国語学教室 榎 と は じめ に 院政・ 鎌倉時代 の片仮名文献 は
,漢
字 と片仮名 の交 え方の相違 によって,二
類 に大別す ることが 提唱 されてい る(1ち 漢字表記が中心で片仮名表記 は助詞・助動詞・送 り仮名の類であるものを片仮名 交 り文,片
仮名表記が中心で若千の漢字表記 を交 えるものを漢字交 り片仮名文 として区別するもの である。 この二類の片仮名文 を,語
(自立語)の
表記 とい う観点か ら見 ると,片
仮名交 り文で は,語
の表 記 は原則 として漢字表記 とい うことがで きる。一方,漠
字交 り片仮名文で は,漢
字表記 されている 語 は字音語が中心であ り,そ
れ に若干の和語が加わ るものである。 この ような漢字交 り片仮名文では字音語 は多 く漢字表記 されるが,片
仮名表記 された例 も見 られ る。筆者 は先孜(動において,次 の3文
献 に見 られ る片仮名表記字音語 について,語彙的性格 の面か ら, なぜ これ らの語が片仮名表記 されたかについて考察 を加 えた。 『法華百座聞書抄』(『法華修法―百座聞書抄』勉誠社文庫・『法華百座聞書抄総索引』小林芳規編) 天仁3年
(1110)法華経 をある内親王 の発願 によ り,一
百座 にわたって開講演説 した法談 を筆記 した もの。現存 の法隆寺本 は平仮名文のよ り大 きな原本 を漢字交 り片仮名文で抄出し た もの と推定 され,院
政末期 の書写 とされる。 『図書寮本宝物集』(『宝物集』古典保存会) 平康頼が鬼界が島か ら治承3年
(1179)帰 洛後,数
年の間に撰述 された もの と考 えられ る。 図書寮本 は平康頼 自筆 と伝 えられ るが,鎌
倉初期 の書写 と考 えられ る。 F観智院本三宝絵詞』 (『三宝絵詞上・下』勉誠社文庫・『三宝絵詞 自立語索引』馬淵和夫監修 中 央大学国語研究会編)
′ 源為憲 の撰述。序 によれば永観2年
(984)尊 子内親王 に奉 られた。観智院本 は巻下 に文永 10年 (1273)書写の奥書がある。巻上 は片仮名交 り文・ 巻中下 は漢字交 り片仮名文 の表記様 式である。(なお,本
資料 においては,片
仮名表記字音語 の例 はすべて巻中・下か ら見出され た) 先孜で は,
これ ら3文
献 に見 られ る片仮名表記字音語 について,次
の平安中・ 後期和文5文
献 の 語彙 との比較 を行 った。 蜻蛉 日記 (『かげろぶ 日記総索引』佐伯梅友 。伊牟田経久) 久 木枕草子 (『枕草子総索引』榊原邦彦・ 武山隆昭 。塚原清・ 藤掛和美) 源氏物語 (『源氏物語大成索引篇』池田亀鑑) 紫式部 日記 (『紫式部 日記用語索引』東京教育大学中古文学研究会) 更級 日記 (『更級 日記総索引』東節夫・ 塚原鉄雄・前田欣吾) その結果,これ ら
3文
献 に見 られ る片仮名表記字音語 の内,普通名詞類0に和文文献 との共通語彙 の多い ことが分か った。各文献 にお ける片仮名表記字音語 中の固有名詞141と 普通名詞類 の用例数,お よび普通名詞類 中の和文共通語の用例数 を示 した ものが表1・2で
ある。 (表 1〉 用例 数 法 華 百 座 固 有 名 詞 81 (61.4%) 普通名詞類 51 (38.6%) 宝 物 集 固 有 名 詞 11 (29.7%) 普通名詞類 26 (70.3%) 三 宝 絵 詞 固 有 名 詞 9 (25.7%) 普通名詞類 26 (74.3%) 〈表2〉 用例 数 法 華 百 座 和文共通話 28 (54.9%) 普通名詞類 宝 物 集 和文共通語 15 (57.7%) 普通名詞類 三 宝 絵 詞 和文共通語 18 (69.2%) 普通名詞類 このことか ら,普
通名詞類 において は,片
仮名表記 されてい る語 の多 くが 日常 の言語表現 において 用い られた語0で
