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細 田 三 喜 夫

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(1)

唐 の 家庭  詩

細  田  三  喜  夫  6︑登覧の詩⁝⁝杜甫の﹁登二岳陽櫻一﹂︵巻三︑五言律詩︶  7︑途別の詩⁝⁝王維の﹁途別﹂ ︵巻一︑五言古詩︶ の如き︑偶嚢的な機會や事件に臨んで作れらた詩︑西洋の詩にい わゆる﹁オケイジヨナル・ポーイム﹂︵OOOPω聞○旨鋤一℃O隠①︶一は︑つぎ つぎといくらでも出て來るのであるが︑わたしのいわゆる﹁家庭        イテ   ノ 詩﹂はほとんど見あたらない︒わすかに王維の﹁九月九日憶二山中  ヲ 兄弟一﹂の詩︼篇があるだけである︒

 わたしは﹁唐の詩﹂を蔑むごとに︑いつも考えることがある◎それ

は︑唐の詩には何かが欠けているのではないかということである︒

 しからば︑何が欠けているのであろうか︒それは︑親子とか妻子

とか兄弟とか︑あるいは愛妾︑しもべとかの︑おのれの最も身じか

の人戸にむかって寄せられた︑雷いかえれば室内的な家庭的な愛情

をうたった詩︑どうもこれが欠けているように思えるのである︒

 かかる詩を︑わたしは﹁家庭詩﹂と呼ぶことにしているのだが︑

以下︑これについて考えて見たいと思う︒  さて︑ます唐詩の選集として一般に最もよく知られている︑明の

層理龍の撰するところの﹁唐詩選﹂を見ると︑これには一二八人︑

四六五篇の詩があるが︑これに﹁丈選﹂に用いられた=一種の詩の

分類︵懐古・閑情・懐思・感遇・二物.二番.哀傷.行役.登覧.遊宴.酬

節・送別︶をあてはめて見ると︑たとえば︑

 1︑懐古の詩⁝⁝幼子昂の﹁白帝懐古﹂巻︵巻四︑五言罫律︶

 2︑懐思の詩⁝⁝魏⁝徴の﹁述懐﹂ ︵巻一︑五言古詩︶

 3︑感遇の弛討⁝⁝張九齢の﹁感遇﹂ ︵巻一︑五言古詩︶

 4︑閨情の詩⁝⁝王昌齢の﹁閨怨﹂ ︵巻七︑七言絶旬︶

 5︑行役の詩⁝⁝李釜の﹁從レ軍北征﹂︵巻七︑七絶言句︶ 猫在二異郷一爲二異客一 寒心二佳節一倍思レ親 華々兄弟厚し急心 遍挿二茱萸︷少二一人一 ひとり異綿にありて里ハ客となる        ロ      しん つねに佳節に逢うごとにますます親を 思う はるかに知る兄弟高きに登るところ あまねくぐみをさすに 一人をかくを        ︵巻七︑七言絶句︶

 けれども︑唐詩選は︑前にも述べた如く︑一般に最もよく知られ

た︑代表的な唐詩の選集ではあるが︑それに詩を選ばれた詩人の数

からいうも︑それに選ばれた詩の勲からいうも︑唐詩全体からいう

と︑ほんの一部分であるばかりでなく︑その詩の取捨.選揮において

も︑必ずしも當を得ているとはいわれないのが︑今日までの定読で

ある︒したがって︑ ﹁唐詩選﹂のみによって論を立てることは危険⁝

なしとしない︒

 しからば︑唐詩選以外ではどうであろうか︒しかるに︑﹁杢唐詩﹂

﹁唐詩紀事﹂﹁古今詩剛﹂などから見ても︑わたしのいわゆる﹁家 庭詩﹂なるものはきわめて少く︑唐詩至体の量から言えば︑これま

たまことに蓼汝たるものといわねばならない︒今︑﹁全唐詩﹂の中

から︑とくにめぼしいもの籔篇を掲げてみる︒

(2)

