在 日コ リア ン高齢者 の介護 問題 CareIssuesoftheElderlyKoreansinJapan 学 籍 番 号09D2102 氏 名 趙 文 基
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(2) 序章. 第1節. 本 論 文 の テ ー マ ・方 法 と構 成. 本 論 文 の テ ー マ と方 法. 本 論 文 は 、 在 日 コ リア ン高 齢 者 の 介 護 問 題 に 関 す る総 合 的 研 究 の 実 現 に む け て 、 在 日コ リ ア ン の 形 成 史 、戦 後 日 本 社 会 お け る 在 日 コ リ ア ン 民 族 団 体 の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 、 介 護 保 険 制 度 と介 護 保 険 事 業 計 画 の 問題 点 と可 能 性 、 介 護 の 実 践 現 場 の 現 状 と課 題 を 考 察 す る こ と を 目 的 と し て い る 。 こ こ で 在 日 コ リ ア ン と い う表 現 を 採 用 す る の は 、在 日 の 韓 国 ・ 朝 鮮 人 を 包 括 す る た め で あ り、 大 韓 民 国(RepublicofKorea)も (DemocraticPeople'sRepublicofKorea)も. 朝 鮮 民 主主 義人 民 共 和 国. 正 式 な 英 語 表 現 にKoreaを. 含 んで い る こ とに. 基 づ い て い る 。 ち な み に 、 コ リ ア は 高 麗(コ リ ョ)と 言 う李 氏 朝 鮮 時 代 以 前 の 中 世 の 統 一 国 家(918〜1392年)名. か ら 由 来 して お り、 そ こ に は 南 北 を越 え た 統 一 的 な ア イ デ ン テ ィテ ィ. の歴 史 的 根 拠 が 示 され て い る よ うで あ る。 日本 で は 介 護 難 民 と も 呼 ば れ る 人 々 が 存 在 し て い る 。 介 護 保 険 制 度 が 実 施 さ れ て12年 目 に な る が 、 サ ー ビ ス を 受 け る こ とが で き な い 介 護 難 民 問題 が 顕 在 化 し、 そ の 中 に は 異 国 で の 老 後 の 生 活 を 強 い られ た 在 日 コ リア ン高 齢 者 が い る こ とは 忘 れ て は な ら な い。 筆 者 は 、 介 護 保 険 制 度 が 実 施 さ れ る 前 年 度 で あ る1999年. に 、 ま だ 十 分 に 日本 語 を 習 得. しな い ま ま 韓 国 の 韓 瑞 大 学 社 会 福 祉 学 部 の 授 業 の 一 環 と して 来 日 し、 大 阪 で 社 会 福 祉 実 習 を す る こ と に な り2週. 間 滞 在 し、 介 護 保 険 制 度 の 発 足 に備 え て 準 備 中 の 日本 の 老 人 福 祉 施. 設 で 実 習 を行 っ た 。 施 設 の 従 事 者 た ち は 介 護 保 険 制 度 に 移 行 す る準 備 を しな が ら、 新 しい 制 度 や ケ ア マ ネ ジ メ ン トの 枠 組 み に 対 す る 認 識 を 深 め 、 ま た 、 こ れ か ら 要 求 さ れ る 複 雑 な 記 録 の 書 き 方 の 問 題 な ど に 不 安 を 感 じ て い る 様 子 で あ っ た 。 筆 者 は そ の 後 も 日本 の 介 護 保 険 制 度 に 対 す る 強 い 関 心 を も ち 続 け 、2年. 後 再 来 日の機 会 を 得 る こ とが で き た 。 在 日 コ リ. ア ン 高 齢 者 の た め に 設 立 さ れ た 特 別 養 護 老 人 ホ ー ム 「故 郷 の 家 」(大 阪 府 堺 市 南 区)で. 在 日. コ リ ア ン 高 齢 者 介 護 の 担 い 手 と し て 、 現 場 で 約5年. 間働 き な が ら、 在 日コ リア ン 高 齢 者 と. そ の 家 族 と 交 流 す る こ と が で き た 。 さ ら に 、2008年. に は 実 践 経 験 を 生 か し 、介 護 支 援 専 門. 員(ケ ア マ ネ ジ ャ ー)の 資 格 を 取 得 し た 。 そ の 後 、 実 践 現 場 か ら学 ん だ 経 験 を 生 か し 自 分 の 専 門 性 を 高 め る た め に 社 会 福 祉 教 育 ・研 究 で 定 評 あ る 桃 山 学 院 大 学 で 再 び 勉 学 の 道 を 歩 み 1.
(3) 始 めた。 こ う した 経 緯 で 筆 者 は 在 日コ リア ン 高 齢 者 に 関 連 す る諸 問題 に つ い て 研 究 を 進 め 、 現 場 で の 実 践 の 積 み 上 げ か ら得 た 経 験 知 を研 究 に 反 映 しつ つ 、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の介 護 問題 に 関 す る 総 合 的 研 究 を 目指 して い る。 2010年. 、 外 国 人 登 録 者 の 数 を 国 籍 別 に み る と 、 中 国 が68万7,156人. 占 め て い る 。 次 い で 在 日 コ リ ア ン が56万5,989人(26.5%)、 フ ィ リ ピ ン21万181人(9.8%)、. 在 日 コ リ ア ン は 、 そ の99%を 域 に29万. 人(45%)が. け て15.7%(2009)か. ブ ラ ジ ル23万552人(10.8%)、. ペ ル ー5万4,636人(2.6%)と. 特 別 永 住 者 資 格 を も つ 外 国 人 登 録 者 が39万9,106人. 続 い て い る 。そ の な か に は 、. お り 、戦 後 日本 で の 生 活 を 続 け て き た. 占 め て い る(入 国 管 理 局 、2011)。. ま た 、 大 阪 ・兵 庫 ・京 都 地. 居 住 し て い る 。 在 日 コ リ ア ン の 高 齢 化 率 は 、2009年 ら18.5%(2010)と2.8%の. で 全 体 の32.2%を. か ら2010年. にか. 増 加 に な っ て い る 。 こ う した 人 口の 変 動. の 中 で 在 日 コ リア ン の 高 齢 化 問 題 も起 こ っ て い る。 日本 に お け る 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 の 介 護 に 関 す る ア カ デ ミ ッ ク な 研 究 は 、1990年. 代後 半. か ら徐 々 に 始 ま っ た 。 『高 齢 在 日韓 国 ・朝 鮮 人 一 大 阪 に お け る 「在 日」 の 生 活 構 造 と 高 齢 福 祉 の 課 題 』(庄 谷 怜 子 ・中 山 徹 、1997)は. 、 大 阪 市 生 野 区 在 住 の 在 日韓 国 ・ 朝 鮮 人 を対 象 と し. て 実 態 調 査 を 行 い 、年 金 受 給 年 齢 に 達 し た 者 の う ち69%が. 無 年 金 状 態 で あ る と い う こ とが. 明 らか に な っ た 。 庄 谷 らは 彼 らの 生 活 の 特 徴 は 、 生 活 の 不 安 定 性 、 低 位 性 で あ る と述 べ 、 こ の 不 安 定 性 、低 位 性 の 原 因 と し て 、日 本 の 社 会 保 障 の 不 備 を 指 摘 し て い た 。こ の 研 究 は 、 そ の 後 、 在 日コ リア ン 高 齢 者 の 介 護 問 題 を対 象 に した 研 究 分 野 で 影 響 を 与 え て い く こ と に な った。 運 動 の 分 野 で も 在 日 コ リ ア ン 民 族 団 体 に よ っ て 介 護 に 関 す る 研 究 が 進 め ら れ て お り、 1990年. 初 め 、複 数 の 民 族 団 体 の 座 談 会 に よ っ て 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 の 老 後 の 問 題 や 介 護 保. 険 制 度 の 問 題 に つ い て の 議 論 が 始 ま っ た 。1991年. 、 こ う し た 視 点 か ら季 刊 誌 『Sai』 が 在. 日 韓 国 ・朝 鮮 人 問 題 学 習 セ ン タ ー に よ っ て 創 刊 さ れ 、 そ の 後 在 日 韓 国 ・朝 鮮 人 問 題 学 習 セ ン タ ー はKMJ(社)大. 阪 国 際 理 解 教 育 研 究 セ ン タ ー と 改 称 さ れ た が 、 『Sai』 は 現 在 に 至 る ま. で 刊 行 され 続 け て い る 。 そ の 後 、 在 日 コ リア ン の 若 手 研 究 者 や 民 族 団 体 に よ る在 日 コ リア ン 高 齢 者 に 関 す る研 究 の領 域 は 、 介 護 の み な らず 経 済 、 居 住 、 疾 病 な ど に 広 が っ て 行 っ た 。 具 体 的 に は 、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 介 護 ニ ー ズ と支 援 の 問題 、 介 護 サ ー ビ ス の 担 い 手 と し て の 在 日 コ リア ン ニ 2.
