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The Squat 2 THE SQUAT スクワット スクワットは あらゆるトレーニング種目の中で最も重要でありながら 長きにわたって最も正しく理解されていない種目です 筋力 パワー 筋量を伸ばすためにウェイトルームでできることの中で 可動域をいっぱいに使ったスクワットと呼ばれるトレーニング種目は

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Academic year: 2021

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スクワット

 スクワットは、あらゆるトレーニング種目の中で最も重 要でありながら、長きにわたって最も正しく理解されてい ない種目です。筋力、パワー、筋量を伸ばすためにウェイ トルームでできることの中で、可動域をいっぱいに使った スクワットと呼ばれるトレーニング種目は最も有効で価値 あるツールです。  身体に荷重がかかった状態で行うあらゆる運動の中で、 スクワットは「ヒップドライブ」という動作パターンを直 接鍛えることができる唯一のトレーニング種目です。ヒッ プドライブとは、ポステリアルチェーンの筋群を積極的に 動員する複雑な動作です。ポステリアルチェーンという用 語は、股関節の伸展を行う筋群を指します。スクワットの ボトム位置で股関節が屈曲した状態からまっすぐに伸ばし ていく動きのことです。これらの筋群は、股関節伸展筋群 とも言われ、ハムストリング、大だいでんきん臀筋、内ないてん転筋きんぐん群が該当し ます。これらの筋群は、跳ぶ、引く、押すのほか、下半身 を使うあらゆる動作で重要な役割を果たすので、しっかり 鍛えたいところです。そして、スクワットがこれらの筋群 を鍛える最良の方法であり、正しくスクワットを行うに はヒップドライブを使う必要があります。ヒップドライブ は下背部の仙せんこつ骨部、つまりお尻のすぐ上の部分を突き上げ ると考えると分かりやすいでしょう。スクワットのボトム 位置から立ち上がるとき、この動作によってポステリアル チェーンの筋群が鍛えられます。  あらゆるスタイルのスクワットで、どの筋肉よりも 大 だいたいしとうきん 腿四頭筋に筋肉痛が出る傾向があります。これは大腿四 頭筋が唯一の膝の伸展筋群であることが理由です。それに 対して、股関節の伸展筋群はハムストリング、大臀筋、内 転筋群という3つの筋群で構成され、正しくトレーニング を行えばより多くの筋肉に仕事を分散させることができま す。この身体の構造を踏まえると、スクワットの動作に関 与し得るすべての筋肉を最大限に動員し鍛えたいというこ とになります。つまり、ポステリアルチェーンの筋群を最 大限に動員して、筋力、パワーが出せるスクワットの方法 図 2-1  3 方向から見たスクワット。「フルスクワット」とは、しゃがみ込む深さによって決まる。図中央の「A」は膝の皿、「B」は 股関節の位置を示している。股関節の位置はズボンのしわの先端で判断する。地面に対して、「A」と「B」を結んだ線の B 側が平行 よりも下に来るまでしゃがみ込む。

A

B

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が必要になります。その方法とは、「ロウバースクワット」 です。  スクワットを正しく行えば、ポステリアルチェーン全体 を動員し、漸ぜんしんてき進的に向上させながら鍛えることができます。 ウェイトルームでこれができる唯一のトレーニング種目で す。スクワットがバーベルを使ってできる最高のトレー ニング種目であり、さらに言うと現存する中で最高の筋力 トレーニング種目であるのはこの特徴によるものです。ポ ステリアルチェーンを使う種目は他にもありますが、スク ワットほど可動域を大きく取ってポステリアルチェーン全 体を同時に動員することができません。さらに、他の種目 では動作が伸張性のエキセントリック収縮で始まり、その 後に短縮性のコンセントリック収縮が続くことがなく、「伸 張反射」という伸張・短縮のサイクルを生むこともありま せん。  スクワットの伸張・短縮サイクルが重要なのには理由が 3 つあります。 1. 伸張反射によって各筋肉と筋きんまく膜の粘弾性のある部分に エネルギーが蓄えられます。そして、このエネルギーはス クワットのボトム位置で動作の方向が変わる際に使われま す。 2. 筋肉の伸張がシグナルとなり、これから筋収縮が起こ ろうとしていることを神経筋系に伝えます。その結果とし て、より多くの収縮単位がより効率的に発火し、伸張反射 が無い場合よりも大きな力を生み出すことを可能にしま す。 3. この伸張は、スクワットのしゃがみ込んでいく段階で 負荷がかかった状態で起こる(この動作全体でポステリア ルチェーンの筋肉すべてが使われます)ので、その後に続 く収縮で他の種目よりもずっと多くの運動単位が動員され ることになります。  例えば、ナロースタンスのデッドリフトはハムストリン グと大臀筋を使いますが、内転筋群の機能はあまり含まれ ません。また、深くしゃがみ込んだスクワットと比べて、 デッドリフトでバーベルを引き始める時点での股関節の位 置はずっと高く、コンセントリック収縮から動作が始まる という違いがあります。伸張反射による弾みを使うことは なく、可動域は小さくなりますが、非常にキツい種目です。 完全に静止した状態から始まる動作上、スクワットよりも 非効率で、スクワットよりもキツくなりますが、全般的な 筋力向上にはスクワットほど効果的ではありません。プラ イオメトリックジャンプは十分な深さを取ることができ、 飛び降りることで伸張反射を使える場合があるかもしれま せんが、バーベル種目と同じように段階的な負荷の上げ方 をすることはできません。初心者が行うには足や膝への負 担が大きく、バーベルを肩に担いだ場合のように全身に荷 重をかけることができません。これに対してスクワットは、 ポステリアルチェーンの筋群すべてを動員し、膝と股関節 の可動域全体を使い、伸張・短縮サイクルが動作の中に組 み込まれています。そして、スクワットはとても軽いバー ベルのみの重量からスタートして、とても細かな幅で重量 を上げていくことができるので、立った姿勢からイスに座 ることができる人なら誰でも行うことができます。  「ポステリアル」とは英語で「後ろ」という意味の言葉 です。そして、ポステリアルチェーンという言葉は、これ らの筋群が身体の後ろ側にあることに由来しています。ま た、バーベルを担いで効率の良いスクワットを習得しよう とするときに、多くの人が経験する問題を暗に示していま す。ヒトは二足歩行の動物で、物をつかむことができる手 と、向かい合わせの親指を持っています。この特徴が、私 たちの物の見方や身体の姿勢に大きく影響しています。私 たちは、目に見える所で手を使って物事を行うのに慣れて おり、手を使って行うことに意識を置きがちです。逆に、 下半身に注意を向けることに慣れていません。トイレで用 を足すことくらいでしょうか。頭、体幹、脚の裏側という のは鏡でも見ることができず、痛みでもなければ注意が向 くことはほとんどありません。腕、胸、腹筋、大腿四頭筋、 半ズボンをはく人はふくらはぎも含めて、鏡で見ることが できるところは、大部分の人が鍛えたがるお決まりの部位 です。また、これらの部位は鍛えるのに手が関連すること になるので、鍛え方を覚えるのが簡単です。私たちは手の 感覚に偏った生き物なのです。  目に見えない部位を正しく鍛えるのは難しいです。ポス テリアルチェーンは身体全体のパワーの源で、身体の動き 全体に直接関わる、全身の筋肉の中で最も重要な部分です。 ポステリアルチェーンは適切な使い方を学ぶのが最も難し い部位でもあります。例えばの話ですが、手が無ければ学 びやすくなるでしょう。テーブルを思い浮かべてください。 テーブルの縁をつかむことなく持ち上げるにはどうすれば いいでしょう?テーブルの下に入って上背部で持ち上げる か、しゃがみ込んでテーブルの天板の裏をお尻で押し上げ るか、仰向けに寝転がって足で押し上げるか、使える方法 はこれだけになります。しかし、手があるとそちらに意識 が向き、いま挙げた選択肢なんて考える必要はなくなりま す。つまり、ポステリアルチェーンはほとんどの人にとっ て未開の領域であり、ポステリアルチェーンを正しく使う

