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(1)コリン欠乏アミノ酸食投与ラット肝発がんモデルによる知見 

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(1)

 

佐々木研究所における 

化学物質のリスク評価・管理に資する毒性病理学的研究. 

(1)コリン欠乏アミノ酸食投与ラット肝発がんモデルによる知見 

 

Toxicologic pathological researches conducted in the Sasaki Institute in order to contribute to the risk assessment/management of chemicals.

(1) Findings from researches on a hepatocarcinogenic model of rats fed a choline-deficient,

L

-amino acid-defined diet

  中江  大 

財団法人 佐々木研究所 病理部  Dai NAKAE

Department of Pathology, Sasaki Institute, Sasaki Foundation  

 

要旨:本特集においては,ヒトの良好な生活を保障し維持することを目的とした化学物 質のリスク評価・管理の意義と,その実施における毒性病理学の重要性について論じら れている.佐々木研究所(病理部)は,ヒトに外挿できる動物モデルを用いて,化学物 質の毒性・発がん性の検出と背景メカニズムや,特定の病態(たとえば発がん過程)に 対して化学物質が及ぼす影響について,毒性病理学的および分子生物学的な手法により 検索を行うことにより,化学物質のリスク評価・管理に貢献してきている.本項は,そ うした研究の内より,コリン欠乏によるラット内因性肝発がんモデルより得られた知見 を紹介する. 

キーワード:佐々木研究所,毒性病理学,化学物質のリスク評価・管理,食餌性コリン 欠乏,肝発がん 

 

Abstract: Articles in this special program of the journal describe the significance of the risk assessment/management for the assurance and maintenance of human health and welfare, and the importance of toxicologic pathology in such an attempt.

The Sasaki Institute (Department of Pathology) has been contributing to the risk assessment/management of chemicals, by doing researches on the detection of toxicity/carcinogenicity of chemicals, the elucidation of its underlying mechanisms, and the influence of chemicals toward particular pathological situations (

e.g.

,

carcinogenesis), using animal models extrapolative to the human situations. Among them, this article introduces findings from researches on a hepatocarcinogenic model of rats fed a choline-deficient, L-amino acid-defined diet.

Key words: Sasaki Institute, toxicologic pathology, risk assessment/management of chemicals, dietary choline deficiency, hepatocarcinogenesis

   

(2)

化学生物総合管理  第 1 巻第 3 号 (2005.10) 331-352 頁 

連絡先:〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台 2-2  E-mail: [email protected]  受理日:2005 年 9 月 6 日 

 

1.はじめに   

ヒトの生活環境中においては,既に膨大な化学物質が存在し,日々新たな化学物質が提供さ れ続けている.それらのあるものは古くから生態系内の自然界に存在し,また,衣食住に用い られてきたのであるが,あるものは時代的な変化により量的に変動したり新規に供給されたり するのであるし,またあるものは特定の目的のために人為的に導入されるのである.これらの 化学物質の中には当然ながらヒトにとって有害なものがあり,さらに,ヒトにとって有益であ るとされているもの(あるいは有益な作用を期待して導入されたもの)であっても,曝露用量・

曝露期間・曝露経路によっては,必ずしも害を与えないものと限らない.それ故,ヒトの良好 な生活を保障し,維持するためには,それらの化学物質のリスクを適切に評価・管理すること が,死活的に重要である.化学物質のリスク評価・管理は,種々の国内的または国際的な法規・

規則・ガイドラインにのっとった諸試験のパッケージによって行われ,それらの適切さや不備 についても常に再検討が為されている.毒性病理学に基いた病理学的検索は,本特集で強調さ れているように,このリスク評価・管理パッケージの中で,リスクの検出だけでなく,リスク 発生の背景メカニズムを解明する上できわめて重要な役割を果している. 

化学物質の作用は単一でない上にその作用プロファイルが用量によって複雑に変化するし,

複数の化学物質の併用は同時的または異時的な相互影響により予想を超えた多彩な作用を顕す.

さらに,化学物質の挙動は,全身または局所レベル(臓器・組織/細胞/細胞内)の微小環境 に強く影響される.これらのことは,化学物質のリスクを正確に評価・管理する上 

で時に困難を生じさせる.一方,動物を用いたリスク評価は,

in vitro

で再現できない個体レベ ルの吸収・体内分布・代謝・排泄(absorption/ distribution/metabolism/excretion,所謂ADME) を加味した条件で検索できるという利点を有しているが,動物間でさえ種差・系統差があるこ とでもわかるように,ヒトとの種差を常に念頭に置く必要がある.しかしながら,現実のリス ク評価・管理や関連する分野の研究が行われている産官学の現場においては,

in vitro

データや 動物データの評価・解釈の際に,ヒトへの外挿という当たり前の作業がなおざりにされること がある.また,特に学術分野においては,本来の研究の目的であるヒト社会への還元という視 点が脱落し,所謂「研究のための研究」・「実験のための実験」に陥っている場合がある.ただ,

