就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一 考察(2) : ドイツにおける事業所協定変更法理を素 材に
著者 篠原 信貴
雑誌名 同志社法學
巻 59
号 6
ページ 395‑541
発行年 2008‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011373
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶三九五同志社法学五九巻六号
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察 ︵
2 ︶
︱ドイツにおける事業所協定変更法理を素材に︱
篠 原 信 貴
第二章 ドイツにおける事業所協定変更の法理論 本章では︑日本における就業規則の不利益変更に関する問題についての示唆を得るため︑ドイツの事業所協定変更に
関する議論︑特に公正審査についての議論を検討する︒
本稿は︑日本における就業規則の不利益変更に関する問題の中で︑特に多数者と少数者の利益の対立という側面をど
のように考えるかという点を課題とするものであり︑具体的には多数労働組合の合意の位置付けと相対的無効論を検討
の対象としている︒本稿で比較法の対象とするドイツにおいては︑事業所レベルでの労働条件規制手段である事業所協
定があり︑これは従業員代表たる事業所委員会と使用者との共同決定によるものであるため︑同じく事業場レベルの規
︵二八〇七︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶三九六同志社法学五九巻六号
制である日本の就業規則が︑多数組合の同意を得て変更される場合という本稿の関心と類似する点が多い︒特に︑従業
員代表との合意の上で定められた事業所協定の変更にはどの程度裁判所が介入するべきか︵抽象的公正審査︶︑事業所
協定による労働条件の変更が全体として公正な変更であるとしても︑個別労働者の特別の不利益を緩和すべき事態は生
じないのか︵具体的公正審査︶︑という二つの問題は︑日本での就業規則の不利益変更の問題を検討するにあたり︑参
考になるものと思われる︒
第一節 ドイツの事業所協定による労働条件決定システムの概観 ドイツにおける集団的労働条件の規制手段は︑労働協約と事業所協定である︒
ドイツにおいては︑産業別に組織された労働組合が労働協約を締結し︑これにより労働条件規制がなされている︒ま
た同時に︑事業所ごとに労働者の代表が事業所委員会を結成し︑事業所協定を締結することにより︑事業所ごとの規制
も行われている︒
集団的労働条件決定の第一の柱である労働協約の効力は︑基本的には組合員にのみ及ぶものである︒しかし︑現実に
は︑協約当事者となった使用者が︑組合員以外にもその条件を適用しようとすること︑使用者団体に加入していない使
用者も︑しばしばこのような協約の条件を採用すること︑労働協約の一般的拘束力宣言により︑協約の適用範囲が拡張
されることがあること︑協約を引用した労働契約︑事業所協定などの形式がありうること等を考えると︑協約は組合員
を超えて︑かなり広い範囲の労働者への影響力をもつものであるということが言えよう︒しかし同時に︑労働協約は産
業別であるために︑必ずしも個々の事業所における個別事情に適した規制をなし得るものではなく︑広い範囲での最低
労働条件としての基準を設定するものとなっている︒ ︵二八〇八︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶三九七同志社法学五九巻六号 の理由で特に規制する必要のない個々の労働関係にまで労働協約の効力が及んでしまう可能性があるのに︑労働協約 このことは︑協約の労働条件が︑例えば経済状態の良くない使用者との関係にとっては高すぎたり︑あるいは何らか
は︑必ずしもそのような個別的な事情に対応できるものではないこと︑また逆に︑協約が一般的な最低労働条件を規律
するに留まってしまうため︑個別の使用者との関係でもっと高い労働条件を設定しようとする場合でも︑そのような個
別的な事情を協約に反映させることは困難であり︑協約の基準が硬直化する恐れがあることを意味している︒
第一の問題は︑後述するように︑協約が開放条項を定め︑事業所レベルで事業所協定に︑労働条件設定を委ねること
により︑個々の事業所レベルでの柔軟性を確保することで解決される︒また第二の問題も︑個別契約によってはもちろ
ん︑事業所協定によっても解決される︒労働協約と事業所協定は規制対象が異なり︑例えば賃金に関しては労働協約が
定めることになっているが︑付加給付などを事業所協定が定めることは可能であるので︑現実には事業所協定により労
働協約の労働条件の上積みがなされうるのである ︵
︒ 1︶
なお︑このような硬直化は法律についても考えられる︒ドイツ法はその解決を協約に委ね︑いくつかの法律の規定や
判例法について︑協約でこれを下回るような労働条件を定めることを認めている︒こうした法は﹁協約に開かれた法﹂
と呼ばれているが︑それは労働協約だけに設定されており︑事業所協定には設定されていない︒
以上のように︑ドイツにおいては労働協約と事業所協定は並存しつつ︑同時に協約の上に事業所協定が設定されると
いう図式で存在し︑二元的に労使関係を規律している︒
一 事業所委員会
ドイツにおける事業所レベルにおける労働条件規制手段は︑基本的に事業所協定︵
Betriebsvereinbarung
︶であり︑︵二八〇九︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶三九八同志社法学五九巻六号
事業所組織法︵
Betriebsverfassungsgesetz
︵︶により規整されている 2︶︵
︒この事業所協定は︑強行的直律的効力を有し︑そ 3︶
の効力は事業所の全労働者にまで及ぶ︒事業所協定の労働者側の当事者が事業所委員会︵
Betriebsrat
︶である︒企業が複数の事業所で構成され︑複数の事業所委員会を有する場合には︑企業あるいは企業内の数箇所の事業所に関わりがあ
り︑個々の事業所委員会がその事業所内で対処し得ない問題を取り扱うため︑中央事業所委員会︵
Gesamtbetriebsrat
︶が組織されることがあるが︑これはその固有の権限の範囲内で活動するものであり︑個々の事業所委員会に対して上位︑
あるいは下位に位置するものではない︒また︑一つの支配企業と一つあるいは数個の従属企業とが統一的な指揮の下に
統合されているコンツェルンでは
︑これに属する中央事業所委員会の議決により
︑コンツェルン事業所委員会
︵
Konzernbetriebsrat
