オーストラリアにおける人権問題と人権教育
著者 福田 弘
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 35
号 1
ページ 213‑229
発行年 1986‑11‑25
その他のタイトル Race Problems and Human Rights Education in Australia
URL http://hdl.handle.net/10105/2654
奈良教育大学紀要 第35巻 第1号(人文・社会)昭和61年 Bull. Nara Univ. Educ, Vol.35, No.1 (cult. & soc.), 1986
オーストラリアにおける人種間題と人権教育
・'' 冊 弘
(奈良教育大学教育学教室) (昭和61年4月30日)
はじめに
最近の我が国教育界の重要問題として、いわゆる「いじめ」の問題、また教師による体罰の問 題を挙げることができよう。「いじめ」は言わばどこにでもある問題として軽く扱われる傾向が 無かったわけでなく、初めはかなりいじめられる側の子どもたちをむしろ批判的に見る見解さえ 多く見られた。しかし、「いじめ」を苦に自殺する子どもたちが後を断たないという事態の深刺 さが明らかになるにつれて、やっと「いじめ」の持つ異常さ、陰険さが認識され、さらに人権問 題としてそれがとらえられるに至った。法務省人権擁護局長の談話や人権擁護委員会連合総会の 宣言がこれを象徴している(1)
。
他方、体罰は学校教育法が明確に禁止しているにも拘わらず、「有効な教育的手段」の一つと してかなり日常的に行なわれており、しかもそれを是認する教師や親が相当数に上るという衝撃 的な調査結果も出ている始末である。しかしこの問題についてもやっと体罰を子どもたちの人権 の侵害という角度からとらえようとする見解が広く見られるようになってきているといえよう。
この他、我が国の恥ずべき問題の一つに一向に止まない部落差別の実体があり、いまだに学校 においても時たま差別的な問題が起こる。これもまざれもない人権問題であり、これとの取り組 みはすべての教育の最も基本的な課題である。
「いじめ」も体罰も、今日の教育界に見られる深刻な病理現象であって、部落差別問題と同様、
その背後には根深い日本社会そのものの病的状態があるのであり、これだけを個別的に取り上げ て云々することで問題が解決する訳ではない。しかし少なくとも子どもたちの人権が危うい状態 に追い込まれていることをしっかりと認識して、その基盤からこうした目前の緊急問題に取り組 む必要があると思われる。
その具体的な方策の一つが人権教育であろうOこの人権教育にいかに取り組むかはなかなか困 難な問題を含んでいる。もちろん学校教育の中で、とりわけ社会科や道徳教育、同和教育などで の実践がなされており、一定の成果を挙げているのであるが、まだ十分だとは言えないのも確か である。この面での教材開発や教授法の工夫が要請されているのである。
ところで人権教育の活性化が緊急の課題になっているのは何も我が国だけに限られたことで はないOこれは全世界的な傾向であると言ってもよい。たとえば西欧諸国では「世界人権宣言」
30周年の1978年頃から、学校における取り立てた人権教育の必要性が強調され、欧州協議会の 文化協力協議会などを中心に学校における人権教育の促進に向けて様々な取り組みがなされてい る。(2)
また1985年12月3日、国連の経済・社会審議会の「人権に関する委員会」第42セッションの結 果、「人権および基本的自由の促進と奨励‑‑・」に関するレポートが出され、それには「入梅の 213
ための教育一初等および中等学校のための実践的諸活動‑」と題する文書が添えられている(3)
。
これは今日世界各地の専門機関や団体、民間組織、個人によってすでに作られている人権教育の 教材を検討した上で、いずれの国においても基本的人権を教えるために用いうるような小冊子を 作りたいという事務総長の要望に応えて書かれたものである。国連自身がこの人権教育の一層の 促進を極めて重視していることの現れであるといえよう。
ところでこの国連のための文書を執筆したのはオーストラリア人権委員会のペットマン博士で ある。実はオーストラリアでは80年代初めから学校における人権教育が極めて活発に行なわれる ようになってきており、具体的な教材開発も非常に進んでいるのである。学校における人権教育 のプロジェクトとしては今日世界で最も体系的で実践的なものであるといえる。国運加盟諸国の 学校における人権教育促進を目指す上記文書がオーストラリアのこのプロジェクトの指導者によ って書かれたのも、そういう事情があってのことなのである。
このプロジェクトについて、特にその具体的な教材や教授法について検討することは、人権教 育をめぐる問題を抱えるわれわれに対しても様々な示唆を与えるであろうと思われる。そこで本 稿ではオーストラリアにおける人種問題と人権教育について、その最近の動向を押さえ、特に上 述のオーストラリア人権委員会によって開発され、実施されている人権教育カリキュラムを分析 し、検討を試みることにしたい。
1.人権教育プロジェクトの背景
1)オーストラリアにおける人種問題の歴史
まず最近オーストラリアで人権教育が極めて盛んに行なわれるようになってきた背景について、
若干考察しておこう。そのためにはオ‑ストラリアにおける人種問題の歴史を簡単に見ておく必 要があると思われる。
周知のようにオーストラリアは南太平洋にある大陸国家であると同時に一種の島国でもある。
18世紀末、イギリスにより作られた流刑植民地を出発点として次第に発展し、1901年にはオース トラリア連邦(TheCommonwealthofAustralia)を形成した。1931年からは事実上の独立国 となっている。連邦は、ニュー・サウス・ウェルズ州、タスマニア州、西オーストラリア州、南 オーストラリア州、ヴィクトリア州、クインズランド州の6つの州と、北部特別地域、首都特別 地域、南極特別地域及びパプア・ニューギニアの連邦直轄地域で構成されている。現在、面積は 768万6848平方キロ、我が国の約21倍であり、人口は1,537万人である1911年にキャンベラに首 都特別地域が置かれたが、1927年からは連邦議会もメルボルンからキャンベラに移され、キャン ベラがオーストラリア連邦の首都となった。オーストラリア連邦は立憲君主制をとり、元首はイ ギリス女王エリザベスⅡ世である。住民はイギリス系が約90%で、残りはアボリジニーズ(オー ストラリア先住民族)やアイランダーズ(トレス海峡諸島民)、南欧、東欧、その他のヨーロッ パ諸国、アメリカ、アフリカ、アジアなどからの移民である。
