『源氏物語』における密通の研究
─柏木と女三の宮を中心として─
富 山 晴 菜
はじめに
光源氏の正妻である女三の宮のもとへ柏木という男が忍び込むことから、『源氏物語』若菜巻における密通が引き起こされた。光源氏の正妻である女三の宮と密通を犯すということは、物語内においても衝撃的で驚くべき出来事といっても過言ではない。本論文では、第二部の中でもとりわけ印象的である柏木と女三の宮の密通場面に着目していく。『源氏物語』における密通は、本論文で扱うものを含め、光源氏と藤壺の宮や匂宮と浮舟の密通など、いくつかの事例を確認することができる。また、『源氏物語』以外の作品でも密通場面が描かれていることから、古典作品において物語内に密通が設定されること自体はそれほど珍しいことではなかったといえよう。「密通」とは、「道義に反して、男女がひそかに肉体関係を持つこと。私通。みそかごと。」 注1と定義されている。落葉の宮という妻がいる柏木と光源氏という夫がいる女三の宮の逢瀬は、まさに「密通」というにふさわしいのである。もちろん、密通は許されることではない。実際に、この密通を経て柏木は死に至り、女三の宮は出家を果たすまでとなった。死や出家というようなことから見てとれるように、この密通場面は、柏木と女三の宮自身にとってかなり大きな出来事であることはもちろん、二人に裏切られるような形になってしまった光源氏にとっても栄華崩壊のはじまりともいえるほど衝撃的な出来事であったことがわかる。 日本文学ノート 第五十四号
柏木と女三の宮の密通が起きた要因として、森一郎氏は「事態の推移に絡んで浮彫りされる女三の宮の人柄がこの密通事件の本質を特徴づける何よりの条件であった。」 注2と指摘している。女三の宮の人柄が密通事件の本質とのことであるが、そもそも女三の宮のもとへ忍び込んだ柏木自身にも密通事件の本質といえる部分があるはずだ。そのうえ、柏木が行動に移さなければ密通は起こらなかったといえるため、「何より」の本質を女三の宮としてしまうのも少々強引な指摘であると思う。女三の宮の人柄はもちろんであるが、柏木をはじめとする他の登場人物の言動にも焦点をあてて多面的に密通事件について見ていく。そして、そのことを通じて柏木と女三の宮の密通の物語上の意義を考える。
一、古典文学作品における密通 先の通り、『源氏物語』はもちろん、それ以外の古典文学においても密通場面を確認することができる。平安朝の作品では、『伊勢物語』や『狭衣物語』、『とりかへばや物語』などが挙げられる。複数の作品で確認することのできる密通だが、とくに本章では、『源氏物語』における密通がどのような描かれ方をしているのかを中心に確認していくこととする。『源氏物語』における密通として、(一)光源氏と藤壺の宮(二)光源氏と朧月夜の君の密通を取り上げていく。両者の密通に関して、田中真紀氏はそれぞれ次のように述べている。まずは、光源氏と藤壺の宮の密通についてである。源氏の栄華は、藤壺との密通による苦悩を伴うものであり、決して何のわだかまりもなく喜ぶことができるものではなかったが、密通によって誕生した冷泉帝の存在によって極められていったことが分かる。 注3
一方、光源氏と朧月夜の君の密通は次のように示されている。朧月夜と源氏の密通の場面は、密通により苦しむことはほとんどなく、子が誕生したわけでもなく、密通発覚後も逢瀬を重ねているが、決して良い方向に向かっていったとはいえない。 注4
両者の密通はどちらも決してあってはならないものであった点においては共通する。しかし、傍線部にあるように、藤壺の宮との密通と朧月夜の君との密通は、それぞれ異なる結果がもたらされているといえよう。
『源氏物語』における密通の研究─柏木と女三の宮を中心として─
