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英国国際私法判例ノート

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英国国際私法判例ノート(H8‑2)

その他のタイトル Note of ancient U. K. decisions (H8‑1)

著者 本浪 章市

雑誌名 關西大學法學論集

巻 46

号 2

ページ 342‑376

発行年 1996‑06‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/00024561

(2)

として︑異議の申立てがなされた︒

C o l l i e r   v .   R i v a z  

(

18 41

)  2 

C u r t  

855 

英国国際私法判例ノート

( H

8 │

1 )

 

本件は一八二九年にプラッセルで死亡したフィリップ・ライアン氏の若干の遺言書類に関する事案である︒彼には二人の姪マ

リー・ライアンと未亡人であるランケペア夫人が居たが︑彼女はもしライアン氏が遣言をしないで死亡した場合には動産を受取る

権利があった︒彼は約二万ポンドの金額の財産を残した︒一八二四年に彼は遺言書を作成し︑

V.F

・リヴァズ︑マリー・ライア

ンおよび

A.H

・リヴァズをその遺言執行人に︑姪マリー・ライアンを残余財産の受遺者に指名した︒彼はまた六つの遺言補足書

を残したが︑そのうち四つは︑被相続人が死亡当時に住所を有していたと主張されるベルギー法の方式に従って作成されていない

そこで第一の問題は遺言人のライアン氏がベルギーに住所を有していたか否かである︒彼がベルギー住所を有していなかったと

認定されれば問題の補足書は英法に従って検認を受けうる︒他方︑遺言人がペルギー住所を有していたと否とを問わず︑これらの

C o l l i e r   v .   R i v a

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C u r t

  8

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︒ ︺

1  ch 

377~

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ていない遺言補足書も検認を受けうると宣告する︒ 補足書は一般にベルギー国民に要求される方式に従って作成されていないけれども︑ベルギーにおけるこの特定の事件の諸般の状況下で適用される法律に従って作成されているから︑検認を受けるに価するとも弁論された︒

ところで︑被相続人の経歴を簡単に述べれば次のようである︒彼はアイルランドのクロンメルで出生した︒一七六二年彼は英国

海軍に入隊し︑一七八

0

年まで艦隊勤務を続けた︒一七七六年にロチェスターで婚姻したが︑妻は一八

0

二年頃に死亡した︒被相

続人は外国の寒冷紗︵目のあらい極めて薄い綿布または麻布︶の取扱い業者としての事業に従事し︑その事業の結果︑当該取引の 目的から大陸のあちこちの場所に頻繁に赴くことが習わしとなったが︑彼の主たる居所は英国内に在り︑ウォーレン・ストリート

0

二年にそれを売却した︒それでこの時期までに彼はアイルランドの本源住所を放 棄し︑英国に住所を取得したことに疑いの余地はありえない︒同年︑彼は裁判所に提出された一八二五年九月二四日付の遺言補足 書に記載している通りプラッセルに居住するために同地へ赴いた︒一八

0

三年に英仏間に再び戦争が起り︑被相続人は捕えられ抑 留された︒一八一四年に彼は英国に来訪し︑数ヶ月間当地に滞在した︒彼はその後プラッセルに帰り︑営業または娯楽といった事 柄に関係する折々の小旅行を除いて︑死ぬまで同地で居住した︒また被相続人はその生涯の早い時期に姪のマリー・ライアンを養 女とし︑彼女は養父と一しょに暮らすためにプラッセルに赴き︑彼が死ぬまで同居を継続したこと明らかである︒

事件の諸事実にこれ以上一歩たりとも立入る必要があるとは考えられない︒それらは総て認められたからである︒それらに関し

て争いはない︒唯一の問題はその結果についてのものである︒

遺言人はベルギー住所を有して死亡した︒彼の残したある遺言書類はベルギー国民について要求される方式に相応じて作成され ていなかったが︑事件の特定の状況下で︑ベルギー法は︑遺言文書の有効性を遺言人自身の国︵本国︶の法律によって決定する︒

