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教育権独立論におけるニ・三の問題点

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(1)

教育権独立論 におけ る二・三の問題 点

社会科教育教室 糸田 本稿では教育権独立論 に関 して問題 となる論点 について

,さ

らに掘 り下 げて検討 を加 えてみたい。 前稿 (第28巻第

1号

)で

みた如 く「教育権の独立」をめ ぐる肯定 。否定の各論 は現行法の解釈論 とし て幾 多の困難 な問題点 を有 してい るが

,筆

者 は「教員の教育権の独立」 は重要 な教育理念 。教育条 理 としては存在す るが

,従

って実定法解釈運用上の有力な理念 とはな り得 るが

,実

定法上「教育権 独立」の明確 な法的保障や法的根拠 の無 いことを指摘 した。 これらの背景となる問題点や考え方につ いて さらに検討 を進め ることにす る。 l―

l

教 育 基 本 法 の 性 格 と準 憲 法 論 教育基本法は戦後のわが国の教育の理念 を宣言 し、 そのよるべ き準則 を明 らかに した ものである が

,そ

の性格 について,「教基法 は憲法 と直接 につ らなる特殊 な法律 として

,他

の教育法 よ りも基本 的 な

,い

わば上位の法律」)と し,「教育基本法は

,教

育 に関す る国内での最高法規 である

?と

し,「実 質的 には憲法の教育条項 を意味す る付属法律であ り

,他

の教育法規 に解釈上優先す る

Pと

,教

育 基本法は「準憲法的性格子)を有す として

,一

般法律 に優越す る効力 を持つ とす る説 がある。 この教 育基本法の形式的優越性 はその根拠 が必ず しも明確 に説明せ られていない面 もあるが

,以

下 これ ら の説 について検討批判 を行 ってみたい。 教育基本法の準憲法的性格 を確認す る理由について有倉遼吉氏は

,そ

のおもな理 由は,「教育基本 法 を破壊 しよ うとす る力にたいす る防禦のためであるといえよ う。憲法―教育基本法の体制が

,そ

の成立当初の志向 どお りに生長発展 しているな らば

,こ

とあた らしく教育基本法の準憲法的性格 を とりあげる現実的必要は乏 しいともいえる。 しか し

,現

実は教育基本法の順調 な発展 を阻害 して き たのみならず

,つ

いには

,教

育基本法改正の名の もとに

,正

面か らその破壊 をさえ試み る意図が現 われている。現在の時点 において、基本法 を守 り

,か

つ発展 させ る必要 は とくに大 きく

,

したがっ てまた基本法の準憲法的性格 を確認高揚すべ きもの といい うる?」 としてまず現実的・政治的・政 策的観点 を指摘 されている。 しか しかかる政策的理 由があれば必然的 に法の形式的効力が変 るもの ではない。 有倉遼吉氏は さらに

,教

育基本法 を守 る手段 につ いて

,教

師 をふ くめた国民的運動 として

,基

本 法 を守 る努力を展開す る方法 などはもちろん高 く評価 さるべ きである。 しか し

,「

ここでは

,そ

の よ うな社会的・実践的方法 は

,法

的手段 の範囲外の ものであるとし

,法

的手段 としてまずあげるべ 折 ロ

(2)

細川 哲:教育権独立論 における二 ・三の問題点

きものは教育基本法の準憲法的性格 を明確 にして

,憲

法の立場 か ら破壊勢力を抑止することである。」 とされる。 そ して

,基

本法 をそれ自体 として改正す る場合は もちろん

,基

本法以外の諸法令 によ つ て基本法 を破 ろ うとす る企てに対 して

,法

律の段階で これを阻止す ることははなはだ困難 である。

「 したがって

,ぃ

ずれの場合 に対 しても有効 な方法は

,教

育基本法の各条項 が憲法の具体化規定で あり

,確

認規定であること

,す

なわち

,内

容上の準憲法的性格 を明 らかにす ることである。 これが で きれば

,教

育基本法 を侵害 しよ うとす る立法 は

,間

接 に憲法違反の立法 とな り

,違

憲立法審査権

の発動をうながすことができるであろう

)」

とされる。

かくして教育基本法の各条項 が憲法の「具体化規定」・「確認規定」であるかどうかが一つの検討 の対象 となる。 この点 についてはまず教育基本法制定の経緯 が憲法 との関連 において見 られる必要がある う。 わが国の新憲法の制定過程 において

,教

育基本法 が如何 に位置づけ られていたかとい うことであ るが

,戦

後 の「憲法改正草案要綱」 が第90回帝国議会 に提 案 されたのは昭和21年6月20日で ある。 憲法案審議の過程 では

,教

育の基本的方向 に関す る論議 が国会 にあらわれて きた。 教育 については

,憲

法改正案は「すべ て国民は

,法

律の定めるところによ り

,そ

の能 力に応 じて, ひとしく教育 を受ける権利 を有す る」,「すべて国民は

,そ

の保護す る児童 に初等教育 を受 け させ る 義務 を負 う。初等教育は

,

これ を無償 とす る」(帝国憲法改正案第24条

)と

い う規定があった。 これ

'

は帝国憲法 にはまった くなかった20世紀 憲法の特色 といえる新 しい社会権規定であ り ,「教育 を受 け る権利」 をは じめて 日本の国民 に保障す るもので あった。 しか し, さらに憲法の条文の中 に

,国

民 教育 に関す る規定 をいれよ うとす る希望 もあった。た とえば

,衆

議院の委員会では

,杉

本勝次委員 は

,つ

ぎのよ うにいっている。 「民主主義的 な新 しい教育理念

,あ

るいは教育の指標

,あ

るいは文教の根本精神 の宣明 を

,こ

の 憲法の一箇条 として設 けていただ きたぃ。 民主主義的 な平和国家の建設 とい うことについて教育 が

,根

本の動力でなければな らぬ とい う ことを私 どもは信ず るか らである。 教育 がその時々の政治の動向 によって影響 を受けることを拒否 して

,こ

れ を国家の政治的権能 から独立 させ る必要 があるとい う趣 旨か らである。 前内閣の安倍文部大臣 においては この時代 に即 した新 しい教育勅語の1集発 とい うことについて

本 御考慮 になっておったよ うであるが, これについては詔勅 の内容がいかに民主的であって も

,詔

勅の形式 によって新教育の理念 を規定す るとい うよ うなことは

,そ

れ自体 が非民主主義的で ある とい うよ うな声 もあって

,今

日までその実現 を見てお らないけれども

,こ

の際 この新 しい憲法 が

'

制定 されるに当って

,わ

が国の教育の向 うべ きところの基本的 な方向 を明 らかにし

,特

に教育憲 章 ともい うべ き一箇条 を掲 げることは

,

この新 しい教育の理念が憲法上の保章 を受 けるゆ えん と

なり

,ま

ことに喜ばしいことであると確信する。

?