このようにイギリス系の住民が大半を占め、さらに極めて多数の国々からの移民及び先住民族 からなる多文化・多民族国家であるところがオーストラリアの一つの特色である。そのような 国家であればこそ、国民のアイデンティティを形成する上で様々な問題を抱えているのである。
この人種をめぐる問題情況は入植開始以来のオーストラリアの歴史に深く根差しているのであ る。
オーストラT)アの人権教育 215
2)「アボリジニーズ」問題
オーストラリアは1799年1月26日、イギリス海軍将校アーサー・フィリップに率いられた780 名の流刑囚及び海兵隊・スタッフ・その家族1,200名からなる第一次流刑船団がポート・ジャク ソン湾内のシドニー・コープに上陸した時点で、イギリス植民地としての発足を迎えた。その後、
次々と流刑囚が送り込まれ、さらには自由民の移住も進められ、次第に植民地として発展してい った.ところでオーストラリアにはアポ))ジニーズと呼ばれる先住民族がいるが、彼等は約4万 年前の第四氷河期の中頃、アジア大陸からオーストラリア大陸へ渡航したとされている。彼等は 狩猟採集を主とする素朴な生活を営み、土地利用及び土地所有の観念もなく、統一政権も持たず に部族単位で生活していたため、白人の入植以来、一方的に土地を奪取されたり、衝突の中で滅 ぼされたりして、次第にその数を失ってきた。白人の入植開始の頃には推定25‑30万人の人口が あったとされているが、今日ではアイランダーズ(トレス海峡諸島民)と合わせて161,000人に 過ぎないと言われる(4)
。
1831年から60年にかけて毎年平均1万人近い移民を迎えるための援助計画が施行され、大規模 な土地の売却がなされ、さらにスクウォティング(分譲地を得られない無産者層が、羊を連れて 奥地に流出し、無断で土地に居座ること)が増加するに従い、オーストラリアの生活環境は大き な影響を受けることになる。アボリジニーズもそれに抵抗し、40年代には部族全滅を覚悟した組 織的な全面戦争に発展した。その際、アボリジニーズたちは言わば動物扱いされたのである。流 刑植民地の発足当初、イギリス政府は先住民を親切に扱うように指示していたにも拘わらず、こ のような結果を生じたのであった(5)
。
その後アボリジニーズやアイランダーズに対しては隔離・保護政策が取られ、1930年代後半か らはそれが同化政策に変えられ、50年代に入ると全州で実施される。しかし実際の福祉行政や立 法は依然として家父長的であり、一般白人社会では偏見と差別が根強かった。同化政策の結果、
何人かの模範的なアボリジニーズの文化人は生まれたが、同化政策は所詮は少数民族の文化集団 としての存在を否定し、彼等に支配者側の文化を押し付けるものであって、その圧迫がやがて先 住民たちを法的差別の撤廃や伝統的権利の再認識と保証を求める運動へと導くことになる。1967 年には先住民族に関する憲法改正が国民投票で可決され、先住民族問題に関する立法権が連邦政 府に委譲され、行政責任を連邦と州政府が分担するようになると同時に、アボリジニーズとアイ ランダーズとがオーストラリア国民として法的平等を認められるに至るのである。
70年代に入り、スポーツ界でのアボリジニーズの活躍が注目されたのをきっかけに、先住民族 同化政策は修正され、先住民族独自のアイデンティティを認めると同時に、彼等に対し地域社会 内での自治権が認められるに至るのである1972年にはアボリジニーズ問題省が連邦に新設され、
75年にはクインズランドを除く全州政府から先住民族行政に関する決定権が連邦政府に委譲され た。こうして人種問題は連邦政府の手で解決に向けて取り組まれている。(6)
3)「日豪主義」
なおオーストラリアにはもう一つの人種に拘わる問題がある。それは移民をめぐる問題だが、
これにはいわゆる「日豪主義」が関連しているのである。「日豪主義」というのは要するに、オ ーストラリアは白人のための国であって、有色人種は移民として受け入れないというものである。
この考え方のそもそもの発端は19世紀の初め頃にあるとされる。すなわち、この頃になると植民 地生まれの人々の問にいろいろな点で本国(イギリス)生まれの人々とはっきり異なる特徴が見
られるようになってきたといわれる。彼等は「カレンシー・ラッド」と呼ばれたが、彼等は、
「オーストラリアは元来流刑植民地として出発し、囚人労働力によって富と文明を築いてきたの であるから、囚人及び囚人の子孫のための国であるべきである。初めから自由移民として渡って きた入植者や労働者は外国人だ」と主張した。このような「よそ者嫌い」の伝統がやがて「オー ストラリア人のオーストラリア」、「白人のためのオーストラリア」といった排他主義へと育って いったのだと言われる(7)
。
本式に「日豪主義」が国是とされるのは1901年のオーストラリア連邦成立時である。連邦政府 の初代政権は自由主義的保護貿易派のバートンが担当したが、彼は労働党の支持を得て白豪主義、
保護貿易、労使仲裁法、社会事業法などの政策を推進した。日豪主義政策には連邦議会議員のほ ぼ全員が賛成している。この政策のもと、アジア及び太平洋諸島からの移民の禁止、クインズラ ンドの砂糖きび農園に雇われていたカナカ人労働者の送還、オーストラリアに在住するアジア人 及びマオ1)族を含む太平洋諸島民の差別待遇などの措置が取られた。こうしてヨーロッパ系住民 中心のオーストラリアを維持しようとする政策がずっと続けられるのである。労働党までもが白 豪主義政策を支持したというのはやや奇異な感じがするが、労働階級は有色人種労働者の使用は、
自分達の特権を犯し、生活水準を引き下げるものであると確信していたのである。他方中産階級 はヨーロッパ文明とイギリス的政治体制に及ぼす影響、及び有色人種との混清を恐れたのである という。(8)
こうして1901年、連邦議会下院に「移民制限法案」が出され、成立した。この法の第3条は、
ヨーロッパ語で行なわれる50語の書き取りテストに落ちた者は移民となれないことを規定してい る。このヨ‑ロッパ語は試験官が窓意的に選ぶもので、要するにヨーロッパ系以外の移民を実質 的に皆無にするためのものであった。
第2次世界大戦の後、労働党政権のもとでヨーロッパ移民助成藁が施行され、イギリスからの 移民に限らず、ドイツの難民収容所にいる東欧諸国からの避難民にも移民補助を与える政策が取 られ、70年代に至る問にヨーロッパ系移民は急激に増えている。そこには新たにオーストラリア 国民としてのアイデンティティを作り出す上での問題が生じているのである(9)
。
4)70年代以降の先住民族・移民対策の変化