あって,これ らの語 は漢字の表意機能 を必要 とせず,語
形が示 され るのみで(つま り片仮名表記 され るのみで)語
として理解 され得たであろうことが推定 され る。一方,固
有名詞 に おいては,品
詞の性格上漢字の表意性が語 の理解 に対 して機能 しない と考 えられ る。 この ことは,実
際の書記 に際 して,普
通名詞類 においては,そ
の多 くを占める,日
常の言語表現 において用い られ る語 は,字
音語 との認識が明瞭 に持たれなか ったために片仮名表記 されやす く, また固有名詞同様,語
の理解 において漢字 の表意機能 を必要 としないために,片
仮名表記が許容 さ れやすかったた もの と考 えられる。一方,固
有名詞 においては,語
が内包 としての意味 を持たない ため,漢
字表記 を知識 として記憶 していなければ,語
の意味か ら漢字表記 を類推で きないために片 仮名表記 されやす く,ま
た漢字の表意性が語の理解 に対 して機能 しないため,意
図的にも片仮名表 記が許容 されやすい。 更 に,普
通名詞類 において,右
のような性格 の語が片仮名表記 されていることか ら,本
孜で取 り 上げた漢字交 り片仮名文資料3文
献 の書記者 は,字
音語 は漢字表記・ 和語 は片仮名表記 とい う表記 規則に原則 として従いなが ら,こ
れ らの文献 を書記 したものと考 えられる。つまり,日
常の言語表 現において用いられる字音語の片仮名表記が出現する背景には,字
音語 は漢字表記・和語 は片仮名 表記 という漢字交 り片仮名文の表記様式があるということが出来 よう。2
振 り仮 名 付 き字 音 語 の 話 彙 的 性 格 高羽五郎氏 は,そ
の御論孜0において,『法華百座聞書抄』『図書寮本宝物集』の片仮名表記字音語 における拗音表記 の有無 を振 り仮名付 き字音語 と比較 して,本
文 の片仮名表記 と漢字 に対す る振 り 仮名表記 とで拗音表記が異 なると述べてお られ る。高羽氏 は,本
文 の片仮名表記 に拗音表記が見 ら れないか極少数例 しかな く,漢
字 に対す る振 り仮名表記 に拗音表記が多 く見 られ ることな どを手掛 りとして,こ
れ らの文献 の本文 の表記 は中古和文 の表記 を踏襲 した ものであると述べてお られ るの である。しか し,既
に先孜で述べたように,『法華百座聞書抄』『図書寮本宝物集』『観智院本三宝絵 詞』 の片仮名表記字音語 には,普
通名詞類 において語彙的な偏 りが見 られ る。振 り仮名付 き字音語 において も,同
様 の偏 りが見 られ るのでなければ,片
仮名表記字音語 に拗音表記が見 られない こと が,表
記の異 な りと言 えない可能性があると考 えられ る。 そ こで,三
文献 に見 られ る振 り仮名付 き字音語 について,片
仮名表記字音語 と同様 に,固
有名詞 と普通名詞類 とに類別 し,平
安 中・ 後期和文5文
献 の語彙 との比較 を行 った。 なお,語
の検索 に当 つて は,漢
語サ変動詞 と名詞 とを区別 しなかった。 また,複
合語の下位要素であって も意味的に独 立性が高い と考 えられ るものは取 り上 げた。 シヤウ『法華百座聞書抄』
【
固有名詞】
蜻枕源紫更賞 ウ168 千
IFI千
暴菖 逢 争孝:ウ 012 XXX× × X× ×X× × × × ×X X× × × × X×○ ×X XX× ×X ×X× × × × × × × × X× × × × × × ×X× × × × ×X X× × × × × × ×XX × ○ ○ × ○ × × × ×X × × × × × ×X× X× × × × × × 安置 ウ201 不注チウ オ423 楊(楡)チフ盗タフ オ315 銅柱鉄裾 ウ291 弗カチヨク ウ003 チヨク 勅 ウ203 佛ツ勅 ウ049 三途 ウ286 ト 屠者 オ052 トウ 等 ウ224 夕]ナム拒ゴクフン シ1422 男 官 ウ219 日食 ウ237 懐任(妊
