はじめに
2018 年 3 月に高等学校学習指導要領が改訂され,高等学校では 2020 年 4 月より学年進行 で,新しい学習指導要領に基づいた教科科目が実施される。高校の現場では,新しい商業 教育に向けた準備が本格化してきている。
今回の改訂では,主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善が求められている。
つまりは,主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)の視点からの授業改 善が必要とされているということである。
商業科の高校において,簿記を始めとした「会計分野」は,常に柱となる科目であり,
特に「簿記」は,ほぼすべての商業高校で履修されている重要な科目であるのは言うまで もない。しかし,いま求められている「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業」
が「簿記」などの会計分野の授業においてできているだろうか。
本稿では新学習指導要領の教科商業,特に「簿記」の改訂を踏まえて,今後の簿記教育 におけるアクティブ・ラーニングの可能性について検討したい。本稿の実践事例が高校の 簿記教育の研究材料となれば幸いである。
1 新学習指導要領における「簿記」
新しい学習指導要領の商業においては,専門的な知識・技術の定着を図るとともに,多 様な課題に対応できる課題解決能力を育成することが重要であり,地域や産業界との連携 のもと,実践的な教育活動の一層の充実が求められている。その中でも,簿記については,
簿記会計教育における
アクティブ・ラーニングの可能性について考える
遠藤 耕二
(1) 簿記の教育目標
商業の見方・考え方を働かせ,実践的・体験的な学習活動を行うことなどを通して,
取引の記録と財務諸表の作成に必要な資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
(1) 簿記について実務に即して体系的・系統的に理解するとともに,関連する技術を
身に付けるようにする。
(2) 取引の記録と財務諸表の作成の方法の妥当性と課題を見いだし,ビジネスに携わ
る者として科学的な根拠に基づいて創造的に課題に対応する力を養う。
(3) 企業会計に関する法規と基準を適切に適用する力の向上を目指して自ら学び,適
正な取引の記録と財務諸表の作成に主体的かつ協働的に取り組む態度を養う。
この簿記の目標は,次の三点に集約できるだろう。
①簿記に関する理論的な知識と技術にとどまらず,実務に即した役に立つ知識と技術を身 に付ける。
②唯一絶対の答えがないことの多い経済社会にあって,簿記などの様々な知識,技術など を活用し,課題に対応する力を養う。
③自ら簿記について学ぶ態度をもち,組織の一員として,主体的かつ協働的に,責任を もって取り組む態度を養う。
つまり,商業の学習全体としては「ビジネスの課題を発見し,職業人に求められる倫理 観を踏まえて,問題を解決する力を養う。そして,よりよい社会の構築を目指して自ら学び,
ビジネスの創造と発展に取り組む態度を養う」のが目標といえるが,そのためには,簿記 の教育においても「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業」が必要ということだ ろう。そうすることによって,簿記の学習を通して,よりよい社会実現のために簿記の知 識を活用して,問題解決する人材を育成することができると思う。
そこで,まず,簿記教育の現状を概観し,さらに,問題解決力を身に付けるための簿記 教育の方法として,ビジネスゲームを用いた簿記のアクティブ・ラーニングの事例を検討 してみたい。
2 簿記教育の現状
「高校における簿記教育のゴールは,検定試験に合格することであり,実際のビジネス で活かすというよりも,検定の問題の解き方テクニックをいかに覚えさせるかに終始して
いる」と指摘されることがある。確かに,商業高校においては検定試験を意識せざるを得 ないし,検定試験指導に偏重している側面もあるかもしれない。従来,商業高校では,奨 励級と言われる3級などに合格することで,学習意欲や向上心を出させて,より上位級に チャレンジするように仕向けてきた。
しかし,本来は,簿記会計の知識・技能を実社会で活用できる会計リテラシーを身に付 けることが重要であり,さらに,その学びを通して,ビジネスの現場で生じる問題に対す る解決能力を身に付けるような教育が必要である。もちろん,検定試験を否定するつもり はない。しかし,試験に合格するだけで,会計活用能力が身に付いていないとすれば,そ の状況を改善する必要があると考える。
