保系9社が新契約高╱収入保険料でそれぞれ14%╱8%,外資 系17社が23%╱26%のシェアを持つに至っている 。これらに非伝統的生保 を合算すると,新契約高╱収入保険料ベースでそれぞれ44%╱37%のシェア を持つに至っており,改正業法をきっかけとして従来とは異なる生命保険会 社が市場で大きな占有率を持つに至ったことが分かる。

2‑3 死亡保障から医療保障へのシフト

商品面においては,販売の主力が死亡保障から医療保険やがん保険などの いわゆる第三分野に移ったことがある。これらの保険は外資系生保会社と一 部の中小会社の経営保護の観点から取り扱いが制限されていたが,新保険業 法の施行により国内大手生保会社や損保会社による取り扱いが認められ,日 米保険協議にて合意された激変緩和措置期間を経て,2001年に解禁された。

第三分野の契約件数は,2000年度において新契約╱保有契約がそれぞれ個 人保険契約全体の23%╱21%を占めていたが,2008年度においては45%╱35

%を占めるに至っている。

3) 例えば,現状では大きな存在感を持つアメリカンファミリー,アリコジャパ ン,ソニー,プルデンシャル各社も,1991年時点での収入保険料はそれぞれ,

303,170,56,13(単位は10億円)に過ぎなかった。これが2008年時点では 1,161(対1991年 比3.8倍),1,094(6.4倍),660(11.8倍),466(35.8倍)に まで成長している。

4)・外資系生保:アリコジャパン,アメリカンファミリー,アクサ,ジブラルタ,

ハートフォード,アイエヌジー,AIGエジソン,AIGスター,プルデンシ ャル,マニュライフ,アクサフィナンシャル,ピーシーエー,カーディフ,

アリアンツ,チューリッヒ,クレディ・アグリコール,マスミューチュアル

・損保系生保:東京海上日動あんしん,三井住友海上メットライフ,東京海上 日動フィナンシャル,三井住友海上きらめき,損保ジャパンひまわり,日本 興亜,あいおい,富士,損保ジャパン・ディー・アイ・ワイ

(5)

死亡保障から生存保障へのニーズのシフトについては,1980年代にはすで に死亡保障に依存する成長は頭打ちとなっており,医療保障や年金保険への 重点のシフトが望まれていたことが指摘されていた 。規制緩和は,このよ うな市場ニーズの変化にかなり遅れて,実現したものであったとも言える。

さらに,銀行窓販の解禁を契機に年金保険の販売も増え,外資系および損 保系を中心に変額年金保険の分野において大きなシェアを伸ばした 。

2‑4 加入チャネルの多様化

加入チャネルも大きく変化した。第三分野商品の成長と2007年12月の銀行 窓販全面解禁を契機に,かつては独占的な地位を占めていた営業職員チャネ ルが件数ベースでは1997年の89%から68%までシェアを落とし,代わって通 信販売が9%,銀行が6%,その他が14%とシェアを拡大している。

保険販売チャネルの多様化が消費者利益の増大に果たす役割については,

以下のように整理することができる :

・消費者の選択肢拡大

・ワンストップ・ショッピングによる利便性

・新たな販売チャネルに対応した新たな商品開発

・事業経営の効率化による費用節約効果

・販売チャネル間の競争促進

2‑5 情報開示の強化

新保険業法では第111条でディスクロージャーに関する規定が設けられた ことにより,各社による自主的な開示から法令に基づいた開示へと根拠づけ られ,1998年の金融システム改革法の成立に伴う保険業法の改正によって,

5) 植村(2008)

p.

30。

6) 金融危機後には各社が相次いで変額年金保険の新規募集を停止し,逆に定額 年金保険がシェアを拡大している。

7) 井口(2008)

p.