さらに

,大

島多蔵委員は

,憲

法の中に一章 を加 えて

,教

育の 自主性

,機

会均等

,義

務制度 などの 事項 を明確 にしたいとい う要望 を出 している。 これ らの意見 には

,教

育の立場 からみて

,重

要 な問題 が含 まれている。杉本委員は

,詔

勅 による 形式は非民主的だ とい う意見 を紹介 して

,教

育の 自律性 を保障す るために

,憲

法で これ を規定すべ きだとし

,大

島委員 もまた

,そ

のための

1章

を要望 している。 しか し

,こ

れに対 しては

,当

時の田中耕太郎文部大臣は,「教育 に関 し一章 を設 けることは憲法全

(3)

鳥取大学教育学部研究報告 人文社会科学 第28巻 第 2号 体のふ り合 いか ら見て不適 当であること

,又 ,憲

法 とい うものは元来政治的の法律であ り

,教

育 が 問題 にされ る場合で もやは り政治の面 か ら問題 となるのであって

,こ

の憲法の性質上道徳及び教育 の原理 とい うよ うなものは憲法の中に入 るべ きものではなしぜ)などと答 え

,教

育 に関す る規定 を改正 案以上 に憲法 に入れ ることに賛成 しなかった。 ところで

,田

中文部大臣は

,同

時 に,「文部省 において教育 に関す る大方針及び学校系統 のおもな 制度 について教育根本法 ともい うべ きもの を早急 に立案 して議会の協賛 をえたい とし

,又

教育権 の 独立 とい うよ うなこともこの教育基本法 に入れ るべ く研究 している旨答 え注 目をひいた」 といわれ ている。 当時の田中耕太郎文部大臣の「教育 に関 して一章 を設 けることは憲法全体のふ り合 いか ら見て不 適当」との真意は不明であるが,いずれに して も,「不適 当」 と明言せ られてお り,「教育 を受 ける権 利」以外の教育条項 を憲法中に設 けることの要請 は議会では認 め られなかったのである。田中耕太 郎氏の後年の著書 によると,「私は個人的 には

,国

家が法律 を以て間然す るところのない教育の 目的 を明示す ることは不可能 にちかいことと考 え」,「教育的活動がその本質 において個人の倉J意にもと づ く文化的性 質の ものであ り

,本

質において法の干与の外 にあることを考 えるときに

,憲

法 および 他の法令 による教育の規整 には一定の限度 があることを認 め ざるをえない」 としてお り

,教

育基本 法の教育理論的一貫性 についてかな り具体的 な批判的意見 を有 しているが

,教

育基本法の制定 その ものについては「法 が教育 の目的やその方針 に立 ち入 ったのは

,過

去 において教育勅語 が教育の目 的 を宣明す る法規範の性質 を帯 びていた結果 として

,そ

れに代 るべ きもの を制定 し以て教育者 に拠 りどころを与 える趣 旨に出ていたゴ)と述べ られている。田中氏 自身は教育の本質が法の干与外 にあ るところから

,教

育条項 を憲法中 に規定す ることに消極的であったのみならず

,法

令 による規定 に も限界があるとし教育の基本理念 を法制化 したのは

,教

育勅語 が「教育の目的 を宣明す る法規範の 性 質 を帯 びていた結果」 として

,そ

れに代 るべ きもの を制定す るとい う観点 を述べ られてい るとこ ろを見 ると

,教

育の基本理念 を法律化す ること自体 にも積極的 な姿勢が伺 がわれないことになる。 しか し

,憲

法審議の過程 において

,田

中文部大臣 よ り教育 に関す る大方針 や教 育理 念 を定 め る 「教育根本法」 とい う法律 が用意 されると言明せ られたのは事実である。ただこの点 をもって

,教

育基本法中の各条項 は本来憲法中に規定 さるるべ き経緯 があった と説明することは早計であろ う。 この田中文部大臣の発言 (むしろ答弁

)が

,の

ちの教育基本法の制定 に発展す るので ある。 教育基本法は昭和22年法律第25号として 3月31日公布 された。審議の過程 で各種 の質疑応答 がか わ されているが結局政府原案通 り可決 したので ある。衆議院本会議では提案理由 としてつ ぎの よ う に

,高

橋誠一郎文部大臣はのべている。 「次 にこれを定め ます るにあた りましては, これまでのよ うに

,詔

勅・勅令などの形式 をとりま して

,い

わば上 か ら与 えられた もの としてではな く

,国

民の盛 り上 ります る熱意 によ りま して定 め るべ きものであ りま して

,国

民の代表者 をもって構成せ られてお ります る議会 にお きま して, 討議確定す るために

,法

律 をもっていたす ことが新憲法の精ネ申に適 うもの といた しま して

,必

かつ適当であると存じた次第であります。

0 日本国憲法の国民主権

(1条

),国会 が唯―の立法機関であること (41条

)な

どの原則 の もとに, 「教育の根本的刷新」(文相

)の

断行のために

,詔

勅や教育立法の勅令主義 を廃す るとい うことは0が ここで公式 に打 ち出 されたのである。 それ と共 に高橋誠一郎文部大臣の提案理由にみやれる如 く教 育の基本 を「法律の形」で もって制定す ることが「適 当である」 とされている点か らみれば教育基

(4)

細川 哲:教育権独立論 におけ る三・三 の問題点 本法が本来憲法中 に入 るべ き条項 とか

,準

憲法的性格 を有す るとかの意図は無 かったと考 えられる。 次 に教育基本法 が内容的 に憲法の具体化規定であ り確認規定であるかの点 について検討す る。 まず基本法の前文 に,「日本国憲法の精神 に則 り

,

この法律 を制定す る」 とあることからも

,憲

法 との関連性の強いことが伺 がわれる。 憲法 と教育基本法 との関連性 は各条文 についても認 め られる。教育の機会均等 を定める第

3条

は, 憲法第14条第

1項

及び第26条第

1項

の精神 を具体化 し

,第

4条

,義

務教育では

,憲

法第26条第

2項

の規定 を明 らかに した ものであ り

,第

5条

,男

女共学 においては

,憲

法第14条第

1項

及び第24条の 精神 が現 われている (これ らの ことは

,第

92回帝国議会 における政府 の提案理 由にも見 えている)。 第

7条

の社会教 育 の奨励 及 び第10条 第

2項

の教 育 条件整 備 の規定は

,憲

法第26条の「育 を受 け る権利」の社会権的性格 の表明である。基本法第

9条

の宗教教育では憲法第20条の信教の自由の教 育面における適用 を示 して憲法 との関連性 は各所 に見 られる。 さらに教育基本法 と憲法 との関連性 を強調す る論者 は次の様 に指摘す る。すなわち第1条に「平 和的な国家及び社会の形成者」 とい う言葉 があるが

,

これは基本法前文の「 われ らは

,

さきに

,

日 本国憲法 を確定 し

,民

主的で文化的 な国家 を建設 して」 との文言 とともに

,憲

法の とる民主主義・ 平和主義の確認規定 とい うことがで きる。 また同 じく第

1条

の「個人の価値 をたっとび」 とあるの は

,憲

法の とる基本的人権尊重主義の具現であり

,具

体的 には

,憲

法第13条の「すべての国民は, 個人 として尊重 される」 とい うの と同一である。教育の方針 を定め る第

2条

に「学問の自由を尊重 し」 とあるのは

,憲

法第23条を直接 に うけているとす る。 さらに第

8条

1項

の「良識 ある公民た るに必要 な政治的教養は

,教

育上 これを尊重 しなければな らない」 とい う規定は

,憲

法前文の「 日 本国民は

,正

当に選挙 された国会 における代表者 を通 じて行動 し」の文言及び第15条第

1項

の「公 務員 を選定 し

,及

びこれ を罷免す ることは

,国

民固有の権利である」 との規定, さらには第96条の 憲法改正 における国民の承認 などと密接 な関連 をもつはかとす る。 しか し憲法上使用の語句が断片的 にその条文 に使用 してあるからといって

,そ

の条文が憲法の条文 を受けて規定せ られた立法趣 旨 と 解 されない面 もあ り

,第

8条 1項

も論者の云 う如 く関連づけるには

,か

な り無理 があるであろ う。 また

,基

本法第10条第

1項

「教育は

,不

当な支配 に服す ることな く

,国

民全体 に対 し直接 に責任 を 魚 って行なわるべ きもので ある」 との規定 も

,憲

法第26条をうけているもの と解すべ きであるとす る。それは, この規定 が

,憲

法第26条第

1項

の「教育 を受 ける権利」 を補足的 に説明す る面 をもつ からとい う。 た しかに論者の云 う如 く「教育 を受 ける権利」 を補足 した面はあ り

,そ

の限 りで憲法26条との関 連は認め られる。 しか し

,教

育 について規定す る法律や条文は

,考

えよ うによればすべて

,憲

法の「教育 を受け る 権利」 を補足 した面 をもち

,学

校教育法 も政治的中立の確保 に関す る法律等 もすべ て憲法 との関連 性 を主張 し得 ることになる。 問題 は

,憲

法 との関連性 があ り

,そ

の具体化規範であ り確認規範であれば準憲法 として憲法 に準 じた効力 を主張す るのは論理の飛躍 である。 論者は次の様 に主張 される。すなわち,「基本法の内容は

