教育における「知」の問題
その他のタイトル "Episteme" in Education
著者 宗 孝文
雑誌名 教育科学セミナリー
巻 8
ページ 1‑13
発行年 1976‑11‑27
URL http://hdl.handle.net/10112/00019562
教育における「知」の問題
宗 孝 文
I
『メノン』 Menonという、プラトンの比較的 短かい初期の対話篇がある。この中に、われわ れの「知」(I)への探究をアポリアにおとし入れる 次のような記述がある。 「人間は、自分が知っ ているものも知らないものも、これを探究する ことはできない。というのは、まず知っている ものを探究するということはありえないだろう。
なぜなら、知っている以上、その人には探究の 必要はないわけだから。また、知らないものを 探究するということもありえないだろう。なぜ ならその場合は、何を探究すべきかということ も知らないはずだから」 (2)(80E)。
このことばは、ソクラテスがメノンとの対話 において、論争家が相手をやりこめるのによく 使う議論として引きあいに出したものであるが、
もしこうであるならば誰も何事をも学ぶことは できないし、教えることもできないということ になる。
では「知識」とは、そもそもどういう意味を もつ言葉か。われわれは何かを「知る」という ことができるのか、もしできるとすればどうい う場合か。われわれには、はっきりした「知」
ではないが、何となく思っていることdoxaもあ るではないか。このような問題は、知識そのも のにかかわる知識を求めるということにほかな らない。この問題については、徳にかかわる知 識の問題の探究として、すでにソクラテス、プ
ラトンにおいて展開され、それ以降の、この問 題に関する探究は、概ねプラトンの設定した軌 道をはずれることがなかった、ともいわれる。
「プラトンは人間の知的な営みを 知識 epis‑
temeと 思い 'doxaというふたつの類に分けて 考察した。プラトンにとって 知識 とは 誤 りえぬもの のことであり、これに対して 思 ぃ 'とは 誤りうるもの を意味する。たまた ま事実にあたって真であるにすぎない 思い とは違って、 知識 'は十分な根拠によって支 持されたもの、証明可能なものでなければなら ない。説得によってひとの心に意見や信念を植 えつけることはできるが、知識は説得の方法に よっては絶対に伝えられないものである。一 知識 と 思い 、 誤りえぬもの と 誤り うるもの のあいだに想定されたこの区別の意 味をさらに徹底的に追求することが、プラトン の知識論の根本問題であった」ともいえる。 (3)
「知識」と「思い」の区別は、ある一定の領 域でいとなまれる探究のかたちに即して考察さ れるものである。医術の知識なしに、名医とそ うでない者との区別は不可能なはずである。し たがって、この「知の知」をめぐるその後の論 議の中で、この問題を意識事実の内省に局限し て、一般的、抽象的基準をもうけようとする内 省主義の立場や、あるいはまた、すべての経験 的知識について一般的なかたちで疑ってみよう
とする懐疑主義の立場は誤りではないか。 『カ
ルミデスJCharmidesの中でプラトンは、 「し かし問題は、それ自身を知る知の所有者が、ど うして必然的に、自分が何を知り、何を知らな いかを知ることになるのか、というそのことだ」
(169E)という。要は、知っているか知らない かということである。さらに、かりに知ってい ることと知らないことを知りわける「知の知」
に恵まれたとして、われわれはそれによってど のような利益を享けるのか。その場合たしかに われわれは、つねに確実な知識によって思慮深 く行為することになるだろう。しかし、ひとが よく行為することを、また幸福であることを可 能にするのは、ただ単に知と無知とを知りわけ る知をもつことではなく、善悪についての知識 をもつことではないか。もしそのような知をえ ることができなければ、 「知の知」を求める意 義はどこにあるだろうか。視覚は、何かの視覚 としては意味をもつが、視党の視覚は無意味で あろう。視覚は視覚を視ることはできないはず だからである。
以前私は、一般に人が行動する場合、事実的 なことについて「知る」ことが求められると同 時に、価値的なことを「知る」ことも求められ る、ということを問題にした~)ここでは改めて、
この「知る」ということについて上記の問いに 即しながら、主としてプラトンの『メノン』、
『プロタゴラス』、 『テアイテトス』などを通 して考えてみようと思う。これら対話篇には、
知に対する優位の思想をもつソクラテス、プラ トンの一面が如実にみられ、 「知る」というこ との教育学的問いを問いなおすきっかけを与え ている。したがってそれらには、単なる「教育 学的考古学」以上の、本質的志向が認められる し、またそれなりの限界も認められる。哲学に おける本質的なものは進歩ではなく、かえって
「始め」であるから。
II
高名な知者といわれた、高齢のプロタゴラス と、おそらく三十才台のソクラテスとが、知者 といわれるその知とは何か、倫理的諸徳は、等 しく一つの知に還元できるか、知であればそれ を教えうるか、などをめぐって華やかな議論を 戦わしているのが『プロタゴラス』 Protagoras である。
「ソフィストとは、まさに読んで字のごとく、
. . . .