︶が設置されることがある︒このコンツェルン事業所委員会も︑個々の事業所委員会︑あるいは中央労働委員会と上位︑あるいは下位に位置するものではなく︑コンツェルン単位で規制すべき事項についての問題を取
り扱う ︵
︒ 4︶
事業所委員会は通常五名以上の労働者が雇用され︑三名以上が被選挙権を持つ事業所において︑労働者の求めに応じ て設置される︵
BetrVG
第一条︶︒その委員は事業所に所属する労働者によって選出され︑委員の人数は事業所における労働者数五名以上二〇名以下の事業所での一名を最低として︑事業所の規模に応じて増加する︵九条︶︒
この事業所委員会は︑使用者と協働を行うためのさまざまな参加権︵
Beteiligungsrecht
︶を持つ︒それは対象の点から︑労働条件の基本的な部分に関わる社会的事項︑人事計画︑解雇︑配点など人事に関わる人事的事項︑そして販売や投資
計画等の企業の運営に関わる経済的事項の三つに区分される︒また︑参加権は︑具体的な問題ごとに︑使用者に対し情
報の提供を求めることができる情報権から︑使用者と事業所委員会が共同で決定を行う共同決定権まで︑その強度には
いくつかの段階が定められている︒たとえば人事的事項に分類される人事計画の策定に関しては情報権が認められてい ︵二八一〇︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶三九九同志社法学五九巻六号
るが
︵九二条︶
︑社会的事項に関するいくつかの事項は
︑共同決定権が定められている
︒この社会的事項に関して
︑
BetrVG
は共同決定されるべき事項として︑八七条で労働時間や賃金制度︑福利厚生などを挙げる︒これらの問題では︑使用者は事業所委員会と共同決定を行い︑事業所協定を締結しなければならない︒このような事項は強行的共同決定事
項と呼ばれる︒一方︑これ以外の諸条件についても︑当事者が望めば︑あらゆる事項に関して任意に合意し︑事業所協
定を締結することが出来る︒八八条では労働災害や衛生上の問題を防止するための付加的な措置や社会施設の設置など
の事例を挙げるが︑これらは例示的に挙げられてあるものと解されている︒このような事項は︑任意的共同決定事項と
呼ばれる ︵
︒ 5︶
このように事業所委員会は︑使用者と協議し︑問題によっては共同で決定を行うが︑労働組合とは異なって︑争議行
為を行うことができない︵七四条二項︶︒両者の間で紛争が生じたときには︑その解決は仲裁委員会や裁判所に委ねら
れる事になる︒これは︑
BetrVG
が協働の原則を定めていることと関係している︒協働の原則とは︑両者は現行の労働協約を遵守し︑事業所を代表する労働組合及び使用者団体との協力の下に︑労働者と事業所の福祉の為に︑互いに信頼
し︑協働しなければならない︵二条一項︶とする原則であり︑この原則は︑事業所単位の組織である事業所委員会は︑
使用者との利害の対立する場面においても︑同時に企業の繁栄という点において共通する利益をも有しているという事
業所内パートナーシップの思想と結びついているものである ︵
︒このような原則の下で︑使用者と事業所委員会は︑定期 6︶
的に協議を行わなければならないし︑問題が生じたときには︑常に︑まず相互に調整を試みなければならない︵七四条
一項︶︒これが失敗した場合にはじめて︑仲裁委員会や労働裁判所への申し立てが問題となる︒また︑使用者と事業所
委員会は︑共に事業所の平穏を保持すべき義務を負い︵七四条二項二文︶︑政党活動も禁止される︵七四条二項三文︶︒
このように︑使用者と事業所委員会は︑事業所における利益の調整者であり︑同時に企業の繁栄のための協力者でもあ
︵二八一一︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇〇同志社法学五九巻六号
る︒こうした姿勢の一貫として︑争議行為も禁止されているのである︒
争議行為が禁止される一方で︑事業所委員会は︑さまざまな法的な保護を受けている︒例えば事業所委員会の委員は︑
労働時間中にその職務を行うことができ︑賃金減額を受ける事はなく︵三七条二項︶︑事業所委員会の活動にかかる費
用は︑使用者がすべて負担しなければならない︵四〇条一項︶︒委員に対しては︑その活動を妨害し︑その活動の故を
もって不利益に取扱い︑または優遇することは禁止されており︵七八条︑一一九条一項二号︶︑任期中及び任期後の一
年間の報酬は保障されている︵三七条五項︶︒さらに︑解雇制限法一五条以下により︑事業所委員会の構成員は︑事業
所閉鎖の場合などを除き︑任期中及び任期後の一年間について︑解雇︑及び変更解約告知から保護されている︒
以上のように︑事業所委員会は︑争議権を持たない代わりにさまざまな法的保護を受け︑使用者と事業所内のパート
ナーとして︑その参加権を行使して活動するのであり︑この事業所パートナーの間で締結される共同決定権の法律上の
行使手段が︑事業所協定である︒
二 事業所協定
事業所協定の適用範囲は︑管理職員︵
Leitende Angestellte
︶を除く当該事業所の全労働者であり︵五条︑同条二項︶書面により締結され︑強行的直律的効力をもつ︵七七条四項︶︒
従前の事業所協定により定められた労働条件を事後的に新たな事業所協定の締結により引き下げることは可能であ
る︒ドイツでは︑事業所協定は労働契約の外から労働条件を規律する︵外部規律︶と解されているので︑事業所協定で
定めた労働条件を事業所協定で引き下げる場合には︑﹁後法は前法を廃する﹂との原則が適用されて︑労働者は新たな
規定により拘束されることになる︒ ︵二八一二︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇一同志社法学五九巻六号 引き下げることはできないと解されている ︵ は︑明文の規定はないものの︑労働協約と同じく有利原則の適用があり︑有利な個別契約上の労働条件を事業所協定で 一方︑従前の規制が労働契約であった場合には︑事業所協定によりこれを引き下げることはできない︒事業所協定に
︒すなわち︑事業所協定で定められた条件よりも有利な条件を︑個別的に労 7︶
働契約で定めることは可能であるし︑こうした有利な条件は︑事後的に事業所協定によって引き下げられることはない︒
ただ︑後述するように一般的労働条件については議論がある︒なお︑判例によれば︑事業所協定は公正審査に服する︒
したがって︑事業所協定︑あるいは契約上の一般的労働条件により定められた労働条件を︑事後の事業所協定で引き下
げることが有利原則上認められたとしても︑これがそのまま効力をもつとは限らない︒
次に︑労働協約と事業所協定の関係であるが︑労働協約と事業所協定とは規制対象が異なっており︑その意味では有 利原則という問題は生じない︒事業所協定の規制範囲は︑労働協約と衝突する範囲で︑協約が優先する︒