そうしたことが望ましくないことは当然であるが,逆に基礎研究に対して短期間に社会的実利

(ないしその見通し)を求めるという近年の風潮も好ましいものでないということは強調して おきたい.いささか論点がずれたが,いずれにしても,化学物質の適切なリスク評価は,ヒト の状況を念頭に置き,ヒトの状況に外挿できる条件で行う必要がある.この点に関して注目す べき試みは,大阪市立大学大学院医学研究科 都市環境病理学の福島 昭治 教授のグループを中 心に行われている化学物質の低用量発がんリスクに関する研究である.ここで多くを述べない が,同グループは,「作用発現に閾値がない」とされてきた遺伝毒性発がん物質にも少なくとも 発がん性に関する限り閾値が存在することと,非遺伝毒性発がん物質が高用量で発がん性を示 す一方,低用量でホルミシスと呼ばれる現象によりむしろ発がん抑制性を発揮することを見出 している(Nakae, 2005;Tsuda

et al

, 2003;福島ほか,2005).この一連の研究が発信してい るのは,通常のリスク評価パッケージにおいて為される発がん性試験での結果が実際のヒト曝 露用量域での結果を必ずしも反映しない場合があるということと,しかしながら実験条件を変 えれば動物モデルでヒトの状況に外挿可能な情報を獲得できるということであり,化学物質の リスク評価・管理をヒトの状況を念頭に置いて行う上で,根本原理のパラダイムシフトや,そ れに基く手法の再構築につながる可能性もある. 

筆者は,この福島グループの研究の一部に参加させていただいた経緯もあるが,それと別に,

化学物質の挙動が周囲の微小環境に強く影響される可能性に注目して前任地において開始した 研究を,佐々木研究所 病理部において部員の尽力の下に展開している.筆者のライフワークは,

種々の病態の発生と進展の機序における活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレス(酸化性スト レス)の関与に関する研究である.活性酸素と活性酸化窒素およびこれらが誘導する

(3)

ストレスは,それら分子種の発生部位または遠隔部位の臓器・組織を構成する細胞とその構成 成分に様々な傷害を誘発し,また,種々のシグナル伝達異常や局所の炎症などを介して多くの 疾患や老化の背景メカニズムに関与する(図1).このことはがんについても同様であり,それ 故に,発がん過程における活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスの関与メカニズムの解明や,

同ストレス自体とその下流の事象(細胞傷害・シグナル伝達異常・炎症等)の制御によるがん の制御を目的とした研究は,世界中で精力的に行われている(図2).ところで,ヒトのがんに おいては,多くの場合に,特定の高リスクグループが存在する.たとえば,胆石症と胆道慢性 炎症は胆道がんの,

Helicobacter pylori

性慢性胃炎は胃がんの,持続性の性ホルモンバランス 異常は乳がんと生殖器がんの,ウイルス性慢性肝炎・ヘモクロマトーシス・ウィルソン病・非 アルコール性脂肪肝病(NAFLD)/非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)など種々の原因による慢 性持続性肝障害は肝がんの,それぞれ高リスクグループである.これらに共通した特徴は,炎 症性であれ非炎症性であれ,活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスと種々のシグナル伝達異 常を伴って慢性に持続する組織障害の存在である.そうした微小環境は,これらの高リスクグ ループにおいて,ある場合にそれ自体で発がん性を惹起し,多くの場合に外部要因(たとえば 発がん性化学物質への曝露)に起因する発がんを促進する.また,こうした概念は,当然なが らがんに特異的なのでなく,広く一般的に適用できるものである.さらに,このような微小環 境において曝露された化学物質は,ADMEの特定の部分が影響を受けるので,通常の微小環境 と異なる挙動を取ることが容易に予想される.このことは,化学物質のリスク評価・管理を行 う上できわめて重要な問題である.現行のリスク評価・管理において,医薬品候補に典型的で あるように,ある特定の条件(医薬品候補の場合には,対象疾患,高頻度に予想される併発疾 患や,使用される可能性のある年齢・性別・妊娠関連状況等)下にあるヒトが暴露される可能 性の高いことがあらかじめわかっている場合は,そうした状況に外挿できるような試験(たと えば疾患モデル動物や遺伝子改変動物を用いた試験)が行われる.しかしながら,基本的に

(4)

化学生物総合管理  第 1 巻第 3 号 (2005.10) 331-352 頁 

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は,あくまでもgeneral publicの曝露を前提として行われるのであって,そうしたスタンスに 立った試験(たとえば正常動物を用いた試験)により為される部分が主体である.したがって,

化学物質のリスクについては,通常のヒトを対象に評価・管理されている場合でも,なんらか の高リスクグループに属するヒトを対象とした追加情報が必ずしも常に用意されていると限ら ないのである.こうした情報について,ニッチ的に過ぎないとの指摘は当然あるであろうし,

それは一面でその通りでもあろう.しかし,実際のヒト社会を念頭に置いた場合,化学物質全 体の中で小さくない割合を占めるものが特定の高リスクグループに及ぼす可能性のあるリスク の評価・管理は,あらかじめ明確に予想されている場合に留まらず,恒常的に考慮すべきもの である.もちろん,筆者は,こうしたリスク評価・管理を,闇雲に,全ての化学物質について あらゆる状況を想定して行うべきだと主張するものでない.それは,非現実的で馬鹿げている.

筆者は,化学物質のリスクを通常の手法で評価する過程で,ある種の条件下にあるヒトのリス クが通常と異なる可能性を示唆する情報が得られた場合(たとえば肝毒性の発生が予想される なら,慢性肝疾患を有するヒトのリスクは,通常と異なる可能性が示唆される)に,医薬品候 補のようにパッケージ内で要求されていなくても,必要な範囲で高リスクグループを想定した リスク評価をあらかじめ追加的に行うべきだと主張しているのである.こうした高リスクグル ープの曝露を前提とした化学物質のリスク評価・管理は,通常グループとの比較において行わ れねばならず,また,そのようなヒトの状況に外挿可能な動物(または細胞・組織)を用いた 実験による十分な科学的根拠に基く必要がある.佐々木研究所 病理部における研究は,このこ とについて,がんを対象とし,ヒトのがんの高リスクグループに共通する上述の病態を発がん 高リスク微小環境と呼び,それを誘導した動物モデルを用いて行っているものである.この研 究には当然ながら種々のモデルを使用した様々な試みが含まれるのであるが,本項ではその端 緒となったコリン欠乏アミノ酸(CDAA)食投与ラット肝発がんモデルを用いた研究について紹介 する.なお,文献が過多になることを避けるべく総説を優先的に引用するので,個々の情報の 詳細について必要な場合は,御手数であるが孫引きしていただくようお願いする. 

