症例提示 山口 弘医員(内科学 2) 症例: I.T. 83 歳,男性,(ID 078-467-2, AN1420) 主訴:呼吸困難,意識障害 現病歴: 1994 年 6 月,労作時息切れ,乾性咳 嗽出現し当院第二内科受診,胸部レントゲン 写真上,両下肺野の線維性変化を認め肺線維 症と診断され外来通院していた。1997 年 2 月より労作時息切れ増悪のため在宅酸素療法 (O21 l/min)が開始されたが以後,呼吸器感 染症による呼吸不全にて 3 回の入院を繰り返 し て い た ( 図 1 A )。 2 0 0 1 年 4 月 1 6 日 , 37.6°C の発熱,呼吸困難出現,また自宅で 転倒し意識障害のため救急車で来院し緊急入 院となった。 既往歴: 20 歳,胸膜炎。72 歳,洞不全症侯群 (VVI ペースメーカー挿入)。79 歳,仙骨部 基底細胞癌(全摘施行)。 家族歴:同胞の長男,肝細胞癌。四男,胃癌。 背景:喫煙歴,5 本/日 20 ∼ 50 歳。飲酒歴, なし。 入院時身体所見:身長,体重測定不可。体温 3 7 . 6° C 。脈 拍 7 4 回 / 分・ 整 。血 圧 1 4 0/ 9 6 mmHg。意識,JCS II-30。眼瞼眼球結膜に貧 血黄疸なし。表在リンパ節触知せず。心雑音 なし。両下肺野に湿性ラ音聴取,腹部異常所 見なし。神経学的異常所見なし。 入院時検査所見: <血算> WBC 17,450/µl(Neutro 99.0 %, Lym 1.0 %),RBC 4.48 × 106/µl, Hb 15.6 g/dl, Ht 45.2 %, Plt 158 × 103/µl, ESR 10 mm/hr <生化学> TP 6.5 g/dl, A1b 3.5 g/dl, ZTT
7.5 KU, TTT 3.5 KU, ChE 244 IU/l, T-Bil 1.2 mg/dl, D-Bil 0.4 mg/dl, ALP 505 IU/l, LAP 55 IU/l, γ-GTP 80 IU/l, LDH 531 IU/l, GOT 51 IU/l, GPT 30 IU/l, TG 58 g/dl, T-Cho172 IU/l, BUN 24 mg/dl, Cre 1.06 mg/dl, Na 135 mEq/l, K 5.4 mEq/l, Cl 98 mEq/l, CRP 7.2 mg/dl, BS 223 mg/dl, KL-6 640 U/ml, SP-D 50.9/ml
<喀痰>一般細菌:塗抹培養有意菌なし。抗酸 菌:塗抹培養陰性。
入院後経過:入院時,SpO260 台(O212 l/min マスク)と呼吸不全にて気管内挿管,人工呼 吸管理となつた。発熱,炎症反応上昇,胸部 レントゲン写真上,両下肺野の濃度上昇を認 め肺炎合併を考え MEPM, CZOP の投与を開 始した。また,胸部レントゲン写真上,左肺 門部の異常影を認めたが(図 1B),全身状態 第 53 回山梨医科大学 CPC 記録 日時:平成 14 年 1 月 16 目(水)午後 5 時 15 分∼ 6 時 45 分 場所:臨床講堂大講義室 司会:西川圭一講師(内科学 2),加藤良平教授(病理学 2)
肺線維症による慢性呼吸不全の経過中,胸部レントゲン写真上
肺内異常影を呈した 1 例
要 旨: 83 歳,男性。1994 年より労作時息切れ,咳嗽により受診。肺線維症の診断のもとに治 療を受けていた。2001 年 4 月,呼吸困難増悪と転倒し意識障害を来たしたため緊急入院した。入 院後,人工呼吸管理となり,肺炎も合併した。肺炎は改善したが,突然の高血糖と腎不全により 死亡した。剖検では,両肺は軽度から中等度の肺線維症の所見で,下葉に気管支肺炎を認めた。 また,左肺門部を中心に小細胞癌が見出され,肺,肝,前立腺,副腎にその転移を認めた。不良のため経過観察とした。抗生剤投与にて 肺炎は軽快したが長期呼吸管理が必要なため 4/25 気管切開術施行,その後 weaning を進 め 5/28 には SpO292(t-tube O228 % 4 l/min) と良好にて人工呼吸器より Weaning するこ とができた。一時,スピーチカニューレを使 用し会話可能となったが 7/10,39°C 発熱, 意識レベル低下,胸部レントゲン写真上,両 下葉肺炎を合併した。