,ほ

とんどすべて (筆者 はこのよ うには 解 さない

)憲

法規定の確認 ない し具体化の意味 をもつ ものであるか ら

,基

本法 をそれ自体 として改 正 しよ うとす る場合 にも

,基

本法 をそれ以外の諸法令 によって破 ろ うとす る場合 にも

,憲

法上の限 界 をもつこととなる。 したがって

,憲

法 にてい触す る範囲で

,そ

れ ら諸法令は

,理

論的に無効 とい

(5)

鳥駅大学教育学部研究報告 人文社会科学 第28巻 第2号

151

うこととなろうと

3」 た しかに

,憲

法 にてい触すれば無効 とな し得 る。 しか し

,教

育基本法 に反す る法令 を基本法違反 として無効 にし得 る法的手続 は無 いのであ り

,憲

法81条の違憲法令審査権 も明確 に「憲法 に適合す るか しないか」 についてのみ法令審査権 を有す るのである。 また憲法の具体化規定・確認規定であれば憲法 に準 じた効力 を有す るとす る主張 も間違 いである。 憲法は国の基本法・根本法で あるだけに

,そ

れ を具体化 した条文は極 めて多い (労働基準法・刑 法・民法第

4編

等 々)。む しろ

,各

法令の条支は憲法の内容や精神 と直接 間接つながるのであ り

,ま

たつながるのが望 ましい とい うことにな り

,そ

れこそ憲法の根本法規 た る所以があるのである。 しかるに憲法 との関連性 があれば法の形式的優越性 が承認せ られ

,準

憲法的効力 を持つ に至 ると す るのであれば

,多

くの法令や条文 がその効力 を主張 し得 ることにな り

,か

かる主張 の法的根拠 の 無 い不当なものであることは明瞭である。 か くして教育基本法 を準憲法的法律 として他 の教育法規 に優先す る効 力 を認め るは0説には筆者は 賛成 し得 ないのである。 立場 をかえて

,教

育基本法の準憲法的性格 を主張す るのでな く

,同

位 の法律間において もなお基 本法の優越性 を根拠づけよ うとす る試みがみ られる!0すなわち

,論

者 は

,次

の様 に

,主

張 される。 一般 に,「後法は前法 を破 る」 とい う法原則 が疑 いな きもの として通用 している。 その根拠 は

,法

は国家意志の発現 としてつねに統一的でなければならないから

,同

一の事項 について新法令 が既存 の法令 とてい触矛盾す る場合 には

,そ

のてい触 矛盾す る限度 における旧法令の規定は当然 に廃止 さ れたもの と見 なければな らない

,と

い うところにある。 この法理 が

,基

本法 と他の教育法規 との問 にも

,そ

のまま適用 されるとすれば

,後

法たる教育法規で基本法 を破 った場合 にも

,憲

法違反 とな らない限 り

,基

本法 が当然 に廃止 されたこととなるであろ う。 しか し

,基

本法 と他 の教育法規 との 関係 をそのよ うな一般論で律す ることには疑 いな きをえないとされる。基本法第11条は,「この法律 に掲 げる諸条項 を実施 す るために必要 がある場合 には

,適

当な法令が制定 されなければならない」 と定めているから

,各

種 の教育法規 は

,基

本法の施行法 ともい うべ き性格 をもつ。 そ うだ とすれば, 「施行法 によって本法 を破 ることはできない」と解すとして

,基

本法であ り本法であるが故 にその優越 越性 を主張 される。 この点

,筆

者は教育基本法 と教育諸法令 との関係は

,教

育基本法第11条の,「法律 による行政」の 原理の結論 として

,教

育 に関す る事項 について も

,そ

の重要 なものは

,政

令や省令 などの命令では な く,「法律」で定めるべ きこととな り

,両

者は同 じく法律 とい う形式 による定めである以上

,形

式 的効力の上では優劣はない と考 えるが

,教

育基本法の教育制度の基本 についての定めは

,他

の諸法 律の総則的意議 を有す るもの と解す る。従 って他の諸法律の一般法 としての地位 を持つ ことにな り, 他の諸法律は基本法の総則的一般的規定 を具体化 し特別化 した特別法の地位 を持つ と解せ られる。 か くして特別法は一般法 に優先 して適用 される (特別法優先の原理

)原

理 によ り

,基

本法 が後法 に よ り廃止 されるのではな く

,一

般法 として存続 しなが ら

,な

お特別法である教育関係諸法律 が優先 して適用 されるのであると解 し度 いのである。(現在 までの教育諸法令 と教育基本法 との関係は以上 のよ うに考 える

)さ

らに若 し教育基本法 と明確 に矛盾す る教育法令が制定 されると仮定す る場合, それはもはや基本法 とその施行法 と云 う関係でな く

,基

本法 を改正す る別個 の法律 として

,後

法が 前法 を改廃す ることになると解す る。

(6)