(5)

2.食餌性コリン欠乏によるラット肝発がんモデルの歴史的経緯と今日における意義   

食餌性コリン欠乏による肝発がんは,1920 年代のインシュリン発見に続く研究の過程で,膵 切除イヌに見出されたインシュリン不応性脂肪肝のメカニズム解析に端を発する(Nakae, 1999; Nakae, 2000).その後,この病態はコリンをはじめとしてメチオニン・ビタミンB12・葉 酸などを含む一群の化学物質の欠乏に基くもので,これらの抗脂肪肝因子と総称される物質群 はメチル基供与体であることが見出された(Nakae, 1999; Nakae, 2000).それら抗脂肪肝因子 の食餌性欠乏は,ラットにも脂肪肝を伴う肝障害を誘導することが古くからわかっていたが,

1946年に肝細胞がんを誘発するものと報告され,世界的に注目された(Nakae, 1999; Nakae, 2000).この報告自体の正しさは1969年に食餌中に混入していたaflatoxin B1 (AFB1)の影響に よるものであったことが判明して否定されたが,1980年代の研究により,コリンまたは複数の 抗脂肪肝因子の食餌性欠乏は真にラットに肝細胞がんを誘発するものと判明した(Nakae,

1999; Nakae, 2000).食餌性コリン(または抗脂肪肝因子)欠乏は,発がん性を有する化学物

質を投与することなく,逆に食餌中の成分を削除することだけでラット肝発がんを誘発するも のであり,以前より指摘されていた内因性発がん(Ames

et al

, 1995; Loeb, 1989; Pitot

et al

,

1991)の貴重な動物モデルとなった.そして,筆者らを含む多くの研究グループによるその後の

研究は,肝発がんの必要条件がコリン欠乏とメチオニン低減(この条件の食餌を CMD 食と呼ぶ)

であってその他の抗脂肪肝因子の欠乏・低減が肝発がん促進因子であること,食餌性コリン(ま たは抗脂肪肝因子)欠乏が強力な肝発がんプロモーター作用を有すること,食餌性コリン(ま たは抗脂肪肝因子)欠乏によるラット肝発がんの背景メカニズムにおいて活性酸素・活性酸化 窒素誘導性ストレスとその下流の事象(細胞傷害・シグナル伝達異常等)が重要な役割を果た すこと,齧歯類の肝発がん感受性に性差(雄>雌)・系統差(Fischer 344・Wistar>Long 

 

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化学生物総合管理  第 1 巻第 3 号 (2005.10) 331-352 頁 

連絡先:〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台 2-2  E-mail: [email protected]  受理日:2005 年 9 月 6 日 

 

Evans・Sprague-Dawley)・種差(ラット>マウス)のあることなど,多くの知見を明らかと

したのである(Denda

et al

, 2002a; Nakae, 1999; Nakae, 2000).一方,このモデルの問題点は,

発がん性が食餌成分の条件に強く影響されることと,あらゆる抗脂肪肝因子を欠乏させるなど の異常な処置を行わない限り,発がん効率が必ずしも良好でないことであった.たとえば,も っとも頻用されているCMD食である半精製コリン欠乏食(CD食)は,長期間若齢雄性ラット に投与しても,30-40%の頻度に肝細胞がんを誘発するに留まる(Nakae, 1999).このことは,

食餌性コリン欠乏による内因性肝発がんの背景メカニズムの解明や,それに基いた制御方策の 探索を目的とする研究にとってきわめて不利に働く制限事項であった.筆者らは,この問題を 解決するため,CD食のアミノ酸組成を分析し,それに準拠して配分した純アミノ酸のみで蛋白 成分を置換した半合成食であるコリン欠乏アミノ酸(CDAA)食(表1)を開発した(Nakae, 1999). なお,表1のコリン添加アミノ酸(CSAA)食とは,CDAA食に十分量のコリンを添加した対照食 である.CDAA食は,Fischer 344系またはWistar系の雄性ラットに若年齢(6-7週齡)から 連続投与すると,CD食に誘導される全ての変化を,CD食より強力かつ迅速に誘導し,実に2 年間以内にほぼ100%の頻度で肝細胞がんを誘発することを可能としたのである(Nakae, 1999;Nakae, 2000;安藤,2000).