賢い事柄を知っている人〔soph(on) (ep) iste (man)〕にほかならない」(312C)といわれるが、
その賢い事柄というのは何に関するものか、彼 から学べるのは何であるのか。 「私から学ぶも のは何かというと、身内の事柄については最も よく自分の一家を斉えるの道をはかり、さら に国家公共の事柄については、これを行うにも 論ずるにも、最も有能有力の者となるべき道を はかることの上手というのが、これである」(31 9A)と、プロタゴラスは端的に答えている。つ
まりそれは「国家社会のための技術」であり、
「国家社会の一員としてすぐれた人間をつくる」
ということである。
しかし、このような事柄を人に教えることが できるか。建築のことは建築の専門家の意見を 聞き、造船のことにおいてもしかりである。し かし国政のこととなると、ポリスの一員として 大工でも鍛冶屋でも靴屋でも、どこからも学ば ず、誰ひとり先生にもつかないのに意見が述べ られる。国政のことについての意見は、専門家 を要しないという点で、それは教えられるとは 考えていないからではないか。
また個人的な面においても、例えばペリクレ スのようなすぐれた人物の子が、なぜ「放し飼 いにされた神社の羊のように、どこかでひとり でにその徳に行きあたりはしないかと、自分た
ちだけで徘徊して牧草をはむ」(302A)ような、
頼りない子になるのか。これらのことを考える と、人間の徳性というものは、ひとに教えら れないのではないか。ソクラテスのこのような 問いは、現在の状況において問われたものとし ても、そのままあてはまる問いである。
このような問いに対しプロタゴラスは、まず神話 のかたちで、つぎに理論のかたちで、徳が教え られうるものであることを答える。ここにわれ われは、徳の教育が可能とみる典型的な一つの 説をみることができるし、またソフィストの教 養観、教育観をもよみとることができる。
まずこの神話では、技術に二種類のものを考 える。一つは火と関係した、生活のための技術 で、他方は国家社会をなすための技術、つまり 政治的技術である。前者、つまり物をつくるこ とを中心とする技術は、人間にとって身を養う ために充分な助けとなったが、初めのうち人間 はばらばらに住んでいて、ポリスをもたないた めに、人間はけものたちよりも弱い存在にすぎ ない。そこで弱い人間が互いに寄り集まって、
ポリスをつくることによって身の安全をはかろ うとし、そのような共同の集団を維持し、営む 術、つまり政治的技術を同じく必要とした、と いう。そして前者の技術に関しては、建築家な ど特別の専門家を必要とするが、後者の技術に 関しては、すべての人にひとしく分与されてい なければならない、という。 「そうしないと、
もしほかの技術と同じように、彼らのうちの少 数の者だけがそれを分けもっただけなら、国家 polisは成立しないだろうから」 (322D)であ
る、とプロタゴラスは答えている。
ではその政治的な徳は教えうるか。それに対 しては理論のかたちで答えている。すなわち、
この徳は生まれつきのものでも、ひとりでにそ なわるものでもなく、むしろ教えられることの できるものであり、この徳がそなわる人がある
とすれば、それは意識的な心がけによるものだ と考えられる。なぜならば、生まれつきや偶然 によって人に備わるもの、たとえば醜や虚弱な どは、たしなめられたり懲らしめられたりする ようなことはないが、不正や不敬虔などの不徳 に対しては、怒りや懲らしめや訓戒が向けられ る。この事実は人々が、そのような徳性が心が けと学習によって獲得できると考えている証拠 である (323C‑324B)。
また人々は、その子どもの教育に多面的に心 をくだいてはいる。しかし、すぐれた人物を父 親にもつ息子たちが、しばしばつまらぬ人間に なるのは、素質が問題となるのであり、素質が なければ名もない者となるのが実際である。ま たそれは比較の問題で、全くつまらない者と比 べればまだましな場合がある。さらに、徳の教師 がいないように見えるのは、あらゆる人々が事 実上、それぞれの能力に応じて徳を教えている ので、とくに誰かが徳の教師であるようにみえ ないだけだ。それはあたかも自国語をしゃべる ことを教える教師をさがしてもみあたらないよ うなものである。各人がこのようにそれぞれ教 育を受けているので、それ以上の教育者を求め ることはむずかしい。そこで徳へみちびくこと にかけて、特に一般よりすぐれた者として、ソ フィストがその任にあたるのである (324D‑
328C)。
プロタゴラスはこのような主旨のことを、ソ フィストらしく魅惑的なことばで、涌々と論じ ている。教育の営みを、索質、学習、教師によ るものだとみるこの考えは、その後の歴史をみ れば、精神的耕作cultus の三要索ー~よき土、