BetrVG
は︑労働協約で通常定められる賃金その他の労働条件は事業所協定で定めることができない︵七七条三項︶と規定し︑賃金
のような主たる労働条件に関しては労働協約で定めるものであり︑事業所協定で定めることができるのは︑付随的労働
条件であるという区分を行っている︒また︑任意的共同決定事項についても︑法律及び労働協約に定めがない場合にか
ぎり任意的共同決定が行われる︵八七条一項︶とされており︑労働条件規制に関する協約優位の原則が明らかにされて
いる︒ しかし一方で︑労働協約が補完的事業所協定の締結を認めているときはこの限りではない︵同条同項但書︶と定めら れており︑労働協約が自ら事業所協定により補われることを認めている開放条項︵
Öffnungsklausel
︶を定めているときには︑この領域における事業所協定による規制が認められている︒ドイツの産業別組合が締結する労働協約は︑基本的
にはその産業の範囲に適用されるべき労働協約を締結するので︑その適用範囲の広さのゆえに︑その条件はしばしば最
︵二八一三︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇二同志社法学五九巻六号
低労働条件を規律するにとどまり︑事業所レベルにおいては十分な対応がなされえないという事態が生じる︒そこで︑
事業所レベルにおいては︑この開放条項を使用して︑労働協約において基本的な枠組みを定めておき︑個別具体的な種々
の規制については︑その具体化を事業所協定に委ねるといった手段により︑個々の事業所の実情にあった規制が行われ
ることがありうる︒余力のある使用者は︑事業所協定よって定める社会的給付の提供︑たとえば企業年金という形で︑
より有利な労働条件を提供することによって︑労働力の確保︑士気の向上などを図ることもある︒労働協約とは有利原
則の問題が生じないとは言っても︑このような形をとる場合には︑事業所協定の締結により︑協約が定めた基本的な枠
組みを外れるような労働条件を定めることは許されない︒事業所協定は労働協約に定められた枠組みの中で労働条件設
定が許されるに過ぎず︑その意味では労働協約を不利益に変更することはできない︒
三 小括
ドイツにおいては︑産業レベルでの労働協約と︑事業所レベルでの事業所協定が二元的に労使関係を規律している︒
労働条件規制の第一の手段は労働協約であるが︑労働協約は広く最低労働条件として機能するため︑その条件はある程
度硬直化することが予想され︑これに柔軟性を持たせるための措置として︑本来労働協約の規制範囲内の事項について
も︑協約自らが開放条項を定めた場合には︑事業所協定により事業所ごとの規制が行われ得ることになっていた︒また︑
法は︑やはりその硬直化を回避するため︑労働協約についてのみ︑一定の範囲で協約に対して﹁開かれた法﹂を設定し︑
その領域での法の定める労働条件を下回るような労働協約を許容していた︒
一方事業所協定は︑一方的決定である日本の就業規則とは異なり︑労働者の代表によって組織されている事業所委員
会と使用者との取り決めであった︒この両者は協働の原則により事業所内におけるパートナーとされ︑事業所委員会は ︵二八一四︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇三同志社法学五九巻六号 定で変更する場合と︑異なるレベルの規制の変更として︑労働契約を事後的に事業所協定で変更する場合が考えられる︒ おいて変更が可能なのであろうか︒同一レベルの規制の変更として︑事業所協定で定めた労働条件を事後的に事業所協 適用される事項をその対象としている︒それでは︑このような規制の変更の必要性が生じたとき︑どのような範囲内に この事業所協定は︑事業所レベルでの規制手段であり︑労働時間や賃金制度︑あるいは企業年金など︑事業所一般に 争議行為を行うことができない反面︑さまざまな法的保護を受けるのである︒
第二節 事業所協定と有利原則 労働協約に対しては︑有利原則が明文で定められている︵TVG条三項︶︒事業所協定に対しては︑このような明文
の規定はないが︑通説はやはり有利原則の適用があるものと解している︒したがって︑有利な個別契約上の労働条件を︑
事後的に事業所協定で引き下げることは許されない︒一方︑事業所協定で定められている事項に関しては︑事後的に事
業所協定で改定することは︑後法は前法を廃するとの一般原則により可能であると考えられている︒したがって︑元々
事業所協定により定められていた有利な労働条件を︑事後的に新たな事業所協定で引き下げることは可能である︒
ところで︑ドイツでは︑労働協約が産業別であることもあって︑使用者は︑経済状況が良好な時期には︑個別の事業 所レベル︵企業レベル︶で︑付加的手当を支給してきた ︵
︒このような付加的手当は︑事業所委員会と協議し︑その結実 8︶
としての事業所協定の形をとることもあったが︑多くの場合︑事業所内の労働者全員︑あるいは一部の労働者に対して
統一的に適用される労働条件︑すなわち一般的労働条件として支給されていた︒この一般的労働条件は︑事業所レベル
で統一的に運用されるものであって集団的性格を持っているといえるが︑その請求権の根拠は個別労働契約上にあるも
のと解されている︒
︵二八一五︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇四同志社法学五九巻六号
経済状況の悪化などにより︑使用者がそのような付加的手当を︑事業所レベルで統一的に引き下げようとする場合︑
上記の分類に従えば︑問題の付加的手当を事業所協定によって定めていれば︑事後的に事業所協定によって削減するこ
とが可能となる一方で︑使用者が︑一般的労働条件によってこのような付加的手当を定めていた場合には︑事業所委員
会と協議して︑事後的に事業所協定で削減することは︑有利原則上不可能になってしまう︒もちろん︑使用者は︑個別
契約上の手段により︑この削減を試みることができる︒しかし︑その手段は︑事業所レベルで労働条件を統一するため
には有効なものではなかった︒
個別労働契約の内容を事業所協定で引き下げることは有利原則上許されないとしても︑事業所の労働者の一部︑ある
いは全部に一律に適用されるような一般的労働条件についてはどうだろうか︒労働者の代表たる事業所委員会と使用者
との共同決定によってもなお︑やはり有利原則上︑一般的労働条件の変更を認めないとする結論は妥当だろうか︒一般
的労働条件として︑たとえば長期的︑継続的に運用されるべき企業年金などを使用者が定めていた場合には︑特に変更
の必要性は高いものであると思われる︒
以上のような状況の中で︑実務上︑事業所協定による一般的労働条件の引き下げが行われ︑裁判所は︑事業所協定に よる一般的労働条件の削減という問題 ︵