)ウ
412 身体髪ハフ ウ022 百練 オ367 ハ リ 頗梨 オ162 父フ母ホ ウ022 亡相天道 オ252 鬼魅旭両 ウ278 XX× XX ×OX× X XX× ×X X× ×XX × × ×X× × ×X× X ×XXX× × ×XX×X×
OXO
××OXO
OOOOO
XX× × × X× × × × × ×XX× X× × × × X× X× × × × × ×X × × × × × ×X× X× × × × ×X × × ×X× × ×XX× ×XX× X ×X× × × 早秩(魃)ハツ ウ101 祈念 ウ415 利 益 ク ウ220 行住 坐 臥 オ327 亡 涼 ウ047 □□国 ウ411 産生 ウ414 女識シイ オ422ウ
219 疾疫 ウ411 翻ン馬 ウ301地 涌 ウ041 弱(ラク ラ,444 楽 ウ118 舌Lラン Eク014 お欝ロウ ラr220 フツ 死(擁)護コ ウ227 恩 ウ141 『図書寮本宝物集』
【
固有名詞】
× × ×X× × × ×X× × ×X× X X× XXX XX× XX X× ×XX ×XO× × × ×XX× ×XX× X X× ×XX XX× XX XXXX× X× ×X× ×X× XX × × ×XX X× × ×X XXX× × ×X× ×X X× × ×X X× ×X× X× ×X× ×X× X× ×X× × × X× × ×X ×X× × × XXX× × ×X× ×X × ×X× X ×X× × × × × ×XX × ×X× X × × × ×X ×X× X× X× XXX 類 0 詞 4″ 勲
磁
” 抑
コ ]
↓ ]
瑠]
” ﹃
一鰤
″]
券 蜘
” ]
” 鰤
つ 蜘
滑 期
ル 蜘
XXX× × XXO× × ×X× X× XXX× × ○○○○○ ×XO×
× ○○○ ×X
× ×XXX X× × ×X ×XXXX XXX× X XXX× X X× × ×X XXXX× XX× XX XXXX× X× × × × X× × × × × × ×XX × ×X× X ×XX× X × × × ×X × × ×X× ×XX× × X× × ×X ×XX× × X× ×X× ×XXX× ×○OXO
XOOOX
×X× XX X× XXX と が 分 か る 。 04 0 30 30 4 0 67﹃
ル 攀
イ]
″ ]
中 蜘
” ]
ブヽクイ]
力 ]
を 申
″ 翔
つ 噺
”﹃
︻ 鋤
” 仰
『観智院本三宝絵詞』 【固有名詞】 巨鯛女 中02オ 1題 中33ウ6地 アイ 需禅師 中03ウ5地 金剛 山 寺 下30オ6地 宇陀羨工 上02ウ8地 奈女 下12ウ備司 風行 天 下60ウ 1詞 維衛仏 下15オ痛司【
普通名詞類】
干菖 下60オ2地 窟 下27ウ3話 画讃 下73ウ 1地 棺 中14ウ4地 渫豆 下13オ5詞 看花示位 下66オ 1地 仙霊 下27ウ3話 地 下27ウ3話 帝姫 中37ウ5地 伏蔵 下27ウ3話峯
ウ
誌面
下
73オ6地 固有名詞・ 普通名詞類 ともに, 片仮名表記字音語 と同様 に用例数 平安 中・ 後期和文5文
献 に見 られ る語が極少 ない こ を数値 として示 した ものが表3,4で
ある。(表3〉 用例数 法 華 百 座 固 有 名 詞 8 (16.3%) 普通名詞類 41 (83.7%) 宝 物 集 固 有 名 詞 28 (68.3%) 普通名詞類 13 (31.7%) 三 宝 絵 詞 固 有 名 詞 7 (38.9%) 普通名詞類 11 (61.1%) く表4〉 用例数 法 華 百 座 和文共通話 6 (14.6%) 普通名詞類 宝 物 集 和文共通語 4 (30.8%) 普通名詞類 三 宝 絵 詞 和文共通語 2 (18.2%) 普通名詞類 11 この ことか ら
