タイトル
Title
フランスにおける研究助成体制(On funding for Project-based research
in France : role of the Agence nationale de la recherche)
著者
Author(s)
白鳥, 義彦
掲載誌・巻号・ページ
Citation
神戸大学文学部紀要,43:75-87
刊行日
Issue date
2016-03
資源タイプ
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
版区分
Resource Version
publisher
権利
Rights
DOI
JaLCDOI
10.24546/81009429
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009429
PDF issue: 2019-07-24
1.はじめに
21世紀に入って以降、ここ約10年ほどの間に、フランスの高等教育および研 究に関わる体制には、大きな制度的変化を見出すことができる 1。2007年8月10日
の「大学の自由と責任に関わる法律(Loi relative aux libertés et responsabilités des universités、LRU)」によって、大学の学長の権限強化や、学内における管 理評議会(conseil d’administration)、学術評議会(conseil scientifique)、学業・ 大学生活評議会(conseil des études et de la vie universitaire)の3つの評議 会の構成や役割等についての変化などが見られ、さらに、この法律を展開する 形で、2013年7月22日には、「高等教育・研究法(loi relative à l’enseignement supérieur et à la recherche)」が成立している。また、2006年4月18日の「研 究プログラム法(Loi de programme pour la recherche)」によって、国レベル での研究の全体的な方向性を検討する場として「科学技術高等評議会(Haut conseil de la science et de la technologie)」が 設置され、その後こちらも、 2013年7月22日の「高等教育・研究法」によって「研究戦略評議会(Conseil stratégique de la recherche)」に置き換えられている。また評価に関する面でも、 従来の「全国評価委員会(Comité national d’évaluation、CNE)」に代えて、「研究・ 高等教育評価機関(Agence d’évaluation de la recherche et de l’enseignement
1 拙稿(2008)なども参照。
フランスにおける研究助成体制
supérieur、AERES)」がその任を担うこととされた。なお、この「研究・高等 教育評価機関(AERES)」については、2013年7月22日の「高等教育・研究法」 によって、これに代えて新たに「研究・高等教育評価高等評議会(Haut conseil de l’évaluation de la recherche et de l’enseignement supérieur、HCERES)」が 創設されている。さらに財政的な側面についても、従来の機関に置き換える形 で「国立研究機関(Agence nationale de la recherche, ANR)」が設けられるこ ととなった。 こうした広い範囲にわたる近年の制度的変化を背景として念頭に置きつつ、 本稿ではその中でも特に「国立研究機関(ANR)」および、これが担う役割の 一つとして挙げられている「未来への投資Investissements d’avenir」に注目 しながら、フランスにおける研究助成体制のあり方について検討していくこと としたい。
2.国立研究機関(Agence nationale de la Recherche, ANR)の使命
国立研究機関(以下ANRと略記)は、先に見たような一連の改革の動きの 中で2005年2月7日に創設された、フランスの公的な研究助成機関である。当 初は公益団体(groupement d’intérêt public)として設立され、2007年1月に、 その法的性格は公的行政法人(établissement public à caractère administratif) に変更されている。 ANRの組織と機能を定める政令(décret)には、ANRの使命として、以下 のような事柄が示されている。すなわち、 政府によって定められた国の研究戦略の枠組みにおいて、ANRは、 1.基礎的および目的志向的な研究の発展、技術革新、技術移転、および公的 部門と民間部門との間のパートナーシップを資金援助し、促進すること。 2.研究機関あるいは公的高等教育機関の後見を行なう諸大臣の意見を集める 研究担当大臣によって決定された計画を実施すること。