(4) 世 ・三 世 の 問 題 、 介 護 に お け る ア イ デ ン テ ィ テ ィ と 文 化 問 題 、 経 済 状 況 と 社 会 保 障 問 題 、 居 住 の 問 題 、 健 康 の 問 題 な ど が 取 り上 げ ら れ て い た 。 2000年. 以 降 は 、 介 護 保 険 制 度 の 実 施 と と も に 研 究 範 囲 は よ り拡 大 さ れ 多 様 化 し 、 研 究 の. 専 門 性 も一 層 深 め られ て き た 。 た と え ば 、 日本 各 地 の在 日コ リア ン 高 齢 者 の 実 態 調 査 を 実 施 し た 研 究 と し て は 、「大 阪 市 の 在 日 コ リ ア ン に お け る 食 文 化 の 民 族 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ; 川 崎 市 の 場 合 と の 比 較 視 点 か ら 」(黄 、2001)、 「介 護 保 険 制 度 下 の 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者;2003 年 大 阪 生 野 区 調 査 か ら 」(垣 田 、2005)、. 『泉 州 地 域 在 日 高 齢 者 福 祉 実 態 調 査 報 告 書 』(泉 州. 地 域 在 日 高 齢 者 福 祉 実 態 調 査 実 行 委 員 会 、2007)、 抑 うつ に 関 す る 比 較 研 究 」(文 、2008)、. 「在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 ・日本 人 高 齢 者 の. 「 福 岡 市 に お け る在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 生 活 と福 祉. サ ー ビ ス の 利 用 に 関 す る 調 査 」(平 野 ら 、2008)、 『コ リ ア ン コ ミ ュ ニ テ ィ に お け る 高 齢 者 居 住 者 の 生 活 と 住 ま い か ら み た 地 域 再 生 の 課 題;西 成 区 在 日 コ リ ア ン 多 住 地 域 を 中 心 と し て 』 (こ り あ ん コ ミ ュ ニ テ ィ 研 究 会 、2011)な 最 新 の研 究. ど が あ る。. 「ケ ア ハ ウ ス に お け る 在 日外 国 人 高 齢 者 へ の 新 た な 生 活 支 援 の 展 開;在. リ ア ン 高 齢 者 の ケ ア ハ ウ ス へ の リ ロ ケ ー シ ョ ン か ら 考 え る 」(金 、2012)で. 日コ. は 、ケ ア ハ ウ ス. に お け る 在 日外 国 人 高 齢 者 へ の 新 た な 生 活 支 援 の 可 能 性 に つ い て 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 の ケ ア ハ ウス へ の リ ロ ケ ー シ ョ ン の 事 例 を取 り上 げ て 考 察 し て い る。 そ こ で は 、 彼 らの 老 後 生 活 に 求 め られ る新 た な 生 活 支 援 の 視 点 と して 、 在 日 コ リア ン高 齢 者 の リ ロ ケ ー シ ョン の あ り方 、 高 齢 者 の 安 ら ぎ を 支 え る 文 化 的 ケ ア お よ び 生 活 支 援 、 共 生 と連 携 の3つ. が焦 点化. され て い た 。 さ ら に 、 在 日 コ リア ン高 齢 者 は 、 彼 ら の慣 れ 親 しん で い る文 化 や 母 語 の 環 境 を 配 慮 して い る 施 設 を 希 望 して い る が 、 こ の よ うな 環 境 を 提 供 して い る施 設 は 極 め て す く な い こ とが 指 摘 され て い た 。 筆 者 は 、 こ れ ら の 先 行 研 究 を 踏 ま え て 、2009年. か ら現 在 ま で 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 福 祉. 現 場 と在 日 コ リア ン家 族 が 直 面 して い る介 護 問 題 に つ い て 研 究 を進 め て き た 。 ま ず 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 の 介 護 の 実 践 現 場 の 現 状 と 課 題 を 明 ら か に し た(趙 、2009)。 の 実 施10年. 目 の2010年. 介護 保 険制 度. に は 、 社 会 福 祉 に お け る歴 史 認 識 を 大 切 す る視 点 か ら在 日 コ リア. ン の 社 会 事 業 史 の 基 礎 的 な 研 究 を 始 め た(趙 、2010)。. こ う した 研 究 は 、 在 日 コ リ ア ン 民 族. 団 体 に よ る 高 齢 者 へ の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 を 探 る 研 究 に ま で 拡 大 し た(趙 、2011)、 (趙 、2012a)。. さ ら に 、在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 へ の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 の 研 究 に と ど ま. ら ず 、 介 護 保 険 制 度 と 介 護 保 険 事 業 計 画 の 問 題 点 と 可 能 性 を 探 究 す る 研 究 も 開 始 し た(趙 、 3.
(5) 2012b)。. こ う して 筆 者 は 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 が 直 面 し て い る介 護 の 諸 問 題 の 解 決 の 方 向. 性 を 究 明 し 、 先 行 研 究 に は 見 ら れ な い 達 成 点 を 目指 し て い る の で あ る 。. 第2節. 本論 文 の構 成. 前 述 した よ うに 、 本 論 文 で は 在 日コ リア ン 高 齢 者 の 介 護 問題 に 関 す る総 合 的 研 究 を 目指 し、 在 日 コ リア ン の 形 成 史 、 戦 後 日本 社 会 お け る在 日 コ リ ア ン 民 族 団 体 の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 、 介 護 保 険 制 度 と介 護 保 険 事 業 計 画 の 問題 点 と可 能 性 、 介 護 の 実 践 現 場 の 現 状 と 課 題 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て い る 。 本 論 文 は 、 序 章 、 第1章. か ら 第5章. 、そ し. て 終 章 に よ っ て 構 成 され て い る。 各 章 各 節 の 要 点 は 以 下 の とお りで あ る。 ま ず 、 第1章. 「 在 日 コ リア ン の 形 成 と植 民 地 朝 鮮 の 社 会 事 業 」 で は 、 在 日 コ リア ン 高 齢. 者 の 人 生 の 背 景 の 一 端 を 明 ら か に す る た め に 、 戦 前 の 植 民 地 朝 鮮 か ら 日本 本 土 へ の 渡 航 に つ い て の 歴 史 を 概 観 す る 。 そ し て 日韓 併 合 以 来 、 日本 の 植 民 地 統 治 政 策 が 生 み 出 し た 朝 鮮 に お け る 貧 困 問 題 と渡 航 の 関 連 を 明 らか に し、 植 民 地 時 代 の 朝 鮮 で の 社 会 事 業 の 不 十 分 さ に つ い て 方 面 委 員 制 度 を 事 例 に検 討 す る。 第1節. で は 、 戦 前 の 在 日 コ リ ア ン の 植 民 地 朝 鮮 か ら 日本 本 土 へ の 渡 航 に つ い て の 歴 史 を. 概 観 し 、 日 韓 併 合 以 来 、 日本 の 植 民 地 統 治 政 策 が 生 み 出 し た 朝 鮮 に お け る 貧 民 形 成 と渡 航 の 関 連 を 明 ら か に し 、 第2節. で は 、 貧 民 形 成 の も う一 つ の 要 因 で あ る 社 会 事 業 の 不 十 分 さ. を 、 方 面 委 員 制 度 を事 例 に 検 討 す る。 第2章. 「民 族 団 体 の 介 護 支 援 活 動(1)在. 日本 大 韓 民 国 民 団 」 で は 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者. へ の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 を 、 在 日本 大 韓 民 国 民 団(以 下 、 民 団)の 活 動 に 焦 点 を 合 わ せ て 明 らか に す る。 在 日 コ リア ン の 日常 生 活 支 援 か ら高 齢 者 の 介 護 支 援 ま で 活 動 を展 開 し て き た 民 団 の 組 織 と運 動 に つ い て 概 観 し、 次 に 民 団 新 聞 に 掲 載 され た 民 団 の 介 護 支 援 活 動 の 記 事 を整 理 し紹 介 す る こ と に よ っ て 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 を示 す 。 そ して 、 在 日コ リア ン 高 齢 者 向 け の 介 護 サ ー ビス 事 業 所 な どの 福 祉 団 体 の 介 護 支 援 活 動 の 現 状 を 、 行 政 の 介 護 情 報 デ ー タ ベ ー ス の 分 析 を 通 して 明 らか にす る 。 第1節. で は 、 在 日 コ リア ン の 日常 生 活 支 援 か ら高 齢 者 の 介 護 支 援 ま で 活 動 を 展 開 し て き. た 民 団 の 組 織 と 運 動 に つ い て 概 観 し 、 第2節. で は 、 民 団 新 聞 に掲 載 され た 民 団 の 介 護 支 援. 活 動 の 記 事 を 主 と し て 整 理 し 紹 介 し て い る 。 そ し て 第3節 4. で は 、2節. で 紹 介 した 在 日 コ リ.
(6) ア ン 高 齢 者 向 け の 介 護 サ ー ビス 事 業 所 とそ れ 以 外 の 福 祉 団 体 の 介 護 支 援 活 動 の 現 状 を 、 行 政 の 介 護 情 報 デ ー タベ ー ス の 分 析 を 通 して 明 らか に す る。 第3章. 「民 族 団 体 の 介 護 支 援 活 動(2)在. 日本 朝 鮮 人 総 連 合 会 」 で は 、 在 日 コ リア ン 高 齢. 者 へ の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 を 、 在 日本 朝 鮮 人 総 連 合 会(以 下 、 総 連)の 活 動 に 焦 点 を 合 わ せ て 明 ら か に す る 。 民 団 と 同様 に 在 日コ リア ン の 日常 生 活 支 援 か ら高 齢 者 の 介 護 支 援 ま で の 諸 活 動 を 展 開 して き た 総 連 の 組 織 と活 動 を 概 観 し 、 次 に 朝 鮮 新 報 に 掲 載 され た 総 連 の 介 護 支 援 活 動 の 記 事 を 整 理 し紹 介 す る こ と に よ っ て 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 を 示 す 。 特 に 、 民 族 学 校 と 連 帯 し た 介 護 支 援 活 動 で あ る 「ウ リ(私 た ち)式 の 介 護 」(以 下 、 ウ リ 式 の 介 護)に つ い て 紹 介 し 、 そ の 現 状 と 課 題 を 明 ら か に す る 。 第1節 第2節. で は 、 長 年 に わ た り民 団 と対 立 し て き た 総 連 の 組 織 と活 動 の 歴 史 を 明 らか に し、 で は 、 朝 鮮 新 報 に 掲 載 され た 、 総 連 の 介 護 支 援 活 動 の 記 事 を紹 介 しそ の 歴 史 的 展 開. を 提 示 す る 。そ し て 第3節. で は 、2節 で 紹 介 し た ウ リ式 の 介 護 の 現 状 と課 題 を 明 ら か に し 、. さ らに 、 在 日コ リア ン の介 護 支 援 活 動 が 直 面 して い る課 題 を 、 二 つ の 民 族 組 織 の 対 立 に 見 出 し、 そ の 克 服 の 方 向 性 を 展 望 す る。 第4章. 「介 護 保 険 制 度 と 介 護 保 険 事 業 計 画 の 問 題 点 と 可 能 性 」 で は 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢. 者 の 介 護 問 題 の 解 決 に 向 け て 介 護 保 険 制 度 の 仕 組 み と介 護 保 険 事 業 計 画 の 問 題 点 と 可 能 性 に つ い て の 検 討 を 行 う。 ま ず 、 第1節. で は 、 外 国 人 で あ る 在 日 コ リア ン高 齢 者 も加 入 す る 権 利 が あ る制 度 と して. 位 置 づ け ら れ て い る 介 護 保 険 制 度 の 仕 組 み に つ い て 概 観 し 、 第2節. で は 、介護 保 険 制度 を. 前 提 と して 市 町 村 にお い て 作 成 さ れ る 介 護 保 険 事 業 計 画 の 概 要 を 明 らか に し、 介 護 保 険 事 業 計 画 の 前 提 と な る根 本 的 な 問 題 を 指 摘 す る 。 そ して 、 そ の 問 題 の解 決 を 可 能 に す る外 国 人 住 民 に か か わ る 住 民 基 本 台 帳 制 度(外 国 人 住 民 基 本 台 帳 制 度)の 改 定 の 動 き を 紹 介 す る 。 そ し て 第3節. で は 、 地 域 の 介 護 問 題 に 対 応 し う る介 護 保 険 事 業 計 画 の 可 能 性 を 一 層 高 め る. た め に 、 地 域 に お け る 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 を 支 え る 取 り組 み を 紹 介 し 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 の 介 護 問 題 の 解 決 に 積 極 的 に 貢 献 し て い る 地 域 活 動 の 検 討 を 進 め る 。 そ れ ら の 取 り組 み や 地 域 活 動 の 成 果 が 介 護 保 険 事 業 計 画 に生 か され る こ と こそ 、 在 日 コ リア ン高 齢 者 の 介 護 問題 に 対 応 し うる介 護 保 険 事 業 計 画 の 可 能 性 を 高 め て い く道 で あ る と思 わ れ る 。 第5章. 「介 護 の 実 践 現 場 の 現 状 と 課 題 一2つ. の社 会 調査 に基 づ いて 」 で は、 高齢化 が進. む 泉 州 地 域 の 在 日 コ リ ア ン高 齢 者 福 祉 の 実 態 調 査 と、 当 事 者 で あ る 在 日コ リア ン 高 齢 者 の 5.