アボリジニーズ問題の面でみると、70年代には先にも見たように、先住民族の諸権利を回復す るための施策がいろいろ取り入れられてくるのである。特に土地権回復に関する措置が取られ、
77年には連邦直轄領の北部地区で土地梅回復法が成立した。これは先住民族の国有の伝統的文化 価値を認め、成文化した最初の法律として注目すべきものである(10)
。
他方、移民関係の面では、1978年に移民政策の抜本的な改革が行われた。この年、いわゆる
「移民受け入れ9原則(移民政策の諸原則)」が打ち出され、翌年には点数制による移民審査方 式が実施されて、白豪主義は制度的に廃止されるのである。「9原則」は、オーストラリア‑の 移民受け入れを決定する権限はオーストラリア政府にのみあること、移民入国基準はオーストラ リア社会における社会的・経済的・その他関連する諸要求に対する利益という基盤の上に作られ るべきこと、移民の質と構成はオーストラリア社会との社会的結合と調和に鑑みて決めるべきこ と、等をうたっているが、とりわけ第4原則は重要である。それにはこう書かれている。
「移民政策は非差別的な基礎に立って通用されるべきである。オーストラリアが非差別的な政 策を通用しうる範囲には外的な制約がありうるが、一一この政策は‑貴して、人種や膚の色や国
オーストラリアの人権教育 217
籍、家計、出身民族や種族、性又は宗教に拘わりなく、すべての応募者に通用される。」(ll) このようにして先住民族並びに移民に関するオーストラリアの政策は70年代から画期的な改革 を経るのである。そしてこの改革は、その実効的な成果を生むために、教育の面でのバックアッ プを得ることになる。
5)教育面での対策
70年代には、人々の関心が、学齢期の青少年で、一般の人々と同じ教育機会を得ようとするな らば、‑般水準以上の方藁を必要とする人々が存在するということに対して向けられてくるので ある。たとえばアボリジニーズ、女性、移民、身体的・肉体的に障害を持つ者、経済的・社会的 に恵まれない者、などのための教育にいっそうの力と資金を費やすべきことが強調されてくる。
とりわけアボリジニーズの生徒の場合、教育サービスの面で十分な益を得ていないことが明ら かにされている。たとえばオーストラリア教育研究審議会の文盲研究の結果によると、北部地域 のアボリジニーズの生徒の全般的な学力は、全国平均よりも低いO学業成績が低く、就学歴も短 いため、アボリジニーズは職業市場でひどい‑ンディを負っており、失業率も高いのが現状であ る。あらゆる段階の学校教育への参加率の低さ、とりわけ高学年への残留率が低く、高等教育段 階まで進む者はごくわずかしかない。たとえば1976年の大学人学資格試験受験者はアボリジニー ズ全体で133人に過ぎず、このうち正式に資格を得たものは40人であった。翌77年、大学や高等 教育カレッジに入学した者は全部で53人である。これら高等教育機関の全学生数が約16万である から、いかに彼等が教育から縁遠いかがわかるのである(12)
。
各州及び連邦政府は積極的にアボリジニーズの子弟のための教育に力を注いでいる。特に北部 特別地域には若いアボリジニーズ人口が集中しており、そのため彼等の学校教育のための特別な 措置が取られている。ここには三校の寄宿制カレッジがあり、初等学校上級程度から中等段階後 のレベルの教育にいたるまでの教育を提供している。学生はこのカレッジで初等教育の継続課程 を受け、地域のハイスクールへ移ってもよいし、あるいはそのままカレッジで中等段階後の教育 を受けてもよいようになっている(13)
。
アボリジニーズの子どもたちが大多 数を占めるような学校では、アボリジ ニーズの補助教員を採用して教育効果 を上げる試みが広く見られる。一般的 にはアボリジニーズの子どもたちは普 通の公立ないし私立の学校にばらばら に入っているのである。
70年代からは連邦政府は、アボリジ ニ‑ズ及びアイランダーズ出身の子ど もたちに、中等段階の教育を受ける機 会をいっそう多く利用するように奨励 している。 1974年に『アボリジニーズ 中等教育補助金計画』が施行され、ア ボリジニーズたちは経済的及びその他 の面での援助を受けて中等教育を受け
生徒数
U74 1サ75 1 971 1 977 1サ7サ
アボリジニーズ中等教育補助金受給者数の推移
られるようになっている。この補助金受給者は表でわかるように、設立以来着実に増加の一途を たどっている。(14)
以上、アボリジニーズに対する教育上の補助対策を見てきたが、今E]オーストラリアでは英語 以外の母語を持つ移民やその子どもたちに対する教育、女子の教育機会増大、様々な障害を持つ 人々の教育、社会的・経済的に不利な立場にある人々の教育などに力を注ぎ、財政的にもかなり の努力を傾けているのである(15)
。このようにしてオーストラリアでは1970年代以降、歴史の過程
で生じ、今日まで引きずってきた人種問題を解決すべく積極的な前進を開始しているのである。
最近の人権教育の活発な推進もその一環なのである。
2.『人権のための教育』プロジェクト
1)プロジェクトの成立過程
以上のように、日豪主義が1979年に事実上廃止され、移民や先住民に対する教育にも一層力が 注がれるようになってきたが、その一連の動きの中で1981年、オーストラリア人権委員会が設置 された。これは広い範囲の人権と自由を擁護し、その進展を図ることを目的するものである。設 置後しばらくして、委員会には人権のための教育を行うのに必要な援助を求める声が学校や教師 からしきりに寄せられるようになった。その要求に応えるために、委員会は教材として使用しう る資料の探索に取り掛かったのである。幅広い、グローバルな文献資料探索の結果、人種差別、
性差別、平和、開発、良心の問題にかかわる囚人などについての人権教育資料は優れたものが数 多くありながらも、いろいろな論争的問題を一つの枠組みにうまく包み込んだ教室向けの資料は 皆無であることが判明した。そのためオーストラリア人権委員会は独自にそのような資料を制作 することにしたのである。
多くの文献に当たり、専門家にも意見を聞いて1982年に基礎となる手引き書草案が完成した。
それは主に初等学校上級生を対象とするものであった。草案はキャンベラ高等教育カレッジの カリキュラム研究部門の主任教授ドン・ウィリアムスにより鑑定評価されたうえでニュー・サウ ス・ウェールズ州、ヴィクトリア州及び首都特別地域の諸学校で試行された。その間同時に広範 な教育者からのコメントや批判も求められ、それらに照らして基礎となる手引き書草案は全面的 に書き改められ、出版されたのである。それがラルフ・ペットマン博士著『人権のための教育』