光源氏と藤壺の宮の密通において、光源氏の栄華は「冷泉帝の存在によって極められ」たとあるが、これは、冷泉帝が自身の出生の秘密を知ってしまったことをきっかけに光源氏が准太上天皇という位に就いたことにあるだろう。実の父である光源氏を臣下にしておくことを畏れ多く感じた冷泉帝は、光源氏に対し、太上天皇に准じる准太上天皇の位を授けるのだが、これが光源氏が栄華を極めるためには非常に重要な出来事であったのだ。そして、光源氏の栄華発展のきっかけとなった冷泉帝は、藤壺の宮がいなければ存在することはなかった。よって、光源氏と藤壺の宮の密通は、光源氏の栄華を極めるための重要な出来事であったといえるだろう。つぎに、光源氏と朧月夜の君の密通においてだが、田中氏は「決して良い方向に向かっていったとはいえない」と評している。これは、朧月夜の君との密通が露見したことがきっかけとなり、光源氏が須磨で謹慎することになってしまったことを指している。たしかに、須磨退去という事実だけをみると、それは非常につらく苦しいものである。しかし、光源氏の須磨退去がもたらしたものは、決してマイナスなものだけとは言い切れない。澪標巻において宿曜の占いによれば、光源氏は子どもを三人生し、それぞれ帝、中宮、太政大臣となると予言されているのだが、須磨で謹慎したことにより出会った明石の君の娘である明石の姫君が中宮となることから、須磨での謹慎は後の光源氏の人生において重要な出来事であったと考えられる。そして、須磨での謹慎は、そもそも朧月夜の君との密通があったからこそ起こったことである。よって、光源氏と朧月夜の君が密通することは、光源氏やその周辺の人々に大きな悲しみや苦しみをもたらす一方で、明石の君との出会いのきっかけとなり、その後の物語全体に大きな影響を与える出来事であったことが分かる。これらから見て取れるように、両者の密通ともに後の光源氏の人生や物語全体に非常に大きな影響をもたらしていることが確認できる。以上、『源氏物語』における密通は、物語の転換のひとつとして重要な役割を担っているものだと結論づける。 日本文学ノート 第五十四号
二、柏木と女三の宮の人物造型
若菜巻の密通を考察するにあたり、当事者である柏木と女三の宮の人物造型の確認と整理を行う。まず、柏木についてである。朱雀院は、女三の宮の婿選びの際に、柏木という人物を次のように評している。その人ばかりなむ、位などいますこしものめかしきほどになりなば、などかはとも思ひよりぬべきを、まだ年いと若くて、むげに軽びたるほどなり。高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ、いたくしづまり思ひあがれる気色人には抜けて、才などもこともなく、つひには世のかためとなるべき人なれば、行く末も頼もしけれど、なほまたこのためにと思ひはてむには限りぞあるや(④三六頁)朱雀院は柏木の人望、人柄においては、女三の宮の婿として問題ないとも思える評価をしている。貴公子としての柏木の様子が普通の人よりも抜きんでていると評し、さらには学問がきちんと備わっていることも評価している。そして、いずれは国家の柱石となるような人物であるとまで言っているのだ。しかし、これほどの評価をされるような人物であり、女三の宮の父である朱雀院からも好印象を受けていたにも関わらず、柏木にはある難点があった。朱雀院が婿選びの際に柏木について述べた箇所の前後の文を以下に引用する。位などいますこしものめかしきほどになりなば、などかはとも思ひよりぬべきを、まだ年いと若くて、むげに軽びたるほどなり。(中略)なほまたこのためにと思ひはてむには限りあるぞや(④三六頁)柏木の人望や人柄を評価する一方、位が低く年も若く、女三の宮の婿とするにはまだ身分が足りないことを指摘している。人望や人柄は評価されつつも、身分の低いことが難点となり、女三の宮の婿になることは叶わなかったのだ。自らの身分を「軽びたるほど」と評された柏木は、自らの持つ「高き志ざし」との懸隔に折り合いをつけることもままならず、女三の宮への恋慕を抱き続けていくことになり、その想いがついには密通までを引き起こすことになるのだ。つぎに、女三の宮についてである。光源氏の眼を通しての女三の宮への第一印象を確認する。姫宮は、げにまだいと小さく片なりにおはする中にも、いといはけなき気色して、ひたみちに若びたまへり。かの
『源氏物語』における密通の研究─柏木と女三の宮を中心として─