3.高等教育および研究の領域における国家の大規模投資プログラムを運営し、 その実施をフォローすること。 4.自らの計画をヨーロッパおよび国際的なイニシアティヴと連関づけながら、 ヨーロッパレベルおよび国際レベルにおける科学協力を強化すること。 5.研究の提案の展開を分析し、国の科学的生産に対して当機関によって与え られた資金援助のインパクトを評価すること 2。 という内容である。 また、ANRのホームページには、より具体的な形で、以下のように使命が 示されてもいる。すなわち、ANRは、フランスにおいてプロジェクトに基づ く研究の資金援助を実施するという任務を有する。国際的なスタンダードを尊 重する競争的な選抜に基づいて、科学・技術の発展に貢献すること、創造性・ 学問領域間の障壁の除去・創発性・パートナーシップを促進すること、研究の 他の当事者との協議を踏まえて国家の最高レベルにおいて定義された経済的・ 社会的最重要課題に研究の努力の標的を定めること、諸学問分野間の相互連関 を推進すること、公的部門-民間部門の関係を強化すること、に取り組むとい う内容である 3。 このように示されている使命からは、学際的な方向性を重視しようとする傾 向や、応用的な側面を重視しつつ国家としての課題に取り組むという視点が強 調されていることなどに注目することができよう。特に後者の観点に関して は、研究の課題が提示された上で、そこへの応募によって研究費の支給が決 定されるという形で運用がなされる課題設定枠による公募(appels à projets、 AAP)が一定の比重を占めてきていることにその具体的な形を見出すことが できる。また、公的部門と民間部門との連携が強調されている点も注目される。 2 http://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=LEGITEXT000006054155 &dateTexte=20151022、第2章(2015年10月22日アクセス)。 3 http://www.agence-nationale-recherche.fr/missions-et-organisation/missions/(2015 年10月22日アクセス)。
3.ANRによる研究資金配分
次に、ANRによる研究資金の配分について見ていくこととしよう。 2013年の活動報告書に示されている数字によると 4、ANRによる研究補助金合 計額は4億3250万ユーロ(仮に1ユーロ=125円での換算で計算すれば、540億 6250万円)、全採択プロジェクト数は1068(うち国際プロジェクトは186)、採 択率は16.5 %で 5、交付額の比率は、課題設定枠に52 %、研究者が自らの研究 関心に基づいて研究テーマを示し、それに対して研究費が支給される課題非 設定枠に48 %で両者ほぼ半々となっている。さらに、課題設定枠52 %の分野 別の内訳は、全体に対する比率で、工学系・危機管理系(ingénierie procédés et securité、IPS)が11%、生物系・医薬系(biologie et santé)に12%、情報 科学技術(sciences et technologies de l’information et de la communication、 STIC) に10 %、 持 続 可 能 な エ ネ ル ギ ー(énergie durable、EDU) に8 %、 人 文 社 会 系(sciences humaines et sociales) に2 %、 未 来 へ の 投 資 と 競 争 力(AAP産 業 講 座 )(investissements d’avenir et compétitivité、AAP chaires industrielles)に1 %、環境と生物資源(environnement et ressources biologiques、ERB)に8 %となっている。一方、課題非設定枠48 %の内訳は、 同じく全体に対する比率で、自由課題枠(blanc)35%、帰還ポスドク枠(retour post-doc)3%、若手研究者育成枠(jeunes chercheuses et jeunes chercheurs) 64 Agence nationale de la recherche, Rapport d’activité 2013, http://www.agence-nationale-recherche.fr/fileadmin/documents/2014/ANR-Rapport-annuel-2013.pdf, pp.12-13(2015年10月22日アクセス)。 5 ちなみに日本学術振興会による科学研究費補助金の2013年度の予算額は2381億 円、 助 成 額 は2318億 円(https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/27_kdata/data/1-1/1-1.pdfn)、新規の応募件数は10万2000件、新規の採択件数は3万件、新規の採択率は 29.4 % で あ っ た(https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/27_kdata/data/2-1/2-1.pdf ) (2015年10月22日アクセス)。 6 帰還ポスドク枠は、博士号を取得し、その後ポスドクとして外国で研究を続ける若 手の研究者のフランスへの回帰を目指すものである。フランスの常勤研究者のポスト が多いとはいえない中、優秀な研究者が外国へ流出している状況に対して2009年から 新たに導入された枠であり、採択された研究者は研究期間中に国内での就職を準備す ることができる[中地ほか 2009, 9頁]。また若手研究者育成枠は、若手研究者の研究