(RalphPettman:TeachingForHumanRights.HodjaEducationalResourcesCooperative
Ltd,1984.)である。この本と同時に三冊の小冊子(『人権:手引き書』、『人類のための人権:人 種差別』及び『人類のための人権:性差別』)並びにビデオテープも刊行されている(16)
。
以上オーストラリア人権委員会の人権教育プロジェクト『人権のための教育』の成立事情につ いて見てきたが、徹底した資料探索をもとに教室での人権教育実践を可能にすることを主眼とし たカリキュラム構成、さらに十分な現場での試行を経て練られている点が特色である。次にこの プロジェクトのよって立つ人権教育の基本的な考え方について考察しておこう。
2)『人権のための教育』の基本的考え方
このプロジェクトは人権に関する知識の詰め込みではなく、いわば生徒たちに行動を通して人 権を学ばせることを狙っている。つまり、行為に基づいた、感情を重んずる諸方策を採用するの である。その理由としてはこう書かれている。
オーストラ1)アの人権教育 219
「このような諸方策は学習者に知識を押し付けるよりはむしろ、彼等から知識を引き出すこと にこそ基礎をおくのです。多かれ少なかれ権威主義的な手段によって人権を生徒に教え込もうと するような考え方は、実際言語矛盾なのです。権利は‑そしてそれに伴う責任は一十分に考えぬ かれ、意味深いものとして創造されなければならないものなのです。そうするためには、議論さ れている人権というものを生徒が自ら経験し、複雑に絡み合っている諸権利を分析し、そしてそ うした経験に従って行為することを許すような、そんな諸活動を使うことが必要なのです。」(17) これらの諸活動の中で生徒たちが経験することがらが、彼らが自分の力で考える助けとなり、
また「人間的諸価値や感情移入の能力、すなわち、他基の中に旦萱を見、起の中に魅を見る 能力を助長する助けとなる」としている(18)
。このように、活動的学習での経験を通して、他人の
立場に身をおけるための感情移入能力と、批判的な問題関心を培うことを、人権教育の基盤とし ているのである。
また人権学習の最上の基礎として、生徒たちの意見が尊重されるような学級の雰囲気を挙げて いる。その雰囲気とは、「私が勝ちで、あなたが負け」という勝敗を常に争う競争的なもので はなく、生徒の参加が積極的に探求されるような、しかも授業の構成にまでも生徒の参加が探求 されるような、自由な学級の雰囲気でなければならないというのである。こうして自由で民主的 な学級の雰囲気を人権教育成立の前提条件とみなすわけで、この点はいわゆる「潜在的カリキュ ラム」への注目という道徳教育における最近の動向に合致するところで、非常に重要な視点であ る。
3)人権教育の方式
以上のような理念に立つ人権教育の教材はどんなものであるべきなのであろうか。端的に言う とそれは経験中心的な教材ということなのである。人権教育において何か実践的なことをしよう という場合に取りうる三つの基本的な方式として、以下のものが挙げられている。
(1)人権に関する立法の歴史を案出すること。
(2)人権を優先的な道徳原則として教えること。(たとえば「世界人権宣言」を取り上げ、その個 々の条項の理論的基礎を指摘し、それらがいかに国内問題や国際問題の「現実の世界」で運用さ れているかの例を、文学や社会から探すというようなやり方で、突き進む方法である。) (3)基本的な人権の絡む論争的問題について、生徒たちに自ら考えさせ、感じとらせようとする 軽唾中心の墾昼を構成すること。
まず(1)の方式については、確かに中等段階および高等段階のカリキュラムにとっては,部分的 に適切なものといえるが、その有効性は限られている。そういう歴史は、注意深く創造的な方法 で教えられないかぎり、授業に生気をもたらすことは極めて困難である。特に授業過程が、歴史 の一方交通的提示に終始するときにはなおさらそうなる、として拒否している。
(2)の方式については、その長所を認めながらも、それがややもすると単なる歌い文句の繰り言 に終わる恐れがあり、特定の価値の繰り返しで自己満足してしまう傾向があるとする。その結果 生徒に諸権利が葛藤を起こすような類いの問題を解く訓練を与え得ないとしてやはりこれを退け るのである。
結局このプロジェクトでは(3)の方式を取るというのであるが、その根拠は以下の通りである。
「人権は権利請求に過ぎない。もしその根拠が正しいものでなければ、人権の要求も決して説 得力のあるものではありえない。その『正しい』根拠とは、たとえば『正義』とか『公正』と
かいった、第一原則から人権問題を論ずるような根拠である。もしそうすることを生徒たちが学 べれば、他人が彼らにぶつけるかもしれない権利の要求に応えるための要点を、よりよく見える 立場に立たせられることになる。もし人権が(そして責任が)根源的なもので、比較的文化の いかんに因らないような命令であるとするならば、それがどんな意味であるのかを知る必要があ る。そのためには現実生活上の諸問題に対する感触を持たねばならず、また正義と公正に対する 感触を持たねばならない。このことは、認識的教授方法だけでできるものではない。これが人 権を教えること(あるいは人権にコ吏ヱ教えること)と、人権の担蛙教えることの違いであっ て、認識的な戦略と感情的な戦略とは互いに補足し合うものである。人権を教えることは、通 常、それが感情的な技法をも同時にどの位使用しているかの度合いにしたがって、成功が左右さ れる(19)
。」
以上のように、経験中心の教材を用い、認識的方法により「人権について教える」よりも、む しろ総合的に「人権のために教える」ことを主眼とするのであるoこのプロジェクトの名称自身 が、やや奇異な感じを与えるのであるが、人権教育の本質を考えてみると、やはり説得力のある 立場であるように思えるのである。
4)内容領域と教材の活用法
以上のように経験中心的な教材構成を柱とするのであるが、取り上げるべき人権に拘わる論争 的問題の領域としては、以下の十領域が挙げられている。
(1)人権(2)人権と法律(3)生活(4)良心、意見、表現の自由(5)集会、結社、公共の事柄への参 加の自由(6)経済的、社会的、文化的福祉(7俳差別:人種差別(8)非差別:性差別(9)家族 uOl教育
それぞれの領域の具体的な内容とその扱い方については、各章で個々に詳しく論じられており、
本稿でも一例を取り上げて検討するが、ここではこの内容領域を限定的にとらえず、あくまでも 一つの提案として出していることに注意しておきたい。教師たちがここに提案されているものに 加えて、あるいはその代わりに、補足的な諸活動や、他の論争的問題領域を展開させたりするこ とをむしろ歓迎するのである。
