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平成 22 年度 「公的サービス 」研究会報告書

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第 5 章 わが国における高脂血症治療薬の適正使用にかかる経済的

評価(1)

川上 浩司1、樋之津 史郎2、漆原 尚巳3、大西 佳恵4

1 背景

2004 年に 31 兆円であった国民医療費は、2009 年に 35 兆円となり年々増加の傾向にある1。急激な高齢化や 医療の高度化により日本の国民医療費は今後も増加の傾向をたどると考えられる。日本では、生活習慣の欧米 化が肥満増加の一因となり、脂質異常症、糖尿病、代謝異常にともなう高血圧の増加をもたらした2。脂質異常症 の患者数は、1996 年度男性 260,000 人、女性 705,000 人と推計されたものが、2005 年度には、男性 427,000 人、女性1,103,000 人と年々増加傾向にある (図 1-1)3。 脂質異常症の患者数 0 200000 400000 600000 800000 1000000 1200000 1996 1999 2002 2005 年度 患者数 男性 女性 出典:2008 年 世界の脂質異常症薬市場 総合企画センター大阪 図1-1 日本の脂質異常症患者数の男女別推移 世界保健機構(WHO)の 2004 年版の保健統計によると、日本では約 30%の死因を虚血性心疾患と脳血管 疾患をはじめとする心血管疾患が占めている。2002 年の人口動態調査によると、虚血性心疾患は死因の 7% 程度であるので、依然として冠動脈疾患発症率の絶対頻度は欧米の主要国の約1/3 程度と低い (図 1-2)4。 1 京都大学大学院医学研究科 薬剤疫学 教授 2 京都大学大学院医学研究科 薬剤疫学 准教授 3 京都大学大学院医学研究科 薬剤疫学 助教 4 京都大学大学院医学研究科 薬剤疫学 博士後期過程

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49 0 50 100 150 200 250 日本 フラ ンス ドイツ スウ ェー デン イギ リス アメ リカ 合衆国 / 1 0 0 ,0 0 0 人( 年) 心血管疾患虚血性心疾患 脳血管疾患

参照: Health statistics and health information system, Disease and injury country estimates WHO, 2004 図1-2 100,000 人あたりの国別心血管疾患年齢調整後死亡率 (/年) 日本では、脂質異常症の患者数は多いが冠動脈疾患の発症確率は諸外国と比較して低いと考えられ、比 較的低い発症確率の患者が多いと推測される。2007 年版の動脈硬化性疾患予防ガイドラインによると、動脈 硬化発症の主たる危険因子の脂質異常症、高血圧、糖尿病、喫煙などを総合的に管理することと、一次予防 においては生活習慣の改善が重要であるといわれている5。また、ガイドラインでは脂質異常と診断された患者 に対しての管理基準として動脈硬化性疾患の危険度に従ったカテゴリー別管理目標を設定している (表1-1)。 表1-1 リスク別脂質管理目標値 出典:動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007 版、日本動脈硬化学会 脂質異常症の患者のなかでも、年齢、性別、コレステロール値、高血圧、糖尿病、喫煙などさまざまな危険因 子があり、すべての脂質異常症の患者が冠動脈疾患発症防止のためにスタチンによる薬剤治療を行うべきか

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50 どうかは検討が必要であると考えられる。 本研究では、スタチンによる治療効率が低いと考えられる患者層があるという仮説について検討する。はじ めに、これまでスタチンの治療に関して得られている臨床的及び経済的エビデンスに基づき概説する。続けて これらの文献的考察に基づき、日本での疫学データによる冠動脈疾患リスク推定によって、危険因子集団別に 冠動脈疾患の発症率を推定し、冠動脈疾患の1 人のイベント発症防止に必要な治療人数推定を行い、治療効 率が低い患者層の検討を行う。

1-1 スタチン

スタチンは、高脂血症の治療薬で、HMG-CoA 還元酵素阻害薬とよばれ、HMG-CoA 還元酵素の働きを阻 害することによって、血液中のコレステロール値を低下させる薬物の総称である。1973 年に日本の遠藤章らに よって最初のスタチンであるメバスタチンが発見されて以来、様々な種類のスタチンが開発され、高コレステロ ール血症の治療薬として世界各国で使用されている。スタチン系薬剤は、日米欧の市場で 2008 年度では 2 兆円近い売り上げがあり、日本国内でも2,000 億程度の売り上げがあり広く脂質異常症の患者に使用されてい る6。

1-2 日本におけるスタチンの臨床試験結果

日本で行われた大規模なスタチンの臨床試験は、KLIS(Kyushu Lipid Intervention Study)、PATE (Practitioner's Trial on the Efficacy of Antihypertensive Treatment in the Elderly) 、 MEGA (Management of Elevated Cholesterol in the Primary Prevention Group of Adult Japanese)、JELIS (Japan EPA Lipid Intervention Study)などがある7。その中で、無作為試験で40 歳から 70 歳代の男女を

組み入れた冠動脈疾患イベントの一次予防試験は、MEGA と JELIS がある。

MEGA study は、日本で初めて行われた高コレステロール血症の患者を対象にした大規模なスタチン (Pravastatin)の冠動脈疾患の一次予防試験である。エンドポイント時での結果では、食事療法+スタチン治療 群で19%の LDL-C(Low Density Lipoprotein –Choresterol)低下、食事療法+スタチン群は食事療法群と 比較して 33% (HR=0.67,95%CI 0.49-0.91)の冠動脈疾患イベントの予防効果がみられた8。全集団におい