喀痰培養より MRSA を認め起因菌と考え TEIC, MEPM を投与し 肺炎は改善傾向であったが(図 1C),感染に 伴う高血糖(745 mg/dl)を合併し 7/31 永眠 された。 剖検目的: (1)肺線維症の進行度について (2)肺感染症について (3)胸部レントゲン写真上の肺内異常影につ いて 病理解剖所見と診断 近藤哲夫助手(病理学 2) 剖検番号: 1420,83 歳,男性 死亡年月日: 2001 年 7 月 31 日 午前 7 時 21 分 剖検年月日: 2001 年 7 月 31 日 午前 9 時 40 分 死後 2 時間 19 分,開胸開腹にて剖検 主要病理所見: 1.外表:身長 158 cm,体重 43.5 kg。黄疸, 貧血なし。表在リンパ節触知せず。頚部正中 に気管切開孔あり。左胸部にペースメーカー。 両下腿に硬結あり。下腿皮膚結節には真皮下 脂肪織に異型リンパ球の浸潤がみられる。 2.体腔液:胸水,左 少量,右 160 ml 淡血 性;心嚢水,150 ml,淡黄色透明;腹水,少 量 3.心臓(380 g):梗塞なし。冠状動脈に狭窄 なし。弁膜に異常なし。VVI ペースメーカー 留置後。心筋内にリポフスチン顆粒が多数認 められる。 4.大動脈その他血管系:大動脈全体に軽度の アテローム硬化を認める。 5.肺臓(左 330 g,右 380 g):両肺とも胸腔 と線維素性癒着が軽度∼中等度にみられる。 左肺門部に直径 5 cm の腫瘤性病変があり, 腫瘍は気管支を取り囲む様に浸潤性に増殖し ている(図 2)。組織学的には大小不動の円 形核で細胞質の少ない異型細胞がびまん性, 浸潤性に増殖している(図 3)。免疫染色で は CAM 5.2(サイトケラチン)+,クロモグ ラニン+,NSE +/−であり,肺小細胞癌, 中間型と診断する。腫瘍周囲で高度の静脈浸 潤,リンパ管浸潤を認めた。この他左下葉に 径 1.5cm の転移巣があり,両側肺門部リンパ 節にも多数の転移を認める。非癌部肺は両肺 とも上葉を中心にびまん性の肺胞の破壊と気 腔の拡大があり,正常肺胞構造はほとんどみ 図 1. 胸部レントゲン写真。A(2000 年 5 月 18 日撮影):両下肺野に網状の間質性変化を認める。左前胸 部にはぺースメーカーが留置挿入。B(2001 年 4 月 16 日撮影):左下肺野を中心に肺炎による浸潤 影,また両側肺門部の突出を認める。気管内には挿管チューブを認める。C(2001 年 7 月 16 日撮 影):左下肺野の肺炎は改善したが,右下肺野に新たな塊状影を認める。
られない。肺気腫の所見である。また肺胞壁 の線維性肥厚と平滑筋細胞の増生を伴う線維 性増生巣が肺内に不均一に散在してみられ る。Usual interstitial pneumonia(UIP)の 所見であるが,線維化の程度としては肉眼的 にも組織学的にも軽度から部分的に中程度で ある。両下葉では局所的に気管支肺炎及び器 質化肺炎の所見を認める。 6.肝臓(950 g):中心静脈を中心とする高度 の脂肪変性と門脈域の石灰化住血吸虫卵およ び門脈域の軽度の線維化を認める。右葉に径 5mm の小細胞癌の転移を認める。 7.脾臓(220 g):高度なうっ血があり,リン パ濾胞の減少を認める。 8.膵臓(十二指腸と合わせ 150 g):脂肪浸潤 を高度に認める。 9.食道:著変なし。 10.胃:萎縮がみられるが,その他著変なし。 11.小腸・大腸:直腸粘膜下には多数の石灰化 住血吸虫卵を認める。 12.腎臓(左 130 g,右 110 g):糸球体及び尿 細管に器質的異常所見なし。 13.副腎(左 9 g,右 7 g):左副腎に径 1 cm の 小細胞癌の転移あり。 14.骨髄:細胞髄/脂肪髄比= 2 : 8 の低形成 性骨髄。 15.甲状腺(13g):著変なし。 16.前立腺:左葉に径 1 cm の小細胞癌の転移 あり。 17. 精巣:精細管の高度萎縮。 18. リンパ節:縦隔リンパ節,気管支周囲リン パ節,大動脈周囲リンパ節,右鎖骨下リンパ 節に小細胞癌の転移あり。 主要病理診断 1.肺小細胞癌,中間型,左肺門径 5 cm 転移:左肺下葉(径 1.5 cm),肝臓右葉 (径 0.5 cm),左副腎(径 1 cm),前立腺左葉 (径 1 cm),両側肺門リンパ節,縦隔リンパ 節,気管周囲リンパ節,大動脈周囲リンパ節, 右鎖骨下リンパ節 2.肺気腫 図 2. 左肺。左肺門部に炭粉沈着を伴ったリン パ節と一塊になった直径約 5 cm 大の腫 瘍がみられ,気管支を取り囲む様に浸潤 性に増殖している。末梢肺には肺気腫が みられる。 図 3. 左肺門部腫瘍の組織像。組織学的には 腫瘍細胞は小型のクロマチンに富んだ 円形核と乏しい細胞質を有しており, 小胞巣ないしは索状を呈してびまん性, 浸潤性に増殖する(A,ヘマトキシリ ン−エオジン染色)。乏しい細胞質はク ロモグラニン A 陽性である(B,免疫染 色)。