次にこの教材を活用しての授業法であるが、その前提としてまず、教師は人権教育で自分がや ろうとしていることを、他の教師や管理者や地域の一般の親たちに対して説明することが望まれ るとする。公開の討論会などを積極的にもつことにより、多くの潜在的な問題を解くと同時に、
討論によって、たくさんの竪実な支持者を勝ち取ることができるというのである。これは人権教 育が価値に拘わる問題を提起する活動である故に、しばしば親や上司や教師仲間から誤解された り、理解されないといった事態が起こりやすいことに因るのであろう。(20)
教材の具体的な扱い方に関しては、「人権学習を毎週火曜日の午後に行う」というようなこと は、決して理想的ではないとして、人権教育を特設の時間に行うことは原則的には否定している。
ただし人権に関連するテーマを、たとえば‑箇月間、できれば学校中で取り上げるということに は、賛意が表されるという。さらに時間割に組んで特設的にやるのも、何もやらないよりはまし だとする。肝心なのは教師がこれらの教材をどんな教科の目的にもうまく合うように変容し、採 用してくれることだとして、教師の自主的な教材利用に期待しているのである。また論争的問題 領域を含むこの人権教材を伝統的なカリキュラムといかに統合するかは、個々の学級の実状に即 して教師が判断すべきことだとするのである。
オーストラ))アの人権教育 221
5)具体的な教授法
教授法については、この課程でよく使われるたとえば役割演技のようなものは、教師がドラマ 化の技法を身につけた経験があれば、それだけやりやすいという。それは役割演技が非常に特殊 な技能を要するものであるからというわけではなく、経験というものは、自信や、敢えて何かを やってみようとする心構えをもたらすものだからであるとする。こうして役割演技やドラマ化の 方法を率先して使うのもこのプロジェクトの特色である。また、さまざまな活動の多くは、学年 段階毎に、あるいは同じ段階においてすら、それぞれ異なる作用をするものであることを教師は 承知しておくことが求められている。教師はこれらの教材を特定の学級に適用する独自の実験を
してみる必要があるというのである。
このプロジェクトで方法に関して前提としているのは、人間はだれでも、実際に人権上の論争 的問題が自ずから問うことを促すような価値の問いを経験することから益を得るものであるとい うことである。それで教師たちも、生徒と一緒にこれらの論争的問題を探求することが推奨され るのである。また生徒のレディネスに関し、初等学校の上級生になるまでには、ほとんどの生徒 は、 (機会を与えられれば)何かを追求する類いの諸教科について、思慮深い、深長な観察をし 始めるもので、人権のための教育は、この段階よりも以前になされうるし、なされるべきものだ としている。
ここでは参加的な諸活動が主として使われるわけであるが、これに慣れていない学級の場合、
授業でやろうとすること自体とか、教師の意図について論議すること、あるいは、信頼について の簡単な練習をしてみることから始める必要があるとして、予備的な活動の意義をも指摘してい る。また授業の全般にわたって言えることとして、話し合うことは極めて重要であり、生徒が自 分達が発見したことや自分達の態度の変化を考慮することができるために、常に、話し合いのた めに時間がとっておかれなければならないとし、ディスカッションの重要性を指摘している。
3.教材の具体例と学習活動
1)予備的活動
以上『人権のための教育』プロジェクトの成立過程と基本的な立場を検討してきたが、次に具 体的な教材とその活用法を検討することにしよう。
まず人権学習の活動に入る前の予備的活動として挙げられており、この課程の特色である生徒 の参加的活動の前提条件である教師一生徒間、生徒同士の信頼関係を打ち立てるのに有効とされ る「目隠しゲーム」を見ておこう。これは次のように説明されている0
目隠しゲーム
学級の生徒の半数が目隠しをします。残り半分の生徒一人一人が「目隠し」グループの 中からパートナーを選びます。ただし、選択に険し、都合のいいように協議することは禁 止します。目隠しをしていない方の生徒(案内役)は、そのパートナーを約十分間その辺 を連れ歩きます。できれば校舎の内と外の両方を連れ歩きます。 「案内者」は目隠しした パートナーに何か難しいことをやらせてはいけませんO
(警告:不注意な生徒には、この活動は危険な可能性があります。細心の注意が必要で あることをよくよく頭に染み込ませておいて下さい。さもないと信頼が促進されるどころ
か、かえって失われてしまいます。)
二人一組で歩くことはかなり容易なことであり、 「案内者」は「目隠しされた」相手に、
できるだけ広範な、さまざまな経験をさせてやるように心がけるべきです。たとえば、触 るだけで事物を識別させたり、ちょっとの問、パートナーを離れて一人にさせておいたり、
平坦な所を一緒に手をつないで走ったり、といった具合にします。 「案内者」に想像力を 働かせるように励まします。約十分後に全員を学級に戻らせ、パートナー選びを繰り返す なら繰り返し、いずれにせよ役割を交替させます。
この活動の終了後に課すべき課題としては、生徒たちにどんなことが起こったかについて、あ るいは彼等の感情の面での反応、たとえば目隠しされていた問の恐怖感、頼り無さ、あるいは自 由といった感じなどについて、あるいはまた、 「案内者」としての責任感、などについて話し合 わせるのである。こういう身近な体験に基づく話し合いから出発して次第に領域を広げてゆき、
人間社会における信頼というもののもつ意義にまで生徒を自覚ませるのである。
次に、やはり自由で民主的な学級の雰囲気づくりに関連するものであるが、生徒が教師と交渉 しつつ自主的に学級規則を作ることが提唱されている。そのようにして作られた規則の例の一つ に、ヴィクトリア州のある6学年の学級によって集団的に起草された規則表が挙げられている。
それは次のような内容を持っている。
1.個人的な問題については、教師に個人的に話すこと。
2.だれもが一個の個人として受け入れられること。
3.学習中は大声を出さずにささやき声で話すこと。
4.昼食は20分以内という制限内に、それぞれ自分のペースで食べること。
5.学習が終わった後、ちょっとした小休止を取ること。
6.教師に向かってだれかが朗読しているとき、だれも邪魔をしないこと0
7.授業時間中でも一回だけは教師の許しを受けないでもトイレに行っていいこと。
8.学級として毎日少なくとも一つは歌を歌うこと。