 月 夜     盛唐杜 今夜騨州月 閨中只猫看

遙憐小児女

未レ解−憶二長安一 香霧雲髪反漁 清輝玉春寒

何時僑⁝虚幌一 讐照涙痕乾    月の夜

今夜なるふ州の月を

こよい

ねやのうちにては ひとえにひとり看るなら

はるかにあわれむは小さきちこのおとめの ん

未だ長安をおもうを解せぎるを

かぐわしき霧に 雲なすわげはうるおい

きよらなる輝りに 玉なすかいなは寒からん

いすれの時にか むなしきとばりに.俺りそい

ならび照らされて 涙の痕の乾かなん

      ︵巻心︶

 これは杜甫が︑月あかぎ一夜︑安緑山の乱を避けて田舎に疏開さ

せていた妻をおもって詠んだうた︒

 月夜憶二舎弟一

     杜甫       ニ 戊鼓断二人行一 邊秋一雁聲

露從二今夜皿白 月是故郷明 有し弟皆分散

無三家問二死生一

寄し書長不し達

聖意未レ休し兵  月の夜︑挙挙をおもいて    カいニ とりでの鼓は人の行くを断ち 望事  一躍の聲あり    こよい 露は 今夜よりして白く 月は これ・故郷の明るさ 弟あるも みな分かれ散じ 家の 死生を問うなし 書を寄するも とこしえに達せす

いわ︐んや すなわち未だ兵をやめぎるをや・

      ︵巻入︶  これは杜甫が職争のために.わかれわかれになった弟たちの上をお もって詠んだうたQ

悼該子     盛唐 子 年長始一男 心亦頗自署 生知層面レ周 黒蓋却蹄し無

裸燈柱レ以レ衣

痙二絶壁中黒一 乳母抱出レ門 所生亦随呼

嬰接無二密儀︸

禮経不レ可レ輸 親戚相問時

抑L悲室歎呼・

裡r裸在コ旧縢一 毎見立蜘顕 静思釜傷レ情

畏老爲一・猫夫一  ことも  核子をいたみて

年たけて はじめて一男あり 鵠

心もまたすこぶるたのしみしが       こし 生れてより 歳未だめぐらざるに

卓然として かえって無に陣しぬ

裸⁝送して 衣をもちいす

中衙に遜号せんとす

乳母は 抱ぎて 門を出で

つ ま

所生もまた随って呼びぬ

嬰核は難儀なしとかや

禮経はこゆべからす

されば.親戚相間う時

悲しみをおさえて むなしく素裸しぬ    もこ ふしど 裡裸は旧の跡にあり

つねに見るごとに 立ちて脚踊す 静かに思えば ますます情をいたましむる

かな おそらくは老いてよるべなきおのことならん

       ︵巻二︶

 これは年たけてはじめて男の子が生れて馨しんでいたところが︑

お誕生も來ぬうちに︑その子が突然死んでしまったことを嘆いたう

た︒

(3)

   笑レ子   ・      中唐元率 爾母溺レ情連レ夜笑 我身因レ事有レ時悲 鐘聲欲量絶東方動 便是尋常上學時 子を果す

なんじが母は情に溺れて蓮夜笑し

わが身は事によりて時ありて悲しむ

鐘聲絶えんと欲して 東方動合

すなわちこれ尋常の上學の時なり

      ︵巻一五︶

これは死んだ子を思う父母の悲しみをうたったもの◎

 夜  閑      元積 感極都無レ夢 ︐魂錆韓易欺驚

風簾牛レ鈎落 秋月満し床明 脹望臨レ階坐

沈吟逡レ樹行

孤琴在二幽匝一 時送断絃聲 夜のしすのさ

.感きわまりては すべて夢なく

魂きえては うたた驚ろきやすし

風のすだれは︑鈎牛ば落ち

秋の月は 床に満ちてあぎらかなり   きざはし 帳望 階にのぞみ.て坐し

沈吟 樹をめぐりて行く

孤琴 慶応にあり

時にはとばしらしむ 断絃の聲

       ︵巻一五︶

これは妻に死なれた詩人が︑亡ぎ妻を思ってよんだうた︒

 遊子吟     中唐孟郊 慈母手中線 慈母    うた 遊子の吟 手中の線 遊子身上衣 臨レ行密密縫 意恐遅逞露 聖楽寸草心 報二得三重三一 遊子身上の衣 行くに臨みて 密汝に縫う