よき種子、よき農夫による教養cultureの意味 にもつながっている。この点では、 「教養」の 教師の自己弁護ともうけとれる。
しかしながらこのプロタゴラスの説は、徳の
教育は万人によって実際になされているという 弁明にすぎず、徳の教育が可能なことを根拠づ
けることにはなっていない。現社会を肯定した 上での、それへのよりよい適応の教育を根拠づ けたにすぎない。その意味では、現実の社会に 実際に役に立つ「実学」の肯定であるようにみ えながら、徳の教育という点では、慣習を肯定 したままで、自覚的な徳の創造に向かおうとし ない、 「虚学」の論拠を提起していることにな る。
これに対し徳についての質問を契機に、議論 はあらたな展開を見せるが、結局徳とは知にも とづくものであるというソクラテスの主張をも って、知とは別のものだとするプロタゴラスの 主張を吟味することになる。しかし知であれば 教えうるという命題にてらせば、最初教ええな
いとしたソクラテスと、教えうるとしたプロタ ゴラスは、互いに逆の主張をしていることにな る。そこでさらに、 「徳とは何であるかという 問題に向かって、そのうえであらためて、それ が教えうるか否かを考え直してみる」 (361C) ということで、この吟味は、後の対話篇に継続 されることになる。
皿
徳は知識である、知識であれば教えうるはず であるが、徳は教ええない、という『プロタゴ ラス』をはじめとする初期対話篇ではおなじみ のパラドックスを中心に、端的に「徳について」
の対話をくり返しているのが、 『メノン』であ る。
ここでソクラテスは、徳とは何であるかわか らないとしながら、全然わからないことをどう して探究できるのか、という問いに答える形で、
有名な「想起」 anamnesisの考えを神話として 次のように語っている。 「魅は不死なるもので
あり、すでにいくたびとなく生まれかわってき たものであるから、そしてこの世のものたると ハデスの国のものたるとを問わず、いっさいの あらゆるものを見てきているのであるから、魂 がすでに学んでしまっていないようなものは何 ひとつとしてないのである。だから、徳につい てもその他いろいろの事柄についても、いやし くも以前にもまた知っていたところのものであ る以上、魂がそれらのものを想い起すことがで きるのは、別に不思議なことではない。なぜな ら、事物の本性というものは、すべて互いに親 近なつながりをもっていて、しかも魂はあらゆ るものをすでに学んでしまっているのだから、
もし人が勇気をもち、探究に倦むことがなけれ ば、ある一つのことを想い起したこと—―ーこの ことを人間たちは 学ぶ"manthan6と呼んで いるわけだが—その想起がきっかけとなって、
おのずから他のすべてのものを発見するという ことも充分にありうるのだ。それはつまり、探 究するとか学ぶとかいうことは、実は全体とし て、想起することにほかならないからだ」(81C D)。
知らない者も、何となく思いなしていること doxaはある。これはいわば、知と無知の中間的 な知、知でもなければ無知でもないような「知」
と考えてよい。知らない者にも、そのような正 しいドクサがひそんでいるかぎり、正しい行為 に導くことができる(97C)。しかしこのドクサ は、原因の推理によって縛りつけてしまわない うちは、名匠ダイダロスの彫像のように、とも すれば逃げだそうとする。したがってそれは、
原因の推理をもって縛っておかないうちは、あ まりたいした価値はない。
ところで「この原因を推理するということが、
想起にほかならない」 (98A)のである。したが って正しいドクサは、想起によって縛られるこ
とにより、まず知識になり、さらには永続的な ものとなるのである (98A)。
こうして知識となったものは、単に外から断 片的に与えられるような知識とは明瞭に異なり、
自己のうちに定在されることになる。したがっ て教えるということも、ただ知識を外から与え るということではなく、学ぶ者の中で、自ら学 ばせるということを意味する。これは、知の権 威の所在が他に求められるのではなく、学ぶ者 に内在しているということでもある。 「想起」
は、このような教育的営みを、神話という形で 語ったものとみてよい。そこでこの想起という 学習の過程を具体的に示すために、ソクラテス は、数学的素養をもちあわせない奴隷の子ども を相手に対話を試みている。この過程を少し検 討してみよう。
まずここでいわれることは、一般に教師は適 切な質問をくり返すことによって、子どもの中 にあるドクサを正しい知識に導きうるというこ とである。その際教師は、既知の知識を明示し 記憶させるということではなく、子どものもつ ドクサの当否を問い正すことができれば、子ど も自身の働きによって、あたかも忘れていたも のを想い起すかのように、自らの中から知識を 生み出してくることができる、ということであ る。この過程が、まさに学ぶということであり、