細川 哲:教育権 独立論 における三 ・三の問題点 要す るに

,教

育基本法の諸規定 が

,憲

法の中 に収 め られなかったのは

,そ

れを憲法の中で規定す るのが不適当 と判断 されたからである。憲法は憲法であ り

,法

律は法律であって

,同

じ法形式であ る法律相互 の間では

,効

力はすべて同 じである。 教育基本法は

,教

育勅語 に代 ってわが国教育の新 しい指導原理 を設定 したものであ り

,終

戦後の 教育改革は

,す

べ て教育基本法 に示 された指導原理 に基づいてなされたのであって

,教

育基本法が, わが国教育の民主化上はた した役割 は特記 されなければな らない。 教育基本法は

,人

類普遍の原理 の上 に立 って

,人

格の完成 を図 ることを目的 としてい る。教育基 本法の期待す る人間像は

,憲

法 が

,民

主主義

,平

和主義 をその基本原理 とし

,人

類普遍 の原理 とし ているのであって

,教

育基本法 も

,こ

れ らの諸原理 を尊重す る人間の育成 を期 してい ることは勿論 である。 基本法は

,教

育の理念に関す る部分 と

,教

育制度の基本 に関す る部分 からな り

,前

者 は教育宣言 としての性質 を有 し

,後

者 は

,憲

法の下 において他の教育諸法令の総貝J的意義 を有 している。 教育の理 念 を法律の形で規定す ることの問題 については

,議

会の論議の中 にも見 られた。国民の 権利義務 に関す る事項のみが法律事項 だ とい う見地 からは当然の主張であるが

,

しか し

,新

日本の 建設のための

,新

しい教育の理念 を確立す るにあたって

,国

民の総意 を表わす議会 の協賛 を得て, 法律の形式 をもってこれを定めたことには

,そ

れな りの法的意義 を認め るべ きである。 かくして教育基本法の存在理由 とその法的意義の重要性 は筆者 も同調す るものであるが

,だ

か ら と云って基本法 を準憲法 として

,教

育諸法令 に対す るその優越性 を主張 す ることには

,そ

の法的根 拠 を見い出 し得ず賛同 し得 ないのである。

′ に

)学

問 の 自由 と教 育 の 自由 「学問の 自由」 と「教育の自由」の関係 につ いては

,す

でに前稿 (第17巻第

1号

)の

教育権 の独 立 に関連 して述べた ところであるが

,本

節で今少 し敷行 して検討 してみ る。 「学問の 自由」 が憲法第23条によって保障せ られた「 自由権」であることは明確 であ り

,大

学教 官のみな りず

,小

・中・高の学校 の教員 を含め

,す

べての国民に保障 される基本的人権 であること も明白である。 しか し「教育の 自由」 については憲法上規定 が無いために

,こ

れを自由権 と解す る か

,否

かが, まず問題 となる。 自由権 は本来

,自

然権 にもとず くものである。 ヴァージエア州の憲法会議 におい て決 定 された 「権利章典」や

,ア

メリカの独立宣言では「すべ て人間は

,生

れなが ら等 しく自由独立であって一 定の天賦 の権利 を有 し」 そして

,

それは「 どんな約束 をもって してもその子孫 か ら奪 うことので き ない権利」(inherent right)で あるとともに,「不可譲の権利」

(unalienable)で

あると宣言 された

のである。 そ して

,こ

こで明 らかにされた自然権 は

,ロ

ックやブラックス トー ンの ごとく

,自

然権 を細分化 したものではあったが

,一

般的 には単一不可分であ り

,か

つ無制限 なもの として想定 され ていた10ものであるといえよ う。 しか し

,人

間のあるべ き姿 として想定 されていた自然権 も

,い

かに強 く要求 ない し主張 されてい た としても

,そ

の要求

,主

張 のみ をもって しては

,そ

の ことが確実 に実現 されないのは当然の こと であるといわなければならない。国法 がそれ を認 め

,そ

のことの実現 を保障す ることによって

,つ

ま り

,国

法上の権不Jとなることによっては じめて

,そ

れは確実なものになるのである。

(7)

鳥取大学教育学部研究報告 人文社会科学 第28巻 第 2号 ところで

,基

本的人権 の具体的内容は

,イ

エ リネ ックが「個 々の基本権は

,人

間および国家 に関 す る一般理論の理論的産物 のよ うな顔 をしているが

,そ

れ らは

,

しか しその具体的な法律の規定の しかたにおいて歴史的のみ理解 され うる。 それ らは

,一

般 に知 られるよ うに

,何

よ りもまず従来行 なわれた制限の否定で ある。従来検閲が存在 したか ら

,出

版の 自由が宣言 されたものであ り

,良

心 の強制が支配 していたから信仰の 自由が宣言 されたのであるよη」 といって基本的人権 の歴史性 を指 摘 したごとく

,そ

してまた

,フ

ランク・ スニ ッ トが「人間自身の行動 および自然力にたいす る人間 の統制力が

,人

間発展のための機会の拡張 を可能 にす るにつれて絶 えず拡大すべ きもの」 とい うよ うに

,決

してそれは

,固

定的 なものではな く

,社

会的諸条件の変化 につれて不断 に変化 し

,発

展す るものである。 それゆえ, 自由権 もまたイエ リネ ックの「信教の 自由承認のための闘いは

,内

的 に は他の自由権 すなわち思想表現の 自由一般 と結合 した。出版の 自由の思想の歴史は明 らかに宗教的 起源である!0,…・・」 とぃ ぅごとく

,な

によ りも18世紀 においては宗教的圧迫 が強 かったので 自由権 もこれに対す る闘争 を通 じて個別化 された もので あるといえよえ。 そ して

,18世

紀末のアメ リカの 独立宣言

,お

よびアメリカ諸州の憲法, フランスの人権宣言等 を契機 としてそれ以後

,身

体 の 自由, 居住移転 の 自由

,営

業の 自由

,私

有財産権

,言

論の 自由

,信

書の秘密等多 くの具体的 な自由権 が確 立 され

,従

来の宗教 を中心 として存在 した自由権 と併立す るにいたった。 それは

,18世

紀 木の聞争 が従来のそれ と全 く異 な り

,す

べて宗教的色彩 か ら脱却 した

,純

然 たる政治問題 を中心 に展開 され たからである。教育 にかん しては

,従

来の特権 階級 を中心 とす る教育制度が崩壊 して近代的 な学校 体系 が成立 し

,新

しく教育 を受ける権利 の観 念が自由権 の一種 として生 じるにいたった。 そのため, 中世 ヨーロ ッパ に自生 し

,

自由な団体 としての立場 を保 っていた大学 も

,18世

紀 の啓蒙思想 によ り 改革の機運 が生 じ

,ヴ

ォルフや カン ト等の努力によって

,つ

いに1850年のプロイセ ン憲法 によって は じめて学問の 自由が保障 されるにいたったのである。 か くして

,単

一不可分 とされていた自然権 は歴史的 に具体的 な自由権 として従来 に比 し

,よ

り多 くの ものが個別化 されるにいたったは°のであ る。 ところで

,憲

法 における自由権 その ものは

,憲

法 に列挙 されている権利のみ を意味す るの か, あるいはそ うではな くそれは

,例

示的 な権利 であると解すべ きであるのかとい うことが問題 になる。 この点 については

,憲

法 における自由権 その ものが

,ア

メリカ諸州 の権利章典や, フランスの人権 宣言 によって確立 された歴史的 な権利 を基本 としなが らも

,わ

が国では

,終

戦後

,ポ

ツダム宣言 を 具現す るための特殊的 な政策 を背景 とす る理 由等 によって

,自

由権 全体 の もつ意義 か らすれば

,そ

れは例示的 なものであるとい うことも考 えられないで もない。すなわち日本国憲法は, もろもろの 自由 を名 ざして列挙 し

,こ

れ を保障 しているが

,そ

れは列挙 した自由以外の ものはこれ を保障 しな いとい う主 旨ではないとす る。人類の自由獲得の努力の歴史的経験 に即 し

,典

型的 なものが例示的 に掲 げ られているのであって

,こ

れ ら以外の「我々が 日常生活 において享有 している権利や 自由」 も「一般的 な自由または幸福追求の権利の一部」 として広 く憲法 によって「保障」 されているもの と考 えなければならない90とす る。 この点 についてアメリカ合衆国憲法修正第14条は「何人 も

,法

の正当な手続 によらなければ

,生

,自

由または財産 を奪 われない」 と定め

,人

民の 自由 を州の権 力による侵害 か ら保障 してい るの であるが

,そ

こで保障 された自由の範囲 に関 し

,合

衆国最高裁判所 は

,つ

ぎのよ うに判示 している。 「疑 いもな く

,そ

れ (同条項 で保障 された自由

)は

単 に身体的拘束 か らの自由のみ を意味 す るもの ではない。 それはまた

,契

約 し

,一

般的生業の どれにで も従事 し

,有

用 な知識 を獲得 し

,結

婚 し, 家庭 を設 けて子女 を養育 し

,み

ずか らの良心の命ず るところによって神 を礼拝す る自由

,一

般的 に

(8)

細川 哲:教育権独立論 における三・三 の問題点 いって

,自

由人 の折 目正 しい

(orderly)幸

福 追 求 に とって コモ ン 。ローによって必須不可欠 (essential)と 永 く認 め られて きた諸々の特権 を享有す る自由 を意味す るヨJとす る。 これを例 にわ が国における自由の範囲 も同様 に考 えるべ きであるとす るが

,

しか し

,自

由権 は

,歴

史的 にはこれ にさきだつ種 々の迫害 に対す る闘争の結果 を集大成 したものであ り

,

さらには成文法のもつ性格等 よ りすれば

,そ

れはたんなる例示的 なものではな く

,具

体的個別的な権利

,つ

ま り

,列

挙 された権 利のみ を意味す るものである¢Dと いえよ う。 かくして「教育の 自由」 を憲法上の自由権 として認 めることに筆者 としては消極的である。 次 に憲法 が自由権 の1つ として保障す る学問の 自由 と教育の関係 について考察 をすすめることに す る。

