1
博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 志村 三代子
論 文 題 目 戦前の日本映画界における文学者・菊池寛の役割 審査要旨
「戦前の日本映画界における文学者・菊池寛の役割」は、文学者の菊池寛が映画界にかかわった 1920 年代半 ばから敗戦直後にいたるまでの軌跡を検証することによって、戦前の日本映画界における菊池寛と〈文学〉の役割 を検証した論考である。菊池寛(1888-1948)は、『忠直卿行状記』(1918 年)、『恩讐の彼方に』(1919 年)、『藤十郎 の恋』(1920 年)、『父帰る』(1920 年)といった純文学作家としての活動を経て、1920 年に「大阪毎日新聞」「東京日 日新聞」で連載された『真珠夫人』の好評によって、主に女性読者向けの通俗小説を量産し、一躍人気作家となっ た文学者である。菊池は、作家活動に加え、1923 年に『文藝春秋』を創刊し、それを軌道に乗せるなど、雑誌経営 の分野においても才能を発揮した。そうした事業家的手腕に加えて、1920 年に劇作家協会、翌年に小説家協会を 創立したあと、1926 年には両者の合併による文芸家協会を発足させた。こうした活動を中心に、著作権の確立、原 稿料の引き上げ等によって果たした「文学の社会化」は、菊池寛の功績の最大のものの一つであった。このように、
菊池寛の多面的な活動は、同時代の文学者たちとは一線を画しているのだが、当然ながら、小説・出版分野だけ にとどまるものではなく、急成長を遂げつつあった映画界へと及んでいった。志村氏が関心を寄せるのは、まさにこ の点である。
志村氏は、菊池寛と映画との関係を論じるにあたって、対象とする時代を 1920 年代から 1930 年代の文芸映画の 勃興期及び発展期と、映画がプロパガンダの道具とされた戦時期および敗戦直後の占領期(1946 年まで)に大別 し、菊池寛原作の通俗小説の映画化過程、原作者である菊池寛の映画界への関与、映画以外のメディアへの波 及、そして権力の介入、という四つの観点から分析を行った。第一部の第一章では、1920 年代中期から 1930 年代 後期までを対象に、菊池寛の小説とその映画化作品を取り上げ、それらの特長を明らかにした。具体的には、まず
「菊池もの」の作品傾向を論じたあと(第一章)、「菊池もの」の代表作として、第二章では、『第二の接吻』における 映画タイトル変更をめぐって繰り広げられた文壇と映画界、そして権力という三つ巴の攻防を明らかにした。第三章 では、映画雑誌の発行と映画製作の実践を試みた「映画雑誌『映画時代』の創刊と「映画時代プロダクション」の設 立」を取り上げ、改造社が仕掛けた円本ブームに先行して企図された、出版社による映画製作プロダクションの様 相を検証した。第四章では、映画主題歌第一号となった『東京行進曲』(1929 年)に注目し、雑誌『キング』に連載当 初から映画化が企画され、それがレコード、映画へと波及していく有り様を明らかにした。第五章では、志賀暁子復 帰作として話題となった『美しき鷹』の製作過程を丹念に追うことによって、堕胎をめぐる当時のメディアの反応を分 析した。
第二部では、通俗的恋愛小説を量産していた菊池が、一転して国策映画製作の指南役となった経緯を具体的 に検証した(第一章)。1943 年 3 月に大映社長に就任した菊池寛は、映画製作に積極的に関与するが、その中で も注目に値するのは、自ら原作を手がけた『西住戦車長伝』(第二章)、『宮本武蔵』(第三章)、『かくて神風は吹く』
(第四章)の三作である。これらの作品分析を通して、戦時下のプロパガンダの装置としての映画の効果と菊池の役 割を具体的に跡付けた。第五章では、菊池が、大映社長として、映画製作の采配をふるった際に採られた〈工房〉
の可能性と、映画作品の分析を通じて、決戦下から敗戦直後の菊池の思考の変遷を分析し、大映社長時代の菊 池寛の役割を総括した。
本論文の特色は、従来はあまり顧みられることのなかった菊池寛の映画との関わりを日本映画史の流れの中で 位置付けている所にあり、菊池が単に題材を提供するという作家的な立場からのみ映画と関わっていたと見るより、
2 氏名 志村 三代子
より積極的に日本映画の現場と創作に関与し、日本映画の社会における地位の向上に積極的に貢献したとみてい る点にある。特に第二部で戦時下の国策映画が菊池のもとでいかに作られていったかを論述する中で、映画が単 純な民衆娯楽ではなく、戦時下では明確にプロパガンダの機能を果たすメディアとして、国策に取り込まれて行き、
その過程で菊池が果たした役割がいかなるものであったのかを鮮明に描き出している。
審査委員会においては、しかしながら、第一部の映画史的論述と第二部の国策映画の分析という論述に 有機的な結びつきが欠けているのではないかという指摘がなされた。確かに各章における記述の方法が全 体として必ずしも一貫していないという欠点がないわけではない。だが、菊池寛という多面的な仕事をこ なした作家が、映画についてもその多面性を持って関係していたことは確かであり、一面的に捉える事が ほとんど不可能であるというのも事実である。この一面的には捉え難い作家の、映画に関する仕事を、い ずれにせよ戦前から戦中への急速に変化する社会背景の中で年代に即して客観的に捉えようとした志村氏 の試みは高く評価されるべきものである。
文学者と映画の関係についての研究は、日本映画史においてもいくつか存在するが、菊池寛と映画の結 びつきをこれほど詳細かつ広範に取り上げた研究はこれまでになく、その意味においても、志村氏の業績 は評価されうる。審査委員会では、全員一致で、本論文は博士(文学)の学位を授与するに値するものと して判定された。
公開審査会開催日 2010 年4月 28 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 小松 弘
審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 長谷 正人
審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 十重田 裕一
審査委員
審査委員