中国保険市場の歴史,現状及び課題
陳 玉 領
■アブストラクト
1978年の改革開放以来,中国保険市場も飛躍的な発展を遂げている。いま,
中国の保険市場は世界に数少ない高成長の市場のひとつである。
中国保険市場の高成長を支えている需要要因は,経済の持続的発展,市場 経済への移行に伴うリスクの増大,急速に進む高齢化など社会構造の変化が 挙げられる。
中国保険市場は国有系保険会社による寡占の状態が続いているが,外資系 の伸びも注目されている。保険商品と保険販売チャンネルの急激な変化から 中国保険市場は未熟な市場であることがわかる。
中国保険市場の持続的成長は重要な課題となっている。持続的成長を実現 するためには,保険会社の企業制度とコーポレート・ガバナンス,リスクマ ネジメントと保険監督,農村保険など課題を解決しなければならない。
■キーワード
中国,保険市場,経済移行
1 はじめに
経済の成長とともに,中国保険市場の高成長も注目されている。日本を始 め主要先進国保険市場の飽和状態とは著しく対照的に,中国保険市場の収入 保険料の年平均成長率は30%を超えている。先進国の保険会社はグローバル
*平成18年2月18日の日本保険学会関西部会(富士火災本社)報告による。
/平成18年9月19日原稿受領。
な顧客の獲得とリスク分散のため中国市場に期待を寄せている。近年,外資 の中国進出が活発化しており,中国保険市場はもはや世界保険列強の 戦 場 になっている。
一方,新興市場としての中国保険市場は歴史が短く,保険理論研究も遅れ ていることが現状である。保険市場の現状と特徴を把握し,直面している課 題を正しく理解することは,中国保険市場の健全な成長にとって非常に重要 である。
本稿は中国保険市場の現状と課題を概観・分析するものである。まず,数 少ない研究文献を参考にし,筆者が自ら調査や収集したオリジナル資料に基 づいて中国保険市場の現状を体系的に整理し,概観する。簡単な紹介にとど まらず,中国保険市場の生成と発展を保険理論によって検証し,その規律と 特徴を明らかにする。そのうえ,日本など先進国の経験を踏まえて,中国保 険市場が直面している課題を分析する。
2 中国における保険の歴史
保険は人類史の一定の発展段階において,初めてその姿をあらわす。保 険の歴史性に対するこの認識は重要である。具体的には,保険の生成・発展 と資本主義の展開との関連を解明することが,保険史研究上の主要課題とな る。
保険発展の一般的歴史はイギリスを中心に,資本主義の展開と近代保険の 生成との関連からはっきり見られる。しかし,中国における保険生成と発展 の歴史はこれとかなり異なっている。中国における保険の生成・発展は資本 主義未発達の植民地・半植民地の時代から,社会主義計画経済を経て,市場 経済への移行の道を辿ってきた。したがって,中国の保険の歴史を振り返っ て見るとき,異なる側面から保険制度の歴史性を認識することができる。
1) 水島一也(2002) 現代保険経済 (第7版)千倉書房p.33。
2
2.1 旧中国の保険市場
中国における保険の歴史は,19世紀初めの清代にまで追跡できる。1805年,
当時保険先進国のイギリスにより,中国広東省の広州市に 広州保険行 が 設立された。1865年上海に設立された 義和保険公司 は最初の中国民族資 本の保険会社である。この時期の保険市場は,イギリスによって主導され,
海上保険や貨物保険など損害保険を中心に発展していた。
辛亥革命以降,中華民国時代の官僚資本は銀行を主体として,保険会社を 続々と設立し,近代的保険を導入した。1948年に全国の保険会社は,外資64 社,国民党(中華民国当時の与党)党営官僚資本いわゆる 四行両局 (中 央銀行,中国銀行,交通銀行,中国農民銀行,郵 局,信託局)6社,及び 小規模の民族資本数社があった。
2.2 中国人民共和国建国後の保険市場
1949年中華人民共和国が成立後国営の中国人民保険公司(以下
PICC
に略 す)を設立し,旧保険業に対して整理・改組を行った。旧官僚資本の保険事 業を没収し,民族資本の保険事業を統合し,外資保険会社を中国から撤退さ せた。1956年から,中国の建国指導思想は新民主主義 から急に社会主義に 転じ,経済体制も社会主義計画経済に転じた。計画経済システムへの移行に 伴い保険の機能は次第に縮小し,ソ連の社会主義保険無用論と全国 共産 風 の影響もあり,1959年から,PICCの国内保険業務はすべて停止した。2.3 改革開放以来の中国保険市場の発展