紫のゆかり尋ねとりたまへりしをり思し出づるに、かれはされて言ふかひありしを、これは、いといはけなくのみ見えたまへば、よかめり、憎げにおし立ちたることなどはあるまじかめりと思すものから、いとあまりもののはえなき御さまかなと見たてまつりたまふ。(④六三頁)右の引用部では、傍線部のように「いはけなし」を原形とする語句が二カ所用いられていることが分かる。そもそも、「いはけなし」は「「いはけ」は「いはく(幼)」と同根。「なし」は「甚し」の意。子供っぽいさま。幼稚なさま。」とされている。 注5さらに、右の引用部において「ひたびちに若び」、「いはけなくのみ見え」るという指摘があることにも注目しなければならない。ただ「いはけなし」なだけではなく、女三の宮自身の特徴として幼さが形容されていることが理解できる。そのほかにも、柏木に垣間見されていたことに気付いた際の女三の宮について、本来柏木に自分の姿を見られたことを気にするべきところを、見られたことを光源氏に知られ叱られることばかり気にしている様子を「幼い」と語り手が評していたり、さらには筆跡の幼さを指摘している場面が見られたりと、女三の宮の姿・様子だけでなく、教養に関しても幼さが見受けられたことが確認できる。これまでに見てきた女三の宮は、十三、四歳頃と言われていた時点での様子である。池田節子氏は、「「いはけなし」は、赤ん坊から一五、六歳まで、広い範囲に用いられ、二〇歳をすぎると「いはけなからず」となる。(中略)それゆえ、女三の宮の年齢で「いはけなし」と記されているのは、その限りでは、特別異様なことではない。」としている。 注6
しかし、「いはけなからず」とされる年齢になってもなお、女三の宮は作者から「二十一二ばかりになりたまへど、なほいといみじく片なりにきびはなる心地して、細くあえかにうつくしくのみ見えたまふ。」(④一八四頁)と評されているのだ。年齢的なものとは関係なく、女三の宮自身の特徴として、年月を経てもなお幼い様子が変わらず残っているのである。これらから、女三の宮を特徴付けるものとして、「幼さ」が非常に重要であるということが理解できる。
三、女三の宮の六条院降嫁とその影響
光源氏は紫の上を正妻格として扱ってはいたが、葵の上の死後以降に正妻を持つことはなかった。しかし、光源氏は 日本文学ノート 第五十四号
晩年になって女三の宮を正妻として迎えることとなり、女三の宮は六条院に降嫁したのだ。本章では、その女三の宮の六条院降嫁がもたらした影響について考察していく。女三の宮との結婚を光源氏から聞かされた紫の上は、仕方がないことだと表面上はとくに気に留めた様子もなく結婚を承諾する。しかし、心のなかでは、「をこがましく思ひむすぼほるるさま世人に漏りきこえじ(中略)人笑へならむことを下には思ひつづけたまへど」(④五三頁)といった様子を見せている。そもそも紫の上自身が、「今はさりともとのみわが身を思ひあがり、うらなくて過ぐしける世」(④五四頁)と思っていたことからも、今回の女三の宮の六条院降嫁は、紫の上にとって非常に予想外の出来事だったということが分かる。その後も、女三の宮との婚儀のため光源氏が毎晩留守にすることに胸を痛めたり、光源氏との夫婦仲を思い返し将来への不安を募らせたりするなど、さまざまな心労を重ねている。そして、ついに紫の上は病に侵されてしまうのだ。紫の上にとって女三の宮の六条院降嫁は、病に侵されてしまうほどの大きな苦悩を抱える要因になっていたといえよう。そして、この心労による紫の上の発病は、皮肉なことに柏木の密通を可能にするための要因となってしまったともいえる。女三の宮と直接言葉を交わす機会を望んだ柏木は、女三の宮に仕える小侍従という女房を呼び寄せ、自身の女三の宮への想いをあれこれ語り聞かせて手引きを頼んだのだ。小侍従は女三の宮の乳母の娘であり、さらに、その乳母の姉が柏木の乳母であったということから、柏木と小侍従には繋がりがあったのである。しかし、なぜそもそも女三の宮の住む六条院から小侍従を呼び寄せることができたのか。それは、「かくて、院も離れおはしますほど、人目少なくしめやかならむ」状況に六条院が置かれているからであろう。右の引用部にある「かくて」は、紫の上が病に侵されていることを示している。紫の上が病に侵され、それを見舞うために光源氏をはじめ大勢の人が紫の上の住む二条院に移り、六条院は人が少ない状況なのである。柏木にとってそのような六条院の状況は、小侍従を呼び寄せるには好都合なのであった。そして、実際にこの小侍従との密会にて、柏木は自身の嘆願を小侍従に受け入れさせ、女三の宮に会うための手引きをしてもらう約束を取り付けたのである。つまり、光源氏をはじめ大勢の人が六条院を離れなければ、柏木が小侍従を呼び寄せることもなく、密通の手引きを