したがってこの場合、学ぶということは学ぶ者 の中から知識を生み育てさせるということを意 味している。
この過程は、大まかに二段階をふんでいる。
まず第一段階は、子どものもっている、常識的 な誤った思いなしを、誤ったものとしてわから せる段階である。これは知に向かう過程として は、消極的、吟味的対話であり、相手を困惑ap‑ oriaに追いこんで行きづまらせることであるが、
この過程が実は重要なことであることを、次の
ようにメノンに述べている。 「最初この子は、
8平方プスの正方形の一辺がいかなる線である かを知らなかった。ちょうど、いまもやはりま だ知らないでいるのと同じように。 (ここでの 問題は、一辺2プスの正方形の2倍の面積をも つ正方形の一辺の長さを求めるということであ る。)しかしすくなくとも、あのときには、こ の子はそれを知っていると思いこんでいたのだ。
そして、あたかも実際に知っているかのように 確信をもって答え、そこに何らの困難も感じて いなかった。ところが今では、この子はすでに 自分が困難に行きづまっていることを自覚して、
実際に知らないでいるそのままに、また知って いると思うようなこともないのだ」 (84AB)。
「この子は、自分の無知をさとって困難におち いり、それによって知りたいと思う気持になる 以前に、知らないのに知っていると思いこんで いた事柄を、探究したり学んだりしようと試み るだろうか」 (84C)。
次に第二段階は、 「それでは、この子がいま の行きづまりの状態から出発して、ぼくといっ しょに探究しながら―その場合、ぼくのほう は質問するだけで、教えはしないのだが―そ もそも何を発見するだろうか、ひとつ見てくれ たまえ。そして、ぼくがこの子自身の考えをた ずねないで、教えたり説明したりするのをみつ けるかどうか、よく気をつけていてくれたまえ」
(84C D)、とメノンにいいながら、知に向か って相手を積極的に鼓舞していく過程である。
その過程の中で、子どもが答えることで、子ど も自身にそう思わせながら、思いなしが正しい 知として生まれることになるが、それはあたか も「彼が知らないその当の事柄に関する正しい 考え(思惑)が内在している」 (85C)ように みえる、というのである。 「そしてこの子にと って、これらいろいろの考え(思惑)は、いま
でこそ、ちょうど夢のように、よびさまされた ばかりの状態にあるわけだけれども、しかし誰 かが、こうした同じ事柄を何度もいろいろのや り方でたずねるならば、最後には、この子はこ うした事柄について、誰にも負けないくらい正 確な知識をもつようになるだろうということは、
うけあってもいいだろう」 (85C)。このように
「自分で自分の中に知識をふたたぴ把握し直す ということは、想起するということにほかなら ないのではないだろうか」 (85D)、というので ある。ここに、想起、学ぶということの過程が 示されたわけであるが、 「同じ事柄を何度もい ろいろのやり方でたずねる」という、想起をさ らに明確にさせる注意もおこたってはいない。
さて、たしかにもしこのような過程が学ぶと いうことであるならば、学問の歩みの緩慢さ、
その試行錯誤は、おぴただしいものになろう。
なぜユークリッドの幾何学はユークリッドを待 ったか、さらにピタゴラスの定理(上記の解答 はこの定理に属する)は、もしそれがすべての 人間の内なる知性に備わっているものだとすれ ば、なぜピタゴラスという名称をつけられたか。
ソクラテスの質問が、ピタゴラスの真理でなく、
ロバチェフスキーあるいはリーマンの真理であ ったならば、はるかに決定的だったろうと思え る。
この間の対話の過程は、 B.ラッセルもいうよ うに、たしかに例えば、経験科学の領域での真 理発見には不適当であろう。バクテリアによる 病気の伝染というような、顕微鏡を用いてなさ れる発見をするには、対話法だけではできない。
しかも上記の過程は、裁判官ならだれもが異議 を申したてるような「誘導尋問」ともうけとれ る恩
しかしここでの問題は、事実的な問題よりは、
価値的なものを論理的に構成する上での問題で
あり、自然のことよりは人間のことが問題なの である。さらには、結果としての知が問題では なく、その知を発見する過程が問題なのである。
いいかえれば、学ぶ者の中から知を生ませると いう、その事実が問題なのである。この点から みるならば、この対話は教育の問題である時に 意味があるのであり、無知をよそおうその間の 皮肉eironeiaは、まさに「教育的演技」として、
皮肉の仮面をかぶった教師の姿とみることがで きよう。
さて、ここにみられたドクサから知識へいた る方法は、対話dialogをする両者がことばlogos をかわすことによって、お互いのドクサを確か
. . .
めあい、その誤っている部分を廃棄し、正しい
. . . . . . .