遺言書類は被相続人が以前に住所を有していた︵本国法たる︶英法によれば有効な文書であるから︑裁判所はベルギー法に相応じ

英国国際私法判例ノート

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のフィッロィ・スクエアーに家屋をもち

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の選定住所地であったことに疑いの余地はありえない︒

旧住所の放棄と新住所の取得に関する諸事実はプラッセルに居住し︑同地を本居とする意思のみならず︑住所を構成するのに必

要な要件の総てとされる事実と意思の合致を指示している︒期間の長さだけでは住所を構成しないだろうし︑意思だけでもそれを

構成しないだろうが︑両者が合体して住所の変更を構成する︒特定の期間は要求されなくて︑現実の居住と意思に副った居住とい

う二つの情況が一致して起る場合に︑住所の変更という効果が発生する︒本件においては︑諸事実からこのブラッセルが被相続人

0 ‑

︱一年から一八一四年にかけてそれは強制された居住であったとして

も︑被相続人はプラッセルの生活様式にも慣れてきて︑ブラッセルの住民となり︑本来の住所に帰るよりも同地に継続的な居所を

設定することを選んだ︒従って︑事件の全般の情況のもとで被相続人はその死亡当時プラッセル住所を有していたと考えられねば

しかし乍ら︑異議を申立てられているこれらの遺言補足書は︑それらが作成された情況において︑ベルギーでの遺言処分の有効

性について宣告しなければならない裁判所の検認に価するような方式で作成されているかどうかを決定するという問題が残される︒

けだしライアン氏がベルギーの住民であるからとて︑彼が必然的にベルギーの法律がそれ自身の生来の国民に要求する総ての方式

に服することにはならないからである︒あらゆる国家はいかなる情況下において遺言処分を許可するか︑あるいは︑いかなる性質

の契約であろうとも︑その契約が生来の国民でなくて︑継続的居住によって臣民となった人々︑︵即ち︑現実のベルギー国民を構

成するのに必要な完全な権利を当局から得ることなく︑ある情況下で居住するに到った外国人︶によって締結されるのを認めるか

を︑規定する権利を有することに疑義はありえないと本官は理解する︒あらゆる国家はいかなる程度まで一般法が自国の生来の国

民および他国の国民に適用されるべきかを規定する権利をもち︑それを決定するために英国で開廷している裁判所は︑それ自体を

事件の特定の情況下でベルギーで開廷していると考えなければならない︒

そこで︑ベルギー住所の取得に適用されるようなベルギー法に関し︑並びに遺言書類の作成に関する法律に就いて︑三名の証人 ならないというのが︑本官の意見である︒

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住所取得に関して︑三名の人達の証言に依れば︑同国での継続的在留の許可を申請する人々に権利を授与する支配者の許可が得

られない限り︑ベルギー法上はいかなる住所も取得されない︒その許可が得られなければ︑その者はいつでも退去命令に服さねば

ならない︒許可が得られれば︑その者はどの点から見てもベルギー臣民となり︑同国に在留する権利をもつと共に生来の国民の特

権を享受する︒しかし︑その許可を得ないで単に同地に居住するだけの人は単純な居所をもち住所をもたない外国人と考えられる

ペきかどうかは別途の問題であろう︒住所に関して与えられる証言からオランダの法律家とベルギーの法律家が同一の事柄を理解

するか︑住所をもつに到った人は1われわれの帰化に相当する

‑ d e n i z a t i o n

(生来の外国人に対する市民の特権付与︶を得る

に違いないと彼らは考えないのか︑また彼らは単なる相続目的のための乃至はそうした種類の住所という積りはなくて︑住所を

もっとされるために︑人は政府の許可によって︑自らをベルギー国民と同様の立場に置かなければならず︑そうすれば同国での権

利や特権を享有すると彼らは考えるかどうかは︑極めて疑わしいと思量される︒しかし︑このことを詮索する必要はないであろう︒

けだし︑当法廷は︑ベルギーに居住しているが︑ベルギー国民の一切の権利を取得しなかった人々の遺言処分に有効性を与えるの

に必要な事柄について︑二名の証人の決定的な証言をえたと思量するからである︒

これらの証人のうち最初の人はシェーンヴェルト博士である︒彼は法学博士︑オランダ高裁の弁護士であり︑ハーグに居住する

と称している︒彼はライアン氏の当時の状況と同じ立場にある人々によって作成された遺言による財産処分に有効性を与えるのに

必要な事柄を供述するのに適任である︒彼は﹁一八一五年から一八三

0

年の革命までベルギーおよびオランダで実施されていた法

律はフランスのナポレオン法典であったと言及した︒同法典によれば︑国王からオランダに住所を設定する許可を得た外国人は同

国に居住し続ける限り︑すべての私権を享有でき︑また実際に享有した︒だから反対に国王の前記の許可により住所を認められな

い外国人は完全な私権を行使または享有するための住所を取得できない﹂︑と言及した︒証人はまた﹁そうした外国人は国王の許

可に加えて︑住居を定めた場所の自治体当局に︑自分はそうした場所に居所を確定し︑そこへ住所を移すことをいとわずかつ願望

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︵ ︳ ︱ ‑

四 五

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しているとの積極的な宣言をしなかった場合には︑その外国人はそこに居所だけをもち住所をもちえないと考えられる﹂と供述し