124。

(6)

施行規則の中で具体的な開示項目が定められることとなった。2006年3月に は明治安田生命,5月に第一生命が三利源の開示に踏み切り,大手各社が追 随した。さらに,上場企業を中心に保険会社の企業価値を算定する根拠とな る エンベディッド・バリュー(EV) の開示も行われるようになり,保険 会計の枠組みを超えて財務の実態を把握するための開示が進んできた。

同じく改正業法で導入されたソルベンシー・マージン比率の基準も,問題 会社の早期発見を目的としている点で契約者保護に資するものであるが,

1997年4月から2001年3月までの4年間に破綻した中堅生保7社の破たん直 前の比率が早期是正措置の発動基準である200%を上回っていたことからそ の実効性が問われていた。金融庁は2007年頃からソルベンシー・マージン比 率の抜本的な見直しに着手している。以上を通じて,企業レベルでの情報開 示は新業法後,大幅に進んだと考えるべきである。

3.消費者利益の拡大

前節で見てきたように,1996年以降,生命保険業界は市場,参入企業,商 品,チャネル,情報開示,いずれの面でも大きく変わったように見える。そ れでは,保険契約者の経済的利益という観点から見ると,どうか。自由競争 によって生命保険会社の効率性は高まり,剰余が価格競争を通じて消費者に 還元されているのだろうか。

3‑1 料率規制の緩和

1996年の日米保険協議の合意を受け,損害保険業界では1998年に火災,自 動車,傷害の各保険について算定会料率の使用義務が廃止され,料率が自由 化された。これに対して,生命保険業界ではこのように料率自由化を象徴す る出来事はなかったものの,業法改正をきっかけに行政が商品認可のスタン スを変化させたことで各社の基礎率の横並びが崩れ,従来のような 同一商 品・同一価格 の価格規制がなくなったとされている 。

8) 米山(2009)p.37。

(7)

2006年には算出方法書の記載事項より予定事業費率に関する事項が削除さ れ,予定事業費に係わる具体的詳細な記述を求めないものとされた。これに よって,料率のうち付加保険料部分が明確に自由化され,保険会社は経営の 裁量で付加保険料を設定し,監督当局からは事後のモニタリングを受けるだ けになった。すなわち,より効率的な販売モデルを構築することで,より柔 軟に,安価な値付けをすることが可能になったのである。この付加保険料の 弾力化を背景に,2008年にはインターネットを通じて生命保険を販売する会 社が2社,誕生した 。

2010年3月現在,ほぼ同等の保障内容を持つ標準的な定期保険30歳男性・

3千万円・10年定期)を例に比較すると,無配当保険の最安値(月3,450円)

は最高値(月7,710円)の48%の価格である。つまり,規制緩和の結果とし て,半額近い保険料が市場で提供されるようになったと言える。なお,全商 品の平均値は5,570円,標準偏差は1,090円だった。

3‑2 規制緩和の経済効果

生命保険業界における料率自由化は,消費者にどれだけのメリットをもた らしたのだろうか。この点,規制緩和の経済効果を定量化する指標として,

価格低下と需要拡大効果を分析する厚生経済学的手法である 消費者余剰 を用いることが一般的である。

内閣府が発表している 政策効果分析レポート はこの手法を用いて1980 年代から実施された一連の規制改革による 利用者メリット (基準年度か らの消費者余剰の増加)を算出し,これが2005年度で総額18兆円を超えたと している 。金融業界については株式委託売買手数料が自由化された証券業 界で総額5,291億円,料率が自由化された損保業界で3,155億円の利用者メリ

9)

SBI

アクサ生命(現ネクスティア生命),ライフネット生命。

10) 特に効果が大きかった分野には電力(5.7兆円),トラック(3.4兆円),移動 体通信(2.8兆円),石油製品(2.1兆円)などがあ る。http://

www

5

.cao.go.

jp/ keizai

3/2007/0328

seisakukoka

22‑1

.pdf

参照。

(8)

ットがあったとされた。

実際,自動車保険の1台当たり保険料と契約台数の推移を見てみると,保 険料は累計で23%(年平均2.1%)低下し,契約台数は13%(年平均1.1%)

で増加している。規制緩和による競争が価格低下と需要の増加に繫がったこ とが分かる(損害保険料率算出機構資料より,筆者が算出)。

それでは,生命保険業界ではどれだけの利用者メリットが生まれたのか。

本レポートでは生命保険業界は対象とされていなかったため,生命保険の 価格 と近似する指標として個人保険の新契約1件当たりの平均保険料を 試算してみたところ,新契約の平均保険料は1996年の17万2千円に対して,

