博 士 ( 水 産 学 ) 田 中 仁 詞 学 位 論 文 題 名
海洋における生物活性物質の分布およびその存在意義 学位論文内容の要旨
海洋における物質循環あるいは生態系を解明するためには、食物連鎖網の底辺に位 置する植物ブランクトンの生物量およびその活性状態(生体かあるいは非生体か)の 解 明が 重要である 。海水中の 生物活性物 質(Chla、ATP、DNA)は、植 物プランク 卜ンおよび微小動物ブランク卜ンを含めた海洋微小生物の生物量および活性状態を把 握する上で極めて有効な化学成分であると考えられている。例えば、CMaは植物ブラ ンクトン生物量の指標となり、ATPおよびDNAは海洋微小生物集団の生物量の指標と して有効な物質である(e.g.B証HffandKar1,1991)。特に、A1丶Pは、細胞の死後急 速に分解することから、海洋微小生物の生体生物量の指標として最も有効な化学物質 と言える。しかし、海水中におけるこれら生物活性物質の存在量や分布および各生物 活性物質問の関係についての議論は未だ十分になされていない。本研究は、上記生物 活性物質の時空間変化および海洋微小生物、特に植物プランクトンの生体生物量の見 積りおよび活性状態を明らかにし、各生物活性物質の存在意義について議論すること を目的とした。
海水試料は、噴火湾、べーリング海ポリニア海域、北太平洋外洋域、アラスカ湾お よびべーリング海盆において採取され、WhatmanGF/Fフィルターを用いてろ過され た。P○C濃度はCHN元素分析計を用いて、Chla濃度はP釘sonsef甜.(1984)に従い 螢光法を用いて、ATP濃度はParsonsef甜.(1984)に従いルシフウリン―ルシフェラー ゼ法を 用いて、DNA濃度はHOlm−Hansenef甜 .(1968)およびRObertsonandTむt
(1971)の方法に従って螢光法を用いて測定された。また、外洋域における微小植物ブ ランク卜ン数(ラン藻類、ピコおよびナノ真核藻類)はFlowーCytometerを用いて測定 された。
噴火湾
春季ブ ルーム時矧 において、 各化学成分 濃度(POC、Chla、ATP、DNA)の・間に 有意な正の柑関が見られ、それらの化学成分は嚠らかに値物ブランク卜ン生物量の変 動に影響されていた。全微小生体炭素生物量は、ATPを用いて算出すると、30m以浅 においてP○Cの約30%であり、Chlaから算出した植物ブランクトン炭素生物量は全 微小生体炭素生物量の約70%におよんでいた。しかし、DNAから求められた炭素生物 暈はATPより求めた炭素生物最をはるかに上回っていた。これは、DNAの多くが非生 体粒子として存在していることを意味するものである。一方、春季ブルーム後には、
POCとATPの 間に有意な 正の相関性 を示すけれ ども、ATPとCYLlaおよC)xATPとDNA の間には相関性は認められなかった。このことは、多くのATPが微小動物ブランク卜
ンの生体生物量を表現していることを示唆している。この時期の植物プランクトンも 含めた全微小生体炭素生物量は、P○Cの10 ‑.‑15%の範囲内であった。春季ブルーム 後のDNA量は、春季ブルーム時期と比較してほぼ同じであり、DNA/′ATlP比は春季ブ ルーム時期に比ぺて3倍近く高い値を示した。このことは、春季ブルーム後における DNAの多くが春季ブルームと同様に非生体粒子として存在していることを意味してい
る 。
Chla濃度は、強く発達した密度躍層の上層で低く、下層で極めて高い値を示した。
また、Chlaサイズ分画の結果は、上層では小型の植物ブランクトンが優占し、下層で は大型の植物ブランク卜ンが優占していたことを示した。POC、パT丶PおよびDNA濃 度も また上層で 低く下層で 高かった。 上層におけ るP○C/Chla、ATP/Chlaおよび
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P○C/ATP比は 、 生 体植 物 ブラ ン ク トン 生 物量 が極め て小さい が、比較 的高い生 理活 性 をもつ生 体植物ブ ランク卜 ンである ことを示 唆レていた 。それに 対して、下層では POC/Chl a比 は 、POCの 大部 分 が 植物 ブ ラ ンクト ンによる ものであ ることを 示レてい た が 、極 め て 高いPOCノATP比 お よび 極 めて 低 いATP/Chl a比 はそ の 植物ブ ランクト ンが生理的活性の低い、つまり¨低活性¨あるいは¨死んだ¨状態にあることを永してい た 。 一 方 、 下 層 に お け る 低 いDNA/Chla比 は 、 そ のDNAの ほ とん ど が値 物 ブ テン ク ト ン に よ る こ と を 示 し て い た が 、 高 いDNA/ATP比 は 、POC/ATPお よ びATP/Chia 比から予想されたように、その植物ブランク卜ンが 低活性¨あるいは 死んだ,.状態に あることを示していた。