今日における食餌性コリン欠乏(特に CDAA 食投与)によるラット肝発がんモデルの第1の意 義は,それまでのLong Evans Cinnamonラット(「The LEC Rat」,1991)のような特殊な動 物や

Helicobacter hepaticus

感染マウスモデル(Canella

et al

, 1996)のような微生物の使用を必 要としない,簡便な内因性発がんの動物モデルたり得るところにある.ヒトの発がんは外的因 子(発がん性を発揮する化学物質・微生物・放射線など)による外因性機構と内的因子(活性 酸素・活性酸化窒素・シグナル伝達因子など)による内因性機構の相互作用によって発生・進 展するものであるが,このモデルはその内因性部分の背景メカニズムの解明のみならず,化学 物質をはじめとする外的発がん因子との相互作用の実相についての解明にも,さらに,それ

(7)

らの知見を基にした発がん制御方策の探索にも有用である.第2の意義は,このモデルの発が ん過程が,形態学的にも機構学的にもヒトの肝発がん過程にきわめて類似しているため,ヒト への外挿性に富んだ条件下での検索が可能であるところにある.CDAA食は,Fischer 344系

またはWistar系の雄性ラットに若年齢(6-7週齡)から連続投与すると,脂肪肝・肝細胞の死

(アポトーシス)と増殖・肝硬変に至る線維増生により特徴付けられる非腫瘍性病変(図3)

を背景に,胎盤型glutathione

S

-transferase (GST-P)陽性肝前がん病変・肝細胞腺腫(図4)

を経て,肝細胞がん(図4)を誘発する.これは,まさしくウイルス性慢性肝炎をはじめとし,

ヘモクロマトーシス・ウィルソン病・NAFLD/NASHなどにも共通するヒト肝発がんの形態学 的推移に酷似しており,後述するように背景メカニズムの点からも裏打ちされている.なかで

も,NAFLD/NASHは近年ウイルス性慢性肝炎と同様にヒト肝がんの高リスクグループである

ものとして注目されている疾患であるが,CDAA食を含むCMD食を投与するラット肝発がん モデルはこのNAFLD/NASHの動物モデルとして有望なもののひとつと認識されている

(Nakae, 2005).この事実は,さらに,このモデルの第3の意義につながり,すなわちヒトの慢

性肝疾患を(少なくとも部分的に)再現しているのであるから,ヒト肝がんの高リスクグルー プの状態を発がん高リスク微小環境としてラットに誘導していることになり,その環境下にお ける化学物質のリスク評価・管理のための検索に有用なのである.

3.CDAA食投与ラット肝発がんモデルによる知見  

1)内因性肝発がんメカニズム 

CDAA食は,前述のように,Fischer 344系またはWistar系の雄性ラットに若年齢(6-7週 齡)から連続投与すると,ヒトの肝発がん過程にきわめて類似した形態学的変化を肝に誘発す る(図3・4).一方,肝細胞の核内DNAにはCDAA食投与開始のほぼ直後より8-oxoguanine 

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や遅れて2-thiobarbituric acid-reacting substance (TBARS)として検出される酸化性傷害(図 6)が発生し,これらの酸化性細胞傷害はCDAA食の投与の続く限り蓄積する(Nakae, 1999).

これらの酸化性傷害の発生は,後述するように,ある種の化学物質により,腫瘍性・非腫瘍性 の肝障害の発生と同期して修飾される.したがって,CDAA食投与による内因性肝発がんの背 景メカニズムには,活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスが本質的な役割を果すものと考え られる(Nakae, 1999; Nakae, 2000).活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスによる生物学的 効果は,それ自体による組織傷害性にも由来するが,多くの場合,下流現象として誘導される 種々のシグナル伝達異常を介して発揮される.このモデルにおいても,種々の転写因子・サイ トカインなどの動態異常が早期より段階的に集積して,最終的に肝細胞がんとその周囲の肝硬 変組織に特異的な遺伝子発現プロファイルを現出させることが見出されており(図7・8),そ れらに基くシグナル伝達異常こそは,内因性肝発がんメカニズムの本態であるものと示唆され ている(図9)(Nakae, 1999; Nakae, 2005; Nakae

et al

, 2003; Nakae

et al

, 2004; Uematsu

et al

, 2005).たとえば,ヒトや動物の種々のがんの発生に深く関与するとされるcyclo-oxygenase 2 (COX2)の誘導は,CDAA食投与ラット肝発がんにおいても重要な役割を果している(Denda

et al

, 2002b; Nakae

et al

, 1998).また,アポトーシスと細胞回転の制御システムや

Wnt

シグナル 経路の異常についても同様であるし,肝硬変の発生に係わるシグナル伝達異常も重要であるも のと判明している(Hatanaka

et al

, 2001; Nakae

et al

, 2003; Nakae

et

al, 2004; Uematsu

et al

,

2005).これらの知見は,ヒト発がんの背景メカニズムの一部の理解を深めると共に,がんの制

御の分子標的を定める上で重要な情報を提供しているといえよう.

繰り返して述べているように,CDAA食投与ラット肝発がんモデルの有用性は,ヒト肝発が ん状況との形態学的また機構学的な類似性にある.そのことは,コリン欠乏が,ヒトでも種々 の病態ないし状態で実際に誘導され,脂肪肝・肝細胞傷害・肝硬変(肝線維症)の合併する例

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素誘導性ストレスの関与の下で形態学的に区別できない肝細胞がんが誘発されるラットモデル であっても,CDAA食による内因性のものと

N

-nitrosodiethylamine (DEN)のような発がん性 化学物質への曝露による外因性のものでは,背景メカニズムに差異のある可能性が見出されて いる(Sasaki

et al

, 2001; Tsujiuchi

et al

, 1999).

2)化学物質の発がん修飾効果の検出とその背景メカニズムの検索

CDAA食投与ラット肝発がんモデルを用いた研究を行う意義は,ヒトに外挿できる条件での 内因性肝発がんメカニズムを解明することにより,その知見に基いてヒト肝がんの制御方策を 探索できることである.もちろん,これらの研究より得られる情報は,単に肝がん関連事項の みに矮小化するべきでなく,積極的に他のがんやがん以外の病態の制御にも応用していくこと が望まれる.