1978年の中国共産党第11期第3回中央全会において,改革開放の方針が打 ち出された。改革開放政策の一環として,1980年から保険業も回復され,経 済成長率を上回るスピードで発展してきた。
2) 新民主主義の理論は毛沢東の 新民主主義論 (1940年)によって定式化さ れたものである。毛沢東によれば,半植民地,半封建的性格をもつ中国におけ る革命は新民主主義革命と社会主義革命の二つの段階をへる。
市場主体について,改革開放初期には
PICC
一社独占であったが,1986年 から新疆建設兵団保険公司,平安保険公司など保険会社が相次いで設立され,保険市場の独占状態が打破された。1992年から,AIGグループ(アメリカ),
東京海上火災(日本)など外資の独資及び合資保険会社も次々と設立された。
2005年末には,全国に外資系40社を含む保険会社が93社にまで発展してきた。
図1 中国保険市場の沿革
出所:筆者整理作成
4
国有(持株)保険会社が主導し,外資保険会社が共存する,多数の保険会社 による競争的な保険市場が形成されている。
保険市場の発展に伴い, 保険法 を中心とする保険法律・法規システム,
中国保険監督管理委員会 を中心とする保険監督管理体制も形成・健全化 されてきた。
3 中国保険市場の急成長と成長要因
3.1 中国保険市場の急成長
改革開放20数年以来,中国保険市場は急成長してきた。2005年末には収入 保険料が4,927.34億元,総資産15,226億元になっている。中国の保険普及率 がまだ低いことと,中国経済の持続的高成長が予想されることから,中国保 険市場の成長の余地がかなり大きいことが窺える。
3.2 中国保険市場の成長要因
中国は改革開放以来,政治が安定し,経済が持続的に発展してきた。
図2 中国保険市場の成長(1980−2005)
出所: 中国保険業発展青書(2004−2005) より作成
1978〜2005年,中国の
GDPは平均9%を超えるスピードで成長してきた。
一人当たり
GDPは2003年に1,000米ドルを突破し,2005年に1,704米ドル
になった。銀行預金も10兆元を超えた。経済成長と家計所得の増加は保険需 要の最も基本的な要因である。3.2.1 中国保険市場の高成長の 謎 と経済移行の要因
筆者は1990年から2004年までの中国の生命保険収入保険料の対
GDP
弾性 値を計算してみた。その値は2.23で,つまりGDP
の成長率が1%であると すると,収入保険料の成長率は2.23%の割合で増加している。同じ計算では,
日本の同弾性値が1950年から2002年までは1.43であり,経済高度成長期の 1950〜1970年は1.58である。ほかの国に比べても,主要国では収入保険料対
GDP
の弾性値が2を超えた国・時期はほとんど見られない。これは中国保 険市場の高成長の 謎 といえよう。中国保険市場の高成長の 謎 について,
S
カーブ説 による解釈があ る。S
カーブ説 によると,一人当たりGDP
が1千ドルから1万ドルの 層に達した国では保険支出は急速に増加する共通現象がある。つまり,中国 は一人当たりGDP
が1,000ドルを超えた段階にあるという解説である。し かし,日本の1950〜1970年代も同じ高度成長段階を経験しており,それだけ で解釈し切れないことは明らかである。そこで, 市場経済への移行 に伴 うリスクの拡大による需要要因が考えられる。市場経済と保険の生成・発展の関係について田村祐一郎教授は 生活と保 険 や 社会と保険 (千倉書房1990)など著書において論述している。す なわち,人は人生で遭遇するさまざまなリスクに対処するために多様な組織 に頼る。家族をはじめ親族や同族などの血縁集団,村など地域社会,さまざ
3) 中国国家統計局は2005年12月に過去9年間のGDPの上方修正を行った。特 に2004年のGDPが16.8%上方修正された。
4) Sカーブとはスイス再保険会社によって開発されたものである。それを用い て経済的発展と保険市場の発達の間のグローバルな平均関係を説明している。
詳細は Swiss Re Sigma No.5/1999 に参照されたい。
6
まな同業団体,宗教団体を含む,人々の 伝統的生活保障資源 が存在して いる。しかし,市場経済への移行に伴って生活リスクの種類やその影響は大 きく変化し, 伝統的生活保障システム も弱体化している。そこで,保険 のニーズが高まっている。世界的に見てもイギリスやアメリカの保険業の顕 著な発展はすべて市場経済の発展に伴う社会の工業化と都市化によって創出 された需要によるものであった。近年中国保険市場の高成長はまさにこの市 場経済への移行の反映であろう。