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50m以浅 に お いてChlaお よびAT丶P濃度 は 、 ベー リ ング 海 盆で最も 高く、っ づぃて 亜寒帯お よびアラス カ湾で高 く、亜熱 帯および 移行域で もっとも 低かった。 それに対 して 、DNA濃 度 は べー リ ング 海 盆で最も 高いもの の、それ 以外では 海域差は認 められ なか っ た。50m以 浅に お ける 各 化学成分 濃度の間 にはそれ ぞれ有意 な正の相関 性が認 めら れ た。 特 にChlaとATPの 相関性 が高いこ とから、 バT丶P量の 変動は植 物ブランク 卜ン 生 体生 物 量 の変 動 を示 唆 してい る。全海 域を通し て、ATPより 求めた全微 小生体 炭素 生 物量 は 、 その 大 部分 が 植 物ブ ラ ン クト ン 生体 生 物 量であ り、POCに対し て7〜 21% で あ っ た 。 ま た 、 低 いPOC/DNA比 お よび 高 いDNAノ バ 工P比は 、DNAの 多 く が非 生体 粒 子と し て 存在 し てい る こ とを 示 す もの で ある 。 亜 寒帯域 の6月から8月 にかけ て、45°Nで はナノ真核 藻類の増 加にとも なって生 物活性物質が増加していた。それに 対レ49°Nで はラン藻類 が増加し ていたが 、生物活 性物質は増加傾向を示さなかった。
これらの ことから、 生物活性 物質量が ナノ真核 藻類の挙 動に影響 を受けてい ることが 示唆された。
以 上の 結 果 から 、 海 水中 のATPは明らか に生体微 小生物量 を表現し ており、春 季ブ
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ルーム時期および外洋域では、そのほとんどが植物ブランクトンによって占められて いる。しかし、ATPは、ポリニア海域の下層で認められたように、生体植物ブランク 卜ンの生理活性状態を表現することが示された。一方、海水中のDNAの多くは、低活 性生体生物あるいは非生体粒子として存在レているため、春季ブルーム後や外洋域の ように植物ブランク卜ンが少ない場合には生体微小生物量を表現できない。したがっ て、POC、Chla、ATPお よびDNAの 同時測定は 、海水中の生体植物プランクトン生 物量あるいはその生理活性状態を把握する上で極めて有効な化学指標であると考えら れた。
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学位論文審査の要旨 主査 教 授 米田義昭 副査 教 授 松永勝彦 副査 助教授 簗田 満
学 位 論 文 題 名
海洋における生物活性物質の分布およびその存在意義
本 研 究 は 海 洋 に お け る 物 質 循 環 を 駆 動 さ せ る 植 物 プ ラ ン ク ト ン や 海 洋 細 菌 な ど の 微 小 生 物 量 お よ び そ の 生 物 活 性 の 指 標 と な る 粒 状 有 機 炭 素(POC), ク ロ ロ フ イ ー ルa (Chla) , ア デ ノ シ ン .3‑リ ン 酸(ATP), デ オ キ シ リ ボ 核 酸 (DNA)を 定 量 し , こ れ ら の 物 質 の 海 域 お よ び 季 節 変 動 を 明 ら か に す る こ と に よ り , 海 洋 に お け る 微 小 生 物 群 集 の 構 造 と そ れ ら の 生 物 活 性 の 状 態 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て 行 わ れ た . 研 究 を 行 っ た 海 域 は 北 部 北 太 平 洋 , べ ー リ ン グ 海 , 北 海 道 噴 火 湾 で あ る . 明 ら か に さ れ た 研 究 内 容 の 概 要 お よ び 評 価 し た 点 は 次 の 通 り で あ る .