最近では16万8千円から18万2千円の範囲で推移しており,上下5%の幅で 変動しているに過ぎない。したがって,保険料水準が低下したとは言い難 い (図表1)。

11) 本来,生命保険における 価格 を議論する際には(事後清算的な値下げの 性質を持つ)配当も考慮することが不可欠であるが,規制緩和前(1991‑95年)

と直近5年間(2003‑08年)の支払配当金は,年平均2.3兆円から8,500億円ま で減少しているため, 規制緩和による利益が消費者に還元されていない と

図表1:生命保険 新契約件数と平均保険料

(9)

3‑3 事業効率の改善

もっとも,生命保険は貯蓄性を有することや,事後清算的な値下げの意味 を持つ配当がある点などで損害保険とは異なる特性を持つため,このように 新契約の平均保険料だけをもって結論づけることは必ずしもできない。

そこで,契約者の立場から,支払った保険料のうちいくらが保険金等とし て払い戻され,いくらが事業費として費消されたのかという点での事業効率 を規制緩和前後で調べてみた。具体的には,業法改正前の1991年〜95年の5 年間と,直近2003〜08年間の5年間について,損益の柱となる①収入保険料,

②支払保険金・年金・配当金,③事業費について,年平均値と対収入保険料 の割合,及び保有契約1件当たりの値を分析した(図表2)。

そこで明らかになったのは,保険料収入が1割程度縮小しているためグロ スの数字は縮小しているものの,契約者に対して支払われるお金である②は

いう結論には影響を与えないと考える。また,商品構成の変化として第3分野 が大幅に増えていることの影響も考慮する必要があるが,ここではデータの入 手可能性からそのような調整は行っていない。

出所: インシュアランス生命保険統計号 より作成

37 89

15%

38%

4,109 11,218 責任準備金増減

支払配当金 支払保険金・年金 資産運用正味収益 保有契約件数 d) =a‑  b‑c c) 事業費

b) 支払保険金・年金・配当金 a) 収入保険料

2,312 7,926 5,605 126 15,297 4,347 10,239 29,883 1991‑95

5年平均

850 8,257 2,924 110 14,264 3,674 9,107 27,046 2003‑08

8%

27%

19%

51%

15%

34%

100%

1991‑95 5年平均

3%

31%

11%

53%

14%

34%

100%

2003‑08

18 63 45

122 35 81 238 1991‑95

5年平均

8 75 27

130 33 83 246 2003‑08 保有契約1件当たり

図表2:規制緩和前後の生命保険業界の収益構造

(単位:10億円,100万件)

(10)

①に対して34%で不変,事業を運営する経費である③も①の15%から14%に しか下がっていないことである。さらに,保有契約1件当たりも,事業費は 35千円から33千円と6%程度しか下がっていない。

つまり,規制緩和によって業界構造が変わったように見えたが,消費者の 立場から見ると,契約1件当たりの収入保険料で計算される 価格 も,事 業費で示される 効率 も変化しておらず,競争によって事業が効率化し,

契約者にその利益が還元されたとは言えないことが明らかになった。

この点,浅井・柳瀬・冨村(2008)は,規制緩和後の生命保険業の効率性 と生産性の変化について

DEA(Data Envelopment Analysis

)という手 法 を用いて分析した上で,会社形態の違いに着目し,規制緩和後に相互 会社の生産性は一貫して横ばいか低下しているが,株式会社については一貫 して改善したと結論づけている。もっとも,この結論については,株式会社 の多くが規制緩和後に設立されており,設立当初の非生産性が改善されてい るだけに過ぎない可能性もあることを指摘している。私見では,この効率 性・生産性を分析するために用いられている前提条件(内勤職員,動産・不 動産,代理店を投入物として,保険準備高,貸付金・有価証券を産出物とす る )についても,時代の変化や商品・チャネル構成の変化によって,見直 す必要があると考える。

いずれにせよ,一人の契約者の立場から見たときは,平均保険料は下がっ ていないし,契約1件当たりに費消されている事業費も改善されていない。

規制緩和によって商品・チャネルの選択の幅が広がったというメリットはあ るものの,それを価格低下という形の経済的便益としては享受していないと

12)