(7) ラ イ フ ヒス トリー に つ い て の イ ン タ ビ ュ ー 調 査 の 結 果 を 紹 介 し、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の介 護 の 実 践 現 場 の 現 状 と課 題 を 明 ら か に す る。 さ らに 、 介 護 保 険 制 度 の利 用 問 題 と ア イ デ ン テ ィ テ ィ 問 題 の 検 討 を 行 っ て い る。 第1節. で は 、 高 齢 化 が 進 む 泉 州 地 域 の 在 日 高 齢 者 福 祉 調 査 で あ る 『泉 州 地 域 在 日 高 齢 者. 福 祉 実 態 調 査 報 告 書 』(以 下 、 泉 州 報 告 書)の2007年. 度 報 告 の 概 要 を 紹 介 し 、 第2節. では、. 筆 者 が 働 い て い た 施 設 に入 所 して い る 高 齢 者 の ライ フ ヒ ス ト リー イ ン タ ビ ュ ー 調 査 を 紹 介 し 、 施 設 の 現 状 と課 題 を 明 ら か に す る 。 そ し て 第3節 題 と し て 、 第1節. お よ び 第2節. で は 、 在 日コ リア ン 高 齢 者 の 介 護 問. か ら抽 出 され た 介 護 保 険 制 度 の 利 用 問 題 とア イ デ ン テ ィ テ. ィ 問 題 を 取 り上 げ 、 検 討 を 進 め る 。 介 護 保 険 制 度 は 日本 人 に と っ て も 複 雑 で あ る が 、 異 な る 民 族 性 や 文 化 を持 つ 在 日コ リア ン 高 齢 者 が 利 用 す る に は 一 層 民 族 性 や 文 化 に も とつ く 問 題 が あ り、 施 設 を利 用 す る に して も、 そ こで 在 日コ リア ン 高 齢 者 が 直 面 す る の が ア イ デ ン テ ィ テ ィ 問 題 で あ る か らで あ る。 そ して 、 社 会 的 保 障 が 十 分 な い ま ま に 迎 え て い る在 日 コ リア ン の 高 齢 化 問 題 、 経 済 的 基 盤 が な い ま ま 老 後 を 暮 ら して い る 在 日 コ リア ン 高 齢 者 とそ れ を支 え る在 日 コ リア ン 家 族 が 直 面 して い る 問 題 の 一 端 を 明 ら か に し て い る。 終章. 「本 論 文 の 達 成 点 と 今 後 の 課 題 」 で は 、 本 論 文 の 達 成 点 を 総 括 しつ つ 、 達 成 で き な. か っ た 点 も確 認 し、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 介 護 問 題 の 改 善 に 向 けて 一 層 の 検 討 を 進 め る た め の 諸 課 題 を 提 示 す る 。 そ れ らの 諸 問 題 へ の 対 応 に よ っ て 在 日 コ リア ン高 齢 者 の 介 護 問 題 の 改 善 に 貢 献 して い く こ と を 今 後 の 主 要 課 題 と し た い 。. 6.
(8) 第1章. 在 日 コ リア ン の形 成 と植 民 地 朝 鮮 の社 会 事 業. 筆 者 は 、 序 章 で 述 べ た よ うに 来 日 して か ら現 在 に 至 る ま で 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 福 祉 現 場 お い て 介 護 職 に 携 わ っ て き た 。 そ し て 本 論 文 の 第5章. の 原 形 とな っ た 、 在 日 コ リア ン高. 齢 の 介 護 問 題 を 中 心 に した 「 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 の 介 護 問 題:二 て 」(趙、2009)を. っ の 社 会 調 査 に も とつ い. ま ず 発 表 し た 。 そ こ で は 、在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 と そ の 家 族 へ の ア ン ケ ー ト. 調 査 お よ び イ ン タ ビ ュ ー 調 査 に も と つ く検 討 を 行 い 、 社 会 保 障 が 充 分 で な い ま ま に 迎 え て い る在 日 コ リア ン の 高 齢 化 問 題 、 す な わ ち 経 済 的 基 盤 が な い ま ま 老 後 を 暮 ら し て い る在 日 コ リア ン 高 齢 者 とそ れ を 支 え る在 日 コ リア ン 家 族 が 直 面 して い る 問 題 の 一 端 を 明 ら か に し た。 しか し、 現 在 に 生 き る在 日 コ リア ン 高 齢 者 に と っ て. 「自 分 ら し く 生 き る こ と 」 は ど の よ. うな 意 味 を も っ の か 、 そ の 疑 問 か ら 、 過 去 に お け る 在 日 コ リ ア ン の 人 生 を ふ り か え る 必 要 性 を感 じ在 日コ リア ン の歴 史 研 究 に 学 び っ っ 、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 人 生 の 背 景 を 明 らか に す る 試 み に 取 り組 む こ と に し た 。 そ の 成 果 が 本 章 で あ る(趙 、2010)。 ま ず 、 第1節. で は 、 戦 前 の 在 日 コ リ ア ン の 植 民 地 朝 鮮 か ら 日本 本 土 へ の 渡 航 に つ い て の. 歴 史 を 概 観 し 、 日韓 併 合 以 来 、 日本 の 植 民 地 統 治 政 策 が 生 み 出 し た 朝 鮮 植 民 地 の 貧 民 形 成 と 渡 航 の 関 連 を 明 ら か に し た い 。 第2節. で は 、 貧 民 形 成 の も う一 つ の 要 因 で あ る社 会 事 業. の 不 十 分 さ を 、 方 面 委 員 制 度 を 事 例 に 検 討 す る。. 第1節. 日本 へ の 渡 航 と そ の 背 景. 朝 鮮 半 島 に お け る民 衆 の 生 活 に 影 響 を 与 え た 社 会 的 な 事 件 を ふ りか え っ て 見 る と 、 そ の 根 本 に は 、100年. 前 の 日 韓 併 合 が あ る 。 庄 谷 怜 子 ・中 山 徹(1997)ら. に よ る と在 日 コ リ ア ン. の 形 成 史 は 大 き く三 つ の 時 期 に 分 け る こ とが で き る 。 筆 者 と して は こ の 時 期 区 分 に 従 い つ つ 、 朴 貞 蘭(2007)の. 研 究 に も とつ い て 植 民 地 に お け る社 会 事 業 の 変 遷 も加 え て 在 日 コ リ ア. ン の 形 成 史 を 概 観 し た い 。 な お 、 在 日 コ リア ン 数 の 推 移 は 図1‑1の 第 一 期 は 、1910年 (1899)の. 代 の 季 節 的 出 稼 ぎ 期 で あ る 。1910年. とお りで あ る。. の 日韓 併 合 以 前 は 、 明 治32年. 勅 令 に よ り外 国 人 労 働 者 は 許 可 な く 来 日 し た り、 あ る い は 営 業 す る こ と が で き な 7.
(9) い 時 代 で あ っ た 。 そ し て 、 朝 鮮 の 軍 隊 は 解 体(1907)さ. れ 、1910年. 完 全 に 日本 に 併 合 され 朝. 鮮 を 統 治 す る 総 督 府 が 設 置 さ れ た 。 し か し 、 日韓 併 合 と 同 時 に 自 由 に 来 日 す る こ と が 可 能 に な り季 節 の 仕 事 を 求 め 、 出 稼 ぎ の 手 段 と し て 来 日 す る よ う に な っ た 。 朝 鮮 王 朝 末 期 の 民 族 資 本 は 日本 の 独 占 資 本 へ 吸 収 さ れ 、 数 多 く の 失 業 者 が 、 海 外 移 住 せ ざ る を 得 な い 時 期 で も あ っ た 。 第 一 期 に 来 日 し た 人 口 は26,605人(1919年)で 第 一 次 世 界 大 戦(1914)を. あ る。. 迎 え た 日本 の 経 済 は 、 好 景 気 で あ っ た た め 在 日 コ リ ア ン 労 働 者. の 募 集 を 始 め て い た 。1910年. か ら1918年. の 問 に 土 地 調 査 事 業 が 実 施 され た 結 果 、 土 地 を. 失 っ た 農 民 に は 、 出 稼 ぎ が で き る チ ャ ン ス が 生 じた 時 期 で あ っ た 。 し か し、 政 治 的 な 理 由 で 渡 航 の 制 限 と 解 除 は 繰 り返 さ れ た 。 社 会 事 業 と し て は 、 位 救 関 係 の 恩 賜 賑 位 資 金 管 理 規 則(1916)、 定 、 軍 事 救 護 法(1917)な 難 救 護 令(1914)が. 恩 賜賑 位 資金 窮 民 救助 規. ど の 法 令 が 制 定 さ れ た 。 ま た 、 羅 災 ・水 難 の 救 護 の 関 係 で 朝 鮮 水. 下 され た 。. 医 療 事 業 で は 、1917年. 行 旅 病 人 救 護 資 金 を 設 け て 徐 々 に 実 施 し て い た 。従 来 の 行 旅 病 人. の 死 亡 事 件 は 、 事 件 発 生 の 地 域 の 府 面 区長 が 事 件 を 担 当 し、 そ の 費 用 は 家 族 あ る い は 、 親 戚 に弁 償 させ て い た が 、 救 護 資 金 を 使 い そ の 事 業 で 賄 う こ とに な っ た 。 そ の 当 時 の 行 旅 病 人 の 原 因 は 飲 酒 、博 打 、疾 病 、扶 養 者 な し 、怠 慢 な ど で あ る と 朴 は 述 べ て い る(朴 、2007)。. 図1‑1戦. 出 所:『. 前 に お け る在 日 コ リア ン の 人 口現 況 年. 人口. 年. 人口. 襯. 1911. 2527. 1928. 238102. 180. 1912. 3171. 1929. 275206. 1913. 3635. 1930. 298091. 1914. 3542. 1931. 311247. 1915. 3917. 1932. 390543. 1916. 5624. 1933. 456217. 1917. 14502. 1934. 537695. 1918. 22411. 1935. 625678. 1919. 26605. 1936. 690501. 1937. 735689. 1938. 799878. 160. ■. 140 120. 100. 80. 1920. 30189. 1921. 38651. 1922. 59722. 1939. 961591. 1923. 80415. 1940. 40. 1924. 118152. 1941. 1190444 1469230. 1925. 129870. 1942. 1625054. 20. 1926 1927. 143798. 1943. 1882456. 165286. 1944. 1936843. ■. 在 日 コ リ ア ン の 歴 史 』9頁. 第 二 期 で あ る1920年. ,. ■. 60. 。. 代 は 、 土 地 調 査 事 業 に加 え て 、 産 米 増 産 計 画 が 行 な わ れ 経 済 的 な 8.