た︒宣言がなされなかったから︑彼は特定の場所を居所にする積りである︒ベルギーまたはオランダに居住する許可をえるために︑

外国人は行政官の面前で宣言をなす必要はない︒住居を設定する積りの特定の場合に赴くことだけが必要である︒証人はさらに続

けて﹁ナポレオン法典は住所に就いての規定中では生来の国民のみに関係し︑外国人には言及しておらず︑後者は通常は居所のみ

をもつと考えられ︑その結果︑外国人の相続は彼ら自身の国の法律によって規律されなければならない﹂と供述する︒そこでこれ

がベルギー法であるとすれば︑即ち︑もしライアン氏のようにベルギーに居住するに到った人々に関する相続は︑彼ら自身の国の

法律によって規律されるとすれば︑ライアン氏は彼自身の国の法律に従うから︑これらの遺言補足書は検認を受けるに価する︒

シェーネヴァルト博士はまた﹁オランダ法はベルギーとの合併期間中ベルギーで実施されていたけれども︑単なる居住の事実は

そうした人の相続をオランダ法に服させるものでないであろう﹂と供述する︒別の紳士も審問されたが︑殆ど同一の趣旨の供述を

している︒彼は﹁ベルギーがオランダに併合されていた間は︑即ち︑一八一五年から一八三

0

年までは︑フランスのナポレオン法

典が連合王国︵ここは英国ではなくネーデルランド連合王国を指す︶で実施されていた普通法であった︒その法律によれば︑王国

内に住所を設定するのに国王の許可を得た外国人は︑そこに経続して居住する限り︑あらゆる私権を享有する︒ライアン氏に関す

る事件がそうであるように︑その期間中に実施されていたそうした法律によって︑上記のような国王の許可を得なかった外国人

は﹂﹁ことに居住しようと決心した場所たる自治体において︑そこに住所を移しかつ定住する意思をもって︑当該場所に居所を確

定したことを明示的に宣言しなかったときは︑完全な私権を行使できない︑即ち︑私権を行使する権限がなく︑たとえ数年間その

地で生活したとしても︑そうした人たちは外国人であり続け︑死亡するまで居所を有するにすぎないと考えられた︒住所に関して

上記の期間に実施されていた法典の措置は自国民の住所に関係するが︑ネーデルランド連合王国︵フランダースおよびベルギーの

住民を含む︶内に単に居住することによって︑本源住所を失わなかった外国人︑即ち︑国王の居住の許可を得ることなく︑オラン

ダに居住する外国人には関係なく︑その結果︑彼らの相続は同国の法律に服するものではない﹂と言及した︒この証人も最初の証

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であり︑従って夫人の本源住所地も英国であったと認定された︒ 人と同様に︑弁護士としての資格でのその実務的知識から修得した法律上の意見および解釈に基づいて供述した︒

そこで︑ベルギーおよびオランダ両国の分離が行われた一八︱︱

1 0

年までのライアン氏のこれらの遺言書類の作成時期において︑

ペルギーで実施されていたナポレオン法典の実際的な適用と事件処理に熟達しているこれらの紳士の意見に依れば︑外国人たるラ

イアン氏は︑自由な生来のベルギー国民に関する事案が必然的にそうであるように︑遺言の方式および作成に関するベルギー法の

要件に拘束されるとは考えられない︒国王の同国での居住許可を得ずに︑いかに長期間居住していたとしても︑単なる外国人と考

えられる人たちの相続は︑彼ら自身の国の法律によって規律されるのであり︑ベルギー裁判所が判決するよう求められたとき︑ベ

ルギー裁判所はそのことを確認するであろう︒英国で開廷している裁判所はベルギー法に精通した人々の証言に基づいて判決を下

し︑あたかもベルギーにおいて開廷しているかのように判決する︒

それ故︑︵英法上は︶ライアン氏の住所はペルギーにあったと考えられなければならず︑法律上の観点からは本源住所を放棄し︑

意思と行為によって外国住所を取得したにも拘らず︑彼自身の本国によって要求される方式に従って作成されておれば︑住所地で

ある外国はその遺言処分を支持するであろうというのが本官の意見である︒従って︑当法廷は遺言および総ての遺言補足書の検認

状が付与されなければならないと判決する︒訴訟費用は当事者全員の負担とし︑遺産から支払われる︒

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本件原告は母ジャネット・アン・ロス夫人のなした遺言処分にも拘らず︑イタリアに所在する彼女の動産・不動産の半分︑およ

びイタリア以外の場所に所在する動産の半分を受取る権利があるとの宣告を求めた︒原告アレキサンダー・ゴードン・ロスはヘン

リー・ジェイムスとジャネット・アン・ロスの一人息子である︒本件訴訟の目的上︑両親は英国民であり︑その本源住所地は英国

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1)

一八八八年にヘンリー・ジェイムス・ロスは

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G h e r a r d i  

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として知られるフィレンツェの土地と大邸宅を購入し︑買取った日から彼が死亡した一九

0

二年まで︑妻と一しょに暮らした︒こ

の時のヘンリー・ジェイムス・ロスと妻の住所がイタリアであったことに疑いの余地はありえない︒夫の死後もジャネット・ア

ン・ロスは一九二七年八月に死亡するまで

P o g g i o G h e r a r d i

に住み続けた︒彼女は死亡当時八十五歳であった︒彼女はイタリア

以外の場所の全財産を処分する︑英国方式の英語の遺言と二つの遺言補足書を︑またイタリア財産を処分するイタリア語の遺言と

補足書を伴う英国遺言は一九二八年五月被告カロライン・ルーシイ・イサベル・ウォーターフィールドによって正規に検証され

た︒英国遺言および補足書乃至そのいずれの有効性に関しても何ら問題は提起されておらず︑またイタリア遺言の有効性に関して

いかなる問題も提起されていない︒本件訴訟の目的上︑そうした遺言はイタリア法の要件と合致しており︑ジャネット・アン・ロ

スによって︑イタリア法で要求されているような仕方で作成されたと認定されている︒女遺言人は英国とイタリアにかなりの財産

を残したが︑イタリア財産の大部分はフィレンツェの土地および大邸宅であった︒英国遺言処分によっても︑イタリア遺言によっ

てもジャネット・アン・ロスは生起した出来事に即して云えば︑原告である自分の息子に何ものも残さなかった︒なぜなら被告ウ

オーターフィールド夫人とその二人の息子つまり甥たちは女遺言人の死後も生存していたからである︒さらに死亡当時のジャネッ

ト・アン・ロスの住所に関する証言によれば︑疑義を挿むぺき理由は存在せずそのような住所はイタリアであると判決することに

何の造作もなかった︒実際この項目に関して当事者間に争いはなかったのである︒

原告の主張は母ジャネット・アン・ロスの遺言処分にも拘らず︑遺産の二分の一はイタリア法に基づく遺留分

l e g i t i m a p o r t i o  

を構成するという根拠から彼は母の死亡に際し唯一人の子としてイタリアに所在する彼女の不動産の二分の一およびイタリアに所

在するとその他の場所に所在するを問わず︑全動産の二分の一を受取る権利があるというものである︒事実︑弁論中にイタリアの

動産と不動産の間に何の区別もなされなかった︒結局それぞれの種類の財産が同じふうに承継されるのはもっとものことであろう

が︑それでも論理的には︑二種類の財産は別々に取扱われるべきであると考えられるし︑ラクスムアー判事はこのことを提議した︒

(9)