に直面したのである︒ 9︶
当初︑裁判所は一般的労働条件も事業所における規則であるから︑この問題は規制範囲を同じくする旧秩序と新秩序 の交替の問題となり︑有利原則が問題になることなく︑秩序原理 ︵
によって変更が可能になると判示していた︒しかし︑ 10︶
この見解には批判が多く︑次に紹介する一九七〇年一月三〇日判決で︑裁判所はついにこの秩序原理の放棄を明言する
ものの︑結論としてはこれまでと同様︑事業所協定による一般的労働条件の引き下げを認め︑同時に︑事業所協定は公
正審査を受けると述べたのである︒ ︵二八一六︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇五同志社法学五九巻六号
一 一九七〇年一月三〇日第三法廷判決 ︵
11︶
1
判旨 事案は︑年金規則によって定められている企業年金を︑労働者の不利益に変更する事業所協定の効力が問題となったものである︒この年金規則が使用者の公示によって労働条件となったのか︑あるいは事業所協定によったものであるの
かが当事者間によって争われていたが︑この判決では︑この点について判断することはなかった︒どちらであっても変
更が可能であると判断したためである︒
裁判所は︑まず︑企業年金は長期的な規制であるから︑時間の経過とともに企業の収益状況や税及び社会保障の状況︑
企業の人員構成などの様々な要因によって影響を受けることが避けられず︑これに対応して規制を変更し︑適合させる
必要があると述べる︒そして︑年金規則はある一つの給付計画を基礎にするものであり︑これに関わるあらゆる利益を
相互に調整するものである一方︑平等取扱原則により︑使用者はある労働者に与えたものを他の労働者に拒絶できない
のであるから︑年金規則は統一的に変更される必要があると述べるのである︒
ついで︑﹁元の年金規則が事業所協定ではなく︑使用者によって﹃公示﹄されたものであるならば︑それは個別的労
働関係の内容であり︑それによって当事者を拘束する︒﹂として︑一般的労働条件が労働契約内容になることを確認する︒
以上のような認識の下で︑裁判所は現行法上このような労働条件を変更する適切な手段が存在するかどうかについて︑
検討を加える︒
一般的労働条件も労働契約の内容であるなら︑これを変更するためには個別法上の変更手段が考えられる︒まず︑使
用者が将来の変更を留保していれば︑変更権の行使として労働条件の変更は可能となる︒しかし︑裁判所によれば︑通
常そのような留保はなされるものではなく︑法律上広く認められるものでもないから︑そのような留保は適切な手段と
︵二八一七︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇六同志社法学五九巻六号
はいえない︒留保がないとすれば︑使用者はこれを変更するためには労働者の個別合意を得なければならない︒
もちろん︑労働者全員が承諾すれば︑変更は可能である︒しかし︑一部労働者が変更に合意しなかった場合には問題
が生じる︒年金規則を統一的に変更するためには︑反対する一部労働者をも拘束する手段が講じられなければならない︒
裁判所によれば︑その手段となり得るのは集団的変更解約告知である︒しかし︑集団的変更解約告知は妊産婦や重度身
体障害者などが特別な解雇保護を受けることになるので︑統一的には運用できない︒また︑変更解約告知は︑基本的に
は個別的な正当性判断であるため︑その審査の基準は︑個々のケースにおける利益衡量となり︑集団的な事情は補足的
にしか考慮されない︒さらに︑個々の労働者が別々に訴えを起こしたときに︑裁判所により異なった判断が下される恐
れがある︒したがって︑集団的変更解約告知は︑事業所の年金規則の変更が︑全体的にみて妥当であるかどうかという
判断には適切な手段ではない︒
こうして︑裁判所は︑現行法は個別法上︑この問題を解決する適切な手段をもっていないと判断する︒ここで秩序原
則を採用すればこの問題は解決されるのであるが︑裁判所はこれを否定し︑法創造を行うことを宣言する︒
﹁個別契約上の根拠に基づく年金規則が事後の事業所協定によって﹃秩序原則﹄にしたがって︱労働者の不利にも︱
変更されうる場合は︑この問題は解決される︒けれども秩序原則は非常に議論の余地のあるところであるので︑当法廷
はそのような法原則は存在しないと仮定する必要がある︒この場合︑現行法はそのかぎりで欠缺がある︒なぜなら︑従
業員集団に対する約束によって告示した事業所の年金規則を︱なお一定の限界内で︱事業所上統一的に変更するため
の︑実務上の不可欠な必要性に関する解決が示されていないからである︒より厳密にいえば︑現行法には︑始めから明
白な規制の欠缺を含んでいただろう︒﹂
このように︑裁判所は︑現行法には法の欠缺があるとして︑法創造を行うのであるが︑この際に︑法創造によってな ︵二八一八︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇七同志社法学五九巻六号 現在では賃金の一部︑方的に与えられるものと考えられてきた企業年金は︑すなわち合意によるものに移ってきており︑ 見出すものであるから︑この手続きは現実的なものである︒また︑そもそも任意恩恵的な社会給付として︑すなわち一 者の特別な状況というものを理解し︑多くの場合に使用者と事業所委員会は双方にとって納得し得る解決というものを に合意思想︑共同決定思想に合致しているという︒裁判所によれば︑事業所委員会は︑従業員の代表として個々の労働 裁判所は︑事業所協定による一般的労働条件の不利益変更を認めることは現実的であり︑また労働法の基本思想︑特 規則を事後の事業所協定で変更しうることを認める場合にのみ︑満たされるのである︒ は︑事業所協定に根拠付けられる年金規則を事後的に事業所協定で変更しうるのと同じ範囲で︑契約上根拠を持つ年金 すものでなければならず︑特に労働者の保護が失われることになってはならないと述べる︒裁判所によれば︑この要請 された手続きは︑統一的な規制をなし得るものであり︑かつ現行労働法の基本思想に合致するという二つの要請を満た これを望ましい方向であるとする合意思想︵
V ereinbarungsgedanke
︶は︑年金規則に対する労働協約による規制がなされず︑個別契約では統一的規制の必要性を満たすことができない一方で︑事業所における唯一の全従業員の代表が事業
所委員会であるということから︑事業所協定による規制を導くことになる︒さらに︑一九五二年事業所組織法が福利厚
生施設の運営を強行的共同決定の対象とし︑またそのような施設の設立を任意的共同決定事項に挙げている点を鑑みれ
ば︑年金規則に関しても︑事業所協定の対象として考慮されるべきものであると考えられる︒そして︑合意思想は︑規