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というのは、ある意味革新的な体験になります。   スクワットやプル種目を始めると、身体の後ろ側の使い 方というのが最もしつこく頭を悩ませる問題になります。 コーチやトレーニングパートナーに最もチェックしてもら う必要があり、周囲からの助けが無いときには一番はじめ にフォームが乱れる部分だということに気付くでしょう。 コーチにとっては、全身の筋肉の中でポステリアルチェー ンが、理解するのも、説明するのも、正しく使えるよう指 導するのも最も難しい部分です。しかし、運動パフォーマ ンスの観点から言うと、ポステリアルチェーンはヒトの動 作の最も重要な部分で、これを正しく理解し使えるように なることは欠かせません。これが理解できているかは、「有 能なコーチ」と「たまに口出しをする見物人」もしくは、「優 れたアスリート」と「ただ動いているだけの人」の違いに つながります。  これまで「コア」について多くが語られ、「コア」を鍛 えるための新しい方法があれこれ売り出され大きなビジネ スになりました。正しいスクワットでは、まさに骨格のバ イオメカニクス的に理にかなった形で、可動域全体を通し て「コア」の筋群を使いながら、膝と股関節まわりの力を 完全にバランスさせることができます(図 2-2 参照)。下 背部、上背部、腹部、体側部、胸郭周辺の姿勢を作る筋群 に加えて、肩と腕もアイソメトリックな使われ方をしてい ます。体幹が動かないようこれらの筋肉が収縮することで、 力を生み出す主要な筋群からバーベルへと運動パワーを伝 えています。つまり、脚とお尻がエンジンであり、体幹は トランスミッションとして機能するわけです。  身体の「コア」はスクワットの中心にあり、「コア」か らの距離が長くなるほど筋肉は小さくなっていくことに注 目してください。スクワットでは、まさにこれに従って筋 肉が鍛えられます。地面についた足に始まりバーベルまで、 身体の姿勢を作る筋群とお尻と脚の筋群が協調しながら働 いてバランスが取られます。そして、アスリートが注意深 く身体を動かす中で、中枢神経系が活発に働きバランスは コントロールされます。さらに、スクワットは全身を使う 運動であり、高重量を使って行うと身体全体に影響を及ぼ すホルモン応答を生み出します。つまり、単に「コア」が 鍛えられるというだけでなく、心身ともにトータルに鍛え られるのです。  スクワットが十分に理解されていないのは、ほとんどの 人が考える以上に多くの筋群が使われているからです。そ して、スクワットを十分に理解していない人のほとんどは、 自分自身で正しいスクワットを行った経験がありません。 なにかを本当に理解するには自分自身で経験することが不 可欠なので、この人たちはスクワットという運動が持つ特 性や、すべての筋肉が協調しながら機能していることを正 しく理解することができません。正しくスクワットができ る人が増えると、スクワットを正しく理解する人が増えま 図 2-2  股関節が全身を動かすパワーの源で あり、股関節から遠い部位ほど生み出せるパ ワーが小さくなっていく。また、身体の中心 から遠くなるほど、その部位が動ける角速度 が大きくなり、加速によってパワーにつなげ ることが可能になる。David Webster が唱え、 Tommy Kono や Bill Starr といった人物にも用 いられたコンセプトが、最近になって「コア ストレングス」や「コアスタビリティ」また は「ファンクショナルトレーニング」という 名前を借りて人気を集めている。100kg でス クワットをしていたアスリートが、250kg で スクワットができるようになれば、「コア」の 安定性も上がるのは筆者の目には当然のこと に映る。

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す。そして、水面のさざ波のように知識と筋力が世界に広 がっていきます。この本を読んでいるあなたから発信して ください。