こころ

意に掛る﹁邊六としで露らんことを 誰か言う 醜草の心 三春のひかりに報じ得と       ︵巻一四︶

 これは子を旋に逡る母親の︑わが子を思う愛情と︑その母親の愛

情を思う孝子の心をうたったもの︒

       よめ うう   薪嫁娘詞三首    あらたにとつげる娘の詞三首

     申唐王建

    一 ︐隣家人未識

舞上坐堆堆

郎來傍=門戸一

満口索二銭財一

・  二 錦僚爾邊横

遮掩侍二娘行一

遣三郎平二箪席ゴ

相並拝二親情一    三

三日入二厨下一

洗レ手作二糞湯﹇

未レ譜二姑食性㎝

先造一の小姑鴬ご 隣家は人未だ識らす

ふしど

燃の上に坐すること堆汝たり 郎來たりて門戸に傍ち 満口 銭財をもとむ 錦障 爾邊に横たわり          よめ さえぎりおほいて 娘の行くに侍す 郎をして箪席をしかしめ 相並びて 親情を拝す      くりや 三日にして 厨のもとに入り      すいもの 手を洗いて 海門を作る  しゅうごめ ニのみ 未だ姑の食性をそらんぜざれば  こじゅうご ます小姑をして営日めしむ

(4)

︵巻=︶

 これは來たばかりの嫁の︑しゅうとめにたいするいじらしい心づ

かいをうたったもの︒

 病中遣レ妓

   中唐 同室曙 内事傷心在二目前一 一身憔惇樹レ花眠 黄金散書三二歌舞一

一二與他人一道二少年一 病中妓をやるとて

萬事の傷心 目前にあり

一身憔埣して花に下して眠る

黄金散じつくして 歌舞を藪えしが

他人に留與して少年を樂しましめん       ︵巻二U

 これは多年歌舞を仕込んで愛していた藝妓を︑おのれも今は老來

病の床にある身となったので︑ひとに譲って︑若い者を焦しませよ

うとする時の−うた︒

官舎迎二内子︸有二庭花開一

   申唐盧 筒藥斬新栽 當レ庭雲壌開 東風與拘束

留待二細書來一

   つ ま 官学に内子を迎えんとして︑

庭の花の開くあれば

毒害斬薪仰せるに

庭にあたりて 勲朶開きぬ

東風 ために 拘束せよ

とどめて 細君の來たるを待たん

︵巻一三︶

 かかる詩を弔して﹁家庭詩﹂と呼ぼうとするものであるが︑論を

進めるにあたって︑とくに白居易一人を選んで述べて見たい︒理由 は﹁全唐詩﹂にある﹁家庭詩﹂をことごとくここに塁げることはで きないが︑全唐詩にその詩を載せられている詩人︑したがって唐の 詩人︑それは二二〇〇人余りもいるのだが︑その唐の詩人たちのう ちで︑詩の籔が一番多く︑かつすぐれた詩が多いのは白居易である からである︒  ﹁全唐詩﹂という本は︑清の康熈四二年︵西紀一七〇三︶︑すなわ ち今よりおよそ二五〇年前忙︑時のみかど聖租の勅を奉じてあまれ た唐詩集で︑詩人の数は二千二百余人︑詩の数は四萬八千九百余首 に上っている︒  今︑白居易一人について見ると︑白居易の詩集としては﹁長慶 集﹂があり︑これは﹁詩二十巻﹂﹁後集詩十七巻﹂﹁別集補遺二巻﹂ 合わせて三十九巻があるQ  而して﹁全唐詩﹂は全九百巻︑目録十二巻であるが︑白居易の詩 は︑その中︑第十五巻から第十七巻の三巻に及び︑詩の数も二四七 九篇︑二八九三首に上っている︒  而して︑至唐詩の中に見出し得る白居易の家庭詩はすべてで三五 篇であるが︑その一班を示すならば︑

  せ  ル  ニ ー︑寄二上大兄叫︵大兄に寄せたてまつる︶  巻一四︒七言維句︒秋の一日︑病をおして門に出で︑はるかな

 る兄を思いつつ︑たそがれるまで立ちつくしたことをうたった

 もの︒

   ル ニ つま 2︑贈レ内︵内に贈る︶

 巻一五︒五言古詩︒三〇句︒はじめて妻を迎えたとき︑その妻

 に贈って︑おのれは貧しきおのこではあるが︑君と結婚した上       しらが  は︑貧しきに耐えて︑ともに白髪となるまで欣汝たる人生を途

(5)