部分を保存しながら、共通の知識へと高めてい く(aufheben)ものであり、それが対話dia‑ (through) logosの原型といってよい。その方法 が 弁 証 法dialektikeと呼ばれた。これは、自 分と、そして同時に他人との、二重の一致の中 に、知識の必要かつ十分な条件を求めようとす るやり方である。
ところでこのような方法は、一般に論理的に は、帰納的な方法とみなされる。しかしソクラ テスは、この方法を単に演繹的な方法に対立し たものとして使ってはいない。彼はよく仮定 hypothesisを用いる。上記の対話につづいて、
「人間が教わるものといえば、それは知識以外 のものではないということは、何びとにも明ら かなこと」と、自明のことがらを仮定として前 提し、つぎに「徳が一種の知識」であるならば、
明らかに「徳は教えられるもの」という結論を 導き出す(87C)。さらに「徳が一種の知識」で あるということも、 「徳は善」であり「有益な もの」であるとして、有益なものの例—強さ、
富などをあげながら、それらが「知を伴う場合 に有益となる」こと(この操作は帰納的手法を
用いている)、したがって「徳は知」であるこ とを導き出している (87C 88D)。これは、三 段論法の形をとっており、演繹的な手法がとら れていることになる。
このよう.に、彼のやり方は演繹的方法を組み 立てる作業に、帰納的手法がとられる場合が多 いし、またその結果を実際の場に追試すること もやる。ということは、彼においてはたんに帰 納的手法によることばの一般的規定が目的であ ったのではなく、それらの手法を自在に用いて、
対話の相手と、ドクサから知への道をすすむこ と、そのことが彼の目的であっ•たとみてよかろ う。彼は、想起の考えをのべたあとで、次のよ うなことをもらしている。 「ぼくは、ほかのい ろいろの点については、この議論のためにそれ ほど確信をもって断言しようとは思わない。た だしかし、ひとが何かを知らない場合に、それ を探究しなければならないと思うほうが、知ら ないものは発見することもできなければ、探究 すべきでないと思うよりも、われわれはよりす ぐれた者になり、より勇気づけられて、なまけ ごころが少なくなるだろうということ、この点 については、もしぼくにできるなら、言葉のう えでも実際のうえでも、大いに強硬に主張した いのだ」 (86BC)、と。ここに彼の、対話の姿 勢をよみとることができる。
ところで、 「対話」によく用いられる手法と して、上記の論理の筋道をたどって知にいたる 手法のほかに、それら理論と組み合わされた形 で、 「想起説」のようなミュトスを巧みに登場 させてくる。思考過程においてえられる論理的 結論と、実際の心情における納得とが一致しな
できる。しかし、たんに論理と経験の枠組みの 中にとじこもるだけでは、創造への翼は失われ てしまう。経験から新しい知識をえてくる場合、
既知の経験から新たな経験への飛躍がなければ ならない。その飛躍を可能にするのが推理であ り、この推理が可能になるのは、既知のものと 未知のものとをつなぐ、なにか普遍的なものが 前提となってのことではないか。その普遍的な
ものを、象徴として直観的に表現したものがミ ュトスといえよう。その意味では、このミュト スも一種の高度な仮定ともみなしえよう。そし て、美しい飛躍のためには、美しいミュトスを 必要とする。われわれの経験からくる知は、こ のようなミュトスにふれるとき、さらに新しい 知に向かって飛躍をはじめる。
N
上記のように、ここにおける「対話」は、対 人間との関係であって、対自然との関係には、
一定の距離がもたれている。したがってこの場 合の知識とは、自分との・、そして同時に相手と の、二重の一致を経たものであるが、自然との 一致によるものではない。自然に関する知識に は、実験的手続きを必要とするだろう。それは 当時としては無理だった。したがって、人間的 なことがらに関する知識と、自然のことがらに 関する知識とをかなり明瞭に区別したうえで、
ソクラテスは知識を人間的なことがらに限定し ている。この間の事情については、中期の対話篇 といわれる『パイドン』 Phaidonの中にみるこ とができる。周知のようにこの対話篇は、ソク ラテスの臨終の場に居合せたパイドンが、その い場合、すなわち、真なるものがたんなる形式 時の模様を語っていることになっているが、そ 論理の外にはみ出しているような場合、ミュト の中ばをやや過ぎたところで、ケベスに向かっ スが展開される。 て、ソクラテスが自分の思索の歩みについて、
これをたんなる想像としてかたづけることは 次のように語っているところがある。
「ぼくはね、ケベス、若いころ、自然の研究 とよばれるあの知識を求めることに、それはも う、たいへん熱中したことがあった。何とすば らしい知識だろうと、ぼくには思えたのだ―
ひとつひとつのものの原因を知り、それぞれの ものが何によって生じ、何によって滅ぴ、何に よって存在するかを究めるということ/……そ うした研究のあげく、結局最後に思いいたったこ とはと言えば、自分がこの種の研究には、生ま れつき全くといって言いくらい不向きな人間だ ということだったのだ。……ぼくにもそれまで は、はっきり知っていると自他ともにみとめて いたような事柄が、いろいろとないでもなかっ た。それがそのとき、こうした研究のために、
ぼくはすっかりめくら同然になって、そういう、
以前には知っていると信じていた事柄までも、
さっぱりわからなくなってしまったのだ。いろ いろの問題についてそれを経験したが、とくに、
人間はなぜ大きくなるかという問題などがそう だった。むろんこんな問題は誰にでもわかりき ったことだと、それまでぼくは思っていた。要 するに、食べたり飲んだりするからだとね。っ まり食物をとることによって、肉には肉が加わ り、骨には骨が加わり、その他同じように、か らだの各部分にそれぞれ固有の成分が加わって、
かくして小さかった嵩もやがて増大し、それに よって、小さな人間は大きくなるのだと、こう そのときは思っていた」 (96A‑D)。
自然研究に熱中したソクラテスが、やがて懐 疑につつまれて、あらゆる知識に対して信頼を 失なってしまう。とくに、人間はなぜ大きくな るのか、という人間の成長の問題にとりつかれ てのことである。それはただ、生物学的、生理 的成熟からのみ説明するだけでは十分でない。
そこでソクラテスは、次のような観点に関心を 移している。
「ところでそのころ、あるとき人が、アナク サゴラスの書物―という話だったが一ーの中 から、万物を秩序づけ、万物の原因となるのは 知性nousであるという意味の言葉を、ぼくに読 んで聞かせてくれた。聞いてぼくは、この 原 因 に快哉を叫んだ。知性をすべての原因とす ることは、やり方さえ正しければ、立派な考え であるようにぼくには思えたのだ。そしてこん なふうに考えた—もしこれがほんとうなら、
いやしくも秩序をあたえるのが知性である以上、
知性はあらゆるものを、全体としても個々のも のとしても、まさにこうあるのが最善という仕 方で秩序づけ、ところをあたえるだろう。だか ら、もし誰かがひとつひとつのものについて、
いかにして生じたり滅んだり存在したりするか という、その原因をみつけたいと思うなら、問 題の事物がいかなる仕方で存在し、あるいはい かなる仕方で他の何らかの働きをなしたりなさ れたりするのが、そのものにとって最善である かを発見しなければならない。この考え方でい くと、人間が本来考察しなければならないこと はただひとつ、人間自身を問題にする場合でも、
. .
