博 士 ( 文 学 ) 松 永 理 恵
学 位 論 文 題 名 調 知覚の 規定 因
一音 高セッ トと 系列 的特 徴一
学位論文内容の要旨
本論文は、音楽知覚における 調性的体制化(tonal organlzatlon) のメカニズムを明らかに しようとするものである。具体的には、調知覚の手がかりは何か、という疑問に答えることを目的 としている。
調の知覚がメロディを構成する音高の集合(以下、音高セット)によって大きく規定されること は先行研究によって確認されてきた。しかしながら、メロディを構成する音高のセットが同じで あっても音高の系列順序が異なれば、感じられる調が変わる場合もある。この現象からすると、
音高セットだけではなく、それ以外の(音高の系列に関わる何らかの)特徴も、調知覚の手が かりとなっている可能性が十分に考えられる。本研究では、音高セットが同じで音高の系列順 序のみが異なる音高列を数多く用意し、被験者にそれらを聞かせて調の反応を求めるという 心理学的実験を繰り返し行い、それらの実験結果を基に、本当に音高セット以外の特徴も調 知覚の手がかりとなっているのか、また、もし手がかりとなっているとするならばそれは具体的 に ど の よ う な 特 徴 で あ る の か 、 に っ い て 詳 細 な 分 析 と 考 察 を 加 え て い る 。 本論文は、7章から構成されている。
第1章「研究の背景」では、調性的体制化の知覚基盤に関わる実験心理学的研究、発達心 理学的 研究、音 楽学的研究、神経心理学的研究、音響物理学的研究を概観した後、本論文 の問題と目的を述べている。
第2章「調知覚の手がかりに関する先行研究」では、本論文の対象である 聞き手がメロディ の調を知覚するために用いる手がかりは何か という問題を扱った先行研究を詳述している。
始めに、調の知覚がメロディを構成する音高セットに大きく規定されることを指摘する先行研究 を紹介している。これらの先行研究によって、聞き手が刺激音列の構成音高全てを西洋全音 階の音階音として解釈できる調に知覚する特性のあることが確認されている。続いて、調の知 覚が音高セット以外の特徴によっても規定されている可能性を指摘する研究を詳しく紹介して いる。そこでは、それらが、音程に関する系列的特徴が手がかりとなっていると主張する研究と 音高に関する系列的特徴が手がかりになっているとする研究に大別できることを説明してい る。
第3章 から第6章で は、著者 が行った4っ の実験研 究を報 告してい る。第3章か ら第5章 では、音高セット以外の特徴も調知覚の手がかりとなっているのかを、第6章では、調知覚のさ らなる手がかりとなる特徴とは具体的にどのようなものであるかを、それぞれ検討している。い ずれの実験研究においても、音高セットが同じで音高の系列順序のみが異なる音列を刺激材 料として用い、特別な音楽教育を受けた聞き手(音楽熟達者)には調名の言語反応を、そうで
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な い聞き手 (音楽 非熟達者 )には 'tonal centerの反応を求める手続きを用いている。
第3章「調知覚に見られる音高の系列順序の影響(実験研究1)」では、音高セットが同じで も音高の系列順序が異なることで聞き手の調の知覚が異なってくる場合があるかどうかを検討 している。この実験研究は、結果として、次章以降に報告されている実験研究の予備実験的 役割を果たしている。
