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中学校国語科授業の研究 : 育てるカウンセリングの理論に基づく授業をめざして

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(1)       中学校国語科授業の研究 一育てるカウンセリングの理論に基づく授業をめざして一. 教科・領域教育専:攻. 君語系コース 日和   環. 1.研究目的.  第1節 ABC理瞼と構成的グループ・エ.  伝統的なカウンセリングの方法は、カウン.      ンカウンター. セラーが、一対一の面接などで個人的に傾聴.  第2節 交流分析と構成的グループ・エン. 的態度で対応し、治療を目的としている。そ.      カウンター. れに対して、育てるカウンセリングでは、教. 第3章 育てるカウンセリングを生かした授. 師が生徒集団に、心理学的な考え方や行動の.     業の理論. 仕方を、能動的に教えることを目的としてい.  第1節育てるカウンセリングを生かした. る。今現在問題を抱えている生徒だけでなく、.      集団づくり. 一人ひとりの全ての生徒が、のびのびと生活.  第2節 育てるカウンセリングを生かした. できるように配慮していくときに、カウンセ.      国語科授業の実践. リングの様々な理論や技法を活用してみる。. 第4章 育てるカウンセリングを生かした授. このように、カウンセリングの意味合いを広.     業の実際. く考えてみると、カウンセリングのエッセン スを学校生活のあらゆる場面で生かしていく.  第1節 中学校国給科文学教材       「少年の日の思い出」を中心に. ことができる。.  第2節 中学校国蒔科脱明文教材.  ここでは、教師が、主に授業の中でどのよ.     「ちょっと立ち止まって」を中心に. うに育てるカウンセリングを生かしていけば. 終章 研究’のまとめと謀題. よいか、ということを研究の目的とする。. 3。概嬰. 2,鍮文構成.  第1章では、育てるカウンセリングとはど. 序章  研究の目的と内容. のようなものか、そのとらえ方を述べ.る。. 弟1章 育てるカウンセリングの概嬰.  育てるカウンセリングとは、教師が学級の.  第1節 育てるカウンセリングの定義と基. 生徒たちを対象に、カクンセリング・マイン.      本的態度. ドを十分に発揮し、豊かな心や、自分で自分.  第2節 構成的グループ・エンカウンター. を成長させていく能力などを育てていく 「闘. 第2章 育てるカウンセリングに生かすカウ. 発的カウンセリング」のことである。育てる.     ンセリング理論. カウンセリングを生かした、日常の教師の基.

(2) 本的態度に、「受容・共感的態度」「自己開. かに生きるべきか自覚させていくこと」「授. 示」「自己主張」の三つがあげられる。やさ. 業では、集団思考を生かした授業形態、たと. しく温かい心だけでなく、甘やかさない、厳. えば、話し合い、討論などを回り入れること. しい心が必要である。また、構成的グループ. がふさわしいこと」などがあげられる。育て. ・エンカウンターをとりあげたが、そのねら. るカウンセリングの考え方も、過去の取り組. いは人間関係を豊かにすることにあるので、. みの中に見ることができ、新しいものと融合. 育てるカウンセリングを生かした一手法であ. して現在に至っていると考えることができ. ると考えることができる。. る。.  第2章では、数多くあるカウンセリング理.  第4章では、実際に、育てるカウンセリン. 論の中から、ABC理輪と交流分析を取り上. グを国語科授業で生かした具体案を提示す. げ、これらを構成的グループ・エンカウンタ. る。「少年の臼の思い出」「ちょっと立ち止. ーに生かした実践例を提示する。一般的には、. まって」という教科書教材の中で、ABC理. 悩み(C)の原因は、出来事や状況(A)で. 論、交流分析をからめて、構成的グループ・. あると考えるが、ABC理論では、悩みの原. エンカウンターの手法を使って組み立てた。. 因は、出来事や状況をどのように受け取るか. 国語科では、答えが一つではない課題も多く、.  (B)ということにあると考える。受け取り. 様々な意見や考えを交流させることができる. 方を変えて、プラス思考に持っていけるので、. ので、構成的グループ・エンカウンターを取. 中学生にも取り入れやすい。交流分析では、. り入れやすい。その時間の教材のねらいと、. 人間が本来持っている五つ’の心(父性的親心、. エンカウンターのねらいの両方が達成できる. 母性的親心、おとな心、自由な子ども心、従. 構成を考えた。エンカウンターの手法は、一. 順な子ども子心)を、状況に応じて自由に出. 時間の授業の中の導入、まとめ、の部分に取. し入れできることが望ましい、と考える。し. り入れたり、一つの教材としての導入、山場、. たがって、エゴグラムで自分の心の状況を把. まとめの時聞に取り入れたりすることが可能. 握し、どの心を高めていけばよいかを考える. である。. ことは、生徒の自己理解につながる。. 4.今後の課題.  第3章では、中学校国語科の教師として、 多くの実践を残した大西忠治の論を取り上げ.  育てるカウンセリングとして、ABC理論. る。それは、育てるカウンセリングに生かせ. ウンターを取り上げたが、これに固執するの. る教育観や指導観、授業観が多々含まれてい. ではなく、またマンネリ化させるのでもなく、. ると考えたからである。大西忠治は、国語科. さらに生かせるものは何かを追究していくべ. 授業の中で、集団づくりにも取り組んだ。そ. く、今後も取り組んでいかなければならない。. や交流分析、また、構成的グループ三エンカ. の中で、育てるカウンセリングのエッセンス となるものは、「問題が生じるより前に集団. 主任指導教官. 菅原  稔. の肯定的な力を高めていくこと」「集団の否. 指導教官. 菅原  稔. 定的な力にも向き合わせ、そこから自分はい.

(3) 二〇〇〇︿平成=一﹀年度 兵庫教育大学大学院学位論文. 中学校国語科授業の研究.  一育てるカウンセリングの理論に基づく授業をめざして一. 教科・領域教育専攻. 言語系︵国語︶コース. M99419H.     日和  環.

(4) は じ め に.  日々、中学校現場で生徒と接している中で、いつも頭をよぎることがあった。あの子にもっと個人的に深くか. かわってやれたら、学習に取り組む姿勢も変わるのに⋮。あの子ともっと話をする機会があれば、もっと明. るく元気な学校生活を送れるのに⋮と。.  しかし、現実は、目の前の生徒たちが、その日その日を無事に過ごすことだけに精一杯で、一日はあわただし. く終わってしまう。個人的にもっと配慮してやりたい子どもたち、でも目の前のみんなもかけがえのない子ども たち、そして何か問題が起これば、どちらも顧みることなく、その対応におわれている。.  そんな中にあっても、今よりずっと生徒たちに生かされる、よい理論や方法はないか、生徒たちみんながもっ. と積極的に取り組める授業ができないか、心理学的な面を取り入れることが有効なのではないか、などと思いな がら、出会ったのが、﹁育てるカウンセリング﹂という言葉である。.  クラスの全員を対象に、カウンセリングのエッセンスを生かしながら、心豊かな集団に高めていける考え方や. 方法、それを探っていくことで、少なくとも目の前の生徒たちには還元できるのではないか、そして、そうする. ことで、配慮を必要とする生徒たちにも心を注いでいくことができるのではないか、と考えた。.  言葉だけでは抽象的でつかみ所がないが、﹁育てるカウンセリング﹂を具体的に表現してみること、国語科の. 授業でそれをどう取り入れるのか、具体的に表現してみることが、今後の実践における支えとなる。.  二一世紀に向けて、大きく教育のあり方が問われている。しかし、どのように問われようと、現場の実態を無. 視し、避けて通ることはできない。一教師としてこれまでの取り組みを省み、古いものも大切にしながら、新し い視点でどんな実践が可能であるか探ってみたいと思う。.