また,計画経済から市場経済への移行は一連の制度改革の過程でもある。
制度は不確実性を減少させる機能があるので,制度の変更が人々に不安を与 える。実際にも,市場経済への移行に伴う所得分配制度や社会保障制度など の改革によって人々の生活リスクを増大させており,国民のリスクと保険に 対する認識も高まっている。また,制度の改革は保険の供給にも影響を与え る。市場経済の導入によって市場主体が増加し,競争によって新商品,新販 売チャンネルの開発や保険知識の宣伝が保険市場の成長にも貢献している。
したがって,中国が計画経済から市場経済への移行経済期にあることは保 険市場の高成長の重要な要因と言える。
3.2.2 生命保険の成長要因
生命保険の成長要因は,すでに分析した経済発展の要因と市場経済への移 行の要因がまず挙げられる。このほか,生命保険の成長要因として人口構造 の変化が非常に重要である。
中国は長年続き厳しい 一人っ子 政策を実施してきた。 一人っ子 政 策が人口成長に急ブレーキをかけた結果,急速に進む人口の 高齢化 問題 に直面せざるを得なくなる。中国は2001年からすでに高齢化社会に入り,65 歳以上人口の比率はさらに2020年に11.9%,2050年に23.6%にまで増える,
と国連が予測している。
酒井泰弘・陳玉領(2006)は中日を比較し,急速に進む中国の高齢化の現 状と低い経済レベルでの高齢化の特徴及び社会保障や保険産業の遅れなどの 問題点を研究した。それによると,中国の高齢化程度が日本より30年遅れ,
経済発展が40年遅れ,社会保障と生命保険産業が50年以上遅れていることが 明らかになった。急速な高齢化により生命保険への需要が高まり,その需要 が生命保険の成長につながっている。
3.2.3 損害保険の成長要因
損害保険需要の主な要因は中国経済の持続的成長である。市場経済への移 行による家計資産の増加も重要な要因である。しかし,直接損保の成長を支 えているのはやはりモータリゼーションの進展である。
自動車保険は中国の損害保険料の6割以上を占めている。ここ数年,中国 での乗用車販売台数は急増している。2005年には約320万台を販売し,大半 は個人の購入である。このモータリゼーションは始まったばかりで,今後数 年も20%のペースで増加が続くと予想される。
国際乗用車市場に関する研究によると,車の価格の一人当たり
GDP
に対 する比率が2〜3倍まで下がるとき,乗用車が急速に家庭に普及するという 経験則がある 。これは多くの国で見られた法則であり,日本,韓国も同じ 経験を経ている。現在,中国の北京,上海,広州など大都市がこの水準に接 近しており,個人が乗用車を購入する爆発的な成長期にすでに突入している。4 市場構造の変革と外資の参入
いま,少数の国有持株保険会社が中国保険市場を寡占している。ただ,中 国政府は保険市場の開放を積極的に推進しており,ここ数年間で保険会社数 が急増している。国内外の新規参入者に市場シェアを奪われ,既存大手のシ ェアはやや低下している。
5) 江源 中国自動車産業発展研究報告 中国経済新論 ホームページ http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/index.htm
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4.1 中国保険市場の全体構造の変革
前述したように,改革開放当初の中国保険市場は
PICC
によって独占され ていた。その後株式制保険会社を設立し,外資保険会社の進出を許可し,現 在の多数の会社による競争的な保険市場構造を形成してきた。新規参入を積極的に導入すると同時に,市場を独占していた
PICC
の分割 改革も推進してきた。PICCは1996年に中国人民保険集団公司として再編さ れ,生保・損保・再保険三部門はそれぞれ独立機関(子会社)となった。そ の後の1999年にさらに四つの独立会社に分割され,中国人寿保険,中国人民 財産保険,中国再保険,香港中国保険となった。これらの国有保険会社はそ の後株式制改革を行い,損保の中国人民(財産)保険公司と生保の中国人寿 保険公司が海外での上場を果たしている。2005年末には,全国に各種類の保険機関93社がある。その内,国内保険会 社53社,外資保険会社40社となっている。または,保険持株(集団)会社6 社,生命保険42社,損害保険35社,再保険5社,保険資産管理5社とも分類 できる。しかし,分割した元