制を設定する場合にのみあてはまるものではなく︑使用者によって公示された規制を事業所協定に置き換える場合にも
あてはまり︑これを推進することになると考えられるが︑そうすると置き換えられた事業所協定は︑事後的に事業所協
定で変更することが可能となる︒この置き換えと変更を同時になすことを認めないということは︑無意味なことである︒
したがって︑このような手続きは合意思想︑共同決定思想に合致するものである︒
︵二八一九︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇八同志社法学五九巻六号
裁判所はさらに︑事業所協定は公正審査に服するから︑労働者保護も損なわれるものではないと述べている︒この公 正審査については後述する ︵
が︑裁判所の主張は要するに︑有利原則を排除しても︑事業所委員会は個々の労働者よりも 12︶
その立場は強く︑これにより労働者を保護しようとするであろうこと︑事業所委員会と使用者とで定める事業所協定は︑
個別的な観点からなされる解雇保護などとは異なる︑集団的な観点からなされる裁判所の公正審査に服することになる
から︑労働者保護が失われることにはならないというものである︒
2
検討 以上のように︑裁判所は︑事業所年金規則の統一的な変更の必要性を満たす手段が現行法上存在しないことを理由に︑現実的であり︑かつ合意思想︑共同決定思想に適合的である手段として︑法創造により事業所協定による一般的労働条
件の変更を認めたのである︒
この判決では︑一般的労働条件も個別契約に根拠を持つこと︑事業所協定にも有利原則が妥当すること︑したがって︑
労働契約の内容を不利益に変更する事業所協定は︑有利原則の問題に直面することが確認された︒この判決では︑法創
造により︑集団的性格をもつ一般的労働条件に関しては事業所協定による不利益変更が認められることとなったが︑こ
れはもちろん︑事業所協定が一般的労働条件以外の個別的な労働契約をすべて引き下げることができると判断されたも
のではない︒
有利原則との関係や不利益変更を認める根拠など︑理論構成を別にすれば︑学説の多くも結論については賛成してい
た︒こうして︑一般的労働条件の事業所協定による変更の承認というこれまで秩序原則によって保たれてきた枠組みは︑
裁判所による法創造にその根拠を代えて維持されることになった︒ ︵二八二〇︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四〇九同志社法学五九巻六号
二 一九八二年八月一二日第六法廷判決 ︵
13︶
1
判旨 しかし︑BAG第六法廷は︑一九八二年八月一二日判決において︑これまでの判断を覆し︑まったく新たな枠組みにより︑この問題の解決を図ったのである︒
第六法廷は︑これまでの判例を︑一般的労働条件の集団的性格の重視を前提に︑個別法上の手段︵変更解約告知︶の
困難及び必然的な規制の硬直化を回避する必要により︑一般的労働条件を事業所協定で変更することを認めたもの︑と
整理する︒その上で︑自らはこの立場には立たずに︑事業所協定の規制権限の有無により︑解決を図ろうとした︒
第六法廷は︑強行的共同決定事項として事業組織法に定められている事項については︑事業所パートナーに規制権限
があり︑この領域については︑個別契約であるか一般的労働条件であるかを問わずに︑事業所協定の効力が生じ︑これ
が適用されるとする︒一方︑任意的共同決定事項については︑事業所パートナーの規制権限は個別契約の内容によって︑
個別契約が事後的に変更する事業所協定の効力を認めている場合︑言い換えると﹁事業所協定に対して開放的﹂である
場合にのみ適用されるものであると解するのである︒
この判断において︑第六法廷は︑事業所協定に対する有利原則の適用を否定している︒第六法廷によれば︑事業所組
織法には有利原則に関する明文の規定がなく︑また立法資料を考慮すれば︑有利原則は適用されないと考えるべきであ
る︒その意味では︑現行法には法の欠缺は存在しない︒
第六法廷は︑強行的共同決定事項について︑有利原則の否定により事業所協定による変更可能性を認める︒第六法廷
によれば︑そもそも強行的共同決定事項は︑その事項についての使用者の指揮命令権を︑事業所委員会との共同決定に
服させるものであり︑使用者の一方的な措置からの保護である︒そしてそのような保護は︑使用者が指揮命令権をすで
︵二八二一︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一〇同志社法学五九巻六号
に契約上具体化している場合には︑結果として労働者にとって不利に作用する可能性と不可分のものとなる︒さらに︑
強行的共同決定事項に関しては︑立法者が規制の統一の必要性を認めたものといえる︒一般的に規制を必要とするこの
ような領域において事業所協定による変更を認めないのであれば︑共同決定制度は著しく空洞化するものといわざるを
得ない︒このように強行的共同決定事項について個別契約の内容を事後の事業所協定によって引き下げ得ると解する
と︑そのかぎりでは労働協約よりも強い効力を事業所協定がもつことになる︒しかし︑労働協約と異なり︑事業所協定
は事業所内のあらゆる構成員に適用されること︑強行的共同決定事項は法定されており︑これが変更され得ることは労
働者が予期し得ることを考えれば︑このことは正当化されるのである︒ただし︑集団的関連性のない労働条件に関して
は︑強行的共同決定を定める事業所組織法八七条は︑これに介入するものではないから︑労働契約が事業所協定に優越
する可能性はありうる︒
一方︑第六法廷によると任意的共同決定事項についての領域では事業所協定はより有利な労働契約に介入できない︒
もちろん︑この領域においても有利原則の適用はない︒しかし︑この領域においては︑使用者は協議が整わない場合に
仲裁委員会に訴えることによって規制をなさしめることができない︒また︑全従業員の代表としての事業所委員会は︑
個別労働者の利益を誠実に代表しなければならないから︑事業所委員会は個別労働者の利益を侵害するような事業所協
定を締結しないという方法で労働者の利益を考慮しなければならず︑事業所協定による変更を認めているような︑すな
わち﹁事業所協定に対して開放的﹂な労働契約がある場合を除き︑労働者の利益を考慮しないような事業所協定の締結
権限をもたない︒ ︵二八二二︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一一同志社法学五九巻六号
2
検討 以上のようにして︑第六法廷は事業所協定による労働契約の変更の問題を︑強行的共同決定事項と任意的共同決定事項という区別により処理したのである︒