(5)   第一節. 第二章.   第二節.   第一節. 第一章. 序 章. 交流分析と構成的グループ・エンカウンター・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⋮二九. ABC理論と構成的グループ・エンカウンター・・・・・・・・・・・・・・・・・・⋮一八. 育てるカウンセリングに生かすカウンセリング理論. 構成的グループ・エンカウンター・・・・・・・・⋮¢・・・・・・・・・・⋮.。九. 育てるカウンセリングの定義と基本的態度・・,・・・・・・・・・・・⋮r・・・⋮四. 育てるカウンセリングの概要. 研究の目的と内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⋮.....一. 目.   第二節. 育てるカウンセリングを生かした授業の理論. .はじめに. 第三章. 次.

(6)   第一節. 育てるカウンセリングを生かした集団づくり・・・・・⋮. 第四章. 中学校国語科文学教材﹁少年の日の思い出﹂を中心に・⋮. 育てるカウンセリングを生かした授業の実際. ・・・⋮七一. ・・・⋮五六. 四.   第一節. 中学校国語科説明文教材﹁ちょっと立ち止まって﹂を中心に・. ・・・⋮七七. 育てるカウンセリングを生かした国語科授業の実践・・⋮.   第二節. 研究のまとめと課題・・・・・・・・・・・・・・・・⋮.   第二節. 終 章. おわりに. く資料編﹀. ※ 引用資料中の仮名遣いは、原文通りとした。. ※ 引用資料中の︵中略︶は、特に断りのない限り引用者による。. 八. 五.

(7) 序 章. 研究の目的と内容.  伝統的なカウンセリングの方法は、カウンセラーが、個人的に︵一対一の面接など︶受身的に、傾聴的態度で. 対応し、治療を目的としている。それに対して、育てるカウンセリングは、教師が、生徒集団に対して、心理学. 的な考え方や行動の仕方を、能動的に教えることを目的としている。﹁問題を抱えている生徒の話をじっくり聞. いて、その解決の一助となる﹂というようにカウンセリングをとらえると、学校生活で、特に授業でカウンセリ. ングをとりいれ、生かしていくことなど不可能に思える。しかし、﹁今現在、問題を抱えている生徒だけでなく、. 一人置とりの生徒すべてが、のびのびと生活できるように配慮していくときに、カウンセリングのさまざまな理. 論や技法を活用してみる﹂、とカウンセリングの意味合いをもう少し広く考えていくと、カウンセリングのエッ. センスを学校生活の様々な場面で、生かしていくことができる。これを育てるカウンセリングととらえる。もち. ろん、普段、教師が何気なく行っている配慮や気配りが、育てるカウンセリングとなっていることもあるであろ. う。それを意識しながら具体化していくことで、カウンセリングを生かしていくヒントが見えてくる。.  現在の学校教育の問題は、いじめ・不登校・授業不成立・学級崩壊などとどまるところがない。これらの問題. の原因を学校教育に探るならば、どれも人間関係の希薄化に起因しているといえる。︵もちろん、それ以外にも. 様々な要因があるだろうが。︶すなわち、集団が個人を育てるという教育的機能を失っているのである。それゆ. えに、問題が発生するたびにモグラたたきのように対策を講じるだけでは限界がある。普段から人間関係をつく. る教育をして問題の発生を予防する方が効率的である。人間関係の回復、ふれあいの回復が必要である。ふれあ. うことでやさしくなれたり、自信や勇気を育んだりする。ふれあってできる友だち関係、教師との信頼関係があ. れば、学校が楽しくなり、嫌なことへの耐性もできてくる。心のうちを語り合うことで、お互いが何を思い、何. を考えているのかを相互に確認でき、自己理解、他者理解も促進される。そして、集団の教育機能の回復、あた. 一1一.

(8) たかい人間関係の回復、自己理解・他者理解の促進、これらに応えうるものが、育てるカウンセリングである。. 教師の本領である授業や、その他の活動の中で育てるカウンセリングを生かしていくことが、これからの学校教 育を支えていくことになる。.  ここでは、教師が、主に授業の中で、どのように育てるカウンセリングを生かしていけばよいかということを 研究の目的とする。.  第一章では、育てるカウンセリングのとらえ方と、目々の教育活動の中で、育てるカウンセリングを生かした. 教師の態度とはどのようなものかを述べる。また、集団を育てていく一手法である、構成的グループ・エンカウ ンターをとりあげ、その概要と、授業での活用の仕方を明らかにする。.  第二章では、数多くあるカウンセリング理論の中から、論理療法のABC理論と、交流分析を取り上げる。ど. ちらも、日常の学校教育の中で使いやすい理論であり、生徒自身がそれを知っていくことも、自己理解につなが. る。これらの理論を構成的グループ・エンカウンターに取り入れることが有効であると考え、具体案を提示して いく。.  第三章では、大西忠治の集団づくり、および、国語科授業の理論と実践を中心に考察する。大西忠治は、国語. 科授業の中で、集団づくりを実践してきた。その理論や実践の中に、今日の育てるカウンセリングの基本となる. ものが多く含まれている。大西忠治の教育観を探りながら、育てるカウンセリングに生かす意義を明らかにして いく。.  第四章では、国語科授業の具体案を提示する。ABC理論、交流分析、また、構成的グループ・エンカウンタ. ーの手法を取り入れることによって、教科のねらい、集団を育てるというねらいの両方が達成されるような案を 検討する。. 一2一.

(9)  このような構成によって、本論文では、育てるカウンセリングの理論と具体的方策を述べる。.  教育は、二一世紀を創る人間の育成をかけた国家的な課題であることはまちがいない。家庭や地域の協力が必. 要であることも言うまでもない.しかし、足もとの教育現場からの、教師からの視点、考え方、取り組みなどを、. 謙虚に省みなければ前には進まない。 一人置とりを生かすと口では言ってきても、それ以前の土壌づくりを怠っ. ていては豊かな人間性が育つはずはない。育てるカウンセリングは、一人ひとりを生かすための土壌づくりであ るという視点で、本論文を進めていきたい。. 一3一.

(10) 第旧章  育てるカウンセリングの概要 第幽節  育てるカウンセリングの定義と基本的態度.  日本にカウンセリングが導入され、普及し始めた一九五〇年代半ば以降、教育関係諸機関等においても、問題. 行動を起こす生徒や学校不適応の生徒等を対象に、カウンセリングがとりいれられてきた。最近では、中学校に. もスグールカウンセラーの派遣がすすみ、限られた時問ではあるが保護者や生徒を対象にカウンセリングが実施. されている。しかし、これらのカウンセリングはいわゆる﹁治療カウンセリング﹂といわれる、学校不適応の生. 徒の治療指導という視点からのもので、高度な専門性を要するため専門カウンセラーが行うにとどまり、カウン. セリングそのものが、現場の教師に波及して機能するところにまではいたつていない。.  そこで、近年、教師が、日常の教育実践の場である授業や学級経営などで使う﹁育てるカウンセリング﹂が広. がりつつある。﹁育てるカウンセリング﹂とは、教師がクラスの生徒たちを対象に、カウンセリング・マインド. を十分置発揮し、豊かな心や自分で問題に対処していく能力、自分で自分を成長させていく能力などを育ててい く﹁開発的カウンセリング﹂のことである。.  塩見邦雄は、﹁育てるカウンセリング﹂の基盤となるカウンセリング・マインドを次のように述べている。.     カウンセリング・マインドとは何か。それは、基本的には教師の﹁子どもへのいたわりの心﹂であると.    考えられる。その心は﹁やさしい心﹂とか﹁柔らかい心﹂から基本的に成り立つものである。しかし、そ.    れは単なる﹁やさしい心﹂だけからのものではない。やさしい心のほかに﹁甘やかさない心﹂﹁厳しい心﹂.    といった﹁毅然とした態度や心﹂も含んでいる複合的な心である。              ︵注一︶.  目々の教育実践の中で、まずカウンセリング・マインドが一番に発揮できるのは、教師の生徒に対する関わり. 一4一.