憲法でい う学問の自由

(academic freedom,Akademische Freiheit)1よ

一般的 には

,思

想・ 良心の自由および言論・出版の自由 をふ くみ

,す

べての権 力による強詰1や圧 力な くして

,お

よそ一 切の学問的研究 とその発表の自由 を意味す るもので あるといわれている。すなわち

,国

家は

,学

問 の研究 について

,い

かなる学説

,教

,信

条 を研究す ることについて

,こ

れ らのいかなるもの を信 奉するかについて

,何

ら権 力的統制 ない し干渉 をしない

,

とす るのである。 そ して学問の研究は, 学者相互の研究発表

,討

,研

究活動上の協 力等 によってなされ るが

,こ

れ らについての自由は当 然 に学問の研究の自由にふ くまれるものである。 ところで

,こ

の ように学問の 自由が保証 されるゆ えんは

,学

問の自由 こそ

,民

主主義の健全 なる発展 と文化国家の理念 を具体化 して

,社

会の発展 と 国民の幸福 を増進 させ るために欠 くべか らざる要素であるといい うるか らである。 そ して

,戦

前の わが国の学問や教育 を考 えるときとくにこの ことはわが国の場合重要 な意義 をもつ ものであるとい わなければならない。 学問の自由はacademic freedomと い う概 念の歴史か らしても

,い

わゆる大学の 自治 とその淵源 を同 じくす るものであるといわれている。「学問」 の観 念は

,す

でに17世紀 において

,哲

学の 自由 (libert as philosophandi)の 理 念に基づいて

,根

本的転換 を遂 げていた。中世 においては

,永

遠 絶対の真理 とい うものがあ り

,教

会 が真理 を専有す るもの とされ

,

したがって大学 (ない し学者) は

,教

会 によって承認 され権威づけ られた教 え

(Lchre)す

なわ ち既存 の正統 の知識 を伝達す るも の と考 えられた。 しか し

,新

しい自然科 学および啓蒙哲学の登場 はこのよ うな学問観 を否定 し

,学

問はすでに存在す るものではな く

,つ

ねに新たに創 られ るべ きものであるとし

,学

者 (ない し大学) は新 しい真理 を発見 し

,新

しい認識 を獲得すべ きものであるとす る哲学の自由の理 念 を生んだ。 こ れが学的生の自由 (Freiheit des wissenschaftlichen Lebens)の 観念 を生み

,学

問の自由の理 念の素地 をつ くった といわれる

Pコ

ーロッパ における中世では教皇

,皇

,王

などが大学 に対 して, 一定の保障 された地域内での自治権 をあた えたことに学問の自由の歴史的 な淵源がみ うけられると いわれている。 しか し

,そ

の後

,な

がい間にわたってヨーロッパでは教会 と国家権 力によって学問 の自由が抑圧 されつづけた時代 があった。 しか し18世紀 を通 じて大学 にはよ うや く改革の機運 が生 じ

,と

くに ドイツではヴォルフや カン ト等の努力によって

,哲

学の神学 からの独立 が確立 され

,大

学は真理の知的探究 をめ ざす場所 と考 えられるよ うになった。 そ してこのよ うな動 きをよ り強 くお しすすめて1809年には

,ベ

ル リン大学が倉J立され, ここにあ らためて大学の使命は真理の探究 をめ ざして

,学

問の研究 にあたることが確認 され

,そ

の達成 を保障す るため学問研究の 自由もしくは大 学 自治の理念が同時 に形成 されるにいたったのであるポむ 学問の自由がは じめて憲法上の規定 となってあ らわれたのは

,1848年

の ドイツの フランクフル ト 154

(9)

鳥取大学教育学部研究報告 人文社会科学 第28巻 第 2号 憲法である。けれども, この憲法 はついに実施 されるにいた らなかった ものの

,こ

れ を契機 として, 1850年のプロイセ ン憲法第20条が

,学

問および教授 の自由 を規定 して以来

,

ドイツの ワイマール憲 法が第142条において「芸術

,学

術及び其の教授 は自由 とす

,国 ,邦

は之 に保護 を与 え且つ其の発 達 を助成す。」と定 め

,イ

タリヤ共和国憲法第33条1項は「芸術及び学問は自由であ りその教授 は自 由である。」とし

,同

6項

では「高等文化施設

,大

学及び学術協会 (academic)│よ

,国

の法律の定 める限界内において

,自

治組織 を定める権利 を有す る。」と規定 した。 そ して

,西

独憲法 も第5条 3 項で「芸術及び学問

,研

究及び学説は自由である。教授 の自由は

,憲

法に対する忠誠 を免除 しない。」 と定めたほか

,わ

が国の憲法で も

,そ

の第23条で「学問の自由は これを保障す る。」と定めた。 この よ うに

,資

本主義国家の憲法 が

,そ

れぞれ学問の 自由に対す る規定 を設 けているの に対 して

,社

会 主義国家および人民々主 々義国家 においても, ソビエ ト憲法第129条が「 ソ同盟 は…… または学術 的活動・…・・の故 に追放 を受 ける外国の市民 に

,避

難権 を与 える。」とし

,中

華 人民共和国の憲法 もそ の第95条で「中華人民共和国は

,公

民が科学の研究

,文

,学

,創

作及びその他 の文化活動 を行 な う自由を保障す る。国家 は

,科

,教

,文

,芸

術及びその他の文化事業 に従事す る公民の倉」 造的 な活動 を奨励 し

,援

助 す る。」と定め

,東

独憲法第34条で「芸術

,学

問及びこれ らの教授 は自由 である。国家は

,こ

れ らの育成 に参加 し

,こ

れに保護 を与 え

,特

にこの憲法の規定及び精神 に反す る目的のために濫用 されぬよ う努める。」と定め

,ユ

ーゴスラヴィア憲法第37条も

,そ

1項

で「科 学活動及び芸術の自由は保障 され る。」としているが

,さ

らに

2項

では「国家は人民の文化及び幸福 のため科学及び芸術 を援助 す る」 と定めているごとく

,資

本主義国家の場合 と同様 な規定 を設 け, 現今では

,学

問の自由はひろ く各国の憲法 において保障 されることになったのであると0ただアメリ カにおいては

,初

期 の間

,学

問の 自由にたい して宗教的 な制限が加 えられていたが

,19世

紀 の うち に

,こ

のような制限は

,ほ

とん ど主要 な研究機 関で廃止 された。 しか し

,ア

メリカにおいても,イ ギ リスと同 じよ うに

,立

法化 されてはいない。 学問の自由が

,各

国憲法で保障 されるよ うになるのは第一次大戦後の ことである。た とえば ダン チ ヒ自由市

,エ

ス トニア

,チ

ェコスロバキ ァ(以上1920年 ),ユーゴス ラビア

,ポ

ー ラン ド(以上1921 年

)な

どにみ られる。 また第二次大戦後の ものでは

,日

本 (1946年

)の

ほか

,ブ

ラジル (1946年) イタリア (1947年

)大

韓民国 (1948年

)な

どの憲法 があげ られる。 ところで

,学

問の自由の主体 は

,沿

革的 には高等研究機関

,

とくに大学 における教師や研究員で あった。その理由 とす るところはまず第一 に

,学

者は技術専門家であって

,長

年の修業 と高価 な準 備 を必要 とし

,専

門の問題 につ いては社会全体の忠告者である。第二 に学者の職務は裁判官 に類似 す る。 その意見は権威 があ り

,か

つ公平である。 そ して

,そ

の意見は強制力 を有 しないが

,普

遍性 を有す るものであるか ら

,圧

迫拘束 を受けてはな らない。第三 には

,大

学は既存の知識 を次代 に伝 える機関であるのみな らず

,そ

れは同時 に知識推進の主 な機関であって

,文

明社会 における知的生 活の前衛であり

,人

知拡張 の前線 で もある

Pそ

れゆ え

,い

っさいの隷属 か ら解放 されていなければ ならないとい うことにあったのである。 そのため学問の自由は しば しば大学の自由 と同意義語 にも ちい られるよ うになったのである。 したがってこの点 については

