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今 月 の マ エ ス ト ロ シ ャ ル ル デ ュ ト ワ NHK 交 響 楽 団 は 長 くドイツ オ ーストリア 系 の 指 揮 者 を 迎 えてキャ リアを 築 いてきた ウィルヘルム シュヒター ウォルフガング サヴ ァリッシュ さらにはオットマー ル スウィトナーやホルスト シュタ イ

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(1)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Charles Du

toit

繊細な音響設計と

卓抜なリズム感覚を

強固な統率の中に反映

相場ひろ

今月のマエストロ

シャルル・デュトワ

©S.Takehara

(2)

ことは当然ながら、独墺系あるいは ロシア系のスタンダードな曲目につ いても、よく整えられたサウンドで 肌き理めの細かい演奏をするようになっ た。この実りの豊かさが高く評価さ れ、デュトワは 1998 年より新設の 音楽監督のポストに就任して 5 年間 重責を担い、退任後も名誉音楽監督 としてN響と密接な関係を続けてい る。  そしてこの 12 月、そのデュトワ が十八番ともいうべき曲目を携えて、 N響の指揮台に戻ってくる。 優れたリズム感と音感で生む 濁りのないサウンド  今回の公演ではAプロに、日本で はなかなか上演機会の乏しい歌劇 2 作品が演奏会形式で登場する。デュ トワはラヴェルの管弦楽作品を得意 とし、そのほとんどを録音してい る。彼はリズム感覚や音感にひとき わ優れたセンスを持つ音楽家で、特 に音高に関しては、単に鋭い感覚を 持つだけでなく、その場その場で最 適な音程とバランスを的確に把握し て、個々の奏者に課すことができる。 彼のトレードマークともいうべき濁にご りのない、美しいサウンドはそこか ら生まれてくるのだが、精妙な管弦 楽書法と大胆な和声法とを兼ね備え たラヴェルの楽譜の再現にあたって、 彼ほど適任な音楽家はそういるまい。 《こどもと魔法》は、童話的な世界 の中で、ラヴェルの作品としても最 も繊せん細さいな色彩を繰り広げる作品であ  NHK交響楽団は長くドイツ・オ ーストリア系の指揮者を迎えてキャ リアを築いてきた。ウィルヘルム・ シュヒター、ウォルフガング・サヴ ァリッシュ、さらにはオットマー ル・スウィトナーやホルスト・シュタ インなど、歴代の常任指揮者や名誉 指揮者には独どく墺おう系の正統を伝える指 揮者が名を連ねているし、レパート リーの上でも、ベートーヴェン、ブ ラームスといった重厚なドイツ音楽 に定評があったように思う。それゆ え、1996 年のシャルル・デュトワの 常任指揮者就任は、当時の音楽界を 大いに賑わした。以前にも来日公演 の経験があり、日本の聴衆に馴染み のある名前だったとはいえ、当時 のデュトワは、音楽監督を務めてい たモントリオール交響楽団との一連 のレコーディングで、フランス系 の近代音楽によって人気を集め、フ ランス音楽のスペシャリストという 目で見られていたからだ。加えて彼 は、音楽メディアにおいても注目度 の高いスター指揮者であったことか ら、N響としてはたいへんな勇気を 持って彼を招しようへい聘したことと思う。  そして、この英断は幸運な結果を もたらした。オーケストラは彼の薫くん 陶 とう を受け、レパートリーを積極的に 拡大して、定期公演のプログラムが 一挙に多彩なものとなった。合奏 面ではアンサンブルの精度が向上 し、かつ色彩についてもより濃こまやか な表現が可能となった。フランス系 のレパートリーへの適応が培つちかわれた 今月のマ     シャ ル・

(3)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2 ギのモダンな書法の真骨頂が発揮さ れたこれら 3 作品を一挙に聴かせよ うというサービス満点のプログラム は、それだけでも興味を惹くが、今 回はさらに、ベルリオーズの《ロー マの謝肉祭》序曲と、ルイ・ロルテ ィを独奏に据すえてリストの《ピアノ 協奏曲第 2 番》もプログラムに盛り 込まれている。特に後者は、きらび やかで演奏効果の高い同じリストの 《ピアノ協奏曲第 1 番》の陰に隠れ て演奏機会に恵まれないものの、ロ マン派らしい気分の変転を巧みにす くい取った名品である。リストに定 評のあるソリストとの共演だけに見 逃せない。  この他Bプロでは、武満徹の《ノ ヴェンバー・ステップス》と、ワデ ィム・レーピンの独奏するシベリウ スの《ヴァイオリン協奏曲》が予定 されている。デュトワはN響とのレ コーディングに際しても武満作品を 取り上げており、その音楽に対して ひとかたならぬ関心を寄せているよ うだ。N響定期公演で《ノヴェン バー・ステップス》を彼が振るのは、 2000 年 6 月に次いで 2 度目。尺八 と琵琶の独奏と競演するこの作品は、 海外の指揮者にはとりわけ縁遠いは ずで、それを再び手がけようという あたり、デュトワの武満の音楽に対 する傾倒ぶりがうかがえて興味深い。  一見意外な組み合わせながら、N 響の定期公演も含めデュトワはしば しばシベリウスを演奏会で取り上げ ている。実は筆者は 20 年ほど前に、 り、デュトワの冴えた棒さばきが期 待される。  ストラヴィンスキーもまたデュト ワがよく取り上げる作曲家である。 《歌劇「夜鳴きうぐいす」》は、スト ラヴィンスキーとしては青年期のロ マンチックな作風と、個性を確立し た後年の尖せん鋭えいな作風とがとり混ぜて あらわれる作品だが、アンデルセン の童話でも有名なストーリーの持つ 詩情豊かな雰囲気が、デュトワの指 揮の下どのように再現されるのか、 興味深いところである。  ストラヴィンスキーではもう 1 曲、 Bプロに《春の祭典》が入れられて いる。これは 1987 年にデュトワが 初めてNHK交響楽団と共演した際 に取り上げた曲目であり、その大成 功を記憶にとどめておられる方もい ることだろう。かつてとびきりの難 曲として知られた《春の祭典》の、 あふれる色彩と錯綜するリズムの再 現には、繊細な音響設計や卓抜なリ ズム感覚を強固な統率の中に反映さ せることのできる彼の美点が、存分 に発揮されるに違いない。 サービス満点のプログラム、気鋭 のソリストとの共演に期待  鮮やかな色彩や沸き立つリズムが もたらす興奮ということならば、C プロのメインであるレスピーギの 「ローマ三部作」も負けてはいない。 いくつもの異なるリズムや調性を重 層的に重ね合わせ、かつ全体として 明澄なサウンドを実現するレスピー

(4)

1991 年から 2001 年まではフランス 国立管弦楽団の音楽監督を、2008 年から今夏まではフィラデルフィア 管弦楽団の首席指揮者を務めた。現 在は後者の桂冠指揮者およびロイヤ ル・フィルハーモニー管弦楽団の芸 術監督兼首席指揮者の座にある。  日本との関わりも深く、1996 年 にはフランス系の指揮者として初め てNHK交響楽団の常任指揮者とな り、その後も音楽監督として 2003 年まで同楽団を率いた後、同年 9 月 に名誉音楽監督に就任した。加えて 2000 年から 3 年間は札幌のパシフ ィック・ミュージック・フェスティバ ル芸術監督としても活躍した。NH K交響楽団とはその後も共演を重ね て お り、 最近 で は 2011 年 12 月 の 定期公演に出演している。 (相場ひろ)  スイスのローザンヌ生まれ。生地 およびジュネーヴの音楽院でヴァイ オリン、ピアノなどとともに指揮 法を学んだ後、シエナ、タングル ウッドなどで研けん鑽さんを積み、1959 年 よりスイス・ロマンド管弦楽団やロ ーザンヌ室内管弦楽団の舞台に立つ ようになる。チューリヒ放送管弦楽 団指揮者、ベルン交響楽団首席指揮 者を経て、1970 年代にはスイス国 外へと大きく活動の場を広げ、メキ シコ国立交響楽団やエーテボリ交響 楽団を率いた。1977 年にはモント リオール交響楽団の音楽監督とな り、2002 年に辞任するまでの 25 年 間、厳格なトレーニングによってオ ーケストラの技術的・音楽的レベル を飛躍的に向上させ、国際的な名声 を獲得するようになった。  デュトワは世界各地の管弦楽団 や歌劇場とも数多く共演しており、 プロフィール 今月のマ     シャ ル・ まれたシベリウスの楽譜を前に、デ ュトワとレーピンがどのような対話 を繰り広げていくのか、興味は尽き ない。 (あいば・ひろ 音楽ライター) ロンドン・フィルハーモニー管弦楽 団の演奏会で、やはりレーピンと共 演したヴァイオリン協奏曲を聴いた ことがあるので、彼ら 2 人として は共演に自信のある曲目なのだろう。 独特の精せい緻ちな書法で密度高く書き込