(11) 方、態度である。そこで、これら﹁やさしい心﹂﹁柔らかい心﹂﹁甘やかさない心﹂﹁厳しい心﹂を満たす教師の. 基本的態度として、﹁受容・共感﹂﹁自己開示﹂﹁自己主張﹂の三点をあげることができる。.  ﹁受容・共感﹂とは、カール・ロジャーズの提示したカウンセラー側の条件の﹁受容﹂﹁共感﹂にあたるもの. で、生徒の発言や行動を外側から見て、教師側の価値観で判断し、指導しようとするのではなく、生徒の立場や. 気持ち、考え方に寄り添って理解しかかわろうとすること、生徒の欠点や問題点ばかりに目を向けてそれを指導. しようとするのではなく、日々の小さな努力や工夫、成長に目を向けてそこにかかわろうとすることである。こ. のようなかかわり方は、生徒の長所を伸ばし可能性を引き出すということから、教育効果が上がりやすいことは. 言うまでもない。これは、カウンセリング・マインドの﹁やさしい心﹂に相当する態度である。.  ﹁自己開示﹂とは、教師が、自分の生い立ちや現状、価値観、感惰などを生徒たちに語っていくことである。. 教師が自己を語る勇気を持つことである。伝統的なカウンセリング理論では、カウンセラーは中立性を保ち自分. の個人的な話をしてはいけないという立場にあるが、﹁育てるカウンセリング﹂では教師が自分を素直に出した. 方がリレーションを作りやすく、生徒たちも教師から学ぶものがあると考える。今日の学校現場は、生徒理解だ. けでは教育できない状況になっている。生徒も教師を理解する必要がある。つまり、教師は生徒理解を、生徒は. 教師理解をということである。そして、教師理解を促進するために、教師が自己開示し、自らの意見、価値観、. 感情などを状況に応じて生徒たちに語ることが必要である。自己開示できるためには自己受容できる教師である. こと、たとえば、﹁私は生徒と一緒に考え、最善を尽くそうとしている自分が好きだ、A君にはちょっと手こず. っているけれど﹂というふうに自己受容したうえで、自分の失敗談や思い出に残るよい経験など、クラスの状況. に応じて語っていくのがよいのではないだろうか。また、自分の価値観としては、﹁自分で考え、自分で行動し、. 自分で責任を持とう、ただし人の迷惑にならない限りで﹂ということを念頭に置き、自分のそのときそのときの. 感情を、﹁私は導こういう理由で腹が立っている﹂とか﹁こんなことがあったのでうれしい﹂など、素直に訴え. 一5一.

(12) ていけるようにしたいと考えている。これらは、カウンセリング・マインドの﹁柔らかい心﹂に相当する態度で あると考える。.  ﹁自己主張﹂とは、私利私欲の主張ではなく、また、むりやり相手をおさえこんでしまうのでもなく、表現力. を最大限にいかして教師の意図することを伝えることである。 一時、ロジャーズ論の受容・共感的態度を強調す. るあまり、そればかりに縛られ、教師が生徒に指示したり命令したりすること、生徒に注文を付けることをひか. えてしまい、生徒の言うことは内容にかかわらずなんでも生徒理解の一環として傾聴してしまうという結果に陥. った享実もあるようである。教師は生徒を社会化するためには傾聴ばかりしていられない。生徒のためになるこ. とは言わなければならないし、しなければならない。場合によっては、生徒との対決も辞さないという心構えも. 必要である。これらは、カウンセリング・マインドの﹁甘やかさない心﹂﹁厳しい心﹂に相当する。  國分康孝はよい教師の条件を次のように述べている。.     一人の人間が母性原理と父性原理の二つを上手に使いこなすとき、これが真の教育者である。母性原理.    は女性のもの、父性原理は男性のものと区別してはならない。女性教師は母性原理と父性原理の両方を使.    いこなさないとよい教師にはなれない。男性教師は父性原理と母性原理の両方を使いこなさないとよい教.    師にはなれない。                                 ︵注二︶.  國分康孝のいう﹁母性原理﹂とは、非審判的、許容的な態度で人に接すること、言い換えると、相手の世界を. 相手の目で見ること、二人の人間が一つの世界を味わうことであり、﹁父性原理﹂とは、﹁僕はこう思う﹂﹁君は. 僕ではない﹂という個の自覚の世界である。この﹁母性原理﹂に当てはまる態度が﹁受容・共感﹂であり、﹁父 性原理﹂に当てはまる態度が﹁自己開示﹂﹁自己主張﹂である。.  人間は、表面には表れなくても、﹁母性原理﹂﹁父性原理﹂の両面を持ち合わせている。その両面を時と場合. に応じて自由に使い分けてこそよい教育ができる。威圧的、権威的な指導だけでは生徒は心の中で反発し、不満. 6.

(13) をため込み、受容的、共感的な指導だけでも生徒から信頼感を得ることはできない。教師のリーダーシップは、. ﹁母性原理﹂を基調にしてその上に﹁父性原理﹂を発揮すること、つまり、教師らしい教師とは、やさしさのな かに毅然さを持ち合わせた教師なのである。.  授業の基本は、教師の﹁話す﹂という行為である。教師は﹁話す﹂ことで生徒たちに感情や知識のつながりを. 作っていく。﹁話す﹂ことによって教師と生徒、生徒同士のリレーションを作っていく。.  森康彦は、リレーションを作る話し方として次のように述べている。     教師がつながりを意識して話すためには、次の三つがポイントになる。.     ひとつは、教師自身の自己開示である。教師と子どもという立場を越え、教師が一人の人間として語り.    かける。教師の自己開示は、子どもにとって生き方や感じ方のモデルとなるだけでなく、子ども自身が学    級集団に心を開いていく契機となる。.     二つめは、子ども同士の共感的理解を促すことである。子どもの意見をくみ取り全体に返す。教師がそ.    の子の意見を認めたうえで、﹁○○さんはなぜそう考えたと思う?﹂と、他人の考え方を探ったり理由づ    けさせるような話し方をするのである。.     三つめは、﹁ものごとにはいろいろな見方がある﹂﹁人によって考え方が違うものだ﹂と多様な見方や.    考え方を許容することである。すると、子どもは自分の見方や考え方に自信をもつことができる。そして.    他の考え方はできないだろうかと、事物と多様なリレ⋮ションをつくることができるようになる。︵注三︶.  ﹁教師自身の自己開示﹂というと、教科の授業ではそれほど必要性がないと思われるかもしれない。中学校の. 場合、自分が担任しているクラスでは、自己開示の機会は、ホームルームや裁量の時間、その他学校生活のあら. ゆる血肥で可能であるが、教科だけを教えているクラスではやはり、授業での自己開示が必要である。特に、生. 徒の授業に対する無感動、無関心、目的意識のないような雰囲気の学級と出会った場合などは、生徒たちに正面. 一7.