この判決は︑先の七〇年判決とは︑理論的にも︑それにより導かれる結論としても︑かなり異なったものであるとい
わなければならない︒第一に︑七〇年判決では事業所協定に対しても有利原則が適用されることを前提に︑一般的労働
条件についてのみ︑その集団的性格による統一的規制の必要性から︑変更を認めるというものであったのに対して︑本
判決は︑有利原則を正面から否定してしまった︒その結果︑一般的労働条件だけでなく︑個別労働契約に関しても︑事
業所協定による不利益変更を行い得るという結論が導かれることとなった ︵
︒第二に︑これまでは特に規制権限という意 14︶
味では区別されず︑強行的共同決定事項︑任意的共同決定事項のどちらであっても︑原則的には事業所パートナーの規
制権限を認めていたのであるが︑本判決では︑これを強行的共同決定事項については認めるものの︑任意的強行決定事
項については個々の労働者の不利益にならない範囲に限定してしまった︒その結果︑強行的共同決定事項については︑
上記のように個別労働契約に対する介入まで認めているのに対して︑任意的共同決定事項については︑事業所協定によ
る一般的労働条件の変更の余地を否定することとなったのである︒このような第六法廷の枠組みに従うと︑強行共同決
定事項に関しては︑個別労働契約に対する事業所パートナーの規制権限が認められる一方で︑例えば企業年金などの任
意的共同決定事項に関わる一般的労働条件は︑事業所協定による変更が行えないことになってしまう︒このことは︑そ
もそも問題となった︑労働協約の条件の上積みとしての一般的労働条件の多くの部分について変更可能性を奪うもので
あり︑結局は︑事業所協定による変更の余地を狭めるものであったといえよう︒この第六法廷の判決は︑これまでの枠
組みとは大きく異なった判断であり︑理論的にも︑結論的にも︑多くの批判を浴びることとなったのである ︵
︒ 15︶
︵二八二三︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一二同志社法学五九巻六号
三 一九八六年九月一六日大法廷判決 ︵
16︶
1
判旨 先の第六法廷の下した判断により判例は動揺し︑この問題に対する大法廷の見解が求められることになった︒一九八六年大法廷は自らの見解を明らかにしたが︑そこでは︑従来の判断枠組みとも︑第六法廷の示した枠組みとも異なった︑
新たな枠組みが提示されたのである︒
大法廷はまず一般的労働条件について︑あくまで使用者と労働者の意思の合致による︑個別法上の請求権であるとす
る一方で︑一般的労働条件の内容は画一的に定められ︑個々の請求権は全体として一つの給付計画を構成するという特
殊なものであるとして︑その集団的関連性を認める︒同時に︑大法廷は︑
TVG
四条三項に定められた有利原則は協約法以外にも効力をもつ一般的原則であると解し︑﹁有利原則は︑事業所協定の内容に対する契約上の請求権との関係にも
適用される﹂と述べて︑明確に有利原則を肯定する︒
このような大法廷の理解によると︑七〇年判決の時点と同様︑契約に根拠をもつ一般的労働条件は︑事業所協定によ
る引き下げが不可能になりそうである︒七〇年判決では︑この問題を法創造により乗り越えようとしたのであるが︑大
法廷は︑有利原則について新たな解釈を用いることで︑この問題の解決を試みる︒
大法廷は︑ここで適用される有利原則による﹁有利﹂とは︑労働者の個別的な契約による請求権と︑事後的に適用さ
れた事業所協定から導かれる当該労働者の個別的な請求権とを比較して判断される︑個別的有利性比較に基づくのでは
なく︑全労働者の請求権が︑事後的に適用される事業所協定全体と比較される︑集団的有利性比較に基づくものである
と述べ︑いわゆる集団的有利原則を採用する︒その理由を︑大法廷は一般的労働条件の集団的関連性に求め︑以下のよ
うに述べる︒ ︵二八二四︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一三同志社法学五九巻六号 ﹁任意的な社会的給付に基づく請求権は︑それが︑契約上の統一規制︑あるいは従業員集団への約束による場合︑内
容的な特質を示しうる︒そのような契約法的構成の形式の場合に︑請求権は︑すべての労働者に関して︑あるいは規定
の基準により限定された事業所の労働者の集団に関して根拠付けられる︒個々の労働者の個別的な事情︱約束に関する
人的な事情や特別の個別的な給与はなんら役割を演じない︒契約上の統一規則は︑多くの一致した契約上の文言によっ
て︑一般的規制となる︑という点に特徴がある︒そのような契約上の統一規定を通じて︑事業所のすべての労働者︑あ
るいはその特定の集団の労働条件は統合される︒このような内容の特質をもっている請求権は︑集団的関係をもつ契約
上の請求権ということができる︒
契約当事者としての使用者に合意の変更を引き起こす原因も︑契約上の統一規制︵集団的承諾を含めて︶に際して
個々の労働者の使用者に対する個別的法律関係から由来するものではない︒それはむしろ︑使用者の任意の社会的給付
の分配基準にかかわるものなのである︒そこで︑例えば法的な前提条件の変化が規制構造を妨げるために︑変更或いは
補充が不可欠となりうる︒また︑社会的公正に対する観念は変わりうるので︑まさしく事業所委員会がたびたび変更を
申し入れることにもなり得るのである︒﹂
こうして︑大法廷は一般的労働条件の集団的性格と変更の必要性を再度確認した後︑有利原則の比較の基準を明らか にする︒ ﹁このような請求権の集団的関係によって︑個々の労働者が保護されている法的地位の特性が明らかになる︒この請
求権の内容的な特性は︑有利原則の適用に際して︑比較基準を決定する︒契約上の統一規制の変更に際して︑ただ集団
的有利原則のみが適用されるとき︑それは有利原則の保護目的に応じるものとなる︒集団的な要件及び分配計画が︑契
約上の統一規則の姿を定める以上︑有利原則の適用に際して個人的な約束及び個別的な権利関係が基準として用いられ
︵二八二五︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一四同志社法学五九巻六号
るべきではない︒承諾の経営上の意味としては全体としてみた場合にのみ︑決定的な問題となりえるのである︒これを
異なって解するのであれば︑統一規制のシステムは失敗するにちがいない︒新規制は個別労働者に対してのみ︑また新
規制が労働者に対してより有利に作用を及ぼす限りでのみ有効とされ得るだろう︒旧規制は個別的労働者に有利な形で
ある限りでは︑おそらく有効なままであるだろう︒構造転換︑あるいは変更された事情への適合は︑予定されていた給
付総額の減少がまったく意図されていなかった場合でもなし得ないであろう︒どんな新規定も︑無意味になってしまい