荷重下での身体動作

 バーベルトレーニングを理解するには、荷重がかかった 状態でヒトの身体がどう動くのかを理解することが不可欠 です。それは、ヒトの身体が外的要因に対応しながら、筋 肉の収縮で生まれた力を骨格の運動に変えていく仕組みを 理解するということです。スクワットを観察する中で学べ る要素がいくつかあり、それはその他のバーベル種目すべ てに同じように当てはまります。まず、最も基本的なこと として、ウェイトプレートを付けたバーベルに重量をもた らすのは重力です。重力は地球の質量によって生み出され、 いつでもどこでも地球の表面に対して垂直に働きます。地 表の山や谷といったデコボコを無視すれば、地球はこの重 力の影響でうまい具合にほぼ球形になっています。そこで、 ここでは地球の表面は水平であると見なします。例えば、 丘の斜面に立って石を落としたとしても、石はやはり「下」 に落下していきます。いまだかつてこのことに異論を唱え た人はおらず、この原理は物理法則と言われるまでになり ました。そして、水平な地表に対して重力が垂直に働くの を「鉛えんちょく直」と言います。外的影響を受けずに落下するとき、 その軌道が鉛直にならない物体が発見されたことはありま せん。バーベルにかかる重力も絶えず鉛直で真下に働いて います。そして、この力に逆らう最も効率的な方法は鉛直 に押し返すということになります。それは、直線が 2 点 間を最短距離で結べるだけでなく、鉛直に動くのが重力の 働く空間で最も効率の良いバーベルの軌道だからです。  さらにバーベルを使った運動の仕事は、この重力の枠 組みに基づいて考える必要があります。「仕事」は「力の 大きさ(物体の動きや形に影響を与える力)」に、バーベ ルの移動した「距離」を掛けたものです。バーベルの重さ を表す lbs(もしくは kg)が力の単位で、仕事は ft × lbs (もしくは cm × kg)で表すことができます。ただし、重 力はまっすぐ真下に向かってのみ働くので、重力に逆らう 仕事量を決めるのはバーベルが鉛直に移動した距離だけで す。水平など、リフターから見て前や後ろへの動きはすべ て重力に逆らう仕事と見なすことはできません。たとえ動 きの中で力を使っていたとしてもです。バーベルをゴロゴ ロ転がした場合、重力に逆らう仕事になるのはバーベルの 高さが変わった場合に限られます。それは、重力がバーベ ルの質量に作用するのは、「下」という一方向のみだから です。   次に、ヒトの身体がバーベルを支えている状態で、バー ベルとリフターの質量について考えるときには、バーベル とリフターを合わせてひとつのシステムとして考える必要 があります。ヒトがまっすぐに立っているとき、重心は股 関節の中心、仙骨と同じくらいの高さに来ます。スクワッ トでパラレル以下までしゃがみ込むと、このシステムは形 図 2-3  重力は鉛直にのみ働き、他の方向には働きません。重力に逆らう仕事は、重力の力と反対向き「真上」に向かっ てなされるものです。バーベルの横方向の動きは、いかなる場合も重力に逆らう仕事ではありません。 鉛直方向の変位

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を変え、重心は太ももと体幹のあいだの空間のどこかに移 動します。背中に載ったバーベルそのものの重心は、バー ベルシャフトの真ん中にあります。バーベルとリフターを 合わせたシステムとしての重心は、このふたつの間のどこ かにあります。バーベルの重量が大きくなるにつれて重心 はバーベルに近づいていき、非常に大きな重量になると、 バーベルの位置にほぼ重心がくるようになります。ここで は実践的に考えるため、バーベルには重いプレートがセッ トされ、可動域全体でバランスを取るために注意を払うべ き対象はバーベルだと想定します。  図 2-5 では、背中に担いだバーベルと地面についた足の 中心を点線で結び、鉛直の関係を示しています。直感的に 分かることですが、バーベルとリフターのシステムは、足 の中心の真上に重心があるときにバランスが取れます。足 の中心とは土踏まずが地面に接する部分で、足の先端と後 端から最も距離のあるところです。要するに、つま先と踵かかと のど真ん中ということです。この真上に重心があるのが一 番安定していてバランスを崩しにくく、荷重がかかってい るかに関わらず、身体は自然とこの体勢を取ろうとするも のです。重量が大きくなるほど、背中のバーベルはより正 確に足の中心の真上に位置取るようになります。もう少し 言うと、バーベルの重量が軽く体重の方が重いような場合、 バーベルが足の中心より前にある状態でバランスが取れる こともあります。しかし、重量が大きくなるにつれて、バー ベルが足の中心の真上に近いところでバランスが取れるよ うになっていきます。  身体はできるだけ安定した姿勢を自然と取ろうとするも のです。まず、足を曲げ伸ばしするのは足首の関節ですが、 これは足の中心よりも後ろにあります。そして、ふくらは ぎの筋肉が踵の後ろ側に付着しており、この付着部から足 首までは、足首から足の中心までとおよそ同じくらいの距 離になります。ふくらはぎの筋肉は足首の後ろにある踵を 引っ張り、足首と足の中心のあいだで起きるてこの作用を 図 2-5  スクワットの分析に用いる角度が 3 つある。股関節の角度は体幹と大だいたいこつ腿骨、膝の角度は大腿骨と脛けいこつ骨、背中の角度は、体幹 と地面によって決まる。バーベルは足の中心の真上にありバランスが取れている。 図 2-4  バーベルの重量が大きくなるほど、重心の位置は高く なる。 180kg の バーベル 重心 重心 背中の角度 股関節 の角度 膝の角度