(14) から向き合い、自己の本音を率直に示すことが必要である。.  ﹁共感的理解﹂については、教師や大人が生徒に示すだけのものではない。自分と異なった考え方を受容し、. 共感していく態度は生徒同士の中にも必要である。そのために、自分の考えとどこが同じでどこが違うか、友達 はなぜそう考えたのかまで考えさせながら聞かせることが大切である。.  ﹁多様な見方や考え方を許容する﹂とは、言い換えると、人前で発言しやすい雰囲気を作るということである。. 教師も学級のみんなも、常に自分の発言に耳を傾けてくれる、認めてくれるという安心感があれば、つまり、教. 師が期待するような答えでなくても叱責される心配がなく、また、それが肯定されることによって教師に対する 信頼感が高まり、学級内のリレーションも強まることになる。.  また、生徒が間違えたり、的はずれな発言をした場合にもその対応に気を配りたい。たとえば、相づちを打つ、. 発言の余韻を残す、教師も一緒に考える、などができる。間違えようと思って発言する者はいないのだから、そ. の発言中も﹁うんうん﹂﹁なるほど﹂﹁そうか﹂と最後まで聞くことである。発言し終わったときには、﹁そうい. う見方もあるね﹂﹁そういう場合も考えられるね﹂と、共感をにおわせる余韻を残すことで、生徒は、間違った. 発言とわかっても、教師が理解を示してくれたと受け止めることができる。言葉不足や認識不足のときは、﹁言. い換えるとこういうことかな﹂と、肯定的にとらえて生徒に返すこともよい例である。.  このような態度で生徒たちにかかわっていくことが、育てるカウンセリングを生かしていることになる。 ︿注︶第一章第一節. 一 塩見邦雄﹁カウンセリングを生かした楽しい授業﹂松原達哉編著﹃カウンセリングを生かした授業づくり﹄︵学事出版.                                   ︸九九八︿平成十﹀年六[月 一八潜︶ 二 國分康孝﹃教師の使えるカウンセリング﹄︵金子書房  一九九七︿平成九﹀年 五四警︶. 一8一.

(15) 三 森康彦﹁話し方・説明の仕方・聞かせ方﹂國分康孝. 第二節  構成的グループ・エンカウンター. 編﹃授業に生かす育てるカウンセリング﹄︵図書文化.           一九九八︿平成十﹀年一. 月︹ 六二, 六三琳﹂.  構成的グループ・エンカウンターは、日本では、國分康孝が一九八一年に﹃エンカウンター﹄︵誠信書房︶を. 著して以後、著名なものとなり、國分康孝を中心としたグル⋮プが、日本カウンセリング学会で精力的に研究報. 告を行っている。また、それに共鳴する研究家、実践家が多くの論文や実践報告を発表し、その分野は多岐にわ たっている。ここでは、中学校の教育活動を前提に述べる。.  ﹁エンカウンター﹂とは、本音と本音の交流ができる人間関係のことである。グループを通してそれを実現さ. せようとするので・﹁グル︷プ三ンカウンターという・﹁心的﹂とは・ーダ亙︵教師︶がグループサイ⑨. ズや時間、ルールなどを指定したり、エクササイズ︵課題︶を与えたりすること、すなわち、リーダーが﹁構成 する﹂ということである。.  構成的グループ・エンカウンターは、エクササイズとシェアリングという二本の柱から成り立つつ.  エクササイズとは、教師の考えるねらいを達成するために用意された課題のことで、生徒は用意されたエクサ. サイズを行うことによって、教師の考えたねらいを達成していく。これは教科の授業の構成と同じで、授業のね. らいを達成するための展開の部分にあたる。そして、エクササイズは、ねらいを達成するために、折衷的にカウ ンセリングの諸理論が使われる。.  シェアリングとは、分かち合い、振り返りのことである。エクササイズを振り返ることによって、そこでの気. づきや感情を明確化し、ねらいを定着化させる働きをもっている。また、エクササイズでの一人の生徒の気づき.

(16) や感情を、他の生徒が共有するという働きもある。.  中学校で行う一般的な構成的グループ・エンカウンターの流れは次のようなものである。. 1.導入  本時のねらいと大まかな内容の説明。    ↑. 2..ウォーミングアンプ.  ①ウオーミングアップまたはグループ作り。  ②簡単な振り返りまたは簡単な教師のブイードバック。    ↑. 3.インストラクション  ①中心となるエクササイズの説明とねらい、してはいけないことを示す。  ②場合によってはデモンストレーションを行う。    ↑. 4.エクササイズ  教師は、ルールが守られているかを確認しながら、グループを回って援助する。    ↑. 5.シェア リ ン グ  ①小グループでの話し合い︵振り返りと分かち合い︶。  ②小グル⋮プ同士または全体で意見や感想を分かち合う。. 一10一.

(17)     ↑.  6.生徒の自 己 評 価.   振り返り用紙に本時全体の自己評価を記入する。エクササイズを振り返るきっかけとしての自己   評価は小グループでの話し合いに先立って行う。     ↑.  7.まとめ   教師からのフィードバック.  この流れの中で、2.ウオ⋮ミングアップ、3.インストラクションについては、生徒の実態、エクササイズ. の内容、時間的な配分等によって、省略することもできる。また、この流れにそって、各教科の授業を進めてい. ていくことができる。                                      d. くことも可能である。そして、主にエクササイズとシェアリングの部分で、集団の持っている肯定的なカを高め                                                    レ.  片野智治は、学校教育における集団の教育力を次のように述べている。.     國分康孝教授は﹁集団は病んでいる﹂と指摘している。病んでいるとは生徒がつくる集団の教育力が乏.    しくなってきているという意味である。集団の教育力とは、メンバー相互がポジティブ︵肯定的で好意的︶.    な関心や気持ちをもち、それをベースにしてかかわり合いを始め、アクティブ︵建設的で積極的︶な行動.    を通して相互学習することである。例えば、いじめ集団やそのとりまき集団には、ここでいう教育力はか.    なり乏しいといえる。                             ︵注一︶.  学校生活は集団生活の場である。時代の変化により、今の生徒たちにはいったん学校を離れると、集団でのか. かわり合いの場をもてなくなってきている。したがって、学校は生徒たちにとって唯一の、集団の中で自分を社. 会化し、人間関係を深めていく場である。そしてその集団は本来、﹁ポジティブな関心や気持ちをベースにアク.

(18) テイブな行動を通して相互学習する﹂という教育があってこそ、お互いに高め合い成長することができる。現在. の生徒集団にはそれが乏しくなってきているということである。生徒集団を学習集団に置き換えてみても同じこ. とが言える。学習集団の中には、教師と生徒、生徒同士の人問関係・信頼関係︵リレーション︶が確立していな. いと生徒には学習意欲が生まれない。たとえ、教師に情熱や指導意欲があっても、生徒との間にリレーションが. なければ、生徒の側には積極性や主体性は生まれず、一方的に教師が与えるだけの画一的な授業になってしまう。. そこからは生徒たちの学ぶ意欲は出てこない。また、生徒同士にリレーションが乏しい場合も同じことである。. 生徒相互の協力関係が希薄なため人間関係に疲れてしまったり、発言の雰囲気ができなかったりして生徒は学習. に対して積極的になれない。その集団の中からは、﹁ポジティブな気持ち﹂も﹁アクティブな気持ち﹂も見えて こない。.  構成的グループ・エンカウンターのメリットとして、國分康孝は次の六点をあげている。    ①参加者のレディネスに応じて進行のスピードを調整できる。    ②参加者のにレディネスに応じてレベルを調整できる。.    ③カウンセリングの専門的リーダーでなくても展開できる。    ④時間に応じてプログラムを伸縮できる。    ⑤短時間に参加者同士のリレーションを高められる。.    ⑥グループサイズを大になしうる。                           ︵注二︶.  これらのメリットの中で、特に﹁⑤短時間に参加者同士のリレーションを高められる。﹂ことに重点を置いて. 構成的グループ・エンカウンターを、日々の授業や学級活動に取り入れたい。﹁短時間に参加者同士のリレーシ. ョンを高められる﹂ことのできる理由には次のことがあげられる。 一つには、エクササイズのねらいに自己理解. ・他者理解・自己受容・自己開示などのリレーションを高めるに必要な要素が含まれており、シェアリングを行. ・12一.