(10) 変 化 を 受 け た 在 日 コ リ ア ン の 渡 航 が 増 加 し た 時 期 で あ る 。産 米 増 産 計 画(1920年. 〜1934年). は 、 日本 の 食 糧 ・米 価 問 題 や 国 際 収 支 対 策 に 役 立 っ た が 、 昭 和 恐 慌 期 以 後 、 同 じ収 穫 期 ・ 出 廻 期 に 同 質 の 朝 鮮 米 が 大 量 に 流 入 した こ と に よ っ て 、 出 廻 期 の 米 価 低 落 に 拍 車 を か け 、 日 本 の 地 主 制 や 農 業 を 圧 迫 す る よ う に な っ た 。そ れ は さ ら に 、朝 鮮 農 民 の 深 刻 な 食 糧 不 足 ・ 経 済 的 破 壊 を 引 き 起 こ して い た 。 1919年3.月1日. の 大 規 模 な 独 立 運 動 を き っ か け と し て1920年. 代 に は 、各 地 で 独 立 運 動. が 起 こ っ た 。 し か し 、 日本 は 武 力 に よ り そ れ ら の 運 動 を 弾 圧 し た 。 他 方1922年 州 島 と大 阪 間 に 連 絡 船. には 、済. 「君 ヶ 代 丸 」 を 就 航 させ た 。 出 稼 ぎ コ リ ア ン に と っ て 、 日本 が 認 め. て い る 交 通 手 段 に な り 、1929年. に は275,206人. が 渡 航 し た 。 第1期. に 比 べ る と10倍. を超. え る 出 稼 ぎ コ リア ン が 海 を 渡 る こ と に な っ た 。 日本 の 統 治 政 策 も 慈 善 か ら 社 会 事 業 へ 転 換 し 、 方 面 委 員 制 度 な ど の 社 会 事 業 も 展 開 す る こ と に な っ た 。 植 民 地 に お け る 社 会 事 業 の 始 ま り は1921年 か ら で あ る 。1929年. の 朝鮮 社 会事 業研 究会 の活 動. に は こ の 研 究 会 は 、朝 鮮 社 会 事 業 協 会 と し て 新 た に 発 足 す る こ と に な. っ た 。そ の 発 足 の 趣 旨文 で は 「 社 会 民 衆 の 幸 福 増 進 の 助 け に な る だ ろ う と 確 信 し ま す 。」 と 唱 え られ て い た 。 朝 鮮 社 会 事 業 協 会 の 設 立 の 目的 は 、 民 衆 の 社 会 福 祉 を 増 進 し 、方 面 委 員 制 度 の 制 定 、 社 会 啓 発 、 児 童 の 保 護 、 失 業 者 の 救 済 、 細 民1)の. 生活 の安定 、細 民救 済 な ど. で あ り、 民 衆 の た め に 診 療 所 な ど を 設 置 した 。 赤 十 字 社 の 朝 鮮 本 部 病 院 も こ の 時 期 に 開設 さ れ た 。 朝 鮮 社 会 事 業 研 究 会 以 来 、 朝 鮮 社 会 事 業 協 会 は 調 査 研 究 も 行 い 『朝 鮮 社 会 事 業 』 を 発 刊 した 。 そ れ は 今 日に 至 る ま で 多 くの 研 究 者 が植 民 地 史 を 研 究 す る 資 料 と して 使 わ れ てい る。 当 時 の 『朝 鮮 社 会 事 業 』 に は 、 漢 江 の 水 害 の 救 済 活 動 と 水 害 の 生 ん だ バ ラ ッ ク の 大 家 族 な どの 記 事 が 載 せ られ た 。 児 童 の 福 祉 活 動 で は 、 済 生 院 養 教 の 孤 児 収 容 に 関 す る記 事 も あ り 貧 児 の た め の 臨 時 学 校 の 建 設 の 必 要 性 を 訴 え て い た 。 さ ら に 細 民 ・窮 民 の こ ど も ら が 食 べ て い た も の を 紹 介 し朝 鮮 の 食 環 境 を 記 して い た 。 ま た 、 朝 鮮 の 高 い 乳 児 の 死 亡 率 と棄 児 の 増 加 が 目立 つ 時 期 で も あ っ た 。. 『朝 鮮 社 会 事 業 』 に は 、 医 療 と 疾 病 に 関 す る 法 律 の 制 定. を 求 め る 声 や 、 棄 児 の 原 因 を 貧 困 や 生 活 難 とす る見 解 が 掲 載 され て い た 。 第 三 期 で あ る1930年. 代 か ら1940年. 代 前 半 に か け て 、軍 事 工 場 と 戦 場 へ の 総 動 員 で 、民. 間 企 業 に よ る 集 団 募 集 や 行 政 よ る 斡 旋 が 行 わ れ た 。1931年. に 満 州 事 変 が 起 こ る と 、再 び 日. 本 へ の 来 日は 制 限 され 身 分 証 明 書 を 持 た ず に 渡 航 す る こ と は で き な い 時 期 と な っ た 。 さ ら 9.
(11) に 、 日本 は 、 朝 鮮 人 を 侵 略 戦 争 に 動 員 す る た め に 植 民 地 内 で の 移 住 を 厳 し く 禁 止 し た 。 ま た 、 内 鮮 一 体 の 名 の も と に 、 朝 鮮 人 の 民 族 性 を 抹 殺 し よ う と し た 。1938年. に 国民精 神総 動. 員 朝 鮮 連 盟 を 結 成 し 、 山 間 僻 地 に ま で 建 て させ た 神 社 の 参 拝 、 毎 朝 の 宮 城 遙 拝 、 日の 丸 掲 揚 な ど を 朝 鮮 人 に 強 要 した 。 教 育 令 の 改 定 で 、 学 校 で の 朝 鮮 語 の 教 育 、 使 用 を 禁 止 し、 朝 鮮 語 を 使 っ た 場 合 は 罰 金 を と り 、 そ れ だ け で 落 第 さ せ た 。 官 庁 で も 日本 語 使 用 を 強 制 す る 一方. 、1940年. 代 に 入 る と 朝 鮮 語 の 新 聞 、雑 誌 を 廃 刊 させ 、 朝 鮮 語 辞 典 の 編 纂 を 進 め て い た. 朝 鮮 語 学 会 を 解 散 させ る な ど、 朝 鮮 語 の 抹 殺 を進 め た 。 植 民 地 内 で の 移 住 を 禁 止 し な が ら も 、 日本 は 朝 鮮 人 を 満 州 に 移 住 さ せ る 狙 い で1934年 朝 鮮 人 移 住 対 策 要 目を 策 定 し、 満 州 へ の 移 住 を 奨 励 した 。 土 地 調 査 事 業 と産 米 増 産 計 画 の 影 響 で 農 民 の 貧 民 化 と 分 解 は 一 層 促 進 さ れ 、 土 地 を 失 っ た 小 作 農 は 日本 へ の 渡 航 と 満 州 へ の 移 住 を 目 指 し た 。 た と え ば 、1941年. に は 、 皇 民 化 政 策 が 一 層 推 進 さ れ1,469,230人. の在. 日 コ リア ン が 存 在 し て い た 。 以 上 の よ うに 、 渡 航 の 背 景 に は 植 民 地 朝 鮮 に お け る貧 困 問 題 が あ っ た 。 し か し、 そ れ は 単 純 な 貧 困 の 問 題 で は な か っ た 。 実 際 に は 、1920年 民2)、 細 ・窮 民 な ど と 呼 ば れ て い た 。1935年 人 、 細 ・窮 民 日本 人186人. 代 か ら急 速 に 貧 民 化 した 農 民 は 、土 幕. の 京 城3)(ソ. ウ ル)の 場 合 は 、細 ・窮 民22,496. が 存 在 し て い た 。 植 民 地 に は 、 朝 鮮 の 貧 民 と 同 様 に 日本 貧 民 も. 含 ま れ て い た の で あ る 。 さ ら に 、 住 宅 不 足 問 題 も 発 生 し て い た 。1933年7,月 報 』に よ る と 、朝 鮮 人15.15%、. 日本 人2.74%の. の 『京 城 日. 住 宅 が 不 足 で あ る状 況 が 記 載 され て い た 。. こ れ ら の 問 題 は 、 土 地 調 査 事 業 に よ る 農 民 の 没 落 と生 活 の 基 盤 を 失 っ た 農 民 の 貧 困 化 が 拡 散 され た 結 果 で あ る。 植 民 地 の 貧 民 は 、 相 対 的 に 経 済 発 展 の 進 ん だ 南 部 に集 中 して い る。 発 展 が 遅 れ て い た 北 部(京 畿 道 、 平 安 道 、 黄 海 道)に は 少 な か っ た 。 そ の 理 由 と し て は 、 農 村 内 部 の 没 落 した 農 民 の過 剰 人 口 が 南 部 に 累 積 され た か らで あ る 。 さ ら に 、 春 窮 期 とい っ た ニ カ.月間 は 、 草 根 木 の 類 を 食 し て 飢 え を 癒 す 時 期 で も あ り 、 農 村 を 離 れ た 貧 農 は 、 流 民 化 、 乞 食 化 さ れ 、 山 地 に 入 り火 田 民4)に な っ た り 、 都 市 に 移 動 し て 貧 民 を 形 成 し た り 、 ま た 日本 に 移 住 せ ざ る を 得 な か っ た 。 な お 、1928年. の 資 料 で あ る が 、 植 民 地 朝 鮮 の 貧 民 数 は 次 の 表1‑2と. 10. お りで あ る 。.