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Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

1742nd Subscription Concert / NHK Hall 1st (Sat.) Dec, 6:00pm 2nd (Sun.) Dec, 3:00pm 第 1742 回 NHKホール 12/1[土]開演 6:00pm 12/2[日]開演 3:00pm [夜鳴きうぐいす] アンナ・クリスティ [料理人] ディアナ ・アクセンティ [漁師] エドガラス・モントヴィダス [中国皇帝] デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン [侍従] 青山 貴 [僧侶] ジョナサン・レマル [死に神] エロディ・メシェン [日本からの使者] 村上公太、畠山 茂 [合唱] 二期会合唱団 (合唱指揮/冨平恭平、鈴木彰久) NHK 東京児童合唱団 (「こどもと魔法」のみ) (合唱指揮/大谷研二) [コンサートマスター] 篠崎史紀 [指揮] シャルル・デュトワ

[conductor]

Charles Dutoit

[Le rossignol]

Anna Christy

[La cuisinière]

Diana Axentii

[Le pêcheur]

Edgaras Montvidas

[L’empererur de Chine]

David Wilson-Johnson

[Le chambellan]

Takashi Aoyama

[Le bonze]

Jonathan Lemalu

[La mort]

Elodie Méchain

[Envoyé japonais]

Kota Murakami, Shigeru Hatakeyama

Program

A

[assistant conductor]

Chikara Iwamura

[副指揮] 岩村 力 [chorus]

Nikikai Chorus Group

(Kyohei Tomihira, Akihisa Suzuki,

chorus master)

NHK Tokyo Children Chorus

(L’enfant et les sortilèges)

(Kenji Otani, chorus master)

[concertmaster] Fuminori Shinozaki ストラヴィンスキー 歌劇「夜鳴きうぐいす」 (演奏会形式・字幕つき)(47 )

Igor Stravinsky (1882-1971)

Le rossignol, opera (concert style)

(6)

Pro

gram

A

ラヴェル 歌劇「こどもと魔法」 (演奏会形式・字幕つき)(44 )

Maurice Ravel (1875-1937)

L’enfant et les sortilèges, opera

(concert style)

休憩 Intermission   字幕 田辺佐保子 字幕操作 イヤホンガイド/G・マーク   字幕 和田ひでき 字幕操作 イヤホンガイド/G・マーク  Japanese Supertitle  Sahoko Tanabe/  Earphone Guide Co,. Ltd

.

 Japanese Supertitle  Hideki Wada/

 Earphone Guide Co,. Ltd.

[子供] エレーヌ・エブラール [ママ・カップ・トンボ] エロディ・メシェン [安楽椅子・雌猫・リス・羊飼いの男] ディアナ ・アクセンティ [火・うぐいす] アンナ・クリスティ [お姫様・コウモリ・フクロウ・羊飼いの娘] 天羽明惠 [ソファー・木] ジョナサン・レマル [大時計・雄猫] デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン [ティーポット・小さな老人・雨蛙] エドガラス・モントヴィダス [L’enfant]

Hélène Hébrard

[Maman, La tasse chinoise, La libellule]

Elodie Méchain

[Le bergère, La chatte, L’ecureuil, Un pâtre]

Diana Axentii

[Le feu, Le rossignol]

Anna Christy

[La princesse, La chauve-souris, La chouette, Une pastourelle]

Akie Amou

[Le fauteuil, Un arbre]

Jonathan Lemalu

[L’horloge comtoise, Le chat]

David Wilson-Johnson

[La théière, Le petit vieillard, La rainette]

(7)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Soloist

オペラに R. シュトラウス《ナクソス島 のアリアドネ》のツェルビネッタで出演。 ヨーロッパではイングリッシュ・ナショ ナル・オペラに頻繁に出演している。装 飾歌唱の技術の高さからヘンデルのオペ ラのヒロインやドニゼッティ《ルチア》 のタイトルロールなどを得意としている。  日本では 2008 年夏に小澤征爾音楽塾 公演、J. シュトラウス《こうもり》でア デーレを歌っている。N響とは初共演。        (吉田光司) ドボーン音楽祭でのドヴォルザーク《ル サルカ》の料理人の少年を歌う。近年は パリ国立オペラ(バスティーユ歌劇場) にたびたび出演しており、2010 年 6 月 にはロッシーニ《湖上の美人》のアル ビーナ、同年 12 月には R. シュトラウス 《ナクソス島のアリアドネ》の木の精を 歌っている。2008 年 7 月、パリ国立オ ペラ来日公演でのデュカス《アリアーヌ と青ひげ》ではセリゼットを歌った。N 響とは初共演。     (吉田光司)  米国のソプラノ。イリノイ州シカゴ生 まれ、カリフォルニア州パサデナ育ち。 母親は日本人。シンシナティ大学音楽 院で学ぶ。2000 年、ニューヨーク・シテ ィ・オペラでのモーツァルト《魔笛》の パパゲーナでデビュー。同役は 2004 年 10 月、メトロポリタン歌劇場のデビュ ーの際も歌っている。コロラトゥーラ・ ソプラノとして評価され、同歌劇場で も 2010 年 9 月、オッフェンバック《ホ フマン物語》のオリンピアを歌っている。 2011 年 11、12 月、シカゴ・リリック・  モルドヴァのメゾ・ソプラノ。生年当 時のモルダヴィア・ソヴィエト社会主義 共和国のニスポレニに生まれる。2002 年 にフランスに移り、リヨン国立高等音楽 院で学ぶ。2004 年、エリーザベト王妃国 際音楽コンクール声楽部門で第 5 位入賞。 以来フランスを中心に活動している。  2006 年 9 月、ナンシーでツェムリン スキー《フィレンツェの悲劇》のビアン カ、2006 年、2007 年、ナンシーとボル ドーでモーツァルト《フィガロの結婚》 のケルビーノ、2009 年 8 月、グライン

Anna Christy

夜鳴きうぐいす(夜鳴きうぐいす) 火・うぐいす(こどもと魔法)

アンナ・クリスティ

Diana Axentii

料理人(夜鳴きうぐいす) 安楽椅子・雌猫・リス・羊飼いの男(こどもと魔法)

ディアナ・アクセンティ

©Dario Acosta

(8)

Pro

gram

A

Soloist

繁に出演している。ヴェルディ《椿姫》 のアルフレードやドニゼッティ《愛の妙 薬》のネモリーノなど青年役を得意とし ている。  旧ソ連出身であることからロシア・オ ペラも歌い、チャイコフスキー《エフゲ ーニ・オネーギン》のレンスキーは当た り役の一つである。ストラヴィンスキー 《夜鳴きうぐいす》の漁師はエクサン・プ ロヴァンス、リヨン、アムステルダムで も歌っている。N響とは初共演。        (吉田光司) ずれにおいても極めて高い水準の歌唱を 聴かせてくれる。  オペラの舞台からは 2006 年に引退し ているが、演奏会では今なおベテランの 巧さと存在感を大いに発揮している。ラ ヴェル《こどもと魔法》の大時計および 雄猫は、1997 年の録音でも歌っている。 N響とは、2008 年 12 月にストラヴィン スキーの《エディプス王》、2011 年 10 月にブラームスの《ドイツ・レクイエム》 で共演している。 (吉田光司)  リトアニアのテノール。1975 年、リ トアニア南西部のキーバルタイの生まれ。 2001 年、ヴィリニュスのリトアニア音 楽院を卒業。在学中の 1999 年にリトア ニア国立歌劇・バレエ劇場でのドニゼッ ティ《ルチア》のアルトゥーロでデビュ ー。2001 年から 2003 年までロンドンの コヴェント・ガーデン王立歌劇場の若手 芸術家養成コースに参加。2004 年から 2006 年まで、フランクフルト歌劇場に 所属。近年は英国、ドイツ、フランスで の活動が主で、ことにリヨン歌劇場に頻  英国のバリトン。1950 年、ノーサン プトン生まれ。ロンドンの王立音楽院 で声楽を学ぶ。初期は合唱団員として活 動。1976 年、コヴェント・ガーデン王立 歌劇場でのヘンツェ《われわれは川に来 た》でオペラの舞台にデビュー。以来長 年に渡って第一線で活躍している。幅広 いレパートリーをもち、バッハ、ヘンデ ルなどバロック声楽作品、ベルリオーズ の声楽大作、ヴェルディやワーグナーの オペラ、シェーンベルクの十二音技法作 品、そして英国の近現代の音楽など、い ©Lina Taukacikiene