に9%、その他1%となっている。また公的部門に86.1%[配分の多いところと しては、国立科学研究センター(Centre national de la recherche scientifique、 CNRS)31.4 %、 大 学21.0 %、国 立 衛 生 医 学 研 究 所(Institut national de la santé et de la recherche médicale、INSERM)8.6%、国立農業研究所(Institut national de la recherche agronomique、INRA)4.7%、等]、企業、財団、結社 等の民間部門に13.9%の割合で配分されている。 課題設定枠と、課題非設定枠との比率は、2000年代頃まではおよそ3:1で 前者による資金配分の比重が相当大きな部分を占めていたが 7、その後、後者の 比重も高まってきている。また日本との対比で言えば、とりわけCNRSに見ら れるような、大学以外の研究機関の比重の大きさを見て取ることができよう。 2014年の活動報告書には、応募プロジェクトの審査に8000人以上の専門家 が動員されていること 8、進行中のプロジェクトが5490あること(2014年の採 択プロジェクト数は1071)、75%以上のプロジェクトが共同型のプロジェクト であること、2014年に補助を得ているプロジェクトの17.6 %が学術界と企業 との研究チームの協力によるものであること等が示されている 9。とりわけここ でも企業との関わりが積極的に示されていること等は、ANRの特徴を考える 上でも、注目に値すると考えられる。応用的、戦略的な研究支援の方針を、読 み取ることが可能であろう。 さらに、2013年の活動報告書には、プロジェクトへの資金援助の利点として、 ・科学的、技術的、社会的な論点へと研究を導き、国およびヨーロッパの戦略 をとることが可能となる を補助することで、有望な若手研究者の発掘・育成、研究の発展を促すものである[同, 7頁]。 7 中地ほか 2009, 2-3頁。 8 ちなみに日本学術振興会による科学研究費補助金の2015年度の第1段審査(書面 審査)の審査員の人数は約5500名である(https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/26_ hyosho/index.html による。2015年10月22日アクセス)。
9 Agence nationale de la recherche, Rapport d’activité 2014, http://www.agence-nationale-recherche.fr/fileadmin/documents/2015/ANR-rapport-activite-2014.pdf, p.8 (2015年10月22日アクセス)。
・最も優れたプロジェクトと最も優れた研究チームに資金のターゲットを定 め、集中させることができる ・シナジーや創造性を強化し、科学的な障害を取り除くことができる ・学際性を支え、学問間の障壁を取り払うことができる(約20 %のプロジェ クトは高度に学際的である) ・新興のテーマに関するリーダーシップを維持し、あるいは獲得することが可 能となる ・ヨーロッパあるいは国際的な協力を容易にする(15 %のプロジェクトは国 際的なコンソーシアムに基礎を置いている) ・公的/民間的なパートナーシップの領域において知識の生産と移転を加速す る ・若い研究者を取り込むことができる ・保健、バイオテクノロジー、技術移転、活用に関して、未来への投資をもた らす といったことが列挙されている 10。ここからも、政策的な側面をも考慮に入れ た戦略的な手段として、プロジェクト型の研究支援の方法を擁護しようとする 方向性を読み取ることが可能であろう。
4.ANRの運営組織体制
ANRの運営を担うのは理事会(conseil d’administration)である。2014年3 月24日の政令(décret)によって、ANRの理事会のメンバーは、理事長1名 に加えて、国家の代理人6名(研究相の代理人2名、高等教育相の代理人1名、 産業相の代理人2名、予算相の代理人1名)、科学の主要分野の代理人6名(う ち少なくとも1名は高等教育機関長会議から)、社会=経済界から研究および10 Agence nationale de la recherche, Rapport d’activité 2013, http://www.agence-nationale-recherche.fr/fileadmin/documents/2014/ANR-Rapport-annuel-2013.pdf, p.6 (2015年10月22日アクセス)。