(19) うことで、傾聴的態度や共感的態度を養うことができ、さらに自己受容・他者受容を促進することができる。二. つには、リ;ダi︵教師︶が必要に応じて介入︵助言・説明・声かけなど︶するため、参加者である生徒たちは、. 不安や劣等感を減らすことができたり、ヒントが得られたりして、双方の問に信頼関係が得られる。したがって、. 構成的グループ・エンカウンタ⋮を取り入れることによって、学習集団の中に﹁ポジティブな気持ち﹂や﹁アク ティブな気持ち﹂を生み出すことが可能である。.  構成的グループ・エンカウンターを実施するにあたり、教師は、最終的な目的を明確にもっていることが重要. である。魅力的だから、目新しいから飛びついたものの、目的がはっきりしていないためにレクリエーションと. 区別ができなくなってしまったり、生徒にやらせることばかりに躍起になってしまって中途半端な終わり方にな. ってしまったりすることが考えられる。生徒が万一、﹁あれはいったい何だったのか﹂というような思いをもっ. てしまうと、意味がないどころか逆効果ということにもなりかねない。したがって、今生徒に必要なものは何か. をはっきりさせ、その目的を達成するために構成的グループ・エンカウンターのエクササイズが有効であるかど うか十分吟味しなければならない。.  また、構成的グループ・エンカウンターでは全体を通してリーダー︵教師︶が介入する。介入することによっ. て、自己への理解や洞察が効果的に進むように、エクササイズに対する生徒の抵抗を取り除くために、生徒がダ. メージを受けないように配慮しながら、生徒が課題に効果的に取り組めるように介入する。.  教師は、その場面その場面で、必要に応じて、受容、繰り返し、明確化、支持、質問、自己開示、フィードバ. ック、リフレーミング、示唆、助言、説明、コメントなどのカウンセリング技法を生かした介入を行う。これら. の介入行動を通して、生徒が﹁自分のこれからの行動のしかたのヒントが得られた﹂﹁自分のことが今までより. ょくわかった﹂﹁あたたかさを感じることができた﹂﹁自分の劣等感が減ってきた﹂などと感じられるようにな. ることが望ましい。すなわち、教師が受容、共感的な態度で、生徒との間にあたたかくて信頼に満ちた援助関係. 一13一.

(20) を作っていくことが必要である。.  エクササイズでは、グループの間でお互いに自己開示し合う。ここでの自己開示とは、エクササイズをやりな. がら気づいたこと、感じたことや、他者の体験を聞いて思ったこと、考えたこと、学んだこと等の本音をありの. ままに率直に相手に伝えることである。相互に自己開示し合うことで、人の目で自分を見たり、自他の比較がで. きるようになり、その結果自己概念が安定する。その反面、相手から正直に自分の欠点を指摘されて落ち込むこ. とがある。しかし、構成的グループ・エンカウンターの目的は、自己を肯定的に見られる機会を構成すること、. 自己を違った角度から見直す機会を構成することにあるから、自己開示といっても否定的なものでなく、生徒相. 互に相手を肯定的に見、肯定的に伝え合う場を構成することが効果的である。また、エクササイズのルールを徹 底させることも、相手を傷つけないための予防になる。.  構成的グループ・エンカウンターでは、エクササイズが終了した後、必ずシェアリングを行わなければならな. い。シェアリングとは、参加者がそれぞれの気持ちを分かち合うこと、つまり、エクササイズを通して自分が学. んだことや、気づいたことを相互に話し合うことである。シェアリングの目的は、 一つには、みんなの前で話す. ことによって自分の言いたいことや気持ちをさらにはっきりさせることである。話しながら、﹁自分が学んだこ. とはこれだ﹂﹁気づいたことはこれだ﹂と言語化することによって確認できる。もう一つの目的は、他の生徒の. 話を聞くことで、共感したり、自分との違いを発見して自分の気づきをはっきりさせることである。したがって、. シェアリングがうまくできるかどうかは、エクササイズと同等に重要である。.  そこで、このシェアリングが効果的に働くために、あらかじめいくつかのルールを生徒に提示しておくべきで. ある。特に聞く側の態度が大切であり、そのためには、次のようなルールが必要と考える。  ・友だちの話は最後まで聞く。  ・決してひやかしたりばかにしたりしない。. 一14一.

(21)  ・相手を否定するようなことは決して言わない。  ・友だちの話から自分が学ぼうとする。  ・よくわからないときにはきちんと質問する。.  ほかにも、学級の実態に合わせてルールを決め、徹底させていくことが効果的である。お互いを尊重しあい、 意見を交換することは話し合い活動の基本となり、他の学級活動にも生きてくる。  また、シェアリングが効果的に働くためのこつは次のようなものである。.  小グループごとにシェアリングを行う揚合は、教師はエクササイズのときと同様机間指導をし、生徒たちの発. 言に耳を傾け、よい気づきがあった生徒はチェックしておき、全体のシェアリングが時間をかけてできないとき. は、教師からこの生徒を指名して発表させるとよい。小グループのシェアリングで終わる場合は、最後の教師の. まとめのところで全体に紹介するとよい。はじめから学級全体でシェアリングするときは、まず、自発的な発言. を待つ。次に、自発的に出てきた数人の発言を聞き流さずに大切に扱いたい。教師はできるだけ﹁繰り返し﹂や. ﹁明確化﹂などのカウンセリングの基本技法を使い、生徒の気づきを学級全体で共有化できるように努める。後. に続く発言がない場合や、はじめから挙手のない場合は、教師の方で発言する順番を指示する工夫が必要である。. そして、教師は生徒が発言した感想、発見、気づきについて整理するにとどめ、評価したり、解釈、分析したり しないことである。.  その時間のエクササイズの成否は、シェアリングの成否にかかっているといってよい。時間配分を誤り、シェ. アリングの時間がとれなくなるようなことがないように十分配慮しなければならない。.  この構成的グループ・エンカウンターを教科・授業で活用する意義と方法については次の通りである。.  エンカウンターでは、エクササイズでそれぞれの生徒が同じ経験をしても、それぞれが違う感情を持つ。そし. て、それぞれが感じたことを肯定するところがら他者受容が進む。つまり、お互いの発言が批判されたり無視さ. 一15一.