(12) 表1‑2植. 民地 時代 の貧 民数. (単 位:人). 細民. 比 率(%). 窮民. 乞食. 世 帯数. 人 口. 世 帯数. 人 口. 世帯数. 人 口. 全羅道. 82,183. 362,612. 17,517. 69,582. 29.1. 25.4. 2,500余. 慶 尚道. 77,783. 340,708. 17,675. 64,733. 22.7. 18.6. 4,300余. 京畿道. 43,249. 196,844. 6,663. 28,200. 12.8. 江原道. 37,453. 164,180. 6,395. 28,070. 16.5. 14.4. 800余. 忠清道. 60,816. 174,219. 49,659. 35.1. 29.5. 900余. 平安道. 50,610. 111,727. 5,535. 12,764. 22.7. 19.5. 500余. 黄海道. 33,828. 155,749. 4,254. 17,608. 23.2. 11.9. 600余. 成鏡道. 25,520. 3,760. 15,015. 14.9. 12.1. 150余. 出 所:『 韓 国 社 会 事 業:成. 27,001. 11,716. 立 と 展 開 』85頁. 1.1. 人. 900余. の資 料 を も とに作成 。. さ ら に 、 こ う した 貧 民 を大 量 に 生 み 出 した 背 景 に は 、 日本 の 主 導 下 に 行 わ れ た 東 洋 拓 植 株 式 会 社 の 活 動 が あ っ た 。 土 地 を抵 当 に お 金 を貸 し返 済 の 能 力 が な い 農 民 か ら は 、 土 地 を 取 り 上 げ 、奪 っ た 土 地 に は 日本 か ら の 農 民 を 送 り込 む 植 民 地 政 策 を 実 行 し て い た 。日本 は 、 土 地 所 有 権 の 近 代 化 を 名 目に 一 方 的 な 土 地 調 査 を 行 い 、 そ の 当 時 の伝 統 的 に 土 地 の 私 有 権 の 意 識 が 薄 い 朝 鮮 農 民 か ら 土 地 を 奪 っ た 。 識 字 の 問題 か ら 申 告 が 困 難 な 耕 作 者 は 、 占有 権 を 失 い 小 作 農 化 され る こ と に な っ た 。1910年 い 利 子 の 借 金 に 追 わ れ て い た 。 表1‑2に. 代 に は 、土 地 を 失 い 没 落 し た 農 民 が 増 加 し 高. 示 され る貧 民 の 数 は 、 没 落 した 農 民 で 、 小 作 人 の. 生 活 か ら逃 げ 出 し、 ス ラ ム 街 を形 成 した 人 々 の 数 で あ る。 皇 民 化 政 策 下 で 貧 民 を 救 済 す る た め に 、貧 民 救 済 団 体 で あ る 和 光 教 院 は 、収 容 地(18,798 坪)に1千. 戸 の 世 帯 を収 容 し、授 産 、託 児 、施 療 な ど の 福 祉 事 業 を 行 っ て い た 。 これ ら の 活. 動 は 、 朝 鮮 救 護 令(1944)の. も と に 行 わ れ た。 し か し、 そ れ らは 朝 鮮 人 を 徴 兵 す る た め の 表. 向 き の 制 度 で あ っ た 。 日本 は 、 決 戦 下 国 民 生 活 の 楷 調 保 持 ・人 的 資 源 確 保 の 視 点 か ら 政 策 の 確 立 を 急 い で い た 。 朝 鮮 救 護 令 は 、 制 度 の 円 滑 な 運 営 の た め に 自 治 体(邑 面 長)の 補 佐 委 員 とそ の 委 員 会 を設 け る こ と に して い た 。 そ の 中 心 的 な 役 割 を果 した の が 、 方 面 委 員 を 委 属 す る計 画 で あ った。 施設 設 備 面 で は、朝 鮮 救護 令 は既 存 の養 老 院 、保 育 院 、病 院 な どを 救 護 施 設 と称 し 、 地 域 の 均 等 な 整 備 を 図 っ た 。 救 護 の 種 類 は 、 生 活 扶 助 、 医 療 、 助 産 、 生 11.
(13) 業 扶 助 の4種. 類 で 、 施 設 よ り在 宅 で の 救 護 を 原 則 に し て い た 。 植 民 地 朝 鮮 に と っ て は 、 近. 代 化 され た 社 会 福 祉 制 度 を 受 け入 れ る機 会 で あ る も の の 、 救 護 令 そ の もの が 持 つ 矛 盾 も 多 く指 摘 され て い た 。 た と え ば 、 対 象 者 を制 限 す る制 限 救 護 主 義 や 失 業 者 救 済 の 排 除 な どで あ る。 朝 鮮 教 護 令 の 意 義 は 近 代 的 意 味 で の 公 的 扶 助 の 出 発 点 と もい え る 。 しか し 、 朝 鮮 救 護 令 は 実 際 の 効 果 を見 せ る こ とな く 日本 の 敗 戦 に よ り中 断 さ れ て しま っ た 。. 第2節. 植 民地 時代 の社 会事 業. 前 節 で 見 た よ う に 、 植 民 地 を 併 合 し た 日本 は 、 生 活 の 苦 し み を 経 験 し て い る 朝 鮮 の 貧 民 に 対 し て 、 恩 賜 の 救 済 と い う名 を 借 り て 社 会 事 業 を 実 施 し た 。 日 本 は 、 内 鮮 一 体 を 押 し 付 け て 、 朝 鮮 の 民 衆 を皇 民 化 す る 手 段 と して 、 社 会 福 祉 政 策 を利 用 した 。 植 民 地 に 対 す る 支 配 を正 当 化 す る た め の 手 段 で あ っ た 。 日本 は 、種 々 の 社 会 資 源 を 獲 得 す る 目 的 で 、複 数 の 「ア メ と鞭 」 の 政 策 を 実 施 し て き た 。 1910年. に は 、 日韓 併 合 の 正 当 性 を ア ピ ー ル し な が ら 、皇 室 の 恩 賜 金 を 使 い 形 式 的 な 慈 善 活. 動 に使 用 した 。 た だ し、 実 際 の 救 済 は 、 わ ず か な 元 金 の 利 子 で 実 施 され た 。 恩 賜 金 の 対 象 者 は 、 貴 族 や 日 韓 併 合 の 功 労 者 、 両 班(ヤ ン パ ン)、 儒 生5)(職. 業 訓 練 や 教 育)、 親 孝 行 者 で. あ っ た 。 救 済 資 金 と し て 使 用 さ れ る名 目 と し て 、 一 般 的 な 貧 民 救 済 基 金 、 ハ ン セ ン 病 院 の 資 金 、 精 神 疾 患 者 の 救 済 の 資 金 な どが あ っ た 。 これ らの 事 業 は 、 既 に 述 べ た よ うに 恩 賜 金 の 利 子 な ど で 運 営 さ れ て い た が 、 こ れ ら の 恩 賜 金 は 朝 鮮 の 民 心 を 安 定 さ せ る 資 金 で あ り純 粋 な 救 済 目 的 の 社 会 事 業 と は 言 い 難 か っ た 。 ま た 、 恩 賜 金 は 民 心 の 不 満 の 対 象 で あ り売 国 文 券 とも呼 ばれ た。 植 民 地 政 策 へ の 反 発 は 、 つ い に 民 衆 の 独 立 運 動 に つ な が っ た 。 日本 は 植 民 地 に 対 す る 政 策 の 変 化 を 避 け ら れ な く な っ た 。 日本 の 自 治 会 を 模 し た 町 洞 会(町 内 会)が 首 都 圏 地 域 に 設 置 さ れ 、 朝 鮮 住 民 の 共 同 体 は 日本 下 部 行 政 機 関 に さ れ て し ま い 、 植 民 地 統 治 の 協 力 を 求 め られ た 。 町 洞 会 の 活 動 は住 民 の 監 視 、 親 睦 、 生 活 改 善 な どで あ り、 植 民 地 の 支 配 の た め の 啓 発事 業 の 下地 にな った。 一方. 、 日本 で は 、1918年. に 社 会 的 な 混 乱 を も た ら し た 米 騒 動 が6)起 こ り 、 社 会 的 な 問 題. に な っ た 。 日本 で は 、 経 済 危 機 に 伴 う 民 衆 の 反 政 府 デ モ で あ る 米 騒 動 を き っ か け に 、 福 岡 地 域 を 中 心 に 方 面 委 員 制 度 の 取 り組 み を は じ め て い た が 、 関 東 大 震 災 を 経 て 東 京 と 大 阪 地 12.
(14) 域 に 拡 大 展 開 す る こ と に な っ た 。方 面 委 員 の 役 割 は 、抵 抗 勢 力 の 制 御 と 監 視 な ど で あ っ た 。 言 わ ば 、 民 に よ る 貧 民 の 管 理 を 狙 い と し て い た 。 方 面 委 員 は 任 期2年. の無 報 酬 の奉 仕職 で. あ った。 方 面 委 員 制 度 の 精 神 は 、 隣 保 相 助 の 共 同 体 意 識 の 酒 養 と貧 困 の 問題 を 社 会 の 連 帯 意 識 に よ っ て 解 決 し よ う と す る 社 会 連 帯 主 義 に あ っ た 。 こ こ に は 、 日本 が フ ラ ン ス の19世. 紀 の. 連 帯 の 動 き を 、 新 し く社 会 事 業 に 導 入 し よ う とす る 意 図 が あ っ た 。 た だ し、 制 度 自体 は 、 ドイ ツ 、 ア メ リ カ 、 イ ギ リ ス な ど の 制 度(友 好 訪 問 事 業)を モ デ ル に し て い た 。 こ の よ うな 状 況 か ら 日本 は 、 植 民 地 の 貧 困 問 題 を解 決 す る た め の 手 段 と し て 方 面 委 員 制 度 を誕 生 させ た 。 当時 の 朝 鮮 社 会 事 業 協 会 の 上 内 彦 策 幹 事 は 、 こ う し た 現 状 を 衆 の 極 度 な 貧 困 問 題 と 朝 鮮 で の 啓 発 事 業 の 必 要 性 」 と力 説 し て い た7)。. 「大 半 の 民. な お 『朝 鮮 社 会 事. 業 』 の 全 国 的 な 出 版 に よ っ て 社 会 事 業 と方 面 委 員 の 活 動 は 、 具 体 的 に 報 じ ら れ る こ と に な った。 朝 鮮 に お け る 方 面 委 員 制 度 は 、1927年 の 伝 統 的 な 風 習 で あ る 卿 約8)と. か ら 実 施 さ れ た 。 日本 は 、 貧 民 の 救 済 活 動 を 朝 鮮. 同様 に 定 着 させ よ う とに した 。 李 氏 朝 鮮 の 民 衆 に お け る 相. 互 扶 助 と し て は 、 村 落 単 位 の 構 成 員 に よ り 隣 保 精 神 を 基 に し た ド ゥ レ9)、 契1°)、 卿 約 な ど が 行 わ れ 、 卿 約 は ま だ 残 さ れ て い た 。 日本 は 、 文 化 政 策 の 手 段 の 一 環 と し て 朝 鮮 の 伝 統 で あ る卿 約 の 精 神 を継 承 し よ う と した 。 方 面 委 員 制 度 は 、1927年12月15日. 京 城 府 方 面 委 員 規 定 が 定 め られ て か ら 、 制 度 的 な. 枠 組 み を整 備 され る よ うに な っ た 。 朝 鮮 植 民 地 に お け る方 面 委 員 の 役 割 は 以 下 の と お りで あ る 。 ま ず 、 担 当 地 域 の 生 活 実 態 調 査 、 改 善 、 向 上 を 図 る こ と(実 態 調 査 事 業)、 第 二 に 、 対 象 者 の 生 活 の 問 題 把 握 と 家 庭 訪 問 、第 三 に 、社 会 福 祉 施 設 支 援(公 共 事 業 支 援)、 第 四 に 、 委 嘱 事 業 等 な どで あ っ た 。 す な わ ち 、 生 活 実 態 調 査 、 相 談 指 導 、 保 護 救 済 、 保 健 救 護 、 周 旋 紹 介 、 惰 風 の矯 正 、 戸 籍 整 理 な どが 方 面 委 員 の役 割 で あ っ た 。 さ ら に 、 年 末 に は 、 不 用 品 を集 め て 貧 民 に 与 え る 燐 保 相 助 を 実 践 し て い た 。 生 活 調 査 事 業 内 容 を 除 い た 事 業 の 内 容 に つ い て 、方 面 委 員 処 理 細 目並 取 扱 手 続 き 概 要 で は 以 下 の よ う に 事 業 が 規 定 さ れ て い る 。 ① 相 談 指 導 は 、方 面 委 員 の 事 業 の 中 で も も っ と 取 り扱 い が 注 意 さ れ 、職 業 、生 活 、教 育 、 戸 籍 、 紛 争 、 法 規 に 関 す る事 項 な ど を 扱 い 、 秘 匿 義 務 が 課 せ られ て い た 。 ② 保 護 救 護 事 業 に は 幼 少 年 保 護 と 老 孤 者 保 護 、 被 虐 待 者 保 護 、 放 児 ・迷 子 並 び に 行 旅 病 13.