かねない︒第一に個別的請求権がある給付体系においては︑その給付体系は維持されないだろう︒配分的正義の原則は︑
そのつど個別的財産が与えられるであろう場合には︑もはや変更可能ではないだろう︒
この考察は︑有利原則の保護目的は︑新規制が︑全従業員に対して全体として有利︑あるいは不利な結果になるかど
うかという基準により判断される場合に達成されるという結論を導くことになる︒使用者の給付が全体として減少する
ことなく︑あるいは拡大すらされるならば︑それによって︑たとえ個別的労働者の労働条件がより低下することになっ
ても︑有利原則はこれを妨げるものではない︒﹂
こうして大法廷は︑一般的労働条件を事後的に変更する事業所協定に対し︑有利原則を肯定したものの︑有利不利は
集団的に判断するとして集団的有利原則を採用した︒これにより︑給付総額が減らない限りにおいては︑事業所協定に
より一般的労働条件を変更し得ることとなった︒しかし︑大法廷はこの集団的有利原則にもある程度の制限を課して︑
労働者保護を図っている︒大法廷は︑労働者が自らの請求権の集団的性格を認識していない場合には︑その信頼保護は
守られるべきであるから︑そのような場合には集団的に有利性を比較してはならないとする︒さらに︑このような集団
的有利原則の枠内の変更であっても︑事業所協定は裁判所による︵公正︶審査を受ける必要があるから︑労働者の保護
は保たれる ︵
と述べている︒ 17︶ ︵二八二六︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一五同志社法学五九巻六号
2
検討 以上のように︑大法廷は︑集団的有利原則により︑この問題の解決を図った︒大法廷の決定は︑一般的有利原則の内容の特殊性を根拠に︑有利原則の有利不利の判断基準は︑集団的でなければな
らないというものである︒したがって︑この集団的有利原則はあくまで一般的労働条件︑特に労働者が自らの請求権を
集団的に理解している場合に限って適用されることとなる︒
このような大法廷の理解は︑七〇年判決の第三法廷の立場とも︑八二年判決の第六法廷の立場とも異なるものである︒
まず大法廷は有利原則そのものを肯定することにより︑八二年の第六法廷の立場を否定した︒さらに︑七〇年判決の法
創造についても否定する︒七〇年判決は︑統一的運用の必要性の高い一般的労働条件を︑事後的に事業所協定で変更し
得えないということは︑統一的運用の必要性を妨げるとして︑この点に法の欠缺を見出し︑これを法創造により補おう
とするものであったが︑大法廷は集団的に有利であれば事業所協定により統一的な変更がなし得るとして︑この法の欠
缺の存在を否定し︑その法創造をも否定したのである︒この大法廷の判断は︑七〇年判決の枠組みと比べると︑給付総
額が減るような不利益変更が認められなくなったため︑事後的に事業所協定で変更し得る範囲はある程度縮小するもの
といえる︒
四 小括 ドイツでは︑一般的労働条件を事業所協定で引き下げることができるかどうかが重大な問題となってきた︒七〇年判
決では事業所協定にも有利原則が適用されることは認められたものの︑法創造により︑一般的労働条件を事業所協定で
引き下げうるとされた︒一方︑八二年判決では有利原則が否定され︑強行的共同決定事項についてのみ︑引き下げが認
︵二八二七︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一六同志社法学五九巻六号
められることとなった︒このような状況下で︑大法廷は集団的有利原則を採用したのである︒以上の判例は︑その手法
は異なるものの︑一般的労働条件を事業所協定で不利益変更しうる余地をある程度は認めるという方向では一致してい
る︒個々の労働契約の保護という意味での有利原則を厳格に適用すると︑事業所内で労働条件を統一することが困難と
なるが︑そのような結果は不合理であると考えられていることがうかがえよう︒
この問題についての一応の解決となった大法廷の枠組みに従うと︑有利原則そのものは肯定されているために︑事業
所協定は集団的関連のない個々の契約についてはこれを引き下げることができない︒一方で集団的関連のある一般的労
働条件については︑全体として有利である限り︑一部労働者にとっては不利益であっても︑一部労働者の労働条件を引
き下げ︑統一的に変更することができる︒もともと事業所協定で定められている条件については︑﹁後法は前法を廃する﹂
との原則により︑これを引き下げることが可能であるため︑結局︑集団的関連性をもつ労働条件に関しては︑一般的労
働条件であれ事業所協定であれ︑事業所協定による事後的な不利益変更が原則的に可能であるということになる ︵
︒ 18︶
こうして︑一般的労働条件は有利原則による保護を受けず︑事後的に事業所協定で変更されうるし︑また事業所協定
で定められた労働条件も︑事後の事業所協定により変更されうることになる︒しかし︑このような有利原則上許される
枠内においても︑事業所協定は従前の労働条件を全く自由に変更しうるわけではない︒七〇年判決が法創造を行うに際
して適用し︑大法廷も支持した公正審査は ︵
︑有利原則を否定する︑あるいは緩和することによって失われる労働者保護 19︶
の代替であり︑事業所協定は︑﹁公正﹂である限りにおいて効力を持つのである︒したがって︑ドイツにおける事業所
協定の不利益変更の問題を理解するためには︑公正審査の実態を把握することが必要となる︒次節以降では︑この公正
審査の議論を広く検討し︑ドイツにおける事業所協定による不利益変更の問題を論じる︒ ︵二八二八︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一七同志社法学五九巻六号 第三節労働協約に対する裁判所の審査
一 労働協約に関する判例
1
概略 事業所協定への公正審査の適否についての議論は︑労働協約への審査の適否と比較して論じられることがある︒これは︑どちらも同じく︑労働者︵集団︶と使用者︵集団︶との協議によって労働条件を規制する︑集団的労働条件決定シ
ステムであるからである︒そのため︑まずは労働協約に対する介入がどのように行われているのかを概観しておく︒
次に見るように︑判例は︑事業所協定による労働条件の引き下げに対しては︑事業所協定は裁判所による公正審査に
服するとしている︒一方で︑労働協約による労働条件の引き下げに対しては︑公正審査︵ないし内容審査︶を否定して
いる︒ 次節で紹介する一九七〇年一月三〇日判決 ︵
の先例となる一九六九年一〇月三日判決 20︶︵
では︑協約が定めた時間外労働規 21︶
制が︑法定の基準を下回る可能性があることを許容しうるかどうかについて論じた部分で︑以下のように︑協約当事者
の対等性を明確に認め︑協約の介入へ消極的な姿勢をとった︒