3.肺線維症(UIP) 4.気管支肺炎及び器質化肺炎(両肺下葉) 5.日本住血吸虫症(石灰化卵); 肝,直腸 6.脂肪肝 まとめ 1.肺気腫,肺線維症,肺炎について 病理解剖時の所見として気腫性の変化が全体 に強く,呼吸不全の原因として大きな要因を占 めていたと考えられる。UIP と考えられる肺線 維症もあるが,線維化の程度は肉眼的にも組織 学的にも軽度であった。また両下葉では気管支 肺炎とその周囲の器質化肺炎像を認めるが局所 的である。 2.腎不全について 急性腎不全の原因となる糸球体や尿細管の器 質的病変はない。経過中の急性腎不全の原因と しては脱水,重症感染症や担癌に伴う多臓器不 全の一つとしての腎不全などが考えられる。 司会者 本症例では間質性肺炎の影に小細胞癌が隠れ ていたわけですが,X 線写真を review して下 さい。 発言 斉藤彰俊(放射線医学講座) 肺炎を合併する前の単純写真では,両側肺底 区優位に網状影が認められ,横隔膜の挙上も認 め ら れ , 線 維 化 を 伴 っ た 状 態 と 思 わ れ る 。 Honey-combing 形成は単純写真上はっきりし ない。 肺炎合併時の単純写真では,それを裏付ける よう右下肺野に浸潤影が認められる。非特異的 な細菌性肺炎の像である。肺門陰影の拡大があ るようにも見えるが,前回と撮影条件が異なる ため,有意なものかどうかは不明。 その後の単純写真では,左下肺野に 2 個の腫 瘤影が出現してきている。前回の浸潤影と形態 が異なり,感染とすれば真菌など,肉芽腫を形 成するものが疑われる。悪性腫瘍とすれば,い ずれかからの転移や,扁平上皮癌などの経過の 早い充実性の原発性肺腫瘍を疑う。この時点で も両側の肺門陰影は有意とは言い難い。 司会者 間質性肺炎について内科の立場からコメント 頂きたい。 発言 石原 裕講師(内科学 2) 間質性肺炎の病理学的分類は病理の先生にお 任せするとして,私は臨床的な分類についてご 説明致します. その前にまず,肺の実質に対する間質とはな にかということを説明します.ガス交換という 肺の働きを考えると肺の機能に直接関わってい る実質は肺胞を取り巻く肺胞上皮細胞でありま す.肺胞上皮細胞以外の構造,つまり,肺胞上 皮細胞を支えている基底膜やその周辺の線維芽 細胞,毛細血管,気管支や肺循環系の血管やそ の支持構造等が間質となります.この間質に生 じた炎症性変化が間質性肺炎でありますが,こ れは臨床的には二次小葉の隔壁の肥厚としてと らえられます.また間質の変化はいずれは線維 化を引き起こし,間質は縮みますが,これは末 梢の気管支の不規則な拡張として認識されま す. さて,間質性肺炎は原因の分らない特発性間 質性肺炎,膠原病に伴う間質性肺炎,それから, 薬物に対する反応として生じる間質性肺炎の 3 つにおおまかに分類することができます. 特発性間質性肺炎は多くの場合慢性に経過し ます.乾性咳嗽や労作時の呼吸困難で発症し, 徐々に呼吸不全が進行してゆきます.時には, 気道感染を契機に急激に病状が進行することも あります.また,急激に発症し,3 ヶ月くらい の経過で死亡してしまう急性型もあり,これは 古典的には Hamman-Rich 症候群といわれま す.また,膠原病の中には肺の線維化病変を起 こしやすいものがあり,頻度の高いのは PSS, RA,DM/PM であります.特発性のものと膠 原病に伴うものとは画像所見,血液所見,病理 所見からは鑑別が難しく,特発性間質性肺炎と して経過を見ているうちに膠原病の症状が現れ てきて,肺病変は膠原病に伴う間質性肺炎であ
ったと診断することもあります.また,抗癌剤 や抗生物質,最近では漢方薬による反応として 肺に間質性病変を生じることがあります.薬物 使用歴から診断が疑われ,リンパ球幼弱化反応 から確定診断しますが,この検査は必ずしもい つも陽性となる訳ではないため状況から判断せ ざるを得ないこともあります.