るであろうことが証言により立証されている︒

息子が遺留分

l e g i t i m a p o r t i  

0として遺産の半分を受取る権利があるか否かの問題は︑イタリア裁判所が英法について採る見解

に従って解決されなければならない︒この見解について提示された証言によれば︑女遺言人の財産処分は有効であり︑イタリア財

産の処分のために適切な条項をなしており︑かつ

l e g i t i m a p o r t i  

0としての女遺言人の遺産の一部に対する息子の請求は︑どのよ

うなことがあっても︑彼女がイタリア国民であった場合とは異なり︑決して認められないであろうことは明らかである︒換言すれ

ぱ︑イタリア国民であれば︑イタリア内国法︵実質法︶のもとで受取る権利があったであろう

l e g i t i m a p o r t i o

に対する息子の権

利を除外している女遺言人の遺言の有効性を決定するのに英法が準拠法となるであろう︒

不動産相続は所在地法によって規律されなければならないから︑不動産所在地国法が相続権を決定すべきところ︑不動産が英国

人の所有に属し︑かつ英国に所在していたとすれば︑イタリア裁判所は︑英国裁判所が決定するであろうふうに相続問題に判決す

一 六

両当事者は﹁住所地法が動産相続を規律する﹂ことに意見が一致した︒彼らの間に生起し︑本官が決定しなければならない争訟

は︑﹁住所地法﹂が何を意味するかである︒英法に関する限り︑この言葉は│ー時に﹁実質法﹂ないし﹁内国法﹂と呼ばれる

I

住所地国の国民に適用される︑住所地法のその部分のみを意味するのか︑それとも住所地裁判所によって適用される国際私法規則

をも含める住所地国法の全体を意味するのか︒前者の主張が正当であるとすれば︑本件のような事案に判決しようとしている英国

裁判所は︑住所地国裁判所が特定の事案に実際に判決するであろうことの詮索でなく︑当事者が外国に住所を有する代りに︑その

外国の国民でもあったと仮定したときに︑住所地裁判所が判決するであろうことの詮索に関心をもつ︒他方︑後者の見解が正当で

あるとすれば︑英国裁判所は専ら住所地国裁判所が特定の事案に実際に判決するであろうことの詮索に関心をもつ︒私見によれば︑

後者が英国の諸判決によって設定された正当な見解であって︑法廷で弁論中に引用された︑あるいは本官が見出すことのできた判

英国国際私法判例ノート(H8│1)

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きにのみ断ち切ることができる︒この論議には十分な根拠があるか?

であれば︑そのような場合に英国裁判所は﹁反到を受入れる﹂ことになる︒

0 )

例中に前者の見解を支持しているものはない︒しかし︑この問題を取扱っている最近の判例中に前者の見解に賛意を表明している

付言が存在する︒本官は

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事件でのラッセル判事の付言に言及しているのである︒この事件とその中での付言は後で取

住所地国法とはその国際私法規則をも含めた住所地国法の全体を意味するとの見解に反対する議論は︑もしこれが﹁住所地法﹂

という表現の意味であるとすれば︑論理的に︑﹁本国法﹂という表現の意味もまた︑その国際私法規則をも含めた本国法の全体を

意味するはずであるとの主張に基づく︒もし真実の規則がそのようであれば︑英国裁判所は実際において︑以下のように判決する

に違いないと言われる︒ー・│︵提起された事件に当てはまる具体的な形の議論を挿入すると︶

1

イタリア法は本国法︑即ち︑本

源住所が英国であるとの根拠から︑英法が準拠法たるべきであると規定するが︑英法は住所地法が準拠法であると考えるから︑住

所地法たるイタリア法へさらに逆指定がなされる︒その論理的な結果は一っの法律から他の法律へと前後への限りなき振動であっ

て︑英国裁判所は英国の住所地主義に従って︑事件をイタリア裁判所に逆送致し︑イタリア裁判所はイタリアの本国主義に従って︑

事件を英国裁判所に再び逆送致して限りなく続くから︑その結果は︑幾人かの著者たちによって﹁無限循環﹂と呼ばれてきたもの

の成立である︒この循環は︑もう一度著者たちが採用した言葉を用いると︑相対立する法制度のいずれかが﹁反致を受入れる﹂と

実際にそのことは一体起りうるのか?

本件と対照することによって本官の意図するところを例証しよう︒英国裁判所は︑ジャネット・アン・ロスはイタリア住所を有

して死亡したから︑彼女の動産の分配は﹁イタリア法﹂によって規律されるという規則を堅持しなければならぬことが双方の側で

認められた︒本官の取扱っている命題に関して︑このイタリア法とはイタリア裁判所がジャネット・アン・ロスの事件に適用され

ると判決するであろう法律を意味する︒ジャネット・アン・ロスは英国本源住所を有する英国民であるから︑彼女の国籍を理由と

して︑イタリア裁判所が彼女の動産は英国に住所を有する英国民に適用されるような英内国法に従って分配されるべきであると判

Jれが正当な見解

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決するとすれば︑英国裁判所は恰もジャネット・アン・ロスが実際に死亡時に英国住所を有していたのとまさに同様の仕方でそう