(1) 噴 火 湾 に お い て 、 春 季 植 物 ブ ラ ン ク ト ン 大 増 殖 期 ( ブ ル ー ム 時 期 ) に お い て 、 各 化 学 成 分 (POC、Chla、ATP、DNA)量 は 相 互 に 有 意 な 正 の 相 関 が 認 め ら れ た 。Chlaか ら 算 出 し た 植 物 プ ラ ン ク ト ン 炭 素 生 物 量 は 全 微 小 生 体 炭 素 生 物 量 の 約70% を 占 め た 。POCは 海 洋 の 生 体 と 非 生 体 の 有 機 炭 素 、ATPは 生 き て い る 生 物 群 集 を 表 現 す る の で 、 生 き て い る 植 物 プ ラ ン ク ト ンPOC/ATP 比 ( 培 養 等 で 求 め ら れ た 比 、250)を 用 い る と 、 ブ ル ー ム 期 の30m以 浅 に お い て も 生 き て い る 生 物 群 集 は 約30%で あ っ た 。 一 方 、DNAか ら 求 め ら れ る 生 物 量 はATPよ り 求 め た 生 物 量 を 上 回 る こ と か ら 、DNA成 分 は 非 生 体 粒 子 と し て 存 在 し て お り 、 そ のDNAは 死 細 胞 ま た は 休 眠 胞 子 に 由 来 す る と 推 定 し た 。 ま た 、 ブ ル ー ム 終 息 後 は 、 植 物 プ ラ ン ク ト ン を 含 む 生 体 生 物 現 存 量 は 、POCの10〜 15% の 範 囲 内 で あ り 、DN A/ATP比 が 春 季 ブ ル ー ム 時 期 の 約3倍 の 値 を 示 す こ と か ら 、 ブ ル ー ム 後 に は 非 生 体 粒 子 の 存 在 割 合 が 高 ま る こ と を 明 ら か に し た 。
(2) 夏 季 ベ ー リ ン グ 海 ポ リ ニ ア 海 域 に お け る 成 果 と し て は 、POC、Chlaお よ びDNA濃 度 は 発 達 し た 密 度 躍 層 の 上 層 で 低 く 、 下 層 で 高 い 値 を 有 す る こ と
を明らかにした。、各種□径サイズのフイルターによるサイズ分画の結果は、
上層では小型の植物プランクトンが、下層では大型の植物プランクトンが優占 し て い る こ とを 示 し た 。POC/Chla、AT P/C hlaお よ びPOC/ATP比か ら判 断して、生体植物ブランクトン生物量は上層において極めて小さいが、比較的 高い生理活性をもつ生体植物プランクトンであり、下層に存在する生物群集は 大部 分が 植物プランクトンであるが、生きている状態よりもPOC/ATP比は高 く、ATP/Chla比が低い値をとることから、低活性 あるいは 死細胞で存在す ると推察した。
(3) 本研究 を行 った 海域の50m以 浅にお けるChlaおよび'ATP濃度は高い順 から、ベーリング海盆、亜寒帯、アラスカ湾、亜熱帯および移行域であったが、
DNA濃 度はべ ーリング海盆で最も高いものの、それ以外では海域差は認めら れなかった。ATPより求めた全微小生体炭素生物量は、その大部分が植物プラ ンクトン生体生物量であり、生体生物量は7〜210、残る部分は非生体もしく は活性の低い生体であることを示した。
本 研究 にお いて着 目し たPOC、Chla、ATPお よびDNAの同 時測 定は、 海水 中の生体植物プランクトン生物量あるいはその生理活性状態を把握する上で極 めて有効な化学指標であることを的確に把握し、さらに、北部北太平洋を中心 とする海域における生態系の特徴を上記の化学指標を用いて明らかにした成果 を含んでいることから,審査委員は申請者に対して博士(水産学)の学位を授 与するに値するものと判定した.