David Wilson-Johnson

中国皇帝(夜鳴きうぐいす) 大時計・雄猫(こどもと魔法)

デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン

Edgaras Montvidas

漁師(夜鳴きうぐいす) ティーポット・小さな老人・雨蛙(こどもと魔法)

エドガラス・モントヴィダス

(9)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Soloist

役、《椿姫》ジェルモン役、《トスカ》ス カルピア役、《ナブッコ》タイトル・ロー ルなど数多くの作品に出演。コンサート ではベートーヴェン《第 9》やヘンデル 《メサイア》、モーツァルト《レクイエ ム》などのソリストを務めた。N響定期 には 2011 年 12 月シャルル・デュトワ指 揮の《一千人の交響曲》にソリストとし て出演。美しい声と確かなテクニックで、 さらなる活躍が期待されている。 (柴辻純子)  東京藝術大学卒業、同大学院修士課程 修了。二期会オペラスタジオ第 44 期マ スタークラス、および新国立劇場オペラ 研修所第 4 期修了。2004 年から文化庁 派遣芸術家在外研修員としてイタリア・ ボローニャに留学。その後ミラノで研 鑽を積んだ。2007 年イタリア・トリノの 第 6 回カルロス・ゴメス国際コンクール 第 1 位、 第 19 回( 平 成 20 年 度 ) 五 島 記念文化賞オペラ新人賞を受賞した。  オペラでは新国立劇場、東京二期会等 の公演において《仮面舞踏会》レナート

Takashi Aoyama

侍従(夜鳴きうぐいす)

青山 貴

2005 年 3 月、モーツァルト《ドン・ジョ ヴァンニ》のマゼットでメトロポリタン 歌劇場にデビュー、同役は翌年の来日公 演でも歌っている。  近年は、ガーシュウィン《ポーギーと ベス》のポーギーや、メルヴィル原作の ヘギーの新作オペラ《白鯨》のクイーク ェグが大きな評判となった。演奏会歌 手としても人気が高い。N響とは 2011 年 12 月、マーラーの《一千人の交響曲》 のソリストとして共演している。        (吉田光司)  1976 年、ニュージーランドのダニー デンに生まれたバス・バリトン。両親は サモアからの移民。ロンドンの王立音 楽大学で声楽を学ぶ。在学中の 2001 年、 ロンドンのBBCプロムスにおけるヴォ ーン・ウィリアムズ《音楽へのセレナー ド》のソリストとしてデビュー。以来英 米を中心に世界中の歌劇場、演奏会で活 躍している。柔軟な声と多彩な表現力を 武器に様々な役をこなし、なかでもヘン デル、モーツァルト、そしてブリテンの バス、バリトン役で高い評価を得ている。 ©Sussie Ahlburg

Jonathan Lemalu

僧侶(夜鳴きうぐいす) ソファー・木(こどもと魔法)

ジョナサン・レマル

(10)

Pro

gram

A

Soloist

っている得意な役である。2004 年 3 月、 ローザンヌでグルック《オルフェオとエ ウリディーチェ》(ベルリオーズ編曲版) のオルフェオで出演。宗教曲の独唱も頻 繁に受け持っている。  ラヴェル《こどもと魔法》のママ、カ ップ、トンボは、最初期にトゥールーズ のキャピトル劇場およびモンペリエ歌劇 場で歌って以来の持ち役で、2012 年 8 月には英国のグラインドボーン音楽祭で も歌っている。N響とは初共演。 (吉田光司)  フランスのアルト。1998 年 2 月、新 しい声国内コンクールで入賞し、これを 受けて舞台デビュー。1999 年 3 月、コ ンピエーニュ帝国劇場でのドビュッシ ー《ペレアスとメリザンド》でジュヌヴ ィエーヴを歌い、以来同役はマルセイユ、 アムステルダム、ナンシー、ルーアンな どでも歌う当たり役である。またベルリ オーズ《ベアトリスとベネディクト》の ウルスラも、ローザンヌ、トゥールーズ、 ボルドー、パリ(シャトレ座、オペラ・ コミック座)、ルクセンブルクなどで歌

Elodie Méchain

死に神(夜鳴きうぐいす) ママ・カップ・トンボ(こどもと魔法)

エロディ・メシェン

験を重ねてきた。また《メリー・ウィド ー》カミーユ役をはじめオペレッタにも 出演。2010 年にはシンガポール・リリッ ク・オペラに《ボエーム》ロドルフォ役、 《魔笛》タミーノ役、2011 年に《サロメ》 ナラボート役で出演するなど、海外にも 活躍の場を広げている。今年 9 月の二期 会公演《パルシファル》では聖杯の騎士 役を務めた。N響とは、今回が初共演と なるフレッシュなテノールである。 (柴辻純子)   東 京 音 楽 大 学 声 楽 演 奏 家 コ ー ス 卒 業。新国立劇場オペラ研修所第 6 期修了。 2006 年から文化庁派遣芸術家在外研修 員としてイタリアに留学。ボローニャ・ アカデミア・フィラルモニカで研鑽を積 んだ。  2007 年新国立劇場 10 周年記念コン サ ー ト に 出 演 し た ほ か、2008 年 東 京 シティ・フィル オーケストラル・オペラ 《トリスタンとイゾルデ》若い水夫の 声、2009 年東京二期会公演《カプリッ チョ》イタリア人テノール歌手役など経

Kota Murakami

日本からの使者(夜鳴きうぐいす)

村上公太

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Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Soloist

《騎士オルランド》カロンテ役など、オ ペラにおいて欠かせないバス歌手として 活躍している。  コンサートではベートーヴェン《第 9》やモーツァルト《レクイエム》など のソリストを務めるほか、2012 年 5 月 には東京フィルハーモニー交響楽団によ るショハットの歌劇《アルファとオメ ガ》(演奏会形式・日本初演)に出演した。 N響とは今回が初共演となる。 (柴辻純子)  東京藝術大学卒業、同大学院修士課程 修了。二期会オペラスタジオ、マスター クラス修了。2005 年から文化庁派遣芸 術家在外研修員としてイタリア・ミラノ で研鑽を積んだ。  オペラでは《フィガロの結婚》、《ニ ュルンベルクのマイスタージンガー》、 《蝶々夫人》、《魔笛》、《ジャンニ・スキッ キ》など数多くの作品に出演。2008 年 ペーター・コンヴィチュニー演出の《エ フゲーニ・オネーギン》ザレツキー役、 同年北とぴあ国際音楽祭でハイドンの

Shigeru Hatakeyama

日本からの使者(夜鳴きうぐいす)

畠山 茂

ルビーノを歌っている。  エブラールはリサイタルでは、バロッ ク音楽、モーツァルトを得意とする一方、 オッフェンバック、メサジェのオペレッ タのアリアや、アーン、プーランクなど のフランス近代歌曲も好んで取り上げて いる。またワイル、ガーシュウィンなど の 20 世紀作品や、同時代のポップスも 歌っており、2009 年 12 月にはパリで「岸 から対岸へ」と名付けられた意欲的なプ ログラムの演奏会を行っている。N響と は今回が初共演である。  (吉田光司)  フランスのメゾ・ソプラノ。パリ生ま れ。19 歳でパリのフランシス・プーラン ク音楽院に入学。カラヤン財団の助成に より、2000 年 9 月からチューリヒ歌劇 場の国際オペラ・スタジオに参加。2004 年 2 月、パリのシャンゼリゼ劇場でのラ ヴェル《こどもと魔法》の子供で本格的 デビューを果たす。2004 年 6 月、ジュ ネーヴ大劇場でのマスネ《マノン》でジ ャヴォットを、2009 年 6、7 月、英国の ロングバラ・フェスティヴァル・オペラで のモーツァルト《フィガロの結婚》でケ

Hélène Hébrard

子供(こどもと魔法)

エレーヌ・エブラール

(12)