,academic freedormの

沿革 を忠 実 に解釈 してこの伝統 を守 ろ うとし

,学

問の 自由 を大学 における学問の 自由に限定 しよ うとす る考 え20も ないではない。す なわち

,そ

れは

,ア

ーサー 。O・ ラヴジョイなどによって主張 されている ものである。彼 によれば

,学

問の自由

(academic freedom)は

,高

等 な学術研究機 関の教師 また は研究者の

,研

,討

論 および公刊や教授 を通 じての研究成果の発表の 自由であ り

,そ

の際政治的

(10)

156 細川 哲:教育権 独立論 における三・三の問題点

または宗教的権威や雇用主 か らの干渉 をうけない自由である

'0と

される。

この考 え方は

,学

問の自由 を

,高

等 な学術研究機関 に (in higher institutiOns of learning) すなわち大学等 に限って認 めよ うとす る考 え方であるといえよ う。 したがって, この考 え方では, 初等・中等教育機 関では学問の自由は認 め られないか

,あ

るいは, きわめて制限 された もの として 認 められることになろ う。た しかに

,学

問 を研究す るとい う使命において

,大

学の教官は

,そ

の職 責上第一人者 と考 えられるけれ ども

,一

般下級教育機関の教師 も正 しい教育 を行 う為 には学問研究 の自由は必要 なのであり

,

さらに一般国民 も自由権 の一つ として学問の自由は保障 されるのである。 それゆえ

,学

問の 自由は

,学

校体系の如何 をとわずすべての教師に

,そ

してまた一般の国民

,団

体 についてもひろ く認 め られるべ きものであるといえよ う。 次 に学問 と教育 との関係 であるが

,学

問 とは

,如

何 なる人 といえども認 め ざるをえない時 と所 を 越 えて客観性 を有す る真理 (truth,Wahrheit),つ ま り事物 の本質 を探求す ることを目的 とす る実 践 的 な

,

しか も高度 な精神 的労作 であるといえよ う。これに対 して教育(education,Erzichung, enseignement)と は

,デ

ュルケイムが「成熟 した世代 がいまだ社会生活 に習熟 しない世代 に及ぼす 作用である。」といい

,カ

トリック人生観 では「人間の活動の窮極 の目的 としての人間の創造主 と人 間の諸活動 とを結合す る方向 にむけ られた

,人

間の道徳的

,知

,身

体的諸能 力のいっさいを

,そ

の個人的

,並

に社会的使用のために

,

また個人的 。社会的 に使用す ること1によって

,組

織的 に発展 させ

,整

備 させ ることである。」としているが

,一

般的 には「存在 を当為 に導 きあげるはた らきであ り

,自

然的存在 に対 し

,理

念 を導入せ しめ ることによ り価値的存在 を創造す る活動 である。」ともい われているよ うに

,論

者 によ りその表現の しかたは必ず しも一様ではないが

,こ

れ らは

,す

べて実 践 の主体 としての教育の主体 (subiect of educatiOn)と 実践 の対象 で あ る教育 の客体 (obiect

of education)の二者 を前提 とし

,あ

る目的のもとに両者の相互的実践的交渉 としての経験 の伝達 (transnisson of experiences)と 受容 とを通 じて被教育者の生成 または発達

,い

いかえれば教 育価値 (educational values)を 実現 す る とい う共 通的 な要 素 をもつ ものであると考 えられる。 したがって

,教

育 とい う概 念は

,普

通 には「お しえそだて る」 とい う事実のなかに成立す るもので あって

,経

験 の伝達 による社会的使命の更新の過程 である¢ηともいわれる。 ところで

,こ

の教育の中心的 な課題 ともい うべ き理念 (idea,Idcc)は ,理 性 (reason,uernunft) によってえられる最高の概 念

(concept,Begriff)で

あって

,そ

れはつねに

,学

問 を前提 と して のみ可能であるといわなければならない。 そして

,学

問 をひろく思想・知識の体系化 された もので あると解 した場合

,学

問は教育の目的 を達成すべ く文化 の倉」造 と発展 に貢献すべ きものであるか ら, 学問と教育 とは密接不可分の関係 にあるといえるであろ う。 ただ

,両

者の差 を求め るな らば第一 に, 教育はその本質上

,教

育す る者 とされる者 を前提 とす る人格者間の問題であるが

,学

問 には このよ うな前提 は必ず しも必要ではない。第二 は教育 は

,機

能的 にみて

,主

として学問の成果 としての知 識 を教授 (媒介

)す

るものであって

,真

理の探求 を主たる目的 とす るものではない。第二は

,両

者 の主体 について も教育 をす る者 は

,必

ず しも研究者であることは必要 としないけれ ども

,学

問につ いては

,こ

との性質上

,学

者 および研究者 に限定 され ざるをえない。第4に教育は被教育者の存在 を前提 とす る為 に被教育者の発達段階等 についての教育的配慮が必要 となる。 しか し

,原

則的 には両者の間に以上のよ うな差 があるに しても

,学

問その ものが

,真

理の探究 と い う閉鎖的 な性格 をもつ ものに止 まるな らば ともか く

,学

問本来の 目的が人類文化の創造 と発展, いいかえれば

,社

会人 と人類の幸福 のために貢献すべ きものであるとす るな らば

,そ

の成果はなん

(11)

鳥取大学教育学部研究報告 人文社会科学 第28巻 第 2号

157

らかのかた ちで発表 され批判 と討議 をかさねない以上

,学

問の進歩 もあ りえない し

,

さらにはその 目的 をも達成す ることはで きないのである。 それゆえ

,沿

革的 に学問の自由がたんに

,学

,研

究 者の研究 にとどまらず

,論

議 。発表の 自由 をもふ くむものであるとされたの も

,

このよ うな理由に

Eを

::?E笑

T全

, 密接不可分の関係 にあるといい うるであろ う。 この「学問の自由」 と大学 における「教授 の自由」の関係 については

,最

高裁判所の判例 として ポポロ事件判決があるとD同判旨は

,憲

法23条によって保障 される自由の内容 として

,一

般国民の学 問的研究の自由 とその研究結果の発表の 自由 を挙げ,「教育 ない し教授の 自由」 は

,学

問の 自由 と密 接 な関係 を有す るけれども

,必

ず しもこれに含 まれるものではないとし

,た

だ大学 においては

,そ

の教授 その他 の研究者は

,大

学 が「学術の中心 として

,広

く知識 を授 けるとともに

,深

く専門の学 芸 を教授研究」(学校教育法52条

)す

ることを目的 とす ることに基づ き,「その専問の研究の結果 を教 授す る自由」 をも保障 されるとしたのであった。判旨は

,普

通教育 を行 な う下級学校 (小学校 。中 学校・高等学校

)に

おける教育の 自由について

,特

にとりあげて論議 していないが

,大

学 について のみ

,そ

の特質 に基づいて,「教育 ない し教授 の 自由」 を認 めているのであるか ら

,判

旨が下級学校 における「教育 ない し教授の自由」 を

,少

な くとも憲法23条の適用上の問題 としては

,否

定す る趣 旨90であることは明 らかである。 これに対 し

,す

でに述べた家永教科書訴訟の杉本判決は下級学校 における「教育の 自由」 をも憲 法第23条の「学問の自由」 によ り保障 され るとしているが, この点 について検討 を加 えてみたい。 学問の自由の内容は