第4章「音楽熟達者が用いる調知覚の手がかり(実験研究2)」では、音楽熟達者の調の知 覚が、音高セットだけではなくそれ以外の特徴によっても系統だった形で影響されるかどうか を 検討している。実験の結果は、被験者の調反応は呈示音列を全音階的に解釈できる調に 集中すること、また、多数の被験者が同じ調に反応する音列の群がいくっか存在すること、を 示すものであった。著者はこれらの結果を、音高セットだけでなくそれ以外の特徴、すなわち 何 ら か の系 列 的 特徴 も調知 覚の手 がかりに なるこ とを示唆 するも のと解釈 している 。 第5章「一般の聞き手が用いる調知覚の手がかり(実験研究3)」では、実験研究2と同じ刺 激材料を用い、特別な音楽経験を持たない一般の聞き手の調の知覚が、音高セットだけでな くそれ以外の特徴によっても系統だった形で影響されるかどうかを検討している。実験の結果 は、実験研究2と同質、すなわち音楽熟達者と同じ傾向を示すものであり、この結果は、音楽 非熟達者の調の知覚も音楽熟達者と同様に、音高セットだけでなく、それ以外の特徴によって も 系 統 だ っ た 形 で 影 響 を 受 け る こ と を 示 唆 し て い る と 考 察 さ れ て い る 。 第6章「調知覚の手がかりとなる系列的特徴(実験研究4)」では、450種の刺激音列を用意 した上で、被験者の調の判別に、音高あるいは音程に関するどのような系列的特徴が寄与し ているかを分析している。分析の結果は、系列上の特定の位置にある特定の1音高1種(具体 的には、系列の最後尾にある音高)、および、系列上の特定の位置にある2つの音高の問の 音程13種が調の判別に寄与していた可能性を示唆するものであった。著者は、そのそれぞれ の系列的特徴が調知覚の手がかりとして本当に機能していたかどうかを詳細に考察し、少なく とも本実験4の状況下においては、音列の最後尾の音高が手がかりとなって調が判別されて いたと結論づけている。
最終章である第7章「総合的考察」では、著者が行った4つの実験研究の結果を基に、調 知覚の手がかりとなるメロディの構造的特徴とはどのようなものであるかを考察している。著者 は、音列の最後尾の音高が調知覚の手がかりとなっているという本実験研究の結果が一般化 できるかどうかについての考察を展開し、最後尾の音高を手がかりとするのは、本実験で用い られた特殊な 方略 に過ぎない可能性が大であることを論じている。その上で、著者は、音高 セットが同じでも音高の系列順序のみが異なる音高系列に対する調の知覚は、音高セットの み を 規 定 因 と す る 考 え の 延 長 上 で 説 明 で き る 可 能 性 を 指 摘 し て い る 。
学 位 論 文 審 査の 要 旨 主 査 教 授 阿 部 純 一 副 査 教 授 金 子 勇 副査 助教授 安達真由美
学 位 論 文 題 名
.調知覚の規定因
一音高セットと系列的特徴―
調の知覚がメロディを構 成する音高の集合(以下、音高セット)によって大きく規定されること は諸先行研究によって確認 されてきた。しかし、メロデ ィを構成する音高のセット が同じであっ ても 音高 の系 列順 序 が異 なれ ば、 感 じら れる調が変 わる場合もある。この現象か らすると、音 高セットだけではなく、そ れ以外の(音高の系列に関わ る何らかの)特徴も、調知 覚の手がかり とな って いる 可能 性 が十 分に 考え ら れる 。本研究で は、音高セットが同じで音高 の系列順序の みが 異な る音 高列 を 数多 く用 意し 、 被験 者に それ らを 聞 かせ て調 の反 応を 求 める とい う心 理 学的 実験 を繰 り返 し 行い 、そ れら の 実験 結果 を基 に、 本 当に 音高 セッ ト以 外 の特 徴も 調知 覚 の手がかりとなっているの か、また、もし手がかりとなっているとするならばそれは具体的にどの ような特徴であるのか、に ついて詳細な分析と考察を加 えている。
著 者は 、本 論文 に おい て、 大き く 分け て2つ の 疑問 を検 討す る 実験研究を行っ ている。その 1っは 、 音高 セッ ト以 外の 特 徴も 調知 覚の 手が か りと なっ てい る か、について検 討する実験研 究で ある 。そ こで は 、音 高セ ット が 同じ で音高の系 列順序のみが異なる音列を刺 激材料として 用い 、特 別な 音楽 教 育を 受け た聞 き 手( 音楽 熟達 者) に は調 名の 言語 反応 を 、受 けて いな い 聞き手(音楽非熟達者)には 'tonal center の反応を、それぞれ求め、その結果から、聞き手の 反応は、音楽経験を問わず 、音高セットに大きく規定さ れて少数の調に限定される こと、また、