らんとうたったもの︒

  ス    ノ   ニ 3︑寄二江南兄弟一︵江南の兄弟に寄す︶

 巻︼六︒五国々古弛討︒ ︸六句︒江南に・去ってひさしく三州見ざる兄

 弟を思ってよんだうた︒

  レタル  ニ  ノ 4︑別二舎弟一後月夜︵舎弟に別れたる後の月夜︶

 巻踊六︒五言古詩︒ =一句︒弟と別れたのちの︑ある月のあか

 ぎ夜︑弟と別れた時の事を追憶してよんだうた︒

    ノ       さいじつ 5︑金攣子忌日︵金攣⁝子の曄日︶

 雀︼六︒五言・古詩︒一二句︒四〇近くなってはじめて生れ.た女

 の子︵金らんはその名︶の︑そのはじめての誕生日にあたって︑わ

 が子の成人を見守るために︑おのれの故綿に露る日も︑十籔年

 おくれるであろうとうたったもの︒

  リテ   テ レレ ノ 6︑途二兄弟一廻雪夜︵兄弟を滞りてかえれる雪の夜︶

 巻︼六︒五言古詩︒二二句︒歳の暮の︑ある雪の夜︑兄弟を邊

 つて村に露って來たのちの︑寂莫たる思いをうたったもの︒

  イテ  ジ 7︑念二心二子〜二首︵金明手をおもいて二首︶

 巻一六Q五言古詩︒第一首は一八句︑第二首は一六句︒さきの

 ﹁金攣子の曄日﹂の詩にうたった娘が︑わすか三才にして︑に

 わかに詩人をおいて世を去ったときの悲しみをうたったものQ

  リ       テ     マレ  エン         シテ   リ     ニ    リテ  もテ  ア リ

8︑自二河南経レ乱關内阻磯㌦兄弟離散各在二一処も因望レ月有レ    カシテ テ セ リ  ノ   ノ   ノ  ニ ネアス  感︒珈書二所懐一寄二上浮梁大兄於潜七兄鳥江十五兄一︑兼二二符離  ヒ   ノ   ニ  及下郵弟妹一︒︵河南乱を経︑關内はばまれ磯えしより︑兄弟離  散して各汝一処にあり︒よりて月を望みて感あり︒いささか所  懐を書して︑浮梁の大兄︒於澹の七兄・烏芋の十五兄に寄せた  てまつり︑兼ねて旧離および下郵の弟妹に示す︒︶  巻一六︒七言律詩︒乱に逢って兄弟離散したとき︑一夜︑月の  あかきを見て︑兄弟を思ってよんだもの︒     シテ     テ 9︑病中笑二金攣子︸︵病中︑金攣子を召して︶  巻一六︒五言古詩︒︼六三◎さきの詩の︑おのれをおいて世を  去った娘をやまいの床に臥しつつ追憶して︑悲しんだうた◎   ス  ニ  つま 10

A寄レ内︵内に寄す︶

 巻回書︒七言絶句︒桑の葉が線になる頃分れたまま︑柿の葉が

 色すく今となっても露らぬ妻を思ってよんだうた︒

  ネテミテ    テ       ちいさきむマめ 11︑重傷二小女子︸︵重ねて小女子をいたみて︶  巻一六︒七言律詩︒さきの﹁病中︑金二子を罪して﹂のあと︑

 ふたたび世を去りし娘を追憶してよんだうた︒

    ル  ニ

ー2

A舟夜贈レ内︵舟夜︑内に贈る︶

 巻︼六︒七言絶句︒族望︑病んで舟がかりする一夜︑故郷なる

 妻をおもってよんだうた︒

  シテ    テ

ー3

A笑一一日出一︵從弟を笑して︶

 巻︼六︒七言絶句︒若くして死んだ勾引をいたんでよんだうた︒

14 A為初授二邑号出身一

  ば︶ ︵妻はじめて邑号の告身を授けられたれ

11 一

(6)

 巻一六︒七言律詩︒妻が愚婦に封ぜられて辞令をもらった時の

 うた︒

  シテ   テ

ー5

A果二崔見一︵崔兇を証して︶

 巻一七Q七言律詩︒掌中の珠と愛していた男の子︵三児はその名︶

 が︑ようやく三子にして死んだことを悲しんでうたったもの︒

  ノア イテ   テ  ロゼントシしプ      ニ

ー6︑初喪二雀見一報二時之晦叔一︵はじめて崔児を喪いて︑微之・晦   叔に報ぜんとして︶

 巻一七︒七言律詩︒前詩にうたわれたわが子の死を友人に報ぜ

 んとして︑その悲しみにたえなかったことをうたったもの◎

  ル    一

二7

A別二柳枝一︵柳枝に別る︶       り        巻一七︒七言絶句︒今までかたわらにおいた二人のそばめを自

 由の身として解放してやるとき︑〃詳記〃すなわち詩人自らが

 うたったうた︒

  ル    ニ  つま

18 A贈与内子︐一︵内子に贈る︶

 巻一七︒五言律詩︒貧しさの中に老い行く妻のために嘆いたう

 た︒

   ヨリキシトキニリテ  ニのち  ニテス  ニ ー9︑江州赴二忠州一至二江陵一己來舟中三二舎弟一五十韻︵江州より忠   州におもむぎしとき︑江陵に至りてのち︑舟中にて舎弟に示