(22) れたりすることがないので、安心して授業中に発言できるようになる。こういう授業が、いろいろな教科で実施. されていけば、その学級には自由な発想を遠慮なく発言できる雰囲気が育ってくる。グループは、共通の体験を. 通してこそグループとして成長するのである。また、受動的な一斉授業から、生徒が主体的に参加できる授業へ. の転換を目指したとき、エンカウンターは本領を発揮する。エクササイズ、シェアリングとも全員が取り組める. ような展開に重点をおいているからである。そして、エンカウンターは、教師と生徒の信頼関係および生徒相互. の人間関係を育てる。この部分は、 一般的には学級活動や行事、部活動などが担っていくことであると考えられ. る場合が多い。しかし、これも学校の教育活動全体を通じて育てていくものであり、学校教育の多くの時間を占. める教科指導の中で取り組んでこそ、成果は大きい。そして、この関係があるからこそ授業は生き生きとした充 実したものになる。.  まとめると、エンカウンターを授業に取り入れる意義は、 一つには、学級の中に、自由に発言できる雰囲気が. 育つこと、二つには、生徒の自主的・自発的な学習を促進すること、三つ目には、教師と生徒、生徒同士の好ま. しい人置関係が育つことである。すなわち、構成的グループ・エンカウンターを授業に生かすとは、﹁教材を通. して、生徒同士、教師と生徒のエンカウンター︵本音と本音の交流︶ができる授業を構成する﹂ということであ る。.  エンカウンターの手法を授業に取り入れるにあたっては、学級の全員が、学習に積極的に参加できることが重. 要である。教科の授業以外で行うエンカウンターは、場合によっては、エクササイズに参加したくない場合、そ. の気持ちが尊重される。しかし、教科の授業では全員参加を目指すべきである。そのための留意点を二つ提案す る。.  一つ目は、生徒の興味・関心をひく学習内容を工夫することである。教科に対する好き・嫌いや、得意・不得. 意は、個人差があるが、どの生徒にとっても身近で考えやすい内容、または自分のことに置き換えて考えられる. 16一.

(23) 内容がふさわしい。また、答えは一つでなく、様々な意見や考えがあってよいものが取り入れやすい。そういう 意味では、国語科は、授業にエンカウンターを組み入れやすい教科である。.  二つ目は、適切なグループを構成することである。課題︵エクササイズ︶によって、一グループ何人がよいか、             い 過不足のない人数を見極めることである。また、グループの人間関係にも、注意と配慮が必要である。しかし、. リレーションを高める、という意味では、グループ活動の機会を増やし、そのたびに違ったメンバー構成をする ことがふさわしい。.  一時間の授業の中で、エンカウンターをどう活用するかについては、次のように考えられる。一つは、エンカ. ウンターを部分的に、一時間の中に組み込むことである。その場合、二般的なエンカウンターの流れ﹂の中の、. デモンストレーションだけを、導入の時に取り入れたり、シェアリングの部分を、まとめとして取り入れたりす. ることができる。この方法だと、デモンストレーションは、主に実技を伴う教科に、シェアリングはほぼ全教科 に組み込むことが可能である。.  国語科の授業においては、 一つの教材の、導入・山場・まとめの時間のいずれかに、一時間まるごとエンカウ. ンターの手法を取り入れることが可能である。国語科の二合、教えること、考えさせること、練習させることの.  ︿平成九﹀年十月︶. ︵図書文化 一九九七. 三つの区別をはっきりとさせ、そのねらいに応じて授業を展開することが大切である。構成的グループ・エンカ. ウンターは、後の二つをねらった授業に効力を発揮する。具体的には第四章で述べる。. ︿注﹀第一章第二節.  片野智治﹁エンカウンターが高める集団の教育力﹂ 國分康孝監修﹃エンカウンターで学級が変わる2﹄. 二 國分康孝﹃構成的グループ・エンカウンター﹄︵誠信書房  九九二︿平成四﹀年⋮ 月 二六警︶. 一17一.

(24) ABC理論と構成的グループ・エンカウンター. 第二章  育てるカウンセリングに生かすカウンセリング理論 第騨節.  育てるカウンセリングを支えるカウンセリング理論は、伝統的なフロイトの精神分析や、ロジャーズの来談者. 中心療法などの理論も折衷説にちりばめられているが、主に﹁第三勢力﹂といわれる論理療法、交流分析、実存 分析などの理論が使われている。.  論理療法は、アルバート・エリスによって、 一九五五年頃から提唱されはじめた心理療法である。 一九九八年. 頃から論理療法的カウンセリングという言葉も用いられるようになり、心理療法界とカウンセリング界の双方で 脚光を浴びているが、教師が日常の学校教育で使える範囲の概要は次のようになる。.  論理療法の骨子はABC理論といわれるものである。  Aとは>o鉱く薗ぼ口σqΦ︿o葺︵出来事、状況︶.  Bとはbd巴亀  ︵思いこみ、受けとり方︶  CとはOo蕊oρ器留8 ︵結果、悩み︶. のことで、常識では、A︵例・失業︶はC︵例・おちこみ︶の原因であると考えるが、論理療法ではAはCの原. 因ではなく、B︵例・世の中はうまくいかないにちがいない︶がCの原因であると考える。それゆえ、人生の幸、. 不幸はBの思いこみで決まると考えるのである。苦境︵A︶にあっても、Bしだいで自殺するかしないかが決ま. るというのである。Aを変えるのを無精してBだけを心の中で変えて事をすませようとすると、それは言い訳や. こじつけになる。Bを変えたあと、Aが変えられるものならAを変えるように工夫することである。また、Aの. 認識そのものを変えるという考え方もできる。たとえば、﹁みんなが僕を嘲笑した﹂というのは客観的出来事︵A︶. 一18一.

(25) のように見えるが、﹁三十人のクラスメート全員のことか?﹂と聞くと﹁三人だ﹂と言う。﹁嘲笑したのか?﹂. と聞くと﹁嘲笑したように思ったけど﹂と言う。Aがあやふやなときはこれを明確にさせるだけで、Cが変わる ということもある。.  また、ABC理論の中心概念はビリ⋮フ︵B思いこみ・受けとり方︶であるが、悩みのもとになる考え方、つ. まり人を不幸にする悪いビリーフをイラショナル・ビリーフと言い、これと反対に、人を前向きにする考え方を ラショナル・ビリーフと言う。.  具体的なイラショナル・ビリーフの例は、内容的に四種類に分けられる。 一つ目は、﹁ねばならぬ﹂ビリーフ. で、自分の願望通りにならねばならないという思いこみである。たとえば、﹁誰からも気に入られねばならない﹂. というイラショナル・ビリーフは、﹁誰にも気に入られたいと願うのは、当然である。しかし、自分にも嫌いな. 人がいるように、わたしのことを気にいらない人もいるはずだ。そう考えると、お互い様だ。﹂という人生の事. 実に則したビリーフに変えることが必要である。二つ目は、﹁悲観的﹂ビリーフで、﹁救いがない﹂とか、﹁ろく. なことがない﹂﹁絶望的﹂といったような言葉を含むビリ!フである。たとえば、﹁受験に失敗した僕の人生は. 絶望的だ。﹂というイラショナル・ビリーフは、﹁受験には失敗したけれど、これからもずっと絶望的であると. 決まっているわけではない。﹂というように、時と所が変わっても、自分の認識に間違いがないかどうか自問自. 答することが必要である。三つ目は、﹁非難、卑下的﹂ビリーフである。﹁私はダメな母親です。﹂というイラシ. ョナル・ビリーフは、﹁私は、育児法が下手だっただけだ。﹂というように、具体的にどうしたら問題が解ける. かを考えさせることが必要である。四つ目は、﹁欲求不満﹂ビリーフで、﹁我慢できない、耐えられない﹂とい. うイラショナル・ビリーフに対して、本当に我慢できないのかどうかを自問自答させることが必要である。人生. のたいていのことを、﹁つらいけれども耐えられないことではない。﹂﹁耐えられないほどつらいことだが、耐え ようと思ったら耐えられる。﹂というラショナル・ビリーフに変えるのである。. 一19.