(15) 人 保 護 、 そ し て 精 神 病 の保 護 、 羅 災 者 保 護 、 釈 放 者 保 護 、 ハ ンセ ン疾 患 者 お よび モ ル ヒネ 中 毒 患 者 保 護 、 金 品 給 付 な ど 当 時 社 会 事 業 の 全 般 的 事 項 が 挙 げ られ て い る。 そ の 中 に は 、 梅 雨 や 厳 しい 冬 の 貧 民 の 一 時 保 護 で 、 災 難 か ら地 域 を離 れ た 貧 民 が 帰 郷 す る た め の 費 用 を 援 助 す る 制 度 や 、 貧 困 の 死 者(無 縁 死)に は 、 火 葬 の 費 用 を 補 助 し て く れ る 事 業 も あ り 、 そ の5割. を 占 め て い る 保 健 医 療 救 護 事 業 は 、当 時 の 京 城 国 際 大 学 附 属 病 院 、セ ブ ラ ン ス 病 院 、. 赤 十 字 病 院 な どの 無 料 医療 券 を貧 民 患 者 に 提 供 して い た 。 ③ 楕 風 矯 正 事 業 は 、 怠 楕 で 遊 食 す る も の に 対 し て 、 懇 切 に説 諭 を加 え 善 道 す る こ と を 内 容 と し て い る。 ④ 保 健 救 護 事 業 に は 、施 療 患 者 の 取 扱 い と 防 疫 取 扱 い 、種 痘 の 励 行 な ど が 含 ま れ て い る 。 ⑤ 周 旋 事 業 に は 、 借 家 借 間 紹 介 と職 業 紹 介 、 副 業 紹 介 な どが あ る。 ⑥ 戸 籍 整 理 事 業 は 、 屈 け 出 期 間 を 怠 け た り 、 遅 れ た りす る 戸 籍 に 対 し 、 適 切 な 措 置 を 取 る こ と で あ る。 1928年. か ら1930年. ま で 京 城(ソ ウ ル)の 方 面 委 員 の 実 績 は 表1‑3の. 委 員 に は 朝 鮮 人 が 採 用 さ れ た 。 当 初1927年. の 方 面 委 員 は12人. とお りで あ る 。 方 面. で 、 京 城(ソ ウ ル)の 東 部 と. 北 部 地 域 を 担 当 す る こ とに な っ た 。 方 面 委 員 は 、 総 督 府 か ら肯 定 的 に 評 価 され 方 面 事 業 を 後 援 す る 後 援 団 体 が 登 場 し た 。方 面 委 員 は 、1943年. 代 末 ま で に1,341人. 範 囲 が 仁 川 、 開 城 、 馬 山 、 光 州 、 新 義 州 、 成 興 な ど 全 国314カ 表1‑3方. 面 委 員 の 実 績(1928年. 生活実態調 査. 所 に設 置 され た 。. 一1930年 代)(単. 位1人 数). 東部方 面. 事業 内容. に 拡 大 され 活 動 の. 北部方面. 1928. 1929. 1930. 1,725. 1,750. 0. 合計. 1928. 1929. 1930. 1,075. 1,467. 0. 6,017 45. 相談指導事 業. 1. 26. 0. 1. 15. 2. 保 護救済事 業. 519. 753. 924. 273. 486. 617. 3,572. 保健 医療救護 事業. 18. 45. 71. 33. 28. 25. 220. 週旋事 業. 20. 3. 12. 14. 5. 36. 90. 戸籍整理事 業. 1. 13. 2. 3. 5. 1. 25. その他. 2. 0. 68. 1. 0. 21. 92. 合計. 2,286. 2,590. 出 所:『 近 代 朝 鮮 社 会 事 業 史 研 究:京. 1,077. 1,400. 2,006. 702. 城 に お け る 方 面 委 員 制 度 の 歴 史 的 展 開 』53頁. 14. 10,601. 。.
(16) しか し な が ら、 方 面 委 員 は 、 植 民 地 の 貧 民 の 問 題 を 貧 困 問 題 に 集 約 して 把 握 し た た め 、 個 々 の ニ ー ズ が 無 視 され る場 合 が 多 か っ た 。 個 別 化 され た 特 別 な ニ ー ズ を持 つ 個 人 と して の 扱 い を 受 け る 権 利 が 無 視 され て い た 。 ま た 、 貧 民 援 助 の 際 、 客 観 的 判 断 に よ らな い 救 済 活 動 が 多 か っ た こ と が 推 測 され る。 こ れ ら の 問 題 は 、 社 会 事 業 制 度 の 未 成 熟 さ に 起 因 し て い る と 判 断 さ れ る が 、 日本 に お け る 方 面 委 員 制 度 と植 民 地 の 方 面 委 員 制 度 の 運 営 の 違 い も あ っ た 。 も ち ろ ん 、 国 庫 支 援 を 受 け て 実 施 さ れ 定 着 し た 制 度 と比 較 す る こ と は で き な い が 、 運 用 方 針 の 違 い を 指 摘 す る こ と は で き る 。 資 格 の 選 別 と人 材 育 成 へ の 支 援 な しに 開 始 され た 植 民 地 の 方 面 委 員 制 度 は 、 そ の 実 効 性 に つ い て 問 わ れ て い た 。 方 面 委 員 の 担 当 事 例 は 、100人. か ら1,000人. を 超 え る場. 合 も あ る 無 謀 な 政 策 で ケ ー ス 管 理 の 能 力 を は る か に 越 え て い た 。 貧 民 の 日本 お よ び 満 州 へ の離脱 を抑 える こ とがで き ない状 態 で あった。 こ れ ら の 方 面 委 員 の 活 動 と 共 に 植 民 地 に は 、新 た な 法 律 が 制 定 さ れ て い た 。社 会 事 業 と 関 連 し た 法 令 は 表1‑4で. 表1‑4日. の とお りで あ る。. 本 の 植 民 地 時 代 の 朝 鮮 の 社 会 法 令(社 会 事 業 法 中 心 に). 法令. 年度. 法令. 1916. 恩賜賑位 資金管理規則. 1917. 恩 賜 賑 憧 資 金 窮 民 救 助 規 定 、 軍 事 救護 法. 羅災救済. 1914. 恩賜羅災救 助基金管理 規制. 水難 の救護. 1914. 朝鮮水難救護 令. 行 旅 病 人 死 亡 人 関係. 1917. 行旅病 因救 援資金管理 規則. 1916. 娼婦健康診 断施行手続. 1918. 労働者募集 取締規則. 質屋 関係. 1912. 質屋取締 法. 少年保護. 1923. 朝鮮感化令. 医療保 険. 1924. 伝染病予 防令改編. 生活保 障. 1944. 朝鮮救護令. {血救 関 係. 衛生風俗. 出 所:『 韓 国 社 会 事 業:成. 立 と 展 開 』155頁. の資 料 を も とに作 成。. 15.
(17) 植 民 地 朝 鮮 か ら 日本 へ の 渡 航 の 背 景 に は 、 貧 民 問 題 が あ り 、 ま た 、 植 民 地 の 貧 民 救 済 は 十 分 な 役 割 を 果 た す こ とが で きず 、 貧 民 の 日本 へ の 離 脱 を 阻 止 す る こ と は で き な か っ た 。 す な わ ち 、 在 日 コ リア ン の 原 点 で あ る植 民 地 朝 鮮 に お け る社 会 事 業 は 、 真 に人 々 の た め に な る こ とが 目 的 で は な く、 植 民 地 政 策 の た め の イ ン フ ラ構 築 に 過 ぎ な か っ た 。 現 在 の 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 は 、 そ の よ う な 背 景 の も と で 日本 で の 生 活 を 強 い ら れ た 渡 航 者 で あ る こ と を 認 め な け れ ば な ら な い だ ろ う。 し か し 、 戦 後 の 日 本 は 、 在 日 コ リ ア ン の 社 会 保 障 を 否 定 し 、 国 籍 条 項 に よ り年 金 制 度 か ら切 り 離 し て き た 。 そ の 結 果 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 は 経 済 基 盤 が な い ま ま 介 護 サ ー ビ ス を 受 け ざ る を得 な くな っ た の で あ る。 高 齢 者 を支 え る介 護 現 場 で は 、 介 護 に 対 す る 高 い 職 業 意 識 を 持 っ て 任 務 を 遂 行 す る こ と が 重 要 で あ る が 、 在 日 コ リア 高 齢 者 を 介 護 す る場 合 は 、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 人 生 の 背 景 で あ る 歴 史 的 な 経 緯 や 民 族 的 文 化 な ど を積 極 的 に 理 解 し 、 在 日 コ リア ン の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を 尊 重 す る よ う努 め な け れ ば な ら な い だ ろ う。. 16.