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相殺します(図 2-6 参照)。こうして身体は足の中心でバ ランスが取れるようにしています。脛すねを前傾させ、ふくら はぎの筋肉を使うことで、まっすぐ立っているよりも安定 性の高いこの姿勢を保っているのです。さらに、腓ひ ふ く き ん腹筋、 ハムストリング、大腿四頭筋が膝関節に絡み、足首に対 する膝の位置を安定させています。股関節では筋肉、腱けん、 靭 じんたい 帯が複雑に絡み合い、本来直立のヒトの身体に荷重をか けた状態でしゃがみ込み、足の中心の上でバランスが取れ た姿勢を保つということを可能にしているのです。  バーベルを担いでいない状態で考えてみましょう。まっ すぐ立ち上がって、お尻に手をあてながら身体を前に傾け ると、足の親指の付け根に体重がかかるのが分かるでしょ う。さらに、前のめりに倒れてしまわないように、ふくら はぎの筋肉に力が入って身体を支えようとするのが分かる はずです。逆に身体を後ろに傾けると体重が踵に移動する のが分かります。そして、一定以上身体を傾けると、後ろ に倒れてしまわないように腕を身体の前方に出して重心の 位置を変えないといけなくなります。私たちの身体は前に 向かって動くように進化してきたので、前方にバランスが 崩れた場合の方がうまく対処できるようにできています。 そして、姿勢を崩すのに最も大きな力が必要なところ、も しくは最も小さな力で同じ姿勢を保つことができるところ でバランスが取れて落ち着きます。まっすぐ立ち上がった ときには重心は足の中心の上にあります。スクワットで しゃがみ込んで立ち上がるときには、重心が足の中心の真 上で鉛直に上下移動するとバランスが取れます。ほとんど のバーベル種目は足を地面について立った状態で行うの で、この「足の中心でバランスを取る」という考え方はト レーニングでの正しい身体の使い方を考える上で非常に重 要になります。  図 2-5 に描かれたバーベルが 140kg だとしましょう。 バーベルの位置が足の中心よりも前にあった場合、バーベ ルの重量は同じ 140kg ですが、このバーベルを担いでス クワットを 1 レップ行うのに必要な労力は大きくなりま す。足の中心からバーベルがズレた距離の分だけ、てこの 作用が不利に働きます。そして、この 140kg のバーベル を担いで行うエキセントリック、コンセントリックの運動 はキツくなります。さらに、このバランスの悪い姿勢でバー ベルを安定させるために筋肉をアイソメトリック収縮させ る負担が大きくのしかかってきます。バーベルを可動域全 体で足の中心の真上に保つのが、最も効率的で目指すべき スクワットの形です。バーベルの位置がズレると、てこの 作用の影響で余計に力を出さなくてはいけなくなってしま うので、同じ 140kg であっても挙げるのがずっとキツく なるのです。  実際、少しのバランスの乱れでも、てこの作用が強くな りバーベルを挙げられなくなります。例えば、背中のバー べルが足の中心よりも 30cm も前にあったとしたら、それ が自分の 1RM の 30% の重量でもぎこちない姿勢になるの は想像できるでしょう。そして、重量が大きくなるほどバ ランスのズレを許容するのが難しくなっていきます。1RM の重量では許容できるズレが実質ゼロになるのが理解でき るでしょう。この考え方は、重量のバランスを取ることが 必要なバーベル種目すべてにあてはまります。このことか ら、バーベルトレーニングにおいての「適切な身体の使い 方」とは、バランスが取れる位置の鉛直線上にバーベルを 保つ能力だと言うことができます。無理のない理にかなっ た定義でしょう。このバランスの取れたバーベルと地面の 関係を保つ能力は、バーベルトレーニングで鍛えることが でき、他の運動方法では鍛えることができないもののひと つです。バランスは人間が身体を動かす上で重要な要素な ので、バーベル種目を中心にトレーニングを行うべき理由 のひとつと言えます。  図 2-5 では、バーベルを担いで行うスクワットでの身体 の動きを分析するための角度も紹介しています。股関節 の角度は大腿骨と体幹によって決まります。脊柱は湾曲し ているものですが、スクワットではバーベルの重量を支え 図 2-6  身体は足の中心でバランスを取ろうとする。足首は脚 の一番下にある関節だが、運動のつながりの最終地点ではない。 下腿、ふくらはぎの筋肉と足の働きによって脛すねの角度が保たれ、 足の裏にまで力が伝えられる。こう捉えることで、地面に対し て最も安定性の高い足の中心からバランスを考えることができ るようになる。

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るのに正しい姿勢を取ると脊柱はガッチリと固定されるの で、「体幹」として捉えて荷重下での力学的な働きを語る ことができます。膝の角度は大腿骨と脛骨が作り、太もも と脛の関係を示しています。背中の角度は、体幹と地面で す。ここで地面は水平で重力の働く方向に対して垂直だと 見なします。  これらの角度は、バーベルの荷重がかかった状態での身 体の各部位の関係を示しています。背中の角度は、「立っ ている」か「前傾している」と表現し、膝と股関節の角度 は「開いている」か「閉じている」と表現します。これら の角度は各部位の骨が形成していて、その骨を動かす筋肉 によってコントロールされています。バーベルとリフター のシステムのバランスが取れるのは、重心が足の中心の真 上にあるときで、バーベルが重くなるほどこの姿勢を正確 に維持することが必要になると話しました。バーベルの重 量が軽く、バランスがズレた状態で姿勢を維持できる場合 であっても、バランスが取れている場合と比べると多くの エネルギーが必要になります。  フロントスクワットでは肩の前にバーベルを担ぎます。 図 2-8 に示すように、この位置にバーベルを担いで足の中 心の真上で維持するには、背中の角度は非常に立った状態 になります。背中が前傾しているときと比べて股関節の角 度はずっと開いており、膝の角度は非常に閉じています。 フロントスクワットのボトム位置までしゃがみ込んだ姿勢 では、ハムストリングは短くなっています。ハムストリン グの近き ん い位付着部がある骨盤と、遠え ん い位付着部がある膝の距離 が、スクワットのボトム姿勢として考えられる中で最も縮 まるからです。このときハムストリングは、ほぼ直立した 体幹を支えるためにアイソメトリックな働きをしていま す。ただ、背中が前傾しているときと比べて、この姿勢は 股関節にかかるてこの作用が小さくなるので、ずっと楽に 維持することができます。しかし、ハムストリングが短く なっていると、そこからさらに収縮して力を出す余地が十 分に残っていません。フロントスクワットのボトム位置で は、実質的にハムストリングがすでに収縮した状態になり、 大臀筋と内転筋群だけで股関節を伸展させるということに なります。高重量を使ったフロントスクワットをするとお 尻にキツい筋肉痛が出るのは、通常ハムストリングと分担 する負荷をすべて引き受ける形になっているからです。  要するに、フロントスクワットではハムストリングが十 分に働かないということです。スクワットではハムストリ ングを使って鍛えたいところですが、フロントスクワット はポステリアルチェーンを鍛えるには非効率だと言わざる を得ません。ハムストリングを最大限に動員して股関節の 伸展に貢献させるには、股関節の角度を閉じて、膝の角度 を開いたフォームでスクワットをする必要があります。こ ういうフォームでスクワットをすると、ボトム位置でハム ストリングはアイソメトリックに収縮をします。骨盤の近 位付着部側で伸ばされ、膝が曲がることで遠位付着部側で は短くなるということが起こります。股関節と膝を伸展し て立ち上がっていく際には、ハムストリングは骨盤を引っ 張る力を保ち、背中が前傾することで大きくなるてこの作 用を受け止めるために強く働かなければなりません。背中 の角度は股関節の角度を決めるのに大きく影響しており、 図 2-7  バランスが取れていない状態でバーベルを担ぐと、必要以上にエネルギーを使うことになる。 必要以上の エネルギー 足の中心