ほかの何を問題にする場合でも、そもそも何が
. . . . . . . . . . .
最上であり最善であるかということだけとなる」
(97B‑D、傍点引用者)。
自分がここに坐っている(ケベスは脱獄をす すめるが、自分はいま牢獄にいる)ことの原因 は何か。それを身体の骨や腱の具合から説明す ることもできる。しかし真の原因は、一方で有 罪の判決を下すことを善しとした人がいて、他 方自分もここに坐っていることを善しとしたか らである。自分がこれを善しとしなければ、骨 や腱など、とうのむかしにここにはないだろう。
むろん骨や腱の具合がうまくなければ、思っ ていることを実行することはできない。しかし、
「真の原因と、それがなければ原因が原因とし
ての働きをなしえないところのものと、この両 者は全く別のもの」 (99B)として区別する必 要がある。
ソクラテスは、探究の対象を、物質的原因か ら、人間自身においてもその他との関係におい ても、どういう状態にあるのが「最上であり最 善であるか」、という倫理的、また教育的原因 へと切りかえをおこなっている。そこでその真 の原因の探究には、アナクサゴラスに失望し、
自ら「苦心して 第二の航海法 (次善の応急 策)を考える」ことになるが、それは探究の対 象を変えたことにともない、その方法を切りか えざるをえなかったということである。引用が 長くなっているが、その間のいきさつを、もう 少し続けてみておこうと思う。
「自分は、日蝕にさいして太陽を観察し研究 する人たちと、同じような目にあわないように気を つけなければならないと思った。というのは、そ ういう場合ひとは、水その他それに類するもの に太陽の姿をうつして、間接に見るようにしな いと、往々にして眼をそこねる。ぼくの考えた のもそれと同じようなことであって、つまり、
事物を肉眼で直視したり、ないしはそれぞれの 感覚で直接とらえようとしたりすると、精神が すっかり盲目になってしまうのではないかとお それたわけなのだ。かくしてぼくは、ロゴスと いう手段にうったえることによって、事物の真 相をロゴスのうちに考察しなければならぬと考
えた」 (99DE)。
すなわち、感覚的事物の中に真理を求める方
. . . . . . . .
法から、ロゴスの中に真理を求めるという方法 に移ったのである。事物はまさに見られた通り にあるとしても、それで事物のすべてをみたと いう保証はない。見方のちがいによって、物事 がちがった様相を示した場合、両者をつなぎ、
両者の立場を超えさせるものは何か、それを彼
はロゴスとみる。ロゴスの中に事物の真相を考 察するということである。これがソクラテスの、
知への自覚であったといえる。しかしこれには どのような保証がなされているか、これについ ては、後の『テアイテトス』の考察にゆずりた い。
さて、このように感覚的事物の対象から、「善」
という、倫理的、教育的対象への転換、そして 感覚的事物の観察から、ロゴスの検討へと方法 を移していった経過は、 『国家』 Politeiaの第 6巻の末尾、および第7巻の冒頭に出てくる、
有名な「線分の比喩」および「洞窟の比喩」に、・
明瞭に整理されているといってよい。
これらの比喩についての教育的な検討は、後 に稿を改めたいが、ここでそれらを「知」の問 題にかかわって、若干のことにふれてみておこ
うと思う。
「線分の比喩」というのは、われわれの認識 の対象の区分と、その対象に応じた認識の能力 を、線分の分割により図解的に説明したもので ある。まず、対象界を大きく二つに分け、一方 が知性的(知られる)世界、知の世界、他方を 感性的(見られる)世界、ドクサの世界に分け、
さらに前者を、イデアと数学的対象の世界、後 者を物的対象とイメージの世界に分ける。前者 は、さきに「ロゴスの中に」探究しようとした 対象の世界(こまかにいえば、ロゴスと媒介知 によって探究される世界)、後者は「感覚的事 実の中に」探ろうとした対象の世界である。
そしてこのような、いわば認識対象に関する 静的な区分を問題にしたことを、動的な移行の 姿としてとらえたのが、 「洞窟の比喩」とみて よかろう。この比喩は、教育の本質を直観的に 示したものである。それは、次のようなことば ではじまる。 「われわれが、本来的な意味での 教育を受けるのと受けないのとの関係を、つぎ
のような状態に似ているものと見てくれたまえ」
(514A)。そして比喩の描写にうつる。
すなわち、この比喩をつかって考えられる教 育paideiaとは、人間の本質における「転向への 導き」を意味し、さらに、教育を受けていない 状態apaideusiaから受けている状態paideiaへ の「移り行き」を意味している。それは、先に みた「知への自覚」が、パイデイアの道におい て生かされる姿といってよい。
