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第 5 章不法行為 第 1 節不法行為制度 債権編の最後は 不法行為である まず 不法行為制度の意義などを勉強しよう 1. 不法行為制度 (1) 意義 不法行為制度は 違法な行為によって受けた損害を賠償させる制度である (2) 趣旨 不法行為制度は 損害の公平な分担 ( 填補 ) を目的とする 解説

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第 5 章 不 法 行 為

第 1 節 不法行為制度

債権編の最後は、不法行為である。まず、不法行為制度の意義などを勉強しよう。

1 .不法行為制度

(1) 意義 不法行為制度は、違法な行為によって受けた損害を賠償させる制度である。 (2) 趣旨 不法行為制度は、損害の公平な分担(填補)を目的とする。

解説

不法行為制度の趣旨 不法行為制度の目的について損害の公平な分担の実現と捉えるのが通説であるが、最 近では、損害賠償の制裁的な機能を重視すべきとの説もある。下級審判例は、制裁的慰謝 料を認めない(クロロキン薬害訴訟-東京地判昭 63.3.11)。 (3) 民事責任と刑事責任 不法行為責任は、損害の公平な分担という観点から、民事責任を問う制度である。刑事 責任は、犯罪の予防、応報・教育の観点から、国家により処罰を与えるものである。民事 責任が生ずる場合には、同時に刑事責任を生ずることが多いが、両責任は目的・性質が異 なり、互いに別個に成立する。 判例も、交通事故を起こした自動車運転手について、刑事事件では過失が否定されても、 民事事件で過失を否定しなければならないものではないとする(最判昭 34.11.26)。 <民法の不法行為制度の目次> A 要件論・・・・・・ (A) 一般不法行為(709 条~713 条) (B) 特殊不法行為(714 条~719 条) B 効果論・・・・・・ 720 条~724 条

2 .過失責任主義

(1) 意義 不法行為は、①過失責任、②自己責任を原則とする。 ア 過失責任主義(過失責任の原則)とは、過失がなければ責任を問わないとする主義を いう。 (理由)

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・予測可能性を確保することによって、国民の行動の自由を保障する必要がある。 ・私的自治の原則の帰結として、自分の意思活動に由来しないことに責任を負わない ということが導かれる。 イ 自己責任の原則(個人責任の原則)とは、人は自己の行為についてのみ責任を負い、 他人の行為の結果について責任を負わされることはないことをいう。 (2) 過失責任主義の修正 ア 過失責任主義は、国民の経済活動の自由を保障して自由主義経済の発展に寄与した が、反面、そのような経済の発展によって、巨大化した大企業が引き起こす新たな危険 (例えば、公害問題)による損害に対する被害者の救済を十分になしえないという問題 が発生した。そこで、今日、これを解決するために、過失責任主義を修正し、他人に与 えた損害については故意・過失の有無にかかわらず、賠償責任を認めようとする考え (無過失責任主義)が主張されるに至っている。 イ 無過失責任主義の理論的根拠として、次が代表的なものである。 ・「利益の存するところ損失もまた帰する」との考え方(報償責任主義 715 条はその 表れ) ・「自ら危険を作り出した者はその結果について責任を負う」との考え方(危険責任 主義 717 条はその表れ) ウ 無過失責任主義を採用しているのは、民法では土地工作物の所有者責任(717 条)だ けであるが、特別法(例えば、公害対策基本法)によって採用されることがある。最近 の特別法では、製造物責任法(PL 法(Product Liability))がある。同法 3 条は、故 意・過失を「製造物の欠陥」の概念で置き換え、製造物の欠陥と、それによって損害が 生じたことが立証されれば、製造者が責任を負うとしている。

3 .不法行為責任と債務不履行責任との関係

(1) 両責任の差異 債務不履行責任と不法行為責任は、次のとおり、要件・効果が異なる。 不法行為責任 債務不履行責任 故意・過失等の立証 責任 債権者(被害者) 債務者(加害者) 消滅時効 ①起算点 ②期間 損害および加害者を知った時か ら 3 年。不法行為のときから 20 年(724 条)。 権利行使しうる時から 10 年(167 条 1 項)。