DEA

を用いて効率性を測定する理由として,生命保険のように保険引受と 資産運用の業務が不可分である場合には複数産出物を定義できる本手法が優位 であることと,規制が前提とされる産業の効率性分析には事業体の利潤最大化 原理を必要としない本手法が適していることを掲げている。

13) 例えば,事業費の中でも広告宣伝費や手数料などは大きな費用項目である。

また,同じ保険準備高であっても商品特性によってそれが収益に対して持つ意 味合いは異なる。

(11)

考えるべきである。

4.情報提供と消費者利益の拡大

競争によって価格低下の圧力が働かなければ,保険会社に事業効率化を迫 ることにならない。それではなぜ,価格の安い商品が登場しているにも関わ らず,平均保険料は下がらないのか。

4‑1 探索費用の低下による価格低下

情報と価格の関係について情報探索(サーチ)の理論を打ち立てた

Stig- ler

(1961)は 価格のバラツキ(price dispersion)は市場における無知の 表れであり,その無知を測る指標である と述べ,情報収集やその妥当性の 検証にコストと時間がかかる場合には,品質に差のない同じ競合商品の間に おいても価格のバラツキが生じ,それが長期間存続しうることを明らかにし た。すなわち,消費者が商品を購入する場合,通常は複数の商品について価 格と品質を調べた上で,自分にとって最適な取引を得ようとする。本来であ れば市場に存在するすべての選択肢を比較した上で最適の意思決定をすべき であるが,情報収集をするための時間とコストには限界があるため,途中で 探索を打ち切らざるを得ない。この情報収集が容易でないほど,つまり探索 費用が高いほど,高い価格の商品が生き残ることになる。これが,ほぼ同等 の品質の商品であっても価格格差が残ることを説明する要因となる。なお,

この場合,そもそも比較情報が入手しにくいことに加え,その情報を正しく 判断するための前提となる知識を消費者が有していない場合も考えられる。

この点,インターネットによる比較情報の探索費用の低下が生命保険の価 格低下に与えた影響について参考になるのが,シカゴ大学のオースタン・グ ールズビー教授の論文, インターネットは市場をより競争的にするか?生 命保険業界の実証 である。1990年代に米国において出現したインターネ

14)

Brown and Goolsbee

(2000)

.

(12)

ット上の比較サイトが生保価格の低下に果たした効果を実証的に研究すべく,

LIMRA

(米国生命保険マーケティング調査協会)が毎年収集している3万 件もの個別の生命保険契約に関するデータを用いて,個人のプロファイルや 契約内容について分析を行った。その結果,1995年から1997年に比較サイト の台頭によって保険料が8%から15%下がったことを検証した。そして,イ ンターネットの比較サイトによって定期保険の新規契約分だけで1〜2億ド ル,更新分まで含めると10億ドル近く,消費者余剰を増大させたとしている 。

この論文の研究対象は1995年から1997年であるが,その後も米国における 定期保険の価格競争は熾烈を極め,定期保険の価格推移について,1997年か ら2006年の10年間で,標準体の定期保険で約2割,優良体については約5割 の保険料低下が観察されている 。これを可能にしたのは,インターネット などによる比較情報の普及であると考えるのは合理的な推論ではないだろう か。

4‑2 生命保険商品の選び方

規制緩和前の 同一商品・同一価格 の時代においては,会社によって商 品の差はないから,消費者にとって営業職員との人間関係等の非価格,非商 品要素によって加入する保険を選ぶことは合理性を有していた。

これに対して,規制緩和後は商品も料率も自由化され,チャネルが多様化 されるのであるから,本来であれば商品の評価とチャネルの評価が分離され,

加入する保険商品を選ぶに当たっては商品内容や料率水準などを基準に比較 がなされ,消費者が自分のニーズに合致した商品を選べるようになることが

15) 本論文はインターネットの比較サイトがオンライン取引だけではなく,イン ターネット外の取引価格に与えた影響を実証的に検証した点で,保険以外の分 野の研究でも多く引用されている。

16) 最安値6社の保険料について,www.term4

sale.comのデータに基づく。例

えば40歳男性,保険金50万ドルの10年定期保険について,優良体+非喫煙者の 年間保険料(最安値6社の平均値)は1997年の400ドル弱から,2007年には200 ドルを切る水準にまで下がっている。