(26)  ABC理論のとらえ方を中学生の具体的な例で考えてみると、次のようになる。.  日本学校心理学研究会による全国の中学生一四六九名を対象にした一九九六年の調査で、現在の困りごと・悩. みごとについて、自由記述を求めた結果︵資料一参照︶がある。その中で、﹁勉強のやり方がよくわからないか. ら、勉強にはあまり手をつけられない﹂というのを例にとると、﹁勉強のやり方がよくわからない﹂という状況. ︵すなわちA︶に対して、たとえば、﹁友人や先生にやり方を聞くのは恥ずかしいことにちがいない﹂とか、﹁聞. いたらばかにされるにちがいない﹂というイラショナル・ビリーフをもっていれば、﹁勉強にはあまり手をつけ. られ馨い﹂と悩む結果︵すなわちC︶になってしまうと考えられる。これに対して、﹁誰かにやり方を聞くこと. は恥ずかしいことでもなんでもない﹂とか、﹁自分でやってみてわからなければ、誰かにきけばよい﹂というふ. うにラショナル・ビリーフで考えることができれば、少々落ち込んだとしても勉強に手がつけられないという結 果は避けられるかもしれない。.  また、﹁なんでかわからないけどイライラしてくる﹂という悩みについては、﹁なんでかわからない﹂という. 部分をもう少し冷静に振り返り、﹁最近親友とけんかした﹂などという状況︵すなわちA︶を明確にしてみる。. その状況に対して、たとえば、﹁親友なのだからけんかすべきではない﹂とか﹁親友なのだから私には優しくす. べきだ﹂というビリーフをもっているとする。しかし、二番の身内である親でも自分の感情で怒ったり、冷た. くしたりすることだってある﹂と気づけば、﹁たとえ親友でも時には感情的になって我慢できないときもある、. いつもいつも私に優しくできるわけではない﹂、と考えることができる。そうすると、﹁親友なのだから私には. 優しくすべきだ﹂という思いこみは、柔軟性のないイラショナル・ビリーフであり、その結果︵C︶﹁イライラ. してくる﹂という状態になり、﹁お互い人間なんだからたまにはけんかをしてあたりまえだ﹂﹁どちらも反省す. べきところがあるよなあ﹂というようにラショナルに受け取ることができれば、それほどイライラせずにすむで あろう。. 一20一.

(27)  このように、ABC理論では、イラショナル・ビリーフをラショナル・ビリーフに変容することが最大の目的. であるが、集団の中で育てるカウンセリングとして用いる場合には、今まで自分で気づかなかったイラショナル ・ビリーフに気づく、というようなゆるやかな扱い方でも十分効果が上がるであろう。.  半田一郎は、ABC理論の観点から、高校生を指導、援助する立場にある人への提案を次のように述べている。 これらは、中学生にもあてはまるものである。.     第一の提案は、自分自身の感情の動きを大切にすることである。まず、感情の動きに敏感に気づいてほ.    しいと思う。特に最近注目されているが、子どもたちが﹁むかつく﹂﹁きれた﹂という言葉を使って、自.    分の気持ちを表現している。たとえば、友達から遊びに誘われなかった場合でも、﹁むかつく﹂であり、.    先生から校則違反を注意された場合でも﹁むかつく﹂であり、授業の内容がわからない場合でも﹁むかつ.    く﹂である。本当はもっと微妙でさまざまな感情の動きがあるはずなのだが、ひとくくりに﹁むかつく﹂    ﹁きれた﹂と表現しているように思われる。︵中略︶.     第二の提案は、不快なマイナスの感情と対面できたときに、﹁∼ねばならない﹂という思いこみに気づ.    くことである。たとえば、物事を思い通りに成し遂げられなかったときに︵A︶、少しはがっかりした気.    分になるのは、当然であろう。しかし、次はがんばろうと前向きな気持ちに切り替えられず、いつまでも、.    クヨクヨと後悔しつづけている︵C︶ようであれば要注意である。その際には、背後にある﹁∼ねばなら.    ない﹂という思いこみ︵B︶を探したほうがよいだろう。                ︵注皿︶.  彼らは、誘ってくれない相手が悪いと思うことによって、﹁さびしい﹂とか﹁悲しい﹂という気持ちに向き合. うことを拒否し、校則違反を注意する先生が悪いと思うことによって、﹁はずかしい﹂﹁悪かった﹂という気持. ちに向き合うことを拒否し、わかるように教えない先生が悪いと思うことによって、﹁困った﹂﹁どうしょう﹂ という気持ちに向き合うことを拒否しているということである。. 一21一.

(28)  否定的な感情、ビリーフは、心理療法︵クライエントを治療する目的︶では、肯定的な考え方に直さなければ. ならないが、育てるカウンセリングでは、どのような否定的な考えでもそれときちんと向き合わせることから次. の段階へ進ませたい。自分自身の感情をありのままに受け取り、そこから、では次にどう考えるか、ということ につながっていってこそプラス思考にもっていけるのである。.  また、第二の提案においては、否定的な感情にきちんと向き合ったあとの次の段階が述べられている。﹁物事. を思い通りに成し遂げられなかった時に︵A︶少しがっかりした気分になる﹂というのは否定的な感情である。. この否定的な感情にきちんと向き合ったあと、いつまでも前向きな気持ちに切り替えられない場合に、イラショ ナル・ビリーフを探し出していくのである。.  このように、ABC理論の考え方を用いて、自分の本当の感情に向き合わせること、プラス思考をすること、. イラショナル・ビリーフとラショナル・ビリーフを区別して、検討すること、という力をつけていきたい。その. ためにまず大切なことは、さまざまな価値観にふれることである。人はそれぞれちがう人生を送り、自分とはち. がう考えをもっている。自分の価値観ばかりを絶対視したり、人から言われたことを鵜呑みにしたりしていては、. 柔軟性や論理性のある思考は生まれてこない。日頃から自分とは違う生き方をしている人と話をしてみるのもよ. いことだが、学校教育の中ではやはり、お互いの考え方や価値観を交流できる場を設ける必要がある。そして、. その交流の場として構成的グループ・エンカウンタ⋮の手法を取り入れることができる。.  自分の本当の感情に向き合わせるエンカウンターの具体例を、斉木ゆかりは次のように紹介している。︵注二︶.     ①教師は、あらかじめ次に示すようなワークシートを用意しておき、学習者に配る。.     ②学習者は、この学校に入って、よかったこと、うれしかったこと、びっくりしたこと、困ったことを.      よく考えて書く。次に、今現在、さびしいこと、悲しいこと、大変なこと、残念なことを書く。.     ③教師は学習者の間を静かに歩きながら、表現につまっている学習者を助けたり学習者が書いたものを. 一22一.

(29) と、びっくりしたこと、困ったことは何ですか。. 例)侮でも謝ことができる帥のいい友だ騨できて. よかったです。. よかったです。. うれしかったです。. びっくりしました。. 困りました。. 2.この学校に入って、寂しいこと、悲しいこと、大 変なこと、残念なことがありますか。. 例) 何でも相談できる親友だ遠くに転校してしまって. さびしいです。. さびしいです。. 悲しいです。. 大変です。. 残念です。. (注ゴ. 一23一.  大ざつばに手早くチェックしたりする。. 1.「この学校に入って、よかったこと、うれしかったこ. ④学習者は四人一組の小グループをつくり、互いの書いたものを読み合って経験と感情の交流を行う。.  これは、ABC理論を直接応用していないが、ABC理論を用いる前提としての自分の感情を素直に表現する. ところに意義がある。このエクササイズを、中学生向きに記入しやすく、また、肯定的な感情と否定的な感情を. 区別してとらえやすいように、次のようにワークシートをアレンジした。. この学校に入ってよかったこと、困ったこと.