その道の移り行きに、上降、下降の両方向を ふくむ、四つの段階を考えているが、その移行 ごとに、それまで明白であったすべてのもの、
明白であったその在り方が変化する。その都度、
物事の隠れなさaletheiaが変化する。つまり、
ここにおける教育paideiaとは、隠れている物 事の状態を、次第に隠れなさの状態において知
るようになることである。
したがってまたこの点からみれば、それは人 間が拘束から解放される姿ともみられるが、そ れはたんに束縛からの解除でもなく、無拘束の 状態で成りたつのでもなく、 「最も隠れないも の」の方へ、不断に向かうことである恩その「隠 れなさ」への検討は、同時に「正しさ」への検 討をふくみながら、 「知」をその中心の問題と
している。
しかしその際、注意しておくべきこととして、
「線分の比喩」を出してくる少し前に、次のよ うな文があることである。 「 善"が、知られ る場(可知界)のうちにあって、 知るもの と 知られるもの とに対してもっている関係 は、見える場(可視界)において太陽が、 見 るはたらき(視覚) と 見られるもの(その対 象) とに対してもっている関係なのだ」 (508B C)。
たとえば、一方に視覚を有する人間があって、
他方に色彩をもつ可視的物体があっても、太陽
の光がなければ、視るという認識は生じえない。
それと同様に、一方に知るはたらきをもった人 間があり、知られる対象があっても、 「善」が なければ、知るという認識は生じえない。つま り、知性と視覚が、それぞれ知られる世界と見 られる世界の主体的側面をさすのに対し、知性 の対象と視覚の対象とは、それぞれ二つの世界 の客体的な側面をさし、善そのものと太陽とは、
それぞれの世界において、主体的側面と客体的 側面との統一による、それぞれの認識を媒介す
る、第三者的な側面をさしている。
したがって例えば、知られる世界において、
善の媒介がなければ、知る対象を真の意味で知 りえないことになる。そのことはまた、「洞窟」
の段階的移行において、物事の「隠れない」明 るみの状態へ近づくことを、人間が解放される 姿として教育を描くとき、 「善」の媒介をとも
なわねばならない、ということである。
では、知られるものの世界において、 「知」 と「知覚」はどのような関係にあるか、原因探 究を、 「事実の中に」ではなく、 「ロゴスの中 に」すすめていこうとして、そこにえられてく る原因にどのような保証があるか。すなわち、
「知」そのものはどのようにして保証されるの か。これらのことを『テアイテトス』において 見ておきたい。
V
『テアイテトス』 Theaitetosは、知識に関す る三つのアポリアを根幹として組み立てられた 対話篇である。われわれが何かを知っていると いうことはどういうことか。一般に「何である か」という問いに対する答えとして、例えばこ れは本である、というように物の「名」を答え る場合がある。しかしさらに本とは何であるか という問いがあって、この場合は、前者で答え
であったものがそれ自身問われるような問いが ある。つまり、個々のものから一般的なものを 知る場合であるが、問われるものが事物である 場合、比較的手軽で簡単な答えをえることがで きる。そしてそれを知っていると普通考えてい る。
さて、これまで述べられてきた「知識」は必 ず何ものかの知識であって、対象をもたない知 識というものは考えられていない。しかもその 対象となったものは主として、徳についての知 識であった。徳が教えられるのは、徳が知識と して前提されているからである (Menon87B‑
88A)。
ところが『テアイテトス』では、そのような 対象的知識ではなくて「知識とはそもそも何で あろうか」 (145E)、つまり「知識そのものを知 る」ということ、 「何がいったい知識であるか」
(146E)を問うことである。
ここでは、知識に関する三つの命題を反駁、
否定する形で、それらが結局アポリアにおち入 ることを示し、逆に知識に関する隠れている命 題を暗示する形になっている。そこでまず、第 ーの命題として、何かを知覚していることが知 識であるという点を深化、検討する対話がなさ れる。すなわち、何かを知っている人というの は、その知っているものを知覚しているという こと、つまり「知識epistemeとは、知覚aisth‑ esisにほかならない」 (151E)と答えられる。
そこでこの命題は、プロタゴラスの有名な言葉
. .
である「あらゆるものの尺度は人間だ。あるも
.....
のについてはあるということの。あらぬものに
. . .