そこで,本稿では,これまでの簿記の授業計画の中に,簿記に関するビジネスゲームな ど取り入れることによって,簿記会計の学習を社会とつながる有用な学びにすることがで きると考えるのである。
3 ビジネスゲームを用いた簿記教育の事例
(1)簿記教育のためのボードゲーム
ビジネスゲームを取り入れた簿記のアクティブ・ラーニングに関する先行事例・研究と して「戦略MG」「ビジネスゲームM-CASS」などを活用してした事例がある。
このビジネスゲームの多くは,企業の研修で用いられるものがほとんどで,導入の費用 面などの理由から高校での活用事例はあまり多くないのが現状である。
そこで,私自身が高校の授業で使用する目的で作成した手作りのボードゲーム「ビジネ ス会計ゲーム」の事例を紹介したい。
この「ビジネス会計ゲーム」はすごろく形式のゲームで,簿記を学んできた生徒が行う 前提で作ったものである。サイコロを振って,駒を進めて会計帳簿に記帳していくゲーム であるため,簿記学習の入り口として,初学者など,幅広い層を対象者とすることが可能 である。初学者でも「ビジネス会計ゲーム」を通して「財務諸表が作れる」「財務諸表が 読める」「財務諸表で考える」ということが体験できるところに特徴がある。また,今まで,
授業で学んできた知識を,このビジネスゲームを活用することで,体感的に理解を深める こともできる。
(2)「ビジネス会計ゲーム」の授業実践
東京都立千早高等学校の 3 年生の「課題研究(会計)」の授業で,ボードゲーム形式の「ビ ジネス会計ゲーム」を実施した。この課題研究の 1 学期の授業では,日商簿記検定 2 級や 全商簿記実務検定 1 級の資格取得に向けて,講義や問題演習を中心として,従来型の授業 展開をしていた。しかし,簿記検定試験の解き方講座のみだけでは「主体的・対話的で深 い学びの実現に向けた授業」になっていないとの思いから,「ビジネス会計ゲーム」を用 いた授業を実施したのである。
この「ビジネス会計ゲーム」は,3 年生の「課題研究(会計)」の授業のなかで,2 学期 に実施したが,1 学期までの簿記会計の学びを,単なる知識のみではなく,それを踏まえ て擬似的に企業経営を体験することで,お金の流れや,ビジネス活動を考えることをねら いとしたものである。最後にはきちんと決算を行い,損益計算書,貸借対照表を作成して,
売り上げや利益を把握した。そして,利益が多い企業のランキングを作成し,活動を振り 返った。
(3)「ビジネス会計ゲーム」の実施して
ビジネスゲームの実施後,生徒に感想を含めて振り返りを行った。感想は以下のとおり である。
【授業の感想】
・「本当に会社を経営したらこんな感じなのかなと思って楽しかった。」(Wさん)
・「財務諸表までの流れがわかりやすくて楽しかった。」(Tさん)
・「すごろくを使いながらやるビジネスゲームというのはとても面白かったし,楽し かったです。」(Tさん)
実際にビジネスゲームを通して,簿記で学んだ知識を活かして,疑似的なビジネスの世 界で会計帳簿を作成することで,プリントの中だけの簿記の世界から,リアルなビジネス の世界に抜け出すような体験ができたのではないかと思う。そして,目の前で取引の 8 要 素の動きを把握しながら,それがどのように財務諸表につながるのかが直感的に理解でき たと思われる。つまり,そのゲームの中でどのような取引が,どのように取引の 8 要素に 影響し,利益につながるのかを目にするのがこのビジネスゲームのポイントでもある。
さらに,ゲームの最中のグループの相手企業の動きで自分も影響を受けるため,どの市 場にいくら販売すればいいかというような意思決定も必要となる。これこそが自分で考え
ざるを得ないという「主体的な学び」となり,そのグループでの会話がまさに「対話的で 深い学び」につながると考える。
【ビジネスゲームの授業の様子】
【ビジネスゲームで必要な用具】
①ゲーム板
②プレーヤーコマ 4個(赤・青・黄・緑)
③サイコロ 1個
④勘定カード 1セット
⑤ゲームシート[T/Bチャート]
⑥東京市場ケース 1箱(商品ドミノ20個)
⑦大阪市場ケース 1箱(商品ドミノ20個)
【ゲームで必要な用具の写真】
①②③ ④⑤
⑥⑦
【ビジネスゲームで必要な用紙】
・ゲーム進行表 4枚
・仕訳帳 4枚
【決算時に必要な用紙】
・ゲームシート[原価ボックス]
・残高試算表
・貸借対照表・損益計算書
【ゲーム進行の仕方】
・1グループ4~5人が適当です。
・プレーヤーは,コマをゲームボードのSTRTに置き,順番にサイコロを振ります。
・サイコロででた数分,コマを進め,止まったマスの指示に従います。
・マスの取引について,[T/Bチャート]の上に勘定科目カードをのせる。
・マスの取引について,仕訳帳に仕訳を行う。