『源氏物語』における密通の研究─柏木と女三の宮を中心として─
する約束が成立することもなかったといえる。しかし、そもそも大勢の人が六条院を離れなければならなかった理由は紫の上の発病にあり、そしてその紫の上の発病も、根源は女三の宮の六条院降嫁による心労から引き起こされたものである。女三の宮の六条院降嫁は、密通に繋がる要因のひとつになってしまっているといえよう。
四、垣間見における柏木の心中
柏木が女三の宮を垣間見るという行為は、若菜巻において非常に衝撃的な出来事である。まず、この垣間見が起こるに至った経緯を確認する。三月ごろのある日に、光源氏のいる六条院には夕霧や柏木をはじめとする人々が参上していた。そして、夕霧や柏木含む若君たちは、寝殿の東側で蹴鞠を始めた。その蹴鞠の最中、寝殿の西側を居住とする女三の宮の飼っている唐猫が突然走り出し、つながれていた紐が物にひっかかったはずみで、女三の宮と若君達を隔てていた御簾が引き上げられてしまい、女三の宮の姿があらわになるという展開である。垣間見に関しては、「物語および物語絵を構成する最も重要な要素のひとつである」 注7、「垣間見は恋物語の展開にしばしば用いられる手法」 注8という指摘がある。『源氏物語』においても垣間見場面は決して珍しいわけではない。かの光源氏が紫の上を見染めたきっかけも垣間見であり、ここに「物語を構成する最も重要な要素」や「恋物語の展開」という垣間見の特徴が表れているといえるだろう。垣間見自体が珍しいわけではないにも関わらず、本章冒頭で柏木による女三の宮の垣間見を「衝撃的」と評したのには、この垣間見があまりにも唐突に起こったものであり、かつ、柏木自身の意志で起きたものではないという背景があるからだ。これらの状況を踏まえ、本章では垣間見時の柏木の様子に注目し、垣間見をきっかけに柏木の心中がどのように変化していったのか考察する。唐猫が御簾を上げるという偶発的な出来事により柏木の目の前に現れた光景は、唐突でありかつスピーディーである。それゆえ、柏木には何の心の準備もされておらず、長年恋い焦がれていた女三の宮の姿をいきなり目にすることとなった。偶発的な垣間見といえば、野分巻における夕霧による紫の上の垣間見を挙げることもできる。例年よりも強く野分 日本文学ノート 第五十四号
が吹き荒れる季節に、風の見舞いに六条院の南の御殿を訪れた夕霧は、風の様子を見るために端近にいた紫の上を思いがけず垣間見してしまう。垣間見後の夕霧は、夜になっても紫の上のことが忘れられずに頭の中を巡ってしまい、あるまじき間違いすら起こしてしまうのではないかと自分を恐ろしくさえ思ってしまっている。「まめ人」である夕霧でさえあるまじき了見を起こしているのだ。さらに、若菜巻における垣間見で夕霧が女三の宮を評する際も、その引き合いに紫の上の素晴らしさを示して女三の宮を批判する様子を見せているなど、この偶発的な垣間見は、夕霧に紫の上の印象を強く植え付けさせるとともに、以後長く忘れがたいものとなったことが分かる。野分巻での偶発的な垣間見が夕霧に紫の上を強く印象付けるきっかけとなったように、柏木による垣間見がこれほどまで唐突に描かれた背景には、それだけ柏木の心に残るような印象深い垣間見をさせる必要があったからといえるだろう。実際に垣間見直後の柏木の様子を見てみると、宴会ではしゃいでいる人々をよそに「いといたく思ひしめりて、ややもすれば、花の木に目をつけてながめやる。」(④一四三頁)様子や、その場に居合わせた夕霧が垣間見を冷静に捉えているのに対して「わが昔よりの心ざしのしるしあるべきにやと契りうれしき心地して、飽かずのみおぼゆ。」(④一四四頁)といった様子が見てとれる。思いがけず女三の宮の姿を見ることができたことへの柏木の驚きや嬉しさといった様子が目に見えるように想像できる。