した財産を分配するであろう︒他方︑イタリア裁判所が彼女の動産はイタリア国民に適用されるイタリア内国法に従って分配すべ

きであると判決せねばならぬとすれば︑英国裁判所はイタリア内国法に従ってジャネット・アン・ロスの動産を分配するであろう︒

換言すれば︑英国裁判所は︑イタリア裁判所の現実の管理下に入るであろうようなジャネット・アン・ロスの動産に関して︑実際

にイタリア裁判所が判決するであろうことを確かめるべく努力するであろう︒

本件の弁論の途中で︑本官は多数の先決例に注意を喚起され︑また多数のその他の判決をも考察した︒私見によれば︑先決例の

一般的な動向は︑常にそうとは限らないにしても︑概して﹁住所地国法﹂によって住所地国裁判所によって適用される住所地国法

全体を意味してきたこと︑および既に言及した付随的意見の例外はあるものの︑反対の判例は存在しないことを確証している︒書

物中の最も初期の判例は

C ol l

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v .   R i v a z

である︒英国民であるライアンなる者がベルギー住所を有して死亡した︒彼は英法上要

求される方式に相応じて作成された若干の遺言書類を残したが︑ベルギー地域法︵実質法︶の要求する方式に相応じていなかった︒

ベルギー裁判所は︑もし有効性の問題に判決するよう求められたならば︑遺言書類は遺言人の本国法によれば有効であったとの理

由で︑これを支持するであろうことが︑必要な専門鑑定人の証言によって立証され︑ハーバート・ジェンナー卿はその判決中で次

﹁しかし︑異議を申立てられているこれら遺言補足書が︑その作成された諸般の情況下で︑ベルギーにおける遺言処分の有効性

に宣告しなければならぬ裁判所の認可を受けうるような方式で作成されているかどうかの問題が決定されるべく残される︒けだし︑

ライアン氏は住所をもつベルギーの臣民であり︑従って必然的にベルギー法がそれ自身の生来の国民に要求する一切の方式に服す

る︑ということにはならないからである︒あらゆる国家は︑いかなる情況下で財産処分を許可するかとか︑契約がどのような性質

であろうとも︑そうした契約が生来の︵国民たる︶人々でなく︑継続的居住により臣民となった人々︑即ち︑現実のベルギー国民

を構成するのに必要な完全な権利を特定の当局から得ることなく︑ある情況下で居住するに到った外国人によって締結されるかを

英国国際私法判例ノート

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1)

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規定する権利を有することに疑いの余地はありえない︒あらゆる国家は︑どの程度まで一般法がそれ自身の生来の国民および他国

の国民に適用されるべきかを規定する権利があり︑それを決定するために英国で開廷している裁判所は︑本件の特定の情況下でそ

問題を決定するために英国で開廷している裁判所はそれ自体をベルギーで開廷していると考えなければならない︑即ち︑英国裁

判所はベルギー裁判所が英法についていかなる見解を採るかを調査することに関心をもつのであり︑英法についての英国裁判所自

体の見解がいかにあるぺきかを考察するのが裁判所の義務であると提案されたことは決してなかったというのが︑ハーバート・

ジェンナー卿の判決全体を貰く根拠である︒

C o l l

i e r

v .  

R iv a

z

の帰結はもし英国裁判所がベルギー裁判所によって適用されまた承

認される国際私法規則を念頭におくことを拒み︑単にペルギー国民に適用される通常のベルギー地域法︵実質法︶を適用したとす

れば到達されえなかったであろう︒

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ではトルコに居住する英国民によってなされた遺言の有効性に関する問題が生じた︒遺言は英内国法の要求

する方式でなされていた︒死亡当時の遺言人の住所いかんという問題が討議されたが︑裁判所はこの問題に判決する必要はないと

考え︑ハーバート・ジェンナー卿に代って開廷しているラシントン博士は以下のように言及した︒

﹁しかし︑この審問︵即ち住所に関する審問︶は︑この個人の相続に関して英本国法とトルコ法が結局は同一であるということ

になれば︑不必要となるであろう︒けだし︑相続準拠法に該当するような住所地法という場合には︑当法廷は一般法でなくて︑住

所地国が考慮中の特定の事件に適用する法律を意味するからである︒そのような法律は

C o l l

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v .  

R iv a

z

の事件で例証されたよう

に住所地国の生来の国民に適用されるものとは全く相異るであろう︒その事件で︑遺言人はベルギーに住所を有して死亡した︒し

かし︑ベルギー法によれば︑当該事件での相続は︑生来の国民に適用されるべきベルギー法によって規律されるのでなく︑ベル

ギー住所を有して死亡した英国生れの臣民に適用されるベルギー国の法律によって規律された︒﹂

本官はまさにこの前掲の付随的意見のためにこの事件を引用した︒けだし︑現実の判決は連合王国とトルコ間に現存するある条 れ自身をベルギーで開廷していると考えなければならない︒﹂

(13)

0

約の適用可能性にかかり︑反致問題に関する判旨は存在しないからである︒

F r e r

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F r e r e

ではカンタベリー大司教検認裁判所は︑遺言当時および死亡当時マルタ住所を有していたフッカム・フレール判

事殿の遺言が英国方式で英国で作成され︑マルタ地域法の要件に合致していなかったのに︑その遺言の無効宣告を拒否した︒この

判決の根拠は︑裁判所に提示された証言に依れば︑マルタ住所を有する人によってマルタ国外でなされた遺言が︑行為地法の形式

的要件に相応じていたときは︑マルタ裁判所が無効と見倣すであろうと立証するものは何も存在しないというものであった︒

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F r e e m a n

では英国民がフランスに事実上の住所を有して死亡した︒彼女はフランスで英国方式の遺言を作成した︒

遺言は︑その大部分が英国に所在していた動産を取扱っていた︒女遣言人はフランス政府からフランス住所取得の許可を貰ってい

なかった︒ジョン・ドッドソン卿は女遺言人はフランスに事実上の住所を有していたけれども︑彼女の相続および遺言作成方法に

影響するようなフランス住所を確定するためには︑彼女の住所がフランス政府の許可によるものであることが必要とされる︒裁判

官のジョン・ドッドソン卿は自分は

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Rivazに追随すると明言した︒判決は枢密院で破棄された︒枢密院判決はウェンス