技術開発の分野における能力にもとづいて選ばれた者4名、研究戦略審議会の 副代表、ANRの職員から選ばれた者2名、の計19名によって構成されること が新たに定められている 11。研究省や高等教育省、学術界以外からのメンバー が約半数含まれていることに注目しておきたい。 また、ANRには、運営委員会(comité de pilotage)も設けられる。この運 営委員会は、ANRの年間活動計画を編成し、実施するための審議機関である。 ANRの機関としての運営戦略に関して理事長を補佐するこの運営委員会は、 ・年間活動計画および実施報告の準備について、 ・研究サポートの評価とインパクト評価の作業の実施について、 ・ANRの科学部門の創設あるいは廃止、その命名および区分けについて、 ・科学部門の責任者の任命およびその任務の更新について、 助言を求められる 12。 その構成については、2015年9月10日の省令(arrêté)において、ANRの 科学部門の責任者の他に、 1.機関外から最大7名、とりわけ外国人で、ANRの活動領域における科学的 および技術的な能力に基づいて選ばれる者。 2.社会=経済界から最大3名で、研究・開発・革新の資金援助の国家機関の 機能および執行の領域における能力に基づいて選ばれる者 13 が含まれることが定められている。 実際に、現在の運営委員会にも、1.のカテゴリーとしてイギリスやドイツ からの者、また2.のカテゴリーとして、企業等からの者2名がメンバーとし て含まれている 14。国外からのメンバーや、学術界以外からのメンバーが重要 11 http://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=JORFTEXT000000817685、 第5章(2015年10月22日アクセス)。 12 http://www.agence-nationale-recherche.fr/missions-et-organisation/gouvernance/ le-comite-de-pilotage-scientifique/(2015年10月22日アクセス)。 13 http://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=JORFTEXT000031258473 第1章(2015年10月22日アクセス)。 14 http://www.agence-nationale-recherche.fr/missions-et-organisation/gouvernance/ le-comite-de-pilotage-scientifique/(2015年10月22日アクセス)。
な役割を果たしているのである。
5.「未来への投資Investissements d’avenir」について
次に、ANRの役割の一つとして挙げられる、「未来への投資」について見て いくこととしたい 15。 グローバル化された経済という文脈において、研究およびイノベーションへ の大規模で狙いを定めた投資の努力は、競争力、経済成長、雇用に不可欠の条 件を構成する。 競争力への挑戦を高め、経済成長の新しいモデルを生み出すために、2008 年9月に起きたリーマン・ショックを受けての時期にもあたる2009年に、「国 債投資Grand Emprunt」の考えが示され、ほどなくこれは2010年3月9日の法 律によって「未来への投資プログラムprogramme d’investissements d’avenir」 と新たに名づけられた。アラン・ジュペとミッシェル・ロカールの二人の元首 相によって主宰される委員会が、未来に向けての6つの戦略の軸を定めた。こ の投資は、高等教育および研究に関して、フランスの卓越性を推進することを 目的としたものである。この投資によって、基礎研究から産業イノベーション にまで至る幅広い領域への財政的援助が行われ、そこには教育や、技術移転な ども含まれる。 より具体的には、まず①高等教育については、世界的な競争に対峙すること ができる、卓越した大学拠点を生み出すことが目指された。また②基礎研究お よびその経済的な活用については、研究室に卓越性を得る手段を与え、技術移 転を加速させることが目指された。③産業界については、イノベーティブな中 小企業の発展を支援し、将来の戦略的な分野を強化することが目指された。④ 持続可能な発展の領域については、より持続的な経済発展の新たなモデルの源 15 http://www.gouvernement.fr/les-investissements-d-avenirを参照している(2015年 10月22日アクセス)。泉である、エネルギー的またエコロジー的な移行に大いに貢献することが目指 された。⑤デジタル関係については、高速ブロードバンドインターネット接続 のインフラを国土全体に整備し、企業ならびに家庭を対象とした新たな利用の 展開を可能にすることが目指された。