がんの制御に貢献できる知見を得るために,筆者らは,本モデルを利用して,化学物質の発 がん修飾効果の検出とその背景メカニズムの検索を行っている.具体的には,発がん修飾効果

(当然ながら抑制効果が多い)の予想される化学物質を選び,それらを適切な用量・経路で CDAA食と併用投与し,肝発がんやその関連変化に及ぼす影響を適当な方法で検索している.

肝発がんへの影響は,通常12-16週間の比較的短い実験期間でGST-P陽性前がん病変を指標と して検索するが,場合によって70週間以上の長期実験により肝細胞がんを指標とした検索を行 う.動物等の条件は,既述の通りである.

図10は,その1例であり,ビタミンCおよびEの誘導体の影響について検索した結果のまと めである(Nakae, 1999).2-

O

-octadecyl ascorbic acid (CV-3611)は脂溶性ビタミンC誘導体,

L-ascorbic acid (AscA)は水溶性ビタミンC誘導体,α-tocopherol (α-T)は脂溶性ビタミンE誘導 体, 6-hydroxy-2,5,7,8-tetramethylchroman-2-carboxylic acid (Trolox)は水溶性ビタミン

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連絡先:〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台 2-2  E-mail: [email protected]  受理日:2005 年 9 月 6 日 

 

E誘導体で,この実験では実験期間を12週間として被検物質を図に示す用量で混餌投与した.

全てのビタミンCおよびE誘導体は,GST-P陽性前がん病変の数・サイズを減少させ,したが って発がん抑制効果を示した.それらの化学物質は同時に8-oxoG・TBARSのレベルも減少さ せたので,発がん抑制効果の背景メカニズムは活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスの抑制 であると推察される.ビタミンCおよびE誘導体は抗酸化剤の典型例なので,この結果は合理 的であるが,特筆すべきは4種類の被検物質の中で脂溶性ビタミンC誘導体であるCV-3611が もっとも強力であったことであろう.用量が同じなので,CV-3611は,予想に反してα-Tの2 倍強の効果を示したことになる.このことは,ビタミンCに脂溶性を導入することによってビ タミンEより強力な抗酸化効果を発揮する能力を付与できることを示したのであり,抗酸化作 用に基いて諸機能を発揮する化学物質の開発に応用できる情報を与えることとなった.

図11は,東南アジア産で現地の食生活や民族薬に汎用されているショウガ科植物の成分であ る1’-acetoxychavicol acetate (ACA)と強力な合成脂溶性抗酸化剤である

N,N’-diphenyl-p-phenylenediamine (DPPD)の影響について検索した結果のまとめである(Nakae, 

1999).この実験も,実験期間を12週間として被検物質を図に示す用量で混餌投与した.ACA

は,用量に依存してGST-P陽性前がん病変の数と8-oxoGレベルを減少させたが,病変サイズ

とTBARSレベルに顕著な影響を与えなかった.DPPDは,ACAとまったく逆で,前がん病変

のサイズとTBARSレベルを用量依存性に減少させた一方で,病変数と8-oxoGレベルに顕著な 影響を与えなかった.すなわち,活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスによる肝細胞核内の DNA傷害は前がん肝細胞の発生,肝細胞非DNA成分の傷害はその成長により強く関与する可 能性が示されたのである.このことは,発がん抑制効果の標的性とがんの分子標的制御に係わ る議論にも影響を与え得る情報である.

図12は,合成レチノイドである

N

-(4-hydroxyphenyl)retinamide (4-HPR)と非ステロイド性 抗炎症薬(NSAIDs)であるacetylsalicylic acid (ASA)・piroxicam

(PXC)

nimesulide

 

(13)

(NIM)の影響について検索した結果のまとめである(Denda

et al

, 2002b; Nakae, 1999).この実 験は,実験期間を16週間として被検物質を図に示す用量で混餌投与した.4種類の被検物質は,

いずれもGST-P陽性前がん病変の数・サイズの双方と8-oxoGレベルを減少させた.これらの

化学物質はCOX2誘導抑制を共通の作用としているので,この結果は前述した内因性肝発がん メカニズムにおけるCOX2の関与とそれが活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスと関連する ことを担保する.なお,これらの物質は,いずれも,CDAA食による線維増生(肝硬変に帰結 する)も同時に抑制するが,肝細胞の脂肪蓄積に影響しない(Denda

et al

, 2002b; Nakae, 1999). 前者は,肝硬変につながる線維増生の機構にも,活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスと共 にCOX2が関与し,この酵素の機能発揮を抑制することにより肝がんの予防のみならず,肝硬 変の進展も防止できることを示唆しており,ヒトへの外挿が必要とされる情報である.また,

後者は,ウイルス性慢性肝炎やNAFLD/NASHにおけるヒト肝発がんにおいて重視される形態 学的変化である肝細胞脂肪蓄積が,発がん背景機構に一義的に関与していないかもしれない可 能性を示したもので,これもヒトへの外挿が必要とされる情報であろう.