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過失相殺 ①必要的か ②責任免除できるか 被害者の過失を考慮するかは、裁 判所の裁量による。賠償責任の免 除まではできない(722 条 2 項)。 被害者の過失があれば考慮しなけ ればならない。賠償責任の免除も できる(418 条)。 相殺の禁止 不法行為債権を受働債権とする 相殺は禁止される(509 条)。 禁止規定はない。 付遅滞時 不法行為時 請求時(412 条 3 項) 失火責任法 適用あり 適用なし (2) 両請求権の関係 債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権が競合する場 合、両者の関係が問題である。 債務不履行責任と不法行為責任が競合する場合、債権者(被害者)はいずれも選択して 追及することができると解する(請求権競合説)。なぜなら、①それぞれ要件・効果が異 なる制度である以上、いずれの請求も許されるべきであること、②被害者の保護を図ろう とする損害賠償制度の趣旨にも合致することからである。

解説

債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権の関係 両責任の関係について、請求権競合説と法条競合説が対立する。 a 請求権競合説(大判明 45.3.23、通説) 両責任は併存し、いずれも請求できるとする。その理由は、契約責任を問うより 不法行為責任を問うほうが有利な場合があり、被害者保護の観点からいって、請求 権の競合を認めるべきだからである。 b 法条競合説 契約責任法と不法行為法は、特別法と一般法の関係にあり、契約責任のみが成立 し不法行為責任は成立しないとする。その理由は、契約責任は、契約関係という特 殊な結合関係において生ずべきであり、不法行為責任は、一般市民相互間に生ずる 責任であるから、両者は特別法と一般法の関係にあるからである。 c その他 ほかに、同一給付に対する請求権が競合しているようにみえる場合でも、請求権 の個数は 1 個であるとする説(請求権規範競合説)、訴訟法の個数が 1 個であると する説(新訴訟物理論)などがある。

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第 5 章 不 法 行 為

第 2 節 一般不法行為の要件

一般不法行為は、709 条にその要件が示されている。ここでは、その要件についての議論 を丁寧に整理しよう。 民法第 709 条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、 これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

1 .一般不法行為の成立要件

故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これ によって生じた損害を賠償する責任を負う(709 条)。これを「一般不法行為」という。 ① 責任能力ある者が(712 条、713 条) ② 故意または過失によって(責任) ③ 他人の権利または法律上保護される利益を侵害し(違法性) ④ その行為によって(因果関係) ⑤ 損害が発生したこと(損害) (1) 故意または過失(責任) 「故意又は過失によって」とは、自己の故意または過失のある行為によってという意味 である。過失責任主義の表れである。 ア 「故意」とは、自己の行為が他人に損害を及ぼすことを知りながら、あえてこれを行 うことである。 結果を意欲する必要はなく、結果を認容すること(未必の故意)でもよい。また、違 法性の意識は不要である(判例)。 イ 「過失」とは、法律上要求される注意(注意義務)を怠ったことをいう。 この注意義務は、一般標準人を基準に要求される程度のものが要求される(抽象的過 失)。なぜなら、社会生活において一般標準人としての注意を払って行動するものと期 待されるからである。

解説

「過失」の内容 責任主義から、過失があるといえるためには結果発生が予見可能であることが必要で ある。しかし、結果発生が予見可能か否かのみで過失の存否を判断すると、現代社会での

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有用な行為はほとんど過失があるものとされてしまう。そこで、過失があるといえるため には、第 1 に、結果発生の予見が可能なのに、不注意のために予見しなかったことが必要 である。第 2 に、結果発生が予見しうるときには、結果発生を回避する措置をとるべきな のに、その措置をとらなかつたことが必要である(大阪アルカリ事件-大判大 5.12.22)。 したがって、過失とは、結果回避可能性を前提とする結果回避義務違反である。

解説

過失の客観化 当該行為者の能力を基準にするのでなく、平均人の能力からみて可能な注意義務を怠 れば過失があることになる(過失の客観化)。抽象的過失の認定に際して、職業上の不法 行為との関連では、その業務に従事する一般標準人を基準に客観的に判断される。 今日の判例は、過失を客観化し(梅毒輸血事件-最判昭 36.2.16)、抽象的過失(その 業務に従事する者として客観的に要求される注意力を基準として判断される過失)を問 題とする。この過失の客観化は、①被害者の立証を容易にする、②社会生活における予測 可能性を確保する、③注意義務を分配する(信頼の原則)ために必要とされる。