Pro

gram

A

Soloist

 国内でも新国立劇場などのオペラに定 期的に出演するほか、《ルル》(3 幕版日 本初演)のタイトル・ロールや、リゲテ ィ《ル・グラン・マカーブル》、一柳慧《愛 の白夜》、清水脩《修禅寺物語》など現 代作品での活躍が目覚ましい。N響とは、 1995 年にバッハ《ヨハネ受難曲》で初 共演以来、定期公演にソリストとしてた びたび出演。2011 年 12 月シャルル・デ ュトワ指揮の《一千人の交響曲》でも澄 んだ美しい声を聴かせた。 (柴辻純子)  東京藝術大学卒業。オペラ研修所、二 期会オペラスタジオ修了。シュトゥット ガルト音楽大学、ベルリンで研鑽を積ん だ。1995 年ラインスベルク音楽祭で《ナ クソス島のアリアドネ》ツェルビネッタ 役に出演。同年ソニア・ノルウェー女王 記念第 3 回国際音楽コンクールに優勝。 その後、ドイツを拠点にジュネーヴ大劇 場、ザクセン州立歌劇場(ゼンパー・オ ーパー)、ベルリン・コミッシェオーパー など欧州各地の歌劇場や音楽祭に出演し ている。 ©Akira Muto

Akie Amou

お姫様・コウモリ・フクロウ・羊飼いの娘(こどもと魔法)

天羽明惠

(13)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Chorus

 「コダーイ・ゾルタン生誕 100 年記念国 際合唱コンクール」青少年部門第 1 位・ 総合部門グランプリなど国内外の多数の コンクールに入賞。2009 年N響ととも に「天皇・皇后両陛下ご成婚 50 周年記念 ご即位 20 周年記念コンサート」に出演 した。近年は、新国立劇場などのオペラ の合唱への出演も数多い。シャルル・デ ュトワ指揮のN響とは、2010 年、2011 年に続いての共演となる。 (柴辻純子)  1952 年 3 月、「少年少女に豊かな心を」 という願いから、NHKの教育番組と子 ども番組の充実を目的として創立された NHK東京児童合唱団(旧称・東京放送 児童合唱団)は、NHKの放送出演はも とより、海外の合唱団との交流や国内の 主要オーケストラと共演を重ね、1972 年の創立 20 周年記念演奏会以来、毎年 定期演奏会を開催、邦人作曲家への合唱 作品の委嘱など、多くの作品を国内外に 紹介している。

NHK Tokyo Children Chorus

合唱(こどもと魔法)

NHK東京児童合唱団

得ている。  オペラ公演以外にも、オーケストラ公 演や青少年のための音楽鑑賞教室等に多 数出演。N響定期への出演回数も数多く、 近年ではウラディーミル・アシュケナー ジ、シャルル・デュトワ、ネルロ・サン ティの指揮で共演。2011 年 10 月のN響 定期アンドレ・プレヴィン指揮の《ドイ ツ・レイクエム》では柔らかく美しい合 唱を披露した。デュトワとは 2008 年以 来の共演となる。  (柴辻純子)  二期会合唱団は、日本で最初のプロフ ェッショナルのオペラ合唱団。1952 年 に旗揚げされた声楽家団体「二期会」の 第 2 回オペラ公演《マルタ》(1953)に おいて結成され、それ以後、二期会オペ ラのすべての合唱を担当している。  合唱団のメンバーは、2600 名を超え る二期会会員・準会員から公演ごとに組 織され、高水準の歌唱力、オペラ出演で 鍛えられた演技力、合唱団としての高い アンサンブル能力と豊かな声量によって、 日本を代表する合唱団として高い信頼を ©S.Takehara

Nikikai Chorus Group

合唱(夜鳴きうぐいす、こどもと魔法)

(14)

Pro

gram

A

作では端役だが、歌劇では漁師の歌 が、間奏や全幕のエピローグとなり、 その歌詞は物語の展開を先取りする。 やがて夜鳴きうぐいすが登場。月夜 に美しいヴォカリーズを繰り広げる が、そこへ騒々しく現れるのは中国 皇帝の家来たち。皇帝の「ぜひ夜鳴 きうぐいすの歌を聴きたい」との仰 せで、夜鳴きうぐいすを探しに来た のだ。僧侶(「チンペー」という意 味不明の台詞を連発する)や侍従た ちを森へ案内するのは、料理人の 娘。宮中で夜鳴きうぐいすを知るの は彼女一人で、他の連中は雌牛やカ エルの鳴き声との区別もつかない始 末。一同の懇願に、夜鳴きうぐいす は「森の中でお聴きくださるのが一 番ですが、皇帝がお望みとあらば」 と宮廷へ赴くことに。 第 2 幕(宮廷) 中国皇帝の宮廷。 陶磁器でできた宮殿に、家来たちが 賑やかにひしめく。複雑なリズムと 煌びやかな音色は、《ペトルーシ カ》第 1 場の謝肉祭の場面さなが ら。やがて皇帝がお供をひきつれて 登場(〈中国の行進曲〉)。歌い始め る夜鳴きうぐいす、感激して涙する 皇帝……。そこへ 3 人の日本からの 使者が到着し、皇帝に機械仕掛けの うぐいすを献上。前口上を述べなが ら使者の一人がゼンマイを巻く。機  アンデルセンの童話による《歌劇 「夜鳴きうぐいす」》はストラヴィン スキー初期の作品だが、別の鳥4に遮 られて、飛び立つのはずいぶん遅れ た。歌劇の第 1 幕を仕上げたところ へ、ディアギレフ率いるロシア・バ レエ団から《火の鳥》の注文が来た のだ。その後ストラヴィンスキーが 《ペトルーシカ》、《春の祭典》を書 いて楽壇の寵児となったことは、周 知の通り。1913 年、モスクワの自 由劇場に促されて、中断していた 《夜鳴きうぐいす》に立ち戻ったス トラヴィンスキーだが、三大バレエ 作曲による作風の変化は大きく、第 1 幕(師リムスキー・コルサコフと ドビュッシーの影響が色濃い)と同 じ様式で続きを書くのは不可能だっ た。といって第 1 幕を書き改める気 にもなれず、「第 1 幕とそれ以降と では舞台が違うから」と自らに言い 聞かせて筆を進めることに。そうこ うするうちに自由劇場は倒産してし まい、結局《夜鳴きうぐいす》はロ シア・バレエ団により初演される運 びとなった。 第 1 幕(海岸) 夜、海に近い森。 幻想的な導入部(夜空をドビュッシ ーの〈雲〉がよぎるようだ)。海上 の小舟から、夜鳴きうぐいすを待ち 望む漁師の歌が聞こえる。漁師は原

Igor Stravinsky

1882-1971

ストラヴィンスキー

歌劇「夜鳴きうぐいす」

(演奏会形式)

(15)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2 作曲年代:1908 ∼ 1909 年、1913 ∼ 1914 年 台本:アンデルセン「夜鳴きうぐいす」(『ア ンデルセン童話集』第 2 巻所収)に基づき、 作曲者とミトゥソフが執筆 初演:1914 年 5 月 26 日、パリ・オペラ座、ピ エール・モントゥー指揮、ディアギレフ制作 楽器編成:フルート 2、ピッコロ 1、オーボエ 2、イングリッシュ・ホルン 1、クラリネット 3(Es クラリネット 1、バス・クラリネット 1)、 ファゴット 3(コントラファゴット 1)、ホル ン 4、トランペット 4、トロンボーン 3、テュ ーバ 1、ティンパニ 1、シンバル、アンティー ク・シンバル、トライアングル、小太鼓、大太 鼓、テューブラー・ベル、タンブリン、タムタ ム、ピアノ、チェレスタ、ギター、マンドリ ン、ハープ 2、弦楽 謝し、高位を与えて報いようとする が、鳥は「あのときの陛下の涙が何 よりの褒美でございます」と謝絶し、 夜ごと歌いにくると約束して去る。 かくして生気を取り戻した皇帝だが、 それを知らぬ廷臣たちは、早々と葬 列を組み、太鼓と銅鑼を打ち鳴らし て皇帝の寝室へ。そこへ、朝の光に 包まれて「皆のもの、おはよう」と 挨拶する皇帝。廷臣たちは仰天、平 伏する。最後にもう一度、漁師の歌 が聞こえてきて、幕。  様式上の不統一が気がかりだっ たのか、1917 年にストラヴィンス キーは、第 2、第 3 幕の音楽のみで 《交響詩「うぐいすの歌」》をまとめ た。なお、彼はバレエ音楽《妖精の くちづけ》(1928 年)でアンデルセ ンの童話に立ち戻ることになる。 (近藤秀樹) 械機械仕掛けのうぐいすの歌(オー ボエ)。これは面白い、2 羽のうぐ いすの聴き比べを……と振り返ると、 本物の夜鳴きうぐいすがいない!  怒り心頭の皇帝は、無礼な鳥の国外 追放を命じ、機械仕掛けのうぐいす を自分の寝室に運ばせる。漁師の歌 が次の幕を予告する。 第 3 幕(寝室) 夜、月明かり、皇 帝の寝室。皇帝は病臥している。そ の枕頭には死に神が。不 にも死に 神は、皇帝の冠や刀や旗を我が物と している。まわりにうごめくのは、 皇帝の過去の悪行の影(合唱)。皇 帝は音楽で不吉な影を追い散らそう とするが、肝心なときに機械仕掛け のうぐいすは動かず、宮廷の楽師も 皇帝の呼びかけに応えない。ただひ とり皇帝の危機に駆けつけたのは、 あの夜鳴きうぐいす。美しい歌で死 に神をひきつけ、「もっと歌ってほ しければ、冠を返しなさい。刀も、 旗も」と促す。さらに、わびしい歌 を聴かせて、死に神に棲家の墓場を 懐かしがらせ、ついには退散させて しまう。皇帝は夜鳴きうぐいすに感