しかし、柏木のこの様子は垣間見直後だけに留まらず、女三の宮のことを考え物思いにふける日々はその後も続いていく。その柏木の様子は、夕霧が「なほいと気色異なり、わづらはしきこと出で来べき世にやあらん、と我さへ思ひ尽きぬる心地す。」(④一五四頁)と感じてしまうほど強烈なのであった。さらに、女三の宮の飼い猫を借りて来て、それを女三の宮になぞらえてかいがいしく世話をしたり話しかけたりするなど、もはや狂おしい恋に分別心や正常心を失っているといっても過言ではないだろう。ここまでは柏木の様子に着目して垣間見を見てきたわけだが、垣間見時の女三の宮がどのような様子であったかというと、実は御簾のそばのような外に近い場所に立ち上がって蹴鞠を見物していたのだ。当時は座っていることが一般的
『源氏物語』における密通の研究─柏木と女三の宮を中心として─
だったため、立ち上がっていること自体が不作法であり、外に近い場所にいることも軽薄な行為である。現に、垣間見に居合わせた夕霧は「いと端近なりつるありさまを、かつは軽々しと思ふらむかし」(④一四三頁)と、女三の宮に対して批判的に柏木の心中を推し量っており、さらに、そのような女三の宮の不作法な様子にはさすがの柏木も気付くだろうと思っている。しかし、その夕霧の想いに反し、柏木は女三の宮の慎重さを欠いた不作法な振る舞いや欠点に全く気が付いていない。柏木の女三の宮に対する情熱的で盲目的な一方的感情こそが、柏木が女三の宮の幼稚な行動に気がつくことのできない要因そのものとなっている。柏木はこの垣間見を経て密通にいたるまで、女三の宮のさまざまな欠点に気付くことなく、ただひたすらに恋慕を募らせていくのだ。六条院での垣間見は柏木にとって、分別心や正常心を失い長くふさぎ込んでしまうほど女三の宮への想いが膨らんでしまう出来事であった。そして、前章でも述べた密通に直接繋がる小侍従との密会は、垣間見を経て女三の宮への想いが増長されたことにより引き起こされてしまったということになる。もちろん、柏木の女三の宮への想いはかねての婿選びの時にさかのぼるのであるけれども、これまで噂にしか聞かなかった女三の宮の姿をはっきり目にしたことが恋の肉体化、現実化へと方向を定めた時点を示すものとして、この垣間見は重要なのである。繰り返しになるが、この垣間見は、柏木にとって強く印象づけられる出来事になったといえるだろう。以上のことから、垣間見によって柏木の女三の宮への想いは最高潮に達し、その強い想いは、のちの密通に強く影響する小侍従との密会を引き起こすまでのものとなった。さらに、六条院での垣間見は、物語において、のちの密通に直接繋がる最も大きな出来事であるといえよう。
五、密通の要因と女三の宮
唐猫が御簾を引き上げるという偶発的 444な出来事により柏木は女三の宮を垣間見ることができたと前章において述べた。しかし、実際に垣間見を可能にしたのは、そのきっかけを作った唐猫だけとは言い切れないのである。たとえ、唐猫により御簾が上がってしまったとしても、女三の宮が端近に立って蹴鞠を見物していなければ姿をはっ 日本文学ノート 第五十四号
きりと見られてしまうことはなかったかもしれない。夕霧も「なほ内外の用意多からずいはけなきは、らうたきやうなれどうしろめたきやうなり」(④一四三頁)と、女三の宮の言動が思慮が足りず子どもっぽいと指摘している。この垣間見を成立させるためには、女三の宮の幼い性格が大いに関係しているといえるだろう。つまり、柏木による垣間見が起きた要因は、女三の宮にあるということもできるといえよう。では、垣間見の要因に女三の宮の幼さが関係しているということは、密通事件そのものに対し女三の宮自身に責任性があるといえるのだろうか。女三の宮と密通について森一郎氏は、密通が起きた要因を蹴鞠の日(=垣間見の日)に唐猫が御簾を引き上げたことを発端だとしたうえで、「事態の推移に絡んで浮彫りされる女三の宮の人柄がこの密通事件の本質を特徴づける何よりの条件であった。」 注9と指摘している。たしかに、女三の宮の人物造型を踏まえると、先述した垣間見時の不作法をはじめ、幼さが要因とされる部分はあるだろう。しかし、密通事件の本質を特徴づける何よりの 4444条件を女三の宮の幼さとすることはできない。