解説

失火責任法 失火ノ責任二関スル法律(失火責任法)が適用されるときは、軽過失による責任は免除 され、不法行為責任の要件として故意または重過失を要する。このように失火責任法が失 火者の責任を軽減するのは(故意または重過失)、木造家屋の多いわが国では延焼により 損害が膨大になりやすく、失火者に苛酷な結果となることから宥恕すべきことの多い軽 過失を除く趣旨である。 ウ 故意・過失の立証責任は被害者 民法 709 条は権利根拠規定であり、その要件事実については権利の発生を主張する 者が証明責任を負うからである(法律要件分類説-民事訴訟法における通説)。

解説

立証責任の修正 実際上、被害者による加害者の故意・過失の立証が困難なこともあるので、法律によっ て立証責任の転換が認められる場合(714 条、715 条、717 条、718 条)、解釈によって事 実上立証責任の転換を認める場合(一応の推定理論)がある。 (2) 他人の権利または法律上保護される利益の侵害(違法性) ア かつての 709 条は「他人の権利を侵害したる」と表現されていたが、判例・通説は、 法律上保護されるべき利益まで拡大していた。そこで、平成 16 年改正により、「他人の 権利又は法律上保護される利益を侵害した」という表現に改められた。

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イ 不法行為が成立するためには、「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」 だけでは足りず、これらを違法に侵害したことを必要とすると解すべきである(違法性 の理論)。 ウ そして、違法性の有無は、被侵害利益の種類と侵害行為の態様の相関関係から判断す べきである(相関関係説)。なぜなら、不法行為責任は損害の公平な分担を図るために、 被害者を保護する趣旨であることからである。したがって、被侵害利益が重大ならば侵 害行為の態様はそれほど重大でなくても違法性が肯定され、逆に、被侵害利益が軽微な らば侵害行為の態様は重大であったときに違法性が肯定される。

解説

判例の展開 かつての判例は、709 条の「権利侵害」を文字通り、「権利」の侵害と捉えた。例えば、 雲右衛門浪曲レコード事件(大判大 3.7.4)では、著作権は音楽については成立するが、 浪曲は音楽ではなく、したがって浪曲のレコードを勝手に複製しても何らの「権利」侵害 はないとして、不法行為の成立を否定した。 しかし、その後、709 条の「権利侵害」を違法性と解するようになる。例えば、大学湯 事件(大判大 14.11.28)では、湯屋の営業権なるものが、法によって「権利」として認め られているかは、特に論ずる必要がないとした。さらに、公害事件(騒音、日照障害など) においては、受忍限度論などを展開した(最判昭 47.6.27 など)。このように判例・学説 上、法律上保護される利益も被侵害利益に含まれることは争いなくなったので、平成 16 年改正により、「法律上保護される利益」の要件を追加した。 もっとも、解釈に影響を与える改正ではないので、「権利又は法律上保護される利益」 侵害の要件は、従来通り本質的要素ではなく、違法性の要件に置き換えられることは変わ りない(違法性と読みかえてよい)。

解説

「違法」の判断 今日の通説は、違法性の理論、相関関係説をとる。 a 違法性の理論 709 条の「権利又は法律上保護される利益の侵害」とは、法律上保護に値する利 益を違法に侵害することをいう。すなわち、不法行為の成立要件としては、「権利