(16)

Pro

gram

A

続いて、算数の教科書から小さな老 人が登場、デタラメの九九で子供を 混乱させる。いつもとは反対に、子 供は家具や本に翻弄され、為すすべ がない。せめて飼っている雄猫(巨 大になっている)が話し相手をして くれるかと期待するが、雌猫と一緒 に啼いてばかり。その猫たちのあと を追って、子供は月明かりの庭へ。 第 2 場 夜の庭の情景。昆虫、雨蛙、 梟 、夜鳴きうぐいすたちがさざ めく。魔術師ラヴェルの真骨頂。だ が、庭の動物、植物たちは、家具た ち、絵本たちにも増して、子供を恨 んでいる。庭の木が「お前がナイフ でつけた傷が痛む」と呻き、トンボ が、コウモリが「恋人を返せ、仲間 を返せ」と迫る。リスは間抜けな蛙 に「捕まるぞ、逃げろ!」と警告し、 自分を捕まえて籠に入れた子供を非 難する。そのリスを中心に、いつの まにか庭のすべての生きものたちが 寄り添い、輪になって、庭は友愛の 情に包まれる。ただ一人、子供を除 いて……。  孤独を感じ、思わず「ママ」と呟 く子供。それを聞いて我にかえった 庭の生きものたちは、争って子供に 飛びかかる。自分こそが復讐を、と 揉み合う動物たち。ついに動物たち は、肝心の子供を忘れてケンカを始  心温まる童話を書いたアンデルセ ンは、実は孤独だった、と批評家の 花田清輝は言う。「耐えがたいほど 孤独でもなければ、誰が真夜中にひ そひそとささやきあう、木や花やコ ップの話に耳を傾けることができよ う」(『復興期の精神』)。では、《歌 劇「こどもと魔法」》で大時計やテ ィーポットを歌わせたラヴェルは孤 独だったろうか? 歌劇の筋をたど ってみよう。 第 1 場 古い家の子供部屋。時は夕 暮れ。宿題をさぼって母親に叱られ る男の子。母親が去ると、腹いせに 家具やペットにあたり散らす。する と不思議、ソファーと安楽椅子が歌 いはじめ、踊りはじめる。魔法の始 まりだ(だが、それは魔法使いのせ いではなく、母親が去ったからなの だ)。生を得た無生物は、みな悪意 か敵意(無関心を含めて)を子供に 向ける。大時計は「おれの振り子を 外しやがって」と怒り、ティーポッ トはボクサーの真似をして「おまえ の鼻にパンチをくれてやる」と英語 混じりに歌う。日も落ちて寒気を感 じた子供が暖炉に近づくと、火が 「悪い子には火傷させるぞ」と脅す。 引き裂かれた絵本の中で、羊飼いの 少年少女たちが別離を悲しみ、おと ぎ話のお姫様が子供の不実をなじる。

Maurice Ravel

1875-1937

ラヴェル

歌劇「こどもと魔法」

(演奏会形式)

(17)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2 作曲年代:1920 年(1919 年とする資料もある) ∼ 1925 年 初演:1925 年の 3 月 21 日、モンテカルロ歌劇 場、ヴィクトル・デ・サバタ指揮、ラウール・ギ ュンブール演出、バレエ場面の振付ジョージ・ バランシン、主役の子供役マリー・テレーズ・ ゴレ 楽器編成:フルート 3(ピッコロ 1)、オーボ エ 2、イングリッシュ・ホルン 1、クラリネッ ト 2、Es クラリネット 1、バス・クラリネット 1、 ファゴット 2、コントラファゴット 1、ホルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、テュー バ 1、ティンパニ 1、小ティンパニ 1、トライ アングル、小太鼓、シンバル、大太鼓、タム タム、ムチ、ラチェット、グイロ、ウッドブ ロック、ウィンド・マシーン、アンティーク・ シンバル、スライド・ホイッスル、シロフォン、 チェレスタ、ハープ 1、リュテアル(ピアノで 代用)、弦楽  ラヴェルは生涯独身で通し、子供 をもたなかった。作家コレットによ る台本は、当初「我が娘のための喜 遊曲」と題されていたが、作曲者の 意向(「自分には娘はいない」)で変 更された。  台本自体にもラヴェルはかなり手 を入れたらしく、ティーポットと 中国のカップのラグタイムや、リス の歌うアリアは作曲者の発案である。 また、ラヴェルは猫の啼かせ方にも こだわり、この件でコレットに手紙 を書いている。どうやら家具や動物 に声を与えるべく腐心したのは、作 家よりも作曲者だったようだ。  ラヴェルがモンフォール・ラモリに 居を構えたのもこの頃で(1921 年)、 その家がおもちゃ箱さながらだった ことは有名(機械仕掛けの夜鳴きう ぐいすもあったという)。もはや母親 のもとに戻れないラヴェルは、この 家で《こどもと魔法》の筆を進めな がら、木や花やコップのひそひそ話 に耳を傾けていたのだろうか? (近藤秀樹) め、そのなかで 1 匹のリスが怪我を してしまう。それを見た子供は、傷 ついたリスの手当てをし、そこで力 尽きて気を失う(この瞬間から、魔 法は解け始める。子供は孤独から解 放されるのだ)。  今度は動物たちが、怪我をして気 絶した子供を助けようとするが、手 当ての仕方がわからない。相談する 動物たち。「さっき、この子は『マ マ』って言ったよ」「この子を家に 連れていこうよ」。相談はやがて合 唱となる。「私たちも呼んでみよう、 『ママ』って」「ママ、ママ!」。  動物たちは、目をさました子供を、 優しく護って母親のところに届け、 暁 の月のもと、「この子は良い子 です」と歌いながら去っていく。子 供の「ママ」の一言が、この歌劇を 締めくくる。  ラヴェルの母親への愛情の深さは よく知られているが、《こどもと魔 法》に取りかかったとき、彼の母は すでに亡くなっていた(1917 年 1 月)。

(18)

Pro

gram

B

1744th Subscription Concert / Suntory Hall12th (Wed.) Dec, 7:00pm 13th (Thu.) Dec, 7:00pm 第 1744 回 サントリーホール 12/12[水]開演 7:00pm 12/13[木]開演 7:00pm [尺八] 柿堺 香* [琵琶] 中村鶴城* [ヴァイオリン] ワディム・レーピン [コンサートマスター] 堀 正文 [指揮] シャルル・デュトワ

[conductor]

Charles Dutoit

[shakuhachi]

Kaoru Kakizakai

[biwa]

Kakujo Nakamura

[violin]

Vadim Repin

[concertmaster] Masafumi Hori

Program

B

武満 徹 ノヴェンバー・ステップス(1967)* (20 ) シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品 47 (32 ) Ⅰ アレグロ・モデラート Ⅱ アダージョ・ディ・モルト Ⅲ アレグロ、マ・ノン・タント

Toru Takemitsu (1930-1996)

November Steps (1967)

Jean Sibelius (1865-1957)