て平均5.3 年の追跡期間で、1 人のイベント発症防止に必要な治療人数(Number Need to Treat (NNT)) は 119 人であった(図 1-2-1)9。このNNT を欧米のスタチンの臨床試験結果と比較すると、例えば、北欧で行われ

たスタチン(Simvastatin)の冠動脈疾患の二次予防試験の 4S(Scandinavian Simvastatin Survival Study)試験では、平均 5.4 年追跡期間で NNT は 14 人10、アメリカで行われた冠動脈疾患の一次予防試験で

あるAFCAPS(Air Force/Texas Coronary Atherosclerosis Prevention Study)試験では、平均 5.2 年の追 跡期間で、NNT は 50 人11であり、MEGA Study での 119 人という NNT は、試験間での対象集団の相違な

どはあるが比較的高いといえる。また、MEGA Study においての女性でのサブグループ解析では、最終エン ドポイントにおける、1 人のイベント発症防止に必要な治療人数(NNT)は女性で 294 人となった。5 年間のイベ ント率は、試験に参加した女性のうち、64 歳以下で 2%以下、65 歳以上の女性でも 3%以下と相対的に低かっ た12。

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H. Nakamura, for the MEGA Study Group, “Primary prevention of cardiovascular diseases among hypercholesterolemic Japanese with a low dose of pravastatin”,

Atherosclerosis Supplements 8 (2007) 13–17 図1-2-1 MEGA 試験の結果: 食事療法群と食事療法 + プラバスタチン群での主要評価項目(冠動脈イベント)の発現率比 JELIS Study は、すでにスタチン系薬剤を服用している高コレステロール血症患者に、高純度イコサペンタ エン酸(EPA)を投与して、冠状動脈系イベントの一次および二次予防効果を検討した試験である。この試験で は、イコサペンタエン酸投与群は、イコサペンタエン酸を投与されていない群と比較して、一次および二次予 防を含めた全集団で有意に19%(HR=0.81,95%CI=0.69-0.95)の冠状動脈系イベントの予防効果がみられた。 JELIS、MEGA ともに一次予防を対象とした全集団での、平均 5 年間の追跡期間の血管イベント率は 3%以 下である1314。AFCAPS の平均 5.3 年間の追跡期間でのコントロール群 6.7%とスタチン群 10.3%と比較しても 低いイベント発症率である(図 1-2-2)。

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Oba S, Sasaki J., “Treatment of hyperlipidemia from Japanese evidence.” J Atheroscler Thromb. 2006 Dec;13(6):267-80.

図1-2-2 MEGA 試験(一次予防)とJELIS 試験(一次予防、二次予防、全体集団)での 冠状動脈イベントの発症率

1-3 経済的評価とスタチンの文献的考察の方法

費用効果分析(Cost Effectiveness Analysis)は、費用効用分析(Cost Utility analysis)を含めて費用効 果分析といわれる。費用効果分析は、治療など介入に伴う費用と効果について予防・治療できる症例数や救命 できた人数、生存年数などの一般的な尺度を用いて比較する。費用効用分析は、Quality adjusted life years (QALYs)などの質で調整した単位で表される尺度を用いて行われる15。

スタチンの文献的考察は、海外でのスタチンの費用効用分析の論文は、Cost-Effectiveness Analysis Registry (CEA registry)から費用効用分析の研究を取り上げた。 また、 イギリスの HTA Programme (Health Technology Assessment Programme) が行ったスタチンの経済的評価の研究も別立てで取り上 げた。 日本では、スタチンの費用効果に関係した研究も含め Pubmed や医中誌で検索された研究を取り上 げた。

1-4 スタチンの経済的評価

Cost-Effectiveness Analysis Registry (CEA registry) は、The Center for the Evaluation of Value and Risk(Tufts Medical Center, Boston MA, U.S.A.)が論文審査のある学術専門誌で発表された費用効 用分析の論文に質的評価を加えた後、選択された 2,500 近い論文をデータベース化している16。 CEA

Registry で、‘スタチン’のキーワードで費用効用分析研究の検索を行ったところ 40 件の費用効用分析研究が 検索された。その中で、心血管疾患の一次予防の費用効用分析研究に該当した主な費用効用分析研究をまと め以下に示し(表1-4-1)、簡単な要約をその後に記した。