(30) この中学校に入学して ワークシート 一年. 組 氏名. 1.この中学校に入学して何がよかったか書けるところに記入してください。 例・何でも話すことができる仲のいい友だちができて. 2.この中学校に入学して何が悪かったか書けるところに記入してください。 例・何でも相談できる親友が転校してしまって. よかったです。. よかったです。. うれしいです。. 楽しいです。. ラッキーです。. 感動しました。. さびしいです。. さびしいです。. 悲しいです。. しんどいです。. 残念です。. 困ります。. 一24一.

(31) ・﹁1﹂は、肯定的な感情、﹁2﹂は否定的な感情としてとらえさせる。 ・無理に全部書かせるのでなく、書けるところだけでよい。. ・班でシェアリングしたあと、全体でもシェアリングし、さまざまな体験、感情にふれあう。全体でのシェアリ.  ングは、班で特に共感できる内容を選ばせておき、それを発表させるとよい。班員の一人ひとりの意見が必ず  入っているように呼びかけておく。.  次に、ABC理論を用いた論理的な思考の訓練を、高校生を対象に吉田隆江が、次のワークシート︵注三︶を. ︵注三︶. 使って、実践している。イラショナル・ビリーフとラショナル・ビリーフの両方を入れ、生徒の分別能力に刺激 を与えようとしている。. 次の考え方に、おかしいところがあれば、直してください。. 1 私は愛されなければ、生きていけない。 2 私は太っている。だから、恋人はできない。 3 大学受験に失敗して情けない。もう生きていく価値がない。 4 私はうまく話せない。だから、友だちができない。. 5ものごとは、きちんとしなければならない。. 6私には嫌なところがたくさんある。でも、これから改善していく可能性はある。. 7私の考えに誰も賛成してくれなかった。だけど、 一人でやっていけないわけではない。. 8今の自分はカがない。だからといって、将来もないとはいえない。 ※やってみて、気づいたこと、感じたこと このワークシートを中学生向きに次のように改訂した。. 一25.

(32) プラス思考に変えよう   ワークシート    年   組  氏名次の考え方を、プラス思考︵前向きな考え方︶になおしてみよう。L.私はうまく話せない。溶頑蓉頑,,肉だ−ぢ−洲瑚芭婿届。                ↑.    ※﹁だから﹂を﹁でも﹂に変えてみれば?           巳 闇 鯛 重 ■ ■ ● ■ − ■ 8 8 昌 ■ ﹂ 聖 覧 ● 8 ■ ● ■ 塵 瞳 ■ ■ − ■ ・ − 雷 ・ ■ 邑 蓼 聖 幽 墓 璽 ・ 巳 巳2.毎日部活や塾ばかり。自分のやりたいことができないよ。                ↑. ※ほんとにそうかな?. 一26..

(33) ど う ?. の は. ←でi   イi   ラi   イ:.   ラi   しi   てi   くi.   脊.   家   で ←   は   ほ   と.   ん   ど   し   や   べ   ら   な   い    0. 一27一. 勉強のやり方がわからない。 だからやる気が起こらない。.   けi. い か.     ↑. う. い.   考i   え1   たi   だi. ら. つ. い. 。. る. か. て. が. ちう るさ. か. し た. を. は. 親. い ん. 換. 3. ち. 気 分. 友 だち とけ. ※. 転. *やってみて、気づいたこと、感じたこと、など感想をひとこと書いてください。. 4. 5.

(34) ・いきなり書き換えるのは中学生には難しいので、イラショナルな部分を示し、その部分だけラショナルに︵前 向きに︶変えるようにした。. ・ワークシートに取りかかる前に、ABC理論と、ラショナル・ビリーフ、イラショナル・ビリーフを簡単に説  明しておく。. ・自分にもあてはまるものは、自分のこととして考えてみる。自分にあてはまらなくても、友だちにアドバイス  してあげようというつもりで考える。. ・※印のヒントを参考にするのもよい。﹁1﹂で、具体的な例︵でも、親友が一人だけいるから大丈夫。等︶. ・個人で取り組んでから、班︵四人︶でシェアリングし、共感できる考え方を選んでおく。メンバー全員の考え.  が一つは入っているようにする。ユニークな考え方も吸い上げるとおもしろい。ユニークな考えは、特に﹁5﹂  から出てくると予想される。その後、全体でもシェアリングする。. 一九九九︿平成一一﹀年一二月. 年三月  六五警︶. 三二、  三一二潜︶. 〇三, 〇四滑︶. ・自己理解、他者理解を促進する。単発的に国語の授業でも実施できる。思考と記述の練習ととらえることがで  きる。. ︿注﹀第二章第一節 一 半田一郎﹁無気力から自分らしさへ﹂・國分康孝編﹃論理療法の理論と実際﹄.                             ︵誠信書房 . 一九九九︿平成一︻﹀年 三月. 一 斉木ゆかり﹁論理療法を生かしたエンカウンター・エクササイズ﹂國分康孝編﹃論理療法の理論と実際﹄.                            ︵誠信書房 . 二 吉田隆江﹁論理療法を生かした教育相談−高等学校での実践﹂國分康孝編﹃論理療法の理論と実際﹄.                                ︵誠信書房  一九九九︿平成︸一﹀. 一28一.

(35) 第二節  交流分析と構成的グループ・エンカウンター  交流分析は、アメリカの精神科医エリック・バーンが創始した。.  教師が日常の学校活動で使える範囲での交流分析の概要は、次のようになる。.  人間は、老若男女を間わず三つの心から成り立っている。親心︵勺碧Φ馨肖︶、おとな心︵﹀α三︷︶、子ども心︵Oげま︶. である。健全な人間とは、この三つの心を状況に応じて自由に出し入れできる人間である。.  さらに、親心︵P︶と子ども心︵C︶は、二種類に分けられる。親心は、毅然さ・厳格さ・批判精神・叱咤激. 一29一. 励・気迫などの﹁父性的親心︵剛跨冨亀︶﹂と、いたわり・やさしさ・保護・面倒見のよさなどの﹁母性的親心. ︵ζo爵。馬︶﹂であり、﹁おとな心︵A︶﹂とは、現実状況の判断・損得勘定・能率性・実用性などをもった心、そ. して、子ども心︵C︶は、天真卑官・無邪気・創造的・自由奔放などの﹁自由な子ども心︵牢。06︶﹂、従順・優. 等生・よい子・服従などの﹁従順な子ども心︵﹀紆艮⑦含Oごに分けられ、全部で五種類の心ということになる。. 思いやり、心の広さ。. ・人をいたわり、はげまし、親身になって面倒をみる。罰するより許し、ほめる。親切、. 理想的・道徳的・正義感・責任感・権威、規則主義. そのように考えるべきだという心。人を従わせようとする心。. ・自分の考えやものの見方が正しいという確信のもとに、人にそのことを教えよう、人も.  このような五つの心を簡潔にまとめると、次のようになる。. ・父性的親心・.   ︵FP︶ ・母性的親心・.   ︵MP︶. 9.

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単に,南北を指す磁石くらいはあったのではないかと思

○安井会長 ありがとうございました。.

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から