レーデール卿によって言渡され︑その判決中で法廷に提起された問題は二つあると言及された︒最初の問題は住所に関係していた︒

第二の問題は︑死亡当時の住所地の内国法によれば︑遺言は有効と宣告されるということが確定されてきたかである︒第一の問題

に関して︑フランス政府による許可はなかったけれども︑女遺言人はフランスに事実上の住所を有していたと判決され︑その結果︑

第二の問題は︑フランスに事実上の住所をもつ人の場合に︑英国方式の使用がフランス内国法によって容認されるか否かであった︒

ウェンスレーデール卿の判決の要旨は︑女遺言人はフランスに事実上の住所をもって死亡したから︑彼女の遺言の有効性はフラン

ス法によって決定されるぺきであるというものである︒判決は第一の問題を発生させたナポレオン法典第一三条の二つの択一的解

釈を取扱っている︒フランス法は住所を有しているが許可をえていない人には対しては遺言処分をする権利を含めて私権を拒否す

るというのが︑取扱われた最初の解釈である︒この解釈につき︑ウェンスレーデール卿は二つの事案を考察しなければならないと

所在地のいかんを問わず︑拒否が一切の動産に適用されると想定せよ︒この場合には︑女遺言人は住所地法たるフ

英国国際私法判例ノート

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8

1)

(14)

いうきっぱりした意見である︒﹂

ランス法によって︑全く遺言をする権利を失い︑審理に付されている遺言は無効である︒また⑯

いる動産にのみ適用されると想定せよ︒それでも︑遺言が何らかの効果をもっためには一般規則によった住所地の方式でなされ︑

その方式の要件に合致するものでなければならず︑さもなければそれは証拠と認められない︒取扱れた第二の解釈は︑ナポレオン

法典第二二条の趣旨はいかなる目的の住所であっても許可なくしては取得されえないとフランス法は主張しているかである︒ウェ

ンスレーデール卿はフランス判例とフランスの著者たちの意見を考察した後に以下の結論に到達した︒彼の判決から引用すると︑

そこではこのように言及されている︒﹁概括的に︑フランス法についてのこの証拠をすべて調査して︑枢密院裁判官たちは︑相続

を規律する住所をもつ目的よりすれば︑フランス皇帝の許可が必要とされるところ︑この目的よりする法律上の住所は明白に立証

され︑その結果︑女遺言人がいやしくも遺言をする権利を有していたとすれば︑この方式の遺言は無効であるとは確証されないと

この判決はフランス法が許可なくしてフランスに住所を有する外国人のための相続規則を有し

ていた事実の承認に関係し︑かつ結論的にはフランス裁判所が事案に判決したであろうように事件を取扱った︒本官は詳細にこの

判例を参照した︒何故なら︑英国裁判所は︑住所地国法なるものが意味するものを住所地国が同国に居住するそれ自身の国民に適

用する住所地国の地域法︵実質法︶に限定されるように︑問題に判決すぺきであるとの議論をその判例が支持していると︑原告の

ためにジェラルド・ハースト卿が主張したからである︒私見によれば︑

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の検討中で述ぺた理由から︑この判

決はジェラルド・ハースト卿の弁論を支持するのでなく︑実際にそれに反対するものである︒けだし︑この判決の根拠はフランス

裁判所が適用ありと判決したであろう法律に関する英国裁判所の認定に基づくからである︒

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の判例もまたジェラルド・ハースト卿によって依拠された︒私見によれば︑その趣旨は一切の実際的な目的

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nと同様である︒問題はナポレオン法典によって要求される官許をえないでフランスに事実上の住所を

有していた英国人の無遺言相続に関するものであった︒ペイコン副大法官は︑当該事件の諸情況において︑被相続人はフランス法

によればフランスに民事目的上の住所を取得することができ︑彼の相続はフランス法によって規律されると判決した︒

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Jの拒否はフランスに所在して

(15)

所はサルデニア法に従って事件を処理しなければならないとした︒ ス法が事実到達したであろうと裁判所が判断する結論を足掛りとして判決を言渡した︒

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では︑反致問題は何ら生じなかった︒裁判所は相続問題が外国法へ送致される場

合には︑その外国法の全体︑この特定の事件ではフランスの法律全体が考慮されるぺきであるとの規則に基づいて行動し︑フラン

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でも問題はやはり相続に関係していた︒遺言人は当時サルデニア王国の一部を形成していたゼノアで

生まれた︒彼は人生の早い時期にプラジルに渡航し︑一財産を得た後に︑プラジルを立去り永続的にゼノアに帰還する決心をした︒

彼は財産について何の遺言処分をすることなく︑帰郷途中で死亡した︒幾人かの子供たちはプラジル在住であり︑他の子供たちは

ゼノアに居住していた︒数ある財産の中で︑彼は英国に動産を所有していた︒一八五九年に︑英国検認裁判所は後見人としてプラ

ジル裁判所で選任された人の代理人に遺産管理権限を付与した︒遺言人の死亡当時の住所に関してプラジル政府とサルデニア王国

との間に論議が生じ︑その結果︑プラジル政府は遺産管理と後見に関するすぺての請求を撤回した︒一八六二年にプラジル後見人

の代理人に有利な先の管理状付与の無効と︑バヒアのサルデニアの弁護士に有利な新しい遺産管理状の付与を求める申立てが英国

検認裁判所に対してなされた︒チャールス・クレスウェル卿は二国政府間の取極めに関して何らの考慮も払わず︑窮局的に遺言人

がプラジルで取得した住所を部分的に放棄したから︑本源住所が復活するとの理由で先の管理状付与を無効とし︑その結果︑裁判

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において︑ジョン・ハネン卿は恐らくフランス住所を有する英国人の遺言の検認を許可した︒遺言は