,第

1に自主的は研究の結果

,そ

の成果 としての学説 を信ず ることの自由, 第2はその学説 を発表す ることの 自由

,第

3には

,そ

れを教授す ることの自由等 を意味す るもので あるといわれているが

,こ

の第3の研究の結果 を教授す ることの自由は

,一

般 には

,そ

れは

,す

べ ての学校 について認 め られるべ きものではな く

,ア

カデ ミック・ フリー ダム と称 され るよ うに

,大

,研

究機関等

,

もっぱ ら純粋 な学術の研究 および教授 を任務 とす るところについてのみ保障 され るべ きものであるといわれている。 それは

,大

学 が「学術の中心 として

,広

く知識 を授 けるととも に

,深

く専門の学芸 を教授研究」す ることを目的 としたものである点 に求め られるが

,

さらに

,沿

革的 に学問の 自由は大学の自治 とその淵源 を同 じくす るものであるといわれているよ うに

,学

問の 自由は大学の自治 をぬ きに しては理解す ることがで きない といえよ う。学問の自由 と大学の 自治 と は必ず しも概 念上同意義 を有す るものではないけれども

,学

問の研究が行 なわれるのは主 として大 学 においてであるから

,学

問の自由は大学の 自由 をも意味 し

,こ

の大学の自由その ものは大学の自 治であることも理解 されている。 それゆ え

,学

問の自由 と大学の自治は密接 不可分の関係 にあると いえよ う。つ ま り大学の自治は学問の自由の実質的 な うらづけにほかならないといわれる!0だか ら 学問の研究 とい う使命 に基礎 をおいている大学 において

,大

学の自治が

,学

問の自由 を確保す るた めの不可欠の要件であることになる。 それゆ え

,大

学 におけるよ うに

,自

治が認 め られていない下 級 の教育機関 においては

,ひ

ろい意味での学問の自由

,特

に学問の自由の内容の

1つ

とされる「教 授の 自由」 が制約 されざるを得 ないことになる一面 を有す る。 この「教授 の自由」 について

,外

国の沿革 。法則 を概観す ると ドイツは他の諸国 にさきがけて1848年の フランクフル ト憲法第17条において学問の 自由および教 授 の自由 を規定 して以来

,1850年

のプロイセ ン憲法第20条,1919年 の ワイマール憲法第142条,1949

(12)

細川 哲:教育権独立論 における三・三の問題点 年の西独憲法第

5条

等 において も同様 な規定 がひ きつがれている。 これ らの憲法 において保障 され て きた教授の 自由は

,大

学 における教授活動 が,「学 問的観点 または秩序維持的見地 からす る立法的 規律 。一般権 力的規制 および上司の指揮監督・職務命令 (Dienstaufsicht,DienstbefeH)や 懲戒 処分の対象 とされえないことを内容 としている。 この保障は国立大学の教員 については官吏制度 に おける特例的地位 となる。そして上述の視角からは,と くに職務命令 をうけない職務上の独立(Pri leg

der Weisungsfreiheit)が

重要である硼とされる。 これは

,裁

判官の独立のよ うな全 くの制度的 保障 (institutiOnellc Garantic)に とどまらず

,大

学教員個人の権利 (subiekt

es Recht)・

自由権 で もあり

,そ

の侵害は権利侵害 として損害賠償 の理 由になる儡2と されている。 ドイツの大学 教員 にかよ うな教授 の自由が保障 される制度的条件 として大学の自治 (Selbstverwaltung der Un ersititen)が存す ることはい うまで もない。 ドイツにおける大学の自治は,中世都市以来 か らの教授学生のギル ド的組合団体であるuniversitas が立憲君主制下 に国家的制度 に くみ こまれるにいたった際 に

,人

文主義学者達の立憲的主張 にこた えて特権付与的 に承認 された ものであるといわれる:° そこでは

,ぃ

わゅる「学問の自由」の理 念が 大学の伝統的な中世的 自治団体 の形態 に支 えられなが ら確立 されるにいたったのである。 か くして, ドイツの大学は権威 か らの自由 を獲得 した。 そ して

,そ

の内容は

,学

部教授会の自治

(Automoie

der Fakultht)と ,

ドイツの大学 に本質的 な研 究 と教授 の統 一 (Einheit von Forschung und

Lehre)と

い う教授活動の二つが中核 をな しているといわれている。 したがってこのよ うな事情 か ら

,教

授の 自由が大学教師個人の近代的 自由権 の一つ として憲法上保障 されるよ うになったのであ る!0 しか し

,ワ

イマール憲法第142条の芸術 および学問の 自由の規定が「 これ らの自由は一般的法律

(allgemeines Gesetz)に

よって制限 される。ただこの法律は芸術 や学 問 を対 象 とす る もの で はないが

,効

力上 これ を包合す るものである。」と解釈 され

,西

独憲法第

5条 3項

の「教授 の自由は 憲法 に対す る忠誠 を免除す るものではない」 そ してまた

,同

法第18条が「・……教授 の 自由 (第

5条

3項

)… …・を濫用す るときは

,

これ らの基本権 を喪失す る。…・・」 と規定 されている点は注意 を要す る点である。すなわち ドイツの大学は学問の自由の発生地 として理解せ られ「教授の自由」 も歴史 的背景 と共 に憲法的保障 を有す るもの として充分 に保障せ られていると見 られるが

,教

授 の 自由 を 濫用 した場合は

,そ

れを喪失す るとい うが如 く

,国

家的社会的立場 か ら一定の制限 が加 えられてい る点は

,わ

が国の「教授 の自由」特 に下級学校 (小 。中・高の学校

)の

「教育の自由」 を考察す る 上 に大いに参考 になる点である。 アメリカにおける大学は

,従

,高

度の知育 を目標 とす る点では ドイツ的であ り

,そ

の運営 も ド イツに範 をとって行 なわれていたものの

,商

工業都市 を中心 として, もっぱ ら専問的技術家の養成 を任務 とす る

,い

わゆる地方大学 (PrO mcial universities)設立の機運 が生 じ

,そ

のため

,広

く専問的技術的研究の風 が導入 されていたイギ リス型 に属す るものであった。 したがって当初 は, 市民養成 を第1と す る教養主義 にたっていたが

,1870年

頃 か ら ドイツの大学 を範 とす る専門的学術 の研究

,教

授機 関 としての大学院

(Graduate schools)を

発達 させた。だが一面

,こ

のよ うな大 学の ドイツ化への努力にもかかわらず

,高

度 に発達 した資本主義社会の要請 によ り

,ア

メリカの大 学は

,専

門的技術家の養成 を第一義 とせ ざるをえな くなった00と いわれる。 アメリカの大学は宗派 的私立大学 として出発 し

,19世

紀 に社会的需要 にこた える高等教育 (higher education)の 場 とし て非宗教化 された州立大学 を生ぜ しめたが

,憲

法上確立 された大学の自治は

,議

会 。政府 に対す る

(13)

鳥取大学教育学部研究報告 人文社会科学 第28巻 第 2号 159 大学迦掌会 (bOard of trustees)あ 自冶であった。教授人事 をは じめ大学管理権 は

,実

業家 。同 窓会代表等 によ り多 く構成 される理事会の掌中 にあ り

,各

教授 は理事会の被用者 (employec)にす ぎないという考え方が強かった。ために教授の身分保障は弱 く

,教

授 の自由 (freedom of teaching) の法的保障 もあいまいなままに

,現

実 には大学当局 による圧迫 があとをたたなかった。進化論 を説 く教授の免職 など19世紀 における宗教的圧迫 には じま り

,第

二次大戦後の今 日における忠誠審査 に 基づ く免職や破壊的教科 書の禁止 などの反共的措置 が取 られているといわれる:0しか し

,1915年

ア メリカの大学教授連盟 (The American Association Of University PrOfessors・ A・ A・ U・P)が

が結成 され

,そ

の規約 に大学の 自治 についての原則 を確認す るとともに

,「

教授 の自由」 について の声明を発表 して以来

,学

問の自由確立への気運 が次第 に高 まった。けれ どもそれは

,

ドイツにお ける教授の 自由に影響 されなが らも, どちらかといえば ドイツの場合のよ うに

,大

学の外部的 な勢 力に対するものではなく,大学理事会 に対す る大学教師の独立 (university teacher's independence)