PICC
系の3社は各分野に圧倒的なシェアを保 っている。図3 主な保険会社とその市場シェア
出所:中国保険監督管理委員会ホームページより作成
4.2 外資保険会社の中国市場進出
2005年末に,中国市場に進出している外資保険会社は40社,支社などは99 社がある。世界のトップクラスの金融グループや保険会社がほとんど中国に 進出している。全国的に見れば市場シェアがまだ低いが,主要都市ではシェ アが確実に拡大している。2005年に北京では44.46%の高いシェアを獲得し,
上海では17.42%,広州では9.17%の高いシェアも確保している。
前述したように,外資の中国保険市場進出は1992年に上海で
AIG
グルー プによって始まったのである。2001年のWTO
加盟後の市場開放に伴い,外資保険会社の中国進出が急増している。WTOの加盟当時,保険業は中国 の一つの幼稚産業として,出資制限,業務制限,地域制限などの保護措置を 設けられ,その段階的に対外開放の内容とスケジュールも立てられた。それ らの制限は2004年12月11日以降ほとんど撤廃され,外資系と国内保険会社の 競争が厳しくなっている。特に年金や団体保険など新しい領域において,外 資のパフォーマンスが注目されている。
外資の進出によって,保険会社間の競争激化は不可避である。競争の激化 で,各社とも広告やキャンペーンに力を入れている。結果として,保険知識 の普及と保険需要の喚起につながり,中国保険市場の成長を刺激している。
また,競争は保険会社のサービスの全体的向上につながる。
表1 中国人民保険公司の沿革 中国人民保
険公司
(PICC) 1949年設立
(国営企業)
⇒ 1996年 改組
親会社:中国 人 民 保 険 集団公司(中保集団)
1999年 改組 独立
⇒
⇒
⇒
香港中国保険(集団)
有限公司(元海外機構 と業務)
(子会社) 中保財産保険 有限公司
中国人民保険公司(財 産保険業務)
中保人寿保険 有限公司
中国人寿保険公司(生 命保険業務)
中保再保険有 限公司
中国再保険公司(再保 険業務)
出所:筆者整理作成
10
5 保険商品と販売チャンネル
すでに述べたように,中国の保険市場は1980年から回復され,高成長率で 発展してきた。20数年の短い時期に,保険商品と販売チャンネルが大きく変 化してきた。保険商品と販売チャンネルの変化は中国経済・社会の変化を表 すのであり,そこから中国保険市場の特徴が見える。さらに,この変化から は中国の社会文化の背景,中国人のリスクと保険観を窺うこともできる。
5.1 保険商品 5.1.1 生命保険
中国の生命保険市場は1980年代半ばに回復し,1992年以降本格的に発展し てきた。1999年までの主力商品は無配当の終身保険や養老保険など伝統的な 保障型商品であった。しかし,1996年から1999年まで銀行預金金利が8回に わたって利下げされ,伝統的保険商品の逆ザヤ問題が深刻になっていた。そ の問題を緩和するため,1999年に投資連結保険が導入され,一時的にブーム
図4 中国の主な生保商品
出所: 中国保険業発展青書(2004−2005) などより筆者整理作成
となっていた。しかし,2001年から中国の株式市場は連年低迷し,投資連結 保険のシェアも急落した。今,さまざまな配当付き生保商品が開発され,最 も人気を集めている。
投資・配当型生命保険の急速な成長は近年生命保険成長の特徴である。こ れは中国人が生命保険を保障より投資・貯蓄を重視する反映である。 投 資・配当型生命保険は保障という基本から乖離し,中国の生命保険市場は バブル状態 にある という指摘もあって,これが中国生命保険市場2004 年の最大論争になっていた。
5.1.2 損害保険
自動車保険は損害保険料収入の60%以上を占めている。近年のモータリゼ ーションの進行は自動車保険への需要を支えている。中国経済の好調が自動 車市場の成長につながっており,自動車保険の大きな成長も予想されている。
なお,中国の自動車保険の第三者賠償責任保険の加入率は30%以下に止まっ ており,加入率の向上も自動車保険の成長につながる。
しかし,2003年の自動車保険料率の自由化に伴い悪質な値下げ競争が起こ り,結局業界全体は赤字状態に陥っていた。その後各社は慌てて料率を引き 上げ,消費者の信頼を失い,業界のイメージを大きく毀損した。中国保険市
図5 中国保険市場の主な損害保険商品