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53 表1-4-1 費用効用分析の研究 研究 解析モデル 予防段階 (国) 研究内容 おもな結果 Puera ら, 2008 マルコフモデル 一次予防・二次 予防 ( フ ィ ン ラ ン ド) 対象疾患:虚血性心疾患 薬剤:アトロバスタチン 2mg、 ロスバスタチン 10mg、 シンバスタチン 40mg モデルケース:55 歳男性 時間地平:一生涯 分析の立場:支払者 費用算出年:2006 年(€) 割引率:3% (費用)、3% (QALYs) 支払い意志額が質調整 生存年(QALY) 約 €40,000 の場合は、ロ スバスタチン 10mg が 50%以上の確率で費用 対効果が高い Pignone ら、2006 マルコフモデル 一次予防 (アメリカ) 対象疾患:心血管疾患 薬剤:スタチン、 スタチン+アスピリン モデルケース:45 歳男性 時間地平:一生涯 分析の立場:支払者 費用算出年:2003 年(U.S.ドル) 割引率:5% (費用)、5% (QALYs) 10 年間の心血管疾患の 発症リスクが7.5%以上 の45 歳男性では、アス ピリンが費用対効果が 高く、10%以上の 45 歳 男性では、アスピリン +スタチンの費用対効 果が高い Ramsey ら、2008 マルコフモデル 一次予防 (アメリカ) 対象疾患:心血管疾患 薬剤:アトロバスタチン10mg、 スタチン以外 平均年齢:中年層男性 分析の立場:支払者 時間地平:一生涯 費用算出年:2005 年(U.S.ドル) 割引率:5% (費用)、5% (QALYs) 糖尿病以外の心血管疾 患発症危険因子がある 患者では、アトロバス タチン 10mg は、長期 的にみればアトロバス タチン10mg は費用対 効果が高い Liewら、 2009 マルコフモデル 一次予防 (韓国) 対象疾患:虚血性心疾患 薬剤:配合剤(アトロバスタチン +カルシウムチャンネルブロッカ ー)と現行治療(降圧薬、抗高脂 血症薬) 費用算出年:2007(韓国ウオン) モデルケース:45 歳以上男女 分析の立場:支払者 時間地平:一生涯 割引率:5% (費用)、5% (QALYs) 45 歳以上の男女で、虚 血性心疾患の一次予防 においては、現行の降 圧薬と抗高脂血症薬に よる治療と比較して配 合剤は費用対効果が高 い 小林ら、 2005 1.5 日本におけるスタチンの経済的評価に記載 Peura らはアトロバスタチン 2mg、ロスバスタチン 10mg、シンバスタチン 40mg の 3 種類のスタチンによる

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虚血性心疾患の一次予防と二次予防の費用効用分析を行っている。フィンランド人の55 歳男性をモデルケー スとして、10 年間の心血管疾患発症リスクが 3.3%から 6.6%の集団をマルコフ推移モデルにより仮想集団を発 生させ、虚血性心疾患の危険因子などを考慮し一生涯におこる虚血性心疾患イベントをシミュレーションにより 推定している。スタチンによる虚血性心疾患イベントのリスク減少推定には、フィンランド人を対象とした疫学研 究の FINRISK(Finrisk Haemostasis Study)からの心血管疾患発症リスク推定と北欧で行われた4S (Scandinavian Simvastatin Survival Study)からの結果を適用している。支払い者の立場から一生涯に必 要な治療費用とQALYs を算出し、割引率は 5%の条件で分析を行っている。その結果、支払い意志額が質調 整生存年(QALYs) で約€40,000 の場合は、ロスバスタチン 10mg が 50%以上の確率で費用対効果があると 報告している17 Pignone らは、アスピリン、スタチン、アスピリン+スタチンの治療と治療なしによる心血管疾患の一次予防の 費用効用分析を行っている。アメリカの45歳男性をモデルケースとして 10 年間の心血管疾患の発症リスクが 2.5%, 5%, 7.5%, 10%, 15%, 25%の場合で、マルコフ推移モデルにより、支払い者の立場から一生涯の時間 水平で推定を行っている。10 年間の心血管疾患の発症リスクが 7.5%以上の 45 歳男性ではアスピリンの費用 対効果が高く、10%以上の 45 歳男性では、アスピリン+スタチンの費用対効果が高いと報告している18。

Ramsey らは、アトロバスタチン 10mg とスタチン(HMG-CoA reductase inhibitor)以外の治療による心血 官疾患発症の一次予防の費用効用分析を糖尿病の集団で行っている。マルコフ推移モデルにより、アメリカの 支払い者の立場から5 年から一生涯の時間水平で費用と QALYs のディスカウント率それぞれ 3%の条件で、 CARDS (Collaborative Atrovastin Diabetes Study)からのアトロバスタチンの効果をリスク減少に適用して 行った。糖尿病以外の心血管疾患発症危険因子がある患者では、アトロバスタチン 10m 治療とスタチン以外 の治療では、アトロバスタチン 10mg は、5年時では QALYs は$US137,276 と高額であったが、10 年時では QALYs は$US3,640 となり、25 年時ではスタチン以外の治療と比べて費用対効果が高く、長期的にみればア トロバスタチン10mg は費用対効果があると報告している19。 Liewらは、アトロバスタチン+カルシウムチャンネルブロッカーの配合剤と韓国においての降圧薬もしくは抗高 脂血症薬の現行治療による冠動脈疾患の一次予防の費用効用分析を45歳以上の集団でおこなっている。 韓国 の支払者の立場から一生涯の時間水平で費用とQALYsのディスカウント率それぞれ5%の条件でRespond Trialの結果からアトロバスタチンの効果をリスク減少に適用し、2005年度の Korean National Health and

Nutrition Examination Survey (KNHNES)から得られた心血管疾患を発症していない集団のうち降圧治療と

高脂血症治療の必要な集団の疫学情報をマルコフ推移モデルに適用して解析した。増分費用効果比

(Incremental Cost-Effectiveness Ratio: ICER)は、7,773,063韓国ウオン (1300 KRW ≈ US $1)であり、45

歳以上の集団では、配合剤は降圧薬もしくは抗高脂血症薬による現行の治療と比較して心血管疾患の一次予防 に費用対効果が高いと報告している20。

1-5 Health Technology Assessment Programme によるスタチンの経済的評価

Health Technology Assessment Programme(HTA Programme)は、1993 年に設立され、現在は国立 保健リサーチ機構(National Institute for Health Research: NIHR)の一部門であり、国立健康保健 (National Health Service:NHS)の支援サービスを計画、提供、または享受する人々に対する医療や医療 検査の効果と費用、そしてより一般的な影響力について独立した調査情報を示している21。 HTA Programme では、1999 年にスタチンの経済的評価を行い22、2007 年に再びスタチンの経済的評価 を行っている。以下に2007 年の研究結果の要約を記す。2004 年までのデータに基づいたスタチンの系統的 レビューでは、スタチンの冠動脈イベント防止の臨床効果および、心血管疾患(CVD)の一次・二次予防に関 係した文献を収集、質的評価後、31 のランダム化試験の有効性と 5 つの UK での研究での経済的評価をまと め、それらの結果をもとに心血管疾病防止におけるスタチン使用の経済的評価を行った。その結果、スタチン

