main : 2015/7/31(9:30)
は じ め に
KEK物理学シリーズの最終巻である本書では,「物質科学の最前線」と題し て,量子ビームを用いた物質科学の先端研究を紹介する.現代物質科学の特徴 は,その多様性にあり,研究分野は多岐に及んでいる.本書で取り扱う話題は その中のごく一部分である.しかしながら,本書で取り扱う内容は,どれも物 質科学の基本問題に深く根ざしているため,一読して頂ければ,量子ビームを用 いた物質科学研究の肝を掴むことができるだろう.各章で取り扱う内容に関し ては,基礎的な事項の説明から始めて,研究の最前線までをわかりやすく書く ことを心掛けた.したがって,大学の学部生にも物質科学の面白さを感じ取っ て頂けるだろう.物質科学の面白さは,身の周りの世界の中で不思議なことを 見つけることから始まる.個人が自由に不思議なことを見つけて面白がれると ころが,物質科学の良さかもしれない.読者が本書を読み進める中で,不思議 なことを1つでも見つけ,それについて考え続ける契機となれば,著者として これに勝る喜びはない. 一方,KEK物理学シリーズ第6巻で紹介された量子ビームが,どのように 物質科学の最前線で役立っているかを,本書によって知ることができる.量子 ビームの実験装置・手法に興味を持たれる読者にも楽しんで頂ける内容になっ ていると思う.量子ビームを利用して,広範で深遠な物質科学研究を行うこと ができるようになったのは,比較的最近の事である.加速器科学の発展に基礎 をもつ量子ビームは,今でも日々進歩しており,次々と新しい物質科学を創り 上げている.物質科学の研究対象は,長さとエネルギーのスケールにおいて階 層構造をもっている.量子ビームは通常,原子・分子の長さや固体中の素励起 がもつエネルギーの階層において最もその威力を発揮するが,量子ビームの高 性能化と実験手法・検出法などの改良により,研究対象となる階層を大きく拡 張し続けている.一方で,量子ビームを光学顕微鏡やコンピューターと同じよmain : 2015/7/31(9:30) iv は じ め に うに,日常的な研究ツールとして利用している研究分野も多い.これらの研究 分野の多くのユーザーにとっては,量子ビームの先端性よりは,その使いやす さがより重要である.いずれにしても現在では,量子ビームの利用が,新しい 物質科学の開拓には必須のものとなってきている.今後,量子ビームを利用し ようと考えている大学院生や若手研究者の方々にとっても,本書は有意義な情 報を提供できると考えている. 本書の構成は下記のとおりである.第1章は本書のイントロダクションの役 割を果たす.そこでは,物質の示す性質(物性)を物質構造から理解しようと する構造物性研究について説明する.特に,電子がもつ自由度の秩序と物性の 関連性,放射光X線によるその秩序観測が示される.第2章では,物性物理学 の中心課題の1つである超伝導と磁性の関連性について議論する.金属磁性体 や磁性が関与する超伝導体を対象として,量子ビームの協奏的利用により,そ の物性の本質的理解に迫る.第3章では,まず現代のエレクトロニクスについ て,半導体物理学を基にその基礎概念を説明する.その後,電子スピンをエレ クトロニクスに利用するスピントロニクスという新しい科学技術について,基 礎的な観点から説明を行い,その将来像を述べる.第4章では,ソフトマター の概念説明から始め,典型的なソフトマターである両親媒性分子が,水や油と ともに作る構造と物性について説明する.その後,ソフトマターの構造と運動 状態をX線と中性子を用いて,どのように理解するかを述べる.第5章では, 最近最も注目を集めている物質系の1つであるエネルギー関連機能性物質につ いて述べる.イオン伝導体に関する説明の後,蓄電池に関する研究を紹介する. これらの研究の中で行われる中性子を用いた構造解析についても述べる. 本書の企画・出版に際して,高エネルギー加速器研究機構名誉教授 木村嘉孝 先生,共立出版編集制作部 吉村修司氏と島田誠氏には,多大なご尽力を賜った. また,第1・2・4章の図面作成等に関しては,KEK物構研 小糸由希子さん, 山田悟史氏,富山大学薬学部 中野実氏,日本原子力研究開発機構 大和田謙二 氏,福田竜生氏,東京大学 藤森淳氏のお世話になった.この場を借りて深く感 謝申し上げる次第である. 2015年7月 執筆者を代表して 村 上 洋 一