フランスで英国方式でなされ︑フランス内国︵実質︶法によって許される方式で作成されていなかった︒遺産管理状の付与は一方

の当事者の申立てにより︑また﹁英国において英国人によって作成された遺言に有効性を与えるのに英法上必要とされるような方

式のものであれば︑フランスでなされた英国民の遺言であっても︑フランス法によって有効とされよう﹂との宣誓供述書による証

言に基づき付与された︒この判決の根拠は﹁遺言は︑それがなされた場所の法律によって要求される方式に従ってなされていると

きは﹂﹁英国においても有効である﹂というキングスダウン卿の法案︹一八六一年の遣言法第一条︺の規定を﹁行為地裁判所が所

英国国際私法判例ノート

( H 8

1)

(16)

与の事件に適用されると見倣す法律﹂へ送致しているものと解する︵英国︶裁判所の解釈であった︒

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では︑フランス住所を有して死亡したスイス国民の財産の相続に関して問題が生じた︒原告はスイス裁判所に訴訟

propositus

スイス裁判所は原告勝訴の判決を下した︒スイス判決の執行および先祖の遺産はフランス法に従って管理されるぺきであるとの宣

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﹁これらの判例から引出される規則は以下のように思われる︒即ち︑被相続人の遺産につき権利を有すると主張している当事者

は被相続人の住所地国裁判所へ頼って行くよう拘束されはしないけれども︑また英国裁判所が外国住所を有する被相続人の遺産を

管理するよう求められることはあろう︒そのような場合に︑住所地法に依れば何びとが当該遺産につき権利を有するかを能うる限

り確定せねばならぬ義務はないだろうが︑住所地裁判所によって︑権原についての裁定が既になされていた場合には︑そうした裁

定は英国裁判所を拘束し︑英国裁判所はそれに従わなければならない︒この規則が本件に適用されると主張される︒実際に遺言人

の住所はフランスであったことが認められるが︑フランス法によれば︵被告自身の証人が供述したように︶相続権は被相続人の国

籍に依拠する︒その国籍はスイスであったといわれフランス

1 1

スイス間に一八六九年条約があるために︑相続はチューリッヒ裁判

所によって決定されることとなり︑同裁判所は原告勝訴の判決を下した︒遺言人の国籍がスイスでなければ︑この弁論の盛あがり

が今︱つであったことは明らかであり︑これが審理においてかなりの論議の対象となった点であり︑かつ綿密な検討の要求される

点である﹂と言及した︒

判事は証拠からある結論を引出し︑原告の父ー即ち遺言人は死亡当時スイス国民であり英国民ではなかったと判決した︒そして

﹁そこで死亡当時の遺言人の国籍がスイスであったから︑遺言人の住所地法によれば︑チューリッヒ裁判所は遣産相続権につい の判例から引用した後に︑スターリング判事は︑

(17)

て判決する管轄権を有する裁判所であって︑事実同裁判所は被告の要請に基づき︑

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裁判所によってそのようなものとし

て認められてきた︒そうであるから︑本官は

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において裁判所が有していた利益と同様の︑即ち︑英国裁判所

に訴訟を提起している当事者の主張は︑遺言人の住所地法によれば︑彼らの権利について判決すべき適切かつ権能ある裁判所に︑

現実に提起されまた判決されていたという利益を得ている︒これらの裁判所は本件訴訟の目的物を構成している遺言人の動産の十

分の九について権利があると判決したが︑

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C r i s p i n

において設定された原則に従い︑本官はこれらの判決によって拘束

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で決定されるべき問題はカルディア・カトリックの一信徒であり︑トルコ本源住所を有していたが︑

死亡当時はカイロに永続的居所を取得し︑かつ保護領の英国民の身分を有していた遺言人の動産相続に関するものであった︒遺言

人は旧トルコ帝国内の自治領に住所を有して死亡し︑独特の枢密院令によって英国検認裁判所によって遵守されてきたのと同一の

原則に服するよう拘束されるコンスタンチノープルの領事裁判所が︑トルコ住所を有するカルディア・カトリック社会の構成員の

相続を規律するトルコ法が︑被相続人の遺言をなす権利を考察し︑かつ彼の人的財産を分配するに当って準拠されると判示したの

は正当であったと︑枢密院で判決された︒現実の判決に関する限り︑反致問題は何ら生じなかったが枢密院の判決を言渡したワト

ソン卿は︑もし事件が反致事件であったとすれば︑どのように事件が処理されたであろうかについて指示した︒関連する判決文の

一節はワトソン卿の表現によれば以下のようである︒(13

A p p . a   C s a t   p .  