9.相互に了解できるときには1 2週間毎に座席を交替すること。
校則や学級の決まりのあり方は今日我が国でも大きな問題になっているが、規則作りに生徒を 参加させることの意義はやはり大きいと言わざるをえない。自分達も参加して作った規則を自主 的に守ることは、自主的で責任感のある民主的な社会の一員として育っていく上で有意義である と思われるからである。このような信頼関係の樹立と、参加的活動による自由で安心できる学級 の雰囲気の創出があらゆる教育の、とりわけ人権教育の基本であることは明らかであろう。その 意味でこの予備的活動の意義は大きいと言える。
このような下準備をした上でいよいよ個々の問題億域の学習活動に入ることになる。先に挙げ たように領域は十個あるが、ここでは最初の「人権」の場合を取り上げて検討することにしたい。
2)領域「人権」の構成と授業過程
各領域の教材構成は、焦点的問いと発展的問い及び諸活動とからなっている。まず焦点的な問 いであるが、これは個々の論争的問題の領域に対して、二つないし三つ提起されていて、教師に ある特定の問題領域が探究される際のいくつかの方法を提示することを意図するものである。あ
オーストラ])アの人権教育 223
くまでもヒントとして示されるものであって、決して教師や生徒たちが提起しようとする他の探 究の仕方を阻止しようとするものではないとされる。
次に焦点的な問いから次々に引き起こされるはずの多くの問いを発展的な問いとよび、やはり ヒントとして幾つか挙げている。実際の授業では生徒たちも自由に問いを発するであろうし、そ れがいろいろな方向に展開して行くことが予想され、教師はそのような生徒の問いに耳を傾け、
生徒たちが開いた探究の筋道を発展させていく必要があるとしている0 領域「人権」の場合には、焦点的問いとして次のものが挙げられる0 o人権とは何か
〇人問の責任とは何か。
○人権や責任を決定するのはだれか。またいかに決定するのか。
これらに誘発されるべき発展的問いとしては、大きく分けて1.あなたはだれですか。2.
われわれは人間と,して何を当然の権利だと主張しうるだろうか。の二つが提起されている。この それぞれについて極めて具体的な、経験に即した活動的学習が提案されているのである。
まず第一の「あなたはだれですか」という問いについては、その成立根拠が次のように説明さ れている。
「人権は人間のためのものであり、人権の教義の歴史は、大部分は、以前には十分に『人間』
と見なされていなかった人類の成員をも覆い尽くすように、人間性というマントを広げる活動の 物語だと言える。このことは肌の色が『白く』ない人々、女性、子どもたち、精神的・身体的に 障害を負った人々、貧しい人々、その他の人々を、動物の地位から人間の地位にまで昇進させる ことを意味した。この昇進のプロセスは激しい戦いを伴うもので、しかもそれは今なお完了から は遥かに隔たっている。それはまだまだ広げられる余地のあるものである(21)
。」
このような理由から、「人権」(人間の権利)という複合的な概念の「人間」の側面を探究する ことから始めるのがふさわしいとするのである。この人間の側面を明らかに認識させるためには 特別な問いの第一に「あなたはだれですか」という、生徒の人間としての自己認識を迫る問いか ら発するのである。人が他のすべての「人間」と名付けられている人々の苦境をはっきりと認め 得るようになるのは、自己自身が自らを「人間的な」ものであることを理解することによっての みだからである。こういうわけでこの課程も、生徒たちが自己が人間であるという感覚を確立す るのを援助するための諸活動を最初に位置付けるというのである。
たとえば次のような活動が挙げられている。
(a)人間であること
チリ箱を教室の真ん中のテーブルの上に逆さに立てます。これが宇宙の遥か彼方から来 た存在であって、この土地の生活形態について知りたがっているということ、さらにとり わけ、いろいろな言葉で「人々」と自らを呼んでいる、奇妙な二足動物のことを、知りた がっているのだと、生徒たちに説明します。この存在がこれから地球上での旅で出会うた びに、それが「人間」であると見定めることができるようにしてあげる目的で、いろいろ と人間とはこんなものだという示唆を与えるように生徒たちに促してください。
(b)自分達を星へ送ること
次のような問題を提起します。それは学級の全員に通用されます。
あなたは何百万ドルの予算の宇宙計画の一員とされました。最近宇宙から来た信号によ ると、 「彼の星」には英明な生活形態をもつ生命体が確実に存在することが判りました。
国連はその信号が来る方向‑宇宙船を送ることを決定しました。この宇宙船で地球につい ての情報を持っていくことにしています。あなたの仕事はどんなものを人類についての情 報としてこの宇宙船に積んで行けばよいかを選択することです。あなたは、そを受け取る 者が、 「地球人」とはどんなものかを理解するのを助けるような具合にその選択を構成し なければなりません。 (彼等の理解能力を最高級のものと予想してかまいません。)
以上の例の他、一種のゲーム方式で生徒たちに自分自身や仲間の生徒の個性や特徴を考えさせ るような活動が挙げられている。こうした諸活動を通して「人間的」要素についてある程度のセ ンスを確立した上で、今度は「権利」自体の考察に進むのである。ただ「人間」であるという故 に、だれもが要求することのできる「権利」とはどんなものであるのか、他の人に対してどんな ことをすることが「権利」なのかを見出ださせることが次の課題になるのである。
そこで用いられるのがたとえば次のような学習活動である。
(a)世界共同体計画
生徒たちに、その学級が新しい世界共同体を企画する仕事を与えられたと想像させてく ださい。生徒たちは企画者ではあっても、そこにだれを入れるかについては知りません。
つまり、そこに入るのは男性か女性か、若い人たちか老人か、裕福な人か貧しい人か、何 等かの点で障害を持っている人か、特定の人柘、民族、宗教、その他の一部の人であるか、
を知らないのです。
このような情況の下で、彼等が前以て誰彼を問わず、人の当然の権利としてどんなこと を決議するつもりかを聞いてください。
だれでも、どんな皮膚の色、文化、信仰、性、年齢、能力、あるいは社会階層の人をも 含み込ませることができることを覚えておかせてください。生徒たちはその計画を完成さ せてしまい、それが実行に移され、彼等白身もその社会構造の中に位置付けられるに及ん で初めてそれを知るのです。