(13)

期待された 。

しかし,実際には,消費者の生命保険の選び方はほとんど変わっていない ようである。図表3は生命保険加入者に保険契約を選んだ理由を問うた調査 であるが, 知り合い 親身な説明 以前からの担当 といった 営業職 員要因 の比率が,4%ほど下げてはいるものの,以前として48%と高い割 合を示した。これに対して商品要因は52%と,以前からまったく変わってい ない。

これをもって,消費者は依然として非価格要素を重視しているため,保険 料が安い商品になびかないと考えるべきであろうか。この点,同調査の商品 比較経験が参考になる。図表4によれば,2004年から2009年に生命保険に加 入した契約者の68%が,複数の商品について 特に比較はしなかった と答 えている 。すなわち,商品を比較した上であえて非価格要素を重視してい るのではなく,そもそも保険会社によって価格が大きく異なることを知らな いか,その比較するための情報の探索費用が高いと考えているため,比較を あきらめていると考えるべきではないか。

17) この点,早くは1985年保険審議会答申において, 消費者がより適切な生命 保険商品の選択を可能とするような情報サービスを求めることは当然であり,

生命保険業界においては,今後の新種商品の開発に伴う商品内容の一層の多様 化や情報化の進展を踏まえて,引き続き情報提供の拡充を進めていくべきであ る。 として,生命保険商品選択のための情報提供の重要性が指摘されていた。

18) この質問は時系列では追うことができないため,規制緩和によってどのよう に変化したかは明らかでないが,世代間によって差は見られる(40代〜60代は 70

%,20代〜30代は57 %)。

図表3:直近加入契約の加入理由(複数回答)

加入年次 (

%)

1995‑2000 1998‑2003 2001‑2006 2004‑2009

商品要因 52 51 51 52

加入機関(会社)要因 16 17 23 22

営業職員要因 52 51 47 48

その他 18 18 17 19

出所: 平成21年度 生命保険に関する全国実態調査

(14)

4‑3 比較情報の普及

2005年に金融庁に設置された 保険商品の販売勧誘のあり方に関する検討 チーム は 顧客の理解を高め,自らのニーズに合致した保険商品を購入で きるようにするための販売・勧誘時における情報提供のあり方 について検 討を進め,その提言を受けて,いくつかの措置が取られてきた。

しかし実際には4‑2で見たように,7割近くの契約者が比較を行わずに保 険を購入している。

このように,現状,比較が行われていない最大の理由は何だろうか?筆者 は,比較情報が保険会社と販売委託を受けている代理店が運営する比較サイ トか(この場合,代理店契約を結んでいない保険会社の情報は掲載されない し,純粋な意味で中立な情報とは言えない),大量の情報収集を伴うために 掲載頻度が低い新聞・雑誌などの特集記事でしか取り扱われず,消費者にと って良質な比較情報が容易に入手できないことにあると考える。すなわち,

そもそも比較情報が入手可能でないか,探索費用が非常に(保険の価格差を 上回るほどに)高いことに原因があると考える。

とすれば,生命保険の比較情報を流通させるためには,消費者又は第三者 機関が比較表などを作成する元となるデータを,いつでも,誰でもアクセス 可能な状態にすることを,保険会社に対して求めるべきであると考える。

具体的には,すべての商品について,保険契約の権利と義務の根幹をなす 約款 と 保険料表 を,常時ホームページ上に開示することを義務付け

図表4:直近加入契約の商品比較経験(複数回答) 平成21年調査

(平成16〜21年に加入)

他の民間の生命保険会社 特に比較はしなかった

全体 25% 68%

20代〜30代 平均 39% 57%

40代〜60代 平均 23% 70%

出所: 平成21年度 生命保険に関する全国実態調査

(15)

るべきである。これによって消費者も第三者機関も随時,全商品に関する料 率と商品内容へのアクセスが可能になり,幾多もの比較情報が用意されるよ うになる。不特定多数の人がアクセス可能であるインターネット上では情報 を是正する 市場の力 が働くため,良質でない情報は自然と淘汰され,そ の中で本当の意味で有用であるもの,すなわち正確で信頼性が高いものが残 ることが期待できる。