出所: 中国保険業発展青書(2004−2005) より作成 12
場は未熟な新興市場であることが改めて認識された。
企業財産保険は中国の損害保険の主な収入源であったが,主な参加者であ る国有企業は民営化改革によってコスト削減のため,保険料を削減している。
家庭財産保険はここ数年急速に成長しているものも,まだかなりの低い水準 に止まっている。今後,私有住宅の普及に伴い,家庭財産保険の長期的な成 長が期待される。
5.1.3 再保険
再保険市場では中国再保険公司が圧倒的なシェアを占めている。中国で保 険事業を行う場合,引き受け保険契約料の10%を強制的に中国再保険公司に 出再しなければならない。しかし,この政策は2006年末までに撤廃する予定 であるため,再保険市場の激しい競争も予想される。
5.2 保険販売チャンネル
中国における保険商品の販売チャンネルは,支店と代理人が代表的なもの であったが,近年銀行や郵便局窓口での販売が急速に増えている。
生命保険の場合はかつて主に支店経由の販売であった。1992年に
AIG
が 中国市場に参入し,代理人による生保販売のビジネスモデルを持ってきた。ここ数年,代理人経由は生保販売の主なチャンネルになっている。代理人は 一般に基本給がなく,歩合制をとっている。今後,代理人経由での販売が主 流としての状態は続くであろう。
損保の販売は支店,営業所,専属代理人が主なチャンネルである。近年,
競争が厳しくなり,コスト削減のため保険会社は専属代理人ではなく独立代 理店や保険ブローカーに業務を移す傾向が見える。
独立した代理店やブローカーよりは銀行や郵便局の窓口販売など兼業代理 機関の売上高の割合が高い。特に銀行窓口による保険販売は兼業代理機関の 売上高の60%以上を占め,北京,上海等の大都市での割合は既に全収入保険 料の20%を超えている。しかし,銀行経由の販売は,銀行預金に性質が似て いる一時払い保険が代表的な商品である。これらの商品はそもそも利益率が
低く,銀行からも高い手数料を要求され,保険会社にとって魅力が薄くなっ ている。したがって,今後の発展動向が注目される。
6 中国保険市場が直面している課題
中国保険市場は 復業 からわずか20年あまり,生命保険の本格的発展は 15年しか経っていなかった。新興市場としての諸問題点は中国の保険市場で もよく見られる。たとえば,法整備の遅れと法令順守の欠如,保険専門人材 の不足,国民の保険知識の低さ,保険会社に対する不信感など問題点が,中 国だけではなく,日本の新聞や雑誌でも取り上げられている。本稿はこれら の 新興市場共通 の問題点についての記述を避け,中国保険市場が持続的 成長のため直面している 特有 の課題について考察したい。
持続的な発展問題は中国保険市場が直面しているもっとも基本的な課題で ある。さらに,持続的な成長が実現するために,保険会社の企業制度とコー ポレート・ガバナンスの課題,リスクマネジメントと保険監督の課題,農業 と農村保険の課題を解決しなければならない。
図6 2005年各販売チャンネルの売上高の割合
出所: 中国保険業発展青書(2004−2005) より作成
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6.1 持続的成長の課題
保険市場の持続的成長は二つの意味がある。一つは市場規模の一層の拡大 であり,もう一つは成長の健全性・安定性である。
中国保険市場は20数年来高い成長率を保って発展してきたが,さらに一層 の規模の拡張が必要である。その理由は以下の三つにある。まず,中国保険 市場の主な指標は世界平均に達しておらず,新興市場の中でも低い水準にあ る。次に,保険市場の発展は経済・社会の需要に対して遅れており,経済の 成長,家計資産の増加と消費構造の転換,中流階層の形成などが,保険業の 更なる発展を要請している。第三に,中国保険市場の発展は不均衡であり,
地域間の格差,保険商品のアンバランス,農業保険の遅れなど問題が一層の 発展によってしか解決できない。
一方,規模の拡張と同時に,保険市場の健全性と効率向上の問題がますま す重要になっている。中国保険市場は回復以来保護されてきた。結果として,
中国保険業の労働生産性は低く,従業員一人当たり収入保険料は欧米など先 進国の1/4から1/3ぐらいにとどまっている。利益率はさらに大差がつけられ ている。また,悪質な市場競争も広範囲に存在し,市場取引コストは非常に 高い。グローバル的な競争から生き残るためにも市場の健全性と会社の競争