⑥保健およびバイオテクノロジーについ ては、知識の領域での発展を求め、新たな治療法を開発し、医学および農業に おいて生物の力の利用に基づいた新たなアプローチを予測し、改善し、発展し、 有効化することが目指された。 予算としては、2010年に350億ユーロ(仮に1ユーロ=125円での換算で計 算すれば、4兆3750億円)、2013年に120億ユーロ(同、1兆5000億円)の、 合計470億ユーロ(同、5兆8750億円)が、この「未来への投資プログラム」 に対してつけられている。ただしこれらの金額すべてがそのまま支出可能なわ けではなく、基金のような形で利子が支出に充てられることが想定されている 金額も含まれている。 プログラムの運営は、「未来への投資プログラム全体委員会Commissariat général en charge du programme d’investissements d’avenir」がその任に当 たっている。「国家の投資政策の整合性を監視する」任を負った同委員会の事 務局長は、「未来への投資プログラム」の具体的な側面での実施を行なう担い 手の活動を統括している。そうした担い手としては例えば、高等教育および研 究の分野においてはANR、エネルギー・エコロジーの移行に関わる活動につ いては「環境およびエネルギー制御機関(Agence de l’environnement et de la maîtrise de l’énergie、ADEME)」、企業および産業分野の支援については「投 資公銀行(Banque publique d’investissement、BPI)」などがあり、それらは 関係する省庁との緊密な関係に置かれている。したがって、ANRのみが「未 来への投資プログラム」の全体を担うというわけではなく、その一部を担うも のであることには留意しておきたい。
「未来への投資プログラム」は、卓越したチームを選抜するように定められ ている未来に向けたテーマに関して、全体委員会およびANR等の各担い手に
よって準備される、全国的な課題設定枠による公募によって特徴づけられる。 プロジェクトは、独立した、時には国際的なメンバーによって構成される、専 門審査委員会によって評価される。「未来への投資プログラム」はまた、産業 分野におけるイノベーティブなプロジェクトに対する支援も行なっており、そ れはとりわけクラウド・コンピューティング、ビッグ・データ、バイオテクノ ロジー、海洋エネルギーといった様々なテーマにおける協同プロジェクトなど に見出される。 さらに、「未来への投資プログラム」のなかでANRが担うものの一つと し て、「 卓 越 ラ ボ(Laboratoires d’excellence、LABEX)」、「 卓 越 し た 装 備 (Equipements d’excellence、EQUIPEX)」を含む「卓越したセンター Centres
d’excellence」 が あ る。2010年 お よ び2011年 に 採 択 さ れ た も の と し て は、 LABEXは171プロジェクトで合計15億3450万ユーロ(仮に1ユーロ=125円 での換算で計算すれば、1918億1250万円)、EQUIPEXは93プロジェクトで合 計5億9139万ユーロ(同、739億2375万円)となっている 16。
6.おわりに
このように、ANRは、国際性、学際性、学術界と企業等の民間部門との連 携といった事柄を重視する方針を有していることがわかる。また、国の研究 政策の方針にも関わっていることがわかる。課題設定枠による公募(appels à projets、AAP)という方策は、研究の方向性を与える手段として働くものと とらえることができる。 フランスではANRが発足するまでは、各省庁から拠出される研究開発費は、16 Agence nationale de la recherche, Investissements d’avenir, Synthèse thématique initiale, octobre 2014, http://www.agence-nationale-recherche.fr/fileadmin/ documents/2014/ANR-IA-synthese-thematique-Oct-2014.pdf(2015 年 10 月 22 日アク セス)。なおこの文書では、農業-エコロジー、生物学-保健学、数学-情報学、人 文社会科学、物質科学と工学、地学・天体・宇宙学の6分野に区分して、「未来への投 資プログラム」についての中間報告的な現況分析がなされている。