Violin Concerto d minor op.47

Ⅰ Allegro moderato Ⅱ Adagio di molto Ⅲ Allegro, ma non tanto 休憩 Intermission ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」(35 ) 第 1 部 大地礼賛 1. 序奏 2. 春のきざし― 乙女たちの踊り 3. 誘拐 4. 春の踊り 5. 敵の都の人々の戯れ 6. 賢人の行列 7. 大地へのくちづけ 8. 大地の踊り 第 2 部 いけにえ 1. 序奏 2. 乙女たちの神秘なつどい 3. いけにえの賛美 4. 祖先の呼び出し 5. 祖先の儀式 6. いけにえの踊り

Igor Stravinsky (1882-1971)

Le sacre du printemps, ballet

Ⅰ L’adoration de la terre 1. Introduction

2. Les augures printaniers – Danses des adolescentes 3. Jeu du rapt

4. Rondes printanières 5. Jeux des cités rivales 6. Cortège de sage 7. Adoration de la terre 8. Danse de la terre Ⅱ Le sacrifice

1. Introduction

2. Cercles mystérieux des adolescentes 3. Glorification de l’élue

4. Évocation des ancêtres 5. Action rituelle des ancêtres 6. Danse sacrale

(19)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Soloist

近年は、2007 年ベトナムで本名徹次指 揮の《ノヴェンバー・ステップス》を演 奏、2010 年パリ・シャンゼリゼ劇場でマ リア・ジョアン・ピリシュのピアノ・コン サートに出演するなど、海外でも広く活 動している。  N響とは、2000 年定期でシャルル・デ ュトワ指揮、2002 年岩城宏之の指揮で 琵琶の中村鶴城ともに《ノヴェンバー・ ステップス》で共演した。 (柴辻純子) ク・ミュージック・フェスティバル、サイ トウ・キネン・フェスティバル松本、米国 タングルウッド音楽祭など国内外の音 楽祭や長野冬季オリンピックなどに出 演。小澤征爾、シャルル・デュトワ、ク リストフ・エッシェンバッハらの指揮で オーケストラと共演している。N響とは、 2000 年、2002 年に尺八の柿堺香ととも に《ノヴェンバー・ステップス》で共演 した。 (柴辻純子)  1987 年 32 期NHK邦楽技能者育成会 卒業。横山勝也に師事。1997 年第 3 回 長谷検校記念全国邦楽コンクール尺八の 部第 1 位、優秀賞受賞。  1989 年日本伝統文化交流協会による イタリア・マダガスカル公演、1994 年第 1 回国際尺八音楽祭、1999 年第 1 回オ ーストラリア尺八フェスティヴァルをは じめ国内外の多くの尺八の音楽祭に出演。 2000 年小澤征爾バースデーチャリティ ーコンサート、2001 年武満徹没後 5 年 特別企画では《エクリプス》を演奏した。  鶴田流琵琶奏者。筑前琵琶を初代藤 巻旭 鴻、後に転向して薩摩琵琶を鶴田 錦史に師事。第 28 回日本琵琶楽コンク ール第 1 位。  古典作品の研鑽に努めるとともに、詩 のための「詩曲」、和歌のための「連詠」、 口語体と文語体を織り交ぜた「琵琶伝」 などの新形式に取り組むなど、琵琶楽の 革新を試みている。  現代音楽においては、武満徹《ノヴ ェンバー・ステップス》、《エクリプス》、 《秋》などのソリストとしてパシフィッ

Kaoru Kakizakai

尺八

柿堺 香

Kakujo Nakamura

琵琶

中村鶴城

(20)

Pro

gram

B

Soloist

集』などが挙げられる。  N響とは、1992 年以来数多くの共演 を重ね、前回は 2009 年 6 月の準・メル クルとのラロの《スペイン交響曲》。今 回の指揮を執るシャルル・デュトワとも 2001 年 12 月のオーチャード定期公演な どで共演している。40 代に入り、まさ に全盛期といえるレーピンの名演に期待 したい。使用楽器は、1743 年製のグァ ルネリ・デル・ジェズ「ボンジュール」。 (山田治生)  現代最高のヴァイオリニストの一人。 1971 年、シベリアのノヴォシビルスク に生まれた。ザハール・ブロンに師事。 1989 年に 17 歳でエリーザベト王妃国際 音楽コンクールのヴァイオリン部門で優 勝。以後、世界の一流オーケストラや名 指揮者たちと共演。ディスクも数多く残 し、最近の録音としては、ニコライ・ル ガンスキーとのフランク、グリーグ、ヤ ナーチェクの『ソナタ集』、ラン・ラン、 ミッシャ・マイスキーとのチャイコフス キー、ラフマニノフの『ピアノ三重奏曲

Vadim Repin

ヴァイオリン

ワディム・レーピン

(21)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Toru Takemitsu

1930-1996

と右側に分かれて位置するように指 示されている。この 2 群に分けられ たオーケストラについて武満は「幾 重もの花弁として、琵琶と尺八を包 んでいる」と語っている。《ノヴェ ンバー・ステップス》のオーケスト ラは、一人の奏者が一声部を受け持 つよう記譜されており、武満の言う 「幾重もの花弁」とは、細かく分け られた声部を指しているだろう。そ こには、琵琶、尺八の音をオーケス トラの全奏者で受けとめる、という 構想があるだろう。  オーケストラと、琵琶、尺八が交 互に登場しながら曲は進行する。オ ーケストラと、琵琶、尺八が交代す るさいには、ハープは複数の音符を すばやく奏し、金属打楽器が瞬時に 重ねられ、弦楽器は奏者間で異なる パッセージを奏して騒音的な響きを 発する。琵琶の撥音や尺八のむら息 などの衝撃的な響きとわたりあえる 響きが、オーケストラから創出され ている。        ( 崎洋子)  武満徹は《ノヴェンバー・ステッ プス》の構想にさいしてこう語って いる。「琵琶と尺八がさししめす異質 の音の領土を、オーケストラに対置 することで際立たせるべきなので ある。(中略)洋楽の音は水平に歩 行する。だが、尺八の音は垂直に樹 のように起る」。その一方で次のよ うにも語っている。「琵琶と尺八の 音が、オーケストラに水の輪のよう にひろがり、音が増えてゆく」。初 期からオーケストラ作品を書くと ともに、『切腹』(1962 年)、『怪談』 (1964 年)などの映画音楽で琵琶、 尺八をはじめとする日本伝統音楽の 楽器を用いていた武満は、異なる文 化に育った楽器間の異質さを痛感し ていた。しかし、その異質さを出会 わせ、心通わせる場を設けたいとい う構想があったのだろう。  《ノヴェンバー・ステップス》のオ ーケストラのうち、木管楽器と金管 楽器は舞台中央に位置するが、弦楽 器、打楽器、ハープは、舞台の左側

武満 徹

ノヴェンバー・ステップス(1967)

作曲年代:1967 年 初演:1967 年 11 月 9 日、ニューヨーク、リ ンカーン・センター・フィルハーモニック・ホー ル(現エイヴリー・フィッシャー・ホール)、小 澤征爾指揮ニューヨーク・フィルハーモニック、 鶴田錦史の琵琶独奏、横山勝也の尺八独奏 楽器編成:オーボエ 2、クラリネット 3、トラ ンペット 2、トロンボーン 3 /テューブラー・ ベル、ゴング、タムタム、チャイニーズ・シン バル(以上の打楽器は左側に配置)/テュー ブラー・ベル、ゴング、タムタム(以上の打楽 器は右側に配置)/ハープ 2(左右に配置)/ 弦楽(左右2群)/尺八ソロ、琵琶ソロ

(22)