この課題での狙いは、生徒たちが人間として持つべき権利をどんなものと考えているかを問う ことにあるわけである。それを考えさせる手順として、基本的な「必要」や「欲求」を考察する ことから始めるよう奨励している。たとえば「必要」や「欲求」について討論し、その結果を長 い表に作る。そして、それを切ってばらばらな項目に分け、見えないようにその紙片を折って箱 に入れる。掻き回し、それぞれの生徒に5枚づつ箱から取らせ、それを読ませる。生徒たちに彼 等が実際に持っているよりももっと「必要」としたり「欲しい」と思ったりするものを交換する ようにさせる。この際、本当に「必要」とし、 「欲している」と考えているものすべてに対して 彼等が本当に「権利」を持ってはいないことをはっきりさせておく。彼等に自分達の権利を、そ れに対する正当な理由を作り出すことによって取り決めなければならないことを学ばせるのであ
る。
こうして「権利」というものがいかなるものであるのかを学ばせるのであるが、さらに次のよ うな学習活動も用意している。つまり、新しい世界共同体のための学級の「人権」に拘わる法令
オーストラリアの人権教育 225 を作らせ、その「人権」の表を「世界人権宣言」と比べてみさせるのである。その際、 「世界人 権宣言」は原文と、スイスで考案された簡略化したものの両者を与える。また、学級の認識力の 程度に応じて、 「世界人権宣言」の原文と簡略化した文とを比較し、翻案において何が失われた かを調べさせるのである。
以上、領域「人権」に限って具体的な教材と学習活動の概略を見てきたが、他の領域について も似たような、生徒の生活に密着した諸活動が提供されているのである。
お わ り に
本稿ではオーストラリアにおける人種問題や移民問題‑の取り組みのごく最近の動向を押さえ、
その問題解決の様々な努力の一環として学校における人権教育が位置付けられていることを見て きた。しかもその人権教育プロジェクトは世界的に見ても極めて注目すべきものであることをも 示した。次いでオーストラリア人権委員会が中心になって進めている人権教育カリキュラムを分 析し、具体的な教材と教授法についても検討してきたo最後にこのプロジェクトをどのように評 価すべきであるかを若干考察し、まとめに代えたいと思う。
まず第一に、このプロジェクトでは世界的レベルでの資料搾索とその検討を行い、既存の研究 や実践の成果の積み重ねの上にカリキュラムを構成している点が評価できる。さらに絶えず教育 現場との密接な関連を保ちながら、カリキュラムそのものの改善を心がけているところも正しい 姿勢の現れと言えよう。
次に人権教育の基本的な考え方として、知識伝達的方法よりも、行為に基づいた、感情を重ん ずる方法を採る点が注目されるo これは人権に関する知識を教えるような、言わば知識伝達主義 的アプローチ(内容主義的アプローチ)ではなく、体験や活動を通して人権とは何か、人権を守 るとはどういうことかを身をもって分からせるアプローチ、 「人間的な諸価値」に気付いたり、
自分の頭で考える能力、他人の立場や気持ちを理解する「感情移入の能力」を育てることを目ざ す、言わば「方法主義的な」アプローチを取ることを意味するのである。そのために教材は子ど
もたちの体験を中心とするものを主とし、実際に体を動かして様々な活動に参加する学習をもっ ぱら行わせるわけである。たとえば実例でみたようなチリ箱の利用や、ステレオタイプや偏見を 防ぐために一人一人の人間の違いに気付かせる学習の一環として使われるジャガイモといったよ うに、生徒の身近にある物の活用、宇宙船やロケットといった現代の科学時代を反映した事物や 情況の援用、などの工夫も優れているといえる。またゲーム、役割演技、ドラマ化といった手法 も多く用いられる。読み物教材を主とし、感想文を書いたり、様々な価値や徳、あるいは差別の 実態に関する知識を与えることに終始しがちな道徳教育や同和教育の一般的なあり方が問い直さ
れている今日、このアプローチは示唆的であるといえよう。
さらにこのプロジェクトでは学校や学級の雰囲気の持つ教育的意義が強調され、生徒同士、生 徒対教師の人間関係の重要さが指摘され、それを現実的に作り出すための手段についても言及さ
れている。これも重要な点である。
次にこのプロジェクトの問題点について若干検討しておこう。一つには生徒の自主的、参加的 活動が中心であることから、教師の授業中の対応の仕方が重要なポイントになる筈であるが、具 体的にその点が士分に触れられているとは言えないことである。価値の教え込みにならないため の注意はよくわかるが、人権という価値を追求する生徒の体験的・参加的学習過程の中で、それ
が終局的には望ましい方向に向くようにするには、教師はどのように対拠すべきなのであろうか。
ここが最も大切で難しいところでもあるわけだが、あまり十分に検討されていないのである。言 い替えれば、人権は何ものにもまして大切なものだという暗黙の了解のうえで、人権に関する学 習がなされているように見えるのである。その暗黙の了解の部分をいかに確かなものとするのか
が、問われなければならないであろう。
この点と関連して、人権教育における知識と感情的側面との結合の問題が考えられる。確かに 人権教育における単なる知識の教え込みの方法の不毛なことはわかるのであるが、民主主義の基 本的な理念や人権観念の認識的把握も欠かせないことである。差別問題にしても正確な知識を持 たないがゆえに、言わば無知のゆえに差別をしてしまう場合がある。このプロジェクトでもたと えば「世界人権宣言」や「児童憲章」などを教材に盛り込み、基本的な知識の獲得を目結してい る。だが認知的学習と感情的側面の拘わりの説明が必ずしも十分になされてはいないのである。
以上のように若干の不十分な点は指摘しうるのであるが、このプロジェクトは概して優れた見 解に富むものであり、われわれに示唆するところ多大である。現在もこのカリキュラムは現場の 実践からのフィードバックにより、改善の途上にあり、近く改定版が出されると聞いているOそ
の成果が注目されるところである。
注
(1) 1985年9月20日の人権擁護課長会議において、法務省人権擁護局長は「『いじめ』の根底には人権意識の 立ち後れがある。 『いじめ』は差別の芽であり、根絶のためには中、長期展望に立ち、積極的かつ粘り強
い活動を展開しなければならない」と言っている。 (時事通信社『内外教育』昭和60年10月1日号4項) また、 1985年10月17日に出された人権擁護委員会連合会総会の宣言は、 「『いじめ』は子どもの人権を侵害 するもので、放置すればあらゆる差別の芽となりかねない」としている。 (同上10月25日号5項)
(2)詳しくは拙稿「西欧諸国の学校における人権教育」 (『部落解放研究』第48号(部落解放研究所紀要1986.