表2 2004年の世界保険市場比較
出所:Sigma No.2/2005により筆者作成 比較項目
保険普及率:(GDPに対す る収入保険料の割合)
保険密度:(一人当たり米ド ル建て収入保険料)
合計 損害保険 生命保険 合計 損害保険 生命保険 中国 3.26 1.05 2.21 40.2 12.9 27.3 日本 10.51 2.25 8.26 3874.8 830.8 3044.0 アメリカ 9.36 5.14 4.42 3755.1 2062.6 1692.5 アジア平均 7.37 1.79 5.58 1427.9 579.8 848.1 世界平均 7.99 3.43 4.55 511.5 220.0 291.5
力を向上しなければならない。
また,図2の中国保険市場の成長を見ると,成長率が波のように大きく変 動していることがわかる。これらの変動は新商品(投資型商品など)・新販 売チャンネル(代理人制度や銀行窓口販売など)の開発や利率の変動などに よるものである。この現象は中国保険市場が売り手市場であることを示す一 方,新興市場の不安定さの特徴も現している。
従って,市場規模の拡張と市場の健全化・安定化の両方を重視しなければ ならない。中国保険市場が持続的に成長するためには,規模と効率のバラン スを如何に保っていくのかが問われている。
6.2 保険会社の企業制度とコーポレート・ガバナンスの課題
近年,コーポレート・ガバナンスは世界的な課題になっており,保険企業 のコーポレート・ガバナンスもよく議論されている。中国保険市場において,
合弁企業の円滑な運営問題などもよく議論されているが,支配的な存在であ る国有系保険会社の企業制度とコーポレート・ガバナンス問題がもっとも注 目されている。
前述したように,WTOに加盟した後,中国の国有保険企業は相次ぐ株式 制改革を行い,海外市場に上場している。そこで,保険企業の企業制度とコ ーポレート・ガバナンスについて話題を呼んでいる。特に生命保険最大手の 中国人寿 は,2003年12月アメリカと香港市場で同時に上場し,2003年世 界最大の
IPOとして知られている。また,2004年の初めごろアメリカで株
主集団訴訟に遭ったことが世界の注目を集めている。この裁判はすでに2年 を経過し,今も続いている。しかし,裁判の結果はどうなるかに関係なく,国有系保険企業のコーポレート・ガバナンス問題の重要性が明らかになった。
国有(持株)保険会社は,党・政府の意思と市場の要請のバランス,契約 者と株主の権益のバランスを保ちながら,市場経済に適応する企業制度とよ く機能できるコーポレート・ガバナンスモデルを模索・実験している。
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6.3 保険会社のリスクマネジメントと保険監督の課題 6.3.1 保険会社のリスクマネジメント
中国保険市場は回復されて以来,保護されてきた。しかし,WTO加盟な どの要請で市場の自由化が急ピッチで進んでいる。伴って,高成長の影に隠 されていたシステマチックリスクが顕在化する傾向がある。生命保険会社の 逆ザヤ問題が未解決のまま,損害保険の自動車保険料率の悪質な競争による 業界全体の赤字問題も出てきた。
保険会社が直面しているリスクは以下の三種類に分類することできる。
まず,保険引き受けリスクである。中国の保険会社は,操業期間は短く,
経験やデータの蓄積は不足しており,保険料率の自由化につれて,引き受け リスクの顕在化が懸念される。
次に,資産運用リスクである。中国保険業の運用資産総額は2005年末に 14,100億元になっており,この膨大な資金自体に大きなリスクが潜んでいる。
近年,資産運用利回りは年々低下している中,資産運用の制限を撤廃する動 きが加速されている。株式投資ファンドへの投資,外国株式市場において中 国企業株への投資,株式市場への直接投資が漸次許可された。しかし,資産 運用にかかわる市場リスクや信用リスクなどへの対応が課題となる。
第三に,オペレーショナルリスクである。移行中の市場環境における新興 的な事業を営む中国の保険会社にとって,オペレーショナルリスクは最も警 戒されているリスクである。
現在,中国の保険会社ではリスクマネジメントにおける人材と経験が不足 している。人材と経験の不足は企業のリスクマネジメント体制によって補う 必要がある。また,保険市場のグローバル化と自由化に備えて,リスクマネ ジメント,コーポレート・ガバナンスとコンプライアンスを一体にして取り 組むことが重要である。