Pro

gram

B

つため、ヘルシンキから北に 30 キ ロほど離れたヤルヴェンパーに土地 を購入し、そこに新住居(妻アイノ の名前にちなんで「アイノラ」と命 名)を建築して家族と移り住む決心 をするのである。  こうした人生上の転機を目前にし て、1903 年秋にはヴァイオリンの名 手、ブルメスターに協奏曲の初演を 依頼、作品の創作は最終的な段階を 迎える。ところが、アイノラの建築 に伴う経済的理由のため初演の日程 を早めざるをえず、都合が合わない ブルメスターの代わりに、ヘルシン キ音楽院の若いヴァイオリン教師ノ ヴァチェクに独奏の大役が委ねられ てしまうのである。1904 年 2 月 8 日 に行われた《ヴァイオリン協奏曲》 の初稿の初演は、独奏者の力量不足 と超絶技巧を伴う複雑な楽曲構成の ため、無残な失敗に終わる。  シベリウスは激しく落胆するが、 同年 9 月にはヘルシンキを離れ、ト ゥースラ湖畔の雄大な原野に囲まれ た新住居アイノラへと向かうのであ った。アイノラ移転後のシベリウス は、ヤルヴェンパー近郊の豊かな自 然や大地の息吹から清新なインス ピレーションを得たからであろう か、その作風に質的な変化が見られ るようになる。1905 年夏に着手され  ジャン・シベリウスの《ヴァイオ リン協奏曲》は、彼が残した唯一の 協奏曲であり、20 世紀を代表する 名作として世界中の人びとに愛され ている。若いころ、ヴァイオリンの ヴィルトゥオーゾを目指したことも あるシベリウスは、同協奏曲の創作 に満を持して臨んだはずである。そ の作曲に集中した 1903 ∼ 1905 年は、 シベリウスが数々の交響詩や《第 2 番》までの交響曲を発表した後であ り、優れたシンフォニストとして揺 るぎない地位を確立した時期でもあ った。作曲者の円熟した表現手法や 巧みなヴァイオリン技法がこの協奏 曲に集約されているのは、こうした 理由によるだろう。  シベリウスがヴァイオリン協奏曲 について最初に言及したのは、1899 年 9 月である。その後 1902 年には 具体的な絵図を描きはじめ、翌 1903 年をとおして精力的に創作に励んで いる。しかしこの時期、シベリウス は誘惑の多いヘルシンキでの都会生 活に経済上の危機感を抱きはじめて いた。周知のように、シベリウスは 生涯、厳しい借金に追われる生活を 送っているが、その理由のひとつは 高価な酒や嗜好品を好んだからであ るといわれている。そこで 1903 年 末、彼はそうした生活に終止符を打

Jean Sibelius

1865-1957

シベリウス

ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47

(23)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2 作曲年代:1903 ∼ 1905 年夏 初演[初稿]1904 年 2 月 8 日、シベリウス指 揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団、ヴ ィクトル・ノヴァチェクの独奏。[改訂稿]1905 年 10 月 19 日、リヒャルト・シュトラウス指揮ベ ルリン・フィルハーモニー管弦楽団、カレル・ハリ ールの独奏 楽器編成:フルート 2、オーボエ 2、クラリネ ット 2、ファゴット 2、ホルン 4、トランペッ ト 2、トロンボーン 3、ティンパニ1、弦楽、 ヴァイオリン・ソロ 第 1 楽章 アレグロ・モデラート ニ 短調 2/2 拍子。ラプソディックな幻 想性と堅固な論理性の両要素を備え た、きわめて独自の構成を有してい る。楽曲冒頭で独奏ヴァイオリンが 奏する清冽な主題によって全体が統 一されているが、中間部に現れる長 大なカデンツァや壮絶な終結部では 独奏者の演奏技巧にスポットライト も当てられる。 第 2 楽章 アダージョ・ディ・モルト 変ロ長調 4/4 拍子。最初に木管楽器 が奏する楽想と、続いて独奏ヴァイ オリンに乗って登場する朗々とした 楽想の二つに基づいている。ゆるや かな三部形式を土台としたロマンス 風の緩徐楽章。 第 3 楽章 アレグロ、マ・ノン・タン ト ニ長調 3/4 拍子。力強い大地の息 吹を感じる原始的なリズムに乗って、 圧倒的な力量が要求される独奏ヴァ イオリンが自在に天空を飛翔するよ うな、ヴィルトゥオーゾ風のフィナ ーレ。ロンド形式に基づいているが、 楽曲は常に新しい局面を求めながら 終結部のクライマックスへと推進し ていく。 (神部 智) た《ヴァイオリン協奏曲》の改訂作 業ではそうした作風の変化が明確に 表れており、たとえばいくつかのパ ッセージを大胆に削除して楽曲を凝 縮し、シンフォニックな要素を強調 するなど、ユニークな構成と洗練さ れた書法が際立つ結果となった。  改訂稿の出来栄えにシベリウスは 心から満足し、1905 年 10 月 19 日、 リヒャルト・シュトラウス指揮ベル リン・フィルハーモニー管弦楽団に よる初演の運びとなる。しかし、日 程がまたしてもブルメスターの都合 と合わなかったため、同管弦楽団の コンサートマスター、ハリールが独 奏者に抜 されることになるのであ った。この一連の出来事で、ブルメ スターは同協奏曲の演奏を生涯にわ たり拒否したという。  なお、巨匠シュトラウスの尽力に もかかわらず、改訂稿もただちに 聴衆の理解が得られたわけではない。 レパートリーとして定着するには、 名ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハ イフェッツやジネット・ヌヴー、ダ ヴィッド・オイストラフらによる作 品の録音や普及活動など、さらに長 い年月を要している点は心に留めて おきたい。

(24)

Pro

gram

B

飽和しかかった瞬間、静けさが訪れ、 私たちは緊張から解放される。  続く〈春のきざし─乙女たちの 踊 り 〉 では、同じ不協和音の規則 的な連打と、不規則なアクセントが 結びつく。さまざまな旋律とリズム が切り貼りされ、ここでも音の網目 が複雑化してゆくが、背景となる拍 の刻みはほとんど変わらない。その 刻みが突如崩壊し、音楽は〈誘拐〉 の遊戯へとなだれ込む。前曲とは対 照的に頻繁に変化する拍子。  荒々しい遊戯が終わると、フルー トのトリルを背景にクラリネットが 素朴な旋律を吹き、〈春の踊り〉を 導く。重いリズムを引きずる輪舞は、 やがて金管の咆哮や銅鑼の殷々たる 響きを呼び込み、最高潮に達する。  再び先の木管の旋律を挿んで、 〈敵の都の人々の戯 れ〉が始まる。 ティンパニが刻む独特のリズム、勇 壮な金管の旋律。そこへ長老が供の 者に導かれて登場 (〈賢人の行列〉)。 ここでは個々のパートは同じ音型を 反復するだけだが、反復の周期がそ れぞれ異なり、しかもパートの数が 徐々に増すため、やはり音の飽和が 生じる。  そして、またもや沈黙。賢人の 〈大地へのくちづけ〉。次の瞬間、弾 かれたように〈大地の踊り〉が始ま  ストラヴィンスキーは、バレエ 《火の鳥》を作曲中に幻影を見た。 異教の春の秘儀のなか、いけにえの 娘が踊って息絶える……。この幻影 が《春の祭典》の発端だが、ここに は面白い符合がある。《火の鳥》の 最後では魔王カシチェイが滅び、石 化していた人々が甦るが、同じロシ ア民話をストラヴィンスキーの師リ ムスキー・コルサコフも《歌劇「不 死身のカシチェイ」》で扱っており、 そこでは魔王の死は春をもたらすの だ。  ロシアの冬は長く厳しい。それゆ えロシアの作曲家たちは春を むこ となく歌ってきた。《春の祭典》の テーマ自体は新しくない。異教の儀 式も太陽神イアリロも、リムスキー に先例がある(たとえば《歌劇「雪 娘」》)。では何が違うか? 春の秘 儀の暴力性であろう。ストラヴィン スキーは言う、「ロシアの暴虐の春、 それはたちまちにして起こり、あた かも大地全体がバリバリと音を立て て砕けるようだ」。では、この暴虐 の春を迎えるのに、ストラヴィンス キーはどんな秘儀を用いたか?  第 1 部 大地礼賛  〈序奏〉は高音 域のファゴット独奏に始まり、他の 楽器が順次絡んで、複雑な網目がで きてゆく。網目が次第に詰んで音が