そもそも,約款は保険商品そのものであり,それを事前に容易にアクセス 可能な状態に置くことは,基本的な情報提供のあり方としても望ましい 。

4‑4 消費者の保険知識

このような措置を経て比較情報が流通するようなっても,これらの情報を 適切に利用できるようになるためには,前提として消費者が保険商品に関す る基本的な知識を持つことが不可欠である。

それでは,消費者はどれだけ保険に関する知識を有しているのだろうか。

図表5は3,253名の消費者に対して行われた,保険知識に関する調査を分析 したものである。

この分析から,消費者が自分のニーズに合致した保険商品を選ぶための基 本的な保険知識を有していないことが見てとれる。基本的な保障ニーズの理 解については理解層と無理解層が拮抗している。保障ニーズを仮に理解した としても,それと自分が加入した保険が適合しているか,あるいは必要な保 障が必要な期間を確保されているかといった点については無理解層が半数近 くを占める。さらに, 保険金等が受けとれない場合 払込猶予期間,失 効 契約者保護制度 に至っては,契約者に対して必要な情報が伝わって いない可能性が高いことが分かる。

19) 小林(2009)によると,インターネットで 約款 または ご契約のしお り を開示している会社は43社中17社(40%)にとどまった。契約の詳細条件 まで記載した 約款 に限定した場合,さらに数字は低いと考えられる。

(16)

4‑5 購入者手引の普及

前述の金融庁検討チームで 購入者手引 の作成が提言され,これを受け て生命保険文化センターおよび日本損害保険協会において, 保険契約にあ たっての手引き (以下,購入者手引)がウェブ上に掲載されている。

これらはいずれも消費者がニーズに合致した保険商品を選択できるように するために有用な措置であるものの,現状では十分に活用されているとは言 い難い。生命保険文化センターへのヒアリングによると,2009年度に冊子 ほけんのキホン は,93,600部が配布され,購入者手引を掲載したページ には月間平均4,640件(年換算では5万6千件),ガイド

Webは月平均597

20項目からなる保険知識について よく知っている 少し知っている と答え ず, ほとんど知らない まったく知らない どちらとも言えない と答えた 割合(回答数=3,253)

出所;ニッセイ基礎研

REPORT2008年9月 消費者は保険知識を有しているか

(井上智紀著)より分析

保険会社の経営破綻時の契約者保護の仕組みについて 転換制度,追加契約,特約の途中付加,乗換 保険料の払込猶予期間・失効・復活

契約概要,注意喚起情報,ご契約のしおりの内容 保障ニーズの変化−どのようなときに変化するか 保険金・給付金が受け取れない場合

解約に伴う不利益 保険会社の責任開始時期

受け取る保険金や給付金・年金の額は適切か 告知義務

必要な保障が必要な期間確保されているか 将来も払込可能な保険料か

保障ニーズと保険の種類・内容は合っているか 保険料の払込期間は適切か

クーリングオフ制度 問い合わせ・相談先

自分の保障ニーズは何か(どのような保障が必要か)

自分の契約の主契約・特約について 保障が一生涯続くか一定期間だけか 受け取れる保険金の給付額について

5 8 9 6 9 10 13 15 18 20 20 24 21 23 23 30 25 31 45 38

⒜ 理解層

81 73 71 71 70 65 63 62 54 47 47 44 44 43 42 28 26 19 18 16

⒝ 無理解層

0.06x 0.11x 0.13x 0.09x 0.13x 0.15x 0.21x 0.24x 0.33x 0.41x 0.42x 0.55x 0.48x 0.53x 0.54x 1.07x 0.96x 1.62x 2.44x 2.29x

⒞=⒜/⒝

理解度インデックス

図表5:消費者の保険知識

(17)

件(年換算では7164件)のアクセスがあったとのことである。毎年1千万件 弱ある生命保険の新契約の全体に対して言うと,0.1%から1%の契約者に 対してしかこれらの啓蒙情報がいきわたっていないことになる。決して十分 とは言えないだろう。

また, 購入者手引 は,米国の 購入者手引 と比較しても,制作主体 交付義務,各商品のメリット・デメリットの記載,商品比較の重要性,分量 の絞り込みなどの点において,いくつもの改善点があると考える(図表6)。