密通事件の発端を考える際に、前章で確認してきた垣間見以降の柏木の様子に着目する必要がある。長年思い焦がれていた人物を目にすることができた柏木の喜びと興奮は計り知れず、分別心や正常心を失い、冷静な判断をすることもままならなかったと考えられる。「いはけなからず」とされる年齢になってもなお幼い様子の女三の宮にも問題はあるが、柏木は女三の宮より年長であり分別盛りであるべき年齢である。さらに、衛門督という役職に就いている立派な人物である。それにも関わらず、周囲の物事を冷静にみる余裕すらもてていない。いくら「恋は盲目」とはいえ、女三の宮の欠点に気付かないほどの惑乱状態にある柏木の様子も異常なのである。女三の宮の「幼さ」を密通の要因と結びつけるのであれば、柏木の貴公子として似つかわしくない様子も密通の大きな要因といえるはずだ。もし、柏木に少しでも冷静に物事をみる意識が残存しており、女三の宮の欠点に気付くことができていたら、密通にいたるほどの激しい恋慕を募らせることはなく、それゆえに密通が起こることもなかったといえよう。垣間見に関し、出来事が起きた経緯自体を女三の宮にあるとは断言できないが、垣間見をより可能にしたのは女三の
『源氏物語』における密通の研究─柏木と女三の宮を中心として─
宮の幼い言動があったからだといえる。しかし、密通自体の要因としては、柏木自身が分別心や正常心を失い、物事を冷静に判断することができなかったことも大いに関わっているといえる。つまり、密通事件の責任性が女三の宮のみにあるとすることはできず、その責任は柏木にも十分にあるといえるのだ。
六、密通露見時の人物の言動
柏木と女三の宮の密通は絶対にあってはならないことであるが、こうして起きてしまった以上は何が何でも隠し通さなければならなかった。しかし、女三の宮へ宛てた柏木の手紙を光源氏が見つけてしまったことから密通はあっけなく露見してしまう。本章では、決してあってはならない密通が露見してしまった際の人々の言動や心情について確認していく。とくに、柏木と女三の宮に裏切られる形となった光源氏、密通の手引きをした小侍従、そして、密通の当事者である柏木に焦点をあてることとする。光源氏が手紙を見つけてしまったことが密通露見の要因であることは先述の通りだが、これは女三の宮がしっかりと手紙を隠さなかったことが大きく関係している。光源氏は「あないはけな、かかる物を散らしたまひて、我ならぬ人も見つけたらましかば、と思すも、心劣りして、さればよ、いとむげに心にくきところなき御ありさまをうしろめたしとは見るかし」(④二五〇頁)と、まず女三の宮が手紙を散らかしていたことに触れつつ、傍線部にあるように、以前から危惧していた女三の宮の幼さがいよいよ密通という形で表れてしまったのかと捉えている。また、光源氏は手紙の内容をじっくり読むなかで送り主が柏木であることに気付き、当初、手紙をわかりやすく散らしていた女三の宮を指摘したように、柏木が分別なく手紙を書いたことも指摘している。自分の想いを隠すことなく書いてしまった柏木、そして、その激しい想いが書かれた手紙を散らしておいた女三の宮というように、両者とも注意力に欠けている。柏木と女三の宮の密通を知った光源氏は、その両者の注意力に欠ける様を真っ先に非難しているのだ。結果的に両者を非難しているとはいえ、まずは女三の宮の幼さを思う指摘をしていることに変わりはない。光源氏は柏木と女三の宮の密通の要因について、女三の宮の幼稚さが関与していると考えているといえよう。 日本文学ノート 第五十四号
光源氏が手紙を見つけた場面には、密通の手引きをした小侍従も居合わせていた。光源氏が見つけた手紙が柏木からのものではないかと気付いた小侍従は、女三の宮にそのことを伝える。その際、「すべていはけなき御ありさまにて、人にも見えさせたまひければ、年ごろさばかり忘れがたく、恨み言ひわたりたまひしかど、かくまで思うたまへし御事かは。誰が御ためにもいとほしくはべるべきこと」(④二五二頁)と、真っ先に女三の宮を責めたてている。さらに、六条院の蹴鞠の日に女三の宮の不注意で垣間見されたことにまで遡り、一方的に語気荒く責めているのだ。小侍従も光源氏と同様に、女三の宮の幼稚さが密通に関与していると考えているといえよう。