Igor Stravinsky

1882-1971

ストラヴィンスキー

バレエ音楽「春の祭典」

(25)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2 作曲年代:1910 ∼ 1913 年 台本:作曲者とニコライ・レーリヒ 初演:1913 年 5 月 29 日、パリ、シャンゼリ ゼ劇場、ピエール・モントゥー指揮ロシア・バ レエ団により上演、ヴァーツラフ・ニジンスキ ー振付、ニコライ・レーリヒ衣装 楽器編成:フルート 3(ピッコロ 1)、ピッコ ロ 1、アルト・フルート 1、オーボエ 4(イング リッシュ・ホルン 1)、イングリッシュ・ホルン 1、 クラリネット 3(バス・クラリネット 1)、Es ク ラリネット 1、バス・クラリネット 1、ファゴ ット 4(コントラファゴット 1)、コントラフ ァゴット 1、ホルン 8(ワーグナー・テューバ 2)、トランペット 4、ピッコロ・トランペット 1、バス・トランペット 1、トロンボーン 3、テ ューバ 2、ティンパニ 2、大太鼓、トライアン グル、タンブリン、タムタム、シンバル、グ イロ、アンティーク・シンバル、弦楽 体を浄化する秘儀なのではないか。 乙女はついに倒れ、その体を人々は 高々と差し上げる、太陽神イアリロ に向かって。  スキャンダルを巻き起こした 1913 年の初演以来、百年が経過したが、 この春の秘儀はいまだに人々を魅惑 しつづけている、作曲家たち(メシ アン、ブーレーズ)を、舞踊家たち (モーリス・ベジャール、ピナ・バウ シュ、マーサ・グラハム)を。初演 時のニジンスキーの振付も復元され た。「暴虐の春」は甦り続ける。「ス トラヴィンスキーは生きている」(ブ ーレーズ)。 (近藤秀樹) り、大地礼賛を熱狂的に締めくくる。  第 2 部 いけにえ  〈序奏〉が夜の 空気を漂わせ、〈乙女たちの神秘な つどい〉が始まる。輪になって遊戯 を行う娘たち。  突如、ティンパニと弦の連打が 静謐を破る。いけにえとなる娘が遊 戯の中で選ばれたのだ。立ち尽くす 娘の周りで、〈いけにえの賛美〉が 行われ、物々しい〈祖先の呼び出 し〉のコラールにティンパニと大太 鼓が合いの手を入れる。  そして、静かに〈祖先の儀式〉が 始まる。単調な拍子、呪文のような イングリッシュ・ホルンの旋律。や がて金管が加わり、儀式は熱を帯び るが、再び最初の単調さと静けさを 取り戻す─嵐の前の静けさ。  一瞬の後、〈いけにえの踊り〉が 炸裂する。複雑で不規則なリズムは、 乙女の体を捻じ切るためのものか。 否、このリズムは、たえず身体の意 表を突くことで、身体を惰性から解 放するのではないか。いけにえの身

Igor Stravinsky

1882-1971

(26)

Pro

gram

C

1743rd Subscription Concert / NHK Hall7th (Fri.) Dec, 7:00pm 8th (Sat.) Dec, 3:00pm 第1743 回 NHKホール 12/7[金]開演 7:00pm 12/8[土]開演 3:00pm [ピアノ] ルイ・ロルティ [コンサートマスター] 篠崎史紀 [指揮] シャルル・デュトワ

[conductor]

Charles Dutoit

[piano]

Louis Lortie

[concertmaster] Fuminori Shinozaki

Program

C

休憩 Intermission ベルリオーズ 序曲「ローマの謝肉祭」(9 ) リスト ピアノ協奏曲 第 2 番 イ長調(21 ) Ⅰ アダージョ・ソステヌート・アッサイ Ⅱ アレグロ・アジタート・アッサイ Ⅲ アレグロ・モデラート Ⅳ アレグロ・デチーソ Ⅴ マルツィアーレ:ウン・ポコ・メノ・アレグロ Ⅵ アレグロ・アニマート レスピーギ 交響詩「ローマの祭り」(23 ) Ⅰ チルチェンセス Ⅱ 五十年祭 Ⅲ 十月祭 Ⅳ 主顕祭

Hector Berlioz (1803-1869)

“Le carnaval romain”, overture op.9

Franz Liszt (1811-1886)

Piano Concerto No.2 A major

Ⅰ Adagio sostenuto assai Ⅱ Allegro agitato assai Ⅲ Allegro moderato Ⅳ Allegro deciso

Ⅴ Marziale: Un poco meno allegro Ⅵ Allegro animato

Ottorino Respighi (1879-1936)

“Feste romane”, sym. poem

Ⅰ Circenses Ⅱ Il giubileo Ⅲ L’ottobrata Ⅳ La Befana

(27)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2 交響詩「ローマの噴水」(18 ) Ⅰ 夜明けのジュリアの谷の噴水 Ⅱ 朝のトリトンの噴水 Ⅲ 昼のトレヴィの噴水 Ⅳ たそがれのメディチ荘の噴水 交響詩「ローマの松」(20 ) Ⅰ ボルゲーゼ荘の松 Ⅱ カタコンブ付近の松 Ⅲ ジャニコロの松 Ⅳ アッピア街道の松

“Fontane di Roma”, sym. poem

Ⅰ La fontana di Valle Giulia all’alba Ⅱ La fontana del Tritone al mattino Ⅲ La fontana di Trevi al meriggio Ⅳ La fontana di Villa Medici al tramonto

“Pini di Roma”, sym. poem

Ⅰ I pini di Villa Borghese Ⅱ I pini presso una catacomba Ⅲ I pini del Gianicolo Ⅳ I pini della Via Appia

(28)

Pro

gram

C

Soloist

を敢行。モントリオール響とは、ベート ーヴェンとモーツァルトのすべてのピア ノ協奏曲を弾き振りで演奏している。  ディスクは数多く、モーツァルトから ガーシュウィンまで幅広い作品を残して いる。なかでもジョージ・ペーリヴァニ アン指揮のハーグ・レジデンティ管弦楽 団と共演したリストの『ピアノと管弦楽 のための作品全集』は特筆される。  N響との共演は 1994 年 6 月以来、18 年ぶりである。        (山田治生)  モントリオール生まれ。地元でイヴォ ンヌ・ユベールに師事。13 歳でモントリ オール交響楽団と共演。3 年後、トロン ト交響楽団と共演し、日本と中国でも演 奏。ウィーンでディーター・ウェーバー に学び、その後はレオン・フライシャー から薫陶を受ける。1984 年、ブゾーニ 国際ピアノ・コンクールで第 1 位を獲得。  ベートーヴェン、ショパン、ラヴェル の演奏での評価が高く、これまでに、ロ ンドン、トロント、ベルリン、ミラノで ベートーヴェンの「ソナタ・シリーズ」

Louis Lortie

ピアノ

ルイ・ロルティ

(29)

Ph ilh arm ony D ece m ber 2 01 2

Hector Berlioz

1803-1869

行われ、アンコールでもう一度演奏 するほどの大成功を収めた。  ベルリオーズは同じ 1844 年に有 名な『管弦楽法』(初版)も出版し ており、この序曲の輝かしいオーケ ストレーションは、こうした彼の深 い知識に裏付けられたものといえる。  序曲冒頭、イタリアの活発な舞 曲、サルタレロのリズムがローマの 謝肉祭の熱気をほのめかした後、聞 こえてくるのはオペラ第 1 幕のチェ ルリーニとテレーザの二重唱「テレ ーザ、命よりも君を愛す」の主題で ある。この主題は、ベルリオーズが 『管弦楽法』の中で「哀愁が漂う」 「夢想的で気高い」などと表現して いるイングリッシュ・ホルンで開始 され、続いてヴィオラに受け渡され、 他の弦や木管も加わっていく。やが て、打楽器群の激しい一撃とともに、 序曲冒頭に響き渡ったサルタレロの メイン主題が生き生きと奏され、音 楽は熱気を帯び、最後は全楽器で笑 いさざめくように終結する。 (遠山菜穂美)  19 世紀前半のパリを舞台に、《幻 想交響曲》などで強烈な個性を発揮 したフランス・ロマン主義の作曲家、 エクトル・ベルリオーズは、オペラ に関しては苦労が多かった。  そもそも、医学の勉強でパリに出 てきたベルリオーズに音楽家になる ことを決意させたのは、パリ・オペ ラ座で観たグルック(1714 ∼ 1787) らの傑作オペラだった。ベルリオー ズは 1830 年に型破りな大作《幻想 交響曲》を発表してからもオペラ 作曲家としての成功を夢見ていた が、ついに 1838 年、ルネサンス時 代のローマの彫金師を題材に作曲し た《ベンヴェヌート・チェルリーニ》 がパリ・オペラ座で初演された。し かし、客席からは激しい野次が飛び、 オペラはまもなく打ち切りとなった。 そこでベルリオーズは、オペラで使 った 2 つの主題をもとに、演奏会用 序曲を書いて巻き返しを図ることに した。それが《序曲「ローマの謝肉 祭」》である。初演は 1844 年、パリ でベルリオーズ自身の指揮によって

ベルリオーズ

序曲「ローマの謝肉祭」

作曲年代:1843 年 初演:1844 年 2 月 3 日、パリ、作曲者自身の 指揮による 楽器編成:フルート 2(ピッコロ 1)、オーボエ 2(イングリッシュ・ホルン 1)、クラリネット 2、 ファゴット 4、ホルン 4、トランペット 2、コ ルネット 2、トロンボーン 3、シンバル、タン ブリン、トライアングル、ティンパニ 1、弦楽

参照

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