(18) 【注 】 ク ン ミン. 1)窮. 民 は 、 貧 困 、 病 気 な どで 社 会 的 支 援 を 受 け て い る 自立 生 活 不 能 で あ る 人 を指 す 。 セ ミ ン ー 人 暮 ら し の 生 活 を す る人 が 大 概 で あ り 、1種 カ ー ドの 階 級 で あ る 。 細 民 は 、 自 立 が セ. クン ミン. 可 能 な 貧 困 者 で 、2種 カ ー ドの 階 級 で あ る 。 こ の 二 っ を 合 わ せ て 細 ・窮 民(セ ・グ ン ミ ン)と よ ぶ 。 2)市 内 や 市 外 を 問 わ ず 堤 防 、 川 原 、 橋 の 下 、 森 林 、 公 有 地 、 私 有 地 を 無 断 に 占 拠 し て み す ぼ ら し穴 蔵 を作 っ て 生 き る貧 し い 人 々 。 悲 惨 と混 乱 、 不 潔 を 特 徴 と して 部 落 を 形 成 す る こ と も あ る(朴 、2003)。 3)京. 城 と い う表 現 に つ い て は 、植 民 地 支 配36年. 間 の み に 存 在 し た都 市 名 で あ る と し て 、. 使 用 に 反 対 す る 主 張 も あ る 。 しか し こ こ で は 、 そ の 当 時 に 日本 に よ っ て 行 わ れ た 社 会 制 度 を 説 明 す る た め に 京 城(ソ ウ ル)と 表 現 す る 。 4)一. 般 の農 地 で な い 深 い 山 中 の 森 林 を 焼 き 尽 く し耕 作 す る農 民 の こ と。. 5)朝. 鮮 の 高 麗 、 お よ び 李 氏 朝 鮮 時 代 の 特 権 的 な 官 僚 階 級 、 身 分 。 文 官 は 東 班(文 班)、 武. コ ウラ イ. 官 は 西 班(武 班)に 分 け ら れ て い た 。 官 位 ・官 職 を 独 占 世 襲 し 、 種 々 の 特 権 ・特 典 を 受 け て 儒 学 を 修 め る人 々 で あ る 。 6)米. 価 の 暴 騰 を き っ か け と す る 民 衆 暴 動 。 特 に 大 正7年(1918)、. 富 山県魚 津 町 で起 こ. っ た も の は 全 国 的 に 広 ま り、 軍 隊 が 出 動 して 鎮 圧 した 。 こ の 事 件 で 寺 内 内 閣 は総 辞 職 した 。 7)上. 内 彦 策 『朝 鮮 社 会 事 業 』1930年12.月. 号9頁. 。. 8)一. 般 農 民 達 の 日常 生 活 を 救 済 す る よ うに 見 せ 、 実 際 は 両 班 支 配 層 が 郷 村 の 秩 序 を 維 持 し 、 支 配 す る た め の 自治 規 約 で あ っ た 。. 9)農 10)相. 民 達 が 田植 え や 草 取 り を 共 同 で 行 う た め に 作 ら れ た 村 落 単 位 の 組 織 。 互 扶 助 の 民 間 共 同 組 織 。 そ の 起 源 は 三 韓 時 代 に ま で 遡 り、最 も 伝 統 的 な 共 同 体 で あ る。 そ の 組 織 と 目的 は 一 定 で は な く 、 役 割 も多 方 面 に 渡 る。. 17.
(19) 第2章. 民 族 団体 の 介護 支 援 活 動(1)一. 在 日本 大 韓 民 国 民 団一. 本 章 で は 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 に と っ て の 日本 の 介 護 保 険 制 度 の あ り方 を 模 索 す る た め 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 へ の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 を 在 日本 大 韓 民 国 民 団(民 団)に 焦 点 を 合 わ せ て 明 ら か に し 、 現 在 の 課 題 を に っ い て 検 討 を 進 め よ う。 第1節. で は 、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 へ の 介 護 支 援 活 動 の 歴 史 的 展 開 の 一 端 を 民 団 の 活 動 に. 焦 点 を 合 わ せ て 明 ら か に し た い 。 在 日 コ リア ン の 日 常 生 活 支 援 か ら 高 齢 者 の 介 護 支 援 ま で 活 動 を 展 開 し て き た 民 団 の 組 織 と 運 動 に つ い て 概 観 す る。 第2節. で は 、 民 団 新 聞 に 掲 載 さ れ た 民 団 の 介 護 支 援 活 動 の 記 事 を 主 と し て 整 理 し紹 介 す. る 。介 護 保 険 制 度 の 実 施 と と も に 動 き を 見 せ て い た 民 団 の 各 支 部 の 介 護 支 援 活 動 の 展 開 が 、 民 団 新 聞 に 掲 載 され て い た の で あ る 。 特 に 、 最 近 で は 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 が 介 護 保 険 を 利 用 す る に あ た り言 葉 の 壁 、 文 化 の 差 異 、 経 済 的 基 盤 の 脆 弱 さ な どの 問 題 が あ る こ と が 強 調 され て い た 。 第3節. で は 、2節. で 紹 介 した 在 日 コ リア ン 高 齢 者 向 け の 介 護 サ ー ビ ス 事 業 所 とそ れ 以 外. の 福 祉 団 体 の 介 護 支 援 活 動 の 現 状 を 、 行 政 の 介 護 情 報 デ ー タ ベ ー ス の 分 析 を 通 して 明 らか に す る 。 さ ら に 、 在 日 コ リア ン の 介 護 支 援 活 動 が 直 面 し て い る文 化 的 、 経 済 的 課 題 に つ い て一層 の検討 を進 め たい。. 第1節. 在 日本 大韓 民 国民 団 の組 織 と運動. 本 節 で は 、 民 団 の 歴 史 と そ の 組 織 と 運 動 に つ い て 概 観 す る 。 民 団 の 原 型 は1945年8.月 15日. 、 日 本 の 敗 戦 後 も 、 日本 に 残 っ た 約200万. 人 の 在 日コ リア ン が 全 国 各 地 で 組 織 を 拡. 大 す る こ と に よ っ て 誕 生 し た 。こ れ ら の 組 織 を 糾 合 し1945年10.月. に 結 成 され た の が 在 日. 朝 鮮 人 連 盟(朝 連)で あ る 。 と こ ろ が 、 朝 連 は 左 派 に よ っ て 指 導 さ れ て い た の で そ の 思 想 に 反 す る 立 場 の 青 年 た ち は 、 同 年11,月16日. 、 東 京 に 在 日 コ リ ア ン3,000人. 国 促 進 青 年 同 盟 が 結 成 し た 。 さ ら に 、 そ れ と は 別 に 、 翌 年1月20日 を 結 成 さ れ た 。そ し て こ の2団. 体 が 主 軸 と な り20余. に は新 朝鮮 建 設 同盟. の 民 主 勢 力 を 糾 合 し 、1946年10.月3. 日 、 在 日本 朝 鮮 居 留 民 団 が 結 成 さ れ た 。 そ し て1948年8月15日 18. を集 め 、 朝 鮮 建. 、 韓 国 政 府 が 樹 立 され る.
(20) と 、 同 年9月. 、 在 日本 大 韓 民 国 居 留 民 団 と い う名 称 に 変 更 さ れ た 。 民 団 は1994年. 、 さら. に 名 称 の 変 更 を 行 い 居 留 の 二 文 字 を は ず し て 在 日本 大 韓 民 国 民 団 と な っ た 。 民 団 の 組 織 は 、 現 在 で は 、 法 人 格 を 有 し な い 団 体 で あ り会 員 制 度 を採 用 し て い る。 会 員 世 帯 は2009年. 民 団 の 資 料 に よ れ ば88,497世. 意 思 決 定 機 関 は3年. 帯 で あ る 。 ま た 、組 織 の 運 営 に つ い て の 最 高. に 一 度 開 か れ る 中 央 大 会 で あ る 。 民 団 の 組 織 構 成 は 図2‑1の. とお りで. あ る。. 図2‑1民. 団 の組 織 機 構 中史±音. 1企画 分 化孟且 音1. 中央垂員童. 組拙分化孟且 音. 1平 和 號 一重員 音1. 生活鼻化重員音. 特別垂且音. 1権利撞護孟員 音1 民硅蝕育重且 音 観寮重員長. 誌長. 団長 副団長. 副誌長. 観聖孟且. 民団新聞. 立曲局. 生活届. 組鑑届 局. 署 左 好 団帖. 書箇. 重下携閨. ・. '. 一 在日王. 一. 一. 一. 甕 五一. 学藝. 一. 一. 園醤. 一 在日 ±韓 体育音. 居里 ・ 垂 苫 一. 一. 蒔 一. 音. 甲喜. 圃笑. 一 在 旦垂. 一 在 日轟. 一 在 鼠薗. 四国地方 幅 誌音. 九州地方 禍 誌音. 中国地方禍 誌音. 中 北 地 方 幅 誌 音. 近舘地方 禍 誌音. 闘里地・ 方禍 誌音. 東 北 地 方 禍 誌 音. 中央常重員音. 企画 訓 空 室. 中史 執 行重 且. 事覇聴長 事粥副罷長. 地方本部. 宜部 骨団 班 出 所. 在. 日 大 韓 民 国 民 団http:〃www.mindan.org1(2011.5.30)。. 民 団 は 、 日本 各 地 で 地 方 組 織 を 階 層 的 に 構 成 し て い る 。 地 方 本 部 一 支 部 一 分 団 一 班 が そ れ で あ る 。 そ の 数 は 地 方 本 部48カ. 所 、 支 部290カ 19. 所 、 分 団118カ. 所(分 団 が な い 支 部 も 存.
(21) 在 す る)、 班1,366カ. 所 で 運 営 さ れ て い る1)。 役 員 は 三 機 関(執 行 機 関 ・議 決 機 関 ・監 察 機. 関)に 分 か れ て 、任 期 は3年. で 、執 行 機 関 の 長 で あ る 団 長 は 原 則 と し て 三 選 を 禁 じ ら れ て い. る 。 ま た そ の 傘 下 団 体 に は 、 商 工 会 議 所 、 婦 人 会 、 青 年 会 、 学 生 会 、 体 育 会 な どが あ る。 民 団 の 事 業 に は 、 大 き く 分 け る と 地 方 参 政 権 獲 得 運 動 に も つ な が る 組 織 整 備 ・活 性 化 事 業 、 文 化 事 業 、 民 族 社 会 教 育 ・次 世 代 育 成 事 業 、 生 活 支 援 サ ー ビ ス 事 業 な ど が あ る 。 地 方 参 政 権 獲 得 運 動 は 、1980年 1995年. 代 の 指 紋 押 捺 拒 否 運 動 の 後 か ら本 格 的 に 展 開 さ れ た 。. 最 高 裁 で 在 日 コ リ ア ン の 地 方 参 政 権 が 憲 法 上 容 認 さ れ る と の 見 解 が 示 さ れ た が 、立. 法 措 置 に つ い て は 国 の 裁 量 権 に委 ね られ た 。 これ を 受 け て 、 国 が 定 住 外 国 人 に 参 政 権 を 付 与 す る た め の 立 法 措 置 を 怠 っ た こ と に 対 す る 損 害 賠 償 を 求 め る 集 団 訴 訟 が 起 こ され た 。 1998年. 民 主 、 公 明 両 党 に よ る 「永 住 外 国 人 地 方 選 挙 権 付 与 法 案 」 が 国 会 に 提 出 さ れ た 。 そ. の 後 、 法 案 は4回 理 由 に2011年 1990年. に わ た っ て 国 会 に 提 出 され た が 、 自民 党 内 の 意 見 が ま とま ら な い こ と を. 現 在 い ま だ に 成 立 さ せ られ て い な い 。. 代 の 運 動 の 主 流 で あ っ た 民 族 文 化 運 動 で は 、在 日韓 人 歴 史 資 料 館2)を 運 営 し 、子. 孫 ら の 歴 史 教 育 に カ を 注 い で い る 。 ま た 、2007年. に 設 け ら れ たMINDAN文. 化 賞 は 、在 日. コ リ ア ン に 関 連 す る 研 究 論 文 や 評 論 、 韓 国 の 時 調 や 日本 の 短 歌 な ど の 詩 歌 、 親 孝 行 を 題 材 と す る エ ッ セ イ な ど を 対 象 に 文 化 ・創 作 活 動 を 奨 励 し 、 在 日 コ リ ア ン の 可 能 性 を 広 げ る こ と を 目 的 と し て い る 。 さ ら に 、 日本 各 地 に お い て 、 民 団 フ ェ ス テ ィ バ ル と 毎 年10月. にマ. ダ ン(庭 の 意 味)を 開 催 し 在 日 コ リ ア ン の 文 化 や 学 術 振 興 を 進 め て き た 。 民 族 社 会 教 育 ・次 世 代 育 成 の 事 業 は 、 阪 神 教 育 闘 争3)(1948)か. ら1960年. 余 、多 様 に 展 開. さ れ て き た 。今 日 の 民 族 教 育 は 、戦 後 在 日 コ リ ア ン ー 世 が 設 立 し た 学 校 で 行 わ れ て き た が 、 在 籍 す る 児 童 生 徒 数 は 年 々 減 り、 学 校 の 統 廃 合 も進 行 し て い る。 文 部 科 学 省 に よ る と、 民 族 学 校 の 場 合 、 平 成2003年. の90校. 、 約12,000か. 減 少 し た 。 民 団 系 学 校(各 種 学 校)は4校. ら2006年. に は79校. 、 約10,500人. の み で 、 学 齢 期 に あ る こ ど も た ち の 大 半 が 日本 の. 学 校 に 通 っ て い る の が 現 状 で あ る 。 実 際 に は 、 民 団 が 支 援 し て い る 学 校 は 大 阪2校(金 院 、 白 頭 学 院)、 京 都1校(京. に. 都 国 際 学 院)、 東 京1校(東. 京 韓 国 学 院)で あ る 。4校. 剛学. とも学校. の 財 政 安 定 の た め 、一 条 学 校4)認 定 を 取 得 し て い る 。 し か し 、民 族 学 校 を 支 援 す る 民 団 は 、 生 徒 た ち に 韓 国 語 教 室 を 実 施 し な が ら 韓 国 へ の 修 学 勧 奨 活 動 を し て い る 。 ま た 、 日本 で の 公 教 育 に 在 日外 国 人 教 育 指 針 の 採 択 を 要 望 し て い る 。 次 に 民 団 の 福 祉 活 動 に 目を 移 す と、 筆 者 が 最 も注 目 し て い る生 活 支 援 サ ー ビ ス の 事 業 が 20.