3 )所収及び、 「西欧諸国の学校における人権教育の動向と課題一欧州協議会の活動を中心に‑」 (奈良教 育大学同和教育推進協議会『部落問題 同和教育研究』第6号所収)参照。
(3) Teaching for Human Rights. Practical activities for primary and secondary schools, in : United Nations Economic and Social Council : Further Promotion and Encouragement of Human Rights and Fundamental Freedoms, including the Programme and methods of Work of the Commision ; ‑ 1985. 12. 3. Geneve
(4)北大路弘信・北大路百合子『オセアニア現代史‑オーストラリア・太平洋諸島‑』山川出版社1982年 10頁。なお、本稿におけるオーストラリアの現状及び歴史に関する記述は、この書物と、マニング・クラ ーク著 竹下美保子訳『オーストラリアの歴史』サイマル出版会1978年、及び日本国際問題研究所『オー ストラリア』 (世界各国便覧叢書) 1974年に負うところが多い。
(5)北大路前掲書 42‑46頁。
(6)同上 226頁。
(7)クラーク前掲書 52貢。
(8)同上 231‑232頁。北大路前掲書126‑167貢。
(91クラーク前掲書 294頁.
uO)北大路前掲書 227頁。
Principles of immigration policy (Principle number 1‑9) in: Department of Immigration and Ethnic Affairs, Migrants Entry Handbook", 3rd Edition, 1985. 7.
㈹ Commonwealth of Australia : Australian students and their schools. 1979. p. 177.
オーストラリアの人権教育 227
ditto.
04 op. cit. p.178.
09 たとえば1985年度でみると、恵まれない人々の学校のためのプログラムに3,426万1,000ドル、第二言語 としての英語教育プログラムに4,055万6,000ドル、 「参加と平等」プログラムに4,505万4,000ドルの予算 を組んでいる。 (Commonwealth Schools Commission : Report For 1985. Response to Government Guidelines. Canberra, September 1984による。)
は6)以上Human Rights Commision : The National Schools'Program : Teaching for Human Rights. An Interim Report. 1985.による。
㈲ Ralph Pettman : Teaching For Human Rights. Hodja Educational Resources Cooperative Ltd. 1984.
p.7.
㈹ ditto.
也 op.cit. p.10‑ll.
op. cit. p.8.人権教育を行う際に、しばしば親や上司や教師仲間から理解されないという悩みは、西欧 諸国の教師たちも持っているようである。
op.cit.p.29.
[付記]
オーストラリアの移民政策の最近の動向に関する資料を入手するに際して、在日オーストラリア大使館広報 部の穐田周子氏に大変お世話になった。また奈良教育大学音楽教室の奥 忍助教授にはオーストラリアの教育 関係の資料を初め、最新の情報を提供していただいた。両氏に対し、深く感謝する次第である。
なお本稿の完成後間もなく、オーストラリア原住民に関する著書および翻訳書が相次いで出版されたo (鈴 木清史著『アボリジニー オーストラリア先住民の昨日と今日』 明石書店1986年、 K・マドック著 松本 博之訳『オーストラリアの原住民』勤草書房1986年等々。)更にJohn B.Pride: Cross Cultural Encounters Communication and mis‑Communication. River Seine 1985など英文の著作も何点か入手できたが、時間 的に検討の余裕がなかった。いずれも重要な視点を含むものであるので、別の機会に改めて検討したいと思っ ている。
Race Problems and Human Rights Education in Australia
Hiroshi FUKUDA
(Department of Pedagogy, Nara University of Education, Nara 630, Japan) (Received April 30, 1986)
Educational field of Japan su汀ers today from various problems, especially from those concerning bullies among students, and prevalent teachers corporal punishment against students. These problems are basically human rights problems言ust like theバBuraku' discrimination problem. In order to tackle these problems, it seems that human rights education in schools should be more activated and improved in various ways.
There is incidentally a world wide concern for improving and acivating the human rights education in schools. The recent endeavour of the Council of Europe in this field is remarkable. And the curriculum development of human rights education in Australia, undertaken by the Human Rights Commission, is to be most highly evaluated among many of the sorts in the world today.
This paper will analyse: (1) the background of the trend of emphasizing and improving the human rights education in schools in Australia, (2) the basic thoughts of the Commis‑
sions program "Teaching for Human Rights , and (3) the concrete teaching materials and strategies suggested in the program.
(1) The Aboriginese and Islanders problems in Australia, as well as non‑European immigrants problems, have a long history. The situation, however, has changed since 1970s.
New democratic policies which allow their own identities and rights to Abonginese and Islanders, as well as those which give educational aides to a great extent to them, are remarkable these ten years. The change of the immigration policy in 1979, which brought the so‑called White Australia policy substantially to an end, is also to be mentioned.
This democratic trend which goes against the discrimination and racism seems to be the background of the human rights education program.
(2) The program "Teaching for Human Rights does not try to indoctrinate knowledges about human rights in any way, but adopts action‑based, affective strategies, in order to let students experience themselves the human rights, to analyse them in all their complexity, and to act upon these experiences. For this purpose, it uses those experiences‑centered materials, and students‑involving activities for lessons. It emphasizes the importance of the democratic and free atmosphere of the class, as well as that of the school, and suggests concrete devices to produce such an atmosphere. This coincides with new trend in moral education, which stresses the signi丘cance of the "hidden‑curriculum. Concrete strategies used in classes, such as games, dramatization, roleplaying, discussion and so on are also
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sugesstive.
(3) The curnculm includes ten human rights issue‑areas, such as human rights, human rights and the law, life, and so on, and each unit has a few focal questions and several further questions to deal with. The materials are constructed so well that students can easily be involved with interest. Up‑to‑date topics such as space‑project, and familiar things such as waste‑paperbin, potatoes and so on, are freely used.
This program has many merits mentioned above, and will contribute much to the improvement and activating the human rights education in schools, which is needed globally today. There are, however, a few points to be mentioned about this program. It is true that students experiences‑centered curriculum and strategies have great merits in teaching for human rights, but in such an approach, the teachers roles are very important and di用cult. Concerning this point, however, there is little special mention and remedy in the program.
This has also to do with the question of how to connect a cognitive approach, which gives fundamental knowledges about human rights and democracy, for instance, and action‑
based, affective approach. This is not argued fully either.
But as a whole, "Teaching for Human Rights program of Australian Human Rights Commission is full of ideas and suggestions, which w川 sure】y give a great impact to Japanese teachers and educationists, as well as to the educational丘elds of many countries.