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ハムストリングを使ってスクワットをすることにもつな がっているのです。  背中を前傾させてスクワットをするときも、バーベルを 背中に担ぐ位置は足の中心の上に来るようにしなければい けません。そして、バーベルを担ぐ位置が低くなるほど背 中を前傾させることができるようになります。つまり、背 中でバーベルを安定させられる最も低い位置で担ぎたいと いうことになります。肩けんこうきょく甲棘の真下がそれにあたります。 肩甲棘とは、肩の裏側に手を回すと触ることのできる肩甲 骨のでっぱった部分のことです。ここより低いところでは バーベルは安定せず、レップごとにずり落ちてしまいます。  内転筋群が負荷の一部を受け持てば、スクワットで鍛え られる筋肉を増やすことができます。踵を肩幅に開いて、 つま先を 30°くらい外に向け、足と太ももが同じ角度にな るように膝を外に向けた状態で身体を落としていくと内転 筋群は伸ばされます。こうすると内転筋群を収縮させて力 を出せるようになります。また、膝を外向きに保つ股関節 の外旋筋群も動員され、スクワットで鍛えられる筋肉はさ らに増えることになります。  本書で「スクワット」と表記しているのは、ロウバース クワットのことですが、これはスクワットスーツやニー ラップを使ったパワーリフターのスクワットフォームとは 違います。スクワットスーツとは、股関節の屈曲に逆らう ように作られた高価で非常にキツいシングレットのこと で、しゃがみ込んでいくところで弾性エネルギーを溜め、 立ち上がるところで股関節の伸展を補助します。この効果 を最大限に利用するために、一部のパワーリフティング選 手は足幅を非常に広く取り、できる限り脛を地面に対して 垂直に近づけようとします。バーベルをハイバースタイル で担ぎ、肘を下げ、背中をより立たせて視線を上に向ける 選手もいます。本書で紹介するスクワットフォームとはか なり違ったスタイルです。足幅を広く取り脛を垂直にする と、膝の角度が開き、股関節の角度は閉じます。これでス クワットスーツを股関節の伸展にうまく利用することがで きます。ニーラップもスクワットスーツと同じように、しゃ がみ込む動作のあいだに弾性エネルギーを溜め膝の屈曲に 逆らう目的で使われます。本書で勧めるスクワットフォー ムでは足幅はずっとせまくなり、膝はもう少し前に出て大 腿四頭筋の関与が大きくなります。このフォームでは、ス クワットに動員できる筋量を増やし可動域を大きく取るこ とに主眼をおいて、あらゆる要素が決められています。こ うすることで可動域を大きく使ってできるだけ大きな重量 を挙げることができ、効率的に身体を鍛えることができま す。  スクワット初心者のほとんどはバーベルを担ぐとき、背 中の上の方にある僧帽筋に載せようとします。バーベルを 載せる場所として、この方が分かりやすく自然に思えるで しょう。このようにバーベルを高い位置に担ぐと、バーベ ルを足の中心の上に維持するためには背中の角度はより 立った状態になります。背中の角度が立つと、股関節を開 図 2-8  一般的なスクワットのバリエーション A:ロウバースクワット。本書で推奨するフォームで、本書ではこれを「スクワット」とする。 B:フロントスクワット。クリーンのあとのキャッチから立ち上がる動作であり、オリンピックウェイトリフターに補助種目として 使われる。 膝の角度 背中の角度 股関節 の角度

A

   B

股関節 の角度 膝の角度 背中の角度

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いたときに膝は前に出て、膝の角度は閉じることになりま す(図 2-8 参照)。言いかえると、バーベルを高い位置に 担ぐと、バックスクワットでありながら動きがフロントス クワットに近づくということです。フロントスクワットで は、全身のパワーの源であるポステリアルチェーンを効果 的に鍛えられないので、全般的な筋力強化には向きません。  ハイバースクワットは、「オリンピックスクワット」と 呼ばれるほどで、オリンピックウェイトリフターが何十年 にもわたって好んで使ってきたスクワットフォームです。 しかし、これはほとんど惰性で慣習に従っているだけのよ うに思えます。というのは、オリンピックリフターもロウ バースクワットを行うべき十分な理由があるからです。ま ず、スクワットはウェイトリフティングの競技種目ではあ りません。そして、オリンピックリフターはクリーンを直 接的に補強するための種目としてフロントスクワットを行 います。では、なぜウェイトリフティングの選手がトレー ニングの中でロウバースクワットを行うべきなのかという と、ウェイトリフティングは筋力が重要なスポーツであり、 スクワットで筋力を伸ばすことができるからです。ウェイ トリフティングは技術に大きく影響されますが、それでも 勝つのは一番大きな重量を挙げた選手です。ハイバースク ワットの方がキツいかもしれませんが、ロウバースクワッ トの方が多くの筋肉を動員して、より大きな重量を挙げる ことができるので、結果としてリフターはより大きな重量 を扱えるようになるのです。  さらに特異性に基づいた話をするのであれば、やはりロ ウバースクワットの方がハイバースクワットよりもオリン ピックウェイトリフティングの身体の使い方に応用が効く と言えます。バーベルを肩甲棘の真下に担いだロウバース クワットの姿勢は、地面からバーベルを引き挙げるときの 姿勢にずっと近いものです。このプル動作の身体の使い方 については、本書のデッドリフトとパワークリーンの章で 取り上げますが、高重量を引くときには肩甲骨がバーベル の真上に来て、バーベルが膝を十分に越えるところまでそ の位置関係は変わりません。これはクリーンとスナッチ両 方に当てはまることです。スナッチに関しては、オリンピッ クスクワットとの共通性がクリーンよりさらに小さくなり ます。僧帽筋にバーベルを載せ、背中の立ったハイバース クワットよりも、比較的背中が前傾したロウバースクワッ トの方が、この動作パターンの習得につながると言えます。 そして、スクワットではスナッチやジャークよりも股関節 の位置が低いところまでしゃがみ込むので、可動域を大き く使うことができます。  ロウバースクワットと地面からのプル動作で、背中の角 度を一定に保つことは必須条件ですが(デッドリフトの章 の背中の角度に関する部分を参照)、それが正しくできれ ば、これらは非常に近い動作になります。ハイバースクワッ トとあらゆるプル系種目のあいだにはそこまでの共通性が ありません。つまり、ウェイトリフティングに必要な神経 の働きに特異的なフォームを使うべきという話をするのな ら、ロウバースクワットがそれに当たります。もしスクワッ トに共通性を求める必要はないとしても、より高重量を扱 えるロウバースクワットが理にかなった選択だと言うこと ができます。

