山 梨 肺 癌 研 究 会 会 誌26巻2013
胸壁合併切除 と肺動脈形成 を要 した進行非小細胞肺癌 の1手 術例
山梨 大 学 医学 部 附 属 病 院 第 二 外 科 内 田嚴 松 原 寛 知 宮 内 善 広奥脇英人
鈴 木 章 司 松 本 雅 彦 要 旨:肺 癌 に 対す る外 科 的 手 術 療 法 は 局 所 制 御 を 目的 と して い る。 そ の た め 、存 在 す る腫 瘍 をす べ て 切 除 す る こ とが 求 め られ る が 、 そ の 大 き さ、 浸 潤 範 囲 に よ っ て は そ れ が 困 難 な こ と も あ る。 肺 動 脈 本 幹 へ の浸 潤 を 認 め る症 例 で は肺 全 摘 を 回避 す る た め に 、肺 動 脈 の 形 成 が 必 要 とな る。 ま た 、広 範 な 胸 壁 浸 潤 を認 め る症 例 の肺 門 の 血 管 処 理 は視 野 が 悪 く、 難 渋 す る こ とが 多 い。 今 回 、 胸 壁 浸 潤 と転 移 リンパ 節 の肺 動 脈 浸 潤 を伴 う進 行 非 小 細 胞 肺 癌 に対 して 、肺 動脈 を形 成 す る こ とで 、肺 全 摘 術 を 回 避 し、 術 後 補 助 化 学 療 法 を施 行 す る こ とがで き た症 例 を経 験 した の で報 告 す る。 キ ー ワ ー ド:進 行 非 小 細 胞 肺 癌 、 胸 壁 浸 潤 、 肺 動 脈 形 成 は じめ に 肺 癌 の標 準 手 術 と して 肺 葉 切 除 が あ る。胸 壁 浸 潤 して い る場 合 は 、胸 壁 合 併 切 除 を伴 う肺 葉 切 除 を行 うが 、肺 門処 理 の 際 に、視 野 が悪 くな り難 易度 を 上 げ る 要 因 とな る。 さ らに 上 位 肋 骨 切除 で は 、 腫 瘍 か らの マ ー ジ ン を 十 分 に と る こ と が 難 しい 。ま た 、言 うま で もな く肺 動 脈 形 成 を伴 う手 術 は分 枝 を切 離 す るの み の肺 葉 切 除 よ り難 しい 。胸 壁 合 併 切 除 と 肺 動 脈 形 成 を 同 時 に施 行 し な け れ ば な らな い よ うな 進 行 した 症 例 で 手 術 が 適 応 と な る よ うな 症 例 は 稀 で あ る。 今 回 我 々 は 、こ の よ うな症 例 に対 して 、肺 動 脈 を形 成 す る こ とで 、肺 全 摘 術 を 回避 し、 術 後 補 助 化 学 療 法 を 施 行 し得 た 症 例 を 経 験 した の で報 告 す る。 症 例 症 例:60歳 代 、 女 性 。 主 訴:胸 背 部 痛 。 既 往 歴:特 記 事 項 な し。 現 病 歴:胸 部 か ら左 肩 甲 骨 に か け て の 痛 み を 自覚 し た た め 近 医 を 受 診 し た 。 し ば ら く の 問 、鎮 痛 剤 に よ る疹 痛 コ ン トロ 一 ル が 行 わ れ て い た が、症 状 の 改 善 は み ら れ な か っ た 。胸 部 レ ン トゲ ン 写 真 で 左 上 肺 野 に 腫 瘤 影 を 認 め た 。 精 査 の 結 果 、 左 肺 上 葉 腺 癌 と 診 断 さ れ 、当 科 紹 介 と な っ た 。 入 院 時 現 症:血 圧135/80mmHg、 心 拍 数84bpm、 体 温37.0℃ 血 液 生 化 学 所 見:HblO.3g/dlと 軽 度 貧 血 を 認 め た 。 腫 瘍 マ ー カ ー はCEA7.5 ng/ml、SCC14.Ong/ml、CYFRAI3.81 ng/mlと 上 昇 を 認 め た 。 胸 部 単 純 レ ン トゲ ン 写 真 で は 左 上 肺 野 と左 肺 門 周 囲 に 透 過 性 の 低 下 を 認 め た(図1)。 胸 部CTで は 、 腫 瘍 中 心 部 に 低 濃 度 領 域 を 認 め て お り 内 部 の 壊 死 が 考 え られ た 。 ま た 、 下 葉S6お よ び 胸 壁 へ の 浸 潤 が 疑 わ れ た 。さ ら に 肺 門 リン パ 節 の 腫 大 を 認 め 、 肺 動 脈 本 幹 に 狭 窄 を 認 め た(図 2)。 