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による2 次予防において、国民医療サービス(NHS:National Health Service)では、原則無料で受けられる 治療(β ブロッカー、アスピリン)と比較して費用対効果があったが、1 次予防では、費用対効果比は冠動脈疾患 のリスクや年齢に依存していた23 。研究年度や集団、将来のスタチンの価格や割引率などそれぞれの研究結

果に比較可能性の限界はあるものの、1 年の余命を延長させるために必要な費用(Cost per Life-Year Gained)は、二次予防では、£6000 から£40,000 で、一次予防では、£8,000 から£30,000 であったが、中 には£136,000 という研究結果もあった。マルコフモデルによるスタチンの経済的評価では、男女別に 45 歳か ら85 歳の集団を一生涯の時間水平(Time Horizon)で U.K.の NHS の立場から 1.5%から 6%の割引率の条 件下で 10 歳ごとに費用効用分析を推計した。二次予防では、費用増分効果比(ICER: Incremental Cost-Effectiveness Ratio)は、£10,000 から£17,000 であり性別による相違はあまり見られなかった。冠動 脈疾患の二次予防においてのスタチン治療は、感度分析の結果、おおむね£20,000 が閾値となり治療の妥 当性が確認された。 一次予防では、費用増分効果比は、年間の冠動脈疾患発症リスクが 3%と 0.5%男性で、 平均で£20,000 から£28,000、女性では、£21,000 から£57,000 であり、冠動脈疾患の危険因子や年齢に よってICER に違いがみられた。スタチンは、2 次予防においては、現行の NHS サービスの中で費用対効果 があるが、一次予防においては、年齢や危険因子によって相違があり一概にはいえない。U.K.で発表された 心血管疾患の積極的な治療を行うというガイドライン24は支持すると、HTA Programme は結論づけていた。

1-6 日本におけるスタチンの経済的評価

日本では、PubMed、医中誌のデータベースで、“スタチン”、“経済的評価”などのキーワードで検索した結 果、5 件のスタチンによる心血管疾患の経済的評価研究が行われていた。以下に経済的評価研究の一覧表を 作成し(表1-6-1)、その後に研究内容の要約を記した。 表1-6-1 研究 解析モデル 対象集団 研究内容 おもな結果 橋本ら、 1998 NNT による費用 推定 高コレステロー ル血症 薬剤:プラバスタチン 10mg 心筋梗塞を1人減らすのに 必要な費用=1人あたり費 用×NNT 一人の心筋梗塞を減らす のに男性1.3 億円、女性 5.3 億円の費用が必要 片山ら、 1999 費用効果分析 マルコフモデル 高コレステロー ル血症 薬 剤 : プ ラ バ ス タ チ ン 10mg 、 フ ル バ ス タ チ ン 30mg 費用算出年: 1998 年(円) モデルケース:50 歳男女 分析の立場:支払者 割引率: 実施せず 割引率:5% (費用),5%(効果) プラバスタチンの費用対 効果は無治療に対して、 50 歳男性では 489 万円/ 生存年、50 歳女性では、 858 万円/生存年

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56 小林ら、 2005 費用効用分析 マルコフモデル 高コレステロー ル血症(一次予 防) 対象疾患:冠動脈疾患 薬剤:プラバスタチン10mg、 20mg 費用算出年: 2002 年(円) モデルケース:60 歳男女 分析の立場:支払者 時間地平:一生 割 引 率 :3% ( 費 用 ) 、 3% (QALYs) 冠動脈疾患の一次予防に おいてプラバスタチンの 費用対効果はリスクによ って相違があり低リスク 集団では費用効果がある とはいえない 高橋ら、 2006 仮想治療集団に よる費用効果分 析 高コレステロー ル血症 薬剤:プラバスタチン、 アトルバスタチン、 シンバスタチン、 フルバスタチン 費用算出年:2002 年 コレステロール低下のため の一年間の薬剤費 プラバスタチンに対して 、アトルバスタチン、フ ルバスタチンは費用効果 が高い 池田ら、 2008 費用効用分析 マルコフモデル 高コレステロー ル血症 薬剤:ロスバスタチン2.5mg、 アトルバスタチン10mg、ピタバ スタチン2mg、プラパスタチン 10mg 費用算出年:2006 年(円) モデルケース:60 歳男性 分析の立場:支払者 時間地平:一生 割 引 率 :3% ( 費 用 ) 、 3% (QALYs) 高コレステロール患者にお いて、ロスバスタチン、ア トルバスタチン、ピタバス タチン、プラバスタチンと 比較してロスバスタチン2. 5mgは費用効果が高い 橋本らは、総コレステロール240mg/dlの集団で他の動脈硬化発症の危険因子がない脂質異常者で男女別 に5 年間の NNT を求め、男性では 376 人、女性では 1,550 人で、一人の心筋梗塞発症防止のために男性 では1.3 億円、女性では 5.3 億円の費用がかかると推定した(算定時期不明)25。 片山らは、高コレステロール血症の患者でプラバスタチンとフルバスタチンの経済的評価を支払い者の立場で 行い、50 歳男性ではプラバスタチンは 489 万円/生存年、50 歳女性では、プラバスタチンは 858 万円/生存年 であった(1998 年時の費用算定)26。 小林らは、冠動脈疾患(動脈硬化)においてのプラバスタチンの一次予防の費用対効果を2002 年の動脈硬 化ガイドラインに沿って算出している。その結果によると、低リスクの患者での増分費用効果比は、低リスク集団 では、男性では4,400 万円、女性で 7,600 万円、高リスクの患者集団では、男性で 750 万円、女性で 430 万 円と集団によって大きな相違があった(2002 年時の費用算定)27。 高橋らは、日本で治療されている高コレステロール血症患者1,000 人の仮想集団を発生させ、一年間にスタ チン製剤で治療にかかった費用とスタチン製剤で治療目標に到達した患者数を算出して、汎用度の高いプラ バスタチンと他のスタチン製剤で増分費用効果比を求めた。その結果、アトルバスタチン、フルバスタチンはプ ラバスタチンに対して費用対効果が高かった(2002 年時の費用算定)28。 池田らは、一般的な高コレステロール血症患者と重症の高コレステロール血症患者での4種類のスタチン治療 の費用対効果をフラミンガハムリスク推定式により日本人集団に調整し、経済的評価を実施した。一般的な高コレ