・最終的に利益が多い人が勝ち。
【マスの主な内容】(仕入・売上チャンス)
・商品を東京市場あるいは大阪市場から仕入 れるか,売り上げるかを各自で判断する。
・売買数量は,サイコロで決める。
・仕入れた商品ドミノは在庫として手元に置 いておく。
・販売した場合は,手元の商品を販売する。
・東京・大阪市場のケースに商品としてドミ ノが納められている。
・商品は市場ケースに入る分までしか販売で きない。
[東京市場]
商品原価 @¥1 商品売価 @¥4
[大阪市場]
商品原価 @¥1 商品売価 @¥2
【教材スライドの例】
ビジネスゲーム・シート①[財務諸表チャート] ビジネスゲーム取引・勘定カード
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開始処理 開始処理
ビジネスゲーム・シート①[財務諸表チャート] 開始処理の仕訳
【配付教材の例】
4 新しい時代に対応した簿記教育の在り方
2018 年改訂の新しい学習指導要領においては「ビジネスに関する課題について,協働し て分析,考察,討論を行い,解決策を考案し,地域や産業界等に提案するなど言語活動の充 実を図る」と述べられている。これは簿記の学びを単なる目先の簿記の資格やビジネスス キルとしてではなく,その学びを通して,ビジネスの課題を解決できる力を身に付けるこ とこそ,今後の商業教育が目指すべき方向だということを示している。
簿記の教育においては,反復的に検定問題をマスターするだけではなく,ビジネスゲー ムなどの授業を通して,現実のビジネスの場面での問題を想定したシミュレーションを体 験することで,「ビジネスに関する課題について,協働して分析,考察,討論を行い,解決策 を考案」する能力を身に付けるための授業の工夫もできるだろう。
このビジネスゲームを活用することで,簿記の知識及び技能を踏まえて,思考力,判断 力,表現力を身に付け,ビジネスの現場が抱える問題を解決する人材を身に付けた人材を 育成することに繋がりのではないだろうか。これこそが産業界が求める簿記教育だと思わ れる。このビジネスの視点で問題解決力の素養を身に付けることは,商業高校の卒業後, すぐに就職する生徒にとっても,その後,大学等に進学する生徒にとっても,大きな財産に なるだろう。
おわりに
高等学校の商業教育に携わる者として,進路の如何に関わらず,簿記の学びは実社会に 出るにあたって,有益な学びだと実感している。
しかし,このように有益な高等学校における簿記教育も,資格取得のみに偏っている面 が否めない。従って,高等学校での簿記教育が,将来キャリアにとっていかに有益かとい うことを示すためにも,今こそ簿記教育の改善は欠かせない。短期的な技能や目先の資格 取得の演習に終始するようでは,簿記教育の必要性が疑われてしまう。思考することなし に行われる反復練習のみの検定試験対策では,社会に求められる力,ビジネスの専門的知 識を踏まえた問題解決力を身に付けることはできないし,社会から評価もされない。
今後の簿記教育改善のキーワードは「思考する簿記教育」である。このような視点の簿 記教育ならば,ビジネスを踏まえた実践力を身に付ける事ができるはずである。そして,
今よりも魅力的な簿記教育となるではないか。
今回のビジネスゲームを使った簿記の授業実践例については,その学習効果について は,生徒の感想はとったものの,本格的で定性的・定量的な測定については,さらなる検 証が必要である。この点については,今後の課題としたい。今後,現場でのビジネスゲー ムをもちいた簿記教育の可能性について,さらに研究をしていきたい。
【参考文献】
・全国商業高等学校協会(2016)『学習指導要領改訂への提言』
・全国商業高等学校協会(2017)『グローバル社会に対応した商業教育の在り方』
・全国商業高等学校協会(2017)『地域創生に資する商業教育の在り方についてⅡ-次世 代の商業教育に向けて-』
・文部科学省HP(www.mext.go.jp)
・文部科学省編(2018)『高等学校学習指導要領』実教出版
・文部科学省編(2018)『高等学校学習指導要領解説 商業編』実教出版
・東京都商業教育研究会編(2018)『高等学校学習指導要領の改訂に向けて』
・平井高道(2018)「ビジネスゲームを使ったアクティブ・ラーニングによる会計教育の 実践事例」『会計教育研究』第6号
・新谷 弥(2019)『学びに向かう力を育てる簿記会計の指導法-自ら行動できる人材育成』
(日本簿記学会第 35 回自由論題報告)
・マネジメントゲームMGのHP(https://mg-online.jp/)
・ビジネスゲームM-CASS(https://bokiron2000.jimdo.com/)