とい う特色 をもつ もので あるといえよ う。 そ して

,そ

の よ うな大学教師の努力の結果

,現

在では学 長

,教

師の人事FD・よび教育課程

,研

究計画等 に関 して理事会 が教授団 に相談すべ きであるとい う慣 行がかな り形成 されつつ あるほηといわれている。 しか し

,こ

の理事会 が教育課程 ・研究計画等 につ き教授 団 に相談すべ きであるとい うこと自体, 「教授の自由」 としては極 めて不充分・不完全 なもので あるのに

,現

実 に

,忠

誠審査 にもとず く免 職等が存在す るか ぎりは

,ア

メリカの大学における「教授の自由」の保障は極 めて弱いものと考 え られる。 我が回は

,戦

,戦

前の国家主義・全体主義・軍国主義の反省か ら

,各

種 の基本的人権 を憲法上 保障す ることになったが,「学問の自由」 について も

,憲

法第23条で明確 にこれを保障 し

,大

学教員 の「教授の自由」 についても

,同

条で保障せ られるものであると解せ られるに至っている。 ところがこの「教授 の自由」 の主体的範囲 については

,解

釈のわかれるところである。すなわち, 教授の自由は

,沿

革的 には主 として ドイツの大学 を中心 に発達 したのであるが, この主体 について は

,

ドイツの通説 と判例 によれば「教授の自由の完全 な保障は

,大

学・専門学校 とい う高等教育機 関の教員 (Hochschullehrer)の み を主体 とすべ きものであ り

,教

員団体 に自治権 なくまた『学問 のたんなる適用』 を行 うのみで『研究 と教授の統一』 を欠 く下級学校の教員 には

,適

用がない。」と いわれている。 わが国 においても高校以下の学校 の教員は教授の自由の主体ではないとするのが通 説であろ う。すなわち

,憲

法第23条の学問の自由はひろ く一般国民 にも保障 されるが

,教

授の自由 は大学 における研究発表の 自由 として大学教員のみが享有す るところと解 されることになる。 これ に対 して

,わ

が国 においては

,教

育権 の独立説 を根拠 として高等学校以下 の下級教育機関の教師 に も大学・専門学校 の教師 と同様

,教

授 の自由があるとの主張 がなされ既述帥の家永教科書裁判の杉 本判決 も「学問の自由」 か ら「教育の自由」(大学 における「教授の 自由」 と区別 して

,高

等学校以 下の学校での「教授 の 自由」 を特 に「教育の自由」 と呼ぶ ことにす る

)を

演繹 している。 この「教授の 自由」の主体的範囲について「教育権 の独立」 を消極的に解す る筆者 としては高等 学校以下の学校 の教員 に適用す るの にも消極的立場 を取 ることになるが以下検討 を加 えることにす る。

、 大学教員 に教授 の 自由がみ とめ られるべ き現実的根拠 として

,

ドイツの学者 は

,大

学の教授 は真 理 (Wahrheit)の研究 と一体 をなす ものであり,「真理 を教授す る学問 と上 司の命ず るところを真理 として教 えることとはあいいれない」 こと

,お

よび何 が真理で あ り何 が真 に真理 の研究・教授 であ

(14)

細川 哲:教育権独立論 における三・三の問題芦 るかは国家権 力によって決定で きず研究・教授活動の内部 において教授 。研究者の真面 目な意思 に よって きめてい くほかないこと, をあげてお り

,わ

が国で も同趣 旨がのべ られているは9この「教授 の自由」 が保障 されるためには

,そ

の前提 として

4つ

の要件 が充足 されることが必要 と考 えられる。 その第一 は真理の研究 と教授 が一体 をな していること。第二 はそれ らの自治 がみ とめ られているこ と。第二は被教授者が一定の教養 を身 につ けると同時 に

,一

定の社会的判断力・批判力をもつ年令 に達 していることである。第四 に教授者 が高い専門的学術的知識技能 を有す ることである。 この第 一の要件 については

,高

校以下 の学校教育 も「真理 の教育」である以上

,あ

る程度

,要

件 を充足す る面はあるが

,高

校以下の教育では「真理の研究」 が主たる目的で もな く

,真

理 を分 りやす くした ものだけが教育の内容で もな く

,人

間形成 としての徳性や価値観 。読み書 き 。そろばん と云 った世 俗的技能養成・健康体力育成 とい うが如 き真理の深求 と直接関連 しない教育作用があるわけで「真 理 の研究 と教授 とが一体」 であると云 えない面 を有す る。 しかるに大学の教授 は真理の研究 と一体 をなす ものであ り

,真

理の研究の成果が教授せ られるところから

,こ

の第一の要件 を完全 に満 たす ことになるのである。 第二の要件 については

,自

治がな くして教授 の自由はあ りえないといわなければならないのであ り

,こ

の ことはすでにのべたごとく

,学

問の自由の発生地である ドイツにおいて

,大

学 における教 授 の自由が

,大

学の自治 に支 えられて憲法上の近代的 自由権 にな りえた とい う事実 か らして も明 ら かであって

,い

わば

,教

授 の自由 と

,大

学の 自治 とは密接不可分の関係 にあるといい うるか らであ る。それゆ えわが国では

,教

育法務員特例法 において大学教師の採用

,昇

,意

に反 した転任

,免

,降

,停

,懲

戒処分等

,い

わゆる教銅の身分 については大学の管理機関である教授会 と評議 会 が重要 な権限 をもつべ き旨の規定が設 け られているが,(第4∼12・ 25条)。下級教育機関の教師 に ついてはそのよ うな規定はない。 第三の要作の根拠 は

,大

学は「研究 と教授」 の統一 とい う実態 が核心 となっているとい うことで ある。いいかえれば真理 を求めて調査

,研

,判

断 し

,そ

の結果 を教授す るのである。 それゆ え大 学の教師は研究

,教

育の内容は もちろんの こと

,教

育の方法等 について も広汎 な自由 を有す るので あるが

,そ

の対象 としての被教育者 がそれ を理解 し

,判

断 して学術の中心 としての大学 にふ さわ し い知的

,道

徳的および応用能力 を身 につけるためには

,そ

れにこた える

,ひ

ろい知識 と

,そ

れにも とづ く理解力

,判

断力等 を有 しなければな らないが

,そ

のためには

,あ

る一定の心身の発達

,段

階 に達 していることがその前提 とな らざるをえないに0のである。 この点下級教育機関の児童生徒の理 解 力・判断力・批判力の発達の程度 はいはだ不充分 とい うべ きである。第四の要件 である教授者の 学問的専門性 についても

,学

問のたんなる適用 を行 うのが主で「研究 と教授 の統一」,学問的専門性 が充分でないと見 られる下級教育機 関の教師は この要作 をも充足 しないので ある。 以上の「教授の 自由」の前提要件 の検討 か らは,「教授 の自由」の主体的範囲 には

,教

育権独立論 者 が主張 している高校以下の下級教育機 関の教師はふ くまれないことになる。 か くして憲法第23条の「学問の 自由」 か ら演繹せ られる「教授 の自由」 は大学の教師 にのみ保障 されるもの と解す る。 それゆえ

,高

校以下の下級教育機関の教師には「学問研究の 自由」 は保障 さ れても,「教育の自由」 は認 め られないのである。 したがってまた「教育の 自由」 としての「教育権 の独立」 を認 めることも困難である。 そのため

,教

材 (補助教材

)の

種類

,教

科 の内容

,教

授 の方 法等 についての制約 は

,そ

れ らの もの に対 して一定限度の統制 とい うかた ちで あらわれて くるので ある。 それゆえ

,学

校教育法 および学校教育法施行規則 ならびに学習指導要領等 による教育行政庁

参照

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