安全性と重要性から見る

スクワットの深さ

 フルスクワットが安全性においても筋力強化においても 推奨の下半身トレーニング種目です。スクワットは、正し く行えば膝を痛めるリスクの最も少ない種目であり、その 他のどんな脚のトレーニング種目よりも膝の安定性を高め ることができます。正しいスクワットとは深く、股関節 が膝蓋骨の上端よりも低い位置までしゃがみ込みます(図 2-1 参照)。つまり、正しいスクワットは可動域全体を使 うということです。  深さの足りないスクワットをまとめて「パーシャルスク ワット」と言います。パーシャルスクワットは膝と大腿四 頭筋に負荷をかけ、大臀筋、内転筋群、ハムストリングに 負荷をかけません。フルスクワットでは、ハムストリン グ、内転筋群、大臀筋にも負荷がかかります。しゃがみ込 むときには、膝は外に、股関節は後ろにそれぞれ押し出さ れ、背中は正しい角度に保たれます。そして、立ち上がる ときにヒップドライブを使います。スクワットのボトム位 置で股関節は屈曲し、骨盤は体幹とともに前傾します。こ の深いスクワットの姿勢で、内転筋群 ( 骨盤の内側と大腿 骨の内側の複数箇所に付着)、大臀筋、外がいせんきんぐん旋筋群(骨盤と 大腿骨の外側に付着)といった複数の筋肉が最大限に伸ば されます。ハムストリング(脛けいこつ骨と骨盤の坐ざ こ つ け っ せ つ骨結節に付着) は、しゃがみ込んでいく動作で必ずしも長さを変えること なく、ほぼアイソメトリックな働き方をしています。スク ワットのボトム位置に到達すると、ハムストリング、内転 筋群、大臀筋、外旋筋群の緊張から軽いリバウンドが生ま れます。弾んだように見えるこれが、先に話した伸張反射 です。この筋肉の伸張による張力が脛骨を後ろに引っ張り、 前面で脛け い こ つ そ め ん骨粗面に付着する大腿四頭筋が生み出す力とのバ ランスを取ります。そして、ハムストリングは、大腿四頭 筋、内転筋群、大臀筋の助けを得ながら、股関節の伸展と いう仕事を完遂します。

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 スクワットを試しにやってもらうと、ほとんどの人が体 幹を直立させて背中の角度が立った状態でパーシャルスク ワットをしようとするのが典型的です。これは、せん断力 を小さくするために背中を直立させなければならないと聞 かされてきたからです。せん断力とは回転する部位におい て、ズレる方向に生じる力です。どういうわけか、椎骨の あいだに生じるせん断力が脊柱を離断してしまうと言うの です。実際にはそんなことは起こり得ませんし、実際に起 こったこともありません。しかし、この話を鵜呑みにして 背中を痛めないように試みた結果、かえって膝に不必要に 大きな負担をかけることになります。ここまでに話したよ うに、背中の角度が立っているとハムストリングに十分に 負荷をかけることができません。つまり、身体の前側では 大腿四頭筋と脛骨にある付着部が力を出しているのに対し 図 2-9  スクワットの深さによる筋肉の働きの違い A:前面で大腿四頭筋が生み出す力は、背面でハムストリングの生む力と釣り合う。深さが重要。 B:パーシャルスクワットでは、大腿四頭筋ばかりが使われバランスが取れない。 図 2-10  よくあるスクワットの深さの違い。(A)クォータースクワット、(B)ハーフスクワット、(C)よくパラレルと混同される 深さ(太ももの下側が地面と平行)、(D)パラレルスクワット(図 2-1 の条件を参照)、(E)ギリギリまでしゃがみ込む「Ass-to-grass」 スクワット。 大腿四頭筋 大腿四頭筋 大腿骨 大腿骨 ハムストリング ハムストリング 腓骨 腓骨 脛骨 脛骨

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て、裏側でハムストリングがバランスを取るのに必要な力 を出せないのです。言いかえると、前に引っ張られている 膝と脛骨を、後ろ向きに引っ張ってバランスを取る力が働 かないということです。結果的に膝には前向きのせん断力 がかかります。実際、パーシャルスクワットはフロントス クワットのように膝を足の中心よりもかなり前に押し出し ます。本書で推奨するロウバースクワットは膝を前に出さ ず、主に股関節を使って負荷を動かすので、パーシャルス クワットのフォームとは大きく違います。股関節を後ろに 引くほどお尻まわりの筋肉が使われ、膝が前に出るほど大 腿四頭筋が使われます。そして、身体の裏側からのサポー トがないと膝の前側を中心に力がかかることになります。 この間違ったスクワットフォームが原因で膝しつがいけんえん蓋腱炎になっ た人がたくさんいます。仮に背中の角度を正したとしても、 パーシャルスクワットは可動域全体を使わないのでトレー ニング種目として効果を十分に発揮しません。  フルスクワットの身体の動きに従って、ハムストリング は身体の構造的に適切なだけの負荷を受け持ち、その負荷 に比例して強くなります。医療の世界では、前ぜんじゅうじじんたい十字靭帯断 裂とコンディショニングプログラムの関連を考える際に、 このことが見落とされがちです。前十字靭帯は膝の安定を 保ち、大腿骨に対して脛骨が前にズレるのを防ぐ働きをし ています。これまでに話した通り、ハムストリングも同じ 働きをしており、ハムストリングが弱いと前十字靭帯損傷 の一因となります。ハムストリングはフルスクワットで鍛 えることができ、フルスクワットの動作の中でハムストリ ングが力を出すことで膝を守っています。また、フルスク ワットでハムストリングが鍛えられると、その他の運動に おいて前十字靭帯を守ることができます。ロウバースク ワットでは膝を後ろに引いた姿勢と、ハムストリングが強 く働くことで股関節が負荷の大部分を受け持つことになり ます。そのため、正しいフォームで行うフルスクワットで は前十字靭帯にはまったくストレスがかからず、前十字靭 帯の故障を抱えるアスリートも安全に高重量を扱うことが できるのです(図 2-11 参照)。  パーシャルスクワットのもうひとつの問題として、非常 に大きな重量を動かせてしまうことがあります。これは、 可動域がせまいことと力学的に効率が高いことが影響して います。クォータースクワットでは、正しい深さのスクワッ トで扱える 3 倍以上にもなるような重量を背中に担ぐ場 合があり、脊柱に過度の負荷がかかり傷害を招きやすくな ります。アメリカンフットボールのコーチはパーシャルス クワットを好み、「自分の指導する 17 歳のラインマンは 全員 270kg でスクワットしている」などと見栄を張りた がりますが、目的は筋力を伸ばすことであり、意味のない 数字遊びをすることではないのだと覚えておかなければい けません。パラレル以下の深さでスクワットできない重量 なら、背中に担ぐべきではありません。  正しいフルスクワットには、他のトレーニング種目には 決して真似のできない効果があります。マシンなど言うま でもありません。中枢神経系の活動が大きく、身体のバラ ンスと連携が向上し、骨格への加重とそれによる骨密度の 向上、筋肉への刺激とそれによる成長、結合組織への負荷 とそれによる強化、メンタル面のキツさとタフさ、そし 図 2-11  スクワットで膝にかかる力の種類。 ハムストリングと内転筋群は後ろから脛骨 を引っ張る力を出し、大腿四頭筋の腱付着 部では脛骨の関節面に前向きの力がかかる。 前 ぜんじゅうじじんたい 十字靭帯と後こうじゅうじじんたい十字靭帯は、大腿骨遠位部の 脛骨近位部に対する動きを安定させる働きを しているが、十分な深さまでしゃがみ込み、 正しい膝の使い方をすれば、膝の前側と裏側 の力が釣り合う。つまり、正しいスクワット では実質的にこれらの靭帯に負荷はかかって いない。 大腿四頭筋 前十字靭帯 大腿骨 腓骨 ハムストリング 後十字靭帯 膝蓋靭帯 脛骨 膝蓋骨