光源氏に密通が露見したことを小侍従から知らされた柏木は、あまりにもあっさりと露見してしまったことに驚きを隠せないでいる。自分の手紙が証拠になったのではないかと思い、まずは自身の身の程知らずな心を恨めしく思うのだが、すぐに「いでや、静やかに心にくきけはひ見えたまはぬわたりぞや、まづは、かの御簾のはさまも、さるべきことかは、軽々しと大将の思ひたまへる気色見えきかし」(④二五八頁)、「よきやうとても、あまりひたおもむきにおほどかにあてなる人は、世のありさまも知らず、かつさぶらふ人に心おきたまふこともなくて、かくいとほしき御身のためも人のためもいみじきことにもあるかな」(④二五九頁)と、今になって女三の宮の欠点を認識し、指摘し始めるのだ。そもそも、女三の宮の軽薄さは垣間見時に明らかになっており、同席していた夕霧はその時点で女三の宮の軽薄さに気づいていた。しかし、柏木は「恋は盲目」状態にあったがゆえに、その軽薄さに気付かず女三の宮の虚像を作りあげていた。そして、その虚像がここにきて崩れたのだ。密通露見を女三の宮のせいだとする柏木の心情自体が作中に描かれているわけではないが、密通が露見したことを知るや否や女三の宮の欠点に気付いていることからも、手紙が光源氏に見つかってしまった要因として、女三の宮の欠点が関与している可能性を疑う心が柏木自身にもあるのではないかといえよう。密通露見時の光源氏、小侍従、柏木は、三者とも真っ先に女三の宮の幼稚性を思いおこしていた。光源氏が柏木の身の程知らずな様を思うなど、密通露見から時が経つにつれて三者三様の想いをもつことになるが、真っ先に思っていることは女三の宮の幼稚性という点において共通している。密通に繋がってしまった垣間見時の女三の宮の行動や、密通
『源氏物語』における密通の研究─柏木と女三の宮を中心として─
露見時の手紙の扱いなど、もちろん密通に女三の宮の幼稚性が関わっているとはいえる。しかし、一方的に想いを募らせた柏木やその柏木に協力した小侍従の存在など、女三の宮の幼稚性以外にも要因とされることは多くある。それにも関わらず、三者とも密通事件の形成から露見にいたる過程の責めの集約を女三の宮にあるように考えている。密通の要因とされてもおかしくない三者三様の言動を女三の宮の責任として押し付け、自らの言動を正当化しようとしているのだ。この自己正当化により女三の宮の幼さがより強調されるため、密通の要因が女三の宮にあるという認識がより強くなってしまうのだ。これらから、密通露見時の柏木や小侍従、光源氏の言動は、密通に繋がるとされる自らの言動の責任を女三の宮にあると考えている点において共通性があるといえよう。
七、光源氏視点の密通とその影響
『源氏物語』の主人公とされる光源氏も、柏木と女三の宮の密通においては必ずしも主人公格の人物として描かれてはいないように思われる。密通事件そのものに関して光源氏の行動はなく、光源氏がこの事件を動かしていくといったことはない。そういう意味でも、光源氏は密通事件を外から見つめる役割だ。とはいえ、事件の当事者の一人ではある。本章では、光源氏が密通をどのように見ていたのか、また、密通が光源氏に与えた影響について考察していく。柏木と女三の宮の密通を知った光源氏は、当然両者を否定する様子を見せる。とくに柏木に対し、紫の上への愛を抑えてまでして女三の宮を大事に扱っているのに、その自分をさし置いて密通を犯したことについて痛烈に非難していることが見てとれる。しかし、光源氏は柏木への非難の言葉がそのまま自分に投げかけられていることに気付くのだ。「故院の上も、かく、御心には知ろしめしてや、知らず顔をつくらせたまひけむ、思へば、その世のことこそは、いと恐ろしくあるまじき過ちなりけれ、と近き例を思すにぞ、恋の山路はえもどくまじき御心まじりける。」(④二五五頁)と、光源氏は故桐壺院が自分と同じように、過去の自分と藤壺の宮との密通を知っていたけれども、知らぬふりを通したのではなかったかと、 日本文学ノート 第五十四号