(22) あ る 。 在 日 コ リ ア ン の 生 活 問 題 に 対 し 窓 口 を 設 け 、 そ の 問 題 へ の 対 処 を 日本 政 府 に 求 め て き た 。 そ の 対 象 者 は 、 社 会 的 弱 者(高 齢 者 、 障 害 者)で あ り、 彼 ら へ の 支 援 の 輪 を 広 げ て き た 。 民 団 は 、 同 胞 生 活 相 談 セ ン タ ー を 運 営 し、 在 日 コ リア ン の 様 々 な 生 活 問 題 に 対 応 す る 窓 口 と して の 役 割 をセ ン タ ー に 担 わ せ て い る。 そ の 具 体 的 な 内 容 は 、 無 年 金 高 齢 者 の 問題 へ の 対 処 や 高 齢 者 ・障 害 者 へ の 特 別 給 付 金 の 自 治 体 へ の 要 請 で あ り 、 各 支 部 が 支 援 を 続 け てい る。 こ の よ う な 活 動 は 、2000年. の 介 護 保 険 制 度 の ス タ ー トと と も に 一 層 活 発 な 動 き を 見 せ る. こ と に な っ た 。 日本 全 国 に 設 置 さ れ て い る 各 支 部 を 活 用 し て 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 向 け の 福 祉 サ ー ビス 事 業 所 が 誕 生 す る き っ か け に も な っ た の で あ る 。 以 上 の 多 様 な 活 動 は 、 民 団 事 業 の 一 環 と し て 展 開 され 多 く は 民 団 新 聞 に 掲 載 され て い る 。 そ こ で 第2節. に お い て は 、 そ れ ら の 記 事 に も とつ い て 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 介 護 支 援 に. か か わ る 活 動 に つ い て 紹 介 した い 。 そ れ に は 、 体 系 的 に 整 理 され て い る 民 団 新 聞 の 記 事 の デ ー タ ベ ー ス を 利 用 す る 。 検 索 の 手 順 と し て は 、 介 護 保 険 制 度 が 実 施 さ れ る 前 の1998年5 .月15日. か ら2011年5.月1日. ー タベ ー ス が. ま で の 記 事 を検 索 す る 。 そ の 期 間 に 限 定 した 理 由 は 、 こ の デ. 、 イ ン タ ー ネ ッ ト上 で1998年5月15日. か ら検 索 で き る た め で あ り 、 これ に. よ り介 護 保 険 制 度 が 導 入 さ れ る 以 前 の 状 況 も 把 握 で き る 。 さ ら に 、記 事 の 検 索 は 「高 齢 者 」、 「福 祉 」、 「介 護 」 と い う キ ー ワ ー ドに よ っ て 実 行 し た 。 検 索 さ れ た340件. の記事 を参 照 し. つ つ 、 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 へ の 介 護 支 援 活 動 の 多 様 な 展 開 を 紹 介 す る こ と に し よ う。. 第2節. 民 団新 聞 にみ る介護 支援 活 動 の展 開. 民 団 新 聞5)は 、2011年 て い る 。1946年3.月. 現 在 、 在 日 コ リ ア ン と 関 係 機 関 に よ っ て 毎 週10万. 部 が 購 読 され. に 民 団 の 前 身 で あ る在 日朝 鮮 建 国 促 進 青 年 同 盟 の 機 関 紙 と して 刊 行. さ れ た が 、 そ の 後 、 新 朝 鮮 新 聞 、 民 主 新 聞 、 韓 国 新 聞 と い う名 称 の 変 遷 を 経 て 、1996年5 月 、 創 刊50周. 年 を機 に 民 団 新 聞 と な っ た 。 そ の 後 、 現 在 ま で 民 団 新 聞 は 、 在 日 コ リア ン. の 有 力 な メ デ ィ ア と な っ て い る。 こ の 新 聞 に は 、 介 護 保 険 制 度 が 導 入 さ れ る 以 前 か ら無 年 金 者 の 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 が 自 己 負 担 額 に 耐 え られ る か ど うか 不 安 の 声 が 寄 せ ら れ て い た 。 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 は そ の 多 くが 国 民 年 金 制 度 か ら事 実 上 排 除 され て き た た め 、 老 齢 年 金 の 支 給 対 象 外 と な っ て い る た 21.
(23) め で あ る 。 在 日 コ リア ン 無 年 金 者 に は 、 サ ー ビ ス の利 用 に あ た り一 割 負 担 と は い え ど も 大 き な 重 荷 と な る と記 事 に は 述 べ ら れ て い た6)。 1999年. 、大 阪 市 で は 在 日 コ リ ア ン の 高 齢 者 を 対 象 に 、大 阪 市 高 齢 者 総 合 情 報 相 談 セ ン タ. ー に 専 門 の 福 祉 相 談 窓 口が 開 設 され た 。 こ の 相 談 窓 口は 日本 全 国 で は じ め て の ケ ー ス で あ り、 地 域 福 祉 の 谷 間 に 置 か れ て い る在 日 コ リア ン の 状 況 の 行 政 施 策 へ の 反 映 が 期 待 され て い た 。 窓 口の 相 談 員 に は 民 団 の 推 薦 を 受 け た 在 日コ リア ン 出 身 者 を配 置 して い た。 そ れ は も ち ろ ん 、 介 護 保 険 制 度 の 導 入 に あ た っ て 、 サ ー ビス を 提 供 す る 市 町 村 が 、 地 域 の 高 齢 者 を 対 象 に 老 人 福 祉 計 画 を 策 定 す る の に 必 要 な ニ ー ズ を把 握 す る た め で あ る。 し か し、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 は 、 住 民 基 本 台 帳 に 記 載 され て な い 住 民 で あ る た め 、 住 民 基 本 台 帳 を も と に す る 限 り は 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者(大 阪 府 、17,587人)の. 生 活 実 態 や ニ ー ズ を把 握 し きれ な. い の が 現 状 で あ る7)。 しか し、 大 阪 市 の こ う した 施 策 の 以 前 か ら、 在 日 コ リア ン 高 齢 者 向 け の 福 祉 施 設 で あ る 「故 郷 の 家 」 は 、1989年. か ら大 阪 府 の 堺 市 に お い て 運 営 を 始 め て い た 。介 護 実 践 現 場 で の. 在 日 コ リ ア ン 高 齢 者 ケ ア の ノ ウ ハ ウ を 蓄 積 し て い た 田 内 基(韓 国 名 ・ユ ン キ)理 事 長 は 、 介 護保 険制 度 につ い て. 「弱 者 切 り 捨 て に な ら な い た め に も 、 無 所 得 者 に は 生 活 扶 助 、 介 護 扶. 助 が あ っ て し か る べ き で あ る 。」 と 要 望 し て い た 。 こ こ で の 無 所 得 者 は 、 国 民 年 金 制 度 か ら 外 され た い わ ゆ る 無 年 金 者 を 指 して い る。 在 日 コ リア ン 高 齢 者 の 無 年 金 問題 の 背 景 に は 国 民 年 金 制 度 の 変 遷 が あ り 、 日本 に お い て 国 民 年 金 制 度 は 、1959年. 度 発 足 当初 か ら国籍 条件. が あ る 。 在 日 コ リ ア ン を 含 む 外 国 人 は 加 入 し た く て も 加 入 で き な か っ た 。1981年. には 、日. 本 は 難 民 条 約 を 批 准 し 、 社 会 保 障 法 規 か ら 国 籍 条 件 が 取 り払 わ れ た 。 し か し 、65歳 (1982年1月1日 の 時 点 で35歳. 時 点)の 外 国 人 は 年 齢 要 件 を 満 た さ な い た め 切 り捨 て ら れ た 。 同 じ く 、 こ 以 上65歳. 未 満(1982年1∫11日)の. 人 も25年. と い う資 格 期 間 を 満 た す こ と. が で き な い 場 合 、 老 齢 年 金 は 支 給 さ れ な か っ た 。 た だ し 、1986年 1982年1月1日. 以上. 時 点 で35歳. の改 正 国 民年 金法 で は、. を 超 え て い て も カ ラ 期 間 が 適 用 され る よ う に な り 、金 額 の 少. な い 老 齢 基 礎 年 金 が 支 給 さ れ る 。 し か し 、 こ こ で も86年4月1日. 時 点 で60歳. 以上 の 高齢. 者 は カ ラ 期 間 が 適 用 さ れ な い た め 、 国 民 年 金 制 度 か ら排 除 さ れ る こ と に な っ た8)。 民 団 は こ う した 国 民 年 金 法 の 無 年 金 に 対 す る抜 本 的 改 正 を 求 め る 一 方 、 そ れ が 実 現 す る ま で の 間 、 何 ら か の 救 済 措 置 が 講 じ ら れ る よ う各 地 方 本 部 を 基 点 と し て 所 管 自 治 体 に 独 自 の 福 祉 的 な 手 当 の 支 給 を 要 望 し て き た 。日本 政 府 の 代 わ り に 無 年 金 の 外 国 人 住 民 に 対 し て 、 22.
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