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ステロール患者を対象とした場合の質調整生存年は、アトルバスタチンが最も大きかったが、ロスバスタチンに対 するアトルバスタチンの増分費用対効果比は11億円と非常に高額であったと報告している(2006年時の費用算 定)29。

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1-7 考察

スタチンによる心血管疾患の一次予防、二次予防においての費用対効果は、対象集団の年齢や性別、コレ ステロール値、合併症などの心血管疾患発症の危険因子が結果に大きく影響していると考えられる。 また、ス タチン治療は対象集団によっては、5 年、10 年、25 年、一生涯など、時間水平で費用対効果に相違がみられ ることもある。それぞれの国での費用効果分析の結果は、治療費・薬剤費を含む医療環境や医療制度、社会 環境などが違うので、日本にそのまま適用するのには注意が必要だと考えられる。 日本でのスタチンの経済的評価は、海外の文献によるスタチンの長期臨床試験の結果や日本での短期のスタ チンの効果によるイベント推定や、米国での冠動脈疾患発生を予測するフラミンガハムリスク推定値によるイベン ト推定もあり、イベントやリスク推定が過大・過小評価されている可能性もあると考えられる。 日本で脂質異常症の患者に処方されているスタチンの薬剤費だけでも 2,000億近くを費やしており、関連す る診療費などを含めると膨大な医療費が費やされている。日本でもスタチンの経済的評価は、さまざまな心血管 疾患発症の危険因子をもつ集団で評価することが必要だと考えられる。

2 スタチンによるイベントを防止するために必要な治療人数(NNT)の研究

1 章の背景で述べたように、日本での脂質異常疾患者は増加の傾向があり、脂質異常症の医療費も患者数 の増大に伴い増加の傾向にある。 しかしながら、脂質異常症の患者のなかでも、年齢、性別、コレステロール 値、高血圧、糖尿病、喫煙などさまざまな心血管疾患発症の危険因子があり一概に脂質異常症の患者が薬剤 治療を始めるべきかどうかはよく検討すべきである。 本ディスカッションペーパーにおいては、スタチンの経済的評価の前段階として脂質異常症患者の冠動脈疾 患のイベント防止に必要なスタチンの治療人数(NNT)をリスク別の集団で推定し、スタチンによる治療効率が 低い患者層の検討を行う。

2-1 研究方法

2007 年版動脈硬化性疾患予防ガイドラインを参考し、MEGA study のプラバスタチンの冠動脈疾患のリス ク発症減少率とJALS-ECC 冠動脈疾患リスク推定により脂質異常症患者に対する抗高脂血症薬治療による冠 動脈疾患の 1 人のイベント発症防止に必要な治療必要人数(Number need to treat: NNT)を推定する。 NNT は、一人の患者の心血管イベント発生を予防するためには、何人の患者に対してスタチン治療を行わな ければならないのかという指標であり、以下のように推定される。

絶対リスク低下率(Absolute Risk Reduction: ARR)

= 無治療群イベント発生率 (Control Event Rate:CER)

― 治療群イベント発生率(Experimental Event Rate:EER) (2.1) 1 人のイベント発症防止に必要な治療人数(NNT) = 1/絶対リスク低下率(ARR) (2.2) 例えば、5 年間スタチン治療を継続した場合の NNT が 1,000 の場合、1,000 人のスタチン治療を継続する ことで心血管イベントを発症する人は1 人減ると想定される。 NNT が低ければ低いほど治療効率はよいとい える。 プラバスタチンの効果は、MEGA Study での 5 年間の冠動脈疾患の多変量調整後のイベント減少率 30% (HR=0.7, 95%CI 0.50-0.99)30を適用し、冠動脈疾患イベントでも疾病発症後の重篤性が高くエンドポイント

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で有意に疾患イベントが減少した(HR=0.52, 95%CI 0.29-0.94)心筋梗塞を指標として推定する。

心筋梗塞発症リスク推定には、9つのコホートからの男女15,269 人(160,887 人年)の疫学データから冠動 脈疾患発症がない患者においてのnon-HDL コレステロールと総コレステロールによる値別、年齢、性別、高 血圧、糖尿病、喫煙のカテゴリー別に急性心筋梗塞のリスクスコア(Total Score)を推定し、そのリスクスコアか ら急性心筋梗塞の発症リスクを推定しているJALS-ECC(Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study- Existing Cohorts Combine)31を使用した。5年間の急性心筋梗塞予測発症率は、MEGA study の結果で公