  す五+韻︶  巻一七︒五言古詩︒百句︒族中︑はるかなる弟に寄せたもの︒

今︑これらのうち︑﹈編を取り出して考えて見たい︒

別二舎弟後月夜 情惰初夢夜 去住爾盤桓 行子孤燈店 居人明月軒 亭生共貧苦 未二必日成一レ⁝徴 及三此暫爲一レ別 懐抱己憂煩 況是三葉回 復思二山路寒︸ 如何爲レ不レ念 馬痩衣裳軍 情汝たりなはじめて別れたる夜は 去るもとどまるもふたりながら 盤蓋しぬ          やど 行くものは 孤燈の店にあらん 居るものは︐明月の軒ばにありき 亭生はともに貧苦し 未だ必ずしも日としてよろこびもなさざれば ここにしばらく別れをなすに及びて

こころ

懐抱ははやくも憂い煩ゆるなり いわんやこれ庭の葉も濃きたれば また山路の寒ぎを思ちかな いかんぞおもわざるをなさんや 馬は痩せ衣裳はひとえなりしものを        ︵巻一六︶

こころみに口語課をするならば・

弟と初めて別れたあの晩は

去り行く弟も あとに淺る僕も しおしおとして 立ち去りか

ねていた 去って行った弟は いまごろは どこかの宿屋の 孤燈のもと

で ひとり ポツネγとしていることだろう

あとに一つた僕は こうして 明月のさしこむはだ寒い軒ばに

身を投げて ひとり 回想にふけっている

思えば 僕たちば いつもいつも 貧乏であった

そして 喜びに身をゆだねる日は ﹈日とてもなかった

しばしの別れをする今となって

僕の心は 早くも 憂いもだえている

(7)

まして 庭の木葉の 落ちつくしたのを見るにつけても

今頃 山路をたどっている弟は どんなに寒いことだろう

そうだ 弟は  今頃 寒さにふるえているに違いない

弟の馬ば痩せ 弟のきものは ひとえだったんだから⁝

 この詩は︑その題でもわかるように︑白居易が︑弟と別れたのち

の︑ある月の明るい晩︑弟との別れを思い出してうたったものであ

る︒  しかも︑その別れは︑この詩に現われたところでは︑何が故の別

れかはわからないが︑少くとも藁薦でいえば︑詩人のいわゆる﹁暫

しの別れ﹂であって︑﹁永の別れしでもなのれば︑いわんや﹁いつ

また応えるかもわからぬ別れ﹂などではない︒かかる別れは︑日常

普通のことであって︑大抵の人がみな色落していることである︒か

かる牛凡な︑普通にいくらでもある別れを︑この詩は︑うたってい るのであるQ      ︑

 そもそも横︑道はついに横道であって︑表通りではない︒けれども

横道には︑表通りには見られない︑横道特有のものがある︒詩にお

いてもまさに然りで︑かかる横道を行く詩には︑たとえいわゆる︑

﹁オケイジヨナル・ポーイム﹂で︑偶 襲的事件や機長に七ってうた

われた︑あるいは馬を馳せて關を出する韻士の忠誠の情︵魏徴の

﹁述懐し︶や︑あるいは古城を訪うて往時をおもう詩人の悲傷の心

︵陳子昂の﹁白帝懐古﹂︶や︑縷に登って兵馬当山に満つるを嘆く詩人

の愛國の熱情︵杜甫﹁登二岳陽楼﹂︶は見られすとも︑その同じ時代

に︑その同じ環境で︑おのれの人生をひそやかに生きて行った一人

の人の子の︑生活が︑生活の感情が︑生活のニユーアγスがある︒

 白居易の︑この詩にうたわれたものもまた︑國家の興亡でも︑民族

の消長でもなのれば︑あめつちを農蕩する〃職乱〃でもなりれば︑ 餓.餌壷に満つる〃鰻重〃でもないQ要するに︑歴史の上に契るべき︑ 國の大事でないことはもちろん︑わが家の大事でもなければ︑また わが身の大事でもない︒いつどこにでもある︑李愚な︑ありふれた