CDAA 食投与ラット肝発がんモデルを利用した,化学物質の発がん修飾効果の検出とその背景 メカニズムの検索において,筆者らが最近注目している被検物質は,phenyl

N-tert

-butyl nitrone (PBN)とその生理的代謝物である4-hydroxyphenyl

N-tert

-butyl nitrone (4-OHPBN) である(図13).PBNは,ニトロン系の強いラジカル捕捉剤でinducible nitric oxide synthase

(iNOS)の誘導抑制効果も持つので,強力な活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレス阻害剤(抗

酸化剤)であり,したがって,その下流現象であるシグナル伝達異常も抑制する(Kotake, 1999). PBNとその誘導体は,さらに,転写因子であるNF-κBの活性化抑制やCOX2の活性阻害作用 も持つため,直接的にも種々のシグナル伝達異常を抑制する(Kotake, 1999; Nakae

et al

, 1998). したがって,PBN誘導体は,多面的な効果をもたらすものと予想され,実際に種々の実験条件 下で抗炎症効果が証明されている(Kotake, 1999).筆者らは,このことに着目し,PBN誘導体

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が発がん高リスク微小環境下に進行する発がんを抑制する可能性について,CDAA食投与ラッ ト肝発がんモデルを適用して検索している.その結果,PBNは,12週間の期間にCDAA食と 併用投与すると,肝において前がん病変の数とサイズを減少させることが判明し,この発がん 抑制効果の機序として活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレス阻害に基く8-oxoG・TBARSの 発生抑制とCOX2の活性阻害の関与するものと判明した(Nakae

et al

, 1998).PBNは,COX2 活性阻害効果を示すので,上記の4-HPRやNASIDsなどCOX2誘導抑制剤と同様,肝の線維 増生を抑制する(Nakae

et al

, 1998).4-OHPBNは,同様の条件下で,母物質であるPBNと類 似した機序による発がん抑制効果効果を発揮した(図14)が,その効果がPBNより高度であ った(Nakae

et al

, 2003).その理由のひとつは,PBNと4-OHPBNの双方が前がん肝細胞に特 異的にアポトーシスを誘導することに加え,4-OHPBNのみが前がん肝細胞および非前がん肝 細胞の増殖を抑制することに求められる(図14)(Nakae

et al

, 2003).このようなCDAA食投 与ラット肝発がんの早期段階におけるPBN誘導体の抑制効果は,活性酸素・活性酸化窒素誘導 性ストレスとその下流のシグナル伝達異常の阻害に基くものであり,特にNF-κB・TNF-α・

TGF-βの属するアポトーシス・細胞増殖関連シグナル経路に対する作用が重要である.さらに,

PBN誘導体の発がん抑制効果は,70週間の長期実験でがんを対象としても検索したが,この 実験で興味ある知見が得られた.すなわち,PBN誘導体は,CDAA食と共に全70週間または 前半の26週間のみ投与すると肝細胞腺腫・肝細胞がん・肝硬変の発生を著明に抑制する(図 15)が,後半の44週間のみ併用投与すると肝細胞がんの発生を同様に抑制するにもかかわらず 肝細胞腺腫や肝硬変の発生に影響しない(Nakae

et al

, 2004).すなわち,PBN誘導体は,この モデルにおいて,腺腫を含む前がん病変の発生・成長・進展と,それらのがんへの悪性転化の 双方を抑制することがわかった.この知見は,活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスとその 下流のシグナル伝達異常の阻害が,多面的な作用により発がんの全段階を対象ないし標的とし てがんの制御を可能とすることを意味し,ヒトにおける応用の観点から重要な情報である. 

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また,肝硬変については,その発生・進展過程におけるシグナル伝達異常が肝発がんに重要な 役割を果す一方で,完成された病変の存在そのものが肝発がんに関与しないことが示唆された.

このことは,慢性肝疾患と肝がんの臨床現場にとって注目すべき情報である.また,PBN誘導 体の発がん後期における抑制作用についても,早期の場合と同様,特にNF-κB・TNF-α・TGF-β の属するアポトーシス・細胞増殖関連シグナル経路に対する作用が重要であるものと示唆され ているので,いずれにしても,これらのシグナル経路が,がん制御の標的となろう.なお,PBN

や4-OHPBNは,今のところ臨床応用を想定していないが,これらを用いた基礎研究により得

られた知見を基に,ニトロン系化学物質の臨床応用が,特に中枢神経系を対象として図られて いる(Floyd

et al

, 2002; Green

et al

, 2003; Maples

et al

, 2004).このことは,基礎研究の意義 を典型的に示す事例であるが,決して特定の社会的実利を得るために基礎研究が行われたわけ でなく,基礎研究の成果がはじめにあって,それを適切に社会的実利につなげた人々がいたわ けである.冒頭に述べたように,基礎研究とその成果の社会的還元は,本来,このようにある べきである.

3)発がん高リスク微小環境における化学物質のリスク評価 

筆者らが発がん高リスク微小環境と呼ぶ状態は,ヒトがんの高リスクグループに共通した病 態としてしられる標的臓器(組織)における慢性に持続する組織障害であり,ほとんど全ての 場合に活性酸素・活性酸化窒素誘導性ストレスと種々のシグナル伝達異常が背景メカニズムに 関与している(図16).その意義や化学物質のリスク評価・管理との関係についての既述内容 をここで繰り返さないが.これも前述したように,佐々木研究所病理部は,ヒトがんの高リス クグループに外挿できるような発がん高リスク微小環境を動物に誘導し,その背景メカニズム の解明と制御方策の探索を行うと共に,そのような微小環境下での化学物質の挙動とリスクへ の影響について検索を行っている.