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て身体全体のコンディショニングなどが挙げられます。故 障でスクワットが行えない場合を除いて、ウェイトトレー ニングを行う人はすべて正しいスクワットを覚えるべきで す。

スクワットを覚える

 大きく 2 つのステップに分けてスクワットのフォーム を覚えていきます。まずは、ボトム位置で起こりがちな問 題を克服するのに加重なしで行います。そして、次に負荷 を加えて、ボトム位置の姿勢からウェイトを挙げるヒップ ドライブへとつなげていきます。スクワットの難しいとこ ろの大半はボトム位置にあるので、この方法でフォームを 覚える過程を効率的にカバーすることができます。

ヒップドライブを生む

 まず、足の位置からですが、踵を肩幅に開き、つま先を 約 30°外に向けます。比較的自然なスタンスです。足幅を あまり広く取ると、しゃがみこんで行く動作の早い段階で 内転筋群が限界まで伸張されてしまいます。逆に足幅がせ ま過ぎると太ももがお腹に当たってしまいます。つまり、 足幅が広すぎても、せま過ぎても適切な深さまでしゃがむ ことができなくなります。ほとんどの場合、肩幅の広い人 は腰幅も広く、肩幅のせまい人は腰幅もせまいものです。 これまでの経験上、大多数の人がこの足幅でうまくいきま す。つま先の角度については、まっすぐ前に向ける人が少 なくありません。場合によっては、自分が自然に感じるよ りも意識的につま先を外側に向ける必要があるかもしれま せん。自分の足を見て、どういう角度になっているか視覚 的に覚えておきましょう。  ここからが、スクワットのフォームを覚える上で最も重 要な部分です。バーベルは使わず、正しいスクワットのボ トム位置の姿勢を取ります。姿勢の取り方に問題があれば 簡単に修正できるように、この段階ではバーベルを使わず に行います。バーベルなしで正しいボトム姿勢を取れるよ うになると、バーベルを担いで同じ姿勢を取るのは簡単で す。足の位置を決め、途中で止まることなくボトム位置ま で一気にしゃがみ込みます。柔軟性が不足していたり、つ ま先を十分に外に向けていなかったりすると、動きの途中 で足の位置がズレてしまうことがあります。正しい足の位 置が取れていることを確認しましょう。  次に、手のひらを合わせ、肘を膝にあてて外に押し出し 図 2-12 (A)足の位置のイラスト(B)スクワットのスタンスを上から見た状態(C)踵を肩幅に開いた状態 肩 幅

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ます。これで多くの人は正しいボトム姿勢が作れます。柔 軟性が低い人は、この姿勢を数秒維持することがストレッ チになります。すでに話したように、スクワットでは深さ が非常に重要で、今後正しい深さでスクワットをできるよ うになるために、このボトム姿勢が要になります。  ボトム姿勢を数秒維持して少しストレッチをします。こ の姿勢を維持しているだけで疲労するようなら、柔軟性が 十分でないということかもしれません。立ち上がって数秒 休み、もう一度ボトム姿勢に戻りましょう。もう一度スト レッチをして、ボトム姿勢を身体で覚えていくようにしま しょう。十分な深さまでしゃがみ込めるかどうかが、スク ワットとパーシャルスクワットの違いになるので、正しい スクワットを覚える上でこのボトム姿勢が最も重要な部分 です。  ボトム姿勢の細かな部分を確認していきます。足は地面 に完全につき、つま先は外に向けます。膝はつま先と同じ 方向を向き、つま先よりも少し前に出ます。背中はできる だけまっすぐに伸ばします。完全にまっすぐにすることが できない場合は、後々対処します。背中は直立することな く、約 45°の角度で前傾します。自分では直立しているよ うに感じたとしても、直立はしませんし、するべきではあ りません。視線は自分の 1.2m 〜 1.5m ほど前の地面を見 つめます。  このボトム姿勢が作れたら、次は立ち上がります。立ち 上がるときには、お尻をまっすぐ上に押し上げます。お尻 を前ではなく上に動かすのが重要です。こうすることで、 体重がつま先に集中することなく、足の裏全体に体重をか けることができます。お尻に鎖が付いていて、ボトム位 置からまっすぐ上に引っ張り上げられるようなイメージを 持ってください(図 2-14 参照)。膝を伸ばすことや、足が 地面を押すことは考えず、脚そのものさえも意識せずに、 ボトム姿勢から股関節を上に押し上げることを考えます。 これができれば、あとは自然としかるべき動きになります。  ここで重要なことを確認しておきます。スクワットにお いてヒップドライブとハムストリングを使うことについて 話したことを思い出してください。スクワットはレッグプ レスではありません。足で地面を押すという意識を持つと、 ハムストリング、内転筋群、大臀筋を十分に活動させてボ トム位置から立ち上がるパワーを得ることができません。 ボトム位置からお尻を押し上げるという意識を持つと、神 経系にとってシンプルで効率的な指令になり、ヒップドラ イブを使うのに適切な運動単位を発火させることができま す。  ヒップドライブには視線の方向が影響するので、バーベ ルを持つ前から動作の一部に取り込んで練習します。天井 を見上げると、適切なテクニックを用いてスクワットを行 うのに数多くの悪影響を及ぼします。自分の近くにある把 図 2-13  肘で膝を押し出して正しいボトム姿勢を作る。足は完全に地面につける。つま先は外を向き、太ももは足と同じ角度に揃 える。股関節を後ろに引き、膝はつま先のほんの少し先に出る。背中は約 45°で前傾する。この角度でバーベルを担ぐと、足の中 心の真上にバーベルが来るようになる。 図 2-14  スクワットのヒップドライブを意識する方法 肩幅