443) 

﹁上告人側弁護人によって提示された別の第二の方法は︑夫は旧トルコ帝国法によれば事実上︑もしくは︑いずれにしてもトルコ 国籍を失い︑英国女王の臣民となったというものである︒その政治的身分の変化は以下のいずれかの結果を伴うと言われる︒即ち︑

彼の民事的身分は英国住所を有する英国人の身分となるか︑あるいは彼の住所がバグダットにあると仮定すれば︑トルコ裁判所は︑

彼の遺産を管理するに当って︑本国法としての英法に譲歩することになる︒彼が外国の保護下におかれた結果︑旧トルコ帝国は被

相続人を民事的にも政治的にも保護下においた権力の法に従わせると仮定しても︑そのことは単に彼の国籍があたかも英国籍であ

英国国際私法判例ノート(H8│l)

(18)

に次のように言い続ける︒ が彼女の動産相続を規律するというものである︒

る場合と同じ権利を彼に与えるに過ぎず︑住所の領土法は依然として遺言をする能力および遺産の分配に適用されるであろう︒﹂

この事件は本件原告弁護人が自分の弁論を支持するとして依拠したから︑本官が引用したものである︒私見によれば︑上記の理

由から︑この依り所には十分な根拠はない︒思うに﹁住所地の領土法﹂という言葉は莫然とした意味に用いられており︑そのよう

な住所地国の国民に適用される狭義の住所地国法の意味に用いられていないから︑この意見は純粋に中立的である︒

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事件は﹁反致﹂という言葉が明白に使用されている最初の判例である︒事実は簡単にいえば次のようである︒一八九

四年に本源住所をマルタとする英国人マリー・エリザベス・ジョンソンなる者がバーデン住所を有し無遺言で死亡した︒彼女は同

地に帰化しなかったし︑その事件の証言は︑バーデン法によれば︑財産相続は本国法によって規律されることを確証していた︒彼

女は英国とバーデンに動産を残した︒ファーウェル判事は英国所在の動産はマルタ法に従って分配されるぺきであると指示した︒

判決は別の二つの根拠に基づいている︒第一に︑英法によれば︑人は外国法に従って同地に住所を取得したのでなければ︑その外

国に選定住所を取得することは不可能である︒従って︑この特定の事件で︑バーデン法は住所がマリー・エリザベスジョンソンの

身分に何らかの法律上の効果をもつと認めるのを拒否するから︑動産相続は本源住所地法︑即ちマルタ法に従って決定されなけれ

ばならない︒住所に関する英法についてのこの見解は他の諸判決と両立せず︑ラッセル判事はアネスレー事件において︑それに追

随することを拒否した︒第二の判決理由はマリー・エリザベス・ジョンソンは死亡当時バーデンに住所を有しており︑バーデン法

バーデン法によれば︑エリザベスの財産中彼女が遺言によって処分しなかった部分に対する法定相続は︑死亡当時に彼女が国民

であった国の法律によって規律されることが︑事件の当事者を拘束する証明書によって認定された︒ファーウェル判事は以下のよ

うに言及する︒︵︹1903

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83 0)

 ﹁国籍に従つて分配するという規則をパ

1

デン裁判所がどのように解釈するかについて0

述べるのは本官ではない︒﹂思うに︑それはバーデン法の解釈はバーデン裁判所のなすべき事柄であるとの趣旨であり︑判事は更

(19)

﹁証明書中の認定は︑バーデン法によれば︑動産は尊属の国籍に従って分配されるぺきである︒バーデン裁判所が現実に管轄権を

拒否したであろうと判決する理由は既に説明した︒しかし︑たとえそうでないとしても︑違った方法で同一の結論に到達したであ

ろう︒バーデン裁判所は尊属の国籍を尊重するといわれる場合︑このことは同裁判所はその尊属本人が所属している︑換言すれば

彼がその国民である国の法律に従って分配することを意味すると本官は理解する︒﹂

この第二の理由を根拠とすれば︑判決は本官が既に言及した諸判決で表明された見解に合致している︒即ち︑住所地国の法律と

は検討されるべき特定の事件の諸事実を考慮して住所地国裁判所によって適用されるような法律である︒

この問題を取扱っている真近の記録判決は

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であり︑既に言及した︒その事件で︑ラッセル判事は

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決にも論議を尽くした後︑住所問題に関する限り︑

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n 判決に従うことを拒否し︑提起された事件の被相続人は無期限の居住

の意思と結合された長年の継続的居住によってフランスに事実上の住所を取得していたと判決し︑彼女は英国住所を放棄する意思

は決してなく︑民法典第十三条その他のもとでフランス住所の確定や帰化の申請をすることは全くなかったと宣明していた被相続

人の遺言中のある条理を根拠とした異議の申立を棄却した︒これに加えて︑判事はフランス法に関する証言を考察した後︑フラン

ス法は英法からの反致を受入れ︑被相続人の遺言処分にフランス地域法を適用するというのが正当な見解であると結論し︑これに

続いて︑被相続人はそうした遺言処分によって英国の人的財産およびフランス動産の三分の一を処分する権限を有するにすぎない

と判決した︒記述しておくべきことは︑遺言およびその補足書は共に英国方式で作成されたものであって︑一八六一年の遺言法の

もとで有効であるということである︒ここまでで準拠法に関する現実の判決は本官が引用した他の先決例に合致する︒けだし︑

ラッセル判事は︑実際︑準拠法はフランス裁判所によって適用されてきたような法律であると判決した︒換言すれば︑問題を考察

し︑解決するに際して自らをフランス裁判所の立場に置いたのである︒判決の過程で彼は下のように述べた︵︹1926

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70 8)

これらの情況において︑法廷に喚問された専門鑑定人の証言を慎重に考慮した後︑フランス法に依拠すれば︑本国法によれ

ばフランス住所を有し︑また同国法によればその財産は住所地国法に従って運用されなければならない外国人たる被相続人の動産

英国国際私法判例ノート

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1)

一 七= ︱

参照

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), Principles, Definitions and Model Rules of European Private Law: Draft Common Frame of Reference (DCFR), Interim Outline Edition, Munich 200(, Bénédicte Fauvarque-Cosson

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