多く の聞 き手 が同 じ 調に 反応 する 音 列の 群が存在す ること、を確認している。著 者は、これら の実 験結 果を 、音 高 セッ トだ けで な くそ れ以外の特 徴、すなわち何らかの系列的 特徴も、調知 覚の手がかりとなっている ことを示すものと解釈してい る。
もうーつの実験研究は、 上記の結果を受けたものであ り、調知覚のさらなる手が かりとなる系 列的特徴とは具体的にどの ようなものか、という疑問を 検討したものである。そこ では、音高セ ッ ト が 同 じ で 音 高 の 系 列 順序 のみ が 異な る450種 の音 列材 料を 用 意し た上 で、 聞き 手 の調 の 判別 に、 音高 ある い は音 程に 関す る どの よう な系 列的 特 徴が 寄与 して いる か を正 準判 別分 析 の 手 法 を 用 い て 分 析 し て い る 。 分 析 の 結 果 は 、 系 列 上の 特定 の 位置 にあ る特 定の1音 高1種
(具 体的 には 、系 列 の最 後尾 にあ る 音高 )、 およ び、 系 列上 の特 定の位置にあ る2つの音高の 間の 音程13種 が調 の 判別 に寄 与し て いた 可能 性を 示唆 す るも ので あっ た。 著 者は 、そ のそ れ ぞれ の系 列的 特徴 が 調知 覚の 手が か りと して 本当 に機 能 して いた かど うか を 詳細 に検 討し 、 少な くと も本 実験 研 究の 状況 下に お いて は、 音列 の最 後 尾の 音高 に基 づぃ て 調の 判別 がな さ ―52―
れていた、と解釈している。さらには、著者は、この結果が一般化できるかどうかにっいても考 察を展開し、最後尾の音高を手がかりとするのは、本実験で用いられた特殊な 方略 に過ぎ ない可能性が大であることを論じている。その上で、著者は、音高セットが同じでも音高の系列 順序のみが異なる音高系列に対する調の知覚は、音高セットのみを規定因とする考えの延長 上で説明できる可能性を指摘している。
本論文の成果としては、まずなによりも、先行諸研究によって様々に提案されてきた系列的 特徴のいずれもが調知覚の手がかりとしては機能していないことを実験的に明らかにしたこと を挙げることができる。先行諸研究は、音高セット以外に、音列がもっある種の系列的特徴(例 えば、ある特定の位置に存在するある特定の音高、あるいは、ある特定の位置に存在するある 特定の音程、等々)が調知覚の手がかりとなると様々に主張しているが、いずれの研究も、自 身 の注目 する特定 の系列 的特徴の 効果と それ以外 の系列的特徴の効果の相対的な比較を 行わないまま、主張を繰り広げていたといえる。本研究では、従来の諸研究が主張する系列的 特徴も含めて、多数の系列的特徴の効果を相対的に比較できる実験を実施し、その結果を基 に、先行諸研究が主張する系列的特徴のいずれもが調知覚の本当の手がかりにはなってい ないことを明らかにしている。そしてその上で、メロディの進行に伴う音高セットの変化のみが 強い手がかりとなっているとする説明を提出している。これらの成果は、統一的な見解が得ら れていないこの問題に対して決定的な知見と説明を提供したという点で、高い学問的価値をも っといえる。なお、その学問的貢献については、本論文中に記されているいくっかの研究成 果が、当該研究領域を代表する査読付き国際学術雑誌( Music Perception など)や査読付き の国際会議論文集に既に数編に分かれた形で掲載されていることからも確認できるといえよ う。
以上により、本委員会は、本論文の著者松永理恵に博士(文学)の学位を授与することが妥 当であるとの結論に達した。
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