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又は法律上保護される利益の侵害」の有無という形ではなく、当該行為が違法とい えるか否かで判断すべきものである。 b 相関関係説 違法性の有無は、被侵害利益の種類と、侵害行為の態様の相関関係から判断すべ きである。すなわち、被侵害利益が重大なら、侵害行為の態様はそれほど重大でな くても違法性ありと考えるべきであり(ex. 生命を害するときは、些細な不注意で も違法)、被侵害利益が軽度なら侵害行為の態様は重大でなければならない(ex. 債権を害するときは、その価値が大いに害されるような態様のときに違法)。 ・物権の侵害 原則として、その侵害行為は、侵害の態様を問わず強度の違法性がある。抵当権 の目的物の侵害は、残存価格が被担保債権の弁済に十分であれば、抵当権者に対す る損害賠償責任は発生しない(大判昭 3.8.1)。 ・債権の侵害 3 類型に分けて検討される。 ・人格権の侵害 生命侵害が違法であることは明らかである。身体、自由、名誉の侵害も違法であ る(710 条)。肖像、貞操などの侵害も違法となりうる。 ・その他 良好な景観の恵沢を享受する利益(景観利益)は法律上保護に値するが、ある行 為がこれに対する違法な侵害にあたるといえるためには、少なくとも、その侵害行 為が、刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利 の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に 容認された行為としての相当性を欠くことが求められる(最判平 18.3.30)。 (3) その行為によって(因果関係) 不法行為と損害との因果関係が必要である。そこで、不法行為における損害賠償の範囲 が問題である。 ア 思うに、損害の公平な分担という不法行為制度の趣旨から、加害者に通常予期しえな い損害の賠償まで負わせるのは酷にすぎる。そこで、本来債務不履行の規定であるが、 損害賠償の範囲を定める 416 条を不法行為責任の範囲についても類推適用すべきであ る。 イ 416 条の解釈として、加害行為と相当因果関係の範囲にある損害の賠償に限るのが妥

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当である(相当因果関係説)。 ウ そうだとすると、不法行為による損害賠償額算定の基準時は、原則として不法行為時 であると解する。なぜなら、不法行為時に金銭債権たる損害賠償債権が発生するからで ある。そして、その後の価格騰貴による損害は特別事情による損害(416 条 2 項)とし て、予見可能性の立証を必要とすると解する。

解説

民法 416 条の解釈論 賠償すべき損害額の範囲について 416 条が類推適用されるが、相当因果関係説と保護 範囲説が対立する。 a 相当因果関係説(富貴丸事件-大連判大 15.5.22、通説) 加害行為と損害発生との間の因果関係は、相当因果関係で足りる。賠償額の基準時 については、原則として不法行為時とし、その後の価格騰貴による損害は特別事情に よる損害(416 条 2 項)として、予見可能性の有無によるとする。 b 保護範囲説(有力説) ①事実的因果関係、②保護範囲、③損害の金銭的評価の 3 つに分け、①については 条件説による。②については、故意の不法行為については原則として事実的因果関係 に立つすべての損害を賠償させ、過失の不法行為については注意義務の射程範囲内 にある損害を賠償させる。③については裁判所の裁量の問題とする。

解説

公害事件に因果関係 事実的因果関係について、公害事件において蓋然性説や疫学的因果関係論が展開され る。

判例

最判平 5.9.9 判旨:「本件事故によりAが被った傷害は、身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残 すようなものでなかったとはいうものの、本件事故の態様がAに大きな精神的 衝撃を与え、しがもその衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこ と、その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって、Aが災 害神経症状態に陥り、更にその状態から抜け出せないままうつ病になり、その改 善をみないまま自殺に至ったこと、自らに責任のない事故で傷害を受けた場合 には災害神経症状態を経てうつ病に発展しやすく、うつ病にり患した者の自殺 率は全人口の自殺率と比較してはるかに高いなど原審の適法に確定した事実関 係を総合すると、本件事故とAの自殺との間に相当因果関係があるとした上、自 殺には同人の心因的要因も寄与しているとして相応の減額をして死亡に対する 損害額を定めた原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の

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違法はない」。 コメント:本判決は、本件事故と被害者の自殺との間に相当因果関係を認めたうえで、 過失相殺の規定を類推適用した。 (4) 損害の発生(損害) ア 損害賠償請求権を行使するためには、原則として、現実的な損害の発生が必要である。 イ 損害は、財産的損害に限らず、精神的損害(慰謝料)も含まれる(710 条)。加害行為 と相当因果関係にある損害ならば、財産的損害・精神的損害、直接損害・間接損害、積 極損害(現実損害)・消極損害(得べかりし利益の損害)、積極的利益についての損害・ 消極的利益についての損害の区別なく賠償請求しうる(判例)。