CDAA食投与ラット肝発がんモデルは,これまでに述べてきたように,この点できわめて有

(17)

用である.このモデルは,ヒトの肝がんの高リスクグループにおける病態がほぼ忠実に再現さ れているので,ラットの肝に発がん高リスク微小環境を誘導したものといえる.筆者らは,こ のモデルを用いて,発がん高リスク微小環境における化学物質のリスク評価の手法を確立する ことを試みている.最初に行った実験のプロトコールは,CDAA食または対照のCSAA食をラ ットに9週間投与するもので,実験開始の1週間後に発がん性化学物質であるDENまたは

N

-nitrosobis(hydroxypropyl)amine (BHP)を単回腹腔内投与し,GST-P陽性肝前がん病変の発 生を検索した.動物等の条件は,前述の通りである.その結果,CDAA食は,肝を標的として 強い発がん性を発揮するDENのみならず,発がん性が強いが肝を主たる標的としないBHPに ついても,GST-P陽性肝前がん病変の発生を顕著に増強させた.なお,対照実験により,CDAA 食によるこの効果は,その発がんプロモーター作用によるものでなく,あくまでもCDAA食の 前投与によるものであることが証明されている.CDAA食の1週間投与はラット肝に活性酸 素・活性酸化窒素誘導性ストレスとその下流のシグナル伝達異常をある程度誘発している (Nakae

et al

, 1999; Nakae

et al

, 2000)ので,この知見は発がん高リスク微小環境が化学物質の 肝発がん性を増強したことを意味する.このことは,当たり前のようにもみえるが,実のとこ ろ,ヒトの発がん高リスクグループが曝露される可能性のある化学物質のリスク評価・管理に とって見過ごしにできない情報である.また,ここで重要であるのは本来肝に対する標的性が 弱いBHPについても肝発がん増強効果がみられたことであり,このことは先述したような発が ん高リスク微小環境における化学物質の挙動の変化の顕れとも考えられるが,BHPが弱いなが らも肝発がん性を持っているので,この段階では左様に断定するに至らなかった(この段落の ここまでについて,Kishida

et al

, 2000).そこで,筆者らは,図17に示すように,プロトコ ールを一部改変して研究を進めた.実験は,CDAA食または対照のCSAA食をラットに9週間 投与し,実験開始の1週間後に被検物質を単回投与するのに加えて,被検物質投与1日前の第 6日に3分の2部分肝切除(再生性の肝細胞増殖を誘導して弱い肝発がん性も検出するため)

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を施行した.被検物質としては,ヘテロサイクリックアミンである 2-amino-3,8-dimethylimidazo[4,5-

f

]quinoxaline (MeIQx)・

2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-

b

]pyridine (PhIP)・

2-amino-3-methylimidazo[4,5-

f

]quinoxaline (IQ)(以上100 mg/kg体重,強制経口投与),有 機ヒ素化合物であるdimethylarsinic acid (DMAA) (50 mg/kg体重,腹腔内投与)の他,比較 的古典的な発がん性化学物質であるAFB1(1 mg/kg体重,腹腔内投与)・azoxymethane (AOM)

(20 mg/kg体重,腹腔内投与)・benz[

a

]pyrene (BAP)(100 mg/kg体重,腹腔内投与)・

N

-nitorosodiethanolamine (NDEtlA)(100 mg/kg体重,腹腔内投与)を用いた.動物等の条 件は前述の通りで,肝と大腸における発がん性はそれぞれの前がん病変であるGST-P陽性病変 とaberrant crypt foci (ACF)の発生を指標に検索した.その結果,肝発がんは全ての物質にお いて促進され,MeIQx・PhIP・IQ・AOMについては大腸発がんも促進された(表2).この 知見において注目すべきは,MeIQx・IQ・DMAA・AFB1・BAP・NDEtlAなど主従・強弱を 別として肝に標的性を持つものだけでなくPhIP・AOMなど肝に標的性を持たない化学物質の 肝発がん性を増強(ないし現出)したことと,少なくとも形態学的に大腸に毒性・発がん性影 響を示さない(安藤,2000)CDAA食が大腸標的発がん性化学物質(MeIQx・IQ・PhIP・AOM) の効果を促進したことの2点である.前者は,まさに発がん高リスク微小環境において化学物 質が通常環境と異なる挙動(それも発がん性という究極のリスク発現の形で)を取ることを明 らかにしたもので,筆者と佐々木研究所 病理部の主張を裏付けると共に,化学物質のリスク評 価・管理において産官学の対応を必要とする情報である.後者は,発がん高リスク微小環境の 効果が必ずしも標的臓器(組織)に限局しないことを示していてそれだけでも重大であるが,

その他臓器(組織)への波及の背景メカニズムを検索する必要性を求めるものである(この段 落のここまでについて,Nakae, 2005).

 

 

(19)

4.おわりに   

本項では,CDAA食投与ラット肝発がんモデルを用いた研究を例として,佐々木研究所病理 部で行われている研究の一端を紹介した.この研究は,前述のように,ヒトの発がん高リスク グループを念頭においた発がん高リスク微小環境を対象とした研究の一部である.佐々木研究 所病理部における研究は,他項において高橋正一・吉田  緑両主任研究員が紹介する別テー マのものも含め,常にヒトへの外挿を考え,ヒトの状況に対応できる動物モデルを用いて,化 学物質の毒性・発がん性の検出と背景メカニズムや,特定の病態(たとえば発がん過程)に対 して化学物質が及ぼす影響について,毒性病理学的および分子生物学的な手法により検索を行 っている.それらより得られる知見は,化学物質のリスク評価・管理にも貢献できるものであ り,また本項で強調したように,化学物質のリスク評価・管理に新しいパラダイムを与えるこ とも可能なものであると自負している.筆者としては,本項に述べた内容そのものに御理解を いただき御興味を持っていただければ幸甚であるが,若輩の身で僭越な申し条であるけれども,

底流にある哲学こそを御明察いただくことにより,駄文なりに,今後の化学物質のリスク評価・

管理がよりよい形,また,あるべき形に発展することに多少なりとも貢献できるのであれば誠 に光栄である.