ついてはあらぬということの」と同じ意味だと 考えられる (152A)。すなわち「私に見える」
ものは、そのように「私にある」ものである。
風そのものが冷たいのではなく、冷たいと「感 じる」人に冷たく「ある」のである。したがっ
てそのように「見える」ことが、そう感じると いうことである。こうしてここでは「ある」と いうことを、 「見える」ということの媒介によ って「知覚する」と同じものと理解している'o だから、そのように「現われること(phantasia)
」と、その「知覚」とは同じものであり、この 類のものは、おそらく各人が知覚しているよう
に各人にとって「あり」もするのである(152C)。 その意味で知覚は個人的なものである。 (ここ でいうphantasiaは、「あるものが自らを呈示す るものとして知覚される」(71というほどの意味で あって、 「想像」とか「構想力」という意味に は遠い。したがってこの命題は、今日の心理学 的概念で解されると無意味である。)
さらに知覚する個人が同ーであっても例えば 健康な場合は酒は旨いものとして現われるが、
病体である場合、知覚はそれと異なった結果を もたらす。その点では知覚は、知覚する個人に とって瞬間的である。
またこの場合の、知識とみなされる知覚は、
常に存在しているものを対象としているが、「何 ものも、他のものと無関係に、それ自体で一定 のものであるのではない」 (152D)。例えば、 6 コのサイコロは、 4コと比べれば、後の数の半 分「多く」あり、 12コと比べれば後の数の半分
「少なく」ある。だから何かを「多い」と見れ ば、他方またそのものは「少ない」となっても 現われる。となれば「あらゆるものが運動(場 所を動くこと)と動き(一般にあらゆる動き)
. .
と、ものの相互の混和からなる(生成変化)の である。これをわれわれが、らるといっている のは正しくない。なぜなら何ものも、いかなる
. . . .
時にも、あるのではない。つねになる」のであ る(153D)から。すなわち知覚は、知覚される ものの変化によって流動的である。こうして知 覚の主体が、個人的、瞬間的であること、さら
に知覚の対象が常に変化流動することが示され た。
さて次に、この結論が吟味される。その要点 を示せば、まず人間尺度説についてであるが、
もし人間が一切のものの尺度といわれる理由が、
知覚を有するということであれば、ひとしく知 覚を有するすべての動物もまた、すべてのもの の尺度でなければならない。であれば「万物の 尺度は豚だ」といってもおかしくない。各人、
各動物が知覚し、そのようにあることが正しい のであれば、知者の言葉とされる言葉によって、
知者とそうでない者との区別は否定されること になる (161CD)のではないか。
知識と知覚は同じものではないということは、
さらに次のような例も考えられる。英語を解さ ない人が英語を「聞いている」とき、その人は 英語を「知識」しているといえるだろうか。ま た同様に、文字を解さない人が文字を「見て」
いるとき、その人はそこに書かれてあるものを
「知る」だろうか。たしかに彼は、音調の「高 さや低さ」、文字の「形や色」は、聞きかつ知 り、見かつ知っているが、その意味内容は「見 たり聞いたりすることによって知覚されていな いし、また知られていない」 (163C) といえる のであるか。実はそのような考えが、知覚が知 識であるという論に致命的な破綻をもたらして いる。つまり、そのような意味内容は、知覚の 対象にならないことをいっているからである。
さらに物事はまさに見られた通りにあるので あって、あらゆる人のあらゆる時に見たものは、
皆本当である、 「尺度は人」ということになる とどうなるか。そうであるならば、例えばA と いう人が、自分では誤っていると思われている 他の意見を、正しいものとして承認せざるをえ ないことになる。となればA 自身の意見を自ら 誤まっていることを承認していることにならな
いか。そうなれば、何者にとっても正しいとい うことはありえないし、逆にまた誤りというこ ともありえないことになる。
知識とは何であるか、という問いは、このよ うにして結局、知識とは何でないかという問い として、まず第一の命題として吟味された「知 覚が知識である」、およびそれと同じ意味の「尺 度は人」であるということを否定する形で答え られたことになる。そこでつぎに、 ドクサおよ びロゴスをともなう真なるドクサについて、そ れぞれ検討されることになる。
VI
その前にここで改めて、知識とは何であるかが問 われなければならない。この問いは、これまでのと ころからみて単なる認識論的な問い、すなわち 理論的意味における知識の本質に関する問いで
はなく、真なるものの所有に関わる問いである ことが暗示された。ハイデガーは、ここでいわ れる知識epistemeの原義をたずね、次のよう に述べている。「epistemeの動詞形は、……も とepi‑istemiすなわち、或るものに歩み近づ く、或る事柄に携わってそれに熟達している、
精通している、通暁している、というような意 味をもつ。従って、例えば靴屋、大工、戦士、
等々はそれぞれエピステーメーをもっているわ けである。要するに、或る事柄との交渉におい て熟達・精通しているというのがエピステーメ ーの原初的意義である。ところでエピステーメ ーのこの原義から、我々は次の二つの契機を取 り出すことができる。即ち、 (1)このような意味 をもつエピステーメーは、すべての可能な領域 及びすべての可能な通路における人間のあらゆ る可能な態度に亘るものである。 (2)従ってその 消極面として、エピステーメーは格別に或る事 柄を教授され、それに精通していることを意味
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