解説

損害額の算定が問題となるケース (ア) 物の滅失・損傷 ①物の交換価格、②修繕料が通常損害となる。 (イ) 生命侵害 ①本人が生存していれば得られたであろう収入額(逸失利益)がある。 その算定方法は、その者の生存年月を推測し、その間取得すると推算される所得から 生活費・中間利息を差し引く(中間利息控除の方法としてホフマン方式、ライプニッ ツ方式などがある)。そのほか②葬式費、③精神的苦痛などの損害がある。 (ウ) 身体傷害 ①治療費のほか、②治療期間中に得られたであろう利益(休業損害な ど)、③後遺症によって将来仕事ができなくなる所得減(逸失利益)、④交通費、⑤精 神的苦痛などの損害が発生する。 (エ) 名誉、貞操の侵害 精神的損害が発生する。 (オ) 土地等の不法占拠 賃料相当額が通常損害となる。 (カ) 弁護士費用も、事案の性格に応じて相当と認められる範囲内に限り、通常生ずべ き損害となる(最判昭 44.2.27)。

判例

最判昭 56.12.22/百選Ⅱ96 判旨:「かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を 喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、その後遺症の程度 が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は 将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情の

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ない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はない というべきである」。 判例 最判平 8.4.25/百選Ⅱ97 事案:Aは、被告が運転する自動車にはねられ傷害を負い、後遺症のため就労が不可能 となり、その後、事故とは無関係の心臓麻痒により死亡した。Aの遺族は被告に 対し、自動車事故による労働能力の喪失による損害(逸失利益)につき賠償請求 した。 判旨:「交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、 労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たって は、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因 となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていた などの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべ きものではないと解するのが相当である。けだし、労働能力の一部喪失による損 害は、交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから、交通 事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではなく、その逸失 利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素 と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基 づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記 の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとは いえないからである。また、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死 亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他 方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができ なくなるというのでは、衡平の理念に反することになる」。 コメント:本判決は逸失利益の算定にあたり、その後の被害者の死亡を考慮しなかった ものである(その他の損害算定項目については判断していない)。つまり、逸失 利益については、被害者がその後別の原因で死亡しても、被害者の相続人におい て請求することができる。なお、最近の判例では、遺族厚生年金は、受給権者自 身の生存中その生活を安定させる必要を考慮して支給するものであるから、受 給者が不法行為により死亡した場合の逸失利益にはあたらないとしたものがあ る(最判平 12.11.14)。 <参考> 死亡後の介護費用と「損害」 交通事故により要介護状態となった被害者が、その後別の原因で死亡した場合、死亡後 の介護費用を請求できるか。この点、①介護費用の賠償は、被害者が現実に支出すべき費 用を補填するものであるから、被害者が死亡した場合には、その時点以降の介護は不要と

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なるので介護費用を請求する理由はないはずである。また、②将来の介護費用の支払を命 ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が高いことからである。したがって、 被害者が別の原因で死亡した場合、死亡後の介護費用を交通事故によ損害として請求す ることができないと解する(最判平 11.12.20)。

判例

最判平 11.12.20 事案:交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態になった後に別の原因で死亡 した場合、死亡後の期間についての介護費用を交通事故による損害として請求 した。 判旨:「交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、 労働能力の一部を喪失した場合において、逸失利益の算定に当たっては、その後 に被害者が別の原因により死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の 原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されて いたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮 すべきものではない…しかし、介護費用の賠償については…被害者が死亡すれ ば、その時点以降の介護は不要となるのであるから、もはや介護費用の賠償を命 ずべき理由はなく、その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしそ の遺族に根拠のない利得を与える結果となり、かえって衡平の理念に反するこ とになる。…以上によれば、交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡し た場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として 請求することはできない」。 コメント:逸失利益と異なり、介護費用については、被害者がその後別の原因で死亡し たときは請求することができない。

判例

最判平 12.9.7 判旨:「不法行為によって死亡した者の配偶者及び子が右死亡者から扶養を受けていた 場合に、加害者は右配偶者等の固有の利益である扶養請求権を侵害したもので あるから、右配偶者等は、相続放棄をしたときであっても、加害者に対し、扶養 利益の喪失による損害賠償を請求することができるというべきである。しかし、 その扶養利益喪失による損害額は、相続により取得すべき死亡者の逸失利益の 額と当然に同じ額となるものではなく、個々の事案において、扶養者の生前の収 入、そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分、被扶養者各人につき扶養 利益として認められるべき比率割合、扶養を要する状態が存続する期間などの 具体的事情に応じて適正に算定すべきものである」。 ウ 賠償額は、損益相殺、過失相殺を経て決定される。→P496 参照