表されていた総コレステロール値のモデルからの予測発症率を適用し以下の式で求められた。

5年間の急性心筋梗塞予測発症率(%) = [1-exp(-0.000175x1.0718Total Score)] x 100 (2.3)

対象集団は、総コレステロールが240mg/dL の患者を想定し、リスク集団のカテゴリー化は、2007 年版動脈 硬化性疾患予防ガイドラインの一次予防での低リスク群、中リスク群、高リスク群の定義に従い、5年間の急性 心筋梗塞予測発症率をリスク集団別に45 歳、55 歳、65 歳、75 歳の年齢別、男女別に急性心筋梗塞予測発症 率を推定した。

2-2 結果

2-2-1 男女別の危険因子ごとの冠動脈疾患発症率

JALS-ECC リスク推定よる男女別の危険因子ごとの急性心筋梗塞予測発症率を表 2-2-1-1 に示した。男性の 危険因子がないリスク集団では、45 歳の 5 年間の急性心筋梗塞発症予測率は、10,000 人あたり 8 人、55 歳で は22 人、65 歳では 44 人、75 歳では 71 人であった。 一方、女性の危険因子がないリスク集団では、45 歳の 5 年間の急性心筋梗塞発症予測率は、10,000 人あたり 3 人、55 歳では 7 人、65 歳では 14 人、75 歳では 23 人 であった。また、男性で、喫煙, 高血圧(グレード II), 糖尿病の危険因子を持つリスク集団での 45 歳の 5 年間の 急性心筋梗塞発症予測率は10,000 人あたり 38 人、55 歳では 100 人、65 歳では、199 人、75 歳では 321 人 であった。 女性で、喫煙, 高血圧(グレード II), 糖尿病の危険因子を持つリスク集団での 45 歳の 5 年間の急性 心筋梗塞発症予測率は10,000 人あたり 13 人、55 歳では 33 人、65 歳では、66 人、75 歳では 107 人であった。 表2-2-1-1 JALS-ECC リスク推定による 10,000 人あたりの 5 年間での急性心筋梗塞予測発症率 心血管疾患発症リスク Gender 45 歳 55 歳 65 歳 75 歳 (年齢・性別以外の)危険因子なし 男性 8 22 44 71 (年齢・性別以外の)危険因子なし 女性 3 7 14 23 喫煙 男性 12 31 62 100 喫煙 女性 4 10 20 33 高血圧 (グレード I) 男性 12 31 62 100 高血圧 (グレード I) 女性 4 10 20 33 高血圧 (グレード II) 男性 18 47 93 151 高血圧 (グレード II) 女性 6 15 31 50 糖尿病 男性 13 33 66 107 糖尿病 女性 4 11 22 35

(13)

60 喫煙/高血圧 (グレード I) 男性 17 44 87 141 喫煙/ 高血圧 (グレード I) 女性 5 14 29 47 喫煙/ 高血圧 (グレード II) 男性 25 66 132 213 喫煙/ 高血圧 (グレード II) 女性 8 22 44 71 喫煙 / 糖尿病 男性 18 47 93 151 喫煙 / 糖尿病 女性 6 15 31 50 糖尿病/高血圧 (グレード I) 男性 18 47 93 151 糖尿病/ 高血圧 (グレード I) 女性 6 15 31 50 糖尿病 / 高血圧 (グレード II) 男性 27 71 141 228 糖尿病 / 高血圧 (グレード II) 女性 9 23 47 76 喫煙, 高血圧(グレード I), 糖尿病 男性 25 66 132 213 喫煙, 高血圧(グレード I), 糖尿病 女性 8 22 44 71 喫煙, 高血圧(グレード II), 糖尿病 男性 38 100 199 321 喫煙, 高血圧(グレード II), 糖尿病 女性 13 33 66 107 危険因子なしのリスク集団と喫煙・高血圧(グレード II)・糖尿病の危険因子を持つリスク集団の年齢・男女別の 10,000 人あたりの 5 年間の急性心筋梗塞発症予測確率を図 2-2-1-1 に示した。 危険因子なしのリスク集団で5 年間の急性心筋梗塞発症予測率は 10,000 人あたり、危険因子がない 45 歳男 性では8 人、女性では 3 人、75 歳男性では 71 人、女性では 23 人であり男性のほうが女性と比較して急性心筋 梗塞発症予測確率は約3 倍であった。喫煙・高血圧(グレード II)・糖尿病の 3 つの危険因子があるリスク集団で も、45 歳男性では 38 人、女性では 13 人、75 歳男性では 321 人、女性では 107 人であり、男性の急性心筋梗 塞発症予測確率は、女性の急性心筋梗塞発症予測確率と比較して約 3 倍であった。同じ性別のリスク集団内に おいても、75 歳の急性心筋梗塞発症予測確率は、45 歳の急性心筋梗塞発症予測確率と比較して約 8 倍前後の 相違があった。 0 50 100 150 200 250 300 350 45 55 65 75 年齢 人/ 1 0 ,0 0 0 (5 年間) 危険因子なし(女性) 喫煙/高血圧(グレード II)/糖尿病 (女性) 危険因子なし (男性) 喫煙/高血圧(グレード II)/糖尿病 (男性) 図2-2-1-1 危険因子なしの集団と喫煙・高血圧(グレード II)・糖尿病の危険因子のある集団の男女別の 10,000 人あたりの 5 年間の急性心筋梗塞発症患者数推定値