以 上 か ら 左 肺 上 葉 腺 癌 、 臨 床 病 期 T3NIMOStagemAと 診 断 し 手 術 適 応 と判 断 した 。 術 式 は 左 肺 上 葉 切 除 、胸 壁 、 下 葉S`s合 併 切 除 と し 、 肺 動 脈 を 形 成 す る こ と で 肺 全 摘 を 回 避 す る 方 針 と し た 。 一26一平 成25年4月1日 手 術 所 見:後 側 方 切 開 、第4肋 間 開 胸 し、 ま ず 、第2,3,4肋 骨 を 腫 瘍 か ら十 分 に マ ー ジ ン を と り な が ら切 離 し て 腫 瘍 を 胸 壁 か ら遊 離 し た 。術 前 の 予 想 通 り 、 S6に 浸 潤 を 認 め た た め 、B6を 処 理 し た 後 、 S6と 底 区 の 間 で 自 動 縫 合 器 を 用 い て 肺 実 質 を 切 離 し 、S6合 併 切 除 と した 。 続 い て 肺 動 脈 を 確 認 す る と肺 動 脈 本 幹 に 浸 潤 を 認 め た 。 上 肺 静 脈 、気 管 支 の 処 理 を 先 行 し て 行 い 、最 後 に 、肺 動 脈 浸 潤 部 位 の 中 枢 と 末 梢 を 遮 断 し 、肺 動 脈 を 管 状 切 除 し て 、 左 上 葉 切 除 、 第2、3、4肋 骨 、 下 葉S6合 併 切 除 を 完 了 した 。 続 い て 肺 動 脈 形 成 に 移 っ た が 、肺 動 脈 欠 損 部 が 約 3cmの 距 離 で あ っ た た め 、そ の ま ま で は 吻 合 が 困 難 だ っ た 。 そ こ で 、ボ タ ロ ー 靭 帯 を 切 離 してPAelongationを 行 い 、 可 動 性 を よ く す る こ と で 吻 合 可 能 と な っ た 。 吻 合 部 は 口径 差 が あ り 、狭 窄 しな い よ うに 慎 重 に 吻 合 した 。最 後 に 胸 壁 を ゴ ア テ ッ ク ス 製 の デ ュ ア ル メ ッ シ ュ を 用 い て 再 建 し 、閉 創 し 手 術 を 終 了 した 。 手 術 時 間4時 間40分 、 出 血 量872mlで あ っ た 。 病 理 所 見:組 織 型 は 腺 扁 平 上 皮 癌 で 、 病 理 病 期 はT3N2MOStagemAだ っ た 。 腫 瘍 はscsと 第2,3肋 骨 と 肺 動 脈 壁 に 浸 潤 を 認 め て い た 。腫 瘍 断 端 は 陰 性 で あ っ た 。リ ン パ 節 は#5に 転 移 を 認 め て い た 。 術 後 経 過=術 後1ヶ 月 よ り シ ス ブ ラ チ ン と ビ ノ レル ビ ン に よ る 補 助 化 学 療 法 を3コ ー ス 施 行 した 。化 学 療 法 に よ る 副 作 用 はGrade2以 上 の も の は 認 め な か っ た 。 腫 瘍 マ ー カ ー はCEA、CYFRAが 術 前 高 値 で あ っ た が 、と も に 基 準 値 以 下 に コ ン トロ ー ル され て い る 。現 在 、術 後1年 1ヶ 月 無 再 発 経 過 観 察 中 で あ る 。 考 察 胸 壁 浸 潤 を 伴 う肺 癌 はT3に 分 類 され る1)。 しか し、 胸 壁 浸 潤 は そ の 深 達 度 や 浸 潤 部 位 に よ っ て サ ー ジ カ ル ・マ ー ジ ン を 十 分 に と る こ とが 難 し い こ と も あ り 、 一 様 に は 扱 う こ と は で き な い 。 ま た 、N2 症 例 で は 完 全 切 除 で き た 症 例 で も5年 生 存 率 が 低 い と の 報 告 が 多 い2)`ll)。そ の た め 、そ の 手 術 適 応 は 慎 重 に 検 討 す る 必 要 が あ る。そ れ で も肺 癌 診 療 ガ イ ドラ イ ン で は 非 小 細 胞 肺 癌 の 胸 壁 浸 潤 例 に 対 して 胸 壁 合 併 切 除 術 を 行 う こ と が グ レ ー ドBで 推 奨 され て い る。 さ ら に 、 皿A 期 の 完 全 切 除 例 に 対 し て は シ ス プ ラ チ ン 併 用 化 学 療 法 が グ レー ドBで 推 奨 さ れ て い る 。