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賠償額 = 全損害の金銭評価 - 損益相殺 - 過失相殺

2 .被害者の死亡に関する問題

(1) 被害者の死亡と損害賠償請求権の取得 被害者が即死した場合、死亡した被害者本人が損害賠償請求権(逸失利益、慰謝料)を 取得し、相続人がこれを相続するか。死者には権利能力がないことから問題となる。 被害者が即死した場合でも、死亡した被害者本人が損害賠償請求権を取得し、相続人が これを相続すると解する。なぜなら、①もしこれを否定すると、即死の場合には損害賠償 を請求できないのに、受傷後死亡した場合には請求できることになり均衡を失すること、 ②致命傷と生命侵害には必ず時間的間隔があるので、被害者が致命傷により損害賠償請 求権を取得し、死亡によってこれが相続されると考えることができることからである。

解説

被害者の死亡(即死)と損害賠償請求権の取得 争点としては、①死者には権利能力がないことから、被害者が即死の場合に損害賠償請 求権を取得するが、②死者の逸失利益と相続人の扶養料等の二重取りとならないかなど がある。判例・通説は、被害者本人が死亡による財産的損害・精神的損害について損害賠 償請求権を取得し、それを相続人が承継するとする(大判大 15.2.16)。 (理由) ・もし即死した被害者本人の損害賠償請求権の取得を否定すれば、即死の場合と受傷後 死亡までの間に時間的間隔がある場合とで不均衡が生ずる。 ・相続によって承継した逸失利益と相続人の扶養料は選択的に行使させればよい。 ・死亡により人は権利能力を失うが、即死の場合であっても、その受傷と死亡との間に 理論上時間的間隔があるので、受傷時に被害者が請求権を取得しうる(時間的間隔説 -このほかにも極限概念説、人格承継説等の理論構成がある)。 (2) 生命侵害による慰謝料請求権の相続性 被害者の慰謝料請求権は相続の対象となるか。慰謝料請求権は一身専属権(896 条ただ

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し書)として相続の対象にならないのではないかが問題である。慰謝料請求権は相続の対 象になると解する。なぜなら、①慰謝料請求権が発生する場合における被害法益は一身専 属的ではあるが、これを侵害したことによって生じる慰謝料請求権そのものは純然たる 金銭債権であること、②遺族自身の慰謝料請求権(711 条)との関係については、実際の 損害額の算定において二重取りを防ぐ運用が可能であることからである。

解説

慰謝料請求権の相続性 争点としては、①慰謝料請求権はその性質上、一身専属権(896 条ただし書)として相 続の対象にならないのではないか、②死者の慰謝料と相続人の慰謝料の二重取りとなら ないかなどがある。 a かつての判例 慰謝料請求権は一身専属権であるとして、原則として相続されないが、生前に被害 者によって請求の意思表示がなされた場合に限って、相続を認めた(残念事件=大判 昭 2.5.30-被害者が死亡前に「残念、残念」と叫んだ場合は相続する)。 b 今日の判例 慰謝料請求権も、免除、放棄などの特別の事情がない限り、当然に相続の対象にな るとする(最大判昭 42.11.1)。 (理由) ・慰謝料請求権そのものは単純な金銭債権であるから、896 条ただし書の一身専属権 ではない。 ・遺族固有の慰謝料請求権(711 条)と被害者の慰謝料請求権の相続の両者を認めて も、慰謝料額は裁判官の裁量によって決せられるため、二重取りにはならず、不当 な結果は回避しうる。 ・もし相続性を否定するとすれば、被害者の生存中に慰謝料が支払われた場合とそう でない場合とで不均衡を生じる。

判例

最判昭 42.11.1 判旨:「ある者が他人の故意過失によって財産以外の損害を被った場合には、その者は、

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財産上の損害を被った場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権 利すなわち慰謝料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の 事情がない限り、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を 表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被 害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰謝料請求権を相続するものと解 するのが相当である」。 〔総合事例〕

参照

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