,ま
ず普通名詞類 の語彙的性格 は,日
常 の言語表現 に用い られることの少ない もの ということが考 えられ る。漢字表記 の語 に振 り仮名が附 され る理由は幾つか考 えられ るが,大
きな 理由の一つ としてその語が未知 の ものであって,ど
の ように音声化す るか不明である場合が考 えら れる。 このように見 ると,普
通名詞類 については,片
仮名表記字音語 と振 り仮名付 き字音語 とは語 彙的性格が 日常の言語表現 に用 い られ る語 と,日
常の言語表現 に用い られ ることの少ない語 とい う 相対立す る性格 を持 っていると言 うことが出来 る。 一方,固
有名詞 については,普
通名詞類 と同様 の観点か ら,語
彙的性格が同 じか どうか は明 らか に出来 ない。片仮名表記字音語・ 振 り仮名付 き字音語共 に平安中 。後期和文5文
献 との共通語彙 は 無いかあって も極少数であるが,時
代 とジャンル とを異 にすれば,用
い られ る固有名詞が大 き く異 なることが考 えられ,共
通話彙 の有無 をもって,日
常の言語表現 において用 い られた語であったか どうか は判断 し難い。 しか し,多
くの語 は日本以外 の人名や地名 な どであるか ら,字
音語 として認 識 されたであろう。3
拗 音 表 記 の分 布3文
献の片仮名表記字音語・振 り仮名付 き字音語中に見 られる拗音表記を含む語 は次の通 りであ る(『法華百座聞書抄』には,漢
字の右傍ではな く,右
下に片仮名小字表記によって字音が記 された 例がある。 これは,右
傍の振 り仮名 とは,書
写の過程が異なる可能性があるが,同
一の語に右傍の 振 り仮名 と右下の片仮名小字表記 とが見 られ,拗
音表記についても差異が見出されないので,一
括 して扱った)。 なお,頭
子音のない形および直音表記形 は全体 に亘ってみられる。 『法華百座聞書抄』 【振 り仮名付 き字音語】 鰤 名詞類〉 亡 涼 ウ047 賞 塑 68 センカウシヤツチヤウ 先 孝 聖 朝 ウ012 弟カテヨク Eン003 チヨク 勅 ウ203先孝 聖 朝 ウ012 行住坐臥 オ327 クフウリヤウ 亡 涼 ウ047 夕3ナムτ子クワン ラ1422 男 官 ウ219 『図書寮本宝物集』
【
片仮名表記字音語】
〈
固有名詞〉
孟 シヤ ウ君 (嘗) 278
カウ リヨ (聞間)437
〈普通名詞類 〉 ハ ム シヤ ウ (繁盛) 736
チヤ ク (嫡)548
【振 り仮名付 き字音語】 〈固有名詞〉 道 隆(澄)303
項(頃
)羽438
匡 衡300
これ らの用例が, 3文
献 の片仮名表記字音語・ 振 り仮名付 き字音語 の固有名詞・ 普通名詞類 中に どのように分布 しているかを次 に見 たい。表中分母部分が固有名詞・普通名詞類 の用例数,分
子部 分が拗音表記 を含 む語 の用例数である。なお, 1語
中に拗音表記が2ヵ所 ある場合 には2例
と看倣 した。 睾賢493
郭 巨(臣)045
モウタエツ 毛 血 律師 567 __〈 普通名詞類〉 蒋 種437
筈葦 828 緑 込875
繹 種437
『観智院本三宝絵詞』【
振 り仮名付 き字音語】
〈
固有名詞〉
風行 天 下60ウ 1詞 巨鯛女 中02オ1題 中33ウ6地 〈普通名詞類〉 霊 応面 下73オ6地 棺 中14ウ4地 画讃 下73ウ1地 く表5〉 片仮名表記 字音語 振 り仮名付 き 字音語 法 華 百 座 固 有 名 詞 0 一 8︲ 0 一 8 普通名詞類 0 一 5 . ・ 0 一・ 宝 物 集 固 有 名 詞 2 一 H 6 一 28 普通名詞類 2 一 26 4 一 13 三 宝 絵 詞 固 有 名 詞 0 一 9 3 一 7 普通名詞類 0 一 26 3 一■表 5よ り