﹁労働協約は︑個別労働契約当事者間の︑事実上の力の均衡を導くものである︒それらは︑実質的な正当性保障を示す︒
すなわち︑そこから︑その規制が両者の利害が適切に調整されたものであろうこと︑及び期待し得ない過重な要求を排
除したものであろうことが推測しうる︒
その結果︑協約当事者に︱いずれにせよその職務の範囲内で考慮されるのだが︱憲法及び強行法規の領域の外での法
律関係の形成に際して︑更なる裁量の余地が認められることになる︒したがって︑当法廷は︑協約規範が︑実質的に代
替となる解決と比べて労働者の根本的な差別待遇を導く場合︑つまり︑協約当事者が︑そこでかかわる法領域の根本原
︵二八二九︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一八同志社法学五九巻六号
則に明確に反している場合でさえも︑これを承認しうる︒﹂
その後の一九七〇年一月三〇日判決 ︵
判決は︑事業所協定に対する裁判所による公正審査を肯定した場面で︑﹁労働協 22︶
約は︑それが憲法︑強行法規︑良俗︑労働法の基本原則に反するかどうかに基づいてのみ審査されうる︒そのことは︑
基本法九条三項における制度的保障及び最後の手段としての争議行為に頼りうる協約当事者の強さ及び非従属性から正
当化される︒﹂と述べて︑事業所協定は公正審査に服するものの︑労働協約は公正審査を受けるものではないとする︒
また一九八五年二月六日判決 ︵
では︑BGB二四二条による介入の可否について論じた場面で︑﹁労働協約に際し︑前 23︶
提とするべきことは︑労働協約締結団体の強さおよび専門知識により︑通常︑その規制は両者の利害が正当に調整され
たものであるということである︒﹂と述べたうえ︑このような労働協約の法的規範性は尊重されなければならず︑BG
B二四二条や合目的性などによる審査は︑協約自治への不当な介入であると述べている︒
労働協約は公正審査を受けないとするこれらの判決は︑すべて︑協約当事者の対等性を出発点としている︒すなわち︑
労働組合は基本法による保護︑争議行為の存在により使用者との対等性を持つ組織であることを前提とするのである︒
仮に︑対等性をもたない者同士が契約を取り交わしたのであれば︑それは事実上の一方的決定を導くものであり︑その
内容の正当性には疑問がもたれることになるだろう︒したがって︑その内容についての一般的な制限が肯定される余地
がある︒しかし︑対等な当事者間で締結した契約であれば︑その内容の正当性は︑まさに対等な当事者が締結したとい
う事実が保障することになり︑その内容については︑基本的に制限が課されるべきではないということになる︒裁判所
は︑労働組合は対等性をもつ存在であって︑協約の内容については正当性保障があるということを前提とし︑このよう
な対等性を持つ協約当事者が取り交わした労働協約に対しては︑裁判所は公正審査を行うべきではないという判断を示
しているものといえる︒一九八五年二月六日判決は︑BGB二四二条や合目的性について述べたものであるが︑やはり ︵二八三〇︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四一九同志社法学五九巻六号 同様に協約当事者の対等性を前提に︑内容審査と類似する︑あるいは内容審査そのものであるBGB二四二条の審査や
合目的性の審査を否定している︒
以上のように︑判例は繰り返し基本法や争議権から導かれる労働組合の非従属性を強調し︑対等な協約当事者により
結ばれた労働協約に対する公正審査︵内容審査︶を拒んでいる︒しかしながら︑判例によれば︑労働協約は裁判所によ
る審査は全く課されないというものでもなく︑七〇年判決が挙げたような一定の制限には服する必要がある︒そこで︑
この点について言及された判決と︑基本権保護義務による介入の可能性を示した判決を取り上げ︑判例法による協約へ
の介入のあり方を確認しておくこととする︒
2
一九七一年九月三〇日第五法廷判決 ︵24︶
︵一︶事実の概要
原告は︑一九五四年から︑被告たる州に︑合唱団に所属する歌手として雇用されていたが︑その雇用契約はその都度
の上演期間ごとの有期契約でありこれが反復継続されていた︒
原告が属する労働組合は︑一九六四年一二月一〇日に合唱団の基本協約︵
Normalvertrag Chor
︶及び通知義務協定を 締結した︒この通知義務協定の内容は︑契約当事者が雇用契約を延長しない場合には︑その意思を一定の期間内 ︵に︑書 25︶
面により相手方に伝えなければならないというものであった︒原告は︑一九六七年一月一六日に︑個別契約内容として︑
特に定めがない部分についてはこの基本合唱団協約及び通知義務協定に従うということを書面により確認している︒
一九六八年七月三日︑原告に対して︑州は一九六八年八月一六日から一九六九年八月一五日までの上演期間の終了後
に︑再契約を行わない旨書面で申し入れた︒
︵二八三一︶
就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察︵
2︶四二〇同志社法学五九巻六号
原告は︑自らの雇用契約が︑有期労働契約の反復継続により期限の定めのない労働契約になっており︑この再契約の
回避は実質的に解雇であるとして︑労働関係存続の確認を仲裁裁判所に求めたが︑仲裁裁判所︑上級仲裁裁判所ともに
原告の主張を退けた︒その理由として︑上級仲裁裁判所は︑合唱団の構成に関しては︑芸術的観点により柔軟性が必要
なため有期契約が適切であり︑これを労働協約も許容していること︑歌手にとっても︑所属劇団を移ることが容易にな
るという実質的な利益があることなどを挙げた︒これを不服として︑原告は労働裁判所︑州労働裁判所に訴えるが︑や
はり原告の主張は退けられた︒
原告は︑仲裁判断が法規範に反しているとして上告した︒
︵二︶判旨
上告棄却︒
連邦労働裁判所の確立した判例によれば︑有期労働契約の締結はそれ自体としては原則的に許容されているが︑有期
契約は解雇保護規定の回避につながる恐れがあるので︑有期契約を結ぶことに実質的な理由が必要となる︒この実質的
な理由の存否については︑労働生活上生じる問題ならびに契約当事者が取り決めた内容も含め︑個々の事例ごとにあら
ゆる事情を勘案して︑詳しい審査がなされることとなっている︒そこで︑労働協約に対しても︑このような個々の事案
ごとに着目した詳細な審査がなされるべきであるかどうかが焦点となった︒
﹁上告は︑州労働裁判所が︑本件においてこの評価基準を不当に用いたことを想定している︒けれども︑その際に原
告は原告の労働関係に適用されている︑一九六四年一二月一〇日の合唱団の基本協約ならびに同日の通知義務協定の法
的に重大な意義を誤解している︒この協約上の包括規制は︑劇場合唱団員についての有期労働関係が︑原則的には許さ ︵二八三二︶