6.3.2 保険監督
保険は経済的保障達成の面で広く国民生活に関与し,また巨額の保険資 金を持って金融機能を果たすことから,保険事業は国家の監督・指導・統制
下に置かれている 。保険市場のリスクに対処するため,保険監督の役割 も重要である。
1995年10月に 中国人民共和国保険法 の施行は中国保険市場の近代化と 法治 に移行する重要の一歩である。同法に基づく保険監督行政の内容は 主として保険会社の経営行為と支払い余力管理の二つである。1998年に,保 険監督官庁としての中国保険監督管理委員会が設立され,保険市場への監 督・管理が強化されている。市場経済への移行期にある現実に則し,国際的 なルールと市場経済に適応した有効な保険監督モデルの構築は大きな課題で ある。
6.4 農業と農村保険の課題
近年,中国は 世界の工場 として注目を集めているが, 二元経済 の 構造は根本的に変わっていない。都市部と農村部の経済格差がますます拡大 し,農業・農村・農民は保険の面においても取り残されている。行政当局は 民間保険会社の農村進出を呼びかけているが,その展開はなかなか進んでい ない。全国の70%以上の人口を占める県以下地域の2004年度の総保険料収入 は1,322億元で,全国の約30%しか占めていない。
改革開放以来の持続的な経済成長で,財政収入も農民の所得も増加してお り,中国農村でも保険を本格的に普及させる時期を迎えてきた。農村への保 険普及に向けて,社会保険,民間商業保険と共済による農村保険の三層構造 が提起される。
農村に保険を普及させることは政府の責務であり,社会保障システムの確 立は保険普及の前提である。現段階において,政府は最低生活保障制度と社 会救済制度の整備と農村合作医療制度の普及を推進すべきである。また,農 村保険市場の発展を促進する税収・財政支援政策も不可欠である。
一方,民間保険会社は農村市場を未来的・戦略的市場と見なす,農村への
6) 庭田範秋 保険学 (成文堂1989年版)p.33。
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進出に注力すべきである。農村での保険経営は都市と違う組織が必要となる。
具体的に,支店・代理店の設置,販売員・代理人の教育,多元的販売チャン ネルの利用などは農村独特の運営方法が必要である。
しかし,低レベルの社会保険に満足せず,高レベルの民間保険に手が届か ない広範な中間層の農民にとっては,日本など保険先進国の歴史と現状を参 考にし,農民自身の組織で共済を作るのが想起される。さまざまな難題を抱 えているが,日本における
JA
共済や県民共済の経験を中国農村に応用する ことを検討すべきである。7 終わりに:移行期にある中国保険市場
本稿はまず中国における保険の生成と発展の歴史を振り返った。それから 需要サイドと供給サイドおよび保険商品と販売ルートの分析を通じ,中国保 険市場の現状を概観し,新興市場としての特徴を明らかにした。その上,中 国保険市場の持続的な成長など直面している課題を分析・展望してきた。
現代中国の保険市場は改革開放に伴って回復され,市場経済への移行に伴 って発展してきた。したがって,中国保険市場の発展は中国経済の市場経済 への移行の結果である。一方,保険業は市場経済の代表的な産業であり,保 険市場の回復・発展の過程は中国の移行経済の縮図と見てもよい。今の中国 経済は市場経済への移行期にあり,保険市場も市場経済への移行に適応しな がら改革・発展している。つまり,現段階において中国保険市場の基本的な 特徴は市場経済への移行期にあると言えよう。
市場経済への移行は一つの歴史的時期と考えられる。市場経済への移行に 伴い経済・社会リスクが高まり, 伝統的生活保障システム が弱体化し,セ ーフティーネットの構築が急務となる。政府による保障システムの構築が重 要であるが,保険市場の一層の発展も期待される。一方,移行期にある保険 市場自身も変革している。保険需要,保険企業形態,保険商品と販売チャン ネルの急激な変革がすでに経験され,これからも引き続き改革していく。こ れらの改革は保険市場の更なる発展の原動力となる。
市場経済への移行に適応しながら,中国保険市場はダイナミックな市場,
魅力のある市場として発展している。
(筆者は滋賀大学大学院経済学研究科博士課程後期在籍)
主要参考 献
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