過去の自分の過ちを思い出し戦慄を覚え、はじめて自分の犯した罪を故桐壺院の立場から見ることになる。故桐壺院が光源氏の罪を承知のうえであったとは考えがたいが、ここには、故桐壺院の置かれた立場と光源氏の立場の間に類似したものを読み取ることができるだろう。光源氏は故桐壺院と同様に「知らず顔」を通すしかない、また、柏木に対して何の非難もできないということを自覚するにいたったのである。そして物語は、光源氏から柏木を批判する資格を奪いながらも、それに反し、柏木や女三の宮への怒りや屈辱を内攻させ、憎悪や憤怒に耐える光源氏の葛藤を克明に辿ることとなる。現に、柏木に対し光源氏が直接的に非難をする場面は見受けられない。表面上は密通以前と変わらず試楽の催しに参加するよう柏木に声をかけたり、許せないと思いつつも優しく話しかけたりしている。物語は、光源氏が柏木に皮肉を言い、それが原因となり柏木が病に臥してしまう展開になるのだが、皮肉を言った際も、密通のことを直接的に責めたわけではない。自身の過去の密通を思い起こした手前、柏木と女三の宮に直接的に訓戒することができず、婉曲的に皮肉を込めて指摘するしかないのだ。したがって、柏木と女三の宮の密通は、光源氏に対し過去の自身の密通を再認識させ、その罪を問い直すきっかけとなっていた。光源氏の指摘は柏木と女三の宮に向けられた言葉ではあるが、同時に、そのような皮肉的な物言いしかできない光源氏自身に向けられた言葉でもあるといえよう。
おわりに
柏木と女三の宮の密通が決してあってはならないものであったことは繰り返し述べてきた。密通直後から畏怖していた柏木は、密通が光源氏に露見したと知ってからはすっかり気を病んでしまい、最後まで女三の宮と心を通わせることなく破滅的な恋に死んでいった。女三の宮はというと、柏木との密通により後の薫君となる子を出産する。そして、これからの将来を光源氏に疎まれるだろうと推し量り、光源氏への恐れから出家を望むようになり、最終的にはそれを果たしてしまう。それぞれに苦悩な運命を辿ることとなった柏木と女三の宮の密通ではあるが、この密通は物語を第三部
『源氏物語』における密通の研究─柏木と女三の宮を中心として─
へと発展させていくためには重要だったのである。誰も予想し得なかった女三の宮の六条院降嫁、それにより引き起こされた紫の上の発病、蹴鞠の日の偶然の垣間見、手引き者としての小侍従の存在……。これらはいずれも偶然のこととして構えられているかのようであるが、単なる偶然として済ますわけにはいかない。さまざまな要因がそれぞれに緊密な関係性を有しながら柏木と女三の宮を密通に導いていたのだ。そのなかの一つでも異なる様相を呈していたら、密通という事態は生じ得なかっただろう。そして、さまざまな積み重ねから引き起こされた密通により、第三部の主人公ともとれる薫君が誕生したわけである。薫君の存在は、子孫たちの物語である第三部には欠かせない。ただ、薫君の存在だけで物語が第三部へと発展したのではない。柏木と女三の宮の密通は栄華の絶頂にあった光源氏を苦悩へと導き崩壊に向かわせ、その苦悩や崩壊が、光源氏を中心に展開していた物語を、子孫たちを中心とするものへとスムーズに転換させた役割のひとつにもなっていたといえる。世間にとっては栄華の新たな一側面であるはずの男子誕生が、実は、光源氏の内面的な栄華が崩壊する象徴のようになってしまったといえる。薫君の誕生、光源氏の栄華崩壊という、物語の展開に欠かせない大きな出来事の要因となっていたものが、柏木と女三の宮の密通なのである。柏木と女三の宮の密通は、決して二人だけの物語ではない。それは、光源氏、紫の上、さらには朱雀院など、第一部以来の主要人物をはじめ多くの人物をもその渦中に巻き込み、さらに、さまざまな要因の積み重ねなどと相互に働きかけ絡みあった結果、密通は起こるべくして起こったのである。以上、これまでにみてきたことから、『源氏物語』が光源氏から子孫たちへの物語として転換する背景に、この柏木と女三の宮の密通は欠かせない出来事であったといえよう。
注・『源氏物語』の引用は、阿部秋生ほか『新編日本古典文学全集源氏物語』一~六(小学館・一九九四~九八)により、引用部の末尾に『新日本古典文学全集』の巻数を○数字で、ページ数をその下に漢数字で記す。(例)(②四六頁)=『新日本古典文学全集源氏物語』二巻の四六頁。 日本文学ノート 第五十四号