わが国においても,生命保険文化センターが策定した内容をベースとしつつ,

監督当局が主体となって消費者の商品選びに特化した購入者手引を作成し,

保険会社に,全契約者に対して交付を義務付けるべきである。

保険会社に対してこの 購入者手引 のように自社の商品以外の情報を提 供することを義務付ける根拠としては,消費者契約法第3条1項が考えられ る 。同条項は, 事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消 費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易な ものになるよう配慮するとともに,消費者契約の締結について勧誘するに際 しては,消費者の理解を深めるために,消費者の権利義務その他の消費者契 約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない。 と して,事業者に対して契約内容の明確化・平易化および情報提供についての 努力義務を規定している。

そして, 必要な情報 の範囲については, 要するに事業者は,契約の締 結について勧誘をするに際しては,契約内容について消費者の理解を深める のに必要な情報であれば,契約内容そのものの情報に限定することなく,幅 広い情報を提供するよう努めなければならない と理解されている 。

20) 金融庁(2006)も 消費者が比較情報を適切に利用することが可能になるた めには,保険商品に関する基本的な知識を持つことが不可欠であることから,

官民一体となって,消費者が自己のニーズに合致した保険商品を適切に購入す ることを可能にするために必要となる知識等の啓発活動に一層の努力を行って いくことが必要と考えられる と指摘している。

21) 落合(2001)pp.64‑66参照。

(18)

5.結語

米国では40年前から生命保険市場における価格競争促進と,そのために保 険会社と消費者との間の情報の非対称性を解消するための情報開示に関する 議論が重ねられてきた 。これに対して,わが国では生命保険の 価格 に 関する公的なデータの収集や,経済学的な分析が行われることはほとんどな かった。

22) 岩瀬(2009)pp.58‑60参照。

分量は多い

“less is more”(情報は少ないほど内容は

濃く伝わる)なる考えのもと,分量は絞り 込まれている

注意喚起情報に類似する内容が多 く含まれている

情報は商品選択に絞り込み,手続やディス クレイマーのような内容は原則として記載 されていない

通常のフォントサイズで 複数の 生命保険商品を比較することも,

有用な情報集となります と28字 を書くに留める。

生命保険でお買い得な商品を見つけるこ と という表題で, どのような生命保険 が貴方に最適かを決めたら,同等の保障内 容の商品を複数の会社について比べて,払 う保険料に対してもっとも投資対効果が高 い商品を探しましょう と,比較を明確な 商品選択のステップとして掲げている。そ の後,価格以外の比較要素を丁寧に例示。

各商品の特徴を説明するものの,

デメリットは明記せず 定期型保険とキャッシュバリュー型保険の

メリットとデメリットを中心に,トレード オフを明確化

(例) 定期保険は契約初期の頃は保険料が 安く,保険料に対して大きな保障を買うこ とができますが,将来のためにキャッシュ バリューがつみあがりません。更新の度に,

保険料は高くなることがあり,医的診査が 必要な場合もあります など

HP

に掲載(月間4,640アクセス) 契約時に全契約者に対して交付を義務付け

制作主体は生命保険文化センター 制作主体は

NAIC

(全米保険監督官協会)

日本 米国

図表6:日米の 購入者手引 の比較

(19)

生命保険が 価格 が図りづらい商品特性を持っていることや,商品選定 の上で価格以外の要素が大きな役割を占めることは疑いないが,だからとい って他の産業とは異なり規制緩和による消費者余剰の拡大という観点が無視 されていいということにはならない。本稿で示した情報開示を保険会社に義 務付けることこそが,消費者がニーズに合致した最適な取引を探し,選ぶた めに重要な第一歩であると考える。これに加えて,今後は業界各社からも価 格に関するデータが提供され,様々な観点からその推移を分析することが可 能になることを期待したい。

(筆者はライフネット生命保険副社長)

参考 献

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・Stigler, George J.[1961]

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・荒井一博[1989]: 消費財に関する情報市場の失敗と情報政策 一橋論叢 第 101巻6号

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・内閣府政策統括官室(経済財政分析担当)[2007]: 規制改革の経済効果 −利 用者メリットの分析(改訂試算)2007年版− 政策効果分析レポート

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参照

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