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61

2-2-2 男女別、危険因子ごとの 5 年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人のイ

ベント発症防止に必要な治療必要人数(NNT)

プラバスタチン治療による冠動脈疾患(急性心筋梗塞)の 5 年時のリスク減少適用後の危険因子集団別の NNT の推定結果を表 2-2-2-1 に示した。 男性の危険因子がないリスク集団では、5 年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人のイベント発症 防止に必要な治療必要人数(NNT)は、45 歳では 4,032 人、55 歳では 1,528 人、65 歳では 765 人、75 歳では 471人であった。一方、女性の危険因子がないリスク集団では、5年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人のイベント発症防止に必要な治療必要人数(NNT)は、45 歳では 12,223 人、55 歳では 4,631 人、65 歳で は 2,316 人、75 歳では 1,426 人であった。また、男性で、喫煙、高血圧(グレード II)、 糖尿病の危険因子を持 つリスク集団での5 年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人のイベント発症防止に必要な治療必要人 数(NNT)は、45 歳では 878 人、55 歳では 334 人、65 歳では、168 人、75 歳では 104 人であった。 女性では、 45 歳では 2,660 人、55 歳では 1,009 人、65 歳では、505 人、75 歳では 311 人であった。 表2-2-2-1 5 年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人の イベント発症防止に必要な治療必要人数(NNT) 心血管疾患発症リスク 性別 45 歳 55 歳 65 歳 75 歳 (年齢・性別以外の)危険因子なし 男性 4032 1528 765 471 (年齢・性別以外の)危険因子なし 女性 12223 4631 2316 1426 喫煙 男性 2851 1081 541 334 喫煙 女性 8642 3275 1638 1009 高血圧 (グレード I) 男性 2851 1081 541 334 高血圧 (グレード I) 女性 8642 3275 1638 1009 高血圧 (グレード II) 男性 1881 714 358 221 高血圧 (グレード II) 女性 5701 2161 1081 666 糖尿病 男性 2660 1009 505 311 糖尿病 女性 8063 3055 1528 941 喫煙/高血圧 (グレード I) 男性 2016 765 383 236 喫煙/ 高血圧 (グレード I) 女性 6111 2316 1158 714 喫煙/ 高血圧 (グレード II) 男性 1331 505 253 157 喫煙/ 高血圧 (グレード II) 女性 4032 1528 765 471 喫煙 / 糖尿病 男性 1881 714 358 221 喫煙 / 糖尿病 女性 5701 2161 1081 666 糖尿病/高血圧 (グレード I) 男性 1881 714 358 221 糖尿病/ 高血圧 (グレード I) 女性 5701 2161 1081 666 糖尿病 / 高血圧 (グレード II) 男性 1241 471 236 146 糖尿病 / 高血圧 (グレード II) 女性 3762 1426 714 440

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62 喫煙, 高血圧(グレード I), 糖尿病 男性 1331 505 253 157 喫煙, 高血圧(グレード I), 糖尿病 女性 4032 1528 765 471 喫煙, 高血圧(グレード II), 糖尿病 男性 878 334 168 104 喫煙, 高血圧(グレード II), 糖尿病 女性 2660 1009 505 311 危険因子なしと喫煙・高血圧(グレードII)・糖尿病の3つの危険因子がある集団を男女別・年齢別に 5 年間の プラバスタチン治療による急性心筋梗塞1 人のイベント発症防止に必要な治療必要人数を図 2-2-2-1 に示した。 危険因子なしのリスク集団で5 年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人のイベント発症防止に必要 な治療必要人数は、45 歳男性では 4,032 人、女性では 12,223 人、75 歳男性では 471 人、女性では 1,426 人 であり女性のほうが男性と比較してNNT は 3 倍以上であった。喫煙・高血圧(グレード II)・糖尿病の3つの危険 因子があるリスク集団でも、45 歳男性では 878 人、女性では 2,660 人、75 歳男性では 104 人、女性では 311 人であり、男性の急性心筋梗塞発症予測確率は、女性の急性心筋梗塞発症予測確率と比較して3 倍前後であっ た。 同じ性別のリスク集団内においても、75 歳の 5 年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人のイベン ト発症防止に必要な治療必要人数は、45 歳と比較して 8 倍前後の相違があるリスク集団もみられた。 0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 45 55 65 75 年齢 N N T (人 )/5 年 間 危険因子なし(女性) 喫煙/高血圧(グレード II)/糖尿病 (女性) 危険因子なし (男性) 喫煙/高血圧(グレード II)/糖尿病 (男性) 図2-2-2-1 危険因子なしの集団と喫煙・高血圧(グレード II)・糖尿病の危険因子がある集団の男女別の プラバスタチン治療による5年間の急性心筋梗塞1人のイベント発症防止に必要な治療人数(NNT)