なお,本項で紹介した研究は,佐々木研究所の前川 昭彦 研究所長および病理部メンバー(図 18),奈良県立医科大学の小西陽一名誉教授と分子病理学講座(旧腫瘍病理学講座)新旧メン バー,佐々木研究所細胞遺伝部の及川恒之部長と同部メンバー,財団法人佐々木研究所付属 杏雲堂病院婦人科の坂本  優部長,大阪市立大学の福島昭治教授とそのグループ,共立薬科 大学の長尾美奈子客員教授および国立がんセンター研究所の若林敬二副所長とそのグループ,

京都大学の大東  肇教授とそのグループ,Oklahoma Medical Research Foundation 

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のDr. Robert A. Floyd・Dr. Yashige Kotakeとそのグループほか,多数の方々の御指導・御協 力等の賜であり,この場を借りて深甚たる謝意を表すものである.さらに,それらの研究は,

文部科学省・厚生労働省・独立行政法人 科学技術振興機構・財団法人 高松宮妃癌研究基金・財 団法人がん研究振興財団・財団法人喫煙科学研究財団・National Institutes of Healthなどに よる助成を受けて行ったものであることを銘記する.

最後に,企画担当者としての立場から一言述べさせていただくが,本特集は,化学物質のリ スク評価・管理における毒性病理学の重要性について「化学生物総合管理」誌 読者諸賢の注意 を喚起するようにとの,特定非営利活動法人 化学生物総合管理学会の増田  優 理事長の御指 示により,取り纏めたものである.したがって,本特集が諸賢にとって少しでも有益であれば,

企画担当者としては,それに過ぎる歓びがない.一方,本特集のもうひとつのテーマは,佐々 木研究所であり,その歴史的役割や近年の活動を紹介することで,化学物質のリスク評価・管 理における毒性病理学の重要性の理解の一助とすることを企図すると共に,この分野において これまで多大な貢献をしてきたにもかかわらず,間もなく歴史から実質的に退場することを余 儀なくされた佐々木研究所に対する一種のレクイエムを捧げる意図もあった.本誌のような学 術誌において情緒的な記述を行うことが適切でなく,特に渦中にある直接の関係者がそうする ことが不公平であり,公私混同であるとの批判を受けるかもしれないが,企画担当者としては,

それについて述べることで,科学,とりわけ基礎研究の社会的役割に関する現状と将来に対す る警鐘を鳴らすことも増田 理事長の意図されたところであるものと理解し,読者諸賢の御許し をお願いして,敢えて佐々木研究所の置かれた状況について思うところについて記す.佐々木 研究所は,嘗て研究所長を務められた橋本 嘉幸 共立薬科大学 理事長が巻頭言にて述べられ,

前川 研究所長の項をはじめとする本特集の各項でも触れられているように,がん研究・毒性学 研究において永年に渡って国内外に重要な情報を発信し続けている.筆者は,縁あって 2002 年 に佐々木研究所に病理部長として赴任した者であり,わずか3年間余りの在任中になにほどの 貢献ができたわけでなく,新参者の分際で多くを語る資格を持たないかもしれない.しかし,

この分野の研究者のひとりとしては,佐々木研究所ががん研究に,同 病理部が毒性病理学とそ れを用いた化学物質のリスク評価・管理に,それぞれ果した歴史的役割の巨大さと今日的活動 の意義(具体的な内容については,各項の記述の繰り返しになるので,ここで触れない)につ いて,自らの赴任以前から重々承知しており,そうした立場からそれらの功績について声を大 にして喧伝することを憚らない.誠に遺憾なことに,そうした背景にもかかわらず,上部団体 である財団法人 佐々木研究所は,佐々木研究所における基礎研究について 2005 年度末をもっ て停止することを決定した.このことの是非については立場により異なる意見もあるであろう し,筆者らの立場では利害関係がありすぎて客観的な意見を言えないとの指摘を受けるであろ う.だが,この事態は現在の基礎研究を取り巻く現実的状況を端的に表しているのであり,そ れが学問的にも社会的にも好ましい行動でないことはひとりの科学者として銘記しておきたい.

佐々木研究所は,なくなる(機構的にはなくならないが,事実上はなくなるのである).そのこ とは,今さらどうしようもないことであるし,感傷を排除して考えれば,生物であれ非生物で あれ,あらゆる存在がいつか消失するのが定めであるという観点から当然のことかもしれない.

それでも,この事象の社会的な意味は,多くの類似する事象と共に,いずれ必ず痛みを伴って 再考察されることになるであろう.どのような分野においても,やめるのは簡単だが,もう一 度はじめるのはきわめて困難である.それは,日本の政治・経済における所謂「喪われた 10 年」

のことを想起すれば,明白であろう.読者諸賢におかれては,佐々木研究所の命運を他山の石 としていただき,それぞれの状況における基礎研究の意義とあるべき姿に思いを致していただ ければ幸である. 

本項を終えるに当たり,筆者としては,佐々木研究所に対して様々な立場から種々の御支援 を賜った多くの方々に対し,いささか僭越であるが心より厚くお礼を申し上げると共に,研究 所関係者に対して,何卒今後も変わらぬ御支援・御指導・御高誼を賜るよう,伏してお願い申 し上げるものである. 

(21)

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