此二

Oな事iあくまで〃事〃であって︑〃事件〃ではない一に過 書ない︒しかも︑この詩は︑かかる亭凡な事を素材としながらも︑

一篇の︑傑作とはいえぬまでも︑かかるすぐれた詩となっているの

である︒  そもそも白居易とはいかなる詩人であろうか︒

 白居易の詩といえば︑誰しもます思い出すのは︑﹁長恨歌﹂と﹁琵琶

行﹂である︒ ﹁長恨歌﹂はかの安緑山の大乱を汚血としておこった

ときのみかど玄宗皇帝とその三姫楊認証との艶事を描いた長篇の叙

事詩であり︑﹁琵琶行﹂は査読江頭の秋の一夜︑はしなくもめぐり逢

った︑うらぶれの老妓の語る︑その悲しき牛生の物語を描いた︑こ

れまた長篇の叙事詩である︒すなわち﹁長恨歌﹂の題材となったも

のはいわば國家的事件であり︑﹁琵琶行﹂の題材となったものはそ

れ自身すでに傳奇的興味をそなえたものである︒さらに言葉をかえ

ていうならば︑偶嚢的事件または偶嚢的機會によって生れた︑さき

にいわゆる﹁オケイジヨナル・ポーイム﹂である︒

 およそ白居易の詩は︑すべてで三九巻あって︑白居易は唐の詩人

中︑最も多くの詩を作った詩人であるが︑わたしのいわゆる﹁家庭

詩﹂は︑さきに述べたように︑この詩を初めとして三五篇を敷える

に過ぎない︒まして﹁唐詩選﹂には一篇を見當たらないOしからば

この詩人の本領は︑ ﹁長恨歌﹂や﹁琵琶行﹂の如きオケイジヨナル

・ポーイム︐にあって︑﹁別心舎弟一志月夜﹂の如ぎ﹁家庭詩﹂はその

横道の詩といわざるを得ない︒

 しかして︑この事はひとり白居易のみに限ったことではなくて︑

ひろく他の唐の詩人一般についてもいえることなのである︒

13 一

(8)

 しからば︑唐の詩においては.︑何故﹁家庭詩﹂が少いのであろう

か︒  思うに︑それは修身齊家治國準天下をもつてその究極の目標とし

た儒藪−その儒藪的文藝観にもとすくものであろう︒あたかも巷

談街論にその起原を有する小詮戯曲のたぐいは⁝車なる丈人の余技と

して輕覗され︑それらの作者はその氏名をあらわにしなかっためと

同様︑同じ詩の中でも︑國家の興亡とか天下の治乱とかに關係ある

事件あるいは感懐こそ詩にうたわるべきものであって︑國家の興亡

とも天下の治乱ともさしてかかわりがあろうとは思われない︑回個

人の︑M私人の生活あるいは生活感情の如きは詩にうたわるべきで

ないとする考え方にもとすくものであろう︒

 かくて︑唐の詩の分類の中に︑あらたに﹁家庭詩﹂なる一類を立

てることができるのだが︑しからばこの家庭詩は︑詩としては︑い

かに評贋さるべきであろうか︒

 ﹁春春たる友情﹂とか﹁夫婦総維の情﹂とかいう言葉があるが︑

この白居易の詩にうたわれた﹁兄の弟を思う情﹂もまたまことに纏綿

たるものがある︒あるいはあまりにも纒綿に過ぎて︑そのために︑

作全体としては︑かえって張りが弱く︑したがって︑あとに淺る余

情とか余.瀬とかいうものは感じら・れないかも知れない◎けれども︑

一方においてはまた︑淡汝として厭味のない︑近代的なハイカラな

詩となっているともいえると思う︒

 以上︑要するに︑白居易の詩においては︑そしてこれをひろく中

國の詩においては︑いわゆる﹁オケイジヨナル・ポ!イム﹂こそそ

の本領本道の詩であって︑﹁家族的な愛情をうたった詩﹂はむしろ

その横道裏道の詩に過ぎない︒

 わたしは唐の詩を讃んで︑かように考えている︒

      ︵申国丈学︶

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