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握しやすい場所から遠くに視点が変わり、ボトム姿勢、ボ トムからのヒップドライブ、胸の張り方といったことを 正しく実施しにくくなります。また、天井を見上げると、 頚 けいつい 椎を極度に過伸展させることになり、その状態ですぐ下 にある僧帽筋に重たいバーベルを担ぐというのは本質的に 安全ではなく、軽率だと言わざるを得ません。いまだに非 常に多くの指導者がそういうアドバイスをしているのが信 じられません。バーベルを担いだ状態で、頚椎は過伸展さ せず身体の構造上自然な姿勢にあるべきです。  見上げることがしばらくでも癖づいてしまうと、矯正す るのが非常に難しい問題になります。高校時代のアメリカ ンフットボールのコーチに「スクワットでは上を見るよう に」と指導されたリフターは、視線の方向を修正するのに 非常に苦労します。視線を下に向ける方が良いということ をどれだけ説明してみても、実際に行うのが難しいのは変 わりません。身体が一度覚えてしまった動作パターンを行 うのは、新しいパターンを覚えるよりも簡単なものです。 特に、動作中の意識が他の部分に移ったときには、自然と 身体が覚えている動作パターンに戻ってしまうものです。  視線の方向によってどういう変化があるか、自分自身で 試してみてください。ボトム位置で膝を開き、つま先を開 き、踵をしっかり地面に着けた状態から、あごを引き、自 分の 1.2m 〜 1.5m ほど前に視点を置きます。そのボトム 姿勢からお尻を押し上げて立ち上がり、その感触を確かめ てください。次に、天井を見上げながら同じことを行って ください。コーチやトレーニングパートナーがいる人は手 伝ってもらいましょう。ボトム姿勢を取ったら、パートナー に腰に手を当てて真下に押してもらいます。前ではなく真 下です。自分はその力に対して真上に押し返します。視線 を下に向けたとき、自分のヒップドライブの感触や、どの 程度のパワーを出せたかの感触を確かめます。次に、上を 見ながら同じことを試してください。あごを引き、視線を 下げた状態では、「自動的」と言えるほど自然にヒップド ライブが使えることに気付くはずです。それに対して、上 を見ると、胸、膝、股関節が前に引っ張られます。少し前 に引っ張られるだけですが、これがハッキリと違いを生み ます。ヒップドライブを使うためには、ハムストリングを はじめとしたポステリアルチェーンの筋群を緊張させてお きたいのですが、これらの筋群が緩んでしまうのです。一 度これを試してみると、視線を下に向けるべきなのだとす ぐに分かるはずです。  視線を地面に向けることで、特定の位置に視点を定める ことができます。こうすることで、正しい動作パターンか らズレてしまったときに、ズレたことに気付いたり動作を 修正したりしやすくなります。天井に視点を置くこともで きますが、首の姿勢が安全ではないことに加え、上を向い たときに視点を定める対象物は地面よりも遠くなります。 スクワットのボトム位置までしゃがんだときに、地面より も天井の方が近くに来る部屋というのは想像しにくいで しょう。視点を定めて小さな動きの変化を把握するために は、地面に視線を向ける方が有効なのです。  本書で紹介するスクワットフォームを習得する過程で、 ほとんどの人は、他のどの要素よりも、この視線の方向を 変えるという部分で苦戦します。上を向いてしまう問題を 矯正するには、自分の 1.2m 〜 1.5m ほど前の地面の一点 に視点を固定します。壁が近くにある場所でトレーニング を行う場合には、壁に視点を置きます。首が適切な角度に なる位置を探して、そこに視点を固定しましょう。そして、 意識しなくてもできるよう慣れてしまうことです。視線を 下に向けると、ほとんどの人は首の角度が変わるほど頭を 上げなくなります。あごを引いて胸を張る姿勢を、テニス ボールを使って見せるコーチもいます(図 2-16 参照)。 図 2-15  腰を押さえつけられることで視線の重要性に気付く ことができる。視線を上に向けると、ボトム位置から立ち上が るときにポステリアルチェーンを使えなくなる。

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バーベルを担ぐ

 いよいよバーベルを担いでスクワットをします。ここま でにボトム姿勢の確認をしたので、次はバーベルを担いで 同じ姿勢を取るだけです。  まず、手にチョークをつけましょう。チョークは手を乾 燥させるために使うものです。皮膚は湿気のある状態より も乾いた状態の方が、バーベルでシワをはさんだり、こす れて擦り傷になったりしにくく、手のひらにマメができる 問題を減らすことができます。もし、ジムでチョークが提 供されていなければ自分で持っていきましょう。もし、ジ ムがチョークを使うことに難色を示すようなら違うジムに 移りましょう。  スクワットはスクワットラックかパワーラックを使って 行います。これはどちらでも構いません。まず、バーベル が胸骨の真ん中付近に来るようにラックの高さを調節しま しょう。これを低すぎると感じる人が少なくありませんが、 バーベルの位置が高くなると、高重量のバーベルをラック から外したり戻したりするときにつま先立ちにならないと いけなくなります。バーベルの位置が高すぎるよりは低す ぎる方が良いのです。パワーラックの外側のフックにバー ベルがセットされている状態では、バーベルの径が視覚に 影響して低く見えがちです。バーベルがパワーラックの内 側にあるときには、同じ高さでも違和感なく見えるもので す。また、バーベルを担ぐのは僧帽筋の上ではなく、それ より低い位置になることを忘れてはいけません。ラックに バーベルをセットする位置は高すぎるよりは低すぎる方が 良いのですが、ほとんどの人は実際よりも自分の身長を高 く認識していて、バーベルを高すぎる位置にセットしがち です。また、ロウバースクワットの姿勢を取るのに、はじ めは肩の柔軟性が十分でない場合がありますが、2 週間程 度で改善してくるはずです。  バーベルに向き合います。このときはどんな人でもバー ベルシャフトのみです。例外はありません。これから先、 長く待たなくても重量を上げていく機会はたくさん出てき ます。バーベルを左右対称に握ります。バーベルシャフト には、この目的のためにマークが付いています。スタンダー ドなパワーリフティング用のシャフトは、外側のローレッ トのあいだに 40cm 〜 43cm 程度の間隔があり、81cm の 間隔でマークが付いています。このマークは 1/8 インチ幅 図 2-16  あご引いた首の姿勢はテニスボールを使って確認で きる。 図 2-17  手幅の比較。上背部の筋肉の引き締まり方とバーベルの安定具合の違いが見える。

参照

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