日本の文部科学省に相当する「高等教育・研究省」に一括してまとめられ、大 学や研究所などの実施機関に配分されていた。この「高等教育・研究省」の資 金配分機関としての役割を科学的専門性の高い機関に担当させ、より公正で有 効な資金配分を行なうことを目指したのが、ANRの設立の背景であるとされ る。多くの研究者はANRの設立とその活動、特に自由課題採択枠の拡大を歓 迎している一方で、こうした短期的な競争的資金提供が、若手研究者に良い条 件で研究経験を積ませ、常勤ポストの獲得への強力な一助となる反面、国全体 のレベルでは恒常的ポストの決定的不足を糊塗する弥縫策でしかないのではな いかという不満も見られる。特に人文社会系に割かれる予算が低い事実はあら ためて注目される[中地ほか 2009, 14-15頁]。 2012年9月に「研究・高等教育評価機関(AERES)」によって出された ANRに対する評価書 17では、ANRが短期間のうちにプロジェクトによる研究 を重要な仕方でフランスに定着させたとされる。また、公的な研究と民間の研 究との協力を発展させたこと、専門間の障壁を乗り越えて、学際的なプロジェ クトを鼓舞したこと、プログラムを作成し選抜し事後評価を行なうというプロ セスを厳格に明示化したこと、国際的な研究助成の協力を高めたことなどが評 価されている。一方、課題点としては、国との目的・手段に関する契約を欠い ているために複数年度にわたる予算関与が困難であること、プログラム間の事 後評価の手続きの展開が不十分であること、内部的・外部的なコミュニケー ションの政策が手続きのなかに十分には組み入れられていないために、手続き の実施の透明性の不足を招いていること、ANRの任務に人的資源の政策が十 分適応していないこと、ヨーロッパレベルでの認知度がいまだ十分ではないこ となどが挙げられている。このように、いくつかの課題の指摘もなされてはい るが、本論文でANRの特徴として論じてきたような諸点については、基本的 に肯定的な評価が示されていると言えよう。 17 http://www.agence-nationale-recherche.fr/fileadmin/user_upload/documents/ 2012/AERES-S1-ANR.pdf, pp.29-30(2015年10月22日アクセス)。
一方、ANRによる研究助成の採択率は全体として2割を切る水準にとど まっており、日本における日本学術振興会の科学研究費補助金の2013年度の 新規採択率が約3割であったことと比較しても、必ずしも高いとは言えない。 2012年12月17日に出された「高等教育・研究会議Assises de l’Enseignement supérieur et de la Recherche」の報告書 18でも、その38頁において、不採択率 が80 %近くと非常に高くなっており、研究者が自らの研究に費やすべき時間 を犠牲にして研究計画書の作成や評価に過度の時間をとられているので、公募 の不採択率を限定するという仕方でANRが改善していくことが望まれると述 べられている。そして、研究補助の契約期間を延長することや、あまりに多く の研究計画に同一の研究者が名を連ねることを避けて、研究が乱立することを 制限すべきであるということも提案されている。 また、こうしたプロジェクト型の研究支援の政策は、弱者に対して強者が強 者の間で連合する方向へと進むものであるという意味で、研究体制のエリー ト化の方向を進めるものとなるという指摘もある[Charle 2012, pp.87-88=73 頁]。 課題設定枠を通じた国による研究の方向づけ、大学・研究機関外の企業を含 むより広い社会との関わり方をはじめとする、これまで見てきた諸点を踏まえ つつ、公的な研究助成のあり方として、ANRについてとりわけ日本の状況と の比較の視点を持ちながら検討することは重要な意味を有すると考えられる。 【文献】
Charle Christophe 2012 “Les transformations du système universitaire français en
18 http://cache.media.enseignementsup-recherche.gouv.fr/file/Assises_esr/24/0/ Assises-ESR-Rapport-Vincent-Berger-_237240.pdf(2015年10月22日アクセス)。この 「高等教育・研究会議」は、2012年5月におけるフランス大統領選挙でのフランソワ・ オランド候補の当選を受けて、ジュヌヴィエーヴ・フィオラゾ高等教育・研究大臣の 下、ヴァンサン・ベルジェ氏が代表報告者となって設けられたものである。学生の成 功、研究への新たな野心、高等教育・研究と地域との間に構築されるべき新たな関係、 という、三つの主要なテーマが提示され、地方レベルおよび全国レベルでの意見聴取 等を経て、2012年12月に本報告書が提出された。
perspective Euro-Américaine depuis 1945”、『日仏教育学会年報』第18号(通 巻番号No.40)、pp.81-95=白鳥義彦訳「ヨーロッパ=アメリカの観点から見た、 1945年以降のフランス大学システムの変容」、同、67-80頁。 中地義和、本田貴(協力)2009 「フランス国立研究機構(Agence Nationale de la Recherche, 略称ANR)の競争的研究資金配分について―平成21年度調査研 究実績報告」、日本学術振興会学術システム研究センター(https://www.jsps. go.jp/j-center/data/08_seika/h21_Nakaji.pdf 2015年10月22日アクセス)。 白鳥義彦 2008「フランスの高等教育をめぐる新たな動き」、『社会学雑誌』第25号、神 戸大学社会学研究会、62-71頁。