よ っ て 今 回 の 症 例 に お い て は 、 外 科 的 に 局 所 を 制 御 で き た と し て も 、術 後 の 補 助 化 学 療 法 が 必 要 と考 え ら れ た 。 肺 全 摘 術 を 施 行 し た 場 合 、腫 瘍 の 完 全 切 除 は 期 待 で き る も の の 術 後 のADLを 下 げ 、補 助 化 学 療 法 の 施 行 が 困 難 に な る と 予 想 され る た め 、こ れ を 回 避 す る 必 要 が あ る 。そ こ で 今 回 は 肺 動 脈 形 成 を 行 う こ と で 肺 全 摘 術 を 回 避 し 、術 後 に 補 助 化 学 療 法 を 行 う 方 針 と し た 。胸 壁 合 併 切 除 に お け る ア プ ロ ー チ は 先 に 胸 壁 を 外 し て 行 う場 合 と 、先 に 肺 門 を 処 理 して か ら胸 壁 を 外 す 場 合 が あ る。 本 症 例 で は 、肺 動 脈 の 形 成 を 行 う 必 要 が あ っ た た め 、必 然 的 に 前 者 の ア プ ロ ー チ と な っ た が 、胸 壁 を つ け た ま ま 肺 門 操 作 を 行 う こ と は 視 野 が と りに く く 、肺 動 脈 を 剥 離 す る 際 に 非 常 に 難 渋 した 。 肺 動 脈 浸 潤 症 例 に つ い て ガ イ ドラ イ ン 上 で は 特 に 明 記 さ れ て い な い 。し か し 、 肺 動 脈 へ の 浸 潤 を 認 め た 場 合 に は 合 併 切 除 し、形 成 を 行 う こ と で 肺 全 摘 を 回 避 す る こ と が で き れ ば 、肺 機 能 を 温 存 す る こ と が で き る 。これ に つ い て は 通 常 の 葉 切 除 と 遜 色 な い 結 果 が 得 ら れ る と の 報 告 も あ る'1)。胸 壁 浸 潤 と肺 動 脈 浸 潤 を 合 併 し た 症 例 に つ い て は 今 回 検 索 し得 た 一27一
山 梨 肺 癌 研 究 会 会 誌26巻2013 中 で は 報 告 を 見 つ け る こ と は で き な か っ た が 、局 所 が コ ン トロー ル で き る よ う な 症 例 にお い て は 積 極 的 に 肺 機 能 の 温 存 を試 み るべ き と考 え られ た。 今 回 の症 例 は 、手 術 を予 定 通 り施 行 で き肺 全摘 を 回避 し、術 後 早 期 か ら化 学 療 法 を施 行 す る こ とが で き た。これ に よ り、 現 在 の と こ ろ 良好 な 結 果 が 得 られ て い る。 しか し、胸 壁 浸 潤 を きた した肺 癌 の リンパ節 転 移 陽 性 例 の5年 生 存 率 は 不 良 で あ る た め 、今 後 も慎 重 な 経 過 観 察 が 必 要 と考 え る。 結 語 今 回 、胸 壁 浸 潤 と転 移 リンパ 節 の 肺 動 脈 浸 潤 を伴 う進 行 非 小 細 胞 肺 癌 に 対 し て 、肺 動 脈 を形 成 す る こ とで 、肺 全 摘 術 を回 避 し、術 後 補 助 化 学 療 法 を施 行 す る こ とが で き た 症 例 を経 験 した の で これ を報 告 した 。 引 用 文 献 1)日 本 肺 癌 学 会 編.臨 床 ・病 理 肺 癌 取 扱 い 規 約 改 訂 第7版.金 原 出 版;2010:3-9 2)中 田 昌 男.胸 壁 浸 潤 肺 癌 に 対 す る 治 療 の 変 遷 と 現 状.日 本 胸 部 臨 床2012; 71:414-419 3)鈴 木 弘 行 、 渡 邊 譲 、山 浦 匠 他.胸 壁 浸 潤 肺 癌 に 対 す る 手 術 療 法 の 成 績 日本 胸 部 臨 床2012;71:437-444 4)原 信 介 、綾 部 公 鎌 、赤 嶺 晋 治 他.肺 癌 に お け る 肺 動 脈 再 建 術 の 評 価.手 術 1995;49:2017-2022 一28一
平成25年4月1日
図1胸 部 レ ン トゲ ン 写 真
図2胸 部 造 影CT