2-3 考察

本研究では、MEGA study のプラバスタチンの冠動脈疾患の 5 年間のリスク発症減少率と JALS-ECC 冠動 脈疾患リスク推定により、脂質異常症患者に対する抗高脂血症薬による急性心筋梗塞の1 人のイベント発症防止 に必要な治療必要人数(NNT)を脂質異常症の患者集団でリスク集団別に推定した。その結果、10,000 人あたり の5年間の急性心筋梗塞予測発症率は、男性と女性を比較すると男性の発症率が高く、女性の発症率と比較す ると同じリスク集団内の男女別・年齢別でも約 3 倍の違いがあった。年齢別による急性心筋梗塞予測発症率は、 同じリスク集団内でも45 歳と 75 歳を比較すると 8 倍以上の発症率の違いがみられたリスク集団が多くみられた。 5年間の急性心筋梗塞1人のイベント発症防止に必要な治療人数(NNT)は、男性と女性を比較すると女性の NNT が高く、同じ年齢・リスク集団別では、男性と比較して女性の NNT は 3 倍から 5 倍あった。同じ性別のリス ク集団内においても、75 歳の 5 年間のプラバスタチン治療による急性心筋梗塞 1 人のイベント発症防止に必要

(16)

63 な治療必要人数は、45 歳と比較して 8 倍前後の相違があるリスク集団もみられた。 特に 45 歳女性では、高血圧 (グレードI)・糖尿病や喫煙 / 糖尿病など危険因子が 2 つ以上ある集団の場合でも NNT が 5,701 人と高かっ た。 糖尿病 / 高血圧 (グレード II)の男性のリスク集団では、65 歳では 236 人、75 歳では 126 人の脂質異常症 患者を5 年間スタチン治療継続することで心血管イベントを発症する人は 1 人減ると推定されるのに対し、高血圧 (グレードI)・糖尿病や喫煙 / 糖尿病の危険因子が 2 つ以上あるリスク集団では、45 歳女性で 5,701 人の脂質 異常症患者を治療しなければ、心血管イベントを発症防止する人は 1 人減ると推定されるので、治療効率に大き な差がみられた。5年間の急性心筋梗塞 1 人のイベント発症防止に必要な治療人数(NNT)は、年齢が高くなる のと、危険因子が多くなればなるほど低くなる傾向にあった。 NNT は薬剤による相対的疾患発症減少率および、絶対的疾患発症減少数も考慮に入れているので、相対的 疾患発症率が大きい場合でも、対象集団での疾患発症率が低ければNNT は高く推定される。本研究では、総コ レステロールが240mg/dL の集団を想定し、プラバスタチン治療による急性心筋梗塞イベントの相対減少率 30% を適用したが、想定集団での急性心筋梗塞発症予測確率が低く、イベント発症の絶対数が少ないため、プラバス タチン治療によるイベント発症の絶対減少数は低くなり、その結果、NNT が高くなっている。脂質異常患者のな かでも急性心筋梗塞発症予測確率や NNT は年齢・リスク集団別で相違があり、脂質異常患者の中でも、運動や 食事などの生活習慣の改善を薦めるか、スタチン治療を行うべきなどの治療の効率を考慮した優先順位を設定 する場合などの参考になると考えられる。

本研究では、MEGA Study の冠動脈疾患のイベント減少率と JALS-ECC の急性心筋梗塞のリスク推定を適 用したが、日本人を対象とした KLIS、PATE、JELIS などのスタチンの臨床試験や Hisayama Study32

Nippon Data 8033、Jichi Medical Cohort34 35の疫学データからの心血管疾患リスク推定などが発表されてい

る。これらのさまざまな日本人集団によるプラバスタチンを含め、日本で処方可能なスタチンによる臨床効果や心 血管疾患リスク推定を適用した冠動脈疾患イベント防止に必要な治療人数(NNT)についての一貫性をさらに検 討する必要がある。また、NNT は患者の平均余命は考慮にないので、リスク集団内での発症率が高いと NNT も 低くなる傾向にある。 本研究では、臨床アウトカムに基づく NNT の推定をしたが、スタチンの長期的なベネフィットを評価する場合 は、患者の生存年数や長期的に心血管疾患発症を予防・治療できる症例数や救命できた人数を評価できる費用 効果分析や、患者の疾病発症後の予後も考慮しQuality adjusted life years (QALYs)などの質で調整した指 標も入れた費用効用分析により、スタチンの治療についてさらなる検討をする必要がある。 今後は、スタチンの経済性も考慮に入れ、効果的・効率的な治療を評価するために本研究で推定したリスク別 集団による急性心筋梗塞発症予測やプラバスタチンの長期的な効果を参考に患者の平均余命や疾患発症・予 後に必要な医療費を推定に含め、マルコフ推移モデルをはじめとするモデリングとシミュレーションによる費用効 果分析などの経済的評価を行うことが必要である。

2-4 まとめ

急激な高齢化や医療の高度化により日本の国民医療費は増加すると推測されるが公的サービスなどの医療に 利用できる資源は限られている。医療の現場においても、限られた医療資源を効果的・効率的に使うため、医薬 品の経済性・効率性を評価する費用効果分析など経済的評価により、さまざまな疾病の予防・治療に治療効率も 考慮して優先順位をつけていくことが今後必要であると考えられる。

(17)

64

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図 1-2 100,000 人あたりの国別心血管疾患年齢調整後死亡率 (/年)  日本では、脂質異常症の患者数は多いが冠動脈疾患の発症確率は諸外国と比較して低いと考えられ、比 較的低い発症確率の患者が多いと推測される。2007 年版の動脈硬化性疾患予防ガイドラインによると、動脈 硬化発症の主たる危険因子の脂質異常症、高血圧、糖尿病、喫煙などを総合的に管理することと、一次予防 においては生活習慣の改善が重要であるといわれている 5 。また、ガイドラインでは脂質異常と診断された患者 に対しての管理基準として動脈
図 1-2-2  MEGA 試験(一次予防)と JELIS 試験(一次予防、二次予防、全体集団)での    冠状動脈イベントの発症率

参照

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